玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

2013年05月

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

十離詩十首 馬離廄 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-182-54-#42  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2457

薛濤 《十離詩十首 馬離廄》 
美しくかわいい若さまをお驚かせして、車から落としてしまったために、それ以来、りっはな事につけられて威勢よくいななくこともできなくなって、うまやから追い出されて追いやられてしまった。

2013年5月31日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 王粲》 謝靈運 六朝詩<79-#3>文選 雜擬 上 781 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2453
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳巷 韓愈(韓退之) <133>Ⅱ中唐詩694 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2454
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集《大雨》 五言古詩 成都6-(4) 杜甫 <470-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2455 杜甫詩1000-470-#2-685/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 馬離廄 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-182-54-#42  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2457
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


十離詩十首 馬離廄 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-182-54-#42   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2457


馬離廄
(馬がうまやから追われた。)
雪耳紅毛淺碧蹄,追風曾到日東西。 
雪のようにまっ白い耳のあたりの毛があり、ほかの部分は赤い栗毛いろの馬で、ひずめは薄みどり色だからきっといい馬だ。かっては、風を追うようにして、日が昇ってから、西に沈むまで、一日中東へ西へと駆けまわっていた。
為驚玉貌郎君墜,不得華軒更一嘶。
 
美しくかわいい若さまをお驚かせして、車から落としてしまったために、それ以来、りっはな事につけられて威勢よくいななくこともできなくなって、うまやから追い出されて追いやられてしまった。


bijo04『十離詩十首 馬離廄』 現代語訳と訳註
(本文)

雪耳紅毛淺碧蹄,追風曾到日東西。 
為驚玉貌郎君墜,不得華軒更一嘶。 


(下し文)
(馬、厩を離る)
雪耳 紅毛 浅碧の蹄、
風を追うて 曾て 日の東西に到る。
王貌の郎君を 驚かし堕せしが為に、
華軒に 更に一たび斯くことを 得ず。


(現代語訳)
(馬がうまやから追われた。)
雪のようにまっ白い耳のあたりの毛があり、ほかの部分は赤い栗毛いろの馬で、ひずめは薄みどり色だからきっといい馬だ。かっては、風を追うようにして、日が昇ってから、西に沈むまで、一日中東へ西へと駆けまわっていた。
美しくかわいい若さまをお驚かせして、車から落としてしまったために、それ以来、りっはな事につけられて威勢よくいななくこともできなくなって、うまやから追い出されて追いやられてしまった。


(訳注)
十離詩十首 馬離廄

馬がうまやから追われた。


雪耳紅毛淺碧蹄,追風曾到日東西。 
雪のようにまっ白い耳のあたりの毛があり、ほかの部分は赤い栗毛いろの馬で、ひずめは薄みどり色だからきっといい馬だ。かっては、風を追うようにして、日が昇ってから、西に沈むまで、一日中東へ西へと駆けまわっていた。
・紅毛(こうもう) あかい毛。実は粟毛色をさす。杜甫が多く馬について詠っている。
房兵曹胡馬詩
胡馬大宛名、鋒稜痩骨成。
竹批双耳峻、風入四蹄軽。
所向無空闊、真堪託死生。
驍騰有如此、万里可横行。

兵曹胡馬詩 杜甫

驄馬行  杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 102


・浅碧 うすあお色。
・日東西 神話によれば、義和は日の車の御者で、東から太陽をのせた車を西へ駆るという。「楚辞」に「日忽々として其れ将に暮れんとす、吾、義和をして節を辞めしめん」とある。○義和 日の神であり、日を乗せる馬車の御者とも考えられ、更には、二つの名に分けて、暦法を定めた人ともされた。「山海経」に記載のある太陽の母神であり、炎帝に属し東夷人の先祖にあたる帝俊の妻。東海の海の外、甘水のほとりに義和の国があり、そこに生える世界樹・扶桑の下に住む女神である義和は、子である「十の太陽たち」を世話している。天を巡ってきてくたびれた太陽を湯谷で洗っては扶桑の枝にかけて干し、輝きを蘇らせるという。ここでは日の御者としての義和とすると、時間を進める御者として、義和をいっているから、日月といってもそう矛盾を感じないものである。太陽をのせて走る車の御者。神話中の人物である。「楚辞」離巌に「吾義和をして節を辞めしめ云云」と見える。○六竜 太陽神の乗る、六頭立ての竜の引く車。義和という御者がそれを御して大空を東から西にめぐる、という神話に基づく。(『初学記』巻一,『准南子』「天文訓」など)。
また、「書経」五子之歌から》くさった縄で6頭の馬を御するように、非常に難しくて危ないこと
義和の神を例にとることは、暗殺計画を意味するものである。


為驚玉貌郎君墜,不得華軒更一嘶。 
美しくかわいい若さまをお驚かせして、車から落としてしまったために、それ以来、りっはな事につけられて威勢よくいななくこともできなくなって、うまやから追い出されて追いやられてしまった。
・玉貌郎君 玉のように美しい顔をした若様。
・華軒 豪華な車。高貴の人の乗る車。


十離詩十首 筆離手 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-181-53-#41-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2452

薛濤 《十離詩十首 筆離手》
越州産の軸に、宣州産の穂がついた筆がある。はじめから気に入って、紅い画宣紙や詩箋の上に、花瓊を撒いた様なみごとな書画を書くことができたものだった。

 
 

2013年5月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



十離詩十首 筆離手 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-181-53-#41-#1   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2452


筆離手
(筆がすてられた。)
越管宣毫始稱情,紅箋紙上撒花瓊。 
越州産の軸に、宣州産の穂がついた筆がある。はじめから気に入って、紅い画宣紙や詩箋の上に、花瓊を撒いた様なみごとな書画を書くことができたものだった。
都緣用久鋒頭盡,不得羲之手里擎。 
何もかもに愛用し、しかも久しく使ったことによって、穂さきまとまらなくなって、いかに有名な名筆家の晋の王義之の腕にかかっても、良い書画がえられなくなってしまったのだ。
(筆は手を離る。)
越管【えつかん】宣毫【せんごう】始めより情に稱【かな】う,紅箋【こうせん】紙上 花瓊【かけい】を撒【ま】く。
都【すべ】て用うること久しきことに緣り鋒頭【ほうとう】盡き,羲之の手里に擎【ささ】げらるるを得ず。


『十離詩十首 筆離手』 現代語訳と訳註
(本文)
筆離手
越管宣毫始稱情,紅箋紙上撒花瓊。 
都緣用久鋒頭盡,不得羲之手里擎。 


(下し文)
(筆は手を離る。)
越管【えつかん】宣毫【せんごう】始めより情に稱【かな】う,紅箋【こうせん】紙上 花瓊【かけい】を撒【ま】く。
都【すべ】て用うること久しきことに緣り鋒頭【ほうとう】盡き,羲之の手里に擎【ささ】げらるるを得ず。 


(現代語訳)
(筆がすてられた。)
越州産の軸に、宣州産の穂がついた筆がある。はじめから気に入って、紅い画宣紙や詩箋の上に、花瓊を撒いた様なみごとな書画を書くことができたものだった。
何もかもに愛用し、しかも久しく使ったことによって、穂さきまとまらなくなって、いかに有名な名筆家の晋の王義之の腕にかかっても、良い書画がえられなくなってしまったのだ。

(訳注)
筆離手

筆がすてられた。
薛濤は詩歌と書も王羲之の書体をマスターしており、文具についても詳しかった。彼女の作った薛濤䇳は現在も廃れていないものであることから、文具全般に薛濤の改良品を作っていたのではないだろうか。なお、薛濤が四大文具について詠った詩『四友贊』がある。四友贊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-152-24-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2307


越管宣毫始稱情,紅箋紙上撒花瓊。
越州産の軸に、宣州産の穂がついた筆がある。はじめから気に入って、紅い画宣紙や詩箋の上に、花瓊を撒いた様なみごとな書画を書くことができたものだった。
・越管 越は今の浙江省の地方。管はくだ。筆の軸をいう。越地方産の竹の筆軸。竹管を使うようになったのは六朝時代から。湘江の班竹をつかったもの。
・宣毫(せんごう) 宣州は宣城。李白の詩にも宣城紙についてふれている。今の安徽省、江西省、浙江省六朝文化の中心地で文具は完成された。。毫は筆の毛。筆の穂である。唐の開元二年に、宰相に斑竹の筆を賜わったことが、「唐書」に見える。また宣城は紙と筆の名産地で、唐代から諸葛氏が筆の製造家として有名である。画仙紙/宣紙は「宣紙を冠される紙」はその伝統的産地「宣城」、現在の「安徽省県烏城地域」で伝統手法に則り生産される紙に限定されている。
紅箋 あかい詩集。箋は今の便箋のようなもの。薛濤䇳。
花瓊(かけい) 瓊は黄玉。ここでは端渓石で作った硯(すずり)。美しい斑文(はんもん)があり、墨のおりもよく、古来珍重される。
*瓊花 隋から唐の時代、「瓊花(チウンホア)」は「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられたという。ただ不稔であったために、「聚八仙」という台木に接ぎ木して増やしていたそうだが、やがて元軍の進入とともに絶え、その後は残った台木の「聚八仙」が「瓊花」と呼ばれるようになったという。この花は薛濤らしい花である。

花瓊








都緣用久鋒頭盡,不得羲之手里擎。

何もかにもに愛用し、しかも久しく使ったことによって、穂さきまとまらなくなって、いかに有名な名筆家の晋の王義之の腕にかかっても、良い書画がえられなくなってしまったのだ。
・鋒頭 筆の穂のさき。宋の熙寧頃までは固い穂で、バラバラの穂が現われたのはその後。
・義之 晋の名書家王羲之。

十離詩十首 犬離主 原註 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-180-52-#40-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2447

薛濤 《十離詩十首 犬離主 原註》 
元稹のところの家宴に列して、酒に酔い、酒令のことから御銚子を投げて、元稹の甥の脚を傷つけ、元稹の気嫌を損じておわれたことに原因して作られた。の詩中に、「四、五年」および 「四五秋」の語がある。

2013年5月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


十離詩十首 犬離主 原註 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-180-52-#40-#3   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2447


有名な「十離詩」(40~49)が、元稹のところの家宴に列して、酒に酔い、酒令のことから御銚子を投げて、元稹の甥の脚を傷つけ、元稹の気嫌を損じておわれたことに原因して作られた。の詩中に、「四、五年」および 「四五秋」の語がある。「全唐詩」 の註には、これを彼女が厳司空(厳綬)によって元稹のもとへ派遣されたときのこととであるとしている。



十離詩
元徴之使蜀。巌司空遣涛往事。
元稹が官吏を取り締まる官、監察御史として蜀に遣わされた。厳綬(厳司空)は旅の慰労に薛濤を同行させた。
困事獲怒。遠之。
事件を起こして逆鱗に触れ、罰として遠ざけられた。
涛作十離詩以献。逐復善焉。
薛濤は、「十離詩」と題した詩を詩集にして元稹に献上した。やがてまた許され良いことになった。
犬離主
(飼い主の主人から追いだされた犬の歌。)
出入朱門四五年,為知人意得人憐。 
高貴なお邸に出入りさせていただいて早、四、五年にもなっています。あなた様のご厚情にあまえつづけており、本当にご主人にかわいがられていたのです。
近緣咬著親知客,不得紅絲毯上眠。 
ところが、ふとしたことから、ご主人の近縁のお方にかみつくようなまねをしてしまい、このうえは、紅い上等の毛せんの上で眠るわけにはいきませんと孟反省致しております。

濤因酔爭令、擲注子、
薛濤は、元稹のところの家宴に列し、酒に酔ったことによって、酒令のなかで御銚子を投げた。
誤傷相公猶子、
それが誤って元稹の世話になっている甥の足にあたりけがをさせた。
去幕。故云。
宴席掛をおろされ、幕府を去った。それでこの「十離詩十首」を作り、いう。



『十離詩十首 犬離主 原註』 現代語訳と訳註
(本文)

濤因酔爭令、擲注子、誤傷相公猶子、去幕。故云。

魚玄機550034
(下し文)
濤 酔に因って爭【いかで】は令むらる、注子を擲ちて、誤って相公の猶子を傷け、幕を去る。故に云う。


(現代語訳)
薛濤は、元稹のところの家宴に列し、酒に酔ったことによって、酒令のなかで御銚子を投げた。
それが誤って元稹の世話になっている甥の足にあたりけがをさせた。
宴席掛をおろされ、幕府を去った。それでこの「十離詩十首」を作り、いう。


(訳注)
濤困酔爭令、擲注子、

薛濤は、元稹のところの家宴に列し、酒に酔ったことによって、酒令のなかで御銚子を投げた。
・爭令 「令を争い」どちらが良いか爭う。
酒宴の席で座興を添えるためにする遊戯。またその規則。わが国でいったら唐八拳のようなもの。詩を作ることもある。負けると酒をのまなければならない。
・注子 おちようし。酒壷。


誤傷相公猶子、
それが誤って元稹の世話になっている甥の足にあたりけがをさせた。
・相公 宰相さま。ここは元稹をさす。
・猶子(ゆうし) 坊または養子をいうが、ここは甥であろう。客というのはその甥が元稹の世話になっているから。


去幕。故云。
宴席掛をおろされ、幕府を去った。それでこの「十離詩十首」を作り、いう。
・幕 幕府。地方長官の役所。

十離詩十首 犬離主 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-178-50-#40-2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2437

薛濤 《十離詩十首 犬離主》 
高貴なお邸に出入りさせていただいて早、四、五年にもなっています。あなた様のご厚情にあまえつづけており、本当にご主人にかわいがられていたのです。



2013年5月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩擬魏太子鄴中集詩八首  魏太子 謝靈運 六朝魏詩<78-#3>文選 雜擬 上 778 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2438
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹徑 韓愈(韓退之) <130>Ⅱ中唐詩691 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2439
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 犬離主 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-178-50-#40-2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2437
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


十離詩十首 犬離主 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-178-50-#40-2   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2437


十離詩
元徴之使蜀。巌司空遣涛往事。
元稹が官吏を取り締まる官、監察御史として蜀に遣わされた。厳綬(厳司空)は旅の慰労に薛濤を同行させた。
困事獲怒。遠之。
事件を起こして逆鱗に触れ、罰として遠ざけられた。
涛作十離詩以献。逐復善焉。

薛濤は、「十離詩」と題した詩を詩集にして元稹に献上した。やがてまた許され良いことになった。
犬離主
(飼い主の主人から追いだされた犬の歌。)
出入朱門四五年,為知人意得人憐。 
高貴なお邸に出入りさせていただいて早、四、五年にもなっています。あなた様のご厚情にあまえつづけており、本当にご主人にかわいがられていたのです。
近緣咬著親知客,不得紅絲毯上眠。
 
ところが、ふとしたことから、ご主人の近縁のお方にかみつくようなまねをしてしまい、このうえは、紅い上等の毛せんの上で眠るわけにはいきませんと孟反省致しております。

濤困酔爭令、擲注子、誤傷相公猶子、去幕。故云。



『十離詩十首』 現代語訳と訳註
bijo02(本文)
40犬離主71
出入朱門四五年,為知人意得人憐。 
近緣咬著親知客,不得紅絲毯上眠。 


(下し文) 40犬離主71
朱門に出入して四五年,人意あるを知るを為して人憐れむを得る。 
緣近くも親知の客を咬著し,紅絲の毯上に眠ることを得ず。 


(現代語訳)
(飼い主の主人から追いだされた犬の歌。)
高貴なお邸に出入りさせていただいて早、四、五年にもなっています。あなた様のご厚情にあまえつづけており、本当にご主人にかわいがられていたのです。
ところが、ふとしたことから、ご主人の近縁のお方にかみつくようなまねをしてしまい、このうえは、紅い上等の毛せんの上で眠るわけにはいきませんと孟反省致しております。


(訳注) 40
犬離主

飼い主の主人から追いだされた犬の歌。
・犬離主 薛濤がみずからを罪を受けるものとして犬にたとえ、元稹を罪を与えるものとして飼主にたとえたもの。いかように処分されても文句はないと覚悟しているということを示す。


出入朱門四五年,為知人意得人憐。 
高貴なお邸に出入りさせていただいて早、四、五年にもなっています。あなた様のご厚情にあまえつづけており、本当にご主人にかわいがられていたのです。
・出入朱門四五年 ・出入 別にテキストで馴擾(じゅんじょう) 馴は慣らすこと。擾もならすこと。
・朱門 富貴・豪貴家の門は南にある。元稹の邸の家の正規の門。
・憐(あわれむ) 可愛がる。


近緣咬著親知客,不得紅絲毯上眠。 
ところが、ふとしたことから、ご主人の近縁のお方にかみつくようなまねをしてしまい、このうえは、紅い上等の毛せんの上で眠るわけにはいきませんと孟反省致しております。
hakka02

十離詩十首 犬離主-幷序 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-178-50-#1-#40 -1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2437

 薛濤 《十離詩十首 犬離主-幷序》  元稹が官吏を取り締まる官、監察御史として蜀に遣わされた。厳綬(厳司空)は旅の慰労に薛濤を同行させた。

2013年5月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩擬魏太子鄴中集詩八首  魏太子 謝靈運 六朝魏詩<78-#2>文選 雜擬 上 777 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2433
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 犬離主-幷序 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-178-50-#1-#40 -1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2437
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


十離詩十首 犬離主-幷序 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-178-50-#1-#40   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2437


十離詩
元徴之使蜀。巌司空遣涛往事。
元稹が官吏を取り締まる官、監察御史として蜀に遣わされた。厳綬(厳司空)は旅の慰労に薛濤を同行させた。
困事獲怒。遠之。
事件を起こして逆鱗に触れ、罰として遠ざけられた。
涛作十離詩以献。逐復善焉。

薛濤は、「十離詩」と題した詩を詩集にして元稹に献上した。やがてまた許され良いことになった。


『十離詩』 現代語訳と訳註
魚玄機55021(本文)
元徴之使蜀。巌司空遣涛往事。因事獲怒。遠之。涛作十離詩以献。逐復善焉。


(下し文)
(十離詩)
元微之【げんびし】蜀に使わす。巌司空【げんしくう】遣涛【とう】をして往いて事えしむ。事に因って怒りを獲。之を遠ざく。涛 十離詩を作って以って献ず。逐に復た善し。


(現代語訳)
元稹が官吏を取り締まる官、監察御史として蜀に遣わされた。厳綬(厳司空)は旅の慰労に薛濤を同行させた。
事件を起こして逆鱗に触れ、罰として遠ざけられた。
薛濤は、「十離詩」と題した詩を詩集にして元稹に献上した。やがてまた許され良いことになった。


(訳注) 十離詩
元稹が監察御史として東川(蜀の東側一帯)に使いしたのは、憲宗の809年元和四年春三月のことであった。ときに元稹三十歳。薛濤は四十二歳、詩人としての地位は確立し、その名は都の長安にもひびいていた。
彼女を彼の旅先の慰め相手として推薦したのが厳綬(厳司空)である。彼が夏州の楊恵琳と成都の劉闢の反乱を討伐し、その功によって、司空となったばかりのときで、成都にいたときのことである。
この詩は薛濤が酒の上で元稹の甥に、徳利を投げつけけがを負わせたために厳罰を受けた。
・十離詩 何々を離れたという題の詩十篇で、十離詩と名づけた。


元徴之使蜀。巌司空遣涛往事。
元稹が官吏を取り締まる官、監察御史として蜀に遣わされた。厳綬(厳司空)は旅の慰労に薛濤を同行させた。
・元微之 元稹のあざな。白居易(楽天)とならんで、中唐の代表的詩人。
・使蜀 上述のように、監察御史として東川に出張したことをいう。
・厳司空 厳綬のこと。司空は官名。刑獄のことをつかさどる最高官。


因事獲怒。遠之。
事件を起こして逆鱗に触れ、罰として遠ざけられた。
・因事 酔っはらって洒令をあらそい、酒豪を投げて元稹の甥を傷つけたということが原因であった。


濤作十離詩以献。逐復善焉。
薛濤は、「十離詩」と題した詩を詩集にして元稹に献上した。やがてまた許され良いことになった。

罰赴邊上韋相公二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-177-49-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2432

薛濤 《罰赴邊上韋相公二首 其二》 しっかりと馬のたづなをにぎりしめ、嶺を超える辺りでは、その手はこおりそうで、寒いうえに、寒く、氷りつきそうな寒さです、それに微風であっても、その粉ぬか雨が頬をうつ、冷たく、それが身体の芯そこをおらせてしまいそうです。
 

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Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪 韓愈(韓退之) <128>Ⅱ中唐詩689 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2429
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性罰赴邊上韋相公二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-177-49-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2432
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

罰赴邊上韋相公二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-177-49-#39   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2432


罰赴邊上韋相公二首 其一
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その一)
螢在荒蕪月在天,螢飛豈到月輪邊。
収賄のことで罰をうけて、そのつぐないに、西北の荒れ果てた国境地方へ、守備兵の慰問途中の月が天高く上がった夜、宿舎の庭さきの荒れはてた草むらに、螢が飛びあがって光っているが、とてもあの高い室の月の側まではゆけないでしょう。
重光萬里應相照,目斷云霄信不傳。

その月の明るい光は、どんなに遠いところへでも、万遍なく届いている、ただ大空をあの雲のように、仰ぎ見るだけで、心に思うまことは、上書した文には同じだけ、届かないのです。


罰赴邊上韋相公二首 其二
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その二)
按轡嶺頭寒復寒,微風細雨徹心肝。
しっかりと馬のたづなをにぎりしめ、嶺を超える辺りでは、その手はこおりそうで、寒いうえに、寒く、氷りつきそうな寒さです、それに微風であっても、その粉ぬか雨が頬をうつ、冷たく、それが身体の芯そこをおらせてしまいそうです。
但得放兒歸舍去,山水屏風永不看。
こんなに地獄のような寒さにつくづくと思うのですが、かりにもし、お許しが出て、故郷のわが家へ無事歸ることができたとしましたら、山水をえがいた屏風は、きっといつまでたっても、見るのもいや、というものです。


『罰赴邊上韋相公二首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)

按轡嶺頭寒復寒,微風細雨徹心肝。
但得放兒歸舍去,山水屏風永不看。


(下し文)
轡を嶺頭に按ゆれば 寒復た寒、微風 細雨 心肝に徹る。
但し 兄を放して令に歸り去るを得しむとも、山水の屏風は 永く看じ。


蜀の山50055(現代語訳)
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その二)
しっかりと馬のたづなをにぎりしめ、嶺を超える辺りでは、その手はこおりそうで、寒いうえに、寒く、氷りつきそうな寒さです、それに微風であっても、その粉ぬか雨が頬をうつ、冷たく、それが身体の芯そこをおらせてしまいそうです。
こんなに地獄のような寒さにつくづくと思うのですが、かりにもし、お許しが出て、故郷のわが家へ無事歸ることができたとしましたら、山水をえがいた屏風は、きっといつまでたっても、見るのもいや、というものです。


(訳注)
罰赴邊上韋相公二首 其二
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その二)


按轡嶺頭寒復寒,微風細雨徹心肝。
しっかりと馬のたづなをにぎりしめ、嶺を超える辺りでは、その手はこおりそうで、寒いうえに、寒く、氷りつきそうな寒さです、それに微風であっても、その粉ぬか雨が頬をうつ、冷たく、それが身体の芯そこをおらせてしまいそうです。
・按轡嶺頭 際しい峠越えのようす、馬のたづなをおさえけわしい山道をのぼる。馬が谷底へ足を踏みすべらして落ちたりしないように、たづなを引き締めること。あるいは、この旅の途中に、そうした意味から名付けられた。詩人は按轡嶺という、固有名詞があったかのように使うことで後世に伝わるものである。
・心肝 心臓と肝臓。身体の芯のこと。


但得放兒歸舍去,山水屏風永不看。
こんなに地獄のような寒さにつくづくと思うのですが、かりにもし、お許しが出て、故郷のわが家へ無事歸ることができたとしましたら、山水をえがいた屏風は、きっといつまでたっても、見るのもいや、というものです。
・但 それだけ、かりにの意。万一の意。
・放 はなつ。ほしいままにする。自由に解散する。
・舎 營妓の宿舎、住居。
・屏風 びょうぶ。
・永 永遠に。
Nature1-007














罰赴邊上韋相公二首  罰赴邊有懷上韋令公二首其一
-----------------------------------------------------

罰赴邊上韋相公二首 其一
螢在荒蕪月在天,螢飛豈到月輪邊。
重光萬里應相照,目斷云霄信不傳。
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その一)
収賄のことで罰をうけて、そのつぐないに、西北の荒れ果てた国境地方へ、守備兵の慰問途中の月が天高く上がった夜、宿舎の庭さきの荒れはてた草むらに、螢が飛びあがって光っているが、とてもあの高い室の月の側まではゆけないでしょう。
その月の明るい光は、どんなに遠いところへでも、万遍なく届いている、ただ大空をあの雲のように、仰ぎ見るだけで、心に思うまことは、上書した文には同じだけ、届かないのです。

罰赴邊上韋相公二首 其二
按轡嶺頭寒復寒,微風細雨徹心肝。
但得放兒歸舍去,山水屏風永不看。

(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その二)
しっかりと馬のたづなをにぎりしめ、嶺を超える辺りでは、その手はこおりそうで、寒いうえに、寒く、氷りつきそうな寒さです、それに微風であっても、その粉ぬか雨が頬をうつ、冷たく、それが身体の芯そこをおらせてしまいそうです。
こんなに地獄のような寒さにつくづくと思うのですが、かりにもし、お許しが出て、故郷のわが家へ無事歸ることができたとしましたら、山水をえがいた屏風は、きっといつまでたっても、見るのもいや、というものです。


罰赴邊有懷上韋令公二首其一
黠虜猶違命,烽煙直北愁。
卻教嚴譴妾,不敢向松州。

(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、心配されて面槍を受けたので韋皐節度使に上奏いたします。その一)
あの悪くてずるい吐蕃の奴らが、いまだに唐朝廷の命にそむいている。この度も成都の真北の国境地帯からのろしがあがって侵入のしらせがきた。北の方は困ったことである。
わたしは、いまきびしい譴責をうけてわたしは北の都護府の軍営の慰問をしているところ。その都護府のさらに北の松州慰問迎へということであったが、節度使さまは、わたしの身を心配されて、途中からもどってこいというお使いをくださった。

罰赴邊有懷上韋令公二首其二
聞道邊城苦,而今到始知。
卻將門下曲,唱與隴頭兒。

(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、心配されて面槍を受けたので韋皐節度使に上奏いたします。その二)
かねて聞きおよんでおりましたのは吐蕃国境地帯にある都護府の城塞のご苦労の多いことですが、今、ここにきてみて、はじめてそれがはっきりわかりました。
韋皐節度使さまが幕府のご宴席で歌っておられた平穏で歌われる「門下曲」は、とても毎日毎夜、守備にご苦労なさっている勇ましい「隴頭兒」の方々には、お聞かせできませんでした。

罰赴邊上韋相公二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-176-48-#38  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2427

薛濤 《罰赴邊上韋相公二首 其一》 "収賄のことで罰をうけて、そのつぐないに、西北の荒れ果てた国境地方へ、守備兵の慰問途中の月が天高く上がった夜、宿舎の庭さきの荒れはてた草むらに、螢が光っている。とてもあの月の側まではゆけないでしょう。"


2013年5月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

罰赴邊上韋相公二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-176-48-#38   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2427

bijo0538 
螢在荒蕪月在天,螢飛豈到月輪邊。   86
 重光萬里應相照,目斷云霄信不傳。   
    
39
 按轡嶺頭寒復寒,微風細雨徹心肝。 87 
 但得放兒歸舍去,山水屏風永不看。   


801年貞元17年松州方面への吐蕃の侵略があったころのこと。詩はその前年の作。罰をうけた原因については、「鑑戒録」には、彼女が有名になり、中央から遣わされてくる役人が、韋皐へ口効きをする。彼女を通じて韋皐の側近へ金品をとどけてもらったり、彼女自身に金品を贈ったりしたことがあった。薛濤33・34歳頃のことである。詩により名声が高くなるに伴い増加したとある。ここでいう罰はこの収賄により国境の軍隊慰問をさせられたということなのだ。
この2年後に薛濤を寵愛した剣南節度使韋皐は蜀の地で死んでいる。61歳であった。
に薛濤 《罰赴邊有懷上韋令公二首》(罰せられて邊に赴き、懐あり、韋令公に上る」(11・12)と題した五言二首が収録されている。
この二首もまた韋皐にたてまつったもの。(11・12)の解説を読まれたい。
11.罰赴邊有懷上韋令公二首其一
黠虜猶違命,烽煙直北愁。
卻教嚴譴妾,不敢向松州。
罰赴邊有懷上韋令公二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-146-18-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2277

12.罰赴邊有懷上韋令公二首其二
聞道邊城苦,而今到始知。
卻將門下曲,唱與隴頭兒。
罰赴邊有懷上韋令公二首其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-147-19-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2282



罰赴邊上韋相公二首 其一
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その一)
螢在荒蕪月在天,螢飛豈到月輪邊。
収賄のことで罰をうけて、そのつぐないに、西北の荒れ果てた国境地方へ、守備兵の慰問途中の月が天高く上がった夜、宿舎の庭さきの荒れはてた草むらに、螢が飛びあがって光っているが、とてもあの高い室の月の側まではゆけないでしょう。
重光萬里應相照,目斷云霄信不傳。

その月の明るい光は、どんなに遠いところへでも、万遍なく届いている、ただ大空をあの雲のように、仰ぎ見るだけで、心に思うまことは、上書した文には同じだけ、届かないのです。

(罰せられて適に赴き、韋相公に上 る 二首)
蛍は 荒蕪に在り 月は 天に在り、螢飛ぶも 豈に月輪の邊に到らんや。
重光は萬里なるも 應に相い照らすべし、目は雲霄に断たれて 信 傳はらず。




『罰赴邊上韋相公二首 其一』 現代語訳と訳註
(本文)
螢在荒蕪月在天,螢飛豈到月輪邊。
重光萬里應相照,目斷云霄信不傳。


(下し文)
(罰せられて適に赴き、韋相公に上 る 二首)
蛍は 荒蕪に在り 月は 天に在り、螢飛ぶも 豈に月輪の邊に到らんや。
重光は萬里なるも 應に相い照らすべし、目は雲霄に断たれて 信 傳はらず。


(現代語訳)
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その一)
収賄のことで罰をうけて、そのつぐないに、西北の荒れ果てた国境地方へ、守備兵の慰問途中の月が天高く上がった夜、宿舎の庭さきの荒れはてた草むらに、螢が飛びあがって光っているが、とてもあの高い室の月の側まではゆけないでしょう。
その月の明るい光は、どんなに遠いところへでも、万遍なく届いている、ただ大空をあの雲のように、仰ぎ見るだけで、心に思うまことは、上書した文には同じだけ、届かないのです。


(訳注)
罰赴邊上韋相公二首 其一

(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その一)
・韋相公 相公は宰相をいう。宰相でありながら、剣南西川節度使として出向していたのでかくいう。武は、武元衡。彼は憲宗の元和二年正月宰相となり、同年十月剣南西川節度使として赴任。八年三月、都にもどっている。そこで、この詩をこの題の通り、武元衡にたてまつったものということから、薛濤の四十歳から四十五歳までの間の作ということになる。しかし上述のように、これを韋令公、すなわち韋皐に上ったものとすれば、韋皐の死は彼女の三十八歳の時に当たるから、それまでの間の作ということになる。


螢在荒蕪月在天,螢飛豈到月輪邊。
収賄のことで罰をうけて、そのつぐないに、西北の荒れ果てた国境地方へ、守備兵の慰問途中の月が天高く上がった夜、宿舎の庭さきの荒れはてた草むらに、螢が飛びあがって光っているが、とてもあの高い室の月の側まではゆけないでしょう。
・荒蕪 土地が荒れて草が生い繁ること。またそうした土地。


重光萬里應相照,目斷云霄信不傳。
その月の明るい光は、どんなに遠いところへでも、万遍なく届いている、ただ大空をあの雲のように、仰ぎ見るだけで、心に思うまことは、上書した文には同じだけ、届かないのです。
・重光 重は尊の意。重光は、月の光のほかに、節度使の徳をも意味している。 
雲霄 雲と空。高い天をいう。
・目断 視力がそこまではとどいても、それから先へはとどかないこと。
 まこと。誠意。また書翰の意。

海棠溪 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-175-47-#37  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2422

薛濤《海棠溪》
春を教えてくれる神様は、風であったり、光と影、景色であったり、谷いっぱいの花がかすみか雲であったりを以て知らせてくれる。清らかな谷川の水に映る花影、泳ぐ魚はまるで花模様を帯びたかのように映る。

2013年5月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

海棠溪 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-175-47-#37   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2422  


海棠溪
春教風景駐仙霞,水面魚身總帶花。
海棠花011春を教えてくれる神様は、風であったり、光と影、景色であったり、谷いっぱいの花がかすみか雲であったりを以て知らせてくれる。清らかな谷川の水に映る花影、泳ぐ魚はまるで花模様を帯びたかのように映る。
人世不思靈卉異,競將紅纈染輕沙。
この人の世では、この自然の霊妙な技を使おうと思うわけではないが、神に競うように人間だって赤いしぼり布を河原の砂の上に干している。(渓谷に咲く花に対して人が染め着けた色の布を干して春をおしえてくれている。)

(海棠溪)
春は風景をして仙霞を駐【とど】めしめ、水面の魚身総て花を帯ぶ。
人世【じんせい】思わず霊卉【れいき】の異【い】を、競って紅纈【こうけつ】を将【も】って軽沙【けいさ】を染む。


『海棠溪』 現代語訳と訳註
(本文)
春教風景駐仙霞,水面魚身總帶花。
人世不思靈卉異,競將紅纈染輕沙。


(下し文)
(海棠溪)
春は風景をして仙霞を駐【とど】めしめ、水面の魚身総て花を帯ぶ。
人世【じんせい】思わず霊卉【れいき】の異【い】を、競って紅纈【こうけつ】を将【も】って軽沙【けいさ】を染む。


(現代語訳)
(海棠溪)
春を教えてくれる神様は、風であったり、光と影、景色であったり、谷いっぱいの花がかすみか雲であったりを以て知らせてくれる。清らかな谷川の水に映る花影、泳ぐ魚はまるで花模様を帯びたかのように映る。
この人の世では、この自然の霊妙な技を使おうと思うわけではないが、神に競うように人間だって赤いしぼり布を河原の砂の上に干している。(渓谷に咲く花に対して人が染め着けた色の布を干して春をおしえてくれている。)


(訳注)
海棠溪

・海棠溪 二つ考えられるが、蜀全体の海棠花が咲き乱れる渓谷とする。地図上で確認されるところとしては第一は四川省の重慶から長江を渡った対岸にある名所。おそらく薛濤は巫山へ行ったときでも上流運河を利用すると重慶を通過したかどうか、ここに立ち寄るには回り道である。第二は、四川省越雋県の北百二十五里に海棠関というのがあり、その南十五里を清水堡という。その附近にもあるが、營妓である薛濤が行くには遠すぎる。いずれにしても「百花譜」 に「海棠は蜀に盛んにして、秦中これに次ぐ」というから、あちこちに名所があるのであろう。その意味で詩人の場所を特定しないで、感じさせる用語としての海棠渓と考える方が良い意味になる。
『蜀中三首』其二 鄭谷
夜無多雨曉生塵,草色嵐光日日新。
蒙頂茶畦千點露,浣花牋紙一溪春。
揚雄宅在唯喬木,杜甫臺荒絕舊鄰。
卻共海棠花有約,數年留滯不歸人。

海棠花04



















春教風景駐仙霞,水面魚身總帶花。
春を教えてくれる神様は、風であったり、光と影、景色であったり、谷いっぱいの花がかすみか雲であったりを以て知らせてくれる。清らかな谷川の水に映る花影、泳ぐ魚はまるで花模様を帯びたかのように映る。
・仙霞 花がすみ。ここでその花は海棠であり、「百花譜」の著者王禹偁は、海某を花のなかの神仙といっている。また「群芳譜」にも、唐の相の賈耽が「花譜」を著わして、海棠を花のなかの神仙といったことが記されている。


人世不思靈卉異,競將紅纈染輕沙。
この人の世では、この自然の霊妙な技を使おうと思うわけではないが、神に競うように人間だって赤いしぼり布を河原の砂の上に干している。(渓谷に咲く花に対して人が染め着けた色の布を干して春をおしえてくれている。)
・靈卉 卉は草木。「詩経」の小雅の四月の詩に、「日に嘉卉あり」という句がある。霊は、神のような、すぐれたの意味。靈卉で海棠をさしていったもの。
・紅纈 あかいしぼり。
「なんと人間のわざのつたないことであろうか。」という解釈をしている書籍もあるが、これは思い込みで解釈している。
神が「海棠花」「風」「景色」「水」「魚」で春を教えてくれるが、人間のすることの中にも春を知らせることがあるというものである。
薛濤が作った薛濤䇳でも教えてくれるのであろうか。海棠の花がすみ、澄みきって下に泳ぐ魚の姿のはっきり見える谷川の水、それと白砂、そこにほされている赤いしぼりの布の美しさ。それだけのものがいっしょになって、一つの海棠渓の印象を、読者の眼のなかに、焼きつける。自然の景のあざやかな描写が目に浮かんでくる。薛濤の作品のなかでは、すぐれたものの一つで、かわいらしく感じているのがいい。

江村即事 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-174-46-#36-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2417

司空曙 《江村即事》釣りをやめて家に帰ってきたが、船はしっかりと繋ぎとめたわけではない。この錦江の川辺の村には、月が没して暗闇が一段と増してきて、眠るのにちょうどいい感じになった。 

2013年5月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩應詔詩 曹植 魏詩<76-#まとめ>文選 上 献詩 773 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2413
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。竹溪 韓愈(韓退之) <125>Ⅱ中唐詩686 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2414
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江村即事 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-174-46-#36-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2417
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


江村即事 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-174-46-#36-#4   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2417


15司空曙しくうしょ(?~790?)
大歴十才 
江村即事(釣罷歸來不繋船)
送吉校書東帰 
司空 曙(しくう しょ)は、中国・唐の詩人。広平(河北省永年)の出身。字は文名または文初。
代宗の大暦年間の初め頃(770年頃)、左拾遺となり、徳宗の貞元初年(785年頃)、剣南西川節度使の幕僚になった。潔癖な性格で権臣に媚びず、長沙(湖南省)のあたりに流寓していたこともある。大暦十才子の一人。


司空曙
『別盧秦卿』(五言絶句)
別盧秦卿
知有前期在、難分比夜中。
無将故人酒、不及石尤風。
(盧秦卿に別る)
前期の在ること有るを知れども、分ち難し 此の夜の中(うち)。
故人の酒を将(もっ)て、石尤(せきゆう)の風に及ばずとする無かれ。


江村即事(七言絶句)
釣罷歸來不繋船,江村月落正堪眠。
釣りをやめて家に帰ってきたが、船はしっかりと繋ぎとめたわけではない。この錦江の川辺の村には、月が没して暗闇が一段と増してきて、眠るのにちょうどいい感じになった。
縱然一夜風吹去,只在蘆花淺水邊。

たとえ、夜中に風が舟を吹き飛ばすこともあるだろうが、どうせ、アシの花の咲いている浅瀬あたりに流されている程度のことだとおもう。 

(江村即事)
釣 罷め 歸り來かへ きたりて  船を繋がず,江村 月 落ちて  正に眠るに堪たり。
縱然【たとひ】 一夜  風 吹き去るとも,只だ 蘆花 淺水の邊りに 在らん。


『江村即事』 現代語訳と訳註
tski00120(本文)
江村即事(五言絶句)
釣罷歸來不繋船,江村月落正堪眠。
縱然一夜風吹去,只在蘆花淺水邊。


(下し文) (江村即事)
釣 罷め 歸り來かへ きたりて  船を繋がず,江村 月 落ちて  正に眠るに堪たり。
縱然【たとひ】 一夜  風 吹き去るとも,只だ 蘆花 淺水の邊りに 在らん。


(現代語訳)(江村即事)
釣りをやめて家に帰ってきたが、船はしっかりと繋ぎとめたわけではない。この錦江の川辺の村には、月が没して暗闇が一段と増してきて、眠るのにちょうどいい感じになった。
たとえ、夜中に風が舟を吹き飛ばすこともあるだろうが、どうせ、アシの花の咲いている浅瀬あたりに流されている程度のことだとおもう。 



(訳注)
江村即事

錦江の村(浣花渓村)を詠じた詩。 
・江村:錦江の村(浣花渓村)川辺の村。川に沿った村。杜甫の草堂のある浣花渓とは位置的に東に5km程度行ったところと考える。 
・即事:その場のことを詠じた詩。目の前の景色や様子。
杜甫『草堂即事』
草堂即事
荒村建子月,獨樹老夫家。
雪裡江船渡,風前竹徑斜。
寒魚依密藻,宿鷺起圓沙。
蜀酒禁愁得,無錢何處賒?
草堂即事 五言律詩 成都5-(34) 杜甫 <459  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2380 杜甫詩1000-459-670/1500



斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382

oborotsuki04
釣罷歸來不繋船、江村月落正堪眠。
釣りをやめて家に帰ってきたが、船はしっかりと繋ぎとめたわけではない。この錦江の川辺の村には、月が没して暗闇が一段と増してきて、眠るのにちょうどいい感じになった。
・釣:釣ること。 
・罷:やめる。中止する。 
・歸來:(自宅など本来の居場所に)かえってくる。 
・繋:繋(つな)ぎとめる。つなぐ。 
・月落:上弦の月のころであろう西空に沈み、まだ夜暗い。夜空が一層暗くなり、夜も更けたさまを謂う。李白73『宿清溪主人』「夜至清渓宿、主人碧厳裏。簷楹挂星斗、枕席響風水。月落西山時、啾啾夜猿起。」
(清溪の主人の家に宿泊した。夜に入って 清渓のほとりにきて宿泊した。主人の家は、碧(みどり)の木々苔むす厳の奥にある。軒天の端には北斗七星がきらめき、寝室の枕席にはさわやかな風が吹いてきて、静かさの中せせらぎが響く。しばらくすると月が西の山の端に落ちはじめた時、啾啾と悲しげに夜猿が鳴き始めた。)李白70清溪半夜聞笛 71秋浦歌十七首 其二 72清溪行 73 宿清溪主人
張繼の『楓橋夜泊』に「月落烏啼霜滿天,江楓漁火對愁眠。姑蘇城外寒山寺,夜半鐘聲到客船。」とある。 
・正:ちょうど。 
・堪眠:眠るのに充分である。 
・堪:ものにこらえられる。…にたえる。…できる。…に充分である。…に好適である。


縱然一夜風吹去、只在蘆花淺水邊。
たとえ、夜中に風が舟を吹き飛ばすこともあるだろうが、どうせ、アシの花の咲いている浅瀬あたりに流されている程度のことだとおもう。 
・縱然:たとえ…であろうとも。 
・吹去:吹き飛ばす。 
・-去:動詞の後に附いて、動作が遠ざかる、持続する感じを表す。…しさる。
・只在:ただ…にあるだけ。 
・蘆花:アシの花。 
・淺水:浅瀬。
・儒者の冗談はこの程度のものなのだ。これが風流とは思えないものだが、おそらく湿地の淵のようなところに停泊させたのであろう。百花潭の近くかもしれない。

薛濤『斛石山書事』

凌云寺 薛能 唐五代詞・宋詩 -173-45-#36-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2412

薛能 《凌云寺》 
ここに上がってくると曇りがなくさっぱりとした心境になるし、夕日が沈むと鳩も去って静かに過ごせる。


2013年5月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性凌云寺 薛能 唐五代詞・宋詩 -173-45-#36-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2412
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


凌云寺 薛能 唐五代詞・宋詩 -173-45-#36-#3   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2412


薛能『凌云寺』
(凌云寺)
像閣与山齋,何人致石梯。
磨崖佛を蔽うている九層の楼は山と同じ大きさである。どれだけの人が石をつみあげていったものであろうか。
万烟生聚落,一崦露招提。
今、多くのお参りに来る人で大きな町が出来ている、その西側の山に招提寺が大きく見えるのである。
霽月人来上,残阳鸽去栖。
ここに上がってくると曇りがなくさっぱりとした心境になるし、夕日が沈むと鳩も去って静かに過ごせる。
从边亦已极,烽火是沈黎。

この国境の偏狭な場所であっても世情はすでに落ち着いたものであり、烽火などなく墨で塗りつぶしたように火種などないのである

(凌云寺)
像閣【しょうかく】山と齋し,何人か 石梯【せきてい】を致す。
万烟【ばんえん】聚落【じゅらく】に生じ,一崦【いちえん】招提【しょうだい】を露わす。
霽月【せいげつ】人来り上り,残阳【ざんよう】鸽【はと】去りて栖【す】む。
邊に從う亦た已に極まる,烽火【ほうか】是れ沈黎【ちんれい】。

朱槿花・佛桑華














『凌云寺』 現代語訳と訳註
王屋山01(本文)

像閣与山齋,何人致石梯。
万烟生聚落,一崦露招提。
霽月人来上,残陽鴿去棲。
從邊亦已极,烽火是沈黎。


(下し文)
(凌云寺)
像閣【しょうかく】山と齋し,何人か 石梯【せきてい】を致す。
万烟【ばんえん】聚落【じゅらく】に生じ,一崦【いちえん】招提【しょうだい】を露わす。
霽月【せいげつ】人来り上り,残阳【ざんよう】鸽【はと】去りて栖【す】む。
邊に從う亦た已に極まる,烽火【ほうか】是れ沈黎【ちんれい】。


(現代語訳)
(凌云寺)

磨崖佛を蔽うている九層の楼は山と同じ大きさである。どれだけの人が石をつみあげていったものであろうか。
今、多くのお参りに来る人で大きな町が出来ている、その西側の山に招提寺が大きく見えるのである。
ここに上がってくると曇りがなくさっぱりとした心境になるし、夕日が沈むと鳩も去って静かに過ごせる。
この国境の偏狭な場所であっても世情はすでに落ち着いたものであり、烽火などなく墨で塗りつぶしたように火種などないのである。


(訳注)凌云寺
凌雲寺は、今の四川省楽山縣(唐代の嘉州府)から、眠江をわたった対岸にそびえる凌雲山(九頂山)にあり、唐代に創建されたもの。
薛能,字を太拙という,唐朝、汾州の人。846年唐武宗會昌六年登狄慎思榜進士,盩厔尉に任ぜられる。李福任滑州節度使の時,薛能は觀察判官に任ぜられる。後、歷官御史、都官、刑部員外郎等をへて,又、李福遷官に隨って西蜀につく。咸通年間中,嘉州刺史代理となる。


像閣与山齋,何人致石梯。
磨崖佛を蔽うている九層の楼は山と同じ大きさである。どれだけの人が石をつみあげていったものであろうか。
・「像閣」は磨崖佛をおおうていたという九層の楼。


万烟生聚落,一崦露招提。
今、多くのお参りに来る人で大きな町が出来ている、その西側の山に招提寺が大きく見えるのである。
・聚落 人の集まり住む村。集落。対封岸の嘉州城をいったもの
・一崦 崦嵫(えんし) ①甘肅省にある山の名.②太陽の沈む西方の山..
・招提 てら。


霽月人来上,残阳鸽去栖。
ここに上がってくると曇りがなくさっぱりとした心境になるし、夕日が沈むと鳩も去って静かに過ごせる。
・霽月 雨が上がったあとの月。転じて、曇りがなくさっぱりとした心境。


從邊亦已极,烽火是沈黎。
この国境の偏狭な場所であっても世情はすでに落ち着いたものであり、烽火などなく墨で塗りつぶしたように火種などないのである。
・沈黎 墨のように黒くあるというのは、非常を告げるようなことがなく平和であることをいう。薛濤死後の唐末の状況である。題新津北橋棲00


題凌云寺 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-172-44-#36-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2407

司空曙 《題凌云寺》 唐五代詞・宋詩
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。

2013年5月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩應詔詩 曹植 魏詩<76-#5>文選 上 献詩 女性詩771 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2403
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月臺 韓愈(韓退之) <123>Ⅱ中唐詩684 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2404
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集王竟攜酒,高亦同過,共用寒字 七言律詩 成都5-(39) 杜甫 <464>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2405 杜甫詩1000-464-675/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性題凌云寺 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-172-44-#36-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2407
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




題凌云寺 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-172-44-#36-#2   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2407


司空曙『題凌云寺』
王屋山01春山古寺繞滄波,石磴盤空鳥道過。
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。
百丈金身開翠壁,萬龕燈焰隔煙蘿。
百丈懐海がこの山で悟りを開いて禅宗のもとを作られた。岩にたくさんの窪みを刻んで灯篭を設置して、山の緑つたかずらがのびてくるのを寺とを隔てている。
云生客到侵衣濕,花落僧禪覆地多。
湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。
不與方袍同結社,下歸塵世竟如何。

ここでは袈裟を与えられることはなく他の宗派と一緒になることはない。これほどにここでの規律が厳しく、この山を降りて世俗の人になった時にはどうしたらよいのかわからなくなるという。

春山 古寺 滄波【そうは】を繞り,石磴【せきとう】 空を盤【めぐ】って鳥道【ちょうどう】を過る。
百丈 金身 翠壁を開き,萬龕【ばんがん】燈焰【とうえん】煙蘿【えんら】を隔つ。
云生 客到 衣濕を侵し,花落 僧禪 地多を覆う。
方袍よらずして 結社を同うし,歸り下りて塵世 竟に何如んせん。


『題凌云寺』司空曙 現代語訳と訳註
(本文)

春山古寺繞滄波,石磴盤空鳥道過。
百丈金身開翠壁,萬龕燈焰隔煙蘿。
云生客到侵衣濕,花落僧禪覆地多。
不與方袍同結社,下歸塵世竟如何。


(下し文)
春山 古寺 滄波【そうは】を繞り,石磴【せきとう】 空を盤【めぐ】って鳥道【ちょうどう】を過る。
百丈 金身 翠壁を開き,萬龕【ばんがん】燈焰【とうえん】煙蘿【えんら】を隔つ。
云生 客到 衣濕を侵し,花落 僧禪 地多を覆う。
方袍よらずして 結社を同うし,歸り下りて塵世 竟に何如んせん。


(現代語訳)
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。
百丈懐海がこの山で悟りを開いて禅宗のもとを作られた。岩にたくさんの窪みを刻んで灯篭を設置して、山の緑つたかずらがのびてくるのを寺とを隔てている。
湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。
ここでは袈裟を与えられることはなく他の宗派と一緒になることはない。これほどにここでの規律が厳しく、この山を降りて世俗の人になった時にはどうしたらよいのかわからなくなるという。


(訳注)
題凌云寺
凌雲寺は、今の四川省楽山縣(唐代の嘉州府)から、眠江をわたった対岸にそびえる凌雲山(九頂山)にあり、唐代に創建されたもの。
司空 曙(しくう しょ)は、中国・唐の詩人。広平(河北省永年)の出身。字は文名または文初。
代宗の大暦年間の初め頃(770年頃)、左拾遺となり、徳宗の貞元初年(785年頃)、剣南西川節度使の幕僚になった。潔癖な性格で権臣に媚びず、長沙(湖南省)のあたりに流寓していたこともある。大暦十才子の一人。この『題凌云寺』、『江村即事』(五言絶句)は剣南西川節度使の幕僚であった時の作品である。


春山古寺繞滄波,石磴盤空鳥道過。
春になってこの歴史ある山の上のお寺は岷江と山々の若葉の中に静かに建つ、登る石の階段は折れ曲がりながら空へと続き鳥の通う道の傍を過ぎている。


百丈金身開翠壁,萬龕燈焰隔煙蘿。
紅梅0021百丈懐海がこの山で悟りを開いて禅宗のもとを作られた。岩にたくさんの窪みを刻んで灯篭を設置して、山の緑つたかずらがのびてくるのを寺とを隔てている。
・百丈懐海 [ひゃくじょうえかい] 禅師(749~814)が出られ、『百丈清規 [ひゃくじょうしんぎ] 』を書き、禅宗の規則を制定し、唐代より禅宗は叢林 [そうりん] (寺院)の形態を整える。
・金身 沙悟浄が「金身羅漢」となったことから、悟りを開くことを意味する。
・萬龕 1 石窟や家屋の壁面に、仏像・仏具を納めるために設けたくぼみ。また、仏壇・厨子(ずし)にもいう。仏龕(ぶつがん)。 2 遺体を納める棺(かん)や輿(こし)。ひつぎ。
・煙蘿 もやの立ちこめた中のつたかずら。また、一説に煙霧のように見える松蘿(しょうら)のことともいう。


云生客到侵衣濕,花落僧禪覆地多。
湧き出でてくる雲はここに來る訪問者の衣を湿らせ、濡らせるほどである。花が散り始めると僧侶たちの修行の場にまで覆いつくほどになる。
・この二句は春のようすを詠う、孟浩然『春暁』、王維の『田園楽七首』の雰囲気を借りている。盛唐詩 春暁 孟浩然28 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -335


不與方袍同結社,下歸塵世竟如何。
ここでは袈裟を与えられることはなく他の宗派と一緒になることはない。これほどにここでの規律が厳しく、この山を降りて世俗の人になった時にはどうしたらよいのかわからなくなるという。
・方袍 袈裟(けさ)のこと。形が方形であるところからいう。
・如何 1 どうしたらよかろうか。どうしようか。2 いい方法が見いだせないことを表す。残念にも。

賦凌云寺二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-171-43-#36  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2402


薛濤 《賦凌云寺二首 其二》
凌雲寺には美しい花がさくことについても、うわさに聞いている。嫦娥の住むという月がでないことがあっても、この散る花が仙宮の五色の霞のように、寺のあたりの美しきを感歎させるというもの。

 

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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賦凌云寺二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-171-43-#36   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2402


薛濤 《賦凌云寺二首》 
35聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。 38
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。 
  
36聞說凌云寺里花,飛空繞磴逐江斜。 39
有時鎖得嫦娥鏡,鏤出瑤台五色霞。 


賦凌云寺二首 其一
(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。)
聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。
よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。

横たわっている雲を下に見て、あかあかと雲照りはえるときは仙郷の芙蓉壁の色にもなる。これは詩人が宝玉の仲秋の名月を詠うために来て待っているようなものである。


賦凌云寺二首 其二
(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。その二)
聞說凌云寺里花,飛空繞磴逐江斜。
凌雲寺には美しい花がさくことについても、うわさに聞いている。風があると、散る花は空を飛び(磴とあるから、石段が続く高い山中の寺であることがわかっている)石だたみのあたりを舞い、やがて岷江の方へずっと斜めに飛んでゆく。
有時鎖得嫦娥鏡,鏤出瑤台五色霞。
時に嫦娥の住むという月がでないことがあっても、この散る花が仙宮の五色の霞のように、寺のあたりの美しきを感歎させるというもの。


『賦凌云寺二首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)
賦凌云寺二首 其二
聞說凌云寺里花,飛空繞磴逐江斜。
有時鎖得嫦娥鏡,鏤出瑤台五色霞。


(下し文)
聞説 凌雲寺裏の花、空を飛び 磴を繞り 江を逐うて斜なり。
時に 嫦娥の鏡を鎖し得る有るも、鏤出す 瑤台五色の霞。


(現代語訳)
紅梅0021(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。その二)
凌雲寺には美しい花がさくことについても、うわさに聞いている。風があると、散る花は空を飛び(磴とあるから、石段が続く高い山中の寺であることがわかっている)石だたみのあたりを舞い、やがて岷江の方へずっと斜めに飛んでゆく。
時に嫦娥の住むという月がでないことがあっても、この散る花が仙宮の五色の霞のように、寺のあたりの美しきを感歎させるというもの。


(訳注)
賦凌云寺二首 其二

凌雲寺は、今の四川省楽山縣(唐代の嘉州府)から、眠江をわたった対岸にそびえる凌雲山(九頂山)にあり、唐代に創建されたもの。この寺については以下の詩がある。
司空曙『題凌云寺』
春山古寺繞滄波,石磴盤空鳥道過。
百丈金身開翠壁,萬龕燈焰隔煙蘿。
云生客到侵衣濕,花落僧禪覆地多。
不與方袍同結社,下歸塵世竟如何。
題凌云寺 司空曙 唐五代詞・宋詩 薛濤-172-44-#36-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2407
薛能『凌云寺』
像閣与山齋,何人致石梯。
万烟生聚落,一崦露招提。
霽月人来上,残阳鸽去栖。
从边亦已极,烽火是沈黎。

凌云寺 薛能 唐五代詞・宋詩 薛濤-173-45-#36-#3   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2412


聞說凌云寺里花,飛空繞磴逐江斜。
bijo02凌雲寺には美しい花がさくことについても、うわさに聞いている。風があると、散る花は空を飛び(磴とあるから、石段が続く高い山中の寺であることがわかっている)石だたみのあたりを舞い、やがて岷江の方へずっと斜めに飛んでゆく。
・磴 石段。


有時鎖得嫦娥鏡,鏤出瑤台五色霞。
時に嫦娥の住むという月がでないことがあっても、この散る花が仙宮の五色の霞のように、寺のあたりの美しきを感歎させるというもの。
・嫦娥鏡 鏡は月。嫦娥は、月中に住むという仙女。もと天宮の仙女であったが、王母の薬を盗んで月中に逃げたという神話がある。
薛濤『試新服裁制初成三首 其一』
紫陽宮里賜紅綃,仙霧朦朧隔海遙。
霜兔毳寒冰繭淨,嫦娥笑指織星橋。
・嫦娥/姮娥 『准南子』に「翠、不死の薬を西王母に請ふ。その妻檀紙、これを病みて月官に奔る」とみえる。・誇蛾 恒蛾、嫦娥、常娥、娥娥 蛾娥など 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881-l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。ここでは占いの雰囲気作りには妙齢な女性の神、巫女が登場という。試新服裁制初成三首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-164-36-#29  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2367
・鏤出 鏤は金属をちりばめること。
・瑤台 玉のうてな、りつばな宮殿。「淮南子」 に「放軍瑤台を為る」とある。また、仙人のいる所。
李白『古朗月行』
小時不識月、呼作白玉盤。
又疑瑤台鏡、飛在青云端。
仙人垂兩足、桂樹何團團。
白兔搗藥成、問言與誰餐。

古朗月行 #1 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 264350


李白『清平調詞三首 其一』
云想衣裳花想容、春風拂檻露華濃。
若非群玉山頭見、會向瑤台月下逢。

清平調詞 三首 其一 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白160/350

賦凌云寺二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-170-42-#35  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2397

35薛濤 《賦凌云寺二首》 よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。

 




賦凌云寺二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-170-42-#35   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2397

薛濤 《賦凌云寺二首》 
35聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。 38
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。 
  
36聞說凌云寺里花,飛空繞磴逐江斜。 39
有時鎖得嫦娥鏡,鏤出瑤台五色霞。 


賦凌云寺二首 其一
(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。)
聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。
よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。

横たわっている雲を下に見て、あかあかと雲照りはえるときは仙郷の芙蓉壁の色にもなる。これは詩人が宝玉の仲秋の名月を詠うために来て待っているようなものである。


『賦凌云寺二首 其一』 現代語訳と訳註
(本文)
聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。


(下し文)
(凌云寺を賦す 二首 其の一)
聞說 凌雲寺裏の苔、風高く 日近うして纖埃【】を絶つと。
横雲 芙蓉の壁を點染し、詩人と寶月の来るを 待つに似たり。


(現代語訳)
(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。)
よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。
横たわっている雲を下に見て、あかあかと雲照りはえるときは仙郷の芙蓉壁の色にもなる。これは詩人が宝玉の仲秋の名月を詠うために来て待っているようなものである。

sas0013
(訳注)
賦凌云寺二首 薛濤
凌雲寺を二首、詩歌に詠む。
・賦 詩歌に詠むこと。




聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。
よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。
・聞說 よく耳にする。
・日近 寺が凌雲山にあって高い位置にあるので太陽の近くにあるという。
・纖埃 こまかい塵。


橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。
横たわっている雲を下に見て、あかあかと雲照りはえるときは仙郷の芙蓉壁の色にもなる。これは詩人が宝玉の仲秋の名月を詠うために来て待っているようなものである。
・横雲 横たわっている雲。
・粘染 点のように、また筆で描いたように染める。夕方の空に夕陽を反映してあかあかと見事な色彩で横たわっている雲が、壁に映えること。
・芙蓉 蓬莱のように緑色をした壁か、あるいは寺の壁であるから、蓮の飾りがついた壁か。
・賓月 月。宝字を冠したのは、珍重する心をふくめた詩語。


凌雲寺は、今の四川省楽山縣(唐代の嘉州府)から、眠江をわたった対岸にそびえる凌雲山(九頂山)にあり、唐代に創建されたもの。その山の江にのぞむ断崖には、玄宗の開元中に、僧侶の海通が、高さ三百六十丈の大麿崖傍をきざみ、九層の楼でおおうた。寺は江岸からただちに高い石段をのぼった位置にあり、眼下に対岸の嘉州城を俯瞰し、遠く峨眉山の方から吹いてくる風をうけ、風光絶佳をもって知られ、宋代には、蘇東玻がここで書を読み、范石湖の「呉船録」にも記されている。今は荒れはてているようであるが、開元の末年から、葦皐の死(薛濤三十八歳)までは、六十五年、薛濤のころには、のちにしるす司空曙の詩句に見えるように、なお磨崖佛は金色にかがやいていたと思われる。

楽山大仏は峨眉山地域内の長江の支流、岷江(びん-こう)、大渡河、青衣江が合流する地点にある。
近代以前に造られたものでは世界最大・最長の仏像であり、石像である[1]。顔は100畳分、岩山を掘り、90年かけて造られた。高さは71メートル。東大寺の大仏の5倍にも及ぶ。当時、多くの大仏が国家によって造られたのに対して、楽山大仏は民衆の力で作られた。
「峨眉山と楽山大仏」として、近隣にある峨眉山とともにユネスコの世界遺産に登録されている。

韋皐(い-こう)が編ませた『嘉州凌雲寺大像記』の伝えるところによれば、開元元年(713年)、楽山周辺では塩が大量に取れ、年間の生産高は現在の価格に換算すると1千億円以上でその成功を仏様に感謝したいという気運が高まったことと、当時頻繁に起こっていた塩を運ぶ大動脈である岷江の水害を大仏の力で治めてもらおうという願いから、僧の海通が民衆の布施の下に寺院・凌雲寺に隣接する崖に石像を彫り始めた。
天宝2年(743年)、海通は大仏が完成する前に亡くなったが、剣南西川節度使であった韋皐が建設を受け継ぎ貞元19年(803年)に完成した。 川の合流地点に工事で出た大量の土砂を投入することにより、川底が浅くなり、海通の意図通りに水害は大幅に減ることとなった。
完成当時、大仏は「大仏像閣」と称する13層の木造の建造物に覆われ、法衣には金箔、胴には朱色が塗られていた。 さらに、湧水を外に逃がすための排水溝、そして雨水を効率よく逃す溝が掘られていた。 しかし、明代末期に建物は焼失、大仏も風雨に晒されて色が落ち、雑草に覆われていった。

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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

題竹郎廟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-169-41-#34  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2392

34薛濤 題竹郎廟 47 蜀の栄県の竹郎廟のまえには多くの古木が残っている。夕日が山の端に沈んでゆく、沈むにしたがって古木の緑が濃くなってゆく。


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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性題竹郎廟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-169-41-#34  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2392
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

題竹郎廟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-169-41-#34   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2392


題竹郎廟 
(竹郎廟に題す)
竹郎廟前多古木,夕陽沉沉山更綠。
蜀の栄県の竹郎廟のまえには多くの古木が残っている。夕日が山の端に沈んでゆく、沈むにしたがって古木の緑が濃くなってゆく。
何處江村有笛聲,聲聲盡是迎郎曲。
何処からだろうか、この川べりの村に笛の音が聞えてくる。次々に聞こえてくる笛の調はことごとく「竹郎を迎える曲」である。
竹郎廟に題す
竹郎の廟前 古木多く、夕陽 沈沈 山更に緑なり。
何れの處の江村か 笛声あり、聾撃 盡く是れ 迎郎曲。


『題竹郎廟』 現代語訳と訳註
(本文) 
竹郎廟前多古木,夕陽沉沉山更綠。
何處江村有笛聲,聲聲盡是迎郎曲。


(下し文)
竹郎廟に題す
竹郎の廟前 古木多く、夕陽 沈沈 山更に緑なり。
何れの處の江村か 笛声あり、聾撃 盡く是れ 迎郎曲。


(現代語訳)
(竹郎廟に題す)
蜀の栄県の竹郎廟のまえには多くの古木が残っている。夕日が山の端に沈んでゆく、沈むにしたがって古木の緑が濃くなってゆく。
何処からだろうか、この川べりの村に笛の音が聞えてくる。次々に聞こえてくる笛の調はことごとく「竹郎を迎える曲」である。


(訳注)
題竹郎廟
 
(竹郎廟に題す)
これは貴州省の桐梓の「竹郎廟」ではない。四川省と貴州省とは隣りあわせているで、四川省の南を流れる榮川の岸にも、竹邸を祭った廟はあった。(D・E-1・2)そこで「巫山廟に謁す」(90)などと同時期の者であろう。この詩は、薛濤の四十四歳から四十七歳までの間の作ということである。この詩は、薛濤の代表作の一つになっている。「四庫全書提要」の「薛濤李冶詩集」の條には、この詩と「友人を迭る」(69)の両詩をもって、「向乗、博詞すろところと賃や」と記してある。それは後蘭の韋穀(王建に仕えて監察御史となる)の「才調集」(十巻・四部叢刊本あり)に、この二首と『柳絮』(18)が採られているからであろう。



竹郎廟前多古木,夕陽沉沉山更綠。
蜀の栄県の竹郎廟のまえには多くの古木が残っている。夕日が山の端に沈んでゆく、沈むにしたがって古木の緑が濃くなってゆく。
成都南部01・竹郎廟 今の栄県の東を流れる栄川の河岸にある。栄県は、楽山縣の東115km、儙為の東121km、東は40kmの威遠県をへて資中に、東南は自流井まで56kmという地点。栄川は今、梧桐溝といい沱江の支流である。これが古代に遯水とよばれた河で、「蜀記」によれば、この他の河岸に竹郎廟がある。竹郎については、「漢書」の西南夷伝に、「遯水のほとりで洗濯していた女の足の間に、節の三つある大きな竹が流れついた。竹の中から泣き声がするので、女が竹を割ってみると、なかに男の子がいた。抱いて帰り育てると、才あり武芸もたっしゃな大人になった。彼は自立して夜郎侯を名乗り、竹を姓とした。武帝のとき、南夷を平げて牂柯郡を置いたが、そのとき、夜郎侯は漠の征討軍を出迎えてくだったので、武帝はこれに印綬をあたえたが、後に殺してしまった。その地方の者は、竹王が竹から生まれたというので、尊敬していたから、その死後、彼の血筋の者を立てたいと願い出た。牂柯の太守定覇は、そのことを上奏したので、武帝は、彼の二人の息子をそれぞれ侯にし、死後は父といっしょに祭られることを許した。今、夜県(貴州省の北境に近い) に『竹王の三郎廟』があるのが、それである」と見えている。
「才調集」の箋註にも、同じことを「華陽国志にいふ」として説明している。すなわち竹郎廟は、夜郎侯とその三人の息子を祭った廟である。漢の牂柯郡は、今の貴州省の徳江県のあたり。
 ・沈沈 静かなさま。


何處江村有笛聲,聲聲盡是迎郎曲。
何処からだろうか、この川べりの村に笛の音が聞えてくる。次々に聞こえてくる笛の調はことごとく「竹郎を迎える曲」である。
・江村 川ぞいの村。江頭とした本もある。頭はほとり。
・迎郎曲 夜郎王らの霊を迎える祭りの笛のふし。

西巌 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-168-40-#33  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2387

薛濤 《西巌》  
静かでこぬか雨の音さえ聞こえてくるような神秘的な景色、そのまま馬で通り過ぎるにはあまりに惜しい。夕日がさすこの里に、あちこちでしきりに蝉の鳴き声がしてきます。


2013年5月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

西巌 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-168-40-#33   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2387


西巌
(西の方に巌が見えるところで)
憑闌卻憶騎鯨客,把酒臨風手自招。
西巌の江月楼の欄干によりかかっていると、川風に吹かれて、「騎鯨客」となのった李白か、仙人の楊昇賢が、昇天した故事を思い浮かべます。風の吹く欄干で、酒杯を手にしてよい気持ちになっていると、お前もはやく鯨に乗せてくれと手招きしているような気持ちなる。
細雨聲中停去馬,夕陽影里亂鳴蜩。

静かでこぬか雨の音さえ聞こえてくるような神秘的な景色、そのまま馬で通り過ぎるにはあまりに惜しい。夕日がさすこの里に、あちこちでしきりに蝉の鳴き声がしてきます。
(西岩)
闌に憑れば 卻って鯨に騎るの客を憶う,酒を把って風に臨めば手自ら招く。
細雨 聲中 去馬を停め,夕陽 影里 亂鳴の蜩【せみ】。

魚玄機が宮島に
『西巌』 現代語訳と訳註
(本文)
西岩
憑闌卻憶騎鯨客,把酒臨風手自招。
細雨聲中停去馬,夕陽影里亂鳴蜩。


(下し文)
(西岩)
闌に憑れば 卻って鯨に騎るの客を憶う,酒を把って風に臨めば手自ら招く。
細雨 聲中 去馬を停め,夕陽 影里 亂鳴の蜩【せみ】。


(現代語訳)
(西の方に巌が見えるところで)
西巌の江月楼の欄干によりかかっていると、川風に吹かれて、「騎鯨客」となのった李白か、仙人の楊昇賢が、昇天した故事を思い浮かべます。風の吹く欄干で、酒杯を手にしてよい気持ちになっていると、お前もはやく鯨に乗せてくれと手招きしているような気持ちなる。
静かでこぬか雨の音さえ聞こえてくるような神秘的な景色、そのまま馬で通り過ぎるにはあまりに惜しい。夕日がさすこの里に、あちこちでしきりに蝉の鳴き声がしてきます。


(訳注)
西岩
(西の方に巌が見えるところで)
・西巌 簡州(今の簡陽)の四巌の一つ、西巌を詠じたものと思われる。
「九州要記」に、「陽安県南七十歩、赤水の絳の如きあり。今の治西の二里絳渓これなり。又、陽安に雁水あり。雁・赤二水の間に、江月楼あり」と見え、この詩を引いている。
「蜀志補嘑」によれは、「西巌は簡州の湧泉鎮に在り。石刻の大悲観音の像あり。光相しばしは現はる。志に云ふ、治の西五里にあり、巌洞の酸さ三丈五尺、闊さこれに如く。洞門に西巌の二字を刻す。宋の嘉定甲子、王武卿、庵を比に結び、名を題す」とある。そして「巌に近く石柱山あり。孤高独立。上に石像百余、石室数間あり。仙人楊氏、養丹の炉鼎尚は存す。その頂に登れば、逍遥山を望むべし」とあることから、第一句の末三字「騎鯨客」は騎鯨=乗雲であり、ここから仙人の揚氏が昇天したことを詠じたものではある。
江月楼 今の簡陽県の地にある。簡陽は成渝鉄道の沿線の都市で、汶江に臨んでいる。古の簡県の地で、西南三里に、三国時代の陽安関があるので、別に陽安ともよばれている。その陽安の南三十歩に赤水というのがあり、また際水というのも流入しているが、その赤水と雁水の中間にあるのが江月榛だと「九州要記」に記され、繹薄のこの詩も載せられている。
 

憑闌卻憶騎鯨客,把酒臨風手自招。
西巌の江月楼の欄干によりかかっていると、川風に吹かれて、「騎鯨客」となのった李白か、仙人の楊昇賢が、昇天した故事を思い浮かべます。風の吹く欄干で、酒杯を手にしてよい気持ちになっていると、お前もはやく鯨に乗せてくれと手招きしているような気持ちなる。
・闌 攔干。
・騎鯨客 謫仙人と呼ばれた李白が自分のことを「海上騎鯨客」といっているが、ここではたんに仙人という意であろう。もちろん揚昇賢をさしたもの。“騎鯨人”仍指李白,傳說李白死後騎鯨歸去,而李白自己也曾自稱“海上騎鯨客”。


細雨聲中停去馬,夕陽影里亂鳴蜩。
静かでこぬか雨の音さえ聞こえてくるような神秘的な景色、そのまま馬で通り過ぎるにはあまりに惜しい。夕日がさすこの里に、あちこちでしきりに蝉の鳴き声がしてきます。
・細雨 こまかい雨。ぬかあめ。きりさめ。
・停去馬 旅立ってゆこうとする人の乗る馬を停めるのか、ついここの風景に見惚れて、足をとどめる意か。
・蜩 蝉の総称。

斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382

薛濤 《斛石山書事》 唐五代詞
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。




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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382



斛石山書事
(斛石山で、感じたままをスケッチする。)
王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。
今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。

ところが今日、思いがけなく、あの崑崙山のような高い大空のうえの山(斛石山)にのぼってみると、步搖峯だとか、冠翠峯だとか、遠く囲む千もあろうかという峯々がながめられて、王維の山水画も、実景をしたものだと思うようになったのです。

(斛石山書事)
王家の山水 畫圖の中、意に思ふ都盧粉墨の容と。
今日忽ち 虚境に登って望めば、歩揺 冠翠 一千峯。

峨眉山003
『斛石山書事』 現代語訳と訳註
(本文)
王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。


(下し文)
(斛石山書事)
王家の山水 畫圖の中、意に思ふ都盧粉墨の容と。
今日忽ち 虚境に登って望めば、歩揺 冠翠 一千峯。


(現代語訳)
(斛石山で、感じたままをスケッチする。)
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。
ところが今日、思いがけなく、あの崑崙山のような高い大空のうえの山(斛石山)にのぼってみると、步搖峯だとか、冠翠峯だとか、遠く囲む千もあろうかという峯々がながめられて、王維の山水画も、実景をしたものだと思うようになったのです。


(訳注)
斛石山書事

(斛石山で、感じたままをスケッチする。)
題新津北橋棲00・斛石山 成都盆地の中に有る山で成都 学射山、現在鳳凰山。学射山の古名で、蜀県の北十五里(約9km 地図5/4-C/D)「益州日記」に、斛石山に雨女擪ありと見ゆるもの。北宗の田況の「三月三日、学射山に登る」。三国時代蜀漢、劉備の子、劉禅が弓の練習をしたとされることから、「学射山」といわれた。斛も石も物の量をあらわす語で10斗の量になる。
・書事 即事におなじ。スケッチといったもの。
杜甫に成都での五言律詩に
『草堂即事』
荒村建子月,獨樹老夫家。
雪裡江船渡,風前竹徑斜。
寒魚依密藻,宿鷺起圓沙。
蜀酒禁愁得,無錢何處賒?
草堂即事 五言律詩 成都5-(34) 杜甫 <459>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2380 杜甫詩1000-459-670/1500
『即事』
聞道花門破,和親事卻非。
人憐漢公主,生得渡河歸。
秋思拋雲髻,腰肢勝寶衣。
群凶猶索戰,回首意多違。
即事 杜甫 <290> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1337 杜甫詩 700- 410


王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。
・王家山水 王は、唐の詩人であり山水画家であった王維。王維の山水画に影響され、平遠のおもむきをよく写した。大きな遠景がとくいであった。その一派の山水画をいう。南宋画派に受け継がれ発展した。
・都盧 唐代からよくつかわれるとうになった言いまわしで、すべての意。いまの中国語で、「都」一字を、すべての意に用いるのは、このころから始まったものといわれている。白居易(楽天)に「骨肉都盧十口無し」の句がある。みんなでの意。


今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。
ところが今日、思いがけなく、あの崑崙山のような高い大空のうえの山(斛石山)にのぼってみると、步搖峯だとか、冠翠峯だとか、遠く囲む千もあろうかという峯々がながめられて、王維の山水画も、実景をしたものだと思うようになったのです。
・粉墨 白と墨。えのぐ。
虛境 「説文」に「崑崙の丘、これを崑崙の虚という」とある。虚は大丘の意。後に墟と書くようになった。また天空を虚ともいう。
・ 步搖冠翠  歩揺峰・冠翠峰 斛石山から望まれる峯の名。ここで実際の山名とは異なる名前をわざわざ使ったのである。歩揺〔歩くたびに揺れるところから〕古代中国で、女性の髪飾り・かんざしの類をいい、また、冠翠は蜀地方に住む綺麗な小鳥をいうため、山々の表現をかわいらしく云ったもの。


試新服裁制初成三首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-166-38-#31  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2377

薛濤 《試新服裁制初成三首 其三》 唐五代詞・宋詩
頂戴しました美しい布地を、裾の長い着物にこしらえましたが、これはわれわれ妓女仙宮でのしきたりです。大勢の仙人(諸官吏)のおかたが、玉芝(役人が天子にまみえるときに持つ如意笏)をお持ちになっていらっしゃいますところへ、これまでずっと侍らせていただきました。


2013年5月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性試新服裁制初成三首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-166-38-#31  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2377
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

試新服裁制初成三首 其三 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-166-38-#31   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2377


(一)試新服裁制初成三首 其一
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。)
節度使から、薛濤ら營枝の何人かが、美しい布地をもらった。薛濤はその布で新しい着物をつくって、そのお礼と感激をこの詩によみこんだもの。

紫陽宮里賜紅綃,仙霧朦朧隔海遙。
仙人の紫陽宮(ここでは剣南西川節度使署を示す)から、あかいあやぎぬを頂いたのです。その宮殿は、海路はるかに仙霧のたちこめたあたりにあり、俗人の容易には出入できぬ尊いところです。ちょうどあの月宮殿にもたとえるべきところで、月のなかの兎は、この衣をつくるために、やわらかい毛をとられたにちがいない。
霜兔毳寒冰繭淨,嫦娥笑指織星橋。

月の兎はかわいそうに、いかにも清らかで、俗塵のかけらさえも見られない寒がっていることだろう。わたしは毛で織られたこの衣はおかげでさむくはないのです。月宮殿の女仙嫦娥も、さあさ急いで織ったがよいぞと、年一度の天の川の上にかかる織星橋の方を指さして、笑いながら、天上の織女星にお命じになり、そのようにして織りなされたものであろう。

(二)
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。その二)
九氣分為九色霞,五靈仙馭五云車。
この布の色彩は、九天の佳気が分かれてできた九つの色の霞のような美しきです。そして、五つの神霊的鳥獣によって駆られた神仙が乗っている五色の雲の車のような美しきです。
春風因過東君舍,偷樣人間染百花。
そのうえ、春の神のいますところを通ってきた春風が、天上の百花の美しい姿を、そっとぬすんできて、人間のために染めてくださったようにも思われます。

(三)
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。その三)
長裾本是上清儀,曾逐群仙把玉芝。
頂戴しました美しい布地を、裾の長い着物にこしらえましたが、これはわれわれ妓女仙宮でのしきたりです。大勢の仙人(諸官吏)のおかたが、玉芝(役人が天子にまみえるときに持つ如意笏)をお持ちになっていらっしゃいますところへ、これまでずっと侍らせていただきました。(官宴にて酒衛のとりもち)
每到宮中歌舞會,折腰齊唱步虛詞。
これからは、仙宮のお役所で歌舞の宴会がございます度に、みんなでそろってお心をうたった「步虛の詞」を、うたって、ご奉仕いたしたいと思っております。

(一)
(新服の裁制を試み初めて成る三首其の一)
紫陽【しよう】宮里【きゅうり】紅綃【こうしょう】を賜う,仙霧【せんむ】朦朧【もうろう】海を隔てて遙かなり。
霜兔【そうと】毳【ぜい】寒うして冰繭【ひょうけん】淨し,嫦娥【じょうが】笑って指さす織星の橋。

(二)
(新服の裁制を試み初めて成る三首其の二)
九氣 分れて九色の霞と為り,五靈の仙 五云の車を馭す。
春風 東君の舍を過ぎるに因り,樣を偷んで人間に百花を染む。

(新服の裁制を試み初めて成る三首其の三)
(三)
(新服の裁制を試み初めて成る三首其の三)
長裾【ちょうきょ】本【もとも】と是れ上清の儀,曾て群仙の玉芝を把るを逐う。
宮中の歌舞の會に到る每に,折腰【せつよう】齊唱【せいしょう】步虛【ほきょ】の詞【うた】。


花蕊夫人006

『試新服裁制初成三首 其三』 現代語訳と訳註
(本文)
(三)
長裾本是上清儀,曾逐群仙把玉芝。
每到宮中歌舞會,折腰齊唱步虛詞。


(下し文) (三)
(新服の裁制を試み初めて成る三首其の三)
長裾【ちょうきょ】本【もとも】と是れ上清の儀,曾て群仙の玉芝を把るを逐う。
宮中の歌舞の會に到る每に,折腰【せつよう】齊唱【せいしょう】步虛【ほきょ】の詞【うた】。


(現代語訳)
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。その三)
頂戴しました美しい布地を、裾の長い着物にこしらえましたが、これはわれわれ妓女仙宮でのしきたりです。大勢の仙人(諸官吏)のおかたが、玉芝(役人が天子にまみえるときに持つ如意笏)をお持ちになっていらっしゃいますところへ、これまでずっと侍らせていただきました。(官宴にて酒衛のとりもち)
これからは、仙宮のお役所で歌舞の宴会がございます度に、みんなでそろってお心をうたった「步虛の詞」を、うたって、ご奉仕いたしたいと思っております。


(訳注) (三)
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。その三)


長裾本是上清儀,曾逐群仙把玉芝。
頂戴しました美しい布地を、裾の長い着物にこしらえましたが、これはわれわれ妓女仙官でのしきたりです。大勢の仙人(諸官吏)のおかたが、玉芝(役人が天子にまみえるときに持つ如意笏)をお持ちになっていらっしゃいますところへ、これまでずっと侍らせていただきました。(官宴にて酒衛のとりもち)
・長裾(ちょうきよ) 裾は着物のもすそ、スカートをいう。
・上清 道教では人天の外に二つの清境があると考える。「霊宝元経」に、「三凊の間、おのおの正位あり、聖は玉清に登り、真は上清に登り、仙は太凊に登る」とある。
・儀 おきて。行儀。
・玉芝 芝はさいかいだけ。きのこの類。その形に型どった玉製の如意のようなもの。玉製如意は、細い磨きと彫刻などの工程、外壁に諸般の紋様に上がることを刻むもの。


每到宮中歌舞會,折腰齊唱步虛詞。
これからは、仙宮のお役所で歌舞の宴会がございますたびに、みんなでそろってお心をうたった「步虛の詞」を、うたって、ご奉仕いたしたいと思っております。
・折腰(せつよう) 腰を折り下拝すること。うやうしくといった意。 
・歩虚詞 道家の曲の「楽府」の雑曲歌にあるもの。虚は空中。

試新服裁制初成三首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-165-37-#30  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2372

薛濤 《試新服裁制初成三首 其二》
この布の色彩は、九天の佳気が分かれてできた九つの色の霞のような美しきです。そして、五つの神霊的鳥獣によって駆られた神仙が乗っている五色の雲の車のような美しきです。

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

試新服裁制初成三首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-165-37-#30   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2372


(一)試新服裁制初成三首 其一
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。)
節度使から、薛濤ら營枝の何人かが、美しい布地をもらった。薛濤はその布で新しい着物をつくって、そのお礼と感激をこの詩によみこんだもの。

紫陽宮里賜紅綃,仙霧朦朧隔海遙。
仙人の紫陽宮(ここでは剣南西川節度使署を示す)から、あかいあやぎぬを頂いたのです。その宮殿は、海路はるかに仙霧のたちこめたあたりにあり、俗人の容易には出入できぬ尊いところです。ちょうどあの月宮殿にもたとえるべきところで、月のなかの兎は、この衣をつくるために、やわらかい毛をとられたにちがいない。
霜兔毳寒冰繭淨,嫦娥笑指織星橋。

月の兎はかわいそうに、いかにも清らかで、俗塵のかけらさえも見られない寒がっていることだろう。わたしは毛で織られたこの衣はおかげでさむくはないのです。月宮殿の女仙嫦娥も、さあさ急いで織ったがよいぞと、年一度の天の川の上にかかる織星橋の方を指さして、笑いながら、天上の織女星にお命じになり、そのようにして織りなされたものであろう。

(二)
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。その二)
九氣分為九色霞,五靈仙馭五云車。
この布の色彩は、九天の佳気が分かれてできた九つの色の霞のような美しきです。そして、五つの神霊的鳥獣によって駆られた神仙が乗っている五色の雲の車のような美しきです。
春風因過東君舍,偷樣人間染百花。
そのうえ、春の神のいますところを通ってきた春風が、天上の百花の美しい姿を、そっとぬすんできて、人間のために染めてくださったようにも思われます。

(三)
長裾本是上清儀,曾逐群仙把玉芝。
每到宮中歌舞會,折腰齊唱步虛詞。


bijo02(新服の裁制を試み初めて成る三首其の一)
紫陽【しよう】宮里【きゅうり】紅綃【こうしょう】を賜う,仙霧【せんむ】朦朧【もうろう】海を隔てて遙かなり。
霜兔【そうと】毳【ぜい】寒うして冰繭【ひょうけん】淨し,嫦娥【じょうが】笑って指さす織星の橋。


(新服の裁制を試み初めて成る三首其の二)
九氣 分れて九色の霞と為り,五靈の仙 五云の車を馭す。
春風 東君の舍を過ぎるに因り,樣を偷んで人間に百花を染む。


『試新服裁制初成三首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)
(二)
九氣分為九色霞,五靈仙馭五云車。
春風因過東君舍,偷樣人間染百花。


(下し文)
(新服の裁制を試み初めて成る三首其の二)
九氣 分れて九色の霞と為り,五靈の仙 五云の車を馭す。
春風 東君の舍を過ぎるに因り,樣を偷んで人間に百花を染む。


(現代語訳)
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。その二)
この布の色彩は、九天の佳気が分かれてできた九つの色の霞のような美しきです。そして、五つの神霊的鳥獣によって駆られた神仙が乗っている五色の雲の車のような美しきです。
そのうえ、春の神のいますところを通ってきた春風が、天上の百花の美しい姿を、そっとぬすんできて、人間のために染めてくださったようにも思われます。


(訳注) (二)試新服裁制初成三首 其二
新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。
・裁製 きぬを裁って着物につくること。
節度使から、薛濤ら營枝の何人かが、美しい布地をもらった。薛濤はその布で新しい着物をつくって、そのお礼と感激をこの詩によみこんだもの。
 

九氣分為九色霞,五靈仙馭五云車。
この布の色彩は、九天の佳気が分かれてできた九つの色の霞のような美しきです。そして、五つの神霊的鳥獣によって駆られた神仙が乗っている五色の雲の車のような美しきです。
・九気 九天の気。九天は最高の天。
.五霊仙 五霊は、麟・鳳・亀・竜・白虎の五つの神霊的鳥獣。
.五雲車 五色の雲は瑞雲。また神仙は雲を車のように馭して、乗るという考えがある。
・駁 車の馬を操縦すること。


春風因過東君舍,偷樣人間染百花。
そのうえ、春の神のいますところを通ってきた春風が、天上の百花の美しい姿を、そっとぬすんできて、人間のために染めてくださったようにも思われます。
・東君 春の神。ここでは剣南節度使のこと。
・舎 とどまるところ。住居。
・偷樣 形式を盗み取る、形や色をまねる。


試新服裁制初成三首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-164-36-#29  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2367

29・30・31―59・60・61 薛濤 《試新服裁制初成三首 其一》
節度使から、薛濤ら營枝の何人かが、美しい布地をもらった。薛濤はその布で新しい着物をつくって、そのお礼と感激をこの詩によみこんだもの。

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


試新服裁制初成三首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-164-36-#29   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2367

(一)試新服裁制初成三首 其一
bijo04(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。)
節度使から、薛濤ら營枝の何人かが、美しい布地をもらった。薛濤はその布で新しい着物をつくって、そのお礼と感激をこの詩によみこんだもの。

紫陽宮里賜紅綃,仙霧朦朧隔海遙。
仙人の紫陽宮(ここでは剣南西川節度使署を示す)から、あかいあやぎぬを頂いたのです。その宮殿は、海路はるかに仙霧のたちこめたあたりにあり、俗人の容易には出入できぬ尊いところです。ちょうどあの月宮殿にもたとえるべきところで、月のなかの兎は、この衣をつくるために、やわらかい毛をとられたにちがいない。
霜兔毳寒冰繭淨,嫦娥笑指織星橋。

月の兎はかわいそうに、いかにも清らかで、俗塵のかけらさえも見られない寒がっていることだろう。わたしは毛で織られたこの衣はおかげでさむくはないのです。月宮殿の女仙嫦娥も、さあさ急いで織ったがよいぞと、年一度の天の川の上にかかる織星橋の方を指さして、笑いながら、天上の織女星にお命じになり、そのようにして織りなされたものであろう。

(二)
九氣分為九色霞,五靈仙馭五云車。
春風因過東君舍,偷樣人間染百花。

(三)
長裾本是上清儀,曾逐群仙把玉芝。
每到宮中歌舞會,折腰齊唱步虛詞。


(新服の裁制を試み初めて成る三首其の一)
紫陽【しよう】宮里【きゅうり】紅綃【こうしょう】を賜う,仙霧【せんむ】朦朧【もうろう】海を隔てて遙かなり。
霜兔【そうと】毳【ぜい】寒うして冰繭【ひょうけん】淨し,嫦娥【じょうが】笑って指さす織星の橋。


(一)『試新服裁制初成三首 其一』現代語訳と訳註
(本文)
試新服裁制初成三首 其一
紫陽宮里賜紅綃,仙霧朦朧隔海遙。
霜兔毳寒冰繭淨,嫦娥笑指織星橋。


(下し文)
(新服の裁制を試み初めて成る三首其の一)
紫陽【しよう】宮里【きゅうり】紅綃【こうしょう】を賜う,仙霧【せんむ】朦朧【もうろう】海を隔てて遙かなり。
霜兔【そうと】毳【ぜい】寒うして冰繭【ひょうけん】淨し,嫦娥【じょうが】笑って指さす織星の橋。


(現代語訳)
(新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。)
節度使から、薛濤ら營枝の何人かが、美しい布地をもらった。薛濤はその布で新しい着物をつくって、そのお礼と感激をこの詩によみこんだもの。
仙人の紫陽宮(ここでは剣南西川節度使署を示す)から、あかいあやぎぬを頂いたのです。その宮殿は、海路はるかに仙霧のたちこめたあたりにあり、俗人の容易には出入できぬ尊いところです。ちょうどあの月宮殿にもたとえるべきところで、月のなかの兎は、この衣をつくるために、やわらかい毛をとられたにちがいない。
月の兎はかわいそうに、いかにも清らかで、俗塵のかけらさえも見られない寒がっていることだろう。わたしは毛で織られたこの衣はおかげでさむくはないのです。月宮殿の女仙嫦娥も、さあさ急いで織ったがよいぞと、年一度の天の川の上にかかる織星橋の方を指さして、笑いながら、天上の織女星にお命じになり、そのようにして織りなされたものであろう。


(訳注)
試新服裁制初成三首 其一

新しい着物を作ることができたのでお礼に三首を詠ってみました。
・裁製 きぬを裁って着物につくること。
節度使から、薛濤ら營枝の何人かが、美しい布地をもらった。薛濤はその布で新しい着物をつくって、そのお礼と感激をこの詩によみこんだもの。


紫陽宮里賜紅綃,仙霧朦朧隔海遙。
仙人の紫陽宮(ここでは剣南西川節度使署を示す)から、あかいあやぎぬを頂いたのです。その宮殿は、海路はるかに仙霧のたちこめたあたりにあり、俗人の容易には出入できぬ尊いところです。ちょうどあの月宮殿にもたとえるべきところで、月のなかの兎は、この衣をつくるために、やわらかい毛をとられたにちがいない。
・紫陽宮(しょぅきゅう) 昔から神仙の号として紫陽の二字が使われている。周の穆王の時の李八百は紫陽真君とよばれたし、漢の周義山も紫陽真人と号した。たがって紫陽官は、神仙の住む宮殿。こではそれをもって節度使の官署を、尊いところとしてほのめかしている。
・紅綃 綃はうすぎぬ。またあやぎぬ。紅はその色。
・朦朧 おぼろげなさま。
・隔海迄 東海に蓬莱・方丈・瀛州といぅ神仙の住む三つの島があるという神話から、紫陽宮もそこにあるもののごとくうたったもの。


霜兔毳寒冰繭淨,嫦娥笑指織星橋。
月の兎はかわいそうに、いかにも清らかで、俗塵のかけらさえも見られない寒がっていることだろう。わたしは毛で織られたこの衣はおかげでさむくはないのです。月宮殿の女仙嫦娥も、さあさ急いで織ったがよいぞと、年一度の天の川の上にかかる織星橋の方を指さして、笑いながら、天上の織女星にお命じになり、そのようにして織りなされたものであろう。

・霜兔 白兎。月中にいるという神話的兎。
 にこげ。柔い毛。
・冰繭 淡蚕の繭から取った糸は火にも焼けぬという。「拾遺記」に、「員晴山のなかに、氷蚕を産する。長さ七寸、霜や雪におおわれている。始めて薪を成すに、五色のものができる。織って錦にすると、水に入れても濡れず、火に投げこんでも焼けない」とある。
・嫦娥/姮娥 『准南子』に「翠、不死の薬を西王母に請ふ。その妻檀紙、これを病みて月官に奔る」とみえる。・誇蛾 恒蛾、嫦娥、常娥、娥娥 蛾娥など 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881-l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。ここでは占いの雰囲気作りにはみょうれいな女性の神、巫女の登場というシチュエーションというところか。 
・織星橋 織女星は、銀河をさしはさんで牽牛星と向かいあい、年に一度だけ七月七日の夜に、この橋を渡り、牽牛星と会うという神話がある。天の川には橋はなく薛濤だけがこういう表現をしている。


聽僧吹蘆管 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-163-35-#28  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2362

薛濤 《聽僧吹蘆管》 
お経を読むのを止めて遊び心で一曲吹く笛のなのです。蝉の声、鶯のこえ、そして笛の音が澄み渡った秋の気配の中にしみていき、寺の鐘、磬板のおとがそれに続いていきます。




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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

聽僧吹蘆管 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-163-35-#28   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2362



聽僧吹蘆管
僧侶の蘆管を吹くをききて
曉蟬鳴咽暮鶯愁,言語殷勤十指頭。
あけがたに鳴くせみの声は、すすりあげるように泣く暮春の鶯は春が終ろうとしているのを悲しみ、ふえの音の抑揚高低を人の言葉のようであるのは十の指のわざが素晴らしく繰り返し、繰り返し続いてゆく笛の音のためなのです。
罷閱梵書勞一弄,散隨金磬泥清秋。

お経を読むのを止めて遊び心で一曲吹く笛のなのです。蝉の声、鶯のこえ、そして笛の音が澄み渡った秋の気配の中にしみていき、寺の鐘、磬板のおとがそれに続いていきます。

僧の蘆管を吹くを聴く
曉蟬 鳴咽し 暮鶯愁い、言語 殿勤 十指頭。
梵書を閲むを罷めて、勞か一弄すれば、散じて 金磬に隨って清秋に泥む。


『聽僧吹蘆管』 現代語訳と訳註
(本文)
曉蟬鳴咽暮鶯愁,言語殷勤十指頭。
罷閱梵書勞一弄,散隨金磬泥清秋。


(下し文)
(僧の蘆管を吹くを聴く)
曉蟬 鳴咽し 暮鶯愁い、言語 殿勤 十指頭。
梵書を閲むを罷めて、勞か一弄すれば、散じて 金磬に隨って清秋に泥む。


(現代語訳)
僧侶の蘆管を吹くをききて
あけがたに鳴くせみの声は、すすりあげるように泣く暮春の鶯は春が終ろうとしているのを悲しみ、ふえの音の抑揚高低を人の言葉のようであるのは十の指のわざが素晴らしく繰り返し繰り返し続いてゆく笛の音のためなのです。
お経を読むのを止めて遊び心で一曲吹く笛のなのです。蝉の声、鶯のこえ、そして笛の音が澄み渡った秋の気配の中にしみていき、寺の鐘、磬板のおとがそれに続いていきます。


(訳注)
聽僧吹蘆管

僧侶の蘆管を吹くをききて
・蘆管 あしぶえ。(1)葦の葉を巻いて作った草ぶえ。 (2)葦の茎で作った、たて笛。


曉蟬鳴咽暮鶯愁,言語殷勤十指頭。
あけがたに鳴くせみの声は、すすりあげるように泣く暮春の鶯は春が終ろうとしているのを悲しみ、ふえの音の抑揚高低を人の言葉のようであるのは十の指のわざが素晴らしく繰り返し繰り返し続いてゆく笛の音のためなのです。
・曉蟬(ぎようぜん) あけがたに鳴くせみ。
・鳴咽(おえつ) すすりあげるように泣く。むせびなく。
・暮鴬(はおう) 膚彦謙の詩句に 「暮鴬嘩叫、芳時を惜む」とあるように、暮春の鶯。
・愁 春が終ろうとしているのを悲しむ意。
・言語 ふえの音の抑揚高低を人の言葉のようだとたとえたわけ。
・殷勤 ていねい、ゆきとどく。くりかえしくりかえしつづいてゆく笛の音をいう。


罷閱梵書勞一弄,散隨金磬泥清秋。
お経を読むのを止めて遊び心で一曲吹く笛のなのです。蝉の声、鶯のこえ、そして笛の音が澄み渡った秋の気配の中にしみていき、寺の鐘、磬板のおとがそれに続いていきます。
・梵書 仏書。お経。
・一弄 弄ほここではふえを吹くこと。
・散 ふえの音が空中に散ってゆく。みごとな文字の駆使である。
・金磬 寺の鐘の音と帯板の音、磐は石板でできていて、つるしてあって、これを木槌で叩く。
・泥 渋滞する。じっと溶け入っている。
・清秋(せいしゅう) すみきった秋の気。

九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-162-34-#27  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2357

薛濤  《九日遇雨二首 其二》
茱萸を髪にさして、山にのぼり今日の節句を、欒しみに約束してもらっていたのに、だめになってしまった。それでも、雨の寒い中、黄金色した黄菊が、さびしく庭一面に、においをただよわせている。


2013年5月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-162-34-#27   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2357 


(一) 
(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首。)
萬里驚飆朔氣深,江城蕭索晝陰陰。
はるか万里のさきからおそろしい暴風がおそってくる。狂ったように雨を打ちつけて、冬のような北の寒さが、ひしひしと身にしみるほどつめたいのです。錦江沿いの町は、ものさびしくひっそりして、昼というのに、すっかり雨雲におおわれて、夜のように暗いのです。
誰憐不得登山去,可惜寒芳色似金。
だれもが、山に登って菊酒をくみかわそうと待ちのぞんでいたのに、登ることができないのでくやしいおもいです。ただ寒さの中に、雨にしめって金色をした黄色い菊の花が、菊の香りのお酒が飲めないのは、残念におもうはかないのです。
(二)   
(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首其の二。)
茱萸秋節佳期阻,金菊寒花滿院香。
茱萸を髪にさして、山にのぼり今日の節句を、欒しみに約束してもらっていたのに、だめになってしまった。それでも、雨の寒い中、黄金色した黄菊が、さびしく庭一面に、においをただよわせている。
神女欲來知有意,先令云雨暗池塘。
これは、神女さまが、その菊花をめでたくて、降りておいでになられたいのです。それに先駆けて命じられて、雲や雨を地上にさしむけられ、池のあたりまで、真っ暗にされてしまわれたことなのでしょう。

(九日、雨に遇ふ 二首 其の一)
萬里 驚飆【きょうふう】朔気【さくき】深く、江城 蕭索【しょうさく】晝【ひる】陰陰。
誰か憐【あわれ】まん 山に登り去き得ざるを、惜むべし 寒芳【かんほう】色 金に似たり。

(九日、雨に邁ふ 二首 其の二)
茱萸【しゅゆ】の秋節 佳期【かき】阻まる、金菊 寒花 満院【まんいん】香し。
神女来らんと欲す 意有るを知る、先づ 雲雨をして 池塘【ちとう】を暗からしむ。


『九日遇雨二首』 現代語訳と訳註
(本文)
(二)   
茱萸秋節佳期阻,金菊寒花滿院香。
神女欲來知有意,先令云雨暗池塘。


(下し文)
(九日、雨に遇ふ 二首 其の二)
茱萸【しゅゆ】の秋節 佳期【かき】阻まる、金菊 寒花 満院【まんいん】香し。
神女来らんと欲す 意有るを知る、先づ 雲雨をして 池塘【ちとう】を暗からしむ。


(現代語訳)
(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首其の二。)
茱萸を髪にさして、山にのぼり今日の節句を、欒しみに約束してもらっていたのに、だめになってしまった。それでも、雨の寒い中、黄金色した黄菊が、さびしく庭一面に、においをただよわせている。
これは、神女さまが、その菊花をめでたくて、降りておいでになられたいのです。それに先駆けて命じられて、雲や雨を地上にさしむけられ、池のあたりまで、真っ暗にされてしまわれたことなのでしょう。


(訳注) (二)同じ題材の妓女の詩比較してみると面白い。   
魚玄機『重陽阻雨』
滿庭黃菊籬邊拆,兩朵芙蓉鏡裏開。
落帽臺前風雨阻,不知何處醉金杯。
(重陽の日に雨に阻まれる。)
まがきのあたりに、一面に咲いていた黄金色の菊の花は、雨風にたたかれて、茎の折れてしまったものさえある。外は雨、鏡を開けると、蓮の花が兩の頬に咲いているように映る。
晋の孟嘉の故事のように山に昇れば帽子が飛ばされても気が付かないほどお酒をいただき、良い詩を返そうと思う前に嵐によって山に向かう外に出るのさえ阻まれたのです。こんなことではどこで黃菊酒の盃で酔えばよいのかわからない。

重陽阻雨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-97-33-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2032


茱萸秋節佳期阻,金菊寒花滿院香。
茱萸を髪にさして、山にのぼり今日の節句を、欒しみに約束してもらっていたのに、だめになってしまった。それでも、雨の寒い中、黄金色した黄菊が、さびしく庭一面に、においをただよわせている。
・茱萸秋節 茱萸は、ぐみともいわれるが、ぐみではなく、はじかみの一種で、夏に校のこずえに、黄白の花がむらがり咲き、その実は紫をおびた赤い色。かえでの一種ともいう。九月九日の重陽の日には、この茱萸のふさを髪にさし、山に登り、邪気をはらう風習があった。そこで旧暦九月九日の節句を茱萸の秋節という。薛濤の慕う杜甫『九日藍田崔氏荘』「明年此会知誰健、酔把茱萸子細看。」(今日は主賓と共にこんなにおもしろく過ごせたが、さて明年のこの会には、果たして誰が変わりなく達者でいるであろうか、それをおもうて自分は酔いながら茱萸の枝を手にして詳しく眺めいるのである。)の句もある。
・佳期 よい約束の日。今で云うデートの約束。
・金菊 黄金色の菊花。四川省に多い。唐代には、白菊は珍しく、黄菊は一般的であったという。金色の酒に金色の菊。
・寒花 さびしい花。
・満院 院は、内庭。満院は、庭いっぱい。


神女欲來知有意,先令云雨暗池塘。
これは、神女さまが、その菊花をめでたくて、降りておいでになられたいのです。それに先駆けて命じられて、雲や雨を地上にさしむけられ、池のあたりまで、真っ暗にされてしまわれたことなのでしょう。
・神女 宋玉の「神女賦」に、「且に朝雲となり、碁に行雨となる」「朝雲暮雨。」の句がある。結句の「雲雨」に応じている。神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させる。
・池塘(ちとう) いけ。堤のある池。


九日藍田崔氏荘
老去悲愁強自寛、興来今日尽君歓。
自分はだんだん年老いて悲しき秋にあたって無理に胸の内を寛ごうと思って、漫然とした生活の中で気の向くままにとおもっていたが、今日にかぎっては十分に君が奉げてくれる歓情を受け尽くすのである。
羞将短髪環吹帽、笑倩旁人為正冠。
晉の孟嘉のように適当なかぶり方にして風が帽子を吹きおとすのは老いの短い髪の毛になっている自分にははずかしいことにおもわれる、笑い話のようであるが自分は孟嘉ほどのものではないので脇の人にこいねがってこの帽のかぶり具合をきちんと治してもらうことにしよう。
藍水遠従千澗落、玉山高並両峰寒。
荘外をながめると、遠く多くの谷間の水を集めてそこから藍水へと落ちてくるし、玉山はその二つの峰が高くならんできた赦免なのですでに寒色をたたえている。
明年此会知誰健、酔把茱萸子細看。

今日は主賓と共にこんなにおもしろく過ごせたが、さて明年のこの会には、果たして誰が変わりなく達者でいるであろうか、それをおもうて自分は酔いながら茱萸の枝を手にして詳しく眺めいるのである。

(九日 藍田の崔氏の荘)
老い去【ゆ】きて悲愁(に強【し】いて自ら寛(ゆる)うし、
興【きょう】来【おこ】りて今日ぞ君の歓(よろこ)びを尽くさん。
羞【は】ずらくは短髪を将【もっ】て環【な】お帽を吹かかることを、笑いて旁人に倩【こ】いて為に冠【かんむり】を正さしむ。
藍水【らんすい】は遠く  千澗【せんかん】従【よ】りして落ち、玉山【ぎょくざん】は高く 両峰【りょうほう】に並【そ】うて寒し。
明年【みょうねん】は 此の会【つど】い 知んぬ 誰か健【すこやか】なるを、酔うて茱萸【しゅゆ】を把【と】りて子細【しさい】に看【み】る。

九日藍田崔氏荘 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 277


王維 『九月九日憶山東兄弟』
獨在異鄉為異客、每逢佳節倍思親。
遙知兄弟登高處、遍插茱萸少一人。

九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-161-33-#26  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2352

薛濤 《九日遇雨二首》

だれもが、山に登って菊酒をくみかわそうと待ちのぞんでいたのに、登ることができないのでくやしいおもいです。ただ寒さの中に、雨にしめって金色をした黄色い菊の花が、菊の香りのお酒が飲めないのは、残念におもうはかないのです。

2013年5月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩感春三首 其三 韓愈(韓退之) <115-#1>Ⅱ中唐詩673 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2349
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

九日遇雨二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-161-33-#26   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2352



九日遇雨二首其一 
(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首。)
萬里驚飆朔氣深,江城蕭索晝陰陰。
はるか万里のさきからおそろしい暴風がおそってくる。狂ったように雨を打ちつけて、冬のような北の寒さが、ひしひしと身にしみるほどつめたいのです。錦江沿いの町は、ものさびしくひっそりして、昼というのに、すっかり雨雲におおわれて、夜のように暗いのです。
誰憐不得登山去,可惜寒芳色似金。
  
だれもが、山に登って菊酒をくみかわそうと待ちのぞんでいたのに、登ることができないのでくやしいおもいです。ただ寒さの中に、雨にしめって金色をした黄色い菊の花が、菊の香りのお酒が飲めないのは、残念におもうはかないのです。

(二)   
茱萸秋節佳期阻,金菊寒花滿院香。
神女欲來知有意,先令云雨暗池塘。


(九日、雨に遇ふ 二首 其の一)
萬里 驚飆【きょうふう】朔気【さくき】深く、江城 蕭索【しょうさく】晝【ひる】陰陰。
誰か憐【あわれ】まん 山に登り去き得ざるを、惜むべし 寒芳【かんほう】色 金に似たり。

(九日、雨に邁ふ 二首 其の二)
茱萸の秋節 任期阻まる、金菊 寒花 満院香し。
神女来らんと欲す 意有るを知る、先づ 雲雨をして 池塘を暗からしむ。


『九日遇雨二首』 現代語訳と訳註
(本文)
(一) 
萬里驚飆朔氣深,江城蕭索晝陰陰。
誰憐不得登山去,可惜寒芳色似金。


(下し文)
(九日、雨に遇ふ 二首)
萬里 驚飆【きょうふう】朔気【さくき】深く、江城 蕭索【しょうさく】晝【ひる】陰陰。
誰か憐【あわれ】まん 山に登り去き得ざるを、惜むべし 寒芳【かんほう】色 金に似たり。


(現代語訳)
(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首。)
はるか万里のさきからおそろしい暴風がおそってくる。狂ったように雨を打ちつけて、冬のような北の寒さが、ひしひしと身にしみるほどつめたいのです。錦江沿いの町は、ものさびしくひっそりして、昼というのに、すっかり雨雲におおわれて、夜のように暗いのです。

だれもが、山に登って菊酒をくみかわそうと待ちのぞんでいたのに、登ることができないのでくやしいおもいです。ただ寒さの中に、雨にしめって金色をした黄色い菊の花が、菊の香りのお酒が飲めないのは、残念におもうはかないのです。

(訳注) (一)
九日遇雨二首

(旧暦の九月九日、重陽の節句の日が、ちょうどひどい吹き降りであったので、よんだ作。二首。)
・九日 陰暦九月九日の節句の日をいう。陰陽思想では奇数は陽の数であり、陽数の極である9が重なる日であることから「重陽」と呼ばれる。奇数の重なる月日は陽の気が強すぎるため不吉とされ、それを払う行事として節句が行なわれていたが、九は一桁の数のうち最大の「陽」であり、特に負担の大きい節句と考えられていた。後、陽の重なりを吉祥とする考えに転じ、祝い事となったものである。『芸文類聚』に魏の文帝が鍾繇へ菊花を贈った記事が見える。 上記の菊を使った習慣の他に、茱萸(グミではなくカワハジカミ)の実を入れた袋を肘に下げたり、郊外の丘など高い場所へピクニックに出掛け遠くを見る(これを登高と呼ぶ)ことが行われた。
中国で重陽が正式な節句として認められたのは漢代である。劉歆による『西京雑記』に、高祖の愛妾であった戚夫人が殺害された後、宮廷より放逐された侍女の賈佩蘭が、9月9日は宮廷では茱萸を肘に下げ、菊酒を飲み長寿を祈る習慣があったと人に話したことにより、民間でも祝われるようになったとある。
魏の文帝が鐘繇にあたえた手紙に、「歳月来り、忽ち復た九月九日。九は陽数為り、而して日月並び応ず、故に重陽と日ふ」と見えている。 
魚玄機『重陽阻雨』
滿庭黃菊籬邊拆,兩朵芙蓉鏡裏開。
落帽臺前風雨阻,不知何處醉金杯。

重陽阻雨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-97-33-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2032


萬里驚飆朔氣深,江城蕭索晝陰陰。
はるか万里のさきからおそろしい暴風がおそってくる。狂ったように雨を打ちつけて、冬のような北の寒さが、ひしひしと身にしみるほどつめたいのです。錦江沿いの町は、ものさびしくひっそりして、昼というのに、すっかり雨雲におおわれて、夜のように暗いのです。
・萬里 成都には劉備が呉に攻め込む際、諸葛亮が見送った有名な万里橋があり、薛濤の住まいの近くにあるが、ここは重陽節で遠方の人の健康を願う日であるから固有名詞ではなく、はるか万里の向こうという意味である。
・驚飆(きょうひょぅ) 飆は、つむじ風。暴風で二爾雅」には、「暴帆の下より上る女親という」と説明してある。
・朔気 北方の気。
・江城(こうじよう) 成都は涙江に臨んでいるから、河辺の城。
・粛索 ものさびしく、ひっそりしているさま。
杜甫『秦州雜詩二十首 其十七』
邊秋陰易久,不複辨晨光。
簷雨亂淋幔,山雲低度牆。
鸕鶿窺淺井,蚯蚓上深堂。
車馬何蕭索,門前百草長。
秦州雜詩二十首 其十七 杜甫 第5部 <270> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1259 杜甫詩 700- 384
杜甫『送樊二十三侍禦赴漢中判官』
威弧不能弦,自爾無寧歲。
川穀血橫流,豺狼沸相噬。』
天子從北來,長驅振凋敞。
頓兵岐梁下,卻跨沙漠裔。
二京陷未收,四極我得製。
蕭索漢水清,緬通淮湖稅。』
送樊二十三侍禦赴漢中判官 #1 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 173
李白『古風五十九首 其十四』「胡關饒風沙、蕭索竟終古。」古風五十九首 其十四 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白151


誰憐不得登山去,可惜寒芳色似金。
だれもが、山に登って菊酒をくみかわそうと待ちのぞんでいたのに、登ることができないのでくやしいおもいです。ただ寒さの中に、雨にしめって金色をした黄色い菊の花が、菊の香りのお酒が飲めないのは、残念におもうはかないのです。
・登山 この日、山に登って菊酒をのみ、邪気をはらう風習がある。

江邊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-160-32-#25  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2347

薛濤 《江邊》 唐五代詞・宋詩

秋風が吹きはじめたかと思うと、北の方から、雁が列をなして飛んでくると。それは人の世のこのわが身も、心精神と肉体と、ともにその自然のおとろえに應ずるかのように、女はおとろえをみせてくるのを感じるのです。

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

25  江邊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-160-32-#25   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2347


江邊
(錦江の辺で待っている女を詠う。)
西風忽報雁雙雙,人世心形兩自降。
秋風が吹きはじめたかと思うと、北の方から、雁が列をなして飛んでくると。それは人の世のこのわが身も、心精神と肉体と、ともにその自然のおとろえに應ずるかのように、女はおとろえをみせてくるのを感じるのです。
不為魚腸有真訣,誰能夜夜立清江。

女が毎夜のように、江邊に立っているのは、もしかしたら帰ってこない男から魚の腹にしのばせた便りがないかと、心待ちに、待ちつづけているからなのです。
嘉陵江111111(江邊)
西風忽ち報じ 雁 雙雙、人世 心世 兩つながら自ら降る。
魚腸に真訣あるが爲ならずんは、誰か能く 夢夢 清江に立たん。


『江邊』 現代語訳と訳註
(本文)
江邊
西風忽報雁雙雙,人世心形兩自降。
不為魚腸有真訣,誰能夜夜立清江。


(下し文)
西風忽ち報じ 雁 雙雙、人世 心世 兩つながら自ら降る。
魚腸に真訣あるが爲ならずんは、誰か能く 夢夢 清江に立たん。


(現代語訳)
(錦江の辺で待っている女を詠う。)
秋風が吹きはじめたかと思うと、北の方から、雁が列をなして飛んでくると。それは人の世のこのわが身も、心精神と肉体と、ともにその自然のおとろえに應ずるかのように、女はおとろえをみせてくるのを感じるのです
女が毎夜のように、江邊に立っているのは、もしかしたら帰ってこない男から魚の腹にしのばせた便りがないかと、心待ちに、待ちつづけているからなのです。


(訳注)
江邊

(錦江の辺で待っている女を詠う。)
有る秋に客に対して詩を作って、それを薛濤䇳に書き示したものであろう。薛濤の実体験のものではない。魚玄機にはもっと過激な引用で同様の詩がある。ただ薛濤は自己の知識をひけらかして無いだけかもしれないという点を考慮したとしても、薛濤と魚玄機の詩の力量、学力の比較は魚玄機が数段上のようである。


西風忽報雁雙雙,人世心形兩自降。
oborotsuki04秋風が吹きはじめたかと思うと、北の方から、雁が列をなして飛んでくると。それは人の世のこのわが身も、心精神と肉体と、ともにその自然のおとろえに應ずるかのように、女はおとろえをみせてくるのを感じるのです。
・西風 秋風。
・忽報 吹きそめたかと思うと。
雁雙雙 雁は秋に入ると冷たい北方から飛んでくる。それが列をなして飛んでくるの意。雁の足には手紙が付けられて飛んでくるという意味を含む。その場合の雁は雁書。雁足 蘇武の故事。妻からの手紙をいう。蘇武が漢の使となって匈奴に捕えられていたとき、漢より別の使者がいって匈奴をあざむいていうのに、天子が上林中において弓を射て雁を得たところ、雁の足に帛書が繋いであった「蘇武は大沢の中にある」により蘇武の所在がわかり、救出できた。
・心形 精神と肉体。
・降 おとろえること。


不為魚腸有真訣,誰能夜夜立清江。
女が毎夜のように、江邊に立っているのは、もしかしたら帰ってこない男から魚の腹にしのばせた便りがないかと、心待ちに、待ちつづけているからなのです。
・魚腸/雁飛魚在/鴻魚尺素 鯉素 (故事). 手紙のこと。「鯉魚尺素」の略。鯉の腹の中から白絹(=素)に書かれた手紙が出てきた故事による。 「古楽府」飲馬長城窟行の「客従遠方来、遺我双鯉魚、呼児烹鯉魚、中有尺素書。
手紙のこと。「鯉魚尺素」の略。鯉の腹の中から白絹(=素)に書かれた手紙が出てきた故事による。「古楽府」『飲馬長城窟行』の「客従遠方来、遺我双鯉魚、呼児烹鯉魚、中有尺素書。(客遠方より来たり、我に双鯉魚を遺る、児を呼んで鯉魚を烹んとすれば、中に尺素の書有り)に由来する。
・眞訣 訣は、奥の手。奥義。
・夢夢 夜ごとの夢に。
・清江 固有名詞ではない。錦江の河辺の意味。



李白『烏夜啼』
黄雲城辺烏欲棲、帰飛唖亜枝上啼。
機中織錦秦川女、碧紗如煙隔窓語。
停梭悵然憶遠人、独宿弧房涙如雨。
「機中織錦秦川女」織機(はた)を前に 錦を織っている長安の女。・機中錦 錦を織る。夫を思い慕ったことばを回文で織り込む。 ・機中:機(はた)で織り込む。 ・機:はた。はたおる。 ・織錦:錦を織る。夫を思い慕ったことばを回文で織り込む。 ・秦川女:蘇蕙(蘇若蘭)のこと。この句は『晋書・列伝第六十六・列女・竇滔妻蘇氏』砂漠方面に流された夫を思う妻の典型を引用。秦川は長安地方を指す。夫が秦川刺史であったことによるための言い方。回文の錦を織った妻のことで竇滔とうとうの妻の蘇蕙(蘇若蘭)のこと。回文:順序を逆に読めば、別の意味になる文のこと。

『早秋』魚玄機-34 早秋
嫩菊含新彩,遠山閑夕煙。
涼風驚綠樹,清韻入朱弦。
思婦機中錦,征人塞外天。
雁飛魚在水,書信若為傳。

『盤中詩』 蘇伯玉妻
山樹高,鳥鳴悲。泉水深,鯉魚肥。
空倉雀,常苦飢。吏人婦,會夫稀。
出門望,見白衣。謂當是,而更非。
還入門,中心悲。
#2
北上堂,西入階。急機絞,杼聲催。
長嘆息,當語誰。
君有行,妾念之。出有日,還無期。
結巾帶,長相思。君忘妾,未知之。
妾忘君,罪當治。妾有行,宜知之。
#3
黃者金,白者玉。高者山,下者谷。
姓者蘇,字伯玉。人才多,智謀足。
家居長安身在蜀,何惜馬蹄歸不數。
羊肉千斤酒百斛,令君馬肥麥與粟。
今時人,智不足。與其書,不能讀。
當從中央周四角。

『盤中詩』「山樹高,鳥鳴悲。泉水深,鯉魚肥。」
夫の影を寫す山の樹木はさびしく高くしているのです。鳥鳴いて悲しみをしめす。私の思いの泉の水は深くして、文が入っているはずの鯉魚は肥え太っていくばかりです。
・山樹高,鳥鳴悲 樹は夫を示す。『詩経、小雅、伐木』
・泉水 女性を示す。『詩経、国風、泉水』「毖彼泉水、亦流于淇。」(毖たる彼の泉水、亦淇に流る。)
・鯉魚:りぎょ  表面は実物、裏面はてがみのこと、漢の蘇武が雁の足につけたてがみを天子が射て得たというはなしがある。また古人は絹に書信をかきそれを鯉魚の形状に結んだという。また、魚は男性の象徴でもある。盤中詩 蘇伯玉妻 漢詩<141-#1>古詩源 巻二 女性詩578 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1551

菱荇沼 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-159-31-#24  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2342

24 薛濤 《 菱荇沼》  七言絶句
春に蓮の若葉が出て、ジュンサイの花が咲く。春に行楽に行って、見るだけなのだ。秋に若い女が素足を出して、采蓮、采荷、采菱し、歌を歌い楽しく過ごす。この時男女の出会いがある。だからその時が待ち遠しいということを詠ったものである。


2013年5月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩感春三首 其一 韓愈(韓退之) <113>Ⅱ中唐詩671 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2339
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集病橘 五言古詩 成都5-(25-1) 杜甫 <474-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2340 杜甫詩1000-474-662/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集泰山吟 謝霊運(康楽) <68> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2341 (05/08)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性菱荇沼 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-159-31-#24  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2342
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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菱荇沼 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-159-31-#24   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2342


菱荇沼
水荇斜牽綠藻浮,柳絲和葉臥清流。
花ジュンサイが、みどり色の水藻をひき連れて水面に浮いている。糸のような柳の枝にはやわらかな若葉がいっぱいにつけて、清らかな流れの岸に臥したように並木が続き横たわっているように見える。
何時得向溪頭賞,旋摘菱花旋泛舟。
いつになったら、晩春に花ジュンサイの芽を取ったり、ひしの花が咲いて、初夏に咲くひしの花をつんだり、秋には采蓮とそれぞれの季節にぐるっとまわって舟あそびしたりする日を迎えることになるのでしょうか。

水荇【すいこう】斜に 綠藻【りょくそう】を牽きて浮び、柳絲【りゅうし】の和葉【わよう】清流に臥す。
何れの時か 渓頭に向って 賞し、旋【かえ】って菱花を摘み 旋って舟を泛ぶるを得ん。


『菱荇沼』 現代語訳と訳註
(本文)

菱荇沼
水荇斜牽綠藻浮,柳絲和葉臥清流。
何時得向溪頭賞,旋摘菱花旋泛舟。


(下し文)
(菱荇沼)
水荇【すいこう】斜に 綠藻【りょくそう】を牽きて浮び、柳絲【りゅうし】の和葉【わよう】清流に臥す。
何れの時か 渓頭に向って 賞し、旋【かえ】って菱花を摘み 旋って舟を泛ぶるを得ん。


(現代語訳)
花ジュンサイが、みどり色の水藻をひき連れて水面に浮いている。糸のような柳の枝にはやわらかな若葉がいっぱいにつけて、清らかな流れの岸に臥したように並木が続き横たわっているように見える。
いつになったら、晩春に花ジュンサイの芽を取ったり、ひしの花が咲いて、初夏に咲くひしの花をつんだり、秋には采蓮とそれぞれの季節にぐるっとまわって舟あそびしたりする日を迎えることになるのでしょうか。


(訳注)
菱荇沼

・菱荇 菱はひし。夏近く白い花をつけ、実は食用になる。荇はあさざ。はなじゅんさい。若葉を食用にする。・:①ヒシ科の一年生水草。各地の沼や池に群生。茎は水中を伸びて各節に細根を生じる。葉は菱形で、葉柄はふくれて空気を含み、水面に浮く。夏、白色四弁の花が咲く。果実はかたい殻でおおわれ両側に鋭いとげがある。食用となる。〔「菱の花」は [季]夏。「菱の実」は [季]秋〕 ②家紋の一。菱形を組み合わせたもの。松皮菱・割菱(武田菱)・三階菱など。③武器の一。鉄製で菱の実形に作り、先端をとがらせたもので、地上や河中に立てたり、まいたりして敵の進入を妨げる。車菱(くるまびし)。
:リンドウ科の多年生水草。沼沢に自生する。葉は緑色の広楕円形で,地下茎から長い柄を出して水面に浮かぶ。夏,黄色の五弁花を水上に開く。若葉は食用。ハナジュンサイ。 [季] 夏。
春に蓮の若葉が出て、ジュンサイの花が咲く。春に行楽に行って、見るだけなのだ。秋に若い女が素足を出して、采蓮、采荷、采菱し、歌を歌い楽しく過ごす。この時男女の出会いがある。だからその時が待ち遠しいということを詠ったものである。西施はこの時見初められたのである。この頃の女性は人間としての扱いがなく、女郎か、下女か奴隷のような生活しかなく、こうした出会いによって持参金が入り、夢のような生活ができる古代チャイナドリームの可能性があったのがこうした行事である。
花街の女たちはそれぞれの季節に舟遊びをする。それをお客が鑑賞することで、行楽の一つである。
この詩もどこか特定する場所があるわけではなく風物詩として詠ったものである。


水荇斜牽綠藻浮,柳絲和葉臥清流。
花ジュンサイが、みどり色の水藻をひき連れて水面に浮いている。糸のような柳の枝にはやわらかな若葉がいっぱいにつけて、清らかな流れの岸に臥したように並木が続き横たわっているように見える。
・水荇 水の中の花ジュンサイの若芽。
・綠藻 みどり色のも。
・和葉 やわらかな葉。春に出たばかりの葉。
・清流 ここは詩の中で純情なイメージを感じさせるのと技巧的には彩をつけている。清流は白、青、緑 黒である。この二句では多くの色を配置させている。①水②斜牽③綠④浮,⑤柳⑥和⑧⑨清⑩流


何時得向溪頭賞,旋摘菱花旋泛舟。
いつになったら、晩春に花ジュンサイの芽を取ったり、ひしの花が咲いて、初夏に咲くひしの花をつんだり、秋には采蓮とそれぞれの季節にぐるっとまわって舟あそびしたりする日を迎えることになるのでしょうか。
・渓頭 谷川のほとり。この沼は谷川から入りこんでいるもので、水はつづいていると思われる。百花潭のあたりかもしれない。
・賞 鑑賞する。めでる。
・旋 何々したり何したりの意ときせつがかわること、ぐるぐるまわること。
采蓮003

采蓮舟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-158-30-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2337

薛濤 《采蓮舟》 
新鮮な秋の魚の料理に舌づつみをうっているうちに、月は上って時がすぎていくと男女はどこかへ消えていき人の声もなく静かになった。先ほどまで谷間をいっぱいにした採連の女たちが帰ってきはじめた。白い足に紅い袂の女たちの歌がおわると、船頭の舶唄がはじめて聞こえてきた。

2013年5月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

采蓮舟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-158-30-#23   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2337


采蓮舟
(蓮の実をとる舟。)
風前一葉壓荷蕖,解報新秋又得魚。
涼しい新秋の風のなか、一そうの小舟が、はすの実や葉をおさえつけ、分けてこちらへ進んでくる。そして初めての采蓮の舟は収獲して、また、魚をとってきたと報せてきました。
兔走烏馳人語靜,滿溪紅袂棹歌初。

新鮮な秋の魚の料理に舌づつみをうっているうちに、月は上って時がすぎていくと男女はどこかへ消えていき人の声もなく静かになった。先ほどまで谷間をいっぱいにした採連の女たちが帰ってきはじめた。白い足に紅い袂の女たちの歌がおわると、船頭の舶唄がはじめて聞こえてきた。

(采蓮の舟)
風前 一葉 荷蕖【かきょ】を壓し,報ず解【ら】く 新秋 又魚を得たると。
兔走【とそう】烏馳【うち】人語は靜まり,滿溪【まんけい】紅袂【こうへい】棹歌【とうか】は初まる。


『采蓮舟』 現代語訳と訳註
宮島(7)(本文)
風前一葉壓荷蕖,解報新秋又得魚。
兔走烏馳人語靜,滿溪紅袂棹歌初。


(下し文)
(采蓮の舟)
風前 一葉 荷蕖【かきょ】を壓し,報ず解【ら】く 新秋 又魚を得たると。
兔走【とそう】烏馳【うち】人語は靜まり,滿溪【まんけい】紅袂【こうへい】棹歌【とうか】は初まる。


(現代語訳)
(蓮の実をとる舟。)
涼しい新秋の風のなか、一そうの小舟が、はすの実や葉をおさえつけ、分けてこちらへ進んでくる。そして初めての采蓮の舟は収獲して、また、魚をとってきたと報せてきました。
新鮮な秋の魚の料理に舌づつみをうっているうちに、月は上って時がすぎていくと男女はどこかへ消えていき人の声もなく静かになった。先ほどまで谷間をいっぱいにした採連の女たちが帰ってきはじめた。白い足に紅い袂の女たちの歌がおわると、船頭の舶唄がはじめて聞こえてきた。


(訳注)
上弦の月采蓮舟

蓮の実をとる舟。
採蓮のことは、六朝時代から詩によまれて、李白が長江下流域、呉越を旅する時の多くの詩を残している。
李白『採蓮曲』
若耶渓傍採蓮女、笑隔荷花共人語。
日照新粧水底明、風飄香袖空中挙。
岸上誰家遊冶郎、三三五五映垂楊。
紫騮嘶入落花去、見此踟蹰空断腸。
李白10  採蓮曲

淥水曲  李白 11

越女詞 五首 其一 李白12

越女詞 五首 其二 李白13

越女詞五首其三 14其四 12-5其五


李白秋浦歌十七首其十三 
淥水淨素月。 月明白鷺飛。
郎聽采菱女。 一道夜歌歸。
秋浦歌十七首 其三 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集247/350


風前一葉壓荷蕖,解報新秋又得魚。
涼しい新秋の風のなか、一そうの小舟が、はすの実や葉をおさえつけ、分けてこちらへ進んでくる。そして初めての采蓮の舟は収獲して、また、魚をとってきたと報せてきました。
・風前 涼しい新秋の風のなかの意。
・一葉(いちょう) 木の葉にたとえた一艘の舟。
・荷蕖 スイレン科の抽水性多年草、園芸植物、薬用植物。
・歴 押し分けてゆく。
・解報 何々と知らせてきたようだの意。(解道をイフナラク、解聞をキクナラクとどうようのつかいかた)
と読んだ。
・新秋(しんしゅう)初めて採連に出て収獲すること。
・魚 この蓮の咲いている漢の下の水中に住む魚で、今夜の宴のさかなである。別の意味としては水の中の魚は男性を指す。


兔走烏馳人語靜,滿溪紅袂棹歌初。
新鮮な秋の魚の料理に舌づつみをうっているうちに、月は上って時がすぎていくと男女はどこかへ消えていき人の声もなく静かになった。谷間をいっぱいにした採連の女たちが帰ってきはじめた。白い足に紅い袂の女たちの歌がおわると、船頭の舶唄がはじめて聞こえてきた。
pla039・兎走烏馳 兎や烏は、月に住むもので、上弦(7日)の月から満月(15日)にかけての月をいう。そこでそれらが走りかけるというのは、月が上って時がたつこと。「烏免勿々」の語がある。
・紅袂 あかいたもと。舟の上で、船歌を合唱する美しい女たちの姿。採連の女は素足を出すものでその白さと赤を印象付ける。
・棹歌(とうか) 船頭が棹で調子をとって歌ふなうた。ここは探蓮の曲や、この辺りの船呪であろう。
李白『留別廣陵諸公』
憶昔作少年,結交趙與燕。
金羈絡駿馬,錦帶橫龍泉。
寸心無疑事,所向非徒然。
晚節覺此疏,獵精草太玄。
空名束壯士,薄俗棄高賢。」#1
中迴聖明顧,揮翰淩雲煙。
騎虎不敢下,攀龍忽墮天。
還家守清真,孤節勵秋蟬。
煉丹費火石,採藥窮山川。」#2
臥海不關人,租稅遼東田。
乘興忽復起,棹歌溪中船。
臨醉謝葛強,山公欲倒鞭。
狂歌自此別,垂釣滄浪前。」
越女詞 五首 其三 李白14
耶溪採蓮女,見客棹歌囘。
笑入荷花去,佯羞不出來。
・初 これからずっと夜ふけるまでつづくであろうという心がふくまれて、歌い出したの意。

秋泉 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-157-29-#22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2332

薛濤 《秋泉》 
琴の音のような音を聞けば、毎夜毎夜いつまでもきこえてくるので、あの男のことを思う心がつづくのです。さびしさと恋しさで、夜半をすぎても、まだ眠りにつくことができないのです。

2013年5月6日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 曹植 魏詩<75ー#3>古詩源 巻三 女性詩756 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2328
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩示児 韓愈(韓退之) <112-#5>Ⅱ中唐詩669 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2329
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


秋泉 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-157-29-#22   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2332


秋泉
(秋の夜の泉水の水音。)
泠色初澄一帶煙,幽聲遙瀉十絲弦。
去年の秋別れた男が秋も仲秋を過ぎて初氷の季節になってもやってこない。冷たい夜が色濃くなると、今夜もこの部屋に至る辺りは香の霞に包まれるのです。待ち侘びて横になっていると静かな中にはるか遠くの水泉たまりにたくさんの水琴の音色がきこえてくるのです。
長來枕上牽情思,不使愁人半夜眠。
琴の音のような音を聞けば、毎夜毎夜いつまでもきこえてくるので、あの男のことを思う心がつづくのです。さびしさと恋しさで、夜半をすぎても、まだ眠りにつくことができないのです。

冷色 初めて澄み一帯の煙、幽聾 遙かに瀉ぐ十絲の弦。
長へに 枕上に乗って 情思を牽き、愁人をして 半夜 眠らしめず。


『秋泉』 現代語訳と訳註
(本文)
秋泉
泠色初澄一帶煙,幽聲遙瀉十絲弦。
長來枕上牽情思,不使愁人半夜眠。


(下し文)
冷色 初めて澄み一帯の煙、幽聾 遙かに瀉ぐ十絲の弦。
長へに 枕上に乗って 情思を牽き、愁人をして 半夜 眠らしめず。

(現代語訳)
(秋の夜の泉水の水音。)
去年の秋別れた男が秋も仲秋を過ぎて初氷の季節になってもやってこない。冷たい夜が色濃くなると、今夜もこの部屋に至る辺りは香の霞に包まれるのです。待ち侘びて横になっていると静かな中にはるか遠くの水泉たまりにたくさんの水琴の音色がきこえてくるのです。
琴の音のような音を聞けば、毎夜毎夜いつまでもきこえてくるので、あの男のことを思う心がつづくのです。さびしさと恋しさで、夜半をすぎても、まだ眠りにつくことができないのです。


(訳注)
秋泉
(秋の夜の泉水の水音。)
・秋泉(しゅぅせん) 秋の夜の澄みきったしじまの中にひびく泉水の水音を詠じたもの。
晩秋の月はじめ今夜こそ来てくれるとの願いを以て部屋の準備をするが、待ち人来たらず。横になると水琴窟のような音が聞こえてきて眠れない。そんな女を詠う。


泠色初澄一帶煙,幽聲遙瀉十絲弦。
去年の秋別れた男が秋も仲秋を過ぎて初氷の季節になってもやってこない。冷たい夜が色濃くなると、今夜もこの部屋に至る辺りは香の霞に包まれるのです。待ち侘びて横になっていると静かな中にはるか遠くの水泉たまりにたくさんの水琴の音色がきこえてくるのです。
冷色 冷たい色をしている9月初めのころをさす。そのことは自分の夢、希望を満たすことであり、逢える希望の月をしめしている。
初澄 初々しくてわずかなくもりもなくよく澄んでいる。初々しくて心に迷いがなくなる。去年の秋別れた男がまた来た秋(初)にもやってこない。寒露を示す語である。
一帶煙 一般的にたなびく水蒸気、夕もやをいうが、ここは女の部屋に香を焚いてしっかりいきわたっていること。この頃の花街は猛烈に香を焚いていたことと書かれている。催眠効果もあったようだ。。
幽聾(ゆうせい) かすかな音。
遙瀉 水泉たまり
十絲弦 十本以上の弦をつけた琴を弾くような細やかな美しい音。わき水の音の形容であるから、水琴窟のような状況、それも一か所ではなくポチャ、ポチャが十種類以上も違う音色になることをいう。つまり、待ち侘びて夜中の間中この音を聞いている。


長來枕上牽情思,不使愁人半夜眠。
琴の音のような音を聞けば、毎夜毎夜いつまでもきこえてくるので、あの男のことを思う心がつづくのです。さびしさと恋しさで、夜半をすぎても、まだ眠りにつくことができないのです。
・牽情恩 愛する男への思いを起こさせる。
・愁人(しゅうじん) さびしい人。この街の女。男といっしょにいないからさびしいのであるが、中国人は、自分がさびしいとは言わない。相手がきっとさびしいだろう、とか、誰かがさびしいことだろう、というここでも、薛等のことを謂っているのではない。ただ、こうした詩を薛濤䇳に書いて、最近来ないお客に贈ったのである。
・半夜 ①まよなか。夜半。また、子(ね)の刻から丑(うし)の刻まで。② 1夜を2分したその半分。③昼夜に分けて客をとった遊女。


「初」から導かれる月について
泠色 冷は9月 初は8/3か,9/3である。澄むがあるので8月初めではなく、9/3と考える。9月は別れの月でもある。
三日月01

は三夜五夜と日々明るくなり、十五夜には満月になる、四夜五夜と蟾蜍に喰われ兔もいなくなり、二十日夜になると欠け月になる。

陰暦十六夜の月。満月の翌晩は月の出がやや遅くなるのを、月がためらっていると見立てたもの。《季 秋》
陰暦二〇日の月。特に陰暦八月についていう。更け待ち月。[季]秋。


・月 雁声が聞こえる時の「月」とは、秋の月のことになる。月について、今夜は十二夜、満月には帰ってきてくれるという希望を持った意味となる。ちなみに十三夜は初恋。二十日は名残月、別れの月。閨情詩はそれぞれ別の意味を含んでいるので併せて考えると味わいが深くなる。)

・殘月 十五夜までにはなく陰暦十六日以降、一般的には二十日頃の夜明けに残る月を云う。このような月を詩に詠うは芸妓との別れる場合、人目を忍んで逢瀬を重ねた男女の別れを云う。

・初月 初月(はつづき、しょげつ). 三日月。陰暦3日(ごろ)の、月で最初に見え始める月。特に、陰暦8月の初月。唐朝の中興も未だ力微に、群盗の勢いなお盛んなることを暗示する。杜甫は同谷を出発したのは11月の終わりで成都に着いたのは12月20日を過ぎているはずである。したがってこの詩の「初月」はこの夜、昇った月ではない。秦州における杜甫の五言律詩『初月』「光細弦欲上,影斜輪未安。微升古塞外,已隱暮雲端。河漢不oborotsuki02h改色,關山空自寒。庭前有白露,暗滿菊花團。」秦州抒情詩(8)  初月 杜甫 <293>に“「八月三日の月」初月、三日月は、その光が細くこの日その弦形の尖端をうわむきにしている、しかしその影の部分は半円形の底辺のあたりはおちつかぬさまだ。三日月の影の部分が広がって満月になるエネルギー、そのことは自分の夢、希望を満たすことであり、それが自分とその家族の安寧、安定、おちつきにつながる輪、満月の満足までにはなっていない。”この『初月』に基づいている。

・立秋(りっしゅう)は、二十四節気の第13。七月節(旧暦6月後半 - 7月前半)。初めて秋の気配が現れてくる頃とされる。このころは涼しい、清という季語である。
処暑(しょしょ)は、二十四節気の第14。七月中(通常旧暦7月内)。
白露(はくろ)は、二十四節気の第15。八月節(旧暦7月後半 - 8月前半)。大気が冷えてきて、露ができ始めるころ。『暦便覧』では、「陰気やうやく重りて、露にごりて白色となれば也」と説明している。
秋分(しゅうぶん)は、二十四節気の第16。八月中(旧暦8月内)。
寒露(かんろ)は、二十四節気の第17。九月節(旧暦8月後半 - 9月前半)。露が冷気によって凍りそうになるころ。雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、蟋蟀(こおろぎ)などが鳴き止むころ。
霜降(そうこう)は、二十四節気の第18。九月中(通常旧暦9月内)。露が冷気によって霜となって降り始めるころ。『暦便覧』では「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」と説明している。
楓や蔦が紅葉し始めるころ。この日から立冬までの間に吹く寒い北風を木枯らしと呼ぶ。
立冬(りっとう)は、二十四節気の第19。十月節(旧暦9月後半 - 10月前半)。初めて冬の気配が現われてくる日。『暦便覧』では、「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明している。
秋分と冬至の中間で、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合、この日から立春の前日までが冬となる

憶荔枝 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-156-28-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2327

薛濤 《憶荔枝》 
昔から聞いているが、荔枝の原産地は、五嶺山脈のむこうの象郡であると、ずっと中国の南方の荒れ果て未開の地である。かつてそれを食べたことがあるが、その赤い実のゆたかな肌あいは、忘れようとして忘れることができない。

2013年5月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性憶荔枝 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-156-28-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2327
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

憶荔枝 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-156-28-#21   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2327


憶荔枝
(昔は遠く運ばれてきていた荔枝のことを考える。)
傳聞象郡隔南荒,絳實丰肌不可忘。
昔から聞いているが、荔枝の原産地は、五嶺山脈のむこうの象郡であると、ずっと中国の南方の荒れ果て未開の地である。かつてそれを食べたことがあるが、その赤い実のゆたかな肌あいは、忘れようとして忘れることができない。
近有青衣連楚水,素漿還得類瓊漿。

近ごろ聞くところによると、わが四川省の青衣江のほとりでも、それを産するようになり、南方の味が、楚水を通じて、この地方にも移されてきたが、しかし、その実のふくんでいる水分は、あの原産地の産品とくらべると、雲泥の相違だが、だがまあ、それでもみごとな原産地物の味を、思い出させてくれるぐらいの味はもっている。


(荔枝【れいし】を憶)
傳聞するは 象郡 南荒に隔つと,絳實【こうじつ】丰肌【ほうき】忘る可からず。
近ごろ青衣の楚水に連なる有り,素漿 還た瓊漿に類するを得ん。


『憶荔枝』 現代語訳と訳註
(本文)

傳聞象郡隔南荒,絳實丰肌不可忘。
近有青衣連楚水,素漿還得類瓊漿。


(下し文) (荔枝【れいし】を憶)
傳聞するは 象郡 南荒に隔つと,絳實【こうじつ】丰肌【ほうき】忘る可からず。
近ごろ青衣の楚水に連なる有り,素漿 還た瓊漿に類するを得ん。


(現代語訳)
(昔は遠く運ばれてきていた荔枝のことを考える。)
昔から聞いているが、荔枝の原産地は、五嶺山脈のむこうの象郡であると、ずっと中国の南方の荒れ果て未開の地である。かつてそれを食べたことがあるが、その赤い実のゆたかな肌あいは、忘れようとして忘れることができない。
近ごろ聞くところによると、わが四川省の青衣江のほとりでも、それを産するようになり、南方の味が、楚水を通じて、この地方にも移されてきたが、しかし、その実のふくんでいる水分は、あの原産地の産品とくらべると、雲泥の相違だが、だがまあ、それでもみごとな原産地物の味を、思い出させてくれるぐらいの味はもっている。


(訳注)
憶荔枝

(昔は遠く運ばれてきていた荔枝のことを考える。)
ライチ(広東語 lai6ji1)はムクロジ科の常緑高木の果樹。 レイシ(荔枝、茘枝、学名:Litchi chinensis)とも呼ばれる。1属1種。 中国の嶺南地方原産で、熱帯・亜熱帯地方で栽培される。中国語ではリーチー(拼音: Lizhī 、)で、属名もこれに由来する。「ライチ(ー)」は、広東語での茘枝の読みを片仮名表記したものである。英語のlycheeは、広東語風にライチーとも、北京語風にリーチーとも発音する。

杜甫《病橘》五言古詩 成都(5部)浣花渓の草堂(5-(25-1))
群橘少生意,雖多亦奚為?惜哉結實小,酸澀如棠梨。
剖之盡蠹蟲,采掇爽所宜。紛然不適口,豈只存其皮。

蕭蕭半死葉,未忍別故枝。玄冬霜雪積,況乃回風吹。』
嘗聞蓬萊殿,羅列瀟湘姿。此物歲不稔,玉食失光輝。

寇盜尚憑陵,當君減膳時。汝病是天意,吾恐罪有司。
憶昔南海使,奔騰獻荔枝。百馬死山谷,到今耆舊悲。』
病橘五言古詩 成都5-(25-1) 杜甫 <474>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2340 杜甫詩1000-474-662/1500


傳聞象郡隔南荒,絳實丰肌不可忘。
昔から聞いているが、荔枝の原産地は、五嶺山脈のむこうの象郡であると、ずっと中国の南方の荒れ果て未開の地である。かつてそれを食べたことがあるが、その赤い実のゆたかな肌あいは、忘れようとして忘れることができない。
・象郡 今の広東省の南方から広西省の歪、安南に至る地域。
・南荒(なんこう) 中国の南方の地域。荒はアレチであり、また中国の外周の地。
・絳實(こうじつ) 赤い実。赤く熟した荔枝の実。
・丰肌 殻の中の実の乳白色のゆたかな肌。


近有青衣連楚水,素漿還得類瓊漿。
近ごろ聞くところによると、わが四川省の青衣江のほとりでも、それを産するようになり、南方の味が、楚水を通じて、この地方にも移されてきたが、しかし、その実のふくんでいる水分は、あの原産地の産品とくらべると、雲泥の相違だが、だがまあ、それでもみごとな原産地物の味を、思い出させてくれるぐらいの味はもっている。
・青衣 靑衣水という河の名。四川省の楽山県で長江に注ぐ河。この附近にも誘枝を産するようになった。(下の地図B-2,B-3の広範囲の一帯)
・楚水 湘水のこと。この川をさかのぼり永州、桂州が運河により繋がっていて、嶺南地方象郡と川でつながって居ることを云う。杜甫の「岳陽楼」の詩に、「呉楚東南に折け」とあるが、その楚地方の河。広東広西方面へつづく河がみえる。
・素漿 ふつうの水。四川産の荔枝がふくんでいる水分。
・瓊漿 瓊は美玉。りつはな珍重すべきもの。南方産の荔枝がふくんでいる水分を四川産のものにくらべて、瓊玉のようだといったわけ.

成都南部01
・荔枝 中国南方の塵。果実は食用となる。揚貴妃がこのんで、はや馬で取り寄せたことがある。易支・離枝・丹歳ともいう。珍奇な果実である。後に四川省の楽山県の辺りにも産するようになったが、味は劣るということのようだ。
 

唐・杜甫『解悶』
一辭故國十經秋,毎見秋瓜憶故丘。
今日南湖采薇蕨,何人爲覓鄭瓜州。

悶を解く 
一たび 故國を辭して十たび秋を經へ,秋瓜を見る毎ごとに故丘を憶おもふ。
今日 南湖に薇蕨を采とる,何人か 爲ために覓めん鄭瓜州。

先帝貴妃今寂寞,荔枝還復入長安。
炎方每續朱櫻獻,玉座應悲白露團。

朱槿花 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-155-27-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2322

薛濤 《朱槿花》
ハイビスカスをみて「常に新しい美」「繊細美」「新しい恋」「勇ましさ」「華やか」「愛よよみがえれ」。ということを思って詠ったもの。

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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩責躬詩 魏詩<75ー#1>古詩源 巻三 女性詩754 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2318
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集戲作花卿歌  七言歌行  成都5-(22) 杜甫 <471>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2320 杜甫詩1000-471-658/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集豫章行 謝霊運(康楽) <64> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2321 (05/04)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性朱槿花 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-155-27-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2322
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

 
朱槿花 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-155-27-#20   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2322

 
朱槿花
朱槿花(このハイビスカスをみて「常に新しい美」「繊細美」「新しい恋」「勇ましさ」「華やか」「愛よよみがえれ」。ということを思って詠った)
紅開露臉誤文君,司蒡芙蓉草綠云。
朱い花弁がひらくと可愛い頬は露に似れている卓文君の生まれ変わりだろうか、司馬相如のような立派な男は、その若々しい女性といっしょに緑の草が雲が波打つようにすごしている。
造化大都排比巧,衣裳色澤總薰薰。

万物を創造し、変化していくこの大きな町において、その若々しい色と巧みさとは次第にすたれていく。それに伴って着飾る衣裳の色彩は色気たっぷりになっていき、香草をおき、香を焚きこめるようにそこにあるものを自分なりに変えてひきよせるというのが、このハイビスカスの花なのです。
(朱槿の花)
紅く開いて露臉するは 文君に誤り,司蒡 芙蓉 草綠の雲。
造化して大都 比の巧に排し,衣裳 色澤 總て薰薰たり。


『朱槿花』 現代語訳と訳註
朱槿花・佛桑華

(本文)
紅開露臉誤文君,司蒡芙蓉草綠云。
造化大都排比巧,衣裳色澤總薰薰。


(下し文)
(朱槿の花)
紅く開いて露臉するは 文君に誤り,司蒡 芙蓉 草綠の雲。
造化して大都 比の巧に排し,衣裳 色澤 總て薰薰たり。



(現代語訳)
朱槿花(このハイビスカスをみて「常に新しい美」「繊細美」「新しい恋」「勇ましさ」「華やか」「愛よよみがえれ」。ということを思って詠った)
朱い花弁がひらくと可愛い頬は露に似れている卓文君の生まれ変わりだろうか、司馬相如のような立派な男は、その若々しい女性といっしょに緑の草が雲が波打つようにすごしている。
万物を創造し、変化していくこの大きな町において、その若々しい色と巧みさとは次第にすたれていく。それに伴って着飾る衣裳の色彩は色気たっぷりになっていき、香草をおき、香を焚きこめるようにそこにあるものを自分なりに変えてひきよせるというのが、このハイビスカスの花なのです。


(訳注)
朱槿花
朱槿花・佛桑華
 雌蕊(メシベ)は長く、その周囲に多数の雄蕊(オシベ)が合体。葉が桑の葉に似ていることから佛桑華(ブッソウゲ).扶桑。仏桑。ハイビスカスは特に観賞用に栽培する園芸品種をいう。ハワイの州花。 ≪季・夏≫。
このハイビスカスをみて「常に新しい美」「繊細美」「新しい恋」「勇ましさ」「華やか」「愛よよみがえれ」。ということを思って詠ったもの。


紅開露臉誤文君,司蒡芙蓉草綠云。
朱い花弁がひらくと可愛い頬は露に似れている卓文君の生まれ変わりだろうか、司馬相如のような立派な男は、その若々しい女性といっしょに緑の草が雲が波打つようにすごしている。
・露臉 脸(臉)(1)顔.(2)表情笑脸笑顔.(3) 体面,メンツ。面目を失う.(4) 物の前の部分.多く子供の)ほっぺた,顔.
・文君 中唐詩人は薛濤を卓文君に喩えて詠っている。これらの詩の訳注はこのブログに掲載「検索」で参照されたい。
紅梅0021鄭谷『蜀中三首、其一』
馬頭春向鹿頭關,遠樹平蕪一望閒,
雪下文君沾酒市,雲藏李白讀書山,
江樓客恨黃梅後,村落人歌紫芋間,
堤月橋燈好時景,漢庭無事不征蠻。
元稹『寄贈薛濤』 
錦江滑膩蛾眉秀,幻出文君與薛濤。
言語巧偷鸚鵡舌,文章分得鳳凰毛。
紛紛辭客多停筆,個個公卿欲夢刀。
别後相思隔煙水,菖蒲花發五雲高。
魚玄機『和人』
茫茫九陌無知己,暮去朝來典繡衣。
寶匣鏡昏蟬鬢亂,博山爐暖麝煙微。
多情公子春留句,少思文君晝掩扉。
莫惜羊車頻列載,柳絲梅綻正芳菲。
・卓文君 下句の「司蒡」と対句の末尾と先頭語という婦随を表している。
前漢時代、臨の大富豪である卓王孫の娘。司馬相如と恋に落ちて駆け落ちをする、愛情溢れる女性とされる。
『白頭吟』の初句に「皚如山上雪,皎若雲間月。」とある。成都の西にある臨邛は司馬相如が卓文君と恋に落ちて駆け落ちを始めたところ。男を惑わす女の居る所の意で使う。臨邛は、秦の時代に置かれた県名。現・四川省邛耒県。
・司蒡 1 香りが発散する。よい香り。「芳紀・芳香・芳醇(ほうじゅん)」2 花。「衆芳」3 よい評判。「遺芳」4 相手の物事に冠して敬意を表す語。司馬相如を指し、そのような男という意味。
・芙蓉 1 アオイ科の落葉低木。暖地の海岸近くに自生。葉は手のひら状に裂けていて、先がとがる。夏から秋、葉の付け根に淡紅色の大きな5弁花を開き、1日でしぼむ。園芸品種には白・紅などの花色や八重のものもある。蓮葉(れんよう)蓮は、芙蓉であり、その葉と花で性行為そのもをあらわし、恋の意が裏にふくまれている。また、蓮と恋とは同音である。・芙蓉 蓮の異名。蓮の字は音レン、恋の音とおなじ。ここではその実の意味もふくめてよんでいる。蓮の花。両頬が白粉により美しくなったことを蓮花にたとえていった。
葵科の落葉濯木。花は大形で淡紅色または白色であり、観賞用になる。「芙蓉」はハスの美称でもあることから、とくに区別する際には「木芙蓉」(もくふよう)とも呼ばれる。

温庭筠『楊柳枝』(之三)
禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。

温庭筠『玉胡蝶』
秋風淒切傷離,行客未歸時。
寒外草先衰,江南雁到遲。
芙蓉凋嫩臉,楊柳墮新眉。
搖落使人悲,腸斷誰得知?
・芙蓉凋嫩臉 芙蓉:若々しい女性を象徴するもの。凋嫩臉:精神的苦痛が頬をこけさせることを云う。
・楊柳墮新眉 楊柳:男女の若々しい様子を示すもので男女のいとなみも暗示させる。柳の葉の形の眉も若い女性がした化粧である。この聯は完全対句となっている。
/○楊柳 楊柳は男女を示す。また楊は芸妓の色町を示す語である。柳は男性であるが、細柳は女性を示す語として、つかわれる。


造化大都排比巧,衣裳色澤總薰薰。
万物を創造し、変化していくこの大きな町において、その若々しい色と巧みさとは次第にすたれていく。それに伴って着飾る衣裳の色彩は色気たっぷりになっていき、香草をおき、香を焚きこめるようにそこにあるものを自分なりに変えてひきよせるというのが、このハイビスカスの花なのです。
・比巧 「比」は前句の芙蓉の若さを云い、巧はいろんなテクニックを云う。
・色澤 色気たっぷりにする。
・總薰薰 香草をおき、香を焚きこめて、そこにあるものを自分なりに変えてひきよせる。


金燈花 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-154-26-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2317

薛濤 《金燈花》
 欄干の端の方から見るとこの花がぱっと開くとその下の葉と茎はシュッシュッとして葉幅が狭く、茎が柔らかなので隠れて見えない。高楼の庭に降りる石段の際の所に、ただ、えんえんとしてあでやかに咲き集まるこの花を見る。

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金燈花 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-154-26-#19   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2317


金燈花
闌邊不見蘘蘘葉,砌下惟翻艷艷叢。
欄干の端の方から見るとこの花がぱっと開くとその下の葉と茎はシュッシュッとして葉幅が狭く、茎が柔らかなので隠れて見えない。高楼の庭に降りる石段の際の所に、ただ、えんえんとしてあでやかに咲き集まるこの花を見る。
細視欲將何物比,曉霞初疊赤城宮。

一杯に咲いている花も一つ一つ細やかに見ていくとこれを何かに喩えられるのである、それは、こんなに咲き誇っていてもやがて凋んでいくこの街の女に喩えられ、今朝日に照らされた青城山の上に幾重にも重なってある年増女の往きつくさきの赤城の宮が思われてならない。

(金燈花【きんとうか】)
闌邊【らんべん】蘘蘘【じょうじょう】の葉を見ず,砌下【ぜいか】惟だ艷艷【えんえん】の叢【くさむら】を翻えす。
細かに視ては何物を將って比せんと欲す,曉霞【ぎょうか】初めて疊なる赤城の宮。

『金燈花』 現代語訳と訳註
(本文)
闌邊不見蘘蘘葉,砌下惟翻艷艷叢。
細視欲將何物比,曉霞初疊赤城宮。


(下し文)
(金燈花【きんとうか】)
闌邊【らんべん】蘘蘘【じょうじょう】の葉を見ず,砌下【ぜいか】惟だ艷艷【えんえん】の叢【くさむら】を翻えす。
細かに視ては何物を將って比せんと欲す,曉霞【ぎょうか】初めて疊なる赤城の宮。


(現代語訳)
(金燈花)
欄干の端の方から見るとこの花がぱっと開くとその下の葉と茎はシュッシュッとして葉幅が狭く、茎が柔らかなので隠れて見えない。高楼の庭に降りる石段の際の所に、ただ、えんえんとしてあでやかに咲き集まるこの花を見る。
一杯に咲いている花も一つ一つ細やかに見ていくとこれを何かに喩えられるのである、それは、こんなに咲き誇っていてもやがて凋んでいくこの街の女に喩えられ、今朝日に照らされた青城山の上に幾重にも重なってある年増女の往きつくさきの赤城の宮が思われてならない。


(訳注)
金燈花03金燈花
金燈花、金䙁花
山慈姑花.さんじこのはな 別名金燈花(《本草拾遺》)。 蘭科の植物で杜鵑蘭あるいは獨蒜蘭等の花である。花苗の長さは45寸、葉は厚く狭く、茎を抱いて生ず。茎は柔らかく脆いとされ、茎の頭に花を咲かせる。指の頭のような形になるが花を咲かせると茎や葉は花に隠れてしまう。長春花が一番近い花である。功能主治『綱目』によると:治小便血淋澀痛。

闌邊不見蘘蘘葉,砌下惟翻艷艷叢。
欄干の端の方から見るとこの花がぱっと開くとその下の葉と茎はシュッシュッとして葉幅が狭く、茎が柔らかなので隠れて見えない。高楼の庭に降りる石段の際の所に、ただ、えんえんとしてあでやかに咲き集まるこの花を見る。
・闌邊 建物の廊下部分の庭との境の欄干のあたり。
・蘘蘘 ミョウガが成長して緑の葉の草むらの状態を云うが、金燈火の葉の部分がよく似ているのであろう。
・砌下 花街の女性の詩によく出る語である。中國の建物は家の部分からい廊下部分がありそこから一段低く基礎がぐるっとあり、それから庭面になる。
薛濤 『鴛鴦草』
綠英滿香砌,兩兩鴛鴦小。
但娛春日長,不管秋風早。


魚玄機 『寄飛卿』
階砌亂蛩鳴,庭柯煙露清。
月中鄰樂響,樓上遠山明。
珍簟涼風著,瑤琴寄恨生。
嵇君懶書劄,底物慰秋情。


魚玄機 『遣懷』
閑散身無事,風光獨自遊。
斷雲江上月,解纜海中舟。
琴弄蕭梁寺,詩吟庾亮樓。
叢篁堪作伴,片石好為儔。
燕雀徒為貴,金銀誌不求。
滿杯春酒綠,對月夜窗幽。
繞砌澄清沼,抽簪映細流。
臥牀書冊遍,半醉起梳頭。

魚玄機『期友人阻雨不至』
雁魚空有信,雞黍恨無期。
閉戶方籠月,褰簾已散絲。
近泉鳴砌畔,遠浪漲江湄。
鄉思悲秋客,愁吟五字詩。
・艷艷叢
 写真にあるようなあでやかな花が咲く様子を云う。薛濤が見た部分が特に鮮やかだったのだろう。

細視欲將何物比,曉霞初疊赤城宮。
一杯に咲いている花も一つ一つ細やかに見ていくとこれを何かに喩えられるのである、それは、こんなに咲き誇っていてもやがて凋んでいくこの街の女に喩えられ、今朝日に照らされた青城山の上に幾重にも重なってある年増女の往きつくさきの赤城の宮が思われてならない。
題新津北橋棲00
赤城宮 青城山にある。薛濤のいる成都から西北西に60kmにある。(B-C5-4)道観より遊郭として有名であった。
蜀州青城縣。唐代陸羽著『茶經』,記載“蜀州青城縣丈人山でつくられる,青城縣散茶、「貢茶」というものが有る。 青城山は中國道教發源地の一である,屬道教名山之一。四川省都江堰市西南,古稱「丈人山」,東距成都市からは68km,都江堰水利しせつからは西南10kmのところにある。主峰老霄頂海拔1600m。四川では名山として劍門の險、峨嵋の秀、夔門の雄齊名とあり、「青城天下幽」というてたたえられている。道教の聖女祠がある、30代以降になると男が居なくて金もない女はここで体をうって生活をした。
薛濤は年増になり金も残していない、行く当てのない女を詠ったものである。
・曉霞 暁の霞。あかつき、カスミ、どちらも芸妓の高楼では香が焚かれけたたましい煙に充満している状態を云う。


bijo05芸妓について
妓女(ぎじょ)は、中国における遊女もしくは芸妓のこと。娼妓、娼女という呼称もある。歌や舞、数々の技芸で人々を喜ばせ、時には宴席の接待を取り持つこともあった。娼婦を指すこともある。また、道教の寺観にも娼婦に近い巫女がいた。この時代において、女性が男性と対等にできる唯一の場所であった。
もともとは国家による強制的な徴発と戦時獲得奴隷が主な供給源だったと考えられるが、罪人の一族を籍没(身分を落とし、官の所有とする制度)する方法が加わった。また、民間では人身売買による供給が一般的であった。区分すると以下の通り。
(1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

1 宮妓
皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。

2 家妓
高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。

3営妓
軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。

4官妓
中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。
唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。

5民妓
民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。
6.道妓
道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。

妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。

柳絮詠 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-153-25-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2312

薛濤《柳絮詠》  
そうであっても、相手の男の人に女を愛す気持ちが元々ないので会ったらどうしようもないのです。でも、女として、この路に入った以上は南に飛んでいくこともあるだろうし、また北に飛んでいくことだってあるのです。好いた惚れたといってはいけないのです。

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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


柳絮詠 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-153-25-#18   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2312


柳絮詠
二月楊花輕復微,春風搖蕩惹人衣。

春も二月になれば柳絮が舞う季節になる、若い女たちは、軽やかに踊り微かな香りを残しますが、年を重ねた女の人は相手をする男がいないのです。それが春風に乗ったならふんわり飛んで男の着物にでもくっつけるのです。

他家本是無情物,一向南飛又北飛。
そうであっても、相手の男の人に女を愛す気持ちが元々ないので会ったらどうしようもないのです。でも、女として、この路に入った以上は南に飛んでいくこともあるだろうし、また北に飛んでいくことだってあるのです。好いた惚れたといってはいけないのです。

柳絮01






柳絮

二月の楊花【ようか】は輕やかに 復た微かに,春風は搖蕩【ようとう】して 人の衣を惹【ひ】く。
他家【たか】は本【もとも】と 是れ無情の物なり,一び向うて 南に飛び 又た 北に飛ぶ。


『柳絮詠』 現代語訳と訳註
(本文)

二月楊花輕復微,春風搖蕩惹人衣。
他家本是無情物,一向南飛又北飛。


(下し文)
柳絮
二月の楊花【ようか】は輕やかに 復た微かに,春風は搖蕩【ようとう】して 人の衣を惹【ひ】く。
他家【たか】は本【もとも】と 是れ無情の物なり,一び向うて 南に飛び 又た 北に飛ぶ。


(現代語訳)
春の盛りに風に吹かれて飛ぶ柳絮に儚い女を重ね年を重ねていくことを詠う。
春も二月になれば柳絮が舞う季節になる、若い女たちは、軽やかに踊り微かな香りを残しますが、年を重ねた女の人は相手をする男がいないのです。それが春風に乗ったならふんわり飛んで男の着物にでもくっつけるのです。
そうであっても、相手の男の人に女を愛す気持ちが元々ないので会ったらどうしようもないのです。でも、女として、この路に入った以上は南に飛んでいくこともあるだろうし、また北に飛んでいくことだってあるのです。好いた惚れたといってはいけないのです。


(訳注)
柳絮

春の盛りに風に吹かれて飛ぶ柳絮に儚い女を重ね年を重ねていくことを詠う。
・柳絮 白い綿毛のついた柳の種子。また、それが春に飛び漂うこと。女性の浮気心の喩えをいう。
○この詩も、薛濤自身のことを詠っているのではない。教養も何もなく、男の接待をさせられ、年をかせねていくと相手にもされない。しかし、行楽の季節でお相手をするお客もいない女を見て詠ったものである。


二月楊花輕復微,春風搖蕩惹人衣。
春も二月になれば柳絮が舞う季節になる、若い女たちは、軽やかに踊り微かな香りを残しますが、年を重ねた女の人は相手をする男がいないのです。それが春風に乗ったならふんわり飛んで男の着物にでもくっつけるのです。
・二月 陰暦二月は現在の三月から四月初めころ。
・楊花 柳絮の綿帽子。女性の浮気心の喩え
・輕復微 かろやかには上の方を意味し、微かには中間的な高さを云う。性行為の喩えである。
・春風 春の生産行動。
・搖蕩 ゆれ動くこと。ゆり動かすこと。動揺。
・惹人衣 男に携えられていくこと。


他家本是無情物,一向南飛又北飛。
そうであっても、相手の男の人に女を愛す気持ちが元々ないので会ったらどうしようもないのです。でも、女として、この路に入った以上は南に飛んでいくこともあるだろうし、また北に飛んでいくことだってあるのです。好いた惚れたといってはいけないのです。
・他家 柳絮がくっついた男と人のこと。
・本是無情物 もともと感情があるわけではない。好かれてくっついたわけではないことを云う。
・一向 ひとたび向かうこと。つまり、色町の女となった以上はという意味。
・南飛又北飛 南に飛び、また北に飛ぶ。男の選り好みはできないということ。


この詩について、ある本では、軽妙なタッチの詠物詩で、これまた春風に舞う柳絮の軽薄なさまが活写されていて、柳絮を“無情の物”ということにより“有情の人”の春愁がきわ立つと解説されているが、表面的なきれいごとのとらえ方で、これでは、薛濤たちのおんなの苦しみは伝わらない。
美女画557

四友贊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-152-24-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2307

薛濤 《四友贊》 詞
良い硯で磨ったよい墨、良い用紙に良い筆で書を書くことで仲立ちをするとそのあとは暗いことでまったく暗い所で致すだけです。詩文によって草書体の書は畝ってうねってそれからやすみ、そしてやすみます。

2013年5月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 曹植 魏詩<74-#5>文選 上 献詩 751 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2303
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集重簡王明府 五言律詩 成都5-(19) 杜甫 <468>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2305 杜甫詩1000-468-655/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集日出東南隅行 謝霊運(康楽) <61> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2306 (05/01)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性四友贊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-152-24-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2307
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

四友贊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-152-24-#17   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2307


四友贊
(四つの文房具(筆・墨・紙・硯)を讃える。)
磨潤色先生之腹,濡藏鋒都尉之頭。 
墨をするのは硯の丘でそのかたちは先生のおなか、その上で潤沢な色になるまで何度もこすります。それから筆にたっぷりと墨を含ませると鋒都尉の髷と頭のようです。
引書媒而黯黯,入文畝以休休。 
良い硯で磨ったよい墨、良い用紙に良い筆で書を書くことで仲立ちをするとそのあとは暗いことでまったく暗い所で致すだけです。詩文によって草書体の書は畝ってうねってそれからやすみ、そしてやすみます。

(四友【しゆう】の贊)
磨けば色潤わせるは 先生の腹,濡らせば鋒に藏して 都尉の頭。 
引書 媒しては 黯黯【あんあん】たりて,入文 畝以って 休休たり。
 


『四友贊』 現代語訳と訳註
(本文)
四友贊
磨潤色先生之腹,濡藏鋒都尉之頭。 
引書媒而黯黯,入文畝以休休。 


(下し文)
(四友【しゆう】の贊)
磨けば色潤わせるは 先生の腹,濡らせば鋒に藏して 都尉の頭。 
引書 媒しては 黯黯【あんあん】たりて,入文 畝以って 休休たり。 


(現代語訳)
(四つの文房具(筆・墨・紙・硯)を讃える。)
墨をするのは硯の丘でそのかたちは先生のおなか、その上で潤沢な色になるまで何度もこすります。それから筆にたっぷりと墨を含ませると鋒都尉の髷と頭のようです。
良い硯で磨ったよい墨、良い用紙に良い筆で書を書くことで仲立ちをするとそのあとは暗いことでまったく暗い所で致すだけです。詩文によって草書体の書は畝ってうねってそれからやすみ、そしてやすみます。


(訳注)
四友贊 
四つの文房具(筆・墨・紙・硯)を讃える。(暗に、男女の性行為の描写をしつつ、花や文房具にすり替える。下ネタの歌)
suzuri四友  1 画題となる四つの花。雪の降るころに咲く玉椿・蝋梅(ろうばい)・水仙・山茶花(さざんか)。また、梅・松・竹・蘭(らん)。 2 四つの文房具。筆・墨・紙・硯(すずり)。 ..


磨潤色先生之腹,濡藏鋒都尉之頭。 
墨をするのは硯の丘でそのかたちは先生のおなか、その上で潤沢な色になるまで何度もこすります。それから筆にたっぷりと墨を含ませると鋒都尉の髷と頭のようです。
・磨潤 まさつ、ぬれる。
・濡藏 ・濡:男女が愛情を交わす場面。また、その演出・演技。色模様よりも濃厚で、特に元禄期(1688~1704)に上方の傾城買(けいせいか)い狂言の中で形成された。2 情事。色事。ぬれごとし
:1 中にしまっておく。隠して表に現さない。「蔵書・蔵匿/愛蔵・家蔵・死蔵・収蔵・所蔵・退蔵・貯蔵・内蔵・秘蔵・腹蔵・包蔵・埋蔵・冷蔵」
2 物をしまっておく建物。くら。「土蔵・宝蔵」
3 すべてを包括するもの。「経蔵・三蔵・律蔵」
4 大蔵省のこと。「蔵相」
〈くら(ぐら)〉「蔵元/穴蔵・金蔵・米蔵・酒蔵」
[名のり]おさむ・ただ・とし・まさ・よし
 


引書媒而黯黯,入文畝以休休。 
良い硯で磨ったよい墨、良い用紙に良い筆で書を書くことで仲立ちをするとそのあとは暗いことでまったく暗い所で致すだけです。詩文によって草書体の書は畝ってうねってそれからやすみ、そしてやすみます。
・媒 1 結婚をとりもつ。なこうど。「媒酌/良媒」2 仲立ちをする。「媒介・媒体/鳥媒花」3 仲立ちとなるもの。「触媒・溶媒・霊媒」
・黯黯 くらく、またくらい。顔色を失う。心配で心配で心を痛める。
・畝 1 作物を植えつけたり種をまいたりするため、畑の土を幾筋も平行に盛り上げた所。2 高い所と低い所が1のように平行して連なった物や形。波や地形・織物などにいう。草書体の事と性行為の掛けことばになる。
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