玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

2013年02月

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

愁思 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-90-26-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1997

愁思 魚玄機

2013年2月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩箜篌引 曹植 魏詩<50>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1993
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-4>Ⅱ中唐詩602 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1994
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遣意二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 5)  杜甫 <410> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1995 杜甫詩1000-410-593/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集夜歸鹿門山歌 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1996 (02/28)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性愁思 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-90-26-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1997
 
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http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首   
 

愁思 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-90-26-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1997

卷804_20 【愁思】魚玄機


愁思
(いろんな思い)
落葉紛紛暮雨和,朱絲獨撫自清歌。
庭に落ちた木の葉が風に舞いさらさら音を立て、夕方の時雨がその子の葉に降る音で和ませてくれます。そしたら、清廉なことを示すまっすぐな朱き琴に信頼の絲、それでも一人で弾いていると自然にすがすがしいうたを歌います。
放情休恨無心友,養性空拋苦海波。
うすい思いやりの心に対して憾むことなんかもうやめていますし単なる友人としても、もうありえないのです。それは人の性、道を修養することであり、裏切りや強欲に苦しむことの人間世界から離れて修業することは確かに難しいものです。
長者車音門外有,道家書卷枕前多。
社会的に、勉学にもたけておられるお方がこの道観を訪ねられてもこちらには入ってこられることはないのです。私の枕元には道教を修学するための書籍でいっぱいなのです。
布衣終作雲霄客,綠水青山時一過。

私ももう着飾った着物を着たいとは思はないし、普通の着物を着て修業を積んで仙人のようなところまで到達したいと思っています。そうなれば、透き通った水に、はるか遠くの山を望そんなひと時を過ごすことになることでしょう。
落葉 紡紛として暮雨に和す、朱絲 獨り撫でて自ら清歌す。
情を放ち恨を休み友に心すること無し,性を養い拋うつこと空し海波に苦しむ。
長者車音は門外に有り,道家書卷は枕前に多し。
布衣 終に作る雲霄の客,綠水青山 時に一過す。

yamanoki01
『愁思』 現代語訳と訳註
(本文)

落葉紛紛暮雨和,朱絲獨撫自清歌。
放情休恨無心友,養性空拋苦海波。
長者車音門外有,道家書卷枕前多。
布衣終作雲霄客,綠水青山時一過。


(下し文)
落葉 紡紛として暮雨に和す、朱絲 獨り撫でて自ら清歌す。
情を放ち恨を休み友に心すること無し,性を養い拋うつこと空し海波に苦しむ。
長者車音は門外に有り,道家書卷は枕前に多し。
布衣 終に作る雲霄の客,綠水青山 時に一過す。


 (現代語訳)
(いろんな思い)

庭に落ちた木の葉が風に舞いさらさら音を立て、夕方の時雨がその子の葉に降る音で和ませてくれます。そしたら、清廉なことを示すまっすぐな朱き琴に信頼の絲、それでも一人で弾いていると自然にすがすがしいうたを歌います。
うすい思いやりの心に対して憾むことなんかもうやめていますし単なる友人としても、もうありえないのです。それは人の性、道を修養することであり、裏切りや強欲に苦しむことの人間世界から離れて修業することは確かに難しいものです。
社会的に、勉学にもたけておられるお方がこの道観を訪ねられてもこちらには入ってこられることはないのです。私の枕元には道教を修学するための書籍でいっぱいなのです。
私ももう着飾った着物を着たいとは思はないし、普通の着物を着て修業を積んで仙人のようなところまで到達したいと思っています。そうなれば、透き通った水に、はるか遠くの山を望そんなひと時を過ごすことになることでしょう。


(訳注)
愁思

いろんなおもい(愁うことと思うこと)
杜甫『喜達行在所三首 其二』 
愁思胡笳夕,淒涼漢苑春。
生還今日事,間道暫時人。
司隸章初睹,南陽氣已新。
喜心翻倒極,鳴咽淚沾巾。
この詩も漢詩大系15(P109-110)の訳詩と解説はひどすぎる(どうかしている)。女心も人の心もわかっていない。すべての出来事を「馬鹿男の李億に棄てられた」ことに関連図けていること、閨情詩に使う語句についても、李億をわすれられないことに結び付け、満たされない性に結び付けている。全くの間違いである。魚玄機は男に生れたかったということについても、そうすれば「男に棄てられることはなかった」という低次元の解釈をしているのだ。魚玄機の初期の作品の語句の使用法と晩年の使用法の中にこそ、語句、文法、押韻・・・・すべて自由に使用できる男性を羨んだのである。大系15ではこの詩は男が居なくて身もだえをする女性として解釈をしているというのは、あたかもその解釈は女性蔑視ですべてを性の対象として見る「李億そのもの」の視点であるということである。このブログで魚玄機の詩を全て訳した後は全く違った魚玄機の女性像が見えてくるはずである。


落葉紛紛暮雨和,朱絲獨撫自清歌。
庭に落ちた木の葉が風に舞いさらさら音を立て、夕方の時雨がその子の葉に降る音で和ませてくれます。そしたら、清廉なことを示すまっすぐな朱き琴に信頼の絲、それでも一人で弾いていると自然にすがすがしいうたを歌います。
・落葉 落ち葉の音は昔は男が来てくれる時の音だった。
・暮雨和 そんな男を待つ生活は雨で流し、落ち葉にあたる雨音はことwpつま弾く気分にさせてくれる。
・朱絲 杜甫『寄岳州賈司馬六丈、巴州嚴八使君兩閣老五十韻』  -#7「貝錦無停織,朱絲有斷弦。」(讒人は織物女工がたえず貝錦の紋を織りつづけ止めることがないように粛宗皇帝に耳元でささやき続けたし、清廉なことを示すまっすぐな朱き琴糸も裏切りに遭えば信頼の絲は断ちきられるものである。)


放情休恨無心友,養性空拋苦海波。
うすい思いやりの心に対して憾むことなんかもうやめていますし単なる友人としても、もうありえないのです。それは人の性、道を修養することであり、裏切りや強欲に苦しむことの人間世界から離れて修業することは確かに難しいものです。
・放情 情を放棄する。人に対する思いやりの心を棄てること。うす情け。
・休恨 憾むことを止めることにより、きれいな心を取り戻すこと。
・無心友 心に思う友となるべきおとこはいらない。
・養性 性、道の修養をすること。
・空拋 俗世界から離れることがなかなか難しい。
・苦海波 裏切りや強欲に苦しむこと


長者車音門外有,道家書卷枕前多。
社会的に、勉学にもたけておられるお方がこの道観を訪ねられてもこちらには入ってこられることはないのです。私の枕元には道教を修学するための書籍でいっぱいなのです。
・長者 富貴の人、社会的に、勉学にもたけているひと。
・車音 遠くに聞こえる道観に來る来観者の車の音。
・門外有 富貴のものが道観の傍を通る。今の自分には全く関係ないことであるということを云う。
・道家 道教を勉強、修養するもの。
・書卷 道教に関する書籍。
・枕前多 寝床枕元一派にに書籍にかこまれていて、他には誰も入ってこないこと。


布衣終作雲霄客,綠水青山時一過。
私ももう着飾った着物を着たいとは思はないし、普通の着物を着て修業を積んで仙人のようなところまで到達したいと思っています。そうなれば、透き通った水に、はるか遠くの山を望む、そんな春の行楽と関係のない清々しいひと時を過ごすことになることでしょう。
・布衣 粗末な着物。冠位のない人。杜甫『秋雨嘆三首  其三』「長安布衣誰比數,反鎖衡門守環堵。」(私はだれからも相手にされない長安の一市民。門を閉ざし、土塀で囲まれた家の中でじっとしている。)
・雲霄客 仙人。高士。低次元の人間でないこと。
・綠水 清らかに澄んだ水。
・青山 はるかに見える春の山々。
「布衣」「雲霄」「綠水」「青山」「一過」こうした語句はつまらぬ男との決別していることを著したいと思う語句であろう。
魚玄機が宮島に

遊崇真觀南樓,睹新及第題名處 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-89-25-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1992

遊崇真觀南樓,睹新及第題名處 魚玄機

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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性遊崇真觀南樓,睹新及第題名處 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-89-25-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1992
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩
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李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 
 


遊崇真觀南樓,睹新及第題名處 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-89-25-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1992


卷804_19 【遊崇真觀南樓,睹新及第題名處】魚玄機

遊崇真觀南樓,睹新及第題名處
(長安の崇真觀という道教の寺院に遊びにゆき、南樓までゆくと、そこに新しく進士に及第した人たちが、名前を書きつけているのに目がとまった。そこでその時の感想を詠ったものである。)
雲峰滿目放春晴,歷歷銀鉤指下生。
見渡す彼方に雲の峯がみえますが、くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に達筆で書かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。

だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできない、男に生れていればなあと思うのです。

崇眞観の南樓に遊び、新及第の題名のぐ處を観る
雲峯満目春晴を放つ、歴歴 銀鉤指下に生ず。
自ら恨む羅衣の詩句を掩ふを、頭を挙げて空しく羨む 榜中の名。


長安城の図01



『遊崇真觀南樓,睹新及第題名處』 現代語訳と訳註
(本文)
遊崇真觀南樓,睹新及第題名處
雲峰滿目放春晴,歷歷銀鉤指下生。
自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。


(下し文)
崇眞観の南樓に遊び、新及第の題名のぐ處を観る
雲峯満目春晴を放つ、歴歴 銀鉤指下に生ず。
自ら恨む羅衣の詩句を掩ふを、頭を挙げて空しく羨む 榜中の名。


(現代語訳)
(長安の崇真觀という道教の寺院に遊びにゆき、南樓までゆくと、そこに新しく進士に及第した人たちが、名前を書きつけているのに目がとまった。そこでその時の感想を詠ったものである。)
見渡す彼方に雲の峯がみえますが、くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に達筆で書かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできない、男に生れていればなあと思うのです。


(訳注)
遊崇真觀南樓,睹新及第題名處

長安の崇真觀という道教の寺院に遊びにゆき、南樓までゆくと、そこに新しく進士に及第した人たちが、名前を書きつけているのに目がとまった。そこでその時の感想を詠ったものである。
・崇真觀 道教の寺院。長安城の東の城壁に近い新昌坊にあった。もと李斉の住宅のあとで、開元の初に建てられたもの。白居易もこの坊に住んでいたことがあり、「新昌書事四十韻」の詩に、「丹鳳樓は後に当り、青竜寺は前に在り」という句がある。「両棲」はこの丹鳳樓ではあるまいか。
・題名 新しく進士の試験に及第した進士が、自分の名まえを書きつけるのは、ふつう慈恩寺の雁塔の下であったが、この日までに何らかの約束があって、及第後、名を題したのであろう。


雲峰滿目放春晴,歷歷銀鉤指下生。
見渡す彼方に雲の峯がみえますが、くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に達筆で書かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
・歷歷 分明のさま、また行列をなすさま。ここでは名前を書き連ねたもの。
・銀鉤 1 銀の鉤(かぎ)。銀製の釣り針。また、銀製のすだれ かけ。 2 書の筆法の一。また、巧みな書の形容。 3 新月をたとえていう語。


自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。
だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできない、男に生れていればなあと思うのです。
・羅衣 うすものの新物。女の弐しい着物。
・榜中名 榜は立札。進士試験の及第者の姓名の発表書。

和新及第悼亡詩二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-88-24-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1987

和新及第悼亡詩二首 其二 魚玄機


2013年2月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩贈丁廙 曹植 魏詩<48-#2>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1983
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 古詩十九首 (1) 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67676781.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩
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女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 
 



和新及第悼亡詩二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-88-24-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1987



和新及第悼亡詩二首 其一
(新たに進士の試験に及第したうれしい日に十年前に他界してしまった妻のことを悲しんで作った詩を示されたので、それに和韻した。)
仙籍人間不久留,片時已過十經秋。
仙界からこの人間の世界へ降りてこられたお方というのは、長く地上に留まることができないということなのでしょう。でもあっという間に、十回も秋をすぎてしまったのでしょう。
鴛鴦帳下香猶暖,鸚鵡籠中語未休。
きっと今でも鴛鴦が美しい戸張のなかで、お香がなお暖かに匂っております、鸚鵡は籠のなかには、数えていただいたことばを、今もなお忘れずに口にしているでしょう。
朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
朝露にぬれた花ビラは瞳に溢れる恨みの涕のようです。夕方の風に柳の葉が動きます、柳の葉は美しい眉なのに愁いに溢れます。
彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。

試験及第で思いが叶い、色美しい朝の雲が消えてしまうように、姿をお隠しになったきり、二度とお姿をおあらわしにならないでしょう。西晋の潘岳は悼亡三首を作りその愛情の豊さを著しましたが、いまのあなた様も悼亡によって潘岳のような白髪頭になられるのでしょう。


和新及第悼亡詩二首其二
(新たに進士の試験に及第したうれしい日に十年前に他界してしまった妻のことを悲しんで作った詩を示されたので、それに和韻した。二首のうちの其の二)
一枝月桂和煙秀,萬樹江桃帶雨紅。
秋の試験及第で花が咲いた桂の一枝を折って出世を祈りました。お香の霞に鮮やかなかつらの花が和ませました。いまのたくさんの木々に花が咲き乱れ、大江の畔の桃の花が雨に濡れて色濃くして、並木が続いています。
且醉尊前休悵望,古來悲樂與今同。
あなた様の「悼亡」はすばらしいものです。だけど盃を持ちましょう。花をうらめしそうにながめるのはやめにして杯をあげてお酔いください。古来より、人の世には、悲しみもあれは楽しいこともあると思います。この楽しいひと時をすごしてこれからも楽しくいきましょう。

新及第の悼亡の詩に和す 二首 其の二
一枝の月桂 煙秀に和み,萬樹の江桃 雨紅に帶ぶ。
且つ尊の前に醉い悵望する休【なか】れ,古來 悲樂今と同じ。


doteiko01






『和新及第悼亡詩二首其二』 現代語訳と訳註
(本文)

一枝月桂和煙秀,萬樹江桃帶雨紅。
且醉尊前休悵望,古來悲樂與今同。


(下し文)
新及第の悼亡の詩に和す 二首 其の二
一枝の月桂 煙秀に和み,萬樹の江桃 雨紅に帶ぶ。
且つ尊の前に醉い悵望する休【なか】れ,古來 悲樂今と同じ。


(現代語訳)
(新たに進士の試験に及第したうれしい日に十年前に他界してしまった妻のことを悲しんで作った詩を示されたので、それに和韻した。二首のうちの其の二)
秋の試験及第で花が咲いた桂の一枝を折って出世を祈りました。お香の霞に鮮やかなかつらの花が和ませました。いまのたくさんの木々に花が咲き乱れ、大江の畔の桃の花が雨に濡れて色濃くして、並木が続いています。
あなた様の「悼亡」はすばらしいものです。だけど盃を持ちましょう。花をうらめしそうにながめるのはやめにして杯をあげてお酔いください。古来より、人の世には、悲しみもあれは楽しいこともあると思います。この楽しいひと時をすごしてこれからも楽しくいきましょう。


(訳注)
和新及第悼亡詩二首其二

新たに進士の試験に及第したうれしい日に十年前に他界してしまった妻のことを悲しんで作った詩を示されたので、それに和韻した。
・新及第 進上の試験に及第したばかりの人。
・悼亡 妻の死を悲しむこと。晋の潘岳が妾の死をいたんで「悼亡」とこう題する三首の詩を作ったのにはじまる。潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。


一枝月桂和煙秀,萬樹江桃帶雨紅。
秋の試験及第で花が咲いた桂の一枝を折って出世を祈りました。お香の霞に鮮やかなかつらの花が和ませました。いまのたくさんの木々に花が咲き乱れ、大江の畔の桃の花が雨に濡れて色濃くして、並木が続いています。
・一枝月桂 晋の郤詵が、武帝の問いに答えて、「臣が賢良対策の第一に挙げられしは、なは桂林の一枝、崑山の片玉のごとし」と答えたということからはじまり、けんちょうまい唐以来、官吏の試験に及第することを「桂を折る」というようになった。白居易の詩にも、「折桂、名は郤に慙ぢ、収螢 志は車を慕う」という句がある。
桂は秋に花をつけるので、秋の試験の及第をほめて、桂を折ったというわけである。
遣興五首其三 ⑰
漆有用而割,膏以明自煎;蘭摧白露下,桂折秋風前。
府中羅舊尹,沙道故依然。赫赫蕭京兆,今為人所憐。
遣興五首其三 杜甫 248>遣興22首の⑰番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1193 杜甫特集700- 362

・江桃 河辺の桃。


且醉尊前休悵望,古來悲樂與今同。
あなた様の「悼亡」はすばらしいものです。だけど盃を持ちましょう。花をうらめしそうにながめるのはやめにして杯をあげてお酔いください。古来より、人の世には、悲しみもあれは楽しいこともあると思います。この楽しいひと時をすごしてこれからも楽しくいきましょう。
・休 休1やすむ。2やめる。3やすみ。4さいわい。よろこび。5よい。うるわしい。りっぱな。美なり。6なかれ。
○恨望 うらめしそうにながめる
・尊 尊は樽、酒器。唐の張詎の詩に、「語を寄す尊前の客、生涯は転蓬の如し」という句がある。
杜甫『重過何氏五首其一』

到此應常宿、相留可判年。
蹉跎暮容色、悵望好林泉。
何日霑微祿、歸山買薄田。
斯遊恐不遂、把酒意茫然。
女性詩人0053

和新及第悼亡詩二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-87-23-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1982

和新及第悼亡詩二首 其一 魚玄機

2013年2月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩贈丁廙 曹植 曹植(曹子建) 魏詩<47>文選 贈答 二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1978
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-1>Ⅱ中唐詩599 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1979
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集西郊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 2)  杜甫 <407> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1980 杜甫詩1000-407-590/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集游鳳林寺西嶺 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1981 (02/25)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和新及第悼亡詩二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-87-23-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1982
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 



和新及第悼亡詩二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-87-23-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1982

卷804_18 【和新及第悼亡詩二首】魚玄機


和新及第悼亡詩二首 其一
仙籍人間不久留,片時已過十經秋。鴛鴦帳下香猶暖,
鸚鵡籠中語未休。朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。

其二
一枝月桂和煙秀,萬樹江桃帶雨紅。
且醉尊前休悵望,古來悲樂與今同。


和新及第悼亡詩二首 其一
(新たに進士の試験に及第したうれしい日に十年前に他界してしまった妻のことを悲しんで作った詩を示されたので、それに和韻した。)
仙籍人間不久留,片時已過十經秋。
仙界からこの人間の世界へ降りてこられたお方というのは、長く地上に留まることができないということなのでしょう。でもあっという間に、十回も秋をすぎてしまったのでしょう。
鴛鴦帳下香猶暖,鸚鵡籠中語未休。
きっと今でも鴛鴦が美しい戸張のなかで、お香がなお暖かに匂っております、鸚鵡は籠のなかには、数えていただいたことばを、今もなお忘れずに口にしているでしょう。
朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
朝露にぬれた花ビラは瞳に溢れる恨みの涕のようです。夕方の風に柳の葉が動きます、柳の葉は美しい眉なのに愁いに溢れます。
彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。
試験及第で思いが叶い、色美しい朝の雲が消えてしまうように、姿をお隠しになったきり、二度とお姿をおあらわしにならないでしょう。西晋の潘岳は悼亡三首を作りその愛情の豊さを著しましたが、いまのあなた様も悼亡によって潘岳のような白髪頭になられるのでしょう。
(新及第の悼亡の詩に和す 二首 其一)
仙籍【せんせき】は 人間に久しく留まらず、片時 巳に過ぎ 十たび秋を経たり。
鴛鴦【えんおう】帳下 香 猶は暖かに、鸚鵡【おうむ】籠中 語 末だ休めず。
朝露 花を綴れば 臉 恨むが如く、晩風 柳を欹つれば 眉愁ふるに似たり。
彩雲【さいうん】一去 消息無し、潘嶽【はんがく】多情 白頭ならんとす。


原道 韓退之(韓愈)05








『和新及第悼亡詩二首 其一』 現代語訳と訳註
(本文)
仙籍人間不久留,片時已過十經秋。
鴛鴦帳下香猶暖,鸚鵡籠中語未休。
朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。


(下し文)
(新及第の悼亡の詩に和す 二首 其一)
仙籍【せんせき】は 人間に久しく留まらず、片時 巳に過ぎ 十たび秋を経たり。
鴛鴦【えんおう】帳下 香 猶は暖かに、鸚鵡【おうむ】籠中 語 末だ休めず。
朝露 花を綴れば 臉 恨むが如く、晩風 柳を欹つれば 眉愁ふるに似たり。
彩雲【さいうん】一去 消息無し、潘嶽【はんがく】多情 白頭ならんとす。

美女画555













(現代語訳)

(新たに進士の試験に及第したうれしい日に十年前に他界してしまった妻のことを悲しんで作った詩を示されたので、それに和韻した。)
仙界からこの人間の世界へ降りてこられたお方というのは、長く地上に留まることができないということなのでしょう。でもあっという間に、十回も秋をすぎてしまったのでしょう。
きっと今でも鴛鴦が美しい戸張のなかで、お香がなお暖かに匂っております、鸚鵡は籠のなかには、数えていただいたことばを、今もなお忘れずに口にしているでしょう。
朝露にぬれた花ビラは瞳に溢れる恨みの涕のようです。夕方の風に柳の葉が動きます、柳の葉は美しい眉なのに愁いに溢れます。

試験及第で思いが叶い、色美しい朝の雲が消えてしまうように、姿をお隠しになったきり、二度とお姿をおあらわしにならないでしょう。西晋の潘岳は悼亡三首を作りその愛情の豊さを著しましたが、いまのあなた様も悼亡によって潘岳のような白髪頭になられるのでしょう。

(訳注)
和新及第悼亡詩二首 其一

新たに進士の試験に及第したうれしい日に十年前に他界してしまった妻のことを悲しんで作った詩を示されたので、それに和韻した。
・新及第 進上の試験に及第したばかりの人。
・悼亡 妻の死を悲しむこと。晋の潘岳が妾の死をいたんで「悼亡」とこう題する三首の詩を作ったのにはじまる。潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。


仙籍人間不久留,片時已過十經秋。
仙界からこの人間の世界へ降りてこられたお方というのは、長く地上に留まることができないということなのでしょう。でもあっという間に、十回も秋をすぎてしまったのでしょう。
・仙籍 その妻であった人が、仙女の天降ったものであるという詩想から、この文字か使っている。
・片時 アッという間に。
・十經秋 秋は一年に一度。そこでそれが十たび過ぎたといえば、十年たったこと。


鴛鴦帳下香猶暖,鸚鵡籠中語未休。
きっと今でも鴛鴦が美しい戸張のなかで、お香がなお暖かに匂っております、鸚鵡は籠のなかには、数えていただいたことばを、今もなお忘れずに口にしているでしょう。
・駕駕帳 帳はとばり。寝台のまわりに垂れるまく。それにおしどりの刺繍がしてある。
・鸚鵡 おうむを飼っていた。そのおうむが妾のいたころ、教えられていっていたことばを、いまだに忘れずにいっていること。


朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
朝露にぬれた花ビラは瞳に溢れる恨みの涕のようです。夕方の風に柳の葉が動きます、柳の葉は美しい眉なのに愁いに溢れます。
・敬柳 柳の基が夙によってななめになると、層をしかめた形になる。


彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。
試験及第で思いが叶い、色美しい朝の雲が消えてしまうように、姿をお隠しになったきり、二度とお姿をおあらわしにならないでしょう。西晋の潘岳は悼亡三首を作りその愛情の豊さを著しましたが、いまのあなた様も悼亡によって潘岳のような白髪頭になられるのでしょう。
・彩雲一去 朝日が昇る前の五色の雲。良いことの表れ、李白の詩に「朝に辞す白帝彩雲の間」という句がある。
・消息 たよりがない。姿を見せない。
・潘岳 西晋の詩人。妻の死を悲しんで「悼亡」の詩を作った。悼亡は「亡き人をいたむ」意。

和友人次韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-86-22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1977

和友人次韻 魚玄機  

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Ⅲ杜甫詩1000詩集奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 1)  杜甫 <406> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1975 杜甫詩1000-406-589/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 


和友人次韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-86-22   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1977

卷804_17 【和友人次韻】魚玄機


和友人次韻
友人が返詩したものに合わせて作る詩。
何事能銷旅館愁,紅箋開處見銀鉤。
旅に出て何事も期待できない旅館の愁いを消しさってくれるものがあります。それは私が贈った詩箋にお返しの詩を見ることでそれは新月の期待をみるものであり、素晴らしい書の跡を見るとその旅館は開かれた場所になるのです。
蓬山雨灑千峰小,嶰谷風吹萬葉秋。
蓬莱山から雨雲が降り注がれ、天下の峰々にこぬか雨が降ります。崑崙山の北谷の嶰谷には吹く風に、木々の葉はすべて黄ばんで秋になります。
字字朝看輕碧玉,篇篇夜誦在衾裯。
あなたの詩は、一字一句、エメラルド色の宝石が軽く見えるほどのものです。その詩篇を何遍もみています。夜になれば、御布団の中で口遊むのです。
欲將香匣收藏卻,且惜時吟在手頭。
香の小箱にしまっておこうと思うのですが、収めてないのです。なぜかというと、片時も手から離さないもので、今も手にもって吟じているからなのです。
(友人の次韻に和す)
何事か 能く旋館の愁を銷さん、紅箋 開く處 銀鉤を見る。
蓬山 雨灑いで千峯 小く、嶰谷 風吹いて萬葉 秋なり。
字字 朝に看ては碧玉を軽んじ、篇篇 夜誦しては衾裯に在り。
香匣を將て 収蔵卻せんと欲するも、且く 時を惜んで 吟じて手頭に在り。



2蜀の山003





















『和友人次韻』 現代語訳と訳註
(本文)

何事能銷旅館愁,紅箋開處見銀鉤。
蓬山雨灑千峰小,嶰谷風吹萬葉秋。
字字朝看輕碧玉,篇篇夜誦在衾裯。
欲將香匣收藏卻,且惜時吟在手頭。


(下し文)
(友人の次韻に和す)
何事か 能く旋館の愁を銷さん、紅箋 開く處 銀鉤を見る。
蓬山 雨灑いで千峯 小く、嶰谷 風吹いて萬葉 秋なり。
字字 朝に看ては碧玉を軽んじ、篇篇 夜誦しては衾裯に在り。
香匣を將て 収蔵卻せんと欲するも、且く 時を惜んで 吟じて手頭に在り。


(現代語訳)
(友人が返詩したものに合わせて作る詩。)
旅に出て何事も期待できない旅館の愁いを消しさってくれるものがあります。それは私が贈った詩箋にお返しの詩を見ることでそれは新月の期待をみるものであり、素晴らしい書の跡を見るとその旅館は開かれた場所になるのです。
蓬莱山から雨雲が降り注がれ、天下の峰々にこぬか雨が降ります。崑崙山の北谷の嶰谷には吹く風に、木々の葉はすべて黄ばんで秋になります。
あなたの詩は、一字一句、エメラルド色の宝石が軽く見えるほどのものです。その詩篇を何遍もみています。夜になれば、御布団の中で口遊むのです。
香の小箱にしまっておこうと思うのですが、収めてないのです。なぜかというと、片時も手から離さないもので、今も手にもって吟じているからなのです。


(訳注)
和友人次韻

友人が返詩したものに合わせて作る詩。
魚玄機の初期の作品である。詩を見せ合い作り合いをしていたころのものであろう。頭の中で旅を回らし、わずかな経験、書による知識で作られたものである。


何事能銷旅館愁,紅箋開處見銀鉤。
旅に出て何事も期待できない旅館の愁いを消しさってくれるものがあります。それは私が贈った詩箋にお返しの詩を見ることでそれは新月の期待をみるものであり、素晴らしい書の跡を見るとその旅館は開かれた場所になるのです。
・旅館愁 旅籠での宿泊に異性のいない寂しさ、故郷を思う愁い。単なる郷愁だけではない。
・紅箋 花街の女性用の短冊、詩䇳。
・銀鉤 書法の草書体の強く太く書かれた書。 1 銀の鉤(かぎ)。銀製の釣り針。また、銀製のすだれかけ。 2 書の筆法の一。また、巧みな書の形容。 3 新月をたとえていう語。


蓬山雨灑千峰小,嶰谷風吹萬葉秋。
蓬莱山から雨雲が降り注がれ、天下の峰々にこぬか雨が降ります。崑崙山の北谷の嶰谷には吹く風に、木々の葉はすべて黄ばんで秋になります。
・蓬山 東海中にある、三山の一つ。蓬莱山・瀛州山・方丈山の神仙の住むという山。
・嶰谷 崑崙山北谷名まえである。「漢書」の律暦志「昔、黄帝使伶伦自大夏之西, 崑崙之阴,取竹於嶰谷,生其窍厚均者,断两节而吹之,以为黄鐘之管。」昔、黄帝が崑崙山の北谷の嶰谷の竹をとって、笛をつくらせたとある。
・萬葉 すべての木の葉。


字字朝看輕碧玉,篇篇夜誦在衾裯。
あなたの詩は、一字一句、エメラルド色の宝石が軽く見えるほどのものです。その詩篇を何遍もみています。夜になれば、御布団の中で口遊むのです。
碧玉 エメラルド色の玉。
・衾裯 よぎ。ふすま。夜具。衾はひとえのよぎである。


欲將香匣收藏卻,且惜時吟在手頭。
香の小箱にしまっておこうと思うのですが、収めてないのです。なぜかというと、片時も手から離さないもので、今も手にもって吟じているからなのです。
香匣 香はお香。香をいれる小箱。単に美しい箱、大切なものを入れる小箱。
收藏卻 大事に収納する。

次韻西鄰新居兼乞酒 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-84-20-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1967

次韻西鄰新居兼乞酒 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-84-20-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1967



2013年2月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩贈白馬王彪 其六 曹植(曹子建) 魏詩<45>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1968
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩道をたずねる。 原道 1回~12回 まとめ(1) 韓愈(韓退之) <25>Ⅱ中唐詩597 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1969
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集寄贈王十將軍承俊 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -19) <405> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1970 杜甫詩1000-405-588/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集望洞庭湖贈張丞相 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1971 (02/23)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性次韻西鄰新居兼乞酒 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-84-20-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1967
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 
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謝靈運詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
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孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 
 
 



卷804_16 【次韻西鄰新居兼乞酒】魚玄機

魚玄機0005






















次韻西鄰新居兼乞酒
(西どなりに新しくきた人が1新居 と題した詩をよこされ、ついでにお酒を少しはかり分けていただきたいともうされたた。そこでお酒にそえて「返し」の歌をさしあげる。)
一首詩來百度吟,新情字字又聲金。
引っ越し早々いただいた詩を何度も繰り返して吟じてみました。すばらしい字一字、新しい感情にひたりその上、ひびきもよく通り、立派な一作だと心から感じ入りました。
西看已有登垣意,遠望能無化石心。
この詩を吟じているとお宅のある方の西ばかりみています。もう垣根をよじ上って拝見したいと思うほどでございます。遠くから望んでいてももう何もできないくらいで心が石のように固まってしまいました。
河漢期賒空極目,瀟湘夢斷罷調琴。
天の川のように牽牛と織女は会える日というのを遠い約束としていますが、お隣とはいえお目にかかるのは空しくあきらめております。また瀟湘の川の湘妃の故事のように月の夜川に向かって琴をつま弾いて愛しい人を待つことを夢に思うことなども諦めております。
況逢寒節添鄉思,叔夜佳醪莫獨斟。
まして、寒食の時節(旧暦3月3日)でやまにひをつけてでも会いたいと思って、いっそ故郷の都のことがなつかしく、さびしい思いでおります。あなたさまは、あの魏の竹林の七賢の叔夜のような風流なお方、この用意した搾りたてのお酒を、おひとりで召しあがらないでください。とこの詩を添えます。
(西鄰の「新居」兼ねて酒を乞うに次韻す)
一首の詩來り百度吟じ,情を新たに字字又聲金なり。
西看 已に垣に登るの意有り,遠望 能く石に化する心無からんや。
河漢【かかん】期 賒【とお】く空しく極目し,瀟湘【しょうしょう】夢斷えて調琴【ちょうきん】を罷【や】む。
況んや寒節【かんせつ】に逢うては鄉思【きょうし】を添ゆ,叔夜【しゅくや】佳醪【かりょう】獨り斟【く】むこと莫れ。

美女画55101道観













『次韻西鄰新居兼乞酒』 現代語訳と訳註
(本文)
次韻西鄰新居兼乞酒
一首詩來百度吟,新情字字又聲金。
西看已有登垣意,遠望能無化石心。
河漢期賒空極目,瀟湘夢斷罷調琴。
況逢寒節添鄉思,叔夜佳醪莫獨斟。


(下し文)
(西鄰の「新居」兼ねて酒を乞うに次韻す)
一首の詩來り百度吟じ,情を新たに字字又聲金なり。
西看 已に垣に登るの意有り,遠望 能く石に化する心無からんや。
河漢【かかん】期 賒【とお】く空しく極目し,瀟湘【しょうしょう】夢斷えて調琴【ちょうきん】を罷【や】む。
況んや寒節【かんせつ】に逢うては鄉思【きょうし】を添ゆ,叔夜【しゅくや】佳醪【かりょう】獨り斟【く】むこと莫れ。


(現代語訳)
(西どなりに新しくきた人が1新居 と題した詩をよこされ、ついでにお酒を少しはかり分けていただきたいともうされたた。そこでお酒にそえて「返し」の歌をさしあげる。)
引っ越し早々いただいた詩を何度も繰り返して吟じてみました。すばらしい字一字、新しい感情にひたりその上、ひびきもよく通り、立派な一作だと心から感じ入りました。
この詩を吟じているとお宅のある方の西ばかりみています。もう垣根をよじ上って拝見したいと思うほどでございます。遠くから望んでいてももう何もできないくらいで心が石のように固まってしまいました。
天の川のように牽牛と織女は会える日というのを遠い約束としていますが、お隣とはいえお目にかかるのは空しくあきらめております。また瀟湘の川の湘妃の故事のように月の夜川に向かって琴をつま弾いて愛しい人を待つことを夢に思うことなども諦めております。
まして、寒食の時節(旧暦3月3日)でやまにひをつけてでも会いたいと思って、いっそ故郷の都のことがなつかしく、さびしい思いでおります。あなたさまは、あの魏の竹林の七賢の叔夜のような風流なお方、この用意した搾りたてのお酒を、おひとりで召しあがらないでください。とこの詩を添えます。


(訳注)
次韻西鄰新居兼乞酒

西どなりに新しくきた人が1新居 と題した詩をよこされ、ついでにお酒を少しはかり分けていただきたいともうされたた。そこでお酒にそえて「返し」の歌をさしあげる。
・漢詩大系15ではこの詩まで、李億との詩のように無理やり拡大して解釈するのはむちゃくちゃである。酒を貸してくれないでしょうかと詩を添えてきた人に、わたしは先にすてられましたなどと、いきなり引っ越してきた人に別れた男のことを謂うわけがない。この詩はただ隣に引っ越した人を持ち上げていることだけである。李億とは全く関係ないもので素直に解釈すべきである。詩の解釈は前提が違えば解釈は全く異なったものとなる。この詩は西隣の引っ越してきた人が、酒を少し分けてくれと言ってきたことに対し、酒を隣に届ける際逃げ玄機が詩を添えて渡すのである。その意味で漢詩大系15の『魚玄機・薛濤』の解釈はほとんどが頓珍漢な解釈である。ほとんどの詩の解釈が間違っている酷いものである。


一首詩來百度吟,新情字字又聲金。
引っ越し早々いただいた詩を何度も繰り返して吟じてみました。すばらしい字一字、新しい感情にひたりその上、ひびきもよく通り、立派な一作だと心から感じ入りました。


西看已有登垣意,遠望能無化石心。
この詩を吟じているとお宅のある方の西ばかりみています。もう垣根をよじ上って拝見したいと思うほどでございます。遠くから望んでいてももう何もできないくらいで心が石のように固まってしまいました。


河漢期賒空極目,瀟湘夢斷罷調琴。
天の川のように牽牛と織女は会える日というのを遠い約束としていますが、お隣とはいえお目にかかるのは空しくあきらめております。また瀟湘の川の湘妃の故事のように月の夜川に向かって琴をつま弾いて愛しい人を待つことを夢に思うことなども諦めております。
○河漢 あまのがわ。天河・銀河・経河・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。杜甫『初月』『天河』。など。
○瀟湘 鼓宏舜の妻、蛾皇・女英の二人が舜王のあとを追いかけ湘水までゆき、舜の死んだことをきき、湘水に身をなげて死に、湘水の女神となった。それが湘妃であり、この湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓くという古伝説がある。○この二句は湘妃の故事に基づいている。この詩は中国人的な持ち上げ方をしていることなのである。解釈する方はする方で中国人的には捨てられた李億の関連付けた方が面白いストーリーとなる。


況逢寒節添鄉思,叔夜佳醪莫獨斟。
まして、寒食の時節(旧暦3月3日)でやまにひをつけてでも会いたいと思って、いっそ故郷の都のことがなつかしく、さびしい思いでおります。あなたさまは、あの魏の竹林の七賢の叔夜のような風流なお方、この用意した搾りたてのお酒を、おひとりで召しあがらないでください。とこの詩を添えます。
○寒節 寒食の時節。冬至から105日目に(旧暦3月3日)、火気を用いないで冷たい食事をしたこと。そのころは風雨が激しいので火災予防のためとも、また、一度火を断って新しい火で春を促すためともいう。
その故事は、昔、春秋・戦国時代に晋国の君主献公の息子の重耳は迫害されて、外国に逃亡。彼に従っていた介子椎と数人の者が忠義心厚く一緒に亡命していた。その後、重耳は晋国の王となった時に自分に連いて亡命していた者たちに論功行賞を行い、それぞれを諸侯にした。しかし、介子椎だけは母親と山に入って隠居した。王は山に火を放ったら、母と共に山から逃げ出してくると思い、山に火を放ち全体を焼きつくした。王が人を遣わし見に行かせたら、介子椎母子は1本の枯れた柳の木に抱きついた侭焼死していた。王はこの親子に対し心から傷みを感じ篤く葬り、廟を建立した。名前も介山とし、国王はこの日には各家庭で火を使わず、あらかじめ用意していた冷たい食べ物を食するように全国に命令を下したと言われ、その風習が今に受け継がれていると言われています。
○叔夜 嵆 康(けい こう、224年 - 262年あるいは263年)は、中国三国時代の魏の文人。竹林の七賢の一人で、その主導的な人物の一人。字は叔夜。

唐才子傳 李郢   ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-84-20-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1967

唐才子傳 :李郢 


2013年2月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩贈白馬王彪 其五-#2 曹植(曹子建) 魏詩<44>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1958
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原道 韓愈(韓退之) 14段目最終<115-24>Ⅱ中唐詩596 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1964
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -18) <404> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1965 杜甫詩1000-404-587/1500
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 
 


唐才子傳 李郢   ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-84-20-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1967


唐才子傳
李郢
郢,字楚望,大中十年崔铏榜進士及第。
李郢はあざなを楚望といい、長安の人。大中十年の崔铏榜の時進士に及第した。
初居余杭,出有山水之興,
はじめに杭州の余杭にすんでいた。都の出てからは山水に興味を抱くようになる。
人有琴書之娛,疏于馳競。
琴と書画をたのしみ、好んで行ったが、一条ずつわけて意見を述べた上奏文ではやくかきあげることきそいあうのがうまい。
歷為藩鎮従事,后拜侍御史。
経歴として潘鎮のもとに従事したこと、後に侍御史を拝命する。
郢工詩,理密辭閑,個個珠玉。
李郢は詩技巧に優れており、理論的であり、細密で静かに述べるのである。ここそれぞれの詩はその出来栄えは輝ける宝玉のようである。
其清麗極能寫景狀懷,每使人竟日不能釋卷。
その詩は自然の景色の状態であり、感じたことを清廉で華麗な表現である。常時人にその詩を与えたため詩集としてまとめることが出来なかった。
與清塞、賈島最相善。
「苦吟詩人」清塞と賈島を最も好んで慕った。 

郢,字を楚望【そぼう】,大中十年崔铏榜【さいけいぼう】の進士に及第。
初めに余杭【よこう】に居る,出でては山水之興有り,
人とし 琴書之娛【たのし】み有り,疏に馳競【ちきょう】なり。
歷為【れきい】するは藩鎮【はんちん】の従事,后に侍御史を拜す。
郢 詩に工なり,理 密にして辭 閑たり,個個 珠玉なり。
其の清麗【せいれい】は極めて能く景を寫し懷を狀り,每【つね】に人をして竟日【きょうじつ】卷を釋す能わず。
清塞【せいさい】と賈島【かとう】最も相い善し。


『唐才子傳;李郢』 現代語訳と訳註
(本文)

郢,字楚望,大中十年崔铏榜進士及第。
初居余杭,出有山水之興,
人有琴書之娛,疏于馳競。
歷為藩鎮従事,后拜侍御史。
郢工詩,理密辭閑,個個珠玉。
其清麗極能寫景狀懷,每使人竟日不能釋卷。
與清塞、賈島最相善。


(下し文)
郢,字を楚望【そぼう】,大中十年崔铏榜【さいけいぼう】の進士に及第。
初めに余杭【よこう】に居る,出でては山水之興有り,
人とし 琴書之娛【たのし】み有り,疏に馳競【ちきょう】なり。
歷為【れきい】するは藩鎮【はんちん】の従事,后に侍御史を拜す。
郢 詩に工なり,理 密にして辭 閑たり,個個 珠玉なり。
其の清麗【せいれい】は極めて能く景を寫し懷を狀り,每【つね】に人をして竟日【きょうじつ】卷を釋す能わず。
清塞【せいさい】と賈島【かとう】最も相い善し。


((現代語訳)
李郢はあざなを楚望といい、長安の人。大中十年の崔铏榜の時進士に及第した。
はじめに杭州の余杭にすんでいた。都の出てからは山水に興味を抱くようになる。
琴と書画をたのしみ、好んで行ったが、一条ずつわけて意見を述べた上奏文ではやくかきあげることきそいあうのがうまい。
経歴として潘鎮のもとに従事したこと、後に侍御史を拝命する。
李郢は詩技巧に優れており、理論的であり、細密で静かに述べるのである。ここそれぞれの詩はその出来栄えは輝ける宝玉のようである。
その詩は自然の景色の状態であり、感じたことを清廉で華麗な表現である。常時人にその詩を与えたため詩集としてまとめることが出来なかった。
「苦吟詩人」清塞と賈島を最も好んで慕った。


(訳注)
郢,字楚望,大中十年崔铏榜進士及第

李郢はあざなを楚望といい、長安の人。大中十年の崔铏榜の時進士に及第した。
832年唐、太和六年うまれ、代表作有《南池》、《陽羨春歌》、《茶山貢焙歌》、《園居》、《中元夜》、《晚泊松江驛》、《七夕》、《江亭晚望》、《孔雀》、《畫鼓》、《曉井》等がある。


初居余杭,出有山水之興,
はじめに杭州の余杭にすんでいた。都の出てからは山水に興味を抱くようになる。
・余杭 いま、浙江省杭州市に位置する市轄区。杭嘉湖平原の南端にあたる。


人有琴書之娛,疏于馳競。
琴と書画をたのしみ、好んで行ったが、一条ずつわけて意見を述べた上奏文ではやくかきあげることきそいあうのがうまい
 一条ずつわけて意見を述べた上奏文
・于 ~で、~にくわえて。


歷為藩鎮従事,后拜侍御史。
経歴として潘鎮のもとに従事したこと、後に侍御史を拝命する。
・侍御史 秦から前漢以降の官職名。主に監察、弾劾の官である。


郢工詩,理密辭閑,個個珠玉。
李郢は詩技巧に優れており、理論的であり、細密で静かに述べるのである。ここそれぞれの詩はその出来栄えは輝ける宝玉のようである。


其清麗極能寫景狀懷,每使人竟日不能釋卷。
その詩は自然の景色の状態であり、感じたことを清廉で華麗な表現である。常時人にその詩を与えたため詩集としてまとめることが出来なかった。


與清塞、賈島最相善。
「苦吟詩人」清塞と賈島を最も好んで慕った。
・清塞 晚唐「苦吟詩人」李洞、清塞、曹松、馬戴、裴說、許棠、唐求、方干、雍陶、. 無可、喻鳧、劉得仁,與姚合、賈島などがあげられる。

・賈島 (浪仙・無本) 779―843年(中和4年)は中国唐代の詩人。字は浪仙、または閬仙。范陽(北京市)の人。はじめ進士の試験に失敗して、僧となり法号を無本と称した。後に洛陽に出て文を韓愈に学び、その才学を認められ還俗して進士に挙げられた。835年に長江県(四川省)の主簿となり、841年に普州司倉参事となり司戸に赴任するところ、命を受けないうちに牛肉を食べすぎて没したという。享年65。この詩は賈島33歳、韓愈44歳の時 ・浮屠の用語解説 - 1 《(梵)buddhaの音写》仏陀(ぶっだ)。ほとけ。 2 《(梵)buddha-stpaから》仏塔。 3 仏寺。 4 僧侶。 <韓愈Groop>渡桑乾(客舍并州已十霜)尋隱者不遇(松下問童子) 題李凝幽居(閒居少鄰並) 劍客(十年磨一劍) 三月晦日贈劉評事(三月正當三十日)
韓愈『送無本師歸范陽(賈島初為浮屠,名無本)』

清塞,字南卿,居廬嶽為浮屠,客南徐亦久,後來少室、終南間。俗姓周,名賀。工為近體詩,格調清雅,與賈島、無可齊名。寶歷中,姚合守錢塘,因攜書投刺以丐品第,合延待甚異。見其《哭僧》詩雲:『凍須亡夜剃,遺偈病中書。』

酬李郢夏日釣魚回見示 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-83-19-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1962

酬李郢夏日釣魚回見示 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-83-19-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1962

2013年2月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩贈白馬王彪 其五-#1 曹植(曹子建) 魏詩<44>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1958
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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酬李郢夏日釣魚回見示 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-83-19-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1962

卷804_15 【酬李郢夏日釣魚回見示】魚玄機



酬李郢夏日釣魚回見示
李郢さまが「夏日魚を釣りて回る」詩をお見せいただいたことに酬ゆる。
住處雖同巷,經年不一過。
住いとするところをおなじような坊の一角に居りながら、もうかれこれ一年、一度もお立ち寄りになりません。
清詞勸舊女,香桂折新柯。
昔なじみであるこのわたくしに清らかな詩をくださいました。新しい人生に再出発しなさいと元気づけられました。
道性欺冰雪,禪心笑綺羅。
今の私は、道家の教えを欺くことなどは氷や雪よりも清らかに冷たくしております。おめかしをして微笑を返して男の心をひこうとすることなどは心から軽蔑しています。
跡登霄漢上,無路接煙波。
道家の修行により、その道を昇って行き仙界の銀河の空に昇りたいと思っています。男にすがる道は考えてもいません、今からは蒼海の波とかすみのような山水自然に向き合って行こうと思っています。

李郢の「夏日魚を釣りて回る」を示されしに酬ゆ
住處 巷を同じうすと雖も、経年一たびも過らず。
清詞もて 舊女に勧めたまう、香桂 新柯を折れと。
道性 冰雪を欺き,禪心 綺羅を笑う。
跡は霄漢の上に登らんとする,路の煙波にする接する無し。


nat0026








『酬李郢夏日釣魚回見示』 現代語訳と訳註
(本文)

住處雖同巷,經年不一過。
清詞勸舊女,香桂折新柯。
道性欺冰雪,禪心笑綺羅。
跡登霄漢上,無路接煙波。


(下し文)
(李郢の「夏日魚を釣りて回る」を示されしに酬ゆ)
住處 巷を同じうすと雖も、経年一たびも過らず。
清詞もて 舊女に勧めたまう、香桂 新柯を折れと。
道性 冰雪を欺き,禪心 綺羅を笑う。
跡は霄漢の上に登らんとする,路の煙波にする接する無し。


(現代語訳)
李郢さまが「夏日魚を釣りて回る」詩をお見せいただいたことに酬ゆる。
住いとするところをおなじような坊の一角に居りながら、もうかれこれ一年、一度もお立ち寄りになりません。
昔なじみであるこのわたくしに清らかな詩をくださいました。新しい人生に再出発しなさいと元気づけられました。
今の私は、道家の教えを欺くことなどは氷や雪よりも清らかに冷たくしております。おめかしをして微笑を返して男の心をひこうとすることなどは心から軽蔑しています。
道家の修行により、その道を昇って行き仙界の銀河の空に昇りたいと思っています。男にすがる道は考えてもいません、今からは蒼海の波とかすみのような山水自然に向き合って行こうと思っています。


(訳注)
酬李郢「夏日釣魚回」見示

李郢さまが「夏日魚を釣りて回る」詩をお見せいただいたことに酬ゆる。
・李郢 茶山貢焙歌 (晩唐) 李郢 山水詩など奇麗な詩を書く。魚玄機とは11歳違いで、温庭筠と共にしをまじ合わせた。
唐才子傳に「李郢  郢,字楚望,大中十年崔铏榜進士及第。初居余杭,出有山水之興,人有琴書之娛,疏于馳競。歷為藩鎮従事,后拜侍御史。郢工詩,理密辭閑,個個珠玉。其清麗極能寫景狀懷,每使人竟日不能釋卷。與清塞、賈島最相善。」とある


住處雖同巷,經年不一過。
住いとするところをおなじような坊の一角に居りながら、もうかれこれ一年、一度もお立ち寄りになりません。
・同巷 坊が近所。大通りと横丁が両鄰以内にある。
・經年 四季節を半分越えたら一年。
・一過 詩人との交流は多かった。性的交流も詩の内容からあったのだろう。


清詞勸舊女,香桂折新柯。
昔なじみであるこのわたくしに清らかな詩をくださいました。新しい人生に再出発しなさいと元気づけられました。
・清詞 一般的に魚玄機とかわす詩は閨情詩が多かったので、山水詩などについていう。
・舊女 幼いころから詩を書くので、昔馴染み。
・香桂折新柯 李億から棄てられたことなど忘れてあたらしい出発をしなさいというほどの意味。柳を折るは、旅立ちの別れで、季節は春。秋は春に新しい枝を得るために旧芽を摘むのでこういう。


道性欺冰雪,禪心笑綺羅。
今の私は、道家の教えを欺くことなどは氷や雪よりも清らかに冷たくしております。おめかしをして微笑を返して男の心をひこうとすることなどは心から軽蔑しています。
・道性欺冰雪 道家の教えを欺くことなどは氷や雪よりも清らかに冷たくする。道家の修行をしているということ。
・禪心笑綺羅 禪心:自分に対峙して心静かにるる然の心でいる。笑:微笑むこと。男性に微笑を返して媚びること。傾国の微笑。綺羅:着飾ること。芸妓の生活をおくること。


跡登霄漢上,無路接煙波。
道家の修行により、その道を昇って行き仙界の銀河の空に昇りたいと思っています。男にすがる道は考えてもいません、今からは蒼海の波とかすみのような山水自然に向き合って行こうと思っています。
・霄漢 霄はそら。漢は銀河。道家の究極の自然との同化の場所こそ仙郷であることをいう。
・煙波 山水の世界。清廉な世界。煙はかすみ、波は東海の蒼海の波を云う。

駅亭の 隠遁

冬夜寄溫飛卿 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-82-18-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1957

冬夜寄溫飛卿 魚玄機


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孟郊詩
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李商隠詩
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冬夜寄溫飛卿 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-82-18-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1957

卷804_14 【冬夜寄溫飛卿】魚玄機



冬夜寄溫飛卿
苦思搜詩燈下吟,不眠長夜怕寒衾。
女性が詞を作るにはその表現に苦労します。自分の気持ちを適格に表現できるだけではいけないので字句を求めて、燈火の下で、吟じては修正するのです。冬の夜長、詩の語句を吟じると眠れずふとんにはいっても、寒さにふるえることもあるのです。
滿庭木葉愁風起,透幌紗窗惜月沈。
庭一面に木の葉が落ちています。さびしい風の音をたてて吹きぬけると木の葉が舞い踊ります。寝所のカーテンの透けて見える向こうには、薄絹を張った窓に月影がさしこんで、やがてその月も沈んでしまうので、この美しい光景を惜しむのです。
疏散未閑終遂願,盛衰空見本來心。
人には別れというものがあり、わたしもまだ、その別れがおさまったわけもないのですが、願いどおりの道土の生活に入ることができています。妻として楽しく暮らしていたころにはわからなかった、しかし空虚な生活で自分の本来の心を見出したのです。
幽棲莫定梧桐處,暮雀啾啾空繞林。
げる所には住んではいけないのです。夕暮れの雀はチュッチュッと鳴いて空しく林を廻って自分の巣へ帰っていくのです。(再び、妻になろうなんて思いません。道観に入って修行するのがこれからの生き方でしょう。)

(冬夜、温飛卿に寄す)
苦思 詩を捜して燈下に吟じ、不眠の長夜 寒衾を怕る。
滿庭の木葉 愁風 起き,透幌の紗窗 惜月 沈む。
疏散 未だ閑ならざるも 終に願いを遂ぐ,盛衰 空しく見る本來の心。
幽棲 定まる莫れ梧桐の處,暮雀 啾啾 空しく林を繞る。


美女画55101道観




















『冬夜寄溫飛卿』 現代語訳と訳註
(本文)
冬夜寄溫飛卿
苦思搜詩燈下吟,不眠長夜怕寒衾。
滿庭木葉愁風起,透幌紗窗惜月沈。
疏散未閑終遂願,盛衰空見本來心。
幽棲莫定梧桐處,暮雀啾啾空繞林。


(下し文)
(冬夜、温飛卿に寄す)
苦思 詩を捜して燈下に吟じ、不眠の長夜 寒衾を怕る。
滿庭の木葉 愁風 起き,透幌の紗窗 惜月 沈む。
疏散 未だ閑ならざるも 終に願いを遂ぐ,盛衰 空しく見る本來の心。
幽棲 定まる莫れ梧桐の處,暮雀 啾啾 空しく林を繞る。


(現代語訳)
女性が詞を作るにはその表現に苦労します。自分の気持ちを適格に表現できるだけではいけないので字句を求めて、燈火の下で、吟じては修正するのです。冬の夜長、詩の語句を吟じると眠れずふとんにはいっても、寒さにふるえることもあるのです。
庭一面に木の葉が落ちています。さびしい風の音をたてて吹きぬけると木の葉が舞い踊ります。寝所のカーテンの透けて見える向こうには、薄絹を張った窓に月影がさしこんで、やがてその月も沈んでしまうので、この美しい光景を惜しむのです。
人には別れというものがあり、わたしもまだ、その別れがおさまったわけもないのですが、願いどおりの道土の生活に入ることができています。妻として楽しく暮らしていたころにはわからなかった、しかし空虚な生活で自分の本来の心を見出したのです。
げる所には住んではいけないのです。夕暮れの雀はチュッチュッと鳴いて空しく林を廻って自分の巣へ帰っていくのです。(再び、妻になろうなんて思いません。道観に入って修行するのがこれからの生き方でしょう。)


(訳注)
冬夜寄溫飛卿

・温飛卿 温庭筠、初名は岐。魚玄機の詩才を認め、都にあったころはしたしく指導した、当時の代表的詩人。このブログに60首程度掲載している。


苦思搜詩燈下吟,不眠長夜怕寒衾。
女性が詞を作るにはその表現に苦労します。自分の気持ちを適格に表現できるだけではいけないので字句を求めて、燈火の下で、吟じては修正するのです。冬の夜長、詩の語句を吟じると眠れずふとんにはいっても、寒さにふるえることもあるのです。
・苦思 魚玄機の詩は他の女性の詩とは異なる。芸妓としても語句も、詩風も異なっている。それは評価される場合と逆に批判もあったはずで、その面において温庭筠に相談を持ちかけたのではあるまいか。
・捜詩 女性の詩は韻重視のものが多く、律詩は少ない。韻と対句、女性として生意気でなく、優しそうな意味と優しそうな言葉を捜す。律詩における対句七言律詩は男性詩人であっても難しいので作品は少ない。


滿庭木葉愁風起,透幌紗窗惜月沈。
庭一面に木の葉が落ちています。さびしい風の音をたてて吹きぬけると木の葉が舞い踊ります。寝所のカーテンの透けて見える向こうには、薄絹を張った窓に月影がさしこんで、やがてその月も沈んでしまうので、この美しい光景を惜しむのです。
・幌 とばり、たれぎぬ。帷帳。
・紗窗 紗はうすぎぬ。きわめて軽く薄い織物。それをはった窓。


疏散未閑終遂願,盛衰空見本來心。
人には別れというものがあり、わたしもまだ、その別れがおさまったわけもないのですが、願いどおりの道土の生活に入ることができています。妻として楽しく暮らしていたころにはわからなかった、しかし空虚な生活で自分の本来の心を見出したのです。
・疏散 疏はうとんぜられること。散はわかれること。
・盛衰 李億の妻として楽しく暮らしていたころのこと。


幽棲莫定梧桐處,暮雀啾啾空繞林。
今は、人里離れた静かなところで鳳凰の住む梧桐のしげる所には住んではいけないのです。夕暮れの雀はチュッチュッと鳴いて空しく林を廻って自分の巣へ帰っていくのです。(再び、妻になろうなんて思いません。道観に入って修行するのがこれからの生き方でしょう。)
・幽棲 人里離れた静かなところ。道観の咸宜観のこと。
・梧桐 あおぎりの葉が茂ること。つがいの鳳凰が住むところとされる。「古朗月行」 #2 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 265350「蟾蜍蝕圓影、大明夜已殘。 羿昔落九烏、天人清且安。陰精此淪惑、去去不足觀。 憂來其如何、淒愴摧心肝。」(蟾蜍(せんじょ)は 円影を蝕し、大明 夜已に残く。羿(げい)は昔 九鳥を落とし、天人 清く且つ安し。陰精(いんせい) 此に淪惑(りんわく)、去去 観るに足らず。憂 來りて 其れ如何、悽愴(せいそう) 心肝を摧(くだ)く。)
月の中にはヒキガエルがすんでいて、月のまるい影を食べている。月明かりが大きく照らさている夜があり、欠けてしまって夜の明りがのこる。大むかし十個の太陽があっって、日が定まらず困っていたので、弓の名手の羿が、九羽のカラスを射落すことによって、天は清らかに、人びとは安らかになった。天道には、陰と陽があり、陰の象徴である月の梧桐から追い出され后妃を殺し、沈みきって蜀まで迷い逃げた。叛乱軍は衰えるところなく時は、しだいに都を見るかげもないものにして行った。この先行きに対し、憂いのおこるのをどうしたらよいのであろう。この国のことを考えるにつけ、いたみかなしみがとめどなく、わたしの心をこなごなにする。

暮春有感寄友人 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-81-17-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1952

暮春有感寄友人 魚玄機

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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
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孟郊詩
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李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 


暮春有感寄友人 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-81-17-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1952

卷804_13 【暮春有感寄友人】魚玄機



暮春有感寄友人
鶯語驚殘夢,輕妝改淚容。
眠りに着けずうとうととしていたら、庭のうぐいすがこの春はじめて鳴いたのでとても驚いた。泣き顔で崩れた夜の化粧を、さっとなおした。
竹陰初月薄,江靜晚煙濃。
月も変わり気持ちを一新した。武叢のかげから初月が、ほんのりとあがりはじめた。大江のあたりは、ひっそりと静まり、夕方の靄がしだいに漉く起ちこめてくる。
濕觜銜泥燕,香須采蕊蜂。
燕はくちばしをしめらせて、せっせと泥を進んでは、愛の巣づくりに一生けんめい働いている。蜂は蜂で、ひげに花の匂いをただよわせながら、花から花へ蕊の蜜を吸って飛びまわっている。
獨憐無限思,吟罷亞枝松。
いまひとりでいて、さまざまな思いがとまらないのは憐れなものだ。松の横枝に手をかけながら、口ずさんでいた詩も、少しずつ冷めてきてやめてしまった。

暮春、感ずるありて、友人に寄す
鴬語 殘夢を驚かす、軽妝 浜容を改む。
竹 陰りて初月薄く、江 静まりて晚煙 濃し。
濕える觜に泥を銜んだ燕なり,香える須は蕊を采る蜂なり。
獨りにて憐む無限の思いする,吟じて罷む 亞枝の松なり。

白鬚草01










『暮春有感寄友人』 現代語訳と訳註
(本文)

鶯語驚殘夢,輕妝改淚容。
竹陰初月薄,江靜晚煙濃。
濕觜銜泥燕,香須采蕊蜂。
獨憐無限思,吟罷亞枝松。


(下し文)
暮春、感ずるありて、友人に寄す
鴬語 殘夢を驚かす、軽妝 浜容を改む。
竹 陰りて初月薄く、江 静まりて晚煙 濃し。
濕える觜に泥を銜んだ燕なり,香える須は蕊を采る蜂なり。
獨りにて憐む無限の思いする,吟じて罷む 亞枝の松なり。


(現代語訳)
眠りに着けずうとうととしていたら、庭のうぐいすがこの春はじめて鳴いたのでとても驚いた。泣き顔で崩れた夜の化粧を、さっとなおした。
月も変わり気持ちを一新した。武叢のかげから初月が、ほんのりとあがりはじめた。大江のあたりは、ひっそりと静まり、夕方の靄がしだいに漉く起ちこめてくる。
燕はくちばしをしめらせて、せっせと泥を進んでは、愛の巣づくりに一生けんめい働いている。蜂は蜂で、ひげに花の匂いをただよわせながら、花から花へ蕊の蜜を吸って飛びまわっている。
いまひとりでいて、さまざまな思いがとまらないのは憐れなものだ。松の横枝に手をかけながら、口ずさんでいた詩も、少しずつ冷めてきてやめてしまった。

曉鶯005








(訳注)
暮春有感寄友人

春も終わりかけて思うところあって、この詩を友人に寄せる。
花街の女性である、思わせぶりと、寂しさをアピールするのは当然の事であろう。この詩が魚玄機を棄てた慕情を詠うものというのは全く違う。主観がありすぎると間違う。


鶯語驚殘夢,輕妝改淚容。
眠りに着けずうとうととしていたら、庭のうぐいすがこの春はじめて鳴いたのでとても驚いた。泣き顔で崩れた夜の化粧を、さっとなおした。
・鶯語 鶯の鳴き声、さえずり。春を知らせる。夜あげに啼く。
・殘夢 曉け方のうとうととした夢路。春のこと、胸を焦がして眠れないことをいみする。
・嘩牧 化粧。朝の化粧直し。


竹陰初月薄,江靜晚煙濃。
月も変わり気持ちを一新した。武叢のかげから初月が、ほんのりとあがりはじめた。大江のあたりは、ひっそりと静まり、夕方のもやがしだいに漉くたちこめてくる。
・初月【はつづき】三日月。陰暦で月の初めに西の空に見える細い月。陰暦八月三日の月を指すこともあり、「秋」の季語でもある。 また、月と太陽の視黄経が等しくなるその時刻を指し、朔(さく)と言われることもある。新月 には美しい浄化のエネルギーに満ちあふれており、何かを始めるのには最適な時刻・時期だと感じていたのである。
・江 大江。


濕觜銜泥燕,香須采蕊蜂。
燕はくちばしをしめらせて、せっせと泥を進んでは、愛の巣づくりに一生けんめい働いている。蜂は蜂で、ひげに花の匂いをただよわせながら、花から花へ蕊の蜜を吸って飛びまわっている。
・觜 嘴
李商隠『茂陵』
漢の武帝は、遠征して大宛の国を討ち、天馬のように一日、千里をはしる馬を得た、その馬が蒲梢産であったから、蒲梢と名づけた。ある時は張鶱を西域に遣わし、その馬の好物である苜蓿をはじめ、石榴や胡桃などの珍樹を持ち帰らせ、それを国都の近郊に植えさせ、珍しい草木の花々が、一般化したということだ。宮中の庭苑内に多くの禽獣を飼い、弓を弾き狩猟のみした。弓の弦が切れたら、鳳の觜から作ったという接着剤を唾でとかすだけで剣でも接着するのにただ知っているだけだった。武帝が巡行する時の属車に鸞鈴をつけた旗はどの車にもつき立てられていなかった。毎度、お忍びの夜遊びをしていた。
漢家天馬出蒲梢、苜蓿榴華遍近郊。内苑只知銜鳳觜、属車無復插鶏翹。
玉桃倫得憐方朔、金屋粧成貯阿嬌。誰料蘇卿老歸國、茂陵松柏雨蕭蕭。
茂陵 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 65


獨憐無限思,吟罷亞枝松。
いまひとりでいて、さまざまな思いがとまらないのは憐れなものだ。松の横枝に手をかけながら、口ずさんでいた詩も、少しづつ冷めてきてやめてしまった。
・無限思 さまざまな、それからそれへつきぬ思い。
・亞枝松 横に水平に枝の出ている松。
魚玄機が宮島に

打球作 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-80-16-# 卷804_12 【打球作】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1947

打球作 魚玄機

2013年2月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩原道 韓退之(韓愈)詩12段目<115-20>Ⅱ中唐詩592 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1944
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩


http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


打球作 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-80-16-#  卷804_12 【打球作】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1947
卷804_12 【打球作】魚玄機


打球作
堅圓凈滑一星流,月杖爭敲未擬休。
堅くてまるい滑らかな球体球がそれはまるで流星を思わせる。馬上から杖でゴールに向けてたたきはじいて、敵味方攻防戦で、休むひまもない。
無滯礙時從撥弄,有遮欄處任鉤留。
停滞することはなく、打っては走り回るのです、周りの欄干の方に撃たれても、そこにはポール留めの柵があるから、飛び出す心配はないのです。
不辭宛轉長隨手,卻恐相將不到頭。
転がっている球体を馬で追っかけ、人が追いかけ、人馬で打って、敵に邪魔されたり、陣地に打ちこまれないようにするのであり、どこまでもボールをたえず手もとに引き付けて、それで敵陣まで行けないことを、むしろ心配するのである。
畢竟入門應始了,願君爭取最前籌。

けっきょく、そのようにして.ゴールにボールを入れると、そこで試合はおわるのです。わたしが応援するあなた様、どうぞ、くじの一等賞を当てられることを願っております。
打球の作
堅圓【けんあん】凈滑【じょうかつ】一星流る、月杖 爭ひ敲【たた】き末だ休めんと擬せず。
滯礙【たいがい】の時無く撥弄【はつろう】に從ひ、遮欄【しゃらん】の處有って鉤留【こうりゅう】に任す。
宛轉【あんてん】長く手に随ふを 辭せず、卻って 相將って 頭に到らざるを 恐る。
畢竟【ひっきょう】門に入りて 應に始めて了るべし、願はくば 君 爭取【そうしゅ】せよ 最前籌を。

 
魚玄機0005














『打球作』 現代語訳と訳註
(本文)
打球作
堅圓凈滑一星流,月杖爭敲未擬休。
無滯礙時從撥弄,有遮欄處任鉤留。
不辭宛轉長隨手,卻恐相將不到頭。
畢竟入門應始了,願君爭取最前籌。


(下し文)
打球の作
堅圓【けんあん】凈滑【じょうかつ】一星流る、月杖 爭ひ敲【たた】き末だ休めんと擬せず。
滯礙【たいがい】の時無く撥弄【はつろう】に從ひ、遮欄【しゃらん】の處有って鉤留【こうりゅう】に任す。
宛轉【あんてん】長く手に随ふを 辭せず、卻って 相將って 頭に到らざるを 恐る。
畢竟【ひっきょう】門に入りて 應に始めて了るべし、願はくば 君 爭取【そうしゅ】せよ 最前籌を。


(現代語訳)
堅くてまるい滑らかな球体球がそれはまるで流星を思わせる。馬上から杖でゴールに向けてたたきはじいて、敵味方攻防戦で、休むひまもない。
停滞することはなく、打っては走り回るのです、周りの欄干の方に撃たれても、そこにはポール留めの柵があるから、飛び出す心配はないのです。
転がっている球体を馬で追っかけ、人が追いかけ、人馬で打って、敵に邪魔されたり、陣地に打ちこまれないようにするのであり、どこまでもボールをたえず手もとに引き付けて、それで敵陣まで行けないことを、むしろ心配するのである。
けっきょく、そのようにして.ゴールにボールを入れると、そこで試合はおわるのです。わたしが応援するあなた様、どうぞ、くじの一等賞を当てられることを願っております。


(訳注)
打球作

・打球 フットボールに、ポロとバレーを兼ねたような球戯であったように思われる。
映画『レッドクリフⅡ』初めで孫権の妹が忍び込んで試合を見るシーンがある。このゲームはサッカーのようであり、韓国映画『太平四神起』では人馬一体のゲームであった。このゲームにトトカルチョをするのである。そのくじをかけている官僚の応援をするのがこの詩なのである。水滸伝でも蹴鞠の得意な風流な主人公が描かれている。
魚玄機、こんな詩を書く人がどうして人を殺すのだろうか。


堅圓凈滑一星流,月杖爭敲未擬休。
堅くてまるい滑らかな球体球がそれはまるで流星を思わせる。馬上から杖でゴールに向けてたたきはじいて、敵味方攻防戦で、休むひまもない。
・堅圓凈滑 ポールの状態をいったもので、かたく、まろく、きれいで、すべすべしている。
・月杖 月に意味はない。前句に「一星凍る」とよんだので、杖に月を冠らせたまで。ポロやゴルフの棒のエうなものと思えばよい。


無滯礙時從撥弄,有遮欄處任鉤留。
停滞することはなく、打っては走り回るのです、周りの欄干の方に撃たれても、そこにはポール留めの柵があるから、飛び出す心配はないのです。
・滯礙 とどこおること。停滞する。
撥弄 撥ははじく。
・遮欄 ポール留めのさく。
・鉤留 くいとめる。


不辭宛轉長隨手,卻恐相將不到頭。
転がっている球体を馬で追っかけ、人が追いかけ、人馬で打って、敵に邪魔されたり、陣地に打ちこまれないようにするのであり、どこまでもボールをたえず手もとに引き付けて、それで敵陣まで行けないことを、むしろ心配するのである。
・宛轉 ころがること。


畢竟入門應始了,願君爭取最前籌。
けっきょく、そのようにして.ゴールにボールを入れると、そこで試合はおわるのです。わたしが応援するあなた様、どうぞくじの一等賞を当てられることを願っております。
・畢竟 けっきっく。
・門 アーチ。フットボールのゴールのようなもの。
・爭取 きそって取り合え。
・最前籌 籌はくじ、ふだ。最前籌は昔のくじ。すなわち一等賞。

春情寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-79-15-# 卷804_11 【春情寄子安】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1942

卷804_11 【春情寄子安】魚玄機



2013年2月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
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  古詩十九首 (1) 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67676781.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
杜甫詩index 杜甫詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/01toshiindex1.html
李白詩index 李白350首http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99blogindexrihaku.html
李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

 



春情寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-79-15-#  卷804_11 【春情寄子安】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1942


春情寄子安
山路欹斜石磴危,不愁行苦苦相思。
そばだった山路に今度は危い石段の路がつづく、この路をのぼるのは苦しい。しばらくでもお別れしてひとりで都へ歸る苦しさはあなたより先に変えるこの思いの方が、心にこたえます。
冰銷遠澗憐清韻,雪遠寒峰想玉姿。
春になりはじめて、氷の消えた深い谷底の川では、かすかにせせらぎの音が聞こえてきます。
莫聽凡歌春病酒,休招閑客夜貪棋。
彼方に目をはせると、遠くの峯にはまだ雪がのこっていて、その山の姿はあなたのりっはなお姿を思い出します。
如松匪石盟長在,比翼連襟會肯遲。
これからのあなたは、春の夜につまらぬ歌を聞いて、酒を呑みすぎて病気になったりしてはいけません。また用もない客をよんで、碁盤をかこんで、夜ふかしもしないでください。
雖恨獨行冬盡日,終期相見月圓時。
今日は、冷たい冬も最後の日、明日は宜春なのにひとりで旗をすることはうらみにおもいますけれども、お約束いただいたように、月の半ばが満月のころには、またお目にかかることでしょう。
別君何物堪持贈,淚落晴光一首詩。

でも、このようなかた時のお別れとはいえ、さしあげるものとしてもちあわせていないので、ここに、涙で洗われた詩を一首一記して、お贈り申しあげます。

春情、子安に寄す
山路 欹斜 石磴危し、行くことの苦しきを愁へず 相思に苦しむ。
淡 銷えて遠澗清韻憐み、雪 遠くして寒峰玉姿を想う。
凡歌を聽いて春酒に病むこと莫れ,閑客を招いて夜貪棋をること休【やす】む。
松の如としこと 石に匪らずこと 盟するは長しえに在り,比翼にして連襟 會うこと肯えて遲し。
冬盡きる日に獨り行くを恨むと雖ども,終に期して相い見るは月圓の時。
君に別れるは何物にも持贈に堪えん,淚落ち晴れて光き一首の詩に。


李清照0055

『春情寄子安』 現代語訳と訳註
(本文)

春情寄子安
山路欹斜石磴危,不愁行苦苦相思。
冰銷遠澗憐清韻,雪遠寒峰想玉姿。
莫聽凡歌春病酒,休招閑客夜貪棋。
如松匪石盟長在,比翼連襟會肯遲。
雖恨獨行冬盡日,終期相見月圓時。
別君何物堪持贈,淚落晴光一首詩。


(下し文)
春情、子安に寄す
山路 欹斜 石磴危し、行くことの苦しきを愁へず 相思に苦しむ。
淡 銷えて遠澗清韻憐み、雪 遠くして寒峰玉姿を想う。
凡歌を聽いて春酒に病むこと莫れ,閑客を招いて夜貪棋をること休【やす】む。
松の如としこと 石に匪らずこと 盟するは長しえに在り,比翼にして連襟 會うこと肯えて遲し。
冬盡きる日に獨り行くを恨むと雖ども,終に期して相い見るは月圓の時。
君に別れるは何物にも持贈に堪えん,淚落ち晴れて光き一首の詩に。


(現代語訳)
そばだった山路に今度は危い石段の路がつづく、この路をのぼるのは苦しい。しばらくでもお別れしてひとりで都へ歸る苦しさはあなたより先に変えるこの思いの方が、心にこたえます。
春になりはじめて、氷の消えた深い谷底の川では、かすかにせせらぎの音が聞こえてきます。
彼方に目をはせると、遠くの峯にはまだ雪がのこっていて、その山の姿はあなたのりっはなお姿を思い出します。

これからのあなたは、春の夜につまらぬ歌を聞いて、酒を呑みすぎて病気になったりしてはいけません。また用もない客をよんで、碁盤をかこんで、夜ふかしもしないでください。
今日は、冷たい冬も最後の日、明日は宜春なのにひとりで旗をすることはうらみにおもいますけれども、お約束いただいたように、月の半ばが満月のころには、またお目にかかることでしょう。
でも、このようなかた時のお別れとはいえ、さしあげるものとしてもちあわせていないので、ここに、涙で洗われた詩を一首一記して、お贈り申しあげます。



(訳注)
春情寄子安

・子安 魚玄枚の夫の李億のあざな。魚玄機は、李億の何人目かの妻となるとまもなく、あたかも新婚旅行のように、彼の郷里である山西・澤州へ旅した。彼女は一足さきに長安へ戻らねはならなくなった。その一時的な別れの途上から、李億へ贈ったのがこの詩である。まさか、先に帰っている間に、正妻のはかりごとが進んでいようとは、浮気者、新し物好きの李億は魚玄機から心が離れていくのは容易な事であったのだろう。


山路欹斜石磴危,不愁行苦苦相思。
そばだった山路に今度は危い石段の路がつづく、この路をのぼるのは苦しい。しばらくでもお別れしてひとりで都へ歸る苦しさはあなたより先に変えるこの思いの方が、心にこたえます。
・欹斜 敬はそばだつ、かたむく二】字で今日でいう急傾斜の意。
・石磴 石段。石のある坂道。
・行苦一に行路に作る。
・相思(そうし) 恋心。


冰銷遠澗憐清韻,雪遠寒峰想玉姿。
春になりはじめて、氷の消えた深い谷底の川では、かすかにせせらぎの音が聞こえてきます。
彼方に目をはせると、遠くの峯にはまだ雪がのこっていて、その山の姿はあなたのりっはなお姿を思い出します。

・泳(こおり)
・遠澗 潤は谷川。はるかに見くだせる彼方の谷川。


莫聽凡歌春病酒,休招閑客夜貪棋。
これからのあなたは、春の夜につまらぬ歌を聞いて、酒を呑みすぎて病気になったりしてはいけません。また用もない客をよんで、碁盤をかこんで、夜ふかしもしないでください。


如松匪石盟長在,比翼連襟會肯遲。
松や石にたとえたふたりのかわらぬ愛のちかいは、永遠のものです。比翼連理のふたりですから、まもなくあなたと逢うことでしょう。
・如松 松は男の象徴。時節によって色をかえす、いつも変わらぬ緑をたもっていることから、義理と変わらぬ忠誠心を持つ男、姫葛が巻きつく松ということ。。
・匪石 堅くして動かすことのできない心。「詩経」の「咄夙」の相舟の扇に、「我が心、石に匪ず転すべからず」とあるのにもとづく。
・比翼 雌雄おのおの一日一翼で、つねに二羽ならんで飛ぶという想像上の鳥。転じて男女の深い契り。比翼連理とは。意味や解説。男女の情愛の、深くむつまじいことのたとえ。相思相愛の仲。夫婦仲のむつまじいたとえ。▽「比翼」は比翼の鳥のことで、雌雄それぞれ目と翼が一つずつで、常に一体となって飛ぶという想像上の鳥。白居易『』「在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝」
・連襟 述衿・連練ともいい、姉妹の夫がたがいに称することは。連理の誤写ではあるまいか。連理ならば、二本の木の枝がつながって木の理までつながること。
男女の同い契りをいう。


雖恨獨行冬盡日,終期相見月圓時。
今日は、冷たい冬も最後の日、明日は宜春なのにひとりで旗をすることはうらみにおもいますけれども、お約束いただいたように、月の半ばが満月のころには、またお目にかかることでしょう。
・冬盡日 旧暦で立春の前日。満月は15日。これにより10日から、15日くらいの間ということになる。これは李億が魚玄機にうそをついている。


別君何物堪持贈,淚落晴光一首詩。
でも、このようなかた時のお別れとはいえ、さしあげるものとしてもちあわせていないので、ここに、涙で洗われた詩を一首一記して、お贈り申しあげます。
・晴光(せいこう)。


鶯00魚玄機は、李億の何人目かの妻となるとまもなく、あたかも新婚旅行のように、彼の郷里である山西・澤州へ旅した。ところが、そこに正夫人がいて嫉妬したのであろうといわれるが、実際にはあでやかで、賢く、教養があり、強い女である。何より他の女性と違うのは自己を顕示することであろう。こんなタイプの女性はこの時代の田舎のおばさんに太刀打ちできるはずもなく正妻のできることと云えば、魚玄機を阻害すること、いじめることしかなかったろう。したがって、正妻の単なる嫉妬ではなく、どの面でも勝てることが出来ない正妻のできることは、別の新しい女に目を向けさせることではなかったろうか。そうすることによって李億の荷の重い魚玄機に対しての気持ちを別にむけさせ、結果勝つことが出来るということになろうか。この時代の普通の女性なら、正妻は何より強い立場であろうが、魚玄機はまったく違う女性であったのだ。だから、この頃の一般的な女性の感覚で見ない方が良いのである。詩人としての矜持を持っている魚玄機を単なる嫉妬心の強い、ヒステリー女としては描きたくないものである。
とまれ、彼女は一足さきに長安へもどらねはならなくなった。その一時的な別れの途上から、李億へ贈ったのがこの詩である。まさか、先に帰っている間に、正妻のはかりごとが進んでいようとは、浮気者、新し物好きの李億は魚玄機から心が離れていくのは容易な事であったのだろう。

閨怨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-78-14-# 卷804_10 【閨怨】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1937

卷804_10 【閨怨】魚玄機

2013年2月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
贈白馬王彪 序 曹植(曹子建) 魏詩<39>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1933

Ⅱ中唐詩・晩唐詩唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
原道  韓愈 (韓退之) 10段目-2<115-18>Ⅱ中唐詩590 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1934
Ⅲ杜甫詩1000詩集●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
散愁二首 其二 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -12)  杜甫 <399>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1935 杜甫詩1000-399-581/1500
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集題長安主人壁 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1936 (02/16)
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
閨怨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-78-14-# 卷804_10 【閨怨】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1937
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
杜甫詩index 杜甫詩http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/01toshiindex1.html
李白詩index 李白350首http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99blogindexrihaku.html
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




閨怨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-78-14-#  卷804_10 【閨怨】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1937



閨怨
蘼蕪盈手泣斜暉,聞道鄰家夫婿歸。
ある日、漢の古詩にあるように「蘼蕪」を手にいっぱいにとって山を下りると日が西に傾き女は誰にも会わないのです。こちらの女に聞くところによると帰ってこないと思っていた隣の浮気者の夫は帰ってきたというのです。
別日南鴻才北去,今朝北雁又南飛。
別れた日は大鳥が北に変える春の日でした。けさ、北に帰っていた雁が、南につがいで飛んでくる。
春來秋去相思在,秋去春來信息稀。
春に来て秋に去って行く雁には互いのことを思う気持ちがある。秋去るけれど春には來るという書簡に癒されるのは稀の事でいいのです。
扃閉朱門人不到,砧聲何事透羅幃。

貴族の家の南門は閂がされたままで主人は帰ってこない。秋に夫の冬着の準備の砧の音をさせるころ何事もなく薄いとばりを抜けて入ってくるのはその音だけなのです。
閨怨
蘼蕪【びぶ】手に盈ちて斜暉【しゃき】に泣く,聞道らく鄰家夫婿【ふせい】の歸。
別日は南鴻【なんこう】才に北去し,今朝 北雁 又南に飛ぶ。
春來り秋去るも相い思う在り,秋去り春來るも 信に 息うも稀れなり。
扃閉じ朱門は人到らざる,砧聲【ちんせい】何事ぞ羅幃【らい】を透す。


魚玄機2長安洛陽中原地図













『閨怨』 現代語訳と訳註
(本文)
閨怨
蘼蕪盈手泣斜暉,聞道鄰家夫婿歸。
別日南鴻才北去,今朝北雁又南飛。
春來秋去相思在,秋去春來信息稀。
扃閉朱門人不到,砧聲何事透羅幃。



(下し文)
閨怨
蘼蕪【びぶ】手に盈ちて斜暉【しゃき】に泣く,聞道らく鄰家夫婿【ふせい】の歸。
別日は南鴻【なんこう】才に北去し,今朝 北雁 又南に飛ぶ。
春來り秋去るも相い思う在り,秋去り春來るも 信に 息うも稀れなり。
扃閉じ朱門は人到らざる,砧聲【ちんせい】何事ぞ羅幃【らい】を透す。


(現代語訳)
ある日、漢の古詩にあるように「蘼蕪」を手にいっぱいにとって山を下りると日が西に傾き女は誰にも会わないのです。こちらの女に聞くところによると帰ってこないと思っていた隣の浮気者の夫は帰ってきたというのです。
別れた日は大鳥が北に変える春の日でした。けさ、北に帰っていた雁が、南につがいで飛んでくる。
春に来て秋に去って行く雁には互いのことを思う気持ちがある。秋去るけれど春には來るという書簡に癒されるのは稀の事でいいのです。
貴族の家の南門は閂がされたままで主人は帰ってこない。秋に夫の冬着の準備の砧の音をさせるころ何事もなく薄いとばりを抜けて入ってくるのはその音だけなのです。


(訳注)
閨怨

魚玄機の詩は仕事柄、いわゆる「賦得」という詩題を与えられてつくる、あるいはテーマが先に有って、来客の受けを狙っているものである。だから、大人気だったのである。詩の内容が李億とのことで魚玄機があわれになればなるほど人気は高まった。この詩も、実際の出来事と詩の内容から魚玄機の心情を考えるというのは薄知恵である。
・閨怨 ねやのもだえ。女のひとり寢のなやみ、さびしさをかこつうた。おそらく、これまでの詩人の同詩題の話題で作られたものだろう。


蘼蕪盈手泣斜暉,聞道鄰家夫婿歸。
ある日、漢の古詩にあるように「蘼蕪」を手にいっぱいにとって山を下りると日が西に傾き女は誰にも会わないのです。こちらの女に聞くところによると帰ってこないと思っていた隣の浮気者の夫は帰ってきたというのです。
・蘼蕪盈手泣斜暉 ・蘼蕪 おんなかつら。この句は漢の無名氏、古詩、追い出された妻の話に基づいている。古詩 「上山採蘼蕪. 上山採蘼蕪,下山逢故夫。長跪問故夫:新人復何如?新人雖言好,未若故人殊。顏色類相似,手爪不相如。新人從門入,故人從閣去。新人工織縑,故人工織素。織縑一日匹,織素五丈餘。將縑來比素,新人不如故。」
山の上で香草をとり、帰りみち、ふもとで前の夫に出あった。そこで追い出された女が、前の大の前にひざまずいて、「新しい奥さまはどうですか」とひにくったところ、大の答えろのに、なるほど新しい妻はよいのはよいが、やっぱりおまえのガが突入だった。まあ所の美しさは、かりにおっかつだとしても、手の働きはとてもおまえにおJばない。後妻がきたのでおまえを追い出してしまったが、新しい後妻は桐を織るのが上手なぜいたくな女、おまえの方は、木綿を織るのが上手な働き者だったよ。
絹は一日に一匹(四丈)だが、木綿ならば、五丈を超える。はたらきものだった点では、やっぱりおまえほがよかったよ。-と答えたという。
・斜暉 夕方の光線のなかで。
・聞道鄰家夫婿歸 この詩は杜甫の詩に基づく。 
杜甫『佳人』
世情惡衰歇,萬事隨轉燭。
夫婿輕薄兒,新人美如玉。
合昏尚知時,鴛鴦不獨宿。
但見新人笑,那聞舊人哭?』
世情【せじょう】衰歇【すいけつ】を悪む、万事【ばんじ】転燭【てんしょく】に随う。
夫婿【ふせい】は軽薄の児、新人【しんじん】美なること玉の如し。
合昏【ごうこん】すら 尚お時を知る、鴛鴦【えんおう】独り宿せず。
但だ見る新人の笑うを、那【なん】ぞ聞かんや旧人の哭するを。』
普通世間の人にたいする情というものは女盛りなら誰でも愛すものだが、歳を重ね衰えてしまった肢体顔色、後ろ盾がなく、頼る背のないものは嫌がられるものであり、わが身づくろいも万事はその場の成り行きのままになってきた。
見栄えと親族兄弟の後ろ盾の無くなった自分に対し婿夫【むこ】はうわきもので、わかくて玉のような美人をあらたにむかえいれた。
「ねむ」の花は、夕方になれば葉と葉がよりあう時刻を知っているものであり、おしどりのつがいは独りでは宿らず必ず並びあってねむる。(かつて私にそうであったように(新人に合歓の葉、おしどりのようにしている。)
ただ、新しい女のおもしろそうに笑うことはできているのはみとめられるが、彼らには元の妻が泣き悲しむ声などを聞く耳などありはしないのだ。(そのうち自分のみに帰ってくることだ)』

佳人 <229-#2>杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブロ1112 杜甫特集700- 335


別日南鴻才北去,今朝北雁又南飛。
別れた日は大鳥が北に変える春の日でした。けさ、北に帰っていた雁が、南につがいで飛んでくる。
・南鴻 鴻は、わたり鳥で、雁の大きなもの。南鴻は、寒くなって南方にきていた雁。帰る時は孤雁でも來るときはつがいになっている。


春來秋去相思在,秋去春來信息稀。
春に来て秋に去って行く雁には互いのことを思う気持ちがある。秋去るけれど春には來るという書簡に癒されるのは稀の事でいいのです。
・漢の蘇武が雁の足につけたてがみを天子が射て得たというはなしがある。また古人は絹に書信をかきそれを鯉魚の形状に結んだという。


扃閉朱門人不到,砧聲何事透羅幃。
貴族の家の南門は閂がされたままで主人は帰ってこない。秋に夫の冬着の準備の砧の音をさせるころ何事もなく薄いとばりを抜けて入ってくるのはその音だけなのです。
・扃 かんぬき。戸じまり用の横木。また出入り口。
・朱門 高貴の邸は家の方位が守られ主用の門が南門で朱色で塗ってあったから、血八族または金持ちの意につかう。
・人不到 他人がはいってこない意(ひとり夫を思って浮気もしないでいる心)。また自分がひたすら待ち続けている主人が入って來るもんは開けられない。隣家の夫は高貴な身分かどうかはわからないが、ここでいう夫は、朱塗りの門の夫で女が何人もいてもおかしくない。この時期の富貴のものは金に飽かして何人もいた、それがステータスでおかしいことはなかったのだ。
・砧 きぬた。洗濯した衣桝を木製の台にのせ、木のつちでたたいて、布を閉めのはし縫いやすくする道具。秋になると、冬に備えて、主婦がする夜なべの什事。
謝惠連『擣衣』 
衡紀無淹度、晷運倐如催。
白露園滋菊、秋風落庭槐。
肅肅莎雞羽、烈烈寒螿啼。
夕陰結空幕、霄月皓中閨。
美人戒裳服、端飭相招攜。
簪玉出北房、鳴金步南階。
楣高砧響發、楹長杵聲哀。
微芳起兩袖、輕汗染雙題。」
紈素既已成、君子行不歸。
裁用笥中刀、縫為萬里衣。
盈篋自予手、幽緘俟君開。
腰帶准疇昔、不知今是非。」

擣衣 謝惠連 詩<83-#3>Ⅱ李白に影響を与えた詩515 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1362

杜甫『擣衣』
亦知戍不返,秋至拭清砧。
已近苦寒月,況經長別心。
寧辭擣衣倦,一寄塞垣深。
用盡閨中力,君聽空外音。
李白
李白『子夜呉歌其三 秋』
長安一片月、万戸擣衣声。
秋風吹不尽、総是玉関情。
何日平胡虜、良人罷遠征。
・羅幃 うすものの布。たれまく。ベッドの周囲に蚊帳のように垂らしたカーテン。
美女画557

情書(書情寄李子安) 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-77-13-# 卷804_9 【情書(一作書情寄李子安)】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1932


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古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
又贈丁儀王粲  曹植(曹子建)  魏詩<38-#2>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1928

Ⅱ.中唐詩・晩唐詩
 
唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
原道  韓愈 (韓退之) 9段目<115-16>Ⅱ中唐詩588 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1918 

Ⅲ.杜甫詩1000詩集
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 
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Ⅳ.漢詩・唐詩・宋詞詩詩集
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森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




卷804_9 【情書(書情寄李子安)】魚玄機
情書(書情寄李子安) 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-77-13-#  卷804_9 【情書(一作書情寄李子安)】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1932


情書(書情寄李子安)
こころをこめて李子安さまへ書を寄せます
飲冰食檗誌無功,晉水壺關在夢中。
氷をのんでも、あんなに食べにくいキハダを食べても、情炎を消すことできないのです。夜ごとの夢のなかに、あなたとすごした晉水、壺關にいたころのことが毎夜あらわれるのです。
秦鏡欲分愁墮鵲,舜琴將弄怨飛鴻。
このままだと私だってカササギが落ちて愁いを分けた様「秦鏡」に映しだされてしまう操を守れないかもしれませんよ。また古代舜の時代からの琴を弾くと「南風」がおこり、飛べないわが身をとんでいきたいと思うばかり、大鳥が飛んでいくのを恨むばかりです。
井邊桐葉鳴秋雨,窗下銀燈暗曉風。
井戸のあたりに植えられている夫婦の象徴のあおぎりの葉が、秋雨に打たれて音をたてています。窓の近くにおいてある燭燈火でさえも、暁け方近くなると、夜明けの冷たい風に消えそうになってしまいます。
書信茫茫何處問,持竿盡日碧江空。

帰られるお約束はともかく私への書簡さえも春笠にまで注意してみていてもどこからもなにも言って来ませんね。鳥も、飛脚もだめで、魚書でというなら釣竿を以て日がな一日、青空が夕空に変わるまで釣り糸を垂れましょう。
情書、李子安に寄す
冰を飲むも檗【きにた】を食ふも志 功なし、晉水 壺關【こくかん】夢中に在り。
秦鏡【しんきょう】分たんと欲するも墮鵲【だじゃく】を愁ひ、舜琴【しゅんきん】弄【ろう】せんと將【す】るも飛鴻【ほこう】を怨む。
井邊【せいへん】の桐葉【とうよう】は 秋雨に鳴り、窗下【そうか】の銀燈【ぎんとう】は 暁風【ぎょうふう】に暗し。
書信【しょしん】 茫茫 何れの處にか問はん、竿を持つこと盡日【じんじつ】なるも 碧江【へきこう】空し。

女性詩人0053














『情書(書情寄李子安)』 現代語訳と訳註
(本文)
情書
飲冰食檗誌無功,晉水壺關在夢中。
秦鏡欲分愁墮鵲,舜琴將弄怨飛鴻。
井邊桐葉鳴秋雨,窗下銀燈暗曉風。
書信茫茫何處問,持竿盡日碧江空。


(下し文)
情書、李子安に寄す
冰を飲むも檗【きにた】を食ふも志 功なし、晉水 壺關【こくかん】夢中に在り。
秦鏡【しんきょう】分たんと欲するも墮鵲【だじゃく】を愁ひ、舜琴【しゅんきん】弄【ろう】せんと將【す】るも飛鴻【ほこう】を怨む。
井邊【せいへん】の桐葉【とうよう】は 秋雨に鳴り、窗下【そうか】の銀燈【ぎんとう】は 暁風【ぎょうふう】に暗し。
書信【しょしん】 茫茫 何れの處にか問はん、竿を持つこと盡日【じんじつ】なるも 碧江【へきこう】空し。

(現代語訳)
こころをこめて李子安さまへ書を寄せます
氷をのんでも、あんなに食べにくいキハダを食べても、情炎を消すことできないのです。夜ごとの夢のなかに、あなたとすごした晉水、壺關にいたころのことが毎夜あらわれるのです。
このままだと私だってカササギが落ちて愁いを分けた様「秦鏡」に映しだされてしまう操を守れないかもしれませんよ。また古代舜の時代からの琴を弾くと「南風」がおこり、飛べないわが身をとんでいきたいと思うばかり、大鳥が飛んでいくのを恨むばかりです。
井戸のあたりに植えられている夫婦の象徴のあおぎりの葉が、秋雨に打たれて音をたてています。窓の近くにおいてある燭燈火でさえも、暁け方近くなると、夜明けの冷たい風に消えそうになってしまいます。
帰られるお約束はともかく私への書簡さえも春笠にまで注意してみていてもどこからもなにも言って来ませんね。鳥も、飛脚もだめで、魚書でというなら釣竿を以て日がな一日、青空が夕空に変わるまで釣り糸を垂れましょう。


(訳注)
情書情書(書情寄李子安)

こころをこめて李子安さまへ書を寄せます
山西の澤州の夫の実家から、自分だけひと足さきに長安に戻ってきた彼女が、すぐ後を追って長安へもどるといった李億がなかなか歸ってこないので、いらいらして待ちわびているころの作。
第一句の.こときは情熱の女魚玄機らしく、あからさまにばっと自分の悶える心をぶっつけている。詩全般としてもよいできばえの一つ。

魚玄機2長安洛陽中原地図
飲冰食檗誌無功,晉水壺關在夢中。
氷をのんでも、あんなに食べにくいキハダを食べても、情炎を消すことできないのです。夜ごとの夢のなかに、あなたとすごした晉水、壺關にいたころのことが毎夜あらわれるのです。
・冰(こおり)
・檗 キハダ。黄檗(おうばく)のこと。1 (「黄柏」とも書く)キハダの別名。また、キハダの樹皮から作った染料、または生薬。漢方で内皮を健胃・収斂(しゅうれん)薬などに使用。熱をさげる効果がある。「木鶏」(中国の有名な机物に関する薫物) にも見えている。
・晉水 山西省を流れている河。末は黄河に合流するひ この地方に李子安がいるわけ。魚玄機も去年はそこにいた。魚玄桟の第一の澤州の旅。
・壺關(こかん) 壺關山のこと。山西省の長治牌の壷口山をいう。やはり李子安がいる地方をさす。


秦鏡欲分愁墮鵲,舜琴將弄怨飛鴻。
このままだと私だってカササギが落ちて愁いを分けた様「秦鏡」に映しだされてしまう操を守れないかもしれませんよ。また古代舜の時代からの琴を弾くと「南風」がおこり、飛べないわが身をとんでいきたいと思うばかり、大鳥が飛んでいくのを恨むばかりです。
・秦鏡欲分愁墮鵲 「西京雑記」に、秦の始皇が人間の腸や胃など五臓を照らし見ることのできる鏡をもっていて、女が邪心なおもいをいだくと、胆臓が張り心臓が動くのでわかったという。心の奥底を照らし見せる鏡の意。また「鵲鏡」ということばがあり、「神異経」に、昔、別居している夫婦があり、それぞれ鏡の半分を分けてもっていたが、ある時、妻の方がよその男と通じた。すると女のもっていた鏡が、鵲に化して夫のもとへ飛んでいった。それから鵲を鏡の裏面にうきぼりにするようになったという。呉均の「閏怨」 の詩に、「ねがはくは飛鵲の鏡となり翩々として別離を照さん」という句がある。魚玄機の詩のこの旬は、これらを踏まえて詠じたもの。
・舜琴將弄怨飛鴻 舜が五弦の琴を作り、「南風」の詩をうたったことが、「礼紀」という古典に見えている。「怨飛鴻」はあるいはそういう題の琴曲があるのではあるまいか。
・弄(ろう)は琴を弾くこと。


井邊桐葉鳴秋雨,窗下銀燈暗曉風。
井戸のあたりに植えられている夫婦の象徴のあおぎりの葉が、秋雨に打たれて音をたてています。窓の近くにおいてある燭燈火でさえも、暁け方近くなると、夜明けの冷たい風に消えそうになってしまいます。
井邊 梧桐はしばしは井戸のそばに絶えられる。夫婦の象徴で、仲の良い所に植え育つという。
・桐葉(とうよう)・秋雨(しゅぅぅ)・薗下(そうか)
・暁風(ぎようふう)どの語も帰る約束に対しそれを守らないことで男女の結びつきが上手くいかない時のものである。


書信茫茫何處問,持竿盡日碧江空。
帰られるお約束はともかく私への書簡さえも春笠にまで注意してみていてもどこからもなにも言って来ませんね。鳥も、飛脚もだめで、魚書でというなら釣竿を以て日がな一日、青空が夕空に変わるまで釣り糸を垂れましょう。
・書信 魚書・尺素・雙鯉・雙魚ともいう。
古詩十九首之第十七首
孟冬寒氣至,北風何慘栗。愁多知夜長,仰觀眾星列。三五明月滿,四五蟾兔缺。客從遠方來,遺我一書劄。上言長相思,下言久離別。置書懷袖中,三歲字不滅。一心抱區區,懼君不識察。
孟冬寒気至り、北風何ぞ慘栗たる。
愁多くして夜の表きを知り、仰いで衆星の列るを観る。
三五明月満ち、四五蟾兔【せんと】缺く。
客遠方より来り、我に一書札を遣る。
上には長く相思ふと言ひ、下には久しく離別すると言ふ。
書を懐袖【かいしゅう】の中に置き、三歳なるも字滅せず。
(現代語訳)
一心に區區を抱き、君の識察せざらんことを憤る。)
冬の初めというのに極寒の気がおとずれ来た、北風のなんとものすごくつめたいことであろうか。
愁いが鬱積して堪らないのに夜が長いのは身にしみるくるしさだ。見上げる空には多くの星かならんでいる。
月は三夜五夜と日々明るくなり、十五夜には満月になる、四夜五夜と蟾蜍に喰われ兔もいなくなり、二十日夜になると欠け月になる。
こうして辛い月日を過ごしたある日、遠方から訪ねて来た客が、わたしに一連の手紙を渡してくれた。
夫からの便りで、始めの方には「いつまでも忘れぬ」とあり、文末の方には「もうすこしこの別れが久しくなる」と書いてあった。
わたしはこの手紙を懐におさめて肌身離さず大切にし、三年たっても一字も消えてはいないのだ。
心のなかにひとつあるのは夫を思う女心のこまごまとした思い、それをあなたが察してくださらないのかと心配でたまらないのです。
古詩十九首之十七 漢の無名氏 (17) 漢詩<104>Ⅱ李白に影響を与えた詩539 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1434


・茫茫(ほうほう) はるかで見きわめがたいこと。ここではいくら待ち望んでも見られないの意。
・盡日一日中。
・碧江(へきこう) 青い水の流れる河。たんに河の意。


この詩を読むと恋しくてたまらないという内容ではないように思う。魚玄機の作詩能力が高く、過去の故事や、基になる詩があるというだけで、李億がどこまで理解してくれるのか確かめているようにしか思えない。魚玄機が李億に棄てられて嫉妬心でヒステリックな状態でいたという固定観念を捨てて客観的に解釈する必要があるのである。この固定観念により間違った解釈が横行している。ここではそういった解釈を一つ一つ訂正して行こうと思っている。


酬李學士寄簟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-76--# 卷804_8 【酬李學士寄簟】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1921

卷804_8 【酬李學士寄簟】魚玄機


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酬李學士寄簟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-76--#  卷804_8 【酬李學士寄簟】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1921 


卷804_8 【酬李學士寄簟】魚玄機


酬李學士寄簟

珍簟新鋪翡翠樓,泓澄玉水記方流。
唯應雲扇情相似,同向銀牀恨早秋。

りっぱな夏用の簟ござをこの翡翠樓の中で誰もまだで、初めてベッドに敷きました。清らかな水の流れのような模様が、あり、涼しさをよび、さそいます。
ただ、夏は最高のもので、あの雲扇と同じことでいつまでも一緒にいることはできないのです。すがすがしいかぜがふきねけるような秋になればいらないものとなるのでしょうね。どうかその扇や簟のように、このわたくしを見限らないで来てくださいね。お待ちしています。


李学士の簟を寄せらるるに酬ゆ
珍らしい簟は新に鋪【し】く翡翠樓に、弘澄【おうちょう】たる玉水 方流を記す。
唯 應に 雲【うんせん】と情相い似たり、同じく銀牀【ぎんしょう】に向って早秋を恨むべし。

李清照0055
















『酬李學士寄簟』 現代語訳と訳註
(本文)

珍簟新鋪翡翠樓,泓澄玉水記方流。
唯應雲扇情相似,同向銀牀恨早秋。


(下し文)
李学士の簟を寄せらるるに酬ゆ
珍らしい簟は新に鋪【し】く翡翠樓に、弘澄【おうちょう】たる玉水 方流を記す。
唯 應に 雲【うんせん】と情相い似たり、同じく銀牀【ぎんしょう】に向って早秋を恨むべし。

(現代語訳)
りっぱな夏用の簟ござをこの翡翠樓の中で誰もまだで、初めてベッドに敷きました。清らかな水の流れのような模様が、あり、涼しさをよび、さそいます。
ただ、夏は最高のもので、あの雲扇と同じことでいつまでも一緒にいることはできないのです。すがすがしいかぜがふきねけるような秋になればいらないものとなるのでしょうね。どうかその扇や簟のように、このわたくしを見限らないで来てくださいね。お待ちしています。


(訳注)
酬李學士寄簟

現存の彼女の詩中では、「子安」というあざなで彼はほとんどよばれている。すなわち、
情書、李子安に寄す ・・・( 9)
春情、子安に寄す  ・・・(11)
漢江を隔てて、子安に寄す (40)
江陵の愁望、子安に寄す  (42)
子安に寄す        ・・・(43)
「李億員外に寄す」(2)ということで別の人物である。
このブログでは魚玄機は自分を棄てた李億の事を見下しているという視点から解釈している。この詩は、李億とは関係のない別の李という学士からのプレゼントとして見ていく。
・酬 お礼に作った詩である。
・簟 竹または葦で編んだ敷き物。夏期ベッドの上に敷いて涼をとる場合と、ベッドなり長椅子が竹で張ってある場合とあるが、ここは前者。
シーツに似た寝具で、竹を編んで作る。夏はその上に寝ると、涼しい。
韓愈『鄭羣贈簟』
蘄州笛竹天下知,鄭君所寶尤瑰奇。
擕來當晝不得臥,一府傳看黄琉璃。
體堅色淨又藏節,盡眼凝滑無瑕疵。
法曹貧賤眾所易,腰腹空大何能爲?』
自從五月困暑濕,如坐深甑遭蒸炊。
手磨袖拂心語口,慢膚多汗真相宜。
日暮歸來獨惆悵,有賣直欲傾家資。
誰謂故人知我意,卷送八尺含風漪。』
呼奴掃地鋪未了,光彩照耀驚童兒。
青蠅側翅蚤虱避,肅肅疑有清飆吹。
倒身甘寢百疾愈,卻願天日恒炎曦。
明珠青玉不足報,贈子相好無時衰。』鄭羣贈簟 #1 Ⅱ韓退之(韓愈)詩307 紀頌之の漢詩ブログ998


珍簟新鋪翡翠樓,泓澄玉水記方流。
りっぱな夏用の簟ござをこの翡翠樓の中で誰もまだで、初めてベッドに敷きました。清らかな水の流れのような模様が、あり、涼しさをよび、さそいます。
・翡翠樓(ひすいのろう) 翳翠はかわせみ。青い色の鳥で水辺に住み魚類を食べる。豪華な楼閣の中で初めて引いたのだろう。想像以上に高価なものであったことは前にあげた韓愈のしでもよくわかる。
・泓澄(おうちょう) 水の清いさま。水が深くて澄んでいるようす。
韓愈『岳陽樓別竇司直』
餘瀾怒不已,喧聒鳴甕盎。
明登岳陽樓,輝煥朝日亮。
飛廉戢其威,清晏息纖纊。
泓澄湛凝綠,物影巧相況。
江豚時出戲,驚波忽蕩瀁。
中唐詩-298 岳陽樓別竇司直 #4 Ⅱ韓退之() 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-36-#4

・玉水 玉に深い意味はない。清らかな
水。
方流(ほうりゅう) 並んで流れる。何本かの水の流れ。竹の節を削ったところが、自然に模様を成し、水が何条かの流れになって流れているように見えることをいう。
 
唯應雲扇情相似,同向銀牀恨早秋。
ただ、夏は最高のもので、あの雲扇と同じことでいつまでも一緒にいることはできないのです。すがすがしいかぜがふきねけるような秋になればいらないものとなるのでしょうね。どうかその扇や簟のように、このわたくしを見限らないで来てくださいね。お待ちしています。
・雲扇 雲に深い意味はない。雲は男性を意味する扇入らないがあなたは男として必要という意味になる。
・銀牀(ぎんしよう) 銀は秋を意味する。さみしいベッドという意味になる。
・早秋(そうしゅう) 早くも訪れた秋。
秋に向かう簟についての詩、
李清照『一翦梅』
紅藕香殘玉簟秋。
輕解羅裳,獨上蘭舟。
雲中誰寄錦書來,雁字回時,月滿西樓。
花自飄零水自流。
一種相思,兩處閑愁。
此情無計可消除,才下眉頭,却上心頭。
(一翦梅)【いつせんばい】
紅き藕【はす】の香は殘【すた】る玉簟の秋。
輕やかに羅裳を解【あ】げ,獨り蘭舟に上る。
雲中誰か錦書を寄せ來【きた】らん,
雁字回【かへ】る時,月は西樓に滿つ。
花自【おのづか】ら飄零【ひょうれい】して水自ら流る。
一種の相思は,兩處閑愁す。
此の情は消し除く可【べ】く計【はかる】無し,
才【わずか】に 眉頭【まよね】より下り,却って心頭【こころ】に上る。
『一翦梅  李清照』  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-55-8-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1836


芸妓について
妓女(ぎじょ)は、中国における遊女もしくは芸妓のこと。娼妓、娼女という呼称もある。歌や舞、数々の技芸で人々を喜ばせ、時には宴席の接待を取り持つこともあった。娼婦を指すこともある。また、道教の寺観にも娼婦に近い巫女がいた。この時代において、女性が男性と対等にできる唯一の場所であった。
もともとは国家による強制的な徴発と戦時獲得奴隷が主な供給源だったと考えられるが、罪人の一族を籍没(身分を落とし、官の所有とする制度)する方法が加わった。また、民間では人身売買による供給が一般的であった。区分すると以下の通り。
(1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

1 宮妓
皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。


2 家妓
高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。


3営妓
軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。


4官妓
中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。
唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。


5民妓
民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。


6.道妓
道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。




妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。
妓女の部屋もまた、趣味がよく風雅であり、文人の書斎風になっているものもあった。李白の作品、李商隠の作品で登場する舞台はここの事である。

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賣殘牡丹 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-75--# 卷804_7 【賣殘牡丹】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1916



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賣殘牡丹 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-75--#  卷804_7 【賣殘牡丹】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1916


卷804_7 【賣殘牡丹】魚玄機

 
賣殘牡丹
臨風興嘆落花頻,芳意潛消又一春。
春の突風が牡丹の花に吹き付ける晩秋の季節には咲き誇っていた牡丹の花もなげきをともなって落ちている。かぐわしい花の香りが漂っていたのに知らぬまに、この盛春、そしてまた、晩春と過ぎていこうとしている。
應為價高人不問,卻緣香甚蝶難親。
私には小金が出来ているので安く自分を売ろうとは全く思っていない。そして女としての香り(プライド)、詩文にする才能があるいので、大抵の男は近寄っては来れないのだ。
紅英只稱生宮裏,翠葉那堪染路塵。
この私の性的な魅力は九重の奥深い所に大切にしている。孫蜍そこらの男ならその男に染められるほどにはならないしそこらあたりの路傍にあっても構わない。
及至移根上林苑,王孫方恨買無因。
若しあんな程度のところでなくて、高貴なところに植えられたものであったなら、もっとお金をもらうことが出来ていて貴人の子弟程度のものに買ってもらおうとする恨み言はなかったのだ。
賣残の牡丹
風に臨んで落花の頻なるを興嘆し、芳意又一春潜に消ゆ。
應に價高きが為に人 問はざるなるべし、却て香甚だしきに練って 蝶 親しみ難し。
紅英只稱ふ 宮裏に生まるるに、翠葉那んぞ堪えん 路塵に染まるに。
根を上林苑に移すに至るに及んで、王孫方に恨まん 買ふに困なきを。

美女画555













『賣殘牡丹』 現代語訳と訳註
(本文)

臨風興嘆落花頻,芳意潛消又一春。
應為價高人不問,卻緣香甚蝶難親。
紅英只稱生宮裏,翠葉那堪染路塵。
及至移根上林苑,王孫方恨買無因。


(下し文)
賣残の牡丹

風に臨んで落花の頻なるを興嘆し、芳意又一春潜に消ゆ。
應に價高きが為に人 問はざるなるべし、却て香甚だしきに練って 蝶 親しみ難し。
紅英只稱ふ 宮裏に生まるるに、翠葉那んぞ堪えん 路塵に染まるに。
根を上林苑に移すに至るに及んで、王孫方に恨まん 買ふに困なきを。


(現代語訳)
春の突風が牡丹の花に吹き付ける晩秋の季節には咲き誇っていた牡丹の花もなげきをともなって落ちている。かぐわしい花の香りが漂っていたのに知らぬまに、この盛春、そしてまた、晩春と過ぎていこうとしている。
私には小金が出来ているので安く自分を売ろうとは全く思っていない。そして女としての香り(プライド)、詩文にする才能があるいので、大抵の男は近寄っては来れないのだ。
この私の性的な魅力は九重の奥深い所に大切にしている。孫蜍そこらの男ならその男に染められるほどにはならないしそこらあたりの路傍にあっても構わない。
若しあんな程度のところでなくて、高貴なところに植えられたものであったなら、もっとお金をもらうことが出来ていて貴人の子弟程度のものに買ってもらおうとする恨み言はなかったのだ。


(訳注)
賣殘牡丹

この詩は、作者が、李億に捨てられて長安に締り、威宜観にはいってから綠翹を殺すにいたるまでの問の作と思われる。牡丹に自己を喩えたもので、この時代、いずれの時期には棄てられるのは覚悟の上の事なので、自分の気持ちを率直に述べるというのは中国の歴史の中で目を見張らせるものがある。この詩を以て憐れと感じて解釈するのは間違いである。芸妓のプライドは愛より、金であるということだ。詩には嘆くとか憾むとか入っているが棄てられた女というより強く生き行く抜くことを感じる。この時代にしたたかに生きていくたくましい女性である。


臨風興嘆落花頻,芳意潛消又一春。
春の突風が牡丹の花に吹き付ける晩秋の季節には咲き誇っていた牡丹の花もなげきをともなって落ちている。かぐわしい花の香りが漂っていたのに知らぬまに、この盛春、そしてまた、晩春と過ぎていこうとしている。
・興嘆 興は心の動くこと。嘆はなげく。
・落花(らくか)
・芳意(ほうい) 花の、花としての誇らしい心。
・一春 春は早春、盛春、晩春の三春であり、その内の一春、盛春、そしてまた、晩春と過ぎていくというほどの意味である。


應為價高人不問,卻緣香甚蝶難親。
私には小金が出来ているので安く自分を売ろうとは全く思っていない。そして女としての香り(プライド)、詩文にする才能があるいので、大抵の男は近寄っては来れないのだ。
・香(こう) かおり。におい。よい詩も作れるほどの教養をさす。魚玄機にこの詩人としての矜持があるから長安に戻ってきたのである。
・蝶(ちょう) 男性をさす。


紅英只稱生宮裏,翠葉那堪染路塵。
この私の性的な魅力は九重の奥深い所に大切にしている。孫蜍そこらの男ならその男に染められるほどにはならないしそこらあたりの路傍にあっても構わない。
・紅英 英は花びら。花。女性の局所を指す
・翠葉(すいよう) 緑の葉。男性精気を示す。


及至移根上林苑,王孫方恨買無因。
若しあんな程度のところでなくて、高貴なところに植えられたものであったなら、もっとお金をもらうことが出来ていて貴人の子弟程度のものに買ってもらおうとする恨み言はなかったのだ。
・上林苑 「史記」の「始皇紀」に、「朝官を沼南の上林苑中につくり、まづ前殿阿房をつくる」とある。それ以来、天子の御苑を一般に上林苑という。
王孫(おうそん) 貴人の子弟。貴公子。「史記」の推陰侯伝に、「吾、王孫を哀んで食を進む」とある。「楚辞・招隠士」 「王孫遊兮不帰、春草生兮萋萋」(王孫遊びて帰らず、春草生じて萋萋たり)・・王孫 楊 王孫(よう おうそん、生没年不詳)は、前漢の武帝の時代の人。自らを裸葬にさせた。 黄老の術を学び、家は千金を生む仕事を行っていた。
謝靈運『登池上樓』「池塘生春草,園柳變鳴禽。」登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  詩集 395 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1002
謝霊運『悲哉行』
萋萋春草生,王孫遊有情,差池鷰始飛,夭裊桃始榮,
灼灼桃悅色,飛飛燕弄聲,檐上雲結陰,澗下風吹清,
幽樹雖改觀,終始在初生。
悲哉行 謝霊運(康楽) 詩<76-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩502 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1323
買無因 もはや買う方法がない。多くの詩人が詠う語である。

浣紗廟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-74-10-# 卷804_6 【浣紗廟】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1912


◆◆◆2013年2月12日紀頌之の5つの漢文ブログ◆◆◆
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Ⅴ.晩唐五代詞詩・宋詞詩
 森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれ

に疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
浣紗廟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-74-10-# 卷804_6 【浣紗廟】魚玄機  漢文委員会

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浣紗廟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-74-10-#  卷804_6 【浣紗廟】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1912 

卷804_6 【浣紗廟】魚玄機



浣紗廟
吳越相謀計策多,浣紗神女已相和。
呉の國と越の国と互いに陰謀して抗争し合っていたときに、この山の下の川縁で洗濯をしていた絶世の美女西施は、范蠡に見出された。それで彼女は越國の復興のために力を合わせると合意したのだ。
一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。
夫差は彼女のえくぼに魅せられてしまった。そしてさしもの異国の精兵も、彼女のほほえみにうつつをぬかしてしまった王の嬌奢に反感を抱き、軍の統率力は消え、越軍が侵入すると、あっさり祖国に鉾先を替えてしまった。 範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。
こうして越の范蠡は、王の勾践をたすけて、ついに呉を滅ぼす大功をたてた。ただ、この見事に役目をはたしおわった美女をともなって、五湖のほとりへ隠遁してしまった。しかるに、一方、呉王をたすけていた伍子胥の方は、王の日夜をおかぬ亨楽におぼれ、討齊というのに反対して極諌したために死を賜わった。その國はやがて越軍の揉輪のもとに滅ぼされてしまった。
只今諸暨長江畔,空有青山號苧蘿。

今日では、諸暨(西施の出身地)の大きな河のほとりに、その歴史のなごりをとどめている。ただ、むなしいことは苧羅山と号する山が青々と聳えていて、絶世の美女、西施の跡としては、ただそれだけがあるだけでなのだ。
浣紗廟
呉越相謀るに計策多く、浣紗の神女己に相和す。
一雙の笑靨【しょうよう】複に面を回らせば、十萬の精兵 盡く戈を倒【さかしま】にす。
範蠡【はんれい】は 功成って 身 隱遁【いんとんn】し、伍胥【ごしょ】は 諌死【かんし】して 國 消磨す。
只今 諸暨【しょき】長江の畔、空しく青山の苧蘿【ちょら】と號【ごう】する有るのみ。


天台山 瓊臺

















6.『浣紗廟』 現代語訳と訳註
(本文)
浣紗廟
吳越相謀計策多,浣紗神女已相和。
一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。
範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。
只今諸暨長江畔,空有青山號苧蘿。


(下し文) 浣紗廟
呉越相謀るに計策多く、浣紗の神女己に相和す。
一雙の笑靨【しょうよう】複に面を回らせば、十萬の精兵 盡く戈を倒【さかしま】にす。
範蠡【はんれい】は 功成って 身 隱遁【いんとんn】し、伍胥【ごしょ】は 諌死【かんし】して 國 消磨す。
只今 諸暨【しょき】長江の畔、空しく青山の苧蘿【ちょら】と號【ごう】する有るのみ。


(現代語訳)
呉の國と越の国と互いに陰謀して抗争し合っていたときに、この山の下の川縁で洗濯をしていた絶世の美女西施は、范蠡に見出された。それで彼女は越國の復興のために力を合わせると合意したのだ。
夫差は彼女のえくぼに魅せられてしまった。そしてさしもの異国の精兵も、彼女のほほえみにうつつをぬかしてしまった王の嬌奢に反感を抱き、軍の統率力は消え、越軍が侵入すると、あっさり祖国に鉾先を替えてしまった。
こうして越の范蠡は、王の勾践をたすけて、ついに呉を滅ぼす大功をたてた。ただ、この見事に役目をはたしおわった美女をともなって、五湖のほとりへ隠遁してしまった。しかるに、一方、呉王をたすけていた伍子胥の方は、王の日夜をおかぬ亨楽におぼれ、討齊というのに反対して極諌したために死を賜わった。その國はやがて越軍の揉輪のもとに滅ぼされてしまった。


(訳注)
浣紗廟
 諸曁(しょき)市城区の南部、苧蘿山のほとりを流れる浦陽江(浣江・浣紗渓・浣浦ともいう)の川岸に西施石(浣紗石)、浣紗廟がある。呉越抗争のころ、越の美女西施がこの渓川で洗濯をしていたとつたえられている。紗はうすぎぬ。浣はすすぐ。せんたくすること。1980年、西施を記念する西施亭が、1990年、西施殿が再建されている。

呉越の地図

















吳越相謀計策多,浣紗神女已相和。

呉の國と越の国と互いに陰謀して抗争し合っていたときに、この山の下の川縁で洗濯をしていた絶世の美女西施は、范蠡に見出された。それで彼女は越國の復興のために力を合わせると合意したのだ。
・吳越 春秋時代に、今の江蘇省南部を中心にした呉の国(首都は今の蘇州)と、その南方、折江省の紹輿を中心にした越の国(首都は会稽。今の紹興の南)とが相争っていた。 
・計策多 それぞれいろんな計略をめぐらしていた。呉には楚の国からのがれてきた伍員が参謀格としてついていたし、越には范蠡が参謀としてついていたが、呉王夫差は越に侵入して、越王祁配をとりこにした。ここから、臥薪嘗胆がうまれる。范蠡は夫差の使臣伯嚭に賄賂を贈って巧みに釈放してもらうと、浣紗の美女西施を夫差のもとへ送った。夫差はその計略にかかって、淫楽にふける一方で、呉員の諌めるのもきかず、兵を北に出して斉を討った。勾践・范蠡はその機会をのがさず、呉を攻め、呉を滅ぼした。
・神女 西施をいう。廟に祭られているから神女といった。美しいということで宿敵を破る力となったこと。多大な評価をするということである。
・相和 范蠡はこの西施とかたく約束をむすんで、呉を滅ぼすために、夫差のところへいってもらったことをいう。


一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。
夫差は彼女のえくぼに魅せられてしまった。そしてさしもの異国の精兵も、彼女のほほえみにうつつをぬかしてしまった王の嬌奢に反感を抱き、軍の統率力は消え、越軍が侵入すると、あっさり祖国に鉾先を替えてしまった。
・一雙(いっそう) 二つの意。左右にあるから。
・笑靨(しようよう) えくぼ。
・回面 ふり向く。呉王に媚を豊することをいう。
・十萬精兵 呉軍をいう。
・倒戈 敵(越) にむけていたはこを味方(呉)にむけること。裏切ること。ほこは両刃の短剣を長い柄につけたもの。


範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。
こうして越の范蠡は、王の勾践をたすけて、ついに呉を滅ぼす大功をたてた。ただ、この見事に役目をはたしおわった美女をともなって、五湖のほとりへ隠遁してしまった。しかるに、一方、呉王をたすけていた伍子胥の方は、王の日夜をおかぬ亨楽におぼれ、討齊というのに反対して極諌したために死を賜わった。その國はやがて越軍の揉輪のもとに滅ぼされてしまった。
范蠡 越王勾銭の重臣。
・隠遁 范蠡は、勾践が復仇をとげて凱旋すると、呉の重臣伍負が、斉を討つことに反対して殺されたことを思い、勝利をおさめた勾践のもとにあって、伍員のような運命にめぐりあうこ之を恐れ、西施をつれて隠遁して五湖に泛び、斉にいって大富家となった。
・伍胥背 伍子背(ごししょ)、名は員。もと楚の重臣であった伍奢の子。楚王からその父(伍奢)と兄を殺された彼は、呉にのがれ、前述のように呉王夫差の重臣となったが、夫差が西施の色におぼれ、宮殿を築いて遊楽にふけり、かれは斉(山東省の雄国) への出兵を志したので、これを諌めた。それがかえって夫差の怒りを買い、死を賜わった。死に当たって、自分の首を呉宮の西門にかけさせ、「この目で越軍の入城を見てやる!」といったが、そのとおりに越は侵入し、夫差は殺されて、呉の国は亡びた。
・消磨(しょうま) 消えほろびること。


只今諸暨長江畔,空有青山號苧蘿。
今日では、諸暨(西施の出身地)の大きな河のほとりに、その歴史のなごりをとどめている。ただ、むなしいことは苧羅山と号する山が青々と聳えていて、絶世の美女、西施の跡としては、ただそれだけがあるだけでなのだ。
・諸暨 今の新江省の解興の南、諸聾県。近くに浣沙渓がある。
・長江 揚子江ではない。実際には諸盤の近くを北流する浦陽江をさす。大きな河をいう。
・苧羅(ちょら) 山の名。諸暨に近く、その麓が浣紗渓であり、浣紗廟がある。
・號(ごう) 名をつける。いう




西施についての詩

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李白「烏棲曲」
姑蘇台上烏棲時、吳王宮里醉西施。
吳歌楚舞歡未畢、青山猶銜半邊日。
銀箭金壺漏水多、起看秋月墜江波。
東方漸高奈樂何。





旧苑荒台楊柳新、菱歌清唱不勝春。
只今惟有西江月、曾照呉王宮裏人。
李白8  蘇台覧古

李白 9 越中覧古
越王勾践破呉帰、義士還家尽錦衣。
宮女如花満春殿、只今惟有鷓鴣飛。


李白9  越中覧古

李白10  採蓮曲

淥水曲  李白 11

江上吟  李白特集350 -288

古風五十九首 第十八 李白



 烏棲曲 :李白

寄劉尚書 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-73-9-#五言古詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1908

寄劉尚書 魚玄機

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寄劉尚書 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-73-9-#五言古詩   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1908
卷804_5 【寄劉尚書】魚玄機


寄劉尚書
八座鎮雄軍,歌謠滿路新。
八座の長官が、勇猛果敢の強い軍隊を統轄、おかげで民は、どこもかしこも今さらのように平和の歌を楽しんでいます。
汾川三月雨,晉水百花春。
汾水流域は三月の長雨、晋水の辺には百花繚乱、昭義軍のおかげで、平和そのものの自然があふれています。
囹圄長空鎖,幹戈久覆塵。
犯罪をおかす者などもなく、長い間獄舎が空いたままという。戦乱もなく、兵器も、武器庫の中で塵をかぶったままという。
儒僧觀子夜,羈客醉紅茵。
儒者や僧侶までが宴席で「子夜歌」歌います。高貴な旅人が赤い毛氈の上で舞う妓女をみてよわれています。
筆硯行隨手,詩書坐繞身。
みごとな文章や詩歌を、どこにいってもつくられると。詩書を座右にして手放すことはないという文人と聞き及んでいます。
小材多顧盼,得作食魚人。

わたしのようなわずかな才能の者でも、よく引立てくださいます。中流の食生活のものたちは皆、心からありがたく思っております。

劉尚書に寄す
八座 雄軍を鎮し、歌謠 路に満ちて 新なり。
汾川 三月の雨,晉水 百花の春。
囹圄 長く空鎖し,幹戈 久しく覆塵す。
儒僧 子夜を觀,羈客 紅茵の醉う。
筆硯 行くに手に隨い,詩書 坐するに身を繞る。
小材 多く顧盼し,魚食をう人と作る得。


『寄劉尚書』 現代語訳と訳註
(本文)

寄劉尚書
八座鎮雄軍,歌謠滿路新。汾川三月雨,晉水百花春。
囹圄長空鎖,幹戈久覆塵。儒僧觀子夜,羈客醉紅茵。
筆硯行隨手,詩書坐繞身。小材多顧盼,得作食魚人。


(下し文)
劉尚書に寄す
八座 雄軍を鎮し、歌謠 路に満ちて 新なり。
汾川 三月の雨,晉水 百花の春。
囹圄 長く空鎖し,幹戈 久しく覆塵す。
儒僧 子夜を觀,羈客 紅茵の醉う。
筆硯 行くに手に隨い,詩書 坐するに身を繞る。
小材 多く顧盼し,魚食をう人と作る得。


(現代語訳)
八座の長官が、勇猛果敢の強い軍隊を統轄、おかげで民は、どこもかしこも今さらのように平和の歌を楽しんでいます。
汾水流域は三月の長雨、晋水の辺には百花繚乱、昭義軍のおかげで、平和そのものの自然があふれています。
犯罪をおかす者などもなく、長い間獄舎が空いたままという。戦乱もなく、兵器も、武器庫の中で塵をかぶったままという。
儒者や僧侶までが宴席で「子夜歌」歌います。高貴な旅人が赤い毛氈の上で舞う妓女をみてよわれています。
みごとな文章や詩歌を、どこにいってもつくられると。詩書を座右にして手放すことはないという文人と聞き及んでいます。
わたしのようなわずかな才能の者でも、よく引立てくださいます。中流の食生活のものたちは皆、心からありがたく思っております。


(訳注)
寄劉尚書

劉尚書は、劉瞻をいう。河東の節度使であった当時、その徳をたたえて贈ったもの。
・劉尚書(りゅうしょ・つし上) 尚書は官名。尚書省の六曹(六部)の長官をいう。劉は劉階。


八座鎮雄軍,歌謠滿路新。
八座の長官が、勇猛果敢の強い軍隊を統轄、おかげで民は、どこもかしこも今さらのように平和の歌を楽しんでいます。
・八座 節度使の下にあった八つの部署。ふつうには左右僕射とその下の總吏部、禮部、兵部、都官、度支、工部等六部の長官をあわせて八座という。
・雄軍 勇猛果敢の強い軍隊。
・歌謠 平和なうた。政治のよさをうたったもの。


汾川三月雨,晉水百花春。
汾水流域は三月の長雨、晋水の辺には百花繚乱、昭義軍のおかげで、平和そのものの自然があふれています。
・汾川 山西省にある河。扮水。低くてしめりけの多い地。『詩経、魏風、汾沮洳』「彼汾沮洳、言采其莫」(彼の. 汾(汾水という川)の沮洳、言に其の莫. (野菜の一種)を采る)とある。「集伝」で. は、この「沮洳」を「水浸処、下湿之地」. という。
・百花(ひゃくか) あらゆる花。いろいろの花が咲き乱れること。転じて、秀でた人物が多く出て、すぐれた立派な業績が一時期にたくさん現れること。
・晉水 山西省にある河。澤州に李億の故郷に同行したことでこのちにくわしいのである。
汾水、晋水は昭義軍の本拠地である。


唐宋時代鄴城05




















囹圄長空鎖,幹戈久覆塵。
犯罪をおかす者などもなく、長い間獄舎が空いたままという。戦乱もなく、兵器も、武器庫の中で塵をかぶったままという。
・囹圄 囚人を拘禁しておく獄舎。
・幹戈(かんか) 武器。
・覆塵 塵をかぶっていること。武器を動かさない、つかわないから。覆はおおうの意。音フウ。


儒僧觀子夜,羈客醉紅茵。
儒者や僧侶までが宴席で「子夜歌」歌います。高貴な旅人が赤い毛氈の上で舞う妓女をみてよわれています。
・子夜 晋の時代の有名な歌姫の名。楽府に多くの子夜歌が伝えられている。ここではひろく歌妓をいう。
・羈客 馬で旅をする旅人。
・紅茵 赤い敷き物。その上で女が舞をまう。


筆硯行隨手,詩書坐繞身。
みごとな文章や詩歌を、どこにいってもつくられると。詩書を座右にして手放すことはないという文人と聞き及んでいます。


小材多顧盼,得作食魚人。
わたしのようなわずかな才能の者でも、よく引立てくださいます。中流の食生活のものたちは皆、心からありがたく思っております。
・小材 少しばかり才能のある者。
顧盼 ふりかえって見る。目にかける。世話をしてひきたてる。
食魚人(うおをくらうひと) 貧乏人でなく、中流の食生活のできる人。貧乏人は玉やその他の野菜はかり食べる。
女性詩人0053

寄題錬師 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-72-8-#五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1904



4. 寄題錬師

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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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4. 寄題錬師

寄題錬師 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-72-8-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1904


寄題錬師
霞彩剪爲衣、添香出繍幃。
色美しい霞を裁って衣とした道衣を身につけ、焚きこめた香の匂いをただよわせながら、単衣の帷の奥からあらわれた姿は、神秘的ですてきな姿です。
芙蓉花葉…、山水帔…稀。
薄絹に木芙蓉の花と葉が鮮やかに色濃い模様の美しい、とばりの向こうに庭の山水が映っていて、霞模様の着物がまれにみえている。
駐履聞鶯語、開籠放鶴飛。
庭さきに出た彼女は、足をとめてじっと鶯の聾の美しさに聞きほれているようです、また軒につるした籠をあけて、鶴を自由な空へ飛びたたせたりしています。
高堂春睡覚、暮雨正霏霏。
のどかな春の日、高楼の座敷で昼寝のゆっくりした夢からさめました、もう夕暮れちかくになっていて、春雨がしとしと降っているのです。


錬師に寄題す
霞彩を剪りて衣と為し、香を添へて 繍幃を出づ。
芙蓉 花葉…、山水 帔… 稀なり。
履を駐めて 鶯の語るを聞き、籠を開いて 鶴の飛ぶに放す。
高堂 春陸より覚むれば、暮雨 正に 霏霏たり。


女性詩人0053
『寄題錬師』 現代語訳と訳註
(本文)
寄題錬師
霞彩剪爲衣、添香出繍幃。芙蓉花葉 、山水帔霞稀。
駐履聞鶯語、開籠放鶴飛。高堂春睡覚、暮雨正霏霏。


(下し文)
錬師に寄題す
霞彩を剪りて衣と為し、香を添へて 繍幃を出づ。
芙蓉 花葉……、山水 帔霞 稀なり。
履を駐めて 鶯の語るを聞き、籠を開いて 鶴の飛ぶに放す。
高堂 春陸より覚むれば、暮雨 正に 霏霏たり。


(現代語訳)
色美しい霞を裁って衣とした道衣を身につけ、焚きこめた香の匂いをただよわせながら、単衣の帷の奥からあらわれた姿は、神秘的ですてきな姿です。
薄絹に木芙蓉の花と葉が鮮やかに色濃い模様の美しい、とばりの向こうに庭の山水が映っていて、霞模様の着物がまれにみえている。
庭さきに出た彼女は、足をとめてじっと鶯の聾の美しさに聞きほれているようです、また軒につるした籠をあけて、鶴を自由な空へ飛びたたせたりしています。
のどかな春の日、高楼の座敷で昼寝のゆっくりした夢からさめました、もう夕暮れちかくになっていて、春雨がしとしと降っているのです。


(訳注)
寄題錬師 

・寄題 鎌師を題にしてよんだという意。
・錬師 花街の女が官僚の女になったものの互いに呼び合った名前らしい。孫権の歩夫人にあやかっての呼び合っていたのであろう。ちなみに歩夫人は徐州臨淮郡淮陰(現在の江蘇省淮安市)の出身。呉に仕えた歩隲の同族。諱は「練師」だった(『建康実録』)。史書に名前が残る孫権の妻の一人。戦乱を避けて母と共に江東に移住した所、孫権に見初められて夫人となった。嫉妬しない性格だったため孫権が最も寵愛した夫人となった。孫権が皇帝に即位すると内心歩夫人を皇后にしようと考えていたが、皇太子の孫登や群臣達は孫登の養母である徐夫人を皇后にすることを望んでいた。しかし孫権は徐夫人の立后を拒否し、歩夫人もまた皇后につこうとせず238年に没した。
孫権はあらためて歩夫人に皇后の位を追贈し、孫権死後に陵墓である「蒋陵」に一緒に葬られることになった。


霞彩剪爲衣、添香出繍幃。
色美しい霞を裁って衣とした道衣を身につけ、焚きこめた香の匂いをただよわせながら、単衣の帷の奥からあらわれた姿は、神秘的ですてきな姿です。
霞彩 色あざやかなかすみ。
・繍幃(しゅぅい) 繍はぬいとり、幃はひとえのとばり。単帳のこと。


芙蓉花葉、山水帔稀。
薄絹に木芙蓉の花と葉が鮮やかに色濃い模様の美しい、とばりの向こうに庭の山水が映っていて、霞模様の着物がまれにみえている。
・芙蓉花葉、山水帔稀。の部分の意味として、"注意深い ・ かゆい所に手の届く ・ 十分な ・ (密度の)濃、愛情・信用などが厚い(情の)濃い ・ (情の)こもった ・ 親密な(関係) ・ こまやかな ・ 密な(往来) ・ 手厚い(看護) ・ (~を)信頼して ・ 頼りにして."などの意味の語であろう。
・芙蓉 葵科の落葉濯木。花は大形で淡紅色または白色であり、観賞用になる。「芙蓉」はハスの美称でもあることから、とくに区別する際には「木芙蓉」(もくふよう)とも呼ばれる。
・帔霞 帔は、もすそ、またはそでなしの羽織。霞吸は、道士の服で霞のもようのついたもの。


駐履聞鶯語、開籠放鶴飛。
庭さきに出た彼女は、足をとめてじっと鶯の聾の美しさに聞きほれているようです、また軒につるした籠をあけて、鶴を自由な空へ飛びたたせたりしています。
・履 くつ、はきもの。


高堂春睡覚、暮雨正霏霏。
のどかな春の日、高楼の座敷で昼寝のゆっくりした夢からさめました、もう夕暮れちかくになっていて、春雨がしとしと降っているのです。
・高堂(こうどう) 高くかまえたりつばな家。高楼の座敷
・霏霏 雨や雪の盛んにふるさま。
韋荘の『淸平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」とある。

寄國香 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-71-7-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1900

3. 寄國香



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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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寄國香 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-71-7-#五言律詩   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1900



寄國香
旦夕醉吟身,相思又此春。
朝晩、酒宴にでて詩詞を作り、吟じています。思いを寄せていたあの人とではなく、ただ春の思いをしているだけなのです。
雨中寄書使,窗下斷腸人。
春の長雨の中あなたからの手紙を持ってきた使いの人が来てくれたのです。わたしは窓の下でいくら待っても来ない男を待つだけのひとでいます。
山捲珠簾看,愁隨芳草新。
ここは隠霧亭のある山があり、ここからも玉すだれをかかげて山を望みます。愁いの気持ちはこの春の新しく芽を出した芳草を見て沈んだ心になります。
別來清宴上,幾度落梁塵。
別離のための立派な宴会があるでしょう、わたしたち女は幾たびもあの部屋の梁の上に降り重なり塵埃のように同じことの繰り返しを経験していくのです。

國香に寄す
旦夕酔吟の身、相思何れの虞にか申べん。
雨中書を寄する使、窗下腸を断つの人。
山は珠簾を捲いて 看る、愁は芳草に随って 新なり。
別来清宴の上、幾度か 梁塵を落したまひしならん。

菜の花mm










『寄國香』 現代語訳と訳註
(本文)

寄國香
旦夕醉吟身,相思又此春。
雨中寄書使,窗下斷腸人。
山捲珠簾看,愁隨芳草新。
別來清宴上,幾度落梁塵。


(下し文)
國香に寄す
旦夕酔吟の身、相思何れの虞にか申べん。
雨中書を寄する使、窗下腸を断つの人。
山は珠簾を捲いて 看る、愁は芳草に随って 新なり。
別来清宴の上、幾度か 梁塵を落したまひしならん。


(現代語訳)
朝晩、酒宴にでて詩詞を作り、吟じています。思いを寄せていたあの人とではなく、ただ春の思いをしているだけなのです。
春の長雨の中あなたからの手紙を持ってきた使いの人が来てくれたのです。わたしは窓の下でいくら待っても来ない男を待つだけのひとでいます。
ここは隠霧亭のある山があり、ここからも玉すだれをかかげて山を望みます。愁いの気持ちはこの春の新しく芽を出した芳草を見て沈んだ心になります。
別離のための立派な宴会があるでしょう、わたしたち女は幾たびもあの部屋の梁の上に降り重なり塵埃のように同じことの繰り返しを経験していくのです。

美女画555




(訳注)
寄國香

図香というのは、歌妓(垂者)の名であろう。彼女が李億の妾となる前から、長安で親しかった歌枝で、それがはるばる今彼女のいる鄂州へ便りをくれたことに対し、返事した詩である。
この詩では李億に捨てられたことは芸妓の身である以上裂離ということを覚悟をしているのだ。





旦夕醉吟身,相思又此春。
朝晩、酒宴にでて詩詞を作り、吟じています。思いを寄せていたあの人とではなく、ただ春の思いをしているだけなのです。
・旦夕 朝・晩。
・酔吟 酔って詩や歌を口ずさむこと。


雨中寄書使,窗下斷腸人。
春の長雨の中あなたからの手紙を持ってきた使いの人が来てくれたのです。わたしは窓の下でいくら待っても来ない男を待つだけのひとでいます。
・寄書使 国香からの手紙をもってきた使者。


山捲珠簾看,愁隨芳草新。
ここは隠霧亭のある山があり、ここからも玉すだれをかかげて山を望みます。愁いの気持ちはこの春の新しく芽を出した芳草を見て沈んだ心になります。
・山捲珠簾看 白居易『香炉峰下新卜山居 草堂初成偶題東壁』(香炉峰の雪は簾を撥かかげて看る、隠棲した後ゆっくりとしたした気持ちを云う。)に基づいている。


別來清宴上,幾度落梁塵。
別離のための立派な宴会があるでしょう、わたしたち女は幾たびもあの部屋の梁の上に降り重なり塵埃のように同じことの繰り返しを経験していくのです。
・清宴 官僚が列席した立派な宴会。魚玄機たちは官妓であった。中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里にあった。
・梁塵 寝牀に寝て見えるのが梁や天井であることから男と寝牀を共にすることを意味し、男女の別れを意味している。

唐才子傳 辛文房  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-70-6-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1897

辛文房『唐才子傳』卷八

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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唐才子傳 辛文房  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-70-6-#2   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1897


辛文房『唐才子傳』卷八

魚玄機,長安人,女道士也。
魚玄機は、長安の人であり、女道士である。
性聰慧,好讀書,尤工韻調,情致繁縟。
性格は、聡慧であり、読書を好み、尤も詩詞の韻調に技巧に卓越しており、詩のおもむきはまつわりつきわずらわしいものである。
咸通中及笄,為李億補闕侍寵。
咸通中、金が支払われ、魚玄機は李億補閥にかこわれ妻となって行動を共にしたのだ。
夫人妒,不能容,億遣隸咸宜觀披戴。
しかし李億夫人の嫉妬によって、同居することはできなかった。そして、李億は他の女と手に取って赴任先に向かった。李億は、咸宜觀に金を払い魚玄機はそこにはいった。
有怨李詩云:“易求無價寶,難得有心郎。”
李公を怨むという詩『贈鄰女』があって日っているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
與李郢端公同巷,居止接近,詩筒往反。
李郢端公の詩に言う「一場春夢」と春の夜に見るひとときだけの短い夢と巷でいうことと同じのことであった。李億の住居と離れたとろろが選ばれた。書簡のやり取りはできたのである。
復與溫庭筠交游,有相寄篇什。
しかし、復た温庭筠とは交遊したのである、特に詩篇什を相互に寄せていたのである。
嘗登崇真觀南樓,睹新進士題名,

かつて崇真観の南樓に登り、三月、及第した新進士が壁に題名を書いているのを見た。

賦詩曰:
魚玄機の絶句の詩にいっている、
“云峰滿目放春情,歷歷銀鉤指下生。
 自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。”
「見渡す彼方には雲の峯が。くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に画かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできないのです。音に生れていればなあと思うのです。」と。

觀其志意激切,使為一男子,
この詩を見るように魚玄機の気性はかなり強く激しいものであることがわかる。男子と生まれていればなあということだ。
必有用之才,作者頗賞憐之。
若し男であったなら必らず有用有能な人材になったであろうと思う。魚玄機の作った詩はひとかどのものならだれもが賞賛し女であることを哀れんだものなのである。
時京師諸宮宇女郎,皆清俊濟楚,
この時、彼女は長安城内の官妓娼家の芸妓であった。だれも皆が清俊にして秀美であるとおもったものである。
簪星曳月,惟以吟詠自遣,
一時期は星を簪にし月を曳くほどの勢いを持っていた。それも、惟だ、吟詠をすれば誰もが自然と心惹かれていくものであった
玄機杰出,多見酬酢云。
魚玄機は傑出したそんざいであったことはまちがいない。一度に多く酒を酌(く)み交わすことで接客ができたという。
有詩集一卷,今傳。
詩集一巻あり、これは今に伝えられて残っている。

魚玄機は、長安の人、女道士なり。
性、聡慧にして、読書を好み、尤も韻調に工に、情致緊縟なり。
咸通中、笄に及び、李億補閥のために寵に侍す。
夫人妒にして、容るること能はず。
億、咸宜觀に隷して披戴せしむ。
李を怨むの詩あって云ふ、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
李郢端公と巷を同じうし、居接近を止み、詩筒往反す。
復た温庭筠と交遊し、篇什を相寄するあり。
嘗て崇真観の南樓に登り、新進士の題名を睹、

詩を賦して日く、「雲峯満目春情を放つ、歴歴銀鉤指下に生ず、自ら恨む羅衣の詩句を掩ふを、頭を挙げて空しく羨む榜中の名。」と。
その志意の激切なるを観る、男子と作らしめば、必らず有用の才となりしならん。識者頗る之を賞憐す。
時に京師の諸官宇の女郎、皆清俊にして秀美、
星を簪にし月を曳き、惟、吟詠を以て懐を迫る。
玄機は杰出し、多く酬酢を見ると云ふ、
詩集一巻あり、今に伝ふと。


李清照0055










『唐才子傳』卷八 辛文房 現代語訳と訳註
 (本文)
賦詩曰:“云峰滿目放春情,歷歷銀鉤指下生。
自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。”
觀其志意激切,使為一男子,
必有用之才,作者頗賞憐之。
時京師諸宮宇女郎,皆清俊濟楚,
簪星曳月,惟以吟詠自遣,
玄機杰出,多見酬酢云。
有詩集一卷,今傳。


(下し文)
詩を賦して日く、
「雲峯満目春情を放つ、歴歴銀鉤指下に生ず。
自ら恨む羅衣の詩句を掩ふを、頭を挙げて空しく羨む榜中の名。」と。
その志意の激切なるを観る、男子と作らしめば、必らず有用の才となりしならん。識者頗る之を賞憐す。
時に京師の諸官宇の女郎、皆清俊にして秀美、
星を簪にし月を曳き、惟、吟詠を以て懐を迫る。
玄機は杰出し、多く酬酢を見ると云ふ、
詩集一巻あり、今に伝ふと。


(現代語訳)
魚玄機の絶句の詩にいっている、「見渡す彼方には雲の峯が。くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に画かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできないのです。音に生れていればなあと思うのです。」と。
この詩を見るように魚玄機の気性はかなり強く激しいものであることがわかる。男子と生まれていればなあということだ。
若し男であったなら必らず有用有能な人材になったであろうと思う。魚玄機の作った詩はひとかどのものならだれもが賞賛し女であることを哀れんだものなのである。
この時、彼女は長安城内の官妓娼家の芸妓であった。だれも皆が清俊にして秀美であるとおもったものである。
一時期は星を簪にし月を曳くほどの勢いを持っていた。それも、惟だ、吟詠をすれば誰もが自然と心惹かれていくものであった
魚玄機は傑出したそんざいであったことはまちがいない。一度に多く酒を酌(く)み交わすことで接客ができたという。
詩集一巻あり、これは今に伝えられて残っている。


(訳注)
辛文房『唐才子傳』卷八

・唐才子傳 元の辛文房の撰。唐代詩人の伝記集で、278人(付伝を含めると398人)の小伝を載せる。『唐書』に伝記があるものは百人余りに過ぎないので、本書の価値は高い。この書は、中国では完本が伝わらず、日本で出版された「佚存叢書」によって逆輸入された。
・辛文房 元の西域人1324年)官居省郎之職能诗﹐与王执谦﹑杨载齐名。


賦詩曰:
“云峰滿目放春情,歷歷銀鉤指下生。
 自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。”
魚玄機の絶句の詩にいっている、「見渡す彼方に雲の峯がみえますが、くっきりとした晴れた春の日が目にいっぱいに入り高楼の上で春を感じるのです。壁に達筆で書かれたお名前を一つ一つを指でさしてみているのです。そこには達筆で書かれた新しく及第した進士の人の名前なのです。
だけど私が女であるためどんなに上手に詩詞を作っても及第進士の方に加わることはできない、男に生れていればなあと思うのです。」
・辛文房は魚玄機の若いころの作で『游崇真觀南樓覩新及第題名處』の詩をここにあげた。李に聘ぜられる前の事である。崇真觀に行った魚玄機は南楼の壁に状元以下の及第した進士が名を掻きつけたのを見て書いた詩がこの絶句である。訳注解説については後日のブログに掲載する。


觀其志意激切,使為一男子,
この詩を見るように魚玄機の気性はかなり強く激しいものであることがわかる。男子と生まれていればなあということだ。


必有用之才,作者頗賞憐之。
若し男であったなら必らず有用有能な人材になったであろうと思う。魚玄機の作った詩はひとかどのものならだれもが賞賛し女であることを哀れんだものなのである。


時京師諸宮宇女郎,皆清俊濟楚,
この時、彼女は長安城内の官妓娼家の芸妓であった。だれも皆が清俊にして秀美であるとおもったものである。
・諸宮宇 官妓娼家。節婦 囲われている女性(民妓)だが、節操の正しい婦人。貞節な女性。貴族は側室として芸妓を迎え入れている。後ろに参考までに芸妓の概略を示す。


簪星曳月,惟以吟詠自遣,
一時期は星を簪にし月を曳くほどの勢いを持っていた。それも、惟だ、吟詠をすれば誰もが自然と心惹かれていくものであった。


玄機杰出,多見酬酢云。
魚玄機は傑出したそんざいであったことはまちがいない。一度に多く酒を酌(く)み交わすことで接客ができたという。
・杰出 傑出した,とび抜けた.
・酬酢 (1)主人と客が互いに酒を酌(く)み交わすこと。 (2)応対すること。


有詩集一卷,今傳。
詩集一巻あり、これは今に伝えられて残っている。


宮島(9)








芸妓について

妓女(ぎじょ)は、中国における遊女もしくは芸妓のこと。娼妓、娼女という呼称もある。歌や舞、数々の技芸で人々を喜ばせ、時には宴席の接待を取り持つこともあった。娼婦を指すこともある。また、道教の寺観にも娼婦に近い巫女がいた。この時代において、女性が男性と対等にできる唯一の場所であった。
もともとは国家による強制的な徴発と戦時獲得奴隷が主な供給源だったと考えられるが、罪人の一族を籍没(身分を落とし、官の所有とする制度)する方法が加わった。また、民間では人身売買による供給が一般的であった。区分すると以下の通り。
(1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

1 宮妓
皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。


2 家妓
高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。


3営妓
軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。

4官妓
中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。
唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。


5民妓
民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。

6.道妓
道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。



妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。

妓女の部屋もまた、趣味がよく風雅であり、文人の書斎風になっているものもあった。李白の作品、李商隠の作品で登場する部隊はここの琴である。

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唐才子傳 辛文房  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-69-5#1   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1892

唐才子傳 辛文房

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李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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唐才子傳 辛文房  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-69-5#1    漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1892




辛文房『唐才子傳』卷八

魚玄機,長安人,女道士也。
魚玄機は、長安の人であり、女道士である。
性聰慧,好讀書,尤工韻調,情致繁縟。
性格は、聡慧であり、読書を好み、尤も詩詞の韻調に技巧に卓越しており、詩のおもむきはまつわりつきわずらわしいものである。
咸通中及笄,為李億補闕侍寵。
しかし李億夫人の嫉妬によって、同居することはできなかった。そして、李億は他の女と手に取って赴任先に向かった。李億は、咸宜觀に金を払い魚玄機はそこにはいった。
夫人妒,不能容,億遣隸咸宜觀披戴。
しかし李億夫人の嫉妬によって、同居することはできなかった。そして、李億は他の女と手に取って赴任先に向かった。李億は、咸宜觀に金を払い魚玄機はそこにはいった。
有怨李詩云:“易求無價寶,難得有心郎。”
李公を怨むという詩『贈鄰女』があって日っているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
與李郢端公同巷,居止接近,詩筒往反。
李郢端公の詩に言う「一場春夢」と春の夜に見るひとときだけの短い夢と巷でいうことと同じのことであった。李億の住居と離れたとろろが選ばれた。書簡のやり取りはできたのである。
復與溫庭筠交游,有相寄篇什。
しかし、復た温庭筠とは交遊したのである、特に詩篇什を相互に寄せていたのである。
嘗登崇真觀南樓,睹新進士題名,

かつて崇真観の南樓に登り、三月、及第した新進士が壁に題名を書いているのを見た。

賦詩曰:“云峰滿目放春情,歷歷銀鉤指下生。
自恨羅衣掩詩句,舉頭空羨榜中名。”
觀其志意激切,使為一男子,
必有用之才,作者頗賞憐之。
時京師諸宮宇女郎,皆清俊濟楚,
簪星曳月,惟以吟詠自遣,
玄機杰出,多見酬酢云。
有詩集一卷,今傳。


魚玄機は、長安の人、女道士なり。
性、聡慧にして、読書を好み、尤も韻調に工に、情致緊縟なり。
咸通中、笄に及び、李億補閥のために寵に侍す。
夫人妒にして、容るること能はず。
億、咸宜觀に隷して披戴せしむ。
李を怨むの詩あって云ふ、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
李郢端公と巷を同じうし、居接近を止み、詩筒往反す。
復た温庭筠と交遊し、篇什を相寄するあり。
嘗て崇真観の南樓に登り、新進士の題名を睹、

詩を賦して日く、「雲峯満目春情を放つ、歴歴銀鉤指下に生ず、自ら恨む羅衣の詩句を掩ふを、頭を挙げて空しく羨む榜中の名。」と。
その志意の激切なるを観る、男子と作らしめば、必らず有用の才となりしならん。識者頗る之を賞憐す。
時に京師の諸官宇の女郎、皆清俊にして秀美、
星を簪にし月を曳き、惟、吟詠を以て懐を迫る。
玄機は杰出し、多く酬酢を見ると云ふ、
詩集一巻あり、今に伝ふと。

女性詩人0053














『唐才子傳』卷八 辛文房 現代語訳と訳註
(本文)

魚玄機,長安人,女道士也。
性聰慧,好讀書,尤工韻調,情致繁縟。
咸通中及笄,為李億補闕侍寵。
夫人妒,不能容,億遣隸咸宜觀披戴。
有怨李詩云:“易求無價寶,難得有心郎。”
與李郢端公同巷,居止接近,詩筒往反。
嘗登崇真觀南樓,睹新進士題名,


(下し文)
魚玄機は、長安の人、女道士なり。
性、聡慧にして、読書を好み、尤も韻調に工に、情致緊縟なり。
咸通中、笄に及び、李億補閥のために寵に侍す。
夫人妒にして、容るること能はず。
億、咸宜觀に隷して披戴せしむ。
李を怨むの詩あって云ふ、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
李郢端公と巷を同じうし、居接近を止み、詩筒往反す。
復た温庭筠と交遊し、篇什を相寄するあり。
嘗て崇真観の南樓に登り、新進士の題名を睹、


(現代語訳)
魚玄機は、長安の人であり、女道士である。
性格は、聡慧であり、読書を好み、尤も詩詞の韻調に技巧に卓越しており、詩のおもむきはまつわりつきわずらわしいものである。
しかし李億夫人の嫉妬によって、同居することはできなかった。そして、李億は他の女と手に取って赴任先に向かった。李億は、咸宜觀に金を払い魚玄機はそこにはいった。
李公を怨むという詩『贈鄰女』があって日っているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
李郢端公の詩に言う「一場春夢」と春の夜に見るひとときだけの短い夢と巷でいうことと同じのことであった。李億の住居と離れたとろろが選ばれた。書簡のやり取りはできたのである。
しかし、復た温庭筠とは交遊したのである、特に詩篇什を相互に寄せていたのである。
かつて崇真観の南樓に登り、三月、及第した新進士が壁に題名を書いているのを見た。

華山000
(訳注)
辛文房『唐才子傳』卷八

・唐才子傳 元の辛文房の撰。唐代詩人の伝記集で、278人(付伝を含めると398人)の小伝を載せる。『唐書』に伝記があるものは百人余りに過ぎないので、本書の価値は高い。この書は、中国では完本が伝わらず、日本で出版された「佚存叢書」によって逆輸入された。
辛文房 元の西域人1324年)官居省郎之職能诗﹐与王执谦﹑杨载齐名。


魚玄機,長安人,女道士也。
魚玄機は、長安の人であり、女道士である。


性聰慧,好讀書,尤工韻調,情致繁縟。
性格は、聡慧であり、読書を好み、尤も詩詞の韻調に技巧に卓越しており、詩のおもむきはまつわりつきわずらわしいものである。
・情致 おもむき。風情。情緒。情趣。
・緊縟 まつわりつきわずらわしいもの。


咸通中及笄,為李億補闕侍寵。
咸通中、金が支払われ、魚玄機は李億補閥にかこわれ妻となって行動を共にしたのだ。
・笄 1 髪をかき上げるのに使った、箸(はし)に似た細長い道具。銀・象牙などで作る。2 女性の髷(まげ)に横に挿して飾りとする道具。ここでは、見受けをしたということ。


夫人妒,不能容,億遣隸咸宜觀披戴。
しかし李億夫人の嫉妬によって、同居することはできなかった。そして、李億は他の女と手に取って赴任先に向かった。李億は、咸宜觀に金を払い魚玄機はそこにはいった。
・妒 ねたむ、 そねむ、 つもる、 ふさぐ。
・李億 魚玄機の夫。
・咸宜觀 長安の道教、咸宜観で李は玄機に大金を残したため、玄機 はのんびり暮らせた。彼女はいつも作 詩したり本を読んだりして、たまにやや 文字を識る士人が来て詩を乞(こ)い書 を求めることをして愉しんだ。


有怨李詩云:“易求無價寶,難得有心郎。”
李公を怨むという詩『贈鄰女』があって日っているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。

贈隣女
羞日遮羅袖、愁春懶起粧。
易求無價宝、難得有心郎。
枕上潜垂涙、花間暗断腸。
自能窺宋玉、何必恨王昌
贈鄰女 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-66-2-#五言律詩  2.贈鄰女 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1880

與李郢端公同巷,居止接近,詩筒往反。
李郢端公の詩に言う「一場春夢」と春の夜に見るひとときだけの短い夢と巷でいうことと同じのことであった。李億の住居と離れたとろろが選ばれた。書簡のやり取りはできたのである。
・李郢端公 盧延譲「李郢端公を哭こくす」・一場春夢(いちじょうしゅんむ・いちじょうのしゅんむ) 《四熟》 春の夜に見るひとときだけの短い夢。人の栄華が、極めて儚(はかな)く消えてしまうことの喩え。 類:●一場の夢●一炊之夢●邯鄲之夢●黄粱一炊●盧生之夢 出典:盧延譲の詩「哭李郢端公」「詩侶酒徒消散盡、一場春夢越王城」


復與溫庭筠交游,有相寄篇什。
しかし、復た温庭筠とは交遊したのである、特に詩篇什を相互に寄せていたのである。
溫庭筠 このブログで60首の訳註解説している。晩唐の大詞人。詩人でもある。花間集では彼の作品が一番多く、六十六首も採用されており、このことから花間鼻祖とも称されている。


嘗登崇真觀南樓,睹新進士題名,
かつて崇真観の南樓に登り、三月、及第した新進士が壁に題名を書いているのを見た。
・この句は森鴎外の小説のもとになった文である。ある日玄機は崇真観(しゅうしんかん)に往って、南楼に状元(じょうげん)以下の進士等が名を題したのを見て、慨然として詩を賦(ふ)した。

北夢瑣言 孫光憲  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-68-4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1888


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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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北夢瑣言 孫光憲  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-68-4   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1888


北夢瑣言 卷九
唐女道魚玄機字蕙蘭,甚有才思。
魚元機は晩唐の女道士であり、字を蕙蘭という。とても才能思想の持ち主である、
鹹通中,為李憶補闕執箕帚,
咸通元年、李億補闕の妻妾として仕えることとなる。
後愛衰,下山隸咸宜觀為女道士。
しかし、その後、夫李億の愛衰へ他の女のもとにいった、魚玄機は山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。

有怨李公詩曰:“易求無價寶,難得有心郎。”
李公を怨むという詩『贈鄰女』があっていっているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
又雲:“蕙蘭銷歇歸春浦,楊柳東西伴客舟。”
又別の詩『寄子安』に言う、「香りのよい蘭の花も色あせ香しい香りも消え失せて春浦の街に帰るのです、ここには柳が植えられた岸辺、男と女、楊と柳とが東と西にわかれるあなたの舟をつないでいます。」と。
自是縱懷,乃娼婦也,
こういうことでこの日から自由勝手に男の人を好きになれることになった。すなわちそれは娼婦に戻るということである。
竟以殺侍婢為京兆尹溫璋殺之。有集行於世。

そんなことがあって竟に魚玄機は召使の女を殺してしまうのであり、長安の市長 溫璋 は魚玄機に死罪を与えた。魚玄機の詩集は発行され世に広まったのである。

唐の女道、魚元機、字を蕙蘭という。甚だ才思あり。
咸通中、李億補闕のために箕帚を執る。
後、愛衰へて、山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。
李公を怨むの詩あって日う、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
又云ふ、「蕙蘭銷歇して春浦に帰り、楊柳東西に客舟を伴(絆)ぐ。と。是れより縦懐、乃ち娼婦なり。竟に、侍婢を殺すを以て、京兆の尹温璋、之を殺すところとなる。集ありて世に行はる。


美女画555















『北夢瑣言』 現代語訳と訳註
(本文)

有怨李公詩曰:“易求無價寶,難得有心郎。”
又雲:“蕙蘭銷歇歸春浦,楊柳東西伴客舟。”
自是縱懷,乃娼婦也,
竟以殺侍婢為京兆尹溫璋殺之。有集行於世。


(下し文)
李公を怨むの詩あって日う、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
又云ふ、「蕙蘭銷歇して春浦に帰り、楊柳東西に客舟を伴(絆)ぐ。と。是れより縦懐、乃ち娼婦なり。竟に、侍婢を殺すを以て、京兆の尹温璋、之を殺すところとなる。集ありて世に行はる。
 

(現代語訳)
李公を怨むという詩『贈鄰女』があっていっているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
又別の詩『寄子安』に言う、「香りのよい蘭の花も色あせ香しい香りも消え失せて春浦の街に帰るのです、ここには柳が植えられた岸辺、男と女、楊と柳とが東と西にわかれるあなたの舟をつないでいます。」と。
こういうことでこの日から自由勝手に男の人を好きになれることになった。すなわちそれは娼婦に戻るということである。
そんなことがあって竟に魚玄機は召使の女を殺してしまうのであり、長安の市長 溫璋 は魚玄機に死罪を与えた。魚玄機の詩集は発行され世に広まったのである。


(訳注)
北夢瑣言【ほくぼうさげん】 逸話集。宋の孫光憲著。20巻。唐以降の逸話類を記したもの。光憲は夢沢の北に住んだので「北夢」と言った。
・孫光憲(?~968?)  字は孟文、号は葆光子。貴平の人。農家に生まれたが、学問を好んだ。後唐に仕えて陵州判官となった。のちに江陵に居を移し、高季興に仕えた。高季興が楚と決戦しようとしたのを諫めて止めさせたという。荊南三代に仕えて、荊南節度副使・検校秘書少監を歴任した。乾徳元年(963)、高継冲に勧めて、領土を宋の太祖に献じさせた。この功績で黄州刺史に任ぜられた。


有怨李公詩曰:“易求無價寶,難得有心郎。”
李公を怨むという詩『贈鄰女』があって日っているのは、「どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。」と。
・易求無價寶,難得有心郎。
魚玄機『贈鄰女』
羞日遮羅袖、愁春懶起粧。
易求無價宝、難得有心郎。
枕上潜垂涙、花間暗断腸。
自能窺宋玉、何必恨王昌。


自能窺宋玉、何必恨王昌。
どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。
・有心郎(ゆうしんのろう) ほんとうに心から自分を愛してくれる男。


又雲:“蕙蘭銷歇歸春浦,楊柳東西伴客舟。”
又別の詩『寄子安』に言う、「香りのよい蘭の花も色あせ香しい香りも消え失せて春浦の街に帰るのです、ここには柳が植えられた岸辺、男と女、楊と柳とが東と西にわかれるあなたの舟をつないでいます。」と。
魚玄機『寄子安』
醉別千卮不浣愁,離腸百結解無由。
蕙蘭銷歇歸春圃, 楊柳東西絆客舟。
聚散已悲雲不定,恩情須學水長流。
有花時節知難遇,未肯厭厭醉玉樓。


自是縱懷,乃娼婦也,
こういうことでこの日から自由勝手に男の人を好きになれることになった。すなわちそれは娼婦に戻るということである。
・縱懷 思いをほしいままにする。自由勝手に男の人を好きになれること。


竟以殺侍婢為京兆尹溫璋殺之。有集行於世。
そんなことがあって竟に魚玄機は召使の女を殺してしまうのであり、長安の市長 溫璋 は魚玄機に死罪を与えた。魚玄機の詩集は発行され世に広まったのである。
終南山06

北夢瑣言 孫光憲  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-67-3-# 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1884

北夢瑣言 卷九


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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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北夢瑣言 孫光憲  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-67-3-# 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1884


北夢瑣言 卷九
唐女道魚玄機字蕙蘭,甚有才思。
魚元機は晩唐の女道士であり、字を蕙蘭という。とても才能思想の持ち主である、
鹹通中,為李憶補闕執箕帚,
咸通元年、李億補闕の妻妾として仕えることとなる。
後愛衰,下山隸咸宜觀為女道士。
しかし、その後、夫李億の愛衰へ他の女のもとにいった、魚玄機は山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。

有怨李公詩曰:“易求無價寶,難得有心郎。”
又雲:“蕙蘭銷歇歸春浦,楊柳東西伴客舟。”
自是縱懷,乃娼婦也,
竟以殺侍婢為京兆尹溫璋殺之。有集行於世。


唐の女道、魚元機、字を蕙蘭という。甚だ才思あり。
咸通中、李億補闕のために箕帚を執る。
後、愛衰へて、山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。
李公を怨むの詩あって日う、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
又云ふ、「蕙蘭銷歇して春浦に帰り、楊柳東西に客舟を伴(絆)ぐ。と。是れより縦懐、乃ち娼婦なり。竟に、侍婢を殺すを以て、京兆の尹温璋、之を殺すところとなる。集ありて世に行はる。

女性詩人0053














『北夢瑣言』 現代語訳と訳註
(本文)

唐女道魚玄機字蕙蘭,甚有才思。鹹通中,為李憶補闕執箕帚,後愛衰,下山隸咸宜觀為女道士。
有怨李公詩曰:“易求無價寶,難得有心郎。”又雲:“蕙蘭銷歇歸春浦,楊柳東西伴客舟。”自是縱懷,乃娼婦也,竟以殺侍婢為京兆尹溫璋殺之。有集行於世。


(下し文)
唐の女道、魚元機、字を蕙蘭という。甚だ才思あり。
咸通中、李億補闕のために箕帚を執る。
後、愛衰へて、山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。
李公を怨むの詩あって日う、「無価の宝を求むることは易きも、有心の郎を得ることは難し。」と。
又云ふ、「蕙蘭銷歇して春浦に帰り、楊柳東西に客舟を伴(絆)ぐ。と。是れより縦懐、乃ち娼婦なり。竟に、侍婢を殺すを以て、京兆の尹温璋、之を殺すところとなる。集ありて世に行はる。


(現代語訳)
魚元機は晩唐の女道士であり、字を蕙蘭という。とても才能思想の持ち主である、
咸通元年、李億補闕の妻妾として仕えることとなる。
しかし、その後、夫李億の愛衰へ他の女のもとにいった、魚玄機は山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。



(訳注)
・北夢瑣言【ほくぼうさげん】 逸話集。宋の孫光憲著。20巻。唐以降の逸話類を記したもの。光憲は夢沢の北に住んだので「北夢」と言った。
・孫光憲(?~968?)  字は孟文、号は葆光子。貴平の人。農家に生まれたが、学問を好んだ。後唐に仕えて陵州判官となった。のちに江陵に居を移し、高季興に仕えた。高季興が楚と決戦しようとしたのを諫めて止めさせたという。荊南三代に仕えて、荊南節度副使・検校秘書少監を歴任した。乾徳元年(963)、高継冲に勧めて、領土を宋の太祖に献じさせた。この功績で黄州刺史に任ぜられた。


唐女道魚玄機字蕙蘭,甚有才思。
魚元機は晩唐の女道士であり、字を蕙蘭という。とても才能思想の持ち主である、


鹹通中,為李憶補闕執箕帚,
咸通元年、李億補闕の妻妾として仕えることとなる。
・鹹通中 咸通年間中(860 ~873年)のこと。ここは元年。
・李億補闕 魚玄機の夫。
・箕帚 【きそう】ちりとりと、ほうき。また、掃除をすること。きしゅう。箕帚を執る掃除する。また、妻妾として仕える。
森鴎外の「魚玄機」には次のように書いている。
温庭筠の友に李億と云う素封家があった。年は温より十ばかりも少くて頗る詞賦を解していた。
咸通元年の春であった。久しく襄陽に往っていた温が長安に還ったので、李がその寓居を訪ねた。襄陽では、温は刺史徐商の下で小吏になって、やや久しく勤めていたが、終に厭倦【えんけん】を生じて罷めたのである。
温の机の上に玄機の詩稿があった。李億はそれを見て
歎称した。そしてどんな女かと云った。温は三年前
から詩を教えている、花の如き少女だと告げた。それ
を聞くと、李億は精【くわ】しく魚家のある街を問うて、何か思うことありげに、急いで座を起った。
李は温の所を辞して、径【ただ】ちに魚家に往って、玄機を納【い】れて側室にしようと云った。玄機の両親は幣の厚いのに動された。
玄機は出でて李と相見た。今年はもう十八歳になっている。その容貌の美しさは、温の初て逢った時の比ではない。李もまた白皙【はくせき】の美丈夫である。李は切に請い、玄機は必ずしも拒まぬので、約束は即時に成就して、数日の後に、李は玄機を城外の林亭に迎え入れた。
 こうして李億の妻になったのである。


後愛衰,下山隸咸宜觀為女道士。
しかし、その後、夫李億の愛衰へ他の女のもとにいった、魚玄機は山を下り、咸宜観に隷して女道士となる。

寒梅002

贈鄰女 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-66-2-#五言律詩 2.贈鄰女 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1880

2. 贈鄰女

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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贈鄰女 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-66-2-#五言律詩  2.贈鄰女 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1880






贈隣女
羞日遮羅袖、愁春懶起粧。
 今朝方まで眠れず、今、真昼のあかるい日ざしが眩しく、化粧も直していなくて、お日さまにはずかしい。うすものの袖で、顔と胸もとをおおってしまうのです。窓の外に、小鳥がさえずりが聞こえてきます。
易求無價宝、難得有心郎。
どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。
枕上潜垂涙、花間暗断腸。
わたしはやはり宋玉のような、美しいお方でりっはな詩人のかたを好きになってこの身をささげたいとおもいます。だからどんなことがあっても「王昌」の故事のように「東家の人」が良かったなんてどうして憾むことなんかすることなどないのです。
自能窺宋玉、何必恨王昌。

わたしはやはり宋玉のような、美しいお方でりっはな詩人のかたを好きになってこの身をささげたいとおもいます。だからどんなことがあっても「王昌」の故事のように「東家の人」が良かったなんてどうして憾むことなんかすることなどないのです。
(獨憐無限思、吟罷亜枝松。)
日を羞じて羅袖【らしゅう】を遮り、春を愁いて 起きて粧するに懶【】うし。
無價【むか】の宝を求むることは易すきも、有心の郎を得ることは難し。
枕の上に潜【ひそ】かに涙を垂れ、花の間に暗して腸を。断る
自ら能く宋玉を窺い、何ぞ必ず王昌を恨まん。

(限ることの無い思い獨り憐み、枝松に亜ぎんことに吟ずること罷む。)

曉鶯005



2.『贈隣女』 現代語訳と訳註
(本文)
贈鄰女
羞日遮羅袖、愁春懶起粧。
易求無價宝、難得有心郎。
枕上潜垂涙、花間暗断腸。
自能窺宋玉、何必恨王昌。


(下し文)
日を羞じて羅袖【らしゅう】を遮り、春を愁いて 起きて粧するに懶【】うし。
無價【むか】の宝を求むることは易すきも、有心の郎を得ることは難し。
枕の上に潜【ひそ】かに涙を垂れ、花の間に暗して腸を。断る
自ら能く宋玉を窺い、何ぞ必ず王昌を恨まん。
(限ることの無い思い獨り憐み、枝松に亜ぎんことに吟ずること罷む。)


(現代語訳)
今朝方まで眠れず、今、真昼のあかるい日ざしが眩しく、化粧も直していなくて、お日さまにはずかしい。うすものの袖で、顔と胸もとをおおってしまうのです。窓の外に、小鳥がさえずりが聞こえてきます。
どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。
枕の上に涙を垂れるのも毎日のことになってしまい、行楽の季節になっても男女が花の間で睦み合うのに私は下腹に疼きを感じるだけなのです。
わたしはやはり宋玉のような、美しいお方でりっはな詩人のかたを好きになってこの身をささげたいとおもいます。だからどんなことがあっても「王昌」の故事のように「東家の人」が良かったなんてどうして憾むことなんかすることなどないのです。

botan00














(訳注)
2. 贈鄰女

この詩について、解釈と時期について諸説ある。何度読み返しても森鴎外の解釈が理にかなっているように思える。ここでは、その論争の仲間入りをする気はないので、中國の女性史の中でもはっきりと主張できた女性として解釈して訳し文を書いた。


羞日遮羅袖、愁春懶起粧。
今朝方まで眠れず、今、真昼のあかるい日ざしが眩しく、化粧も直していなくて、お日さまにはずかしい。うすものの袖で、顔と胸もとをおおってしまうのです。窓の外に、小鳥がさえずりが聞こえてきます。
この春も、一日ごとに過ぎてまた青春がひとつ過ぎ去るのです。とてもさびしくて、寢牀から起き出して化粧をするのも面倒です。

・羅袖(らしゅう) うすものの袖。
・起粧(妝) 起きあがってお化粧すること。


易求無價宝、難得有心郎。
どんな高価な賓でも求めるということになれば、人間の力で求められないことはないのです。けれども、眞心でもって愛してくださる殿方にめぐり会うということはありえない難しいことなのです。
・有心郎(ゆうしんのろう) ほんとうに心から自分を愛してくれる男。


枕上潜垂涙、花間暗断腸。
枕の上に涙を垂れるのも毎日のことになってしまい、行楽の季節になっても男女が花の間で睦み合うのに私は下腹に疼きを感じるだけなのです。
・花間(かかん)春の行楽。


自能窺宋玉、何必恨王昌。
わたしはやはり宋玉のような、美しいお方でりっはな詩人のかたを好きになってこの身をささげたいとおもいます。だからどんなことがあっても「王昌」の故事のように「東家の人」が良かったなんてどうして憾むことなんかすることなどないのです。
・宋玉 戦国の末、紀元前三世紀ごろの楚の国の詩人。美男子で、隣の女がのぞき見したという。
・何必恨王昌 梁武帝(蕭衍)『河中水歌』 
「河中之水向東流,洛陽女兒名莫愁。莫愁十三能織綺,十四採桑南陌頭,十五嫁為盧家婦,十六生兒字阿侯。盧家蘭室桂為梁,中有鬱金蘇合香。頭上金釵十二行,足下絲履五文章。珊瑚挂鏡爛生光,平頭奴子擎履箱。人生富貴何所望。恨不早嫁東家王。」

賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876




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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
女性詩人0053











1. 賦得江邊柳
翠色連荒岸,煙姿入遠樓。
もう春の盛りを過ぎるころとなり、柳の葉の緑も色濃く、荒れてものさびしい岸辺にずっとつづいてそよいでいます。春霞も遠く霞んだ柳の並木の彼方に高楼が目に入いります。
影鋪秋水面,花落釣人頭。
秋水を思わせる清らかに澄んだ水面に、はっきりと柳の木の影がうつっています。柳絮の綿帽子が花びらが落ちるようにふわりふわりと、河の岸で釣りをしている人の頭のうえに飛んでいます。
根老藏魚窟,枝低繫客舟。
古い大きな柳の木の根もとの土手の土が崩れて出来たほら穴が魚どものよい住み家になっているようです。垂れさがった柳の木の枝には、旅の舟がつないであります。
蕭蕭風雨夜,驚夢復添愁。

日も落ちてさびしい雨と風の夜になって柳の木の枝がざわざわと騒がしい音がしています。風雨の音に驚いて夢からさめ、今日も来なかったあの人をおもい、またひとしおさびしいに引き入れられるのです。

(江連の柳を賦し得たり)
翠色 荒岸に連り、煙姿 遠樓に入る。
影は鋪く秋水の面,花は落つ釣人の頭。
根老いて 魚窟を藏し、枝垂れて 客舟を繋ぐ。
蕭蕭たる風雨の夜には、夢を驚かし また愁を添ふ。

柳絮01






1.『賦得江邊柳』 魚玄機 現代語訳と訳註
(本文)
賦得江邊柳
翠色連荒岸,煙姿入遠樓。
影鋪秋水面,花落釣人頭。
根老藏魚窟,枝低繫客舟。
蕭蕭風雨夜,驚夢復添愁。


(下し文)
(江連の柳を賦し得たり)
翠色 荒岸に連り、煙姿 遠樓に入る。
影は鋪く秋水の面,花は落つ釣人の頭。
根老いて 魚窟を藏し、枝垂れて 客舟を繋ぐ。
蕭蕭たる風雨の夜には、夢を驚かし また愁を添ふ。


(現代語訳)
もう春の盛りを過ぎるころとなり、柳の葉の緑も色濃く、荒れてものさびしい岸辺にずっとつづいてそよいでいます。春霞も遠く霞んだ柳の並木の彼方に高楼が目に入いります。
秋水を思わせる清らかに澄んだ水面に、はっきりと柳の木の影がうつっています。柳絮の綿帽子が花びらが落ちるようにふわりふわりと、河の岸で釣りをしている人の頭のうえに飛んでいます。
古い大きな柳の木の根もとの土手の土が崩れて出来たほら穴が魚どものよい住み家になっているようです。垂れさがった柳の木の枝には、旅の舟がつないであります。
日も落ちてさびしい雨と風の夜になって柳の木の枝がざわざわと騒がしい音がしています。風雨の音に驚いて夢からさめ、今日も来なかったあの人をおもい、またひとしおさびしいに引き入れられるのです。


 (訳注)
賦得江邊柳

魚玄機:晩唐時代の女流詩人。「長安の花街の娘」が定説とされている。明治の文豪・森鴎外に「魚玄機」が有り夙に知られる。“愛する男性を、侍女から奪われたと思い、咄嗟に殺した。” 強烈な性格は芸者屋の金と色の世界で養育された、とばかりとは言えない。詩にも個性が現れ、唐詩の中でも一閃光る、存在感充分である。
・賦得 「江辺の柳」という題で作ったという意味。題があたえられて作った詩である。


翠色連荒岸,煙姿入遠樓。
もう春の盛りを過ぎるころとなり、柳の葉の緑も色濃く、荒れてものさびしい岸辺にずっとつづいてそよいでいます。春霞も遠く霞んだ柳の並木の彼方に高楼が目に入いります。
・翠色 翠は濃い緑。盛春から晩春にかけての柳葉とかんがえる。青に近い。
・荒岸 (こうがん) さびしい岸べ。
・煙姿 もやにかすんだ柳の木の姿。


影鋪秋水面,花落釣人頭。
秋水を思わせる清らかに澄んだ水面に、はっきりと柳の木の影がうつっています。柳絮の綿帽子が花びらが落ちるようにふわりふわりと、河の岸で釣りをしている人の頭のうえに飛んでいます。
・秋水  1 秋のころの澄みきった水。秋の水。《季 秋》「―に石の柱や浮見堂/虚子」 2 曇りのない、よく研ぎ澄ました刀。
・花 柳絮の種子のわたがとぶさま。晩春。
・釣人(ちようじん) 釣りをしている人。


根老藏魚窟,枝低繫客舟。
古い大きな柳の木の根もとの土手の土が崩れて出来たほら穴が魚どものよい住み家になっているようです。垂れさがった柳の木の枝には、旅の舟がつないであります。
・魚窟 魚の住む穴。


蕭蕭風雨夜,驚夢復添愁。
日も落ちてさびしい雨と風の夜になって柳の木の枝がざわざわと騒がしい音がしています。風雨の音に驚いて夢からさめ、今日も来なかったあの人をおもい、またひとしおさびしいに引き入れられるのです。
・蕭蕭 (しょうしょう) ざわざわと騒がしい音の形容
・愁 さびしさ。
柳絮02

『楊柳枝 之八』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-64-17-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1872

漢詩・唐詩など 5つのブログで紹介しています。 
◆◆◆2013年2月2日紀頌之の5つの漢文ブログ◆◆◆  

Ⅰ.李白と李白に影響を与えた詩集
 
古代中国の結婚感、女性感について述べる三国時代の三曹の一人、曹植の詩 
送應氏二首 其一 曹植 魏詩<31-2>文選 祖餞 663 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1869 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67790010.html

Ⅱ.中唐詩・晩唐詩 
 唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ 
原道 韓退之(韓愈)詩<115-4>Ⅱ中唐詩576 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1870 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6250078.html

Ⅲ.杜甫詩1000詩集 
"●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 
●理想の地を求めて旅をする
●全詩1/3を掲載済。" 
因崔五侍禦寄高彭州一絶 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -4)  <386> 五言絶句 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1871 杜甫詩1000-386-567/1500 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/archives/67789600.html

Ⅳ.漢詩・唐詩・宋詞詩詩集 
夏日南亭懷辛大 孟浩然 (02/02) http://kanshi100x100.blog.fc2.com/blog-entry-618.html
 
Ⅴ.晩唐五代詞詩・宋詞詩 
 森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”彼女の詩の先生として登場する 晩唐期の詩人 温庭筠(おんていいん)の作品を訳註解説する。 
『楊柳枝 之八』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-64-17-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1872 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-godaisoui/archives/22743547.html



古詩十九首 (1) 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67676781.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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『楊柳枝 之八』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-64-17-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1872


楊柳枝 温庭筠 
館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。
呉王夫差の築いた館娃宮の外で敵国に向かう西施は別離した。魏の曹操の都であった鄴城で曹植は不遇を囲い、城の西ではかなしいわかれをした。別れに柳は遠くの方を行く旅の舟に映え、近くでは、柳の枝が風に靡いて別れの堤を払うのである。 
繋得王孫歸意切,不關春草綠萋萋。
楊柳の枝は旅に出た王孫のひたすらな帰えってくると誓った心を繋ぎとめてくてるのであり。楚辞でいう「春の草花が繁りだす」時にあれほど愛し合ったことにはもう関係がないと、月日が立ちおとろえていく女のもとには帰らないのだろうか。

楊柳枝    
館娃宮【かんあいきゅう】の外 鄴城【ぎょうじょう】の西,遠くは征帆に 映じ 近くは堤を拂ふ。
繋ぎ得たりは王孫の意切なるをもって歸り,「春草の萋萋(りょくせいせい)たる綠」を關せず。

美女画557

















『楊柳枝 之八』温庭筠 現代語訳と訳註
(本文)
楊柳枝 温庭筠 
館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。
繋得王孫歸意切,不關春草綠萋萋。


(下し文)
楊柳枝    
館娃宮【かんあいきゅう】の外 鄴城【ぎょうじょう】の西,遠くは征帆に 映じ 近くは堤を拂ふ。
繋ぎ得たりは王孫の意切なるをもって歸り,「春草の萋萋(りょくせいせい)たる綠」を關せず。


(現代語訳)
呉王夫差の築いた館娃宮の外で敵国に向かう西施は別離した。魏の曹操の都であった鄴城で曹植は不遇を囲い、城の西ではかなしいわかれをした。別れに柳は遠くの方を行く旅の舟に映え、近くでは、柳の枝が風に靡いて別れの堤を払うのである。 
楊柳の枝は旅に出た王孫のひたすらな帰えってくると誓った心を繋ぎとめてくてるのであり。楚辞でいう「春の草花が繁りだす」時にあれほど愛し合ったことにはもう関係がないと、月日が立ちおとろえていく女のもとには帰らないのだろうか。

宮島(8)









(訳注)
楊柳枝 (之八)

柳を詠う。連作八首のうちこれは第八首。


館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。
呉王夫差の築いた館娃宮の外で敵国に向かう西施は別離した。魏の曹操の都であった鄴城で曹植は不遇を囲い、城の西ではかなしいわかれをした。別れに柳は遠くの方を行く旅の舟に映え、近くでは、柳の枝が風に靡いて別れの堤を払うのである。 
館娃宮 呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。 そして西施は旅立っていく。
・鄴城 魏の曹操の都で、現・河南省臨。館娃宮、城ともに、曾ての栄華の地であるが曹植が不遇をかこったところであり、その西にある歓楽街での別離がある。。 
・西 「西」は、歓楽街、別離、柳。その一方で五行思想から、白、秋、悲秋、別離、凋落、没落、衰頽ということ。
・遠映 遠くにはえて見えている。遠くに映じている。「近拂」の対。「遠映」「近拂」といった単語は無い。 
・映 はえる。うつる。うつす。 
・征帆 遠くへ行く舟。旅の舟。 
・拂堤 ヤナギの枝が風に靡いて堤を払うように動いている(性行の男性の腰の動きとされる)。堤は別れで再会の約束をするところ。堤に馬を止めて女のもとに行くところ。 
・拂 はらう。ヤナギの枝が風に靡き動くさまを表現していう。


繋得王孫歸意切,不關春草綠萋萋。
楊柳の枝は旅に出た王孫のひたすらな帰えってくると誓った心を繋ぎとめてくてるのであり。楚辞でいう「春の草花が繁りだす」時にあれほど愛し合ったことにはもう関係がないと、月日が立ちおとろえていく女のもとには帰らないのだろうか。
・この二句は『楚辞・招隱士』に基づくもの。 
・繋得 繋ぎとめて…。-得 動詞の後に附いて、(動作や状態の)結果、程度、方法、傾向を表す。 
・王孫 色あせていった女性の許を離れて旅立つ男性を指す、主人公。本来(その当時は)は愛しい男性。放蕩の貴人の子弟。王族の孫。貴公子。『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊,蛄鳴兮啾啾。」を指す。そこでの王孫とは、隠士である楚の王族の屈原のこと。ただ、詩詞で使われる王孫とは、女性の容色の衰え等のために、女性の許を離れて旅立っていった男性のことでもある。詩題や詞牌に謝靈運『悲哉行』「萋萋春草生,王孫遊有情」『王孫歸』『憶王孫』『王孫遊』(南齊・謝朓)「綠草蔓如絲,雜樹紅英發。無論君不歸,君歸芳已歇。」 としてよく使われる。劉希夷『白頭吟』(代悲白頭翁)「公子王孫芳樹下,清歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫神仙。一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。」 や、王維の『送別』「山中相送罷,日暮掩柴扉。春草明年綠,王孫歸不歸。」や、韋荘の『淸平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」 や、王維の『山居秋暝』で「空山新雨後,天氣晩來秋。明月松間照,清泉石上流。竹喧歸浣女,蓮動下漁舟。隨意春芳歇,王孫自可留。」がある。 
・歸意 帰郷したいという気持ち。帰ると約束したこと。
・切 しきりに。ふかく。程度の深刻さを示す。ひたすらなさま。それを思うことがしきりで強いさま。
・不關 …に関わらずに。かかわらない。関係ない。「春草綠萋萋」に関してのこと。春草 春の草。春に咲く草花。(『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。」)を踏まえている。 *「春草綠萋萋」で「月日が流れ、季節が変わって春になったのに」の意になる。 
謝靈運『悲哉行』「萋萋春草生,王孫遊有情」
謝朓『王孫遊』「綠草蔓如絲,雜樹紅英發。無論君不歸,君歸芳已歇。」
さかんに茂っている春の草木がのびている、「楚辞」で詠う王孫は遊んでいて情をもっている。
・綠萋萋 青々と茂っている。 
・萋萋 木や草の繁っているさま。
王昭君の『昭君怨』(『怨詩』)「秋木萋萋,其葉萎黄。有鳥處山,集于苞桑。養育羽毛,形容生光。既得升雲,上遊曲房。離宮絶曠,身體摧藏。志念抑沈,不得頡頏。雖得委食,心有徊徨。我獨伊何,來往變常。翩翩之燕,遠集西羌。高山峨峨,河水泱泱。父兮母兮,道里悠長。嗚呼哀哉,憂心惻傷。」

怨詩 王昭君  漢詩<110-#2>玉台新詠集 女性詩 546 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1455


謝靈運『悲哉行』
萋萋春草生,王孫遊有情,差池鷰始飛,夭裊桃始榮,灼灼桃悅色,飛飛燕弄聲,檐上雲結陰,澗下風吹清,
幽樹雖改觀,終始在初生。松蔦歡蔓延,樛葛欣虆縈,眇然遊宦子,晤言時未并,鼻感改朔氣,眼傷變節榮,侘傺豈徒然,澶漫絕音形,風來不可托,鳥去豈為聽。

悲哉行 謝霊運(康楽) 詩<76-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩503 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1326


謝靈運『石門在永嘉』 #1
躋険築幽居、披雲臥石門。苔滑誰能歩、葛弱豈可捫。
嫋嫋秋風過、萋萋春草繁。美人遊不遠、佳期何繇敦。』

石門在永嘉 謝霊運<30#1 詩集 404  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1029


謝靈運『登池上樓』
池塘生春草,園柳變鳴禽。」
祁祁傷豳歌,萋萋感楚吟。
登池上樓 #2 謝靈運<25>#2  詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005
などと、杜甫など多くの詩人が詠っている。



楊柳枝 (之一)
蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
黃莺不語東風起,深閉朱門伴舞腰。


楊柳枝 (之二)
金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。


楊柳枝 (之三)
禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。

楊柳枝 (之四)
織錦機邊莺語頻,停梭垂淚憶征人。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。


楊柳枝 (之五)
兩兩黃鹂色似色,袅枝啼露動芳音。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。

楊柳枝 (之六)
宜春苑外最長條,閑袅春風伴舞腰。
正是玉人腸絕(一作斷)處,一渠春水赤闌橋。

楊柳枝 (之七)
南內牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?

楊柳枝 (之八)
館娃宮外邺城西,遠映征帆近拂堤。
系得王孫歸意切,不關(一作同)芳草綠萋萋。



王孫遊として、雑曲歌辞。公子が女性の許を離れて旅路に就いている。『楚辭・招隱士』第二段「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。」に基づく。この作品は、『玉臺新詠』第十巻にある。モチーフは、『楚辭』の招辞の一種である『招隱士』に「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊,蛄鳴兮啾啾。」に由来する。

綠草蔓如絲:緑の草のツルが糸のように伸びて、思いが絡み。 ・綠草:緑の草。 ・蔓:ツル。つる草。 ・如絲:糸のようである。また、「絲」「思」の掛詞で、思いが糸のように伸びて絡み。 ・絲:「思」に掛けている。

『楊柳枝 之七』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-63-16-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1868

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


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女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
*****************************************************************




『楊柳枝 之七』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-63-16-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1868


楊柳枝 (之七)
南內牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
長安城興慶宮を南内にはその東の土塀に囲まれた皇帝専用の道があるのです。そこではもう春の景色が柳の若い萌え色がいっぱいなので自然にわかるのです。
杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?

杏の花が咲き盛春も過ぎようとしている宮女の慎み深い情愛を思うこと、片思いの感情を止めようと思うけれどそれもできず、役目で旅に出たあの人を思う気持ち、最も強い断腸の思いをどうしようもないのです。

(之七)
南內【なんだい】牆の東 禦路の帝,須らく春色知るべし、柳絲の黃を。
杏花 未だ肯えて情思するを無くするをなさず,何事か行人最も斷腸するも?


楊柳枝0007










『楊柳枝(之七)』 現代語訳と訳註
(本文) 

南內牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?


(下し文)
(楊柳枝 之七)
南內牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?


(現代語訳)
長安城興慶宮を南内にはその東の土塀に囲まれた皇帝専用の道があるのです。そこではもう春の景色が柳の若い萌え色がいっぱいなので自然にわかるのです。
杏の花が咲き盛春も過ぎようとしている宮女の慎み深い情愛を思うこと、片思いの感情を止めようと思うけれどそれもできず、役目で旅に出たあの人を思う気持ち、最も強い断腸の思いをどうしようもないのです。


(訳注)
楊柳枝 (之七)

柳を詠う。連作八首のうちこれは第七首。


南內牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
長安城興慶宮を南内にはその東の土塀に囲まれた皇帝専用の道があるのです。そこではもう春の景色が柳の若い萌え色がいっぱいなので自然にわかるのです。
・南內 興慶宮のこと。興慶宮は長安城北にある「太極宮」、「大明宮」と区別するため、「南内」と呼ばれた。南北1.3キロメートル、東西1.1キロメートルあり、北側が宮殿、南側が庭園となっていた。南には、「竜池」という湖が存在し、船を浮かべることもあった。732年(開元20年)には、興慶宮と長安の東南隅にある曲江池の付近にある離宮「芙蓉園」、北部にある「大明宮」へとつなぐ皇帝専用の通路である「夾城」が完成している。「夾城」は、二重城壁で挟まれた通路であり、住民たちに知られることなく、皇帝たちが移動するためのものであった。


杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?
杏の花が咲き盛春も過ぎようとしている宮女の慎み深い情愛を思うこと、片思いの感情を止めようと思うけれどそれもできず、役目で旅に出たあの人を思う気持ち、最も強い断腸の思いをどうしようもないのです。
・杏花 ウメ、スモモの近縁種であり、容易に交雑する。ただし、ウメの果実は完熟しても果肉に甘みを生じず、種と果肉が離れないのに対し、アンズは熟すと甘みが生じ、種と果肉が離れる(離核性)。またアーモンドの果肉は、薄いため食用にしない。 耐寒性があり比較的涼しい地域で栽培されている。春(3月下旬から4月頃)に、桜よりもやや早く淡紅の花を咲かせ、初夏にウメによく似た実を付ける。美しいため花見の対象となることもある。自家受粉では品質の良い結実をしないために、他品種の混植が必要であり、時には人工授粉も行われる事がある。収穫期は6月下旬から7月中旬で、一つの品種は10日程度で収穫が終了する。『乙女のはにかみ』『慎み深さ』
杏の花001

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