HIDA KANAYAMA 金山巨石群と筋骨めぐりのスタッフブログ

≪岐阜県下呂市 金山町≫ 縄文時代から機能している太陽カレンダー 「金山巨石群」 と飛騨街道金山宿に張りめぐらされた 「筋骨めぐり」 を紹介します

2015年10月

会期 : 2015年10月28日(水)~12月21日(月) 火曜休館
時間 : 10:00~18:00
会場 : 下呂温泉 湯の街ギャラリーさんぽ道
 

    (下呂市湯之島908番地  TEL.0576-25-6611)

入場料 : 無料
企画/展示
下呂市観光課 TEL.0576-24-2222(代)
  

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開催場所は下呂温泉街湯之島通り にある 
湯の街ギャラリーさんぽ道
この通りも関・金山から続く 飛騨街道 です。左ギャラリーの向かいにはオレンジ色の外観の温泉宿にもなっている お食事処「廣司」 があります。
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とても落ち着いたギャラリーです。
飛騨川 や チャップリン等身像のある 白鷺橋 から少し離れているので、街を散策しながら見つけてください。近くに駐車場もあります。
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このギャラリーは奥に絵手紙が常設されていて、無料体験コーナーもあります。
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手前の展示室は、期間ごとに展示物が変わります。
今回は、
下呂市観光課 の企画において、飛騨金山の 「筋骨めぐり写真展」 を開催していただきました。観光客が賑わう下呂温泉街で、「筋骨めぐり」に触れていただけることはとても嬉しく思います。関係者の皆さま、たくさんの写真を公開していただき ありがとうございます。

さて、中に入ると品よく展示された写真が目に飛び込んできます。これらの写真は、2011年から本格的に始まった筋骨めぐりで、金山町観光協会スタッフが 5年間撮りためた写真の中から30点を厳選し展示されています。
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各写真にはそれぞれキャプションが加えられ、南飛騨の歴史や文化も丁寧に解説されています。
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選んでいただいた写真には、昭和の賑わいが蘇ってくるような温かみのある、生活感あふれるものが多く、BGMで流れるクラシックが絶妙にマッチしています。訪れたのは平日の午後。とても落ち着いた空間の中で、改めて筋骨を観賞し、当時の生活に思いを馳せてしまいました。
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奥の部屋では絵手紙が展示され、体験コーナーが設けられています。
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飛騨金山まちづくり協議会で制作したポスターも展示されていました。
これまでマスコミが取り上げた新聞記事や雑誌なども展示されています。第三者が書いた記事は、客観的に捉えているのでとても参考になりますね。

下呂温泉街の温泉寺では11月7日より紅葉ライトアップも始まります!
温泉寺から歩いて行ける距離にギャラリーはありますので、是非お立ち寄りください!

◆岐阜新聞(飛騨)2015年11月 7日付
筋骨写真展201511


 

10月13日(火)~16日(金) 連日快晴
今年は金山巨石群での観測による『閏年(うるうどし)』です。
閏日・時刻 は10月15日 9時30分、岩屋岩蔭遺跡巨石群内で。
金山巨石群での閏年観測は 2003年、2007年、2011年の 4年ごとに続き 今年 4回目となります。(カレンダーに記載されている閏年は来年2016年で、閏日は2/29)

では、どのような観測をもって閏年と決定できるのか!?
連日巨石群を訪れ、閏年のスポット光を体験された方々には、自分の目で観察し理解していただけたことと思います。意外とシンプルな閏年観測が、金山巨石群のスポット光観測には隠れています。

「体験を通して知識となる」 
まさに金山巨石群はそんな場所です。

10月13日(火)
朝 9時前、山から昇る太陽光は、まず 「岩屋岩蔭遺跡巨石群」 を照らします。
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閏年のスポット光観測は、この 「岩屋岩蔭遺跡巨石群」 の中で行われます。
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9時15分すでに力強いスポット光が石組みの a石上を移動中。閏年観測はスポット光を観測するための石組みを通して行われます。その石組みは、現在では
 測定石(石組みabc) と呼び、その構造は2000年の発掘によって確認されています。(現在は左の大きな a石と右三角の b石一部のみ露出しています)
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見事なサンビーム。光線が 二分してみえるのは、光の通り道にある ウルイの葉が邪魔をしているから。本来は平面状の光線が力強く射し込んでいます。

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9時41分頃、光は b石上に乗っかります。現地でも説明したように射し込む石の浸食を考慮すると石の幅と光がピッタリ合致しているといえます。この現象は10月6日から始まり14日まで。但し今年は閏年なので15日まで。光は b石の 
先端から約 9cm下 に位置しています。
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射し込む光は 3つの石の側面が関係しています。
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10月14日(水) 観測会 1日目
 9時22分、前日より小さくなったスポット光は、今日も b石に近づいていきます。
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お馴染み常連の方々。皆県外からで、遠くはロサンゼルスから。
前日との光の位置の違いに注目してください。b石の先端部分、光で区切られる隙間の間隔が明らかに違いを見せています。今日の光は 
先端から 3.5cm辺り です。太陽高度にして昨日より 27'(約 0.5°)低い光の位置です。
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今日もサンビームは 二分しています。
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小林由来氏の解説も。金山巨石群での閏年観測の精度について話は深い。
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10月15日(木) 観測会 2日目
 9時23分、今日も b石へ光が近づいています。
今日の観測は、閏年観測の中でも初めての検証があります。それは今から 45年ほど前に遺跡内で発掘した所蔵品が一昨年初公開され、その中に道具としては使用されない加工された石器群がありました。その中の 3つの石が光の観測と関係している可能性があります。そのうちのひとつが閏年を判定するための「光の形」を成形したものであると思われます。これまで 14年間(2001~2014年)の b石での観測結果から、4年に 1回訪れる閏年の光(10/15)と合致するはずです。平年の10月15日はその石の形よりも小さくなるか、入りません。もちろん射し込む箇所の石の浸食を考慮した上で。

その石が b石の先端(光が当たる位置)に置いてあります。
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光が b石先端に置かれた石型に近づくところ。

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光が移動し、成形された石型に合致したところです。浸食によって射し込んでいる光が線状になって土の上に映りこんでいるのが分かります。これまでは光の位置(先端から何センチ)を計測してきましたが、それをどうやって判定するかという問題がありました。この「石型」の発見によって「計測器」が存在したことになります。
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10月16日(金) 
 さて、3日間の光を観測してきましたが、参加された方々の気になるところは翌日の光でしょう。この通り、先端の右下にうっすら見える黄色い光がそれです。射し込む箇所の石の浸食を考えれば、光は遺跡内に射し込んでいるとは言えません。つまり昨日15日で b石での観測は終了したことになります。前日よりも 20' (約 0.3°)低い太陽高度の誤差がこんな方法で把握できてしまうことは素晴らしいことと思いませんか!?
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もちろんこれらはそのように作られているから現代の我々がその観測を辿ることができるのですが、この観測から言えることは、計算によってはじき出された数値による閏年の決定ではなく、誰が見ても同じように「理解」できる閏年の決定法がここにはあるということです。太陽の周期をスポット光によって計測しているため、閏年とは何かがこれらの光の観測によって理解できるというわけです。これも山間部ならではの観測法といえます。古代人ができたかどうかの議論よりも、閏年の決定法が存在していることは金山巨石群唯一のものなのです。

今年 2月、新たな調査結果が出ています。4年ごとに閏年を入れていくと 128年間に 1日の誤差が生じます。それをどうやって修正するのか、これまでの調査データ(先端から何センチか)が、2月の調査に大いに役に立ちました。128年間の修正をするための石棒が、45年前に遺跡内で発掘された中から見つかったというものです。ここでも「計測器」の存在がありました。ここで詳細は記しませんが、現在2015年は、その128年間の中間辺りになります。今から79年後の2094年頃に、閏年の光の観測が、「平年」を示すときがやってきます。

この詳細はこのあと出版されるカラー写真集で明記されていますので、そちらをお待ちください。

次の金山巨石群の観測は
10月23日(金)~27日(火)までの午後12:30から1時間
エジプト・アブシンベル神殿へ射し込む光の観測との共通点がある光の観測です!
 

10月 5日(月)
晴天の今日も大勢の方々が 筋骨めぐり を体験しました。
下呂市観光課の進行で、岐阜県観光ガイド連絡会 の 研修交流会 が、ドライブイン飛山 を会場に開催され、約 140名のガイドさんらが参加されました。全員県内の観光ガイドとあって、筋骨ガイドらも気合が入ります。飛騨金山の観光ガイドはこの連絡会には加入していませんが、研修交流会の場に選んでいただいたこと、嬉しく思います。

参加された各団体は次のとおり
・岐阜市 「おんさい案内人」岐阜シルバー観光ガイド
・羽島市 羽島観光ボランティアガイド
・山県市 山県市観光ガイド協会
・本巣市 本巣の語り部会
・不破郡垂井町 垂井町街角案内の会
・揖斐郡池田町 池田町観光ボランティアガイド協会
・可児郡御嵩町 中山道案内人「偲歴会(しれきかい)」
・多治見市 多治見観光ボランティアガイド
・恵那市 中山道かたりべの会
・飛騨市 飛騨古川夢ふるさと案内人会
・下呂市 下呂温泉ほのぼのガイドの会

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会場の ドライブイン飛山
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午前の部は、金山町観光協会副会長でもある筋骨ガイドのヘッド 岡戸孝明 氏による講演会です。『飛騨金山観光 「筋骨めぐり」 の発想と実践』 と題し、岡戸氏の百貨店での販売戦略の経験を踏まえた地方の魅力発信法を「筋骨めぐり」で実践した経緯などを 60分話されました。
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愛知県出身の岡戸氏は百貨店を早期退職し、飛騨金山へ I ターン。釣りが好きで自然を楽しむ術・アイデアはすべて自己流。豊富にある竹を細工し、スプーンや小物を手作りして販売するなど、飛騨金山を謳歌する姿は、金山では有名。そんな遊び心で合流したのが地元人の 浅井哲彦氏(フジヤさん) 。今から 6年前に遡り、2009年から 「筋骨めぐり」は始まります。

しかし岡戸氏は14年前から「筋骨めぐり」を温めていたといいます。この地の路地裏(赤道)は、藩境の宿場町という深い歴史に基づいたもので、特に馬瀬川と飛騨川の合流地点が藩境とした山と川の歴史・文化に触れたことは、海辺に親しんで育った岡戸氏には違う魅力があったに違いありません。最も好奇心が強く冒険心があったからと思いますが。

岡戸氏の 60分の講演は、前半がご自身の職場での販売戦略法の話、後半が筋骨めぐりの発想や経緯、実績を数字で示し、確実に観光客を増やしつつある状況を披露。会場の参加者は食い入るように最後まで関心度が高かったように見受けられました。

結果として、地域の観光ガイドとは、ガイドする側が楽しんでやること!に尽きます。
お金や数字の計算はあと、です!

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講演会の後は昼食をとり、準備が整った団体からスタート!
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今日も町には キンモクセイ の甘い香りが漂います。
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餅倖(もちこう) さん前の昭和町通り。順に 黒豆大福 の試食・買い物を終えて…
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今日も 銭湯 前の 糸繭(いとまゆ)館 はオープン!
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手作り小物の販売です。餅倖 さんのご主人も飛び入り参加!
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奥にある 昭和の銭湯
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入り口には、1988年昭和が終わる年、閉店当時のままの「わかまつや呉服店」 さんのカレンダー。萬田久子さんの着物姿。ガイドによっては、萬田さんのスキャンダル話の解説に入ることも…。
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指名手配もそのまま。昔は全国どこの銭湯にもありました。
オウムの時代ではなく、日本赤軍とは、時代を感じますね。

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タイルは明治時代のものを使用しています。レトロ感あり。
浴槽は深く狭いために立って入るそうです。

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大人料金は100円の時代。体重表は 0歳から15歳まで。
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銭湯 から筋骨を抜けて 鎮守山 の下から「両面すくな伝説」の解説 1グループ。chinjyu_02
 1グループ以外のガイドさんらは全員
鎮守山に登ります。urakinkotsu_03
裏の筋骨へ。左が戦前に営まれていた おきや さんです。
右の川は地元では 
「馬糞谷(まぐそだに)」 と言われ、馬車の時代は糞をこの谷へ追いやったところからきているといいます。もちろんコンクリートは後から。
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ここは薄暗くミステリースポットです。
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金山筋骨の脇役のひとつに、秋に目立つ ジョロウグモ の巣があります。普通だと取ってしまいたいところですが、人通り以外はそのままにしておきます。昔から筋骨はクモの生活圏でもあります。
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大きい鮮やかな方がメス。
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筋骨めぐりの名物のひとつ、名取のコロッケ。ご主人、2連休のあとの今日は日焼けしたお顔で営業再開!店主はこの通りの土地持ちです。
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この道59年。この時期からは 大判焼き も始まります。
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この数年間で左の家も空き家になってしまいました。
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このオレンジ色のグループは、金山町観光協会と同じコスチューム。多治見観光ボランティアガイドの皆さんです。この先左が 旅館 福寿美(ふくずみ) さん、右が 城造り建築の清水楼(せいすいろう) さん。
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旅館 福寿美
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ここはコースでは設定されていませんが、少人数なので特別に。

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今日の筋骨めぐりでは、連絡会に加盟されている 下呂温泉ほのぼのガイド の皆さん(黄緑色のベストの方々)にも交通整理のご協力をいただきました。本当に助かりました。ありがとうございました。
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石田豆腐店で試食を。
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近くの筋骨には 真弓(まゆみ)の実 がピンク色。実の汁を吸うため、キバラヘリカメムシの幼虫 がたくさんくっついていました。真弓は、冬になるとピンクの実が割れて、オレンジ色の種が鮮やかに顔を出します。観賞用によく使われますね。
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馬瀬川 に出て、桜並木を歩きます。手前の常緑樹はケヤキです。
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飛騨と美濃を分ける 境橋(さかいはし) を渡ります。
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橋の突き当りは 子守地蔵。岩を抱き込むこのケヤキの木がパワースポット。以前イスラエル人が雨の中長い間、木に手を当て瞑想していたと聞きます。(そのお客さんは 金山巨石群の光の体験ツアー に参加された方でした)
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例のごとく 測量基準点 の説明。
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最後は 奥飛騨酒造
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酒蔵・工場脇の筋骨を上り直売所へ。
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試飲をいただきお土産選び。左の道は 国道41号線 です。
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直売所向かいにドライブイン飛山。ゴールです。午後 3時。

参加者の皆さま、ガイドの皆さま、下呂市観光課の皆さま、大変お疲れ様でした!ガイドの皆さんは10月~11月の団体様も予定がつまっています。引き続きよろしくお願いします!

新しいガイドさんも募集しています。興味のある方は一度一緒に歩いてみて下さい!



 

10月 3日(土)
お彼岸が過ぎ、飛騨金山ではキンモクセイの甘い香りが漂う季節になりました。
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汗ばむ陽気となった秋晴れの今日、飛騨街道金山宿は 「筋骨めぐり」 初 170名の団体客で賑わいました。

筋骨にはトイレが少ないこともあり、最初は受け入れに不安が募りましたが、まずはやってみよう!ということでガイド一同一致団結!無事終了。 
これも過去 4年間のガイドチームワークの賜物です。

一度に 170名というのも、東京と大阪から社員旅行で 下呂温泉 「水明館」に 1泊された団体様の、翌日のアクティビティに 
筋骨めぐり を企画していただきました。
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但しいつものようにガイド付きで歩くのではなく、
「キンコッツ25」 BINGOラリー という企画です。15のチームに分かれ、ビンゴカードを埋めながら 2時間で 20か所を巡るというものです。20か所には筋骨ガイドが常駐し解説、各所に充てられた番号のシールをビンゴカードに貼ってもらいラリーをします。そのうち 5か所にはクイズが用意され、正解した場合のみシールがもらえます。
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この企画は、昨年社員の方が 「筋骨めぐり」 を体験したことから始まりました。
私たち筋骨ガイドも楽しませていただきましたし、大変参考になりました。
企画スタッフの皆さま、ありがとうございました。

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朝 9時30分を過ぎると、筋骨めぐり出発地点の 「ドライブイン飛山」へ続々とバスが到着。社員の方々は飛山の会場へ吸い込まれていきました。
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ロビーではガイドの面々が下呂市観光課の担当者からBINGOラリーの説明を受けています。
これに関しては 9月17日にもミーティングで聞いているので、皆落ち着いた様子。
このあと各ポイントにスタンバイのため、ガイドら17名は早々と移動です。今回から、ガイド登録人数が 2名増えました。

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会場では筋骨ガイド代表の岡戸氏より、ご挨拶。
そのあとBINGOラリーの説明を受けて10時スタート!

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各グループ、コースは自由なので方々へ散っていきますが、多くはスタート地点に近い 「子守地蔵とサルスベリ」 をまず通過。
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こちょこちょの木の説明です。残念ながら花の時期はすでに終了。
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サルスベリの木をバックに。
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餅倖(もちこう) さんへ行く筋骨。
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昭和町通りにある餅倖さん。車の交通量が多いため、要注意です。
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近くには井戸水を汲む懐かしい 手漕ぎポンプ。多くのグループが集まっています。
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この時点では手漕ぎを体験する人が少ないですが、このあと手漕ぎをするために昭和町通りまで一列に並んでいたそうです。筋骨めぐり始まって以来の長蛇の列にご近所のご婦人たちが窓から眺めハラハラしていたそうです。
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このポイントではクイズが用意されていました。
『金山町は地下水が豊富で、いたるところにポンプ井戸や湧き水があります。
その源となっている山の名前は次のうちどれ? A 御嶽山、B 白山、C 坊山』

答えは ドライブイン飛山 の裏にそびえる 坊山(ぼうやま) ですね。
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次は鎮守山(ちんじゅさん)
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観音堂と両面スクナ像 があるポイントで、飛騨地方に伝わる 「両面スクナと武振熊(たけふるくま)伝説」 始まりの地です。飛騨金山の筋骨めぐりに欠かせないコースです。
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小高い丘から金山の町を見下ろします。
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両面スクナ像。石像にも両面に顔と手足があります。眼下には金山小学校とグラウンド。
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その南側には金山保育園。今日は運動会で賑やかな音楽が聞こえていました。
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お堂は通常閉鎖されていますが、今日は特別解放です。筋骨めぐり初の解放でもあります。お堂の天井には江戸時代に描かれたと思われる絵がはめ込まれています。
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鎮守山 を降りて飛騨街道を下ります。
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左に見える小さな店舗はお饅頭の みつや さんです。この日は注文の仕事がありお忙しい中ではありましたが、快く対応していただきました。
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売れ行きも良好!
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さらに進むと 「糸繭(いとまゆ)館」。ここは新しい筋骨スポット。
前からありましたが、解放していただだけるようになったのはごく最近です。

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手作り小物と 菅田のお茶「幾里」 の販売。
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昔は金山の特産品と言えば、繭生産とお茶でした。
この家は繭の集荷を商いとし、この場所で集荷して売りに出していたそうです。
前の橋の下には繭を紡ぐ工場とお茶工場があったといいます。

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糸繭館 の斜め向いの空き家では、絞りの手ぬぐいやTシャツ・シュークリームの販売もしていました。
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この空き家は今年 夏の筋骨まつり でも開店していました。
今後の筋骨めぐりの展開は、空き家の利用も必須課題です。

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糸繭館 の裏には昔懐かしい 銭湯 の家。男と女の分かれ道。現在は男風呂のみ覗くことができます。
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昭和が終わる年まで営業していた 銭湯。作られたレトロ感ではないのが心にしみます。
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銭湯入り口を右に入ると、とても筋骨らしい抜け道が。初めての人は入りにくい筋骨のひとつ。
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さらに進むとおなじみ 名取(なとり)のコロッケ ですが、なんと今日はお休み!!  
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この道59年の店主はこれまで土曜日に休業したことは一度もないとおっしゃっていましたが、今日は土曜日。よほど大事な用事があったに違いありません。
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ここでクイズです!鎮守山 帰りのグループには有利な問題です。
『両面スクナを討伐するために朝廷より派遣された将軍の名前は次のうちどれ? A なにわのねこ たけふるくま、B なにわのくま たけふるいぬ、C なにわのいぬ たけふるねこ』
猫や熊に惑わされる問題ですが、 「難波根子武振熊」 という名前の将軍ですから答えはAですね。

名取のコロッケを過ぎ、左の筋骨を下ると街道の裏側にある筋骨にでます。この筋骨は飛騨街道よりも低いところを歩くので、前後左右どの家も地下があり、3階建てであることが分かります。表から見ると2階建て。
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新しい家も古い家も地下構造が見えるため、立体的な建築構造が目に飛び込んできます。以前古い家屋をスケッチされた方が 「ハウルの動く城」 みたいだ!と言われたことから、今ではこの建築エリアは 飛騨金山版「ハウルの動く城」 と言われています。喜んでいいのか悪いのか分かりませんが、動く城というより今にも動きそうな城かもしれません。ちなみに今では多くが空き家になっています。
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同じ通りにはもう使われなくなった 清水 があります。柱の補強や掃除の甲斐あって今ではきれいな水があふれていますが、飲むことはできませんのでご注意を。ちなみに後ろの家屋は 名取のコロッケ屋 さんのお住まいです。
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この奥、暗い筋骨を抜けると 2つ目の 清水 が。下の写真がそれです。
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ここには 水神様 が祀ってあります。昔は清水で野菜や食器を洗い、洗濯などもここでしていたんですね。水源豊かな生活圏が、金山にはあったのだと思いを馳せます。
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この橋は飛騨街道へ続きます。橋の下をかがんでくぐり筋骨を進みます。
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振り返るとこんな風景。
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橋の上から見ると筋骨が見通せます。左の各家々にそれぞれの橋が架けられています。昔は木造の橋で増水すると流されてしまうので、皆で頑丈なものに変えたそうです。
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その一角には戦前に営まれていた おきや さん。窓ガラスが昭和の風情を残します。2階手すりの朱塗りは鮮やかだったんでしょうね。
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おきやさん前でクイズ!
『筋骨の名前の由来は? A 路地を歩き回って筋骨隆々になったから、B 路地が筋肉と骨のように複雑にからみあっているから、C 路地に筋骨草(きんこつそう・シソ科のキランソウのこと)がたくさん生えていたから』
細い裏道を人間の体に例えて呼ぶなんてユーモアあります。答えはB。
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おきやさん前。ここも今では空き家ですが、雨漏りするそう。
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再び飛騨街道へ出てもう一度、みつやさん、糸繭館名取コロッケを通過して、旅館「福寿美(ふくずみ)」 と城造り建築の 清水楼(せいすいろう) 前へ。

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福寿美 さんは廊下や部屋のふすまに日本画が描かれ、3階にはステージが。昔は芸者さんとの賑わいが向かいの 清水楼 さんにもよく聞こえたとか。昔と言っても40~50年前のこと。骨董品の所蔵もあり、最近では外国人観光客も宿泊しています。

清水楼さんは明治初期に建てられた木造3階建ての城造り。1階、2階、3階とそれぞれ独立して作られているので通し柱がありません。外観もよ~く見てみてください。
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清水楼 さんの建物左脇の筋骨は、3つ目の大きな 清水 へ出ます
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ここの 清水 は現在も使用され、保健所の許可をとっているので湧き出し口の水は飲むこともできます。清水に浸かっている籠の中には、ウナギが入っており 4日間ほどこの清水でしめ余分な脂を抜きます。清水ダイエット!? 岐阜の 山居(さんきょ)」 という店でこのウナギを食べることができます。
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ここも飛騨街道。フジヤ さんは、神具・仏具などの販売店。似顔絵マップでもおなじみの、お祭り好きの店主が皆さんを迎えてくれます。春のまつりの話をした後は、もっぱら 金山巨石群 の話!「さすがに若い子は巨石群の反応が違うね~!」 とおっしゃっていました。
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フジヤ さんの右 3軒目と 4軒目の隙間に筋骨があります。ここを抜けると 石田豆腐店 がありますが、なかなか難所ということで、入り口に似顔絵を貼っておきました。 今日の30~40代の若い方々は 三田明(みた あきら)を知っている人は少なかった!店主は昔、三田明に似ていたそうです。さらに芸達者との評判もあります。
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試食のよせ豆腐をご用意いただきました。豆腐や油あげの買い物もできます。
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今花盛り、お茶の木の立派な垣根を通り過ぎ…。
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狭い道からようやく脱出!三峯山(みつみねやま) をバックに眼下には 馬瀬(まぜ)川 と向こう岸は 飛騨川。ここが合流地点です。ここで問題!
『江戸時代、金山の町は 4つの藩境に位置していました。その 4つの組み合わせはどれ? A 天領・尾張藩・岩村藩・加納藩、B 天領・尾張藩・郡上藩・苗木藩、C 尾張藩・郡上藩・苗木藩・岩村藩』
答えはこのあと出てきます。
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青空に映える澄んだ 馬瀬川
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この
 馬瀬川 にかかる橋が「境橋(さかいはし)」。飛騨と美濃を分ける橋です。つまり 天領 と 尾張藩 を分ける橋。馬瀬川 を上ると郡上方面ですから 郡上藩。つまり先の問題の答えはBですね。(詳しくはコチラ)
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橋の途中で下流を見渡すと、両方の川に架かる 金山橋 が見えます。空気も澄んでとても美しい風景。
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橋の突き当りには 子守地蔵 。ここでも問題!
『境橋から下呂までの道は何と呼ぶ? A 山中七里、B 片山七里、C 中山七里』
七里28kmの景観は 中山七里 ですね。
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飛騨の始まりはここから。測量基準点のマンホール。伊能忠敬の一派が測量に来ていたといわれる場所です。飛騨の最南端に当たるので、飛騨の終わりともいえます。そのため飛騨山脈のパワーがここで放出されているといい、岩に抱きついたケヤキの木は昔からパワースポットとされているそうです。是非訪れた際には探してみて下さい。
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うだつの上がる 奥飛騨酒造 前。バックには 坊山(ぼうやま) がそびえています。

この辺りでスタートから約 2時間が経過。BINGOラリーの制限時間はあと 5分ほど。皆スタート地点へ戻っていきました。BINGOカードを全部埋められたグループはあったんでしょうか!? シールが各所残されていたということは、BINGOのグループ、少なかったんじゃないかと思います。

グループによっては、コース外の筋骨も楽しめたようで、2時間お疲れ様でした!

170名の団体様の受け入れ、思ったよりスムーズに進行でき、ガイド側も自信がつきました。改善すべき点はまだまだありますが、住民の皆さまのご協力も今後ともよろしくお願いします。飛騨金山の町の賑わいを取り戻すため、時間をかけて足元を固めていきましょう。

飛騨金山の筋骨めぐり。さらにパワーアップします! 乞うご期待ください!!


 




 

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