2016年7月10日

「“時”は止まらない。それは、機械仕掛けの一刻ではなく、生命の営みであり、生まれてからその命の終焉する連なりが、この地上に幾たびも幾たびも重なりゆくということ。同じ“生(せい)”は何一つとして存在せず、たとえ、朝の静けさに浸る山の様相もまた、新たなる“生”を内包し、生命は育まれ、そして時は着実に進みゆく。」

「刻一刻と進むこの地上は、一日、一年という、あたかも巡るかのごとくに繰り返すが、それは、必ずや何らかの変化を含み、その変化とは、人間であれば成長、また老いとなり、もはや戻ることは叶わない。」

「螺旋(らせん)の階段を上がるように、地球はけして同じ居所には戻ることはない。目には見えなくとも、耳に聴こえなくとも、地球は鼓動し、成長を遂げ、そなたたちと同じく、“生きる”。」

「時の経過があるからこそ、その一瞬はかけがえなきものとなる。時とともに生命は進みゆくからこそ、目指すものは同じとなる。すなわち、そなたは、そなたとしての一度きりの人生をとおし、神が与えたもう恵み、機会、あらゆる縁を紡ぎ、人間というものへの礼賛、そして生命をはじめ、あらゆる存在への畏敬の念を、日々進みゆくほどに、そなたの心に芽生えさせるということである。」

「過去に生きた先人たちの想いは、こうしてそなたという生命に引き継がれ、神が創りしこの地球への感謝を、そなたがあらゆる機会を通じて感じ、考え、そしてそなたならではの生き方に投影していくのである。

それこそが人間であり、幾たびも幾たびも、この地球で重なりゆく尊い“生命”(いのち)―――。何すらも無駄もなく、虚無なものもない。この生命たちの積み重ね、あらゆる時代が織りなした人間たちの生きざまこそ、地球全土の“成長”となる。」

「一つでも、それまでに気づかなかった事柄が見えてきたならば、それは大きな成長であろう。一つでも、心から感謝の念が沸き出でてきたなら、そなたは見事に成長を遂げたこととなる。神そして、そなたを守る霊魂たちは、そなたが自らに得た“前進”に、大いに喜び、涙するのである。

そして、この、たった僅かな気づき、感謝、幸せが、そなたの心に生まれ出でたそれこそが、地球の上昇を加速する。螺旋の階段は光に包まれ、強大なる息吹を回転させるのだ。そして、地球の
新たなる可能性を生み出し、人類にさらなる局面をもたらすものとなろう。」