皆様

いつもありがとうございます。

博多 住吉神社には、沢山の境内社があり、そのなかには、「荒熊・白髭(しろひげ)稲荷神社」という、伊勢神宮外宮の御祭神「豊受大神」が祀られたお社がございます。

“白髭”という名を冠した神社ですと、わたくしとしては「猿田彦大神」がすぐさま思い浮かびますが、稲荷神社の御祭神「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」ではなく、「豊受大神」が祀られていることも、新鮮な驚きでもあり、大変興味深かったです。

今回の記事では、豊受大神より頂戴しました、わたくしたちに“大切にしてもらいたいもの”というメッセージを書かせていただきます。

Rinokia

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「この(人の)世とは、絶えず様々な事象が、内(※ここでは身近に、という意味です。)また、外(※国全体に、などの広い意味です。)にも生じる場でもあります。

人各々が、直(直接)ではなくとも互いに関わり合い、また命(あるいは生活)を多面にて(様々な要因にて)存続させているなかでは、時においては(場合によっては)その“繋がり合い”さえも見いだせず(実感できず)、心細く日々を過ごすこともあるでしょう。

この国が目まぐるしく変化し、また、これまでの歴史に無きほどの、“未知の”局面を、今まさに迎えるあなたがたは、ともすれば、身の置くこと(安定して存在すること)も難き(難しい)状況とも申せます。

何を信じ、そして何を心に据え生きてゆけば良いのかーーー 今の世の人々は惑い、また、自ら何故(なにゆえ)のための人生か、歩み目指すその先(向かうべき先さえ見い出せずにいる、それが、今この国の有り様(ありよう)です。

一つ、覚えていただきたいことがあります。

それは、すべて、この世は“繋がっている”という事実です。そう、本当にすべての存在が、目に見えると見えざるとにかかわらず、互いに少なからぬ“繋がり”(※結びつき、と読み替えていただいても構いません。)のなかに、今、その生命が息づいているのです。

この、定かではない(=不透明な)世にあり、それでもわれら(神々)は、地上の存在と繋がり、そして、天地、自然もすべてめくるめく、互いの息吹きをつぶさに(繊細に)関わらせつつ、互いを支え、繋がり合っています。

だからこそ、今まさに、目前の物事にそぞろな不安、そして自らの生きる意味を見出せず、明日への希望を見い出せない民があるとすれば、わたくしたちもまた、同じく、その(不安な)気持ちを分かち合うのです。

そして、目には見えずとも、声は無くとも、すべての民の行く先の幸(さきわい)なることを願う存在としてわれら(神)は在り、常に“繋がっている”というこの世の真理に従い、あなたがたをすべて、今も、変わらず慈(いつく)しむのです。

ゆえこそ、どうか、如何(いか)なることがあろうとも、良き心(=積極的な気持ち)にて、必ずやどこかで、そして誰かと、しっかり繋がっていること、ただ一人ではなく、限りなきほどの存在と“共に生きている”ことを、大切に心に据えていただきたいと、われらは切に願います。

こうして、この国にある幾千、幾万もの神の社(やしろ
神社)は、すべての民と"共に在る”ことを示した場として随所(各地)に配され、今なお、あなたがたの日々の(暮らしの)拠りどころとして、ただ一心に、“繋がり合う”のです。」

以上。

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