言い忘れた悲しい言葉

浮田亜希は自分の家で行われている、自分の葬式の最中に目を覚ました。親友沖田秧の話しによると、自分が自殺したということが分る。幽霊になった亜希は忘れ去った記憶を辿りながら、真実を掴んでいく。亜希が巻き込まれた事件と、自殺の本当の理由とは……。

No.2

 残りの一人は、クジで決める事になった。
紙クジだ。それを順番にみんな取っていく。


 こういうのをクジで決めるのはどうかと思うけど、
決まらないんじゃ仕様がない。

それに先生も黙ったまんま。

私が「気弱な臆病亜希」と呼ばれているにも関わらず、
何も口出してこない。それが少しだけ悲しかった。


「あ、俺だ」


 どうやら、クジで学級委員になったのは男子のようだった。


「うわー。最悪」


 誰になったんだろうと思い、後ろを振り返ると、
クジの紙を見つめ、立ち上がった今川の姿が目に飛び込んだ。


「人に押し付けようとするからだよー」


 声を出して笑う新田を、今川は嫌そうな目で見つめた後、
彼は黒板の方に足を向けた。


「先生、決まったよ」


 そこでやっと先生は口を開く。


「お疲れ様」


 笑うこともしない、この男性教師。
名前は陸奥郁郎。年齢は忘れたが、確か四十代後半。
顔の皺が実年齢を語っている。


 今川は、クジの紙切れをゴミ箱に捨てると、
私に向かってわざとらしい笑みを浮かべた。


「よろしくね、臆病亜希」


 私はなんだか怖くなって、何も言い返せなかった。


 どうしてよりによって、彼と学級委員をやらなければ
ならないんだろう。これならまだ、一人でやる方がマシだ。

 神様はどうかしている。

No.1

「気弱な亜希だからね」


 周りの声が私に届く。

そう言われるのがただ恥ずかしくて、何も抵抗せずに、
椅子に座ったまま顔を俯かせた。


 残暑がまだ残る八月。

六年二組では、新たな学級委員を決めている真っ最中だった。
大抵こういう責任がある仕事はみんな進んでやろうとはしない。
私もその中の一人だった。


「浮田がいんじゃね?」


 気まずい雰囲気を壊したのは、
男女構わず人気者の今川翔樹だった。


 後ろを振り返り、彼の方を見ると、彼は冷たい視線を私に向けた。

 私は人と目をあわすのが苦手だった。

何となく目があっても、逃げるようにしていつもみたいに
視線を外し、身体を黒板の方に向けた。


「翔樹君ダメだよ。どうせ出来ないよ。気弱な亜希だからね。
それより私と一緒に学級委員やろうよ」


 今川翔樹の隣の席に座る新田真波が今川を誘う。


 新田真波は今川翔樹の事が好き、という噂が流れているのを
私は一度聞いた事がある。その噂が本当ならば誘うのも納得出来る。


「無理。こんな面倒臭いのやれない。
新田がやりたいんならそこの臆病さんと一緒にやれば」


 冷たい声。

背中越しに聞いていた私は、さっき私に向けたような目をして
また私を見ているのだろうか、なんて考えた。


 人と目を合わせるのは苦手だけど、
今川翔樹と目を合わせるのはもっと苦手だった。

彼の目は、私をなんでも見通しているようでなんだか怖い。
去年から初めて同じクラスになったけど、
彼には近づかない方がいい、と自分に忠告したのを覚えている。


「違う、真波は翔樹君とやりたいの。ていうか、何で臆病亜希なのよ」


 今川にあんな言い方をされた新田は納得がいかないようだ。


「臆病な人も学級委員くらいやれば、
そのチキンっぷりも抜けるかなって思ったから。
まぁ、これでダメだったら、真の臆病もんだけどね」


 この今川の台詞に、クラス中からクスクスと笑いが沸いた。

私はずっと前を向いていたけど、後ろから新田真波の強い視線を感じた。


 結局私は、学級委員になってしまった。
その後、誰も挙手する人もいなくて、また私の名前が挙がったのだ。

ここで私は断ることが出来なかった。
心の底から嫌だと思っていた。

誰だってこの気持ちは同じだと思うけど、
私はそれを断ることが出来なかった。

自分でも分ってる。この臆病は直らない。
周りも私が断る事は出来ないと分っていて、私の名前を挙げたのだろう。

No.3

 本当はこんな名前で呼ばれるのが嫌だった。凄く嫌だった。

でも嫌だと思っているなんて周りには
伝わってはいなかったんだと思う。

それにちゃんと「嫌だ」とも言えなかったし、
言うことも出来なかった。口ベタで、泣き虫で、気弱で、
ビビリなのも。全部私にお似合いの言葉ばかりだったから。

「嫌だ」とい言うことは否定する事。
私自身を否定するのは虚しいし、何よりも抵抗があった。
一番信じられる自分を否定するなんて、出来ることじゃなかった。

「嫌だ」と言ってしまえば、こんな名前で呼ばれることも
無かったのだろうけど、それでも自分を否定するのは不可能だった。

そして『気弱な臆病亜希』が大嫌いだった。
他人に心境を上手く伝えられない。
それで色々なことに損したり、傷ついたりした。
全て自分が悪いはずなのに、それを直せない自分が腹立たしく、
大嫌いで、一番信用できる自分だった。


 今でも私に嫌われる私。そして今でも私に信じられる私。


 そう、私は『気弱な臆病亜希』。
誰も『亜希』とは呼ばなかった。きちんとした名前があるのに、
それを呼んではくれなかった。私を生んでくれた母も、
私を育ててくれた父も、私より先に産まれてきた姉も……
誰も私の名前を呼んではくれなかった。


 私の名前、みんな忘れちゃったのかな?


 私は涙を流しながら、胸が締め付けられる痛みに歯を食いしばった。

悲しい、悲しい、悲しい。
どうしてこんなに悲しいんだろう。
私をこんなに悲しませるものって何なの?

開けていた目を閉じ、悲しみにくれていると、何だか眠くなってきた。
悲しいはずなのに、こんなに悲しいはずなのに……。





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更新履歴
09/03/27 小説(2)No.2追加
09/03/26 小説(2)No.1追加
09/03/26 小説(1)No.3追加
09/03/25 小説(1)No.1〜2追加
09/03/25 ブログ運営開始
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