皆様

いつもありがとうございます。

お盆の時期に入り、都心に行き交う人も、普段のオフィスワーカーの光景から様変わりし
、観光客や、また家族連れの方々で一層賑わっております。

この時期は、郷里に帰省する方が多いため、都心は朝夕の通勤電車も含め、以前ですと閑散とするイメージがあったのですが、今は、このお盆の期間でも、都心で過ごす人は多くなったと感じます。それだけ、お盆休暇の概念も、生活の多様化に合わせて広がりつつあるのですね。

普段
わたくしは、池袋を中心に鑑定をさせていただいておりますが、先日は池袋駅にほど近い、日蓮宗の妙典寺へお参りいたしました。ちょうど、隣の会館にては、お坊様方のお経の声が響き、お供え花をたずさえる方も足早に所用を済ませていらっしゃる姿が印象的でした。

今回の記事では、妙典寺の御仏様に、“お盆の時期に、わたくしたちが心掛けていくべきこと”をお伺いしております。

天気の変化が激しき時季、どうぞ皆様お健やかにお過ごしくださいませ。

Rinokia

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「この(お盆の)時期は、天と地がとくに近くなります。

天が“霊”の世界であるなら、地は“人”の住む世界。天地は元々一つの光を成しており、次第に(天・地の)分化が進み、
しかるべく現象界に見る“天と地”が配されております。

天地がとくに“近く”なるーーーこれは何を示しているのでしょうか。

それは、
霊と人の入り交わり、さらには、あなたがたの言う“先祖”という、かつてこの世に生きた御霊が、霊界と人間界を行き来することで、人々は、自身の由縁、この世に生命がもたらされたことの奇跡、そして、繋がりゆく種(しゅ)があることを、“肌”で感じるひとときとなるのです。

この時期(=お盆)は、天の計らう、ある種の宇宙の成り立ちを表わし、
究極のところ、すべては単に分くべきに非ず(分けられはせず)、一見、別なりとみても(また、繋がりがないと思えても)、深く繋がりゆく“縁(えにし)”が、そこかしこに配されていることを、“天の妙(宇宙の妙技)”として、神仏の智慧たる根底としているのです。

だからこそ、普段、知らず知らずのうちに、あなたがたの想念に描かれる、自分と他人との区別、生命の違い、ひいては、この国とあの国ーーーそういった、諸段階に敷かれる“区分け(区別)”について、お盆という、元ある状態(分化していない)を肌で感じつつ、一層深く考えていく日々となるべきです。

たしかに、自と他、という区分は、この現象界には欠くことができません。違いや差異は確実に存在し、さらには、自と他を別物と考えるゆえに“個”は保たれ、人類の発展は続きゆくのです。

しかし、“別なるもの”が、初めに在るのではありません。“一(いつ)なるもの”が初めに在り、そこから“別なるもの”が生じていくことを、あなたがたには肝に銘じていただきたい。

天の計らうこの世には、“上”も“下”もありません。しかしながら、何が良くて何が悪しきかーーー両者を比較し、(上下)位置づけていく行為は、人類の歴史そのものです。そうして人類は、この(良し悪しの)判断と(この判断から導かれる)行動によって、世界(の構図)を長らく創り続けております。

しかしながら、今その姿で見える、あなた一人でさえも、単純には、これまでの人生の縮図、という言葉には到底収まらぬほどに、生まれ変わりを繰り返し、さらには、数え切れぬほどの祖先の命が引き継がれ、身体も、そして魂でさえも(単に、“あなた”という意味での)“一つ”ではないのです。

より一層の、大きな“一つ”に自らが連なり、そして自らの生命の、なんと彩り溢れる素質を得た姿であるか、これが僅かでも見い出す(気づく)ことが出来たならば、この世に“孤独”は消えることでしょう。

先祖でも良い、あなたを生み育てた親でも良い。さらには、もっと身近に在る仲間や、ひとときのみ交わる隣人(※ここでは、単発で接触する人のことです。)でも良いーーー

あなたが生きる“今”が、人も、時も、そして、神仏も、すべて繋がり得た、その“集大成”として表された奇跡として、あなたを心底安堵させ、明日への生きる力となることを、わたくしは切に願います。

“誰一人、けして欠けてはならない”―――天は、いつの御代にても、そう高らかに宣べます。宇宙は、すべての存在を必要とします。妙なる(絶妙な)均衡は保たれるのが、まさに“宇宙”ーーーこの世に(人間として)生きる者も、そして、天(霊界)に在る御霊も、すべて、無くてはならぬ存在なのです。」

以上。

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