玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

2013年12月

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

9 19 醉公子一首 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-396-9-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3527

薛昭蘊≪醉公子一首≫ 寝台の上に小型の香炉が置かれ、香の煙が香炉の網の所でくゆっている。韶州には軽らかな白い葛の新しかったかたびらが赤の染付も色あせる。何処に行くこともできずにいるこんな生活は我慢できない。こんなに心が捻じ曲がって来たけれど、何もはじめっから心が汚れようとしたわけではない。

2013年12月31日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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9 19
醉公子一首 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-396-9-#19   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3527


花間集には同じ題の詩は以下のようにある

薛侍郎昭蘊

醉公子一首

(顧太尉

醉公子二首

閻處士選

醉公子一首



醉公子一首

(貴公子に棄てられ、心が捻じ曲がり、汚れていく女を詠う。)

慢綰青絲髮,光砑綾襪。

かき上げて束ねている髪がゆるくなっている、若い黒髪が春の日にひかる。布につや出しをする,滑らかにした綾織物が鮮やかに光る。
床上小燻籠,韶州新退紅。

寝台の上に小型の香炉が置かれ、香の煙が香炉の網の所でくゆっている。韶州には軽らかな白い葛の新しかったかたびらが赤の染付も色あせる。
叵耐無端處,捻得從頭汚。

何処に行くこともできずにいるこんな生活は我慢できない。こんなに心が捻じ曲がって来たけれど、何もはじめっから心が汚れようとしたわけではない。
惱得眼慵開,問人閑事來。

もう悩んでしまって何もしたくなくなって目もトロンとした開け方になってしまう。世の人に問いかけてみてもこの後静かな何にもないことしか来はしない。


醉公子

綰も慢んだ青絲の髮,砑も光る 綾の襪【しとうず】。

床上 小さく籠に燻じて,韶州 新らたな紅も退す。

叵耐すは端無き處,捻くれて從頭の汚れを得ん。

惱んで眼慵き開くを得ん,人に問う閑事來るらん。

波眼蝶0055


醉公子一首』 現代語訳と訳註

(本文)

醉公子一首

慢綰青絲髮,光砑綾襪。

床上小燻籠,韶州新退紅。

叵耐無端處,捻得從頭汚。

惱得眼慵開,問人閑事來。

(下し文)

醉公子

綰も慢んだ青絲の髮,砑も光る 綾の襪【しとうず】。

床上 小さく籠に燻じて,韶州 新らたな紅も退す。

叵耐すは端無き處,捻くれて從頭の汚れを得ん。

惱んで眼慵き開くを得ん,人に問う閑事來るらん。

(現代語訳)

(貴公子に棄てられ、心が捻じ曲がり、汚れていく女を詠う。)

かき上げて束ねている髪がゆるくなっている、若い黒髪が春の日にひかる。布につや出しをする,滑らかにした綾織物が鮮やかに光る。

寝台の上に小型の香炉が置かれ、香の煙が香炉の網の所でくゆっている。韶州には軽らかな白い葛の新しかったかたびらが赤の染付も色あせる。何処に行くこともできずにいるこんな生活は我慢できない。こんなに心が捻じ曲がって来たけれど、何もはじめっから心が汚れようとしたわけではない。

もう悩んでしまって何もしたくなくなって目もトロンとした開け方になってしまう。世の人に問いかけてみてもこの後静かな何にもないことしか来はしない。


(訳注)

醉公子一首

唐の教坊の曲名。『花間集』には薛昭蘊の一首他三首の所収。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻、韻二平韻で、❺❺⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

(貴公子に棄てられ、心が捻じ曲がり、汚れていく女を詠う。)

前段、好きな貴公子と過ごした楽しい日々をあらわし、後段、プレゼントされた良いものも色あせていき、何時しか一人きりの生活が続くと心も捻じ曲がった人間に変わっていくという女のようすを詠う。


慢綰青絲髮,光砑
綾襪。

かき上げて束ねている髪がゆるくなっている、若い黒髪が春の日にひかる。布につや出しをする,滑らかにした綾織物が鮮やかに光る。

髪をかき上げて束ねる。「人皆は今は長しと―・けと言へど」〈万・一二四〉2 舟をあやつる。「大舟を荒海(あるみ)に漕ぎ出で八()舟―・け我が見し児らがまみは著(しる)しも」〈万・一二六六〉3 《「だく」とも》手綱をあやつる。

光砑 (皮や布に)つや出しをする,滑らかにする砑光つや出ししてひかっている。

綾 綾(あや)はななめに交差する織物のあり方の総称(これに関しては綾織りを参照)。いろいろな模様を浮き出すように織った織物の紋織物をさす(呉の国の綾織物)。

襪/下沓【しとうず】《「したぐつ」の音変化》古代以来、沓(くつ)をはくときに用いる布帛(ふはく)製の履物。礼服(らいふく)には錦(にしき)、朝服には平絹を用いた。


床上小燻籠,韶州新退紅。

寝台の上に小型の香炉が置かれ、香の煙が香炉の網の所でくゆっている。韶州には軽らかな白い葛の新しかったかたびらが赤の染付も色あせる。。

韶州(しょうしゅう)は中華人民共和国広東省にかつて設置された州。現在の韶関市一帯に相当する。 南北朝時代、梁により設置された東衡州を前身とする。589年(開皇9年)、隋朝により韶州と改称された。翌年には廃止され管轄区域は広州に統合された。

・広州へいったなら交址には貴重すべき丹砂があるし、韶州には軽らかな白い葛のかたびらがある。

杜甫『送段功曹歸廣州』 

南海春天外,功曹幾月程。

峽雲籠樹小,湖日落船明。

交趾丹砂重,韶州白葛輕。

幸君因旅客,時寄錦官城。

送段功曹歸廣州 蜀中転々 杜甫 <509  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2740 杜甫詩1000-509-742/1500


叵耐無端處,捻得從頭汚。

何処に行くこともできずにいるこんな生活は我慢できない。こんなに心が捻じ曲がって来たけれど、何もはじめっから心が汚れようとしたわけではない。

叵耐 …し難い,…できない叵耐我慢ならない.叵 pǒcè[]《貶》はかり難い,(うかが)い知れない居心叵腹の中で何を企んでいるのかわからぬ

捻得 人の心が素直でなく曲がった状態になること根性がねじ曲がる 心が捻くれる 悪堕ちする ダークサイドに堕ちる 捻くれる ねじける いじける 根性が捻じ曲がる

從頭 はじめから。


惱得眼慵開,問人閑事來。

もう悩んでしまって何もしたくなくなって目もトロンとした開け方になってしまう。世の人に問いかけてみてもこの後静かな何にもないことしか来はしない。

眼慵開 眼をものうげにひらく。


曉鶯001


 花間集の 薛侍郎昭蘊(薛昭蘊)の十九首
1小重山二首 其一 薛侍郎昭蘊(薛昭蘊)  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-377-9-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3432
2小重山二首 其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-378-9-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3437
3浣溪紗八首 其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-379-9-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3442
49 4 浣溪紗八首 其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-380-9-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3447
59 5 浣溪紗八首 其三 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-381-9-#5  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3452
69 6 浣溪紗八首 其四 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-382-9-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3457
79 7 浣溪紗八首 其五 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-383-9-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3462
89 8 浣溪紗八首 其六 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-384-9-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3467
99 9 浣溪紗八首 其七 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-385-9-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3472
109 10 浣溪紗八首 其八 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-386-9-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3477
119 11 相見歡 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-387-9-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3482
129 12 女冠子二首其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-388-9-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3487
139 13 女冠子二首其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-389-9-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3492
149 14 謁金門 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-390-9-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3497
15-#19 15-#1 離別難一首-#1(薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-391-9-15-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3502
15-#29 15-#2 離別難一首 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-392-9-15-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3507
169 16 喜遷鶯三首 其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-393-9-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3512
179 17 喜遷鶯三首 其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-394-9-#17   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3517
189 18 喜遷鶯三首 其三 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-395-9-#18   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3522
199 19 醉公子一首 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-396-9-#19   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3527


杏の白花012


9 18 喜遷鶯三首 其三 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-395-9-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3522

(薛昭蘊)≪喜遷鶯三首 其三≫ 清明節が来る、雨が上がって晴れている。まさに昨年から思っていたことが叶ったということ。馬も喜び跳ね回り、歩く道を軟弱にしていたがそれも乾いて、みちには、錦の飾りを列ねている。女たちも袖口にしっかりと香りをしみこませて、半分のブランコで遊ぶ。
 

2013年12月30日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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班孟堅(班固)《西都賦》(40)#15-3 文選 賦<112―40>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩994 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3518
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《瀧吏》嶺南行(4)-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <907>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3519韓愈詩-232
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735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)

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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
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9 18 喜遷鶯三首 其三 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-395-9-#18   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3522

 

 

花間集に『喜遷鶯』は韋荘二首、毛文錫一首、薛昭蘊三首みえる。

●韋相莊              喜遷鶯二首

113 喜遷鴬 其一 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-293-5-#47  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3012

114 喜遷鴬 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-294-5-#48  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3017

●毛文錫(毛司徒文錫)    喜遷鶯一首

●薛侍郎昭蘊       喜遷鶯三首

 

 

喜遷鶯三首 其一

(女、女妓の一生を詠う。)

殘蟾落,曉鐘鳴,羽化覺身輕。

名残の月も沈んで、暁の仕事始めの鐘が打ち鳴らされ、酔いはのこったまま、その身はまだ夢見心地なのだ。

乍無春睡有餘酲,杏苑雪初晴。

たちまちのうちにうとうとともできない二日酔いのようである。杏の中庭の庭園には雪のように花が咲いてお天気も晴れてきた。

紫陌長,襟袖冷,不是人間風景。

都大路は花が咲き長く続く、おんなの襟や袖は涙にぬれて冷たい、これは女の本筋ではなかったのだがこれが人の世の風景というものなのだ。

迴看塵土似前生,休羨谷中鶯。

この人の世の塵の様なものまで見まわしてみると結局、前の年も、その前も、そして、自分たちの前世も似たようなものなのである。春を告げる鶯の声を羨むことをやめたのだろう谷の奥の方に行ってしまった。

 

当時、長安は人口120万にを超す世界最大級の都市であった。
7
世紀に建立された大雁塔は古き良き長安の姿を今も残す。
この詩の杏園は大雁塔の皆々あった庭園である。
春、都では官僚になるための試験、科挙に合格した者たちの祝宴が開かれる。

貴族たちの家々は合格者に解放され、無礼講。

庭の花を競い、酒を競い、華やかな歌舞に宮廷料理、宴は賑やかに行われる。

科挙に合格した者だけがわが世の春を謳歌するのだ。
この日だけは、華やかな高殿の若き乙女たちも主役の座を譲ってくれる。

この試験のために全国から若者が集まってくる。

何年もかかってやっと合格するもの、どうしても及第しないもの悲喜こもごもの日なのだが、この詩は長安のにぎわいを詠った有名な詩である。

 

 

喜遷鶯三首 其二

(科挙に及第した両家の子息の合格前夜と合格の祝宴などを詠う)

金門曉,玉京春,駿馬驟輕塵。

昨日、科挙に受かったので、いま、金門を出て行こうとすると暁の空に変わろうとしている。それは科挙合格の耀く長安の春のことである。だから、駿馬にまたがって喜び勇んで砂塵を巻いて突っ走っていく。

樺煙深處白衫新,認得化龍身。

昨日の夜、樺の灯火の煙は奥まったところにまで漂っていったのだ。そこには白く新しい上着をまとった女がいて、そこで龍身に化身(男になった)したのだ。

九陌喧,千啓,滿袖桂香風細。

長安城の「九通」どの通りも喧しくなり、千個どの家も家の門を開いた。人々は手を振って喜んでくれ、桂のよい香りは春のおだやかな微風に乗って届いた。

杏園歡宴曲江濱,自此占芳辰。

杏園で、歓喜の祝宴を賜り、曲江のほとりの砂浜でも祝い、長安の街を園遊する。このようにいま自分はよい日、よい時を一人でかみしめているのだ。

 

喜遷鶯三首 其三

(前の年から願っていた春の盛り、清明節もはれわたり、野山に行楽に出かけ、楽しみ、帰り道まで、草むらで楽しんだ。春を謳歌する詩。)

清明節,雨晴天,得意正當年。

清明節が来る、雨が上がって晴れている。まさに昨年から思っていたことが叶ったということ。

馬驕泥軟錦連乾,香袖半籠鞭。

馬も喜び跳ね回り、歩く道を軟弱にしていたがそれも乾いて、みちには、錦の飾りを列ねている。女たちも袖口にしっかりと香りをしみこませて、半分のブランコで遊ぶ。

花色融,人競賞,盡是繡鞍朱鞅。

花が咲き乱れるとこの街にも華やかな色に和らいでいるし、人々も、競うように着飾っている、こんなはるはだれもことごとく刺繍で飾った馬の鞍をつけ、赤の馬のむながいをあたらしくしてやる。

日斜無計更留連,歸路艸和煙。

しかし、今日も日が傾いて来ても、何の計画もない、さらにここに留守居のように又過ごしているけれど、帰り道には草も成長していて、夕靄に覆われ馴染んできているところで楽しむのだ。 

喜遷鶯三首 其の三

清明節,晴天に雨ふり,意を得る 正に年りに當るを。

馬驕 泥軟 錦連として乾,香袖 半ば籠鞭す。

花色 融け,人は賞を競う,是を盡せば 繡鞍 朱鞅。

日斜となり計無く 更に留り連る,路に歸り艸煙に和む。 

曉鶯001
 

喜遷鶯三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

其三

清明節,雨晴天,得意正當年。

馬驕泥軟錦連乾,香袖半籠鞭。

花色融,人競賞,盡是繡鞍朱鞅。

日斜無計更留連,歸路艸和煙。

 

(下し文)

(喜遷鶯三首 其の三)

清明節,晴天に雨ふり,意を得る 正に年りに當るを。

馬驕 泥軟 錦連として乾,香袖 半ば籠鞭す。

花色 融け,人は賞を競う,是を盡せば 繡鞍 朱鞅。

日斜となり計無く 更に留り連る,路に歸り艸煙に和む。

 

(現代語訳)

(前の年から願っていた春の盛り、清明節もはれわたり、野山に行楽に出かけ、楽しみ、帰り道まで、草むらで楽しんだ。春を謳歌する詩。)

清明節が来る、雨が上がって晴れている。まさに昨年から思っていたことが叶ったということ。

馬も喜び跳ね回り、歩く道を軟弱にしていたがそれも乾いて、みちには、錦の飾りを列ねている。女たちも袖口にしっかりと香りをしみこませて、半分のブランコで遊ぶ。

花が咲き乱れるとこの街にも華やかな色に和らいでいるし、人々も、競うように着飾っている、こんなはるはだれもことごとく刺繍で飾った馬の鞍をつけ、赤の馬のむながいをあたらしくしてやる。

しかし、今日も日が傾いて来ても、何の計画もない、さらにここに留守居のように又過ごしているけれど、帰り道には草も成長していて、夕靄に覆われ馴染んできているところで楽しむのだ。
 

(訳注)

喜遷鶯三首 其三

またの名を喜選鶯令、鶴冲天、鶴冲霽、燕帰来、燕帰梁、早梅芳、春光好などという。“花間集」には薛昭蘊の詩一首収められている。双調四十七字、前段二十三字五句五平韻、後段二十四字五句二仄韻二平韻で、③③⑤⑦⑤/3❸❻⑦⑤の詞形をとっている。

其三

(前の年から願っていた春の盛り、清明節もはれわたり、野山に行楽に出かけ、楽しみ、帰り道まで、草むらで楽しんだ。春を謳歌する詩。)

杏の白花012
 

清明節,雨晴天,得意正當年。

清明節が来る、雨が上がって晴れている。まさに昨年から思っていたことが叶ったということ。

・清明節 「清明節」は地球から見た太陽の位置で算出する暦上の二十四節気のひとつ。清明節の前日は「寒食節」と呼ばれる。二十四節気の第5三月節(旧暦2月後半 - 3月前半)。現在広まっている定気法では太陽黄経が15度のときで45日ごろ。暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。恒気法では冬至から7/24年(約106.53日)後で47日ごろ。

期間としての意味もあり、この日から、次の節気の穀雨前日までである。

謝靈運『入東道路詩』

整駕辭金門.命旅惟詰朝.

懷居顧歸雲.指塗泝行飆.

清明節.榮華感和韶.

陵隰繁綠杞.墟囿粲紅桃.

入東道路詩 謝霊運(康楽) 詩<44#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩430 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1107

『月蝕詩 其二』

東海出明月,清明照毫髮。朱弦初罷彈,金兔正奇

三五與二八,此時光滿時。頗奈蝦蟆兒,吞我芳桂枝。

我愛明鏡潔,爾乃痕翳之。

月蝕詩 盧仝 詩7>Ⅱ中唐詩512 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1615

張泌『江城子 二首 其一』

碧欄干外小中庭,雨初晴,曉鶯聲。

飛絮落花,時節近清明。

睡起捲簾無一事,勻面了,沒心情。

江城子 二首 其一 張泌ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-357-7-#19  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3332

 

馬驕泥軟錦連乾,香袖半籠鞭。

馬も喜び跳ね回り、歩く道を軟弱にしていたがそれも乾いて、みちには、錦の飾りを列ねている。女たちも袖口にしっかりと香りをしみこませて、半分のブランコで遊ぶ。

・半籠鞭 1.寒い時に鞭を持つ手が寒いので手袋のように袖口に加工をしたもの。半によって、暖かくなったのでそれが半ばいらなくなったというほどの意味。2.娼屋の女たちが游ブランコ。3.籠で作られた帽子のひもが緩んでいる。

 

花色融,人競賞,盡是繡鞍朱鞅。

花が咲き乱れるとこの街にも華やかな色に和らいでいるし、人々も、競うように着飾っている、こんなはるはだれもことごとく刺繍で飾った馬の鞍をつけ、赤の馬のむながいをあたらしくしてやる。

・融 景色に溶け和む。

・競賞 鑑賞を競う。馬飾、自宅の庭、着ている服などをじまんしあう。

・繡鞍 刺繍で飾った馬の鞍。

・朱鞅 赤の馬のむながい。赤い馬の腹帯。男を恨む。

 

日斜無計更留連,歸路艸和煙。

しかし、今日も日が傾いて来ても、何の計画もない、さらにここに留守居のように又過ごしているけれど、帰り道には草も成長していて、夕靄に覆われ馴染んできているところで楽しむのだ。

・艸和煙 うっそうと生えてきた草が夕靄になじんでくる、と抒情的な表現になるが、ここでは草は行楽に来ている不特定のおんなであり、煙は作者自身であり、草むらで一緒に過ごしたという意味になる。
朱槿花・佛桑華00
 

9 17 喜遷鶯三首 其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-394-9-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3517

(薛昭蘊)≪喜遷鶯三首其二≫ (科挙に及第した両家の子息の合格前夜と合格の祝宴などを詠う)昨日、科挙に受かったので、いま、金門を出て行こうとすると暁の空に変わろうとしている。それは科挙合格の耀く長安の春のことである。だから、駿馬にまたがって喜び勇んで砂塵を巻いて突っ走っていく。
 

2013年12月29日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(39)#15-2 文選 賦<112―39>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩993 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3513
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《瀧吏-9分割1回目〔元和十四年出為潮州作。〕》嶺南行(4)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <906>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3514韓愈詩-231
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 734 《題郪縣郭三十二明府茅屋壁〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <641>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3515 杜甫詩1000-641-897/1500〔草堂逸詩拾遺-(10)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 238  《九辯 第六段》 宋玉 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3516 (12/29)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 17 喜遷鶯三首 其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-394-9-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3517
 
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9 17 喜遷鶯三首 其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-394-9-#17   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3517

 

 

花間集に『喜遷鶯』は韋荘二首、毛文錫一首、薛昭蘊三首みえる。

●韋相莊              喜遷鶯二首

113 喜遷鴬 其一 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-293-5-#47  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3012

114 喜遷鴬 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-294-5-#48  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3017

●毛文錫(毛司徒文錫)    喜遷鶯一首

●薛侍郎昭蘊       喜遷鶯三首

 

 

喜遷鶯三首 其一

(女、女妓の一生を詠う。)

殘蟾落,曉鐘鳴,羽化覺身輕。

名残の月も沈んで、暁の仕事始めの鐘が打ち鳴らされ、酔いはのこったまま、その身はまだ夢見心地なのだ。

乍無春睡有餘酲,杏苑雪初晴。

たちまちのうちにうとうとともできない二日酔いのようである。杏の中庭の庭園には雪のように花が咲いてお天気も晴れてきた。

紫陌長,襟袖冷,不是人間風景。

都大路は花が咲き長く続く、おんなの襟や袖は涙にぬれて冷たい、これは女の本筋ではなかったのだがこれが人の世の風景というものなのだ。

迴看塵土似前生,休羨谷中鶯。

この人の世の塵の様なものまで見まわしてみると結局、前の年も、その前も、そして、自分たちの前世も似たようなものなのである。春を告げる鶯の声を羨むことをやめたのだろう谷の奥の方に行ってしまった。


 

当時、長安は人口120万にを超す世界最大級の都市であった。
7
世紀に建立された大雁塔は古き良き長安の姿を今も残す。
この詩の杏園は大雁塔の皆々あった庭園である。
春、都では官僚になるための試験、科挙に合格した者たちの祝宴が開かれる。

貴族たちの家々は合格者に解放され、無礼講。

庭の花を競い、酒を競い、華やかな歌舞に宮廷料理、宴は賑やかに行われる。

科挙に合格した者だけがわが世の春を謳歌するのだ。
この日だけは、華やかな高殿の若き乙女たちも主役の座を譲ってくれる。

この試験のために全国から若者が集まってくる。

何年もかかってやっと合格するもの、どうしても及第しないもの悲喜こもごもの日なのだが、この詩は長安のにぎわいを詠った有名な詩である。

 

 

喜遷鶯三首 其二

(科挙に及第した両家の子息の合格前夜と合格の祝宴などを詠う)

金門曉,玉京春,駿馬驟輕塵。

昨日、科挙に受かったので、いま、金門を出て行こうとすると暁の空に変わろうとしている。それは科挙合格の耀く長安の春のことである。だから、駿馬にまたがって喜び勇んで砂塵を巻いて突っ走っていく。

樺煙深處白衫新,認得化龍身。

昨日の夜、樺の灯火の煙は奥まったところにまで漂っていったのだ。そこには白く新しい上着をまとった女がいて、そこで龍身に化身(男になった)したのだ。

九陌喧,千啓,滿袖桂香風細。

長安城の「九通」どの通りも喧しくなり、千個どの家も家の門を開いた。人々は手を振って喜んでくれ、桂のよい香りは春のおだやかな微風に乗って届いた。

杏園歡宴曲江濱,自此占芳辰。

杏園で、歓喜の祝宴を賜り、曲江のほとりの砂浜でも祝い、長安の街を園遊する。このようにいま自分はよい日、よい時を一人でかみしめているのだ。

(喜遷鶯三首 其の二)

金門の曉,玉京の春,駿馬 驟【にわか】に塵輕【じんけい】。

樺煙 深處 白衫新たなり,龍身に化するを認得す。

九陌の喧,千啓,滿袖 桂香 風細やかに。

杏園の歡宴 曲江の濱,自ら此に 芳辰を占む。

 

喜遷鶯三首 其三

清明節,雨晴天,得意正當年。

馬驕泥軟錦連乾,香袖半籠鞭。

花色融,人競賞,盡是繡鞍朱鞅。

日斜無計更留連,歸路艸和煙。

 

 

喜遷鶯三首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

喜遷鶯三首 其二

金門曉,玉京春,駿馬驟輕塵。

樺煙深處白衫新,認得化龍身。

九陌喧,千啓,滿袖桂香風細。

杏園歡宴曲江濱,自此占芳辰。

 

 

(下し文)

(喜遷鶯三首 其の二)

金門の曉,玉京の春,駿馬 驟【にわか】に塵輕【じんけい】。

樺煙 深處 白衫新たなり,龍身に化するを認得す。

九陌の喧,千啓,滿袖 桂香 風細やかに。

杏園の歡宴 曲江の濱,自ら此に 芳辰を占む。

 

(現代語訳)

(科挙に及第した両家の子息の合格前夜と合格の祝宴などを詠う)

昨日、科挙に受かったので、いま、金門を出て行こうとすると暁の空に変わろうとしている。それは科挙合格の耀く長安の春のことである。だから、駿馬にまたがって喜び勇んで砂塵を巻いて突っ走っていく。

昨日の夜、樺の灯火の煙は奥まったところにまで漂っていったのだ。そこには白く新しい上着をまとった女がいて、そこで龍身に化身(男になった)したのだ。

長安城の「九通」どの通りも喧しくなり、千個どの家も家の門を開いた。人々は手を振って喜んでくれ、桂のよい香りは春のおだやかな微風に乗って届いた。

杏園で、歓喜の祝宴を賜り、曲江のほとりの砂浜でも祝い、長安の街を園遊する。このようにいま自分はよい日、よい時を一人でかみしめているのだ。

長安城図 座標
 

 

(訳注)

喜遷鶯三首 其二

またの名を喜選鶯令、鶴冲天、鶴冲霽、燕帰来、燕帰梁、早梅芳、春光好などという。“花間集」には薛昭蘊の詩一首収められている。双調四十七字、前段二十三字五句五平韻、後段二十四字五句二仄韻二平韻で、③③⑤⑦⑤/3❸❻⑦⑤の詞形をとっている。

其二

(科挙に及第した両家の子息の合格前夜と合格の祝宴などを詠う)

* 前段は発表前夜に内示を受けたのだろう汴虚ばかりの毎日から解放され、女儀のもとに行って初めての経験を詩男になる。後段、晴れて合格の日、合格者には無礼講、馬を走らせ、家々のボタンを見て回ると、人々が小口に出て手を振っていわってくれ、やがて皇帝主催の祝宴が、曲江の杏園で行われる。

*ただ、薛昭蘊という人物は『花間集』で高く取り上げられているものの誰だかわかっていない。この詩からも高級官僚になった家柄であろうということは推察できる。おそらく899年兵部侍郎になった紹緯に間違いないと考える。(9-1小重山二首其一に示した略歴とは異なる。)

長安城の位置関係
 

 

金門曉,玉京春,駿馬驟輕塵。

昨日、科挙に受かったので、いま、金門を出て行こうとすると暁の空に変わろうとしている。それは科挙合格の耀く長安の春のことである。だから、駿馬にまたがって喜び勇んで砂塵を巻いて突っ走っていく。

・金門 城郭の西側壁面の中央にある門、長安では金光門(6)、大明宮では金馬門である。ここでは遊郭の中央にある門遊郭の中心部といった意味である。貴公子の実家はこの門から北の方五陵の高級邸宅地にある。「金門暁」はこの街で夜明けを迎えたということは、夜明け前に出発する当時の習慣から、(いま、あの人は金門を出て行こうとすると暁の空に変わろうとしている)というほどの意味になる。

・驟輕塵 喜び勇んで砂塵を巻いて突っ走る。・驟 馬が速く走る。にわか。しばしば。喜ぶ。歓喜する。

韋荘『河傳其二』

春晚,風暖,錦城花滿,狂殺遊人。

玉鞭金勒,尋勝馳驟輕塵,惜良晨。

翠娥爭勸邛酒,纖纖手,拂面垂絲柳。

歸時煙裏,鐘鼓正是黃昏,暗銷魂。

(春の行楽に景勝地に馬を駆って早馬で蒙塵を発てて行くものがいるという内容。)

106 河傳三首 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-287-5-#41  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2982

 

樺煙深處白衫新,認得化龍身。

昨日の夜、樺の灯火の煙は奥まったところにまで漂っていったのだ。そこには白く新しい上着をまとった女がいて、そこで龍身に化身(男になった)したのだ。

・樺煙 蝋を樺の木の皮で巻いた灯火の煙。

浣溪沙十首 其一

鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

浣渓沙 十首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-339-7-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3242

・認得化龍身 初めて男になり、女となったころ。前夜、「樺煙」を持った男が新しい肌着を付けた女のところで「龍身」に変わったということで、翌朝、喜んで出発するということになる。

 

九陌喧,千啓,滿袖桂香風細。

長安城の「九通」どの通りも喧しくなり、千個どの家も家の門を開いた。人々は手を振って喜んでくれ、桂のよい香りは春のおだやかな微風に乗って届いた。

・九陌 長安皇城の南に南北に九の通りがあり、東西にも同じ九通りで区画された。五行思想と宇宙観である。一区画を「坊」と呼んだ。

 

杏園歡宴曲江濱,自此占芳辰。

杏園で、歓喜の祝宴を賜り、曲江のほとりの砂浜でも祝い、長安の街を園遊する。このようにいま自分はよい日、よい時を一人でかみしめているのだ。

・杏園 長安の曲江の池の畔(ほとり)にあった杏園で、祝宴を賜り、長安の街を園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。また、貴族は自邸自慢のボタンを庭を開放して鑑賞させ、合格者の無礼を許した。

・芳辰  1 よい日。よい時。吉日。2 かぐわしい春の時節。

 

韋荘『長安の春』

長安の春

長安二月多香塵、六街車馬聲鈴凛。

家家楼上如花人、千枝萬枝紅艶新。

簾間笑語自相問、何人占得長安春。

長安春色本無主、古来盡屬紅樓女。

如今無奈杏園人、駿馬輕車擁将去。
長安春 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-269-5-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2892
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(薛昭蘊)≪喜遷鶯三首 其一≫ 名残の月も沈んで、暁の仕事始めの鐘が打ち鳴らされ、酔いはのこったまま、その身はまだ夢見心地なのだ。たちまちのうちにうとうとともできない二日酔いのようである。杏の中庭の庭園には雪のように花が咲いてお天気も晴れてきた。
 

 

2013年12月28日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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花間集に『喜遷鶯』は韋荘二首、毛文錫一首、薛昭蘊三首みえる。

●韋相莊              喜遷鶯二首

113 喜遷鴬 其一 ⅩⅫ五代詞・宋詩Gs-293-5-#47  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3012

114 喜遷鴬 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-294-5-#48  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3017

●毛文錫(毛司徒文錫)    喜遷鶯一首

●薛侍郎昭蘊       喜遷鶯三首

 

 

喜遷鶯三首 其一

(女、女妓の一生を詠う。)

殘蟾落,曉鐘鳴,羽化覺身輕。

名残の月も沈んで、暁の仕事始めの鐘が打ち鳴らされ、酔いはのこったまま、その身はまだ夢見心地なのだ。

乍無春睡有餘酲,杏苑雪初晴。

たちまちのうちにうとうとともできない二日酔いのようである。杏の中庭の庭園には雪のように花が咲いてお天気も晴れてきた。

紫陌長,襟袖冷,不是人間風景。

都大路は花が咲き長く続く、おんなの襟や袖は涙にぬれて冷たい、これは女の本筋ではなかったのだがこれが人の世の風景というものなのだ。

迴看塵土似前生,休羨谷中鶯。

この人の世の塵の様なものまで見まわしてみると結局、前の年も、その前も、そして、自分たちの前世も似たようなものなのである。春を告げる鶯の声を羨むことをやめたのだろう谷の奥の方に行ってしまった。

 

其二

金門曉,玉京春,駿馬驟輕塵。

樺煙深處白衫新,認得化龍身。

九陌喧,千啓,滿袖桂香風細。

杏園歡宴曲江濱,自此占芳辰。

 

其三

清明節,雨晴天,得意正當年。

馬驕泥軟錦連乾,香袖半籠鞭。

花色融,人競賞,盡是繡鞍朱鞅。

日斜無計更留連,歸路艸和煙。

 

曉鶯001

 

喜遷鶯三首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

喜遷鶯三首 其一

殘蟾落,曉鐘鳴,羽化覺身輕。

乍無春睡有餘酲,杏苑雪初晴。

紫陌長,襟袖冷,不是人間風景。

迴看塵土似前生,休羨谷中鶯。

 

 

(下し文)

喜遷鶯三首 其一

殘蟾【ざんせん】落ち,曉鐘【ぎょうしょう】鳴る,羽化 身輕を覺ゆ。

乍ち春睡無く餘酲有り,杏苑 初めて晴れ雪のごとし。

紫陌 長く,襟袖 冷か,是れなく人間風景を。

迴看し塵土 前生に似たり,羨むを休む 谷中の鶯。

 

 

(現代語訳)

(女、女妓の一生を詠う。)

名残の月も沈んで、暁の仕事始めの鐘が打ち鳴らされ、酔いはのこったまま、その身はまだ夢見心地なのだ。

たちまちのうちにうとうとともできない二日酔いのようである。杏の中庭の庭園には雪のように花が咲いてお天気も晴れてきた。

都大路は花が咲き長く続く、おんなの襟や袖は涙にぬれて冷たい、これは女の本筋ではなかったのだがこれが人の世の風景というものなのだ。

この人の世の塵の様なものまで見まわしてみると結局、前の年も、その前も、そして、自分たちの前世も似たようなものなのである。春を告げる鶯の声を羨むことをやめたのだろう谷の奥の方に行ってしまった。

 

杏の白花012
 

(訳注)

喜遷鶯三首 其一

(女、女妓の一生を詠う。)

前段は女として華やかなころ、毎日毎晩酔い、づつ通いが残るほどもてはやされたが、後段、何時しか庭にあんずの花が咲き乱れてもただ涕する日を過すようになり、それがずっと続く、考えてみれば、世代が変わってもそうした女の一生は似たようなものなのだ。

またの名を喜選鶯令、鶴冲天、鶴冲霽、燕帰来、燕帰梁、早梅芳、春光好などという。“花間集」には薛昭蘊の詩一首収められている。双調四十七字、前段二十三字五句五平韻、後段二十四字五句二仄韻二平韻で、③③⑤⑦⑤/3❸❻⑦⑤の詞形をとっている。

殘蟾落,曉鐘鳴,羽化覺身輕。

名残の月も沈んで、暁の仕事始めの鐘が打ち鳴らされ、酔いはのこったまま、その身はまだ夢見心地なのだ。

・殘蟾 二十日過ぎの名残月。つまり夜明けの後に沈んでゆく月のこと。

・曉鐘 暁の仕事始めの鐘。当時は夜明け前に仕事場に入らなければいけなかった。

・羽化 1.昆虫が、蛹(さなぎ)や幼虫から、成虫になること。→蛹化(ようか)。2 羽化登仙 《蘇軾「前赤壁賦」から》中国古代の信仰で、からだに羽が生え仙人となって天へのぼること。また、酒に酔ってよい気持ちになったときのたとえにいう。羽化。

 

乍無春睡有餘酲,杏苑雪初晴。

たちまちのうちにうとうとともできない二日酔いのようである。杏の中庭の庭園には雪のように花が咲いてお天気も晴れてきた。

・餘酲 ふつかよい。酲:酒に酔ってもうろうとなる.ふつかよい。宿酔。

 

紫陌長,襟袖冷,不是人間風景。

都大路は花が咲き長く続く、おんなの襟や袖は涙にぬれて冷たい、これは女の本筋ではなかったのだがこれが人の世の風景というものなのだ。

 

迴看塵土似前生,休羨谷中鶯。

この人の世の塵の様なものまで見まわしてみると結局、前の年も、その前も、そして、自分たちの前世も似たようなものなのである。春を告げる鶯の声を羨むことをやめたのだろう谷の奥の方に行ってしまった。
 杏の花001

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(薛昭蘊)離別難≫#2 こんな素敵な春の夜を二人で過ごせたいい夜だったが、春の夜は短く二人で過ごす良い夜の時はあっという間に過ぎてしまったし、蝋燭の火も燃え尽きそうで、香炉のお香もいつしか消えていたのも気が付かず過したのです。別れるのがつらく眉が檀になり、眉間にしわを寄せてしままったままで、愁いの気持ちでただそこへ蹲ってしまうのです。


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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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離別難

(男性から見た、宮女・官妓が情のかよった男を送り出し、これから先どうして貞操を守ってゆくのかその心持を詠う。)
寶馬曉鞲彫鞍,羅幃乍別情難。

夜明け前に出発する男の宝飾で盛装した馬を整え、車には暁の斜め横からの日差しを防ぐためのとばりがかけられ、彫刻に飾られた車前の横木のおおいや鞍も準備されている。閨の薄絹のとばりの中で二人は離れがたい気持ちでいたのだ。

那堪春景媚,送君千萬里。

どうしてまだ春の最中で、この景色を楽しみたいのに、それを堪えねばならないのでしょうか。あのお方を千里も万里もはるかなところへ送らないといけないのでしょうか。

半粧珠翠落,露華寒。

玉と翡翠の簪を落したまま兮そそくさと薄化粧を整えて外に出たのですが、朝露がきれいに降りて光っていてとても寒いのです。

燭,青絲曲,偏能鉤引淚闌干。

昨日の夜の赤い蝋燭と瑟で「靑絲の曲」を奏でたことで一つになった、そんなことを思い出すとひたすら涙を誘い、涙にぬれて渡り廊下の欄干にすがっているのです。

 杏の白花012

良夜促,香塵綠,魂欲迷,檀眉半斂愁低。

こんな素敵な春の夜を二人で過ごせたいい夜だったが、春の夜は短く二人で過ごす良い夜の時はあっという間に過ぎてしまったし、蝋燭の火も燃え尽きそうで、香炉のお香もいつしか消えていたのも気が付かず過したのです。別れるのがつらく眉が檀になり、眉間にしわを寄せてしままったままで、愁いの気持ちでただそこへ蹲ってしまうのです。

未別心先咽,欲語情難

本当に別れたわけではないのに一緒に居たい気持ちはどうにもならずむせび泣いています。声を掛けようと思うのですが別れがつらすぎて声にならないのです。

出芳艸,路東西。

あの人は良い香りの街道の草花の中へ旅立って、東西に長い街道を隔てて別れるのです

搖袖立,春風急,櫻花楊柳雨淒淒。

私はこの袖を揺らして別れを惜しんで立ち尽くし、一人で春の突風に晒されるのです。ああこんなに桜が咲いても、こんなにも、楊も柳も葉をつけて繁っても、私が巫山の巫女となって雨に化身しても、それはただ寂しくさらさらと降るだけなのです。

 

(離別【わかれ】難し)

馬を寶【かざ】り曉の鞲【ふく】彫の鞍【くら】,羅幃【らい】は乍【たちま】ちの別 情【なさけ】難し。

那んぞ春景の媚に堪えん,君を千萬里に送るを。

珠翠の落るに半粧して,露華の寒。

燭【かつしょく】紅にし,絲曲に青しものを,偏えに能く鉤引【こういん】し 闌干に淚す。

 

良夜は促し,香塵は綠す,魂は迷わんと欲し,檀眉 半ば斂して愁いて低す。

未だ心は咽を先んじて別れず,語らんと欲れど 情 難し。

芳艸に出で,東西に路す。

袖を搖して立し,春風急す,櫻花 楊柳 雨 淒淒【せいせい】。

 

春爛漫の美女007
 

『離別難』 現代語訳と訳註

(本文)

良夜促,香塵綠,魂欲迷,檀眉半斂愁低。

未別心先咽,欲語情難

出芳艸,路東西。

搖袖立,春風急,櫻花楊柳雨淒淒。

 

 

(下し文)

良夜は促し,香塵は綠す,魂は迷わんと欲し,檀眉 半ば斂して愁いて低す。

未だ心は咽を先んじて別れず,語らんと欲れど 情 難し

芳艸に出で,東西に路す。

袖を搖して立し,春風急す,櫻花 楊柳 雨 淒淒【せいせい】。

 

(現代語訳)

こんな素敵な春の夜を二人で過ごせたいい夜だったが、春の夜は短く二人で過ごす良い夜の時はあっという間に過ぎてしまったし、蝋燭の火も燃え尽きそうで、香炉のお香もいつしか消えていたのも気が付かず過したのです。別れるのがつらく眉が檀になり、眉間にしわを寄せてしままったままで、愁いの気持ちでただそこへ蹲ってしまうのです。

本当に別れたわけではないのに一緒に居たい気持ちはどうにもならずむせび泣いています。声を掛けようと思うのですが別れがつらすぎて声にならないのです。

あの人は良い香りの街道の草花の中へ旅立って、東西に長い街道を隔てて別れるのです

私はこの袖を揺らして別れを惜しんで立ち尽くし、一人で春の突風に晒されるのです。ああこんなに桜が咲いても、こんなにも、楊も柳も葉をつけて繁っても、私が巫山の巫女となって雨に化身しても、それはただ寂しくさらさらと降るだけなのです。

カンナ223
 

(訳注)

離別難 #2

(男性から見た、宮女・官妓が情のかよった男を送り出し、これから先どうして貞操を守ってゆくのかその心持を詠う。)

唐の教坊の曲名。『花間集』には薛昭蘊の一首のみ所収。双調八十七字、前段四十三字九句四平韻四仄韻、後段四十四字十句四平韻六仄韻で、❻⑥❺❺5❸❸❸7/❸❸③⑥❺3❸⑤❸❸❼の詞形をとる。

(男性から見た、宮女・官妓が情のかよった男を送り出し、これから先どうして貞操を守ってゆくのかその心持を詠う。)

 

良夜促,香塵綠,魂欲迷,檀眉半斂愁低。

こんな素敵な春の夜を二人で過ごせたいい夜だったが、春の夜は短く二人で過ごす良い夜の時はあっという間に過ぎてしまったし、蝋燭の火も燃え尽きそうで、香炉のお香もいつしか消えていたのも気が付かず過したのです。別れるのがつらく眉が檀になり、眉間にしわを寄せてしままったままで、愁いの気持ちでただそこへ蹲ってしまうのです。

・良夜促 こんな素敵な春の夜を二人で過ごせたいい夜だったが、春の夜は短く二人で過ごす良い夜の時はあっという間に過ぎてしまった。

・香塵綠 蝋燭の火も燃え尽きそうで、香炉のお香もいつしか消えていたのも気が付かず過した。

・檀眉半斂 別れるのがつらく眉が檀になり、眉間にしわを寄せてしまう事。

・愁低 愁いの気持ちでただそこへ蹲ってしまう。

 

未別心先咽,欲語情難

本当に別れたわけではないのに一緒に居たい気持ちはどうにもならずむせび泣いています。声を掛けようと思うのですが別れがつらすぎて声にならないのです。

 

出芳艸,路東西。

あの人は良い香りの街道の草花の中へ旅立って、東西に長い街道を隔てて別れるのです

・芳艸 春になって成長する草花を云うが、東の都にいる女妓を指す。

・路東西 東西に別れる、ここでは、男が、洛陽にいき女は長安に留まることでその間の道。

韋荘『望遠行』

欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。

謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。

人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。

出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。

不忍別君後、却入旧香閏。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

 

搖袖立,春風急,櫻花楊柳雨淒淒。

私はこの袖を揺らして別れを惜しんで立ち尽くし、一人で春の突風に晒されるのです。ああこんなに桜が咲いても、こんなにも、楊も柳も葉をつけて繁っても、私が巫山の巫女となって雨に化身しても、それはただ寂しくさらさらと降るだけなのです。

・雨淒淒 この聯、特にこの語に強いエロチズムを込めている。「搖袖」とは、「春風急」とは、「櫻花」「楊柳」とは、これについては誤訳しないで直訳するので読み取ってもらいたい。詩詞で「雨」という語を使う場合、宋玉の「神女賦」に、「且に朝雲となり、碁に行雨となる」「朝雲暮雨。」の句に基づいているということである。結句の「雲雨」に応じている。神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させる

「搖袖」袖を振って別れうぃあらわすであるが、自慰行為を示す。

「春風急」春の突風、であるがここでは他の男性が言い寄ってくること。

「櫻花」中國のさくらは美しくないが見よよく付けるので女性自身を指す。

「楊柳」やなぎ。楊は男、柳はおんなをいう。

9 15-#1 離別難一首-#1(薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-391-9-15-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3502

(薛昭蘊)離別難 夜明け前に出発するあのお方の乗る宝飾で盛装した馬を整え、車には暁の斜め横からの日差しを防ぐためのとばりがかけられ、彫刻に飾られた車前の横木のおおいや鞍も準備されている。閨の薄絹のとばりの中で二人は離れがたい気持ちでいたのです。

2013年12月26日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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9 15-#1 離別難二首其二(薛昭蘊)薛侍郎昭蘊Ⅹ唐五代詞・「花間集」Gs-391-9-15-#1   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3502

 

 

離別難

(男性から見た、宮女・官妓が情のかよった男を送り出し、これから先どうして貞操を守ってゆくのかその心持を詠う。)
寶馬曉鞲彫鞍,羅幃乍別情難。

夜明け前に出発するあのお方の乗る宝飾で盛装した馬を整え、車には暁の斜め横からの日差しを防ぐためのとばりがかけられ、彫刻に飾られた車前の横木のおおいや鞍も準備されている。閨の薄絹のとばりの中で二人は離れがたい気持ちでいたのです。

那堪春景媚,送君千萬里。

どうしてまだ春の最中で、この景色を楽しみたいのに、それを堪えねばならないのでしょうか。あのお方を千里も万里もはるかなところへ送らないといけないのでしょうか。

半粧珠翠落,露華寒。

玉と翡翠の簪を落したまま兮そそくさと薄化粧を整えて外に出たのですが、朝露がきれいに降りて光っていてとても寒いのです。

燭,青絲曲,偏能鉤引淚闌干

昨日の夜の赤い蝋燭と瑟で「靑絲の曲」を奏でたこと、そんなことを思い出すとひたすら涙を誘い、涙にぬれて渡り廊下の欄干にすがっているのです。

 

良夜促,香塵綠,魂欲迷,檀眉半斂愁低。

未別心先咽,欲語情難

出芳艸,路東西。

搖袖立,春風急,櫻花楊柳雨淒淒。

 

(離別【わかれ】難し)

馬を寶【かざ】り曉の鞲【ふく】彫の鞍【くら】,羅幃【らい】は乍【たちま】ちの別 情【なさけ】難し。

那んぞ春景の媚に堪えん,君を千萬里に送るを。

珠翠の落るに半粧して,露華の寒。

燭【かつしょく】紅にし,絲曲に青しものを,偏えに能く鉤引【こういん】し 闌干に淚す。

 

良夜は促し,香塵は綠す,魂は迷わんと欲し,檀眉 半ば斂して愁いて低す。

未だ心は咽を先んじて別れず,語らんと欲れど 情 難し。

芳艸に出で,東西に路す。

袖を搖して立し,春風急す,櫻花 楊柳 雨 淒淒【せいせい】。

oushokun01
 

『離別難』 現代語訳と訳註

(本文)

離別難

寶馬曉鞲彫鞍,羅幃乍別情難。

那堪春景媚,送君千萬里。

半粧珠翠落,露華寒。

燭,青絲曲,偏能鉤引淚闌干。

 

 

(下し文)

離別【わかれ】し)

馬を寶【かざ】り曉の鞲【ふく】彫の鞍【くら】,羅幃【らい】は乍【たちま】ちの別 情【なさけ】難し。

那んぞ春景の媚に堪えん,君を千萬里に送るを。

珠翠の落るに半粧して,露華の寒。

【かつしょく】紅にし,絲曲に青しものを,偏えに能く鉤引【こういん】し 闌干に淚す。

 

 

(現代語訳)

夜明け前に出発するあのお方の乗る宝飾で盛装した馬を整え、車には暁の斜め横からの日差しを防ぐためのとばりがかけられ、彫刻に飾られた車前の横木のおおいや鞍も準備されている。閨の薄絹のとばりの中で二人は離れがたい気持ちでいたのです。

どうしてまだ春の最中で、この景色を楽しみたいのに、それを堪えねばならないのでしょうか。あのお方を千里も万里もはるかなところへ送らないといけないのでしょうか。

玉と翡翠の簪を落したまま兮そそくさと薄化粧を整えて外に出たのですが、朝露がきれいに降りて光っていてとても寒いのです。

昨日の夜の赤い蝋燭と瑟で「靑絲の曲」を奏でたことで一つになった、そんなことを思い出すとひたすら涙を誘い、涙にぬれて渡り廊下の欄干にすがっているのです。

 

波眼蝶0055
 

(訳注)

離別難

(男性から見た、宮女・官妓が情のかよった男を送り出し、これから先どうして貞操を守ってゆくのかその心持を詠う。)

唐の教坊の曲名。『花間集』には薛昭蘊の一首のみ所収。双調八十七字、前段四十三字九句四平韻四仄韻、後段四十四字十句四平韻六仄韻で、❻⑥❺❺5❸❸❸7/❸❸③⑥❺3❸⑤❸❸❼の詞形をとる。

(男性から見た、宮女・官妓が情のかよった男を送り出し、これから先どうして貞操を守ってゆくのかその心持を詠う。)

 

寶馬曉鞲彫鞍,羅幃乍別情難。

夜明け前に出発するあのお方の乗る宝飾で盛装した馬を整え、車には暁の斜め横からの日差しを防ぐためのとばりがかけられ、彫刻に飾られた車前の横木のおおいや鞍も準備されている。閨の薄絹のとばりの中で二人は離れがたい気持ちでいたのです。

・寶馬 宝飾で盛装した馬。四頭立ての馬車ではなかろうか。

・鞲 皮袋。矢入れ。ふいご。ここでは車前の横木のおおい。

・羅幃 寝床の薄絹のとばり。車の入り口の薄絹のとばり。

李白『春思』

燕草如碧絲,秦桑低綠枝。

當君懷歸日,是妾斷腸時。

春風不相識,何事入羅幃

李白20 辺塞詩 (春思、秋思)

魚玄機『閨怨』

蘼蕪盈手泣斜暉,聞道鄰家夫婿歸。

別日南鴻才北去,今朝北雁又南飛。

春來秋去相思在,秋去春來信息稀。

扃閉朱門人不到,砧聲何事透羅幃

閨怨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-78-14-# 804_10 【閨怨】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1937

 

那堪春景媚,送君千萬里。

どうしてまだ春の最中で、この景色を楽しみたいのに、それを堪えねばならないのでしょうか。あのお方を千里も万里もはるかなところへ送らないといけないのでしょうか。

 

半粧珠翠落,露華寒。

玉と翡翠の簪を落したまま兮そそくさと薄化粧を整えて外に出たのですが、朝露がきれいに降りて光っていてとても寒いのです。

・半粧 夜のくずれた化粧を落とし、見送るための朝の薄化粧をそそくさとしたことを云う。蛇足であるが、『南史后妃伝』梁元帝の徐妃は元帝が独眼であったため必ず顔の半分だけ化粧して迎い入れた。元帝は起こって、それ以来后妃の後宮へより附かなかったとういう故事がある。

・露華 朝露がきれいに降りて光っていること。

 

燭,青絲曲,偏能鉤引淚闌干。

昨日の夜の赤い蝋燭と瑟で「靑絲の曲」を奏でたことで一つになった、そんなことを思い出すとひたすら涙を誘い、涙にぬれて渡り廊下の欄干にすがっているのです。

 蝋燭のことであるが、蝋燭の炎の中心の明るい部分を云う。女性性器を意味する語である。

皇甫松『摘得新二首 其一』

酌一巵,須教玉笛吹。

錦筵紅燭,莫來遲。

繁紅一夜經風雨,是空枝。

摘得新 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-311-5-#65  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3102

・青絲曲 瑟、琴の曲。青絲は若い女の黒髪を云い、燭と対句としている。どちらも若い女体の描写で、昨日の夜を連想させるものである。

魚玄機『光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。』「當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。」光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172

・鉤引 それが引き金となって~する。

・闌干 涙が流れるさまと渡り廊下、高楼の欄干に臨んでという意味を持つ。
agehacho01
 

9 14 謁金門 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-390-9-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3497

謁金門(薛昭蘊)散り落ちた花弁が庭一面に敷く花の数は何千の数があるだろう。あのおとこを思いだすたびに下腹の疼きは腸がはち切れんばかりが続いて忘れられない。逢瀬の夢を繰り返し見るという自慰のこの身は辛いだけなのだ。


2013年12月25日  の紀頌之5つのブログ
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 14 謁金門 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-390-9-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3497
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
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9 14 謁金門 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-390-9-#14   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3497

 

 

謁金門

棄てられた女妓の恋慕・悶絶の苦しみを詠う。

春滿院,疊損羅衣金線。

今年も春の景色は豊かに中の庭園に満ちあふれてきた、薄絹の衣裳は長く畳まれたままで金糸の縫い刺繍は損なわれている。

睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。

もう目覚めても水晶の簾をまだ巻き上げることもしない、それなのにつがいの燕が、軒先に囁き交わしている。
斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。

敲き金具が施された門は半ば閉ざされているけれど、散り落ちた花弁が庭一面に敷く花の数は何千の数があるだろう。

早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

あのおとこを思いだすたびに下腹の疼きは腸がはち切れんばかりが続いて忘れられない。逢瀬の夢を繰り返し見るという自慰のこの身は辛いだけなのだ。 

(謁金門【えつきんもん】)

春は院に満ち、畳みて羅衣の金線を損なう。

睡り覚むれど 水精の簾 未だ捲かず、簷前 双び語る燕。

斜めに掩う 金鋪 一扇、満地の落花 千片。

早に是れ相い思うて 腸 断えんと欲し、忍びて頻に夢に見せしむ。

 

朱槿花・佛桑華00
 

『謁金門』 現代語訳と訳註

(本文)

謁金門

春滿院,疊損羅衣金線。

睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。

斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。

早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

 

 

(下し文)

(謁金門【えつきんもん】)

春は院に満ち、畳みて羅衣の金線を損なう。

睡り覚むれど 水精の簾 未だ捲かず、簷前 双び語る燕。

斜めに掩う 金鋪 一扇、満地の落花 千片。

早に是れ相い思うて 腸 断えんと欲し、忍びて頻に夢に見せしむ。

 

(現代語訳)

棄てられた女妓の恋慕・悶絶の苦しみを詠う。

今年も春の景色は豊かに中の庭園に満ちあふれてきた、薄絹の衣裳は長く畳まれたままで金糸の縫い刺繍は損なわれている。

もう目覚めても水晶の簾をまだ巻き上げることもしない、それなのにつがいの燕が、軒先に囁き交わしている。

敲き金具が施された門は半ば閉ざされているけれど、散り落ちた花弁が庭一面に敷く花の数は何千の数があるだろう。

あのおとこを思いだすたびに下腹の疼きは腸がはち切れんばかりが続いて忘れられない。逢瀬の夢を繰り返し見るという自慰のこの身は辛いだけなのだ。

漢詩ブログ001
 

(訳注)

謁金門

棄てられた女妓・宮女の恋慕・悶絶の苦しみを詠う。

『花間集』には薛昭蘊の作が一首収められている。双調四十五字、前段二十一字四句四仄韻、後段二十四字四句四仄韻で、❸❻❼❺/❻❻❼❺の詞形をとる。韋荘の謁金門の解説参照。

韋相莊

謁金門二首

 

薛侍郎昭蘊

謁金門一首

 

牛學士希濟

謁金門一首

 

孫少監光憲

謁金門一首

 

 

謁金門 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-259-5-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2677

101 謁金門 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-280-5-#34  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2947

棄てられた女妓の恋慕・悶絶の苦しみを詠う。前段未句の番の燕は女性の孤独感を際立たせる。後段は、他の男と断絶された中にいてもてあます体の疼きが、ますます辛くなることを綴る。 

 

春滿院,疊損羅衣金線。

今年も春の景色は豊かに中の庭園に満ちあふれてきた、薄絹の衣裳は長く畳まれたままで金糸の縫い刺繍は損なわれている。

疊損羅衣金線 薄絹の衣裳が長い間畳んだヰ毒になっていたために、刺繍の金糸が折り目から切れてしまったことをいう。

 

睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。

もう目覚めても水晶の簾をまだ巻き上げることもしない、それなのにつがいの燕が、軒先に囁き交わしている。

簾未捲 悲しみに心が晴れず簾を巻き上げる気持ちになれぬことを言う。

双語燕 番の燕が仲睦まじく語らう。ここでは同時に女の孤独を際立たせる。

 

斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。

敲き金具が施された門は半ば閉ざされているけれど、散り落ちた花弁が庭一面に敷く花の数は何千の数があるだろう。

金鋪 門扉に付けて金輪を含ませた金具。敲き金。ノッカー。ここではそれが付いた門扉。

滿地落花千片 花弁は女性の局部を意味しており、次の聯で性的な世邱不満をより強調するためにこの句がある。

 

早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

あのおとこを思いだすたびに下腹の疼きは腸がはち切れんばかりが続いて忘れられない。逢瀬の夢を繰り返し見るという自慰のこの身は辛いだけなのだ。

欲断 切れそうだ。欲は今にも〜しそうだ、の意。

忍交頻夢見 むごくも、しきりに逢瀬の夢を見させる。

交ほ使役を表す。使役の主体は女を独りにしておいて帰らぬ男。帰らぬ意中の男を待つ女性は、せめて夢で会いたいと願うのが一般であるが、ここでは、それを逆手に取って、男の夢を見ることが女を一層悲しませることを言ったもの。

野鴨0111
 

9 13 女冠子二首其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-389-9-#13  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3492

薛昭蘊≪女冠子二首其二≫ その日、ここ仙郷に雲の薄絹に覆われ、霧は谷を被う、新たに晴れやかに道女としての法籙を授かった。そうして、真の女道士の教授として里に下りてゆく。髪を書き上げ髻をしっかりし、若さある髪を整え、そして冠を選んで、碧玉の簪を付けた。


2013年12月24日  の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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9 13 女冠子二首其二 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-389-9-#13   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3492

 

花間集に収める『女冠子』

-ID

詩人

首数

掲載

1

溫助教庭筠

女冠子二首

5

韋相莊

女冠子二首

9

薛侍郎昭蘊

女冠子二首

6

牛嶠(牛給事嶠)

女冠子四首

7

張舍人泌

女冠子一首

12

孫少監光憲

女冠子二首

15

魏太尉承班

女冠子二首

18

毛秘書熙震

女冠子二首

22

李秀才珣

女冠子二首

 

女冠子二首其一

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

女道士になるために家を出るにつけて、翡翠の飾り、黄金の櫛、簪、なにもかもみな投げ捨てて、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

霧は巻かれることもあり、きれいな薄絹の肩掛けをつけるようになり、『高唐の賦』にいう雲は祠にかざられた彫刻に白い玉の冠をつけるようになった。

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

野に靄がひろがり、渓谷の洞窟が冷ややかにして靄は生まれ、この祠の近くに散歩する木々のあいだから月あかりに映えていたが、いまは石橋をわたるのもひとりで寒い。

靜夜松風下,禮天壇。

あの人が来てくれなくなった静かな夜、小高い丘の松をぬけて風が吹いてくる、こうして恵まれてきたことを天壇に祈りを捧ぐ。

女冠子 二首其の一

仙を求めて去る也,翠鈿【すいでん】金篦【きんべい】盡く捨て,嵒巒【がんらん】に入る。

霧捲く 黃羅の帔【かたかけ】,雲彫る 白玉の冠。

野煙 溪洞 冷やかに,林月 石橋 寒し。

靜夜 松風の下,天壇に禮す。

 

女冠子二首其二

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。

その日、ここ仙郷に雲の薄絹に覆われ、霧は谷を被う、新たに晴れやかに道女としての法籙を授かった。そうして、真の女道士の教授として里に下りてゆく。

髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。

髪を書き上げ髻をしっかりし、若さある髪を整え、そして冠を選んで、碧玉の簪を付けた。

往來雲過五,去往島經三。

行き過ぎるの雲が過ぎる様に今宵を過した、行きつ戻りつして中州、島々、一年を過していった。

正遇劉郎使,瑤緘。

まさに、遊び人のあの劉郎の使いのものと出会った、そしてもう、道教の経典の「啓瑤壇」を封印してしまった。

女冠子二首其の二

雲は羅に 霧は縠に,新らたに明威なる法籙を授り,真函に降ろ。

髻綰 青絲の髮,冠抽 碧玉の篸。

往來して雲 五を過り,去往して島 三を經る。

正に劉郎の使に遇い,瑤 緘ず。

 

 

bijo02

『女冠子二首其二』現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其二

雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。

髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。

往來雲過五,去往島經三。

正遇劉郎使,瑤緘。

 

(下し文)

女冠子二首其の二

雲は羅に 霧は縠に,新らたに明威なる法籙を授り,真函に降ろ。

髻綰 青絲の髮,冠抽 碧玉の篸。

往來して雲 五を過り,去往して島 三を經る。

正に劉郎の使に遇い,瑤 緘ず。
(現代語訳)

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

その日、ここ仙郷に雲の薄絹に覆われ、霧は谷を被う、新たに晴れやかに道女としての法籙を授かった。そうして、真の女道士の教授として里に下りてゆく。

髪を書き上げ髻をしっかりし、若さある髪を整え、そして冠を選んで、碧玉の簪を付けた。

行き過ぎるの雲が過ぎる様に今宵を過した、行きつ戻りつして中州、島々、一年を過していった。

まさに、遊び人のあの劉郎の使いのものと出会った、そしてもう、道教の経典の「啓瑤壇」を封印してしまった。

 

 

(訳注)

女冠子二首其二

『花間集』には薛昭蘊の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句、二仄韻二平韻、後段十八字四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。

 

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

前段は、女道士となるために、山に入り、しゅぎょうをしていることをれんそうさせる。おとこをしり、白玉の冠を彫り刻むかのようであると、道妓のいでたちについて述べる。後段は、月時は流れ、出会い別れあったものの、好きだった男から使いをよこされ棄てられてしまった。

女冠子二首 其一 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

女冠子二首 其二 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-313-5-#57-(4)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3112

女冠子 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-254-5-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2652

女冠子 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-255-5-#9 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2657

女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

女冠子四首 其二 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-315-5-#57-(6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3122

女冠子四首 其三 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-316-5-#57-(7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3127

女冠子四首 其四 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-317-5-#57-(8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3132

女道士の風俗を描く。前段は女道士の姿を詠い、後段は伴の女にあなたも早く道士になりなさいと勧めるさまを描く。脱俗の女道士にしては、あまりにも艶めかしい姿態で措かれているが、この期の女道士や尼僧の住む祠、通観や寺院は、風俗を乱す場として、しばしば取りつぶしにあっている。一歳とると囲われていても捨てられたり、親、兄弟と死別すると多くの女性が駆け込んだのである。(後段に「妓女」について述べる。)

 泰山の道観02

雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。

その日、ここ仙郷に雲の薄絹に覆われ、霧は谷を被う、新たに晴れやかに道女としての法籙を授かった。そうして、真の女道士の教授として里に下りてゆく。

法籙 道教の経典、戒律、法籙、符契、科儀とあり、道士の位階が確立してくると、法籙〔道籙〕の伝授が行われるようになった。玄宗 は 、自ら 司馬 承 禎 から 法籙 を 受け 道士 皇帝 と な り 、  『 道徳 経 』 の 注釈 書 を つく り 、 崇玄 学 ( 道教 の 学校 ) を 設置 した。

真函 「函」とは、女を正良にするために作る器のことで、真は道士として認められたことで、真函というものになったら寺観を降りて隠遁したり、民間に戻ることもできる。ここでは妾として身請けされることと思われる。

 

髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。

髪を書き上げ髻をしっかりし、若さある髪を整え、そして冠を選んで、碧玉の簪を付けた。

【もとどり】とは。《「本取り」の意》髪を頭の上に集めて束ねた所。また、その髪。たぶさ。髻放つ冠や烏帽子(えぼし)をかぶらず、髻をあらわにする。礼儀に反する行為とされる。

髪をかき上げて束ねる。「人皆は今は長しと―・けと言へど」〈万・一二四〉2 舟をあやつる。「大舟を荒海(あるみ)に漕ぎ出で八()舟―・け我が見し児らがまみは著(しる)しも」〈万・一二六六〉3 《「だく」とも》手綱をあやつる。

 ぬきんでる ぬく引き出す。抜き出す。

玉篸 宝玉の簪。本体部分は竹で作られているもの。

 

往來雲過五,去往島經三。

行き過ぎるの雲が過ぎる様に今宵を過した、行きつ戻りつして中州、島々、一年を過していった。

過五・經三 五更、一晩が過ぎること。一年の上元、中元、下元をけいかすること。この両句は、時の経過を云うものである。ただ、道教上の用語を使って時の経過とその身の変化を云う。

儒教では、五常(仁、義、礼、智、信)の徳性を拡充することにより、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の五倫の道をまっとうすることを説いている。五行思想(ごぎょうしそう)または五行説(ごぎょうせつ)とは、古代中国に端を発する自然哲学の思想。万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からなるという説である。また、5種類の元素は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という考えが根底に存在する。

道教の「三元神」は次のとおり。上元115賜福大帝・天官大帝 上元一品天官 堯 賜福(福を与える)中元715赦罪大帝・地官大帝 中元二品地官  舜 赦罪(罪を赦す)

下元1015日 解厄大帝・水官大帝           下元三品水官 禹解厄(厄を祓う)

三元を司る3神を三官大帝(zh:三官大帝)という。三官大帝は龍王の3人の娘と人間の陳子椿とのあいだに生まれた、龍王の孫である。彼らの誕生日が、三元として祝われるようになった。

三元は1年を3等分ではなく、2:1:16ヶ月・3ヶ月・3ヶ月)に分けている。いずれの日も15日、つまりほぼ満月である。

 

正遇劉郎使,瑤緘。

まさに、遊び人のあの劉郎の使いのものと出会った、そしてもう、道教の経典の「啓瑤壇」を封印してしまった。

劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 

劉禹錫『再遊玄都觀』

百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。

種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。

再遊玄都觀 本文 劉禹錫 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-239--#95 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2742

白居易『贈薛濤』

蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。

若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202

牛嶠『女冠子 其三』

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

醮壇春艸綠,藥院杏花香。

青鳥傳心事,寄劉郎

女冠子四首 其三 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-316-5-#57-7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3127

牛嶠『夢江南二首 其二』

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

不是鳥中偏愛爾,為緣交頸睡南塘,全勝薄情郎

夢江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142 

○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142

瑤 道教経典:瑤壇讚本、

「啓瑤壇(けいようだん) 礼誦経(らいしょうきょう) 天地日月三光(てんちじつげつさんこう) 大衆神明(たいしゅうしんめい) 一斎降鑑(いっさいこうかん)

緘 1 封をする。封じ目。「封緘」2 口を閉じる。
王屋山00
 

9 12 女冠子二首其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-388-9-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3487

薛昭蘊≪女冠子二首其一≫ 女道士になるために家を出るにつけて、翡翠の飾り、黄金の櫛、簪、なにもかもみな投げ捨てて、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。霧は巻かれることもあり、きれいな薄絹の肩掛けをつけるようになり、『高唐の賦』にいう雲は祠にかざられた彫刻に白い玉の冠をつけるようになった。


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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 12 女冠子二首其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-388-9-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3487
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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花間集に収める『女冠子』

Ⅴ-ID

詩人

首数

掲載

1

溫助教庭筠

女冠子二首

5

韋相莊

女冠子二首

9

薛侍郎昭蘊

女冠子二首

6

牛嶠(牛給事嶠)

女冠子四首

7

張舍人泌

女冠子一首

12

孫少監光憲

女冠子二首

15

魏太尉承班

女冠子二首

18

毛秘書熙震

女冠子二首

22

李秀才珣

女冠子二首

 

女冠子二首其一

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

女道士になるために家を出るにつけて、翡翠の飾り、黄金の櫛、簪、なにもかもみな投げ捨てて、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

霧は巻かれることもあり、きれいな薄絹の肩掛けをつけるようになり、『高唐の賦』にいう雲は祠にかざられた彫刻に白い玉の冠をつけるようになった。

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

野に靄がひろがり、渓谷の洞窟が冷ややかにして靄は生まれ、この祠の近くに散歩する木々のあいだから月あかりに映えていたが、いまは石橋をわたるのもひとりで寒い。

靜夜松風下,禮天壇。

あの人が来てくれなくなった静かな夜、小高い丘の松をぬけて風が吹いてくる、こうして恵まれてきたことを天壇に祈りを捧ぐ。

女冠子 二首其の一

仙を求めて去る也,翠鈿【すいでん】金篦【きんべい】盡く捨て,嵒巒【がんらん】に入る。

霧捲く 黃羅の帔【かたかけ】,雲彫る 白玉の冠。

野煙 溪洞 冷やかに,林月 石橋 寒し。

靜夜 松風の下,天壇に禮す。

tsuki04
 女冠子二首其二

雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。

髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。

往來雲過五,去往島經三。

正遇劉郎使,瑤緘。



『女冠子二首其一』現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其一

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

靜夜松風下,禮天壇。

 

(下し文)

女冠子 二首其の一

仙を求めて去る也,翠鈿【すいでん】金篦【きんべい】盡く捨て,嵒巒【がんらん】に入る。

霧捲く 黃羅の帔【かたかけ】,雲彫る 白玉の冠。

野煙 溪洞 冷やかに,林月 石橋 寒し。

靜夜 松風の下,天壇に禮す。

 

(現代語訳)

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

女道士になるために家を出るにつけて、翡翠の飾り、黄金の櫛、簪、なにもかもみな投げ捨てて、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。

霧は巻かれることもあり、きれいな薄絹の肩掛けをつけるようになり、『高唐の賦』にいう雲は祠にかざられた彫刻に白い玉の冠をつけるようになった。

野に靄がひろがり、渓谷の洞窟が冷ややかにして靄は生まれ、この祠の近くに散歩する木々のあいだから月あかりに映えていたが、いまは石橋をわたるのもひとりで寒い。

あの人が来てくれなくなった静かな夜、小高い丘の松をぬけて風が吹いてくる、こうして恵まれてきたことを天壇に祈りを捧ぐ。

あさがお002
 

(訳注)

女冠子二首其一

『花間集』には薛昭蘊の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句、二仄韻二平韻、後段十八字四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。

 

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

前段は、女道士となるために、家も身を創る品々もすべてを捨て去って、山に入ると、いつしかもやのようにつつまれ、おとこをしり、雲のようにまかれ、白玉の冠を彫り刻むかのようであると、道妓のいでたちについて述べる。後段は、月の照る静かな夜、風渡る松の木の下で、天壇に祈りを捧げるさまを描く。

 

女冠子二首 其一 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

女冠子二首 其二 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-313-5-#57-(4)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3112

女冠子 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-254-5-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2652

女冠子 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-255-5-#9 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2657

女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

女冠子四首 其二 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-315-5-#57-(6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3122

女冠子四首 其三 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-316-5-#57-(7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3127

女冠子四首 其四 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-317-5-#57-(8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3132

女道士の風俗を描く。前段は女道士の姿を詠い、後段は伴の女にあなたも早く道士になりなさいと勧めるさまを描く。脱俗の女道士にしては、あまりにも艶めかしい姿態で措かれているが、この期の女道士や尼僧の住む祠、通観や寺院は、風俗を乱す場として、しばしば取りつぶしにあっている。一歳とると囲われていても捨てられたり、親、兄弟と死別すると多くの女性が駆け込んだのである。(後段に「妓女」について述べる。)

 

 

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

女道士になるために家を出るにつけて、翡翠の飾り、黄金の櫛、簪、なにもかもみな投げ捨てて、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。

求仙 仙人になることを求める。ここでは女道士になることをいう。

翠細金箆 翡翠や金で飾った櫛や簪。

嵒巒 自然に同化するため岩山に入る。道教は、南北朝の時代に成熟し、唐代には国教となり、宗教としての質をどんどん向上させた。宗教人類学・宗教歴史学・宗教心理学・宗教社会学の観点から分析すると、道教は宗教の基本要素を全て備えている。キリスト教・イスラム教・仏教の三大世界宗教と比べると、道教は一般の宗教としての特徴だけでなく独特の民族文化の特色も備えている。道教の一般的な宗教としての特徴を次に示す。道教は自然発生した自然宗教と人為的な倫理宗教の結合体である。人格化した主神(元始天尊・太上老君など)に対する信仰だけだけでなく、自然界の本質である汎神論の「道」の信仰(ヒンズー教の「ブラーフマン」、大乗仏教の「仏性」と類似している)もある。祠に女妓ともなった。

 

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

霧は巻かれることもあり、きれいな薄絹の肩掛けをつけるようになり、『高唐の賦』にいう雲は祠にかざられた彫刻に白い玉の冠をつけるようになった。

霧括黄羅披、雲彫白玉冠 霧と雲は男性を意味する語である。宋玉の『高唐の賦』で明確にくも、きり、に対する月、雨、松、鏡が女性という前提を踏まえなければ、解釈がまちまちになってしまう。男女のこと、妓女のことを詠う詩に抒情の詩のような解釈をする解説書があるがナンセンスである。花間集はエロチズムであり、権力に抵抗できる唯一の武器であった。

この二句については、注釈書によって解釈がまちまちである。ここでは、流れる霧は黄色い垂れ縞を巻き上げ、雲は刻むかのように白玉を飾った冠にかかる、次第に女を売ることに変化していくことの意に解する。

 

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

野にもやがひろがり、渓谷の洞窟が冷ややかにして靄は生まれ、この祠の近くに散歩する木々のあいだから月あかりに映えていたが、いまは石橋をわたるのもひとりで寒い。

野煙溪洞冷 渓谷の洞窟から靄が発生し、雲に成長するというのが古代中国の考えであった。この二句は男にちやほやされていたことを云う。霞がつつんでくれたものが寒気によって消され、石の端を一緒に歩いたことも今や寒さに震えてひとり歩く、というほどの意味。

魚玄機0005
 

靜夜松風下,禮天壇。

あの人が来てくれなくなった静かな夜、小高い丘の松をぬけて風が吹いてくる、こうして恵まれてきたことを天壇に祈りを捧ぐ。

天壇 天の神を祭るための祭壇。

 

1 宮妓

皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。

 

2 家妓

高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名

 

3営妓

軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。

 

4官妓

中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。

唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。

 

5民妓

民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。

 

6.道妓

道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。

 

妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。
魚玄機550034
 

9 11 相見歡 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-387-9-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3482

相見歡(薛昭蘊)女として若くないことを実感させる暮れ方の雨のあとの靄、これで完全に女のもとに訪れるという思いは断たれてしまった、ここから出ることもかなわない身の上の者には窓にかかる簾は檻であり、あの人の居る世界と隔離されてしまっている。


2013年12月22日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(32)#12-2 文選 賦<112―32>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩986 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3478
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《論佛骨表》(16)#10-2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <899>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3479韓愈詩-227-16
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 727 《早花〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <634>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3480 杜甫詩1000-634-890/1500〔草堂逸詩拾遺-(3)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 231 《桃源行》 王維 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3481 (12/22)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 11 相見歡 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-387-9-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3482
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

9 11 相見歡 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-387-9-#11   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3482

 

 木蓮001

相見歡一首

(浮気男に棄てられた女の愁いの情を詠う。)

羅襦繡袂香紅,畫堂中。

今日も夜化粧に紅をさし、薄絹の上着の刺繍の袂に香しきのかおりをつけ、あの人を待つ鳳凰の画かれた奥まった閨の中にいる。

細艸平沙蕃馬,小屏風。

そこには、あの人が好きな小草生う広がる砂地に戒の駿馬の小さな屏風をかざった。 

卷羅幕,凭粧閣,思無窮。

待っても来ないから、薄絹の幃帳を巻きあげ、少し高い化粧の部屋の窓辺に寄りながめるけれど、いくら思っても果てがない。

暮雨輕煙魂斷,隔簾櫳。

女として若くないことを実感させる暮れ方の雨のあとの靄、これで完全に女のもとに訪れるという思いは断たれてしまった、ここから出ることもかなわない身の上の者には窓にかかる簾は檻であり、あの人の居る世界と隔離されてしまっている。 

(相見歡【そうけんかん】)

羅襦【らじゅ】繡袂【しゅうべい】紅に香り,畫堂の中。

細艸 平沙の蕃馬【ばんば】,小屏風にあり。

羅幕を卷き,粧閣に凭【よ】れば,思 窮り無し。

暮の雨 輕き煙 魂は斷たれ,簾櫳を隔つるに。

 

美女004
 

『相見歡一首』 現代語訳と訳註

(本文)

相見歡

羅襦繡袂香紅,畫堂中。

細艸平沙蕃馬,小屏風。

卷羅幕,凭粧閣,思無窮。

暮雨輕煙魂斷,隔簾櫳。

 

(下し文)

相見歡

羅襦【らじゅ】繡袂【しゅうべい】紅に香り,畫堂の中。

細艸 平沙の蕃馬【ばんば】,小屏風にあり。

羅幕を卷き,粧閣に凭【よ】れば,思 窮り無し。

暮の雨 輕き煙 魂は斷たれ,簾櫳を隔つるに。

 

(現代語訳)

(浮気男に棄てられた女の愁いの情を詠う。)

今日も夜化粧に紅をさし、薄絹の上着の刺繍の袂に香しきのかおりをつけ、あの人を待つ鳳凰の画かれた奥まった閨の中にいる。

そこには、あの人が好きな小草生う広がる砂地に戒の駿馬の小さな屏風をかざった。 

待っても来ないから、薄絹の幃帳を巻きあげ、少し高い化粧の部屋の窓辺に寄りながめるけれど、いくら思っても果てがない。

女として若くないことを実感させる暮れ方の雨のあとの靄、これで完全に女のもとに訪れるという思いは断たれてしまった、ここから出ることもかなわない身の上の者には窓にかかる簾は檻であり、あの人の居る世界と隔離されてしまっている。

 花と張0104

(訳注)

相見歡

唐の教坊の曲名。『花間集』には薛昭蘊の一首のみ所収。双調三十六字、前段十八字四句二平韻、後段十八字五句二仄韻二平韻で、⑥③6③/❸❸③6③の詞形をとる。

(浮気男に棄てられた女の愁いの情を詠う。)

この種の愁いが詞で詠われる時、季節は多く晩春である。「暮雨輕煙魂斷,隔簾櫳」妾として囲われているが「暮の雨」晩春の花が落ちることを云い、女として年増になってきたこと、勝手に外に出ることが出来ないこと、などを詠うものである。

 

羅襦繡袂香紅,畫堂中。

今日も夜化粧に紅をさし、薄絹の上着の刺繍の袂に香しきのかおりをつけ、あの人を待つ鳳凰の画かれた奥まった閨の中にいる。

香紅 もみの上着に薫きしめた香が香ること。

 

細艸平沙蕃馬,小屏風。

そこには、あの人が好きな小草生う広がる砂地に戒の駿馬の小さな屏風をかざった。

蕃馬 戎の馬、小ぶりの足の速い遊牧民族の馬。相手の男が騎馬兵士で西域に出征していることを連想させる。あるいは、高貴な男は駿馬が好きで、屏風を飾っていた、今はこの部屋に寄り附きもしない浮気男。詩の内容から後者と考えるのが妥当。

 

卷羅幕,凭粧閣,思無窮。

待っても来ないから、薄絹の幃帳を巻きあげ、少し高い化粧の部屋の窓辺に寄りながめるけれど、いくら思っても果てがない。

粧閣 化粧の部屋。明かりがよく張るために他の部屋より独立し、階高が高かった。物見もできるもの。

班婕妤 王維

怪來妝閣閉,朝下不相迎。

總向春園裏,花間笑語聲。

怪しむらくは妝閣【さうかく】の 閉づることを,朝より下りて  相ひ迎へず。

總て春園の裏に 向いて,花間 笑語の聲。

この三句でわかることは、西域のどこか、砂漠に出征したのでなくて、何時でも女のもとに来られることをあらわす句である。

 

暮雨輕煙魂斷,隔簾櫳。

女として若くないことを実感させる暮れ方の雨のあとの靄、これで完全に女のもとに訪れるという思いは断たれてしまった、ここから出ることもかなわない身の上の者には窓にかかる簾は檻であり、あの人の居る世界と隔離されてしまっている。

暮雨軽煙 夕暮れの雨と簿霞。晩春に降る雨はここで必ず春の花は落花する。女の希望、期待を完全に断たれたことを意味する。

簾櫳 簾のかかる連子窓。1窓.2(動物を入れる)おり.

この頃の女性は一人で出かけることはできないので、この語を使用する。なかにわに出るくらいの生活を意味するもの。

pla024
 

9 10 浣溪紗八首 其八 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-386-9-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3477

浣溪紗八首其八(薛昭蘊) 越地方にくるとの美女がす足で金を水に選りわけ作業をしているがそれは春の雪解け水の水嵩が増えているあたりだ。歌に合わせて揺れ動き雲型の髪を高く結い、動きに合わせて帯玉や耳飾りが鳴っている。中州の渚に風が吹き、大江の土手の草が揺れると、また、風に乗って、乙女らの清々しい香りが漂ってくる。


2013年12月21日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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薛昭蘊:五代、後蜀の官司至侍郎。(生卒年未詳)、字、出身地ともに未詳。詞風は温庭第に近い。『花間集』には十九首の詞が収められている。『花間集』には、薛侍郎昭蘊と記されている。

醇紹撃(生没年未詳)花間集に載せられている詞人。花聞集では薛侍即とあり、侍郎の官についた人であることがわかるだけで、詳しい伝記はわからない。唐書の薛廷老伝によると、廷老の子に保遜があり、保遜の子に紹緯がある。乾寧中に礼部侍郎となった。性質は軽率であり、車に坐して夔州刺史に貶せられたという。ところでその経歴をさらにくわしく見ると、紹緯ほ乾寧3年(896)九月に中書舎人から礼部侍郎にたり、ついで戸部侍郎となり、光化2年(899)六月戸部侍郎から兵郡侍郎に選っている(唐僕尚丞郎表に依る)。これによって唐末に侍郎の官にあった人であることは明らかである。紹緯のことはまた北夢瑣言にも見えている。紹緯は才を侍み物に倣り、亦父(保遜)の風があった、朝省に入る毎に、笏を弄んで歩行し、旁若無人であった。好んで浣渓沙詞を唱したという。

 

今、花間集に侍郎とあり、また、その中に収められた十八首の詞の中、八首の浣渓沙があることから推量して薛昭蘊は紹緯と同じ人物であろうといぅ説が考えられるといわれている。晩年に磎州(渓州に同じであろう、広西に属する)に配せられているが、全唐詩の薛紹緯の条には天復中(唐末の年号、901903)に渓州司馬に貶せられたといぅひおそらくこの頃に貶せられたであろう。なお、北夢瑣言では薛澄州と呼んでいる。澄州もまた広西に属する。また、全唐詩に河東の人とあるのは、おそらく薛氏の出身地を言うのであろう。

 

歴代詩余の詞人姓氏では前局に編入して蜀に仕えて侍郎となったごとく記している。この説に従ってかれが韋荘と同じく蜀に仕えて侍郎となったとしている伝記も見受けられるが、紹澄が紹緯と同一人であるとすると上記の経歴と矛盾を生ずる。王国維は紹緯と薛昭蘊とを兄弟と見て、一門に浣溪沙詞を好んだものがあったと解しているが、この説よりも上にのべた同一人と見る説の方がよいようだ。花間集において温庭筠、皇甫松、韋荘についで薛昭蘊を並べているのも、唐王朝に仕えた人物を先に置いたためであろう。両者を同一人としておいた。

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 浣溪沙八首其一

浣溪の沙八首 其の一(渡し場付近の娼屋の女性のかなしみを詠う)

紅蓼渡頭秋正雨,印沙鷗跡自成行,整鬟飄袖野風香。

渡し場のあたりに紅蓼があきのまさ雨が降っている、砂浜にカモメの足跡が残り、女は後を追うように行く方向にあるいている。髷の髻からかみが垂れ、袖が揺れ、野の風が香りをのせて吹き寄せてくる。

不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

語りもしないし、苦々しさを含んで、船津の裏の奥の方に消え、幾度も廻って憂い顔の船頭が舟歌を詠って行く遊び人の男をのせていく。

 

浣溪沙八首其二

其の二(湘水の港町の妓女が、旅から戻ってくる男を待つ、そして次の年も同じように待つ、全く音信もなくなって空しく春過す。)

鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。

顔面の上に飾物や、菱花の鏡を用意して、宝飾箱があり、横には西の帯が垂れたままにある。この静けさは、蘭のかおる女の閨に広がり、今、頭飾りを取り去ろうとしている髪の毛の頭頂で左右に分け,それぞれ耳のわきで輪をつくって束ねた結い方を整えようとしているのは、旅から戻ってくる約束の日が来たからなのだ。

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

春も盛んになり野山に草木が繁茂して、ここ湘水には緑がいっぱいに広がっている。夢をしっかり見るころに、ひたひたと水時計の音がむなしく響いてくる。もう二回目の春は終わろうとしている春の花が咲きみだれて、やがてその香はなくなって來るのだ。

 

浣溪沙八首其三

其の三(官妓から妾妻に迎えられたものの寒食の時から見むきもされない女を詠う)

粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。

逢いたいのに逢えなかった娘はお白粉塗をぬった頬に徴かに残った涙跡があり、郡役所の官舎の庭に咲く花は散り夕闇となる。思いは遠くにいるあの人のこと、深き恨みを誰に話したらいいのだろうか。

記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

忘れもしない去年の寒食の日の行楽での事、延秋の門の外れに車止め、日は傾きてあの人は花が散るように魂消え失せてしまった時でもあるのだ。

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浣溪紗八首 其四

(浣溪紗八首 其の四 春になると春水に、柳に、蜂に、琴に、雲霧に、月にあの人のことを思い出してしまう。)

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

手を握りあったのは河橋のたもとの柳が金のように芽吹き繁る下でした。蜂はその鬚でもって、輕やかに百花の芯に惹かれ、飛び回るのです。花のかおりが風に乗って吹いて来て、そのなかの蘭のはなに思いよせると、いつのまにか清がしい琴の音に寄ってしまうのです。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

あの人への思いは胸いっぱいであり、ちょうど今、川いっぱいの春の増水とおなじのようなのです,あのひとのおもい、やさしさはとても深く、だから、また、酒盃をいっぱいに何度も注いでくれることのようでした,楚の巫女と皇帝の化身である靄、カスミが漂い、舜の後を追って湘水に身を投げた娥皇と女英が月に化身している,そのふたつの思いは、やがて沉沉とおさまっていくものです。


浣溪沙八首其五

(郊外の乙女の時に好きになって、何年かたって春別れて秋になっても合いには来てくれない道女の心を詠う)

簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。

簾を下している三つ季節をすごしていって寺の土塀の牆を出でいく,街には楊柳が垂れ綠を濃くして、もう夏も過ぎ、陰を長くしている,まだお紗奈を遺して頬を赤く染めている翡翠の飾りも軽く揺れている、その娘も、今やその間に小池省に変わっている。

瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

ちらっと初めて会ったその地を見て、また後逢瀬を重ねたところに来て見る、そしてその後もかわいそうであり、あわれでもあることが続く。今は却って来て見るとそこは寂しい所でしかなく思いをどんなに思ってみてもそれは暗くなってしまうものでしかない。今になってみればあの人との情事は仙郷での出来事のように遠いものになってしまった。
 

浣溪沙八首其六

(錦江のほとりの官妓の館の棄てられた女を詠う)

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

錦江のほとりの官妓の館には清々しい秋の景色が広がり他のお客は綺麗な船でやってきて舟の艫綱を繋いでいる。なじみの人は互いに夜の行楽の宴会を開いて送別の会をしている。麝香の煙が広がり、鸞の花の香りの燈火の中に広がって花の飾り細工の女たちが集められる。

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

この有様はまさに、この女に対する思いというのは断ち切れてしまい、いかに、巫女と皇帝の化身である楚の雨でさえもその降るところを迷ってしまうことになるのだ。離別であり、怨みを持つことに堪えることが出来ずに、舜の娥皇と女英の湘江のほとりで瑟を奏でたように思い続け、月となり、秋も深まって空高くなれば霜としておりて、白く染める。霜で白く染まった景色は天の水平線の彼方で月が照らす錦江(長江)の水に連なっている。

 

浣溪沙八首其七

(郊外の乙女の時に好きになって、何年かたって春別れて秋になっても合いには来てくれない道女の心を詠う)
傾國傾城恨有餘,幾多紅淚泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

国を亡ぼすほどの美貌には、恨みごとが、余りあるほどである。幾多の女性が姑蘇城に涙を流して泣いたことだろう。どれほど多くの女性がここ、姑蘇城に涙を流したことだろう。 風に乗って瞳をこらせば、雪のように真っ白な美しい肌の女性だ。

主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

呉王夫差の領地である呉の国は、むなしく落日に晒されている。 越王の勾践の宮殿は、半ば、草に埋もれている。ハスに花が咲き、ヒシが繁って、太湖に、いっぱいになっている。 

浣溪沙八首其八

(浣溪の沙 八首其の八 妓女の一生を詠う)

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

越地方にくるとの美女がす足で金を水に選りわけ作業をしているがそれは春の雪解け水の水嵩が増えているあたりだ。歌に合わせて揺れ動き雲型の髪を高く結い、動きに合わせて帯玉や耳飾りが鳴っている。中州の渚に風が吹き、大江の土手の草が揺れると、また、風に乗って、乙女らの清々しい香りが漂ってくる。不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

春の山は遠きに霞みにうつる体ではないし、翡翠のような眉に似せてはもう画けない。ただ、年増になった女妓にとってまさにこの山に日がかたむいて來るとどうしても怨みの思いを含んだ景色ということなるのだ。青い桃の花がやがてパッと咲くが、それもつかの間、花は落ちてしまい、まるで浦島太郎の様な一時のことだと思うのである。

 

(浣溪の沙八首其の八)

越女が春水の上で金を淘【よな】げ,雲鬢を步み搖らし 珮 璫を鳴らせる,渚風【ちょふう】 江草 又た清香なり。

遠山 翠黛を凝すを為さず,只だ應に恨みを含むは 斜陽に向い,碧桃も花謝【お】ち 劉郎を憶うを。

 

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『浣溪沙八首其八』現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙八首其八

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

 

 (下し文)

(浣溪の沙八首其の八)

越女が春水の上で金を淘【よな】げ,雲鬢を步み搖らし 珮 璫を鳴らせる,渚風【ちょふう】 江草 又た清香なり。

遠山 翠黛を凝すを為さず,只だ應に恨みを含むは 斜陽に向い,碧桃も花謝【お】ち 劉郎を憶うを。

 

(現代語訳)

(浣溪の沙 八首其の八 妓女の一生を詠う)

越地方にくるとの美女がす足で金を水に選りわけ作業をしているがそれは春の雪解け水の水嵩が増えているあたりだ。歌に合わせて揺れ動き雲型の髪を高く結い、動きに合わせて帯玉や耳飾りが鳴っている。中州の渚に風が吹き、大江の土手の草が揺れると、また、風に乗って、乙女らの清々しい香りが漂ってくる。

春の山は遠きに霞みにうつる体ではないし、翡翠のような眉に似せてはもう画けない。ただ、年増になった女妓にとってまさにこの山に日がかたむいて來るとどうしても怨みの思いを含んだ景色ということなるのだ。青い桃の花がやがてパッと咲くが、それもつかの間、花は落ちてしまい、まるで浦島太郎の様な一時のことだと思うのである。

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(訳注)

『花間集』には薛昭蘊の作が八首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋荘の浣渓抄の解説参照。

  韋荘(韋相莊)        浣溪紗五首

  薛侍郎昭蘊   浣溪紗八首

  牛學士希濟   浣溪紗四首

  (顧太尉     浣溪紗八首

  孫少監光憲   浣溪紗九首

  閻處士選      浣溪紗一首

  毛秘書熙震   浣溪紗七首

  李秀才珣      浣溪紗四首

 

浣溪沙八首其八

(浣溪の沙 八首其の八 妓女の一生を詠う)

 

越女 淘金 春水上,步搖 雲鬢 珮鳴璫,渚風 江草 又清香。

越地方にくるとの美女がす足で金を水に選りわけ作業をしているがそれは春の雪解け水の水嵩が増えているあたりだ。歌に合わせて揺れ動き雲型の髪を高く結い、動きに合わせて帯玉や耳飾りが鳴っている。中州の渚に風が吹き、大江の土手の草が揺れると、また、風に乗って、乙女らの清々しい香りが漂ってくる。

・越女 現在の浙江省、呉の国、ここの女性は美しいということを云う場合に「越女」と用いる。当然、絶世の美女「西施」の素足で採蓮して認められた故事からくるものである。

李白の若いころの詩に、『越女詞 五首』があり、晩唐、五代の詩人に影響を与えた。

越女詞 五首其一

長干呉兒女,眉目麗新月。屐上足如霜,不着鴉頭襪。

長干の街に住む呉の娘らは、眉と目が星や月よりもなまめかしい。木靴のうえの足は霜のように白く、足袋をはかなくてもうす絹をつけように素足が美しい。

越女詞 五首 其一 李白12

越女詞 五首其二

呉兒多白皙,好爲蕩舟劇。賣眼擲春心,折花調行客。

呉の女どもは色白が多く、好んで舟をゆさぶるあそびをする。色目をつかって、もえたつ春の心をなげつけ、花を折りとって旅人をからかう。

越女詞 五首 其二 李白13

越女詞 五首其三

耶溪採蓮女,見客棹歌囘。笑入荷花去,佯羞不出來。

若耶渓でハスの実をつむむすめたちは、旅人を見ると舟歌を唄いながらあちらへこいで遠ざかる。にっこり笑ってハスの花の影にかくれ、はずかしそうなふりをして出て来ない。

越女詞 五首 其三 李白14-3

越女詞 五首 其四

東陽素足女,會稽素舸郎。相看月未墮,白地斷肝腸。

東陽生まれの素足の女と、会稽の白木の舟の船頭とが顔を見あわせている。月が沈まないので、わけもなくせつない思いにくれている。

越女詞 五首 其四

越女詞 五首其五

鏡湖水如月,耶溪女似雪。新妝蕩新波,光景兩奇絶。

鏡湖は水が月光のようにすみ,耶溪は女むすめが雪のように色白。初々しい化粧姿はすがすがしい波間にうつる,その光景はどちらも比べがたく素晴らしい。

越女詞五首其五

・淘金 砂金を水でえり分ける。金の良し悪しを選び、淘汰する。淘げる【よなげる】とは。[動ガ下一][文]よな・ぐ[ガ下二]1 米を水に入れてゆすってとぐ。「ざるで米を―・げる」2 水に入れてかきまぜ、細かいものなどをゆらしてより分ける。「錫礦にて錫(すず)を淘(たう)する。少女の死後とか、客が取れなくなった女がするが、ここでは、無垢の乙女を指す。

・珮はい【佩・珮】. . 古代の装身具の一。腰帯とそれにつりさげた玉(ぎよく)・金属器などの総称。中国の殷(いん)・周代に盛行し,古墳時代の日本に伝播した。 接尾 . 助数詞。刀剣の類を数えるのに用いる。ふり。

・璫耳朶(じだ)に孔(あな)をあけてつける鼓状・漏斗状の耳飾り。中国漢代に盛行。

 

不為 遠山 凝翠黛,只應 含恨 向斜陽,碧桃 花謝 憶劉郎。

春の山は遠きに霞みにうつる体ではないし、翡翠のような眉に似せてはもう画けない。ただ、年増になった女妓にとってまさにこの山に日がかたむいて來るとどうしても怨みの思いを含んだ景色ということなるのだ。青い桃の花がやがてパッと咲くが、それもつかの間、花は落ちてしまい、まるで浦島太郎の様な一時のことだと思うのである。

・遠山 春の霞のかかった山を遠くに見ると、女性が横たわったように見あることを言うが、ここでは年を取った女妓では体系も崩れてしまったことを云う。このころは細身の女が好まれ、薄絹を羽織って横たわることを「春山:遠山」という表現をした。

・花謝 花が首を垂れ、落ちること。

温庭筠『菩薩蠻 九』

牡丹花謝聲歇,綠楊滿院中庭月。

相憶夢難成,背窗燈半明。

翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。

人遠淚闌幹,燕飛春又殘。

牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。

相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。

翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。

人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。

『菩薩蠻 九』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-9-9-#9 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1652

劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 

劉禹錫『再遊玄都觀』

百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。

種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。

再遊玄都觀 本文 劉禹錫 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-239--#95 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2742

白居易『贈薛濤』

蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。

若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202

牛嶠『女冠子 其三』

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

醮壇春艸綠,藥院杏花香。

青鳥傳心事,寄劉郎

女冠子四首 其三 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-316-5-#57-7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3127

牛嶠『夢江南二首 其二』

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

不是鳥中偏愛爾,為緣交頸睡南塘,全勝薄情郎

夢江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142 

○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142
波眼蝶0055
 

9 9 浣溪紗八首 其七 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-385-9-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3472

浣溪紗八首 其七(薛昭蘊) 国を亡ぼすほどの美貌には、恨みごとが、余りあるほどである。幾多の女性が姑蘇城に涙を流して泣いたことだろう。どれほど多くの女性がここ、姑蘇城に涙を流したことだろう。 風に乗って瞳をこらせば、雪のように真っ白な美しい肌の女性だ。


2013年12月20日  の紀頌之5つのブログ
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9 9 浣溪紗八首 其七 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-385-9-#9   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3472

 

薛昭蘊:五代、後蜀の官司至侍郎。(生卒年未詳)、字、出身地ともに未詳。詞風は温庭第に近い。『花間集』には十九首の詞が収められている。『花間集』には、薛侍郎昭蘊と記されている。

醇紹撃(生没年未詳)花間集に載せられている詞人。花聞集では薛侍即とあり、侍郎の官についた人であることがわかるだけで、詳しい伝記はわからない。唐書の薛廷老伝によると、廷老の子に保遜があり、保遜の子に紹緯がある。乾寧中に礼部侍郎となった。性質は軽率であり、車に坐して夔州刺史に貶せられたという。ところでその経歴をさらにくわしく見ると、紹緯ほ乾寧3年(896)九月に中書舎人から礼部侍郎にたり、ついで戸部侍郎となり、光化2年(899)六月戸部侍郎から兵郡侍郎に選っている(唐僕尚丞郎表に依る)。これによって唐末に侍郎の官にあった人であることは明らかである。紹緯のことはまた北夢瑣言にも見えている。紹緯は才を侍み物に倣り、亦父(保遜)の風があった、朝省に入る毎に、笏を弄んで歩行し、旁若無人であった。好んで浣渓沙詞を唱したという。

 

今、花間集に侍郎とあり、また、その中に収められた十八首の詞の中、八首の浣渓沙があることから推量して薛昭蘊は紹緯と同じ人物であろうといぅ説が考えられるといわれている。晩年に磎州(渓州に同じであろう、広西に属する)に配せられているが、全唐詩の薛紹緯の条には天復中(唐末の年号、901903)に渓州司馬に貶せられたといぅひおそらくこの頃に貶せられたであろう。なお、北夢瑣言では薛澄州と呼んでいる。澄州もまた広西に属する。また、全唐詩に河東の人とあるのは、おそらく薛氏の出身地を言うのであろう。

 

歴代詩余の詞人姓氏では前局に編入して蜀に仕えて侍郎となったごとく記している。この説に従ってかれが韋荘と同じく蜀に仕えて侍郎となったとしている伝記も見受けられるが、紹澄が紹緯と同一人であるとすると上記の経歴と矛盾を生ずる。王国維は紹緯と薛昭蘊とを兄弟と見て、一門に浣溪沙詞を好んだものがあったと解しているが、この説よりも上にのべた同一人と見る説の方がよいようだ。花間集において温庭筠、皇甫松、韋荘についで薛昭蘊を並べているのも、唐王朝に仕えた人物を先に置いたためであろう。両者を同一人としておいた。

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 浣溪沙八首其一

浣溪の沙八首 其の一(渡し場付近の娼屋の女性のかなしみを詠う)

紅蓼渡頭秋正雨,印沙鷗跡自成行,整鬟飄袖野風香。

渡し場のあたりに紅蓼があきのまさ雨が降っている、砂浜にカモメの足跡が残り、女は後を追うように行く方向にあるいている。髷の髻からかみが垂れ、袖が揺れ、野の風が香りをのせて吹き寄せてくる。

不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

語りもしないし、苦々しさを含んで、船津の裏の奥の方に消え、幾度も廻って憂い顔の船頭が舟歌を詠って行く遊び人の男をのせていく。

 

浣溪沙八首其二

其の二(湘水の港町の妓女が、旅から戻ってくる男を待つ、そして次の年も同じように待つ、全く音信もなくなって空しく春過す。)

鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。

顔面の上に飾物や、菱花の鏡を用意して、宝飾箱があり、横には西の帯が垂れたままにある。この静けさは、蘭のかおる女の閨に広がり、今、頭飾りを取り去ろうとしている髪の毛の頭頂で左右に分け,それぞれ耳のわきで輪をつくって束ねた結い方を整えようとしているのは、旅から戻ってくる約束の日が来たからなのだ。

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

春も盛んになり野山に草木が繁茂して、ここ湘水には緑がいっぱいに広がっている。夢をしっかり見るころに、ひたひたと水時計の音がむなしく響いてくる。もう二回目の春は終わろうとしている春の花が咲きみだれて、やがてその香はなくなって來るのだ。

 

浣溪沙八首其三

其の三(官妓から妾妻に迎えられたものの寒食の時から見むきもされない女を詠う)

粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。

逢いたいのに逢えなかった娘はお白粉塗をぬった頬に徴かに残った涙跡があり、郡役所の官舎の庭に咲く花は散り夕闇となる。思いは遠くにいるあの人のこと、深き恨みを誰に話したらいいのだろうか。

記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

忘れもしない去年の寒食の日の行楽での事、延秋の門の外れに車止め、日は傾きてあの人は花が散るように魂消え失せてしまった時でもあるのだ。

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浣溪紗八首 其四

(浣溪紗八首 其の四 春になると春水に、柳に、蜂に、琴に、雲霧に、月にあの人のことを思い出してしまう。)

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

手を握りあったのは河橋のたもとの柳が金のように芽吹き繁る下でした。蜂はその鬚でもって、輕やかに百花の芯に惹かれ、飛び回るのです。花のかおりが風に乗って吹いて来て、そのなかの蘭のはなに思いよせると、いつのまにか清がしい琴の音に寄ってしまうのです。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

あの人への思いは胸いっぱいであり、ちょうど今、川いっぱいの春の増水とおなじのようなのです,あのひとのおもい、やさしさはとても深く、だから、また、酒盃をいっぱいに何度も注いでくれることのようでした,楚の巫女と皇帝の化身である靄、カスミが漂い、舜の後を追って湘水に身を投げた娥皇と女英が月に化身している,そのふたつの思いは、やがて沉沉とおさまっていくものです。


浣溪沙八首其五

(郊外の乙女の時に好きになって、何年かたって春別れて秋になっても合いには来てくれない道女の心を詠う)

簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。

簾を下している三つ季節をすごしていって寺の土塀の牆を出でいく,街には楊柳が垂れ綠を濃くして、もう夏も過ぎ、陰を長くしている,まだお紗奈を遺して頬を赤く染めている翡翠の飾りも軽く揺れている、その娘も、今やその間に小池省に変わっている。

瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

ちらっと初めて会ったその地を見て、また後逢瀬を重ねたところに来て見る、そしてその後もかわいそうであり、あわれでもあることが続く。今は却って来て見るとそこは寂しい所でしかなく思いをどんなに思ってみてもそれは暗くなってしまうものでしかない。今になってみればあの人との情事は仙郷での出来事のように遠いものになってしまった。
 

浣溪沙八首其六

(錦江のほとりの官妓の館の棄てられた女を詠う)

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

錦江のほとりの官妓の館には清々しい秋の景色が広がり他のお客は綺麗な船でやってきて舟の艫綱を繋いでいる。なじみの人は互いに夜の行楽の宴会を開いて送別の会をしている。麝香の煙が広がり、鸞の花の香りの燈火の中に広がって花の飾り細工の女たちが集められる。

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

この有様はまさに、この女に対する思いというのは断ち切れてしまい、いかに、巫女と皇帝の化身である楚の雨でさえもその降るところを迷ってしまうことになるのだ。離別であり、怨みを持つことに堪えることが出来ずに、舜の娥皇と女英の湘江のほとりで瑟を奏でたように思い続け、月となり、秋も深まって空高くなれば霜としておりて、白く染める。霜で白く染まった景色は天の水平線の彼方で月が照らす錦江(長江)の水に連なっている。

 

浣溪沙八首其七

(郊外の乙女の時に好きになって、何年かたって春別れて秋になっても合いには来てくれない道女の心を詠う)
傾國傾城恨有餘,幾多紅淚泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

国を亡ぼすほどの美貌には、恨みごとが、余りあるほどである。幾多の女性が姑蘇城に涙を流して泣いたことだろう。どれほど多くの女性がここ、姑蘇城に涙を流したことだろう。 風に乗って瞳をこらせば、雪のように真っ白な美しい肌の女性だ。

主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

呉王夫差の領地である呉の国は、むなしく落日に晒されている。 越王の勾践の宮殿は、半ば、草に埋もれている。ハスに花が咲き、ヒシが繁って、太湖に、いっぱいになっている。

 

浣溪沙八首其八

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。
tsuki04
 

美女004

杏の白花012
 

『浣溪沙八首』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙八首其七

傾國傾城恨有餘,幾多紅涙泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

呉主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

 

(下し文)

(浣溪の沙)

傾國 傾城恨み 餘り 有り,幾多の紅涙 姑蘇に泣く,

風に倚り 睇【ひとみ】を凝【こ】らせば 雪の 肌膚。

呉主の山河 空しく落日,越王の宮殿 半ば平蕪,藕【はす】 花さき菱【ひし】蔓【の】びて 重湖に滿つ。

 

(現代語訳)

(郊外の乙女の時に好きになって、何年かたって春別れて秋になっても合いには来てくれない道女の心を詠う)

国を亡ぼすほどの美貌には、恨みごとが、余りあるほどである。幾多の女性が姑蘇城に涙を流して泣いたことだろう。どれほど多くの女性がここ、姑蘇城に涙を流したことだろう。 風に乗って瞳をこらせば、雪のように真っ白な美しい肌の女性だ。

呉王夫差の領地である呉の国は、むなしく落日に晒されている。 越王の勾践の宮殿は、半ば、草に埋もれている。ハスに花が咲き、ヒシが繁って、太湖に、いっぱいになっている。

  

(訳注)

『花間集』には薛昭蘊の作が八首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋荘の浣渓抄の解説参照。

  韋荘(韋相莊)        浣溪紗五首

  薛侍郎昭蘊   浣溪紗八首

  牛學士希濟   浣溪紗四首

  (顧太尉     浣溪紗八首

  孫少監光憲   浣溪紗九首

  閻處士選      浣溪紗一首

  毛秘書熙震   浣溪紗七首

  李秀才珣      浣溪紗四首

 

浣溪沙八首其七

(郊外の乙女の時に好きになって、何年かたって春別れて秋になっても合いには来てくれない道女の心を詠う)

 

傾國傾城恨有餘、幾多紅涙泣姑蘇、倚風凝睇雪肌膚。

国を亡ぼすほどの美貌には、恨みごとが、余りあるほどである。幾多の女性が姑蘇城に涙を流して泣いたことだろう。どれほど多くの女性がここ、姑蘇城に涙を流したことだろう。 風に乗って瞳をこらせば、雪のように真っ白な美しい肌の女性だ。  

・傾國傾城:国を傾け、国を亡ぼすほどの美人。越王・勾踐から献上され、呉王夫差の愛妃となった西施の美貌をいう。ここでは、西施自身のこと。或いは、広く美貌の意。  ・傾國傾城 国を傾け、城を傾けさせるほどの絶世の美女。○傾国 李延年『絶世傾国の歌』「北方有佳人、絶世而獨立。一顧傾人城、再顧傾人國。寧不知傾城與傾國、佳人難再得。」(北方に佳人有り、絶世にして獨立す。一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の國を傾く。寧んぞ傾城と傾國とを知らざらんや、佳人は再びは得がたし。)連城の璧とは? 〔史記(藺相如伝)〕中国の戦国時代、秦の昭王が一五の城と交換しようといった、趙(ちよう)の恵文王所有の有名な宝玉のこと。転じて、無上の宝の意。・傾國 国を傾けさせるほどの絶世の美女。 ・傾城 城を傾けさせるほどの絶世の美女。 ・漢武帝 漢の武帝。(前156年~前87年)前漢第七代皇帝。劉徹のこと。漢帝国の基礎を確立させ、匈奴勢力を漠北から駆逐した。 

韓愈『縣齋有懐

「・・・誰爲傾国媒、自許連城價。・・・」

中唐詩-268 縣齋有懐 韓愈 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-29 #2

初唐詩人 劉希夷(劉廷芝)『公子行』
天津橋下陽春水,天津橋上繁華子。
馬聲廻合青雲外,人影搖動綠波裏。
綠波蕩漾玉爲砂,青雲離披錦作霞。
可憐楊柳傷心樹,可憐桃李斷腸花。
此日遨遊邀美女,此時歌舞入娼家。
娼家美女鬱金香,飛去飛來公子傍。
的的珠簾白日映,娥娥玉顏紅粉妝。
花際裴回雙蛺蝶,池邊顧歩兩鴛鴦。
傾國傾城漢武帝,爲雲爲雨楚襄王
古來容光人所羨,況復今日遙相見。
願作輕羅著細腰,願爲明鏡分嬌面。
與君相向轉相親,與君雙棲共一身。
願作貞松千歳古,誰論芳槿一朝新。
百年同謝西山日,千秋萬古北邙塵。

公子行  劉希夷(劉廷芝) (1) 初唐

代白頭吟 劉希夷(劉廷芝)(2) 初唐

李商隠『北斉二首其一』 

一笑相傾國便亡、何勞荊棘始堪傷。

小憐玉體横陳夜、己報周師人晋陽。

北斉二首其一 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 44

・恨:うらみ。情愛。深く複雑な感情。ここでは、西施ら女性の辿った運命ともとれる。 

・有餘:余りある。

・幾多:いくたの。多くの。 

・紅涙:女性の涙。 

・泣:声を出さないで涙を流して泣くこと。 

・姑蘇:姑蘇台。蘇州にある。また蘇州の街のこと。呉の首都。呉王・夫差が姑蘇城にいたが、越王・勾践に攻められ、降ろされたところ。

・倚:よる。たのむ。すがる。あわせる。 

・風:かぜ。 

・凝睇:瞳をこらす。注視する。この語の主語は何になるかによって、意味が微妙に動く。「倚風」の意味も分かりにくい。 

・雪:雪のように真っ白な。女性の美しい肌の形容。 

・肌膚:はだ。

 

呉主山河空落日、越王宮殿半平蕪、藕花菱蔓滿重湖。

呉王夫差の領地である呉の国は、むなしく落日に晒されている。 越王の勾践の宮殿は、半ば、草に埋もれている。ハスに花が咲き、ヒシが繁って、太湖に、いっぱいになっている。

・呉主山河:呉王夫差の領地である呉の国は。・呉主:呉王・夫差のこと。・空:むなしく。 

・落日:夕日。ここでは、国の滅亡をいう。呉の国が、越の勾踐に滅ぼされたことを指す。

・越王宮殿:越王の勾践は呉を滅ぼした後、やがては、自分も滅んでいき、その宮殿は半分草に埋もれているということ。 ・越王:越王・勾践のこと。 

・半:なかばは。 

・平蕪:雑草の生い茂った平野。

・藕花:ハスに花が咲く。 

・菱蔓:ヒシが繁る。 

・滿:いっぱいになる。 

・重湖:太湖のこと。
roudai112
 

9 8 浣溪紗八首 其六 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-384-9-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3467

薛昭蘊≪浣溪紗八首 其六≫ 錦江のほとりの官妓の館には清々しい秋の景色が広がり他のお客は綺麗な船でやってきて舟の艫綱を繋いでいる。なじみの人は互いに夜の行楽の宴会を開いて送別の会をしている。麝香の煙が広がり、鸞の花の香りの燈火の中に広がって花の飾り細工の女たちが集められる。


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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 8 浣溪紗八首 其六 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-384-9-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3467
 
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9 8 浣溪紗八首 其六 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-384-9-#8   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3467

 

薛昭蘊:五代、後蜀の官司至侍郎。(生卒年未詳)、字、出身地ともに未詳。詞風は温庭第に近い。『花間集』には十九首の詞が収められている。『花間集』には、薛侍郎昭蘊と記されている。

醇紹撃(生没年未詳)花間集に載せられている詞人。花聞集では薛侍即とあり、侍郎の官についた人であることがわかるだけで、詳しい伝記はわからない。唐書の薛廷老伝によると、廷老の子に保遜があり、保遜の子に紹緯がある。乾寧中に礼部侍郎となった。性質は軽率であり、車に坐して夔州刺史に貶せられたという。ところでその経歴をさらにくわしく見ると、紹緯ほ乾寧3年(896)九月に中書舎人から礼部侍郎にたり、ついで戸部侍郎となり、光化2年(899)六月戸部侍郎から兵郡侍郎に選っている(唐僕尚丞郎表に依る)。これによって唐末に侍郎の官にあった人であることは明らかである。紹緯のことはまた北夢瑣言にも見えている。紹緯は才を侍み物に倣り、亦父(保遜)の風があった、朝省に入る毎に、笏を弄んで歩行し、旁若無人であった。好んで浣渓沙詞を唱したという。

 

今、花間集に侍郎とあり、また、その中に収められた十八首の詞の中、八首の浣渓沙があることから推量して薛昭蘊は紹緯と同じ人物であろうといぅ説が考えられるといわれている。晩年に磎州(渓州に同じであろう、広西に属する)に配せられているが、全唐詩の薛紹緯の条には天復中(唐末の年号、901903)に渓州司馬に貶せられたといぅひおそらくこの頃に貶せられたであろう。なお、北夢瑣言では薛澄州と呼んでいる。澄州もまた広西に属する。また、全唐詩に河東の人とあるのは、おそらく薛氏の出身地を言うのであろう。

 

歴代詩余の詞人姓氏では前局に編入して蜀に仕えて侍郎となったごとく記している。この説に従ってかれが韋荘と同じく蜀に仕えて侍郎となったとしている伝記も見受けられるが、紹澄が紹緯と同一人であるとすると上記の経歴と矛盾を生ずる。王国維は紹緯と薛昭蘊とを兄弟と見て、一門に浣溪沙詞を好んだものがあったと解しているが、この説よりも上にのべた同一人と見る説の方がよいようだ。花間集において温庭筠、皇甫松、韋荘についで薛昭蘊を並べているのも、唐王朝に仕えた人物を先に置いたためであろう。両者を同一人としておいた。

 綬帶鳥00

 浣溪沙八首其一

浣溪の沙八首 其の一(渡し場付近の娼屋の女性のかなしみを詠う)

紅蓼渡頭秋正雨,印沙鷗跡自成行,整鬟飄袖野風香。

渡し場のあたりに紅蓼があきのまさ雨が降っている、砂浜にカモメの足跡が残り、女は後を追うように行く方向にあるいている。髷の髻からかみが垂れ、袖が揺れ、野の風が香りをのせて吹き寄せてくる。

不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

語りもしないし、苦々しさを含んで、船津の裏の奥の方に消え、幾度も廻って憂い顔の船頭が舟歌を詠って行く遊び人の男をのせていく。

 

浣溪沙八首其二

其の二(湘水の港町の妓女が、旅から戻ってくる男を待つ、そして次の年も同じように待つ、全く音信もなくなって空しく春過す。)

鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。

顔面の上に飾物や、菱花の鏡を用意して、宝飾箱があり、横には西の帯が垂れたままにある。この静けさは、蘭のかおる女の閨に広がり、今、頭飾りを取り去ろうとしている髪の毛の頭頂で左右に分け,それぞれ耳のわきで輪をつくって束ねた結い方を整えようとしているのは、旅から戻ってくる約束の日が来たからなのだ。

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

春も盛んになり野山に草木が繁茂して、ここ湘水には緑がいっぱいに広がっている。夢をしっかり見るころに、ひたひたと水時計の音がむなしく響いてくる。もう二回目の春は終わろうとしている春の花が咲きみだれて、やがてその香はなくなって來るのだ。

 

浣溪沙八首其三

其の三(官妓から妾妻に迎えられたものの寒食の時から見むきもされない女を詠う)

粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。

逢いたいのに逢えなかった娘はお白粉塗をぬった頬に徴かに残った涙跡があり、郡役所の官舎の庭に咲く花は散り夕闇となる。思いは遠くにいるあの人のこと、深き恨みを誰に話したらいいのだろうか。

記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

忘れもしない去年の寒食の日の行楽での事、延秋の門の外れに車止め、日は傾きてあの人は花が散るように魂消え失せてしまった時でもあるのだ。

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浣溪紗八首 其四

(浣溪紗八首 其の四 春になると春水に、柳に、蜂に、琴に、雲霧に、月にあの人のことを思い出してしまう。)

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

手を握りあったのは河橋のたもとの柳が金のように芽吹き繁る下でした。蜂はその鬚でもって、輕やかに百花の芯に惹かれ、飛び回るのです。花のかおりが風に乗って吹いて来て、そのなかの蘭のはなに思いよせると、いつのまにか清がしい琴の音に寄ってしまうのです。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

あの人への思いは胸いっぱいであり、ちょうど今、川いっぱいの春の増水とおなじのようなのです,あのひとのおもい、やさしさはとても深く、だから、また、酒盃をいっぱいに何度も注いでくれることのようでした,楚の巫女と皇帝の化身である靄、カスミが漂い、舜の後を追って湘水に身を投げた娥皇と女英が月に化身している,そのふたつの思いは、やがて沉沉とおさまっていくものです。


浣溪沙八首其五

(郊外の乙女の時に好きになって、何年かたって春別れて秋になっても合いには来てくれない道女の心を詠う)

簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。

簾を下している三つ季節をすごしていって寺の土塀の牆を出でいく,街には楊柳が垂れ綠を濃くして、もう夏も過ぎ、陰を長くしている,まだお紗奈を遺して頬を赤く染めている翡翠の飾りも軽く揺れている、その娘も、今やその間に小池省に変わっている。

瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

ちらっと初めて会ったその地を見て、また後逢瀬を重ねたところに来て見る、そしてその後もかわいそうであり、あわれでもあることが続く。今は却って来て見るとそこは寂しい所でしかなく思いをどんなに思ってみてもそれは暗くなってしまうものでしかない。今になってみればあの人との情事は仙郷での出来事のように遠いものになってしまった。

浣溪沙八首其六

(錦江のほとりの官妓の館の棄てられた女を詠う)

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

錦江のほとりの官妓の館には清々しい秋の景色が広がり他のお客は綺麗な船でやってきて舟の艫綱を繋いでいる。なじみの人は互いに夜の行楽の宴会を開いて送別の会をしている。麝香の煙が広がり、鸞の花の香りの燈火の中に広がって花の飾り細工の女たちが集められる。

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

この有様はまさに、この女に対する思いというのは断ち切れてしまい、いかに、巫女と皇帝の化身である楚の雨でさえもその降るところを迷ってしまうことになるのだ。離別であり、怨みを持つことに堪えることが出来ずに、舜の娥皇と女英の湘江のほとりで瑟を奏でたように思い続け、月となり、秋も深まって空高くなれば霜としておりて、白く染める。霜で白く染まった景色は天の水平線の彼方で月が照らす錦江(長江)の水に連なっている。

 

浣溪沙八首其七

傾國傾城恨有餘,幾多紅淚泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

 

浣溪沙八首其八

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

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『浣溪沙八首』現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙八首其六

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

 

(下し文)

浣溪の沙 八首其の六

江館 清秋 客舡を纜ぎ,故人 相いに夜に筵を開き,麝煙 蘭焰 花鈿【かでん】に簇がるを送る。

正是 斷魂 迷楚雨,不堪 離恨 咽湘絃,月高 霜白 水連天。

 

(現代語訳)

(錦江のほとりの官妓の館の棄てられた女を詠う)

錦江のほとりの官妓の館には清々しい秋の景色が広がり他のお客は綺麗な船でやってきて舟の艫綱を繋いでいる。なじみの人は互いに夜の行楽の宴会を開いて送別の会をしている。麝香の煙が広がり、鸞の花の香りの燈火の中に広がって花の飾り細工の女たちが集められる。

この有様はまさに、この女に対する思いというのは断ち切れてしまい、いかに、巫女と皇帝の化身である楚の雨でさえもその降るところを迷ってしまうことになるのだ。離別であり、怨みを持つことに堪えることが出来ずに、舜の娥皇と女英の湘江のほとりで瑟を奏でたように思い続け、月となり、秋も深まって空高くなれば霜としておりて、白く染める。霜で白く染まった景色は天の水平線の彼方で月が照らす錦江(長江)の水に連なっている。

 

 

(訳注)

『花間集』には薛昭蘊の作が八首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋荘の浣渓抄の解説参照。

  韋荘(韋相莊)        浣溪紗五首

  薛侍郎昭蘊   浣溪紗八首

  牛學士希濟   浣溪紗四首

  (顧太尉     浣溪紗八首

  孫少監光憲   浣溪紗九首

  閻處士選      浣溪紗一首

  毛秘書熙震   浣溪紗七首

  李秀才珣      浣溪紗四首

 

其六

(錦江のほとりの官妓の館の棄てられた女を詠う)

 

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

錦江のほとりの官妓の館には清々しい秋の景色が広がり他のお客は綺麗な船でやってきて舟の艫綱を繋いでいる。なじみの人は互いに夜の行楽の宴会を開いて送別の会をしている。麝香の煙が広がり、鸞の花の香りの燈火の中に広がって花の飾り細工の女たちが集められる。

・江館 錦江のほとりの官妓の館。

・纜 ともづなを結んで一夜を共にする。ここでは思う男が他の女たちをはべらせて行楽の宴を開いている。秋と艫綱は別離を意味する。

魚玄機『遣懷』

閑散身無事,風光獨自遊。

斷雲江上月,解纜海中舟。

琴弄蕭梁寺,詩吟庾亮樓。

叢篁堪作伴,片石好為儔。

・解纜 ともづなをといて舟を出発する。

(懐を遣る)

閑散 身に事無く、風光濁り自ら遊ぶ。

雲を断つ 江上の月、纜を解く 海中の舟。

琴は蕭梁の寺に弄し、詩は庚亮の樓に吟ず。

叢篁 伴を作すに堪え、片石 儔を為すに好し。

・簇 むらがる。あつまる。笹竹。小さい竹。

 

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

この有様はまさに、この女に対する思いというのは断ち切れてしまい、いかに、巫女と皇帝の化身である楚の雨でさえもその降るところを迷ってしまうことになるのだ。離別であり、怨みを持つことに堪えることが出来ずに、舜の娥皇と女英の湘江のほとりで瑟を奏でたように思い続け、月となり、秋も深まって空高くなれば霜としておりて、白く染める。霜で白く染まった景色は天の水平線の彼方で月が照らす錦江(長江)の水に連なっている。

・断魂迷楚雨 楚の宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。ここは男が他の女のもとに向かって(断絶)いるため、雨もどこで降ったらよいのか迷ってしまうというもの。。

・湘絃 月夜に舜を惜しんで瑟を爪弾いた。舜の妃となった夷の二人の娘、娥皇と女英を祀った廟。湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。

劉禹錫『瀟湘神』

斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。

楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。

『瀟湘神  劉禹錫』  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-54-7-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1832

韋荘『臨江仙一首』

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

毛文錫『臨江仙』

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

臨江仙一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-373-8-#9  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3412

・水連天 霜で白く染まった景色は天の水平線の彼方で月が照らす錦江(長江)の水に連なっている。 

「渭上題三首之二」溫庭筠

目極雲霄思浩然,風帆一片水連天。

輕橈便是東歸路,不肯忘機作釣船。

『渭上題三首 之二』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-42-11 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1784

 

魚玄機が宮島に

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浣溪紗八首 其五 (薛昭蘊)ちらっと初めて会ったその地を見て、また後逢瀬を重ねたところに来て見る、そしてその後もかわいそうであり、あわれでもあることが続く。今は却って来て見るとそこは寂しい所でしかなく思いをどんなに思ってみてもそれは暗くなってしまうものでしかない。今になってみればあの人との情事は仙郷での出来事のように遠いものになってしまった

2013年12月18日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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 浣溪沙八首其一

浣溪の沙八首 其の一(渡し場付近の娼屋の女性のかなしみを詠う)

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渡し場のあたりに紅蓼があきのまさ雨が降っている、砂浜にカモメの足跡が残り、女は後を追うように行く方向にあるいている。髷の髻からかみが垂れ、袖が揺れ、野の風が香りをのせて吹き寄せてくる。

不語含嚬深浦裏,幾迴愁煞棹舡郎,鷰歸帆盡水茫茫。

語りもしないし、苦々しさを含んで、船津の裏の奥の方に消え、幾度も廻って憂い顔の船頭が舟歌を詠って行く遊び人の男をのせていく。

 

浣溪沙八首其二

其の二(湘水の港町の妓女が、旅から戻ってくる男を待つ、そして次の年も同じように待つ、全く音信もなくなって空しく春過す。)

鈿匣菱花錦帶垂,靜臨蘭檻卸頭時,約鬟低珥等歸期。

顔面の上に飾物や、菱花の鏡を用意して、宝飾箱があり、横には西の帯が垂れたままにある。この静けさは、蘭のかおる女の閨に広がり、今、頭飾りを取り去ろうとしている髪の毛の頭頂で左右に分け,それぞれ耳のわきで輪をつくって束ねた結い方を整えようとしているのは、旅から戻ってくる約束の日が来たからなのだ。

茂茂艸青湘渚闊,夢餘空有漏依依,二年終日損芳菲。

春も盛んになり野山に草木が繁茂して、ここ湘水には緑がいっぱいに広がっている。夢をしっかり見るころに、ひたひたと水時計の音がむなしく響いてくる。もう二回目の春は終わろうとしている春の花が咲きみだれて、やがてその香はなくなって來るのだ。

 

浣溪沙八首其三

其の三(官妓から妾妻に迎えられたものの寒食の時から見むきもされない女を詠う)

粉上依稀有淚痕,郡庭花落欲黃昏,遠情深恨與誰論。

逢いたいのに逢えなかった娘はお白粉塗をぬった頬に徴かに残った涙跡があり、郡役所の官舎の庭に咲く花は散り夕闇となる。思いは遠くにいるあの人のこと、深き恨みを誰に話したらいいのだろうか。

記得去年寒食日,延秋門外卓金輪,日斜人散暗消魂。

忘れもしない去年の寒食の日の行楽での事、延秋の門の外れに車止め、日は傾きてあの人は花が散るように魂消え失せてしまった時でもあるのだ。

美女004

浣溪紗八首 其四

(浣溪紗八首 其の四 春になると春水に、柳に、蜂に、琴に、雲霧に、月にあの人のことを思い出してしまう。)

握手河橋柳似金,蜂鬚輕惹百花心,蕙風蘭思寄清琴。

手を握りあったのは河橋のたもとの柳が金のように芽吹き繁る下でした。蜂はその鬚でもって、輕やかに百花の芯に惹かれ、飛び回るのです。花のかおりが風に乗って吹いて来て、そのなかの蘭のはなに思いよせると、いつのまにか清がしい琴の音に寄ってしまうのです。

意滿便同春水滿,情深還似酒盃深,楚煙湘月兩沉沉。

あの人への思いは胸いっぱいであり、ちょうど今、川いっぱいの春の増水とおなじのようなのです,あのひとのおもい、やさしさはとても深く、だから、また、酒盃をいっぱいに何度も注いでくれることのようでした,楚の巫女と皇帝の化身である靄、カスミが漂い、舜の後を追って湘水に身を投げた娥皇と女英が月に化身している,そのふたつの思いは、やがて沉沉とおさまっていくものです。


浣溪沙八首其五

(郊外の乙女の時に好きになって、何年かたって春別れて秋になっても合いには来てくれない道女の心を詠う)

簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。

簾を下している三つ季節をすごしていって寺の土塀の牆を出でいく,街には楊柳が垂れ綠を濃くして、もう夏も過ぎ、陰を長くしている,まだお紗奈を遺して頬を赤く染めている翡翠の飾りも軽く揺れている、その娘も、今やその間に小池省に変わっている。

瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

ちらっと初めて会ったその地を見て、また後逢瀬を重ねたところに来て見る、そしてその後もかわいそうであり、あわれでもあることが続く。今は却って来て見るとそこは寂しい所でしかなく思いをどんなに思ってみてもそれは暗くなってしまうものでしかない。今になってみればあの人との情事は仙郷での出来事のように遠いものになってしまった。

 

浣溪沙八首其六

江館清秋纜客舡,故人相送夜開筵,麝煙蘭焰簇花鈿。

正是斷魂迷楚雨,不堪離恨咽湘絃,月高霜白水連天。

 

浣溪沙八首其七

傾國傾城恨有餘,幾多紅淚泣姑蘇,倚風凝睇雪肌膚。

主山河空落日,越王宮殿半平蕪,藕花菱蔓滿重湖。

 

浣溪沙八首其八

越女淘金春水上,步搖雲鬢珮鳴璫,渚風江草又清香。

不為遠山凝翠黛,只應含恨向斜陽,碧桃花謝憶劉郎。

漢詩ブログ001
 

 

『浣溪沙八首』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙八首其五

簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。

瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

 

(下し文)

1781180
其五

簾下 三間 寺牆を出づ,街に滿る楊を垂れ綠陰長くす,嫩紅【どんこう】輕翠【けいすい】 濃粧を間にす。

瞥地 見時 猶お可可とし,卻って來る 閑處 思量を暗くす,如今 情事 仙

 

 

(現代語訳)

(郊外の乙女の時に好きになって、何年かたって春別れて秋になっても合いには来てくれない道女の心を詠う)

簾を下している三つ季節をすごしていって寺の土塀の牆を出でいく,街には楊柳が垂れ綠を濃くして、もう夏も過ぎ、陰を長くしている,まだお紗奈を遺して頬を赤く染めている翡翠の飾りも軽く揺れている、その娘も、今やその間に小池省に変わっている。

ちらっと初めて会ったその地を見て、また後逢瀬を重ねたところに来て見る、そしてその後もかわいそうであり、あわれでもあることが続く。今は却って来て見るとそこは寂しい所でしかなく思いをどんなに思ってみてもそれは暗くなってしまうものでしかない。今になってみればあの人との情事は仙郷での出来事のように遠いものになってしまった。

 

(訳注)

『花間集』には薛昭蘊の作が八首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋荘の浣渓抄の解説参照。

  韋荘(韋相莊)        浣溪紗五首

  薛侍郎昭蘊   浣溪紗八首

  牛學士希濟   浣溪紗四首

  (顧太尉     浣溪紗八首

  孫少監光憲   浣溪紗九首

  閻處士選      浣溪紗一首

  毛秘書熙震   浣溪紗七首

  李秀才珣      浣溪紗四首

 

其五

(郊外の乙女の時に好きになって、何年かたって春別れて秋になっても合いには来てくれない道女の心を詠う)

 

簾下三間出寺牆,滿街垂楊綠陰長,嫩紅輕翠間濃粧。

簾を下している三つ季節をすごしていって寺の土塀の牆を出でいく,街には楊柳が垂れ綠を濃くして、もう夏も過ぎ、陰を長くしている,まだお紗奈を遺して頬を赤く染めている翡翠の飾りも軽く揺れている、その娘も、今やその間に小池省に変わっている。

・三間 ①柱の三区間。②昼間の午前、正午、午後。③季節の三季。春、夏、秋。

・嫩 1 発芽して最初に出る葉。双子葉植物で2枚出る。《季 春》2 人間の幼少のころ。また、物事の初め。「栴檀(せんだん)は―より芳(かんば)し」3 名香の一。伽羅(きゃら)で香味は苦甘。羅国。ふたばあおい双葉葵。

 

瞥地見時猶可可,卻來閑處暗思量,如今情事隔仙

ちらっと初めて会ったその地を見て、また後逢瀬を重ねたところに来て見る、そしてその後もかわいそうであり、あわれでもあることが続く。今は却って来て見るとそこは寂しい所でしかなく思いをどんなに思ってみてもそれは暗くなってしまうものでしかない。今になってみればあの人との情事は仙郷での出来事のように遠いものになってしまった。

・猶可可 その後もかわいそうであり、あわれでもあることが続いている。
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