2017年08月30日

鳴りませんように

最近、残暑厳しいため、
夜寝られず、朝方ようやく寝るので、
8時の「ひよっこ」だけ見て、また寝る、みたいな
へんな感じになっていて困る。

昨日の朝は、まだ寝て3時間くらいしか経ってないのに
7時過ぎに目がさめてしまった。
ぼ〜っと、横になりながら、BSで「ひよっこ」を観た(聞いたって感じ)のだが、
傍らで、何か、ネットが騒がしい。
朝、J アラートが一部の地域では鳴ったそうで、
ミサイルがー ってことで、
8時の「ひよっこ」はニュースに代わってしまった。
毎日のレビューは、昼の放送を観て、オンデマンドで観て、書いた。

私がぼーっとしている間に、日本は大変なことに
なっていた。
これでは、私は、ぼーっとしたまま、
ミサイル落下に巻き込まれてしまうかもしれない。

大丈夫だろうか。
にわかに不安になってきた。

でも、ぼーっとしようか、しゃきっとしようが、
どうにもならない気がしないでない。


世間では、
こんな世の中だから、
大事な人と、
愛する人と、みたいな雰囲気が高まっている気がするのだけれど、

愛する人を失うかもしれないと思ったら、
うかつに愛する人など作らないほうがいい。

愛する人と共に地獄まで逃げるといえば、素敵だが、
離れ離れになったときの悲劇ったらないではないか。

先立たれるの悲しみを想像するより、
今を大事に、っていうのが、物語のパターンだけれど、

ああ、いやだ。
自分が先に死ぬならいいけど、
とにかく、好きな人と離れるのはいやだ。

だったら、特別な人は要らない。

「おれより先に死んではいけない」って歌う、さだまさしの「関白宣言」の
気持ちが、今こそよくわかる。




 

clip!

2017年08月27日

ビジネスと趣味の間

https://www.cinra.net/news/20170825-makiyoko


ドラマ「セシルのもくろみ」(フジテレビ)に主演している真木よう子さんが、
コミケに参加する話が話題になっています。
こういう時、たいてい、賛否両論だと思うのですが、
ほぼ、否定意見ばっかりなところがすごいです。

コミケで写真集を売りたいので、写真集制作資金800万円を
クラウドファウンディングするというところに、
コミケを愛する人たちが、首をかしげまくったようです。

みんな、自腹で本を作って、参加しているのにっていう。

さらに、発表された、写真集制作スタッフがプロ中のプロばっかりで、
商業誌となんら変わらないものを、コミケで売るとは、
コミケの意義を理解してないんじゃないかという意見ですね。

わたしも、編集、北尾修一さんというお名前を見て、
太田出版の名物編集さんだから、
太田出版の企業ブース参加でやることじゃないのかな?と思ったら、
そういう疑問をもった人も他にいるみたいで、
その問に、Twitterで、インタビュアーとして参加する吉田豪さんが、
太田出版を退社されていると説明されていました。

よくわかんないけど、フリー編集さんになったのかな。

ざっとネットを見ただけなので、
具体的に言及しているものに出会えなかったのですけども、

出版社から本を出すと、取次会社を通さないといけなくて、
そこにお金がかかってしまうので、
コミケだったら、取次を通さなくて済む分、利益は大きくなります。


出版社だと、予算的に、企画が通らないものも、
取次を通さないことによって、可能にするという、志ある写真集であれば、
コミケで出すことに意味はあるように思います。


出版不況なので、なかなか本の企画が通らないのが現状です。
ある程度売れるものにしないと、企画が通らないため、
ほんとうにやりたいことがやれないなんてことは、出版にはざらにあることですから。


そういうふうにして、
日頃、予算がかつかつのため、安いギャラになってしまう、
作り手(フリー編集、ライター、カメラマン、その他スタッフ)の人にも、ある程度の支払いができる、ってことになるのであれば、
それはそれでいいことなのかなあとも思います。


でも、そのへんのことは全くわからないまま、
いまはただ、本来、それなりに収益を望めるであろう、メジャーな女優さんが組んだ
チームが、さらに儲けようとしているのではないかという疑心暗鬼が沸いてしまったのでしょうね。


すでに、叶姉妹や小林幸子などが、コミケに参加して、盛り上がっているので、
何匹目のどじょうを狙う芸能人視されてしまった。


コミケも巨大なマーケットになって、
オタクがビジネスになる時代なので(日本の政策にもなるくらいで)、
いろいろ関わろうとしてくる人は多いでしょうけれど、
そもそも、コミケの核たるとこにいる人は、
警戒心が強いというか、そんなに器用に、誰にでも心を開くタイプじゃない。
大事なものを共有できる人となら強く結びつくけど、だからこそ、
人を見抜く力も強いと思うんです。

私は80年代から90年代にかけてコミケに参加していて、
古い事しか知らないからえらそうなことは言えませんが、
根本的なところは少しだけはわかるような気がします。

と同時に、いまのコミケにおいそれと入っていけないものも感じます。

絵を描かなくなってずいぶん経って、
昔、いっしょにやってた人たちが、いまだにやっているのを見たり、
たま〜に、描きませんかって声もかけてもらったりすると、
(Twitterで旧友に再会したりするんですよね)
また絵も描きたいな、コミケにもまた参加したいな、という気持ちにもなるけれど、
ブランクがあるから、そんな簡単に、復帰できないだろうなって躊躇してしまうんですよ。
絵も下手になっているのと、やっぱりルールを1から知っていくことは、
並たいていなことじゃないなあと。とくに、こんなに巨大になっちゃうとね。

出てきたときは小さな村だったのが、いつの間にか大都市に発達していた感じなので。


話しずれましたけど、
真木よう子さんは、けして、にわか、ではなくて、
以前、ワニブックスのプラスアクトで、漫画家さんとの対談連載なども
やっていて、漫画が好きなことは確かなんだと思います。
作るものは、漫画本じゃなく、写真集なわけだけれど、
きっと、コミケを愛する人と、共有できることもあるのだと思います(思いたい)。


で、結局、何を言いたかったかというと、
今回の、炎上事件で、
比較して語られる、叶姉妹ってすごいなああってつくづく思いましたってこと。


明らかに、生きる世界の違いそうな、叶姉妹を悪くいう人がまったくいないって
なんなんだろう。

詳細はわからないけど、
世界をまたにかけて、自分たちの”美”で、人を楽しませている叶姉妹。
究極の、サービス業なんですが、
それには、肉体だけでなく、精神の美も研ぎ澄ませているんでしょうね。
そうすると他者を尊重することもできる。

で、サービスしながら、自分たちも楽しんでいる。

叶姉妹は、コミケ参加を、世界一周(してるかしらないが)とか、
ものすごいゴージャスな船旅(してるかしらないが)とか、
すこぶる美味しい食事とか、素敵なお買い物とか、凄い芸術鑑賞とか、
そういうことと等価な、体験にして、楽しみたかったのではないかと
思うんですね。

すごいものに、参加してみたい!という純粋な好奇心と、そのために
できるだけのことをするという、知性をせいいっぱい発揮する。

それによって、自分たちも相手も、楽しい。

これこそ、おもてなし の心なのかなという気がしています。


よく、住む世界の違いを語る例として、
「ベルサイユのばら」で、アントワネットが「パンがなければお菓子を
食べればいいじゃないの?」って言う場面が俎上にあがりますが、
真木よう子さんの場合「コミケに出す本の資金がなければクラウドファウンディングしたら
いいんじゃないの?」みたいに受け止められるような感じなのかな。

叶姉妹の場合、一緒にパンを作りましょう みたいな感じなのかな。


結局、他者の気持ちをどれだけ、わかろうとできるか、なんだなあと。
そのためには、たくさんの知識も必要だし、たくさん、相手の話を聞くことなんでしょうね。


銀座のママ的なとこに行き着いてしまうんだけど(笑)


ママ修行したい。



昔、こういう本をつくったことがあります。
内容の企画とか取材とかしました。
この本の表紙と巻頭カラーページの撮影した後に、妊娠されていることがわかったのですけども、
お腹を写しているのが意味深だなあって思ったのでした。
自己プロデュース能力のある、楽しい発想をもった方だと思うんですよね。





clip!

2017年08月25日

夏の終わりに 洗い流したいこと

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日が落ちて虫の声が聞こえるようになると、
夏の疲れが出てきます

日中は変わらず暑いけれど、
雲の形は変わっているし、
涼しいときはすごく涼しい

気温差が体調に影響を及ぼすのでしょうね

完全に涼しくなるとまた元気になるから
しばらくの辛抱であります

こんなときは無理しないで、
美味しいもの(体に優しいやつがいい)を食べたり、
よく寝たり、
マッサージしたり が良いですね。


こういう時期だからってわけでもなく、
世の中は殺伐としていて、
ネットの炎上事件が続いております

そのひとつに、某社の石鹸のCMがあります。
描かれている 夫婦の形、親子の形に釈然としない人がたくさんいて、
たくさん酷評されました。

意見は、さんざんいろいろ語られているので、
もう私が書くこともないと思うので、
私の意見は、FBに書いた
チェーホフの「かもめ」の、ドルーンの台詞
「なんてみんな神経質なんだ!」が浮かんだ、ということだけに
しようと思っていました。

でも、先日、ロマン優光さんのコラムで、
「新井浩文さんが全編を通して生気のない目でほぼ表情なく演じているために、なんだか心を病んでいる人、もしくは殺伐とした異常者に見えてしまいます」という文章を拝読し、

少し残念な気持ちになったので、
少しだけ書きたいと思います。

もしかしたら、新井浩文さんは、平凡な日常を生きる男を演じるよりも、もっと超越した凄まじい演技のできる俳優なのだってことを言いたかったのかなとも思うのですけれども、
俳優なのだから、どんな役でも演じられたほうがいいし、
せっかく、一般的な消費者にも共感される俳優として、CMに選ばれて、それを引き受けたのだから、
どうしても日常からはみ出してしまう人と認知されるのは、もったいない気がします。

以前、このブログに書いた、ドラマ「フランケンシュタインの恋」に、新井さんは出ていて、
その役は、ラジオで人生相談をやっている役で、かなりヒューマニズムあふれた役でした。
とりわけ印象的だったのが、5話。
過去に、人の気持ちを傷つけてしまったことを引きずっているというエピソード。
ここで、新井さんは、ヘヴィな話を淡々と語る。そこがよかったのです。

それについては、エキレビ!で書きました。

http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20170528/E1495907039188.html



石鹸のCMのお父さん役を観て、私は、わりと、リアルだなと思って観ました。
朝早い時間の満員電車には、男も女も、あんな感じの人たくさんいます。
たぶん、私もそうなっています。私なんて、いつでもどこでも虚ろで、むすっとしています。

表参道とか銀座とかにいる人は、服も時計もバッグもいいものをもっていて、
ばりっとした顔をしていますが、
うちの最寄りの駅の沿線などは、悲しいかな、だいぶ感じが違います。

問題は、
子供の誕生日で、ケーキとプレゼントを頼まれているにもかかわらず、
後輩と飲んで遅く帰ってくることがありえないという声が多いようなのだけども、
私は共感できたんです

何か用事があるのに、ついにふらっと他の件に流れてしまうことが、私はあります。
魔が差すというのか、ちょっとタイミングを間違えると、なんか足が違うほうに
行ってしまう。
ああ、まずい、まずい、と思いながら、その場を抜け出せないってことが。
例えば、今日中に、原稿を書かないといけないんだけど、
なんだか断れなくて、飲み会に参加してしまう、とか。

うまく電話を切るタイミングを逸して、
話を延々聞いてしまい、約束の時間に遅れてしまう、とか。

それについて、言い訳もできないし、あゝ困ったな・・・としか・・・。


新井浩文さんには、そういう、いろんな感情がまぜまぜになったところが
出ていて、いいなあって思ったんですよね。だから、彼の存在や演技を否定する意見は
とても残念でならないのです。


人間、誰しも、そういう、わかっていながらつい・・・という経験が
あるんじゃないのかなあと思うのですが、そんなことないのでしょうか。
そんなこと思う人間は、だめな人なのでしょうか。

みんなしっかりしているのかな。
とくに、家庭のある人は、そういうことをきっちりしないといけないってことなのかな。

共同生活の難しさを感じた、一件でした。



ただ、映画や小説だったら、複雑な感情も描けるけれど、
短いCMの中で描くのは、難しいということもあるかなという気もしました。





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2017年08月19日

夜中に葦へ

とくに面白くない内容なので読まなくていいです
と、誰にともなく…。

TwitterやFBは、なんとなく読んでる人の顔が見えるので、
もっと、漠然としたところへ向けて書きたい、「王様の耳はろばの耳」と葦に向かって
叫びたいという感じ。

といって、別に、ここで、社会的な告発をしたいわけでもない。

ささやかな願いについて書いておく。

近年、インタビューの音声起こしを、外注していたのだが、
ここ数ヶ月、自分でやっている。

元々、自分でやりたいほうではあった。
もう一回聞き直すことで、微妙なニュアンスに気づきがあるので。

外注するようになったのは、
仕事がたてこんでいたこともあるし、
若いライターの方に、反面教師として聞いてもらうことで
なんらかの役に立つかなとか、
自分の稼いだお金を、これからの人に還元できるのもいいなあとか
思ってのことだった。

ちょっと話が逸れるが、関係ないわけでもない話をすると、

最近の私は、お金を、これからの人に使おうと思っていて、
これからの若いアーティスト、もしくは、まだこれからの子供のいる少し大人な人の作品を買うようにしている(といって、ほんのちょっとですけども)。

先日も、文化村に「プレイヤー」を観にいった際、
ギャラリーで展示していた富田菜摘さんという方の
廃材を使った立体作品(小さなタツノオトシゴ)を購入した。
あー、展示が終わったから引取にいかないと。

あと、はやりの(笑)クラウドファウンディングとか。

更に話は逸れるが、関係ないわけでもない話をすると、

会社に自分が使われるのはいやだと思ってフリーでいるけれど、
今さらになって、会社員、いいなあって思っていて。
だって、厚生年金や保険、大きいんだもん・・・(気づいたのが遅すぎ)

この間、会社を辞めてフリーになって、前に勤めていた会社の仕事を請けている
という人に、
なんで辞めちゃったの、もったいない、会社員のほうがいいよ、とか言ってしまった。
かなり本気で。
せっかく、夢をもってフリーになった人の気持ちを折るようなこと言って、
反省もしたけど、でも、このご時世、会社員のほうがいいと思うんだよなあ・・・。
まあ、女性はお金ある人と結婚すればいいけども。


と、まあ、そんなことを思いはじめた私は、
会社を今更作ることも、子供を作ることもできないとはいえ、
自分のためだけに稼ぎ使うのではなくて、
何か、誰かの役に立つことをしたいなと考えて、
若い方にお手伝いをお願いして、対価を払うということをしていたわけ。

でも、残念なことに、私がお払いしているギャラはちょっと安いのだ。
私が、がっぽりとってるわけではなく、元の私のギャラが安いのだ。
ギャラの半分、お払いすることも多いし、まったく赤字になるときもあった。

ギャラの安い仕事ばかりしているのだ(涙
自慢ではないが、本来、音声起こしを頼める稼ぎではないのだ。

残念すぎるが、
ギャラのいい紙媒体(紙媒体がギャラがいいのではなく、ギャラの高い一部の紙媒体のこと)
の仕事をしてないのだ(仕事依頼お待ちしております!

にもかかわらず、音声起こしを頼まないと、間に合わないときがあり、
むしろ若い方の、優しさに甘えてお願いしていたのだった(悲
ほんとうに、助けてくれた方々、ありがとう。

それが心苦しくなってきて、
最近は、自分でまたやるようになった。
ちょうど、あまりにも、人に頼み過ぎていたので、
やっぱり、たまには自分でやらないと、堕落すると思ったのもある。

実際、自分でやると、
質問の仕方の反省ができるし(これに向き合いたくないから人に頼んでしまう
というのもある)、
やっぱり、微妙な、相手の声や間から、
これは本音なのか、建前なのか、とか、
どこでこの人の心が動いたのか、とか、そういうことに気づけて、
やっぱり、ただ、文字を規則正しくまとめるのとは、違う原稿になる。

プラスアクトの藤原竜也さんのインタビュー原稿は
自分で音声起こして書いた。


でも、そうしていたら、
あっという間に、部屋は散らかり放題(あんなに断捨離とかしたのに
自炊も全くやらず(せっかく少しはじめたのに、
デパ地下で惣菜やお弁当などを買ってエンゲル係数が異様に高く
なってしまったのだ・・・

つまり、
人に仕事を手伝ってもらうことで、
日々の生活を買っていたようなものだった。

もしや、デパ地下グルメしているくらいなら、
音声起こしを頼んだほうがいいんじゃないか・・・と後悔する昨今・・・


何かこう、もう少し合理的な生活が送れないものか。

これからの人にも還元できて、
自分も、人間らしい生活を送る。


この、ささやかな願いを叶えたい。




こちらの本に掲載されてるインタビューも、
音声起こしを手伝ってくださった方々のおかげで
成り立っております。感謝です。
元が、ウェブの記事なので、自腹です(ついでに言えば謝礼もウェブで自腹で
払ってます。再掲載料は出版社持ちだけど、正直言って、経費はかなり持ち出しです。
先日、ある本がベストセラーになった作家の方とお話したら、そこに至るまでに
かなり経費に自腹切ってこられたそうだ。
千里の道も・・・って感じだな)





clip!

2017年07月08日

エンディングのかたち

私の大切な連載、ワニブックス「プラスアクト」の「プレイアクト」。

舞台俳優に1万字、演劇半生をインタビューするもので、
もう10年近く、続けてもらっています。ううう、ありがたい。

中で時々、大御所シリーズみたいな感じをやっていて、
蜷川幸雄さん(俳優じゃないけど特別に出てもらった)、
唐十郎さん、麿赤兒さん、仲代達矢さんなどに出て頂きました。


先ごろ、舞台の上演中に、亡くなった中嶋しゅうさんにも
出て頂きたいと、時期を伺っていたので、
今回の訃報は、とても残念でした。

なにより、すばらしい俳優さんが、ふいに亡くなってしまったことが、
残念です。

最初、ネットで流れてきたニュースは、
公演初日、上演中に、舞台から客席に落ちて、
病院に搬送されて、そのまま亡くなってしまったというものでした。

俳優が、うっかり落ちることも、時にはあるけど(目撃したことが何回もあります)
ベテランの方だし初日だし、そんなことあるかなと思っていたら、
急性大動脈解離を起こしていたことがあとで判明しました。

演劇の世界の人は、一様に、
ご本人の意思とは関係ない不幸な出来事だったことが
語弊はあるけど、不幸中の幸いと感じたようです。

うっかり落ちるなんてことはないと信じている人が多かったのです。

俳優は、どんなに激している芝居のときでも、
冷静に客観視するのも仕事のうちですからね。


とはいえ、
初日に、芝居の最中に、こんなことになるなんて、
ご本人としたら、やはり、無念だっただろう。

その日の公演と数日、中止になってしまったのだから。

主演の寺島しのぶさんをはじめとして、関係者や観客に
申し訳ないと思うだろう。


ながらく舞台をやってきて、ベテランとして尊敬されてきて、
舞台の役にずっと立ってきた人が、
自分のために、公演を休止にさせてしまうなんて、
なんて悲しいことなんだろう。


人生というのは、本当に、酷い。

すべてを滞りなく、美しく終わることは難しいのか。

認知症もそうで、
とてもしっかりして、活躍してきた人が、
記憶をなくして、何もわからなくなって、できなくなってしまう。


それを悲しいとか思わないように、
それが当たり前と思えるようになるように、

それが人生の最後の修行なのかもしれない。
本人にしても、周囲の人間にしても。



私は、朝ドラのレビューを、ある作品の最終回まで
書いて死にたい、とこの間、インタビューで話した。

途中で死ぬのはやだなあと思って。

まあ、婆あになって、ただ趣味で朝ドラレビューを書いてるだけだったら、
途中でもいいんだろうけれど(自虐

もし死ぬまで、書くことが仕事でいられるのなら、
最後まで終わらせて死にたい。


理想は、プラマイゼロの死に方だ。


だから、いっつも、
今、死んだら、部屋が汚すぎてダメだとばかり思ってしまう。

逆に言えば、私がミニマリストになったとき、
私は死ぬんじゃないか(笑


あ、いけない、
話しを戻そう


中嶋しゅうさんのことは、
清水邦夫さん作「狂人なおもて往生をとぐ〜昔、僕達は愛した」(15年)で
門脇麦さんの取材をしたとき、
奥さんの鷲尾真知子さんと夫婦役で出演していて、
ご夫婦がとても仲が良いと聞いたことが、
すごく印象に残っていた。

今回の事故は、同じ、東京芸術劇場だった。

鷲尾さんは、翌日、別の舞台の初日だったそうだ。

ほんとうに、もう、なんで、こんなことが起こるのか。


私はちょうど、Yahoo!ニュースで、
俳優は「親の死に目にも会えない」と思ってやっている話を書いていた。

私の仕事も、先輩に、そう言われている。
そして、私も、
仕事で、身内の死に目には会えていない。

蜷川実花さんが、病院から仕事に出て、
そのあと、お父さんが亡くなったということを書いていたが、
そういうのと同じような感じだったり、
原稿を書き終わって病院に行ったら間に合わなかったり。

そんなことばかりだ。


世の中、理想の最終回を描ける人ばかりじゃない。

だからこそ、
ハッピーエンドでも、バッドエンドでもなく、
ただ無でありたいと、しみじみ思う



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2017年07月03日

折り返し地点にいた俳優

2017年もはや半年が終わり、
残りはここまで歩んで来た分しかないと思うと
あっと言う間だわ〜〜と焦るばかり。

宿題、課題が終わらないまま、
新たな企画が沸いてきたりして・・・
いったいいつになったら、うまくまわっていくのか

お金とやりたいこととがうまくおりあう日は来るのか

一番大事なのは漠然としないで、計画的にすること。

そう書くと、つまんない生き方やねえって思われそうだけども、
アスリートだって、練習計画立てている。食事とかトレーニングとか。

夢は自由に。
それを実践するときは緻密に徹底的に。


毎日の修行のごとく、
朝ドラと昼ドラを毎日書いていたけど、
さすがに、追いつかなくなって、
先週は朝ドラだけにして、
かわりに、他の原稿をいくつか書いた。


連載で、コツコツ書き溜めていくのは、
マラソンだから、その過程は苦しい。

一本完結原稿は、短距離だから、
瞬間は苦しいが、すぐに燃焼できるから、心地よい。

マラソン+短距離 が理想的。

マラソン+マラソンはなかなか難しい。


短距離のひとつで、


朝ドラでブレイクした男性俳優が主演する、2本の映画に漂う”朝ドラ感”は、どれだけ有効か考えてみた

という記事を書いた。


たまたま、2本の映画が、朝ドラつながりを楽しめるような作品だったことから書いてみた。

向井理さんに関しては「やすらぎの郷」にもちょうど先週出ていたので、
私のいまやってる仕事(朝ドラ、昼ドラ)に、合いすぎている(笑


『いつまた、君と』とは、野際陽子さんの映画の遺作だそうなので(ドラマは『やすらぎの郷』)。
よけいに、思い入れをもって観た。


戦後の日本人の姿を真摯に演じる向井理さん。
肉体労働ができて頭も良くて頑固で・・っていう明治、大正、昭和初期の男のひとのイメージを投影しやすい人。丸いメガネをかけていると、うちのおじいちゃんを思い出す(顔は当然違う。肉体労働もしてないけど、勉強家で背が高かった)。


思えば、『神の舌をもつ男』も、かなり変わったコメディーだし、新しいところに挑戦したのかなと思っていたけれど、「いつまた、君と」にも、横溝正史の世界に代表される、閉ざされた村で起こる血塗られた事件という部分があって、驚いた。

そして、この人は、次第に消えかかってる戦中戦後の記憶を託される、お役目をもっているんだなあと思った。

やっぱり、映画の原案になったおばあさんとの関わりがあるからだろうか。
おばあさんは、記憶を遺したかったわけだものね。
その思いを受け継いで、ちゃんと映画化したのはすごいことだ。

面白いのは、『やすらぎの郷』では、
昔のことをほとんど知らない、ぼんやりした若い俳優役だったこと。
倉本聰の『歸國』では、あんなにいい役だったのに。

でも、リアクションの芝居が巧くて、感心した。

九条摂子に「(あなたの)ファンなのよ」といわれて、少しだけ肩の力が抜けるところとか、
高井秀次の名前を聞いて、顔つきが変わるところとか、
自尊心に関わることや、興味あることだと心が動くが、それ以外は心が全く動かないので無表情だし、使える語彙もない。
調子のいい人だったら動かなくても動いたふりをするが、正直者で、興味あるフリなどできない。

一方で、ほんとうに興味あることは、常日頃から何度も繰り返し考えているから、
一気に言葉として溢れ出す。

そういう人のリアルがよく出ていた。

去年は、「信長協奏曲」と「RANMARU」で取材をして、
年間通してお世話になり、
今年も、前半、とても楽しませてもらいました。


向井理さんは、前腕がしゅっとしていてかっこいい。



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2017年06月27日

津軽と天草について考えてた

わーっと、記録的に。だから、まとまりなし。



4月期のドラマもほぼ終了した。
前期も「カルテット」が牽引して、おもしろかったし、
今期も、おもしろい作品が多かったように思う。

どれもこれも、1回はレビュー書くのが、毎期目標だが、
まだまだ追いつけない。

もっとも6月、「やすらぎの郷」レビューYahoo!を毎日やらなければ、できたのかもしれず・・・。

とはいえ、「やすらぎの郷」をYahoo!で毎日3週間やったのは、
今後に役立つ気がしている。
毎日やると、タイトルの付け方とか、内容とかと、アクセス数の関係が
なんとなくわかってくるので。

まあ、これも永遠ではなく、日々変わっていくであろう。

ひとつ、年齢層は確実に高いね・・・「やすらぎ」レビューを読む人は。


今期は、
「リバース」をエキレビ!で1回書いただけにとどまり、
http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20170421/E1492707968088.html

「CRISIS」と「マッサージ探偵ジョー」と「あなたのことはそれほどでも」を1回ずつ、
マイナビで、俳優を中心に書きました。

http://news.mynavi.jp/author/0002012/


あと、Yahoo!で1回「おんな城主 直虎」を書いた。

それから、エキレビ!で、「フランケンシュタインの恋」を7回まで書いたけれど、
そこでやめてしまった。

「リバース」も「CRISIS」も「フランケン」もとてもいいドラマだったけど、
毎週書く体力気力がなくて・・・それは悔しくもある。


こちら、フランケン〜7回分↓

http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20170430/E1493483370829.html

http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20170507/E1494102167321.html

http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20170521/E1495298804074.html

http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20170514/E1494699212311.html


http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20170528/E1495907039188.html

http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20170604/E1496506015173.html

http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20170611/E1497119293860.html




「フランケンシュタインの恋」に関しては、
私が書くのをやめてから、
主人公の怪物をつくってしまった博士の恋だった、という
じつにすばらしい展開になった。
でも、博士をやった斎藤工さんに関しても、
マイナビの「昼顔」レビューで博士のことも少し書いたので、
私の中では決着がついている。


唯一、うまくまとめられなかったなあ、と思ったのは、

津軽(二階堂ふみ)と天草(新井浩文)という名前について。


津軽は青森で、天草は熊本。
日本列島のほぼ両端だ。

共通するのは、どっちにも義経伝説があること。

それと、どっちも近くに原発を作ろうという動きがあったこと。

謎めいたヒーローと原発・・・
なんとなく気になる符号だったけど、

フラッシュアイデアに過ぎず、説得力ある原稿にするには至らなかったので、
一応メモっておく。すぐ忘れるので。

手塚治虫のアトムからずっと、人間が科学技術によってつくりだしたものは、
人間の役に立つこともあれば、不幸にすることもあるという矛盾が物語になってきた。

『フランケン〜」の河野英裕プロデューサーは、かつて「Q10」(木皿泉さんの名作!)でもそういうことを描いていて、
今回も、クラシカルでファンタジックにしていたけど、やはり、その問題に向き合っている感じがした。


ちょうど「やすらぎの郷」でも、60年代、「イグアノドンの卵」という社会を風刺した作品を生んだ、バラエティー「光子の窓」をモデルにした番組のエピソードをやっていたのだが、
「イグアノドン〜」は、テレビと原子力は、使い方を間違えたら危険であることを警鐘していた。

一方、「フランケン〜」ではラジオと怪物を重ねていた。

きっと、今、送り手として、何をつくるべきか、突き詰めているんだろうなと思った。
「光子の窓」も「フランケン〜」と同じ日本テレビで日曜に放送されていたというまた符号が・・・。


ともすると、
テレビもラジオも、
国民の考えを、ひとつにまとめてしまいかねない。
誰かに都合のいいふうな情報しか流さないかもしれない。

楽しんでテレビ、ラジオを見聞きしていたら、いつの間にか、
とんでもないところに連れていかれてしまうこともあるかもしれない。

こわいこわい。


でも、一番、いま、こわいのは、

ミサイルから避難する方法のCM。

なんで、こんなCM流すの???

しかも、これ、あまり役に立たなくない? っていう内容。
戦時中の竹槍で闘う っていうのはこういうことなのかあと
はじめて戦時中の出来事に共感できた。


どうか、こわいことが起こらず、
いつまでも、日本中の人たちが、テレビ見て、レビュー書いていられますように(見てない、書いてない人もたくさんいるのはわかってますけれど)


じつは、「みんなの朝ドラ」はそういう気持ちで書いた本です。

そもそも、朝ドラって、戦争が終わって、みんな、だいぶ落ち着いて、
テレビが家庭に普及してきたばかりの頃にはじまって、ずーっと放送されているのだ。
戦後の平和の象徴みたいなものなのだ。









2017年06月26日

「無視されることは偉大なる特権である」

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今日、25日まで文化村ザ・ミュージアムでやっていた写真展

「ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展」を見てきた。
ファッション誌で活躍したものの、その栄光に興味がなくて、その仕事に見切りをつけ、
長らく世間に表れず、好きな写真を撮り続けていた人。
80歳過ぎてから、その写真が注目された。そして、その人生は映画にもなった。

ファッション誌で撮ったモデルやスターの写真と、
市井の見知らぬ人たちをこっそり撮った写真と、
特別に大事だった女性と幾人かの女性のヌードと、
絵画で主に構成されていた。

ところどころ、彼の言葉が掲載されていて、
私が気に入ったのは、「無視されることは偉大なる特権である」だった。

ソール・ライターさんは、人物を撮っても、カメラ目線がほとんどなく、
かなりなにげない一瞬の表情を撮っていて、それがすごく良い。

市井の人の写真も、後ろ姿ばかり撮っているのがあったり、
撮られていることを意識したものがまったくない。

まさに、無視されることを特権にして 撮った作品ばかりなのだ。

私も現場取材をしているとき、透明人間のようでありたいと思っている。
取材に入ると、だいたいの人たちは、意識してないようで、取材を意識する。
あからさまに意識している人も、意識してないふうを装っている人も、みんな、
記事になりそうなことを言ったりやったりする。

ありがたいときもあるけれど、
圧倒的に宣伝度の高い現場取材のときなんかは、そういうほうが楽だけれど、
じっくり取材するようなときには、意識されたくない、
あたかも、異物はいないものとして、いつもの自然な状態を見て書きたい。


そうやって、たまたま、見聞きした、何気ない瞬間を、記事に書いたことも
何度かある。

わ、私、すごいラッキーだったかも、ここに居合わせて、と思ったこともある。

蜷川幸雄さんに、勘がいい、と言われたことがある。いいタイミングに居合わせる運は、
取材者の才能であるというような意味でだ。
最近、鈍ってるぞ、と注意されたこともあるが、元があるからこそ鈍ってると言われたのだと
思う。


で、ソール・ライターさんも、日常の中の奇跡の瞬間、みたいなものを、それも、
大きな事件とかじゃなくて、一見、地味ぃ〜な場面にある、とっておきの瞬間みたいなものを
撮っていた。


たぶん、堤幸彦監督の『恋愛寫眞』の、ヒロイン・静流(広末涼子)がニューヨークで
撮った写真は、ソール・ライターさんに影響を受けたんじゃないだろうか。
映画でキーになる、雪の中でこけた人の写真。静流のアパートメントから見下ろして撮った写真だ。

ソール・ライターさんは、ファッション写真を辞めて、スタジオを引き払ってから、
住居としていたアパートメントに死ぬまで30年近く、住んで、その近辺の写真を撮り続けたそうだ。


その人生を聞いて、
私も、同じ部屋に長いこと住んでいてもいいかなという気がした。
作品を作れればであるが(まだそういう感じじゃないんだけど、最期の数年に一気にという予定・笑)


いまの部屋にはもうかなり住んでいる。

部屋と部屋を区切るドアには、「恋愛寫眞」のポスターがずっと貼ってある。2003年公開だから、
14年も!



この間、ドラマ「カルテット」で、松田龍平さんと高橋一生さんが共演していて、
「恋愛寫眞」では、松田さんが主役で、高橋さんはチョイ役で、ふたりのポスターの名前の大きさの違いに感慨無量になった。いまは対等だもんね。


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ニューヨークに撮影の取材に行く時、
9.11の影響で、飛行機がガラガラだったことが印象深い。

撮影現場に行く前に、朝早く立ち寄ったグランドゼロの周辺の空気感も忘れられない。
ひとりで行くのは不安だったから、同行していたライターA氏を誘ったのだった。

2月の雪がすごくて、寒くて。
あたしは、残念にも、マフラーをもって来るのを忘れて、これはぜったいやばいと、
ついてすぐの、まったく知らない街を、マフラーを買いに歩きまわった。

防寒の用意が全体的に、足りなくて(想像力がなかったんだな、2月のニューヨークに対して)、
寒くて、我慢できなくて、その場を撤退したこともある。


静流のアパートの設定の、アパートが素敵で、
こんなとこに住みたいと思ったものだった。

なんてことを思い出してしまった、ソール・ライター展。



あ、いかん、また終の棲家的なことを考えてしまっている。


なつかしい






これ、私が参加した本(インタビューとか)










2017年06月24日

6月は不思議な月

今週は、夏至でした。
一年間で、日が最も長い日。

夏至というと思い出すのは、
グラストンベリーで見た夏至の朝日。
2006年の6月、小栗旬さんがイギリスで「タイタス・アンドロニカス」に出演した時、
取材に行ったついでに、グラストンベリーに寄ったのだ。

もう11年も経つのか・・・ぎゃー。

あの頃、私はすでに年取ったと思ってたけど
今から比べたら若過ぎるほど若い(当たり前)。

あの年の夏至のパワーは格別であると(しかも場所は
最強の聖地グラストンベリー)何かで読んで、
タイミングがちょうど合ったから行ったわりに、
特に、何かいいことはその後、ないのだが(笑

考えようによっては、今まだ、フリーライターとして、
生きながらえているので、
そこでのご利益で、護られているのかもしれない。

うん、そういうふうに思っておこう。

志半ばで亡くなってしまう方もいるというのに、
私は、決定的に酷い目にもあわず、
なんとか生きていられるだけで、ありがたい。
それなりに、酷い目にあってるのだが、
そのたびになんとか救われてきたから、ありがたい。

と、今週は、とりわけそんなことを思った。

先週、今週と、著名な方が立て続けに亡くなったからか。

どちらも、最期まで、できるだけのことをしていたように
傍から見て思える。

苦しかっただろうに、最期まで明るい表情をして。

ちょうど、最近、
美しさについて考えていた。

美しい骨格とか生まれつきのものはもちろん差異を
つくるのだけれど、

やっぱり、美しさは、どれだけ世の中に対して毅然と向き合っているかだよなあ
という思いに至ったところだった。

自分の言動に責任もっているかってことだ。

信念をもって、それを護るために、ちゃんと闘っているかってことだ。


失敗したり、思うようにいかなかったりしても、腐らず、ひとのせいにもせず、

なんとか自分の力で解決して、やりたいことができるように頑張るしかない。

自棄になって、捨てたら終わり。

諦めなかったら、なんとかプラスにもってこうとしたら、
なにかしら変わる。

AKB総選挙などを見てても、そう思う。
上に上がっていく人の顔って、顔の作りよりも精神性だよなあ、って思う。





だから、どんな最期になるか決めるのも、その人の気持ちにかかってる。

老いと死を描いたドラマ「やすらぎの郷」を毎日レビューしていたら、
最期の在り方を考えるようになってしまった。

まずい。引っ張られる。

それだけ作家の力があるのだ。

今週は、取材していても、死の話が出てきてしまった。
そこまで聞くつもりはまったくなかったのに・・・。


そうだ、おじいちゃんの亡くなった時期なのだ。
私が、初めて体験した、身内の死。
もっと前に、ショックだったのは、クラスメイトの死だったけど。


おじいちゃんの死はなかなかショックで
6月は、長らく、嫌いな月だった。

長く生きていくと、特別な月日が増えていく。

でもそれは、命日だけではもちろんなくて、

すてきな記念日だって増えていく。

そう、いつしか、6月は、
シェイクスピアの生地の緑に囲まれた街や、劇場や、
グラストンベリーの丘を、歩いた日になった。

死の悲しみと生の悦びが重なった月になった。




こんなふうに、
世界中が、365日、全部が特別な出来事で埋まりますように。



そんなことを書きながら、
『SRサイタマノラッパー マイクの細道』最終回見てたら、
なんか泣けた。

「22年目の告白ー私が殺人犯ですー」も観て、
入江悠監督の作品があってよかったと思った。
生の世界に引き戻された。

5末ではあるが、6月に限りなく近くに観た『俺節』にもパワーをもらった。

6月はやっぱり不思議な月だ。


2017年06月10日

少々時を遡りまして

さて、
TwitterにFacebookだけで手一杯で、
このブログの立ち位置を考えあぐねている中で、
以前は、かなり私的なことを書く場にしようと思っていたのですが、
やっぱり私は、自分の私的な話をおもしろおかしく書くことが得手では
ないなーと思い知らされまして。というか、私的な面白いことが全くない人間なんで
ございますね。

なので、
即時性の大事なSNSに書きそびれて、
宙ぶらりんになってしまったことをほそぼそと書きつづってみようかと
思います。
仕事じゃないので、わりとざっくり書きますのでそのへんはご容赦を。


昔も昔、2016年の1月でしたか、
SMAP解散の話題でもちきりでしたね。
とりわけ、木村拓哉さんがタイムリープしている説が人気となって、
SNSの世界を動画や小説が駆け巡っておりました。

木村さんがタイムリープと聞いて、
私が思い出したのは、
ドラマ「君は時のかなたへ」でした。
徳川家康の若き頃ーー松平元康(19歳)が、合戦のさなか、
1995年の東京にタイムスリップしてしまうお話でした。

劇団☆新感線の中島かずきさんが脚本で、
プロデューサーは、『相棒』のseason1〜12までを手掛けた松本基弘さん。
最近では『BORDER』や『警視庁捜査一課9係』などを作っていらっしゃいます。

なかなか優秀な才能が集まったドラマだったわけですね。

ディスコで、剣術の所作を用いたダンスを踊って喝采されるとか、面白いエピソードがありました。


だから、タイムリープ話で盛り上がったとき、
リープする能力者ではなく、偶然のスリップではあるが、木村さんは時間を超えたことが
あるんですよ(ドラマだけど)っていう記事をどこかで書こうと思ったんだけど、
なんかバタバタしていて、書きそびれました。

そのときの資料として、双葉社からでていたドラマブックを読みまして。
ノベライズ(葉月陽子)が中心ですが、プロデューサーによる現場の話などもあって、充実していました。

新書サイズで980円で、カラーはないけど、よくできた本だと思う。

余談だけれど、
テレビドラマのDVDもなかなか手に入らないとき、ノベライズは良い資料になる。
放送したものと若干違うとはいえ、大まかな情報は得られる。朝ドラ新書を書いたときも、
ノベライズが役に立った。山田太一の『藍より青く』なんて小説しか手がかりが得られない。


で、時代劇つながりで、
映画『無限の住人』のレビューも書きそびれてしまったのだけれど、

ひとことで言うと、”熱”の映画だった。
なぞの生物に寄生されて、不死になってしまった男が、
妹と瓜二つの女の子の親の敵を打つ手伝いをするというお話は、
設定も奇想天外し、出て来る人たちも、現実離れしている。
これを人間がやるのは、いくら技術が発達していても、かなり大変だと思う。
そんなときに、何が最も大事かというと、人間のエネルギーで、
衣裳やメイクや背景などどんなによくできた技術で覆っても、
ぱっと見はいいけど、結局保たない。
瞬間の写真ならいいけど、動いていると、嘘がバレる。

そんな中で、木村拓哉と杉咲花は、物凄いエネルギーを発していて、
ふたりの熱量を見るだけで面白かった。

杉咲花は、若くて、いま、最も新鮮なエネルギーをもっている女優さんだと思うんだけど、
それを木村さんが余裕で受け止めてる。
ふたりがエネルギーを呼応させて、結末へと疾走していく、こういうのが、映画やドラマや舞台の
真の面白さだと私は思う。

かなり強いふたりなんだけど、
兄妹のツンデレみたいなとこもあって、その緩急の差も微笑ましい。

いいバディものになってたと思う。

で、話をまた『君は時のかなたへ』に戻すと、
帯に、ドラマのストリーテラーをやった石井竜也のコメントがあって
「木村君はいつも困った顔をしている」そこが魅力と書いている。
ああ、なるほど。
「無限の住人』もすごく強いのに、杉咲花相手に、時々困った顔になるのが良かったわけだ、
とナットクした次第。

圧倒的な力をもってるけど、そこに過信しないで、というか若干持て余していて、ふつうに困ったりする人間的なところを残しているところに、人はこころを寄せるのだろうか。



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あー、2017年半年経とうとしている中で、
もやもや抱えていたことをひとつ、ここに書き終えて、ちょっとすっきり。