皆様、

いつもありがとうございます。

2018年7月、長崎と天草地方の潜伏キリシタンが世界遺産に登録されました。
これにちなみ、世界遺産の該当の地域や歴史的建造物などの紹介、また地元の方々や潜伏キリシタンのご子孫などのコメントが連日報道されております。

この日本においても、当然のことながら宗教も含めこれまで様々な歴史があり、そのなかで、こういったキリシタンとして、人々の命を懸けた篤い信仰が脈々と続いていたという事実は、今をもって畏敬の念と、またその時代を生きた人々がはたしてどのようなお心で生きていらっしゃったのだろうかと、しばし想いを馳せます。 

2年ほど前になりますが、今回世界遺産に登録された一つ、「島草・天草一揆」の舞台ともなった、“原城”跡へ参りました。そこで祈りを捧げた際の、わたくしの前へ現れてくださった御霊との対話について、以後の数回の記事でお伝えさせていただきます。

風光明媚な海岸線を眼下に臨む原城跡は、見渡す限りの広い海と、海風が下から吹き上がるような、大変心地よい高台にございます。
抜けるような青空と海、そして丘一面を覆う緑とのコントラストが、実に美しく印象的でした。

記録では原城には、当時繰り広げられた一揆の結果として、人々が3か月もの間城に閉じ籠もり、そして最期(1638年)には、3万人を超す老若男女が、当時の幕府軍によって命を遂げられたとされております。

それから300年後にはじまった発掘調査では、多数の人骨と十字架・ロザリオなどのキリシタンを偲ばせる遺品が発見されたそうです。

しかしながら、年月がだいぶ経った後からの調査であったことと、また亡くなられた方の数の多さによって、いまだすべてが発掘できておりません。

さらには城自体も、
地形によって高低の差があり、祈りをさせていただくためにいったん高いところまで丘を登りましたが、いまだ人骨が埋まっていると市から指定されている箇所を避け、敷地の端を一歩一歩慎重に進んでいくような状態です。

祈りはじめますと、すぐさま、その場にあられる御霊たちが、息を殺して静かにすすり泣いている様子が現れました。頬はこけ、髪も乱れ、身に着けた衣服もすでに元の色みが判別できないほど、汗や土の汚れが著しく、また人によっては、血痕がそのまま付着した状態で、
その人々の悲愴な様相は、まるで地獄絵図です。

そして、皆、一様に下を向いて息を潜め、いつ終わるともしれぬこの籠城に、じっと身を耐えていらっしゃるのです。

わたくしの姿に気付いたのか、少し様子を伺いながらも、御霊たちは

「いつわたしたちは(この城から)出られるのでしょうか?」
「本当にこの戦は終わるのでしょうか?」

と、声を絞り出し、次々にわたくしへ問いかけます。

そこに、ふと、一人の女性の御霊が、わたくしの前にいらっしゃいました。

(次回へ続きます。) 

 
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