2月26日
先日、「記号」を扱う思考は人類進化の根本的な始まりであり、それが 6万年以上遡るとの調査結果をマックスプランク進化人類学研究所などのチームが発表しました。

「抽象的な思考法の起源は、新人と旧人の共通の祖先までさかのぼる」毎日新聞

また、渡辺敏夫著『暦入門-暦のすべて』(雄山閣/1994)の中で氏は、暦の発生について、およそ暦は人類文化のなかでも、もっとも早く発生する性質のものである。大自然の環境に順応して自然を利用し生存を維持するためには暦なる概念が必要であった。と言っています。

km_guidebook金山巨石群の調査は、巨石群に刻まれたある痕跡(写真)を「記号表現」と考え、その謎解きに20年を費やしたわけですが、結果として金山巨石群は、現場検証から「記号表現」は暦の存在を裏付ける証であることを先の ガイドブックでも過去の記録と考察を公表してきたところです。そしてその時代は、少なくとも 3千年以上前に遡り、また 4500年前の北極星時代であった可能性も指摘できます。〔写真〕ガイドブック表紙 (1997年、小林由来氏が「記号表現」と考えた 石に刻まれた痕跡)


しかしながら、日本における考古学の世界では、「記号」を扱う思考は人類進化の根本的な始まり とか およそ暦は人類文化のなかでも、もっとも早く発生する性質のもの という考察には辿り着いていません。縄文時代に暦があってはいけない、もしくは縄文人が天体観測をしてはいけない かのような証拠不明瞭の否定的な「思考」そのものが貧弱化しています。それは今回のマックスプランク進化人類学研究所などのチームがいう “「記号」を扱うという理解が不足しているからです。というより、自分で理解できる範囲を決めつけてしまっていると言っていいかもしれません。

縄文人は我々と同じ人間です。与えられた思考力も同じです。まずそこから話を始めなければならない悲しさがありますが、たかだか 5千年前とあえて言いたい。我々と同じホモサピエンスが 大自然の環境に順応して自然を利用し生存を維持するための暦なる概念 を持ちあわせていたことは当然のこと。

今回発表されたネアンデルタール人の記号論は、現代人の思考力を試す礎(いしずえ)となることでしょう。