玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

2013年04月

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

詠八十一顆 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-151-23-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2302

薛濤 《詠八十一顆》 
お座敷で披露されたもので、男性の喝采を浴びたものであろう。円満な男女の象徴として喩えられる「合歓の木」を男女の性器、閨の事などを連想させる言い回しで歌っている。詩の内容から判断すると年齢が若い時では宴会で披露できるものではないだろう。

2013年4月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集歳暮 謝霊運(康楽)<60> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2301 (04/30)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性詠八十一顆 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-151-23-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2302
 
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


詠八十一顆 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-151-23-#16   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2302



詠八十一顆
色比丹霞朝日,形如合浦圓璫。 
色について比較してみると丹霞山の陰と陽の石のようで、形はというと合浦の竹で作った耳輪のようなのです。
開時九九知數,見處雙雙頡頏。
 
その実を開けてみると一房に九粒ありそれが九個あつまっていることがわかり、じっと見つめてみると二つが寄り添っていたり、互いに向き合って張り合っているかのようなのです。

(八十一顆を詠ず)一房九粒が九個の豆を詠う
色は 丹霞【たんか】の朝と日に比し、形は 合浦の圓璫【えんとう】の如し。
開く時は九と九の数の知り、見る處は雙雙【そうそう】し頡頏【きつこう】す。



『詠八十一顆』 現代語訳と訳註
(本文)
色比丹霞朝日,形如合浦圓璫。 
開時九九知數,見處雙雙頡頏。 


(下し文)
(八十一顆を詠ず)一房九粒が九個の豆を詠う
色は 丹霞【たんか】の朝と日に比し、形は 合浦の圓璫【えんとう】の如し。
開く時は九と九の数の知り、見る處は雙雙【そうそう】し頡頏【きつこう】す。


(現代語訳)
色について比較してみると丹霞山の陰と陽の石のようで、形はというと合浦の宝玉や竹で作った耳輪のようなのです。
その実を開けてみると一房に九粒ありそれが九個あつまっていることがわかり、じっと見つめてみると二つが寄り添っていたり、互いに向き合って張り合っているかのようなのです。

(訳注)
 詠八十一顆

男女の円満のことを合歓の樹とその果実を詠う。
お座敷で披露されたもので、男性の喝采を浴びたものであろう。円満な男女の象徴として喩えられる「合歓の木」を男女の性器、閨の事などを連想させる言い回しで歌っている。詩の内容から判断すると年齢が若い時では宴会で披露できるものではないだろう。いずれにしても一年取ってからのものと考える。
・八十一 合歓樹の異名マメ科ネムノキ亜科の落葉高木。葉は2回偶数羽状複葉。花は頭状花序的に枝先に集まって夏に咲く。淡紅色のおしべが長く美しい。香りは桃のように甘い。果実は細長く扁平な豆果。マメ科に属するが、マメ亜科に特徴的な蝶形花とは大きく異なり、花弁が目立たない。
イラン、アフガニスタン、中国南部、朝鮮半島、日本の本州・四国・九州[3]に自生する。陽樹であり、荒れ地に最初に侵入するパイオニア的樹木である。河原や雑木林に生え、高さは10mにもなる。芽吹くのは遅いが、成長は他の木と比較すると迅速である。夜になると葉が閉じること(就眠運動)に由来する。漢字名の「合歓木」は、中国においてネムノキが夫婦円満の象徴とされていることから付けられたものである。馬纓花、絨花樹、合昏、夜合、鳥絨
・顆 果実、この場合豆。


色比丹霞朝日,形如合浦圓璫。 
合歓樹99色について比較してみると丹霞山の陰と陽の石のようで、形はというと合浦の宝玉と竹で作った耳輪のようなのです。
・丹霞 丹霞山(たんかさん)は、中華人民共和国(中国)の山である。主峰の標高は618 mである。広東省韶関市近郊にあり、赤みがかった砂岩が長い間の侵食作用を受けて美しい曲線美や際立った断崖を形成しており、丹霞地形という地理用語の由来にもなった。山の名前は、林立する赤い断崖が「丹(あか)い霞」のように見えたことに由来するという。
丹霞山世界地質公園として2004年に最初に世界ジオパークに認定された場所のひとつで、世界遺産「中国丹霞」の一部でもある。印象的な景観は散策で楽しめるだけでなく、その間を縫うようにして流れている川を使って小舟で遊覧しても楽しめる。
様々な奇観がある。殊によく知られているのが、男根に似ている陽元石(「男性の石」の意味)という石柱や女陰を思わせる陰元石などで、女性の胸部を思わせる2箇所の突き出た岩も踏まえて、「3つのロマンティック・ストーン」などといわれ、丹霞山が「ヌード自然公園」 (Nude Natural Park) との異名をとる理由になっている。
・朝日 陰と陽ということ。陰元石と陽元石。
・合浦 合浦郡は、今の広東省廉江県の西、南は東京湾の清潜な水にのぞむ。珠を産す。
・圓璫 まるいみみかざり。この語も女性性器をあらわす言葉。
丹霞と合浦は五嶺山脈を越えてある所であり、いわゆる蠻とされていたところ、女性性器をあらわす言葉でもある。
・合浦固嗜(がっはのえんとう) 合浦郡は、今の広東省廉江県の西、南は東京湾の清潜な水にのぞむ。珠を産す。「後漢書」の「循吏伝」 の孟嘗の条に、孟嘗はあざなを伯周という。合酒の太守となる。郡、穀実を産せず、而して海には珠宝を出す〈先の時の宰守、並びに貪碗多く、人を詭きて採求し、紀極を知らず。珠、つひにようやく交址の郡界に徒る。嘗、官に到るや、前弊を革易し、民の病利を求む。
曽ち末だ歳を餓えずして、去珠復た選ると。「合浦珠還」 の故事である。ここは、種子粒が、その合滞産の珠で作られたまるい耳飾のような形をしている意。塔は、耳飾りの意。慨靖を「全唐詩」では箕管(うんとう)に作る。箕蜜ならば湖南産の巨大な竹であるが、とらぬ。

開時九九知數,見處雙雙頡頏。

合歓樹豆99その実を開けてみると一房に九粒ありそれが九個あつまっていることがわかり、じっと見つめてみると二つが寄り添っていたり、互いに向き合って張り合っているかのようなのです。
・八十一顎 顎は粒である。種子の数と思われる。今、合歓樹の説明を辞書で読むと、「茸料、落葉喬木、高さ、一丈あまり、葉は羽状の複葉、あまたの小葉より成る、小薬は夜になると合わさる。夏、こずえに小さい花を開く、雄蕊が多くて長く赤みがかった色をしている。花は後に実をむすび、大きな英をつくる。合昔、夜合、馬控花などの異名がある」と。この合歓樹のことではないかと思う。
圓璫 圓形玉耳環
・九九 八十一個。かならずしもそのとおりの数ではあるまいが、多いので俗に八十一個英の中にあるというのであろう。
・雙雙(そうそう) 小葉がむかいあっていることをいうのであろう。
・頡頏(きっこう) たがいに張り合っている。
この二句の語は閨情語であるためその詳しい解釈については述べない。

浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-150-22-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2297

15薛濤 《浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊》 55
西方に慰問に行くご命令を終わるようなご命令をいただき、帰ってまいりました。東の垣根から再び太陽が上がり始めたことに感激いたしています。

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-150-22-#15   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2297


浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊
(浣花亭において剣南西川節度使韋皐様に陪して王播相公さまと暨といわれる同行の方と同に「早菊」を賦す)
西陸行終令,東籬始再陽。
西方に慰問に行くご命令を終わるようなご命令をいただき、帰ってまいりました。東の垣根から再び太陽が上がり始めたことに感激いたしています。
綠英初濯露,金蕊半含霜。
緑の花が咲き、初めてこの花に涙の露をそそいだのです。金燈花の蕊には半分の露を落とし含んだのです。
自有兼材用,那同眾草芳。
私でよければなんにでも登用していただければと思っており、どうして一緒になって薫り高い草草を刈り集めることにかぎません。
獻酬樽俎外,寧有懼豺狼。
お酒を注いでいただいたり注がせていただく、ここの浣花亭の酒や料理の出る宴席でなくてもいいのです。むしろ今心配なのは豺狼などの異民族の脅威があるだけなのです。

(浣花亭、川主、王播相公、暨僚と陪し、同【とも】に「早菊」を賦す)
西陸 行 終ら令め,東籬 再び陽を始める。
綠英 初めて露を濯ぎ,金蕊 半ば霜を含む。
自ら兼材の用る有り,那ぞ同【とも】に草芳を眾す。
獻酬して樽俎の外,寧ろ豺狼を懼る有る。


『浣花亭陪川主王播相公暨僚同賦早菊』 現代語訳と訳註
(本文)

西陸行終令,東籬始再陽。
綠英初濯露,金蕊半含霜。
自有兼材用,那同眾草芳。
獻酬樽俎外,寧有懼豺狼。


(下し文)
(浣花亭、川主、王播相公、暨僚と陪し、同【とも】に「早菊」を賦す)
西陸 行 終ら令め,東籬 再び陽を始める。
綠英 初めて露を濯ぎ,金蕊 半ば霜を含む。
自ら兼材の用る有り,那ぞ同【とも】に草芳を眾す。
獻酬して樽俎の外,寧ろ豺狼を懼る有る。


(現代語訳)
(浣花亭において剣南西川節度使韋皐様に陪して王播相公さまと暨といわれる同行の方と同に「早菊」を賦す)
西方に慰問に行くご命令を終わるようなご命令をいただき、帰ってまいりました。東の垣根から再び太陽が上がり始めたことに感激いたしています。
緑の花が咲き、初めてこの花に涙の露をそそいだのです。金燈花の蕊には半分の露を落とし含んだのです。
私でよければなんにでも登用していただければと思っており、どうして一緒になって薫り高い草草を刈り集めることにかぎません。
お酒を注いでいただいたり注がせていただく、ここの浣花亭の酒や料理の出る宴席でなくてもいいのです。むしろ今心配なのは豺狼などの異民族の脅威があるだけなのです。


(訳注)
浣花亭 陪 川主 王播 相公 暨僚 同 賦 早菊

(浣花亭において剣南西川節度使韋皐様に陪して王播相公さまと暨といわれる同行の方と同に「早菊」を賦す)
・浣花亭 成都の中心と杜甫草堂の下流の中間地点に百花潭という淵がありその辺りに半官半隠の庵があったが、ここでは剣南西川節度使軍の營妓の高楼を云うものと思う。
・川主 剣南西川節度使、韋皐のこと。
・王播相公 王播(西元759年~西元830年),字明敭(同「揚」)。唐德宗貞元十年(西元791年) 王播考中進土,同年又應制舉賢良方正科,成績優異,曾任淮南節度使,至左僕射,在唐代是尚書省的長官,等同於宰相。唐 王播《題木蘭院》二首がある。
・暨僚 暨某という同行者。。僚とは1 同じ仕事や役目を持つ仲間。「僚艦・僚友/同僚」2 役人。つかさ。「下僚・官僚・属僚・幕僚(ばくりょう)・百僚」[名のり]あきら・とも
・早菊 初秋の菊。緑の花をつけて咲いてはいないもの。


西陸 行 終令,東籬 始 再 陽。
西方に慰問に行くご命令を終わるようなご命令をいただき、帰ってまいりました。東の垣根から再び太陽が上がり始めたことに感激いたしています。
・西陸・行 西の吐蕃国境恭州都護府の軍隊慰問旅行のこと。801年貞元17年松州方面への吐蕃の侵略があったころのこと。詩はその前年の作。罰をうけた原因については、「鑑戒録」には、彼女が有名になり、中央から遣わされてくる役人が、韋皐へ口効きをする。彼女を通じて韋皐の側近へ金品をとどけてもらったり、彼女自身に金品を贈ったりしたことがあった。薛濤33・34歳頃のことである。詩により名声が高くなるに伴い増加したとある。ここでいう罰はこの収賄により国境の軍隊慰問をさせられたということなのだ。
この2年後に薛濤を寵愛した剣南節度使韋皐は蜀の地で死んでいる。61歳であった。


綠英 初 濯露,金蕊 半 含霜。
緑の花が咲き、初めてこの花に涙の露をそそいだのです。金燈花の蕊には半分の露を落とし含んだのです。
・綠英 晩春から初夏に咲く花。早菊。
・濯露 花にかかるつゆ。
・金蕊 薛濤は『金燈花』という七言絶句を詠っている。
・含霜 花の蕊に露が残る。ここは男女の性行為の描写である。


自 有 兼材 用,那 同 眾 草芳。
私でよければなんにでも登用していただければと思っており、どうして一緒になって薫り高い草草を刈り集めることにかぎません。
・兼材 材を兼ねて登用する。


獻酬 樽俎 外,寧 有 懼 豺狼。
お酒を注いでいただいたり注がせていただく、ここの浣花亭の酒や料理の出る宴席でなくてもいいのです。むしろ今心配なのは豺狼などの異民族の脅威があるだけなのです。
・獻酬 酒杯をやりとりすること。
・樽俎/尊俎 【そんそ】とは。酒樽(さかだる)といけにえを載せる台。転じて、酒や料理の出る宴席。そんそせっしょう【樽俎折衝】宴席のなごやかな談笑のうちに話し合いを進め、交渉を有利に展開させること。外交上のかけひき。
・豺狼 1 やまいぬとおおかみ。 2 残酷で欲深い人。むごたらしいことをする人。ここは、薛濤が吐蕃国境の前線慰問を経験したことからいうのである。

酬人雨後玩竹 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-149-21-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2292

薛濤 《酬人雨後玩竹》

薛濤 《酬人雨後玩竹》 (人の「雨後、竹を玩づ」に酬ゆ)
南の蛾眉の峯から春雨の温和な時候、春は、あらゆる植物が、皆盛んに繁って自己主張。旺盛な活力を誇っている中にあって、竹は、中身が空虚、空洞であるように、じっと自分だけ、自分の生き方を守っているのです。

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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

酬人雨後玩竹 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-149-21-#14   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2292




酬人雨後玩竹
(ある人が、「雨あがりに見た竹は、なかなかよいものだ」という題で詩を作り、わたしにくださったのに対して、お返しの詩。)
南天春雨時,那鑒雪霜姿。
南の蛾眉の峯から春雨の温和な時候になってきたころには、その竹が、冬のはげしい雪や霜にたえている強い姿は、誰にだって想像もできないのです。
眾類亦云茂,虛心寧自持。
春は、あらゆる植物が、みんな盛んに繁って自己主張します。その旺盛な活力を誇っているなかにあって、竹だけは、あの中身が空虚、空洞であるように、じっと自分だけ、自分の生き方を守っているのです。
多留晉賢醉,早伴舜妃悲。
昔、晋の竹林の賢者たちが、酔って清談をし、賦詩をのこしたのです。またもっと遠い、舜帝の皇后と妃が、帝の死を悲しんで泣いた涙の跡が、竹の斑紋となったのです。
晚歲君能賞,蒼蒼勁節奇。

年の暮れになって、はげしい寒さがおそってきたときに、ひとり相欒わらず、青々とした色を見せて強靭でおとろえず、節操をまもって雪霜のなかに強く生きぬくのです。

(人の「雨後、竹を玩づ」に酬ゆ)
南天 春雨の時、那んぞ雪霜の姿を 鑒【おも】わん。
衆類 亦【すべ】て云茂【うんも】するに、虚心能く自ら持す。
多く晋賢の酔を 留め、早に舜妃の悲しみに 伴ふ。
晩歳 君 能く質せよ、蒼蒼 勁節【けいせつ】の奇なるを。

pla059


『酬人雨後玩竹』 現代語訳と訳註
(本文)

南天春雨時,那鑒雪霜姿。
眾類亦云茂,虛心寧自持。
多留晉賢醉,早伴舜妃悲。
晚歲君能賞,蒼蒼勁節奇。


(下し文)
(人の「雨後、竹を玩づ」に酬ゆ)
南天 春雨の時、那んぞ雪霜の姿を 鑒【おも】わん。
衆類 亦【すべ】て云茂【うんも】するに、虚心能く自ら持す。
多く晋賢の酔を 留め、早に舜妃の悲しみに 伴ふ。
晩歳 君 能く質せよ、蒼蒼 勁節【けいせつ】の奇なるを。


(現代語訳)
(ある人が、「雨あがりに見た竹は、なかなかよいものだ」という題で詩を作り、わたしにくださったのに対して、お返しの詩。)
南の蛾眉の峯から春雨の温和な時候になってきたころには、その竹が、冬のはげしい雪や霜にたえている強い姿は、誰にだって想像もできないのです。
春は、あらゆる植物が、みんな盛んに繁って自己主張します。その旺盛な活力を誇っているなかにあって、竹だけは、あの中身が空虚、空洞であるように、じっと自分だけ、自分の生き方を守っているのです。
昔、晋の竹林の賢者たちが、酔って清談をし、賦詩をのこしたのです。またもっと遠い、舜帝の皇后と妃が、帝の死を悲しんで泣いた涙の跡が、竹の斑紋となったのです。
年の暮れになって、はげしい寒さがおそってきたときに、ひとり相欒わらず、青々とした色を見せて強靭でおとろえず、節操をまもって雪霜のなかに強く生きぬくのです。


(訳注)
酬人雨後玩竹

(ある人が、「雨あがりに見た竹は、なかなかよいものだ」という題で詩を作り、わたしにくださったのに対して、お返しの詩。)
四川は、竹の名産地である。竿橋と称する大きな竹を編んで作った橋も、この地方の名物である。
望江楼公園には現在すでに七十余種の竹が集め植えられてあるという。中でも特殊なものは邦味の邦竹、蛾眉金頂の冷竹、江安の人面竹、鶏爪竹、長撃の花南竹、小花竹、成都西邦の琴線竹、鳳尾竹。そしてもっとも特色のあるものは綿竹県の綿竹で、米つぶのような実を結び、地に落ちて苗を生じる。杜甫『從韋二明府續處覓綿竹三數叢』「華軒藹藹他年到,綿竹亭亭出縣高。
江上舍前無此物,幸分蒼翠拂波濤。」
成都(1)浣花渓の草堂(5) 從韋二明府續處覓綿竹 杜甫 <356  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1739 杜甫詩 700- 534


南天春雨時,那鑒雪霜姿。
南の蛾眉の峯から春雨の温和な時候になってきたころには、その竹が、冬のはげしい雪や霜にたえている強い姿は、誰にだって想像もできないのです。
・鑒 鑑に同じ。見分ける。知る。
・雪霜姿 冬になって雪や霜に耐えているときのりりしい姿。


眾類亦云茂,虛心寧自持。
春は、あらゆる植物が、みんな盛んに繁って自己主張します。その旺盛な活力を誇っているなかにあって、竹だけは、あの中身が空虚、空洞であるように、じっと自分だけ、自分の生き方を守っているのです。
・衆類 あらゆる植物。
・亦 すべて。
・云茂 云は、物の多く盛んなさま。盛んに繁る。「荘子」 に 「万物云云」 の句がある。
・虚心(きょしん) 中心がむなしい。竹のなかに空洞があることをいう。


多留晉賢醉,早伴舜妃悲。
昔、晋の竹林の賢者たちが、酔って清談をし、賦詩をのこしたのです。またもっと遠い、舜帝の皇后と妃が、帝の死を悲しんで泣いた涙の跡が、竹の斑紋となったのです。
・晉賢醉 魏(三国時代)の時代末期から晋に、酒を飲んだり清談を行なったりと交遊した晋のとき、竹林のなかに遊び、酒を飲んで楽しんでいた七人のグループを、「竹林の七賢」といった。七人は、阮籍(げんせき)嵆康(けいこう)山濤(さんとう)劉伶(りゅうれい)阮咸(げんかん)向秀(しょうしゅう)王戎(おうじゅう)である。
・舜妃悲 ○湘妃 鼓宏舜の妻、蛾皇・女英の二人が舜王のあとを追いかけ湘水までゆき、舜の死んだことをきき、湘水に身をなげて死に、湘水の女神となった。それが湘妃であり、この湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓くという古伝説がある。○斑竹 斑紋のある竹、湘水の地方に産する。その竹は湘妃が涙を流したあとに生じたものであるとの伝説がある。○江 湘江をさす。「博物志」に見える。


晚歲君能賞,蒼蒼勁節奇。
年の暮れになって、はげしい寒さがおそってきたときに、ひとり相欒わらず、青々とした色を見せて強靭でおとろえず、節操をまもって雪霜のなかに強く生きぬくのです。
・晩蔵 歳暮、すなわち冬になったらの意。
・君 原詩の作者を指す。。
・蒼蒼(そうそう) あおあおと。
・勁節 勁は強敬な意。節があって強く、積雪などに折れない。節はふしであるが、同時に節操の節の意をふくみ、みさおがしっかりしていることにもかけている.
・奇 他とちがっていること。
篠竹000

宣上人見示與諸公唱和 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-148-20-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2287

薛濤《宣上人見示與諸公唱和》 
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。

2013年4月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#5 宋玉  <00-#31>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 660 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2284
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集答靈運 謝宣遠(謝瞻)<57> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2286 (04/27)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性宣上人見示與諸公唱和 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-148-20-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2287
 
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

宣上人見示與諸公唱和 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-148-20-#13   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2287


宣上人見示與諸公唱和
(宣上人様が、諸公と唱和され示されたものをお見せくださった。)
許廁高齋唱,涓泉定不如。
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。
可憐譙記室,流水滿禪居。
しかし、昔、この蜀で、有名な書記官であったあの譙周さまは、まことに愛されました。私も皆様に愛されることにおいて、お上人さまのご指導によって、流水の一部として交じれば、この寺の本堂に、大きなお合唱になり、風流で、すがすがすがしく、まことに素晴らしいことになるでしょう。

(宣上人 諸公との唱和を示すを見せられる)
廁【まじ】って 高齋に唱【とな】うるを許さるるも、涓泉【けんせん】も 定めて如【し】からざらん。
譙【しょう】記室を憐むべし、流水 禪居【ぜんきょ】に満つ。


美女画55101道観



















『宣上人見示與諸公唱和』 現代語訳と訳註
(本文)
許廁高齋唱,涓泉定不如。
可憐譙記室,流水滿禪居。


(下し文)
(宣上人 諸公との唱和を示すを見せられる)
廁【まじ】って 高齋に唱【とな】うるを許さるるも、涓泉【けんせん】も 定めて如【し】からざらん。
譙【しょう】記室を憐むべし、流水 禪居【ぜんきょ】に満つ。


(現代語訳)
(宣上人様が、諸公と唱和され示されたものをお見せくださった。)
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。
しかし、昔、この蜀で、有名な書記官であったあの譙周さまは、まことに愛されました。私も皆様に愛されることにおいて、お上人さまのご指導によって、流水の一部として交じれば、この寺の本堂に、大きなお合唱になり、風流で、すがすがすがしく、まことに素晴らしいことになるでしょう。


(訳注)
宣上人見示與諸公唱和

宣上人様が、諸公と唱和され示されたものをお見せくださった。
・宣上人 現在の双流県- 成都の南西三十里c-3)にある竜華寺にいた同時期の段文昌の詩に「竜華山寺の広宣上人を尋ぬ」という詩がある。
段文昌《尋竜華山寺広宣上人》
十里惟聞く松任の風、江山忽ち転じて龍宮を見る。
正に休師と万に旧を話すれば、風煙幾度か楼中に入る
と詠まれている。薛濤のこの詩は、段のこの詩を心に措きながら味わうべきであろう。


許廁高齋唱,涓泉定不如。
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。
・高齋(こうさい) 齋は書斎。相手の書斎であるから、敬語で高斎というが、寺の場合は高らかに声を上げて経を読む本堂を指す。
・廁 まじわる。家の中の片隅に置かれる便所をあらわす。
・唱 経文を唱すること。
・涓泉 涓は小さい水のしたたり。ここは湧水から、ちょろちょろ小さい音をたてて流れる水。


可憐譙記室,流水滿禪居。
しかし、昔、この蜀で、有名な書記官であったあの譙周さまは、まことに愛されました。私も皆様に愛されることにおいて、お上人さまのご指導によって、流水の一部として交じれば、この寺の本堂に、大きなお合唱になり、風流で、すがすがすがしく、まことに素晴らしいことになるでしょう。
・可憐(あわれむべし) 憐には、「哀」と「愛」 の二意があるが、ここは後者。
・譙記室(しようきしつ) 記室は書記のこと。譙 周(しょう しゅう、199年以前 - 270年)は、中国三国時代から晋の政治家、儒学者。字は允南。譙熙・譙賢・譙同の父、譙秀・譙登の祖父。
巴西郡西充国の人。身長は八尺、誠実で飾り気はなく、頭脳明晰だったが、不意の質問に上手く答えるような機転は利かなかった。幼くして父を亡くしたため家は貧しかったが、勉強熱心で六経を精細に研究し、書簡に巧みで、天文の現象の解釈にも明るかった。諸葛亮孔明から登用され、劉禅に仕え勧学従事になった。ただ学問や教育の分野では重用されたが、政治に関わることはなかった。しかし国家の大事の際には、意見を聞かれた。すると彼は学者としての考えを述べた。多くの著書がある。ここは、その譙周が、書がうまく、学問があるけれど、政治に関与しない。薛濤もいかに学問、書に秀でてもそれ以上のものを望んではいない。詩を賦して校書と称せられているし、王羲之の書法を学んだ書家としても認められている。譙周が愛されたように愛されることは望む、というもの。宣上人を譙周にあてたという解釈、あまりに上から目線であり、当時の女性がのべることはないので間違い。
・流水 詩を詠んだりする流れをいう。
・禪居(ぜんきょ) 宜上人のこの寺において薛濤がお経を読む修行生活することを云う。

罰赴邊有懷上韋令公二首其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-147-19-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2282

薛濤《罰赴邊有懷上韋令公二首其二》 
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、心配されて面槍を受けたので韋皐節度使に上奏いたします。その一)


2013年4月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

罰赴邊有懷上韋令公二首其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-147-19-#12   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2282


罰赴邊有懷上韋令公二首其一
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、心配されて面槍を受けたので韋皐節度使に上奏いたします。その一)
黠虜猶違命,烽煙直北愁。
あの悪くてずるい吐蕃の奴らが、いまだに唐朝廷の命にそむいている。この度も成都の真北の国境地帯からのろしがあがって侵入のしらせがきた。北の方は困ったことである。
卻教嚴譴妾,不敢向松州。
わたしは、いまきびしい譴責をうけてわたしは北の都護府の軍営の慰問をしているところ。その都護府のさらに北の松州慰問迎へということであったが、節度使さまは、わたしの身を心配されて、途中からもどってこいというお使いをくださった。

罰赴邊有懷上韋令公二首其二
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、心配されて面槍を受けたので韋皐節度使に上奏いたします。その二)
聞道邊城苦,而今到始知。
かねて聞きおよんでおりましたのは吐蕃国境地帯にある都護府の城塞のご苦労の多いことですが、今、ここにきてみて、はじめてそれがはっきりわかりました。
卻將門下曲,唱與隴頭兒。

韋皐節度使さまが幕府のご宴席で歌っておられた平穏で歌われる「門下曲」は、とても毎日毎夜、守備にご苦労なさっている勇ましい「隴頭兒」の方々には、お聞かせできませんでした。


(罰せられて邊に赴き懐あり、韋令公に上る。其の一)
黠虜 猶お命に違き、蜂煙 直北の愁。
卻って嚴譴の妾をして、敢へて松州に向はざらしむ。

(罰せられて邊に赴き懐あり、韋令公に上る。其の二)
聞道 邊城 苦しと。今来って 始めて知るに到ぶ。
羞づ 門下曲を將って、隴頭兒に唱與するを。


『罰赴邊有懷上韋令公二首其二』 現代語訳と訳註
(本文)

聞道邊城苦,而今到始知。
卻將門下曲,唱與隴頭兒。


(下し文)
(罰せられて邊に赴き懐あり、韋令公に上る。其の二)
聞道 邊城 苦しと。今来って 始めて知るに到ぶ。
羞づ 門下曲を將って、隴頭兒に唱與するを。


(現代語訳)
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、心配されて面槍を受けたので韋皐節度使に上奏いたします。その二)
かねて聞きおよんでおりましたのは吐蕃国境地帯にある都護府の城塞のご苦労の多いことですが、今、ここにきてみて、はじめてそれがはっきりわかりました。
韋皐節度使さまが幕府のご宴席で歌っておられた平穏で歌われる「門下曲」は、とても毎日毎夜、守備にご苦労なさっている勇ましい「隴頭兒」の方々には、お聞かせできませんでした。


(訳注)
罰赴邊有懷上韋令公二首其二

(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、心配されて面槍を受けたので韋皐節度使に上奏いたします。その二)
801年貞元17年松州方面への吐蕃の侵略があったころのこと。詩はその前年の作。罰をうけた原因については、「鑑戒録」には、彼女が有名になり、中央から遣わされてくる役人が、韋皐へ口効きをする。彼女を通じて韋皐の側近へ金品をとどけてもらったり、彼女自身に金品を贈ったりしたことがあった。薛濤33・34歳頃のことである。詩により名声が高くなるに伴い増加したとある。ここでいう罰はこの収賄により国境の軍隊慰問をさせられたということなのだ。唐では恭州に都護府を置いていたので、慰問するとすればここではないかと考える。
この2年後に薛濤を寵愛した剣南西川節度使韋皐は蜀の地で死んでいる。61歳であった。


聞道邊城苦,而今到始知。
かねて聞きおよんでおりましたのは吐蕃国境地帯にある都護府の城塞のご苦労の多いことですが、今、ここにきてみて、はじめてそれがはっきりわかりました。
・邊城 吐蕃国境地帯にある守備。ここでは薛濤が慰問に訪れている恭州都護府の城塞。
・而今 今来。


卻將門下曲,唱與隴頭兒。
韋皐節度使さまが幕府のご宴席で歌っておられた平穏で歌われる「門下曲」は、とても毎日毎夜、守備にご苦労なさっている勇ましい「隴頭兒」の方々には、お聞かせできませんでした。
・門下曲 晋代にはじまった近衛軍に門下省というのがある。門下は黄門の意。中書省からくだされた詔勅を審査するところ。門下曲は、帝都で流行している呵やわらかい平和なしゃれた曲の意か。韋皐の成都における役所の宴会などでも歌われたものと思われる。
・唱與 歌って聞かせる。
・隴頭兒 隴右道東部、今の甘粛省東南地方の隴西を中心とした山岳部の男児。転じてその地方、すなわち国境地帯を守備している兵士たちを指す。
西から河西節度使―隴右節度使―剣南東川節度使―剣南西川節度使と、その最前線に網の目の様に都護府をおいて、シルクロードの守り、それこそが吐蕃に対する守りの体制であった。

罰赴邊有懷上韋令公二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-146-18-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2277

薛濤 《罰赴邊有懷上韋令公二首》
わたしは、いまきびしい譴責をうけてわたしは北の都護府の軍営の慰問をしているところ。その都護府のさらに北の松州慰問迎へということであったが、節度使さまは、わたしの身を心配されて、途中からもどってこいというお使いをくださった。

2013年4月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―#3 宋玉  <00-#29>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 658 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2274
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集和謝監靈運 顏延年 謝霊運の友 顏延年<55> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2276 (04/25)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性罰赴邊有懷上韋令公二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-146-18-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2277
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

罰赴邊有懷上韋令公二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-146-18-#11   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2277 


罰赴邊有懷上韋令公二首其一
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、心配されて面槍を受けたので韋皐節度使に上奏いたします。その一)
黠虜猶違命,烽煙直北愁。
あの悪くてずるい吐蕃の奴らが、いまだに唐朝廷の命にそむいている。この度も成都の真北の国境地帯からのろしがあがって侵入のしらせがきた。北の方は困ったことである。
卻教嚴譴妾,不敢向松州。
わたしは、いまきびしい譴責をうけてわたしは北の都護府の軍営の慰問をしているところ。その都護府のさらに北の松州慰問迎へということであったが、節度使さまは、わたしの身を心配されて、途中からもどってこいというお使いをくださった。

罰赴邊有懷上韋令公二首其二
聞道邊城苦,而今到始知。
卻將門下曲,唱與隴頭兒。


(罰せられて邊に赴き懐あり、韋令公に上る。其の一)
黠虜 猶お命に違き、蜂煙 直北の愁。
卻って嚴譴の妾をして、敢へて松州に向はざらしむ。

(罰せられて邊に赴き懐あり、韋令公に上る。其の二)
聞道 邊城 苦しと。今来って 始めて知るに到ぶ。
羞づ 門下曲を將って、隴頭兒に唱與するを。




『罰赴邊有懷上韋令公二首其一』 現代語訳と訳註
(本文)
罰赴邊有懷上韋令公二首其一
成都薛濤の地図015黠虜猶違命,烽煙直北愁。
卻教嚴譴妾,不敢向松州。


(下し文)
(罰せられて邊に赴き懐あり、韋令公に上る。其の一)
黠虜 猶お命に違き、蜂煙 直北の愁。
卻って嚴譴の妾をして、敢へて松州に向はざらしむ。


(現代語訳)
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、心配されて面槍を受けたので韋皐節度使に上奏いたします。その一)
あの悪くてずるい吐蕃の奴らが、いまだに唐朝廷の命にそむいている。この度も成都の真北の国境地帯からのろしがあがって侵入のしらせがきた。北の方は困ったことである。
わたしは、いまきびしい譴責をうけてわたしは北の都護府の軍営の慰問をしているところ。その都護府のさらに北の松州慰問迎へということであったが、節度使さまは、わたしの身を心配されて、途中からもどってこいというお使いをくださった。


(訳注)
罰赴邊有懷上韋令公二首其一

(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、心配されて面槍を受けたので韋皐節度使に上奏いたします。その一)
801年貞元17年松州方面への吐蕃の侵略があったころのこと。詩はその前年の作。罰をうけた原因については、「鑑戒録」には、彼女が有名になり、中央から遣わされてくる役人が、韋皐へ口効きをする。彼女を通じて韋皐の側近へ金品をとどけてもらったり、彼女自身に金品を贈ったりしたことがあった。薛濤33・34歳頃のことである。詩により名声が高くなるに伴い増加したとある。ここでいう罰はこの収賄により国境の軍隊慰問をさせられたということなのだ。
この2年後に薛濤を寵愛した剣南節度使韋皐は蜀の地で死んでいる。61歳であった。


黠虜猶違命,烽煙直北愁。
あの悪くてずるい吐蕃の奴らが、いまだに唐朝廷の命にそむいている。この度も成都の真北の国境地帯からのろしがあがって侵入のしらせがきた。北の方は困ったことです。
・黠虜/黠賊 吐蕃を蔑んでこう呼んだ。蜀から西域涼州にかけて国境を接していて、唐に問題があると必ず局地戦を仕掛けてきている。したがって、この侵略行為に対して不安状態にあったことは間違いないことなのだ。しかし吐蕃の側から見れば、漢民族が日常的に浸透、侵略をしており、それを我慢しきれず跳ね返したということで、本気で蜀を侵略しようというものではなかったのだ。そういった漢民族の浸透侵略性は現在にも受け継がれている民族性である。(チベット、ウイグル、内モンゴル、満州民族を完全に中国化してしまっている。)
・違命 唐にそむいたこと。
・烽煙 のろしの煙。山頂で薪を焚いて煙をあげ、順に急を告げることになっていた。焚火に狼の糞を加えると煙が細くまっすぐにあがるので、狼煙ともいう.
・直北 松州方面は、成郡の真北成都の北180kmのところに当たる。


卻教嚴譴妾,不敢向松州。
わたしは、いまきびしい譴責をうけてわたしは北の都護府の軍営の慰問をしているところ。その都護府のさらに北の松州慰問迎へということであったが、節度使さまは、わたしの身を心配されて、途中からもどってこいというお使いをくださった。
・嚴譴 きびしい譴責をうける。おしかり。
・妾 わたし。
・松州 今の四川省の西北部成都の北180kmのところ。蔵族自治区の松藩。チベット族が岷山台地から四川盆地へ侵入してくる場合の要衝の地。唐では恭州に都護府を置いていたが、貞元十六年吐蕃の侵攻によって陥落した。

春望詞四首 其四 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-145-17-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2272

薛濤《春望詞四首 其四》
鏡にあの人からもらったきれいなカンザシが鏡の中で光っている。春風は知ってか知らずか、カンザシをそっと揺らしてゆくのです。

2013年4月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

春望詞四首 其四 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-145-17-#10   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2272  


春望詞四首 
花開不同賞,花落不同悲。
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのです
欲問相思處,花開花落時。
お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。
  
嚂草結同心,將以遺知音。
行楽を愉しむ中、二人で声を上げてたくさん草をとり、それを愛のあかしとして「同心むすび」にむすぶ。
まさに客とそれをしたことで恋しい人への思いをふと忘れ得たような思いがするのです。

春愁正斷絕,春鳥復哀吟。
女の春の愁いというものはそんなことでも断ちることになるのです。春に盛んな鳥が啼くと、おんなにとってはまた悲しそうな聲でさえずっているように聞こえてきます。
  
風花日將老,佳期猶渺渺。
春の日は終わろうとしている。風流な風も、行楽の花も、女もおいてゆく。又逢うことのお約束今なお、遠いぼんやりしたままなのです。
不結同心人,空結同心草。
心が通い合っているあの人とは結ばれることはなかった。でも、空しいことは、あのとき、誓い合って結んだ「同心むすび」の草を今一人で結んでいることなのです。
  
那堪花滿枝,翻作兩相思。
枝もたわわに咲いている春の盛りの花を見るのはもうとてもたえきれない。だから、花は見たくないと背を向ける。まだきっと両方で恋しあっているはずなのです。
玉箸垂朝鏡,春風知不知。
鏡にあの人からもらったきれいなカンザシが鏡の中で光っている。春風は知ってか知らずか、カンザシをそっと揺らしてゆくのです。




『春望四首 其四』 現代語訳と訳註
(本文)

那堪花滿枝,翻作兩相思。
玉箸垂朝鏡,春風知不知。


(下し文)
那んぞ堪えん 花 枝に満つるに、翻って 両相思を作す。
玉箸 朝鏡に垂る、春風 知るや知らずや。

(現代語訳)
枝もたわわに咲いている春の盛りの花を見るのはもうとてもたえきれない。だから、花は見たくないと背を向ける。まだきっと両方で恋しあっているはずなのです。
鏡にあの人からもらったきれいなカンザシが鏡の中で光っている。春風は知ってか知らずか、カンザシをそっと揺らしてゆくのです。


(訳注)
春望詞四首

春になっても来てくれない客がどうしているのかあいさつ代わりに贈った詩で、通り一遍の手紙、一般的な詩ではなくこのような詩は上品であっても心をかなり動かすなかなかのテクニックである。
自分の気持ちを表に出してはいけない時代である。したがって、日本における訳注はどうも間違ったものが多く、参考にならない。


那堪花滿枝,翻作兩相思。
枝もたわわに咲いている春の盛りの花を見るのはもうとてもたえきれない。だから、花は見たくないと背を向ける。まだきっと両方で恋しあっているはずなのです。
・那堪 反語。とてもたえきれない。
・翻 ふりかえって。満開の花を背にすること。 花が咲きはこって、はなやかであればあるほど、かえって自分の孤独寂蓼の感じが増す。
・作 つくる。なしとげる。おこす。いつわる。なまける。
・兩相思 自分と相手の男と両方で恋しあっている、思いあっていること。


玉箸垂朝鏡,春風知不知。
鏡にあの人からもらったきれいなカンザシが鏡の中で光っている。春風は知ってか知らずか、カンザシをそっと揺らしてゆくのです。
・玉箸 キラキラしている簪。空しい表現。
・朝鏡 寝化粧をなおす、朝の化粧をする鏡。男性と夜を過ごしていない場合は「朝鏡」という表現がよく使われる。一緒に過ごした場合は、天上のが明るくなる表現、梁に朝日が当たるという表現をする。


この春望四首は薛濤個人のことを詠ってはいない。女盛りを過ぎようとしている女性の一般論を述べたのである。ここには女性が男性にすがって生きていくことしかできない時代を反映しているのである。余生を過ごすには数名の下女に身の回りの世話をさせられるだけのものを残していないと隠棲できないのである。
 したがって、この頃の芸妓は高級官僚か、富貴の者の夫人にり、手切れ金で余生を送ることが一番の願いであったのだ。一夫多妻制はともに白髪の映えるまでという思想は全くないのである。こうした前提の上での男女交際を考えなくてはいけないのである。


春望詞四首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-144-16-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2267

薛濤《春望詞四首 其三》
春になっても来てくれない客がどうしているのかあいさつ代わりに贈った詩で、通り一遍の手紙、一般的な詩ではなくこのような詩は上品であっても心をかなり動かすなかなかのテクニックである。
自分の気持ちを表に出してはいけない時代である。


2013年4月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#3> 女性詩743 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2263
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Ⅲ杜甫詩1000詩集贈虞十五司馬 成都5-(10-1) 杜甫 <463-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2260 杜甫詩1000-463-#1-646/1500
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春望詞四首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-144-16-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2267
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

春望詞四首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-144-16-#9   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2267  


春望詞四首 
wakaba002花開不同賞,花落不同悲。
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのです
欲問相思處,花開花落時。

お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。
  
嚂草結同心,將以遺知音。
行楽を愉しむ中、二人で声を上げてたくさん草をとり、それを愛のあかしとして「同心むすび」にむすぶ。
まさに客とそれをしたことで恋しい人への思いをふと忘れ得たような思いがするのです。

春愁正斷絕,春鳥復哀吟。
女の春の愁いというものはそんなことでも断ちることになるのです。春に盛んな鳥が啼くと、おんなにとってはまた悲しそうな聲でさえずっているように聞こえてきます。
  
風花日將老,佳期猶渺渺。
春の日は終わろうとしている。風流な風も、行楽の花も、女もおいてゆく。又逢うことのお約束今なお、遠いぼんやりしたままなのです。
不結同心人,空結同心草。

心が通い合っているあの人とは結ばれることはなかった。でも、空しいことは、あのとき、誓い合って結んだ「同心むすび」の草を今一人で結んでいることなのです。
  
那堪花滿枝,翻作兩相思。
玉箸垂朝鏡,春風知不知。


『春望詞四首 其三』 現代語訳と訳註
(本文)

風花日將老,佳期猶渺渺。
不結同心人,空結同心草。


(下し文)
風花 日に將に老いんとする、佳期 猶は渺渺。
同心の人とは 結ばれず、空しく 同心の草を 結ぶ。


(現代語訳)
春の日は終わろうとしている。風流な風も、行楽の花も、女もおいてゆく。又逢うことのお約束今なお、遠いぼんやりしたままなのです。
心が通い合っているあの人とは結ばれることはなかった。でも、空しいことは、あのとき、誓い合って結んだ「同心むすび」の草を今一人で結んでいることなのです。


(訳注)
春望詞四首

春になっても来てくれない客がどうしているのかあいさつ代わりに贈った詩で、通り一遍の手紙、一般的な詩ではなくこのような詩は上品であっても心をかなり動かすなかなかのテクニックである。
自分の気持ちを表に出してはいけない時代である。したがって、日本における訳注はどうも間違ったものが多く、参考にならない。


風花日將老,佳期猶渺渺。
春の日は終わろうとしている。風流な風も、行楽の花も、女もおいてゆく。又逢うことのお約束今なお、遠いぼんやりしたままなのです。

・風花 風流な風も、行楽の花。単なる風と花ではない。
・老 花と女が老化していくこと。
・佳期 会う時期を約束すること
・渺渺 遠いぼんやりしたままの状態。

不結同心人,空結同心草。
心が通い合っているあの人とは結ばれることはなかった。でも、空しいことは、あのとき、誓い合って結んだ「同心むすび」の草を今一人で結んでいることなのです。
玉台新詠巻十に、銭唐蘇小歌一首として次の詩がある。「 妾乗油璧車、郎騎青□馬、 何処結同心、西陵松柏下。」(何れの処にか同心を結ばん)という句がある。
温庭筠 『更漏子』
相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
城上月,白如雪,蟬鬓美人愁絕。

春望詞四首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-143-15-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2262

《春望詞四首 其二》 薛濤

2013年4月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩妾薄命二首 其二 曹植 魏詩<72-#2> 女性詩742 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2258
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第六・七・八段 まとめ 宋玉  <00-#26>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 655 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2259
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集贈虞十五司馬 成都5-(10-2) 杜甫 <463-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2265 杜甫詩1000-463-#2-647/1500 
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集道路憶山中 謝霊運<52> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2261 (04/22)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春望詞四首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-143-15-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2262
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

春望詞四首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-143-15-#8   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2262


春望詞四首春望詞四首 其二 薛濤 
oborotsuki02h花開不同賞,花落不同悲。
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのです
欲問相思處,花開花落時。

お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。
  
嚂草結同心,將以遺知音。
行楽を愉しむ中、二人で声を上げてたくさん草をとり、それを愛のあかしとして「同心むすび」にむすぶ。
まさに客とそれをしたことで恋しい人への思いをふと忘れ得たような思いがするのです。

春愁正斷絕,春鳥復哀吟。
女の春の愁いというものはそんなことでも断ちることになるのです。春に盛んな鳥が啼くと、おんなにとってはまた悲しそうな聲でさえずっているように聞こえてきます。

  其三
風花日將老,佳期猶渺渺。
不結同心人,空結同心草。

  其四
那堪花滿枝,翻作兩相思。
玉箸垂朝鏡,春風知不知。



『春望詞四首』 現代語訳と訳註
(本文)

嚂草結同心,將以遺知音。
春愁正斷絕,春鳥復哀吟。


(下し文)
草を携りて同心を結び、將に 以て知音に遺らんとす。
春愁 正に断絶す。春鳥 また京吟す。


(現代語訳)
行楽を愉しむ中、二人で声を上げてたくさん草をとり、それを愛のあかしとして「同心むすび」にむすぶ。
まさに客とそれをしたことで恋しい人への思いをふと忘れ得たような思いがするのです。
女の春の愁いというものはそんなことでも断ちることになるのです。春に盛んな鳥が啼くと、おんなにとってはまた悲しそうな聲でさえずっているように聞こえてきます。


(訳注)
春望詞四首

春になっても来てくれない客がどうしているのかあいさつ代わりに贈った詩で、通り一遍の手紙、一般的な詩ではなくこのような詩は上品であっても心をかなり動かすなかなかのテクニックである。
自分の気持ちを表に出してはいけない時代である。したがって、日本における訳注はどうも間違ったものが多く、参考にならない。


嚂草結同心,將以遺知音。
行楽を愉しむ中、二人で声を上げてたくさん草をとり、それを愛のあかしとして「同心むすび」にむすぶ。
まさに客とそれをしたことで恋しい人への思いをふと忘れ得たような思いがするのです。
・嚂 むさぼる、 たしなむ、 しかる、 こえ.過ぎた恩恵を受ける。おおごえをあげて
・結同心 わが国の女の子たちがクローバーをとってむすび輪を作ったりするのと同じしぐさ。中国では、古く、錦帯をむすんで、順々に輪にしてつづけるやり方があり、相愛のこころをそれにふくませて、「同心結び」といった。玉台新詠巻十に、銭唐蘇小歌一首として次の詩がある。「 妾乗油璧車、郎騎青□馬、 何処結同心、西陵松柏下。」(何れの処にか同心を結ばん)という句がある。
温庭筠 『更漏子』
相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
城上月,白如雪,蟬鬓美人愁絕。
宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明。
『更漏子 四』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-18-2-#4 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1688

・知音 もっともよき理解者、心の友をいう。ここでは恋の相手。親しい客。鍾子期と伯牙の故事による。伯牙は琴の名手で、鍾子期はその昔菜のもっともよき理解者であったが、饉予期が死ぬと、伯牙は、もう自分の琴をわかってくれる人はないといって、その愛琴の舷を切り、こわしてしまったという。○知音 知己。自分の琴の演奏の良さを理解していくれる親友のこと。伯牙は琴を能くしたが、鍾子期はその琴の音によって、伯牙の心を見抜いたという。転じて自分を理解してくれる知人。
『列子、湯問』
「伯牙善鼓琴。鐘子期善聽。伯牙鼓琴。志在登高山。鐘子期曰。善哉。巍巍兮若泰山。志在流水。鍾子期曰。善哉。洋洋兮若江河。伯牙所念。鐘子期必得之。伯牙游於泰山之陰。卒逢暴雨。止於巖下心悲。乃援琴而鼓之。初為霖雨之操。更造崩山之音。曲毎奏。鐘子期輒窮其趣。伯牙乃舍琴而嘆曰。善哉善哉。子之聽。夫志想象。猶吾心也。吾於何逃聲哉。」 
(下し文)
伯牙善く琴を鼓し、鍾子期善く聴く。
伯牙琴を鼓し、志泰山登るに在り、鍾子期曰く、善い哉、巍巍兮として泰山の若し、と。
志流水に在らば、鍾子期曰く、 善い哉、琴を鼓する、洋洋兮として江河の若し、と。
伯牙の念ふ所、鐘子期必ず之を得。
伯牙、泰山の陰に遊び、卒に暴雨に逢ふ。
巖下に止まりて心悲しみ、乃ち琴を援りて之を鼓す。
初め「霖雨の操」を為し、更に「崩山の音」を造す。
曲奏する毎に、鐘子期輒ち其の趣きを窮む。
伯牙乃ち琴を舎きて嘆じて曰く、善い哉、善い哉、子の聴く。
夫れ志を想像する、猶ほ吾が心のごときなり。
吾れ何に於いて声を逃れんや、と。



春愁正斷絕,春鳥復哀吟。
女の春の愁いというものはそんなことでも断ちることになるのです。春に盛んな鳥が啼くと、おんなにとってはまた悲しそうな聲でさえずっているように聞こえてきます。
・春愁 春のかなしさ、さびしさ。
・断絶 つづいていた春愁が、草をむすぶことによって、ぷっつりと消滅する。
・春鳥 春の鳥。鶯、燕、ヤマドリ。
・復 かさねて。もとにもどること。往復の復。鳥もまたの意ではない。
・哀吟 吟は、うたうこと。ここでは鳴くこと。



春望詞四首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-142-14-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2257

薛濤 《春望詞四首》其一 唐五代詞・宋詩

お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。


2013年4月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

春望詞四首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-142-14-#7   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2257


紅梅0021 春望詞四首 
7 花開不同賞,花落不同悲。 
 欲問相思處,花開花落時。 
  
8 嚂草結同心,將以遺知音。 
 春愁正斷絕,春鳥復哀吟。 
  
9 風花日將老,佳期猶渺渺。 
 不結同心人,空結同心草。 
  
10 那堪花滿枝,翻作兩相思。 
 玉箸垂朝鏡,春風知不知。 



薛濤が尊敬した杜甫の同題詩。
春望  ―長安   
國破山河在,城春草木深。
感時花濺涙,恨別鳥驚心。
烽火連三月,家書抵萬金。
白頭掻更短,渾欲不勝簪。
野望  ―秦州
清秋望不極,迢遞起層陰。
遠水兼天淨,孤城隱霧深。
葉稀風更落,山迥日初沈。
獨鶴歸何晚?昏鴉已滿林。
野望 ―成都 
西山白雪三城戍,南浦清江萬裡橋。
海內風塵諸弟隔,天涯涕淚一身遙。
惟將遲暮供多病,未有涓埃答聖朝。
跨馬出郊時極目,不堪人事日蕭條!


春望詞四首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-142-14-#7   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2257


春望詞四首
花開不同賞,花落不同悲。
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのです
欲問相思處,花開花落時。

お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。

pla030
















春 望 四首
花開くも 同に賞せず、花落つるも 同に悲まず。
問はんと欲す 相思の處、花開き花落つるの時。



『春望詞四首』 現代語訳と訳註
(本文)
花開不同賞,花落不同悲。
欲問相思處,花開花落時。


(下し文)
春 望 四首
花開くも 同に賞せず、花落つるも 同に悲まず。
問はんと欲す 相思の處、花開き花落つるの時。


(現代語訳)
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのです
お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。


(訳注)
春望詞四首

春になっても来てくれない客がどうしているのかあいさつ代わりに贈った詩で、通り一遍の手紙、一般的な詩ではなくこのような詩は上品であっても心をかなり動かすなかなかのテクニックである。
自分の気持ちを表に出してはいけない時代である。したがって、日本における訳注はどうも間違ったものが多く、参考にならない。。


花開不同賞,花落不同悲。
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのです


欲問相思處,花開花落時。
お聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。

yayoipl05




昭和の初めから中期にかけて訳されたもの。全く頓珍漢な訳文としか言いようがない。
漢文大系15 の訳
春です。花が咲けばうれしいものですが、愛するあなたといっしょに、そのうれしさをともにして、賞でることもかなわず、また花が散るのはさびしいものですが、さびしいとて、ごいっしょにさびしがることもできない今のあたし。さて、愛するあなたは、そちらで、花が嘆き花が散る釘をごらんになって、おひとりで、どんな思いをしていらっしゃるのでしょうか?- (あなたも、さぞかしさびしい思いでいらやることと思われます。しかしまたあるいは、わたくしのことなどお忘れになって、そちらの美しい方と浮かれておいでになるのではあるまいかという不安な気もいたします。いえいえ、あなたは決してそんなお方ではないはず、やっぱりきっとさびしがっておいでになるでしょう。そうだそうだ、それにちかいないと、自分にいい聞かせていますが、しかし、いかがでしょうか?)


・那珂秀穂の訳。(支那歴朝閨秀詩抄-昭和十八年 地平社刊)
花咲きてうれしかるとも
花散りてかなしかるとも
いかがせむ 君はいづくに
ながむるや 咲きて散る花
・小田嶽夫・武田泰淳氏の「揚子江風土記」(昭和十六年 竜吟社刊)の訳。
花が咲いたら しぼんだら
かたりあひたいあのひとと
うれしかなしのむわのうち
花が咲くのに しぼむのに

 

蟬 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-141-13-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2252

薛濤 蟬  唐五代詞・宋詩
夕立で樹々が洗われ、水滴がポクボタと落ちる、蝉の声がする中その音はすがすがしい風の中に次第に遠ざかりしなくなる。かぜがそよいで葉が擦れ合い音が蝉の鳴き声とだぶって聞こえてくる。

2013年4月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩妾薄命二首 其一 曹植 魏詩<71> 女性詩740 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2248
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第八段-#1 宋玉  <00-#24>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 653 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2249
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集丈人山 成都5-(8) 杜甫 <461>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2250 杜甫詩1000-461-644/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集初発石首城 謝霊運<50> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2251 (04/20)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性蟬 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-141-13-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2252
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

蟬 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-141-13-#6   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2252




露滌音清遠,風吹故葉齊。 
夕立で樹々が洗われ、水滴がポクボタと落ちる、蝉の声がする中その音はすがすがしい風の中に次第に遠ざかりしなくなる。かぜがそよいで葉が擦れ合い音が蝉の鳴き声とだぶって聞こえてくる。
聲聲似相接,各在一枝棲。

この静けさの中に、鳴く声や葉擦れの声があり、相乗して聴こえてくる。でもそれぞれの声はそれぞれ一つの枝から発しているのであり、それぞれが一緒に暮らしているのでしょう。

露滌【ろじょう】音【いん】清しく遠ざかり,風吹 故葉 齊し。 
聲聲【せいせい】相接するが似き,各【おのお】の一枝の棲に在る。

kokage01
『蟬』 現代語訳と訳註
(本文)

露滌音清遠,風吹故葉齊。 
聲聲似相接,各在一枝棲。


(下し文)
露滌【ろじょう】音【いん】清しく遠ざかり,風吹 故葉 齊し。 
聲聲【せいせい】相接するが似き,各【おのお】の一枝の棲に在る。


(現代語訳)
夕立で樹々が洗われ、水滴がポクボタと落ちる、蝉の声がする中その音はすがすがしい風の中に次第に遠ざかりしなくなる。かぜがそよいで葉が擦れ合い音が蝉の鳴き声とだぶって聞こえてくる。
この静けさの中に、鳴く声や葉擦れの声があり、相乗して聴こえてくる。でもそれぞれの声はそれぞれ一つの枝から発しているのであり、それぞれが一緒に暮らしているのでしょう。


(訳注)
 蟬
宋玉『九辯』「燕翩翩其辭歸兮,蟬寂漠而無聲。」(そうなると燕はひらりひらりと飛んでいても結局は別れを告げて飛び去りのであり、蝉はもう静かに影もなくどこかに消えて声さえ聞こえないのだ。)
九辯 宋玉 <00-#2>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 631 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2139
韓愈『秋懐詩十一首 其二』「寒蟬暫寂寞,蟋蟀鳴自恣。」(ひぐらしぜみがしばらく鳴かなくなって静寂になるとこんどは、こおろぎがせいいっぱい鳴きまくるのである。)秋懐詩十一首(2) 韓愈 韓退之(韓愈)詩<102>Ⅱ中唐詩537 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1714
李商隠『燕臺詩四首 其四』「破鬟倭墮淩朝寒,白玉燕釵黃金蟬。」
燕臺詩四首 其四 冬#2 李商隠135 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 134-#2


露滌音清遠,風吹故葉齊。
夕立で樹々が洗われ、水滴がポクボタと落ちる、蝉の声がする中その音はすがすがしい風の中に次第に遠ざかりしなくなる。かぜがそよいで葉が擦れ合い音が蝉の鳴き声とだぶって聞こえてくる。
・露滌 夏の夕立で樹々が洗われ、水滴がポクボタと落ちるようなとき。滌は、洗う、すすぐ。
・音清 蝉の美しい鳴き声をいったもの。せせらぎの音でもなければ、水滴そのものの音でもない。
・遠 露の落ちる音が次第にしなくなる。蝉の声は静けさの意味である。
・風吹 風が吹いてもの意。
・故葉 繁った状態の葉で枯葉ではない。ベースに蝉の声があり、葉擦れの音が蝉の鳴き声とだぶって聞こえてくる。静けさを表現している。


聲聲似相接,各在一枝棲。
この静けさの中に、鳴く声や葉擦れの声があり、相乗して聴こえてくる。でもそれぞれの声はそれぞれ一つの枝から発しているのであり、それぞれが一緒に暮らしているのでしょう。
〇蝉は鳴き声を聞かせてくれる前、地中で長い間力を蓄える。蝉は不遇な男の声を象徴するものである。薛濤はここで葉擦れの音を不遇の男性客にたいして慰めの詩を作ったものであろう。この詩をもらった男性はきっと勇気づけられたことであろう。
この詩においても、「漢文大系15」P250における訳は全く理解力がないひどいものである。

月 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-140-12-#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2247

薛濤 月 
新月から三日月の「生魄」は明るく光る所は鉤のように小さいがその影の部分に生きる力がある。漢の班婕妤の『怨歌行』に詠うようにきれいなまるい扇でも秋になれば棄てられるという、だからいまもっと愛してください。


2013年4月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩當欲游南山行 曹植 魏詩<70> 女性詩738 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2238
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第七段-#1 宋玉  <00-#22>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 651 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2239
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集寄杜位 成都5-(6) 杜甫 <459>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2240 杜甫詩1000-459-642/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集酬従弟謝惠連 五首その(5) 謝霊運<48>西陵遇風獻康楽 その5 謝惠連 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2241 (04/18)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性風 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-139-11-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2242
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

月 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-140-12-#5   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2247



魄依鉤樣小,扇逐漢機團。 
新月から三日月の「生魄」は明るく光る所は鉤のように小さいがその影の部分に生きる力がある。漢の班婕妤の『怨歌行』に詠うようにきれいなまるい扇でも秋になれば棄てられるという、だからいまもっと愛してください。
細影將圓質,人間幾處看。

細い月影がやがては真ん丸に成長してゆきます。そしてまた「生魄」が成長します。人間世界も、このように陰と陽が成長し合っているものでさまざまなところでさまざまな思いをこめて仰ぎ見ているのでしょう。

(月)
魄は鉤樣【こうよう】小きに依り,扇は漢機團きを逐う。 
細き影は將に圓質なり,人間 幾處に看る。

三日月01








『月』 現代語訳と訳註
(本文)

魄依鉤樣小,扇逐漢機團。 
細影將圓質,人間幾處看。


(下し文) (月)
魄は鉤樣【こうよう】小きに依り,扇は漢機團きを逐う。 
細き影は將に圓質なり,人間 幾處に看る。


(現代語訳)
新月から三日月の「生魄」は明るく光る所は鉤のように小さいがその影の部分に生きる力がある。漢の班婕妤の『怨歌行』に詠うようにきれいなまるい扇でも秋になれば棄てられるという、だからいまもっと愛してください。
細い月影がやがては真ん丸に成長してゆきます。そしてまた「生魄」が成長します。人間世界も、このように陰と陽が成長し合っているものでさまざまなところでさまざまな思いをこめて仰ぎ見ているのでしょう。

上弦の月






(訳注)
(月)

さまざまな角度から月を詠じたものというだけでなく、満月が良いのではなく、月の陰の部分にこそ力があるもの、生き歳いきるものその力をもって生きるべきであるというもの。この詩を単にいろんな月がありますという解釈をしているのは、女性蔑視の軽薄な文学である。


魄依鉤樣小,扇逐漢機團。 
新月から三日月の「生魄」は明るく光る所は鉤のように小さいがその影の部分に生きる力がある。漢の班婕妤の『怨歌行』に詠うようにきれいなまるい扇でも秋になれば棄てられるという、だからいまもっと愛してください。。
・魄 月魄。三日月の陰の部分を月の生魄といい、この部分に生れる力、たましいを感じたのである。精神をつかさどる陽の気を魂(こん)というのに対し、肉体をつかさどるという陰の霊気。1 人の肉体に宿り、活力を生み出すもの。たましい。「気魄・魂魄」
2 月のかげの部分。「生魄」
3 落ちぶれる。「落魄」。
・鉤樣 鉤は、簾をまきあげてかける金具。形は鉤形。鎌のような形。三日月。
57moon・扇 中国古代の扇は、開くとうちわ型になった。
・漢機 漢代の機。漢の班婕妤
怨歌行  
新裂齊紈素,皎潔如霜雪。
裁爲合歡扇,團團似明月。
出入君懷袖,動搖微風發。
常恐秋節至,涼風奪炎熱。
棄捐篋笥中,恩情中道絶。
(新たらしい斉の国産の白練り絹を裂いている、それは純白、潔白で穢れない清い白さは、霜や雪のようだ。
裁断して、両面から張り合わせの扇を作っている。丸くしてまるで満月のようです。
でもいつもこころに恐れていることがあるのは秋の季節が来ることなのです。秋の清々しい風は、わが君の情熱を奪って涼しくしてしまうのです。
そうすると、屑籠の中に投げ捨てられてしまうことになります。わが君、帝王の寵愛が途中で絶えてしまうことになるのです。)
第二句はこれ基づいてよんだもの。怨歌行 班婕妤(倢伃) 漢詩<111>玉台新詠集 女性詩547 漢文委員会kannuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1458


細影將圓質,人間幾處看。
細い月影がやがては真ん丸に成長してゆきます。そしてまた「生魄」が成長します。人間世界も、このように陰と陽が成長し合っているものでさまざまなところでさまざまな思いをこめて仰ぎ見ているのでしょう。
・細影 月の細い形。初月近くをいう。陰と陽が成長することを云う。薛濤は明るい部分だけ月と云っているのではないのである。班婕妤を引用した意味はこの点にある。
・質 満月と新月。どちらも本来の姿である。
・幾處 何か処で、であるが、反語的用法で、いたるところでの意。

風 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-139-11-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2242

薛濤《風》唐五代詞・宋詩

香り草を抜けた風がかすかな香りを運んできて遠くの方に抜けていく、その風がひるがえり、弓矢を放った一撃の音がその風を切る音、それは鶴の一鳴きのようである。

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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

風 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-139-11-#4   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2242



獵蕙微風遠,飄弦唳一聲。
香り草を抜けた風がかすかな香りを運んできて遠くの方に抜けていく、その風がひるがえり、弓矢を放った一撃の音がその風を切る音、それは鶴の一鳴きのようである。
林梢明淅瀝,松徑夜淒清。
その風は林の中の木々のこずえを抜けて、ひゅぅひゅうと音をたてる。やがて夜が訪れ、松の小路を、散策する。涼しくすがすがしい松風のもたらす涼しさである。

獵蕙【りょうけい】微風【びふう】遠のき、飄って弦ずれば 唳くこと一聾。
林梢 明るく淅瀝【せきれき】し、松徑【しょうけい】夜となり淒清【せいせい】す。



『風』 現代語訳と訳註
終南山06
(本文)

獵蕙微風遠,飄弦唳一聲。
林梢明淅瀝,松徑夜淒清。


(下し文)
獵蕙【りょうけい】微風【びふう】遠のき、飄って弦ずれば 唳くこと一聾。
林梢 明るく淅瀝【せきれき】し、松徑【しょうけい】夜となり淒清【せいせい】す。


(現代語訳)
香り草を抜けた風がかすかな香りを運んできて遠くの方に抜けていく、その風がひるがえり、弓矢を放った一撃の音がその風を切る音、それは鶴の一鳴きのようである。その風は林の中の木々のこずえを抜けて、ひゅぅひゅうと音をたてる。やがて夜が訪れ、松の小路を、散策する。涼しくすがすがしい松風のもたらす涼しさである。


(訳注)

この詩は中国では珍しい「風」が主語である。日本では“風が通り抜ける”という表現は当たり前のことであるが、中国人はほとんどが自分が主語であることが多い。そのため、漢詩大系15『魚玄機・薛濤』P229<風の姿を四つの場合にうけとめてよんだもの。ふつうの五絶のように各句が順に起伏しっつも連嬉し一首を構成するのではなく、各旬はそれぞれ燭立して、風の姿をとらえているのであるから、起承輪結の法は守られていない。特異な作品である。> と解釈している。まぎれもなく五言絶句である。


獵蕙微風遠,飄弦唳一聲。
香り草を抜けた風がかすかな香りを運んできて遠くの方に抜けていく、その風がひるがえり、弓矢を放った一撃の音がその風を切る音、それは鶴の一鳴きのようである。
・獵蕙 香草の間を通り抜けた風。・蕙 かおり草。一種の香草。・猟 とる。かならずしも禽獣をとることにかぎらない。漁船のことを猟船ということもある。(1)野生の鳥や獣をとること。猟(りよう)。狩猟。[季]冬。 (2)犯罪者などを捜索し、つかまえること。 「暴力団―」「山―」 (3)自然の中に分け入って、野草や貝などをとったり、花やもみじを観賞した.1. 捕捉禽獸:~捕。~獲。~逐。~取。~奇。狩~。田~。漁~。圍~。 2. 打獵的:~人。~戶。~狗。~槍。
・弦 矢をつがえて弓の弦を放つこと。
・唳 鳴くこと。鶴のなくことを鶴唳という。風声鶴唳とは。おじけづいて、わずかなことにも恐れおののくことのたとえ。▽「風声」は風の音。「鶴唳」はつるの鳴き声。わずかな物音にもおびえるたとえ。「鶴唳風声 かくれいふうせい 」ともいう。


林梢明淅瀝,松徑夜淒清。
その風は林の中の木々のこずえを抜けて、ひゅぅひゅうと音をたてる。やがて夜が訪れ、松の小路を、散策する。涼しくすがすがしい松風のもたらす涼しさである。
・林梢(りんしよう) 林の木々のこずえ。
・淅瀝 風音の形容。ひゅうひゅう。雨や雪の音をいうこともある。
杜甫『白水崔少府十九翁高齋三十韻』
「危階根青冥,曾冰生淅瀝。」(この書斎のたかくてあぶなげなきざはしはあおぞらに根をおろしているのかと思うほどである、渓間の風音で木々のざわついているあたりには幾層かの氷が生じているほどつめたいのである。)
・松徑 松林中の小路。
・淒清 涼しい意。涼しくすがすがしい松風のもたらす涼しさをいう。

池上雙鳧 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-138-10-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2237

薛濤《池上雙鳧》

2013年4月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


池上雙鳧 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-138-10-#3   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2237


池上雙鳧 
(池の水辺のつがいの野鳧)
雙棲綠池上,朝去暮飛還。 
この池の緑の澄み切った水辺に、つがいで棲みついている、その野鳧は朝は飛び去っていても、晩はかえってきていっしょに飛びまわって仲よくくらしている。
更憶將雛日,同心蓮葉間。

もっと思うには、さらにこのつがいは、やがてある日に雛を育てるようになるのです。それには心をあわせているし、池の蓮の葉のかげで、仲睦まじくしていることがあるのです。

池上の雙鳧
綠池の上に 雙棲【そうせい】し、朝去りて 暮に 飛還【ひかん】す。
更に憶ふ 雛を將【やしな】ふの日には、心を 蓮葉【れんよう】の間に 同じうせん。




『池上雙鳧』 現代語訳と訳註
野鴨0111(本文)
池上雙鳧 
雙棲綠池上,朝去暮飛還。 
更憶將雛日,同心蓮葉間。


(下し文)
池上の雙鳧
綠池の上に 雙棲【そうせい】し、朝去りて 暮に 飛還【ひかん】す。
更に憶ふ 雛を將【やしな】ふの日には、心を 蓮葉【れんよう】の間に 同じうせん。


(現代語訳)
(池の水辺のつがいの野鳧)
この池の緑の澄み切った水辺に、つがいで棲みついている、その野鳧は朝は飛び去っていても、晩はかえってきていっしょに飛びまわって仲よくくらしている。
もっと思うには、さらにこのつがいは、やがてある日に雛を育てるようになるのです。それには心をあわせているし、池の蓮の葉のかげで、仲睦まじくしていることがあるのです。


(訳注)
池上雙鳧

(池の水辺のつがいの野鳧) 
○この詩は、高官の男性へのお誘いの詩である。薛濤は性を売る妓女ではなく芸・詩文などを示す役割を持つ営妓、軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませるものであった。又池は、清流にのぞんで詩歌を作り盃を巡らす曲水の宴があり、中国古代、周公の時代に始まったとされている。


雙棲綠池上,朝去暮飛還。 
この池の緑の澄み切った水辺に、つがいで棲みついている、その野鳧は朝は飛び去っていても、晩はかえってきていっしょに飛びまわって仲よくくらしている。
・雙鳧 鳧は野生のかもである。二羽の鳧で、つがい。
・朝去暮飛還 「朝に去り幕に飛び還る」と読むことになる。飛還はもとのところへもどってくること。


更憶將雛日,同心蓮葉間。
もっと思うには、さらにこのつがいは、やがてある日に雛を育てるようになるのです。それには心をあわせているし、池の蓮の葉のかげで、仲睦まじくしていることがあるのです。
・憶 追憶・回憶と熱する字であるが、その思いは作者がこの詩を読む男性に向けての思いを云うのである。
・將【やしなう】 扶養の意。そだてること。
・蓮葉(れんよう)蓮は、芙蓉であり、その葉と花で性行為そのもをあらわし、恋の意が裏にふくまれている。また、蓮と恋とは同音である。
pla039

鴛鴦草 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-137-9-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2232


2013年4月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩桂之樹行 曹植 魏詩<68> 女性詩736 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2228
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段(とおし) 宋玉  <00-#20>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 649 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2229
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集赴青城縣出成都寄陶王二少尹 成都5-(4) 杜甫 <457>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2230 杜甫詩1000-457-640/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集酬従弟謝蕙運 五首その(2) 謝霊運<45>西陵遇風獻康楽 その2 謝蕙運 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2226 (04/15)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性鴛鴦草 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-137-9-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2232
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

鴛鴦草 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-137-9-#2   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2232



薛濤は西川節度使が管轄する官妓であった。「韋皐から李德裕までの歴代十一人の節度使に仕えて、詩によって知遇を受けている。その間に元稹・白居易・牛僧孺・令狐楚・裴度・嚴綬・張籍・杜牧・劉禹錫等、凡そ二十人の名士とも詩を唱和したとされる。また薛濤が詠じた詩は、『稿簡贅筆』には「有詩五百首」とあるが、現存しているのは約九十首である。


鴛鴦草
綠英滿香砌,兩兩鴛鴦小。
鴛鴦草が緑の花を咲かせ、この部屋を出た叩きの外に一杯に咲かせています。ふたつ、ふたつ、鴛鴦が小さく並んで咲いているのです。
但娛春日長,不管秋風早。

春の日は次第に月日が進みます。日が長くなると行楽を愉しむのです。だから、日が早くて秋風が吹いてくる心配も少しも気にしないのです。

緑英 香砌【こうぜい】に満ち、両両 鴛鴦 小なり。
但だ 春日の長きを娯み、秋風の早きに 管せず。


『鴛鴦草』 現代語訳と訳註
(本文)
鴛鴦草
鴛鴦おしどり0022綠英滿香砌,兩兩鴛鴦小。
但娛春日長,不管秋風早。


(下し文)
緑英 香砌【こうぜい】に満ち、両両 鴛鴦 小なり。
但だ 春日の長きを娯み、秋風の早きに 管せず。


(現代語訳)
鴛鴦草が緑の花を咲かせ、この部屋を出た叩きの外に一杯に咲かせています。ふたつ、ふたつ、鴛鴦が小さく並んで咲いているのです。
春の日は次第に月日が進みます。日が長くなると行楽を愉しむのです。だから、日が早くて秋風が吹いてくる心配も少しも気にしないのです。


(訳注)
鴛鴦草
 花が対に咲いて、実も二つ並んでつくのを鴛鴦の仲のよさに例えている。江戸末期『重修本草綱目啓蒙』にみえる。「スヒスヒカズラ スイバナカズラ 木楊藤 過東藤 甜藤 老公鬚 左 絞藤 左紐 鴛鴦草 金銀花草 金銀藤 冬傷草 環児花 蜜啜花 左纒藤」あるいは吉祥文様の鴛鴦や御所車、色とりどりの花々がきらびやかな、蜀絹織の絢爛豪華な打掛をいう。真紅の掛下をあわせてきるものとされるものかもしれない。


綠英滿香砌,兩兩鴛鴦小。
鴛鴦草が緑の花を咲かせ、この部屋を出た叩きの外に一杯に咲かせています。ふたつ、ふたつ、鴛鴦が小さく並んで咲いているのです。
・綠英 英ははな。花のあと実がなるのを華といい、実のならないのを英という。青い花と思われる。
・香砌(こうぜい) 香は修飾的な詩的冠語。樹は、石または煉瓦のきざはし(階段)。室内から庭へおりるところにある段。砌は石または煉瓦のきざはしの段をいうが、部屋から庭に出るポーチの角。魚玄機も多く使う。女性らしい、細かい景色の描写の一つになる。『寄飛卿』「階砌亂蛩鳴,庭柯煙露清。」・『遣懷』「繞砌澄清沼,抽簪映細流。」・『期友人阻雨不至』「近泉鳴砌畔,遠浪漲江湄。」
・兩兩 二つずつ。
・鴛鴦 おしどり。


但娛春日長,不管秋風早。
春の日は次第に月日が進みます。日が長くなると行楽を愉しむのです。だから、日が早くて秋風が吹いてくる心配も少しも気にしないのです。
・不管(かんせず) 管はつかさどる、支配する。不管は、気にとめない。
・秋風 秋の風。花が萎れる、草が枯れることを意味する。
.早 「はやし」と読む。


井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227

薛濤 井梧吟 

2013年4月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227

wakaba002


薛濤は西川節度使が管轄する官妓であった。「韋皐から李德裕までの歴代十一人の節度使に仕えて、詩によって知遇を受けている。その間に元稹・白居易・牛僧孺・令狐楚・裴度・嚴綬・張籍・杜牧・劉禹錫等、凡そ二十人の名士とも詩を唱和したとされる。また薛濤が詠じた詩は、『稿簡贅筆』には「有詩五百首」とあるが、現存しているのは約九十首である。




井梧吟
(井戸端の梧桐を吟ずる。)
庭除一古桐,聳干入雲中。
庭の外れに一本の古い桐の木がある。聳え立ち横にも広がり、まるで雲の中にはいるほどに感じる。
枝迎南北鳥,葉送往來風。

だからその枝には南から来たから鳥が集まってくる。そしてその葉は風が行ったり来たりしてその香を運んでくる。

井梧【せいご】の吟
庭に除して一の古桐あり,聳干して雲中に入る。
枝は南北の鳥を迎へ,葉は往來の風を送る。


『井梧吟』 現代語訳と訳註

bijo02(本文)
庭除一古桐,聳干入雲中。
枝迎南北鳥,葉送往來風。


(下し文)
井梧【せいご】の吟
庭に除して一の古桐あり,聳干して雲中に入る。
枝は南北の鳥を迎へ,葉は往來の風を送る。


(現代語訳)
庭の外れに一本の古い桐の木がある。聳え立ち横にも広がり、まるで雲の中にはいるほどに感じる。
だからその枝には南から来たから鳥が集まってくる。そしてその葉は風が行ったり来たりしてその香を運んでくる。


(訳注)
井梧吟
 井戸端の梧桐を吟ずる。
杜甫『宿府』
清秋幕府井梧寒,獨宿江城蠟炬殘。永夜角聲悲自語,中天月色好誰看?風塵荏苒音書絕,關塞蕭條行路難。己忍伶俜十年事,強移棲息一枝安。
梧桐は鳳凰の住むところを意味する。つまり仲睦まじい生活を連想させ、井戸端というのは、砧をうつ場所である。どちらも女性にとっての男性を思う大切な場所である。

庭除一古桐,聳干入雲中。
庭の外れに一本の古い桐の木がある。聳え立ち横にも広がり、まるで雲の中にはいるほどに感じる。
〇この詩は男女の性行為の別表現で、上品に連想させる。


枝迎南北鳥,葉送往來風。
だからその枝には南から来たから鳥が集まってくる。そしてその葉は風が行ったり来たりしてその香を運んでくる。





薛濤井について
唐代の女流詩人薛涛にちなんで清代のはじめに造られ、成都の南部を流れている錦江のほとりに位置している。
薛涛は西暦770年に成都で誕生し、この地で父をなくし、楽妓に身を落すことになりました。しかし、詩才に富んでいる彼女は数多くの名詩を残して唐代一の女流詩人と称えられました。晩年彼女が水を汲み、詩箋(しせん)を作ったといわれる井戸が公園内にあります。詩箋が美しく明代に皇帝への貢物ともなったことから「薛涛井」としての名も広まりました。
薛涛は生涯を通じて竹を愛し、竹を広く植えることで竹を敬う気持ちを表しました。彼女だけではなく、竹は昔から文人墨客が欠かしてはいけないものとして珍重されてきました。常緑植物として一年中生気に満ちていることから、中国では頑強なことのシンボルとなっています。常に天に向かい聳えたっているので、粘り強く向上心のあることに喩えられ、根がしっかりはっていることも自制心を持っている喩えとして賛美されています。
現在の望江楼は竹の公園として国内外の観光客を引き付けています。正門に入り、まず目に入るのは道の両側にびっしりと植え込まれている各種の竹です。130余りの種類があり、中国内で竹の品種の一番多い公園となっています。
公園の南西に立っている四層の建物が望江楼で、「崇麗閣」ともいいます。下の二層が四角、上の二層が八角の楼閣で、そりかえった屋根は実に優美さを感じさせています。

蜀中三首 其三 鄭谷  唐五代詞・宋詩 薛濤-135-7-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2222

鄭谷《蜀中三首》 其三 


2013年4月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅲ杜甫詩1000詩集一室 成都5-(2) 杜甫 <455>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2220 杜甫詩1000-455-638/1500
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性蜀中三首 其三 鄭谷  唐五代詞・宋詩 薛濤-135-7-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2222
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

蜀中三首 其三 鄭谷  唐五代詞・宋詩 薛濤-135-7-#3   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2222


薛濤(せつとう)は768年うまれ 831年歿した。中国・中唐代の宮妓・詩人、魚玄機とならび詩妓の双璧と称される。
・ 字は洪度または宏度。長安の良家に生まれたが、父が地方官として赴任するのに伴われて、蜀(四川省成都)へゆき、そこで父を失い妓女となった。節度使韋皐(いこう)に愛され、召されて宴会で詩をつくり、女校書(じょこうしょ)と称された。
・ 浣花渓にいて、白居易、元槇、牛僧孺、令狐楚、張籍、杜牧、劉禹錫など多くの詩人たちとと唱和し、名妓として知られた。なかでも元槇と親しかった。
・ 彼女が作った深紅の小彩がついた詩箋(色紙のようなもの)は、当時「薛濤箋」として持てはやされた。
・ 王羲之の書法を学んだ書家としても認められ、その一片は宋の宮廷に秘蔵されていたという。晩年は碧溪房に居住し、吟詩楼を建てた。段文昌の墓誌が残されている。


其一
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
春になったので馬を進めて蜀に向い、鹿頭山の剣門を越す。ここからは絶景であってたくさんの樹木が高くそびえているのだがそれも遠くに臨めば雑草の生い茂った野原程度に見える。そのくらいにみえるここからの一望は絶景なのだ。
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
『白頭吟』を詠った卓文君は司馬相如と恋して駆け落ちを始めたのは臨邛の酒場の事であった。二十歳前後まで燭で育ち、すぐれた才能を持って謫仙人といわれた李白は、山について多くの詩を残している。
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
薛濤が若い時に過ごした妓楼の望江楼にいる旅人の私にもは薛濤を惜しむのであるが季節は春も過ぎそうで黄梅の花が散っている。ここに住む村人たちはこぞって歌うむらさきいもを作付けする最盛期になっている。
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。

錦江の遊郭の堤の上に月が出て、万里橋の灯篭に火が入る。この時節と風景は素晴らしい。但唐の朝廷は道も仕事が出来なくなってきたようで黄巣の乱を抑えることが出来ず、洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗をこの蜀の地へと逃亡させることになった。

其二
夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新。
春も盛りになり夜に大雨が降ることはなくなった、それを示すように朝になると塵が巻き立つのだ。春草も萌黄の色を越して爛々と光っている。これが日々新しくなっているのだ。
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春。
蒙頂山には茶のさんちで畑が畝をなしている。ここでの千年茶とも言われるお茶のしずくは天下の銘茶である。薛濤が考案して作った「浣花箋」の神にはこの年の春の谷のようすを詠いしるすのだ。
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰。
この成都では揚雄が住んでいたし、杜甫が「錯比揚雄宅」といって白髪頭の揚雄と間違われるといって照れたものだが、その杜甫は朝廷の立派な地位を捨ててまでこの古い町の近所で世俗をたってすんだのだ。
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。
しかし、杜甫も薛濤も共に退いてしまって海棠の花が約束されたように咲いている。薛濤が生まれ変わったといっても数年待っても花は変わらず人の姿には戻ってくれないのだ。

其三
渚遠江清碧簟紋,小桃花繞薛濤墳,
渚は遠くにまで続いている、錦江はきよくながれている。河畔の宴席には清涼感のある緑の簟の敷物がしここまれている。小桃の花が周りに咲き乱れている薛濤の墓墳がある。
朱橋直指金門路,粉堞高連玉壘雲,
この成都の朱塗りの万里橋から直接中央の金馬門へも伝わり知られた。それは城郭の金の上のひめがきのように高く連なり、かがやきを幾重にも重なった雲のように崇高であった。
窗下斷琴翹鳳足,波中濯錦散鷗群,
窓の下で琴を奏でると鳳凰が足を挙げて飛び上がったというし、浪は立っている錦江にうかんで錦を洗うと群がっていたカモメが散りぢりに飛び立ったというように薛等に合いたい高官たちも群れをなすように集まった。
子規夜夜啼巴蜀,不並吳鄉楚國聞。
それでも巴蜀は恋多き町でありホトトギスは夜ごと啼いている。それはホトトギスのふるさとが呉であり、楚の国、江南の美女たちの国でさえも並び立つものではない。

其の三
渚遠く江清くして 碧りの簟紋,小桃の花は繞る 薛濤の墳。
朱橋 直ちに指す 金門の路,粉堞 高く連なる 玉壘の雲。
窗下に 琴を斷ずれば 鳳足を翹ぐ,波中に 錦を濯えば 鷗群を散ず。
子規 夜夜 巴蜀に啼き,並ばざるは 吳鄉、楚國と聞くに。


『蜀中三首』 現代語訳と訳註
(本文)
其三
渚遠江清碧簟紋,小桃花繞薛濤墳,
朱橋直指金門路,粉堞高連玉壘雲,
窗下斷琴翹鳳足,波中濯錦散鷗群,
子規夜夜啼巴蜀,不並吳鄉楚國聞。


(下し文)
其の三
渚遠く江清くして 碧りの簟紋,小桃の花は繞る 薛濤の墳。
朱橋 直ちに指す 金門の路,粉堞 高く連なる 玉壘の雲。
窗下に 琴を斷ずれば 鳳足を翹ぐ,波中に 錦を濯えば 鷗群を散ず。
子規 夜夜 巴蜀に啼き,並ばざるは 吳鄉、楚國と聞くに。


(現代語訳)
渚は遠くにまで続いている、錦江はきよくながれている。河畔の宴席には清涼感のある緑の簟の敷物がしここまれている。小桃の花が周りに咲き乱れている薛濤の墓墳がある。
この成都の朱塗りの万里橋から直接中央の金馬門へも伝わり知られた。それは城郭の金の上のひめがきのように高く連なり、かがやきを幾重にも重なった雲のように崇高であった。
窓の下で琴を奏でると鳳凰が足を挙げて飛び上がったというし、浪は立っている錦江にうかんで錦を洗うと群がっていたカモメが散りぢりに飛び立ったというように薛等に合いたい高官たちも群れをなすように集まった。
それでも巴蜀は恋多き町でありホトトギスは夜ごと啼いている。それはホトトギスのふるさとが呉であり、楚の国、江南の美女たちの国でさえも並び立つものではない。

Nature1-007
(訳注) 其三
渚遠江清碧簟紋,小桃花繞薛濤墳,
渚は遠くにまで続いている、錦江はきよくながれている。河畔の宴席には清涼感のある緑の簟の敷物がしここまれている。小桃の花が周りに咲き乱れている薛濤の墓墳がある。
簟紋 簟:竹。竹でできた宴席の細密に編み込まれた文様によって清涼感のある状況を云う。


朱橋直指金門路,粉堞高連玉壘雲,
この成都の朱塗りの万里橋から直接中央の金馬門へも伝わり知られた。それは城郭の金の上のひめがきのように高く連なり、かがやきを幾重にも重なった雲のように崇高であった。
・朱橋 成都の南にある朱塗りの万里橋。
・金門 唐代では文学の翰林院の門の金馬門のこと。漢代の未央宮(びおうきゅう)の門の一。側臣が出仕して下問を待つ所。金馬。金門。
・粉堞 白塗りのひめがき。城壁の上に回らした低い墻。化粧をした女娼。


窗下斷琴翹鳳足,波中濯錦散鷗群,
窓の下で琴を奏でると鳳凰が足を挙げて飛び上がったというし、浪は立っている錦江にうかんで錦を洗うと群がっていたカモメが散りぢりに飛び立ったというように薛等に合いたい高官たちも群れをなすように集まった。
・窗下の二句 窗下という場合閨を示す。女木の役とは全く違った訳もできる。


子規夜夜啼巴蜀,不並吳鄉楚國聞。
それでも巴蜀は恋多き町でありホトトギスは夜ごとないている。それはホトトギスのふるさとが呉であり、楚の国、江南の美女たちの国でさえも並び立つものではない。
・子規夜夜啼巴蜀 蚕叢(さんそう)、柏灌(はくかん)、魚鳧(ぎょふ)に次いで蜀(四川省)を治めたとされる中国神話上の蜀王。最後にホトトギスになったという伝説がある。
 望帝はもとは杜宇(とう)という名の天神だった。天から朱提山(しゅていざん)に降り、江源(こうげん)の井戸の中から現れた利という女を妻とした後、蜀王となって望帝と称した。
 その望帝が百余歳のころ、楚(そ)の国で鼈霊(べつれい)という男が死んだ。ところが、その死体は長江を遡(さかのぼ)り、蜀の都に流れ着いて生き返り、望帝に会いに来た。そこで、望帝は鼈霊を宰相に任命した。おりしも、蜀で大洪水が起こり、鼈霊がまるで禹と同じように活躍し、それを治めた。ところが、この後、望帝は鼈霊の妻と密通してしまい、良心の呵責(かしゃく)にさいなまれて鼈霊に位を譲った。王となった鼈霊は開明帝と称したが、望帝の方は退位後に修行を積んでホトトギスとなり、毎年春が来るたびに鳴いた。蜀の人々はその鳴き声を聞いて望帝をしのんだという。
それを知った杜宇ホトトギスは嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去くに如かず。帰ることが出来ない。)と鳴きながら血を吐いた。ホトトギスの口が赤いのはそのためだ。
 以上がホトトギスを不如帰、杜宇、杜鵑、蜀魂、蜀鳥、杜魄、蜀魄などと表記するゆえんだ。

杜鵑行 杜甫 成都(2)浣花渓の草堂(2 -16-1)  <379 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1831 杜甫詩1000-379-557/1500

蜀の山50055


成都市は戦国時代以来「蜀錦」と呼ばれる錦織の製造が盛んであり、蜀錦の品質の高さは雲錦・宋錦・壮錦と並び称された。漢代には、朝廷が成都に錦織物を扱う専門の官員を置いたため、成都は「錦官城」あるいは「錦城」と呼ばれていた

蜀中三首 其二 鄭谷  唐五代詞・宋詩 薛濤-134-6-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2217

鄭谷 蜀中三首 其二 

2013年4月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

蜀中三首 其二 鄭谷  唐五代詞・宋詩 薛濤-134-6-#2   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2217


薛濤一身既傳薛濤井、薛濤牋、女校書之典,自不能免於文人風騷之筆,茲《全唐詩》搜尋偶得鄭谷「蜀中三首」: 
   
其一
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。

其二
夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新,
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春,
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰,
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。

其三
渚遠江清碧簟紋,小桃花繞薛濤墳,
朱橋直指金門路,粉堞高連玉壘雲,
窗下斷琴翹鳳足,波中濯錦散鷗群,
子規夜夜啼巴蜀,不並吳鄉楚國聞。

其一
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
春になったので馬を進めて蜀に向い、鹿頭山の剣門を越す。ここからは絶景であってたくさんの樹木が高くそびえているのだがそれも遠くに臨めば雑草の生い茂った野原程度に見える。そのくらいにみえるここからの一望は絶景なのだ。
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
『白頭吟』を詠った卓文君は司馬相如と恋して駆け落ちを始めたのは臨邛の酒場の事であった。二十歳前後まで燭で育ち、すぐれた才能を持って謫仙人といわれた李白は、山について多くの詩を残している。
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
薛濤が若い時に過ごした妓楼の望江楼にいる旅人の私にもは薛濤を惜しむのであるが季節は春も過ぎそうで黄梅の花が散っている。ここに住む村人たちはこぞって歌うむらさきいもを作付けする最盛期になっている。
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。
錦江の遊郭の堤の上に月が出て、万里橋の灯篭に火が入る。この時節と風景は素晴らしい。但唐の朝廷は道も仕事が出来なくなってきたようで黄巣の乱を抑えることが出来ず、洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗をこの蜀の地へと逃亡させることになった。

其二
夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新。
春も盛りになり夜に大雨が降ることはなくなった、それを示すように朝になると塵が巻き立つのだ。春草も萌黄の色を越して爛々と光っている。これが日々新しくなっているのだ。
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春。
蒙頂山には茶のさんちで畑が畝をなしている。ここでの千年茶とも言われるお茶のしずくは天下の銘茶である。薛濤が考案して作った「浣花箋」の神にはこの年の春の谷のようすを詠いしるすのだ。
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰。
この成都では揚雄が住んでいたし、杜甫が「錯比揚雄宅」といって白髪頭の揚雄と間違われるといって照れたものだが、その杜甫は朝廷の立派な地位を捨ててまでこの古い町の近所で世俗をたってすんだのだ。
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。
しかし、杜甫も薛濤も共に退いてしまって海棠の花が約束されたように咲いている。薛濤が生まれ変わったといっても数年待っても花は変わらず人の姿には戻ってくれないのだ。

其二
夜に多雨無く 曉に塵を生じ,草は嵐光を色なし 日日に新し。
蒙頂の茶畦 千點の露,浣花の牋紙 一溪の春。
揚雄は宅在して 唯 喬木し,杜甫は臺荒して 絕だ舊鄰す。
共に卻【しりぞい】て 海棠 花に約する有り,數年 留滯して人に歸らず。


『蜀中三首』其二 現代語訳と訳註
八女茶 畑(本文) 其二

夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新。
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春。
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰。
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。


(下し文) 其二
夜に多雨無く 曉に塵を生じ,草は嵐光を色なし 日日に新し。
蒙頂の茶畦 千點の露,浣花の牋紙 一溪の春。
揚雄は宅在して 唯 喬木し,杜甫は臺荒して 絕だ舊鄰す。
共に卻【しりぞい】て 海棠 花に約する有り,數年 留滯して人に歸らず。


(現代語訳)
春も盛りになり夜に大雨が降ることはなくなった、それを示すように朝になると塵が巻き立つのだ。春草も萌黄の色を越して爛々と光っている。これが日々新しくなっているのだ。
蒙頂山には茶のさんちで畑が畝をなしている。ここでの千年茶とも言われるお茶のしずくは天下の銘茶である。薛濤が考案して作った「浣花箋」の神にはこの年の春の谷のようすを詠いしるすのだ。
この成都では揚雄が住んでいたし、杜甫が「錯比揚雄宅」といって白髪頭の揚雄と間違われるといって照れたものだが、その杜甫は朝廷の立派な地位を捨ててまでこの古い町の近所で世俗をたってすんだのだ。
しかし、杜甫も薛濤も共に退いてしまって海棠の花が約束されたように咲いている。薛濤が生まれ変わったといっても数年待っても花は変わらず人の姿には戻ってくれないのだ。


(訳注)蜀中三首 其二
880年頃、蜀を訪れ、成都東南にある薛濤の墓にきた。薛濤の死後、半世紀後のことであった。

夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新。
春も盛りになり夜に大雨が降ることはなくなった、それを示すように朝になると塵が巻き立つのだ。春草も萌黄の色を越して爛々と光っている。これが日々新しくなっているのだ。
・夜無多雨 蜀では季節の変わり目には夜雨が降り、朝に晴れる。仙女が雨に化けているから降るという伝説。ここでは薛濤という美女がいるので雨の仙女が出てこれないという意味。


蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春。
蒙頂山には茶のさんちで畑が畝をなしている。ここでの千年茶とも言われるお茶のしずくは天下の銘茶である。薛濤が考案して作った「浣花箋」の神にはこの年の春の谷のようすを詠いしるすのだ。
・蒙頂 蒙頂山四川茶、中国の代表的緑茶産地をとして、蒙頂山茶は、中国の六大茶の一つ。四川省雅安市、南に山北部、四川盆地の南西部、雅安市名山県西北部の嘘を北東-南西帯状分布であった、雅安市の中にも及ぶ。山は約10キロと4キロの幅である。蒙頂山は五峰でなりたち,蓮花のように形作る。清峰を最高峰として,海拔1456m。名山縣にある。
・浣花牋「浣花箋」 浣花牋とは紙を桃花色にそめたもので、薛濤箋ともいい、 唐末五代名紙である。このため薛等を海棠に喩える。


揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰。
この成都では揚雄が住んでいたし、杜甫が「錯比揚雄宅」といって白髪頭の揚雄と間違われるといって照れたものだが、その杜甫は朝廷の立派な地位を捨ててまでこの古い町の近所で世俗をたってすんだのだ。
・揚雄宅 杜甫が『堂成』で「旁人錯比揚雄宅,懶惰無心作解嘲。」<私の頭が白いのでこのあたりのよその人は揚雄の宅と間違えて比べられるが、そう云われたからといって私は怠け者だから、揚雄のようにすぐ答えて「解嘲賦」をつくりはしないのだ。>ということに基づいている。
・喬木 「高木(こうぼく)」に同じ。 ⇔灌木(かんぼく)
・台〔臺〕1 周囲が見渡せるように高く造った建物や構造物。うてな。「灯台・番台・露台・楼台・天文台」2 政府の役所。「弾正台」3 平らで小高い土地。.


卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。
しかし、杜甫も薛濤も共に退いてしまって海棠の花が約束されたように咲いている。薛濤が生まれ変わったといっても数年待っても花は変わらず人の姿には戻ってくれないのだ。


題新津北橋棲00

海棠渓 
春教風景駐仙霞、水面魚身総帯花。
人世不思霊卉異、競将紅纈染軽沙。

春は風景をして仙霞を駐(とど)めしめ、水面の魚身総て花を帯ぶ。
人世(じんせい)思わず霊卉(れいき)の異(い)を、競って紅纈を将(も)って軽沙を染む。

春の神様は、風と光に、谷いっぱいの花がすみを送り届けさせたもうた。 清らかな谷川の水に映る花影、泳ぐ魚はまるで花模様を帯びたかのよう。 世間では、この海棠の霊妙なわざに気がつきもせず、競って赤いしぼりを河原の砂の上に干している。




薛濤(せつとう)は768年うまれ 831年歿した。中国・中唐代の宮妓・詩人、魚玄機とならび詩妓の双璧と称される。

 字は洪度または宏度。長安の良家に生まれたが、父が地方官として赴任するのに伴われて、蜀(四川省成都)へゆき、そこで父を失い妓女となった。節度使韋皐(いこう)に愛され、召されて宴会で詩をつくり、女校書(じょこうしょ)と称された。
 浣花渓にいて、白居易、元槇、牛僧孺、令狐楚、張籍、杜牧、劉禹錫など多くの詩人たちとと唱和し、名妓として知られた。なかでも元槇と親しかった。
 彼女が作った深紅の小彩がついた詩箋(色紙のようなもの)は、当時「薛濤箋」として持てはやされた。
 王羲之の書法を学んだ書家としても認められ、その一片は宋の宮廷に秘蔵されていたという。晩年は碧溪房に居住し、吟詩楼を建てた。段文昌の墓誌が残されている。


蜀中三首 其一 鄭谷 唐五代詞・宋詩 薛濤Gs-133--#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2212

鄭谷「蜀中三首」


2013年4月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩聖皇篇 曹植 魏詩<66-#3>古詩源 巻五 女性詩732 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2208
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第五段-#6 宋玉  <00-#16>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 645 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2209
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集上元二年晩春から初夏の詩 杜甫 <444>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2165 杜甫詩1000-444-627/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


蜀中三首 其一 鄭谷 唐五代詞・宋詩 薛濤Gs-133--#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2212


千載人憐女校書(三)

薛濤一身既傳薛濤井、薛濤牋、女校書之典,自不能免於文人風騷之筆,茲《全唐詩》搜尋偶得鄭谷「蜀中三首」: 
   

其一
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。
其二
夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新,
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春,
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰,
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。
其三
渚遠江清碧簟紋,小桃花繞薛濤墳,
朱橋直指金門路,粉堞高連玉壘雲,
窗下斷琴翹鳳足,波中濯錦散鷗群,
子規夜夜啼巴蜀,不並吳鄉楚國聞。



「蜀中三首」
其一
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒。
春になったので馬を進めて蜀に向い、鹿頭山の剣門を越す。ここからは絶景であってたくさんの樹木が高くそびえているのだがそれも遠くに臨めば雑草の生い茂った野原程度に見える。そのくらいにみえるここからの一望は絶景なのだ。
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山。
『白頭吟』を詠った卓文君は司馬相如と恋して駆け落ちを始めたのは臨邛の酒場の事であった。二十歳前後まで燭で育ち、すぐれた才能を持って謫仙人といわれた李白は、山について多くの詩を残している。
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間。
薛濤が若い時に過ごした妓楼の望江楼にいる旅人の私にもは薛濤を惜しむのであるが季節は春も過ぎそうで黄梅の花が散っている。ここに住む村人たちはこぞって歌うむらさきいもを作付けする最盛期になっている。
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。

錦江の遊郭の堤の上に月が出て、万里橋の灯篭に火が入る。この時節と風景は素晴らしい。但唐の朝廷は道も仕事が出来なくなってきたようで黄巣の乱を抑えることが出来ず、洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗をこの蜀の地へと逃亡させることになった。
(其の一)
馬頭 春向して鹿頭の關あり,遠樹 平蕪して一望の閒なり,
雪下の文君は酒市に沾う,雲藏の李白は書山を讀む,
江樓の客恨は黃梅の後,村落の人歌は紫芋の間にある,
堤月 橋燈 好時の景なり,漢庭は事無くして 蠻を征せず。


『蜀中三首』其一 現代語訳と訳註
(本文)

馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。

(下し文) (其の一)
馬頭 春向して鹿頭の關あり,遠樹 平蕪して一望の閒なり,
雪下の文君は酒市に沾う,雲藏の李白は書山を讀む,
江樓の客恨は黃梅の後,村落の人歌は紫芋の間にある,
堤月 橋燈 好時の景なり,漢庭は事無くして 蠻を征せず。


(現代語訳)
春になったので馬を進めて蜀に向い、鹿頭山の剣門を越す。ここからは絶景であってたくさんの樹木が高くそびえているのだがそれも遠くに臨めば雑草の生い茂った野原程度に見える。そのくらいにみえるここからの一望は絶景なのだ。
『白頭吟』を詠った卓文君は司馬相如と恋して駆け落ちを始めたのは臨邛の酒場の事であった。二十歳前後まで燭で育ち、すぐれた才能を持って謫仙人といわれた李白は、山について多くの詩を残している。
薛濤が若い時に過ごした妓楼の望江楼にいる旅人の私にもは薛濤を惜しむのであるが季節は春も過ぎそうで黄梅の花が散っている。ここに住む村人たちはこぞって歌うむらさきいもを作付けする最盛期になっている。
錦江の遊郭の堤の上に月が出て、万里橋の灯篭に日が入る。子の時節と風景は素晴らしい。但唐の朝廷は道も仕事が出来なくなってきたようで黄巣の乱を抑えることが出来ず、洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗をこの蜀の地へと逃亡させることになった。


(訳注)
杜甫 体系 地図459同谷紀行蜀中三首 其一

880年頃、蜀を訪れ、成都東南にある薛濤の墓にきた。薛濤の死後、半世紀後のことであった。
鄭谷【ていこく】( 未詳‐896頃)中国,唐末の詩人。字は守愚。宜春(江西省)の人。司空図(しくうと)に文才を認められた。光啓3年(887)進士に及第し,官位は都官郎中に至った。鄭都官とも称される。〈鷓鴣詩(しやこのし)〉が広く人口に膾炙(かいしや)し,ために鄭鷓鴣の呼び名さえあった。清婉明白な詩風と評される。僖宗(きそう)に従って華山に登り,雲台の道観において編まれた詩集《雲台編》3巻がよく知られる。ほかに《宜陽集》3巻の著もあったが散逸した。


馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
春になったので馬を進めて蜀に向い、鹿頭山の剣門を越す。ここからは絶景であってたくさんの樹木が高くそびえているのだがそれも遠くに臨めば雑草の生い茂った野原程度に見える。そのくらいにみえるここからの一望は絶景なのだ。
・鹿頭關 鹿頭山とそこを超える所にある関所。杜甫の『成都紀行十二首』の十二番目に鹿頭山がある。長安から蜀に入る最後の難関である。この中で杜甫が「連山西南斷,俯見千裡豁。遊子出京華,劍門不可越。及茲險阻盡,始喜原野闊。」(山々は連なっているのだが西南に向かっては谷で遮断されている。目を下に向けると千里先まで次第に広々としていく。ここに來る旅人は長安の方からのものだが、この剣門を越えて通過することはしない方がよい。これに及ぶ道は険し過ぎるもので、ここへ来て初めて原野がひらかれたので見晴らしが良くなってやっと喜んだのである。)あるいは李白は『蜀道難』で「劍閣崢嶸而崔嵬。」(剣門山の閣道は、崢嶸で崔嵬として草木もなく高く険しすぎる。)といっている。
・平蕪 雑草の生い茂った野原。
○春になって鄭谷はここを越えて蜀、成都に入ったのだろう。


雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
『白頭吟』を詠った卓文君は司馬相如と恋して駆け落ちを始めたのは臨邛の酒場の事であった。二十歳前後まで燭で育ち、すぐれた才能を持って謫仙人といわれた李白は、山について多くの詩を残している。
・卓文君
前漢時代、臨の大富豪である卓王孫の娘。司馬相如と恋に落ちて駆け落ちをする、愛情溢れる女性とされる。
『白頭吟』の初句に「皚如山上雪,皎若雲間月。」とある。成都の西にある臨邛は司馬相如が卓文君と恋に落ちて駆け落ちを始めたところ。男を惑わす女の居る所の意で使う。臨邛は、秦の時代に置かれた県名。現・四川省邛耒県。
・雲藏 すぐれた才能を持って謫仙人といわれた。
・讀書山 李白は山について多くの詩を残している。その初期の作品『峨眉山月歌』
訪載天山道士不遇 李白1

峨眉山歌 李白 2



江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
薛濤が若い時に過ごした妓楼の望江楼にいる旅人の私にもは薛濤を惜しむのであるが季節は春も過ぎそうで黄梅の花が散っている。ここに住む村人たちはこぞって歌うむらさきいもを作付けする最盛期になっている。
・江樓 錦江の辺に立つ高樓。薛濤が若い時に過ごした妓楼。万里橋の近くにあったもの。
・黃梅:紫芋 黃梅の見ごろは早春で、紫芋の作付けはこうばいがおわってから晩春から初夏にするもの。



浣花峡556堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。
錦江の遊郭の堤の上に月が出て、万里橋の灯篭に日が入る。子の時節と風景は素晴らしい。但唐の朝廷は道も仕事が出来なくなってきたようで黄巣の乱を抑えることが出来ず、洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗をこの蜀の地へと逃亡させることになった。
・堤月橋燈 錦江の北側に西川節度使の幕府駐屯地があり、錦江を挟んで南がわに官妓楼閣があった。橋は万里橋。
・漢庭無事不征蠻 黄巣の乱を意味するもの。乾符元年(874年)、同じ塩の闇業者だった王仙芝が挙兵するとこれに参加し、やがて反乱軍の中心人物の一人となっていった。塩賊はあちこちで兵を挙げ、それらを糾合した王仙芝と黄巣の反乱は瞬く間にその規模を増大させて各地を荒らしまわった。
その後王仙芝と黄巣は分裂し、双方とも各地を転戦したが、乾符5年(878年)に王仙芝は官軍に破れて戦死、一方の黄巣はこの年広州を落として勢いを増すと、その後は破竹の進撃を続けていった。金統元年(880年)には洛陽と長安を相次いで陥落させ、僖宗を蜀の地へと逃亡させた。

贈薛濤 胡曾 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-132  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2207

贈薛濤 胡曾

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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贈薛濤 胡曾 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-132   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2207   


贈薛濤
萬里橋邊薛校書,枇杷花下閉門居。
万里橋の周辺に薛濤校書官(軍営の芸妓)がいる。枇杷の花が咲く大きな木のもとに隠棲して棲んでいる。
掃眉才子知多少,管領春風總不如。

眉を奇麗に書いているとてもきれいな人であり、才能あふれる人であることは多くの人に知られている。穏やかな風のことから闘志いだいている者たちの心のすべてを管掌・領知する人といっても過言ではないのである。

(薛濤に贈る)
萬里の橋の邊り薛校書あり,枇杷【びわ】の花下 門を閉して居る。
掃眉【そうび】の才子 知る多少,春風を管領【】する 總て如かず。




李清照0055
『贈薛濤』 現代語訳と訳註
(本文)
萬里橋邊薛校書,枇杷花下閉門居。
掃眉才子知多少,管領春風總不如。


(下し文)
(薛濤に贈る)
萬里の橋の邊り薛校書あり,枇杷の花下 門を閉して居る。
掃眉の才子 知る多少,春風を管領する 總て如かず。


(現代語訳)
万里橋の周辺に薛濤校書官(軍営の芸妓)がいる。枇杷の花が咲く大きな木のもとに隠棲して棲んでいる。
眉を奇麗に書いているとてもきれいな人であり、才能あふれる人であることは多くの人に知られている。穏やかな風のことから闘志いだいている者たちの心のすべてを管掌・領知する人といっても過言ではないのである。


(訳注)
贈薛濤 胡曾

薛濤の死後30年、胡曾が路岩爲劍南西川節度使の初期としてむかえられ、成都に仕えた時に詠史詩の一つとして、贈形の詩として詠んだものである。
浣花峡556位置的なものをきちんと把握する事で随分理解は違ってくるものである。杜甫のブログで成都関連の詩を図示しているので、その地図に薛濤関連もプロットして行こう。
杜甫草堂の近くに百花潭があり、錦江の南側の地で隠棲したのであろうと思われ、薛濤の墓は成都の東南にある望高樓公園内にある。


萬里橋邊薛校書,枇杷花下閉門居。
万里橋の周辺に薛濤校書官(軍営の芸妓)がいる。枇杷の花が咲く大きな木のもとに隠棲して棲んでいる。
・萬里橋 ・南市 成都の南の船着き場は「万里橋」である。ここは三国時代、劉備がここから、呉の孫権征伐に出発したところだ。
・校書 韋皐により校書郎に推薦され、実現はしなかったがこのことから、芸妓の風流な呼び方とされた。
・枇杷花「温和」「治癒」「あなたに打ち明ける」
・閉門 閂で締め切って、訪問者を入れない隠棲生活を送ること。


掃眉才子知多少,管領春風總不如。
眉を奇麗に書いているとてもきれいな人であり、才能あふれる人であることは多くの人に知られている。穏やかな風のことから闘志いだいている者たちの心のすべてを管掌・領知する人といっても過言ではないのである。
・春風 穏やかな風。春の風。闘志いだきいていることをいう。
・管領 管掌・領知する意


『胡曽詩抄』(こそししょう)は、中国の晩唐の詩人胡曽が著した『詠史詩』の、日本における注釈書である。作者は、胡曽詩抄神宮本奥書や、『醍醐枝葉抄』、『智袋集』によると、玄恵とされている。成立は、『和漢朗詠集』の注釈書であり、応永12年(1405年)の年紀を持つ『和漢朗詠集和談鈔』に『胡曽詩抄』が引用されていることから、室町時代初期の応永12年(1405年)以前である。なお、『胡曽詩抄』の作者と思われる玄恵は、観応1年(1350年)に没しているため、さらに成立年代は遡ると考えられる。『胡曽詩抄』は、『三国伝記』などにも引用が確認でき、中世の説話に広く影響を与えた。

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202

白居易 贈薛濤 全唐詩 巻462  


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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202  


贈薛濤
蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。
あなたが臨む峨眉山までには山々が連綿として続いており、仙女の住むところには虹が出ているでしょう。劉禹錫、元稹からあなたのことは聞いていて彼らのようにあなたと唱和したいと思うのですが何せ現在の所、左遷の身であり、身動きが取れないのです。
若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。

ここ剡中の渓谷にいって、天姥山の天上の仙女には簡単にあうことができるのですが、春風さえもあの絶景の武陵源の渓谷を隔ててその地まで届くことは容易ではないのです。
蛾眉の山勢 雲霓【うんげい】に接【つづ】き,劉郎【りゅうろう】を逐んと欲するも北路【ほくろ】に迷う。
若【いか】んぞ 剡中【せんちゅう】の容易に到るが似きならん,春風 猶お隔つ 武陵の溪。

天台山 瓊臺


















『贈薛濤』 現代語訳と訳註
(本文)
贈薛濤
蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。
若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。


(下し文)
蛾眉の山勢 雲霓【うんげい】に接【つづ】き,劉郎【りゅうろう】を逐んと欲するも北路【ほくろ】に迷う。
若【いか】んぞ 剡中【せんちゅう】の容易に到るが似きならん,春風 猶お隔つ 武陵の溪。


(現代語訳)
あなたが臨む峨眉山までには山々が連綿として続いており、仙女の住むところには虹が出ているでしょう。劉禹錫、元稹からあなたのことは聞いていて彼らのようにあなたと唱和したいと思うのですが何せ現在の所、左遷の身であり、身動きが取れないのです。
ここ剡中の渓谷にいって、天姥山の天上の仙女には簡単にあうことができるのですが、春風さえもあの絶景の武陵源の渓谷を隔ててその地まで届くことは容易ではないのです。


(訳注)
峨眉山003贈薛濤

この詩には、「張爲の主客圖を見て」という自註がついている。張爲の生卒の年はあきらかでないが、その自作の詩のうちに、「大中十二年、薄となり、長沙に遊ぶ」と自註したものがあり、その年は、白居易の死後十一年、薛濤のの死後二十七年にあたる。彼は江南の人であるから、白居易が江南にいたころ、張爲はよほど若くしてその「詩人主客圖の稿を見せたものであろう。白居易はかねて元稹から薛濤の詩才について聞いていたところへ、はしなくも「主客圖」を見て、その「堂に升る」位置に薛濤の名を見いだし、触発されてこの詩を作ったものと思われる。詩意は、かねてから、ぜひ一度は合いたいと思っていたが、あまりにも遠い四川のことなので、とても合えそうもないことをなげき、彼女を仙女になぞらえて詠じたものである。


蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。
あなたが臨む峨眉山までには山々が連綿として続いており、仙女の住むところには虹が出ているでしょう。劉禹錫、元稹からあなたのことは聞いていて彼らのようにあなたと唱和したいと思うのですが何せ現在の所、左遷の身であり、身動きが取れないのです。
・蛾眉山 道教の本山がある。剡中、天姥山も道教の本山がある。薛濤を蜀の仙女と云っているので仙女伝説くくりで詠っているもの。
・雲霓 雲と虹。または、虹。蜀には雨が多いことを連想させる。蜀、→雲霓、→雨、→仙女。
・劉郎 劉禹錫、元稹などの白居易のグループから薛等の噂を聞き及んでいたこと。
・北路迷 左遷された江州から中央朝廷に帰る道、少し自由に行動することが出来ないことを云う。。


若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。
ここ剡中の渓谷にいって、天姥山の天上の仙女には簡単にあうことができるのですが、春風さえもあの絶景の武陵源の渓谷を隔ててその地まで届くことは容易ではないのです。
・剡中 浙江省嵊県。・天姥 山の名。浙江省新昌県の南部にある、主峰「撥雲尖」は標高817m。『太平寰宇記』(江南道八「越州、剡県」所引)の『後呉録』によれば、この山に登ると天姥(天上の老女)の歌う声が聞こえる、と伝えられる。謝靈運「登臨海嶠發疆中作,與從弟惠連,可見羊何共和之。 」暝投剡中宿,明登天姥岑。
・武陵 武陵源(ぶりょうげん)は、湖南省張家界市にある、張家界森林公園、索渓谷自然保護区、天子山自然保護区などの地域からなる自然保護区の総称。1992年より、ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録。

西川使宅有韋令公時・・・・・因賦此詩用廣其意 武元衡  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-130--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2197"

武元衡 西川使宅有韋令公時孔雀存焉暇日与諸公同玩座中兼故府賓妓興嗟久之、因賦此詩用廣其意



2013年4月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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西川使宅有韋令公時・・・・・因賦此詩用廣其意 武元衡  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-130--#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2197"


西川使宅有韋令公時孔雀存焉暇日与諸公同玩座中兼故府賓妓興嗟久之、因賦此詩用廣其意。

作者: 武元衡

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全唐詩 巻316
西川使宅有韋令公時孔雀存焉。暇日与諸公同玩座中兼故府賓妓。興嗟久之、因賦此詩用廣其意。
(軍人であり詩人の韋皐公の時に西川節度使の官舎軍営芸妓に、孔雀とも思える美人がいたのだ。ある日 諸公と同席して鑑賞する宴があるときは、この幕府のの賓妓を兼ねたおんなである。感興をうたう詩を作ることを長い期間している、よって此の詩をうたうことに用いてこの女性が優れていることを広めるのである。)
荀令昔居此,故巢留越禽。
昔「王佐の才」を持つ荀彧が大いに役得有を果たしたが今ここにその人がいるのである。ここの先祖伝来の富沃の地を吐蕃や西域の異民族から守っているのだ。
動摇金翠尾,飛舞碧梧陰。
クジャクがその金翠尾をゆっくりと雄雄しく動かすように立ち振る舞い、鳳凰の愛の巢は碧いことのしげる所に奥ゆかしくあったのだ
上客徹瑶瑟,美人傷蕙心。
立派な主賓であった韋皐を偲んで立派な瑟を奏でるのを夜を徹してなされるのである。妻として過ごしていた美人芸妓は今や慕わしい気持ちを胸に心痛めている。
会因南国使,得放海云深。

たまたま、この南の国成都からの使いによって韋皐の病死が知らされたのである。韋皐の功績は海よりも深く雲よりも高いものである。
(西川の使宅に韋令公の時、孔雀も存する有り。暇日 諸公と同玩するに、座中に故府の賓妓を兼ぬ。興嗟すること之を久しゅうす、因って此の詩を賦して用いて其の意を廣うす。)
荀令 昔 此に居り,故巢 越禽を留む。
動摇するは 金翠の尾,飛舞するは 碧梧の陰。
上客 瑶瑟を徹し,美人 蕙心を傷ましむ。
会【たまた】ま南国の使いに因って,海雲の深きに放つを得んや。
 

『西川使宅有韋令公時孔雀存焉暇日与諸公同玩座中兼故府賓妓興嗟久之、因賦此詩用廣其意』 現代語訳と訳註
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西川使宅有韋令公時孔雀存焉。暇日与諸公同玩座中兼故府賓妓。興嗟久之、因賦此詩用廣其意。
荀令昔居此,故巢留越禽。
動摇金翠尾,飛舞碧梧陰。
上客徹瑶瑟,美人傷蕙心。
会因南国使,得放海云深。


(下し文)
(西川の使宅に韋令公の時、孔雀も存する有り。暇日 諸公と同玩するに、座中に故府の賓妓を兼ぬ。興嗟すること之を久しゅうす、因って此の詩を賦して用いて其の意を廣うす。)
荀令 昔 此に居り,故巢 越禽を留む。
動摇するは 金翠の尾,飛舞するは 碧梧の陰。
上客 瑶瑟を徹し,美人 蕙心を傷ましむ。
会【たまた】ま南国の使いに因って,海雲の深きに放つを得んや。


(現代語訳)
(軍人であり詩人の韋皐公の時に西川節度使の官舎軍営芸妓に、孔雀とも思える美人がいたのだ。ある日 諸公と同席して鑑賞する宴があるときは、この幕府のの賓妓を兼ねたおんなである。感興をうたう詩を作ることを長い期間している、よって此の詩をうたうことに用いてこの女性が優れていることを広めるのである。)
昔「王佐の才」を持つ荀彧が大いに役得有を果たしたが今ここにその人がいるのである。ここの先祖伝来の富沃の地を吐蕃や西域の異民族から守っているのだ。
クジャクがその金翠尾をゆっくりと雄雄しく動かすように立ち振る舞い、鳳凰の愛の巢は碧いことのしげる所に奥ゆかしくあったのだ
立派な主賓であった韋皐を偲んで立派な瑟を奏でるのを夜を徹してなされるのである。妻として過ごしていた美人芸妓は今や慕わしい気持ちを胸に心痛めている。
たまたま、この南の国成都からの使いによって韋皐の病死が知らされたのである。韋皐の功績は海よりも深く雲よりも高いものである。


(訳注)
西川使宅有韋令公時孔雀存焉。暇日与諸公同玩座中兼故府賓妓。興嗟久之、因賦此詩用廣其意。
軍人であり詩人の韋皐公の時に西川節度使の官舎軍営芸妓に、孔雀とも思える美人がいたのだ。ある日 諸公と同席して鑑賞する宴があるときは、この幕府のの賓妓を兼ねたおんなである。感興をうたう詩を作ることを長い期間している、よって此の詩をうたうことに用いてこの女性が優れていることを広めるのである。


荀令昔居此,故巢留越禽。
昔「王佐の才」を持つ荀彧が大いに役得有を果たしたが今ここにその人がいるのである。ここの先祖伝来の富沃の地を吐蕃や西域の異民族から守っているのだ。
・荀令 「王佐の才」を持つ荀彧が魏曹操を支えた。董卓、袁紹を滅ぼすことに力を発揮した。特に後方支援としての役割があった。吐蕃の侵攻を食い止める拠点の成都において韋皐の役割は大きかったし、実際にも韋皐が務めていた間は吐蕃は一切侵攻していない。
故巢 先祖伝来の富沃の地。
・越禽 南からの異民族、吐蕃、ウイグルなどをいう。


動摇金翠尾,飛舞碧梧陰。
クジャクがその金翠尾をゆっくりと雄雄しく動かすように立ち振る舞い、鳳凰の愛の巢は碧いことのしげる所に奥ゆかしくあったのだ
・金翠尾 クジャク。
・碧梧 アオギリの別名。鳳凰の愛の巢。


上客徹瑶瑟,美人傷蕙心。
立派な主賓であった韋皐を偲んで立派な瑟を奏でるのを夜を徹してなされるのである。妻として過ごしていた美人芸妓は今や慕わしい気持ちを胸に心痛めている。
・上客 軍営芸妓のもとに來る最上級の客。韋皐の事である。薛等は一緒に過ごしているが妻ではなかった。謝朓『金谷聚』「渠碗送佳人,玉杯邀上客。車馬一東西,別後思今夕。」(渠碗佳人を送り,玉杯上客を邀ふ。車馬一び東西にせられ,別後今夕を思はん。)謝朓①玉階怨 ②王孫遊 金谷聚 ④同王主薄有所思 ⑤遊東田 謝靈運:東陽谿中贈答 班婕妤と蘇小小 
・瑶瑟 離れた地にいる男性をうらめしく思うのだけれど思い直して、立派な瑟を奏でて帰ってくるのを夢見るために奏でる瑟琴。

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河内詩二首 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ

錦瑟 李商隠 1 Ⅰ晩唐李商隠詩<1>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之漢詩ブログ<64>

中唐・劉禹錫の『瀟湘神』
斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。
楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。
中唐・錢起の『歸雁』
瀟湘何事等閒回,水碧沙明兩岸苔。
二十五弦彈夜月,不勝淸怨卻飛來。
両宋・李清照『一翦梅』
紅藕香殘玉簟秋。輕解羅裳,獨上蘭舟。
雲中誰寄錦書來,雁字回時,月滿西樓。
花自飄零水自流。一種相思,兩處閑愁。
此情無計可消除,才下眉頭,却上心頭。
・瑤瑟 美しい玉(ぎょく)でもって飾りを施された瑟。 
・蕙心 香しい心。薛濤の韋皐を慕う思い


会因南国使,得放海云深。
たまたま、この南の国成都からの使いによって韋皐の病死が知らされたのである。韋皐の功績は海よりも深く雲よりも高いものである。



薛濤は中唐の人。韓愈や白居易と同年輩である。もと長安の良家の娘だったが、父について蜀(四川省)へ行き、のち妓女となる。節度使韋皐に愛され二十年仕えた。韋皐は薛濤の才を惜しみ、本気で朝廷の校書郎に推薦しようとしたほどである。むろん女性に官を授けられるはずもなく、この話は実現しないが、このことから芸妓を「校書」と呼ぶようになった。
 薛濤は劉禹錫や元稹とも交遊があった。晩年は浣花渓に住み「薛濤箋」と呼ばれる紅色の原稿用紙を作った。今日、成都の町を流れる錦江のほとりの望江楼公園の中に、薛濤が使った井戸が残されている。


芸妓について
妓女(ぎじょ)は、中国における遊女もしくは芸妓のこと。娼妓、娼女という呼称もある。歌や舞、数々の技芸で人々を喜ばせ、時には宴席の接待を取り持つこともあった。娼婦を指すこともある。また、道教の寺観にも娼婦に近い巫女がいた。この時代において、女性が男性と対等にできる唯一の場所であった。
もともとは国家による強制的な徴発と戦時獲得奴隷が主な供給源だったと考えられるが、罪人の一族を籍没(身分を落とし、官の所有とする制度)する方法が加わった。また、民間では人身売買による供給が一般的であった。区分すると以下の通り。
(1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

1 宮妓
皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。

2 家妓
高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。

3営妓
軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。

4官妓
中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。
唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。

5民妓
民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。
6.道妓
道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。




妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。


寄贈薛濤  元稹  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-129--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2192

(元稹 唐詩)寄贈薛濤


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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性

寄贈薛濤  元稹  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-129--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2192

 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

寄贈薛濤  元稹  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-129--#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2192


寄贈薛濤
錦江滑膩蛾眉秀,幻出文君與薛濤。
錦江の流れのあるところに滑らかなきめの細かい葉だ、秀美な眉の人がいる。そんなところに卓文君と薛濤は幻のように輩出された。
言語巧偷鸚鵡舌,文章分得鳳凰毛。
彼女らの詩句に云う言語は鸚鵡の舌を盗んだかのようであり、司馬相如の詩賦を借りたようである。文章は理解しやすくその鮮やかさは鳳凰のきのようである。
紛紛辭客多停筆,個個公卿欲夢刀。
沢山いる文人詩人たちはこぞって筆を競い詩を酬唱する。そして一人一人の三公九卿までもが、晋の刀州である成都に來ることを夢に見たという。
别後相思隔煙水,菖蒲花發五雲高。
薛濤と別れてもう随分経ち、はるか遠く雲と河水を隔てていても私は彼女を思い続けているのだ。成都のあの菖蒲花は長安の五色の雲よりも鮮やかに心に残っているのだ。

錦江の滑膩 蛾眉の秀、幻出す 文君と薛濤と。
言語 巧みに倫む 鸚鵡の舌、文章 分ち得たり 鳳凰の毛。
紛紛たる詞客 多く筆を停め、箇箇の公侯刀を夢みんと欲す。
別後の相思煙水を隔つ、菖蒲 花發いて 五雲高からん。

『寄贈薛濤』 現代語訳と訳註
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錦江滑膩蛾眉秀,幻出文君與薛濤。
言語巧偷鸚鵡舌,文章分得鳳凰毛。
紛紛辭客多停筆,個個公卿欲夢刀。
别後相思隔煙水,菖蒲花發五雲高。

(下し文)
錦江の滑膩 蛾眉の秀、幻出す 文君と薛濤と。
言語 巧みに倫む 鸚鵡の舌、文章 分ち得たり 鳳凰の毛。
紛紛たる詞客 多く筆を停め、箇箇の公侯刀を夢みんと欲す。
別後の相思煙水を隔つ、菖蒲 花發いて 五雲高からん。


(現代語訳)
錦江の流れのあるところに滑らかなきめの細かい葉だ、秀美な眉の人がいる。そんなところに卓文君と薛濤は幻のように輩出された。
彼女らの詩句に云う言語は鸚鵡の舌を盗んだかのようであり、司馬相如の詩賦を借りたようである。文章は理解しやすくその鮮やかさは鳳凰のきのようである。
沢山いる文人詩人たちはこぞって筆を競い詩を酬唱する。そして一人一人の三公九卿までもが、晋の刀州である成都に來ることを夢に見たという。
薛濤と別れてもう随分経ち、はるか遠く雲と河水を隔てていても私は彼女を思い続けているのだ。成都のあの菖蒲花は長安の五色の雲よりも鮮やかに心に残っているのだ。


(訳注)
寄贈薛濤

元稹から薛濤に贈った詩は、その集に一首だけ収められ、「全唐詩」では巻四二三に、それが翰林學士になった後に贈ったものであるという註をつけている。


錦江滑膩蛾眉秀,幻出文君與薛濤。
錦江の流れのあるところに滑らかなきめの細かい葉だ、秀美な眉の人がいる。そんなところに卓文君と薛濤は幻のように輩出された。
・滑膩 滑:なめらか。 膩:あぶら。ねっとりした脂肪。 なめらか。きめ細かい。
・蛾眉 蛾眉山と芸妓の眉、美人の眉を云う。
・文君 司馬相如の妻、卓文君。
 漢  88   白頭吟            卓文君          古詩源(上)
白頭吟 卓文君 <109-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩543 1446
白頭吟 卓文君 <109-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩544 1449
 

言語巧偷鸚鵡舌,文章分得鳳凰毛。
彼女らの詩句に云う言語は鸚鵡の舌を盗んだかのようであり、司馬相如の詩賦を借りたようである。文章は理解しやすくその鮮やかさは鳳凰のきのようである。
・鸚鵡 司馬相如の『長門賦』『鸚鵡賦』を云い、それを鸚鵡がうたうようにくりかえす。
・鳳凰 司馬相如『鳳求凰』(琴歌)がある。


紛紛辭客多停筆,個個公卿欲夢刀。
沢山いる文人詩人たちはこぞって筆を競い詩を酬唱する。そして一人一人の三公九卿までもが、晋の刀州である成都に來ることを夢に見たという。
・紛紛 わずらわしいさま。 葉蔓にさす月光のゆらいでみだれるさま。おおいさま。杜甫『貧交行』「翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數。君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。」
・辭客 詩人・文人。
・停筆 唱和すること。
・個個 われもわれもと。ひとりひとりが。
・公卿 三公九卿から〕「公」と「卿(けい)」の総称。公は太政大臣、左・右大臣、卿は大・中納言、三位以上の朝官および参議。
・刀 晋の刀州。晉の王濬の故事。蜀を滅びした功績により相国・晋王に奉じられ、かつての曹操以来、臣下が王を賜ることになったもの。


别後相思隔煙水,菖蒲花發五雲高。
薛濤と別れてもう随分経ち、はるか遠く雲と河水を隔てていても私は彼女を思い続けているのだ。成都のあの菖蒲花は長安の五色の雲よりも鮮やかに心に残っているのだ。
・别後 元稹は東川で別れて10年経過している。809年元和四年のこと。
・相思 元稹が薛濤のことを思っていることを云い、相手がどう思っているかはわからない場合でも使う。
・隔煙水 はるか遠く雲と河水を隔てていても
・菖蒲花發 菖蒲は薛等を示し、元稹の心に刻まれたものであることを云う。「唐才子博」に、薛濤の浣花里の住居の門のところに一面に植えられていて、そこは東北長安へむかう大道に臨んでいたので、往来の車馬もその美しきにしばらく見とれたとあるもの。
・五雲高 五雲 五色の雲。綵雲。杜甫『重経昭陵』
「再窺松柏路,還見五雲飛。」(再び窺【うかが】う 松柏の路、還た見る五雲の飛ぶを。)
菖蒲02

折楊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-128-56-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2187

魚玄機 折楊柳


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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩浮萍篇 曹植 魏詩<63-#3> 女性詩727 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2183
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性折楊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-128-56-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2187
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

折楊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-128-56-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2187


卷804_48 【折楊柳】魚玄機



bijo05折楊柳
朝朝送別泣花鈿,折盡春風楊柳煙。
朝になると川端にはいつもいつも花簪の女の涕がある。春風に楊柳を折って旅立つ人をおくる、柳の並木は朝もやに煙る。
願得西山無樹木,免教人作淚懸懸。

お願いだから男の人が旅立つなら、西に向かう山には樹木が無くなって欲しい、そうしたら、おんなのひとがこんなにもとりすがってなくことはなくなるのです。

朝朝 送別 花鈿に泣き、春風に折り尽くすは楊柳 煙る。
願はくは 西山 樹木なしとし、人をして 涙の懸懸を作さしむるを免るるを得んことを。


『折楊柳』 現代語訳と訳註
(本文) 折楊柳

朝朝送別泣花鈿,折盡春風楊柳煙。
願得西山無樹木,免教人作淚懸懸。


(下し文)
朝朝 送別 花鈿に泣き、春風に折り尽くすは楊柳 煙る。
願はくは 西山 樹木なしとし、人をして 涙の懸懸を作さしむるを免るるを得んことを。


(現代語訳)
朝になると川端にはいつもいつも花簪の女の涕がある。春風に楊柳を折って旅立つ人をおくる、柳の並木は朝もやに煙る。
お願いだから男の人が旅立つなら、西に向かう山には樹木が無くなって欲しい、そうしたら、おんなのひとがこんなにもとりすがってなくことはなくなるのです。


(訳注)
折楊柳

美女画557詩題の「折楊柳」は、前漢の張騫が西域から持ち帰った音楽を素にして出来たものだが、この時の辞は、魏晉時代に亡失してしまっているという。晉代には兵事の労苦が陳べられるようになり、それが南朝の梁、陳に始まり唐代ではさらにひろがった。
『折楊柳』の曲調。別離の曲。離愁を覚えるということ。王翰の『涼州詞』「秦中花鳥已應闌,塞外風沙猶自寒。夜聽胡笳折楊柳,敎人意氣憶長安。」、李白に『春夜洛城聞笛』「誰家玉笛暗飛聲,散入春風滿洛城。此夜曲中聞折柳,何人不起故園情。」とある。
六朝時代の軍歌の一種であったが、恋歌の内容ももられるようになり、さらに隋の滅亡をいたむ歌ともなった。中唐以後は、気のきいた民話風のものとなり、柳をよみこんだ歌として流行した。


朝朝送別泣花鈿,折盡春風楊柳煙。
朝になると川端にはいつもいつも花簪の女の涕がある。春風に楊柳を折って旅立つ人をおくる、柳の並木は朝もやに煙る。
・朝朝 毎日毎日。別れの前の晩から朝まで一緒に過ごし、夜明けに別れるのである。
・花鈿(かでん) 花かんざし。ここは花かんざしな挿した女をいう。女が見送り男が旅立つのである。


願得西山無樹木,免教人作淚懸懸。
お願いだから男の人が旅立つなら、西に向かう山には樹木が無くなって欲しい、そうしたら、おんなのひとがこんなにもとりすがってなくことはなくなるのです。
・西山 特定の山ではなく、西域にある山の意。西に向かうことを想像させる。
・懸懸 懸は吊りさける意。涙をつぎつぎとおとすこと。男に取りすがって泣くこと。
・樹木 木であるが、ここではあらゆる木で旅立つ男の総称である、したがって当然そのうちに楊柳の木もふくまれている。楊柳が無かったら別れに涙がなくなるのではなく、男そのものが居なかったら涙を流すことはない。

光・威・裒、姉妹三人の『七言聯句』と魚玄機『光・威・裒、姉妹三人・・・・・因次其韻。』 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-127--#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2182

光・威・裒、姉妹三人の『七言聯句』と魚玄機『光・威・裒、姉妹三人・・・・・因次其韻。』

2013年4月6日

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光・威・裒、姉妹三人の『七言聯句』と魚玄機『光・威・裒、姉妹三人・・・・・因次其韻。』 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-127--#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2182


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光・威・裒、姉妹三人、
聯句を詠っている姉妹三人、光・威・裒のことである。
小孤、而始姸乃有是作。
小さいころに父親と死別した。(十分に教育してくれる人もなかったであろうと思われるのに)しかも初めから美人であり、美しい詩を作る。すなわち、こんなに立派な詩を作っている。
精醉儔難。謝家聯雪何以加之。
まことにりっぱな作品で、これに匹敵するような作品は、見出せないようなりっぱなものである。昔、晋の謝安の家で集まりがあったときに、たまたま降ってきた雪に封して、娘の道韞がそれを詩に詠んで、風にふかれて飛んでいる柳のわたのようだといい、いまだに語り草としてもてはやされているが、それさえもこの作以上とは思われない。
有客自京師来者示予。因次其韻。
都の長安からやってきた旅の人が、こちらにきて、わたくしに見せてくれた。感心のあまり、次韻して、この詩を作ってみた。
(光・威・哀三姉妹は、小くして孤、而も始めて姸、乃ち是の作あり。精醉儔し難し。謝家の聯雪と雖も、何を以てか之に加へん。客の京師より來る者あり、予に示す。困って其の韻に次す。)


#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。

こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。
#3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
だが、昔、巫山の神女の故事のように、雲と雨となったというし、彼女たちも謫仙女であってもこの世界で育った女であるから、そのように男とちぎる心の下地は、ちゃんともっているはず。だから今は弄玉のように簫を吹く故事にあるほどではないかもしれないので、それを心配する必要はないのでしょう。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
いや、もうすでに、よい愛人と、花の下で憩をささやいて、何度も阿母さんから叱られたこともあるでしょうし、夢の中では、美男子の潘岳のような詩才もある男が、きっと彼女たちのところへ通ってきていることでしょう。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
そんな男たちは、彼女の清らかな詞句を讀むだけで、魂だけでなく下腹にも恋する思いがしたことでしょうから、それがもし実際に彼女たちの麗しき紅顏を見たならば、それこそ死んでもよいと思うにちがいないことでしょう。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。
それにしても、この美人の三姉妹を遠くから悲しく眺めているのはどこにどんな男がいるのでしょうか、行く雲のように男は女と交際していても、北へ帰る雁のように妻のもとに帰るものだけれど、聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、彼女たちは故郷の江南に帰ろうとするのでしょうか。

昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。


文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。


但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。

菜の花001














「全唐詩」巻801 光・威・裒、姉妹三人の『七言聯句』


聯句 光威裒
朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三【:光。】。
南の方向の朱く塗られた高楼に正午の太陽がさしかかり、影は真下に落ちている。夜になって月明かりにきらめく大樹が落す月影も低いと思ったら真夜中の三更で月が一番高い所にある。
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫【:威。】。
あぶら口紅と白粉が夜も更けてとれて消えそうでも懸想道具入れの箱の吟の模様は輝いている。こんな暗い時に鋏を以て裁断しようものなら泥金衫の着物にはさみを入れかねない。
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜【:裒。】。
刺繍で飾られた寝台では怖いことが起こっていると思ったら、烏龍が吠えている(エクスタシーの声を指す)。きっと満たされない思いを錦の布に書きしるし西王母の使いの青い鳥に託して呼ぶことが出来たせいでしょう。

百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男【:光。】。
これでは百薬草を練り込んで持ってきてこどもをうんだあとにひつような益母草を用意することを可愛そうに思う。千にも及び花が咲くところに宴を開いたら宜男草を身に着けて春の行楽を闘いあうことになる。
bijo02鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚【:威。】。
そんなことから始まった鴛鴦のように常に一緒になっている誰からも羨ましがられる。それかと思うと、人の言葉を言い返す鸚鵡が一言も語れないそんなお付き合いをしているなんて私自身が恥ずかしいと思うことである。
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃【:裒。】。
春の行楽であの殿方は蜂が花から花へとブンブンとびまわるように変にはしゃいでいる。男女の偽りの付き合いに驚愕しているツバメのようにペチャクチャと語り合うのである

偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪【:光。】。
変わったものを可愛がることには毛虫のようなもの、かたつむりのようなものを飼ってそれを増やしていくのを愉しんでいるのです。そんな風に女をあつかう男がいるかと思えば、毎日鼈甲のかんざしを磨いて光らせるように女を扱う男もいます。
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含【:威。】。
この仙人が澄んでいる女の園に何年も何年も女が棄てられる悲しみがあるし、一年に一度だけ橋をわたってくるような一夜のとばりの中の空しい出会いもあるというもの。
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳【:裒。】。
女のその部屋の寝台の窓辺にはそんな悲しみで時を過ごし時には空しさで自分を投げ出すことも愧じるのです。世の中の色恋についてこうして苦しいことを詩にそらんじてはにが笑いをするのです。

獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參【:光。】。
ひとり江南の薄絹をはおることで江南の雰囲気にひたるのです。そして部屋を暗くして檀香をたきこめた袖着物を垂らしたりして男の人が通ってくるようにするのです。
須知化石心難定,卻是為雲分易甘【:威。】。
どうにかして誰かを夫としてえらぶことが出来るように心を落ち着けることを知るようになってきました。したがってこれによって冷静に男とわかれてしまうこと別な男と甘い関係になるのです。
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南【:裒。】。
風流な景色を見て過ごし、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをこの身において歌にするのです。今なお琴を弾いて「江南を望む」を追いかけて歌うのです。



朱樓の影直にして日當午なり,玉樹の陰 低くくして月已に三つ。[:光。]
膩粉【じふん】暗に銷して銀鏤の合,錯刀【さくとう】閒に翦りて泥金の衫【さん】[:威。]
繡床【しゅうしょう】怕引して烏龍の吠,錦字【きんじ】愁教して青鳥の銜[:裒。]
  
百味【ひゃくみ】鍊來【れんらい】して益母【えきぼ】を憐れみ,千花【せんか】開處【かいしょ】して宜男【ぎなん】を鬥う。 [:光。]
鴛鴦【えんおう】伴有り誰が能く羨まん,鸚鵡【おうむ】言無くも 我自ら慚ず。[:威。]
浪【みだ】りに喜び游蜂【ゆうほう】飛びて撲撲たるを,佯【いつわ】りに驚く孤燕【こえん】語りて喃喃【なんなん】たるを。[:裒。]
  
偏【ひとえ】に憐みて愛しみを數え 蛦【じい】の掌【しょう】,每【つね】に憶いて光【かがや】かしさを抽【ぬ】く玳瑁【たいまい】の簪【しん】。[:光。]
煙洞【えんどう】幾年【いくねん】悲しみ尚お在り,星橋【せいきょう】一夕【いつせき】帳 空しく含む。[:威。]
窗前【そうぜん】の時節【じせつ】虛しく擲【なげうつ】を羞じ,世上【せじょう】の風流苦【はなは】だ諳【そらん】ずるを笑む。[:裒。]
  
獨り香綃【こうしょう】を結んで餉送【しょうそう】【ぬす】み,暗に檀袖【だんしゅう】を垂れて通參【つうさん】を學ぶ。[:光。]
須く知るべし 石に化するも心定めき難を,卻って是れ雲と為し 分 甘んじ易すし。[:威。]
看するは 風光 零落 盡するを見,弦するは 猶お逐う 「江南を望む」を聲す。[:裒。]

光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-126--#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2177

魚玄機 光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 

七言の詩をここまでのいいものに仕上げている。男性を含めた多くの詩の中でもよくまとまった抜群の作詩力である。秀作である。

2013年4月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩浮萍篇 曹植 魏詩<63-#1> 女性詩725 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2173
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第四段-#1 宋玉  <00-#9回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 638 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2174
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-126--#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2177
 
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 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。

孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。

 

光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-126--#8   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2177


bijo04光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。
#3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
だが、昔、巫山の神女の故事のように、雲と雨となったというし、彼女たちも謫仙女であってもこの世界で育った女であるから、そのように男とちぎる心の下地は、ちゃんともっているはず。だから今は弄玉のように簫を吹く故事にあるほどではないかもしれないので、それを心配する必要はないのでしょう。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
いや、もうすでに、よい愛人と、花の下で憩をささやいて、何度も阿母さんから叱られたこともあるでしょうし、夢の中では、美男子の潘岳のような詩才もある男が、きっと彼女たちのところへ通ってきていることでしょう。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
そんな男たちは、彼女の清らかな詞句を讀むだけで、魂だけでなく下腹にも恋する思いがしたことでしょうから、それがもし実際に彼女たちの麗しき紅顏を見たならば、それこそ死んでもよいと思うにちがいないことでしょう。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。

それにしても、この美人の三姉妹を遠くから悲しく眺めているのはどこにどんな男がいるのでしょうか、行く雲のように男は女と交際していても、北へ帰る雁のように妻のもとに帰るものだけれど、聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、彼女たちは故郷の江南に帰ろうとするのでしょうか。

昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。

文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。

但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。


『光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
王屋山01但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。


(下し文)
但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。


(現代語訳)
だが、昔、巫山の神女の故事のように、雲と雨となったというし、彼女たちも謫仙女であってもこの世界で育った女であるから、そのように男とちぎる心の下地は、ちゃんともっているはず。だから今は弄玉のように簫を吹く故事にあるほどではないかもしれないので、それを心配する必要はないのでしょう。
いや、もうすでに、よい愛人と、花の下で憩をささやいて、何度も阿母さんから叱られたこともあるでしょうし、夢の中では、美男子の潘岳のような詩才もある男が、きっと彼女たちのところへ通ってきていることでしょう。
そんな男たちは、彼女の清らかな詞句を讀むだけで、魂だけでなく下腹にも恋する思いがしたことでしょうから、それがもし実際に彼女たちの麗しき紅顏を見たならば、それこそ死んでもよいと思うにちがいないことでしょう。
それにしても、この美人の三姉妹を遠くから悲しく眺めているのはどこにどんな男がいるのでしょうか、行く雲のように男は女と交際していても、北へ帰る雁のように妻のもとに帰るものだけれど、聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、彼女たちは故郷の江南に帰ろうとするのでしょうか。


(訳注) #3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。

だが、昔、巫山の神女の故事のように、雲と雨となったというし、彼女たちも謫仙女であってもこの世界で育った女であるから、そのように男とちぎる心の下地は、ちゃんともっているはず。だから今は弄玉のように簫を吹く故事にあるほどではないかもしれないので、それを心配する必要はないのでしょう。
・為雨  ・爲雲爲雨 男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり、夕べには雨になるという故事からきている。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りという風ではなく、もう少し気楽な交わりを謂う。 ・爲雲 (神女は、朝は巫山の)雲となる。 ・爲雨 (神女は、夕べには巫山の)雨になる ・楚襄王 そじょうおう 楚の襄王。宋玉の『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの)があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。婉約の詩歌でよく使われる。「巫山之夢」。李白の『清平調』三首之二に「一枝紅艷露凝香,雲雨巫山枉斷腸。借問漢宮誰得似,可憐飛燕倚新粧。」 と詠っている。
公子行  劉希夷(劉廷芝) (1) 初唐


・吹簫  簫史と弄玉との故事。 『列仙伝』に「簫史者、秦穆公時人也。善吹簫、穆公有女號弄玉、好之、遂以妻焉。遂教弄玉作鳳鳴。居數十年、吹似鳳凰、鳳凰來止其屋、為作鳳臺、夫婦止其下。不數年、一旦隨鳳凰飛去。」(秦の穆公の時、蕭史あり、善く簫を吹く。公の女弄玉これを好む。公もって奏す。遂に弄玉に教へて鳳鴫をなす。居ること数年、吹くに鳳凰の声あり。鳳来ってその星に止まる。公、為に鳳台を作る。夫妻その上に止りしが、一旦、みな鳳凰に随って飛去す)とみえる。・霊妃 秦の穆公の女の弄玉。
春秋時代、秦の穆公に弄玉というむすめがあった。帯の名手の蒲史を愛したので穆公は二人を夫婦にした。弄玉は夫から蒲の吹き方を教わり、鳳の鳴き声が吹けるようになり、その昔につられて鳳がやってくるようになった。後に斎史は竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、二人とも天上にのぼったという伝説がある。


阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
いや、もうすでに、よい愛人と、花の下で憩をささやいて、何度も阿母さんから叱られたこともあるでしょうし、夢の中では、美男子の潘岳のような詩才もある男が、きっと彼女たちのところへ通ってきていることでしょう。
・阿母 娼妓を置いている館の女主人。仮母である。
・藩郎 晋の潘岳。美男子であり、詩人であった。魚玄機『迎李近仁員外』
今日喜時聞喜鵲,昨宵燈下拜燈花。
焚香出戶迎潘嶽,不羨牽牛織女家。
迎李近仁員外 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-115-50-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2122

・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。『和新及第悼亡詩二首 其一』
仙籍人間不久留,片時已過十經秋。
鴛鴦帳下香猶暖,鸚鵡籠中語未休。
朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。

和新及第悼亡詩二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-87-23-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1982

和新及第悼亡詩二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-88-24-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1987


暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
そんな男たちは、彼女の清らかな詞句を讀むだけで、魂だけでなく下腹にも恋する思いがしたことでしょうから、それがもし実際に彼女たちの麗しき紅顏を見たならば、それこそ死んでもよいと思うにちがいないことでしょう。
・清句 清らかな詞句。
・魂猶斷 魂だけでなく下腹にも恋する思い。
・紅顔 若くうつくしい顔。


悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。
それにしても、この美人の三姉妹を遠くから悲しく眺めているのはどこにどんな男がいるのでしょうか、行く雲のように男は女と交際していても、北へ帰る雁のように妻のもとに帰るものだけれど、聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、彼女たちは故郷の江南に帰ろうとするのでしょうか。
魚玄機55021・悵望 かなしくながめる。
・佳人 三姉妹の事。「後漢書」に、「尚書令の陸閉、姿容、玉の如し。光武歎じて日く、南方佳人多しと」三人の夫たるにふさわしい美男子をいうか。
・行雲 流れ雲のような男の行動を云う。原詩に、「為雲分易甘」(雲となるに甘んず)の語があることに応ず。
・歸北 妻のもとに帰る。
・歸南 聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、(風流な景色を見て過ごし、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをこの身において歌にするのです。今なお琴を弾いて「江南を望む」を追いかけて歌うのです。)に基づいている。」

光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172

光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172


2013年4月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩種葛篇 曹植 魏詩<62-#3> 女性詩724 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2168
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#4 宋玉  <00-#8回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 637 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2169
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其二 成都浣花渓 杜甫 <446>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2175 杜甫詩1000-446-629/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集初去郡 謝霊運<34> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2171 (04/04)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172
 
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光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。
#3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。

昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。

文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。

但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。


『光・威・裒、姉妹三人、・・・・・因次其韻。』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。


(下し文)
文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。


(現代語訳)
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。


(訳注) #2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
・文姫 後漢の蔡邕の娘で蔡琰のことで、学識と琴の腕を誇る女性。匈奴単于にとらえられ、その妻にされるがその後、曹操によって保護され帰る。匈奴に残した子供との離れ離れの悲しさを『悲憤詩(三章)』、『胡笳十八拍』に賦した名作がある。
・貌 かんはせ。(1)顔つき。顔のさま。 美醜などから見た顔容貌 ・ 容色 ・ 器量 ・ 造作(ぞうさく) ・ みめかたち ・ 目鼻立ち ・ 顔立ち ・ 紅顔の(美少年) ・ (花の)かんばせ ・ (甘い)マスク  (2)名誉。体面。
・西子 本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。
 現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施>>>西施と呼ばれるようになった。
 紀元前5世紀、越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されてたといわれている。越の策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。
呉が滅びた後の生涯は不明だが、勾践夫人が彼女の美貌を恐れ、夫も二の舞にならぬよう、また呉国の人民も彼女のことを妖術で国王をたぶらかし、国を滅亡に追い込んだ妖怪と思っていたことから、西施も生きたまま皮袋に入れられ長江に投げられた。また、美女献上の策案者であり世話役でもあった范蠡に付き従って越を出奔し、余生を暮らしたという説もある。
(2)西施ものがたり  李白がよく取り上げた題材

・『古風五十九首 第十八 李白ではべつの視点から興味あるとらえ方をしている。李白は西施にかかわる多く詩を残している。
・無言 言は文字。西子には文学的作品がなかった。


一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
・杳杳 遙々。はるかに深いさま。
・四絃 琵琶のこと。
・喃喃 賞賛した声はなんなんとどこまでもつづく。


當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
・當臺 台は鏡台。鏡台にむかって。
・青絲發 長いくろかみ。
・簪 かんざし。こうがい。ここはこうがい。

小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。

王屋山01
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。
・小有洞 道教の洞祠。仙境。河南省の王屋山上にある王屋山小有洞のこと。「小有清虚洞天」という。杜甫『秦州雑詩二十首 其十四』(古来、道教の仙人が住んだという仇池山の洞穴のことを想像してのべる。)
萬古仇池穴,潛通小有天。
神魚今不見,福地語真傳。
近接西南境,長懷十九泉。
何當一茅屋,送老白雲邊。
仇池山の洞穴は古来からある、そこははるか河南の王屋山にある小有天の洞穴とひそかに通じているという。
その池にいるという神魚は今は見えないが、その場所が旧書の謂う所の仙人の住む福地だという話は本当に伝わっている。
この秦州は西から南にかけて国境であり、異民族と接している、仇池山は国境近くに接している、自分はいつもそこに在るという恵み豊かな九十九泉のことなどおもっている。
いつになったら一軒の茅屋をそこにかまえて、白雲の浮かべるあたりで老いさきを送ることができるであろうか。

秦州雜詩二十首 其十四 杜甫 第4部 <267> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1250 杜甫詩 700- 381

小有清虚洞天
●山の中が空洞になっており、其の中に多くの仙人たちの住宅がある。その広きこと、王者の館のごとくである。
頂上に天壇があり、いつも雲気があってこれを輪のように取り囲んで隠している。雷・雨の類はすべてこの天壇より下に起こり、飛ぶ鳥も背中しか見えぬ。いにしえより、仙人・神霊の朝に会するところと伝わる。
●この山麓は唐の司馬承禎の真理を修めたところである。白雲道院あり、承禎の名づけるところである。
●宋の徽宗皇帝、かつて遊び、天尊殿内の壁に自ら神仙・龍・鶴・雲気昇降・仙人たちの車や籠の類を描いており、これを見るにすこぶるすばらしい。
●仙猫洞なる洞あり。かつて燕真人が丹薬作りに成功し、そのエネルギーでニワトリやイヌとともに天上に昇っていった場所である。ただネコだけが同時に昇天できず、いまに至るもこの洞に住むという。洞の入り口より呼びかければネコの声が応えるのである。

光威裒姉妹三人小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#6 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-124 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2167

光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。



2013年4月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩種葛篇 曹植 魏詩<62-#2> 女性詩723 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2163
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#3 宋玉  <00-#7回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 636 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2164
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其一 成都浣花渓 杜甫 <445>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2170 杜甫詩1000-445-628/1500 
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集石門巌上宿 謝霊運<33> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2166 (04/03)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#6 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-124 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2167
 
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー

 

光威裒姉妹三人小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#6 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-124 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2167


光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
(光・威・哀三姉妹は、小くして孤、而も始めて姸、乃ち是の作あり。精醉儔し難し。謝家の聯雪と雖も、何を以てか之に加へん。客の京師より來る者あり、予に示す。困って其の韻に次す。)

卷804_47 【光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。】魚玄機


光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
bijo02#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。
#3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。

昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。

文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。

但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。


『光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。』 現代語訳と訳註
bijo04(本文)

#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。


(下し文)
昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。


(現代語訳)
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。


(訳注) #1
光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
聯句を詠っている姉妹三人、光・威・裒のことである。
小さいころに父親と死別した。(十分に教育してくれる人もなかったであろうと思われるのに)しかも初めから美人であり、美しい詩を作る。すなわち、こんなに立派な詩を作っている。
まことにりっぱな作品で、これに匹敵するような作品は、見出せないようなりっぱなものである。昔、晋の謝安の家で集まりがあったときに、たまたま降ってきた雪に封して、娘の道韞がそれを詩に詠んで、風にふかれて飛んでいる柳のわたのようだといい、いまだに語り草としてもてはやされているが、それさえもこの作以上とは思われない。
都の長安からやってきた旅の人が、こちらにきて、わたくしに見せてくれた。感心のあまり、次韻して、この詩を作ってみた。


昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
・容華 容色の華麗なこと。美人をいう。
曹植『雜詩六首、其四』
南國有佳人,容華若桃李。朝游江北岸,夕宿瀟湘沚。
時俗薄朱顏,誰為發皓齒。俯仰歲將暮,榮耀難久恃。
南国に佳人有り、容華 桃李の若し。
朝に 江北の岸に遊び、夕に 瀟湘の沚に宿す。
時俗 朱顔を薄んず、誰が為にか皓歯を発かん。
俯仰すれば 歳将に暮れんとす、栄耀 久しくは恃み難し。
列女伝、東家の女。秋胡詩、日出東南隅ということで、ほぼ同様な詩である。日出東南隅行 謝霊運(康楽) 詩<68>490 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1287身を売った西家の女は傾城といわれるほどの妓女となって黄金で身を飾り、刺繍を施した肌着を身に纏えるほどの生活をしている。 しかし東家の女はただただ貧しさに苦しみながらも、その玉体を北国の人買いの手には渡さなかった。
・東家有賢女 美人といっても賢くて美人の東家の女です。西は、色気がある傾国の美女を云う。
為焦仲卿妻作#4(-其二)で「東家有賢女,自名秦羅敷。」「でも、東隣には賢い女がいる。本人が自分でも秦の羅敷だというほどの器量よしなのだ。」と母親が息子の府吏にいっている。
・東家有賢女  ・東家 楚の宋玉の『登徒子好色の賦』「臣が里の美しき者は、臣が東家の子に若くはなし。」とある。ここから美人のたとえを”東家之子”又は”東家之女”と。美女を称して”東隣”とした事例に唐の李白「自古有秀色、西施与東隣」(古来より秀でた容姿端麗美人、西施と東隣)白居易「感情」のもある 
李白『白紵辭其一』「揚清歌、發皓齒。 北方佳人東鄰子、且吟白紵停綠水。」
李白81白紵辭其一  82白紵辭其二  83 巴女詞
無題(何處哀筝随急管) 李商隠21

・秦羅敷 秦氏羅敷。「陌上桑」その美貌をほこって自ら泰氏の羅敷と称したのである。秋胡詩 (1) 顔延之
秋胡詩 (1) 顔延之(延年) 詩<2471 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1230


妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
・妝閣 娼屋の化粧室。妓女の住むへや。
・鸚鵡賦 建安年間の初め、遷都されたばかりの許に上京した。しかし、才能を鼻にかけて傲慢な態度をとったうえ、他人の評価に対しては酷評を行なったため、人々から憎まれた。ただ、孔融だけは禰衡を高く評価し、曹操にも推薦していた。司馬遷は彼らが諷諫によって君主の愚行を改めさせた点を高く評価し,《史記》の中に〈滑稽列伝〉を立てて表彰する。《漢書》も〈東方朔伝〉を詳しく記すが,以後この種の人々は宮廷に少なく,おそらく後漢末に〈俳優饒言〉と形容された禰衡(でいこう)を最後として姿を消す。
・碧窗 靑緑の色に塗った東の窓。
・繡 ぬいとりすることし
・鳳凰 架空の鳥。瑞鳥である。壁の絵、鏡、着物、男女にまつわる模様につかう。
 単衣。または袖なし。


bijo01紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
・紅芳 赤い花。
・院 中庭。
・参差 長短や高低のそろわぬこと。
・綠醑 新酒の上等の酒。醑はしたみざけ。清酒。上等の酒には緑字を冠する。
・次第 順序をおって。


恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。
瑤池 崑崙山にあり、周の穆王が西王母と会ったという伝説の仙境。西王母は仙女王。三人の姉妹はその西王母に仕えていた天上仙宮の仙女であったろうという心。

瑤池 李商隱 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 52

瑤池阿母綺窗開、黄竹歌聲動地哀。
八駿日行三萬里、穆王何事不重來。
崑崙山の瑶池に住む不老不死の薬を持つ女の仙人の西王母(せいおうぼ)は、綾絹(あやぎぬ)を張った美しい窓を開けると。穆王が作った民の苦しみを歌った『黄竹詩(こうちくし)』の歌声が地を揺るがせて響いてきて哀(あわれ)なものだ。
西王母とは、西方の崑崙山上に住する女性の尊称である。すべての女仙たちを統率する聖母。東王父に対応する。
周の穆王が西に巡符して崑崙に遊び、彼女に会い、帰るのを忘れたという。また前漢の武帝が長生を願っていた際、西王母は天上から降り、三千年に一度咲くという仙桃七顆を与えたという。
周の穆王は八頭だての馬車に乗って、一日に三万里の道のりを行ける、穆王は、どうしてなのだろうか、西王母の許へ再び来ることはなかった。
・謫 罪によって遠地に流されること。
・塵世 人人間の住む俗界。下界。

聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・因次其韻。-#5 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-123--#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2162

聯句 光威裒


2013年4月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#2 宋玉  <00-#6回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 635 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2159
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其七 成都浣花渓 杜甫 <443>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2160 杜甫詩1000-443-626/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集斎中讀書 謝霊運<32> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2161 (04/02)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・因次其韻。-#5 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-123--#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2162
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・因次其韻。-#5 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-123--#5   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2162

聯句 光威裒
yamanoki01朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。[:光。]
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。[:威。]
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。[:裒。]
#2
百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。[:光。]
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。[:威。]
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。[:裒。]
#3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。[:光。]
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。[:威。]
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。[:裒。]
#4
獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。[:光。]
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。[:威。]
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。[:裒。]


聯句 光威裒
朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。
南の方向の朱く塗られた高楼に正午の太陽がさしかかり、影は真下に落ちている。夜になって月明かりにきらめく大樹が落す月影も低いと思ったら真夜中の三更で月が一番高い所にあるのです。
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。
あぶら口紅と白粉が夜も更けてとれて消えそうでも懸想道具入れの箱の吟の模様は輝いている。こんな暗い時に鋏を以て裁断しようものなら泥金衫の着物にはさみを入れかねないのです。
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。

刺繍で飾られた寝台では怖いことが起こっていると思ったら、烏龍が吠えている(エクスタシーの声を指す)。きっと満たされない思いを錦の布に書きしるし西王母の使いの青い鳥に託して呼ぶことが出来たせいでしょう。

#2
百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。
これでは百薬草を練り込んで持ってきてこどもをうんだあとにひつような益母草を用意することを可愛そうに思う。千にも及び花が咲くところに宴を開いたら宜男草を身に着けて春の行楽を闘いあうことになるのです。
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。
そんなことから始まった鴛鴦のように常に一緒になっている誰からも羨ましがられる。それかと思うと、人の言葉を言い返す鸚鵡が一言も語れないそんなお付き合いをしているなんて私自身が恥ずかしいと思うことがあるのです。
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。

春の行楽であの殿方は蜂が花から花へとブンブンとびまわるように変にはしゃいでいる。男女の偽りの付き合いに驚愕しているツバメのようにペチャクチャと語り合うこともあります。

#3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。
変わったものを可愛がることには毛虫のようなもの、かたつむりのようなものを飼ってそれを増やしていくのを愉しんでいるのです。そんな風に女をあつかう男がいるかと思えば、毎日鼈甲のかんざしを磨いて光らせるように女を扱う男もいます。
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。
この仙人が澄んでいる女の園に何年も何年も女が棄てられる悲しみがあるし、一年に一度だけ橋をわたってくるような一夜のとばりの中の空しい出会いもあるというもの。
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。
女のその部屋の寝台の窓辺にはそんな悲しみで時を過ごし時には空しさで自分を投げ出すことも愧じるのです。世の中の色恋についてこうして苦しいことを詩にそらんじてはにが笑いをするのです。

#4
魚玄機が宮島に獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。[:光。]
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。[:威。]
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。[:裒。]


#4
獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。
ひとり江南の薄絹をはおることで江南の雰囲気にひたるのです。そして部屋を暗くして檀香をたきこめた袖着物を垂らしたりして男の人が通ってくるようにするのです。
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。
どうにかして誰かを夫としてえらぶことが出来るように心を落ち着けることを知るようになってきました。したがってこれによって冷静に男とわかれてしまうこと別な男と甘い関係になるのです。
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。

風流な景色を見て過ごし、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをこの身において歌にするのです。今なお琴を弾いて「江南を望む」を追いかけて歌うのです。

獨り香綃【こうしょう】を結んで餉送【しょうそう】偷【ぬす】み,暗に檀袖【だんしゅう】を垂れて通參【つうさん】を學ぶ。
須く知るべし 石に化するも心定めき難を,卻って是れ雲と為し 分 甘んじ易すし。
看するは 風光 零落 盡するを見,弦するは 猶お逐う 「江南を望む」を聲す。


『聯句』 現代語訳と訳註
(本文)
獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。


(下し文)
獨り香綃【こうしょう】を結んで餉送【しょうそう】偷【ぬす】み,暗に檀袖【だんしゅう】を垂れて通參【つうさん】を學ぶ。
須く知るべし 石に化するも心定めき難を,卻って是れ雲と為し 分 甘んじ易すし。
看するは 風光 零落 盡するを見,弦するは 猶お逐う 「江南を望む」を聲す。


(現代語訳)
ひとり江南の薄絹をはおることで江南の雰囲気にひたるのです。そして部屋を暗くして檀香をたきこめた袖着物を垂らしたりして男の人が通ってくるようにするのです。
どうにかして誰かを夫としてえらぶことが出来るように心を落ち着けることを知るようになってきました。したがってこれによって冷静に男とわかれてしまうこと別な男と甘い関係になるのです。
風流な景色を見て過ごし、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをこの身において歌にするのです。今なお琴を弾いて「江南を望む」を追いかけて歌うのです。


(訳注)
獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。

ひとり江南の薄絹をはおることで江南の雰囲気にひたるのです。そして部屋を暗くして檀香をたきこめた袖着物を垂らしたりして男の人が通ってくるようにするのです。
・香綃 南方産の薄絹。
・偷餉送 江南の雰囲気にひたる。・偷 ~にのがれる。・餉迭 おくること。
・檀袖 南方産の檀香をたきこめた袖。


須知化石心難定,卻是為雲分易甘。
どうにかして誰かを夫としてえらぶことが出来るように心を落ち着けることを知るようになってきました。したがってこれによって冷静に男とわかれてしまうこと別な男と甘い関係になるのです。
・化石 望夫石となること。誰かを夫としてえらぶことをいったものか。
・為雲分易甘 雲散すること。男とわかれてしまうこと別な男と甘い関係になる。


看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。
風流な景色を見て過ごし、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをこの身において歌にするのです。今なお琴を弾いて「江南を望む」を追いかけて歌うのです。
・看見風光零落盡 春の景色がすぎ去ってしまおうとしているのを見て、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをみて、自分たちの青春がすぎ去ろうとしているのを思い詠う。
・弦聲猶逐望江南 ひく琴の曲は、「望江南」の曲で二回目の時には追いかけるようにして声に出してうたう。「望江南」それは、江南地方恋しやの曲、その江南は三人の故郷で、結局、男よりも故郷恋しやと唱いつづけているということ。

聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・・・因次其韻。-#4 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-122--#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2157

聯句 光威裒


2013年4月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩野田黄雀篇 曹植 魏詩<61> 女性詩721 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2153
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集登石門最高頂 謝霊運<31> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2156 (04/01)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・・・因次其韻。-#4 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-122--#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2157
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・・・因次其韻。-#4 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-122--#4   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2157


聯句 光威裒
朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。[:光。]
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。[:威。]
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。[:裒。]
#2
百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。[:光。]
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。[:威。]
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。[:裒。]
#3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。[:光。]
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。[:威。]
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。[:裒。]
#4
獨結香綃偷餉送,暗垂檀袖學通參。[:光。]
須知化石心難定,卻是為雲分易甘。[:威。]
看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。[:裒。]



聯句 光威裒
oborotsuki02h朱樓影直日當午,玉樹陰低月已三。
南の方向の朱く塗られた高楼に正午の太陽がさしかかり、影は真下に落ちている。夜になって月明かりにきらめく大樹が落す月影も低いと思ったら真夜中の三更で月が一番高い所にあるのです。
膩粉暗銷銀鏤合,錯刀閒翦泥金衫。
あぶら口紅と白粉が夜も更けてとれて消えそうでも懸想道具入れの箱の吟の模様は輝いている。こんな暗い時に鋏を以て裁断しようものなら泥金衫の着物にはさみを入れかねないのです。
繡牀怕引烏龍吠,錦字愁教青鳥銜。

刺繍で飾られた寝台では怖いことが起こっていると思ったら、烏龍が吠えている(エクスタシーの声を指す)。きっと満たされない思いを錦の布に書きしるし西王母の使いの青い鳥に託して呼ぶことが出来たせいでしょう。

#2
百味鍊來憐益母,千花開處鬥宜男。
これでは百薬草を練り込んで持ってきてこどもをうんだあとにひつような益母草を用意することを可愛そうに思う。千にも及び花が咲くところに宴を開いたら宜男草を身に着けて春の行楽を闘いあうことになるのです。
鴛鴦有伴誰能羨,鸚鵡無言我自慚。
そんなことから始まった鴛鴦のように常に一緒になっている誰からも羨ましがられる。それかと思うと、人の言葉を言い返す鸚鵡が一言も語れないそんなお付き合いをしているなんて私自身が恥ずかしいと思うことがあるのです。
浪喜游蜂飛撲撲,佯驚孤燕語喃喃。

春の行楽であの殿方は蜂が花から花へとブンブンとびまわるように変にはしゃいでいる。男女の偽りの付き合いに驚愕しているツバメのようにペチャクチャと語り合うこともあります


#3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。
変わったものを可愛がることには毛虫のようなもの、かたつむりのようなものを飼ってそれを増やしていくのを愉しんでいるのです。そんな風に女をあつかう男がいるかと思えば、毎日鼈甲のかんざしを磨いて光らせるように女を扱う男もいます。
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。
この仙人が澄んでいる女の園に何年も何年も女が棄てられる悲しみがあるし、一年に一度だけ橋をわたってくるような一夜のとばりの中の空しい出会いもあるというもの。
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。

女のその部屋の寝台の窓辺にはそんな悲しみで時を過ごし時には空しさで自分を投げ出すことも梁愧じるのです世の中の色恋についてこうして苦しいことを詩にそらんじては煮が笑うのです。

偏【ひとえ】に憐みて愛しみを數え 蛓蛦【じい】の掌【しょう】,每【つね】に憶いて光【かがや】かしさを抽【ぬ】く玳瑁【たいまい】の簪【しん】。
煙洞【えんどう】幾年【いくねん】悲しみ尚お在り,星橋【せいきょう】一夕【いつせき】帳 空しく含む。
窗前【そうぜん】の時節【じせつ】虛しく擲【なげうつ】を羞じ,世上【せじょう】の風流【ふうりゅう】苦【はなは】だ諳【そらん】ずるを笑む


『聯句』光、威、裒の三姉妹 現代語訳と訳註
花蕊夫人006(本文)
#3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。
煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。
窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。


(下し文)
偏【ひとえ】に憐みて愛しみを數え 蛓蛦【じい】の掌【しょう】,每【つね】に憶いて光【かがや】かしさを抽【ぬ】く玳瑁【たいまい】の簪【しん】。
煙洞【えんどう】幾年【いくねん】悲しみ尚お在り,星橋【せいきょう】一夕【いつせき】帳 空しく含む。
窗前【そうぜん】の時節【じせつ】虛しく擲【なげうつ】を羞じ,世上【せじょう】の風流【ふうりゅう】苦【はなは】だ諳【そらん】ずるを笑む。


(現代語訳)
変わったものを可愛がることには毛虫のようなもの、かたつむりのようなものを飼ってそれを増やしていくのを愉しんでいるのです。そんな風に女をあつかう男がいるかと思えば、毎日鼈甲のかんざしを磨いて光らせるように女を扱う男もいます。
この仙人が澄んでいる女の園に何年も何年も女が棄てられる悲しみがあるし、一年に一度だけ橋をわたってくるような一夜のとばりの中の空しい出会いもあるというもの。
女のその部屋の寝台の窓辺にはそんな悲しみで時を過ごし時には空しさで自分を投げ出すことも梁愧じるのです世の中の色恋についてこうして苦しいことを詩にそらんじては煮が笑うのです。


(訳注) #3
偏憐愛數蛓蛦掌,每憶光抽玳瑁簪。
変わったものを可愛がることには毛虫のようなもの、かたつむりのようなものを飼ってそれを増やしていくのを愉しんでいるのです。そんな風に女をあつかう男がいるかと思えば、毎日鼈甲のかんざしを磨いて光らせるように女を扱う男もいます。
・蛓蛦 蛓はけむし。蛦はかたつむり。
・玳瑁 ウミガメ科のカメ。甲長約1メートル。背面の甲は黄褐色に黒褐色の斑紋があり、鱗板(りんばん)は瓦状に重なり合う。口の先端はくちばし状。熱帯・亜熱帯の海洋に分布。甲は鼈甲(べっこう)として装飾品の材料になる.


煙洞幾年悲尚在,星橋一夕帳空含。
この仙人が澄んでいる女の園に何年も何年も女が棄てられる悲しみがあるし、一年に一度だけ橋をわたってくるような一夜のとばりの中の空しい出会いもあるというもの。
・煙洞 仙人のすむところ、じつは妓女のすまい。
・星橋 いわゆるかさきざのわたせる橋。天の川に橋を渡していつでも行き交うこと。


窗前時節羞虛擲,世上風流笑苦諳。
女のその部屋の寝台の窓辺にはそんな悲しみで時を過ごし時には空しさで自分を投げ出すことも梁愧じるのです世の中の色恋についてこうして苦しいことを詩にそらんじては煮が笑うのです。
・風流 色恋の道。

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