皆様。 天譲日天狭霧尊からのメッセージです。

2012年6月3日

【天譲日天狭霧尊(あめゆずるひあめのさぎりのみこと)※】
※天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の前に現れたとされる神(『日月(ひふみ)神示』の記述による)。

「天と地を分け賜う光の御子(みこ)は、いずれにも劣らぬ、高貴で深淵なる継続性を兼ね備え、まばゆいばかりの装束を身に纏う。ゆえに、目には見えねど、その存在は何処(いずこ)も同じく幾千の世界に沁み渡る。さあ、心して見るがよい。結びと契りが折り重なるこの神の世は、目も眩むばかりの金銀の世界。現れと隠れ、どちらが欠いても神にはならず、お前たち(人間)の世界もまた同じ。これがまさしく陰陽の奇跡、大調和。陽があるゆえの陰、陰があるゆえの陽なり。」

「陰は“大地”。ものの“巡り”を司り、いずれの御霊も立ち返る。それはあまねく大地の養分となり、生まれては死に、死しては生まれを繰り返す。幾多の魂がこの大地をもって関わり合う。そこにこそ神の妙あり。あぁ、なんと華麗なる見事な年月よ。重なるほどに深淵で、絢爛豪華な五六七(ミロク)の世界。」

「陽は“天”。天とは“意志”を司る。万物の創世はまさしく天の“意志”による。天のお役目、いかに大事か。天地ひっくり返ってもこの(天と地の)関わりは変わらず、天(意志)がなければ、何ものも存在せず。意志と巡り(循環)、これがこの世の基の本(もと)(=基本)である。」

「天より滔々(とうとう)と、滝のごとく流れる物事の道理。流れた先には生まれたばかりの無垢な稚魚らが生き生きと、軽やかに悠々泳ぎ回る。命を生かすは物事の道理。従うことこそ、鮮やかに生きる秘訣。道理が無くては流れの淀む、目も当てられぬばかりの漆黒の溜まり。その結果は分かるであろう?(道理)の流れを止めることは生きながら死んでいるようなもの。屍(しかばね)のみぞ積もりゆく。ゆえに何人(なんぴと)たりとも道理の流れを止めてはならぬ。」

「“住めば都”とはこれ如何に。慣れからの適応(性)と安易に合点してはならず。“澄めば都”と、これが真理。遥かなる世界を見渡す限り、澄み渡りたるこそ神の世界。これが“誠の都”なり。」

<感想>
静寂の世界から次々と言葉が湧いてきて、表現に富んだ不思議な文章になりました。この神様はいわゆる一個体として認識できる魂ではありません。これまで私が感じ取った神様と呼ばれる方々のなかでは、その存在を把握するのがかなり難しく、まさに神の意識そのものの集合体としてのみ顕現されるような神様です。この方が醸し出すオーラは本当に落ち着いていて、安定した独特の心地良さがあります。これが日本の根底に流れる精神なのだと感じました。

以上。

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