皆様、

関東大震災における朝鮮人虐殺は、前回のブログでお伝えしたもののみではございません。

同じく埼玉県は、大里郡寄居町の正樹院(しょうじゅいん)の墓地にも、一人の朝鮮人の方が眠っておられます。

今回は、その御霊との対話を通じていただいたメッセージをお伝えいたします。
墓前にて祈り始めますと、比較的若い、青年のような御霊がすぐにお声を発してくださいました。

「あぁ嬉しい・・・本当にこのうえなく、今、私は嬉しいのです。」

(Rinkia 「朝鮮人であるあなた様を、日本人のわたくしが、こうして墓前にて祈らせていただくことは不遜(=思い上がった態度)ではありませんか?」) 

「いいえ、どこの国、どの人ということは関係ありません。むしろ、(これまで)会ったこともない方が、こうして私に会いに来て心を寄せてくださる、これは私にとって何よりも嬉しいことなのです。」 

(※このお方のご様子ですと、肉体をもたない霊魂にとって、生きている人が、墓前や仏壇などにおいて(もしくは墓前などでなくても)、なんらかの形で心を寄せ、祈ることは、霊の世界には無い、何か“動的な”エネルギーが流れ入るようで、祈られる霊魂に良い作用をもたらすことを示してくださっていると感じました。) 

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すると、急にわたくしの目前の場面が変わりました。どちらかというと、無邪気にわたくしの来訪(=弔い)を喜んでくださっている朝鮮人の青年の魂が、丸い形へ変化し、あたかもボールのようにポンポンと跳ね出したのです。

そして、その方に由縁のある霊魂たちであるのか、次々とその朝鮮人の御霊に寄ってきて、同じくボールのように弾け、一緒に楽しそうに跳ねています。

それらの御霊は、まるで幼い女の子のように、キャッキャと声を上げ、わたくしが対話させていただいた青年の御霊も、同様に次の瞬間、幼い女の子のように魂の色を変え、何事も無かったかのように明るい声で笑い、飛び跳ねました。

・・・この方は、完全に
かつての記憶が消されているのだ”と、驚きと切なさでわたくし自身胸が張り裂けそうになりました。

すぐさま天からの御言葉が降りました。

「この方(朝鮮人の方)に関しては、当時の心身の耐性に比しますと、超過した現実を得ましたので(※それほど現実には受け入れ難い、残酷な死に方をされた、ということです。)
、(来世へ向け)この世への禍根を残さぬよう、(虐殺の)当時の魂の記憶を消される操作がなされました。再生(=魂の蘇生)には当然時間がかかります。しかしながら、これは朝鮮における霊神の御意向でもあります。」

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祈りに伺った当日は、良好な天気ではありましたが風が強く、朝鮮人の方の墓前にて祈らせていただくと、さらにその風は強さを増しました。

このお墓には背後ではなく、ちょうど墓石に立てかけるように、卒塔婆が配されていたのですが、その卒塔婆が風の勢いも借りて、わたくしの祈りの最中に勢いよくわたくしめがけ倒れてまいりました。・・・あたかも、沈痛な面持ちで沈むわたくしの祈りをあっさりと断ち切るかのように。

今をもって当時の痛ましい記憶を完全に無くされ、現状、幼い女の子のように無邪気に飛び跳ねるこの若き青年の御霊が、いったいどれくらいの年月をかけて、当時の記憶を呼び起こし、現実を受け入れることができるのだろうか、そして、魂の向上を目指し、以後の世(=来世)の転生を果たせるのはいつになるだろうかと、強風の吹きすさぶなか、しばし呆然といたしました。

肉体を離れた魂が、気づきを得るというのは、実は現象界に生きるわたくしたちよりもずっと困難なことなのです。

これには、どれだけの時間がかかろうとも、この朝鮮人の御霊が再び自らが人間として生きるという自覚、その再生の方向へと意識が向くことが何よりも大切です。

霊の世界ですから、すべて“意識”の世界です。現実離れした感覚は、何らかのエネルギーがこの方を現実に引き戻す作用として働かなければ、そのまま未来永劫、現実味を帯びることはございません。これが、世に言う、成仏もされずいまだ地上に在る、いわば“浮遊”である状態とも言えるのです。

わたくしたちができることは、ただただ祈り続けるしかございません。同じくこの世を生きた人間同士として、国や人種など
本当に
分け隔てなく、その御霊の幸せを想い、丁寧に丁寧に語りかけていくのです。
「 あなたには、今度こそ、幸せの世があるのですよ 」と。

次回は、この墓所がある正樹院の方から伺った当時の様子などをお伝えいたします。

Rinokia


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