2018年4月1日(春の霊験修行4日目)

Rinokia 長野県 戸隠神社 
火之御子(ひのみこ)社へ参拝。
火之御子・・・御祭神は、天鈿女命(あめのうずめのみこと)。舞楽芸能上達・開運・縁結び・火防の守り神として知られる。)

(Rinokia、
火之御子社の神へ質問。
「日々、様々な人と(霊視鑑定にて)お逢いしますが、皆様、今の時代にあって、生きにくさを感じていらっしゃる方が大変多いと感じております。今後どのような心持ちで毎日を生きていくべきか、何かメッセージがありましたらお教えください。」)

「人は皆、周囲
(の人々)から、“その人”として認識されておりますように、各々が、その人ならではの“特質”というものを持ち合わせています。これは単に、容姿や風貌などの“外見”の意味に留まるものではないことを、まずはご理解いただければと思います。

わたくしが申し上げたいのは、あなたがた各々が携(たずさ)えているものは、外見は言うに及ばず、挙動や感情、また、ごく繊細な程度での思考でさえも、その一つひとつは“唯一無二”であり、それらが積み重なり、今のあなた、という存在を形作っているのです。

天にあります〈神〉は、あなたがたという魂を、様々な由縁を以って、この世に誕生せしめております。

それは単に(
人という)魂をもった生命体が、人間たるものの営みによって数限りなくこの地上に現わされることを、神が認めて(許して)いるのではなく、むしろ、各々の魂には、限りなく純粋なまでに、(千差)万別の“光”がある、それこそをわれらは真に尊び、あなたがたという生命が自らの意志に従い、互いに関わり、生きることで、この地上にあらゆる“彩り”を添えることを、われらは求めるのです。

各々の光が、欠かせぬ縁を引き寄せ、また時に離れ、その交わる様は(※光が互いに交わり合うことでの新たな広がりの様相をおっしゃっています。)誠に美しく、ここにこそ、神の御世が現されるのです。

ですから、わたくしたちは、あなたがたを、“一様(いちよう)”なる魂としては、けして見なしておりません。つまり、あなたがたは、神の創り成すこの宇宙空間にあって、かけがえのない“地球”のという星(惑星)における、“あなた”という、他にはない光を携(たずさ)えた魂であり、われらにとりても、そして、他の幾多の霊魂たちにとりても、“あなた”という光こそが欠かせぬゆえ、今、現にこの地上において、しかるべく転生が叶えられたものと強く信じていただきたいのです。

では、その“あなた”という魂を、(他と)判別するものは何か、それは、あなたを形作るその身体、心、あるいは思考など、あらゆるものについて、冒頭に述べましたように、唯一無二の特質です。自身に備わっているものとは何か、それを今一度、自らに問い、懇ろ(丁寧)に見いだすこと、そして、それを日々の生活のなかで充分に慈しんでいただきたいのです。

誠に多様な出来事が、一人の日常にも、生じては消え(終わり)、消えてはまた生じます。あるいは、周囲(他)の物事さえも、容易に、それらを知り得ることもできるこの錯綜たる時代にあって、あなたがたは、自らについて目を向けること、そして、自身に備わる様々な特質を見いだすことも難く(難しく)なっているのでありましょう。

しかしながら、それらは、幻の感覚に過ぎず、あなたがたは各々、類まれな性質を持ち合わせているのです。ある人は、じっくりと物事を考えることに長(た)けているかもしれない。またある人は、周囲に何らかの新たな考察を促すような、物事の反応を示すかもしれない。

人は、何か人よりも優れることを追い求める傾向にあります。言い換えれば、自と他とを比較し、そのなかで優劣などを定めよう(決めよう)とする。しかしながら、それは人間の“眼”で(優劣などを)判断するのみであり、神は、あなたがた各々の、その存在こそを、もっとも尊き、類なきものとして、すでに見なしているのです。

ですから、たとえ、人(他人)に誇れるようなことでなくとも、あなた自身が、「これが、自分の“持ち味”」と思えるものがあるのなら、それは神が愛しむ、あなたならではの姿であり、たとえ僅かな(些細な)事柄でも良い。そして、あなた自身が、自らの姿を慈しむことができるなら、それこそわれらは実に嬉しい―――。

たとえ些細なる事柄でも、自らに備わるものを“良い”として認めたならば、それこそを、丁寧におこなって(行動として積み重ねて)ゆきなさい。あなたはすでに他には比較するべくもなく、愛しき特質を持ち合わせ、それをなお、自らの研鑚によってその良さを増して(高めて)いくことができる。これこそが、あなたが、幾多の経験を積むことのできる地球という星に、再び降り立ち、縁ある人々と互いに生き合う意味なのです。」

***

(Rinokiaより: この神様が、“人間の特質”について説明してくださった際に、わたくしに見せてくださった光景は、まずは、地上にいる人々をすべてを、“光の姿”として知覚できるように、物質をすべて省いたうえでの、光のみの現象界という様相でした。それは、本当に人類の数だけ“色”が異なり、それらを神はすべて把握されていらっしゃるようでした。

そして、今度は、一人の人物に焦点が当たります。その人の色合いがまた、頭から足の先にかけてもグラデーションのように配され、神のおっしゃる“人の特質”というものが、その色合いによってきちんと認識できるのです。メッセージの最後にある、“自らの研鑚によってその良さを増して(高めて)いく”ことによって、その色合いは少しずつではありますが、まるで年輪のように積み重なり、さらに光を放っていきます。

一生をかけて、わたくしたちが積み重ねていくものは、姿にも、また、こうして、光の程度にもしっかりと現されていくのだな、とつくづく思いました。自らが、“これが自分の持ち味”と思えるものを伸ばしていくこと、それは、この世を生きやすくするうえでも良き手立てにもなるのでしょう。

今回の
火之御子社の神には、わたくしたちが感じてしまいがちな、“生きにくさ”というものを、少しでも明るい希望をもって解消し、より幸せに生きるための、心からの応援を頂いた、そう感じさせていただきました。)