皆様よりのコメントは、いつも大変ありがたく拝見しております。お一人おひとりがこれまで歩まれた人生の、本当に一言では言い尽くせない重みを感じつつ、健気なお姿に思いを馳せております。


以前【人は死ぬとどうなるか】という題で、全10回に及ぶ記事を書かせていただきました。その後、皆様より多数のご質問を頂戴しまして、この場を借り心より感謝申し上げます。

ご質問は、内容を拝見したのち、それに対する回答を、他の方々にも是非お伝えさせていただきたいと勝手ながら判断させていただいた際には、ご質問をお寄せくださったご当人様のご許可をいただき、今後折に触れ、ブログの形で公開させていただければと存じます。

今回は「私たちの魂は、どこに向かっているのか」というご質問への回答を書かせていただきます。

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上記について、さらに今回のご質問者は、わたくしたち人間の魂について、互いに学び続け、この地球を、この世界を限りなく向上させていく存在なのか? それとも、仏教でいう解脱のように、今とは異なる世界、異なる歩み方もあるのか?」という、誠に奥深い考察もお寄せくださいました。


わたくしたちの魂とは、神と呼ばれる大いなる光とまさに同一です。

「人間は、神の分け御霊(みたま)」と表現されることがございますが、この地球も宇宙も、また神の世も、突き詰めればすべてエネルギーの世界ですので、わたくしたちは肉体としては別個の器をいただいておりますが、この世を構成する“エネルギーの一部”として確かに存在しております。

神は、わたくしたち人間を、顔や姿が異なるように一人ひとり個性(特質)をもった生命体としてお創りになりました。

以前の記事で、“霊の世界は、似通ったエネルギー体同士が寄り集まる”という内容を書かせていただきましたが、無論、この現象界でも、類は友を呼ぶの諺にございますとおり、人は徐々に集まる類いを同じくしてまります。

ですが、わたくしたちは、人類の長きにわたり、種(しゅ)としても分化をし、国が違えば言葉も違うーーー 多数の区別をたずさえている存在です。

けして比較という意味ではなく、この違いがあるからこそ、日々些細なことからも気づきを得て、さらに進歩していくことを目指せるのです。


わたくしたちが究極、辿り着く先は、神と同一になること”――― さらに申せば、すべてが自分であり、さらには自分はすべてという域に達することです。

ただし、そこには、同一、とは反対の意味の、不同(=同じでないこと)を経験しなくてはなりません。同一が当たり前のようにあるのではなく、むしろ、不同のなかに生きることで、同一という概念をより一層深く学べるのです。

わたくし自身、実は、今世地上に降りる前にいた惑星の記憶がございまして、わたくしが霊魂としてかつて依拠していた(存在していた)場は、自分も、周りも、正直まったく違い(区別)がありませんでした。

あるとすれば、空間を占めているまばゆいばかりの強い光、でしょうか。わたくしは、そのなかの光そのものでした。

わたくし以外にも、空間を満たすエネルギー体は確かに存在するのですが、自分と周り、という区分けも、今この場(人間界)だからこそ書けるのかしらと思う、そのくらい区別無く、すべてが“同じ”なのです。


数年程前の就寝中、時空を超えて、このときを追体験をした際には、自分の(人間としての)感覚を持ち合わせているなかで、何の区別もない空間に急に放り込まれたかのごとくの状態でしたので、正直、非常に苦しかったです。

と申しますのは、自分という一個の人間にして、すべて同一という状態は、あまりに壮大すぎて、とてもではないですが心身が耐えきれない、というのが本当のところだったと思います。

神は、地上に降ろすすべての魂に対して、この地球を沢山感じておいで とおっしゃり、優しく送り出してくださいます。宇宙全体を構成するエネルギー体の一つとして、わたくしたちの存在と、そしてこの地上をとても大切に想ってくださっているのです。

宇宙全体からしても、この地球とは、それほどに沢山感じることのできる、いわば、臨場感あふれた体験が得られる、本当に類稀な“体感型”の惑星です。


その地球にあってわたくしたちは、長らくの人類の歴史を辿るなかで、互いに寄り添い、あるときには離反しつつ、今の世を成しております。どの時代であっても、人類が辿る過程においては、選択と行動が幾重にも重なり、まるで枝分かれのように多種多様の人生が展開しているのです。

神と真に同一”となるーーー それは、究極、人間界でいうところのになることでしょう。しかしながら、そこに到達する際には、すでに人間という肉体を持った生命は存在していないかもしれません。

おそらくはとてつもなく遠い未来であり、その頃には、地球の姿も、人間の姿も、宇宙全体の様相さえ、もはや別の次元になっていると思われます。


ただ、わたくしは、その最終的な人間の行く末よりもむしろ、今まさにこの時代、日々歩みゆく人々の道程を、神はいつでも愛おしく見守ってくださるーーー 神々の御言葉を拝する度につくづく感じております。

人生においては、楽しいことや嬉しいこともございますが、もしかしたら、それ以上に苦しみや悲しみに苛まれるような状況を得ることがあるかもしれません。

その真っ只中にある方に対し、部外者がけして軽はずみに申し上げられることではございませんが、それらの事象はすべて魂としての“経験”であり、これまでの転生のなかで、“こういったことは是非、次回(の人生で)学んでおこう”と勇気を出して魂が求めようとした、その事象が現実となっていると思っていただければと存じます。

 

神は、人間に“自由意志”を授けてくださいました。


ですから、わたくしたちの選択次第で、これかれの人類の歴史も、また最終的に辿りつくまでの期間も変わってくるとは存じますが、いずれは“一つ”になるので、それまでは地球という多様な生命が織りなす奇跡の学び舎で、思う存分、人間であることを楽しんでおいで
ーーー

神は、生命溢れるこの地球を、奇跡的なバランスを保ち存続させつつ、そう朗らかにおっしゃっているのだとわたくしは思います。


以上。

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