「過去世、あなたがた(親子)は“恋人同士”で、でも戦争で死に別れて悔やんだので、次の生まれ変わりには親子になった」ということを、過去世を(他で)視てもらったときに言われた、おっしゃってくださった方がありました。

なるほど、そういうこともひょっとしたらあるかもしれませんね。

恋人同士だったから、というのは、なんとも強い絆を連想させますし、どんな時代であれ、幸せに添い遂げることのできなかった男女の悲哀は想像に難くありません。

ですが、だからと言って、次世で再会できる、あるいは(恋人を通り越して)親子になれるとはかぎりません。

もし過去世で、本当に愛し愛される恋仲で、なおかつ今世も出逢う(あるいは親子になる)としたら、それは、温情ではなく、むしろ、互いに“しっかりと学び合いなさい”という神よりの御達しです。

かつての過去世における互いの心情、そして、死に別れてからの残された者の想いやこの世に対する考え、等々を、神はすべてを御見通しですから、今世、近しい間柄として、あるいは親子にまで
密接な関係性に成らせることによって、まだまだクリアするべきことがあるだろう、という、どちらかと申せば厳しき判断によって、神はわたくしたちにしかるべく縁を引かせます。

家族は元より、人の一生における出逢いとは、数多くあるとは言えども、それでも霊的な数からしますと実は本当に“一握り”です。

神は、人のご縁というものをとても大切にされますので、一つひとつの出逢いからしっかりと学んでもらいたい、じっくり感じてもらいたいーーー そのように願われます。

ですので、“袖振り合うも他生の縁”のごとく、一つひとつの出逢いとは
本当にかけがえがなく、どのようなものであっても“一期一会”くらいに大切にする、その心構えこそがわたくしたちには何より肝要です。

(次回へ続きます。)

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