皆様

いつもありがとうございます。

福岡の博多に滞在している間、時間を見つけては神社参りをしております。

目的の神社へ向かう最中も、わたくしの意識はすでにその神社の神のもとにあり、神にまつわる様々な物音が、臨場感をもって響き渡り、わたくしを神の世界へ誘(いざな)います。

わたくしの普段のお参りは、おそらくは一般的なお参りの様子とほとんど変わりありません。一つの参拝にかける時間は短く、淡々と済ませます。

気を遣う自身の性格もあるかとは思いますが、参拝の方々がいらっしゃるその最中(さなか)にあっては、気になるような仕草や、また神々との対話にかかる時間を長らく費やすようなことは
やはり
慎まなくては、とおのずと思ってしまうのです。

ですので、その場合には、神様との対話はどうするのか?そんなに一瞬で、神様は御言葉を述べてくださるのか?という疑問がわくのではないでしょうか。

―――実は、神様とのほんの束の間の参拝(※拝殿前でのお参り)では、神がわたくしに降ろしてくださるメッセージはまさに“概要”そのままで、神はもっとも肝心な物事のみを、参拝の状況をふまえ簡潔に伝えてくださるのです。

ただし、その大切な概要は同時に様々なエネルギーを含み、まるで“光の玉”のように一つの大きな塊となってわたくしに降ろされますので、その後、場所を離れ、あるいはブログを書く際に、神より託されたその光の大玉を、わたくしなりに丁寧に“解(ほど)いて”いくなかで、一連の文章へと変換していくのです。

さて、本日は、博多櫛田神社のなかにあります、境内社、夫婦(めおと)恵比寿神社です。こちらの神社は、全国でも珍しい、“夫婦”で恵比寿様として祀られていらっしゃるそうで、そのお社(やしろ)の前では、皆様思い思いに、恵比寿様でさらには夫婦(めおと)の御姿を想像されるのではないでしょうか。

恵比寿様には、“夫婦であることの意義と円満の秘訣”について、お伺いしております。

Rinokia

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「夫婦(めおと)は、“一対(いっつい)”を成します。一方(※ここでは、片方、という意味です。)には叶わぬこと、安定を欠く(=不安定な)物事も、一対(いっつい)であるゆえの安定や充足が、“夫婦”にて現わされます。

必要ありてこその、夫婦、という形容(様相)がこの世には確かに在り(存在し)、そこには当人と、またそれを取り巻く人々にとりての様々な学びと、新たな道筋(人生)ーーー“縁(えにし)”の広がりが示されるのです。

ですから、(夫婦は)互いに己の乏しき(=至らないこと、欠けていること)を哀れむことも、あるいは意を張る(=強がる)必要もありません。

むしろ頭(こうべ)を垂れ、気を直(なお)く(=素直に)、少しまた少しと“円熟”へ向け互いに歩を進めてゆけば良いのです。人の力とは、ときとして僅かなるゆえこそ、夫婦の一対(いっつい)が何よりも頼り(頼もしく)なるでしょう。

(「夫婦円満の秘訣はなんでしょうか?」)

“面白く”することです。

“面(おもて)”(※ここでは顔です。)を“白く”、いわば、よく笑うことであり、福々と紅く(=明るく)笑い、常に心解く(=気を楽にする)心持ちであることでしょう。

目を細め、朗らかに笑うーーー依然、目前の困難はあれども、夫婦にての和こその“開(ひら)けゆく先”ーー未来ーーが、ふくよかに笑い合うそのなかにこそ、花の開くがごとく、鮮やかに見えて(表されて)ゆくのです。

夫婦を求める(=結婚したい)者も、まずは、面(おもて)を白く致しなさい。笑顔こそ、白き、まばゆき“光”―――何よりも、良きご縁を引きゆく頼もしき“綱”(=導き)となります。

夫婦の、共に笑い、むつび合う(=仲睦まじくする)は、なんと“あっぱれ”なことか。

ほらほら、天の神も、みな嬉しき心溢れ、高らかに誉れ(ほまれ)の世を宣べるでしょう。」


以上。

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