常識という言葉は今や死語となりつつあるかも知れません。昭和の時代に「日本の常識は、世界の非常識」と言われた時がありました。日本人の海外でのモラルの低さを揶揄した言葉です。今の一般社会でも、常識を疑いたくなる様な光景をよく見受けます。私の会社の恥ですが、会社のある一角で朝の10時過ぎであるにもかかわらず大イビキをかいて寝ている社員が居ました。同じ社員から注意されても何ら悪びれることもなく平気で寝ていました。私は大声を上げて一喝しても「我関せず」の気配を感じましたので上席の者に報告しました。上席者の対応は寝ている場所周辺に「ここでは寝ないでください、迷惑してます。次回発見したら、然るべき処分をします。」との貼り紙をしました。本当に恥以外の何物でもありません。ただ、寝ていたからと言って刑事事件(警察に捕まる)ではありません。警察沙汰にならないからと何をしてもよいというのはあまりにもモラルの低さを感じます。今回の昇級審査では多数の保留者を出しました。一般部の方は帯が上になるほど技術の習得度合に重点を置きます。思い込みや勘違いを限りなく排除していきます。その為に保留にするのです。年少部で今回保留にした理由の大半は技術も勿論ですが、練習態度の悪さがそれです。準備運動からまともに動いていない、それ故なかなか股割ができていない。基本練習で気合(声)が出ていない。結手構えの時に踵が離れている等々。年少部の場合は試合に勝てばいいというのではなく、練習に真摯に取り組む姿勢を学んで貰うことを第一に考えています。来年の春季昇級審査からは、開脚して胸又は帯が床につくかを審査項目に入れようと検討中です。週に1回かもしれませんが、貴重な時間を使って練習するのであればダラダラした態度が常識外れであることは誰にもわかるはずです。また、その様な態度は自分自身だけでなく他の拳士にも迷惑をかけています。練習態度が改まらない限り、永遠に保留のままとなります。他の流派で数人との組手を我慢して戦えば級や段を与えるところもありますが、聖優会館では練習態度の悪い拳士は仮に大会で優勝しても決して昇級も昇段もできないことを明言しておきます。

         館長 石黒 剛士