聖優会館練習のブログ

2013年03月

 今日の練習でのミット打ちの時のことです。藤原和真が足の負傷のためにミット持ちしかできないとのことで、山元優貴が連続して行いました。1ラウンド目よりも2ラウンド目の方が目に見えて動きが良くなっていました。力みが取れた典型的な例だと思います。また、高松拳士と遠原拳士に藤原・山元拳士と身長を合わせる位に低重心の構えでスパーリングをする様に指示をしました。最初は足がキツイ等の印象があった様ですが、2ラウンド目には、この練習の主旨が少し理解できたようでした。聖優会館発足当時から、比較的みんなの重心が高い事には気が付いておりました。が、言葉で腰を落とせと言ってもそれだけではなかなか改善はみられません。低重心で構えることと足を曲げる事は根本的に異なり、腰を落とす事によりスピードもパワーも増すことを実感しない限り低重心の構えをする気にはならないとも思いました。今回の様な練習のヒントはいくらでもあり、己の可能性を信じて真摯な態度で取り組めば全員がまだまだ強くなれることは間違いありません。

                                             館長 石黒 剛士

毎回道場練習の納めは、道場訓を子供達にランダムに当てて一人ずつ言ってもらう様にしてます、ランダムなので、必然的に全部の道場訓を覚えておかなくてはなりません、播磨支部には、2歳から練習に来ている子供が居ますが、3歳になったので、一度道場訓を言ってみるか?って事で、2番になる道場訓を言うてみ!っと指名しました、僕って感じで、左の人差し指で、自分を指指して、いよいよ道場訓です!

一つ我々は正門寺(しょうもんじ) え~~~お寺 彼自身は、一つ我々は師を重んじ!っと言ったつもりらしい、しかもそれは1番やしな
2番言うてや、って事で仕切り直し、高松指導員が傍に居てくれてのスタート、一つ我々は礼儀を正し、人道を重んじ、感謝の心を持って社会に貢献できる真の武道家と成るところ! 言うた最後の部分だけ惜しい しかし、武道家と成るところも間違いではないな、っと関心しました、彼は耳だけで覚えているのだ!
如何に素直に聞き、実践する事が大事か痛感しました!
大人になると、色々な事があるので、中々素直が難しくなりますが、仕事でも勉強でも、自分にとって嫌な事を言う人の事でも、言ってもらえてる事に素直に感謝していける人に成ってもらいたいと思います!


高砂・播磨支部                                         北田
   

 私は聖優会館の練習以外に少林寺拳法のO道院にも指導と練習に行っています。年少部が帰った後に一般部のみで練習を行いますので、打撃だけでなく柔法の練習もできます。そこで私は少林寺拳法の開祖、宗道臣氏の苦悩を知ります。現在の少林寺拳法の技はマニュアル化されており、その技の意味すら消えているのが現状です。私は僭越ながら、練習をすればするほどそのことに気が付いてしまいます。宗氏も危惧はされていたでしょうが、その通りになってしまっています。その弊害は、大先生は自分以下の者の意見は聞きませんし、その為に真実が殺されてしまいます。聖優会館では、良い意味で師の未熟な点を指摘できて、真実により近付けるような提案をしてくれる拳士が育ってくれる事を期待しています。偽物でない本物の技術及び精神を後世に残していく事が私の使命と思っております。

                                        館長 石黒 剛士

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