今日の岐阜新聞(社会面)では、梶田隆章氏ノーベル賞受賞記者会見記事の隣に金山巨石群の記事が掲載されたのをすでにご覧になった方も多いと思います。
記事の内容はコチラ
岐阜新聞128年周期20151212
記事の内容を一言でいえば、

『金山巨石群の巨石配置は、ユリウス暦ではなくグレゴリオ暦に相当する』
ということです。

ユリウス暦 も グレゴリオ暦 も太陽暦ですが、何が違うかというと、閏年の入れ方が違います。後者の方がより精度を高めた暦で、現在日本で使っている暦もこれに該当します。世界中で採用されている中でも日本では遅く、明治5年から、それまでの太陰太陽暦から改暦され現在に至っています。

ユリウス暦とは、紀元前46年にローマの政治家ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)によって制定された太陽暦で、1年の長さは365日、ただし 4年目は366日とする暦。つまり 4年ごとに閏年を入れる暦です。

グレゴリオ暦とは、ユリウス暦を長期的に使用するとやがて日にちと季節に誤差を生じるため、その誤差を修正した暦で、1582年にローマ法王グレゴリオ13世によって改暦されました。この暦も基本的には 4年ごとに閏年を入れますが、次のような方法によって、400年間に閏年を 3回抜いて調整し精度を高めています。その方法は、「西暦の年数が 4で割り切れる年は閏年、但し100で割り切れても400で割り切れない年は平年とする」というものです。ですから2000年は閏年だったわけです。しかしこの暦もおよそ3,300年使用するとまた1日の誤差を生じるようになりますが、日にちと季節に問題が生じる程の誤差ではないため、現在最も正確な太陽暦とされています。

1日も誤差を生じないようにするには、128年ごとに 1回閏年を抜くことで解消されますが、西暦の年数で覚えにくいため、便宜上400年に 3回抜く方法がとられています。

金山巨石群の巨石配置は ユリウス暦ではなくグレゴリオ暦である、というのは 4年周期を太陽スポット光によって読みとれるだけでなく、およそ128年周期で 1日を抜くタイミングが、測定石での観測によって導き出すことが可能であるということです。次にそのタイミングがやってくるのは、2094年頃であることもデータの裏付けから推定されています。

また 巨石配置とは、岩屋岩蔭遺跡巨石群そのものの石組み構造と、内部で2000年発見された閏年観測のための石組み(測定石a,b,c)の位置関係が、太陽スポット光観測により 4年周期を読みとるだけでなく、さらに長期的な観測による光のずれを修正できる位置に設置されているというものです。そしてその観測方法がデータによって裏付けされたということです。

観測方法のデータ裏付けとは、測定石に当たる太陽スポット光の太陽高度を、グレゴリオ暦の128年間以上におよぶデータをグラフ化したものに、資料室が過去15年間観測したデータ(年 2回射し込む10/14,15および2/27,28の光が測定石b の先端から何センチの位置に光が当たるかを記録したものなど) を照合させ、そこから長期的観測により どのくらいのずれが現場でどのような観測方法によって確認できるのかの詳細を示すことができたということです。

もちろん古代に10月14日という日付けがあったとは考えません。金山巨石群の閏年観測は光が当たり始めてから当たらなくなるまでの日数を数えることで、平年と閏年を見分ける数の法則があります。その法則に狂いが生じる頃に修正のタイミングを知るという方法がとられています。 (これらの詳細は来年出版予定の本でビジュアル化されていますので、興味のある方はそちらをご覧ください。光の体験ツアーのガイドでもその詳細を聞くことができます。)

これらの導きは天体の位置が緻密に計算されグレゴリオ暦の日付けで示された天文ソフトと、過去15年間の詳細データが存在したことにより、可能となりました。これは、人間の観察力によって太陽の周期をつかみ取ることができる現場の天文学であることを意味します。まさに考古天文学。

これら数字のからくりは 、文字がなくても存在しています。それは金山巨石群の太陽観測の節目の時期が、エジプト遺跡と共通していることからも分かります。これまで考古学者や天文学者らが気づかなかった死角の部分といえると思います。文字や目に見えるものだけでしか認識できなくなった現代人には、到底見えない暦の数字が巨石群にはたくさん隠れています。想像力と創造力。

古代人の偉業は、私たちの想像をはるかに超えているのです。


この内容は、
エフエム岐阜ラジオ 『縄文人が現代のカレンダーを把握?』 と題し、小倉理恵パーソナリティーの問いに、金山巨石群調査員 徳田紫穂が答えるかたちで紹介されました。
放送:2015年12月19日(土)9:05