かな恵・現代レイキ in Toronto

【現代レイキ法 公認マスター】 カナダTorontoでレイキヒーラーしてます。レイキの毎日を中心に書いていきます。 お求めやすいカジュアルプライスにて自宅サロンで対面レイキヒーリングを行っています。 レイキの光で 日々の心の垢のお掃除。より幸せでより充実した人生を!

本日 レベル1の講習会
新しい現代靈氣ヒーラーさんが誕生いたしました
おめでとうございます

朝に「少し遅れます」
とメール頂いて、焦らずに来てください。と返信。
・・・
のに関わらず5分前に到着されました。
「いつもの駅からいつものバスに乗ったんですが・・・ルートが変わっていて気付いたらカナさんの家の前に着いたんです!」

なんと!TTCはコロコロ(一時的に)ルートが変更になりますから・・・
と言っても 最高のタイミングでした。
流石!靈氣アルアルの一つです!

そんな嬉しいハプニングで開始された講習会でした。
さて、靈氣を身に着けたからと言って必ずしも私のように「人に施す」人、にならなくて良いんです。

現代靈氣は生活にぴったり密着した霊気です。

人をヒーリングする事のみ=靈氣 

ととらわれがちですが、人をヒーリングするのは現代靈氣の中のホンノ一部でしかありません。
人をヒーリングする以外にも
いつでもどこでも!
ご自身の日常生活動作と一緒に靈氣を使ってください

自分の生活に浸透して初めて役に経つんです。
スピリチュアルはスピリチュアル。
実生活は実生活。って分けるなんて勿体ないですよ~

だって私たちの生活に科学が浸透しているでしょ?
科学は科学
実生活は実生活。
分けてませんもの。

それと全く一緒です

生徒さんも「これから楽しみです」ワクワクでお帰りになられました
私もとっても楽しみです~


嬉しいですねぇ


受講中に大はしゃぎで咥えて持ってきたキッチンのミトン(テーブルの脚の陰にあり)
おねぇちゃんにあげたかったんだって。

DSC_3006


大祓詞(おおはらへのことば)飾りました~すっきり

17-05-05-19-31-08-919_deco




a8b5d5fcc581c000


「あの人は〇〇が上手だから」
「あの人は〇〇のプロだから」
「あの人は優しいから」
「あの人はいつも〇〇してくれるから」

なので 私のために
(貴方の時間を使って そして無償で)
やって欲しいの。

良く聞くこのパターン。
「え?イラストレーターなの?!私の似顔絵今ササッと書いてよ!」って類。
当事者は何気なく言っているのでしょうが
実際は上記( )書きの部分が含まれてます

貴方の時間を割いて
そして 無償で
私に都合よく やってちょうだい。

なんですよね。

だからと言って、なぜ「YES」の選択肢しか無いように思えるのでしょうか。

「気前が良くて 姉御肌だから ついつい奢ってしまう」
始めの1回2回は感謝も周りはするでしょう。
ただこれが 毎回出して上げてたら「いつものように多めに〇〇さんが出してくれるだろう」
という雰囲気が流れます。

感謝がなくなるんです。

自分の利益になることは食いついて来る。
もっとただで頂戴 もっとただで頂戴。

こうなってくると、人格 霊格 そして 必ず運気も地の底に落ちます。

頼まれた側にも「やってあげない権利」があるのをお忘れなく。

そういう時は
「やりません」とハッキリとお断りすること。

もっと頂戴ただで頂戴お化けは
「え?お金持ちなのにどうして?」
「え?私が頼んでるものに対してスキルがあるのにどうしてしてくれないの?」
「え?いつもしてくれるでしょう?貴方なら簡単な事よ?」

と理解してくれないでしょう。
自分がそれに値しないからされない。というシンプルな事に気づきません。

でも分かってくれなくても それでいいんです。
「しません。」その一言で終わりにしましょう。

でもその頂戴頂戴お化けに会ったのも 自分と波長があったら(同調 共鳴)出逢ったんです。

自分もいつも感謝出来てるかな?
その感謝を目の見える形でお返ししているかな?

振り返ります。そしていつも 当たり前と感じてしまわないか、戒めてます。

頂戴頂戴お化けは、感謝ができないので
いつも人のせい
自分の中の声もまったく聞こえないので 間違った選択ばかりしてしまいます。
勿論 人の声は届きません

そのくせ
幸せになれない お得なものはもっと欲しい もっと頂戴。でも努力はしたくない。
自分とは違うと思う事はしたくない(頑固)

等 と飛び切り貪欲に要求してきますよ。


笑顔ですっぱりお断りした後は
自分を振り返り 気づきの種を探し。
ありがとう さようなら。

24/7【お得で頂戴メロドラマ】の渦中に引きずり込まれないように、迷わないように。





Finding-Myself-on-the-Interior-Journey_SOURCE_pixabay


ある日お客様に
「私 嬉しい事があっても なんとなく素直に喜べないというか・・・何故なのかわかりませんが、
なんか虚しさがあるんです」

というお話を伺って。

あー懐かしい。とこんなことを久しぶりに思い出しました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私が小さい時(確か小学生低学年だったかしら?)
目で見て お母さんとお話して お友達と笑って遊んで
美味しいご飯を食べて 
息もしているこの自分が
この一瞬一瞬の現実が

全て嘘だって思ってたんです。

目で見て お母さんとお話して お友達と笑って遊んで
美味しいご飯を食べて 
息もしているこの自分は・・・・・

実はただの【箱】がしてるだけ。

本物の【何か】が私の、この箱の外 頭上のどこか近い所にある。
え?私って何?じゃぁこの本物って誰???
と酷く混乱しました。

だから何をしても 楽しいけど空虚なんです
美味しいけど どこか空虚なんです。

だってこの真実は全部嘘なんですものね。

この感覚がなんなのか これが一体どういうことを意味しているのか。
当時は勿論 さっぱり分からなくて あまりにも空恐ろしくて。忘れたふりをしました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

でも大人になって(特にこの職業をしてると)自然に情報が集まって来てね。
あーそうか こういうことか。(長くなるので省略)って氷山の一角を理解出来てきたと思います。

当時よりもっと細かく(今だからこそオープンに出来る)情報も入ってきたりしてね。

人の一生なんて儚いものですよ。


なんて言いますよね。
色々な意味で儚い事がわかります。
だって生きているのではなくて 生かされていますから。

私の小さい時に感じたコレはあってたんです。
この頃本当の意味で

「箱なら 箱でいいじゃないか。コレ上等。
この密閉された空間に生かされているのなら。それはそれで仕方がない。
後も先もないわぃ。
それなら何も恐れずに 思いっきり 好きな事を貪欲に楽しもう!」



っという開き直りの気持が湧いてきたこの頃です


このページのトップヘ