KAMOさん日記

孫を心から愛するじいちゃんの日記

サファイア


アリゲーターレコードネタをもう一つ。


例の創立25周年CDに収録されているバンドに「サファイア」という女性3人組のバンドが演奏する「テイント・ノーバディーズ・ビジネス」も好きだった。


この曲自体好きなんだけど、やはり女性が抑揚を聴かせ歌うとたまらなくカッコ良く感じ何度となく聴いた。


このサファイアってバンドもよく知らない。


知っているのはこの曲の演奏だけ。


なのでサファイアについて調べてみたのだけれど、極めて情報が少ない…。


調べ方が悪いのだろうかと、いろいろ検索してみるものの、わずかな事しかわからなかった。


見つけたのは下の文章だけで画像は見つからず…。


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黒人1人と白人2人の女性3人組ブルース・バンド。84年に結成し、ヴァージニア州で活動。当初は、ヴォーカルとギターのゲイ・エイディグバローラ(44年生)がコンピュータ技師、ピアノのアン・ラブスン(45年生)が高校の科学の教師で、週末のみに演奏。その後ベースのアーリン・ルイス(45年生)が加わり、88年にフルタイムの活動を開始。アリゲータ91<Hot Flash>がその年のベストセラーとなる。アーリン・ルイスは、その後アンドラ・フェイ・マッキントッシュに代わった。アリゲータ90<The Uppity Blues Women>、同92<Broadcasting>、同01<Ain't Gonna Hush>ほかがある。(Club,AMG)

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1944年と45年生まれの女性が1984年に結成し、88年にプロとして活動を始めたということは、かなりの遅咲きなバンドなのであろう。


いや、ブルースにはよくありがちだし、90年代初頭って意外にブルースブームなところもあって、名も知らぬたくさんのブルースマンやブルースウーマンがデビューしては消えていった。


サファイアもそんなバンドの一つだったのか…。


いや、ヴォーカルのゲイ・エイディグバローラの歌には「本物」を感じたし、バンドの演奏も良かった。


サファイア…アリゲーターレコードが創立して46年経つんだもんな…サファイアというバンドはもう活動していない可能性もあるのかな…。



コーリー・ハリス


アリゲーターレコード、設立が1971年なので、創立から46年もの月日が流れていた。


ちょっとショックだった。


なぜなら僕は創立25周年記念のCDを持っていて、僕の中で何となくそこでアリゲーターレコードの歴史が止まっているから。


まぁそりゃそうよね。


まだ長女が幼かった頃に買ったアルバムだもん。


そう考えると当たり前にあれから21年経ったというのを受け入れることができるんだけど、やっぱり僕の中ではアリゲーターレコードといえば25周年というイメージが頭の中から離れない。


その創立25周年アルバムはよく聴いた。


僕は少々コンピレーションアルバム好きである。


いろんなブルースマンを聴けるアルバムのが良い。


そこに収録されている「ルーツ・ウーマン」というブルースを弾き語りするコーリー・ハリスというブルースマン。

(昔はコリー・ハリスと表記されていたのに今ではコーリーなのね)


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男らしい声と、きっとすごいんだろうなという声量と、リゾネイターギターを使い巧みで鋭いスライドをしながらもどこか素朴な感じがする彼のブルースが好きだった。


そのCDを買った頃は、ギターも少々やっていて、オープンチューニングでスライドをし、よくマネをしたものだった。

(当然、彼のようにうまくは弾けなかったけど)


彼の曲はその1曲しか知らなかったけど、その1曲を聴けば、どれだけデルタブルースというものに傾倒しているかが手に取るようにわかった。


とにかく当時のコーリー・ハリスは泥臭く素朴でカッコイイブルースマンだったのだ。


で…、時が経った。


僕はハーモニカに専念したいのでギターを弾くのを一切やめた。


次第にギター自体に全く興味がわかなくなった。


だから弾き語り系のブルースマンを探求することがなくなったのだ。

(だけど、ロバート。ジョンソンやブラインド・レモン・ジェファーソン・トミー・マクレナンなどの弾き語りなカントリーブルースマンには興味があったけど)


弾き語り系のブルースマンに興味を持たなくなると、やはり知名度ではあまり高くないコーリー・ハリスの情報など皆無となる。


時々は思い出すけどネットやYouTubeで調べてみようという気にはならなかった。


で…今日、急に思い出し、仕事も暇なんで調べてみた。


え………。


コーリー・ハリスはレゲエシンガーになっていた。


あらあら……。


どうやらブルースのルーツを追求し過ぎて、最初は濃いめのカントリーブルースやらニューオリンズ音楽に傾倒していたらしいけれど、そのうちアフリカ大陸に行き音楽もアフリカ色が強くなり、さらにまた探求し続けてついに辿り着いたところがレゲエだったらしい。


今はどうやらソウルっぽい雰囲気にはなっているらしいけれど、彼の中心はレゲエのようだ。


彼の「今」の音楽を積極的に聴きたいとは正直思わない。


でも彼の根底にはブルースというものがある。


きっと“Bad”な音楽ではないはずだ。



海外旅行


ロシアは日本から距離が離れていて遠いよ。


旅費もかかるし、今回は海外旅行やめとく?


4年に一度しか行かないわけだけどさ、そろそろお家でゆっくりするのもいいかもよ。


え?行くつもり?


あっ、そっかそっかー、ごめんごめん。


僕みたいなんが、行くのやめる?とかそんなこと聞く権利もないよね。


でもさ、ロシア行きのチケット取れるかなぁ?


今はチケット予約の優先順位としては1番目だけど、どうなるかわからんね。


3番目になるとまた今度はチケット手続きがいろいろめんどくさいよ。


あっち行ったりこっち来たり、それでもチケットが取れんかったらまたあっち行ったりしなきゃいけなくてめんどくさいし、結局チケット取れんかったぁ~…なんてこともあるから最低でも2番目にならなきゃね。


えっ?1番目になるつもり?


あ、ごめんごめん、そうだよね。


違う組の人はロシア行きチケットがもう取れたらしいよ。


でもその組のいつも4年に一度海外旅行をしているお隣さんはチケット取れるかどうか心配になってきてるんだってさ。


君たちもお隣さんも、今回は海外旅行やめといたら?


あっ!ごめんごめん!行くんだったね。


そういえば思い出したけど、君ら4年前は長く滞在するとかずっと言ってたけど、なんでか知らんけどすぐに帰ってきたやーん。


旅行内容についても、ああだこうだと人にいろいろ言われてたね。


大変だったね。


今回ロシア観光に行くことになったら、1日でも長く旅行を満喫できればいいね。


あ、そうそう、ロシアの次の旅行先はカタールみたいだけど、行き先変更になる可能性もあるみたいね。


もしカタールとは別の行き先を決めまーすとかいう会議になったらどこになるんだろうね。


2020年に別の旅行会社の国内イベントがあるみたいだけど、この旅行は国内イベントではやらない方が僕は好きだなぁ。


やっぱリッチ気分で海外に飛び立ちたいやん。


元々、海外の旅行会社が企画したものなんだし。


まぁ行けるかどうかはまだわからんけどね。


4年に一度の海外旅行、行けるように頑張ってねー。




若い力


今夜、W杯アジア最終予選でイラクと大戦する日本代表。


誰が出て、どんな試合になるのかわかりませんが良い結果になると良いですね。


最近のサッカー界の現状というものが全くわからない僕ですが、中村航輔選手が注目を浴びている記事をヤフーニュースかなんかで読みました。


日本人GKが注目されることは良いことですね。


しかもまだまだ彼は若い。


ちょっぴり羨ましいなぁと感じた僕なのでした。


そういえば櫛引選手って今は岡山にいるんだね。


何年も前の高校選手権の準決勝で彼を初めて知り、オーラのあるGKだなぁと感じました。


世代別の日本代表にも選ばれましたが、あまりうまくいかなかったみたいですね。


彼もまだまだ若いので、僕が初めて見たあの試合のあの何とも言えないオーラを取り戻して欲しいなぁと感じます。




雨の日のサッカーの思い出


雨の日になるとふと思い出す中学3年生の時のサッカーの思い出。


全国大会に繋がる市の予選があった。


毎年僕らの学校は、この市の予選は楽々勝ち上がり県大会にコマを進めていた。


ただの通過点でしかなかった。


だけど僕らは苦戦した。


何もかもがうまくいかず…結局予選敗退を喫した。


最後の望みである最終日の試合、大雨の中でかつて弱小校だったところに大敗したのだ。


手も足も出ないとはまさにあのこと。


一人の優秀な選手がいて、他の平凡な選手までもを引き立たせる。


僕らはただただかき回され、体力を消耗されられ失点を重ねた。


相手チームが厳しい練習を重ねていたのは明らかだった。


数カ月前の練習試合では、勝てていたのに。


実力の差は歴然だった。


試合中、雨は容赦なく降り続いた。


僕は何度となく水たまりの中を倒れ込んだ。


ただただ「やられた」という気持ちのまま試合終了。


スコアは0-7だったと思う。


僕らのチームのシュート本数など無いに等しかった。


試合終了と共に雨が止んだ。


雨は僕らを戒めたのか。


僕らの中学サッカー生活がこの段階で、しかも惨敗で終わった。


県大会に行けるものだと決めつけていた。


だけど初戦から苦戦を強いられた。


楽勝で勝てる試合に辛勝し、ライバル校に負け(ここは記憶が曖昧)、最後はボロ負けを喫した。


現実は厳しく、容赦なかった。


その後、後輩たちの世代は無事に県大会に行けたという。


僕らの世代は暗黒の世代だったのか。


雨の日の、あの土グランドでの惨敗の思い出は一生忘れないだろう。




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