※大変お待たせいたしました。前回の続きです。

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霊的修行のさなか、より人間ならではの魂の仕組みついて、学びを深めていくなかで、戸惑い、それでもなお、天より授かった自らの使命を遂げていく、まだまだ迷い子のようなわたくしに対し、すでに途方もないほどの長い年月、人々の生き様、そして、難局極まる時代のさなかに宗派を開かれた開祖の御姿などを見守り続けた阿弥陀如来は、
わたくしに、静かに声をかけてくださいました。

「あなた(Rinokia)は、今まさに、<人間>という魂が、果たしてどのような性質をたずさえた存在であるかを、天(神仏)との対話のもとに、一つひとつ、まるで花びらの一片を開かせるが如く、懇(ねんご)ろに知り得ているのです。

元より、その対象たる魂とは、単に一個体として括れる(区分けのできる)ものではなく、あたかも、振動し、共鳴し合う“粒子”の如く、互いに(磁石のように)引き合い、寄せ合い、幾重にも影響を及ぼし合うという、誠に不可思議、かつ繊細なりて、ついには、一つの魂が、(生まれ変わりを経て)再び“人間”という姿(状態)へと変化(へんげ)を遂げゆくのです。

宇宙という壮大な広がり(とエネルギーを内包する)空間も、ひいては、ただ一つの魂も、極めるならば(究極のところ)、その仕組は、誠に同質であると言えます。一人の人物について、ほんの数十年(の人生)を紐解くことさえも、なんと奥深く、重なる由縁を幾重にも引き寄せ合う、誠に難解なるかを、あなた(Rinokia)は常に心に銘じ、可能な限りを読み解き、そして天の命じた物事を成さねばなりません(※これが、Rinokiaの霊視の原点です)。

宇宙には宇宙の、神には神界の、そして、人間であれば、人間という魂が紡ぎ出す世界の成り立ち(構造)があり、それは、まさに、互いの分野にて渦(=エネルギーの流れ)を生じ、果ては、すべてが繋がる(あるいは、すべてが神の光に集約される)ことを、あなたには是非感じていただきたいと、わたくし(阿弥陀如来)は願います。

宇宙のように、終わりなく果てしなく、そして、無限に“広がる”のが、<人間>という魂でありーーー さらには、それに付随する数多(あまた)の魂もまた、人ひとりのその魂にとりて、かけがえのない要素となり繋がり(由縁)となり、そして、さらには、“時”という“流れ”(※ここでは転生を含みます。)に則り、無限に積み上げし物事はーーー けして安易ならず、そして・・・けして、消え去るものに非ず。

その、宇宙の真理の如く、無限の光を放つ、神が創りし<人間>という存在に、あなたは、今、幾光年の時を超え、あなた自身が、人間という借り物(=肉体)に乗り、人間の感覚(五感など)を覚えるなかで、(人間として)成長し、今や果敢に、<人間>という未知の領域を知ろうとしているのです。

それは、生まれたばかり赤子が、この世における、いわば天文学的な物事に挑戦しようとするかの如く、実に超え難く、すでに途方も無きことは、天(神々)は重々ご承知でありましょう。

しかしながらーーー いいえ、だからこそ、天はあなたに命じました。

いまだ無垢であり、人間的な由縁の引き合い、物事(※エネルギーも含みます。)の操作を受けず、この世に“単独”として生きるあなたにこそ、天は、一つの望みを託されたのです
(※霊的には、わたくしは地上のどこにも属しません)

互いに引き寄せ合うのは、素晴らしい縁ともなりましょうが、しかし、ある場合には、物事は重なりゆき、ついには、身動きを取ることさえ、難しき要因ともなりかねない。

何ものにも染まらず、何ものにも左右されない、ただ“あなた”という光は、実に軽やかに、地上の世界と、そして霊界をも速やかに通り抜けるのです。

“新しき風を、この世に”ーーー

あなたが日頃、神のお社に在りては
(※神社参りのことです)、天より度々賜る御言葉ですね。

そうです、あなたは、<人間>の世(=人間界)からは、いまだ未知の、相交わることのない新しき息吹きを以って、この世の人々に“気づき”を―――人間という生命が、神の御意、究極の愛の体現として、命(いのち)を与えられ、
何よりも崇高であり、もっとも尊き存在であることの、その真の気づきをもたらすことに、(あなたは)その身を投じるのです。

人間ならでは(=人間由来)の魂が見出すことの叶わぬ、“<神>の視点”を、果てしなく遠く在りながら、しかしいつかは“同調”し、共鳴し合う、(人類にとって)
未知なる新たな存在(エネルギー体であるあなたが、“誠の言葉”(=言霊)によって丁寧に紡ぎ出し、人類の歩みの、過去も、現在も、そして未来をも繋げゆく、新たな“架け橋”となるのです。

あなたが今後、(霊視の道において)悩めるときーーー難解なる人の世、魂の深き関わりについて、なお、あなたの理解を超え、さらには、極限の壁(※霊視の道にあっては、この壁があり、厳しい修行の峠とも言えます。)に苦悶するとき、いつでもこちら(阿弥陀如来様のもと)へおいでなさい。
あなた自身の“原点”に戻ることを、束の間のひととき、わたくしが手をたずさえましょう(※この世でありながら、一定の無空間(=なんの交わりも無い状態)にしてくださるため、わたくしの霊的な重みが、非常に軽くなります)。

あらゆる魂を、もっとも“ありのまま”として慈しみ、抱き、そっと手をたずさえるーーー今まさに
歩み始めゆく赤子を、どこまでも見守り、(行く)先の幸いなるを願うこと、ここに、わたくし(阿弥陀如来)の、仏界における役目があるのです。」

以上。

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