神々からのメッセージ

宇宙の根源より地上へ降ろされる神々からの御言葉。人々への深い愛のメッセージ。

2019年01月

前回の更新から短時間で更新しております。どうかご了承くださいませ。

皆様、

いつもありがとうございます。

今年も本格的な受験シーズンが到来いたしました。昨秋~年末にかけての各教育機関が導入している多様な入試をはじめ、年明けの大学入試センター試験など、すでに受験生の皆様は、将来を見据え、まさに夢の実現に向けて日々邁進されていらっしゃることと存じます。

昨年わたくしは、
山口県萩市にございます、「松陰神社」、そして境内の末社「松門神社」にお参りいたしまして、御祭神の吉田松陰様(吉田矩方命:よしだのりかたのみこと)および、松陰先生のかつての門下生の英霊(53柱)よりメッセージを頂戴しております。

吉田松蔭様は、長州藩士(武士)で、思想家であり教育家です。安政の大獄のさなか(1859年)、わずか29歳でこの世を去られましたが、
私塾「松下村塾」で、後の明治維新で重要な働きをする多くの若者に思想的影響を与えたとして、今なお松陰先生を慕い、憧れを抱く方は多いのではないでしょうか。

「松下村塾」は、神社と同じ敷地内に、かつてのまま保存されており、実際に中の造りなどを拝見しますと、本当に驚くほど簡素な家屋です。この小さな学び舎から、日本の近代化を推し進めた方々が多数輩出されたかと思うと、志溢れる若者の意欲ーーー 何はなくても、高みを目指し努力することで、夢は実現していけるのだな、と思わずわが身を省みます。

受験生の方々と親御様、そして、是非皆様にもお読みいただけましたら幸いです。

皆様に明るい未来が訪れ、さらなるご多幸への道筋が開かれますことを心よりお祈り申し上げます。

Rinokia

***

(Rinokia質問: わたくしたちへ何か伝えたいことはございますか?)

① 【 松陰神社 】

「人が生きるには、自らの意(願い)の叶うことも、また難き(=叶うことが難しい)こともある。実際のところ、この世は、自らの意図せぬ物事が、消えては生じ、生じては
また消える、まさに“波の(波が)うねり、潮流を成す”が如くの、真に怒涛(どとう)たる世でもある。

ここにあって、そなたらは、何を人生の“支え”たるものとして据(す)えるかーーー

それは、なにより、“大局”なる視点
(※大局・・・全体を見渡した場合の情況であり、物事を矮小に(=こじんまりと)捉えず、すでに(今後の人生が導き出される)“伸びやかな伏線”として、目前にかかるべき(おこなうべきこと)にこそ“心を傾ける”、その、良き“均衡”(バランス、心の持ち方)を図るよう、努めることである。

ときに、自らの意にそぐわぬ物事を受け入れることもあろう。これは時代の流れか、天の意向かーーー 人は、困難に遭っては、殊更に惑い、かつて抱きしその心意気さえも、志半ばで絶えようとする。

しかるに、どうか己の力の(力を)尽したならば、たとえ不本意とみえるその物事でさえも、天命(=人間の力の及ばぬ域)と心に念じ、それすらもまた、人生という“大きな流れ”のなかの一つの礎 ーーー(その(不本意な)物事でさえ)わが身を成す、その血肉となる(=糧となる)こそを心に信じることを、わたしは伝えたい。

広きを見(見て)、遠くを仰ぎし(※大局で捉えることです。)その先には、そなたには、これまでより一層の大きな海原(うなばら)ーーー明るき世が待ち受けているであろう。」

②【 
松門神社 

「“あの時、もっとこのようにすればよかった”、“もっと(先生と共に)専心(専念)していれば”ーーーこの思いは、今をもって、わたくしたち(※松陰先生の門下生の方々です。)の頭よりけして離れることはありません。

わたくしたちのような、かつて、“この国を変えるのだ(良くするのだ)”と、本当になんの躊躇(ちゅうちょ)も無く、不可能を不可能とも思わない、そういった若い時分の一途な想いによって寄り集いし者たちが、互いに、先生の御熱意溢れる、この国への展望(持論)を授かりつつ、各々思いの丈を議論しては切磋(切磋琢磨)し、ときに笑い、励まし合う、そのかけがえのない時間はーーー もう二度と戻ってはまいりません。

だからこそ、わたくしたちは、“一瞬の尊さ”について、あなたがたにお伝えしたい。刻々と過ぎるこの世にあって、あなたがたはなお、人生の道程を歩み進め、嬉しきことも、また苦しきことでさえ、その“一瞬一瞬”が、すでに無上に“尊く”、幾ばく(何十年か)の人生を経て、振り返りしとき、後にも先にも、再び得ること(戻ること)の無き、“束の間”の積み重ねこそが、“今”という現実を成すことを、どうか心得ていただきたいのです。

“後悔”とは、人を虚無(※空しい思い)にするものではありません。むしろ、後悔という、人間には、この想念があるゆえこそ、明日を夢見て、“今”をより一層懸命に生きよう志すことができるのですーーー

かけがえのないあなたがたのその“一瞬”が、やがては、自ら望む世(また人生)へと、一つひとつ繋がりゆくことを、わたくしたちは、いかに世相は変わろうとも、この国の絶えなき“希望”といたします。」

以上。

***

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前回⑦ からの続きです。)

天上の神々、そして御仏たちは、わたくしに、高い霊力をどうしたら習得できるかを“教えて”くださることはございません。様々な由縁(事情)で、いまだこの地上に在る御霊を前に、自分なりに祈りつつ、自身のエネルギーを(その御霊へ)送り、その後に起こる霊的な様子を視ることで、わたくしは自ら霊力の程度を知り、そして“経験”を積んでいくのです。

無論、どの霊を目の前にしても、安易な試しという気持ちはなく、正真正銘の“本気”こそが、わたくしを支える唯一の“生命を保つ手立て”となります。そのくらいでないと、実のところ、霊は、すぐさま人間側の意識の状況に合わせて変化(へんげ)し、あるいは、俗にいう“憑依”によって、当人の魂(や肉体)を、御霊側の意図するままに強く影響を及ぼす事態へと陥るため、わたくし自身、魂に“芯”を据え、“覇気”をもつことが何より肝要であると心得ております。

そこでは、恐怖や邪念などのマイナスの想念は一切排しますし(※
危険を呼び込む原因となります)、わたくしが、目の前の御霊に対して、実際に応対することができるかできないかを考える余地すらありません。

祈り、その(霊力の)感触を確かめ、徐々に
また修正しーーーーこれは、まさに実地における、神仏の課した修業で、わたくしが今もつその“霊力”が、直接的に御霊の状態へと反映されるため、実力の程度を否応なしに自ら突き付けられることになります。

何度祈っても、どれほど霊力を呼び起こしても、いまだ頂(いただき)には到達しません。できることを、ただ一心に取り組み、目前の御霊の幸いなることを祈り、必要な“段階”へと後押ししていく、それが、わたくしが、天上のあらゆる存在たちの御導きによって、数多の霊と対面させていただくという有難き御計らいへの“御恩返し”と思っております。

何等かの事情によって、今この地上に在る〈霊〉は、けしてそのものが悪いわけではございません。ですので、無論、苦しみや悲しみ、恨みのループに陥っている霊魂には、天上からの導きの“光”をもたらし、霊自らが気づき、苦しきループから脱却するための手援けをさせていただくことが、ときとして必要ではございますが、わたくしたちは、いずれにせよ、ご先祖様方のみならず、実は、あらゆる〈霊〉と“目に見えない”部分でしっかりと繋がり、ご縁を引き合っていることを、まずはきちんと理解していくべきでしょう。

わたくしに関しては、お役目ということもあり、もうそれこそ
沢山の、地上の、そして霊界に在るあらゆる層の霊魂たちについて、そのご様子を拝見しておりますが、どんな状況を目の当たりにしても、無念の想いよりむしろ、「あぁ、人間という魂の“想い”とは、これほどまでに長く長く続いていくのだな」と、人間が持ち得る、“気”(心、感情、気持ち、と読み替えていただいても構いません。)というエネルギーは、真に強く、たとえ肉体を失ってもなお“生きている”ものなのかと、つくづく感じ入るばかりです。

今、現にわたくしたちが在ること、そして、この世自体が存在することが、それらの霊魂たちが生きてくださった“証”として、わたくしたちの“内”にも、またすべてのものにもしっかりと息づいていると思うことができれば、わたくしたちは、今より少し、“目に見えない存在”に対し、恐れも、また拒む気持ちも薄らいでいくのではないでしょうか。

わたくし自身は、今を懸命生きる皆様の、“より良く生きたい”に、真実お役に立ちたいですし、〈霊〉に対しても同様に、その霊こそが紡ぎ出す切なる想いを汲み取り、次へと進みゆくそのお手伝いをさせていただきたいと心から願っております。

そのなかでは、まずは、〈霊〉に対して、“あなた様がかつて生きてくださったからこそ”と、後世のわたくしたちがもつべき感謝の気持ちをお伝えすること、そして、幾多の対話のなかで導き出される〈祈り〉という清浄なる行いによって、〈霊〉本来の在るべき場へと誘(いざなう)ことを、揺らがず、
恐れず、一つひとつ真摯に取り組んでまいります。

実に途方もないほどの長き道のりではございますが、わたくしは一生を懸け、決して諦めないーーー 
なぜなら、これが、Rinokiaならではの「霊との向き合い方」なのです。

以上。

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※前回の更新から短時間で⑦を更新しております。どうかご了承くださいませ。

前回⑥ からの続きです。)

“あの人は成仏していないのではないか”という言葉を、霊障と思われる出来事をもって、度々、皆様からお聞きすることがございます。その場合には、ご当人はそこなかとない不安に苛(さいな)まれていらっしゃいます。

人間の性(さが)として、“目に見えない”出来事が、恐れや絶望などとともに紐づいてしまうのは、ある意味仕方のないことかもしれません。だからこそ、“成仏していない霊が悪さをする”などという、〈霊〉が、わたくしたち人間に対して、抗(あらが)うこともできぬほどの事象をもたらす、言わば、とてつもなく恐ろしく不気味な存在として捉えられてしまうのです。

無論この世には、いまだ“成仏していない”(=昇天しきれていない)霊魂も多々ございますし、記事⑥でお伝えしたように、人は死後、少しずつ必要な“段階”を経てゆくのですから、たとえば“成仏”=完全に昇天した、ということを前提とするならば、“成仏しきれていない御霊
は、実は数えきれないほど有る、ことになります。

ただし、これはあえてお伝えいたしますが、必要に応じて(昇天までの)“段階”を辿っていく御霊もまた、わたくしたちと同様に、いわば“道半ば”であり、場合によっては人間界と霊界の間を行きつ戻りつ、その霊魂たる学びを繰り返しながら、時をかけ徐々に昇天し、次なる世(=来世)への階段(ステップ)を踏んでいく存在でもあるのです。

“類は友を呼ぶ”―――、これは本当に大切な考え方です。幸せなエネルギーは、さらなる幸せを、いずれの形であってももたらすでしょう。その反対に、不幸なエネルギーは、さらなる不幸せを呼び込むことになります。

わたくしたちは、
せめてそういった、(昇天への)“途上”にある霊魂に対し、少なくとも、悪いイメージをもたずに在りたいものです。何か“いわく”のある霊魂を垣間見たり、または霊障として知覚したりしたならば、けして恐れではなく、「もし、今まだこの世にいらっしゃるなら、どうか必要な御導きをいただき、天へとお上がり(進まれて)ください。」と、心静かに、そう真心で
(霊魂へ)話しかけていただければ幸いに存じます。

“目に見えない”物事とは、ときに“奇跡”のようなものをもたらすこともあれば、また、否定的な意味付けを成すこともある、と言えます。ついつい、身の上に生じた出来事を安易な形で、目に見えない霊、いわば、“悪霊” “低級霊”の仕業(しわざ)として結論付け、忌み嫌う、その心根こそを、わたくしたちはまず解消してゆかねばなりません。“類は友を呼ぶ”は、こうした思考の在り方も示し、その思考が、自らの人生において、否定的な要素を多く呼び寄せることになると心得ることです。

この世に在る(=まだ完全には昇天していない)霊魂たちは、やはり“理由があって”その場に存在いたします。なぜその状態に在るのか、そして、どのようにしたらその霊魂が、自ら(霊として)“気づき”を得て、天へと矛先を向けていただけるようになるか、それに強く関わらせていただくことが、わたくしにとっては“次なる挑戦”でした。

次回⑧ へ続きます。)

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前回⑤ からの続きです。)

わたくしたちの〈人間界〉は、良いこともあれば、そうでないこともございます。醜いこと、悲惨なこと、哀れなことも、世の中には今なお絶えず生じていることも否めません。

それと同じように、人間の肉体を離れた“霊魂”が属する世界もまた、ある意味、魂が“素”の状態となるだけに、人間として生きた際の心癖などが刻まれた、まさに“そのまま”が現わされることになります。

ですから、わたくしたちは皆、現世での生き方
(性格、挙動)こそが、天へ召し上げられた後での、各々の“姿”を示すものだと肝に銘じておくべきです。

鑑定では、必要に応じ(求めに応じ)、“霊の世界”をご説明をさせていただくこともございます。皆様、霊の世界については、これまでの人生で何かしらを通じて学んだこと、自らなんとなく感じてきたもの、各々の考え(印象)等々があるようですが、やはりこういった話をさせていただきますと、皆様総じて、驚きで目を丸くされます。

そして、「Rinokiaは、霊の世界を知ることができて良いですね」とお声をかけてくださる方もあり、大変ありがたく受け取っておりますが、この“霊の世界を知る”、ということは、霊についての、あらゆる側面を知る、ということです。端的に申し上げれば、わたくしたち人間にとっては、とても考えられないような(目を向けられないような)光景をも、自ら感得するという“覚悟”をもつ、ということに他ならないのです。

仏閣などは、やはり、御霊の多い場でもございます。今も各地に“霊場”と呼ばれる場もあるだけに、人間はもとより、“霊魂”もまた、その霊場へ由縁のある場合に、何等かの理由によって互いに引き寄せられ、霊魂特有の世界観を体現しております。

これは、皆様死後は必ずそうなる、ということではけしてございませんが、極端な例で申しますと、仏教的な意味合いの強い、“地獄絵図”という表現がございますね。人が亡くなり、肉体を離れた後、生前のおこないによっては、様々なお咎めを受ける、という実に悲惨な光景です。霊的な仕組みに則りますと、ある意味、あれは・・・ 本当です。

霊魂は、互いに“引き寄せられる”性質を強く持ちます。“類は友を呼ぶ”ーーー これは、わたくしたち人間の世界にも当てはまりますが、霊魂の世界になりますと、より一層その傾向を強めます。

ですので、多少の変動や誤差などはございますが、生前に善き行いをした(しようと心掛けた)御霊は、そういった霊の集団(あるいは層)に寄り集まることになります。逆もまた、しかり、です。

同じく心癖(魂の性質)を持ち合わせた霊同士が寄り集まりますと、無論、善き行い(波動)によって集まった層は良いのですが、その逆は、こう申しては語弊があるかと存じますが、なんとも凄まじい、“地獄絵図”となります。

互いに傷つけ合い、貪(むさぼ)り合う御霊たち、脇目も振らず、自らの欲ばかりを追い求める御霊たちーーー憎さ余って殺めても殺めても、死にはしません。すでに、人間的な“死”は遂げてしまっておりますため、本当に“際限が無い”のです。

霊界には、一言で(
わたくしたち人間においては
)“死後”と言っても、実は様々な“段階”がございます。人間の生を遂げた後に、その心の状態や(生前の)身体の状態などで、死後“行くべき場”が適宜選定されるようです。

次回⑦ へ続きます。)


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前回④ からの続きです。)

天の御加護をいただき、御仏たちの御導きを得つつ、あらゆる(霊的な)状態の魂たちと出逢い、対話してまいりました。

それらの霊魂は、仏閣では、皆、宗派などによって特徴的な動きをされます。僧侶の方々が唱えるお経の声に合わせて、幾つも連なるように引き寄せられた霊魂たちは、実に摩訶不思議な様態で、互いに寄ったり、また離れたりを繰り返すのです。お経は、独特の波動(響き、また揺らぎ)をたずさえていますので、唱える種類や、また(僧侶やお経を唱える方の)人数などによっても、霊魂は強く影響されます。

実際にその(霊魂の)様子を拝見いたしますと、これほど御仏に信奉のあられた(または、ご縁をもたれた)霊魂は、肉体を失ってなお、そのお経の響きによって、場合にはよっては、わたくたち人間界の非常に近いところまで吸い寄せらるようにいらっらしゃるのだと非常に驚いたものです。

あるいは、歴史上、戦(いくさ)などが繰り広げられた場、空襲や飢饉などがあった場なども、
仏事でのご供養が当時から始まって、今なお成されているところも多数ございますので、その際には、あえて〈神〉は、御仏にご縁を強く引いた霊魂たちの互いのやりとり(関わり方)、昇天の仕方などを、これまでのわたくしでは感じ得なかった仏道にちなんで、きちんと見定め、感じ取る(聞き取る)ことを強くお望みになりました。

霊魂は、肉体を離れますと、
ある意味、魂の素質が“むき出し”の状態になりますから、それこそ、古戦場や人の多く苦しまれた場などは、人間界とはまた別世界の光景があると思っていただければと存じます。一人の人間としては、あまりに辛く、また、人間とはどうしてこれほどまでに互いを傷つけなければならないのか、などとやりきれない心持ちになることも正直否めません。しかしながら、それこそが、様々な事情から今なお地上近くの霊層におられる数多の霊魂たちへの、各々にもっとも適した“祈り”―――光をもたらし、そして昇天へと誘うために、わたくしが必ず把握すべき大事な要素でもあるのです。

人間の“寿命”を基点といたしますと、寿命を終え亡くなったばかりの霊、多少(亡くなってから)時を経た霊、そして、ある程度、人間界とは隔てた層にある霊ーーーそれらの御霊とは、わたくしが対話する際のやり取りも異なります。

霊視鑑定では、「故人が、今、あの世でどうしているか教えてほしい。しっかり成仏しているだろうか。」という、遺族の方からの切なる願いをお受けすることもございますが、わたくしにつきましては、まずは、その御霊へ意識を通わせた際の、意識の
通り方”で、今どのあたり(の死後の層)にいらっしゃるかを判断いたします。

そして、可能な限り、その御霊と直接対話させていただき、遺された方への想いなどをお伝えさせていただきます。場合によっては、霊界ならではの諸事情によって、当の御霊とお話しすることが叶わないことがございます。その場合には、(その御霊と)縁ある意識体からいただいた、遺族の方へのメッセージを、御霊と直接お話しできない理由を交えて、丁寧にお伝えさせていただいております。

次回⑥ へ続きます。)

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前回③ からの続きです。)

それからというもの、本当に天に導かれるように、全国沢山の仏閣へ参りました。街中のお寺、山深く在る寺院、修行僧が日夜ご修行されているような、誠に厳しき修業の場なども、天候の良し悪しなどは考慮するべくもなく、ただひたすら、限られた日にちのなかで、可能な時間内で、ありったけの仏閣をまわることに専念したのです。

それまで、“神社”という雰囲気にある意味慣れ親しんで、多少の時間ができますと、まず行く先は神社ばかりであったものが、〈神〉の一言によって、全国に名だたる仏閣はもとより、ほぼ地域の方々の心の拠りどころのような、本当に小さなお寺を参拝するようになりました。これらを自らがじっくりまわってみて、はじめて、この国には神社と同じくらい本当に沢山のお寺が、歴史にちなみ建立されていることを実感したのです。

パワースポット巡りなどをされる方はご実感があられるかもしれませんが、目的とする神社仏閣が、必ずしも利便性の良い場所にあるわけではございません。一つの参拝を終えますと、ある程度離れた場に、ようやく次の目的地がある場合もございます。

そうしますと、当然、一日に巡ることのできる場は限定されるのが実情です。わたくしの性格として、神社仏閣巡りの数が多くなりますと、その分時間を前倒ししてまいります。神社仏閣への参拝は、特別な場合を除いて、基本夕刻までを基本といたしますから、巡る数が増えれば、日が出始めた、空がほのかに明らむ時間から、巡礼を開始することになります。早朝であれば、朝の交通混雑に巻き込まれることもございませんし、また参拝の方が(こういった時間には)極端に少ないため、静かに祈りのときを過ごすことができるのも好都合でした。

あるときには早朝4時に宿を出て、夕刻まで10箇所ほど、長い移動時間を挟んで巡り続けるのですが、
しかしながら、とくに冬場の山奥にある寺院
は、身を切るような寒さが心身に応え、何箇所も巡ること自体がさすがに辛くなってまいります。それこそ、“なぜ?(わたくしはこうまでして仏閣を巡るのか)”と自問を始めるようでは、もうそこから一歩も足が出なくなってしまうのです。

そのたびに、自らを鼓舞いたします。わたくしにできるのは、ただただ御仏を前にして、極限までの集中力を引き出し、丁寧に祈るーーーそして、寄り集まった霊魂たちと対話することであると。

次回⑤ へ続きます。)


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前回② からの続きです。)

人間でありながら、〈人間〉のことを知らないーーーこれは誠におかしな話に聞こえるかと思えますし、考えようによっては、わたくしが一人の社会人としていまだ至らぬ程度を示していると言えるかもしれません。

ですが、神は、これから天界の御意志に従い、“目に見えない”物事を司る者として、わたくしに対し、人が生まれてから、大人への成長を遂げていく過程で理解する意味での、“人間とはどのような要素を持ち合わせているか
、ではなく、人間の肉体を一度は持ち得た“魂”の性質、いわば、人間の〈目には見えない部分〉の仕組みこそを、わたくしはいまだ解き明かしていないことを御指摘なさったのです。

その真意を悟った際、心の奥底で、“あぁ、やはり”という念が沸き起こり、静かに、神の御言葉を受け入れました。

冒頭で、“神の波動を受け取るほうが得意”と書かせていただいたのは、当時、まだわたくしにとっては、いわゆる“霊魂”について、深く関わることを、とくに意識的におこなったおりませんでしたので、〈神〉の波動を受け取り、それに応じた行動を取ることはできても、“霊魂”に対しては、それほど注力しておりませんでした。要するに、後者の波動を感じ分け、霊的な行動を取ることの“経験値”が圧倒的に少なかったのです。

無論、当時のわたくしは、“見えない存在”というものについて、〈神〉であっても、またそうでない存在に対しても、一通り感じ分ける術(すべ)は心得ていましたし、わたくしなりに、そういった“霊魂”に対して、誠実に祈ることも常にさせていただいておりました。

しかしながら、わたくしが本当の意味で、霊能を司り、神から命ぜられるお役目を果たすには、“霊魂”ーーー 霊ならではの“世界”(=霊界)、人間の死後のことを含め、“霊”にちなむ〈真実〉を知っておかなくてはならなかったのです。

次回④ へ続きます。)

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前回① からの続きです。)

わたくしは今世、人間として生を受けましたが、目に見えない分野に関し、正直申しまして、“神”の波動を受け取るほうが得意です。

なぜそれを、わざわざ言い表したかと申しますと、前回から話題としている“目に見えない”存在は、大きく分類するならば、〈神〉というエネルギー体と、また、人間の生命体を基とした、言わば“霊魂”に分けることができます。両者やはり、確実に“波動”が異なるからです。

当然、わたくしの“目に見えない”物事の感じ方も異なります。たとえば、神社に祀られる御祭神は、いわゆる〈神〉的な御霊もある一方で、日本の長い歴史のなかで先人たちが、偉人や、その時代の為政者などを
お祀りするようになった場合もございますので、わたくし自身、同じように神社へ参拝し祈っているようでも、自身の霊体の状態を適宜(目前の御祭神の波動に合わせて)変えております。

すでに
これまで、わたくしは全国数限りなく神社へ伺いました。その時どきで、参拝の目的が異なります。大前提は、〈神〉という存在が、わたくしたちを日頃見守り、慈しんでくださる、そして、あらゆる恵みを授けこの世に生かしてくださることへの“感謝”をお伝えすることです。

そのように、本当に純粋に感謝の参拝をさせていただくこともあれば、神からの“啓示”を受けるために謹み伺うこと、その神社のあられる人々や地域に対し、ひたすらにその
幸せをお祈りすることも多々ございます。

全国には大小様々な様式や、また訪れる方の多少、その地域ならではの御神徳など、それこそ“八百万”の神社がございますが、一つひとつ古来より本当に大切な“聖域”であり、
それだけ日本の歴史と相まって、数々の由縁があるのは、わたくしとしまして、本当に感じ入るばかりです。

わたくしが、こうした、全国の“神々”と対話し、また神社のみならず、謂(いわ)れのある場所を、神の御導きをいただきながら祈り、歩みを進め、同時に、自らの(霊視を含む)霊力を培ってまいりましたが、あるとき、神はわたくしへこうおっしゃいました。

「あなたは、〈神〉の世界については、よく理解しているけれどもーーー 余りにも〈人間〉のことを知りません」

わたくしは、この御言葉に大変ショックを受けました。

次回③ へ続きます。)

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皆様

いつもありがとうございます。
前回までの記事『神からの啓示の受け取り方』について、沢山の反響をいただいているようで、誠にありがとうございます。

このブログでは、書き始めるきっかけとなった、神からの厳命「神の真実の〈愛〉を、今を生きる人々へ伝えよ」という御言葉に従い、神の視点で、世の人々への励ましのメッセージをお伝えすることを主としております。

それに付随しては、皆様へ神の御言葉をお伝えするお役目をいただいた、わたくしRinokiaの、“霊視”をするようになったきっかけや生い立ちも、折を見て発信いたしましたし、また少しでも皆様が、神の世界をはじめとする“目に見えない世界”をご理解いただくきっかけになればと願い、わたくしなりの、〈神〉という存在への見解や、この世への正直な気持ちなどを書かせていただいております。

それらを、ブログという形で、こうして7年余り続けられますのも、皆様の、この世をより良く生きたい、という真摯なお姿を拝見し、わたくしとして何ができるだろうかと問い続けてきた結果でもございますし、なおかつご縁をいただきました方々の温かいお励ましなどをいただくからこそと、日ごと感謝の念が深まるばかりです。

わたくし自身、“目に見えない存在
に、常に向き合っております。それは、“霊視”を基本として、さらには霊的な、また実質的な物事をおこなう必要があるからです。

“目に見えない”というのは、〈神〉という存在はもとより、肉体を持たない存在、いわゆる“霊”(霊魂)もございます。

霊視鑑定にても、〈神〉を知りたい(神の御言葉を教えてほしい)というご要望の一方で、“霊”について知りたい(縁のある(あった)霊の言葉を教えてほしい)とご要望される方も多くあられます。

わたくしたちのこの〈地球〉は、“現象界”という、言わば“目に見える”物事が発生いたします。当然、“目に見えない”ことは、人間という生命体からは不可思議でもあり、また単に“見える”ことと異なり、様々な憶測(感情)を呼び起こすものでもあるでしょう。

これから数回に渡りまして、わたくしが霊視鑑定士という立場から、“霊に対してどのように向き合っているのか”をお伝えさせていただきたく存じます。

どうぞしばらくの間、お付き合いくださいませ。

Rinokia


(次回② に続きます。)


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前回③ からの続きです。)

「受け取るのは、神様の“御言葉”ではないの?」と思われるかもしれません。その通り、神の御言葉ではございません。究極のところ、〈神〉と呼ばれる意識体から、わたくしへ発せられる“波動”こそを、自らの霊体に謹んで頂戴するのです。

この〈神〉が発せられる波動は、“光”と読み替えても良いかもしれません。〈神〉が降ろす、その光の玉(=波動)は、言うなれば、そのときに必要な物事の、それこそ“すべて”を含みます。この神の波動をいただく行為自体は、文章を読むように、ある一定の時間が続くのではなく、実はほんの一瞬”で行います。

皆様から
度々、「Rinokiaのブログに登場する神様の言葉は“長い”けれども、実際あれだけ長く神様はお話しくださるのか」というご質問をいただきますが、〈神〉は、わたくしへ、その文章と同じ程度、ひたすら御言葉を発し続けてくださるのではなく、わたくしが、〈神〉より頂戴した、皆様へお伝えすることについて、必要な物事すべてを内包する“光”を基に、日本語という言霊へと“変換”しているのです。

その“光”はどこまでも壮大で、かつ深淵でもあり、人間ならではの“言い表す”という適応術に依るならば、膨大な語句を用いてどうにか当てはめることになります。ですので、皆様ご存知のとおりの、“Rinokia特有の、あの長い文章”になるのです。これはある意味、神の波動の“翻訳作業
と申せるかもしれません。

実際のところ、この“一瞬で頂く神の光”を、わたくしの霊体に留め置き、それらを一つひとつ繊細なレベルまで紐解きつつ、日本語へと変換する技術は、ある程度の修練が必要です。そして、人間的な恣意や感情が入らぬよう、高い集中力を保つことも不可欠です。

日本語というのは、ただ一つのことを言い表すのでも、多用な表現方法がございますし、“言霊”と申す通り、各々の語句がまた特有の波動を持ち合わせておりますので、わたくし自身、
日々、この『神々からのメッセージ』を書かせていただくことは、少しでも〈神〉の“御意志”を損ねぬよう、研鑽を重ね続ける、実に“根気の要る行為”なのです。

そもそも
〈神の世界〉と
〈人間の世界〉は、圧倒的に波動が異なります。ですので、本当に突き詰めれば、〈神〉のもつ波動そのものを、〈人間の言葉〉に完全に当てはめることは“不可能”です。

ただ、幸いにも、日本語は、類まれなほどの繊細な表現、そして、言葉自体にも素晴らしい波動がございますので、神の世ーー愛深き御心ーーを、わたくし自身まだまだ力不足ではございますが、ほんの少しばかり表現させていただけているのではないかと存じます。

わたくしが今世、たった一度きりの人間界への転生として、“日本人”となるよう神が御取り計らいくださり、両親を介して降ろしてくださった意味は、ここにあるのだ、と神の麗しき波動について、日本語という言霊へと丁寧に変換していく、そのお役目をいただいたことに感謝の気持ちで一杯です。

***


最後までお読みいただきまして心より感謝申し上げます。
次回は、
〈神〉の世界とは少々異なりますが、「霊との向き合い方」について、書かせていただきます。


Rinokia

前回② からの続きです。)

神からの御言葉(啓示)の受け取り方
に先立って、〈神〉の“感じ分け”について説明させていただきましたのも、この霊的な分類(区分け)ができてこそ、はじめて、自身の霊体(エネルギー体、と読み替えていただいても結構です。)を、その感じ分けた神の波動へと“変質させる”ことができるからです。言うなれば、自身のエネルギーの“チャンネル切り変え”です。

〈神〉という特質のエネルギー体と、今生、人間を依拠としているわたくしは、エネルギーの周波数が異なりますので、神からもたらされるエネルギーを“御言葉”として(=人間由来の言葉として)“出力する”には、これまた共通の“コード”というものが必要です。

もちろん、そのようなエネルギーの切り替えをしなくても、皆様、この現象界のあらゆる形(インスピレーションや出来事など。)で神の波動を受け取られていらっしゃいますので、上記の行為をしなくても、十分、〈神の愛〉を感じていただけることと存じます


ただし、わたくしの場合には、〈神〉の御言葉を、一定量、
安定的にきちんとお受けし、そして皆様へ必要に応じてお伝えする、という役目がございますので、偶然的に神の御言葉を聞き取れる、というレベルではいけません。ですので、長らく全国各地の神社仏閣の参拝などで自ら習得した、霊的な“チャンネル切り変えの技”を用いているのです。

皆様には、「Rinokiaは、あまりにも沢山の幽霊が視えてしまったり、霊の言葉が聞こえてしまって大丈夫なのか!?」という、優しいお心遣いを度々いただきますが、無論、わたくしの霊体質では、この世に数多ある霊魂をどれほどでも認識することが可能です。

ただ、わたくしの場合、そういった目に見えない存在を“視ざるを得ない”ことや、声を“聞かざるを得ない”ようなことは現状ほぼ皆無で、むしろ、わたくし特有の“チャンネル変え”の術がございますので、必要に応じて、(対話するべき
対象の霊魂に対してのみ、わたくし自身の意志で、アクセス(=対話)することができております(無論、神の御意志によっては、(祈りなどのために)わたくしが意図せず、霊的な状況を見せられることはございます)。

わたくしがどの(霊の)層に自らの霊体を(対話するために)適合させるか、神や守護霊様などの御判断を仰ぐこともございますし、その場の直観で決めることもございます。一つの御霊に対して、またある場合には、その階層にちなむすべての霊魂たちにアクセスするために(この場合には、わたくしの波動の、霊界に及ぶ“範囲”を調整することになります)、適宜自らの波動を変えることも、御霊たちとの前進的な対話や祈りを進めていくうえでも、実に欠かせぬ要素です。

自らの霊体を、対話すべき〈神〉の波動に合わせつつ、次に行うことは、“限りなく純粋に、神の波動を受け取る”という行為です。

次回④ へ続きます。)

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前回① の続きです。)

〈神〉
は、特段、ご自身の御名前などはおっしゃいませんから、御言葉を受け取る側が、そのエネルギーの状態を感じ分け、適宜判断することになります。こればかりは、〈神〉と呼ばれるエネルギー体を、この世にあって、特有のものとして認識していく“場数”が必要となります。そして、この“感じ分け”は、人それぞれであるゆえに、どこまで〈神〉を感じ分けられるか、人間側の技量や性質(性格)などもつぶさに影響するところです。

古来先人たちが、神のエネルギーを見分け(感じ分け)、畏敬の念を抱きつつ、それ相応に神をお祀りするようになったのは、現代のわたくしたちにとって、本当に奇跡的で、まさに“神業”と呼べる偉業でありましょう。

わたくしの場合には、この神の感じ分けについては、あえて説明をいたしますと、たとえば、ある“階層”に属するエネルギーを、①②③…と番号を割り振り、また別の階層は、(1)(2)(3)
…と番号を割り振ることなどを、ほぼ無意識的におこなうことから始めます。

その他のエネルギーを成す階層についても同様に、何かしらの記号(あいうアイウABCabc…)を付加してまいりますと、それら階層を構成する記号の“総数”は、まさに“天文学的な数字”となります。

そして、意外に思われるかもしれませんが、実は、
〈神〉という存在は、これらエネルギーの階層を選り集めた“複合体”ーーー「“①(3)いウBa”のエネルギー」「“(2)Ac”のエネルギー」、というように、本当に数限りないほどの多くの“パターン”に細分化できるのです。

これらの、(番号をはじめとする)記号(=シンボル)の
複合状態を瞬時に読み取り、「あぁ、なるほど、このエネルギー体は、〇〇の神なのだな。」と、どの階層に帰属する意識体であるのかを割り出しております(ただし、皆様へお伝えする際には、この繊細な区分けの説明はかえって混乱を招きますので、一般的な神の名称を用いて、分かりやすいように端的にお伝えさせていただいております)。

すでに、わたくしなりの感覚で、神々の波動はもれなく“記憶”しておりますので、これら〈神〉の感じ分けには、それほど時間はかかりません。

神の“感じ分け”ができた次は、いよいよ「啓示の受け取り方」です。

次回③ へ続きます。)

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皆様

いつもありがとうございます。

皆様からお寄せいただくコメントは、すべて目を通しておりまして、なおかつ、示唆に富む内容や、これはむしろ皆様にお伝えするほうがよいのでは、と思う内容なども多々ございます。

この度、Rinokiaが、どのように神の御言葉
ーー御神託ーーを受け取っているか、というご質問に対する回答を書かせていただきます。

なお、天からの御言葉の受け方は人それぞれですので、わたくしの方法が唯一であるとか、正統などということは、けしてございません。

皆様が、今後、大切な人生を余すことなく、より有意義にお過ごしいただくにあたり、天からの啓示ーーーインスピレーションを受けることに少しでもお役立てできますと幸いです。

Rinokia

***

神からの御言葉の受け方をご説明する前に、まずは、〈神〉の見分け方をお伝えいたします。

〈神〉と一言で申しましても、実のところ、神と呼ばれる存在は、多種多様なエネルギー体でいらっしゃいますので、それらを“見分ける”(=感じ分ける)ことが重要です。

天地創造の根源神から、地球を成す意識体、また各地(各国)を治める神、自然神、等々、実際に区分けしますと、実に数多くの〈神〉と呼ばれる高次の意識体が、この世(また、宇宙全体)を取り巻いておられます。

それらは、元々備えていたエネルギーを基本として、人類(地球)の長い歴史にあって、必要に応じて、特有のエネルギーを持ち合わせることになったケースも多々あられることでしょう。

たとえば、同じ名称を冠する神社の御祭神であっても、各地の神社で感じられるのは、無論、共通のエネルギーは存在するのですが、やはり一つとして“まったく同じ”とは言い切れません。それだけ、〈神〉(=天)と〈地〉は不可分であり、また、各々の地域には人類の歴史の数だけ、そこに特有のエネルギーが発生し、蓄積していくものでもあるのです。

神社に祀られる神々は、歴史と相まって、かつての先人などの功績を称えたがゆえの(その神社の)御祭神ということもございますし、また、生活に根付き、数々の御利益を授けてくださる神はもとより、本当に根源的な、万物を包含したような要素をもつ神もおられます(すべて、こちらで感じ取る波動は異なります)。

〈神〉とは、わたくしにとりまして、無論、とてもありがたいのですが、同時に、とても不思議な存在でもあります。

神のエネルギー体と意識を合わせますと、即座に、必要な物事を(※後に実際の出来事などを通じて、その御言葉の真意が判明することもございます)、
もっとも適ったように御言葉を降ろしてくださる神は、一体どれほどわたくしたち人間の魂を、多角的に、また深く御照覧くださっているのかと、感じ入ることも度々です。一瞬にして大切な事柄を降ろしてくださるのは、まさに〈神業〉(かみわざ)と言われる由縁でしょう。

次回② へ続きます。)

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前回 ③の続きです。)

〈神〉という存在は、わたくしたち人間も、エネルギー体、言い換えれば、“光”としてみなしますので、わたくしたちが、現象界でどういった姿であるか、というよりは、わたくしたち人間が発するエネルギーを、それが一つの人生、あるいは、日いちにちと、一体どれくらい(あるいはどのように)発しているのか、“光の総体”をご照覧くださいます。ですので、わたくしたちが(現象として)目に見えるその状態が、端的な意味での“良い悪い”の天の判断とはならないのです。

そして、〈神〉は、わたくしたちが考えるよりも、もっとずっと“長いスパン(期間)”で、わたくしたちの魂の学び(気づきの過程)を踏まえ、その人生において必要な物事を、順序に従って降ろすことを定めていらっしゃいますので、わたくしたちが、前進したり、後退したり、本当に少しまた少しと歩を進めていく、それこそを、実に長い目で、御見守りくださるのです。

冒頭にお伝えしたように、わたくしたち魂は、繰り返しの転生によって、自らの魂の状態(程度)が各々に在ります。誰が卓越しているかや、誰が劣っているか、それは霊的な観点からいたしますと、本当に意味を成さず、魂が各々に設定したことを、転生を経て順繰りと、これまた各々の“ペース”(進度)でおこなっているのですから、すでにこの現代の時点で、たとえ同じ空間を占めている間柄であっても、容易に比べることはできません。

その“差”があって、なおかつ、この“地球”という一つの大きな舞台で、様々な魂の彩りを見せるわたくしたち人間という生命が、自然をはじめとした数々の生命の恩恵をいただき、あるいは、“現象”という事象を得つつ、“共に生きる”ということを、〈神〉の愛でさせていただいていることに、神の“妙”―――わたくしたち人間の人知をはるかに超えたレベルでの構想が、いつの時代においても粛々と成されているものとお感じいただければ幸いです。

誰が見ていなくても、また、現象として端的に現わされていなくても、わたくしたちは、常に、自らがもつ“良心”に従って生きねばなりません。そして、願わくば、目前の現象こそを、必要あって巡りくる物事として謙虚に受け止め、ただただ誠実に対処していく、その心根をいつも持ちたいものです。

“現象”は、無論、大切なこの世の要素ではございますが、それら現象を含む、“エネルギーの兼ね合い”は、実のところ、〈神〉という存在の“目”でしか判断し得ない、それくらい、崇高なる物事でもございます。

わたくしたち魂の、この〈神〉の成される美しき学び舎ー地球ーにあって、仕方なく生かされされているのではなく、“自らが、生きる”ーーーこれこそを、一人ひとりが、何に(誰と)比べることなく、自分を信じて邁進していくことが大切なのだと、わたくしは、皆様がたずさえる“魂”が、豊かな輝きを放つそのお姿を拝見しつつ、心からそう感じております。

Rinokia

以上。

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前回 ②の続きです。)

〈神〉に、次なる転生での生き方を尋ねられた人間の魂は、自らにもっと学ぶべき(クリアすべき)要素が含まれる環境や、出来事(変化)、また学びに必要な人とのご縁などを、生まれ変わりの世にて配してくださるよう、神へ“お願い”するのです。ですので、少なくとも、神からは、“カルマ”と呼ばれる、因果を“報いるべき”という物事を、強制的にもたらされることはございません。

ご先祖様や両親の縁をいただき、晴れて転生の叶った魂は、自ら天で決めてきた物事を経験するようになります。皆様から、時折、鑑定時に「人は自分が天上で決めたことしか起こらないのか(または、決めたことを避けられないのか)」とお
尋ねいただくのですが、人生のある程度の人生のテーマ=“伏線”は定めますし、また、人生において重要と思える出逢いなどもあらかじめ明確に決めておくこともございます。

ですが、では、それしかならないかと申しますと、けしてそうではなく、この世は、“選択”の星―――行動ありきで、なおかつその結果が現象として現されるという性質をもつがゆえに、必ず“こうなる
(こうならざるを得ない)ということは少ないようです。むしろ、わたくしが天の神々と対話しますと、人は、ある一つの“選択”が、出逢いや出来事を引き寄せ、またそこでの“選択”が、次につながる、というように、ある意味、人生は、(選択次第で)次々と“枝分かれ”していく(総じて、人生の総じての状況が出来上がる)ような仕組みと理解しております。

そして、この世は、幾多の縁(エネルギー)が引き合い、交わっていく、物質、精神、まさに“複合”の世界ですので、一見、カルマと分かりにくかったり、本当の使命を気づきにくかったり、また、現象界にての関わる者同士の“数々の選択”や、集団の状況下などによって、様々な展開が繰り広げられたりするのです。

人生のあらゆる経験を経ながら今世での人格が形成され、行動の癖なども身につき、一見、もしかしたら、天で決めた物事をきちんと果たしていないのではないか、カルマ(因果)について、クリアするどころか、ほとんど背を向けてしまっている状態なのではないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

あえて“比較”をしますと、因果がもたらされる状況や、カルマの解消具合(状況)などについて、人ごとに大きな“差”があると思えることも、この世は、エネルギーの世界でありながら、現象界ならではの、目に見える、見えない、という仕組みが大きく影響を及ぼす世界だからです。

ですが大事な点は、魂の世界(あるいは神の“眼”)と、(物理的な意味での)人間の世界は、見え方が“異なる”という事実です。

次回 ④に続きます。)


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前回からの続きです。)

わたくしたちの言う“因果”―――それは、仏教的に解釈しますと、「すべての行為は、後の運命を決定する。」となります。

これが、世をまたいだ場合には、“前世の行いは、今世に影響する”―――今世の不幸(不都合)は、前世の悪しき行いの“報い”である、というような解釈をされることにもなります。その因果に起因する“報い”を受け入れ、乗り越えることを、“カルマを解消する”という言い方もされるようです。

確かに、魂は、過去(転生ごと)の記憶を深く刻み、それを基に、次の世(来世)の在り方を決めていくものでもありますから、現在がたとえ不幸であれば、それは、何か良からぬことを、いつかの時代に、当時の“自分”という存在が犯してしまい、それが、今、苦しいほどの不幸として降りかかっているのだ、と考えられるかもしれません。ある意味、カルマは“罰”、のような語感がございます。

だからこそ、現世を生きながら、過去世の因果=カルマを乗り越え(解消し)、幸せのほうへと少しずつ歩み進める(魂の段階を上げていく)ーーー“カルマ”は、わたくしたち人間にとっては、越えるべき“壁”、あるいは背負うべき“重荷”と捉えられるものなのでしょう。

ただ、あえて申し上げますと、天の在り方、〈神〉と呼ばれる高次の意識体は、上記の“カルマ”について、もっと別の見地から、わたくしたち人間の魂の辿り方を御支えしてくださっているように、わたくしは感じております。

しかしながら、現実見られる光景として、わたくしが霊視鑑定士として、お悩みを抱えた方々とお逢いさせていただきますと、「自分は、とてつもない(悪い意味での)“カルマを負っている”」と心底怯(おび)え、目には見えないその“カルマ”に、これまでの“不幸”(不幸と思える現象)を
一つひとつの当てはめ、自ら“がんじがらめ”=好転へと抜け出せない状態に陥っておられる方がいらっしゃるのも事実です。

まずは、“カルマ”とは、現象界の意味での、“悪い”ばかりではなく、“良い”物事をも含みます。それは、因果=原因と結果は、必ずしも、悪いものとは限らないからです。この世が、因果の法則で人生が定められるならば、“良い”ことが現在の地上に何かしら見られる限りは、きっといつかの時代(過去世)で良いことをした、という考えが導き出されるでしょう。

もう一つ、大事な真実をお伝えいたします。

それは、「“カルマ”さえ、わたくしたち魂が“選択する”」ということです。

神が、わたくしたちへ、転生を通してカルマ(良いことも悪いことも。)に報いることを“強制する”=わたくしたちが、カルマを背負わざるを得ない、という構図では“ない”のです。

人は、人生を終えて(寿命をまっとうして)天へと還りますと、それまでの人生の歩みを、天界にて神の御前(みまえ)にして、“走馬燈”のように見せられます。

生まれてからの大小様々な出来事、あらゆる場面において、自身がどのように感じ、どのような行動をとったのか―――魂の世界は、エネルギーの世界ですから、瞬時に“自分の一生分の出来事”が、一つの漏れもなく“総ざらい”されるのです(ここで、わたくしたち魂は、深い深い“反省(懺悔)の域”に入ります。嘘や言い訳は一切できません。とてつもない量の反省が
(一生分ですので)、天で待ち受けていると思ってくださいませ)。

そして、ひとしきりの、“人生総ざらいの反省”が終わる頃、〈神〉はわたくしたちへお聞きになられます。

「あなたは、次回(生まれ変わり)には、どのように生きたいですか?」と。

次回へ続きます。)


***

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皆様

いつもありがとうございます。

年明けより、わたくしたちが住むこの地上は、様々な動きを見せております。それと同時に“天”もまた、宇宙全体の流れと相まって、以後、天と地が連動し、即座に“現象”として(地上に)降ろされることを示唆いたします。

個人的なレベルから、総じて世界的な物事に及び、当然、日本もまた、大きな潮流が交錯するなかで、この国ならではの事象とともに、まさに「変革の時代」を迎えるのです。

わたくしたちの生き方が、これからもたらされる事象(現象)のなかで、一つひとつ“試されていく
ことになりそうです。心は努めて明るく、温かい言葉を、周囲へもまた自分へもかけつつ、今在ることに感謝して、毎日を
丁寧に過ごしてまいりたいですね。かけがえのない人生は、けして後戻りできません。

さて、このブログでは、皆様より“コメント”をお寄せいただいております。皆様からの励ましや愛のお言葉を頂戴し、わたくしも大変励みになります。この場を借りて心より御礼申し上げます。

そのなかに、“因果”についてのご質問がございまして、とても大切な要素を含みますので、ブログにて回答を書かせていただきます(長文となりますので、数回に分けます)。以後、皆様がこの世(現象界)を安心して、益々生き生きと過ごしていかれるにあたり、ご参考いただけますと幸いです。


Rinokia

*

当然のことながら、人は、“一様(いちよう)”ではございません。見た目も異なりますし、思考や言動も千差万別で、“ロボット”のような画一的な存在とはならないのです。

それと同様に、“魂”―――人間という生命体の“核”とでも申しましょうか、魂もまた、霊的に視ますと、本当にみな豊かな色みをたずさえ、たとえ世界70億人あろうとも
一つとして同じ様相は無く、人それぞれに“特徴的な光をたずさえております。

その“特徴”とは、魂が幾度も生まれ変わって(=輪廻転生と言います)、ある人物として存在した、かつての時代の“生き方”を、次の世(=来世)の生き方(学び)へと反映させるために、自らの“魂”に、その魂が(人間として)生きた“記憶”ーー心癖や思考の辿り方、またエネルギーの回し方(強弱や、流れ、引き合い)など、あらゆる情報を刻んでおくゆえに、度重なる転生を経るなかで、皆様が生きた
各々の環境も、また生き方なども相まって、結果、魂ごとの“特徴”となるのです。

“霊視”とは、その方の“魂の記憶”を辿っていき、その部分の“何が”、今世の人生に強く反映しているか、または、どの部分を乗り越える(クリア)するべきか、あるいは一層、精進するべきことは何であるか、等、その魂の“生きる意味”を、魂の状態から、また、天のあらゆる存在と丁寧に意識を合わせつつ、“紐解いてゆく行為”でもあります。

ここにおいては、天ーーー〈神〉という存在が、一人ひとりの魂を、
いかに大事に想ってくださっているか、わたくしたちの人生が、多くの学びを通し、気づき、幸せの益々栄えることを願ってくださっているかを感じ取ることができます。

そのなかで、わたくしたち人間には、“因果”と呼ばれる事柄がございます。“原因と結果”―――無論、この地球は“行動の星”ですから、何か物事をおこなえば(選択すれば)、その結果が、いずれにせよ“現象”として(視覚的に)現されることになるのです。

次回に続きます。)

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皆様

いつもありがとうございます。

昨年末は各地鑑定をさせていただきましたが、年明けより再び関東近辺にて始動しております。

本日は、埼玉県所沢市にございます「北野天神社」への参拝にて頂きました御言葉をお伝えさせていただきます。
物部(もののべ)天神社・國渭地祇(くにいちぎ)神社・天満天神社の総称にて、「北野天神社」と呼ばれます。

新年早々に、わたくしたちが自らに戒めるべき、厳しき神の御言葉です。

皆様の日々がより一層の、確かな“実り”へと繋がりますように。


Rinokia

***

「今昔(こんじゃく)いずれの時代であっても、人は苦(苦難)を得て、しかしながら
そこに様々な“縁”(物事や人との出逢い)が配される、ここに、生きゆく“支え”もまた生じるものである。

今の世(=現代)にあって、そなたの “苦”はいかにして、人生を“培う”(=成長させる)ものとなろうか。

われら(神)が見るに、今、そなたたちの行動の多くは、“因果(原因と結果)”をもって、自らの行動を“苦”とならしめるもの、と言わざるを得ない。

それはつまりは、“因”(※「〇〇“だから”できない、〇〇“だから”幸せでない」
など。)」なるが、行動の拠りどころ(=言い訳)として帰結する(=結果となる)ことの多き様が、実に目に余る程(の状況)である。

生きるには、“生きる力”が欠かせぬものとなる―――いずれの物事でさえ、それらを(生きる、という)“活力”へと変える、その気概こそを、新たなる年(2019年)、心に据えるのである。

各々(人)の関わり合い、(人のみならず)物事でさえ、“縁”ありて引き合い、そしてまた、互いに“生かし合う”、その心意気を。

良いか、この世は、“光”の総体。

この世はあらゆる“光の程度”にて、進みゆく(=運勢の)様は異なり(変わり)、現実に見る(現象界の)“果”(=結果)となり、それがまた、しかるべき“縁”を呼ぶ。

ゆえにこそ、身(自身)に訪れる物事(人も含め。)において、その“因”を生かしゆく“志”(※「〇〇だから“こそ”、もっと幸せになれる。もっと頑張れる」など。)を、何より、自らの“思考の根底(礎)”に付く(根付かせる)ことである。

“因”(原因)でさえ、それを一層“生かしゆく”、その心根をたずさえし者に、この世の動きは、まさに“追風”となり―――益々の栄え(発展、繁栄)がもたらされるであろう。」

以上。

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皆様

2019年、引き続き、月初には、その月をどのような心構えで過ごすべきか、天の神々からの御言葉をお伝えしてまいります。

刻々と“時”は流れます。日々の生活のなかで、わたくしたちは、少しでも前向きな心持ちで過ごすことが大切です。共に笑顔でがんばりましょう。

皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

Rinokia

***

「年が明け、皆々が、様々な想いで、過ぎ去りし年(2018年)から、迎えるべき年(2019年)へと通過いたしました。

単に日づけ(年月日)の経過であっても、やはり、年の始めというものは、いずれの人も、また神でさえも、“心を新たにする(据える)”、聖なる時期でもあります。

あなたがたには、月(月ごと)にまつわる欠かせぬ物事を、以後(将来・未来)の展開を鑑み、(天より
Rinokiaを通じて)お伝えしておりますが、やはり、“年の始め”は、単に“始まり”には留まらず、この年(2019年)が、各人の日々にとりてどのような方向へと進んでいくかーーー 一年の終わりには、必ずや人は、その(一年を過ごした)“結果”を得ることになります。

それがまた、次なる年(2020年)へと進みゆく大きな“原動力”となるゆえ、この一年(2019年)もなお一層の研鑽を目指していくべきです。

*

年の始めには、何もかも、“志(意志)”が肝要です。

己の在り方ーー 一年の時を以って、どのようになりたいか、また、一年のなかで、好機を得、どのような物事を成したいか、人はいずれにせよ、“願うこと”こそが、達成に必要なる物事(人や物を含みます。)を呼び寄せるのです。

今の状況がたとえ自らの望む立ち位置(状況)ではなくとも、それを悲観し、希望を抱くを遮る(制限する)ことはありません。

肝要なるは、今この状況にあって、なお、天より与えられし、新たなる一年、その月日は、再びあなたの“日常”となるのですから、その一年の月日に寄せて、あなたこその“(今年こそは)こうなりたい”という、希望(願望)を、高らかに天へと“宣言”するのです。

自らの“願い”が、一年をかけて、その願い(の波動)が通ずるよう、“伸びやかに”願うのです。卑下する心、断ずる(諦めの)心では、その伸びやかさは、減ずる(低下する)ことでしょう。

ですから、(神や仏などの)いずれの前でも良い。また愛する者の前、あるいは、たった一人、静かなる空間にてでも良い。あなたのその心の奥底から湧き出る、本当の願いを、(2019年という)これから訪れるであろう月日に対して、強く、堂々と述べなさいーーー

この(堂々と願う)力が、この世に幾多の“奇跡”を呼び起こすでしょう。〈願えば叶う〉ーーー神と人は、益々近しきものとなり、以後、(天(天界)と地(現象界)との)
即なる“連動”が現されるのです。」

以上。

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皆様

新年明けましておめでとうございます。

昨年も一年を通じ、全国の皆様と『神々からのメッセージ』にて繋がらせていただき、また多くの方々に霊視鑑定にてお逢いさせていただきましたこと、心より感謝申し上げます。

いよいよ、2019年が幕を開けました。

今年は、宇宙の波動として、“動き”が一層目ざましくなり、わたくしたちの生活(社会)も、これに連動するように、予想をはるかに超えるような動き―――変化が現されることでしょう。

この“動き”ひいては、“変化”にあって、何よりも大事なのは“基盤”を整えることです。

日常を安心して過ごすためには、一体何が欠かせないのか、目を背けず直視し、(基盤を)整えるための“行動”を、実際に起こしていくことです。

そしてまた、心身ともに、“変化”に対応する力、そして変化する“心構え”も、必ずや各々人に必要になるかと存じます。“変化”は恐れや不安ではなく、“人生をより豊かにしていく要素”と捉えるのです。

今こそ、地上は、何が無くとも、また、たとえ何が失われてもなお、“生きていく力”という、人間本来の逞しさが試される時代なのでしょう。

わたくしたちは皆、神様から頂いた奇跡のような魂と、また身体がございます。心と身体が連動する、そういった人間の魂は、地球という現象界では、日々あらゆる“選択”と“行動”、その繰り返しで、少しまた少しと、“変化”を辿っていきます。

この“変化”に、是非、“向上(進展)”を、一人ひとりがほんの少しでも見い出せるよう、縁をいただい者同士、力を合わせてまいりましょう。

わたくしも、今年一年、目前に広がる様々な“変化”に対し、天の御意向――神はわたくしたちをどう生かされていくのかをつぶさに感じ取り、必要なメッセージを縁あるすべての皆様へ、誠意お伝えしてまいる所存です。

皆様、本年も何卒宜しくお願い申し上げます。

皆様の今後益々のご多幸と、希望の日々が展開されることを心よりお祈り申し上げます。

Rinokia

以上。

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