神々からのメッセージ

霊視鑑定士 Rinokia が伝える、天の神々からの深い愛のメッセージ。

2019年12月

皆様

今年一年、皆様にご縁を賜り、数々の貴重な時間を過ごすことができましたこと、この場をお借りして心より感謝申し上げます。

霊視鑑定士として年月を重ねるごとに、多様なご相談をお受けしつつ、人がもつ繊細な感情、家族という最少の単位(集団)をはじめ、地域、社会のなかでの複雑な関わり合いなどを、つぶさに拝見してまいりました。

誰一人として同じではない、その魂の素晴らしさを垣間見つつ、その一方で、人間ならではの肉体をもつ魂が、この地上を生きることの奇跡と、同時に難しさも感じました。

そして、そういった“人間”という魂を見守る天の神々の、本当に“神業”とも言える絶妙な采配、霊界に配された確然たる(人間界とは別の)仕組みなど、わたくしも大いに学ばせていただいた日々でした。

それと同時に、人間の感覚と、また天(神)の感覚には、やはり少なからず乖離(距離)もあり、目下、行き詰ったお悩みや、また自身の存在意義を見失っていらっしゃる方々に、神の真理をお伝えすることで、少しでも気を楽にしていただきたい、希望を胸に明日を迎えていただきたいと願い、わたくしなりに心を込めて鑑定してまいりました。

人生、“迷い”はつきものです。そして、自分がたとえ良きと思っておこなったことさえ、意図せぬ方向に陥ってしまうーーー 何を信じて良いのか、自分の決めたことは正しかったのか、長らく大切にしている信念すらわからなくなってしまう、そういったこともあるでしょう。

2020年は、干支の最初の年です。“子”=ねずみのように軽やかに、くるくると動き盛んな年になりそうです。ある意味気忙(きぜわ)しく、物事が“進む”、そういった良さがありつつも、その速さに乗り遅れてしまう焦燥感も感じながらの、あっという間の一年になるのではないでしょうか。

時に、立ち止まることも大事です。

目くるめく、思いもよらぬ現象が生じるこの世ですから、その現象は数知れず、対処する人間側は、きっと思った以上に疲労している部分もあるかと思います。

ですが、少しの休息をしたならば、わたくしたちはまたさらに、自分なりの“歩み”を進めていかねばなりません。

迷うのなら、まずは一つでも“行動”をーーー その気持ちが肝要です。

わたくしの鑑定にお越しくださる方々は、本当に勇気を出して、はるばるお越しくださいます。

初対面ですし、なおかつ、“霊視鑑定”というのは、一体どんな占い?なのか、どんな人物が出てくるのかーーー 鑑定を受けるに際し、疑問や不安は尽きぬことと存じます(※実際には占いではございません)。

その勇気ある“一歩”に、わたくしは最大限報いたい、そう心から思うのです。

皆様の大切なお時間も、また一生懸命に働いて得た大事なお金も、わたくしの鑑定に投じていただく、それはけして簡単なことではありません。

「これまでの人生の“点”と“点”が、まるで線のように結びついた」

「自分の考え、生き方はこれで良かったのだと、すごく自信になった」

「神様は、いつも自分をこんなに想ってくださっていると分かり、とても勇気が沸いた」ーーー

鑑定を終えて、笑顔の皆様から発せられる御言葉は、不安の霧を抜けた分とても清々しく、真心よりのご感想をお伝えいただけることが、大変ありがたく、その瞬間、わたくしも心から胸をなでおろします。

鑑定をお受けくださる皆様の心を晴れやかにすることが、わたくしの何よりの目標です。

今生(こんじょう)、ご縁を引かせていただいた皆様の大切な人生に、一筋の光明(希望)をもたらし、そして、神が愛してやまないお一人おひとりの魂について、“生きる喜び”を感じていただくこと、神と共に在る“安心感”を得ていただくことこそが、わたくしが神より授かった最大の使命と心得ております。

神が、わたくしたち一人ひとりに無上の愛を注いでくださる限り、わたくしもまた、一人の地上に生きる者として、皆様の間近に在りつつ、神の“愛”を、言葉として大切にお伝えすることで、この世に一つでもご恩返しができればと心より願っております。

神の示す愛とは、ときに厳しきものと思えることもございますが、わたくしたち人間の人知を遥かに超え、今もなお遍(あまね)く魂たちの絶妙なる縁(えにし)を配し、天高きお社(やしろ)より、絶えず光を注いでくださるのです。

難解な部分もまた、神の妙技でもあり、それを、わたくしはお出逢いするお一人おひとりにもっとも適った表現にて、これからも変わらず“愛ある言葉”を丁寧にお伝えする心づもりです。

共に、明日を信じ、心軽やかに、一歩一歩進んでまいりましょう。

本年も誠にありがとうございました。

心から感謝と、皆様の栄えある未来を願います。

2019年12月31日
Rinokia

以上。

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皆様

いつもありがとうございます。

今年11月の京都鑑定の折に、東山区にあります、高台寺へお伺いいたしました。ここは、祇園の八坂神社に程近く、京都ならではの狭い路地を歩きますと、なだらかな石段を経て、庭園美しきお寺に到達いたします。

豊臣秀吉の
正室、北政所(きたのまんどころ:ねね)が、秀吉公の冥福を祈るため建立した寺院で、霊屋(おたまや)には、秀吉公と北政所の木像が祀られ、実際、北政所の御骨が地下数メートルの場に安置されているのだそうです。

目を見張るのは、やはり敷地の随所に見える庭園の美しさで、四季折々の草木は、どこを歩いていても風情があります。緻密に配された日本庭園は、主役がまさに木々や小さき草花であることを思わせます。歩く人も、風景の一部になるような、贅を尽くした様式は、まさに日本が誇る庭園技術とも申せるでしょう。

方丈、開山堂などを巡った先、少し高台に、秀吉と北政所の霊屋(おたまや)はあります。わたくしが今回訪れた際には、修繕のため囲いが設けられていましたが、それでも、スタッフの方の指示のもと、順番を待ちながら霊廟の説明を聞き、じっくりと内部を拝観することができました。

その霊廟にて、ねね様にお伝えいただいたことが、わたくしも同じ女性として胸を打ち、かの時代、戦国の世の殿方のみならず、女性もまた、各々が生きることの難しさを多く得ていらっしゃったのだろうと、感慨深く拝見いたしました。

かつての先人たちの心もようは、どれほど時代を経てもなお、わたくしたちに相通ずるものがあるのだと思います。

2020年の新しき局面を迎えるにあたり、少しでも皆様の心の燈火となれましたら幸いに存じます。

Rinokia

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「人は生まれしより、定め(宿命)ありて、自らを育む(縁のある)地と、また身(自分)を取り巻く者たちがしかるべく配され、関わりを得て、生をまっとうする(一生を遂げる)ものです。

互いが、己の“力”を示し、自らの立場(立ち位置・身分)を従えていくなかでは、けして易き(安易な)意ではなく、力の拮抗激しく、そしてついには非情なまでの淘汰がおこなわれていくのです。

わたくしがかつて生きた世を思い返せば、人々が(わたくしたちを)思うに、一方では、人が手に及ばぬほどの居住まい(生活)を得しことをうらやむ念すら抱くでしょう。またその一方で、時世の波に揉まれ、思い(願い)の叶わぬ哀れな者として、賛美から程遠き存在として、遠くより眺める(傍観する)こともあるでしょう。

それは、おそらくは、かつてわたくしとともに(=同時代に)生きた者たちも、各々の思いで(価値観にて)見定め(判断し)、けして安からぬ(穏やかではない)思いを抱いていたと、わたくしは今や深く感じております。

そうです。どの時代であれ、人はただその人ひとりでさえ、良否(良し悪し)様々な側面を持っているものです。

無論、かの時代の、食べるものも事欠く時代、飢えに晒(さら)される者たちの多きさなかにあって、わたくしのような者(立場)は、日々の(暮らしの)充足、という意味では、羨望に値するかもしれません。

ですが、その(充足した)生活とは、何もかも満たされぬ(日々の生活に事欠いた)暮らしと、まさに表裏一体であり、明日のわが身、幸福の続くことなど、何ら守られて(保証されて)はいなかったのです。

明日の行く末(行く先)どちらを(幸不幸)辿るか、その不安な想いに苛まれるさなか、わたくしも、そして、わたくしと同じ立場に在る“女性”もまた、世継ぎと、家(家系)の存続、願わくば末永く続く安寧と繁栄を望むそのなかにあって、自らの定め(宿命)を受け入れること、たとえ意にあらぬ(意図しない)物事でさえ、それを“良し”として静かに従う(付き従う)、それを、あなたがた(現代の人々)は、一体どのように思うことでしょう?

不満な心は、なお、貪欲なまでに、その満たされぬ心を増幅させます。

人を失う悲しみ、たとえ定めと知りながらも、それを受け入れるのは・・・あまりに切ない。

しかしながら、わたくしも、そして、わたくしに連なる数多(あまた)の者たちも、家を守り、世を繋ぐがため(世継ぎを残すため)、ある場合には嫁ぐ先を変え、またある時は、家を離れ(離縁し)、それでもなお生きていかねばならぬのです。

わたくしたちが生きた御世に、日々愚直にも、自らに言い聞かせし(納得させ)ことがいかほど(どれほど)であったでしょう。

“これで良いのだ”、“こうすることがお家(いえ)のため”――― わたくしたち女性も、そして、なおかつ、世に戦う殿方もまた、大きなうねり、困難な局面の絶えぬ時代にあって、そう自らに言い聞かせていくより術(すべ)はないのです。

あなたがた(現代の人々)もまた、時代はどれほど進み、恵みの多き日々であろうとも、その時代ゆえの苦労も誠に多きことでしょう。

そのなかで、どうか、けして人(他)を恨んではなりません。

先にも述べたとおり、不満な心、満たされぬ思いは、人の心を貪(むさぼ)り、現に(実際に)見える恵み(良い面)すら、見逃してしまうことになる。

そして、その不満から生ずる恨みの念は、留まるところを知らず、その人を、そしてその人を取り巻く大勢の者たちを、不幸へと追いやるのです。

いつか、どこかで、各々が、自らのそうした、不幸と見る心を止めねばなりません。

(少し間を置きました。)

このように、あながたにお伝えできるのは、今やわたくしが肉体を離れ、そして、魂(霊魂)として、かつての時代の様相、自身の心と、またわが身を取り巻く環境を眺める(落ち着いて捉える)ことできるゆえです。

実際、わたくしの心も(かつての状況下では)大いに乱れ、時に悲しみに暮れたものです。

そして、意図せぬ物事、不本意な状況に、歯を噛み(歯を食いしばり)目を閉じ、そして、自らに言い聞かせた(納得させた)ことは、一度や二度ではありません。

ゆえこそ、御仏の救いは、何よりも、その鬱屈した心を解き放ち、わたくしたちの魂の、まだ見ぬ極楽浄土への導きとならんが(導きとする)ため、(仏教を)至上の求道としたのです。

ですが、こうして、数百年を超え、今や多くの人々の訪れるこの霊屋(おたまや)にて、時世の流れと、そして移り変わる季節になお、伸びやかに草花が生い茂る姿を見ておりますと、人もまた、自然の移ろいと同じく、静かに、しかしながら、絶えず進みゆき、そして“巡る”ものであることを強く感じております。

わたくしたちの、かつての悲しみや苦しみ、身を切るような慟哭(どうこく)もまた、数多の生き死にが繰り返され、なお種(しゅ)が残され、
こうして後世の新たな生命(いのち)が、“令和”という時代を創り成している事実があるなかでは、わたくしたちの苦渋、悲哀、そして(極楽)浄土を信じ、それでも命を永らえたこと、それらどれ一つとして徒労(無駄)では無かったのでしょう。

わたくし(のかつて)と同じ気持ちになっていただきたいとは申しません。

ですが、今やこうしてあなたがたに、時代を超えて、これまでの思いを紡ぎ出し、お伝えすることができるのであれば、それは、心の在り方を、自らが、僅かでも“良きに”据えていく、その心意気をいかなるときにも持ち続けることです。

苦しみを苦しみとして、また不満を不満として述べるばかりでは、一向に先は見えません。

人は命ある限り、この世を全うせねばなりません。前進
(前向きな意味合い)として、自らの定めを受け入れ、それすらも、生きる力”と変えていくのです。

戦国の世とは、言うに言われぬほどの厳しき定めが、どの者にも託された時代と申しても過言ではないでしょう。

そういった、わたくしどもの(かつての)時代に対し、哀れみや悲壮の念ではなく、わたくしたちの愚直なまでに命を費やしたその生き様もまた、あなたがたの栄えある未来ーーー 各々が関わり紡ぎゆく人生にあって、生きる“底力”となれるのでしたら、誠に嬉しく思います。」

以上。

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皆様

いつもありがとうございます。

2019年も残すところあと数日となりました。

年が明けて以来、目まぐるしく駆け抜けた日々でしたが、今改めてこの一年を思い返しますと、多くのお出逢いをいただくなかで、様々な気づきと次への大事な教訓を得られました。

各地にお伺いし、その土地ならではの風景を拝見する度に、そこには数限りなき多くの方々の人生の積み重ねがあることをひしひしと感じ、回数を重ねてもなおその時の自らの心持ちと相まって、感謝と感動の想いが胸を満たします。

本日は、前回の記事【香取神宮】への参拝の次にお伺いしました、茨城県鹿嶋市宮中にあります常陸国一之宮 鹿島神宮での神の御言葉を書かせていただきます。

御祭神は、香取神宮の御祭神 
経津主大神(ふつぬしのおおかみ)とともに、国譲りに御尽力された、武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)です。

武甕槌大神にも「2020年の心構え」として御言葉を頂戴しております。

皆様の明くる年が、どうぞ希望の一年でありますよう心より祈念申し上げます。

Rinokia

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「この世(現象界)は、“天”と“地”より、成る。

光は天より降ろされ、遮られること無き“矢”の如く、地上へと一心に(一直線に)降ろされるであろう。

人は天へ向け祈り、そして地にひれ伏し、自然の絶えることなき巡り(仕組)に思いを致すのだ。

畏敬(の念)を胸に、人は自らの足で、“立つ”。仰ぎ見るその先に見えるは、地より繋がる(天へと伸びる)“剣”の如く、強き光なり。

人は、未だ見ぬ明日を思い、進む方(方向)を見定めるがため、すくと(すくっと)立たねばならぬ。そしてまた、大地をしかと(しっかりと)踏みしめ、この世に“挑む”のだ。

ゆえこそ、明くる年には、怒涛の動きがめくるめく訪れようとも、われら(神々)と、そしてわが国の民こそは、各々が足元を定め、胸を張り、意気盛んに歩み出さねばならぬ。

案ずる(心配する)より、歩(=一歩)を進めよ。天に続く階(きざはし)はすでに次(未来)へと続くなり。

天の光(加護)を受け、地の力を支えとし、万民の行く先は、国の泰平、長らく続きしこの国(日本)の、ひとかたならぬ辛苦を越えし先人たちの御霊とともに拓く、“弥栄
(いやさか:益々栄える)御代”である。

わが国の民の誇り、真の“和”を以(も)って国は、成る―― 大和(やまと)の民として、一糸(いっし:少し)の迷いなく、歩み進めよ。天(神々)とともに、わが民は、常に在る(生きる)。

幾千年もの、これより続く国の栄えは、明くる年、その場、その時(瞬間)の一片に依る。

大いに歩み、そして高らかに声を上げ、皆々と手を取り、進むのみ。

踏み鳴らす大地は、民の果敢なる勇気を祝し、各々が(各々の)人生の軌跡となり、地上に輝くであろう。」

以上。

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皆様

いつもありがとうございます。

今年の年末は鹿嶋に来ております。これまでは、この時期にお伺いしたことがなかったので、景色の違いにも楽しみを見つけております。

道中
まずは、千葉県香取市の香取神宮へ参りました。成田山新勝寺に次いで、年末年始の参拝客が多いと言われる香取神宮は、表参道の大鳥居をくぐり、なだらかな参道を登ります。第二の鳥居を抜けて楼門、そして総門を進んでまいります。

黒く塗られた社殿は、繊細に描かれた模様をさらに鮮やかに引き立て、とても美しいです。

年末年始の参拝客を迎えるべく、お守りの授与所も着々と臨時増設し、来たる賑わいを感じさせます。

御祭神は、経津主大神(ふつぬしのおおかみ)です。今回は「2020年の心構え」についてお伺いしております。

Rinokia

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「宇宙は、始まりと終わりが表裏(表裏一体)となり、永遠の軌跡を辿る。

ここにおいて、わが国(日本)の、文字通り、“あ”と、“ん”の理(ことわり)の、その真意を得る(理解する)者に、以後十数年に及ぶ日々の“渡り”(※ここでは、渡し舟のように、スムーズに進む意味です。)となるだろう。

始まりを司る“あ”、そして、終わりを成す、“ん”ーーー ひと続き
(ここでは十二支のことです)、その起点の来たる年(2020年)は、殊更(ことさら)に、始まりを良きに収束させること、いわば、“完結する”(完遂する)ことを体得せよ。

生活の様相、その“質”こそは、人の心得(心構え)を拠り所とし、古(いにしえ)よりの倣い(慣習)、伝統たる物事(※ここではお正月をはじめとした年中行事の意味です。)、また、懇ろに(=長らく時間や手間をかけて)励むことで、自らの生きる姿(生活)を“調(ととの)える”。

ゆえに、新しき(2020年)年において、努めて、自らの居住まい(佇(たたず)まい)、そしてその所作こそを、けして安易、虚ろに(安直に)成さず、時間を深々と費やしていく、その心こそを自らに据えるのである。

願わくば、言葉の偉大さ、つまりは“言霊”の力を知り(理解し)、わが民よ、今一度、この国に授かりし言葉(ことのは:日本語)の麗しき霊力を遺憾なく現わし、日々の糧、確たる道(道程)の標(しるべ)とせよ。

“あ”から始まり、この世は、成る。民よ、そこに連なる言葉(=い)、すなわち、“愛”は、この世に無上の“光”をもたらすだろう。」

以上。

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※12月22日頃まで、トップページには本記事が表示されます。その期間、新しい記事は一つ“前”のページに随時更新されますので、何卒ご了承くださいませ。

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皆様


Rinokiaです。
いつも『神々からのメッセージ』をご覧いただき、誠にありがとうございます。

2019年師走、皆様いかがお過ごしでしょうか。地域によっては強い寒波が押し寄せているようです。皆様の安全を心よりお祈り申し上げます。

さて、12月21日(土)~22日(日)に鹿嶋(茨城県)にて霊視鑑定をさせていただくことになりました。

来たる新しき年に向け、地球規模の流れとともに、お一人おひとりに必要なメッセージをしっかりとお伝えさせていただきたいと思っております。
是非この機会にご予約いただけますと幸いに存じます。

各々の鑑定の詳細は下記をクリックしご確認をお願いいたします。

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Rinokia鑑定所HP:各地での鑑定
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【開

催日・場所】


・12月21日(土)~22日(日)@鹿嶋(茨城県):鹿島神宮周辺


 ※各日ともに数名様程度での先着順となります。

 ※詳細はご予約時にご案内させていただきます。


何卒宜しくお願い申し上げます。  


                                   
Rinokia



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皆様

いつもありがとうございます。

今年6月に、京都鑑定の際に祐気(吉方位)取り、およびお水取りをさせていただいた、京都は西京区にございます、松尾大社に、先月11月にもお伺いいたしました。

嵐山線の松尾大社駅を下車しますと、ほどなく大きな鳥居が見え、数分もすれば、境内に至ります。住宅にぐるっと囲まれたそのお社は、参拝者が後を絶たないものの、静かに悠久の時を刻んでおります。

この松尾大社は、最古級とも称されるとおり非常に古い歴史をもつ神社で、
御祭神は、大山咋神(おおやまぐいのかみ)と、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)です。

松尾大社の神使いの“亀”と“鶴”、そして、崇敬者の方々から奉納されたという“幸福の双鯉(そうり)” “撫で亀”など、本殿のほかに、つい足を止めて見入ってしまう場所も多く、わたくしもしばし心楽しく過ごすことのできる、思い入れの強い神社の一つです。

境内の右手奥には、霊亀の滝・神泉 亀の井があり、今回も、こちらでお水取りをさせていただきました。奇しくも、野生の猿が、裏の山手から何匹も現れ、思い思いに周辺を歩き回ったりお社屋根に登ったりしていて、普段ななかなかお目にかかれない動物を実際に見られ、これも旅の良い思い出となりました。

今回は、わたくしたちの普段の心の持ち方について、神よりお伺いした秘訣をお伝えさせていただきます。

Rinokia

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一滴の水の恵みから、一滴の尊き“酒”が生まれる(※松尾大社は全国でも有名なお酒の神様です)。

大地を通りし水は研がれ、しかるべく力のもとに(作用の力がかかり)、少し、また少しと変容を遂げ、ついには、われら(神)の前に捧げられる“神酒(みき)”となる。

この世には、数え切れぬほどの恵み(素材・材料)がありて、それらは、人間より起こる知恵が、天の計らい、そして自然の理(ことわり)にちなみ(即して)、地上になお欠かせぬ物事として、ついにはその(変容の)姿を現していく。

すべて(あらゆる物事)は、即時(※この場合には、すぐさま・急に、という意味です。)には成されず、ここに、神も、そして、人間もまた、来たる日(そのとき)に向かいて、肝を堪(こら)える(=じっくりと待つ)ことを経てこその、ついには、麗しき物事(良き結果)の現れを見ることを、そなたらはしかと心得ねばならぬ。

一息(しばしの休み※ここでは、少しの“待つゆとり”の意味です。)の大事さよ ーーー

急(せ)いてならぬ。急いては、どれほどの良き実(じつ:内容・中身)であろうとも、あまりに浅く、携え(支え)脆
(もろ)く、そして、そこから生まれし(生じる)物事は、背(=芯)のなき、まさに軟弱となる。

心の念ずる(望む)は、人の世において、けして絶えることなき、いや、次から次へと、沸くがごとく生じるもの。

ゆえこそ、人はその心の高揚を、自身の心内に感じつつ、なおかつ、その一方(片面)にては、“一息”の心意気にて、じっくりと構えねばならぬ。

機(好機・タイミング)を待ち、その向かうところ(望む結果)へ、たとえ明らか(明白)ならざる間(期間)であってもなお、じっくりと歩みを進めるーーー

この国の、民総じての、機を待ち肝を堪(こら)える、それこそが、荒ぶる風雨、押し寄せる怒涛(どとう)にもけして揺るがぬ、欠かせぬ“土壌”(=礎、下支え)となるだろう。」


以上。

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皆様

いつもありがとうございます。

博多 住吉神社には、沢山の境内社があり、そのなかには、「荒熊・白髭(しろひげ)稲荷神社」という、伊勢神宮外宮の御祭神「豊受大神」が祀られたお社がございます。

“白髭”という名を冠した神社ですと、わたくしとしては「猿田彦大神」がすぐさま思い浮かびますが、稲荷神社の御祭神「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」ではなく、「豊受大神」が祀られていることも、新鮮な驚きでもあり、大変興味深かったです。

今回の記事では、豊受大神より頂戴しました、わたくしたちに“大切にしてもらいたいもの”というメッセージを書かせていただきます。

Rinokia

***

「この(人の)世とは、絶えず様々な事象が、内(※ここでは身近に、という意味です。)また、外(※国全体に、などの広い意味です。)にも生じる場でもあります。

人各々が、直(直接)ではなくとも互いに関わり合い、また命(あるいは生活)を多面にて(様々な要因にて)存続させているなかでは、時においては(場合によっては)その“繋がり合い”さえも見いだせず(実感できず)、心細く日々を過ごすこともあるでしょう。

この国が目まぐるしく変化し、また、これまでの歴史に無きほどの、“未知の”局面を、今まさに迎えるあなたがたは、ともすれば、身の置くこと(安定して存在すること)も難き(難しい)状況とも申せます。

何を信じ、そして何を心に据え生きてゆけば良いのかーーー 今の世の人々は惑い、また、自ら何故(なにゆえ)のための人生か、歩み目指すその先(向かうべき先さえ見い出せずにいる、それが、今この国の有り様(ありよう)です。

一つ、覚えていただきたいことがあります。

それは、すべて、この世は“繋がっている”という事実です。そう、本当にすべての存在が、目に見えると見えざるとにかかわらず、互いに少なからぬ“繋がり”(※結びつき、と読み替えていただいても構いません。)のなかに、今、その生命が息づいているのです。

この、定かではない(=不透明な)世にあり、それでもわれら(神々)は、地上の存在と繋がり、そして、天地、自然もすべてめくるめく、互いの息吹きをつぶさに(繊細に)関わらせつつ、互いを支え、繋がり合っています。

だからこそ、今まさに、目前の物事にそぞろな不安、そして自らの生きる意味を見出せず、明日への希望を見い出せない民があるとすれば、わたくしたちもまた、同じく、その(不安な)気持ちを分かち合うのです。

そして、目には見えずとも、声は無くとも、すべての民の行く先の幸(さきわい)なることを願う存在としてわれら(神)は在り、常に“繋がっている”というこの世の真理に従い、あなたがたをすべて、今も、変わらず慈(いつく)しむのです。

ゆえこそ、どうか、如何(いか)なることがあろうとも、良き心(=積極的な気持ち)にて、必ずやどこかで、そして誰かと、しっかり繋がっていること、ただ一人ではなく、限りなきほどの存在と“共に生きている”ことを、大切に心に据えていただきたいと、われらは切に願います。

こうして、この国にある幾千、幾万もの神の社(やしろ
神社)は、すべての民と"共に在る”ことを示した場として随所(各地)に配され、今なお、あなたがたの日々の(暮らしの)拠りどころとして、ただ一心に、“繋がり合う”のです。」

以上。

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皆様

いつもありがとうございます。

先頃の博多鑑定では、時間の合間を縫って、博多区にある住吉神社へ伺いました。この神社は筑前国一之宮で、大阪の住吉大社・下関の住吉神社とともに「住吉三社」と呼ばれます。

博多駅に程近く、その名の通り“住吉通り”沿いを進みますと、突如現れた森のなかに、お社(やしろ)はあります。

境内は朱塗りの本殿ほか、多数の摂社・末社と、また名所旧跡も点在し、由緒書きを眺めつつ、なかなかの見応えと、歩き応えがあります。

今回は、博多の住吉大神が降ろしてくださった“人生の秘訣”について書かせていただきます。


Rinokia

***

「あれこれと、よそ見ばかりしてはいないか。

あちこち、気が散漫になってはいないだろうか。
ーーー 今一度、自らを省みよ。

上っ面(うわっつら)の物事にばかり気を病み(気をもみ)、心定まらずそぞろに歩む者たちが、今、この国にはあまりにも多い。

人が生きることも自然の理(ことわり)と同じく、少しまた少しと、じっくりと紡ぎゆかれるもの。

その重ね(積み重ね)無くば、いかに(一見)大きなものとて、脆(もろ)く崩れ落ちるのみ。

ひたすらに誠の心にて(=誠実に)進みゆくことの、なんと固き(堅固な)ことよ。

己の身も心も遂げゆく(※ここでは、集中できる、専心できる、という意味です。)物事は一体いかなるか(どんなものか)。人は誰しもが皆、自らの心をどこまでも遂げることの叶う(できる)ことがあるだろう。

それこそを、今まさに、この荒波勝る(=荒波の強い)時代、しかと見い出せよ。

心に定めし、その一つ。一つの物事を先ずは肝要(大事)として据え、その所業(それにまつわるおこない)より、絶えず(途切れず)、諦めず、真摯に立ち向かうのみ。

そして、自らの確たる基(基盤)を固めたならば、いよいよ船出は急がれ、目前の大海原に、自ら進みゆくそのすそ野(=関わっていく物事)は広がっていくだろう。

“一点の突破力”ーーー

人は、それでもなお“光”(希望、未来)を信じ、荒波勝る(強き)苦難に立ち向かわねばならぬ。」

以上。

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皆様

いつもありがとうございます。

大阪 住吉大社に引き続き、奈良桜井市にあります、大神(おおみわ)神社にお伺いいたしました。住吉大社と大神神社への年末参拝は、わたくしが長らく続けている大事な毎年の恒例行事です。

大神神社には本殿はなく、ご神体として三輪山を拝む様式です。少々目線より高く配された立派な拝殿は、背後の三輪山を拝むにはちょうど良い高さになっているのかもしれません。

緑に囲まれた境内は空気が澄んでいて、神聖な空間に浸りつつ、参拝の方々は、みな思い思いにじっくりと神と心を合わせていらっしゃる姿が印象的です。

折しも七五三の時期と重なり、可愛らしい着物姿のお子さん方は、この荘厳なお社(やしろ)に色鮮やかな花を添えてくれました。

2020年を迎える際にあたり、わたくしたちが心に据えておくべきことを、大神明神は威厳をもって諭してくださっております。

皆様の前途に、いつも希望の道筋がもたらされますように。

Rinokia

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「日一日と、
刻々と時は過ぎる。

悠久の時(時間)は風のごとく、一時(いっとき)たりとも形を留めることなく流転(変化)を重ねゆくもの。

自然は移ろい、そして人も年(年齢)を重ねる。

誰一人、そして何一つ、逸脱することの無きこの世の真理は、宇宙の流れと、それに付随する(人間の)生体の仕組に則り、刻々と、同じ歩幅(=ペース)にて変化を遂げるのである。

そのなかにあって、人に備わる“意思”とは、その定まりし(=一定の)流れに、ある種(しゅ)の意味付けと、さらには、その速度でさえ変わらせゆくほどに、強き息吹すら内在するものである。

意思とは、己のもつ信念に基づき、その信念とは、自らが歩みゆく人生の“礎”として人生のあらゆる場(場面)を支える基盤となる。

そして信念とは、つまるところ、人生をより良く、そして高潔に生きるための、安易には破られぬ(曲げられぬ)背骨でもあり、人は自らの信念を胸に、大小様々な類(たぐ)いの物事を、ほかでもない、己が己の言動にておこなうことで、この世(現象界)は成り立っている。

混沌たる御世(=現代)、是非(良い悪い)の区別すら見出すことの難き(難しい)最中(さなか)、
信念をもつこと(あるいは表明すること)すら、少なからぬ“迷い”を生じずにはいられぬであろう。

一つ、古(いにしえ)の民(※ここでは、“先人たち”という意味です。)と、今の世の民の、生きることの大きな“違い”を教えよう。

古(古代・昔)は、無論、目に映るもの(=物質)は簡素にて、人類の利器もまた、(今とは)比べるまでもない。

古の民は、厳しき場(環境・境遇)にあって、いまだ見えぬ先(将来)に、それでもより良き明日を胸に、ひたすらに命を長らえてきたのだ。

この一手(一つの行い)にも“意味を持たせ”、そして次につながりゆく、大切な思いを込める。

あらゆる行動、あらゆる言葉に、自らの“意思”―――こうでありたい、という切なる願い(=目標)を心に据え、それを叶えん(叶える)がため、己の行いに意味(=目的意識)を据(す)えたのである。

今の世の民において、どれほど、己の振る舞い(行い)の一つひとつに、確たる意(しっかりとした目的)をもち、日々心を遂げる(真心を込める)者があるだろうか。

無為に、無暗(むやみ)に、そして虚無なる、彷徨(さまよ)える民たちよーーー

己の成す物事(行動)に、最大の関心を置き(注力し)、生きる意義(目的)を見出せよ。

そして、地道に、確実に物事を成す。

一時(いっとき)たりとも無駄にはせぬ、という切実な想いより紡がれるかけがえのなき日々には、自身を取り巻く数多(あまた)の事象、そして、この国を創る(彩る)自然にさえ、人は深い意味(存在する意義)を感じることとなる。

必要ありての現象。そして、必然たる“出逢い”―――

だからこそ、必然たる数々の意義深きこの世の現象に、人間という生命も、まさに己の生きる意義(目的意識)を重ね合わせ、この国(日本)の民として、そして、人類として唯々(ただただ)歩み進めねばならぬ。

今こそ、強く、そして果敢に、意思(目的)のままに歩み出(い)だせよ。

この世のうねり(混乱)に、立ち向かう勇者が、目覚める時代(とき)が来た。」

以上。

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皆様

いつもありがとうございます。

2019年もいよいよ一ヶ月となりました。
毎年12月になりますと、時が経つ早さに驚き、また、こうして無事に一年を終えられることに感謝の念を深めます。

それと同時に、気持ちはすでに、明くる年2020年へ向かい、次の一年を見据えての大切なこの一ヶ月に、様々な想いを巡らせております。

さて、本日は、12月の啓示を書かせていただきます。
皆様のご多幸をいつも心よりお祈り申し上げます。

Rinokia

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「どのような出来事も、“積み重ねて”こその、一つの結果(現象)であり、こうして人間とは、今その瞬間さえも、様々な繋がり(ご縁)を引きつつ、一時
(いっとき)々々の積み重ねにより、人類の歴史も、また人ひとりの人生も創り成されているのです。

その意味では、新たな年(明くる年)という概念があるのは、あなたがたにとって、一体どのような意味を持つのでしょうか。

明くる年は、“新たな日々(一年)が始まる
という意味で、“仕切り直し”を感じるものでしょう。

しかしながら、単に、年が変わるのみでは、何も“新しく”はなりません。

なぜ敢(あ)えて、年の変わりがこの世に配されているか、それは、どの人でさえ、今その姿は、過去(以前)の連なり(=積み重ね)によって成され、目には見えなくとも数え切れぬほどの“縁”によって、一人の人生は支えられているという事実があるゆえです。

そうした、幾多の”ご縁”―――いわば、“お蔭”をもって自らが“在る”(存在する)ことに、次(明くる年)に“進む”という時の経過が付加されることで、(新年の始まりには)人は殊更(ことさら)思いを馳せることができるのです。

ゆえに、己の存在は、ただその一つ(=一人)という観念を易々(やすやす)と超え、生まれてよりこれまで天より配された多くの縁、(先祖を含めた)先人たちの願いを一心にわが身に受けるからこその“賜物”――― すべてが“わが生命(いのち)”と捉(とら)え、それらと共に、新しき一歩(新年)を踏み出すのは、なんと素晴らしき所業(おこない)でありましょうか。

新たなる年に際し、神々の祝福ーー 健やかに、そして力強く、己こその人生を歩む、その門出に臨む場が、この繰(く)る年(年変わり)と思っていただければと切に願います。

一つ年が変わるごとに、あなたがたは、また一つ、さらに固き(=欠かせぬ)ご縁をいただき、希望を胸にこれまでの“すべて”を背負い、また新たな一歩を踏み出すことになる。

年の瀬にかかる、この世を巡る息吹きの“高揚”が、すでに始まりました。

意思(志)を大きく(高く)掲げ、そして、神と人々とともに、自ら果敢に歩み出(い)ださん(歩み出そう)と決める(覚悟する)者に、神は諸手を挙げて祝し、その者こその人生に、欠かせぬ学び(気づき)をもたらしめ、行く道の燈火(=道標)とすることでしょう。」

以上。

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