霊の世界では、各々のもつ特徴がはっきりと現わされるーーー

これは、実際にわたくしのような、人間でありながら霊能を司る者は肝に銘じておかなければならない事柄です。

霊の世界は誤魔化しのきかない領域ですから、自分の霊性から影響を及ぼすものは、自身にとって、あるいは周囲(相手)にとってどの程度か、その強弱はもちろんのこと、導き出される結果もあらかじめ踏まえていなくてはなりません。

ですから、逆に申せば、“
自分の身の丈を知る”ではありませんが、霊的なことを司る者がこの道で生きていくためには、何より、総じての自らの状況(良し悪し)を“客観的に”捉え、目前の状況に対し、はたして自分ができることなのか否かを瞬時に判断することが不可欠なのです。


必要とあらば、自ら打って出なければまさに“不甲斐なし”ですが、自身の分(ぶ)=力加減、を超える行為をした際は、まっさきに身を亡(ほろ)ぼすことになるゆえです。

それを覚悟し、わが定め(宿命)としてお役目をまっとうするか、それではないやり方を模索するか(選択するか)ーーー 現象界ではわたくしも、一人の人間としての命(人生)もありますから、これが実に悩ましいところでもあります。

さらに『鬼滅』の劇中では、“血”についてのキャラクターたちのセリフが時折ありました。

血は、血液型に代表されるように、幾つかの型(タイプ)がありますが、それ以前に、わたくしたちの肉体を構成する大切な要素で、“血を分けた仲間”や“心血を注ぐ”など、慣用句などでも重要な物事として捉えられています。

血さえも、その人となりを表し、さらには血もまた術にさえ用いられる――― これはかつてわたくしが、御仏よりの御導きをいただき、霊能の修行をしているさなかに経験した出来事とまったく同じでした。

山あいの小さな祠で祈っていた際に、にわかに、「あなたの左腕を斬り落としなさい」との御仏の厳命がくだったのです。

そして立て続けに、「あなたの血が、滅した(※ここでは再生不能の状態ということです。)御霊にとって必要です」との声が聞こえ、さすがのわたくしもいささか狼狽してしまいました。

『鬼滅』でも、主人公が自分の首を(夢のなかで)斬ろうとする場面がありましたが、まさにあのような勇気の要(い)る状況です。

ですが、正真正銘の御仏よりの命令ですので、意を決し、自分で自分の左腕をえいやと斬り落としてみました。

すると、無論、現実のことではないので腕は何ら無事なのですが、霊的に斬り落とした腕から流れ出る血が、すーっと前方の霊魂へと向かうではありませんか。

わたくしの場合には、その場に生じた特殊な事情によって、わが生き血で、霊魂の蘇生が図られたのです。

一連の出来事ののち、御仏の御力によって、わたくしの左腕が再び元通りになり(※『鬼滅』に登場するボス的な鬼の、腕の復元の仕方です)、そして御仏は静かに、「腕が蘇生したと言え、あなたのエネルギーは少なからず減退しています。ですから、今宵(こよい)は回復へ向けてしっかりと休養するように」との御言葉をいただきました。

わたくしが当時はじめて経験した “血の事件”以来、浄霊などで必要な際には、霊的に肉体を切開するようになりました(※あくまでも、天の命令を受けた際の措置です)。

いわば、外科手術のような要領です。無論、切開したところも、順次綺麗に閉じていくことも分かっておりますので、そういった術も適宜用いております。

まさに“血の威力”を身をもって体験し、『鬼滅』でもそういった出来事が描かれていたのは、正直驚きでした。

(次回へ続きます。)

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