そのころ京都府南丹市郊外の長老ヶ岳へ向かった第二隊は、摩耶志保を隊長として、菅野佐助、チャカ丸、ははうえ、はじまり、ダッシュ、フータン、幸念等が和知の薬師神社付近から長老ヶ岳へ向かう計画が立てられていた。
長老ヶ岳の裾野に着くと同時に、前方の地中からいきなり弓矢や槍、鉾を持った兵馬俑が10体ほど現れた。目は血走り恐ろしい形相で摩耶志保達を襲撃してきた。摩耶志保は、隊から離れ地を蹴って10メートルほどの高さまで飛び上がったと思うと1メートル65センチの棒をビュンとしならせ一直線に兵馬俑の中に突入していった。棒を脇に抱えビューンと横に払うと兵馬俑の胴あたりを捉えあっという間に3体が崩れ落ちて土と化した。
摩耶志保の形相は鬼神と化していた。大きく振りかざし斜め上からビュンとしならせ、振り下ろされた棒は1体の肩先に命中しその場に崩れ落ちてこれも土と化した。次に棒の先を握りブルンブルンとまわしたかと思うと、その遠心力の勢いのまま棒を投げた。回転しながらビュンビュンと音を立てて飛んでいった先にいた兵馬俑2体は、その場から逃げることも出来ず立て続けに崩れ落ちやがて土と化した。摩耶志保は、地面を蹴り、まるで計算していたかのように投げた棒のそばに着地しそのまま棒を握り、その返す力で一体の足を払い、続いて肩先あたりにとどめを刺すとその場に跡形をとどめないぐらいに崩れ落ちた。摩耶志保は、戦いとなると全く容赦しなかった。
次に棒を地面に突き立てるとその棒を支えにして一体を蹴り倒し、もう一体を肘打ちで仕留めた。退却をはじめた残り一体に対して棒を槍投げのような姿勢で投げ出すと棒は放物線を描きながら兵馬俑の背中を捉え、背中を貫かれその場で崩れ落ちた。
たかだか1分程度の出来事だった。
改めて摩耶志保の強さとその恐ろしさを隊員一同が感じ取った。
はじまりやフータンは、摩耶志保が敵でなくてよかったと胸をなぜおろした。
長老ヶ岳の裾野の奥まったところにその一部始終をニタニタと薄笑いを浮かべる人馬の影があった。馬の手綱をひきながら静かに反転し長老ヶ岳の森の中へと消えていった。チャカ丸等が一体何者かと騒いでいる中、この隊の中では一番博識のある幸念が、あの風貌、出で立ちは項羽であると断言した。
今の出来事を見ても一切動じず、薄笑いを浮かべていた姿を見て背筋が寒くなるのを隊員達は感じていた。