皆様、

前回の記事では、かつてこの国に住んでいらっしゃった、朝鮮人の御霊との対話についてお伝えいたしました。

わたくし自身、
日本人であるということ、今この世を(日本に縁ある者として)生きる意味とはと、日々世間を賑わす様々な事件や出来事を垣間見つつ、思いを巡らせております。

日本人の精神―――それは大和魂とも言えるかもしれませんが、わが身を省みた際、天より、この春の霊験修行でお伺いしたお社(やしろ)にてお聴きした御霊からのメッセージをひも解くよう御声が入りましたので、今回は、その御霊との対話について、皆様と共有させていただきたいと存じます。

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2018
4月 鎌倉宮(ぐう)へ参拝。

(鎌倉宮・・・鎌倉市二階堂に鎮座。主祭神は、大塔宮(おおとのみや)護良(もりなが)親王(1308年後醍醐天皇の皇子として御誕生))。

 

その護良親王の忠臣であった〈村上義光(よしてる)公〉を祀る「村上社」が摂社として配されており、そのお社にて祈りを捧げた際のメッセージです。

 

※村上義光公・・・南北朝時代の南朝の拠点 吉野城が陥落する間際、主君であった護良親王を落ち延びさせようと、親王の鎧兜を半ば奪うがごとくその身につけた。そして、幕府軍(北朝)の軍勢を前に仁王立ちになり、

 

「われこそ親王なり。(中略)これより自害する有り様を見て、汝らが武運尽き、腹を切らんずるときの手本にせよ」

 

と言い放ち、親王の身代わりになって壮烈な自刃(=切腹)を遂げた(『太平記』より抜粋)。

 

Rinokia質問。「主君(護良親王)に仕え、殉死されたあなた様が、こうして、親王を祀るお社(鎌倉宮)とともに、(村上社として)お祀りされていらっしゃることについて、何か伝えたいことはございますか。」)

 

「大変もったいないほどの処遇であると、今を以って恐れ入るばかりの有難さを感じております。わたくしのような、親王様にとっては一人の家臣に過ぎぬ者が、こうして親王様のお社に列せられ、いつでもその傍らに魂(心)を寄せさせていただける、これは何たる幸福でありましょうや。

 

そして(親王へ)信心を傾け、参詣される皆々方のご様子を拝見する―――いつの時代でも、親王様の御心が、世の人々と共に在ることを大変嬉しく思っております。」

 

Rinokia「当時の激戦のさなか、あなた様は一体どのようなお気持ちで、親王の御身代わりとなって自害されたのでしょうか。」)

 

「あの当時、わたくしの心はただ一つ、“親王様をお守りしたい”のみでした。その(自害の)瞬間、何が最善であるとか、皆が(自害によって)悲しむであろうとか、わが身(※ご自身を含めたご家族などへの影響も示しています。)にまつわる物事などは、一切頭をよぎることがなかった。 

―――“わが身尽き果てても”とこの期に及んで口惜さは皆無に等しく、まして軽々しく(自らの命が)親王様のお命に代わるものとは到底思い至ることはありませぬ。」

 

(しばし、義光公の御言葉が止まりました。そしておもむろに口を開き、言葉を続けられました。)

 

「・・・わたくしの“心”はいつも親王様と共に在ると、自らは(当時の戦乱のさなかに)常にそう言い聞かせておりました・・・(北朝との)戦局は誠に・・・誠に厳しかった。

 

しかし、たとえ肉体が朽ち果てようとも、わが心こそは、親王様のお傍に在り、(肉体を失っても)なお、鬼神となりて親王様をお守りすることができる―――それが、いつでも有難きばかりの御心をかけていただいた主君へ、御恩に報じ奉(たてまつ)るべき臣下の務めではありませぬか。

 

(主君に対し)ただ御幸せなることを願い、微塵も(親王への)信頼の念を欠くことなく、わが命を最期まで奉じることの叶ったわたくしは・・・一番の幸せ者でありました。」

 

次回へ続きます。)


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