博多の総鎮守として“お櫛田さん”の愛称で人々に愛されている櫛田神社は、創建が757年の天平(てんぴょう)時代とのことで、まず驚きです。

それから長らくの年月を経て、現在の社殿もまた、1587年の豊臣秀吉公によって建立の寄進がなされたと言いますから、連綿と続く先人たちの信仰の凄さを垣間見ることができます。

前回のブログでもお伝えしたとおり、当社は、本殿の正殿に大幡主命(櫛田宮)、左殿に天照皇大神(大神宮)、そして右殿には素盞嗚尊(祇園宮)と三柱をお祀りしていますので、神紋も3つ並列して拝見することができます。

社殿は色濃い木造建築で、至るところに繊細な技術が光っております。

今回は、こちらの本殿にて神にいただいた御言葉をお伝えいたします。

Rinokia

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「自らの存在が、この世(の事象)に交わることにより、果たしてどのような“変容”を及ぼすことになるのかーーー 民とはいずれも欠かせぬ珠玉(しゅぎょく=尊い存在)であるゆえに、当人こそは何よりも(このことを)考えていかねばなりません。

たとえ同じく出来事であろうとも、それを生かすか、あるいは、徒労(無為)に帰するか、いずれにせよ、人ひとりがこの世に現わされ事象に交わる(関わる・携わる)ことは、何かしらの“変化”をもたらすことになります。

無論、この世に生じる出来事はひとかたならぬ(=単純ではない)ものではありますが、ただ一人のその存在が、なにかしらの“進展”へと方向づけることもできるのです。

それであるなら、たとえどのような出来事に関しても、自らの目前に巡り来たからには、そこに関わることに最大限の誠(誠意)を尽くし、僅(わず)かなりとも“良き変換”を目指すことを常にお心がけなさい。

そうです、すべての民は、“良き変換”をもたらせるほどに、素晴らしき知恵、そして大いなる力を内(=魂)に持ち合わせ、それらを目覚めさせ、発露(=発揮)するべく、この世は“現象”という(実際に現象として現わされる)世界となっております。

先頃、そなた(=Rinokia)に、住吉の大神が仰(おお)せになった(※博多区の住吉神社のことです)、“生かすか否か”という御言葉、まさにその通りです。

民の生き方そのすべてに、明日のわが国(日本)の明暗は委(ゆだ)ねられている、このように申し上げるならば、民のこの先歩む道程では、天の意思が一層つぶさにくだることになるでしょう。

すなわち、国の行く末を導くための“要人”として一層の魂の向上を図るべく、より多くの気づき、そして連動高き(=各々の影響を強く及ぼし合う)物事が(現象として)生じてまいります。

これらを“荒波”と思うか、それとも “好機の波”と思うか ーーー

すべては、民の心根(=心の大本を成すもの)次第。

今世を大いに生きん(=生きよう)とするその意思こそです。

この心根を諸共に反映する世界、それがこの世(=現象界)なのです。」

(次回②注連懸稲荷神社 です。)

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