kana blog 【little by little】

日々のおもいゴト。ふれたその先。

前に手にした時は栃木にいたから5年かけてか。
もしくはそれ以上か、そんな時間寝かしてやっと読破した。

ブーム全盛期はそのブームの違和感と気持ち悪さに本を手にとるのをやめてしまった。
内容が自分にとってはなにかと衝撃的でもあった。
この本を編んだ村上春樹の力を少し恐ろしくすら思った。

そう感じたことはきっと表面的であったのかもしれないけど。
でもそのときの自分の受け取れる器はそうでしかなかった。

ここ1ヶ月くらいかけて、移動時間のお供、寝る前の読書本としてゆっくりゆっくり読み進めた。
やはり最後はどんどんと引き込まれてしまったけれど。 

本というのは筆者の色々なものが字として落とし込まれて、紙の中で生きているようなものだと思う。
色んな形にうごめく。
内包するもののエネルギーが大きければ大きいほど読むのにはとても体力を使う。

感情が揺すぶられるし、どうであれその世界を理解しようと働きだすから。
それに意味があろうと、無かろうと。
自分にとって有益であろうと、なかろうと。

私にとってはその力はとてつもなく大きい。

いつ再び手にすることがあるかと、じっと、じっと伺ってきたけれど。
それがここ最近の今だった。
そういうことは大抵自分の直感は正しい。

自分に擦る物語。
想像しうる世界のはなし。

小説は答えが在るのに無いのが良い。
それは目に見える形であるようでなくて変幻自在なのが良い。
答えを自分で見つけられるのが良い。
答えを生きて来た物語と照らし合わせてそれを探る旅ができるのが良い。 

この本は自分の深い深い孤独をみつめる物語。
でも、孤独の穴に入りこんでしまうのに決して冷たくはない物語。

きっと、大切な一冊たちになると思う。

 

仕事の話。

今が外来の勤務が2日のため、外来勤務の日はきちきち。ほぼマックスで埋まる。
しかも、ほぼやっぱり長期介入者が多い。難しいケースが多い。
良くなる人はすぐ終わってしまうから、当たりか。

子供たち、アンプターで自立が難しいDM、進行性の神経難病。
ほぼ、ずっと寄り添う形のケース。

前を向ける時もあるし、そうでないことも沢山ある。そりゃそうに決まっている。
寧ろ、ふと顔あげてくれる瞬間なんで少ない。
子どもたちはまだ、前進中だけど、でも本当に試行錯誤でまだまだ自分の知識も経験からの組み立ても追いつかない。

進めない壁にぶつかる相手が、前を向けない相手が一日に連続で押し寄せると比較的能天気な私でも、くらくらくらとしてしまう。

でもそんなとき、落ち込むその後で、まだまだ表層を浮ついているんだよなと思う。
ひとつひとつ丁寧にすべきことが沢山ある。

どこまで関わればいいかわからない、どこまでやらなきゃいけないのかと、重苦しく感じてしまっては、自分に足かせをかけるばかりで、結局は何もはじまらない。
表面の傷をさわさわと撫でているだけだ。

結局は相手の懐に潜り込まないと、解決しないこともとても多い。
しゅっと潜って、また少し離れてみて、そのバランスが大事なのだけど。
まだまだ潜りこむ力が足りない。さっと離れる潔さも甘い。

まだまだ、いや、ずっとか。目の前のことに丁寧にを忘れずに。
やらねば。やらねば。

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8月ももう少しで終わり。
からだを抜ける空気が、肌にあたる風がひんやりとしてきた。

暑中見舞い、残暑見舞いの季節も終わり。
年に二回のご挨拶は、たまに気持ちをしゃんとしながら、でも暖かい気持ちで大切な人や、友人に便りを送る良い機会。

 
今年神戸に帰った友人から返信が。

また新しい土地で、新しいことに挑戦している様子。

いつも番いで、ふたりで、ふらふらとしながらも、たくましい夫婦。
また新しい土地にいくかもしれない、旅人のように暮らしていますと。

ふふ。素晴らしい。


便りののち、便り。
短くたって、何かがこもっている。

こころの中がほやっと、にんまりとする。

こういう、ふっ、としたやりとりが大好きだ。

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先週末実家に帰省をした。

社会人になってからは、いつも2、3日の帰省。
大体年に2回のペース。

もう少し、ゆっくりしていたいなー。とおもうこのくらいがきっと一番ちょうどよい。

親との距離とか、東京との距離とか、仕事との距離とか。
今の家には自分の部屋が無いし、この歳になるともう、少しお客さんみたいな空気も少し入り混じる。

自分の場所なんだけど、もう自分の場所ではない、不思議な空間。

今年姉が結婚して、違う家庭ができて、そんな感じはまた少し色濃くなって。
そういう形の変容や、時間の経過による 薄らと変わる空気感がまた自分の中でなんだかざらざらとする。

今回の帰省の間に、前に住んでいた家が解体されることになった。
生まれてから19年暮らした場所。

帰るとほっとするのは、今の家ではなくて、前の家だった。
地元での思い出の全ての拠点。

その形が、象徴が無くなるという、しんとした切なさ。

ちょっとぽっかり穴が空いた気分になってしまったけど、19歳で実家を離れてから。
そこではずっと親達の時間が流れていて、そこでの歴史が積み重なっていて。

寧ろ、私が生まれるまえのもっと色んな全てのことをひっくるめての。
それでの今ってこと。


いつも自分の中で流れる時間が、世界の中心になっているけど。

それと同じ時間が、それぞれの人の中に確実に存在するということ。

そういう時間を、想像する、想いを馳せることは、ときどきとても重要な気がした。


今、流れている、7億あまりの個の時間。
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決断は、何かを決めるだけでなく。
そう、断つ事を決める。

色々と巡るこのごろ。

今日はまた一つ、断つ事を決めた日。きっとこれでいい。
そして、むくむくとしている小さな覚悟もある。


最近はふと、自分の中から飛び出てくるものの種類が変わってきた。


あ、世界が変わったなと、自分でもふと驚く、そんな感じ。
あ、そうか、その感覚かぁと。

うん。視点の側がすっと違い所にいったなと、ぴんとくる感じ。

出てくる物は、なにか今までよりも分厚くて、暖かい色をしている。



断ったものに同伴している思い出に、やはり込上げる切なさも少しあり。

でも、そうなることに既に自分は良く知っていて。ちょうど良く全ての事が合わさっている。


あとは、きっと引き換えに戻って来た感覚にしみじみと感謝した今日。
心の中でまだちっちゃくだけど、小躍りしてしまう。

ちゃんと、踊れるように。
このまま進め。


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