前回の続きです。)

(加藤神社の御祭神、加藤清正公はこう続けられました。)

「この地(熊本)が、かつての民らの地道な努力によって築き上げた、その“結晶”が、一つの(地震という)出来事によって、打ち崩されるーーーこの業(ごう)とも言うべき天の采配を、わたくしとしてどのように受け入れるべきかーーー正直、惑い(困惑し)、自らに問答いたしました。

かつての(肥後国を開墾し発展ならしめるための)邁進たる日々が、まるで走馬燈のように、わたくしの脳裏を駆け巡り、わたくしは、人々のわたくしに寄せた思い、そして、後世の泰平を願い、辛苦を耐え続けたその心意気を、より一層強く感じたのです。

(しばし間を置きました。)

そして、わたくしは、気づいたのです。

かつてのこの地(肥後国)が一丸となって築き上げた、この民らの尊き精神があるのならば、たとえ幾年もの長き年月をかけてでも、いつかは再びこの地の復興を成し遂げることができるであろうと。

・・・そしてまた、その(復興の)道のり、自らの地に寄せる人の熱き思いは、必ずや、他の(地域の)人々の心へも、互いに手を取り合うこと、国を想う心、後の世に向け、大切な遺産を守り抜くことの気概を伝えゆくことができる、これは再び、この地(熊本)にして、誠に欠かせぬ(大きな)“使命”を、わが民らが総じて天より任されたのだと、その思いに至ったのです。

無論、その(復興の)歩みは平坦ではございません。それを、神々は御承知のうえで、万感の念をもってもたらした、その思いを、わたくしたちは謹んで受け入れ、以後のわが国にとりて、一層の絆と、また真の意味で強固な発展を築き上げていく、その道筋は誠に意義深きものと申せるでしょう。

だからこそ、このような経験が、わたくたち自らが、国民総じての“生き抜く力”へと変え、ともに歩んでいくべきと、わたくしは考えるのです。

苦難ありても、悲嘆に暮れることなく、むしろ糧として“生きる気概
へと変えていくーーーこれこそが、人間い備わる大いなる素質なのです。

(かつてのご自身が民らとともに築き上げた熊本城下の街並みーーー崩れ落ちた櫓(やぐら)や天守閣の再建などの、気の遠くなるような復興作業を要する実情に、清正公は、御言葉を止め、誠に静かな面持ちで光景を遠く望んでいらっしゃいました。)

・・・民らの、実際の(この現象界での)“復興”、そして、さらなる“発展”を、わたくしは、天界(霊の世界)において、たとえ幾年かかりてもなお、その地道な歩みを支えゆく所存です。」

以上。

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