皆様

よりの記事の続きです。

今回のシリーズは、わたくしが普段載せる題名の雰囲気よりも、やや端的な表現となりましたためか、予想以上に多くの反響をいただいております。

鑑定をさせていただくなかで皆様より寄せられる“死後の人間”のへの疑問は、きっと皆様少なからず気になる物事ではないでしょうか。当然すべての人間はいつか寿命を遂げて、天へと召されるからです。

前回の記事でもお伝えした通り、“死の迎え方”は人によって様々です。ここに書くのも憚(はばか)られますが、自然死(老衰)のほか、事故や病気などを起因とする死、さらには自殺や他殺なども、誠に残念ながらあるでしょう。

肉体を離れた“魂”の、元来の性質も相まって、死後の様子は本当に千差万別であり、ときには“例外”さえあるのですが、ここでは多くの魂の死後について書かせていただきます。

“肉体”が有る、無い ーーー

この差は、人間の立場からすれば本当に大きな要素です。
しかしながら、“霊”の世界ーーー 元々肉体を依拠しない側からしますと、そうとは限りません。

人は死んだら、あえて申し上げますと、“肉体のない人間”になります。

おかしな表現に聞こえるかもしれませんが、実は、死後まもなくですと、死した存在と、そうでない(生きている)存在の違いは、“肉体が有るか無いか”くらいなのです。

その理由は、魂は生前の、言わば肉体を持っていた時の“記憶”(※“感覚”と読み変えても結構です。)を、魂はその身に深く刻んでいるからです。

死んだらそれで、すぐさま“霊的な存在になる”?ーーー いいえ、肉体を中心に考えますと、そのように思うのが順当ですが、実際にはそういうわけでもありません。

人間とは不思議な生き物で、(死んだことで)肉体を離れてもなお、感覚自体は、“人間のまま”であることのほうが圧倒的に多いのです。

もちろん、自分がすでに“死んだ”存在、ということは
(通常は)認識いたしますし、二度と生前の肉体には戻れないことも、たとえ急死であってもじきに理解いたします。

「自分はまだ“人間”ではあるようだけれども、たしかに肉体が無いなぁ」

そのような、いささかふわふわとした感覚です。

そういった理解をおぼろげながらも得つつ、肉体を離れた魂は、今や、生前の“自分”とはまた別の、どちらかというと“客観的な考え方”を始めるようになります。

世間で言うところの“幽体離脱”の状態が、イメージとしてはかなり近いのではないかと思います。

「自分が、天上からベッドに横たわっている“自分”を見下ろしていて、お見舞いに来ている人の姿も見える。あぁ自分は、やはりこの病気が元(原因)になって、自分の体からは抜け出たのだ」

というような、冷静に自らが置かれた(死後の)状況を判断し、地上から少し離れたところから人々の世界(現象界)を眺めます。

そして、人や物(物事)の様子を垣間見つつ、生前(過去)の出来事を、その魂にとって必要なだけ(※これが重要です。)ひとしきり回顧していくのです。

わたくしが、そういった、死後まもなくの魂が抱く感覚、そして考え方(捉え方)を知ったのは、ある一つの出来事からでした。

(次回に続きます。)


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