HIDA KANAYAMA 金山巨石群と筋骨めぐりのスタッフブログ

≪岐阜県下呂市 金山町≫ 縄文時代から機能している太陽カレンダー 「金山巨石群」 と飛騨街道金山宿に張りめぐらされた 「筋骨めぐり」 を紹介します

2014年10月

旅行社による日帰りバスツアー初日。
42名の団体様を、7名のガイドが約 1時間ご案内しました。

2班に分かれて、まずは黒豆大福が人気の餅倖(もちこう)さんへ立ち寄り、六方焼きが人気のみつや製菓舗さんへ。今日は時間の都合で鎮守山へは登らないコースです。
この写真のみつやさんの前の道が飛騨街道です。
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飛騨街道沿いから辻井クリーニングさんの前で右に入ると、正面に「女」「男」の昔の銭湯が。
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現在は使われていませんが、男湯のみ中を見学することができます。
昔のままで、昭和生まれの方は懐かしさにタイムスリップした気分になります。
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清水楼(せいすいろう)の城造り建築を見学、清水にも立ち寄り、次は石田豆腐店へ。
筋骨で裏へ回り込みます。
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写真右の筋骨からたどり着きました。大豆の香りが充満しています。
試食で準備していただいたよせ豆腐に女性陣が中央に集まっています。
豆腐 1丁100円、油揚げ 5枚100円が大量に売れました。
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次はさらに奥へと進むと飛騨川馬瀬川の合流地点に出ます。
やっと筋骨から抜け出せた感じがして、広々とした光景です。右奥に見える建物が下呂市役所・金山振興事務所で、3階に金山町観光協会(筋骨ガイド受付)の事務所があります。
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ここで飛騨金山の歴史をガイドが語りますが、お客さんの話題はもっぱら「馬瀬川の鮎」に集中します。直下の馬瀬川には鮎がキラキラと踊る姿がありました。お客さんは豆腐と油揚げの土産をずっしりと手にしています。
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馬瀬川沿いの桜並木を境橋(さかいばし)まで歩き、左折して奥飛騨酒造へ向かいます。右折して境橋を渡ると子守地蔵尊の横には、パワースポットの欅(けやき)の木があります。
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右奥に見えるのが境橋。青空のもと、さっそうと庭木の剪定に精を出す職人さんの姿にしばらく足が止まりました。
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清酒 「奥飛騨」 と 「初緑」 は、ここ奥飛騨酒造(株)の酒蔵で生産しています。
ここは資料館。『どうぞお入りください!』
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今回もノンアルコールの「甘酒」がよく売れました。
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資料館には福沢諭吉 『学問のすすめ』 の初版本などもありますが、試飲のほうに人だかり。時間の都合もあり、お買い物を済ませて素通りです。店の中を通らせていただき、バスへ戻り本日の筋骨めぐりは終了です。
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両手に土産の袋を持ったご婦人たち、「あ~楽しかったわ~!」

このあと11月の筋骨ラッシュに向けて、私たちガイドも気合いが入ります!


 

冬の終わりを告げる光(2/20頃)と同じ観測です
10月24日(金)

夕刻 午後3:45~4:00
今日の最後は山へ沈む太陽光観測。岩屋岩蔭遺跡巨石群。昼の観測と関連している。岩蔭遺跡を形成する 3つの大きな石は、南に大きく開かれている。これには理由がある。今の時期、冬至から 60日前を告げる光の角度(方位と高度)に合わせて、3つの石は東(昇る太陽)・南(南中の太陽)・西(沈む太陽)へと石の平面が作られているのだ。信じられないかもしれないが、単なる偶然ではない。昼の観測と同じように、下の写真にある夕刻の観測がそれを証明している。朝の観測も同じである。(今日は東の山観測のため朝の観測はできなかった)

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急いで線刻石のある巨石群へ移動する。ここも冬の観測で見ごたえのある光だ。
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午後 4時、ふたつに大きく割れた石の間に、冬期 120日間の夕日が沈む。その始まりが今の時期である。来年の 2月後半まで、午後 3時半から 4時の間に巨石群を訪れることがあれば、ぜひ観賞をお勧めしたい。
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今日の光の観測を通して見ても分かるように、金山巨石群の冬の始まりは、「東の山巨石群」「岩屋岩蔭遺跡巨石群」「線刻石のある巨石群」とすべての巨石群を通して確認することができる。低空を横切る冬の太陽光線を巧みに組み込んだ巨石群である。

ぜひ皆さんもご自分の体で冬の光を体験してみてはいかがだろうか。


10月24日(金) 朝の観測 
 昼の観測
 

冬の終わりを告げる光(2/20頃)と同じ観測です
10月24日(金)

12:3013: 00

次は岩屋岩蔭遺跡巨石群の中での観測。金山巨石群の中でも最も見ごたえある観測のひとつ。1023日から27日までの5日間。午後1250分頃。普段は柵が閉まっているため中へ入ることはできない。
 

「再現館」の中にも光が射し込む日である。もっとも「再現館」はこの時期の光を「再現」している。観測まで少し時間があったので「再現館」で解説を…。

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その頃すでに岩蔭遺跡の中では、冬至 60日前を告げる光が、石面にさしかかる。
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左の巨石が岩屋岩蔭遺跡中央の石で、約 40度のひさしを形成する F石。
今日はこの傾斜 40度に沿って光が射し込む 5日間のうちの 2日目である。
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太陽光線は傾斜に沿って射し込んでいるのが分かる。少し角度に差があるのは今日が 5日間の内の 2目だから。5日目に傾斜角と同角に射し込む。
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その光は F石の東角に作られた石面を通過する。石面の長辺に沿って光は移動してゆく。(12時 30分頃から 1時まで) これが冬至から 60日前であることを告げる光だ。石面を通過するのが 5日間で、最後の日である 27日には、光の形が石面の形と同形になる。これは見ごたえアリ! 

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太陽光線を石面側から見ると、このような力強い平面光線が降り注ぐ。
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 光が射し込む隙間。石面の形とよく似ている。

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午後 1時、石面に射し込むスポット光が消える。


 ≫≫ 10月24日夕刻の太陽観測
 

冬の終わりを告げる光(2/20頃)と同じ観測です
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24日(金)

金山巨石群調査資料室主催による恒例の太陽観測会が 24日、晴天の中開催された。前日を含む 2日間の観測会。23日は曇天のため中止となったが、24日は終日澄んだ空気に輝く神秘の光を体験することができた。観測時刻は朝と昼 および夕刻の 3回。

朝 8: 3011: 30

金山巨石群の中でも山の上にある「東の山巨石群」は、登山が必要なため、通常簡単に訪れることは難しい。だが観測リピーターは、一度は見てみたい場所だ。

今日の目的である冬至から60日前を告げる朝の光は、この「東の山巨石群」で観測できる。

朝 830分登山観測へ出発!県道 86号沿いの巨石群入口から、東を望むと正面に見えるのが東の山。頂上まで登り、北側へ少し下るとそこに巨石群がある。20141024_m00

県道 86号から林道保井戸線を少し歩き、途中から右の山へ入る。地元では 「猿泣かせ」 と呼ばれる険しい山肌を登るため、健脚者のみ参加を許可している。この日は希望者とスタッフ(小林・徳田)の計 6名で東の山に登った。観測時刻まで時間の余裕があったため、途中夏至の朝日を観測する巨石へ寄り道した。石の 2つの大きなくぼみにそれぞれひとりずつ入り、ふたりで確認するユニークな観測だ。大きな石が指向する線上から、夏至の朝日が現れる。
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山の頂上に 920分到着。
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ここにもふたりで観測するくぼみのある巨石がある。ここでは冬期の朝日が観測できる。20141024_m03


その南にある冬至の朝日を観測する巨石は、長さ 9メートル、角はほぼ直角にカットされており、そこへ座って観測する。その石が指向する線上から、あと 60日後の冬至の頃に朝日が出現する。この巨石は昇る太陽の南限を示している。
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今日の観測はその隣に座る、これも  9メートルの長さをもつ巨石。北側の斜面に突き刺さるように座る巨石には、平らな加工面がいくつも確認できる。
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これを下から石の側面に沿って観測する。940分頃、ちょうど雲がかかり、光を撮影することはできなかったが、時々輝く光を見ることができた。ここは、冬至の60日前を境に太陽光が射し込まなくなる観測場所だ。冬の始まりである。つまり 1週間後にはもう光は届かない。再び光が出現するのが来年の 220日頃。冬至から 60日経ったとき。
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観測を堪能した後、別のルートから下山。巨石群の真下、35度の急こう配を下る。道はない。途中別の巨石で、石の側面が真南の空を指向する巨石にも立ち寄る。ここにも人が入る大きなくぼみがあるが、ここはひとりのスペースのみである。

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1130分、下山。
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帰り道、すぐそばにある岩屋岩蔭遺跡のミニチュア版を見学。ここは石切り場のように鋭い巨石が重なるようにたくさん転がっている。ここを見学したあと、岩屋岩蔭遺跡および線刻石のある巨石群を見ると、いかに置かれているかが実感できるだろう。

岩屋岩蔭遺跡の南下に流れる妙見谷を上ってゆくと、下呂へ通じる古道に出る。そこに岩屋岩蔭遺跡巨石群のミニチュア版がある。岩屋岩蔭遺跡よりも高い位置にあり、まずここでテスト観測をしたと思われる。
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 ≫≫ 10月24日 昼の太陽観測へ

秋晴れの週末、横浜から下呂温泉1泊旅行の観光客16名を乗せた旅行社のバスが、国道41号線沿いにある 「ドライブイン飛山」 に 9時30分到着。90分のガイド付き「筋骨めぐり」を楽しみました。 (筋骨マップ

この日のメインガイドは「筋骨めぐり」発案者のひとりである浅井哲彦氏と他、小林、杉本、徳田の計4名。

ここでまず「筋骨(きんこつ)」についての説明を受けます。
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国道41号 「上市場」 の信号を渡り、喫茶ルナの横から筋骨スタートです。
筋骨は人ひとりが通れる狭い道なので、一列に並んで行進、畑見学から始まります。
今この畑にはカブラ、ホウレンソウ、大根が植えてあるそうです。
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左の屋根の奥には、鎮守山が見えます。頂上に観音堂、左に両面すくな像が見えます。
少し紅葉が始まっています。
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樹齢200年とも300年とも言われる百日紅(サルスベリ)の大木。夏はピンクの花で覆われます。
そこには「上市場子守地蔵尊」。昔から手厚く地元の方々によって管理されています。
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長い筋骨を抜けると、昭和町通りに出ます。この道は昭和に入ってから作られたのでこの辺りは「しょうわまち」と言います。そこに、「丹波の黒豆大福」が大人気の「餅倖(もちこう)」 さんがあります。
9時40分、お目当ての大福はまだ仕込み中のため、先に次のコースへ進みました。
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餅倖(もちこう)さんの屋根を見ても分かるように、並びの数件がひとつの長い屋根を共有しています。昔のなごりで飛騨地方では多く見られる光景です。

先に鎮守山へ登ります。登るといっても 5分以内に頂上です。
入口には井戸水を汲む手押しポンプも健在です。
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鎮守山観音堂(ちんじゅさん かんのんどう)
最初の観音堂は、飛騨の名工の手によって築かれたといわれていますが、暴風で倒壊。その後再建されましたが、それも焼失。 1846年(弘化 3年)、再び建てられたのが現在の観音堂です。
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観音堂前のもみじは赤々と燃えるような紅葉が美しい。
少し色づいてきましたが、紅葉のピークは11月中旬から下旬です。

観音堂のそばには両面すくなの石碑が。ここから金山の町並みが一望できます。

両面すくなとは、日本書紀によると、大和朝廷に対抗した豪族となっています。両面に顔を持ち空を飛ぶ暴れん坊として伝わっていますが、飛騨や美濃の伝説では人々の平和を祈り、人々を守った英雄とされています。東北のアテルイと似た存在ですね。
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鎮守山はこの 「両面すくなと武振熊(たけふるくま)伝説」 の舞台となっています。
その由来をガイドが解説します。
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すくな像の直下には金山小学校のグラウンドが見えます。
翌日のイベント「イコスタDEかなやま」(金山産業祭)の準備が行われていました。
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昭和が終わるころまで営業していた銭湯。現在は男湯のみ自由に見学することができます。
レトロなタイルは大正時代のもの。
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鎮守山を降り、餅倖(もちこう) さんへ戻りました。出来たての黒豆大福を袋詰め。
試食も準備していただき、ほぼ完売!
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秋限定の栗入りモナカ(220円)もほぼ完売!
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金山筋骨の「ハウルの動く城」エリア。本当に動いたら困リますが、金山の地盤は固いため地震などでもそう簡単には崩壊しないことを力説するガイド。
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土産を手に、筋骨を抜けると飛騨街道へ。
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そこには昔懐かしいコロッケが人気の「名取天ぷら店」が。店構えに昭和のなごりを感じます。この道58年の大将は、夜になるとスナックカンナのマスターに大変身します。
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飛騨街道の坂道を下りながら、コロッケの食べ歩きを楽しむ人も・・・
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城造り建築の清水楼(せいすいろう)脇の筋骨を下ると、そこには清水がこんこんと湧き出ています。この界隈は坊山(ぼうやま)の地下を流れ下る水脈があちこちにあり、地下を3メートルも掘れば湧き出てくるそうです。
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清水楼(せいすいろう)さんは20年程前まで営業していたうなぎ屋さん。現在は岐阜市福富に「お清水うなぎ 山居(さんきょ)」という名で営業されています。そのウナギがこの清水に浸かっています。ここで余分な油を落とし身の引き締まったウナギになるとか。
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来た道を戻ります。
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次は 石田豆腐店 へ。慎重にかつ軽快に、豆腐に包丁を入れる店主。若い頃は三田明(みたあきら)に似ていたことで知られています。ここでは型に流す前の「よせ豆腐」を試食させていただきましたが、豆腐を持ち帰ることができないので皆、買い物は断念しました。
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次へ向かう途中、お食事中のクロメンガタスズメ(スズメガの仲間)のきれいな幼虫に出会いました。
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奥に見える山は 三峰山(みつみねやま)。登山道もあり、頂上の展望台がこの位置からも見えます。直下に飛騨川と馬瀬川の合流点があり、ここが江戸時代の4つの藩領境となっていました。

落ちアユ漁で網にかかったアユを次々とはずす人の姿が。
「欲しかったらやるよ。取りにおいで」と声をかけていただきました。
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筋骨めぐりの最後は 奥飛騨酒造資料館へ。清酒「奥飛騨」「初緑」が有名です。
屋根の両端にはうだつがあがっています。この辺りでは珍しい。
奥に見える山が坊山(ぼうやま)。
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創業は1720年(享保5年)。294年前から続く飛騨かなやま唯一の酒蔵。
資料館には江戸、明治、大正、昭和初期までの大福帳(お酒の売上帳)や250年前の享保雛の展示を見学することができます。福沢諭吉「学問のすすめ」の初版本も展示されています。
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もちろんお酒の試飲も。昨年9月に発売されたノンアルコールの「甘酒」が大好評で、この日もよく売れていました。この時期は ねり粕(酒粕)がおススメです。
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今日は酒蔵の工場見学は無しで、脇の筋骨を通り終了。
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11時。出発したドライブイン飛山へ戻ってきました。90分JUST! 
経験上ガイドの時間配分は手慣れたものです。
トイレ休憩を済ませて御一行様は帰路へ。

次は個人的に来ますと言われたお客さんもみえました。
ぜひ金山で1泊して 夜の筋骨めぐり も楽しんでいただきたいものです。
夜のコースは只今考案中です!
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穏やかな天候で気分も晴ればれとした筋骨めぐりでした。

引き続き11時から、ガイド2名は次の筋骨めぐりのお客さん2名を再びご案内。
こちらも下呂温泉1泊の帰り道に飛騨金山で足を止めていただいた大阪からのお客さんでした。
もみじ寺(玉龍寺)金山巨石群も満喫されたようです。(もみじはまだ早いですね)

 

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