毛文錫《虞美人二首 其一》(鴛鴦のように過したが、今は高貴な人の妻、二人の間には天の川がある。そこにいるとわかっていても手が届かないもどかしい男の気持ちを詠う。虞美人に男の気持ちは伝わらない。)
虞美人二首 其一 毛文錫【もうぶんせき】 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-365-8-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3372
虞美人二首 其一
(鴛鴦のように過したが、今は高貴な人の妻、二人の間には天の川がある。そこにいるとわかっていても手が届かないもどかしい男の気持ちを詠う。虞美人に男の気持ちは伝わらない。)
鴛鴦對浴銀塘暖,水面蒲梢短。
鴛鴦は銀色に光る池の水に遊び、堤には春の暖かさがひろがり、それでも水面より顏を出す蒲はまだ短い。
垂楊低拂麴塵波,蛟絲結網露珠多,滴圓荷。
柳の枝は水面に届くほどに垂れて掃き拂うよう、池の波は柳の薄黄の色にそまっている。その水面に映る枝は、蛟が蜘蛛の巣に結べる露の玉のように多くある、円い蓮の葉は露がこぼれ落ちるようだ。
遙思桃葉吳江碧,便是天河隔。
いまわたしが思いつづけるわたしの東晋の情熱の女妓「桃葉」は遙か碧の呉江のほとりにある。すなわち、ここには二人を引き裂くのは天の川が横たわっている。
錦鱗紅鬣影沉沉,相思空有夢相尋,意難任。
錦の鱗魚は水底深く住んでいて、文を出すすべもなく、これだけ恋い焦がれているのに、ただ夢に尋ねるだけなのだ、この思いはもう堪えがたい。
其二
寶檀金縷鴛鴦枕,綬帶盤宮錦。
夕陽低映小䆫明,南園綠樹語鶯鶯,夢難成。
玉鑪香暖頻添炷,滿地飄輕絮。
珠簾不卷度沉煙,庭前閑立畫鞦韆,豔陽天。
『虞美人二首 其一』 現代語訳と訳註
(本文)
虞美人二首 其一
鴛鴦對浴銀塘暖,水面蒲梢短。
垂楊低拂麴塵波,蛟絲結網露珠多,滴圓荷。
遙思桃葉吳江碧,便是天河隔。
錦鱗紅鬣影沉沉,相思空有夢相尋,意難任。
(下し文)
鴛鴦 対浴して銀塘 暖かに、水面 蒲梢 短し。
垂楊 低く払う 麹塵の波、蛟絲 網を結びて 露珠 多く、円荷に滴る。
遙かに思うは 桃葉 呉江の碧ならんこと、便ち是れ 天河 隔つ。
錦鱗紅髭 影 沈沈として、相い思うも 空しく夢の相い尋ぬる 有るのみ、意 任え難し
(現代語訳)
(鴛鴦のように過したが、今は高貴な人の妻、二人の間には天の川がある。そこにいるとわかっていても手が届かないもどかしい男の気持ちを詠う。虞美人に男の気持ちは伝わらない。)
鴛鴦は銀色に光る池の水に遊び、堤には春の暖かさがひろがり、それでも水面より顏を出す蒲はまだ短い。
柳の枝は水面に届くほどに垂れて掃き拂うよう、池の波は柳の薄黄の色にそまっている。その水面に映る枝は、蛟が蜘蛛の巣に結べる露の玉のように多くある、円い蓮の葉は露がこぼれ落ちるようだ。
いまわたしが思いつづけるわたしの東晋の情熱の女妓「桃葉」は遙か碧の呉江のほとりにある。すなわち、ここには二人を引き裂くのは天の川が横たわっている。
錦の鱗魚は水底深く住んでいて、文を出すすべもなく、これだけ恋い焦がれているのに、ただ夢に尋ねるだけなのだ、この思いはもう堪えがたい。
(訳注)
虞美人二首
唐の教坊の曲名。『花間集』には十四首所収。毛文錫の詩は二首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字二仄韻三平韻で、❼❺⑦⑦③/❼❺⑦⑦③の詞形をとる。
秦末・ 虞美『虞美人歌』玉臺新詠
虞美人歌
漢兵已略地,四方楚歌聲。
大王意氣盡,賤妾何聊生。
虞美人歌 秦末・虞美人 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482
『虞美人歌』
この詩は『史記正義』に出てくる楚の項羽(項籍)の女官である虞美人の作といわれる。項羽が、垓下で敗れたときに慷慨悲歌したときの詩
項羽『垓下歌』
力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。
騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何!
であるが、それに対して虞美人が歌い舞った。
項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。
・西楚覇王・項羽の愛姫・虞姫の唱った歌。
・この悲劇に基づき後世、同題の詩が作られる。
・虞美人 項羽の女官。「美人」は位。
・実質上の妻。『史記・項羽本紀』虞姫は、どの戦闘にもついて行った。
其一
(鴛鴦のように過したが、今は高貴な人の妻、二人の間には天の川がある。そこにいるとわかっていても手が届かないもどかしい男の気持ちを詠う。虞美人に男の気持ちは伝わらない。)
呉江のほとりに住む虞美人に思慕する。前段は、春、水温む時節の池陂の景物を描写し、後段は、前段の番の鴛鴦(オシドリ)から、呉江の対岸に住む高貴な人の女となった女性への思いを募らせる。二人を隔てる呉江は決して渡れない天の川に相当し、手紙を寄せる手だてもなく、ただ夢に彼女を尋ねるはかりで、とても今の気持ちには堪えられないと、手に届かない女性への切なる思いを語る。
鴛鴦對浴銀塘暖,水面蒲梢短。
鴛鴦は銀色に光る池の水に遊び、堤には春の暖かさがひろがり、それでも水面より顏を出す蒲はまだ短い。
○銀塘 光を反射して銀色に光る池の水。
垂楊低拂麴塵波,蛟絲結網露珠多,滴圓荷。
柳の枝は水面に届くほどに垂れて掃き拂うよう、池の波は柳の薄黄の色にそまっている。その水面に映る枝は、蛟が蜘蛛の巣に結べる露の玉のように多くある、円い蓮の葉は露がこぼれ落ちるようだ。
○麴塵波 薄黄色の波間。麹塵は酒造用の麹の薄黄色の花。ここでは芽吹いた薄黄色の柳の葉に水面が染まっているさまを表現している。
○蛟絲 柳の枝が水面に映るのが、ミズチが蜘蛛の絲をだしているようである。
遙思桃葉吳江碧,便是天河隔。
いまわたしが思いつづけるわたしの東晋の情熱の女妓「桃葉」は遙か碧の呉江のほとりにある。すなわち、ここには二人を引き裂くのは天の川が横たわっている。
○桃葉 東晋・王献之の愛妾の名。ここでは借りて意中の女性を意味する。王献之の愛妾“桃葉”は秦淮の両岸を往来する時、王献之は心配でならずに、いつも自ら秦淮河の渡し場まで迎えに行き、“桃葉よ桃葉、河を渡るのに櫂は使わないでおくれ、でも苦しまないでいいよ、私が迎えに行くから”という≪桃葉歌≫を作り、渡し場から大声で叫び続け、そのうちに南浦渡は桃葉渡と呼ばれるようになった。後の人々は王献之の記念として、彼が当時、桃葉を迎えに行っていた渡し場を桃葉渡と名付けた。
錦鱗紅鬣影沉沉,相思空有夢相尋,意難任。
錦の鱗魚は水底深く住んでいて、文を出すすべもなく、これだけ恋い焦がれているのに、ただ夢に尋ねるだけなのだ、この思いはもう堪えがたい。































































