春はとっくに過ぎはじめて吹いてきた風に草木が吹き斃れてくるのを見ると秋の気配を感じる。赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。
14-394《思越人二首 其二》孫光憲(54)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-577-14-(394) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4432
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| 花間集 教坊曲『思越人』四首 | | |||
| 張舍人泌 | 巻四 | 思越人一首 | 鷰雙飛,鶯百囀, | |
| 孫少監光憲 | 巻八 | 思越人二首其一 | 古臺平,芳艸遠 | |
| 巻八 | 思越人二首其一 | 渚蓮枯,宮樹老, | | |
| 鹿太保虔扆 | 巻九 | 思越人一首 | 翠屏欹,銀燭背, | |
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思越人二首 其一
古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。
翠黛空留千載恨,教人何處相尋。
綺羅無復當時事,露花點滴香淚。
惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。
(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)
呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。
この地には翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。
越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしている。
ここでは歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色であるということだ。
(越の人を思う 二首 其の一)
古台 平らかに、芳草 遠く、館娃官の外 春 深くす。
翠黛 空しく留む 千載の恨み、人をして何処にか相い尋ねしむ。
綺羅 復た当時の事 無く、露花 香涙を点滴す。
惆悵す 遙天 淥水 横たわり、鴛鴦 対対として飛び起つ。
思越人二首 其二
渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。
想像玉人空處所,月明獨上溪橋。
經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。
一片風流傷心地,魂銷目斷西子。
(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、玉人、月明、溪橋、經春、秋風、紅蘭、綠蕙とすべて西施・宮女に関連したもので侘しさ、愁いを詠う。)
西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。
栄華を極めた煌びやかに耀く宮人やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。
春はとっくに過ぎはじめて吹いてきた風に草木が吹き斃れてくるのを見ると秋の気配を感じる。赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。
風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。
(思越人二首 其の二)
渚の蓮は枯れ,宮の樹は老い,長洲 廢苑 蕭條す。
像を想う 玉人 空處の所,月明く 獨り溪橋を上る。
春を經て 初めて敗る 秋風起つに,紅蘭 綠蕙 死を愁う。
一片 風流 傷心の地,魂銷 目は西子を斷つ 。

『思越人二首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)
思越人二首 其二
渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。
想像玉人空處所,月明獨上溪橋。
經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。
一片風流傷心地,魂銷目斷西子。
(下し文)
思越人二首 其二
渚の蓮は枯れ,宮の樹は老い,長洲 廢苑 蕭條す。
像を想う 玉人 空處の所,月明く 獨り溪橋を上る。
春を經て 初めて敗る 秋風起つに,紅蘭 綠蕙 死を愁う。
一片 風流 傷心の地,魂銷 目は西子を斷つ 。
(現代語訳)
(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、玉人、月明、溪橋、經春、秋風、紅蘭、綠蕙とすべて西施・宮女に関連したもので侘しさ、愁いを詠う。)
西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。
栄華を極めた煌びやかに耀く宮人やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。
春はとっくに過ぎはじめて吹いてきた風に草木が吹き斃れてくるのを見ると秋の気配を感じる。赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。
風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。
(訳注)
思越人二首 其二
『花間集』には四首所収。孫光憲の作は二首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。なお、『花間集』の思越人は鷓鴣天、思佳客、醉梅花の異名があるが、時代がもう少しあとになるもので無関係である。
(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)
渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。
西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。
蕭條 ひっそりとしてもの寂しいさま。詠懐を表現する際に使う語。
杜甫『詠懐古跡 其の二』
搖落深知宋玉悲,風流儒雅亦吾師。
悵望千秋一灑淚,蕭條異代不同時。
江山故宅空文藻,雲雨荒台豈夢思。
最是楚宮俱泯滅,舟人指點到今疑。
『曲江三章 第一章五句』
曲江蕭條秋氣高,菱荷枯折隨風濤。
遊子空嗟垂二毛,白石素沙亦相蕩,哀鴻獨叫求其曹。
曲江三章 章五句(1) 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 52
想像玉人空處所,月明獨上溪橋。
栄華を極めた煌びやかに耀く宮人やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。
經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。
春はとっくに過ぎはじめて吹いてきた風に草木が吹き斃れてくるのを見ると秋の気配を感じる。赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。
紅蘭 ベニバナの別称。キク科の越年草、園芸植物、薬用植物。
綠蕙 香草のこと。この紅蘭綠蕙は当時華やかだった宮女のことをいう。とりわけ、西施について言うのである。
一片風流傷心地,魂銷目斷西子。
風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。


































































