皆様

この数年、故人(家族などのごく近しい方や、深い縁のあった方など)が、今や天(あの世)でどうしているか、亡くなった際に苦しくはなかったか(今なお苦しんでいないか)、遺された人々に何かメッセージはないか等、思いがけずも突如迎えた“死”の意味も含め、是非真実を知りたいとご希望される方々を鑑定させていただく機会が増えてまいりました。

昨今にみる荒天や自然災害は、地上に依拠し生活を営むわたくしたちにとっては、どれほど環境が整ったとはいえ、少なからず命の危機に晒されることもあるでしょう。病気、事故・・・そういった、思いもよらぬ出来事からの寿命を途絶えることは、私たち人間とはいつの時代も切れぬ関係とも申せるのかもしれません。

人間は、生身の肉体をもつ存在です。そして、肉体という名の“器”(入れ物・乗り物)に、一つひとつ、大切な“魂”が入っております。顔や身体が皆違うように、魂もまた本当に千差万別です。

そういった一つひとつの魂は、天上にまだいる期間に、次回の転生に際する決め事(人生の目的や役目、どんな人と出逢い、気づきを得ていきたいか、等)を沢山確認し、その上で、魂と連動する“肉体”の様子(健康状態や特質など)もつぶさに決めてまいります。

人が寿命を終えることは、わたくしたち人間の世界(現象界)からしますと、“死”という、ある意味目には見えない状態になりますので、本当に大きな出来事ですし、かけがえのない存在を失ったことの悲しみ、そして悔恨は、言葉では到底言い尽くせるものではございません。

“死”が、人間界では“目には見えない”状態へと変容する、その一方で、しかしながら人間は、肉体をもつ一方の“魂”を併せ持つ存在ですので、永久的に不滅である(目に見えると見えざるとにかかわらず)ことも、また事実なのです。

寿命を遂げるのは、自然死の場合もありますし、何等かの苦しみや痛みの最中に命が途絶える、実に様々な機会で訪れるものでもあります。

おおまかに申せば、先述した“肉体という器”を抜け出た“魂”は、肉体の制約を解かれますので、そこでは、わたくしたちのような(肉体を伴って地上に)生きている人間とはまた別の流れに従い、その魂こそが進むべき道を辿ってまいります。そのなかで、肉体を離れたがゆえの魂ならではのものの考え方や、(生きていたときには得られなかった)気づきを、どの魂も深く理解していくことになります。

わたくし自身は、今まさに生きている存在も、すでに肉体を離れた(霊的な)存在も、ほぼ区別なく意識を通わせますので、神からのメッセージと同様、故人の方と対話の末に、ご相談者の方へ必要なメッセージをお伝えしております。

大切な方とのかつての人生、思い出、沸き起こる感情 ーーー それらの重みをひしひしと感じつつ、けして失礼のないよう丁寧にお伝えしていく、わたくしにとっていつも緊張するひとときです。

人間一人ひとりが特徴をもち、まさに“オンリーワン”であるように、実際には、肉体を離れた魂の存在も、元来の性質や地上(現世)での生き方、気づき(学び)の程度によって、天への進まれ方を独自に成されますので、当然のことながら、それらの魂一つひとつへの、意識の合わせ方もどれ一つとして同じにはなり得ません。

次回の記事では、人が亡くなってからの、天上(あの世)への辿り方についてお伝えいたします。

                   Rinokia
へ続きます。)


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