HIDA KANAYAMA 金山巨石群と筋骨めぐりのスタッフブログ

≪岐阜県下呂市 金山町≫ 縄文時代から機能している太陽カレンダー 「金山巨石群」 と飛騨街道金山宿に張りめぐらされた 「筋骨めぐり」 を紹介します

2015年12月

12月22日(火) 快晴

昨年の冬至 は積雪に見舞われ 10時頃からの観測となりましたが、今年は積雪もなく朝から快晴!東の山巨石群へ登山観測です。 朝 7時30分、岩屋岩蔭遺跡巨石群へ集合!集まったのは11名。

さっそく小林由来氏を先頭に 7名は初登りです。
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資料室からは小林・徳田の2名。現地スタッフとしていつもお手伝い頂いている愛知県の男性と東京の女性の 2名と。初登りの方々のうち、4名は下の巨石群のリピーター。

目指すのは奥に見える山のほぼ頂上。通常40分ほどあればたどり着けます。

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但しこのように険しい山肌をほぼ直線で登るため、自信のない方はご遠慮いただいています。地元では 「猿泣かせ」 と呼ばれる山なので、これまでに途中下車された方も少なくありません。行きは何とか行けても帰れなくなってしまう場合もあります。

自動車が普及する前の江戸時代までは、山を自分の足で移動していたわけですから、いかに現代人の体力が落ちているかも試されます。ここの山は足が強いだけではダメで、全身の筋肉を使うため健康を維持するならとてもいいトレーニングになります。

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先頭と後尾の時間差は多少あるものの、今日は45分かけて頂上へ到着です。
とても気持ちのいい 澄んだ空気でした。

巨石群を目の前に、少し休憩。

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この巨石の角に座って観測します。
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観測場所が造られているパターン。ここへ座れば、長さ 9メートルの石が示す方向はその線上しかありません。そこから、冬至の朝日は昇ってきます。
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右の写真が冬至の朝日。16年前、写真はまだフイルムで撮影していた頃は、光が画面に映りこんでいました。光が映っている位置が山の稜線ですが、木が生い茂って光源が弱くなっています。
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さらに 2015年現在は、光源が狭まっています。肉眼では線上に光を確認できますが、木々の揺らぎによりなかなかシャッターチャンスがやってきません。下の写真も太陽が線上から少し右に移動した頃に僅か位置が分かる程度。太陽はどんどん移動していく中で、ひとりずつ交代で体験なので、時折強い光をキャッチできた方はラッキー!

どの観測もそうですが、まずは肉眼で体感することに心がけてください。いきなりカメラを構えてしまうと、どのタイミングで撮影することに意味があるのか、分からなくなってしまいます。

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さらに前方には積み上げられた石が座っています。
ここも昇る冬至の朝日が射し込む石と石との空間があります。

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他の石の説明も終え、下山ルートを少し変えて夏至の朝日を観る石に立ち寄ります。
「どう観るんですか?こうですかねぇ~」皆さんお疲れのところよじ登り体験。
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巨石群滞在時間は 1時間くらい。元のルートに戻って下山です。
急な斜面なので特に帰りは慎重に。

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今年も皆、無事に下山できました。
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岩屋岩蔭遺跡巨石群よりも先にテスト観測が行われたと考えられる
 「ミニチュア版 岩蔭遺跡」 に立ち寄ります。そこは石切り場のような場所にあります。
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今は使われていない下呂までの林道沿いにあります。6~7メートルの巨石群。
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ミニといっても迫力あり!岩屋岩蔭遺跡巨石群が南の空へ約40度の傾きがあるのに対して、ミニは約30度。まずは基本の冬至の南中高度に合わせています。冬至や夏至は南限や北限を決定する基本の観測です。
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そろそろ下の巨石群では山から太陽が顔を出すころ。
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こちらは 線刻石のある巨石群
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10時15分頃、太陽が山から昇った瞬間から、岩屋岩蔭遺跡巨石群に光が降り注ぎ始めます。
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中央の巨石の傾斜角が約40度。南に大きく開かれています。

中から見るとこのように、傾斜よりも冬至の太陽は低いため、巨石の平面に光が当たり、内部を明るく照らし出します。
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午後 1時25分になると、次は 「再現館(さいげんかん)」 に光が射し込みます。
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今日は冬至なので当然光が当たりますが、この時期はまだ数日間、ほぼ同じ太陽位置をキープするため、明日も明後日も同じ観測ができます。
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夕刻、4時頃。岩屋岩蔭遺跡巨石群内へ射し込む光。右の石より左に離れた位置に沈みます。右の石へ折返すまであと60日。冬至約60日後、2/20頃の観測です。
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沈む光はこのように内部の奥まで光が届いています。
祠や木々が光を遮り一部のみ当たっている状態。

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そしてラストは 線刻石のある巨石群で。太陽が山へ沈む瞬間、中央の巨石間を光が通ります。
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冬至の沈む夕日を観るために、タクシーで駆けつけたお客様も。
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日没時刻の15分前まで観察できるのは、この巨石間が、山と山の谷間に当たるため。
これも計算された配置になっているからです。

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今年の冬至は終日快晴。参加者の皆さまにも充実した観測会であった思います。あらためてこれが何を意味するのかを考え、その意義を語り合う仲間が増えていくことに感謝したいと思います。
 

12月17日(木)

今年の筋骨めぐりも、ガイドの皆さんには大活躍いただき、多くの観光客を迎えることができました。今年の客数は昨年を上回り、JR飛騨金山駅の利用者も増える傾向にありました。また、新たな旅行社の団体様も加わり、個人客も多く昨年に比べバラエティーに富んだ客層となりました。中国・台湾からのお客様も多々あり、ガイドも対応できているので助かっています。

また新たなガイド人も加わり、金山の筋骨めぐりは住人の皆さまにも、少しずつですが定着してきました。

11月の終わり、ガイドさんらのオシゴト、あともう一息というタイミングで、毎年恒例の反省会の予告が回りました。ここで皆、パワーアップします。反省会というよりお疲れさん会ですね。出席率は毎年100に近い数字です。

今年はいつもお世話になってい
旅館 福寿美(ふくずみ)さんで宴会、いや反省会です。
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午後 5時30分から、3階の大宴会場で 24名のガイドスタッフらが集まりました。筋骨めぐりで立ち寄るお店の方々にも毎年出席していただいています。

今年はなぜ福寿美さんで反省会かというと、ガイドの中には今までここの舞台を見る機会がなかった方もおられました。そこで筋骨めぐりのお客様への説明を深めるため、体験の機会を設けたわけです。昔はここで結婚式をあげたり、芸者さんが舞ったりと、ガイドの大半は若き懐かしい思い出の場所だそうです。

ここが3階の大宴会場。

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舞台には太鼓も用意されています。
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雰囲気ある照明が金の襖を引き立てています。
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現代は外装も内装もシンプル化していますが、昔はこんな演出も手を抜いてませんね。
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そろそろ時間ですが、まずはトイレの場所確認と、建物見物。
ここは 2階の大広間。障子の透かしがいいですね。衣紋掛けが影絵になって情緒あります。

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ここも 2階。 赤い橋を渡り 3階へ向かいます。

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次々と集合し始めました。

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会長不在でしたが時間になりましたので副会長であり、筋骨ガイドのリーダーである 岡戸氏の挨拶から。集客状況の報告などを含め、乾杯の音頭へと移ります。

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御料理の上には 「金山節」の文句が。昔盆踊りで踊っていた台詞ですね。
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筋骨ガイドは皆、豪快にお酒をいただきます。ここでも、いつもお世話になっている 奥飛騨酒造さんの振る舞いで、初緑 を何種かごちそうになりました。他にも 石田豆腐屋さん、餅倖(もちこう)さん、名取天ぷら店さん、そして元会長の小林由来氏らからのお酒の差し入れも頂戴し、誠にありがとうございました。これからも引き続きよろしくお願いします!
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宴もたけなわ。このあと太鼓が始まり、中央で半数近くが踊り始めました。その写真はここで見せられないわけではなく、筆者も踊ったわけでもないのですが、話に夢中になってしまい撮影することも忘れてしまいました。

最後にみんなで写真とろか!ということで、舞台へ上がり準備。

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気分は上々。福寿美さんの若女将にシャッターをきっていただきました。
これが筋骨めぐりのお馴染みスタッフです。↓↓
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    私たちが皆さまをご案内します!
  ぜひ皆さまのお越しをお待ちしています.

皆さまも、私たちガイドも健康で、来年も良い年が迎えられますように!!
 

全国の観光・旅行ガイド/岐阜県/飛騨高山・下呂温泉の名所・観光スポットで 「筋骨めぐり」 が紹介されています。是非ご参考下さい。

日本で一番狭い国道のあった町・飛騨金山。筋骨を巡り歩けば、心が一番美しかった時代の日本人に会える
ライター:船坂文子 2015.11.16

 

今日の岐阜新聞(社会面)では、梶田隆章氏ノーベル賞受賞記者会見記事の隣に金山巨石群の記事が掲載されたのをすでにご覧になった方も多いと思います。
記事の内容はコチラ
岐阜新聞128年周期20151212
記事の内容を一言でいえば、

『金山巨石群の巨石配置は、ユリウス暦ではなくグレゴリオ暦に相当する』
ということです。

ユリウス暦 も グレゴリオ暦 も太陽暦ですが、何が違うかというと、閏年の入れ方が違います。後者の方がより精度を高めた暦で、現在日本で使っている暦もこれに該当します。世界中で採用されている中でも日本では遅く、明治5年から、それまでの太陰太陽暦から改暦され現在に至っています。

ユリウス暦とは、紀元前46年にローマの政治家ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)によって制定された太陽暦で、1年の長さは365日、ただし 4年目は366日とする暦。つまり 4年ごとに閏年を入れる暦です。

グレゴリオ暦とは、ユリウス暦を長期的に使用するとやがて日にちと季節に誤差を生じるため、その誤差を修正した暦で、1582年にローマ法王グレゴリオ13世によって改暦されました。この暦も基本的には 4年ごとに閏年を入れますが、次のような方法によって、400年間に閏年を 3回抜いて調整し精度を高めています。その方法は、「西暦の年数が 4で割り切れる年は閏年、但し100で割り切れても400で割り切れない年は平年とする」というものです。ですから2000年は閏年だったわけです。しかしこの暦もおよそ3,300年使用するとまた1日の誤差を生じるようになりますが、日にちと季節に問題が生じる程の誤差ではないため、現在最も正確な太陽暦とされています。

1日も誤差を生じないようにするには、128年ごとに 1回閏年を抜くことで解消されますが、西暦の年数で覚えにくいため、便宜上400年に 3回抜く方法がとられています。

金山巨石群の巨石配置は ユリウス暦ではなくグレゴリオ暦である、というのは 4年周期を太陽スポット光によって読みとれるだけでなく、およそ128年周期で 1日を抜くタイミングが、測定石での観測によって導き出すことが可能であるということです。次にそのタイミングがやってくるのは、2094年頃であることもデータの裏付けから推定されています。

また 巨石配置とは、岩屋岩蔭遺跡巨石群そのものの石組み構造と、内部で2000年発見された閏年観測のための石組み(測定石a,b,c)の位置関係が、太陽スポット光観測により 4年周期を読みとるだけでなく、さらに長期的な観測による光のずれを修正できる位置に設置されているというものです。そしてその観測方法がデータによって裏付けされたということです。

観測方法のデータ裏付けとは、測定石に当たる太陽スポット光の太陽高度を、グレゴリオ暦の128年間以上におよぶデータをグラフ化したものに、資料室が過去15年間観測したデータ(年 2回射し込む10/14,15および2/27,28の光が測定石b の先端から何センチの位置に光が当たるかを記録したものなど) を照合させ、そこから長期的観測により どのくらいのずれが現場でどのような観測方法によって確認できるのかの詳細を示すことができたということです。

もちろん古代に10月14日という日付けがあったとは考えません。金山巨石群の閏年観測は光が当たり始めてから当たらなくなるまでの日数を数えることで、平年と閏年を見分ける数の法則があります。その法則に狂いが生じる頃に修正のタイミングを知るという方法がとられています。 (これらの詳細は来年出版予定の本でビジュアル化されていますので、興味のある方はそちらをご覧ください。光の体験ツアーのガイドでもその詳細を聞くことができます。)

これらの導きは天体の位置が緻密に計算されグレゴリオ暦の日付けで示された天文ソフトと、過去15年間の詳細データが存在したことにより、可能となりました。これは、人間の観察力によって太陽の周期をつかみ取ることができる現場の天文学であることを意味します。まさに考古天文学。

これら数字のからくりは 、文字がなくても存在しています。それは金山巨石群の太陽観測の節目の時期が、エジプト遺跡と共通していることからも分かります。これまで考古学者や天文学者らが気づかなかった死角の部分といえると思います。文字や目に見えるものだけでしか認識できなくなった現代人には、到底見えない暦の数字が巨石群にはたくさん隠れています。想像力と創造力。

古代人の偉業は、私たちの想像をはるかに超えているのです。


この内容は、
エフエム岐阜ラジオ 『縄文人が現代のカレンダーを把握?』 と題し、小倉理恵パーソナリティーの問いに、金山巨石群調査員 徳田紫穂が答えるかたちで紹介されました。
放送:2015年12月19日(土)9:05
 

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