玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

2013年06月

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
******************************************

温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

寄詞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-212-78-#72  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2607

薛濤 《寄詞》朝まだきの暗いもやのなかに、菌閣といわれ、霊芝の樓のある道教のお寺のいろいろな建物がねむっている。朝日がさしはじめ、かすみは幕を開き消えてゆき、そのずっと奥の方には、最上神天帝のお住まいになる玉皇宮(本殿)が、あらわれた。


2013年6月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
  
LiveDoor
《蒿里曲》 無名氏  挽歌 漢・樂府<92>古詩源 巻三 811 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2603
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
LiveDoor
遊太平公主山莊 韓愈(韓退之) <146>Ⅱ中唐詩724 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2604
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#2) 杜甫 <491-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2605 杜甫詩1000-491-#2-715/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor寄詞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-212-78-#72  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2607
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


寄詞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-212-78-#72   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2607


寄詞
(あなたにこの詩をおくります。)
菌閣芝樓杳靄中,霞開深見玉皇宮。
朝まだきの暗いもやのなかに、菌閣といわれ、霊芝の樓のある道教のお寺のいろいろな建物がねむっている。朝日がさしはじめ、かすみは幕を開き消えてゆき、そのずっと奥の方には、最上神天帝のお住まいになる玉皇宮(本殿)が、あらわれた。
紫陽天上神仙客,稱在人間立世功。

この道数の天上官においては、あなたの吐蕃での功績をお誉めになって、天上から一時的に下界に下られた仙人とされたのです。
詞を寄せる
菌閣【きんかく】芝樓【しろう】杳靄【ようあい】の中,霞開いて 深く見る玉皇の宮。
紫陽天上神仙の客,人間に在りて世功をて立しを稱う。


『寄詞』 現代語訳と訳註
王屋山01(本文)

寄詞
菌閣芝樓杳靄中,霞開深見玉皇宮。
紫陽天上神仙客,稱在人間立世功。


(下し文)
詞を寄せる
菌閣【きんかく】芝樓【しろう】杳靄【ようあい】の中,霞開いて 深く見る玉皇の宮。
紫陽天上神仙の客,人間に在りて世功をて立しを稱う。


(現代語訳)
(あなたにこの詩をおくります。)
朝まだきの暗いもやのなかに、菌閣といわれ、霊芝の樓のある道教のお寺のいろいろな建物がねむっている。朝日がさしはじめ、かすみは幕を開き消えてゆき、そのずっと奥の方には、最上神天帝のお住まいになる玉皇宮(本殿)が、あらわれた。
この道数の天上官においては、あなたの吐蕃での功績をお誉めになって、天上から一時的に下界に下られた仙人とされたのです。


(訳注)
寄詞

(あなたにこの詩をおくります。)
・薛濤と同時代で、呂姓で、侍御になった者には、呂元質・昌温・呂恭の三人がいる。このうち呂元質は、薛濤との関係がない。呂温と呂恭は兄弟で、どちらも侍御史であったことがある。呂温は、あざな和叙、また化光ともいった。呂謂の長男で、貞元十四年の進士。韋執誼とひじように親しかったことから、王叔文とも仲よく、左拾遺になり、やがて侍御史をもって張薦の吐蕃行き使節の副使をつとめた。在外中に王叔文一派(柳宗元のグループ)はそれぞれ中央政府からひどい適地へおいやられたが、呂温は、外國に足どめされていたことがかえって幸いして、罪せられずにすみ、帰国すると戸部員外郎へ昇進した。簹羣・羊士鍔と親しく、性格は腹黒いところがあり、遠州へおわれ、衡州へやられて、その地で四十歳でなくなっている。


菌閣芝樓杳靄中,霞開深見玉皇宮。
朝まだきの暗いもやのなかに、菌閣といわれ、霊芝の樓のある道教のお寺のいろいろな建物がねむっている。朝日がさしはじめ、かすみは幕を開き消えてゆき、そのずっと奥の方には、最上神天帝のお住まいになる玉皇宮(本殿)が、あらわれた。
・菌閣芝棲 菌はまた芝ともいう。芝は霊芝で、ともに道教の寺の建物を美しく形容したもの。
・杳靄 杳は暗い意。靄は、もや・かすみ。
・玉皇(ぎょくこう) 天帝をいう。道教の最上神。


紫陽天上神仙客,稱在人間立世功。
この道数の天上官においては、あなたの吐蕃での功績をお誉めになって、天上から一時的に下界に下られた仙人とされたのです。
・紫陽 道教の神仙につけられる称号。周の穆王の時の李八百は、紫陽貴君といい、漢の周義山および朱の張伯端は、ともに紫陽真君とよばれている。
・神仙客 人間世界で一世をおどろかすような功績をたてた人をさす。その人は、もともと仙人だ。ここではそれが下界に一時おりて、そのような功績をたてたという考えで、この詩を贈る相手、呂温をさすものであろう。

斛石山曉望寄呂侍御 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-211-77-#71  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2602

薛濤 《斛石山曉望寄呂侍御》 朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。

2013年6月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
  
LiveDoor
《麥秀歌》 (殷末周初・箕子) <91>古詩源 巻一 古逸 81...
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
LiveDoor
桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#5>Ⅱ中唐詩723 漢文委員会kanb...
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#1) 杜甫 <491-#1>  漢...
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor斛石山曉望寄呂侍御 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-211-77-#71  ...
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

斛石山曉望寄呂侍御 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-211-77-#71   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2602




斛石山曉望寄呂侍御
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。

明るくのぼる眩しい太陽は、斛石山の上のすばらしい朝の景色は、手柄をたてられたあなたさまと、いっしょに指さしてながめることができることはないのですが、天涯はるかに遠くはなれて、青々と展開している山々、峯々、ただ一人でながめていることはつまらないものです。

斛石山 曉望、呂侍御に寄す
曦輪【ぎりん】初めて轉じて仙扃【せんけい】を照らせば,旋【たちま】ち煙嵐【えんらん】を擘【つんざ】いて窅冥【ようめい】に上る。
玄暉【げんき】指を同じゅうして點ずるを得ず,天涯 蒼翠【そうすい】漫に青青たり。


『斛石山曉望寄呂侍御』 現代語訳と訳註
(本文)
斛石山曉望寄呂侍御
曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。


(下し文)
斛石山 曉望、呂侍御に寄す
曦輪【ぎりん】初めて轉じて仙扃【せんけい】を照らせば,旋【たちま】ち煙嵐【えんらん】を擘【つんざ】いて窅冥【ようめい】に上る。
玄暉【げんき】指を同じゅうして點ずるを得ず,天涯 蒼翠【そうすい】漫に青青たり。


(現代語訳)
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
明るくのぼる眩しい太陽は、斛石山の上のすばらしい朝の景色は、手柄をたてられたあなたさまと、いっしょに指さしてながめることができることはないのですが、天涯はるかに遠くはなれて、青々と展開している山々、峯々、ただ一人でながめていることはつまらないものです。


(訳注)
斛石山曉望寄呂侍御
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
・斛石山 成都盆地の中に有る山で成都 学射山、現在鳳凰山。学射山の古名で、蜀県の北十五里(約9km 地図5/4-C/D)「益州日記」に、斛石山に雨女擪ありと見ゆるもの。北宗の田況の「三月三日、学射山に登る」。三国時代蜀漢、劉備の子、劉禅が弓の練習をしたとされることから、「学射山」といわれた。斛も石も物の量をあらわす語で10斗の量になる。
薛濤『斛石山書事』
王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。

斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382

・呂侍御 吐蕃へ使した侍御史の呂温であろう。


曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
・曦輪 太陽のこと。曦は「日色なり」と「玉篇」にある。花棺の詩に、「朝曦、崖を射て赤し」とある。その太陽は、太陽の神が乗って東から酉へ向かうと考えられているので、曦輪は太陽の神が乗っている車をいう。・朝曦 妃のひかり。太陽。・炎曦 かんかん照りつけること。
・初轉 太陽神の乗車の輪がはじめて動き出すこと。太陽が昇り初めたことをいう。
・仙扃 蜀はとはそ。仙官 - 道教の寺の扉に朝日がさすこと。
・煙嵐 霧や霞をふくんだ山の風。
・窅冥 窅は探い意。冥は暗がり。


不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。
明るくのぼる眩しい太陽は、斛石山の上のすばらしい朝の景色は、手柄をたてられたあなたさまと、いっしょに指さしてながめることができることはないのですが、天涯はるかに遠くはなれて、青々と展開している山々、峯々、ただ一人でながめていることはつまらないものです。
・玄暉 玄はきらめくありさま。暉はかがやき。あわせて目もくらむ太陽のこと。
・天涯 天のはて。遠く離れていること。
・蒼翠 あおいみどり。山々の色をいう。


送盧員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-210-76-#70  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2597

薛濤 《送盧員外》玉塁山のふもとに立つと、風雪の夜がおとずれる。錦官城の郊外までお見送りしたら、いよいよこれでお別れと思います。



2013年6月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《薤露歌》 無名氏挽歌 漢魏詩<90>古詩源 巻五 809 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2593
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#4>Ⅱ中唐詩722 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2594
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都 杜甫 <490-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2595 杜甫詩1000-490-#2-713/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送盧員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-210-76-#70  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2597
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

 
送盧員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-210-76-#70   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2597


送盧員外
(盧員外をお送り申しあげます。)
玉壘山前風雪夜,錦官城外別離魂。
玉塁山のふもとに立つと、風雪の夜がおとずれる。錦官城の郊外までお見送りしたら、いよいよこれでお別れと思います。
信陵公子如相問,長向夷門感舊恩。
貴方様は食客三千人もおいていたという信陵君の「宴席の門番の老人」の故事にみるようなお方です。だから私は「この老人がその時の恩を忘れずお返しをした」故事のように御恩は決して忘れません。

盧員外を送る
玉壘の山前 風雪の夜,錦官の城外 別離の魂。
信陵の公子 相いの如しと問わば,長く夷門に向って舊恩に感ず。

都江堰002










『送盧員外』 現代語訳と訳註
(本文)
送盧員外
玉壘山前風雪夜,錦官城外別離魂。
信陵公子如相問,長向夷門感舊恩。


(下し文)
盧員外を送る
玉壘の山前 風雪の夜,錦官の城外 別離の魂。
信陵の公子 相いの如しと問わば,長く夷門に向って舊恩に感ず。


(現代語訳)
(盧員外をお送り申しあげます。)
玉塁山のふもとに立つと、風雪の夜がおとずれる。錦官城の郊外までお見送りしたら、いよいよこれでお別れと思います。
貴方様は食客三千人もおいていたという信陵君の「宴席の門番の老人」の故事にみるようなお方です。だから私は「この老人がその時の恩を忘れずお返しをした」故事のように御恩は決して忘れません。


(訳注)
送盧員外
盧員外をお送り申しあげます。
・盧員外 員外は員外郎の略称で官名。また富豪のこと。信陵君を例にひいて詠んでいるところから考えると、後者らしい。


玉壘山前風雪夜,錦官城外別離魂。
玉塁山のふもとに立つと、風雪の夜がおとずれる。錦官城の郊外までお見送りしたら、いよいよこれでお別れと思います。
・玉塁山 ・玉塁 四川省理蕃県東南にある山の名、現在四川省都江堰市玉塁山(標高約800m)。奇石千尺、城表に伐立屹立している。青城山、峨媚山とならんで四川省の代表的な山。都江堰は灌県の西側にある玉塁山の麓にあり、成都市から59km離れる。この一帯は成都平原西北部の頂きである。大小さまざまな支流が集まる岷江はここで成都平原に注ぐことになる。
四川省理蕃県の東南、成都の北方、灌県からさらに北に約三百里、汶川県の南三里にある西蜀の代表的な山。彰県から北上すると、重畳たる山脈がつらなり、沱江の源となっているが、その北山脈中でもっとも有名なのがこの玉塁山で、背光山ともいうが、山中から美玉を産するところから、玉塁の名で古くから知られている。
薛濤の『續嘉陵驛詩獻武相國』
蜀門西更上青天,強為公歌蜀國弦。
卓氏長卿稱士女,錦江玉壘獻山川。
(「題嘉陵驛」の詩に續いて武相國に獻ず)
蜀門 西のかた更に青天に上り,強いて公の為に蜀國の弦を歌わん。
卓氏 長卿 士女を稱し,錦江 玉壘 山川を獻ず。
・錦宮城(きんかんじ上う) 成郡の別名。四川の特産品である錦の製造買上げを職とする官吏が常駐していたところから、成郡のことを錦官城とよぶ。


信陵公子如相問,長向夷門感舊恩。
貴方様は食客三千人もおいていたという信陵君の「宴席の門番の老人」の故事にみるようなお方です。だから私は「この老人がその時の恩を忘れずお返しをした」故事のように御恩は決して忘れません。
・信陵君 魏の昭王の子、無忌。食客が三千人あったという。秦が趙を囲んだ時、趙では救援を魏に求めた。信陵君は、その大勢の客たちを集めての宴の席に、みんなを待たせておいて、みずから車を駆けて、大梁の夷門の番人であった老人の侯瀛を、迎えにゆき、そしてその老人を、宴席では、みんなの上座にすえた。侯瀛は、その時の感激が忘れられず、後日、信陵君の趙に秦の軍が侵入し、危急存亡のとき、ぐずぐずしていた趙の将軍を殺す人物を推薦し、ついに趙軍を麾下におさめて、秦軍を撃退するチャンスをつくったという。善恩人にお返しをした故事。


鄉思 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-209-75-#69  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592

薛濤 《鄉思》 峨嵋山の麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。


2013年6月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《薤露行》 武帝 魏詩<89-#2>古詩源 巻五 808 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2588
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#3>Ⅱ中唐詩721 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2589
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都6-(28) 杜甫 <490-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2590 杜甫詩1000-490-#1-712/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性鄉思 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-209-75-#69  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
鄉思 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-209-75-#69   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592


鄉思
峨嵋山下水如油,憐我心同不繫舟。
何日片帆離錦浦,棹聲齊唱發中流。
(故郷を思う詩)
峨嵋山の麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。
何時の日か、この成都の船津から、片帆を挙げて舟出しようとおもう。その時は、船頭の舟歌を、みんなで合唱して、舟を中流にのり出そうと思っている。


『鄉思』 現代語訳と訳註
(本文)
峨嵋山下水如油,憐我心同不繫舟。
何日片帆離錦浦,棹聲齊唱發中流。


(下し文) 鄉思
峨嵋 山の下 油の如く水あり,我が心 繫舟をがざるを同じうするを憐む。
何れの日にか 片帆 錦の浦を離れん,棹聲 齊唱して 中流を發す。


(現代語訳)
(故郷を思う詩)
峨嵋山の麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。
何時の日か、この成都の船津から、片帆を挙げて舟出しようとおもう。その時は、船頭の舟歌を、みんなで合唱して、舟を中流にのり出そうと思っている。


(訳注)
*成都から南の嘉州にくだる岷江川幅が広がり、の流れがなく、葦の間を油のように静かに流れているとあるから、第一句は、実景そのままだという。この詩は、前詩『摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞』とまったく同じ韻(油,舟。流。)であり、テーマとして与えられたことに応えてのものである。お座敷遊び化、書簡によるものかは不明であるが、そういった要求が無ければ詩を作る意味がないし、時機を逸して同じ韻を踏むことそのものに文学的な意味を見いだせない【漢詩大系の辺に詳しい解説も的外れで苦笑する。】
摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞
昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
淒涼逝水頹波遠,惟有碑泉咽不流。

鄉思(故郷を思う詩)
・郷思 故郷をしたうこと。薛濤は長安のうまれ。本籍は河東といわれるが、薛濤は自分のことをこの詩で詠っているのではない。誰かを想定して、韻を踏んで詠ったに過ぎないもので、感情がこもったものではない。


峨嵋山下水如油,憐我心同不繫舟。
峨嵋山の麓を流れる川の水は、まるで油でも流したようにかに、しずかに、よどみなくたえず流れてゆく。その川面に、浮かべられた小舟のように帰るところが定めない身は、時の流れに、ともづなを解かれて、ほうりだされている舟のようなありさまなのです。
・峨眉山 四川省にある名山。成都の南方に当たる。かなり距離があるから、成郡からは見えない。成都に入るには船旅が多く長い船旅で峨眉が見えれば成都に入ることを思い、峨眉山と別れをすることが成都に別れを告げることになる。李白が成都を後にして江南への旅をする際『峨眉山月下』を詠っており、詩情の中では、成都といえば、峨眉山が連想されるのである。
・水如池 成都の町を流れ下る水は、油を流したように静かである。
錦江は、かの所謂蜀江の錦を洗ったというその蜀江だ。水清く、静かに流れ、成郡の南で岷江に入る。岷江は、その源を岷算に発し、東南流して灌県都江堰で、水数流に分れて蜀の平野に治水、潅漑し、成都の南で諸水合流して南に流れ、嘉定の城南で大渡河の水を合してさらに南に流れるもので、成都盆地で河川の黄梅が急になくなるので、黄梅のゆるくなる箇所で灌漑のための水というより治水調整が必要であった。このため川幅の大きな河川をいくつも作ったのである。この河川は農業ばかりでなく商工業に盛んに利用され、中国内陸部では珍しく安定した地域であった。
蜀の秋は静かであった。岷江の水も静かで、両岸に護花咲き乱れ、風光絵のやうであった。その静かな眠江を下りつつ、いよいよ帰るのだと息へは、急に旅愁身にしむを覚えた。
・不繋舟 船頭もなく、ただ水面に浮いている舟。運命にまかせたすがた。


何日片帆離錦浦,棹聲齊唱發中流。
何時の日か、この成都の船津から、片帆を挙げて舟出しようとおもう。その時は、船頭の舟歌を、みんなで合唱して、舟を中流にのり出そうと思っている。
・錦浦 成都を錦官城という。錦を産するからである。その城のあきを錦江が流れている。その河辺の船着場。
・棹聲 権は、舟の側にとつけて舟を漕ぐ道具。棹声は宣唐の歌う舟歌。

摩訶池贈蕭中丞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-208-74-#68  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587

薛濤《摩訶池贈蕭中丞》この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。

2013年6月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《薤露行》 武帝 魏詩<89-#1>古詩源 巻五 805 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2573
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <146-#2>Ⅱ中唐詩720 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2584
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集陳拾遺故宅 五言古詩 成都6-(27-#1) 杜甫 <489-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2585 杜甫詩1000-489-#1-711/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性摩訶池贈蕭中丞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-208-74-#68  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332

http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


摩訶池贈蕭中丞 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-208-74-#68   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587


摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞
(武元衝と遊んだ摩訶池に来て蕭中丞様に贈る。)
昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。
淒涼逝水頹波遠,惟有碑泉咽不流。
しかし、さびしいことに、流れてゆく水が、遠くくずれ落ちてゆく岸のあたり、武元衝を偲んで建っている碑の前では、思いなしか、水までが忍び泣きにむせんで、流れ去ってゆくことを、ためらっているような気さえします。

摩訶池、蕭中丞に贈る
昔 多能を以って碧油【へきゆう】を佐く,今朝 同に泛ぶ舊仙舟。
淒涼たる逝水【せいすい】頹波 遠く,惟だ碑泉に有って咽【むせ】んで流れず。

魚玄機が宮島に














摩訶池宴
摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。
摩訶池の宴
摩訶池の上【ほとり】春光早し,水を愛し花を看るに日日來る。
穠李【じょうき】雪開く歌扇【かせん】掩い,綠楊 風動く舞腰 回る。
蕪臺【ぶだい】事往きて空しく恨みを留め,金谷 時危うくして才を惜むを悟る。
晝短かければ清夜を將って繼がんと欲す,西園 自ら月の裴回する有り。


『摩訶池贈蕭中丞摩訶池贈蕭中丞』 現代語訳と訳註
(本文)
昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
淒涼逝水頹波遠,惟有碑泉咽不流。


(下し文)
摩訶池、蕭中丞に贈る
昔 多能を以って碧油【へきゆう】を佐く,今朝 同に泛ぶ舊仙舟。
淒涼たる逝水【せいすい】頹波 遠く,惟だ碑泉に有って咽【むせ】んで流れず。


(現代語訳)
(武元衝と遊んだ摩訶池に来て蕭中丞様に贈る。)
この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。
しかし、さびしいことに、流れてゆく水が、遠くくずれ落ちてゆく岸のあたり、武元衝を偲んで建っている碑の前では、思いなしか、水までが忍び泣きにむせんで、流れ去ってゆくことを、ためらっているような気さえします。


(訳注)
摩訶池贈蕭中丞
武元衝と遊んだ摩訶池に来て蕭中丞様に贈る。
・摩詞池 成都城内にある池の名。陳・隋間の勇将、蕭摩訶がつくったというもの。蕭摩訶は、南蘭陵の人で、あざなは元胤。幼い時に父をなくしたが、元気いっぱい、勇力があり、陳の呉明徹の部将となり、北伐にしたがい、部下の騎馬隊を引具して、深く敵の城に入り、縦横に奮撃、当たるところ敵なしというありさまであったので、呉明徹は、彼を三国時代の蜀の勇将、関羽や張飛以上だといったという。功績によって腰騎大将軍となり、緩遠郡公に封ぜられた。隋の時代には、開府儀同三司になったが、幷州で叛逆に加わり、誅せられた。この他、今はないという。摩訶池では、しばしば船を浮かべて宴が催されたらしく、西川節度使武元衝の詩中にも、「摩訶池宴」とか、「摩訶池送李侍禦之鳳翔」(摩詞池にて李侍御の鳳翔に之くを送る)などの詩がのこっている。「摩訶池宴」は当時のこの池の風光をよく写している。
・蕭中丞 中丞は御史中丞の略称。官名。法律にあかるい者をもってあて、官吏の弾劾などのことに当たる役。蕭は蕭祜。また蕭祐ともいう。あざなは祐之。蘭陵の人。進士の試験によらず、処士から特に召されて、拾遺(官名)となり、元和の初め、御史中丞をへて、桂管防御史観察使になった。


昔以多能佐碧油,今朝同泛舊仙舟。
この前の武元衝節度使をあなたは、持っておられる才能生かして立派に補佐されました今朝から、また、この想い出の摩訶池に同じように舟を浮かべ、お遊びのお相手を申しあげるのです。
・多能 いろいろな才があっての意。蕭砧は、琴が巧みで、かつ書画をよくし、自然を愛し、ごくおだやかな人物であったという。
・碧油 碧油の幢。幢は旗の一種。青色の、雨をとおしがたい布の旗。多く軍中に用いたので、ここは節度使(軍政長官)のことをさす。剣南西川節度使の武元衡をさす。
・仙舟 風流な舟。仙はその美称の冠辞。


淒涼逝水頹波遠,惟有碑泉咽不流。
しかし、さびしいことに、流れてゆく水が、遠くくずれ落ちてゆく岸のあたり、武元衝を偲んで建っている碑の前では、思いなしか、水までが忍び泣きにむせんで、流れ去ってゆくことを、ためらっているような気さえします。
・淒涼 ものさびしい感じ。・淒涼 ひえびえとする。うらさびしい。別れて、一人で清々する。 でも、また寂しさを感じる。杜甫は人と別れる際の詩に多く使う。『贈虞十五司馬』詩に「淒涼憐筆勢,浩蕩問詞源。」など。
・頹波 くずれる波。岸辺に寄せる波。
・碑 石碑。


摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582

薛濤 《摩訶池宴》 成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。

2013年6月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《龜雖壽》 武帝 魏詩<88-#2>古詩源 巻五 806 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2578
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩桃源圖 韓愈(韓退之) <145>Ⅱ中唐詩719 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2579
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》  楽府(五言古詩) 成都6-(25-#2) 杜甫 <488-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2580 杜甫詩1000-488-#2-710/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

摩訶池宴 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-207-73-#67   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2582


・摩訶池宴 ・七言律詩 押灰韻
・中唐•武元衡
・武元衡(ぶ げんこう、758年 - 815年)は、中国・唐の詩人。河南緱氏(こうし、河南省偃師の南)の出身。字は伯蒼。 徳宗の建中4年(783年)の進士。徳宗に才能を認められ、比部員外郎・右司郎中・御史中丞を歴任。順宗朝では権臣・王叔文に従わなかった為、降職されたが、憲宗の元和2年(807年)には門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)に至った。同年、宰相のまま剣南西河節度使に任ぜられて蜀に赴き、7年間、蜀に滞在した。


摩訶池宴
摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。
穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。

海棠花011摩訶池の宴
摩訶池の上【ほとり】春光早し,水を愛し花を看るに日日來る。
穠李【じょうき】雪開く歌扇【かせん】掩い,綠楊 風動く舞腰 回る。
蕪臺【ぶだい】事往きて空しく恨みを留め,金谷 時危うくして才を惜むを悟る。
晝短かければ清夜を將って繼がんと欲す,西園 自ら月の裴回する有り。


『摩訶池宴』 現代語訳と訳註
(本文)

摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。


(下し文)
摩訶池の宴
摩訶池の上【ほとり】春光早し,水を愛し花を看るに日日來る。
穠李【じょうき】雪開く歌扇【かせん】掩い,綠楊 風動く舞腰 回る。
蕪臺【ぶだい】事往きて空しく恨みを留め,金谷 時危うくして才を惜むを悟る。
晝短かければ清夜を將って繼がんと欲す,西園 自ら月の裴回する有り。


(現代語訳)
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。


(訳注)
摩訶池宴

・摩詞池 成都城内にある池の名。陳・隋間の勇将、蕭摩訶がつくったというもの。蕭摩訶は、南蘭陵の人で、あざなは元胤。幼い時に父をなくしたが、元気いっぱい、勇力があり、陳の呉明徹の部将となり、北伐にしたがい、部下の騎馬隊を引具して、深く敵の城に入り、縦横に奮撃、当たるところ敵なしというありさまであったので、呉明徹は、彼を三国時代の蜀の勇将、関羽や張飛以上だといったという。功績によって腰騎大将軍となり、緩遠郡公に封ぜられた。隋の時代には、開府儀同三司になったが、幷州で叛逆に加わり、誅せられた。この他、今はないという。摩訶池では、しばしば船を浮かべて宴が催されたらしく、西川節度使武元衝の詩中にも、「摩訶池宴」とか、「摩訶池送李侍禦之鳳翔」(摩詞池にて李侍御の鳳翔に之くを送る)などの詩がのこっている。「摩訶池宴」は当時のこの池の風光をよく写している。


摩訶池上春光早,愛水看花日日來。
成都城の摩訶池のまわりに春のひかりが早くも届いている。この春めいた池の水を愛で、咲き誇る花を見て春の日は日とともにすぎていく。


穠李雪開歌扇掩,綠楊風動舞腰回。
花がたくさん咲いているすももはその枝に雪を開かせ、それは扇で花吹雪を散らすようだ。土手の緑の柳の枝は風で揺れ動き、まるで細腰を廻し踊るようである。
・穠李 花がたくさん咲いているすもも。
・綠楊 男女の性交に喩えられる。柳腰、細腰。


蕪臺事往空留恨,金谷時危悟惜才。
荒れ果てた政治府は仕事をするために行くけれど空しく恨みだけをそこにとどめている。贅の限りを盡した苑はそれが危うくなる時才能あるものを生かすことなくいたずらに行くしかなかった。
・蕪臺 荒れ果てた政治府。
・金谷 贅の限りを盡したたに苑。


晝短欲將清夜繼,西園自有月裴回。
秋が訪れ昼の時間が短くなると清々しい夜の部分でもってつながっていくが、西向きの庭園では明月が上がってきて夜の散策が風流である。
・晝短 昼の時間帯が短い秋冬のことを謂う。
海棠花04

聽歌 武元衝 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-206-72-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2577

武元衡《聽歌》奥の御座敷に居るのは誰だろう?きっと古くからの友人だろう。たから、こういう寂寞の悲愁には千金を払うことさえ惜しくはないだろう。

2013年6月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《龜雖壽》 武帝 魏詩<88-#1>古詩源 巻五 805 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2573
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#4>718 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2574
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴 楽府(七言歌行) 成都6-(25) 杜甫 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2575 杜甫詩1000-846-709/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聽歌 武元衝 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-206-72-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2577
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



聽歌 武元衝  唐五代詞・宋詩 薛濤-206-72-#66   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2577



《聽歌》武元衡
(麗しの歌人の歌を聞く)
月上重樓絲管秋,佳人夜唱古梁州。
明月が数階層の樓の上に昇ってくると瑟の音色が悲しい秋のようである。美しい人はこの夜に梁州の古歌を歌い合唱している。
滿堂誰是知音者,不惜千金與莫愁。
奥の御座敷に居るのは誰だろう?きっと古くからの友人だろう。たから、こういう寂寞の悲愁には千金を払うことさえ惜しくはないだろう。


『聽歌』 現代語訳と訳註
kagaribi00(本文)
月上重樓絲管秋,佳人夜唱古梁州。
滿堂誰是知音者,不惜千金與莫愁。


(下し文)
歌を聴く
月は 重樓に上る 絲管の秋、佳人 夜唱ふ 古染州。
満堂 誰か是れ 知音の者ぞ、千金を惜しまず 莫愁に與ふ。


(現代語訳)
(麗しの歌人の歌を聞く)
明月が数階層の樓の上に昇ってくると瑟の音色が悲しい秋のようである。美しい人はこの夜に梁州の古歌を歌い合唱している。
奥の御座敷に居るのは誰だろう?きっと古くからの友人だろう。たから、こういう寂寞の悲愁には千金を払うことさえ惜しくはないだろう。


(訳注)
聽歌
麗しの歌人の歌を聞く

月上重樓絲管秋,佳人夜唱古梁州。
明月が数階層の樓の上に昇ってくると瑟の音色が悲しい秋のようである。美しい人はこの夜に梁州の古歌を歌い合唱している。
・絲管 弦楽器と管楽器。また、音楽。糸竹。


滿堂誰是知音者,不惜千金與莫愁。
奥の御座敷に居るのは誰だろう?きっと古くからの友人だろう。たから、こういう寂寞の悲愁には千金を払うことさえ惜しくはないだろう。
・莫愁 寂寞の秋。

斛石山曉望寄呂侍御 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-211-77-#71  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2602

薛濤 《斛石山曉望寄呂侍御》 朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。



斛石山曉望寄呂侍御 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-211-77-#71   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2602


斛石山曉望寄呂侍御
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。
明るくのぼる眩しい太陽は、斛石山の上のすばらしい朝の景色は、手柄をたてられたあなたさまと、いっしょに指さしてながめることができることはないのですが、天涯はるかに遠くはなれて、青々と展開している山々、峯々、ただ一人でながめていることはつまらないものです。

斛石山 曉望、呂侍御に寄す
曦輪【ぎりん】初めて轉じて仙扃【せんけい】を照らせば,旋【たちま】ち煙嵐【えんらん】を擘【つんざ】いて窅冥【ようめい】に上る。
玄暉【げんき】指を同じゅうして點ずるを得ず,天涯 蒼翠【そうすい】漫に青青たり。


『斛石山曉望寄呂侍御』 現代語訳と訳註
(本文)
斛石山曉望寄呂侍御
曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。


(下し文)
斛石山 曉望、呂侍御に寄す
曦輪【ぎりん】初めて轉じて仙扃【せんけい】を照らせば,旋【たちま】ち煙嵐【えんらん】を擘【つんざ】いて窅冥【ようめい】に上る。
玄暉【げんき】指を同じゅうして點ずるを得ず,天涯 蒼翠【そうすい】漫に青青たり。


(現代語訳)
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
明るくのぼる眩しい太陽は、斛石山の上のすばらしい朝の景色は、手柄をたてられたあなたさまと、いっしょに指さしてながめることができることはないのですが、天涯はるかに遠くはなれて、青々と展開している山々、峯々、ただ一人でながめていることはつまらないものです。


(訳注)
斛石山曉望寄呂侍御
(斛石山の夜明けの眺めを詠んで、都の呂侍御に贈る。)
・斛石山 成都盆地の中に有る山で成都 学射山、現在鳳凰山。学射山の古名で、蜀県の北十五里(約9km 地図5/4-C/D)「益州日記」に、斛石山に雨女擪ありと見ゆるもの。北宗の田況の「三月三日、学射山に登る」。三国時代蜀漢、劉備の子、劉禅が弓の練習をしたとされることから、「学射山」といわれた。斛も石も物の量をあらわす語で10斗の量になる。
薛濤『斛石山書事』
王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。
斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382
・呂侍御 吐蕃へ使した侍御史の呂温であろう。


曦輪初轉照仙扃,旋擘煙嵐上窅冥。
朝日がのぼりはじめて、この仙界の建物の扉に、暁けがたの光がさし、そして、あっというまに、今までのあたりの山々、峯々をおおっています。そこへ、霧や霞をふくんだ山の風がふき、暗かった峯の上に、めぐり回ってつんざくおとをたて、もやを突きやぶるのです。
・曦輪 太陽のこと。曦は「日色なり」と「玉篇」にある。花棺の詩に、「朝曦、崖を射て赤し」とある。その太陽は、太陽の神が乗って東から酉へ向かうと考えられているので、曦輪は太陽の神が乗っている車をいう。・朝曦 妃のひかり。太陽。・炎曦 かんかん照りつけること。
・初轉 太陽神の乗車の輪がはじめて動き出すこと。太陽が昇り初めたことをいう。
・仙扃 蜀はとはそ。仙官 - 道教の寺の扉に朝日がさすこと。
・煙嵐 霧や霞をふくんだ山の風。
・窅冥 窅は探い意。冥は暗がり。


不得玄暉同指點,天涯蒼翠漫青青。
明るくのぼる眩しい太陽は、斛石山の上のすばらしい朝の景色は、手柄をたてられたあなたさまと、いっしょに指さしてながめることができることはないのですが、天涯はるかに遠くはなれて、青々と展開している山々、峯々、ただ一人でながめていることはつまらないものです。
・玄暉 玄はきらめくありさま。暉はかがやき。あわせて目もくらむ太陽のこと。
・天涯 天のはて。遠く離れていること。
・蒼翠 あおいみどり。山々の色をいう。


贈歌人 武元衝 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-205-71-#65  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2572

武元衝 《贈歌人》春を告げる鶯が林の枝にとまって一声を挙げる四つの季節の春が来る。その人はセミの羽根のように薄い薄絹の着物をきて、真珠の様なひとなのだ.

2013年6月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《觀滄海 曹操》 武帝 魏詩<87-#2>古詩源 巻五 804 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2568
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#3>717 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2569
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集通泉驛南去通泉縣十五里山水作 楽府(七言歌行) 成都6-(24) 杜甫 <845-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2570 杜甫詩1000-845-#2-708/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性贈歌人 武元衝 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-205-71-#65  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2572
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


贈歌人 武元衝 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-205-71-#65   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2572


武元衝 贈歌人 
(歌人にこの詩を贈る。)
林鶯一哢四時春、蟬翼羅衣白玉人。
春を告げる鶯が林の枝にとまって一声を挙げる四つの季節の春が来る。その人はセミの羽根のように薄い薄絹の着物をきて、真珠の様なひとなのだ.
曾逐使君歌舞地、淸泉長咽翠眉頻。
重ねて国守の所を訪れ、歌人の詠う詩に合わせて踊る者たちの所を訪ねる。清々しい詩が湧水のように詠われ、長く吟じられ鶯00、そこには緑の眉の歌人が頻りに登場する。














『贈歌人』 現代語訳と訳註
(本文) 
 
林鶯一哢四時春、蟬翼羅衣白玉人。
曾逐使君歌舞地、淸泉長咽翠眉頻。


(下し文) 贈歌人 
林鶯【りんおう】一たび哢す四時【しいじ】の春、蟬翼【せんよく】羅衣【らい】白玉の人。
曾ねて使君 歌舞の地を逐う、淸泉 長咽【ちょうえつ】翠眉【すいび】頻す。


紅梅0021(現代語訳)
(歌人にこの詩を贈る。)
春を告げる鶯が林の枝にとまって一声を挙げる四つの季節の春が来る。その人はセミの羽根のように薄い薄絹の着物をきて、真珠の様なひとなのだ.
重ねて国守の所を訪れ、歌人の詠う詩に合わせて踊る者たちの所を訪ねる。清々しい詩が湧水のように詠われ、長く吟じられ、そこには緑の眉の歌人が頻りに登場する。


(訳注)
贈歌人 
歌人にこの詩を贈る

歌人は薛濤のことであるが、詩の内容その他から判断されるもので、言葉の上では、鶯という表現もあり、芸妓の女性の中で歌を詠む人となっている。

林鶯一哢四時春、蟬翼羅衣白玉人。
春を告げる鶯が林の枝にとまって一声を挙げる四つの季節の春が来る。その人はセミの羽根のように薄い薄絹の着物をきて、真珠の様なひとなのだ.
・羅衣  薄絹(うすぎぬ)で仕立てた着物。
・白玉  1 白色の玉。特に真珠をいう。 2 白玉粉を水でこね、小さく丸めてゆでた白い団子。冷やして砂糖をかけたり、冷たい砂糖水に入れたりして食べる。《季 夏》3 「白玉椿(しらたまつばき)」
・蟬翼 セミの羽根のように薄い.薄如蝉翼((成語))=


曾逐使君歌舞地、淸泉長咽翠眉頻。
重ねて国守の所を訪れ、歌人の詠う詩に合わせて踊る者たちの所を訪ねる。清々しい詩が湧水のように詠われ、長く吟じられ、そこには緑の眉の歌人が頻りに登場する。
・使君  1 国守の唐名。 2 古く中国で、刺史の敬称。 3 中国で、天子の命を受けて国外または地方に派遣された使者の敬称。勅使。
・清泉 きれいな泉。きれいなわき水。ここでは歌人の詠う詩が清々しい泉のように湧き出ることを云う。


武元衡については紀頌之の別のブログにも同時期の詩人韓愈の詩がある。
韓愈 『和武相公早春聞鶯』
早晚飛來入錦城,誰人教解百般鳴。 
春風紅樹驚眠處,似妒歌童作豔聲。 
和武相公早春聞鶯 韓愈(韓退之) <141-#1>Ⅱ中唐詩702 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2494

韓愈『奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀』
穆穆鸞鳳友,何年來止茲。
飄零失故態,隔絕抱長思。
翠角高獨聳,金華煥相差。
坐蒙恩顧重,畢命守階墀。 
奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀 韓愈(韓退之) <143>Ⅱ中唐詩706 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2514


題嘉陵驛 武元衡 唐五代詞・宋詩 -204-70-#64  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2567

武元衡 《題嘉陵驛》 ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。


2013年6月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《觀滄海 曹操》 武帝 魏詩<87-#1> 平原侯值 803 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2563
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#2>716 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2564
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集光祿阪行 楽府(七言歌行) 成都6-(22) 杜甫 <484>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2560 杜甫詩1000-484-706/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性題嘉陵驛 武元衡 唐五代詞・宋詩 -204-70-#64  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2567
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

題嘉陵驛 武元衡 唐五代詞・宋詩 -204-70-#64   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2567


武元衝の「嘉陵驛に題す」と題した次の詩につづけて作ったものである。
題嘉陵驛
(武元衝が蜀に入る途上で詠った詩。)
悠悠風旆繞山川、山驛空濛雨作煙。
ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。山の中の宿場、嘉陵江を渡る手前側では綿谷、利州、渡し場では吉柏津、対岸に渡った益昌とつづくあたりをいう。 
路半嘉陵頭己白、蜀門西更上青天。
津に辿り着いたが、髪の毛は白くなってしまった。蜀の剣閣へは西の方に向かい、更に青天に上【のぼ】るような嶮しい登り道が続いている。 


悠悠 風旆 山川を繞る、山驛 空濛 雨 煙と作る。
路 嘉陵に半ばして頭は己に白くし、蜀門 西のかた更に青天に上る。


『題嘉陵驛』 現代語訳と訳註
(本文)

悠悠風旆繞山川,山驛空濛雨作煙。
路半嘉陵頭已白,蜀門西更上靑天。


(下し文)
嘉陵驛かりょうえきに題す
悠悠たる 風旆ふうはい  山川を繞めぐり,
山驛 空濛くうもうとして  雨 煙と作なる。
路 嘉陵かりょうに半ばして  頭かうべ 已すでに白く,
蜀門 西のかた 更に  青天に上のぼらん。


(現代語訳)
(武元衝が蜀に入る途上で詠った詩。)
ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。山の中の宿場、嘉陵江を渡る手前側では綿谷、利州、渡し場では吉柏津、対岸に渡った益昌とつづくあたりをいう。 

津に辿り着いたが、髪の毛は白くなってしまった。蜀の剣閣へは西の方に向かい、更に青天に上【のぼ】るような嶮しい登り道が続いている。 

剣門関01












(訳注)
題嘉陵驛
武元衝が蜀に入る途上で詠った詩。 
・題:…を題とした詩を作る。 
・嘉陵驛:陝西から蜀に入る道の途中にある駅。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)の52-53ページ「唐 山南東道 山南西道」で蜀の入り口附近の、街道と嘉陵江が交わる近くに綿谷、利州や、渡し場の吉柏津(fg-4)が並んでいる。吉伯津から渡って蜀に入った。現・広元よりややわずかに益昌、剣閣(南側:蜀)寄り。
武元衡:中唐の政治家。字は伯蒼。河南氏の人。758年(乾元元年)~815年(元和十年)。憲宗の元和二年に門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)となった。


悠悠風旆繞山川,山驛空濛雨作煙。
ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。山の中の宿場、嘉陵江を渡る手前側では綿谷、利州、渡し場では吉柏津、対岸に渡った益昌とつづくあたりをいう。 
・悠悠:遠くはるかなさま。限りないさま。長く久しいさま。ゆつたりと落ち着いたさま。『詩經・王風・黍離』に「彼黍離離,彼稷之苗。行邁靡靡,中心搖搖。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。彼黍離離,彼稷之穗。行邁靡靡,中心如醉。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。彼黍離離,彼稷之實。行邁靡靡,中心如噎。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。」とあり、曹操は『短歌行』「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。青青子衿,悠悠我心。 但爲君故,沈吟至今。鹿鳴,食野之苹。我有嘉賓,鼓瑟吹笙。」とある。 

《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#1>  古詩源 800 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2548

・風旆:風に靡く旗。 ・旆:はた。黒地にさまざまの色の縁飾りを附け、その末端を燕の尾のように裂いた旗。大将の立てる旗。 
・繞:めぐる。まつわる。まとう。 
・山川:秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江が流れる。それらの山河。
・山驛:・空濛:霧雨が降って薄暗いさま。後世、蘇軾の『飮湖上初晴後雨』で「水光瀲晴方好,山色空濛雨亦奇。欲把西湖比西子,淡粧濃抹總相宜。」と使う。 ・作:(…と)なる。「似」ともする。 ・似:ごとし。 ・煙:もや。


路半嘉陵頭已白,蜀門西更上靑天。
任地蜀への路程は半ばで、やっと嘉陵江の渡し場吉柏津に辿り着いたが、髪の毛は白くなってしまった。蜀の剣閣へは西の方に向かい、更に青天に上【のぼ】るような嶮しい登り道が続いている。 
・路半:(蜀の任地への)路程は半ばである。 
・嘉陵:陝西省西部を川から南に流れる川の名。蜀に至る街道と並行しているが、蜀に入る手前で交叉する。陝成都遂州00西省東北部の嘉陵谷を水源とし、四川省東部を南流して、重慶附近で長江に注ぐ川で、秦嶺山脈、大巴山の大山脈西側、岷山の大山脈の東側を南流している。その低地(谷間)に沿って街道もできた。長安など関中から四川に出る唯一の道筋。 
・頭:あたま(の髪)。こうべ。 
・已:とっくに。すでに。 
・白:白い。白髪となる。
*「蜀門西上更青天」ともする。 
・蜀門:蜀の剣閣。街道が蜀の国に入った所の地名。蜀の国の入り口の意。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)「剣南道北部」fg-4にある、(長安と成都を結ぶ街道を塞ぐばかりに聳える)大剣山、石門山辺りを指す。杜甫の成都紀行にこのあたりの風景が描写されている。

”成都紀行(9)” 桔柏渡 杜甫詩1000 <349>#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1683 杜甫1500- 520

”成都紀行(10)” 剣門 杜甫詩1000 <349>#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1687 杜甫1500- 521

”成都紀行(11)”  鹿頭山 杜甫詩1000 <350>#1/3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1695 杜甫1500- 523


・西:西に向かう。西す(る)。動詞。 
・更:その上。 上:のぼる。 
・青天:青空。ここでは天に上るかのような険しい山道が続いていることをいう。李白蜀道難 「噫吁戲危乎高哉,蜀道之難難於上青天。蠶叢及魚鳧,開國何茫然。」とある。

上川主武元衡相國二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-203-69-#63  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2562

薛濤 《上川主武元衡相國二首 其二》東の樓閣に宴席を移られましたが、この宴席もみごとなにならべられているのです。それに節度使さまは、りっはな貂の尾を飾った簪をつけ、龍節の旗も飾られ、春の夜にふさわしいなごやかなありさまになっているのです。


2013年6月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#3> 古詩源 802 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2558
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#1>715 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2559
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集相逢歌贈嚴二別駕 楽府(七言歌行) 成都6-(23) 杜甫 <485>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2565 杜甫詩1000-485-707/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性上川主武元衡相國二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-203-69-#63  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2562
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


上川主武元衡相國二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-203-69-#63   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2562

武元衛は、彼女が成都で仕えた十一人の節度使のうちの一人。元和二年、彼女の四十六歳の年に、武元衛は宰相を兼務したまま剣南西川節度使となって赴任してきた。その着任と同時に献じた詩が、「嘉陵驛の詩に續けて、武相國に獻ず」(6 1)で、この詩はその翌年の春の作である。武元衡は、元和八年二月、成都を出塗して、宰相として都にもどっている。薛濤は、四十歳から四十七歳までの八年、營妓として武元衝に仕えた。


上川主武元衡相國 其一
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。 
上川主武元衡相國 其二
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 
  


上川主武元衡相國二首 其一
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。)
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
日が城の上に落ち掛け、そしてその後ろに重なり、夕もやも消えていく、節度使さまのお邸では、玳瑁がかざられ、豪華な筵を敷いて、宴合が開かれ、大勢の諸公をお招きになっている。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。
明るい月がのぼり、節度使さまは、「月に庭のかがり火がわりにちょうどよい」と仰せられて、すだれをおろすことをとめられた。おかげで月光とかがり火の風流な宴席となったのです。


上川主武元衡相國 其二
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。その二)
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
東の樓閣に宴席を移られましたが、この宴席もみごとなにならべられているのです。それに節度使さまは、りっはな貂の尾を飾った簪をつけ、龍節の旗も飾られ、春の夜にふさわしいなごやかなありさまになっているのです。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 
城の鼓楼からは、三聾の角笛のひびきが、ここにも伝わってくるのです。夜気の冷たさをさえぎるためにはじめて幔幕が垂らしはられて、そこにあかあかと紅いろうそくに燈が灯されるのです。


『上川主武元衡相國二首』 現代語訳と訳註
kagaribi00(本文)
上川主武元衡相國 其二
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 


(下し文)
(上川主【せんしゅ】武元衡 相國【しょうこく】に【たてまつ】る 二首 其の二) 
東閣に尊を移して 綺席【きせき】を陳ね,貂簪【ちょうしん】龍節【りょうせつ】更に春に宜し。
軍城の畫角【がかく】三聲【さんせい】歇【や】み,云幕【うんばく】初めて垂れて 紅燭 新なり。


(現代語訳)
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。その二)
東の樓閣に宴席を移られましたが、この宴席もみごとなにならべられているのです。それに節度使さまは、りっはな貂の尾を飾った簪をつけ、龍節の旗も飾られ、春の夜にふさわしいなごやかなありさまになっているのです。
城の鼓楼からは、三聾の角笛のひびきが、ここにも伝わってくるのです。夜気の冷たさをさえぎるためにはじめて幔幕が垂らしはられて、そこにあかあかと紅いろうそくに燈が灯されるのです。


(訳注)
上川主武元衡相國 其二
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。その二)


東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
東の樓閣に宴席を移られましたが、この宴席もみごとなにならべられているのです。それに節度使さまは、りっはな貂の尾を飾った簪をつけ、龍節の旗も飾られ、春の夜にふさわしいなごやかなありさまになっているのです。
・東閣 邸内の東側にある別の高閣。
・尊 さかずき。ここは宴席をいう。
・綺席 はなやかに飾られた宴席をいう.
・貂簪 貂はテン。いたち科の獣。その尾は淡黄色をしていて、冠につけて飾りとした。簪はかんむりをとめるために髪に挿すもの。高貴な人は貂尾のついた冠をかむり、その冠を簪で髪にとめていた。
・龍節 竿の上部に竜の形を型どった飾りがつき。下にふさがついていて、将軍や外国に使する使節に与えられるしるしのはたである。節度使は将軍としてこれを与えられていたということ。 


軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 
城の鼓楼からは、三聾の角笛のひびきが、ここにも伝わってくるのです。夜気の冷たさをさえぎるためにはじめて幔幕が垂らしはられて、そこにあかあかと紅いろうそくに燈が灯されるのです。
・軍城 西川節度使(軍政長官)の屯する蜀都成郡のことであるから、詩的表現、軍城といった。
・畫角 角笛。時を告げる。
・雲幕 雲の模様のある幕。幕はカーテンと思えばよい。軍内と庭とを区切るもの幔幕。
・紅燭 べに色のローソクの燈火。

上川主武元衡相國二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-202-68-#62  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2557

薛濤 《上川主武元衡相國 其一》 日が城の上に落ち掛け、そしてその後ろに重なり、夕もやも消えていく、節度使さまのお邸では、玳瑁がかざられ、豪華な筵を敷いて、宴合が開かれ、大勢の諸公をお招きになっている。

2013年6月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《短歌行》 魏武帝 魏詩<86-#2> 古詩源 801 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2553
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#3>714 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2554
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集姜楚公畫角鷹歌【案:姜皎,上邽人,善畫鷹鳥,官至太常,封楚國公。】 楽府(七言歌行) 成都6-(21) 杜甫 <483>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2555 杜甫詩1000-483-705/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性上川主武元衡相國二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-202-68-#62  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2557
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


上川主武元衡相國二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-202-68-#62   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2557


武元衛は、彼女が成都で仕えた十一人の節度使のうちの一人。元和二年、彼女の四十六歳の年に、武元衛は宰相を兼務したまま剣南西川節度使となって赴任してきた。その着任と同時に献じた詩が、「嘉陵驛の詩に續けて、武相國に獻ず」(6 1)で、この詩はその翌年の春の作である。武元衡は、元和八年二月、成都を出塗して、宰相として都にもどっている。薛濤は、四十歳から四十七歳までの八年、營妓として武元衝に仕えた。


上川主武元衡相國 其一
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。 
上川主武元衡相國 其二
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。 
kagaribi00  


上川主武元衡相國二首 其一
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。)
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
日が城の上に落ち掛け、そしてその後ろに重なり、夕もやも消えていく、節度使さまのお邸では、玳瑁がかざられ、豪華な筵を敷いて、宴合が開かれ、大勢の諸公をお招きになっている。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。

明るい月がのぼり、節度使さまは、「月に庭のかがり火がわりにちょうどよい」と仰せられて、すだれをおろすことをとめられた。おかげで月光とかがり火の風流な宴席となったのです。


上川主武元衡相國二首其一 現代語訳と訳註
(本文)
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。


(下し文)
(上川主【せんしゅ】武元衡 相國【しょうこく】に【たてまつ】る 二首 其の一) 
落日 重城 夕霧收まる,玳筵【たいえん】雕俎【ちょうそ】諸侯に荐【すす】む。
朗月をして庭燎【ていりょう】に當らしむに因って,不使珠帘【しゅれん】をして玉鉤【ぎょくこう】より下さしめず。


 (現代語訳)
(剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。)
日が城の上に落ち掛け、そしてその後ろに重なり、夕もやも消えていく、節度使さまのお邸では、玳瑁がかざられ、豪華な筵を敷いて、宴合が開かれ、大勢の諸公をお招きになっている。
明るい月がのぼり、節度使さまは、「月に庭のかがり火がわりにちょうどよい」と仰せられて、すだれをおろすことをとめられた。おかげで月光とかがり火の風流な宴席となったのです。


(訳注)
満月003上川主武元衡相國二首 其一
剣南西川の節度使さまであり、宰相であられる武元衡さまにたてまつる。


落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
日が城の上に落ち掛け、そしてその後ろに重なり、夕もやも消えていく、節度使さまのお邸では、玳瑁がかざられ、豪華な筵を敷いて、宴合が開かれ、大勢の諸公をお招きになっている。
・川主武元衡相国 川主は剣南西川節度使。西川地方の軍政の長官であるから、川主という。武元衡は憲宗の元和二年正月に門下侍郎平章事となっている。宰相であるから相国といった。
・重城 いくえにも厳重にかさなった城。蜀の城をさす。
・玳筵 玳は南海に産する海亀の玳瑁のこと。甲を亀甲といい装身具にする。筵はむしろ。あわせて豪華な宴席。
・雕俎 彫は飾る。雕は机、宴会の時に食器をのせる台。あわせて豪華な宴会の料理。


因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。
明るい月がのぼり、節度使さまは、「月に庭のかがり火がわりにちょうどよい」と仰せられて、すだれをおろすことをとめられた。おかげで月光とかがり火の風流な宴席となったのです。
・朗月 あきらかに照る月。
庭燎 庭のかがり火。
・珠帘/簾 玉のすだれ。
・玉鉤 玉でできている廉の捲きどめ。かぎ型をしている。

續嘉陵驛詩獻武相國 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-201-67-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2552

薛濤《續嘉陵驛詩獻武相國》蜀への入り口といわれる嘉陵の駅から、さらに西の方、青天にものぼるような剣門のけわしい山路の旅をつづけられたことにたいし、一つ思いきって、恒例の蜀の鄙歌を弦いて、うたわせていただきます。
 

2013年6月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《短歌行》 魏武帝  魏詩<86-#1> 古詩源 800 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2548
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#2>713 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2549
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集海棕行 楽府(七言歌行) 成都6-(20) 杜甫 <482-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2550 杜甫詩1000-482-#2-704/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性續嘉陵驛詩獻武相國 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-201-67-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2552
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

續嘉陵驛詩獻武相國 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-201-67-#61   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2552


續嘉陵驛詩獻武相國
(『題嘉陵驛』の詩に続いて武元衝節度使様にこの詩を献上もうしあげます。)
蜀門西更上青天,強為公歌蜀國弦。
蜀への入り口といわれる嘉陵の駅から、さらに西の方、青天にものぼるような剣門のけわしい山路の旅をつづけられたことにたいし、一つ思いきって、恒例の蜀の鄙歌を弦いて、うたわせていただきます。
卓氏長卿稱士女,錦江玉壘獻山川。

この蜀のくにではご存じの、男といえは司馬相加、女といえば卓文君、それにあわせて、美しい錦江の流れ、それから玉塁山、これら山と川の代表をすべてをささげてお願い申しあげます。


この詩は、武元衝の「嘉陵驛に題す」と題した次の詩につづけて作ったものである。
悠悠風旆繞山川、山驛空濛雨作煙。
路半嘉陵頭己白、蜀門西更上青天。
悠悠 風旆 山川を繞る、山驛 空濛 雨 煙と作る。
路 嘉陵に半ばして頭は己に白くし、蜀門 西のかた更に青天に上る。

剣門関01



『續嘉陵驛詩獻武相國』 現代語訳と訳註
(本文)

蜀門西更上青天,強為公歌蜀國弦。
卓氏長卿稱士女,錦江玉壘獻山川。


(下し文)
(「題嘉陵驛」の詩に續いて武相國に獻ず)
蜀門 西のかた更に青天に上り,強いて公の為に蜀國の弦を歌わん。
卓氏 長卿 士女を稱し,錦江 玉壘 山川を獻ず。


(現代語訳)
(『題嘉陵驛』の詩に続いて武元衝節度使様にこの詩を献上もうしあげます。)
蜀への入り口といわれる嘉陵の駅から、さらに西の方、青天にものぼるような剣門のけわしい山路の旅をつづけられたことにたいし、一つ思いきって、恒例の蜀の鄙歌を弦いて、うたわせていただきます。
この蜀のくにではご存じの、男といえは司馬相加、女といえば卓文君、それにあわせて、美しい錦江の流れ、それから玉塁山、これら山と川の代表をすべてをささげてお願い申しあげます。


(訳注)
續嘉陵驛詩獻武相國

『題嘉陵驛』の詩に続いて武元衝節度使様にこの詩を献上もうしあげます。
・續 武元衝の「嘉陵驛に題す」の原作につづける意。武元衝の詩の第四句が。薛濤の詩の第一句になっている。
・嘉陵驛 今の四川省の広元。嘉陵江の東岸にあり、秦から蜀への要道を拒し、その第一の高処。西は剣門に入り南の成都へ向かう。城の西門に「全蜀咽喉」の四字が掲げられている。
・武相國 武元衝が創南西川節度使として蜀に赴任してきたとき、最初の宴席で彼女が賦したものであろう。武元衡の赴任は、憲宗の元和二年、冬十月のことであった(武元衡の「准南の中書相公の寄せらるるに酬ひたてまつる」といぅ詩の序文に、「皇帝改元の二年、余、詔によって放校更部尚書兼門下侍郎を授けられ、膨弓致矢、出でて西局を潰す」とあることにょって知られる)から、従ってこの詩は蹄溝が四十歳のときの作ということになる。武詩の第四句を、蒔溝は第一旬に取り入れてうけていることに注意。また彼女が武元衡にたてまった詩は、ほかにもある。
62・63 上川主武元衡相國二首
其一
落日重城夕霧收,玳筵雕俎荐諸侯。
因令朗月當庭燎,不使珠帘下玉鉤。 
其二
東閣移尊綺席陳,貂簪龍節更宜春。
軍城畫角三聲歇,云幕初垂紅燭新。
とある。


蜀門西更上青天,強為公歌蜀國弦。
蜀への入り口といわれる嘉陵の駅から、さらに西の方、青天にものぼるような剣門のけわしい山路の旅をつづけられたことにたいし、一つ思いきって、恒例の蜀の鄙歌を弦いて、うたわせていただきます。


卓氏長卿稱士女,錦江玉壘獻山川。
この蜀のくにではご存じの、男といえは司馬相加、女といえば卓文君、それにあわせて、美しい錦江の流れ、それから玉塁山、これら山と川の代表をすべてをささげてお願い申しあげます。
・卓氏長卿 卓氏は卓王孫のむすめの卓文君。長卿は漢の司馬相如のあざな。成都の人。相如は臨邛の官邸に客として泊まっているうち、卓邸に招かれ、琴をひいて卓文君を誘惑し、二人は手を振りあって成都に逃走し、酒肆を開いて、文君は炉にのぞみ、相加は酒器を洗ったので、王孫は恥じてこれに金と奴隷を与えたので、司馬相如は一挙に富人となり、都へ出発。武帝に「上林」・-「子鹿」の杭を献じて、郎となり、西南夷を平定して功あり、孝文園の吏となり、病んで茂陵で死んだが、漠代文学の代表的作家であった。
錦江 成都附近を流れる河の名。もとこの地に錦官を置き、この川で濯いでつくられた錦の製造を監督した。
・玉塁 四川省理蕃県東南にある山の名、現在四川省都江堰市玉塁山(標高約800m)。奇石千尺、城表に伐立屹立している。青城山、峨媚山とならんで四川省の代表的な山。

青城山02

賊平后上高相公 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-200-66-#60  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2547

薛濤 《賊平后上高相公》 それは初めて本当のことが分かったのです。天日の威光には、なんの変わりもなく、地上を照らしていたわけで、閣下が叛乱平定も、ことわざに「日月は光を借す」という、その天日が天子の御稜威を、後光のようにうけているということなのです。

2013年6月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首  平原侯值》 謝靈運 六朝詩<85-#3>平原侯值瑒 799 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2543
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)  <#1>712 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2544
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集越王樓歌 楽府(七言歌行) 成都6-(19) 杜甫 <482-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2545 杜甫詩1000-482-#1-703/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性賊平后上高相公 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-200-66-#60  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2547
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


賊平后上高相公 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-200-66-#60   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2547


賊平后上高相公
(劉闢の乱を平定したのちに、この詩を高相公に上奏いたします。)
驚看天地白荒荒,瞥見青山舊夕陽。
劉闢の叛乳を平定され、天地は全面薄ぐらいけしきがひろがり驚いてしまうのです。遠くの青々とした山々を照らしているのを見つけて、いつもとわらない夕日のはるの光を眺めるのです。
始信大威能照映,由來日月借生光。

それは初めて本当のことが分かったのです。天日の威光には、なんの変わりもなく、地上を照らしていたわけで、閣下が叛乱平定も、ことわざに「日月は光を借す」という、その天日が天子の御稜威を、後光のようにうけているということなのです。
賊 平ぐの后 高相公に上【たてまつ】る
驚き看る 天地の白 荒荒たるを,瞥見【べっけん】す 青山の舊【きゅう】夕陽。
始めて信ず 大威【たいい】の能く 照映【しょうえい】するを,由來 日月 生光【しょうえい】を借す。


『賊平后上高相公』 現代語訳と訳註
甘粛省-嘉峪関(本文)
驚看天地白荒荒,瞥見青山舊夕陽。
始信大威能照映,由來日月借生光。


(下し文)
賊 平ぐの后 高相公に上【たてまつ】る
驚き看る 天地の白 荒荒たるを,瞥見【べっけん】す 青山の舊【きゅう】夕陽。
始めて信ず 大威【たいい】の能く 照映【しょうえい】するを,由來 日月 生光【しょうえい】を借す。


(現代語訳)
(劉闢の乱を平定したのちに、この詩を高相公に上奏いたします。)
劉闢の叛乳を平定され、天地は全面薄ぐらいけしきがひろがり驚いてしまうのです。遠くの青々とした山々を照らしているのを見つけて、いつもとわらない夕日のはるの光を眺めるのです。
それは初めて本当のことが分かったのです。天日の威光には、なんの変わりもなく、地上を照らしていたわけで、閣下が叛乱平定も、ことわざに「日月は光を借す」という、その天日が天子の御稜威を、後光のようにうけているということなのです。


(訳注)
賊平后上高相公

(劉闢の乱を平定したのちに、この詩を高相公に上奏いたします。)
・賊 劉闢の乱をいう。元和元年(西暦806年)、相次ぐ皇帝の死で重臣と宦官が抗争を繰り広げ、朝廷は荒れていた。憲宗皇帝が即位し、綱紀粛正に努め、朝廷は収まる。
しかし、蜀(剣南、後の四川省)の西川(せいせん)節度使・劉闢(りゅうへき)が挙兵し、蜀は劉姓の者が支配するべき(自分は劉備の再来である)と公言、朝廷に背く。劉闢討伐で朝廷の意見は割れるが、劉闢が成都に逃げ帰った後で、皇帝もようやく劉闢討伐の決断を下す。
その頃成都には、陳昭という孔目典(文書担当官)がいた。陳昭は劉闢の部下であるが、家臣ではないため騒ぎを静観していた。ある夜、仕事を終えて帰ろうとすると、上司に呼び止められ、劉闢の内衙(ないが、住居のこと)へ行くよう命じられる。部屋に先客がいたようで、ふと奇妙な勘が働き、陳昭は窓から部屋を覗き見る。すると、劉闢が口を大きく開き、客を丸呑みする異様な光景を見てしまう。
劉闢と目が合ってしまい、すぐに逃げ出す陳昭。劉闢からは、問答無用で殺せと命令が下る。必死に逃げる陳昭だが、眼前に兵士が現れ、ほこが突き下ろされる、そう思った瞬間、凄まじい叫びと共に兵士は倒れる。陳昭を助けたのは、美貌の若い女、名を尋ねると、聶隠、劉闢を殺しに来たと冷淡に答える。・元和二年[807年]西川劉闢の乱を鎮定した高崇文が諸軍都統を兼ねて転任してきた。
邠寧は關内の諸鎭のうちで朔方に代わり最も有力であり、
対吐蕃の前線として常に緊張を求められていた。
・崇文は元和4年[809年]卒した。その後神策系を中心とした武将の赴任先として続く、
閻巨源・李光顔・高霞寓・李聴などがみられる。


驚看天地白荒荒,瞥見青山舊夕陽。
劉闢の叛乳を平定され、天地は全面薄ぐらいけしきがひろがり驚いてしまうのです。遠くの青々とした山々を照らしているのを見つけて、いつもとわらない夕日のはるの光を眺めるのです。
・白荒荒(はくこうこう) 荒荒は、薄暗いこと。誓淡におなじ。杜甫 五言律詩『漫成二首其一』「野日荒荒白,春流泯泯清。渚蒲隨地有,村徑逐門成。 只作披衣慣,常從漉酒生。眼邊無俗物。多病也身輕。」

漫成二首其一 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 6)  杜甫 <411 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2000 杜甫詩1000-411-594/1500

・青山 遠く春霞の中の山々。夕日のシルエットの山ではない。
・旧夕陽 昨日一昨日とおなじく輝いている夕日。


始信大威能照映,由來日月借生光。
それは初めて本当のことが分かったのです。天日の威光には、なんの変わりもなく、地上を照らしていたわけで、閣下が叛乱平定も、ことわざに「日月は光を借す」という、その天日が天子の御稜威を、後光のようにうけているということなのです。
・大威 一本に天成、また火威につくるものもある。いずれにしても、高崇文将軍の武威をいったもの。劉闢をとりこにし、乱をたいらげたことをさす。
借生光 借は、かりる意ではなく、貸す意。成都に入城した高崇文が、乱に関係した諸官吏をすべて助命し、城民からも何一つ奪わなかったことをいったものと思われる。


・高相公 高崇文(746~809) 幽州、或いは渤海の人。 早くから平盧軍にあって軍幹を称され、789年に寧州を侵した吐蕃を大破して行営節度・御史中丞とされた。順宗の末年(805)に西川節度使劉闢が叛くと工部尚書・左神策行営指揮使とされて神策軍を以て平定し、検校司空・剣南西川節度使・南平郡王とされた。
劉闢(未詳~806)徳宗の貞元年間(785~805)の進士。韋皋の死に伴い強請によって西川節度使に直されたが、翌年には三川(剣南西川・剣南東川・山南西道)兼領を強請し、左神策行営指揮使高崇文・山南東道節度使らに討平された。 これは同時期の淮南節度使李錡の叛乱失敗とともに、憲宗の対藩鎮強硬策の契機になったとされる。
miyajima594

酬祝十三秀才 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-199-65-#59  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2542

薛濤 《酬祝十三秀才》すばらし詩想は、藍田の山から出る美玉のようであり、色合いと美しさは、すがすがしいものです。その詩は、氷の嚢の中に納められ、そして、その氷をきらびやかな楚の金製の皿の上で打ちくだいたように、一語一語が、きらきらと輝いています。



2013年6月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首  平原侯值》 謝靈運 六朝詩<85-#2>平原侯值瑒 798 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2538
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#4>711 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2539
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(18) 杜甫 <481-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2540 杜甫詩1000-481-#2-702/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬祝十三秀才 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-199-65-#59  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2542
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


酬祝十三秀才 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-199-65-#59   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2542
59 酬祝十三秀才 28


酬祝十三秀才
浩思藍山玉彩寒,冰囊敲碎楚金盤。
詩家利器馳聲久,何用春闈榜下看。
(祝家十三番排行の秀才にこの詩をお返しする。)
すばらし詩想は、藍田の山から出る美玉のようであり、色合いと美しさは、すがすがしいものです。その詩は、氷の嚢の中に納められ、そして、その氷をきらびやかな楚の金製の皿の上で打ちくだいたように、一語一語が、きらきらと輝いています。
詩人としての技は、もう誰一人、今日では知らぬ者はいないという。中央の進士の試験をお受ければ、及第者の氏名吏表を、見に行く必要なんかどうしてあろうものでしょうか。

祝十三秀才に酬ゆ
浩思【こうし】は藍山【らんざん】の玉彩【ぎょくさい】寒し,冰囊【ひょうのう】敲【たた】き碎【くだ】く 楚の金盤。
詩家の利器 聲を馳すこと久し,何ぞ用いん 春闈【しゅんい】榜下【ぼうか】に看るを。


『酬祝十三秀才』 現代語訳と訳註
李清照0055(本文)
浩思藍山玉彩寒,冰囊敲碎楚金盤。
詩家利器馳聲久,何用春闈榜下看。


(下し文)
祝十三秀才に酬ゆ
浩思【こうし】は藍山【らんざん】の玉彩【ぎょくさい】寒し,冰囊【ひょうのう】敲【たた】き碎【くだ】く 楚の金盤。
詩家の利器 聲を馳すこと久し,何ぞ用いん 春闈【しゅんい】榜下【ぼうか】に看るを。


(現代語訳)
(祝家十三番排行の秀才にこの詩をお返しする。)
すばらし詩想は、藍田の山から出る美玉のようであり、色合いと美しさは、すがすがしいものです。その詩は、氷の嚢の中に納められ、そして、その氷をきらびやかな楚の金製の皿の上で打ちくだいたように、一語一語が、きらきらと輝いています。
詩人としての技は、もう誰一人、今日では知らぬ者はいないという。中央の進士の試験をお受ければ、及第者の氏名吏表を、見に行く必要なんかどうしてあろうものでしょうか。


(訳注)
酬祝十三秀才
祝家十三番排行の秀才にこの詩をお返しする。
・酬 かえす、謝礼する意。酬和・酬沓・酬報・酬唱などと熟して、詩文をもって、相手に番えること。
・祝十三 祝が相手の姓。祝元膺といわれている。長安、あるいは藍田県の事務をしていて詩文で名が通っていた人であろう。十三はその祝家で排行が十三番目に当たる人。都から寄せられた詩に返したものである。
・秀才 地方試験に及第した者の称。彼はこれから推薦を得て中央試験をうけようとしている人である。


浩思藍山玉彩寒,冰囊敲碎楚金盤。
すばらし詩想は、藍田の山から出る美玉のようであり、色合いと美しさは、すがすがしいものです。その詩は、氷の嚢の中に納められ、そして、その氷をきらびやかな楚の金製の皿の上で打ちくだいたように、一語一語が、きらきらと輝いています。
・浩思(こうし) 浩は広大の意。
・藍山 藍田の山のことであろう。美玉を産するところ。一本に南山に作るがこれは藍がよかろう。○藍水 藍田にある川の名。㶚水の支流で北流して長安東門春明門を出た街道滻水橋を渡り、㶚陵橋と続くを北流して、渭水に豪牛する。〇千澗 多くの谷川。○玉山 藍田にある山の名、即ち藍田山。昔、宝玉を産出していたのでそう呼ぶ。杜甫『九日藍田崔氏荘』
老去悲愁強自寛、興来今日尽君歓。
羞将短髪環吹帽、笑倩旁人為正冠。
藍水遠従千澗落、玉山高並両峰寒。
明年此会知誰健、酔把茱萸子細看。
九日藍田崔氏荘 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 277

・氷嚢 詩人が作った詩は袋に入れて持ち歩いている。そこから、高潔な詩想をいう。


詩家利器馳聲久,何用春闈榜下看。
詩人としての技は、もう誰一人、今日では知らぬ者はいないという。中央の進士の試験をお受ければ、及第者の氏名吏表を、見に行く必要なんかどうしてあろうものでしょうか。
・利器 技柄。
・聾 名声。
・春闘 春に行なわれる中央試験。
・榜下 試験の及第著名を書きつけた掲示の下。

送姚員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-198-64-#58  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2537

薛濤 《送姚員外》 その方の旅の安全を祈って柳の枝を折って、旅立ちのお別れに差しあげたいと思っている、しかし、川端はけぶる月のすがた、柳を見て、この郷と旅の向こうの郷には、兩地には同じさびしい思いがのこる。


2013年6月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首  平原侯值》 謝靈運 六朝詩<85-#1>平原侯值瑒 797 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2533
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#3>710 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2534
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(17) 杜甫 <481-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2535 杜甫詩1000-481-#1-701/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送姚員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-198-64-#58  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2537
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



送姚員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-198-64-#58   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2537


送姚員外
(剣南幕府の姚員外を見送る詩)
萬條江柳早秋枝,裊地翻風色未衰。
花街の川端の柳は万状の枝を垂れ、秋にむかう風が吹きはじめた。地を掃くように、風に揺られているのに、まだ柳の緑は色をのこして、決して衰えてはいない。
欲折爾來將贈別,莫教煙月兩鄉悲。
その方の旅の安全を祈って柳の枝を折って、旅立ちのお別れに差しあげたいと思っている、しかし、川端はけぶる月のすがた、柳を見て、この郷と旅の向こうの郷には、兩地には同じさびしい思いがのこる。

姚員外を送る
萬條の江柳 早秋の枝,地に裊【じゅう】し風に翻り 色 未だ衰えず。
爾を折り來って 將って別に贈らんと欲す,煙月をして兩鄉に悲しまむること莫れ。


『送姚員外』 現代語訳と訳註
美女画557













(本文)
萬條江柳早秋枝,裊地翻風色未衰。
欲折爾來將贈別,莫教煙月兩鄉悲。


(下し文)
姚員外を送る
萬條の江柳 早秋の枝,地に裊【じゅう】し風に翻り 色 未だ衰えず。
爾を折り來って 將って別に贈らんと欲す,煙月をして兩鄉に悲しまむること莫れ。


(現代語訳)
(剣南幕府の姚員外を見送る詩)
花街の川端の柳は万状の枝を垂れ、秋にむかう風が吹きはじめた。地を掃くように、風に揺られているのに、まだ柳の緑は色をのこして、決して衰えてはいない。
その方の旅の安全を祈って柳の枝を折って、旅立ちのお別れに差しあげたいと思っている、しかし、川端はけぶる月のすがた、柳を見て、この郷と旅の向こうの郷には、兩地には同じさびしい思いがのこる。


(訳注)
送姚員外
剣南幕府の姚員外を見送る詩
・姚員外 員外は員外郎の異称。官職名。その人物は、段文昌が西川節度使であったときに、判官であった姚向というものと、剣南観察推官であった姚康のどちらかといわれている。


萬條江柳早秋枝,裊地翻風色未衰。
花街の川端の柳は万状の枝を垂れ、秋にむかう風が吹きはじめた。地を掃くように、風に揺られているのに、まだ柳の緑は色をのこして、決して衰えてはいない。
・萬條 条はえだをいう。
・江柳 花街は川端に作られその川端柳。
・早秋 秋のはじめ。
・裊地(ちにじょうす) 裊はなよやか。しなやか。慮聾の詩に、「軌、弱柳を置す」の句がある。なでるように、柳の枝がゆれているさま。


欲折爾來將贈別,莫教煙月兩鄉悲。
その方の旅の安全を祈って柳の枝を折って、旅立ちのお別れに差しあげたいと思っている、しかし、川端はけぶる月のすがた、柳を見て、この郷と旅の向こうの郷には、兩地には同じさびしい思いがのこる。
・贈別 柳の枝を折って旅立つ者に贈る風習がある。    
・煙月 夕刻のかすみの中の月。
・兩郷 両地に同じ。姚員外の行く先と、別れ前のこの地。成都のこと。

春郊游眺寄孫處士二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-197-63-#57  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2532

薛濤 《春郊游眺寄孫處士二首 之二》今朝から、思うままに美しい春の花の香り一杯楽しくすごした。春の花園のような野を歩くと、着物のすそは、まるで花模様の衣地のように見え、地上はすべて花で刺繍されている。

2013年6月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 阮瑀》 謝靈運 六朝詩<84-#3> 應瑒 796 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2528
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#2>709 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2529
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(16) 杜甫 <480-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2530 杜甫詩1000-480-#2-700/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集古詩十九首之十五 漢の無名氏(15)  漢詩<28> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2526 (06/14)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春郊游眺寄孫處士二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-197-63-#57  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2532
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

春郊游眺寄孫處士二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-197-63-#57   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2532

海棠花02256春郊游眺寄孫處士二首 之一 
低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。
  
57春郊游眺寄孫處士二首 之二
今朝縱目玩芳菲,夾纈籠裙繡地衣。
滿袖滿頭兼手把,教人識是看花歸。


春郊游眺寄孫處士二首 之一 
(春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの一。)
低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
薔薇の花を間直に見るために、じっと立ちどまって、頭を低くして向かうのです。この愛すべき花の香りは南国の零陵香の匂いを着物にしみませているのににています。
何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。

春の行楽に、こんなにも素敵な匂いをかいだり、いろんなことをすることができるのを、碧渓の孫さまは楽しんでおられるでしょうか。孫様はお忙しいお方です、秋に百舌鳥が東に飛去れば、春には燕が西へ飛んでゆくように、あちらこちらと飛びまわっていらっしゃるおひとです。


春郊游眺寄孫處士二首 之二
(春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの二。)
今朝縱目玩芳菲,夾纈籠裙繡地衣。
今朝から、思うままに美しい春の花の香り一杯楽しくすごした。春の花園のような野を歩くと、着物のすそは、まるで花模様の衣地のように見え、地上はすべて花で刺繍されている。
滿袖滿頭兼手把,教人識是看花歸。

袖のなかも花でいっぱい、髪にもたっぷり花を挿して、手にも持つ、誰が見ても、行楽の歸りだということ、教えなくてもわかってしまう。


『春郊游眺寄孫處士二首』 現代語訳と訳註
(本文)
 春郊游眺寄孫處士二首 之二
今朝縱目玩芳菲,夾纈籠裙繡地衣。
滿袖滿頭兼手把,教人識是看花歸。


(下し文)
(春郊 游眺【ゆうちょう】孫處士に寄す二首之二)
今朝 縱目 芳菲を玩ぶ,夾纈 裙を籠め 地衣を繡す。
滿袖 滿頭 兼ねて手把す,人を教て 是れ花を看て歸えるを識らしむ。


(現代語訳)
(春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの二。)
今朝から、思うままに美しい春の花の香り一杯楽しくすごした。春の花園のような野を歩くと、着物のすそは、まるで花模様の衣地のように見え、地上はすべて花で刺繍されている。
袖のなかも花でいっぱい、髪にもたっぷり花を挿して、手にも持つ、誰が見ても、行楽の歸りだということ、教えなくてもわかってしまう。


(訳注)
春郊游眺寄孫處士二首 之二

春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの二。
・孫庭土がいかなる人であるかは、今ではわからない。作者が春の郊外を散策し、花を欒しんで歸ってから、そのことを孫處土に、書き迭ったもの。
・春郊 春の郊外。
・遊眺 眺め遊ぶ。春の行楽の中でのバラの花を見ることを云う。
・處士 官吏でなく民間人。


今朝縱目玩芳菲,夾纈籠裙繡地衣。
今朝から、思うままに美しい春の花の香り一杯楽しくすごした。春の花園のような野を歩くと、着物のすそは、まるで花模様の衣地のように見え、地上はすべて花で刺繍されている。
・今朝 この朝ということは前日の夜を連想させる。
・縱目 思うままに日を楽しませる。
・芳菲 香りのよい花。花がかんばしくにおう。
杜甫『落日』
落日在簾鉤,溪邊春事幽。
芳菲緣岸圃,樵爨倚灘舟。
啅雀爭枝墜,飛蟲滿院遊。
濁醪誰造汝?一酌散千愁。
落日 簾鉤【れんこう】に在り,溪邊【けいへん】春事幽なり。
芳菲【ほうひ】なり岸に緣る圃,樵爨【しょうさん】す灘に倚る舟。
啅雀【とうじゃく】枝を爭うて墜ち,飛蟲【ひちゅう】院に滿ちて遊ぶ。
濁醪【だくろう】 誰か汝を造れる?一酌【いちしゃく】千愁散ぜしむ。
夾纈 花模様のプリント布。「唐語林」に、「唐の玄宗のとき、柳姪好の妹の題氏が、たくみな鏡板(型板) の間に布を爽んで花模様を染める法を案出し、造った布を娃師の誕生日に皇后にたてまつったので、玄宗が喜んで、宮中でこれを作らせ、秘していたものが、しぜん世にひろがった」とある。「丹鉛総録」には、元代に、別に萄櫛の名もあったというから、罷溝のころには、四川にそれが流行し始めていたと思われる。爽精とも書く。
 衣に対し、下半身をおおう着物の部分。スカート。
 刺繍する。


滿袖滿頭兼手把,教人識是看花歸。
袖のなかも花でいっぱい、髪にもたっぷり花を挿して、手にも持つ、誰が見ても、行楽の歸りだということ、教えなくてもわかってしまう。
・地衣 地を着物と考えていったもの。
・袖 袖口
・手把 手に持つこと。

春郊游眺寄孫處士二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-196-62-#56  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2527

薛濤 《春郊游眺寄孫處士二首 其一》薔薇の花を間直に見るために、じっと立ちどまって、頭を低くして向かうのです。この愛すべき花の香りは南国の零陵香の匂いを着物にしみませているのににています。


2013年6月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 阮瑀》 謝靈運 六朝詩<84-#2> 劉楨 795 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2523
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#1>709 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2529
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(15) 杜甫 <480-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2525 杜甫詩1000-480-#1-699/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春郊游眺寄孫處士二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-196-62-#56  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2527
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


春郊游眺寄孫處士二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-196-62-#56   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2527


56春郊游眺寄孫處士二首 之一 
低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。
  
57春郊游眺寄孫處士二首 之二
今朝縱目玩芳菲,夾纈籠裙繡地衣。
滿袖滿頭兼手把,教人識是看花歸。


春郊游眺寄孫處士二首 之一 
(春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの一。)
低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
薔薇の花を間直に見るために、じっと立ちどまって、頭を低くして向かうのです。この愛すべき花の香りは南国の零陵香の匂いを着物にしみませているのににています。
何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。
春の行楽に、こんなにも素敵な匂いをかいだり、いろんなことをすることができるのを、碧渓の孫さまは楽しんでおられるでしょうか。孫様はお忙しいお方です、秋に百舌鳥が東に飛去れば、春には燕が西へ飛んでゆくように、あちらこちらと飛びまわっていらっしゃるおひとです。



『春郊游眺寄孫處士二首』 現代語訳と訳註
百舌鳥02(本文)
 之一 
低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。


(下し文)
(春郊 游眺【ゆうちょう】孫處士に寄す二首之一)
低頭 久立 薔薇に向う,零陵に似たるは香りて衣を惹くよりも愛す。
何事ぞ碧雞の孫處士,伯勞 東に去り燕西に飛ぶ。


(現代語訳)
(春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの一。)
薔薇の花を間直に見るために、じっと立ちどまって、頭を低くして向かうのです。この愛すべき花の香りは南国の零陵香の匂いを着物にしみませているのににています。
春の行楽に、こんなにも素敵な匂いをかいだり、いろんなことをすることができるのを、碧渓の孫さまは楽しんでおられるでしょうか。孫様はお忙しいお方です、秋に百舌鳥が東に飛去れば、春には燕が西へ飛んでゆくように、あちらこちらと飛びまわっていらっしゃるおひとです。


(訳注)
春郊游眺寄孫處士二首 之一 
春の郊外に行楽にでかけ、春景色を臨み、孫という民間の出席者に寄せる。二首のうちの一。
・孫庭土がいかなる人であるかは、今ではわからない。作者が春の郊外を散策し、花を欒しんで歸ってから、そのことを孫處土に、書き迭ったもの。
・春郊 春の郊外。
・遊眺 眺め遊ぶ。春の行楽の中でのバラの花を見ることを云う。
・處士 官吏でなく民間人。


低頭久立向薔薇,愛似零陵香惹衣。
薔薇の花を間直に見るために、じっと立ちどまって、頭を低くして向かうのです。この愛すべき花の香りは南国の零陵香の匂いを着物にしみませているのににています。
・低頭 「こうべをたれて」とも読む。薔薇の花の位置が低いので、下を向いての意。低は「たれる」とよむ。
・久立(きゅうりつ) 長い間じっと立っていること。薔薇を愛して立ち去りがたいわけ。
・薔薇 ばら。
・零陵香 零陵は今の五嶺山脈であり、そこをこえて、広西省桂林地方の名。この地方に産する香草木。


何事碧雞孫處士,伯勞東去燕西飛。
春の行楽に、こんなにも素敵な匂いをかいだり、いろんなことをすることができるのを、碧渓の孫さまは楽しんでおられるでしょうか。孫様はお忙しいお方です、秋に百舌鳥が東に飛去れば、春には燕が西へ飛んでゆくように、あちらこちらと飛びまわっていらっしゃるおひとです。
・何事 どうしたわけであろうか。とんでもないことだの意。
・碧渓 安徽省を西北に流れて桐江に入る河。孫の故郷のあたりをいう。
・伯勞 燕雀目モズ科。やや大型の生餌を捕食するところから猛禽扱いをされている。季節 秋。

江亭餞別 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-195-61-#55  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2522

薛濤 《江亭餞別》 今、夜の帷がおりるなかに、緑の澄み切った沼があり、赤ちゃけたような色の河岸の土が、萬物みな静かに眠っている。ここでお見送りしたのは、范さま、汪さま、そしてそのおつれの幷州の太守の李さまのお三方でした。


 

2013年6月13日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 阮瑀》 謝靈運 六朝詩<84-#1> 劉楨 794 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2518
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#2>Ⅱ中唐詩708 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2524
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集去秋行 楽府(七言歌行) 成都6-(14) 杜甫 <479>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2520 杜甫詩1000-479-698/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江亭餞別 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-195-61-#55  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2522
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

江亭餞別 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-195-61-#55   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2522


江亭餞別
(岷江の畔の亭でのお見送り)
綠沼紅泥物象幽,范汪兼倅李并州。 
今、夜の帷がおりるなかに、緑の澄み切った沼があり、赤ちゃけたような色の河岸の土が、萬物みな静かに眠っている。ここでお見送りしたのは、范さま、汪さま、そしてそのおつれの幷州の太守の李さまのお三方でした。
離亭急管四更後,不見車公心獨愁。 
ここ成都の次の駅の亭では、にぎやかな音楽が奏でられて、もう四更を過ぎてしまった。みなさまはもうご出發されてて、車も見えなくなり、わたくしひとりさびしい思いでいるのです。


『江亭餞別』 現代語訳と訳註
(本文)
江亭餞別
綠沼紅泥物象幽,范汪兼倅李并州。 
離亭急管四更後,不見車公心獨愁。 


(下し文)
江亭餞別
綠沼【りょくしょう】紅泥【こうでい】物象 幽なり,范・汪 兼ねて倅【さい】す 李幷州。
離亭 急管して 四更後にす,車の公を見ず心 獨り愁う。 


(現代語訳)
(岷江の畔の亭でのお見送り)
今、夜の帷がおりるなかに、緑の澄み切った沼があり、赤ちゃけたような色の河岸の土が、萬物みな静かに眠っている。ここでお見送りしたのは、范さま、汪さま、そしてそのおつれの幷州の太守の李さまのお三方でした。
ここ成都の次の駅の亭では、にぎやかな音楽が奏でられて、もう四更を過ぎてしまった。みなさまはもうご出發されてて、車も見えなくなり、わたくしひとりさびしい思いでいるのです。


美女画55101道観



















(訳注)
江亭餞別

(岷江の畔の亭でのお見送り)
・江亭(こうてい) 川辺のちん。亭はあずまや。五里ごとの駅亭がある。成都からのその出発点の亭であろうか。
・餞別 酒宴を催して人を見送ること。


綠沼紅泥物象幽,范汪兼倅李幷州。 
今、夜の帷がおりるなかに、緑の澄み切った沼があり、赤ちゃけたような色の河岸の土が、萬物みな静かに眠っている。ここでお見送りしたのは、范さま、汪さま、そしてそのおつれの幷州の太守の李さまのお三方でした。
・縁沼 沼であるがここでは淵、入江になっているところで津であろうか。
・物象 物のかたち。あたりすべてのものが。
・幽 ひっそりと奥淡い感じ。隠棲の場所。
・范・汪・李 いずれも今旅立っていった人たちの姓。誰に当てたらよいか、はっきりしない。いずれも西川節度使の幕下であった人々であろうか。李だけは幷州とあるから、井州の太守になって赴任した人であろう。幷州は山西省にある。
・倅 副武の意。李幷州が滝と在の副えであって、一段と位がひくいのであろう。


離亭急管四更後,不見車公心獨愁。 
ここ成都の次の駅の亭では、にぎやかな音楽が奏でられて、もう四更を過ぎてしまった。みなさまはもうご出發されてて、車も見えなくなり、わたくしひとりさびしい思いでいるのです。
・離亭 次の駅の亭。
・急管 管はふえ。ふえでその他の楽器をも代表させたもの。急はその高調子のせまっていること。
・四更 夜の午前二時ごろ。
・公車 貴い地位お方の乗車。

送鄭資州 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-194-60-#54  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2517

薛濤 《送鄭資州》 峨眉山あたりに雨が降りつづき空も暗いのです。大江の水が流れています。夜を共にした人とのおわかれはこの高殿の上から、袂をおおうて涙を隠します。


2013年6月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 應瑒》 謝靈運 六朝詩<83-#3> 劉楨 793 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2513
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#1>Ⅱ中唐詩707 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2519
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集苦戰行 楽府(五言律詩) 成都6-(13) 杜甫 <478>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2515 杜甫詩1000-478-697/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送鄭資州 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-194-60-#54  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2517
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


送鄭資州 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-194-60-#54   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2517


送鄭資州
(資州に帰る鄭様を見送る詩。)
雨暗眉山江水流,離人掩袂立高樓。
峨眉山あたりに雨が降りつづき空も暗いのです。大江の水が流れています。夜を共にした人とのおわかれはこの高殿の上から、袂をおおうて涙を隠します。
雙旌千騎駢東陌,獨有羅敷望上頭。
夫の太守さまのお行列は旗をたて、大勢のお供をお従えて、大道を東に向かわれる。相和曲『陌上桑』(日出東南隅行)の「羅敷」のように、妻のわたくしはひとり、東に進む行列の先頭のあなたさまを、じっとみつめております。



『送鄭資州』 現代語訳と訳註
bijo02(本文)
雨暗眉山江水流,離人掩袂立高樓。
雙旌千騎駢東陌,獨有羅敷望上頭。


(下し文)
鄭資州を送る
雨は暗し 眉山 江水流る,離人 袂を掩うて 高樓に立つ。
雙旌【そうしょう】千騎 東陌【とうばく】駢【なら】び,獨り有る 羅敷【らふ】上頭を望むを。


(現代語訳)
(資州に帰る鄭様を見送る詩。)
峨眉山あたりに雨が降りつづき空も暗いのです。大江の水が流れています。夜を共にした人とのおわかれはこの高殿の上から、袂をおおうて涙を隠します。
夫の太守さまのお行列は旗をたて、大勢のお供をお従えて、大道を東に向かわれる。相和曲『陌上桑』(日出東南隅行)の「羅敷」のように、妻のわたくしはひとり、東に進む行列の先頭のあなたさまを、じっとみつめております。


(訳注)
送鄭資州

(資州に帰る鄭様を見送る詩。)
望江楼で送別の宴席を終え、万里橋のたもとから沱江への運河を行き簡州を下り、資州に入るということ。


雨暗眉山江水流,離人掩袂立高樓。
峨眉山あたりに雨が降りつづき空も暗いのです。大江の水が流れています。夜を共にした人とのおわかれはこの高殿の上から、袂をおおうて涙を隠します。
・眉山 眉の山。峨眉山、成都からは泯江の流れをくだる方角にあるやまであるが、若い芸妓の薛濤が見送ることは別れの宴会を何日間か過ごしているのである。女子の眉から、ただここでは薛濤自信を示すものと考える
・江水 望江楼の傍を岷江が流れる。このあたりでは大きな流れになっている。
・離人 前日までくっ付いていたから、離れる人となる鄭資州太守のこと。羅敷、つまりあなたの妻が残される。そして、地位ある人に声を掛けられるということを連想させる。そこで第四句の「独り」が生きてくる。


雙旌千騎駢東陌,獨有羅敷望上頭。
夫の太守さまのお行列は旗をたて、大勢のお供をお従えて、大道を東に向かわれる。相和曲『陌上桑』(日出東南隅行)の「羅敷」のように、妻のわたくしはひとり、東に進む行列の先頭のあなたさまを、じっとみつめております。
・雙旌 雙は最先頭に二本かかげる、旌は軍旗。舵の上に羽槙のかぎりのついたもの。
・東陌 東方へむかう道路。資州は成都の東にある。南の眉州に向かうという解釈の本もあるが間違い。
・駢 二頭並列すること。
・羅敷 古楽府の「陌上桑」に見ゆる邯鄲の秦氏のむすめ。
・上頭 列の先頭。この位置に相手がおり、あとには従者が大勢ついている。
・千騎・上頭 ともに下に示す「階上桑」の中の句に見える語で、「東方千余蹄、大将頭に居る」これから「私の夫は千騎の上頭の物ですよ」と云いますというほどの意味になる。





 

相和歌辭︰相和曲
陌上桑. (日出東南隅行)
日出東南隅、照我秦氏樓。
秦氏有好女、自名為羅敷。
羅敷
善蠶桑、採桑城南隅。
青絲為籠系、桂枝為籠鉤。
頭上倭墮髻、耳中明月珠。
緗綺為下裙、紫綺為上襦。
行者見羅敷、下擔捋髭須。
少年見羅敷、脫帽著□頭(更+)。
耕者忘其犁、鋤者忘其鋤。
來歸相怨怒、使君從南來。
五馬立踟躕、使君遣吏往。
問此誰家姝、秦氏有好女。
自名為羅敷、羅敷年幾何。
二十尚不足、十五頗有餘。
使君謝羅敷、寧可共載不。

羅敷前致辭、使君一何愚。
使君自有婦羅夫自有夫。

東方千餘騎、夫婿居上頭
何用識夫婿、白馬從驪駒。
青絲系馬尾、黃金絡馬頭
腰中鹿盧劍、可值千萬餘。
十五府小史、二十朝大夫。
三十侍中郎、四十專城居。
為人潔白皙、□□頗有須。
盈盈公府步、冉冉府中趨。
坐中數千人、皆言夫婿殊。

東南の隅から出た朝日が、まず、わが秦氏の高殿を照らす。その秦氏の美しい娘がいて自ら羅敷と名乗っている。羅敷は養蚕が上手、城郭の南隅で桑つみをする。そのいでたちは青い糸を籠のひもにし、桂の枝を籠のさげ柄にし、頭の上に垂れ髪のまげをむすび耳には明月の珠をかざり、浅黄色のあやぎぬを裳にし、紫のあやぎぬを上衣としている。
その美しい姿に道行く男は荷物をおろして見とれ、ひげをひねって体裁ぶり、若者は彼の女を見ると帽をぬいて、髻をつつんだ頭をあらわして気どって見せる。田を耕す人は犂を忘れ、畑をすく人は鋤を休めて見とれる。家に帰ってから怨んだり怒ったり、夫婦争いをするのも、じつはただ羅敷を見たことがもとなのだ。
ある日、国の太守が南の方からやって来て羅敷を見とめ、五頭立の馬車もそこに立ちどまって進もうとしない。太守は下役をよこしてたずねる。「これはどこの娘さんか」と。人々が答えた。
「秦家の美しい娘、その名は羅敷と申します」「年はいくつか」「二十にはまだならぬが、十五は大分過ぎています」
太守はそこで羅敷にあいさつし、「どうだ、わしの車で一緒に行くことはできぬか」と。羅敷が進み出て申しあげる。「太守さまはほんとにおばかさんだ。あなたさまにはもともと奥さまがいらっしゃるし、わたしにも夫があります。東地方千余騎の軍隊、わたしの夫はその頭にいます。
夫を何で見わけるかといえば、白い馬に黒の若駒を従え、
青糸の紐をしりがいにし、黄金のおもがいをかざり、自分の腰には鹿盧の剣をおびている。その価は千万金余もする名剣。十五の歳に役所の書記だった夫は、二十で朝廷の大夫、三十では侍従職、四十では一城の主となりました。生まれつきのすっきりした色白、ふさふさとしたあごひげ、堂々と役所を歩み、さっさと役所内を急ぎまわる。威風あたりをはらって同坐の人々数千人、みなわたしの夫が目立ってすぐれていると申します」 と。
蜀の山50055

和郭員外題萬里橋 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-193-59-#53  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2512

薛濤 《和郭員外題萬里橋》 郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。


 

2013年6月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 應瑒》 謝靈運 六朝詩<83-#2> 792 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2508
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和武相公鎮蜀時,詠使宅韋太尉所養孔雀 韓愈(韓退之) <143>Ⅱ中唐詩706 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2514
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集大麥行  楽府(七言歌行) 成都6-(12) 杜甫 <477>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2510 杜甫詩1000-477-696/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和郭員外題萬里橋 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-193-59-#53  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2512
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


和郭員外題萬里橋 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-193-59-#53   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2512


和郭員外題萬里橋
(郭員外様のこの「万里橋に題す」という詩に唱和する詩。)
萬里橋頭獨越吟,知憑文字寫愁心。
郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。
細侯風韻兼前事,不止為舟也作霖。

後漢の細侯は前任中の恩徳により風流なお迎えがあったのですが、それは帰ってきた時の事で、あなた様には、雨が細々と降って、まるでご出立を惜しみいやがっているようではございませんか。

李清照0055




『和郭員外題萬里橋』 現代語訳と訳註
(本文)

萬里橋頭獨越吟,知憑 文字 寫愁心。
細侯風韻兼前事,不止為舟也作霖。


(下し文)
郭員外萬里橋に題するに和す
萬里 橋頭にありて 獨り越吟す,文字に憑して愁心を寫すを知る。
細侯 風韻と前事とを兼ぬ,舟を為すに 也た霖を作すを止めず。


(現代語訳)
(郭員外様のこの「万里橋に題す」という詩に唱和する詩。)
郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。
後漢の細侯は前任中の恩徳により風流なお迎えがあったのですが、それは帰ってきた時の事で、あなた様には、雨が細々と降って、まるでご出立を惜しみいやがっているようではございませんか。


(訳注)
和郭員外題萬里橋

(郭員外様のこの「万里橋に題す」という詩に唱和する詩。)
・郭員外 前の“酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507”と同じ人物を見送っての詩である。
・萬里橋は今の成郡市の南門外の錦江に架けられている橋で、三国時代に奥の間へ使節となって出章する費韡を宰相の諸葛亮(孔明)が見返ったところで、費韡が「萬里の行、この橋より始まる」といったことから名づけられたもの。杜甫の草堂は、この橋の西にあり、杜詩に、「萬甲橋西一草堂」の句で有名である。薛濤の住居も、その近くにあった。ちなみに、「長星橋」から「万里橋」に改名されたとされる。現在は更に改名され「老南門大橋」となっている。


萬里橋頭獨越吟,知憑文字寫愁心。
郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。


細侯風韻兼前事,不止為舟也作霖。
後漢の細侯は前任中の恩徳により風流なお迎えがあったのですが、それは帰ってきた時の事で、あなた様には、雨が細々と降って、まるでご出立を惜しみいやがっているようではございませんか。
・愁心(しゅうしん) さびしい心。
・細侯 後漢の郭伋のあざな。郭伋は茂陵の人。王奔のときに井州の牧(長官)となった。のち、また幷州の牧に再任されると、前任のさい居民を愛したので、
居民の老幼みな喜び、児童数百が竹馬にのって着任を迎えた。今、薛濤が見送っている相手の姓が郭であるので、漢の郭伋の故事をつかったもの。
・風韻 右にのべた郭伋の再任を迎えた時の風流な出迎えをいったもの。
・前事 郭伋の前任中に恩徳をほどこしたことをいう。
・作霜 霧雨、すなわちしとしとと降る長雨をふらせて、舟の出帆をはばんだこと。

浣花峡556

























杜甫『野望』
西山白雪三城戍,南浦清江萬裡橋
海內風塵諸弟隔,天涯涕淚一身遙。
惟將遲暮供多病,未有涓埃答聖朝。
跨馬出郊時極目,不堪人事日蕭條!

(野 望)
西山の白雪三城の戍【まもり】、南浦 清江の万里橋。
海内【かいだい】の風塵【ふうじん】に諸弟隔たり、天涯【てんがい】涕涙【ているい】一身 逢かなり。
惟 遅碁【ちぼ】を将て多病に供す、未だ涓埃【けんあい】の聖朝に答うる有らず。
馬に跨り郊を出で時に目を極むれば、堪えず人事の日とに粛条【しょうじょう】たるに。

遠くには西連峰の山々が白雪をいただくあたりに三城の要塞が見える。近くには成都、南の清らかな錦江の川浦があり、あの万里橋が見える。
いま天下には兵馬のちりを巻き起こす兵乱がうちつづくなか弟たちは遠く隔たっている。私は天の果て遙かにひとりさまよって涙をこぼし、喘ぐのである。
私はここで晩年を多年の病に向ってささげているばかりである。まだつゆちりほども聖天子の御恩に報いたてまつったことはないのである。
家を出て馬にまたがって成都の西郊外に、時時はるかに眺めわたしてみる。人間についての消息が日日にさびしくすがれていくのに堪えられぬ思いだ。

酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507

薛濤 《酬郭簡州寄柑子》 御史台様から頂いたこの黄金色の物は同じ色をしていても責められることはありません。まるい形の中にふくまれている清らかな味と、すがすがしい香りは、清らかできびしい高潔なお役目のように思われます。

2013年6月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 應瑒》 謝靈運 六朝詩<83-#1> 791 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2503
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#3>Ⅱ中唐詩705 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2509
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集漁陽 楽府(七言歌行) 成都6-(11) 杜甫 <476>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2505 杜甫詩1000-476-695/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507
52酬郭簡州寄柑子20


酬郭簡州寄柑子
(郭簡州の刺史さまへ、成都近くの簡州の特産のミカンを送ってくださりそれに酬いた詩をおくります。)
霜規不讓黃金色,圓質仍含御史香。
御史台様から頂いたこの黄金色の物は同じ色をしていても責められることはありません。まるい形の中にふくまれている清らかな味と、すがすがしい香りは、清らかできびしい高潔なお役目のように思われます。
何處同聲情最異,臨川太守謝家郎。
どこかで同じような詩を作り歌う、心持を一般の人とは違った善いお方を思われます。そうそれは六朝の山水詩人、清廉潔白な臨川太守の謝靈運ということでございましょう。


『酬郭簡州寄柑子』 現代語訳と訳註
題新津北橋棲00(本文)
霜規不讓黃金色,圓質仍含御史香。
何處同聲情最異,臨川太守謝家郎。


(下し文)
郭簡州の柑子を寄せらるるに酬ゆ。

霜規 讓めず黃金の色,圓質 仍お含む御史の香。
何處か 同聲をじうして情は最も異なり,臨川の太守謝家の郎。


(現代語訳)
(郭簡州の刺史さまへ、成都近くの簡州の特産のミカンを送ってくださりそれに酬いた詩をおくります。)
御史台様から頂いたこの黄金色の物は同じ色をしていても責められることはありません。まるい形の中にふくまれている清らかな味と、すがすがしい香りは、清らかできびしい高潔なお役目のように思われます。
どこかで同じような詩を作り歌う、心持を一般の人とは違った善いお方を思われます。そうそれは六朝の山水詩人、清廉潔白な臨川太守の謝靈運ということでございましょう。


(訳注)
酬郭簡州寄柑子
郭簡州の柑子を寄せらるるに酬ゆ。
(郭簡州の刺史さまへ、成都近くの簡州の特産のミカンを送ってくださりそれに酬いた詩をおくります。)
・郭簡州 簡州の刺史で郭という人。簡州は今の四川省簡陽縣。成都の東南(D-3)にあり、成都から比較的近い。郭という人物は不明であるが謝靈運と同じような境遇、詩才の人物であったのだろう。
・柑子 みかんの一種。湖北・四川地方はみかんの名産地であったという。


霜規 不讓 黃金色,圓質 仍含 御史香。
御史台様から頂いたこの黄金色の物は同じ色をしていても責められることはありません。まるい形の中にふくまれている清らかな味と、すがすがしい香りは、清らかできびしい高潔なお役目のように思われます。
・霜規 御史台のことを霜憲・霜台・霜署などということを跨まえ、規はおきて、法度の意。御史台は官吏を監察し司法をつかさどる役所。刺史もまた地方長官として管内でその一端をになう。
・黄金 おうごんの色
・圓質 円いみかんのなか身。
・御史香 御史は右の御史台の官。香は、その清廉正直な風格をさす。


何處 同聲 情最異,臨川 太守 謝家郎。
どこかで同じような詩を作り歌う、心持を一般の人とは違った善いお方を思われます。そうそれは六朝の山水詩人、清廉潔白な臨川太守の謝靈運ということでございましょう。
・臨川太守謝家郎 六朝宋代の有名な詩人謝霊運をさす。謝霊運は 「文章の美、江左第一といわれ、康楽侯に封ぜられたから、謝康楽ともよばれ、族弟の謝恵連らと「文章の四友」といわれ、当時第一の詩人で、李白は「春夜、桃李の園に宴するの序」で「吾人の詠歌は康楽に促づ」とまでいっている。
一般的に、性香惨を好み、高位に就き得ないことに不平を抱き.奇矯な行動が多かったので、臨川の内史の時、有司に訴えられて、広州(今の広東)に移され、そこで謀叛を謀ったという者があり、ついに死刑となった。しかし、文選、古詩源に取り上げられている詩からは、その一般的に言われる雰囲気は全く見られない。当時の権力者にとって邪魔な存在であったのであろうとしか思えないのである。
謝靈運の詩についてはそのほとんどを訳注解説しているので参考にされたい。



謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

酬辛員外折花見遺 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-191-57-#51  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2502

薛濤 《酬辛員外折花見遺》 女神西王母の侍女で女神西王母の侍女の春の紳さまのお使いの青い鳥が、東から飛んできて、今は春も終わりのころ、お花をいただいたとき、その鳥が、口いっぱいに花をふくんで、仙女の宮殿からおりてきたようです。


2013年6月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 劉楨》 謝靈運 六朝詩<82-#3> 790 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2498
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩和武相公早春聞鶯 韓愈(韓退之) <141-#1>Ⅱ中唐詩702 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2494
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#4) 杜甫 <475-#4>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2500 杜甫詩1000-475-#4-694/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬辛員外折花見遺 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-191-57-#51  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2502
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

酬辛員外折花見遺 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-191-57-#51   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2502


酬辛員外折花見遺
(辛員外さまが、折花をお遣りくださったのに対するお返しの詩。)
青鳥東飛正落梅,銜花滿口下瑤台。
女神西王母の侍女で女神西王母の侍女の春の紳さまのお使いの青い鳥が、東から飛んできて、今は春も終わりのころ、お花をいただいたとき、その鳥が、口いっぱいに花をふくんで、仙女の宮殿からおりてきたようです。
一枝為授殷勤意,把向風前旋旋開。
この一枝には、鄭重な心もちが、たっぷりと含まれているのを受け取ることが出来ました。手にしますと、春風の中に、パッと開くのが、とてもうれしく思われるのです。


『酬辛員外折花見遺』 現代語訳と訳註

花蕊夫人006







(本文)

青鳥東飛正落梅,銜花滿口下瑤台。
一枝為授殷勤意,把向風前旋旋開。


(下し文)
(辛員外の花を折りて遣らるるに酬ゆ)
青鳥 東飛 正に落梅、銜花 瓶口 瑤臺を下る。
一枝 為めに授く 殷勤の意、把って 風前に向へは 旋旋として開く。


(現代語訳)
(辛員外さまが、折花をお遣りくださったのに対するお返しの詩。)
女神西王母の侍女で女神西王母の侍女の春の紳さまのお使いの青い鳥が、東から飛んできて、今は春も終わりのころ、お花をいただいたとき、その鳥が、口いっぱいに花をふくんで、仙女の宮殿からおりてきたようです。
この一枝には、鄭重な心もちが、たっぷりと含まれているのを受け取ることが出来ました。手にしますと、春風の中に、パッと開くのが、とてもうれしく思われるのです。


(訳注)
酬辛員外折花見遺
(辛員外さまが、折花をお遣りくださったのに対するお返しの詩。)
・辛員外(しんいんがい) 員外は艮外部の簡称、官名。辛某が誰であるかはわからない。


青鳥東飛正落梅,銜花滿口下瑤台。
女神西王母の侍女で女神西王母の侍女の春の紳さまのお使いの青い鳥が、東から飛んできて、今は春も終わりのころ、お花をいただいたとき、その鳥が、口いっぱいに花をふくんで、仙女の宮殿からおりてきたようです。
・青鳥 青色は五行思想方位で東に当たる。春の神を青帝ともいう。また靑鳥は天上の女神西王母の侍女でもある。そこでここは、青い鳥が春の使者として訪れたことをいうのであろう。
・東飛 ふつうは東へ飛んでゆく場合であるが、ここは東から飛んでくる意に使ったもの。
・落梅 梅の花が黄ばんで落ちて実をつけるのが四、五月というから、春の末をさすか。
・銜花 花をロにふくむこと。
・瑤台 仙官をいう。政治をつかさどるところ。仙女の居所。十二層の楼台。十二は道教の聖数に由来する。ここでは謝朓の「玉階怨」「清平調詞其一」瑤台 李白「古朗月行」「清平調詞其一」につかう。崑崙山にある神仙の居所。『拾遺記』に「崑崙山……傍らに瑤台十二有り、各おの広さ千歩。皆な五色の玉もて台の基と為す」というように十二層の楼台。十二は道教の聖数に由来する。ここでは李白、謝朓の「玉階怨」のイメージを重ねているように見える。


一枝為授殷勤意,把向風前旋旋開。
この一枝には、鄭重な心もちが、たっぷりと含まれているのを受け取ることが出来ました。手にしますと、春風の中に、パッと開くのが、とてもうれしく思われるのです。
・殷勤 ていちょうにして行き届いた心。ねんごろな,心のこもった、心からもてなす.謝靈運『道路憶山中』「殷勤訴危柱,慷慨命促管!」(この憂いを晴らす,心をこめて琴柱に訴える、笛の音が急にして怒り嘆きを命じるのである。)
・旋旋 パッと開くの意。またはやいこと。またたく間のことをいう、たちまちと訓する。
鶯00

贈韋校書 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-190-56-#50  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2497

薛濤 《贈韋校書》
わたくしのことを、楚の抃和が荊山から宝玉の原石を手に入れたすばらしい寶にたとえられ、科挙及第、甲乙年と同等といわれましたが、それはまちがいで、わたくしは役立つことは役立ちますが、草むらに見出された薬草、あの香り草ぐらいのものでしかありません。

2013年6月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 劉楨》 謝靈運 六朝詩<82-#2> 789 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2493
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩和武相公早春聞鶯 韓愈(韓退之) <141-#1>Ⅱ中唐詩702 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2494
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#3) 杜甫 <475-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2495 杜甫詩1000-475-#3-693/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性贈韋校書 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-190-56-#50  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2497
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

贈韋校書 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-190-56-#50   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2497


贈韋校書
(韋校書に贈る。)
芸香誤比荊山玉,那似登科甲乙年。
わたくしのことを、楚の抃和が荊山から宝玉の原石を手に入れたすばらしい寶にたとえられ、科挙及第、甲乙年と同等といわれましたが、それはまちがいで、わたくしは役立つことは役立ちますが、草むらに見出された薬草、あの香り草ぐらいのものでしかありません。
澹地鮮風將綺思,飄花散蕊媚青天。
 
あなたさまは、この風光のよい四川の土地に、詩才を、その花のような、また花の蕊のような精華をもって、青空高くまきちらして、天子さまのお覚えもめでたく、まったくすはらしいお方です。

韋校書に贈る
芸香 誤って比す荊山の玉、那んぞ 登科甲乙の年に 似ん。
澹地 鮮風 綺思を將ひ、親花 散蕊 青天に姫ぶ。


『贈韋校書』 現代語訳と訳註
紅梅0021(本文)

芸香誤比荊山玉,那似登科甲乙年。
淡澹地鮮風將綺思,飄花散蕊媚青天。 


(下し文)
(韋校書に贈る)
芸香 誤って比す荊山の玉、那んぞ 登科甲乙の年に 似ん。
澹地 鮮風 綺思を將ひ、親花 散蕊 青天に姫ぶ。


(現代語訳)
(韋校書に贈る。)
わたくしのことを、楚の抃和が荊山から宝玉の原石を手に入れたすばらしい寶にたとえられ、科挙及第、甲乙年と同等といわれましたが、それはまちがいで、わたくしは役立つことは役立ちますが、草むらに見出された薬草、あの香り草ぐらいのものでしかありません。
あなたさまは、この風光のよい四川の土地に、詩才を、その花のような、また花の蕊のような精華をもって、青空高くまきちらして、天子さまのお覚えもめでたく、まったくすはらしいお方です。


(訳注)
贈韋校書

二十年間にわたり剣南西川節度使として、成都に駐在し、薛濤がほぼ十九歳のころから三十八歳まで世話になった韋皐に、兄の子臧孫(正貫)というのがあり、太子校書部になっていたから、たぶんその韋臧孫に贈ったものであろう。そしてこの詩意からみて、臧孫が彼女を卞和によって見出された戦國時代の名玉、「連城壁」のような寶と禮讃(社交的に)したのに封して、返した詩であろう。またふつうなら「酬」と題すべきところであるが、「贈」としているところから考えると、絶句後半の転結は自己のことを述べたのではなく、相手、すなわち韋臧孫の詩才をたたえたものである。


芸香誤比荊山玉,那似登科甲乙年。
わたくしのことを、楚の抃和が荊山から宝玉の原石を手に入れたすばらしい寶にたとえられ、科挙及第、甲乙年と同等といわれにましたが、それはまちがいで、わたくしは役立つことは役立ちますが、草むらに見出された薬草、あの香り草ぐらいのものでしかありません。
・芸香 ミカン科の多年草、薬用植物
・荊山之玉 優秀で賢明な人をいう。「荊山」は春秋時代、楚の抃和が宝玉の原石を手に入れた山である。そのことから高価な宝石のような人をさしていう。
・登科甲乙年 登科は科挙の試験すなわち官吏の登庸試験に及第すること、甲乙は十干(じっかん)は、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10の要素の順列。干支を書くとき干を支の前に書くことから天干(てんかん)とも言う。その十干の始めの二つであるから、甲の年、乙の年というふうに、何年に及第したということ。


澹地鮮風將綺思,飄花散蕊媚青天。 
あなたさまは、この風光のよい四川の土地に、詩才を、その花のような、また花の蕊のような精華をもって、青空高くまきちらして、天子さまのお覚えもめでたく、まったくすはらしいお方です。
・將 養う。
・飄花 花を鼠にひるがえすこと。
yayoipl05

十離詩十首 鏡離台 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-189-55-#49  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2492

薛濤 《十離詩十首 鏡離台》  この鏡は、黄金を鋳造して磨かれた立派な鏡なのです。それは初月から、三日月、五日月、そして満月になってぶらぶらと徘徊いたします。


 

2013年6月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 劉楨》 謝靈運 六朝詩<82-#1> 788 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2488
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#1>Ⅱ中唐詩703 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2499
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#2) 杜甫 <475>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2490 杜甫詩1000-476-692/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 鏡離台 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-189-55-#49  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2492
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

美人002522十離詩十首 鏡離台 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-189-55-#49   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2492


49 鏡離台 80
鏡離台
(鏡は台から取り去られる。)
鑄瀉黃金鏡始開,初生三五月徘徊。
この鏡は、黄金を鋳造して磨かれた立派な鏡なのです。それは初月から、三日月、五日月、そして満月になってぶらぶらと徘徊いたします。
為遭無限塵蒙蔽,不得華堂上玉台。

ところが、何かのことで、鏡に、限りない塵に蔽われてしまうようなことになったというのです。華やかな富貴の奥座敷の美しい台の上にのせられることも、許されなくなってしまうのです。


『鏡離台』 現代語訳と訳註
(本文)

鏡離台
鑄瀉黃金鏡始開,初生三五月徘徊。 
為遭無限塵蒙蔽,不得華堂上玉台。 


(下し文)
鏡 台を離る
黃金を鑄瀉して鏡は始めて開かる,初生 三五 月徘徊す。
無限にして塵の蒙蔽するに遭うが為に,華堂 玉台に上るを得ず。


(現代語訳)
(鏡は台から取り去られる。)
この鏡は、黄金を鋳造して磨かれた立派な鏡なのです。それは初月から、三日月、五日月、そして満月になってぶらぶらと徘徊いたします。
ところが、何かのことで、鏡に、限りない塵に蔽われてしまうようなことになったというのです。華やかな富貴の奥座敷の美しい台の上にのせられることも、許されなくなってしまうのです。


(訳注)
鏡離台

(鏡は台から取り去られる。)


鑄瀉黃金鏡始開,初生三五月徘徊。 
この鏡は、黄金を鋳造して磨かれた立派な鏡なのです。それは初月から、三日月、五日月、そして満月になってぶらぶらと徘徊いたします。
・鑄瀉 鋳はいること。潟は型に流しこむこと。写るまでにすることで、磨いて遷るようにする。
・黄金 銅と水銀をまぜたものでつくる。りっはな鏡というもの。
・初生 生まれたばかり。三日月よりも前の月で初月である。新月、初月は陰語を含むものである。
・三五 三かける五で十五。十五夜をいう。満月である。当時の鏡は円形であった。ここは月にもじって新月から満月になり名残月と進んでゆくことで時間の経過、使用頻度、私用する女子が若かったことから年増になっていくことを意味している。
・徘徊 ゆきつもどりつすること。ゆっくり動くかたち。時間経過を示すもの。男女の恋のゆくへを示唆するものである。


為遭無限塵蒙蔽,不得華堂上玉台。 
ところが、何かのことで、鏡に、限りない塵に蔽われてしまうようなことになったというのです。華やかな富貴の奥座敷の美しい台の上にのせられることも、許されなくなってしまうのです。
・蒙蔽 蒙はこうむる。蔽はおおう。磨かなければ映らなくなることをいう。年増になる姿を写したくないというのが理由なのであろう。
・華堂 玉堂におなじ、富貴のりつばなお座敷。
・玉臺 玉の飾りりついたようなりつはな台。台はここではもちろん鏡台をいう。



十首目にふさわしく妓女の生涯を鏡になぞらえ詠ったもので、一夫多妻制の時代、女として価値あるものとして扱われるのが十代であり、その後は次第に相手にされないことをいうのである。
魚玄機なら「男のその時の好みによって相手にされたり、捨てられたり、そんな勝手が許されるのか」というとこであろうが、薛濤は「十離詩十首」という詩で、やんわりと元稹に許しを乞うたのである。

十離詩十首 竹離亭 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-188-54-#48  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2487

薛濤 《十離詩十首 竹離亭》 新しく植えられた四、五列の竹がうっそうと茂っています。そしていつの年も、秋の霜にもめげないで、あおあおとしているのです。

2013年6月6日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 徐幹》 謝靈運 六朝詩<81-#3>文選 雜擬 上 787 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2483
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。月池 韓愈(韓退之) <140>Ⅱ中唐詩701 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2489
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遭田父泥飲美嚴中丞 成都6-(10-#1) 杜甫 <475>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2485 杜甫詩1000-475-691/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
古詩十九首 之七  (7)   漢の無名氏 漢詩<20> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2486
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 竹離亭 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-188-54-#48  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2487
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

十離詩十首 竹離亭 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-188-54-#48   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2487


48 竹離亭 79
竹離亭
(竹が亭をはなれる)
蓊郁新栽四五行,常將勁節負秋霜。 
新しく植えられた四、五列の竹がうっそうと茂っています。そしていつの年も、秋の霜にもめげないで、あおあおとしているのです。
為緣春筍鑽牆破,不得垂陰覆玉堂。

ところが今年の春のこと、そのたけのこが、かきねを突き破ってしまったので、これではいかぬということになり、切りとられてしまった。そのために、もはや、おい茂った葉で、お座敷に日かげをつくってあげることもできないことになってしまったのです。

竹 亭を離る
蓊郁【おうゆう】新に栽うる 四五行,常に勁節【けいせつ】を將って秋霜に負【そむ】く。 
春筍【しゅんじゅん】牆【しょう】を鑽り破るに緣るを為し,垂陰 玉堂を覆うことを得ず。


『十離詩十首 竹離亭』 現代語訳と訳註
bamb05176(本文)

竹離亭
蓊郁新栽四五行,常將勁節負秋霜。 
為緣春筍鑽牆破,不得垂陰覆玉堂。


(下し文)
竹 亭を離る
蓊郁【おうゆう】新に栽うる 四五行,常に勁節【けいせつ】を將って秋霜に負【そむ】く。 
春筍【しゅんじゅん】牆【しょう】を鑽り破るに緣るを為し,垂陰 玉堂を覆うことを得ず。


(現代語訳)
(竹が亭をはなれる)
新しく植えられた四、五列の竹がうっそうと茂っています。そしていつの年も、秋の霜にもめげないで、あおあおとしているのです。
ところが今年の春のこと、そのたけのこが、かきねを突き破ってしまったので、これではいかぬということになり、切りとられてしまった。そのために、もはや、おい茂った葉で、お座敷に日かげをつくってあげることもできないことになってしまったのです。


(訳注)
竹離亭

竹が亭をはなれる


蓊郁新栽四五行,常將勁節負秋霜。 
新しく植えられた四、五列の竹がうっそうと茂っています。そしていつの年も、秋の霜にもめげないで、あおあおとしているのです。
・蓊郁 草木のさかんにしげるさま。蒼森におなじ。
・勁節 ふしがあって強いこと。転じて固いみさお。江滝の詩に「風を凌んで勁節を知り、雪に負いて点心を見るとある。
・負秋霜(しゅうそうにそむく) 秋の霜にほかの草木は凋落するのに、竹はそれに堪え、めげないことをいう。
 

為緣春筍鑽牆破,不得垂陰覆玉堂。
ところが今年の春のこと、そのたけのこが、かきねを突き破ってしまったので、これではいかぬということになり、切りとられてしまった。そのために、もはや、おい茂った葉で、お座敷に日かげをつくってあげることもできないことになってしまったのです。
・春筍 筍はたけのこ。
・鑽 つき破って穴をあける。錐で穴をあける。
・牆 かき。
垂陰 葉かげ。
・玉堂 りっはなお座敷。
・覆 上からかぶせるようにおおい、日かげをあたえる。

十離詩十首 鷹離鞲 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-187-53-#47  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2482

薛濤 《十離詩十首 鷹離鞲》 あなたは刀のきっさきのように鋭い爪、鈴のように大きな目をもっていて、平原を走る兎を、その目で見つけ、爪でとらえるという、ご満足されていた鷹狩用の鷹でありました。


2013年6月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 徐幹》 謝靈運 六朝詩<81-#2>文選 雜擬 上 786 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2478
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。方橋 韓愈(韓退之) <138>Ⅱ中唐詩699 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2479
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集戲贈友,二首之二 五言律詩 成都6-(9) 杜甫 <474>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2480 杜甫詩1000-474-690/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 鷹離鞲 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-187-53-#47  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2482
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

十離詩十首 鷹離鞲 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-187-53-#47   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2482


47 鷹離鞲 78
大鷹01鷹離鞲
(鷹匠の腕から飛び立ってしまった鷹。)
爪利如鋒眼似鈴,平原捉兔稱高情。
あなたは刀のきっさきのように鋭い爪、鈴のように大きな目をもっていて、平原を走る兎を、その目で見つけ、爪でとらえるという、ご満足されていた鷹狩用の鷹でありました。
無端竄向青云外,不得君王臂上擎。
ふとしたはずみに、逃げ出して、空高く舞いあがってどこかえ行ってしまった。それからは、もう二度と狩りの遊びをなさる君王さまのひじの上につながれることはできないことになってしまいました。


『鷹離鞲』 現代語訳と訳註
(本文)
鷹離鞲
爪利如鋒眼似鈴,平原捉兔稱高情。
無端竄向青云外,不得君王臂上擎。


(下し文)
(鷹 鞲【ゆごて】を離る)
爪の利なること鋒の如く眼は鈴に似たり,平原にて兔を捉え高情に稱う。
端なくも 竄【のが】れて青雲の外に向ふ、君王の臂上【ひじょう】に 擎【ささ】げらるるを 得ず。


(現代語訳)
(鷹匠の腕から飛び立ってしまった鷹。)
あなたは刀のきっさきのように鋭い爪、鈴のように大きな目をもっていて、平原を走る兎を、その目で見つけ、爪でとらえるという、ご満足されていた鷹狩用の鷹でありました。
ふとしたはずみに、逃げ出して、空高く舞いあがってどこかえ行ってしまった。それからは、もう二度と狩りの遊びをなさる君王さまのひじの上につながれることはできないことになってしまいました。


(訳注)
鷹離鞲
(鷹匠の腕から飛び立ってしまった鷹。)
・硝 音こう。弓を射るとき、左のひじにつける革具。鷹匠は、そこに鷹をとまらせておくわけ。


爪利如鋒眼似鈴,平原捉兔稱高情。
あなたは刀のきっさきのように鋭い爪、鈴のように大きな目をもっていて、平原を走る兎を、その目で見つけ、爪でとらえるという、ご満足されていた鷹狩用の鷹でありました。
・利 するどいこと。
・鋒 刀のきっさき。
・高情 相手(第四句の君王-すなわち元稹をさす) の心。心に称うとは満足させること。


無端竄向青云外,不得君王臂上擎。
ふとしたはずみに、逃げ出して、空高く舞いあがってどこかえ行ってしまった。それからは、もう二度と狩りの遊びをなさる君王さまのひじの上につながれることはできないことになってしまいました。
・臂上 ひじの上。
鸕鶿001

十離詩十首 魚離池 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-186-52-#46  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2477

薛濤 《十離詩十首 魚離池》 
深い池にもう四五年も養飼されて、のびのびと跳ねまわって遊でいたのです、。あかい尾を振り動かしながら、釣針の餌をうまく食べるのが欒しいいつものことでありました。


2013年6月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 徐幹》 謝靈運 六朝詩<81-#1>文選 雜擬 上 785 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2473
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。孤嶼 韓愈(韓退之) <137>Ⅱ中唐詩698 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2474
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集戲贈友,二首之一 成都6-(8) 杜甫 <473>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2475 杜甫詩1000-473-689/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 魚離池 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-186-52-#46  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2477
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


十離詩十首 魚離池 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-186-52-#46   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2477
46 魚離池 77


魚離池
(魚が池をはなれる)
跳躍深池四五秋,常搖朱尾弄綸鉤。
深い池にもう四五年も養飼されて、のびのびと跳ねまわって遊でいたのです、。あかい尾を振り動かしながら、釣針の餌をうまく食べるのが欒しいいつものことでありました。
無端擺斷芙蓉朵,不得清波更一游。

ところが、ふとしたはずみに、蓮の茎をおしひらき、折ってしまったものだから、池を追われ、それからはもうその美しい池の水の中で、遊びまわることは許されないことになってしまったのです。

nat0026











『魚離池』 現代語訳と訳註
(本文)
魚離池
跳躍深池四五秋,常搖朱尾弄綸鉤。
無端擺斷芙蓉朵,不得清波更一游。


(下し文)
魚、池を離る
深き池に 跳躍すること 四五秋、常に 朱尾を搖して綸鉤を弄す。
端なくも 芙蓉の采を滞断し、清波 更に一游することを、得ず。


(現代語訳)
(魚が池をはなれる)
深い池にもう四五年も養飼されて、のびのびと跳ねまわって遊でいたのです、。あかい尾を振り動かしながら、釣針の餌をうまく食べるのが欒しいいつものことでありました。
ところが、ふとしたはずみに、蓮の茎をおしひらき、折ってしまったものだから、池を追われ、それからはもうその美しい池の水の中で、遊びまわることは許されないことになってしまったのです。


(訳注)
魚離池
(魚が池をはなれる)


跳躍深池四五秋,常搖朱尾弄綸鉤。
深い池にもう四五年も養飼されて、のびのびと跳ねまわって遊でいたのです、。あかい尾を振り動かしながら、釣針の餌をうまく食べるのが欒しいいつものことでありました。
・跳躍 おどりあがる。自由にできたことを云う。
・深池 深池はのびのびと生活できたことをいうものである。
・綸釣 綸は糸。鈎はかぎ。釣糸と釣針。


無端擺斷芙蓉朵,不得清波更一游。
ところが、ふとしたはずみに、蓮の茎をおしひらき、折ってしまったものだから、池を追われ、それからはもうその美しい池の水の中で、遊びまわることは許されないことになってしまったのです。
・擺斷 擺はひらく。おしひらく。断は切る。
・芙蓉 蓮の異名。
・朵 ここは茎。

十離詩十首 珠離掌 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-185-57-#45  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2472

薛濤 《十離詩十首 珠離掌》 
白くけがれがなく、まるくて明かるく透明な玉がある。その清らかに光っているありさまは、照りかがやいている水晶宮のように美しい。

2013年6月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 陳琳》 謝靈運 六朝詩<80-#3>文選 雜擬 上 784 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2468
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓 韓愈(韓退之) <135>Ⅱ中唐詩696 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2464
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集溪漲 成都6-(6-#2) 杜甫 <472-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2470 杜甫詩1000-472-688/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 珠離掌 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-185-57-#45  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2472
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


十離詩十首 珠離掌 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-185-57-#45   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2472
45 珠離掌 76


珠離掌
(掌中で愛玩されていたが棄てられた玉。)
皎潔圓明內外通,清光似照水晶宮。
白くけがれがなく、まるくて明かるく透明な玉がある。その清らかに光っているありさまは、照りかがやいている水晶宮のように美しい。
只緣一點玷相穢,不得終宵在掌中。
ところが、たった一つ、小さなきずが生じて、それがよごれとなってしまったのだ。今まではずっと一日中、掌中に愛玩されていたというのに、棄てられてしまった。



『珠離掌』 現代語訳と訳註
pla026(本文)

皎潔圓明內外通,清光似照水晶宮。
只緣一點玷相穢,不得終宵在掌中。


(下し文)
(珠、掌を離る。
皎潔【こうけつ】圓明【えんめい】內外 通ず,清光は水晶宮を照すに似たり。
只だ 一點 玷の相い穢【けが】すに緣って,終宵【しゅうしょう】掌中に在るを得ず。


(現代語訳)
(掌中で愛玩されていたが棄てられた玉。)
白くけがれがなく、まるくて明かるく透明な玉がある。その清らかに光っているありさまは、照りかがやいている水晶宮のように美しい。
ところが、たった一つ、小さなきずが生じて、それがよごれとなってしまったのだ。今まではずっと一日中、掌中に愛玩されていたというのに、棄てられてしまった。


(訳注)
hakka02珠離掌

(掌中で愛玩されていたが棄てられた玉。)
・掌 たなごころ。手のひら。掌中で愛玩されていた。


皎潔圓明內外通,清光似照水晶宮。
白くけがれがなく、まるくて明かるく透明な玉がある。その清らかに光っているありさまは、照りかがやいている水晶宮のように美しい。
・皎潔 通音ではこうけつ。白くけがれのないこと。
・内外通 外から内のなかまで見通しであること、透明。
・水晶宮 水晶でつくった宮殿。「述異記」に、「闔閭、水晶宮、備さに珍巧を極む。皆、水府より出づ」とある。想像の宮殿。水晶宮とは大仰な。 春秋時代に呉王・闔閭がそんな建物を建てたとか、大秦国(ローマ帝国)にもあったとかと言われるが、わたしが反応したのはそれではない。闔閭(こうりょ、? - 紀元前496年/在位:紀元前514年 - 紀元前496年)は、中国春秋時代の呉の第6代の王。姓は姫。諱は光。家臣の孫武、伍子胥などの助けを得て、呉を一大強国へと成長させ覇を唱えたが、越王勾践に敗れ、子の夫差に復讐を誓わせて没した。春秋五覇の1人に数えられることがある。闔廬とも表記される。


只緣一點玷相穢,不得終宵在掌中。
ところが、たった一つ、小さなきずが生じて、それがよごれとなってしまったのだ。今まではずっと一日中、掌中に愛玩されていたというのに、棄てられてしまった。
・只 一本に都に作る。すべてと読む。
・砧 玉の傷ついた所。
・終宵 一夜じゅう。それなりは一日中の意味。
suiren0016

十離詩十首 燕離巢 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-184-56-#44  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2467

薛濤 《十離詩十首 燕離巢》 
身分の高いお方の顕官のお邸に、朱門から出入りするようになったが、その家の主人は女を打ち棄てるのもかわいそうだと考えられ、かえってチュッチュッと鳴いているのを、いつもかわいがっている。


2013年6月2日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 陳琳》 謝靈運 六朝詩<80-#2>文選 雜擬 上 783 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2463
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。北樓 韓愈(韓退之) <135>Ⅱ中唐詩696 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2464
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集溪漲 成都6-(6-#1) 杜甫 <471-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2465 杜甫詩1000-471-687/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 燕離巢 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-184-56-#44  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2467
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

十離詩十首 燕離巢 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-184-56-#44   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2467


44 燕離巢 75
燕離巢
(巣から追い出された燕。)
出入朱門未忍拋,主人常愛語交交。
身分の高いお方の顕官のお邸に、朱門から出入りするようになったが、その家の主人は女を打ち棄てるのもかわいそうだと考えられ、かえってチュッチュッと鳴いているのを、いつもかわいがっている。
銜泥穢污珊瑚枕,不得梁間更壘巢。
巣をつくるために口にくわえて運んでいた泥を落として、さんごの飾りのついた枕をよごしてしまう。追い出され、もはや梁の上に巣をつくることはできないことになってしまった。

美人002522
燕離巢
『燕離巢』 現代語訳と訳註
(本文)
燕離巢
出入朱門未忍拋,主人常愛語交交。
銜泥穢污珊瑚枕,不得梁間更壘巢。


(下し文)
(燕、巣を離る)
朱門に出入して 未だ拋【なげう】つに忍びず、主人 常に愛す 語 交交なるを。
泥を銜んで 珊瑚の枕を 穢汚す、梁間 更に巣を壘するを 得ず。


(現代語訳)
(巣から追い出された燕。)
身分の高いお方の顕官のお邸に、朱門から出入りするようになったが、その家の主人は女を打ち棄てるのもかわいそうだと考えられ、かえってチュッチュッと鳴いているのを、いつもかわいがっている。
巣をつくるために口にくわえて運んでいた泥を落として、さんごの飾りのついた枕をよごしてしまう。追い出され、もはや梁の上に巣をつくることはできないことになってしまった。


(訳注)
燕離巢

(巣から追い出された燕。)
身分の高いお方の顕官のお邸に、朱門から出入りするようになったが、その家の主人は女を打ち棄てるのもかわいそうだと考えられ、かえってチュッチュッと鳴いているのを、いつもかわいがっている。


出入朱門未忍拋,主人常愛語交交。
身分の高いお方の顕官のお邸に、朱門から出入りするようになったが、その家の主人は女を打ち棄てるのもかわいそうだと考えられ、かえってチュッチュッと鳴いているのを、いつもかわいがっている。
・朱門 身分の高い顕官の邸。① 朱塗りの門。 ②《門を朱塗りにしたところから》富貴の人の家。家屋は南を正門とし、高貴の人はその邸の門を朱色に塗った。郭璞の「遊仙詩」に、「朱門何ぞ栄とするに足らん」 の句がある。
・交交 鳥の飛び交うさま。『詩経 秦風「黄鳥」』「交交黃鳥 止于棘」(交交たる黃鳥 棘に止まる)という句がある。ここではチュッチュッと鳴きかわすありさま。


銜泥穢污珊瑚枕,不得梁間更壘巢。
巣をつくるために口にくわえて運んでいた泥を落として、さんごの飾りのついた枕をよごしてしまう。追い出され、もはや梁の上に巣をつくることはできないことになってしまった。
・枕 簟はござ。竹または葦で編んだ敷物。珊棚と上にあるから枕がよい。
・穢污 よごす。
・染 はり。家庭の棟をささえる大きな横木。妓女、女性の閨と梁はセットのものである。
・壘 積重ねてとりでをつくる。防塁。

十離詩十首 鸚鵡離籠 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-183-55-#43  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2462

薛濤 《十離詩十首 鸚鵡離籠》 
シルクロードを経て隴西から連れられて來られた 一羽の鸚鵡がいます。ある日籠から飛び出して、あちらこちらを飛びまわり、そして美しい敷物の上にとまったというのです。


2013年6月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 陳琳》 謝靈運 六朝詩<80-#1>文選 雜擬 上 782 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2458
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。花源 韓愈(韓退之) <134>Ⅱ中唐詩695 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2459
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集《大雨》 五言古詩 成都6-(5) 杜甫 <470-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2460 杜甫詩1000-470-#3-686/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性十離詩十首 鸚鵡離籠 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-183-55-#43  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2462
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

十離詩十首 鸚鵡離籠 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-183-55-#43   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2462


有名な「十離詩」(40)が、元稹のところの家宴に列して、酒に酔い、酒令のことから盃?を投げて、元稹の甥の脚を傷つけ、元稹の気嫌を損じておわれたことに原因して作られたという。の詩中に、「四、五年」および 「四五秋」の語がある。「全唐詩」 の註には、これを彼女が厳司空(厳綬)によって元稹のもとへ派遣されたときのこととである。


鸚鵡離籠
(籠を離れた鸚鵡。)
隴西獨自一孤身,飛去飛來上錦茵。
シルクロードを経て隴西から連れられて來られた 一羽の鸚鵡がいます。ある日籠から飛び出して、あちらこちらを飛びまわり、そして美しい敷物の上にとまったというのです。
都緣出語無方便,不得籠中再喚人。

言葉を話しても適宜なことばを使うことが出来ない。さてどう人を呼んだらよいか、寵の中に戻ることができない。

kairo10682







『十離詩十首 鸚鵡離籠』 現代語訳と訳註
(本文)
鸚鵡離籠
隴西獨自一孤身,飛去飛來上錦茵。
都緣出語無方便,不得籠中再喚人。


(下し文)
(鸚鵡、寵を離る)
隴西 獨自 一孤身、飛び去り飛び來って錦茵に上る。
都て 出語 方便なきに 緣って、籠中に 再び人を喚ぶを 得ず。


(現代語訳)
(籠を離れた鸚鵡。)
シルクロードを経て隴西から連れられて來られた 一羽の鸚鵡がいます。ある日籠から飛び出して、あちらこちらを飛びまわり、そして美しい敷物の上にとまったというのです。
言葉を話しても適宜なことばを使うことが出来ない。さてどう人を呼んだらよいか、寵の中に戻ることができない。


(訳注)
鸚鵡離籠

(籠を離れた鸚鵡。) 
鸚鵡(おうむ) 西域地方の産。唐代貴家の家には広く飼われていた。


隴西獨自一孤身,飛去飛來上錦茵。
シルクロードを経て隴西から連れられて來られた 一羽の鸚鵡がいます。ある日籠から飛び出して、あちらこちらを飛びまわり、そして美しい敷物の上にとまったというのです。
・隴西 陝西省南西部から甘粛省の南部の山岳地帯をいう。シルクロードの玄関口、2ルート分岐点。
・錦薗 蘭はしとね。しきもの。


都緣出語無方便,不得籠中再喚人。
言葉を話しても適宜なことばを使うことが出来ない。さてどう人を呼んだらよいか、寵の中に戻ることができない。
・方便(ほうべん) 便宜。
菖蒲02

記事検索
ギャラリー
  • もう少しすると、ブログを再開します。
  • もう少しすると、ブログを再開します。
  • 玉臺・巻四-20 雜詩六首其三 題書後寄行人〔鮑令睴〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10664
  • 玉臺・巻四-20 雜詩六首其三 題書後寄行人〔鮑令睴〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10664
  • 2018年5月17日 の紀頌之"6"つの校注Blog
  • 玉臺・巻四-17 擬樂府四首其四#2〔吳邁遠〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10629
  • 玉臺・巻四-17 擬樂府四首其四#2〔吳邁遠〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10629
  • 2018年5月14日  の紀頌之"6"つの校注Blog
  • 2018年5月14日  の紀頌之"6"つの校注Blog
livedoor 天気
プロフィール

紀 頌之

カテゴリー
タグクラウド
livedoor 天気
記事検索
  • ライブドアブログ