皆様

いつもありがとうございます。

昨日より福岡は博多に到着しまして、秋晴れの清々しき日差しを浴び、鑑定をさせていただきつつ、益々元気に過ごしております。

束の間、宿泊先のホテルから程近い神社へ、徒歩で行ってまいりました。本日の記事では、【博多 神社参り①】と題しまして、博多櫛田神社への参拝の際の御祭神よりの御言葉を書かせていただきます。

櫛田神社は「お櫛田さん」と地元で親しまれているそうで、博多の総鎮守です。御祭神は、大幡主命(櫛田宮)・左殿に天照皇大神(大神宮)、そして右殿に素戔嗚尊(祇園宮)の三柱が祀られております。


ちょうど今の時期は七五三詣りの真っただ中で、可愛らしい衣装に身を包んだお子様方が、にこやかに見守る親御様方とともに、とても微笑ましい姿で記念撮影やご参拝をされ、またご祈祷を受けていらっしゃいました。参拝客の皆さんも、微笑ましい七五三の晴れの光景に目を細め、境内一体が活気に溢れています。

わたくしも、参拝をされる方々の幸せ、そして、未来明るいお子様方の、健康と幸福を、こうして素敵な一場面に出逢えた奇跡に感謝し、静かに祈らせていただきました。

Rinokia

***

「今や日本の民は、“一体化”を覚えて(=経験して)おります。

先頃より続く天皇の即位に関し、またそれらに伴う国内外の人々の動きは、まさに、“一体”(※ここでの意味は、共に、という意味です。)を成し、国内にあっては、この国が古(いにしえ)より遠く長きに続く(皇室の)系譜が、国民とともに“在る”ことを、まさに(様々に執り行われる儀式にて)示しております。

長らく続きゆくべきは、人々に“寄り添う”その御心にて、あなたがたは皆、様々な人生ありても、代々受け継がれる尊き魂(※ここでは天皇陛下および皇后陛下のことです。)とともに在ること、そしてその尊き魂こそが、あなたがたに見せる(表す)、喜びも哀しみも、すべて、いつなんどきも“共に生きる”という姿を、今まさに必要ありて、ここに(この時代に)体現されているのです。

喜びや悲しみ、そういった、人間こその様々な感情は、目を背けるものではなく、静かに感じ、その感情を分かち合うこと、解する(理解する)ことこそが、人間の何よりの癒しや明日への活力となります。

それらの感情は、人を(上下に)左右するものではなく、まさに“連動”ーーー 相手に対する“共感”であるのです。

嬉しいなら嬉しい、悲しいなら悲しい、そういったつぶさな感情こそを、これからの御世(時代)では大切にするべきです。

そこには、揺らぐ感情ではなく、純心(素直さ)と、そして労(いたわ)りの心が据えられるのです。

まさに、この国の民こそは、すでに幾千年よりも前、いえ、果てしなき古(いにしえ)の系譜のなかで、先人たちが守り抜き、生き延び、この国ならではの民族性を培ってまいりました。

もっとも尊きは、“和”であり、それは、人の心に“寄り添う”という、果てしなき“愛”の示し(おこない)なのです。

極致たる光(※ここでは天皇皇后両陛下のことです。)に、心を“一(いつ)”にしようではありませんか。(天皇皇后両陛下の)民への祈りは、また、弥栄(いやさか)を願う(皇室への)祈りによって、互いに心を通わせ、より一層寄り添い、この国を確かな歩みへと導くことでしょう。

今まさに、あながたは、時代の変革の時(=瞬間)に立ち会っております。

ゆえこそ、神々が祝うこの国の新しき“一歩”に、あなたがたの誠心(真心)をどうかいついつまでも(末永く)寄り添わせ、国の弥栄なることを、われら(神々)は切に願います。」

以上。

***

※応援して下さる方は、下の2箇所のクリックをしていただけますと、
大変励みになります。

精神世界ランキング
人気ブログランキング

***