合成ダイヤモンドと天然ダイヤモンド

 ダイヤモンドは高い屈折率と知られている物質の中で最大の硬度(モース硬度)を持っている点で工業的に重要な物質である。また、高温に強い半導体の材料として有望視されている。 

 合成ダイヤモンドも天然ダイヤモンド炭素の4面体配置を基礎としている点でミクロには同等と言える。しかしながら、それはダイヤモンドの理想的な構造を想定した場合であり、現実のダイヤモンドはそれが生成されるプロセスに依存するミクロな欠陥を含んでいる。欠陥の原因には不純物混入による着色も含まれる。合成ダイヤモンドと天然ダイヤモンドの間ではそれらが生成されるプロセスが異なるために、欠陥を調べることによって両者を区別することができる。だが、欠陥が極めて少ない良質のダイヤモンドの場合、両者の区別が困難になる。最近の中国の技術による合成ダイヤモンド製造がその水準に到達した とのことである。

 合成ダイヤモンドと天然ダイヤモンドの違いを区別するのが現在の技術で困難だとすれば、物質として両者の価値が区別できないことになる。残されたのは、合成ダイヤモンドよりも天然ダイヤモンドの方がより価値があるとする消費者の信仰だけである。この信仰はそう信じさせるような天然ダイヤモンド業界のキャッチフレーズによって強化される。いずれにせよ、合成ダイヤモンド製造技術の向上は人類にとって望ましいことであり、それによって天然ダイヤモンド業界が困るかどうかは別問題である。

  このような問題は、あらゆる技術の発展に伴って生ずることであり、古くは自動織機が産業革命で果たした役割の中に見ることができる。


追記(3月26日):
 この記事の作成については少し急ぎ過ぎたきらいがあったので、補足したい。
 まず、タイトルも本文も「人口ダイヤモンド」を使用していたが、「合成ダイヤモンド」に変更する。2番目として、第2の関連記事 にリンクを張りたい。第3に、材料としてのダイヤモンドの特性として、あらゆる物質の中でトップクラスの熱伝導性を持つことおよび光に関して透明となる波長範囲が極めて広いことも触れるべきだろう。

大阪大学の入試の採点ミスについて(続)

 前回、「大阪大学の入試の採点ミスについて」と題する記事を公表したが、とんでもない思い違いにより、赤恥をかいてしまった。この記事のカテゴリとして、「科学教育」および「文化論」を指定したが、私の失敗自体がこのカテゴリの格好のテーマとなることに気づき、続編を書くことになった。

大阪大学の件の入試問題は空気中の音波の問題であり、その基礎となるのは波動方程式である。波動は物理学における基本的現象である。そのため、物理学科および工学部の関連学科の場合、波動方程式一般に関する基本的事項については関連科目で教授される。ところが、空気中の音波に関する波動方程式や関連事項---反射、散乱、放射等---については教育されない。空気中の音波に関するこれらの知識を持っているのは音響学を学んだ専門家に限られる。このことから、理学部の物理の教員の大部分はこのような知識を持ち合わせていない。彼らが持っているのは波動現象に関する基礎知識までであり、空気中の音波に関しては「高校の物理学」と五十歩百歩の知識しか持っていない。

 空気中の音波の問題は流体力学の対象である。流体力学の方程式は非線形であるが、波動に関しては線形化することによって扱うことができる。前回の記事に対する補足で触れたように、この場合の波動場はスカラー場であり、速度ポテンシャルφにより与えられる。この場合の波動方程式が含むパラメタは音速 c だけである。この波動方程式はある水準の流体力学の教科書に記述されている。本格的な流体力学を学んだことのない方には速度ポテンシャルはとっつきにくいかも知れないが、流体の運動で基本的な速度場(ベクトル場)は速度ポテンシャルの勾配 gradφとなる。流体中の音波は粗密波であり波動場は密度変化―平均密度からのズレ―と考えるのが通例である。この密度変化は速度ポテンシャルの時間微分に比例する(ただし、符号は逆)。従って、正弦波の場合、密度変化と速度ポテンシャルは位相が90°だけ異なる。流体力学の教科書によってはこの程度のことまでは書いてあるが、音波の固定壁による反射の問題まで扱っている流体力学の教科書は稀であろう。以上により、件の問題を本格的に議論できるのは音響学者に限られる。

 私は流体中の音波に関する基礎知識は持っていたが、音波の固定壁による反射の問題を解いたのは今回が初めてである。前回の記事を最初にアップした段階では基礎知識に基づいて即断してしまい、失敗した訳である。

 

 以上により、大阪大学の入試の採点ミスの問題は根が深いと言わざるを得ない。

補足(1/31): 

早稲田大学 基幹理工学部 表現工学科 及川研究室のホームページに、伊藤毅著 音響工学原論〈上巻〉 (1955) pdfファイルとして分割アップロードされている。音波に対する波動方程式や媒質境界における反射・屈折は第3章で扱われている。より詳しく言えば、流体中の音波に対する波動方程式は3.4節(p183)で扱われており、反射・屈折は3.2.4節(p166)で扱われている。


大阪大学の入試の採点ミスについて

大阪大学の入試の採点ミスが昨年の入試の物理の問題で発生したことが一昨日の大きなニュースとなった。当該問題の作題委員会メンバーは物理学の教員10名で構成されているとのことである。また、外部からの2度にわたる問い合わせに対して作題委員長が誤りを認めなかったとして非難されている。以下ではこの問題が発生した事情について考察し、作題委員会および作題委員長を弁護したい。

件の問題は音叉を音源とし、音源から直接到達する音波と、一度壁に向かった音波が壁で反射して戻ってきたものとの間の干渉に関するものである。この問題で重要なのは、音波が壁で反射する際に、壁が音波に対する固定端となるか開放端となるかである。壁が固体でその密度が空気より十分大きいことを考えた場合、壁は剛体として扱うことができる。この場合、壁は固定端となり、作題委員会が正答としたものが客観的にも正答となる。報道によれば、壁が固定端となるか開放端となるかを指定しなかったために、壁を開放端とした場合の解答も正答として扱わなければならなかったとのことである。

物理の問題は数学の問題と同様解は唯一となるのが通例である。件の問題でも実験を行えば公式の解答を支持する結果が得られるであろう。従って、問題が起こった原因は「真正の物理学」と「高校の物理学」の間の齟齬にある。作題委員会メンバーの誰もがこの違いを意識しておらず、その意味では、入試問題を作成する立場として落ち度があったことは確かである。しかしながら、物理学者としての先入観から今回の「誤り」に気づくのが遅れたことは同業者として理解することができる。確かに先入観とは言えるが物理学者としてはそれ以外の解の存在が想像できなかったとしても無理はないからである。

今回の問題は、今後の入試問題作成に関する教訓とするべきであろう。


追記

 この問題を解いたときに、波動場として速度ポテンシャルφを用いた。壁のところでは速度の壁に垂直な成分がゼロとなることが必要である。式で書けば、dφ/dx = 0 となる。従って、壁の位置は正弦波の腹の位置でなければならない。このことは壁が開放端となることを意味する。この結果は上の議論と真逆である。うっかりして、波動場φ自体が壁の位置でゼロとなると思い込んでしまっていた。すなわち、私自身が先入観に捕らわれたことになる。いずれにせよ、先に書いた私の答案は「真の物理学」から見た場合零点となる。お詫びして訂正する。

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