玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
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2014年08月

15-456《漁歌子一首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-639-15-(456) 19漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4742

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)妓女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

 
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花間集 教坊曲『漁歌子』八首

 

 

作者



初句7字

 

 

(顧太尉

巻七

漁歌子一首

曉風清,幽沼綠,

 

 

孫少監光憲

巻八

漁歌二首其一

草芊芊,波漾漾,

 

 

巻八

漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,

 

 

魏太尉承班

巻九

漁歌子一首

柳如眉,雲似髮。

 

 

李秀才珣

巻十

漁歌子四首其一

草芊芊,花簇簇,

 

 

巻十

漁歌子四首其二

荻花秋,瀟湘夜,

 

 

巻十

漁歌子四首其三

柳垂絲,花滿樹,

 

 

巻十

漁歌子四首其四

九疑山,三湘水,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漁歌子

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

妓女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

少年郎,容易別,一去音書斷

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

 

(漁歌子)

柳 眉の如く,雲 髮に似て。蛟の綃 霧の縠 籠の香雪たり。

夢魂 驚き,鐘漏 歇み,外には 曉鶯 殘月あり。

幾多の情,無處の,花落ち 絮飛ぶ 清明節。

少年の郎,別を容易とし,一たび去れば 音書 斷

大毛蓼003
 

 

『漁歌子』 現代語訳と訳註

(本文)

漁歌子

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

少年郎,容易別,一去音書斷

 

(下し文)

(漁歌子)

柳 眉の如く,雲 髮に似て。蛟の綃 霧の縠 籠の香雪たり。

夢魂 驚き,鐘漏 歇み,外には 曉鶯 殘月あり。

幾多の情,無處の,花落ち 絮飛ぶ 清明節。

少年の郎,別を容易とし,一たび去れば 音書 斷

 

(現代語訳)

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

妓女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

 

曉鶯001
 

(訳注)

漁歌子

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首、魏承班の詩は一首のみ所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

柳如眉 雲似髮 蛟綃霧縠籠香

夢魂驚 鐘漏歇  外曉鶯
幾多情 無處 落花飛絮清明

少年郎 容易  一去音書斷

●△○  ○●● ○○△●△○●

△○○ ○●●  ?●●○○●

△○○  ○●● ●○○●○○●

●○○ ○●●  ●●○○●●

 

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

巫女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

縠 からみ織りの一種。粟粒のような点で文様を表す。薄くて透けた夏用の布。こめ。宋玉《神女賦》 宜高殿以廣意兮,翼放縱而綽寬。動霧縠以徐步兮、拂墀聲之珊珊。

 

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

 ](1) 休息する歇一会儿ひと息入れる.(2) 停止する,中止する.(3) 《方》寝る,眠る.《方》短い時間,しばらくの間一歇ごく短い時間.歇班 xiēbān[](~儿)仕事が休みになる,非番になる.

 

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

清明節 清明節は農暦(旧暦)の24節気の一つ。春風が吹き、暖かくなると、空気は新鮮で爽やかになり、天地は明るく、清らかになる。このため「清明」と呼ばれる。しかし、この時節は、雨が次第に多くなる。親に仕える道を重視する中国人は、「生者に仕える如く死者にも仕える」という考え方から出発し、墓を先祖が地下に住んでいる場所と見なし、雨季が到来する前の清明の季節にはまず、風雨に一年間さらされてきた墓を修復、整理し、草を刈り、土を盛らなければならない。そして供物を並べて礼拝し、先祖にご加護と平安を祈るのだ。

妓女からすれば、清明節の時には、故郷の墓を祀るために、あの人はいるものだということをいい。この日は自分の所に来てくれるということをあらわしている。

 

少年郎,容易別,一去音書斷

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思ってたとおりであった。

少年郎 貴公子の遊び人。

春爛漫の美女007
 

漁歌子二首其二

 

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

 

孫光憲《漁歌子二首》

漁歌子二首其一

(劉郎のように家に帰らなくなった男が、漁師の歌う舟歌を聞きながら、次の港の女のもとにむかう)

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。       

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。          

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。       

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。    

●△○  ○●● ○○△●△○●

△○○ ○●●  ?●●○○●

△○○  ○●● ●○○●○○●

●○○ ○●●  ●●○○●●

柳如眉  雲似髮 蛟綃霧縠籠香

夢魂驚 鐘漏  外曉鶯
幾多情  無處 落花飛絮清明

少年郎 容易  一去音書斷

 

漁歌子二首其二

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。    

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。              

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。 

●○○  ○●●

●△●△○○●  △●●

●△△  ●△○○○●

●△○  ○●●

●○●●○○●  △●●

△○○  ●●○○●●

泛流螢  明又滅 夜涼水冷東灣

風浩浩 笛寥寥  萬頃金波澄
杜若洲 香郁烈 一聲宿鴈霜時

經霅水 過松江  盡屬濃家日

15-455《黃鐘樂一首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-638-15-(455) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4737

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

 
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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長安の妓女

 

ここでは主に長安の平鹿里や、その他の街坊に集中して住んでいた一般の娼妓について述べたい。先に述べた皇室専属の教坊妓はこの中には含まない。長安の官妓は、上に述べた地方の官妓とは多くの違いがあるように思う。唐後期の孫薬が長安の妓女について専門に記した『北里志』と、その他こまごまとした史料からみると、長安の妓女も官府に属し、官府の御用に応じなければならなかったが、しかし官奴婦としての色合いはそれほど強くはなかった。官府の彼女たちに対する支配は比較的ゆるやかで、彼女たちも自分がどの長官の管理下にあるかもよく知らず、身分の束縛もあまりなく、地位も少しばかり高かった。また、彼女たちは官府から衣食を支給されておらず、自分で商売を営んでおり、後世の娼妓とほとんど変りなかった。これはたぶん、長安などの大都市が各界の人士、とりわけ天下の才子である進士たちが遊ぶ有名な場所であり、朝廷の支持と容認の下、妓楼で遊ぶ風潮がたいそう盛んであったため、長安などの妓女たちを官府が独占的に支配することはもはやきわめて難しく、しだいに社会全体に開放されていったからであろう。こうした情況は、およそ唐の中後期に向うに従って次第に発展していった。しかし、地方官妓は唐の後期になると藩鋲が巨大な権力を持ったため、なおいっそう地方官、とりわけ渚鋲の独占支配を受けることとなった。長安の妓女たちの生活情況は、唐代の官妓がしだいに自由業の娼妓に変化してゆく過程をよく反映している。

長安の妓女は「楽営」には属さず、孫柴の『北里志』序の言葉をかりると、「京中の飲妓、籍は教坊に属す」というように、籍は教坊にあった。先に述べたように、玄宗時代に教坊が設立されたのは、もともと天下の芸人を集めて訓練を行い、専ら宮廷の御用に供するためであったが、『北里志』がいう「京中の飲妓」とは明らかに宮廷に奉仕する芸人ではなく、民間で営業する娼妓であり、彼女たちも教坊には住まず、平鹿里やその他の里坊に住んでいたのである。これでは「京中の飲妓、籍は教坊に属す」という記述と矛盾する。いったいどうしたことだろうか。筆者が推測するに、こ

れはたぶん教坊制度の変化と関係があるように思う。玄宗以後、教坊はしだいに衰退していったが、

後の時代になっても教坊は依然としてたびたび芸妓を選抜して朝廷の御用に供していた。しかしふだんは彼女たち全部を教坊の中に住まわせることができなくなり、ただ若干の名妓だけを選んで教坊籍に入れ、いつでも宮廷の御用に派遣できるようにしていた。大半の妓女は普通はもといた置家とか、自宅に住んで、前と同じく自由営業の娼妓生活を送っていた。自居易の 「琵琶行」 に、「自ら言う 本これ京城の女、家は蝦焼陵(長安の東部、音楽坊にあった街区名)下に在りて住む。十三にして琵琶を学び得て成り、名は教坊第一部に属す。……五陵(漢の五帝陵が並び長安の上流階級が多く住んでいた地域)の年少、争って纏頭し(祝儀を出す)、一曲に紅補数を知らず」とある。この教坊籍に名を列した琵琶妓は教坊に住んではおらず、一般社会で芸を売り身を売って生活していたのである。

 

長安の娼妓は、名儀上でも決してすべてが教坊に属していたのではない。『北里志』の「楊妙児」なる一節に記載されている妓女の王福娘は、人に身請けされることを願い、「私は幸いに教坊籍に入っていません。あなたにもし結婚の意志があるなら一、二百金のみですみます」といった。どうやら、教坊籍に入っていれば「官身」となり勝手に請け出されることはできないが、教坊籍に入っていないものは金を出し身請けする人がいればいつでも落籍できたようである。しかし、教坊籍に入っていない妓女も、やはり完全に官妓身分から脱していたというわけではなかった。「楊妙児」の一節によると、妓女たちがたとえ客から「買断」(特定の客が囲い独占すること)されても、いぜんとして彼女は「官使を免れず」、つまりこれまで通り官府への奉仕を免れることができなかったようである。また同書には、「およそ中央官僚の集まりや宴会には、役所から妓女を借り出す許可状をもらわねばならず、そうやって始めて彼女たちは他処に出ることができた」(『北里志』序)とある。

 

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

 

長安の妓女の大多数は平康里に住んでいた。「長安に平鹿坊という所があって、妓女の居住地である。京都の侠少(遊侠の若者)は此に草集る。……当時の人々はこの坊を風流薮沢(歓楽街)と呼んだ」(『開元天宝遺事』巻上)。『北里志』の記載によると、平康里の街区は三曲に分れ、名妓は多く南曲、あるいは中曲に住み、北曲に住むものの大多数は無名の「卑屑」(醜くて卑しい)の小妓であった。この三曲に住む妓女の生活に旦口同低貧富の差があった。南曲、中曲はおおむね堂院は広く静かで、院内には花が植えられ池もあり、室内の設備は快適で、華美にすぎるものさえあったが、下層の妓女の住まいは粗末なものであった。劉泰娘は北曲の小さな家の娘であったから、他の妓女たちと宴席に向う時、あなたは何処にお住まいですかと聞かれると、言葉をにごして、門前に一本の木がありますわ、などと言うだけであった。どの曲内に住んでいるかが、その妓女の身価に大きな関係があったようである。それ以外にも平鹿里に住まない妓女がおり、その他の街坊にそれぞれ分散して住んでいた。

 

妓女たちは皆それぞれ一派を立て、家を単位に独立して営業していた。彼女たちのあるものは家族と一緒に住んでいたが、多くは家の暮らしが立たないので、妓女として生きざるをえなかったのである。たとえば、唐代の小説『霞小玉伝』(蒋防作)の主人公霞小玉は、もともと霞王の娘であったが、母親が霞王の婦女であったから、後に母娘ともども追い出されてしまった。やむなく小玉は妓女となり母と一緒にくらした。また、「琵琶行」 に出てくる琵琶妓は、「弟は走って軍に従い阿頻は死す」といっているので、家族と一緒に住んでいたことがわかる。これらの妓女の大半は虐待を受けず、境遇はいくらかマシだった。しかし、その他多くの妓女は家族はおらず、「仮母」 に買われ養女にされたものであった。仮母とは後世いうところの「鴇母」(やりて婆)と同じであり、みな年増の妓女がなった。仮母に夫や家族はなく、しかし容色はまだ全く衰えたというわけではなかったので、大半が王侯貴族の邸宅を警護する武官の囲われ者であった。また、ある者はこっそりと夜伽をする男を囲っていたが、夫と言えるような代物ではなかった。平鹿里の置屋の大部分は仮母が何人かの妓女をかかえで営業していた。たとえば楊妙児の置屋を例にとれば、彼女はもともと名妓であったが、のちに仮母となり、莱児、永児、迎児、桂児の四人の養女をひきとって育てた。その他の置屋もほぼ同じょうなものであった。これらの妓女はみな生活はたいへん苦しく、大部分が「田舎の貧家」 から買われてきた幼女であり、仮母の姓を名のった。ある者は自分の実の父母さえ全く知らなかった。またある者は、人に騙されて売られて、この世界に堕ちたのであった。「ある良家の娘は、自分の家の嫁にするといって連れて行かれたが、他に多額の謝礼で転売され、誤ってこの苦界に堕ち、脱出することができなかった」(『北里志』「海論三曲中事」)。たとえば、王福娘は解梁(山西省臨晋県)の人であったが、嫁にやると騙されて都に連れて行かれ、色町に売られてしまった。しかし彼女は何も真相を知らないでいた。後に置屋は彼女に歌を習わせ客を取らせた。一人のか弱い女が行き場を失えば、他人の言いなりになるしかなかった。この間、家の兄弟が捜し出して奪い返そうとした。しかし彼女は、自分はすでに操を失った身であり、また兄弟には何の力もないことを考えると、望みを絶って兄弟に手を引かせるしか方法がなく、家族と泣き泣き永別したのであった。唐代の社会は良民と膿民の区別が明確であり、いったん娼妓の世界に転落すれば、身を脱することが困難であったばかりか、肉親と行き来して顔を合わせることさえきわめて難しかった。

 

妓女は買われてくると、歌舞や酒席での遊戯などを習い、少しでも怠けると仮母に激しく鞭打たれたり殴られたりし、成人に達すると客を取り銭を稼がされた。彼女たちは行動の自由がなく、平生は勝手に門を出ることもできなかった。平康里の妓女は僧が道でお経を講ずるのを最も待ち望んだ。僧が来ると、仮母に千文納めて機を見て外出し、半日間自由の空気を吸うことができたからである。

 

妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平鹿里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 

 

黃鐘樂

(蜀の年を重ねた官妓の恨みと愁いを詠う。)

池塘煙暖草萋萋。

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

又春が来たって、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

 

黃鐘樂

池塘 煙暖して 草萋萋たり。

惆悵として閑宵たり,恨を含み愁坐し,思う 迷うことに堪えるを。

遙かに想う 玉人 情事 遠く,音容 渾似し 桃溪に隔つ。

偏記 同歡 秋月低,簾外 論心,花畔 和醉,暗相攜。

何事ぞ 春來って 君見ず,夢魂 長えに 錦江の西に在る。

 

成都市地図0010
 

『黃鐘樂』 現代語訳と訳註

(本文)

黃鐘樂

池塘煙暖草萋萋。

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

 

(下し文)

黃鐘樂

池塘 煙暖して 草萋萋たり。

惆悵として閑宵たり,恨を含み愁坐し,思う 迷うことに堪えるを。

遙かに想う 玉人 情事 遠く,音容 渾似し 桃溪に隔つ。

偏記 同歡 秋月低,簾外 論心,花畔 和醉,暗相攜。

何事ぞ 春來って 君見ず,夢魂 長えに 錦江の西に在る。

成都561
 

(現代語訳)

(蜀の年を重ねた官妓の恨みと愁いを詠う。)

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

又春が来たって、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

 成都関連地図 00

(訳注)

黃鐘樂

(蜀の年を重ねた官妓の恨みと愁いを詠う。)

若く溌剌としているころは、いろんな客接待するより「買斷」で他の客をとらなくても良い方がよかったけれど、歳を重ねた官妓には人と接する機会がなく辛く淋しい日を過さなければならない。

『花間集』には教坊曲『黃鐘樂』は一首、魏承斑の作が収められている。双調ご六十四字、前段三十二字六句三そく平韻、後段三十二字六句四平韻で、⑦+4+4++7+⑦/⑦+4+++7+⑦ の詞形をとる。

池塘煙暖草萋  

惆悵閑宵 含恨愁坐  思堪
遙想玉人情事遠  音容渾似隔桃
偏記同歡秋月  簾外論心 花畔和 暗相
何事春來君不見  夢魂長在錦江西

○○○●●○○ 

○●○○ ○●○●  △○○

○●●○○●●  ○○△●●○○

△●○○○●○  ○●△○ ○●△●  ●△○

△●○△○△●  △○△●●○○

 

池塘煙暖草萋萋。

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

池塘のこの句は春に変わりゆく有様をいう場で、有名な謝靈運の《登池上樓》の次の句に基づくものである。「池塘生春草,園柳變鳴禽。」(池の塘【つつみ】は春の草生じ、園の柳に鳴く禽【とり】も変りぬ。)池の堤防にびっしり春の草が生えている、庭園の柳の梢に鳴いている小鳥たちも冬のものと違って聞こえてくる。

登池上樓 #2 謝靈運<25>#2  詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005

 

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

惆悵 恨み嘆くこと。恨み嘆くさま。

 

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

桃溪 行楽をした浣花渓。

 

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

偏記 偏った記録。

 

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

又春が来たって、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

錦江西 薛濤の所縁の地と考えれば、詩の味わいが深まる。薛濤の墓、望江樓は錦江のにしであり、成都の西には琴台、百花潭、浣花渓がある。
紅梅00
 

15-454《生查子二首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-637-15-(454) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4732

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

 
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魏承班 生子二首

 

子二首 其一

(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

煙雨晚晴天,零落花無語。

少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。

難話此時心,梁鷰雙來去。

この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。

 

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

子二首 其二

(宮女が毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

いろどられた高楼の奥座敷には訪れる人も誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。

看看又春來,還是長蕭索。

春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

 

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

大毛蓼003
 

 

『生子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

看看又春來,還是長蕭索。

 

(下し文)

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

 

(現代語訳)

(宮女が毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

いろどられた高楼の奥座敷には訪れる人も誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。

春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

 芍薬001

 

(訳注)

子二首 其二

(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)その二

『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。

寂寞畫堂空  深夜垂羅
燈暗錦屏欹  月冷珠簾
愁恨夢應成  何處貪歡
看看又春來  還是長蕭

●●●○△  △●○○●

○●●△○  ●△○○●

○●△△○  △●○○●

△△●○△  ○●△○●

 

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

いろどられた高楼の奥座敷には訪れる人も誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。「人居を遠く離れた―たる別世界にも」〈柳田・山の人生〉2 心が満たされずにもの寂しいさま。

 

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

 

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。

 

看看又春來,還是長蕭索。

春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。
十三夜月
 

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(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

 
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15-453《生子二首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-636-15-(453)  巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4727

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『生子』七首

 

 

作者



初句7字

 

 

張舍人泌

巻四

子一首

相見稀,喜見相見

 

 

牛學士希濟

巻四

子一首

春山煙欲收,天澹

 

 

孫少監光憲

巻八

子三首其一

寂寞掩朱門,正是天

 

 

巻八

子三首其二

暖日策花驄,嚲鞚垂

 

 

巻八

子三首其三

金井墮高梧,玉殿籠

 

 

魏太尉承班

巻九

子二首其一

煙雨晚晴天,零落花

 

 

巻九

子二首其二

寂寞畫堂空,深夜垂

 

 

 

 

 

 

 

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。

「楽戸」とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

元々官女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。玄宗の時代から太常寺にはもはや女妓はいなくなり、すべて教坊の所属になった

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。

 

「梨園」、「宜春院」玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

 

 

魏承班 生子二首

 

子二首 其一

(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

煙雨晚晴天,零落花無語。

少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。

難話此時心,梁鷰雙來去。

この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。

 

子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

看看又春來,還是長蕭索。

 

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

kairo10681
 

 

『生子二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

子二首 其一

煙雨晚晴天,零落花無語。

難話此時心,梁鷰雙來去。

琴韻對薰風,有恨和情撫。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

 

 

(下し文)

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

(現代語訳)

(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。

この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。 

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。

楊貴妃清華池002
 

(訳注)

子二首 其一

(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。

煙雨晚晴天  零落花無
難話此時心  梁鷰雙來
琴韻對薰風  有恨和情
腸斷斷絃頻  淚滴黃金

○●●○○  △●○○●

△●●○○  ○●○△●

○●●△△  ●●△○●

○●●△○  ●●○○●

 

煙雨晚晴天,零落花無語。

少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。

○煙雨 雲雨というのは宋玉《高唐賦》の巫山の巫女の事(情交)であるが、宮女、教坊の妓優の場合には、煙雨となる。夕方から庭園で宴席が開かれることである。

○零落 宮女・妓優にとって若くないことを意味する。

 

難話此時心,梁鷰雙來去。

この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。 

 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

○薫風 初夏の青葉風。

〇着恨和情撫 恨みと思いを込めて奏でる。ここでは恨みや愁いを発散させるべく琴の音に託して奏でることを言う。和:調和させる。撫:奏でる。教坊の曲の女妓は、自分の持っている芸でしか表現することが出来ない。好きである場合も、嫌いであろうと、恨んでいても発言する場はなく、琴を演奏する女妓は琴を弾いて気を引くことしかない。

 

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。

○腸斷斷絃 身も心も通い合わないでいることは琴絃が切れても切れても演奏し続けても相手の心に響かない。

○金縷 衣服に施された金糸の刺繍を指す。花蕊夫人006

15-452《訴衷情五首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-635-15-(452) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4722

その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。

 
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15-451《訴衷情五首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-634-15-(451) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4717

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

 
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69 《上李邕》Index-3Ⅰ- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <69> Ⅰ李白詩1233 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4713 
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436-#4 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID <1146> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4714韓愈詩-436-#4 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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15-451《訴衷情五首》魏承班唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-634-15-(451)  巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4717

 

 

皇后、宮女などについて―――「内職」制度、「内官」制度 ―――

(1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。


(2)
 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。

 

(3) 后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。后妃たちの生活は優閑かつ安逸なもので、終日飽食し何もしないで遊びくらした。もちろん、時には彼女たちも形ばかりの仕事をしなければならなかった。たとえば恒例となっている皇后の養蚕の儀式や六宮(皇后の宮殿)での繭を献ずる儀式を主催し参加すること - これは天下の婦女に率先して養蚕事業の範を示すことを意味していた。

 

(4) 形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嫁妃は毎年春になると宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟻蝉を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺草』巻上)。これらが彼女たちの優閑無柳の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

(5) 富貴、栄達、優閑、快適 - 彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

 

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されたものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはないということだ。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれたたちのぼってねやにすいへいにひろがっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が肌経ってしまった。

 

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。
 

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

 

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

十三夜月

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。

夢成幾度遶天涯,到君家。

 

 

(下し文)

(訴衷情五首其の四)

金風 輕く碧紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。

倚りて枕臥し,恨みは何ず,山にして小屏に霞を掩う。

雲雨 娃も別る,想うに容華なり。

夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。

 

DCF00212
 

(現代語訳)

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

 

(訳注)

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

金風輕透碧  銀釭焰影
倚枕臥 恨何  山掩小屏
雲雨別  想容
夢成幾度遶天涯  到君

○△△●●?○  ○○●●○

△△● ●△○  ○●●△○

○●●○○  ●○△

△○△●●○○  ●○○

 

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

 【かりも】. 車軸による磨滅を防ぐために車の轂(こしき)の中にはめる鉄管。かりもの形をした燭台。

 

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みは何と緩やかなものであり、宮女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

倚枕臥 屏風に倚りかかり、寝牀に横になる、ここは時間の経過をいう。

恨何 恨みは何と緩やかなものであり、ここの女性は、恨んだり、嫉妬することは許されない。

山掩小屏霞 ここの山は女性が横たわって動かないでいること、しかし寵愛を受けていた時と同じように身支度、準備等をしていることをいう。

 

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

雲雨 ① 雲と雨。 〔三国志 呉書周瑜伝〕 (雲や雨を得て竜が昇天するように)大事をなす機会。 朝雲暮雨(ちよううんぼう) 」に同じ。雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝、巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

これまでの李商隠の雨を主題にした詩
7
 無題(颯颯東風細雨來)
8
 無題 (昨夜星辰昨夜風)
53
 夜雨寄北
71
 風雨
76 細雨(帷飄白玉堂) 李商隠特集
77 春雨 李商隠特集
78細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠
79七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作

など
雨を主題とした詠物詩。この詩には「雨」の語を出さず、比喩を連ね、比喩から連想されるイメージを繰り広げる手法がとられている。

 

娃:娃本名孟姚,戰國時代趙國國君趙武靈王の妃子。 ①美しい。女性の姿がすっきりと際立ってよいさま。(=佳) ②美人。 ③赤ん坊。

恵文王(けいぶんおう、 紀元前310 - 紀元前266年)は、中国戦国時代の趙国の第7代の君主(在位:紀元前298 - 紀元前266年)。趙で最初に王号を称した。姓は嬴、氏は趙、諱は何。武霊王の子(武霊王の王号は追号)、弟に平原君がいる。

 

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

天涯 1 空のはて。「彗星が―から来って」〈魯庵・社会百面相〉2 故郷を遠く離れた地。

/繞 1 まとう。まつわる。「纏 (てんじょう)2 めぐる。
kairo10681
 

15-450《訴衷情五首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-633-15-(450) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4712

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

 
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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花間集 教坊曲『訴衷情』 十三首

 

 

作者



初句7字

 

 

溫庭筠

(溫助教庭筠)

巻一

訴衷情一首

鶯語花舞春晝午

 

 

韋莊(韋相莊)

巻二

訴衷情二首 其一

燭燼香殘簾半卷

 

 

巻二

訴衷情二首 其二

碧沼紅芳煙雨靜

 

 

毛文錫

(毛司徒文錫)

巻五

訴衷情二首其一

桃花流水漾縱橫

 

 

巻五

訴衷情二首其二

鴛鴦交頸繡衣輕

 

 


(顧太尉

巻七

訴衷情二首 其一

香滅簾垂春漏永

 

 

巻七

訴衷情二首 其二

永夜人何處去

 

 

魏承班

(魏太尉承班)

巻九

訴衷情五首 其一

高歌宴罷月初盈

 

 

巻九

訴衷情五首 其二

春深花簇小樓臺

 

 

巻九

訴衷情五首 其三

銀漢雲晴玉漏長

 

 

巻九

訴衷情五首 其四

金風輕透碧

 

 

巻九

訴衷情五首 其五

春情滿眼臉紅綃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

 

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されたものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはないということだ。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれたたちのぼってねやにすいへいにひろがっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が肌経ってしまった。

 

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。

夢成幾度遶天涯,到君家。

 

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

銀河002
 

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

 

(下し文)

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

(現代語訳)

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

 十三夜月

(訳注)

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

銀漢雲晴玉漏  蛩聲悄畫
筠簟冷 碧牎  
皓月瀉寒  割人
那堪獨自步池  對鴛

○●○○●●△  ○○●●○

○●△ ●○△  ○●●○○

●●●○△  ●○○

△○●●●○○  ●○○

 

金燈花02
 

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。

銀漢 天の川。銀河。天漢。《季 秋》

玉漏 古代時計的美称。

蛩聲 .蟋蟀的

 失敗や失望でがっかりして、元気がなくなる。

 

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

:竹(の青い皮):細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ。夏の敷物。《季 夏》

 てんまど。

 蝋燭の俗字。

 

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

皓月 明るく照り輝く月。明月。

瀉 瀉の用語解説 - [音]シャ(呉)(漢) [訓]そそぐ1 流れそそぐ。「瀉出/一瀉千里」2 からだの外に流し出す。「瀉下・瀉血・瀉剤・瀉痢/水瀉・吐瀉」[難読]沢瀉(おもだか)

 

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。
鸂鶒けいせき001
 

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『花間集』 このブログで花間集全詩、訳注解説します。(7)魏承班十五首 鹿虔扆六首 閻選八首 尹鶚六首

 

 

ID


作品名

作者

 

 

■ 魏太尉承班(魏承班【ぎしょうはん】)十五首

 

 

 

1

八巻

菩薩蠻二首其一

魏承班

 

 

2

八巻

菩薩蠻二首其二

魏承班

 

 

3

九巻

滿宮花一首

魏承班

 

 

4

九巻

木蘭花一首

魏承班

 

 

5

九巻

玉樓春二首,其一

魏承班

 

 

6

九巻

玉樓春二首,其二

魏承班

 

 

7

九巻

訴衷情五首,其一

魏承班

 

 

8

九巻

訴衷情五首,其二

魏承班

 

 

9

九巻

訴衷情五首,其三

魏承班

 

 

10

九巻

訴衷情五首,其四

魏承班

 

 

11

九巻

訴衷情五首,其五

魏承班

 

 

12

九巻

子二首,其一

魏承班

 

 

13

九巻

子二首,其二

魏承班

 

 

14

九巻

黃鐘樂一首,

魏承班

 

 

15

九巻

漁歌子一首

魏承班

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 孟郊張籍     
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
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皇后、宮女などについて。―――「内職」制度、「内官」制度 ―――

(1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。

(2) 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。

 

(3) 后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。后妃たちの生活は優閑かつ安逸なもので、終日飽食し何もしないで遊びくらした。もちろん、時には彼女たちも形ばかりの仕事をしなければならなかった。たとえば恒例となっている皇后の養蚕の儀式や六宮(皇后の宮殿)での繭を献ずる儀式を主催し参加すること - これは天下の婦女に率先して養蚕事業の範を示すことを意味していた。

 

(4) 形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嫁妃は毎年春になると宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟻蝉を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺草』巻上)。これらが彼女たちの優閑無柳の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

(5) 富貴、栄達、優閑、快適 - 彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『訴衷情』 十三首

 

 

作者



初句7字

 

 

溫庭筠

(溫助教庭筠)

巻一

訴衷情一首

鶯語花舞春晝午

 

 

韋莊(韋相莊)

巻二

訴衷情二首 其一

燭燼香殘簾半卷

 

 

巻二

訴衷情二首 其二

碧沼紅芳煙雨靜

 

 

毛文錫

(毛司徒文錫)

巻五

情二首其一

桃花流水漾縱橫

 

 

巻五

訴衷情二首其二

鴛鴦交頸繡衣輕

 

 


(顧太尉

巻七

訴衷情二首 其一

香滅簾垂春漏永

 

 

巻七

訴衷情二首 其二

永夜人何處去

 

 

魏承班

(魏太尉承班)

巻九

訴衷情五首 其一

高歌宴罷月初盈

 

 

巻九

訴衷情五首 其二

春深花簇小樓臺

 

 

巻九

訴衷情五首 其三

銀漢雲晴玉漏長

 

 

巻九

訴衷情五首 其四

金風輕透碧

 

 

巻九

訴衷情五首 其五

春情滿眼臉紅綃

 

 

 

 

 

 

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

 

訴衷情五首其一

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

羅帳裊香平,恨頻生。

思君無計睡還醒,隔層城。

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)

高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されたものであった。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはないということだ。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれたたちのぼってねやにすいへいにひろがっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

君王を思う気持ちには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が肌経ってしまった。

 

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

臨行執手重重囑,幾千迴。

 

訴衷情五首其三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

 

訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。

夢成幾度遶天涯,到君家。

 

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

蓼花00
 

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其一

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

羅帳裊香平,恨頻生。

思君無計睡還醒,隔層城。

 

(下し文)

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

(現代語訳)

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)

高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されたものであった。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはないということだ。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれたたちのぼってねやにすいへいにひろがっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

君王を思う気持ちには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が肌経ってしまった。

 

 57moon

(訳注)

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

高歌宴罷月初  詩情引恨
煙露冷  水流輕 思想夢難 

羅帳裊香平 恨頻  

思君無計睡還 隔層

○○●△●○○  ○○●●○

○●△  ●○△ △●△△○ 

○●●○○   ●○△ 

△○○●●○△ ●○○

 

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されたものであった。

 

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはないということだ。

 

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれたたちのぼってねやにすいへいにひろがっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

 

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が肌経ってしまった。

層城 九重の後宮。
tsuzji00

 

15-447《玉樓春二首其二》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-630-15-(447) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4697

宴は盛り上がると、歌声は遠く澄みわたり、空を流れ行く雲までもおしとどめるほどのすばらしい歌声である。それなのに、この部屋には人払いがなされて、誰もいない、静寂が広がる、色で描かれた梁の上には光さえ届かずついぞその塵が初めて二人の愛の強さで動いたのだ。

 
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15-447《玉樓春二首其二》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-630-15-(447)  巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4697

  

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『滿宮花』三首

 

 

作者



初句7字

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

玉樓春一首

春入橫塘搖淺浪,

 

 

顧太尉

巻七

玉樓春四首其一

月照玉樓春漏促

 

 

巻七

玉樓春四首其二

柳映玉樓春日晚

 

 

巻七

玉樓春四首其三

月皎露華影細

 

 

巻七

玉樓春四首其四

拂水雙飛來去鷰,

 

 

魏太尉承班

巻九

玉樓春二首其一

寂寂畫堂梁上鷰,

 

 

巻九

玉樓春二首其二

輕斂翠蛾呈皓齒,

 

 

 

 

 

 

 

 

魏承班 玉樓春二首

 

玉樓春二首 其一

(『買斷』で囲われ、接客することがなく、その上、歳を重ねてきた妓女が 男を思う情を詠う。)

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

春の盛りを過ぎて、誰も来ない寂しい奥座敷の閨坊の簷梁の上に燕が巣を作り、子作りをしている。来る人がないので高く簾巻き上げられたままだし、数曲の屏風は閉じられて使うこともなく横倒しのままである。

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

庭一面の春の花が咲けば咲くほどは愁いはつのり、女の頭を悩ませる。地面を敷き詰める散りし花びらはあの男と過ごした時には、花の絨毯だととして、掃かずにそのまま眺めたものだった。 

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

悲しく戸張は巻き上げたまま、屏風は閉じたままに、倚りかかる裏側の何も書いていない城の面の屏風にもたれ、涙であふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

たとえ、いかに素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、女を身請け「買斷」したあの玉郎が来なくて、長く会えないのは、心傷むみ、何も期待することもなくなってしまった。(もう女道士になるしかないのだろうか)

 

(玉樓春二首 其一)

寂寂たる畫堂 梁上の鷰,高く翠簾を卷き數扇を橫たう。

一庭の春色 人を惱せ來る,滿地の落花 紅 幾片なる。

愁いて錦屏に倚り 雪の面を低れ,淚 繡羅の金縷の線に滴る。

好天 涼月も 盡く傷心し,是れ 玉郎 長く見ざる為めなり。

 

玉樓春二首 其二

(初めての園游にすぐに指名された宮女はわけのわからないうちに初めての夜を過ごす、夢見心地の生活を詠う。)

輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。

袖をたくし上げて、やっと美しい眉を画き、はじめての化粧をして微笑白い歯が素敵な女だ。鶯が一つの枝にとまってささやきあい、花が咲き乱れ、花陰のもとに宴が催される。

聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。

宴は盛り上がると、歌声は遠く澄みわたり、空を流れ行く雲までもおしとどめるほどのすばらしい歌声である。それなのに、この部屋には人払いがなされて、誰もいない、静寂が広がる、色で描かれた梁の上には光さえ届かずついぞその塵が初めて二人の愛の強さで動いたのだ。

玉斝滿斟情未已,促坐王孫醉公子。

耀く盃にお酒を注いでもあの方を思う気持ちというのがいまだ、それがうまれたのではないのだ。高貴なお方の子孫であり、諸侯の子息であるお方とひざを詰めて酔うだけなのだ。

春風筵上貫珠勻,豔色韶顏嬌旖旎。

春の風流な景色は花筵の宴の上にあり、真珠を揃え一聯として垂らされる。艶やかな若さあふれる青春真っただ中の美しい顔立ち、その上やわらくて麗しく、そして愛嬌があるのである。

 

玉樓春二首 其二

輕く翠蛾を斂め 皓齒を呈し,鶯 一枝に囀いて 花影の裏。

聲聲 清迥たりて 行雲を遏む,寂寂として 畫梁 塵 暗起す。

玉斝 滿斟っするも 情 未だ已むなし,王孫と促坐し 公子醉う。

春風 筵上 珠勻を貫し,豔色 韶顏にして 嬌 旖旎たり。

 

花蕊と蜂01
 

『玉樓春二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

玉樓春二首 其二

輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。

聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。

玉斝滿斟情未已,促坐王孫公子醉。

春風筵上貫珠勻,豔色韶顏嬌旖旎。

 

 

(下し文)

玉樓春二首 其二

輕く翠蛾を斂め 皓齒を呈し,鶯 一枝に囀いて 花影の裏。

聲聲 清迥たりて 行雲を遏む,寂寂として 畫梁 塵 暗起す。

玉斝 滿斟っするも 情 未だ已むなし,王孫と促坐し 公子醉う。

春風 筵上 珠勻を貫し,豔色 韶顏にして 嬌 旖旎たり。

 

(現代語訳)

(初めての園游にすぐに指名された宮女はわけのわからないうちに初めての夜を過ごす、夢見心地の生活を詠う。)

袖をたくし上げて、やっと美しい眉を画き、はじめての化粧をして微笑白い歯が素敵な女だ。鶯が一つの枝にとまってささやきあい、花が咲き乱れ、花陰のもとに宴が催される。

宴は盛り上がると、歌声は遠く澄みわたり、空を流れ行く雲までもおしとどめるほどのすばらしい歌声である。それなのに、この部屋には人払いがなされて、誰もいない、静寂が広がる、色で描かれた梁の上には光さえ届かずついぞその塵が初めて二人の愛の強さで動いたのだ。

耀く盃にお酒を注いでもあの方を思う気持ちというのがいまだ、それがうまれたのではないのだ。高貴なお方の子孫であり、諸侯の子息であるお方とひざを詰めて酔うだけなのだ。

春の風流な景色は花筵の宴の上にあり、真珠を揃え一聯として垂らされる。艶やかな若さあふれる青春真っただ中の美しい顔立ち、その上やわらくて麗しく、そして愛嬌があるのである。

 

 大毛蓼003

(訳注)

玉樓春二首 其二

(初めての園游にすぐに指名された宮女はわけのわからないうちに初めての夜を過ごす、夢見心地の生活を詠う。)

『花間集』には七首所収。魏承班の作は二首収められている。双調五十六字、前段二十八字四句三仄韻、後段二十八字四句三仄韻で、❼❼7❼❼7の詞形をとる。

輕斂翠蛾呈皓  鶯囀一枝花影
聲聲清迥遏行雲  寂寂畫梁塵暗
玉斝滿斟情未  促坐王孫醉公
春風筵上貫珠勻  豔色韶顏嬌旖

△●●△△●●  ○●●○○●●

○○○●●△○  ●●●○○●●

●●●△○●●  ●●△○○●●

○△○●△○○  ●●○○△△●

 

輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。

袖をたくし上げて、やっと美しい眉を画き化粧をやり直して微笑白い歯が素敵だ。鶯が一つの枝にとまってささやきあい、花が咲き乱れ、花陰のもとに宴が催される。

輕斂 袖をたくし上げて、やっと化粧をやり直して

翠蛾  ①青黒い三日月形の眉(マユ)。美人の美しい眉のこと。 ②転じて、美人のこと。この廟の聖女祠。

 

聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。

宴は盛り上がると、歌声は遠く澄みわたり、空を流れ行く雲までもおしとどめるほどのすばらしい歌声である。それなのに、この部屋には人払いがなされて、誰もいない、静寂が広がる、色で描かれた梁の上には光さえ届かずついぞその塵が初めて二人の愛の強さで動いたのだ。

清迥 遠く澄みわたること。迥は遠と同じ。

遏 [音]アツ(漢) [訓]とどめる押しとどめる。さえぎりとめる。「禁遏・防遏」

【遏雲の曲】あつうんのきょく。空を流れ行く雲までもおしとどめるほどのすばらしい音楽、または歌声。「遏」はとめる意。「列子」湯問篇の「声振林木、響遏行雲(=声は林木を振るはせ、響きは行雲を遏む)」から。

寂寂 1 ひっそりとして寂しいさま。「―たる無人の境に」〈荷風・ふらんす物語〉2 無心なさま。何も考えることのないさま。

 

玉斝滿斟情未已,促坐王孫公子醉。

耀く盃にお酒を注いでもあの方を思う気持ちを忘れようとしてもいまだにそれはできないのだ。高貴なお方の子孫であり、諸侯の子息であるお方とひざを詰めて酔ったのだ。

斝 斝(か)は二里頭期・商代前期・商代後期を通じて重要視された彝器(いき)の一つで、酒を温めるための器である。斝は、王墓や重要な貴族などの墓から出土する程度で、貴重なものであった。

斟の用語解説 - [音]シン(呉)(漢) [訓]くむ水や酒などをくむ。転じて、事情をくみとって、手心を加えること。「斟酌」

間隔をつめてすわる。〔史記・淳于〕

王孫 1 帝王の子孫。また、貴族の子弟。2 ツクバネソウの別名。

公子 中国の春秋戦国時代の各国の公族の子弟。 君主の子は公子と呼ばれ、公子の子は公孫と呼ばれた。実質上、諸侯は王族に等しく、その子弟も王子と呼んでもさしつかえはないが、建前上は列国は周王の家来であり、王は周王ただ一人であるので、諸侯は公を称し、その子弟は公子となった。

 

春風筵上貫珠勻,豔色韶顏嬌旖旎。

春の風流な景色は花筵の宴の上にあり、真珠を揃え一聯として垂らされる。艶やかな若さあふれる青春真っただ中の美しい顔立ち、その上やわらくて麗しく、そして愛嬌があるのである。

勻 勻画数:4音読み:イン訓読み:すくない、 ひとしい

韶顏 形容青春年少,容貌美好

旖旎 柔らかくて麗しい.

 

miyajima594
 

牛嶠《玉樓春》

春入橫塘搖淺浪,花落小園空惆悵。

此情誰信為狂夫,恨翠愁紅流枕上。

小玉前嗔鷰語,紅淚滴穿金線縷。

鴈歸不見報郎歸,織成錦字封過與。

(年を重ねたおんなには杜秋娘のように誰も振り向いてくれないのか、回文錦字詩を作っても渡す人もいないのかと詠う。)

春になって大堤に若草や柳の緑が色付き河畔に小波が寄せてくる、やがて花は落ちて高楼の庭にも空しい寂しさに覆われてきた。

この寂寞とした思いは誰がしたのか、それはあの浮気男に決まっている。あの男のくれた翡翠の飾りを怨み、紅白粉をしても愁うだけ、枕にはどれだけの涙を流したことか。

ここにいるほかの女が窓の前で、仲睦まじく「鷰語」で語っているのに怒りを覚える。それでも頬紅をつたって堕ちる涙は床を穿つほどで、歳を重ねた女は「金縷曲」の杜秋娘のように憐れに暮らせというのか。

書簡をつたえる雁が帰ってきたはずなのに、音沙汰がないだけでなく、あの男が帰ってきたというのに、顔を見せないばかりか、報せもないのだ。自分の思いを手ずから錦にその字句を織り込んで、一本を夫のもとに送り、一本を役人に献上した「回文錦字詩」の故事のように織りなしたが、それも何もかもやめて仕舞おう。

《玉樓春》

春入り 塘に橫たうて 淺浪を搖らし,花落ち 小園 空しく惆悵す。

此の情 誰をか信じん 狂夫と為すを,翠を恨み 紅を愁い 枕上に流す。

小玉 前 鷰語に嗔り,紅淚は 滴穿し 金線の縷。

鴈歸るも 郎歸るを報らせるを 見ず,織成の錦字 過ぎるとともに封ず。

 

 

顧夐《玉樓春 四首》

玉樓春 四首 其一

月照玉樓春漏促,颯颯風搖庭砌竹。

夢驚鴛被覺來時,何處管絃聲斷續。

惆悵少年游冶去,枕上兩蛾攢細綠。

曉鶯簾外語花枝,背帳猶殘紅燭。

(玉樓春四首 其の一)

月 玉樓を照し 春 漏促し,颯颯として風 庭の砌の竹を搖す。

夢 鴛被に驚き 覺めて來たる時こそ,何處なるか 管絃 聲 斷續するを。

惆悵するは 少年 游冶に去るなり,枕上 兩蛾 細綠を攢【ひそ】む。

曉鶯 簾外に 花枝に語り,帳を背にして 猶お 紅の燭を殘す。

 

玉樓春四首 其二

柳映玉樓春日晚,雨細風輕煙草軟。

畫堂鸚鵡語雕籠,金粉小屏猶半掩。

香滅繡幃人寂寂,倚檻無言愁思遠。

恨郎何處縱疎狂,長使含啼眉不展。

(玉樓春四首其の二)

柳 玉樓を映し 春の日の晚,雨 細く 風 輕く 煙草 軟かなり。

畫堂 鸚鵡 雕籠に語り,金粉 小屏 猶お半ば掩う。

香 滅し 繡幃 人 寂寂たり,檻に倚り 言無く 愁思 遠くなる。

郎も恨み 何處にか 疎しく狂するを縱【ほいままに】し,長く含啼【がんてい】せしめて 眉 展びず。

 

玉樓春四首 其三

月皎露華影細,風送菊香粘繡袂。

博山爐冷水沉微,惆悵金閨終日閉。

懶展羅衾垂玉淚,羞對菱花篸寶髻。

良宵好事枉教休,無計那他狂耍壻。

(其の三)

月皎 露華 影細く,風 菊香を粘繡の袂に送る。

博山 爐冷え 水に微かに沉み,惆悵して 金の閨 終日閉【とざ】。す

羅衾 懶展し 玉淚 垂れるを,菱花に羞對す 篸寶の髻を。

良宵 好事 枉げて休ま教【し】め,計ること無し 那んぞ 壻を耍【からか】うを他狂せんや

 

玉樓春四首 其四

拂水雙飛來去鷰,曲檻小屏山六扇。

春愁凝思結眉心,綠綺懶調紅錦薦。

話別情多聲欲戰,玉筋痕留紅粉面。

鎮長獨立到黃昏,卻怕良宵頻夢見。

(玉樓春四首其の四)

水を拂い雙飛し來りて鷰去り,曲檻 小屏 山 六扇あり。

春愁 思うに凝【わだかま】り 眉心を結び,綠綺 紅錦 薦するを懶調【らんちょう】す。

別るを話し 情多くして 聲 戰わんと欲し,玉筋 紅粉の面に痕留す。

鎮のごとく長く 獨り黃昏に到るを立つれば,卻て 良宵 頻りに夢見むことを怕る。

 

 

 

色と芸を売って生業とする娼妓と女芸人とである。「妓」、この後世もっぱら肉体を売る女性を指すようになった呼称は、もとは「伎(技)」 の意味から来たもので、歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指していた。唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのは怪しむに足りない。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。それゆえ彼女たちも一括して論ずることにする。以上は本論に入る前の「正名」(名称と実態を正しく概念規定すること)の作業である。

 

唐代には「妓」と呼ばれた人は基本三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婦女と呼ばれる人と同類であった。

 

1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

 

1 宮妓

皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。

 

2 家妓

高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。

 

3営妓

軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。

 

4官妓

中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。

唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。

 

5民妓

民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。

6.道妓

道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。

 

妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。

 

 

 

孫光憲《河傳四首其三》

花落,煙薄,謝家池閣。

寂寞春深,翠蛾輕斂意沉吟。

沾襟,無人知此心。

玉鑪香斷霜灰冷,簾鋪影,梁鷰歸紅杏。

晚來天,空悄然。

孤眠,枕檀雲髻偏。

(愛妾の棲む豪華な家にも春も終るように年を重ねた女には諦めて過ごすよりない)

咲き誇った花は散り、夕靄が淡くひろがる、「謝秋娘」も少し年を重ねて家の豪邸の池のほとりの楼閣にすごしている、

春も深まってきて物寂しさがひろがり。泣きぬれた袖をたくし上げて、やっと化粧をやり直して思いに沈んでいる。

奇麗な宝飾の香炉には火も消えて白き灰が近頃焚かれたこともなく冷ややかなままである、簾に日影を映し、紅い杏の花の咲くなか梁の上にはまた燕が帰って来る。

たそがれが宵闇迫り頃に変わると、空しさのあまりにうち萎れてしまう。

それからはあきらめるしかなく独り寝るだけで、香木の枕に横になると雲型の髷は片側に傾いて、もう直すこともないのだ。

(河傳四首其の三)

花落ち,煙薄れ,謝家の池閣。

寂寞として春深し,翠蛾 輕く斂め 意 沉吟す。

襟を沾し,人 此の心を知る無し。

玉鑪 香 斷え 霜灰 冷ややかにして,簾 影を鋪く,梁鷰 紅杏に歸る。

晚來の天には,空しく悄然とす。

孤り眠り,枕檀 雲髻 偏る。

 

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たとえ、いかに素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、女を身請け「買斷」したあの玉郎が来なくて、長く会えないのは、心傷むみ、何も期待することもなくなってしまった。(もう女道士になるしかないのだろうか)

 
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15-446《玉樓春二首其一》魏承班唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-629-15-(446)  巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4692

 

 

大多数の妓女の最後の願いは、途中で普通の男に身請けされ結婚することだった。しかし、この結婚も彼女たちが愛情を得て、円満な結婚生活を送れるということを決して意味してはいなかった。

 

彼女たちが見初めた人に必ずしも結婚の意志があったり、身請けの金があったりしたわけではない。また、彼女たちを身請けしようと願い、またその金がある人が、必ずしも彼女たちの意中の人だったわけでもない。

 

妓女を身請けしたのは大部分が武将、下級官吏、商人たちであったが、身分が賎しいために、彼女たちが正妻になることはきわめて難しかった。一般には彼らの側室とか姫妾になったのである。正室になったものは、史書の記載ではただ一例見られるだけである。妓女は身請けされた後でも、依然として家庭の中で賎民の地位を抜けたせず、また主人の中には彼女たちを人間扱いしない者もいた。

 

代の著名な小説『雷小玉伝』は妓女の愛情悲劇を描いたものである。霞小玉は李益を心から愛したが、しかし「自らつり合わないことを知り」、李益と結婚する夢はもたなかった。李益が正式の結婚をする前の数年間の恩愛を願っただけである。このささやかな可憐な望みも、李益の裏切りと薄情によって粉々に砕かれ、小玉は悲しみのあまり病気にかかり、恨みを抱いたまま死んでしまった。このような凄惨な愛情悲劇は、まさに唐代の無数の妓女がたどった運命の一縮図であった。

 

妓女たちはこうした悪縁をたいへん恐れ、たとえ逆境にあっても愛と幸せを求めて全力を尽した。妓女たちは色町で世の中の金や人情のはかなさを見つくし、また身請けされて嫁いでも前途は計り難かったので、少なからざる妓女が別の道、つまり出家して仏門に入る道を選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『滿宮花』三首

 

 

作者



初句7字

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

玉樓一首

春入橫塘搖淺浪,

 

 

顧太尉

巻七

四首其一

月照玉樓春漏促,

 

 

巻七

玉樓春四首其二

柳映玉樓春日晚,

 

 

巻七

玉樓春四首其三

月皎露華影細

 

 

巻七

玉樓春四首其四

拂水雙飛來去鷰,

 

 

魏太尉承班

巻九

玉樓春二首其一

寂寂畫堂梁上鷰,

 

 

巻九

玉樓春二首其二

輕斂翠蛾呈皓齒,

 

 

 

 

 

 

 

 

魏承班 玉樓春二首

 

玉樓春二首 其一

(『買斷』で囲われ、接客することがなく、その上、歳を重ねてきた妓女が 男を思う情を詠う。)

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

春の盛りを過ぎて、誰も来ない寂しい奥座敷の閨坊の簷梁の上に燕が巣を作り、子作りをしている。来る人がないので高く簾巻き上げられたままだし、数曲の屏風は閉じられて使うこともなく横倒しのままである。

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

庭一面の春の花が咲けば咲くほどは愁いはつのり、女の頭を悩ませる。地面を敷き詰める散りし花びらはあの男と過ごした時には、花の絨毯だととして、掃かずにそのまま眺めたものだった。 

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

悲しく戸張は巻き上げたまま、屏風は閉じたままに、倚りかかる裏側の何も書いていない城の面の屏風にもたれ、涙であふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

たとえ、いかに素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、女を身請け「買斷」したあの玉郎が来なくて、長く会えないのは、心傷むみ、何も期待することもなくなってしまった。(もう女道士になるしかないのだろうか)

 

(玉樓春二首 其一)

寂寂たる畫堂 梁上の鷰,高く翠簾を卷き數扇を橫たう。

一庭の春色 人を惱せ來る,滿地の落花 紅 幾片なる。

愁いて錦屏に倚り 雪の面を低れ,淚 繡羅の金縷の線に滴る。

好天 涼月も 盡く傷心し,是れ 玉郎 長く見ざる為めなり。

 

玉樓春二首 其二

輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。

聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。

玉斝滿斟情未已,促坐王孫公子醉。

春風筵上貫珠勻,豔色韶顏嬌旖旎。

 

蓼花00
 

『玉樓春二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

玉樓春二首 其一

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

 

 

(下し文)

(玉樓春二首 其一)

寂寂たる畫堂 梁上の鷰,高く翠簾を卷き數扇を橫たう。

一庭の春色 人を惱せ來る,滿地の落花 紅 幾片なる。

愁いて錦屏に倚り 雪の面を低れ,淚 繡羅の金縷の線に滴る。

好天 涼月も 盡く傷心し,是れ 玉郎 長く見ざる為めなり。

 

 

(現代語訳)

(『買斷』で囲われ、接客することがなく、その上、歳を重ねてきた妓女が 男を思う情を詠う。)

春の盛りを過ぎて、誰も来ない寂しい奥座敷の閨坊の簷梁の上に燕が巣を作り、子作りをしている。来る人がないので高く簾巻き上げられたままだし、数曲の屏風は閉じられて使うこともなく横倒しのままである。

庭一面の春の花が咲けば咲くほどは愁いはつのり、女の頭を悩ませる。地面を敷き詰める散りし花びらはあの男と過ごした時には、花の絨毯だととして、掃かずにそのまま眺めたものだった。 

悲しく戸張は巻き上げたまま、屏風は閉じたままに、倚りかかる裏側の何も書いていない城の面の屏風にもたれ、涙であふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

とえいかに素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、女を身請け「買斷」したあの玉郎が来なくて、長く会えないのは、心傷むみ、何も期待することもなくなってしまった。(もう女道士になるしかないのだろうか)

 

芍薬001
 

(訳注)

玉樓春二首 其一

(『買斷』で囲われ、接客することがなく、その上、歳を重ねてきた妓女が 男を思う情を詠う。)

前段、梁の上の番の燕を見て、孤独の情に駆られ、心慰めるべく窓の帳を巻き上げて庭に目をやるが、庭一面の春の景は却って苦悩を誘うことを述べる。地面に無数の花が一面に散り敷いているとは、せっかくの春も間もなく無為のうちに過ぎ去ってしまうことを語る。

『花間集』には七首所収。魏承班の作は二首収められている。双調五十六字、前段二十八字四句三仄韻、後段二十八字四句三仄韻で、❼❼7❼❼7の詞形をとる。

寂寂畫堂梁上  高卷翠簾橫數
一庭春色惱人來  滿地落花紅幾
愁倚錦屏低雪  淚滴繡羅金縷
好天涼月盡傷心  為是玉郎長不

●●●○○●●  ○△●○△●△

●○○●●○△  ●●●○○△●

○△●△○●●  ●●●○○●●

●○△●●△○  ○●●○△△●

 

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

春の盛りを過ぎて、誰も来ない寂しい奥座敷の閨坊の簷梁の上に燕が巣を作り、子作りをしている。来る人がないので高く簾巻き上げられたままだし、数曲の屏風は閉じられて使うこともなく横倒しのままである。

○梁上燕 梁の上の燕。春に戻って来て巣作りする雌雄番の燕を指し、女の孤独感と年増感を際立たせる。

○横数一句 折り畳み屏風が寝牀のまわりに広げて立てかけられることなく、閉じられたまま、横に置いてある。数扇は数曲の面からなる屏風。

 

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

庭一面の春の花が咲けば咲くほどは愁いはつのり、女の頭を悩ませる。地面を敷き詰める散りし花びらはあの男と過ごした時には、花の絨毯だととして、掃かずにそのまま眺めたものだった。 

〇一庭春色悩入来 庭一面の春景色が人の気持ちを苦悩に導く。

 

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

悲しく戸張は巻き上げたまま、屏風は閉じたままに、倚りかかる裏側の何も書いていない城の面の屏風にもたれ、涙であふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

 

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

たとえいかに素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、女を身請け「買斷」したあの玉郎が来なくて、長く会えないのは、心傷むみ、何も期待することもなくなってしまった。(もう女道士になるしかないのだろうか)

○好天涼月尽傷心 いかに素晴らしい好風良月の時に巡り会おうとも、それらはすべて心を悲しませずにはいない。なお涼月の語は、普通は秋の月を指すが、ここでは美しい月のかかる夜の意味。

○玉郎 美男。ここでは愛しい男の意。
kairo10681
 

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(「買斷」の女妓が誰も訪れるものがいなくて侘しい日々を送る。)芸妓「買斷」の美人がいる、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く高楼の奥座敷に澄み切った水の底にじっとしておるかのような清々しい女である。

 
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15-445

《木蘭花一首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-628-15-(445)  巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4687

 

 

魏承班 木蘭花

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。

閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。

凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

 

韋莊 木蘭花

獨上小樓春欲暮、愁望玉関芳草路。

消息断、不逢人。却斂細眉歸繍戸。

坐看落花空歎息、羅袂斑紅涙滴。

干山萬水不曾行、魂夢欲教何覓。

 

毛熙震 木蘭花

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『木蘭花』 三首

 

 

作者



初句7字

 

 

韋相莊

巻二

木蘭花一首

獨上小樓春欲暮

 

 

魏太尉承班

巻九

木蘭花一首

小芙蓉,香旖旎

 

 

毛秘書熙震

巻十

木蘭花一首

掩朱扉,鈎翠箔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魏承班 木蘭花

(「買斷」の女妓が誰も訪れるものがいなくて侘しい日々を送る。)

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。

芸妓「買斷」の美人がいる、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く高楼の奥座敷に澄み切った水の底にじっとしておるかのような清々しい女である。

閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

大切な宝物を入れておく美しい小箱に入っている簪を出すこともなく閉じたまま、閨に出入りの扉戸の金環も覆われたまま、屏風も閉まったまま壁に立てかける、に会うことがないので身繕いをしないで衣の裾を引きずって歩く、愁い高じると、まるで酒に酔ったのと同じようになってしまっている。

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。

ところが、この女にも遅ればせに春の良い景色が訪れ、花霞に艶めかしさで迎い入れた、良く舞った渚に仲良く鴛鴦がいて、錦の羽を休めてその時を過ごしている。

凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

翌朝には旅立つと、女は、愁いをもって遠くを望み、じっとして動かないで、あの男を思い続けるだけで、あの夫差が西施の両のえくぼに魅せられてしまったこの女の二つのえくぼをもっているというのに、口元をゆがめて愁うのである。

 

(木蘭花)

小芙蓉,香旖旎【きに】たり,碧玉の堂深く水に似て清し。

寶匣を閉じ,金鋪を掩い,屏を倚せて 拖袖して愁い醉うが如し。

遲遲として好景 煙花の媚,曲渚 鴛鴦 錦翅を眠らす。

凝然として 愁望し 靜かに相い思い,一雙笑靨【しょうよう】 香蘂を嚬む。

 

合歓の花
 

『木蘭花』 現代語訳と訳註

(本文)

木蘭花

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。

閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。

凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

 

(下し文)

(木蘭花)

小芙蓉,香旖旎【きに】たり,碧玉の堂深く水に似て清し。

寶匣を閉じ,金鋪を掩い,屏を倚せて 拖袖して愁い醉うが如し。

遲遲として好景 煙花の媚,曲渚 鴛鴦 錦翅を眠らす。

凝然として 愁望し 靜かに相い思い,一雙笑靨【しょうよう】 香蘂を嚬む。

 

 (現代語訳)

(「買斷」の女妓が誰も訪れるものがいなくて侘しい日々を送る。)

芸妓「買斷」の美人がいる、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く高楼の奥座敷に澄み切った水の底にじっとしておるかのような清々しい女である。

大切な宝物を入れておく美しい小箱に入っている簪を出すこともなく閉じたまま、閨に出入りの扉戸の金環も覆われたまま、屏風も閉まったまま壁に立てかける、に会うことがないので身繕いをしないで衣の裾を引きずって歩く、愁い高じると、まるで酒に酔ったのと同じようになってしまっている。

ところが、この女にも遅ればせに春の良い景色が訪れ、花霞に艶めかしさで迎い入れた、良く舞った渚に仲良く鴛鴦がいて、錦の羽を休めてその時を過ごしている。

翌朝には旅立つと、女は、愁いをもって遠くを望み、じっとして動かないで、あの男を思い続けるだけで、あの夫差が西施の両のえくぼに魅せられてしまったこの女の二つのえくぼをもっているというのに、口元をゆがめて愁うのである。

 
木蘭00

(訳注)

木蘭花

(「買斷」の女妓が誰も訪れるものがいなくて侘しい日々を送る。)

この「木蘭花」を女性器に喩える。妓女であるが、他の客をとらなくて囲われたものを「買斷」という。

花木蘭 老病の父に代わり、娘の木蘭が男装して従軍。異民族(主に突厥)を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリー。釈智匠の《古今楽録》に収める《木蘭詩()》がこの物語を記す最も古い文献だとされ,元来,南北朝期の北方の民間民謡に由来するとされる。木蘭従軍の故事は後代,詩歌の題材となるほか,現在の京劇など伝統戯曲においても《花木蘭》(花(か)が木蘭の姓)の題で演じられている。なおそこでは元帥の賀廷玉が木蘭をぜひとも自分のむすめの婿にと願ったことから,木蘭が女性であることが知れるという筋書となっている。

『花間集』には教坊曲『木蘭花』は三首、魏承斑の作が一首収められている。双調五十四字、前段二十六字六句三仄韻、後段二十八字四句四仄韻で、3❸33❼❼❼❼の詞形をとる。

小芙蓉、香旖旎、碧玉堂深清似水。

閉寶匣、掩金鋪、倚屏拖袖愁如醉。
遲遲好景煙花媚、 曲渚鴛鴦眠錦翅。
凝然愁望靜相思、 一雙笑靨嚬香

●○○  ○△● ●●○△○●●

●●● ●○△  △△△●○△●

○○●●○○●  ●●○○○●●

△○○△●△△  ●○●●○○●

 

 

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。

芸妓「買斷」の美人がいる、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く高楼の奥座敷に澄み切った水の底にじっとしておるかのような清々しい女である。

芙蓉 芙蓉は美人である。フヨウのこと。とくに蓮と区別するためには「木芙蓉」とも言った。古くは往々にして蓮(ハス)の花を指した。美女の形容としても多用された表現である。フヨウと区別するために「水芙蓉」とも。

旖旎 柔らかくて麗しい.風光旖旎=風景が柔らかく麗しい.

『菩薩蠻七首其六』 

綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。

香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。

寒天欲曙,猶結同心苣。

啼粉羅衣,問郎何日歸。

菩薩蠻七首 其六 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-335-6-#22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3222

薛濤《贈遠二首 其二》

芙蓉新落蜀山秋,錦字開緘到是愁。

閨閣不知戎馬事,月高還上望夫樓。

贈遠二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-216-82-#76  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2627

 

閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

大切な宝物を入れておく美しい小箱に入っている簪を出すこともなく閉じたまま、閨に出入りの扉戸の金環も覆われたまま、屏風も閉まったまま壁に立てかける、に会うことがないので身繕いをしないで衣の裾を引きずって歩く、愁い高じると、まるで酒に酔ったのと同じようになってしまっている。

寶匣 大切な宝物を入れておく美しい小箱。

金鋪 門扉のとって金輪。誰も訪れず、取っ手を開けるものがいない。

拖袖 人に会うことがないので身繕いをしないで衣の裾を引きずって歩く。

 

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。

ところが、この女にも遅ればせに春の良い景色が訪れ、花霞に艶めかしさで迎い入れた、良く舞った渚に仲良く鴛鴦がいて、錦の羽を休めてその時を過ごしている。

遲遲 のろのろとして。ぐずぐずとして。時間がかかるさま。速度、進度が滞りがちなさまを謂う。

 

凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

翌朝には旅立つと、女は、愁いをもって遠くを望み、じっとして動かないで、あの男を思い続けるだけで、あの夫差が西施の両のえくぼに魅せられてしまったこの女の二つのえくぼをもっているというのに、口元をゆがめて愁うのである。

凝然 じっとして動かないさま直立不動の姿勢で 音無しの構えで 凝然として 身じろぎせずに

一雙(いっそう) 二つの意。左右にあるから。

笑靨(しようよう) えくぼ。 「一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。」一雙の笑靨【しょうよう】複に面を回らせば、十萬の精兵 盡く戈を倒【さかしま】にす。

魚玄機《浣紗廟》

越相謀計策多,浣紗神女已相和。

一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。

範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。

只今諸長江畔,空有青山號苧蘿。

浣紗廟 魚玄機  ⅩⅫ五代詞・宋詩Gs-74-10-# 卷804_6 【浣紗廟】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1912 
嚬 苦々しげに口をゆがめる。

香蘂 女性自身。局部。

木蘭02
 


(「買斷」の女妓が誰も訪れるものがいなくて侘しい日々を送る。)芸妓「買斷」の美人がいる、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く高楼の奥座敷に澄み切った水の底にじっとしておるかのような清々しい女である。

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15-444《滿宮花一首》魏承班唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-627-15-(444)  巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4682

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『滿宮花』三首

 

 

作者



初句7字

 

 

張舍人泌

巻四

滿宮花一首

花正芳,樓似綺,

 

 

魏太尉承班

巻九

滿宮花一首

雪霏霏,風凜凜,

 

 

尹參卿鶚

巻九

滿宮花一首

月沉沉,人悄悄,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

張泌 《滿宮花一首》

花正芳,樓似綺,寂寞上陽宮裏。

鈿籠金鏁睡鴛鴦,簾冷露華珠翠。

嬌豔輕盈香雪膩,細雨黃鶯雙起。

東風惆悵欲清明,公子橋邊沉醉。

 

魏太尉承班 《滿宮花一首》

雪霏霏,風凜凜,玉郎何處狂飲。

醉時想得縱風流,羅帳香幃鴛寢。

春朝秋夜思君甚,愁見繡屏孤枕。

少年何事負初心,淚滴縷金雙衽。

 

尹鶚 《滿宮花一首》

月沉沉,人悄悄,一炷後庭香裊。

風流帝子不歸來,滿地禁花慵掃。

離恨多,相見少,何處醉迷三島。

漏清宮樹子規啼,愁鏁碧春曉。

 

 

魏太尉承班 《滿宮花一首》

(春には帰ると約束して出たのに、春が過ぎ、秋が過ぎ、また冬が来て吹雪の日を過ごす、この部屋には思い出が一杯で見るのがつらいけれど模様替えはできないと詠う)

雪霏霏,風凜凜,玉郎何處狂飲。

雪激しく降っている、風を伴ってふぶいて凍えそうに冷たく、こんな中、あの男はどこかで酔いしれているに違いないだろう。

醉時想得縱風流,羅帳香幃鴛寢。

あの男は酔ってしまったら、優雅な趣のあることにむちゅうで、色恋の限りを尽くすので、結局、お香をいっぱいに漂わせて、薄絹の帳の中、鴛鴦のように女と伴寝しているのだ。

春朝秋夜思君甚,愁見繡屏孤枕。

春は朝まで思い続け、秋の夜長に思い、夜となく昼となくあの男のことばかり思っている、あの男との思い出の刺繍の屏風見れば愁い、独り眠る夜の枕は見るたびに辛らさが増すばかりだ。

少年何事負初心,淚滴縷金雙衽。

いなせな貴公子のあの男は、女に示した初めのころの気持ち、それで愛を誓ったのに、それをなぜ破るのか。涙は金糸のように、両衿に滴り落ちる。

 

(滿宮花一首)

雪 霏霏として,風 凜凜たり,玉郎 何處にか狂飲す。

醉時 想い得たり “風流を縱【ほしいまま】にし,羅帳 香幃 鴛寢するならん”を。

春朝 秋夜 君を思うこと甚だしく,愁い見る 繡屏の孤枕を。

少年 何事ぞ 初心に負ける,淚 縷金の雙衽に滴る。

 

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『滿宮花一首』魏承班 現代語訳と訳註

(本文)

《滿宮花一首》

雪霏霏,風凜凜,玉郎何處狂飲。

醉時想得縱風流,羅帳香幃鴛寢。

春朝秋夜思君甚,愁見繡屏孤枕。

少年何事負初心,淚滴縷金雙衽。

 

(下し文)

(滿宮花一首)

雪 霏霏として,風 凜凜たり,玉郎 何處にか狂飲す。

醉時 想い得たり “風流を縱【ほしいまま】にし,羅帳 香幃 鴛寢するならん”を。

春朝 秋夜 君を思うこと甚だしく,愁い見る 繡屏の孤枕を。

少年 何事ぞ 初心に負ける,淚 縷金の雙衽に滴る。

 

(現代語訳)

(春には帰ると約束して出たのに、春が過ぎ、秋が過ぎ、また冬が来て吹雪の日を過ごす、この部屋には思い出が一杯で見るのがつらいけれど模様替えはできないと詠う)

雪激しく降っている、風を伴ってふぶいて凍えそうに冷たく、こんな中、あの男はどこかで酔いしれているに違いないだろう。

あの男は酔ってしまったら、優雅な趣のあることにむちゅうで、色恋の限りを尽くすので、結局、お香をいっぱいに漂わせて、薄絹の帳の中、鴛鴦のように女と伴寝しているのだ。

春は朝まで思い続け、秋の夜長に思い、夜となく昼となくあの男のことばかり思っている、あの男との思い出の刺繍の屏風見れば愁い、独り眠る夜の枕は見るたびに辛らさが増すばかりだ。

いなせな貴公子のあの男は、女に示した初めのころの気持ち、それで愛を誓ったのに、それをなぜ破るのか。涙は金糸のように、両衿に滴り落ちる。

 

kairo10681
 

(訳注)

《滿宮花一首》

(春には帰ると約束して出たのに、春が過ぎ、秋が過ぎ、また冬が来て吹雪の日を過ごす、この部屋には思い出が一杯で見るのがつらいけれど模様替えはできないと詠う)

【解説】他のお客に接客することが出来ない「買斷」をかけてもらった女妓の恨みを詠う。前段は、激しく雪の降る日、どこかで酔いしれて女遊びに耽り、女と共寝をしているに違いない男について述べる。後段は、一年中、片時もあなたを思わぬ日はないのに、屏風の陰の床に置かれているのは私の枕一つだけ、あなたはどうして初めて知り合った時の誓いを破るのか、涙で着物の衿が濡れると、男の裏切りに対する恨みを訴える。

 

『花間集』 には三首所収。魏承斑の作は一首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句三仄韻、後段二十六字四句三仄韻で、3❸❻7❻/❼❻7❻の詞形をとる。

雪霏霏  風凜 玉郎何處狂 

醉時想得縱風流 羅帳香幃鴛  

春朝秋夜思君 愁見繡屏孤

少年何事負初心 淚滴縷金雙

●○○  △△△ ●○△●△●

●○●●△△○ ○●○○○●

○○○●△○● ○●●△○△

●○△●●○○ ●●●○○●

 

雪霏霏,風凜凜,玉郎何處狂飲。

雪激しく降っている、風を伴ってふぶいて凍えそうに冷たく、こんな中、あの男はどこかで酔いしれているに違いないだろう。

○霏霏 雪の激しく降るさま。

○凛凛 骨身に染みる寒さの形容。

○玉郎 美男。ここでは愛しい男の意。・阮郎:別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。

毛熙震《定西番》

蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。

斜日倚欄風好, 餘香出綉衣。

未得玉郞消息,幾時歸。

 

醉時想得縱風流,羅帳香幃鴛寢。

あの男は酔ってしまったら、優雅な趣のあることにむちゅうで、色恋の限りを尽くすので、結局、お香をいっぱいに漂わせて、薄絹の帳の中、鴛鴦のように女と伴寝しているのだ。

○風流 色恋。①おちついた優雅な趣のあること。みやびやかなこと。また,そのさま。風雅。②詩歌・書画・茶など,俗を離れた趣のあるもの。③美しく飾ること。意匠をこらすこと。また,その物。④芸能の一。⑤ 「風流韻事」の略。⑥ 先人が残した美風・なごり。遺風。

○鴛寝 男女が共寝する。

 

春朝秋夜思君甚,愁見繡屏孤枕。

春は朝まで思い続け、秋の夜長に思い、夜となく昼となくあの男のことばかり思っている、あの男との思い出の刺繍の屏風見れば愁い、独り眠る夜の枕は見るたびに辛らさが増すばかりだ。

 

少年何事負初心,淚滴縷金雙衽。

いなせな貴公子のあの男は、女に示した初めのころの気持ち、それで愛を誓ったのに、それをなぜ破るのか。涙は金糸のように、両衿に滴り落ちる。

○少年 いわゆる貴公子とか、游侠の若者。「隠忍自重した游侠の徒・韓信のようにあれ。」という情感を醸している。 
少年:若者。年若い者。唐詩で「少年」といえば、
王維 少年行
新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。
相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。 
李白 17少年行
少年行      
五陵年少金市東、銀鞍白馬度春風。
落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中。
杜甫 少年行

馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
 
王昌齢『少年行』
走馬遠相尋,西樓下夕陰。結交期一劍,留意贈千金。高閣歌聲遠,重門柳色深。夜闌須盡飲,莫負百年心。
いなせな若者や壮士を詠う。

○双衽 椎の字、底本では椎に作るが四部備要本に拠って改めた。衽は着物の前みごろのおくみ。
DCF00212
 

15-443《菩薩蠻二首其二》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-626-15-(443) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4677

長く宮中に住む宮妓の他に、玄宗の時代から長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。





      
 花間集 教坊曲『菩薩蠻』四十一首 
 溫助教庭筠巻一『菩薩蠻 一』温庭筠小山重疊金明滅, 
  巻一『菩薩蠻 二』温庭筠水精簾裡頗黎枕, 
  巻一『菩薩蠻 三』温庭筠蘂黃無限當山額, 
  巻一『菩薩蠻 四』温庭筠翠翹金縷雙鸂鶒, 
  巻一『菩薩蠻 五』温庭筠杏花含露團香雪, 
  巻一『菩薩蠻 六』温庭筠玉樓明月長相憶, 
  巻一『菩薩蠻 七』温庭筠鳳凰相對盤金縷, 
  巻一『菩薩蠻 八』温庭筠牡丹花謝鶯聲歇, 
  巻一『菩薩蠻 九』温庭筠滿宮明月梨花白, 
  巻一『菩薩蠻 十』温庭筠寶函鈿雀金鸂鶒, 
  巻一『菩薩蠻十一』温庭筠南園滿地堆輕絮, 
  巻一『菩薩蠻十二』温庭筠夜來皓月纔當午, 
  巻一『菩薩蠻十三』温庭筠雨晴夜合玲瓏日, 
  巻一『菩薩蠻十四』温庭筠竹風輕動庭除冷, 
 韋荘(韋相莊)巻三菩薩蠻 一 韋荘紅樓別夜堪惆悵 
  巻三菩薩蠻 二 韋荘人人盡江南好 
  巻三菩薩蠻 三 韋荘如今卻憶江南樂 
  巻三菩薩蠻 四 韋荘勸君今夜須沉醉 
  巻三菩薩蠻 五 韋荘洛陽城裡春光好 

 牛嶠(牛給事嶠)巻四菩薩蠻七首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】舞裙香暖金泥鳳, 
  巻四菩薩蠻七首 其二 牛嶠【ぎゅうきょう】柳花飛處鶯聲急, 
  巻四菩薩蠻七首 其三 牛嶠【ぎゅうきょう】玉釵風動春幡急, 
  巻四菩薩蠻七首 其四 牛嶠【ぎゅうきょう】畫屏重疊巫陽翠, 
  巻四菩薩蠻七首 其五 牛嶠【ぎゅうきょう】風簾鷰舞鶯啼柳, 
  巻四菩薩蠻七首 其六 牛嶠【ぎゅうきょう】綠雲鬢上飛金雀, 
  巻四菩薩蠻七首 其七 牛嶠【ぎゅうきょう】 玉樓冰簟鴛鴦錦, 
15-443

 
 2014年8月18日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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《菩薩蠻二首其二》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-626-15-(443)  巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4677

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女は翡翠の羽を高く掲げるほど有頂天になって雲型の黒かにを動かしていく、服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。やがて宴も終る、そして、蘭の香りの閨に入ってゆく、すべてを迎い入れ、佩び玉と耳飾りをといて、はじめて結ばれる。

 
 2014年8月17日の紀頌之5つのブログ 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ廣徳2年764-95 《廣徳2年764-92收京【收京闕】【案:草堂逸詩拾遺。】》 杜甫index-14 764年 杜甫<796> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4670 杜甫詩1500-796-1105/2500廣徳2年764-95 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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15-442《菩薩蠻二首其一》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-625-15-(442)  巻八漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4672

 

魏承斑(生卒年未詳、およそ九三〇年前後に在世)

前蜀の詞人。字、出身地ともに未詳。魏承斑の父親の魏宏夫は、前蜀の王建の養子となり、王宗弼の名を賜り、斉王に封じられた。蜀承斑は鮒馬都尉(皇女の婿に与えられる官職)となり、官は大尉に至った。その詞は、専ら抒情を主とし、淡白にして明噺で、人々は好んでその詞を模倣したと言われ、薛昭蘊や牛橋には譲るが、毛文錫には勝ると評価されている。『花間集』には十五首の詞が収められている。全唐詩によりなお六首を補うことができる。詞風は溫庭筠に近い。

 

 

花間集 巻八 魏太尉承班二首

花間集 巻九 魏太尉承班十三首

 

 

菩薩蠻二首

 

菩薩蠻二首 其一

(秋も深まり、菊と月を愛でる宴において、結ばれることになった妓優は初めて男と結ばれた)

羅裾薄薄秋波染,眉間畫時山兩點。

うす絹の裾から足元が透けて見えてきて秋景色の波はずっと色濃くしている。女の眉の間には花鈿が綺麗に点々と画かれて化粧を整えている。

相見綺筵時,深情暗共知。

秋を愛でるきれいな宴の花筵に互に見つめ合う二人がいる、愛し合う心はますます深くなり、ますます二人だけの世界に入っていくことを知る。

翠翹雲鬢動,斂態彈金鳳。

女は翡翠の羽を高く掲げるほど有頂天になって雲型の黒かにを動かしていく、服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。

宴罷入蘭房,邀入解珮璫。

やがて宴も終る、そして、蘭の香りの閨に入ってゆく、すべてを迎い入れ、佩び玉と耳飾りをといて、はじめて結ばれる。

(菩薩蠻二首 其の一)

羅裾 薄薄として秋波染め,眉間 畫時 山兩點たり。

相い見る 綺筵の時を,深く情す 暗く共に知るを。

翠翹して 雲鬢動き,態を斂めて 金鳳を彈く。

宴罷み 蘭房に入る,邀えて入る 珮璫を解く。

 

菩薩蠻二首 其二

羅衣隱約金泥畫,玳筵一曲當秋夜。

聲戰覷人嬌,雲鬟裊翠翹。

酒醺紅玉輭,眉翠秋山遠。

繡幌麝煙沉,誰人知兩心。

 

 

『菩薩蠻二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

羅裾薄薄秋波染,眉間畫時山兩點。

相見綺筵時,深情暗共知。

翠翹雲鬢動,斂態彈金鳳。

宴罷入蘭房,邀入解珮璫。

 

 

(下し文)

(菩薩蠻二首 其の一)

羅裾 薄薄として秋波染め,眉間 畫時 山兩點たり。

相い見る 綺筵の時を,深く情す 暗く共に知るを。

翠翹して 雲鬢動き,態を斂めて 金鳳を彈く。

宴罷み 蘭房に入る,邀えて入る 珮璫を解く。

 

(現代語訳)

(秋も深まり、菊と月を愛でる宴において、結ばれることになった妓優は初めて男と結ばれた)

うす絹の裾から足元が透けて見えてきて秋景色の波はずっと色濃くしている。女の眉の間には花鈿が綺麗に点々と画かれて化粧を整えている。

秋を愛でるきれいな宴の花筵に互に見つめ合う二人がいる、愛し合う心はますます深くなり、ますます二人だけの世界に入っていくことを知る。

女は翡翠の羽を高く掲げるほど有頂天になって雲型の黒かにを動かしていく、服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。

やがて宴も終る、そして、蘭の香りの閨に入ってゆく、すべてを迎い入れ、佩び玉と耳飾りをといて、はじめて結ばれる。

 

(訳注)

菩薩蛮二首其一

(秋も深まり、菊と月を愛でる宴において、結ばれることになった妓優は初めて男と結ばれた)

『花間集』には魏承斑の作が二首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎⑤⑤の詞形をとる。

○○●●○○●  ○△●○○●●

△●●○○  △○●△○

●△○●●  ●●△○●

●△●○○  ○●●●○

bijo02
 

羅裾 薄薄秋波染,眉間畫時山兩點。

うす絹の裾から足元が透けて見えてきて秋景色の波はずっと色濃くしている。女の眉の間には花鈿が綺麗に点々と画かれて化粧を整えている。

:絡み織を用いた、目の粗い絹織物の一種。 もともと羅とは鳥や小動物などを捕獲するための網を意味する言葉だったが、絹で織った網のような薄物を指す言葉にもなった。:膝から下という意味。転じて、衣服の下の方。

眉間山兩點 花鈿をかくこと。

 

相見綺筵時,深情暗共知。

秋を愛でるきれいな宴の花筵に互に見つめ合う二人がいる、愛し合う心はますます深くなり、ますます二人だけの世界に入っていくことを知る。

 

翠翹雲鬢動,斂態彈金鳳。

女は翡翠の羽を高く掲げるほど有頂天になって雲型の黒かにを動かしていく、服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。

翹《意味》. あげる。鳥の尾羽のように、高くかかげる。つまだてる。つま先だって背を高くする。 特に秀でた人。また、特にすぐれているさま。ぬきんでる。 【翹楚】ぎょうそ. 大勢の中でとびぬけてすぐれていること。また、その人。 「楚」は、特に丈の高い木。

斂態彈金鳳 服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。斂態:服の乱れをまとめること。

酒泉子三首其三

斂態前,裊裊雀釵頸。

鷰成雙,鸞對影,耦新知。

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。

翠連娟,紅縹渺,早粧時。

14-372《酒泉子三首其三》孫光憲(32)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-555-14-(372) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4322

 

宴罷入蘭房,邀入解珮璫。

やがて宴も終る、そして、蘭の香りの閨に入ってゆく、すべてを迎い入れ、佩び玉と耳飾りをといて、はじめて結ばれる。

珮璫 佩び玉と耳飾り。・珮:① 身につけるもの。腰にさげる装飾品。 奈良時代,礼服(らいふく)に用いた装飾品。組み糸に玉を通し,胸の下から沓(くつ)のところまで垂らし,歩くときに鳴るようにしたもの。おんもの。玉佩。・璫:耳珠・冠飾。〔「木尻」の意〕 刀剣の鞘(さや)の末端。また,そこにはめる金物。 〘建〙(「木尻」とも書く)部材の先端の総称。主として,破風板・垂木などの下方の端。

 

春爛漫の美女007

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9-441《河滿子一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-624-9-(441) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4667

この花街にいても嫁ぎたいと夢を持っていたが、約束してくれたあの人は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまった、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならないのだ。

 
 2014年8月16日の紀頌之5つのブログ 
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9-441《河滿子一首》毛文錫唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-624-9-(441)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4667

 

 

長安の娼妓は、名儀上でも決してすべてが教坊に属していたのではない。『北里志』 の 「楊妙児」なる一節に記載されている妓女の王福娘は、人に身請けされることを願い、「私は幸いに教坊籍に入っていません。あなたにもし結婚の意志があるなら一、二百金のみですみます」といった。どうやら、教坊籍に入っていれば「官身」となり勝手に請け出されることはできないが、教坊籍に入っていないものは金を出し身請けする人がいればいつでも落籍できたようである。しかし、教坊籍に入っていない妓女も、やはり完全に官妓身分から脱していたというわけではなかった。「楊妙児」の一節によると、妓女たちがたとえ客から「買断」(特定の客が囲い独占すること)されても、いぜんとして彼女は「官使を免れず」、つまりこれまで通り官府への奉仕を免れることができなかったようである。また同書には、「およそ中央官僚の集まりや宴会には、役所から妓女を借り出す許可状をもらわねばならず、そうやって始めて彼女たちは他処に出ることができた」(『北里志』序)とある。
 

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河滿子』六首

 

 

作者名/


初句

 

 

毛司徒文錫

巻五

河滿子一首

紅粉樓前月照

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

河滿子二首 其一

正是破瓜年幾,

 

 

巻六

河滿子二首 其二

寫得魚牋無限,

 

 

孫少監光憲

巻八

河滿子

冠劍不隨君去,

 

 

毛秘書熙震

巻十

河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,

 

 

巻十

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河滿子

(鶯が啼き、迎えに来てくれると約束の春が来たが、ただ待つだけだけど、歳を重ねてきた妓女の気持ちを詠う。)

紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。

頬紅を付けて庭に出る高楼の前には月明かりが広がっている。緑色の枠にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合っている。

夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。

この世界にいても嫁ぎたいと夢を持っていたがはるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまった、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならないのだ。

恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまう、貴族の貴公子のあの人は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけていることだろう。

 

(河滿子)

紅粉 樓前にあって 月照す,碧紗 外 鶯啼く。

夢斷 遼陽 音信,那ぞ獨り空閨を守るを堪えん。

恨むは百花時節に對し,王孫 綠草 萋萋たり。

banri04

 

『河滿子』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子

紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。

夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。

恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

 

(下し文)

(河滿子)

紅粉 樓前にあって 月照す,碧紗 外 鶯啼く。

夢斷 遼陽 音信,那ぞ獨り空閨を守るを堪えん。

恨むは百花時節に對し,王孫 綠草 萋萋たり。

 

(現代語訳)

(鶯が啼き、迎えに来てくれると約束の春が来たが、ただ待つだけだけど、歳を重ねてきた妓女の気持ちを詠う。)

頬紅を付けて庭に出る高楼の前には月明かりが広がっている。緑色の枠にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合っている。

この世界にいても嫁ぎたいと夢を持っていたがはるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまった、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならないのだ。

また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまう、貴族の貴公子のあの人は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけていることだろう。

 隋堤004
 

(訳注)

河滿子

(鶯が啼き、迎えに来てくれると約束の春が来たが、ただ待つだけだけど、歳を重ねてきた妓女の気持ちを詠う。)

富貴の貴公子は、妓女が求める「買断」をして、囲い独占して遊んだ。妓女は一時であっても安心できる条件を求めたのだ。うまくいけば妾の末席でも花街の将来はないので喜ばしいことであった。

唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、和凝は二首所収。単調三十六字、三平韻6⑥6⑥6⑥の詞形をとる。

紅粉樓前月照  碧紗窓外鶯
夢斷遼陽音信  那堪獨守空
恨對百花時節  王孫綠草萋

○●○○●●  ●○○●○○

△●○○○△  △○●●△○

●●●○○●  △○●●○○

 

紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。

頬紅を付けて庭に出る高楼の前には月明かりが広がっている。緑色の枠にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合っている。

 

夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。

この花街にいても嫁ぎたいと夢を持っていたが、約束してくれたあの人は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまった、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならないのだ。

遼陽 遼陽は古代より遼東における中華帝国の中心であった軍事上の重要都市である。

陽:1 日。日の光。「陽光/斜陽・春陽・夕陽・太陽・朝陽・落陽」2 ひなた。山の南側。川の北側。「山陽・洛陽(らくよう)3 明るく暖かい。「陽春」4 うわべをいつわる。
 

恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまう、貴族の貴公子のあの人は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけていることだろう。

王孫 1 帝王の子孫。また、貴族の子弟。2 ツクバネソウの別名。4枚の葉の中心部に黒い果実が付く様子を羽根つきの羽に例えたものであるが、ユリ科の植物としては似つかわしくない姿をしている。花の特徴: 茎先から花の柄を出し、先に淡い黄緑色の花を1つつける。 花には内花被片はなく、4枚の緑色の幅広い外花被片が垂れ下がる。 雄しべは8本である。 雌しべは1本で、先が4つに裂ける。

綠草萋萋 綠草は萌える愛という意味を持つ。萋萋:草木の茂っているさま。さいさい。ここでは数ある草草の中で選ばれ、嫁ぐ詩経のイメージを借り、どこかの娘にこえをかけているというほどの意味。

《詩経·周南·葛覃》

葛之覃兮、施于中谷。

維葉萋萋、黄鳥于飛。

集于灌木、其鳴嘴嘴。

葛の覃(の)びるや、中谷に施(うつ)る。

維(こ)れ葉 萋萋たり、黄鳥于(ここ)に飛ぶ。  

灌木に集(つど)ひ、其の鳴くこと嘴嘴(かいかい)たり。

 

葛之覃兮,旋于中谷。

維葉莫莫,是刈是煮。

為綺為谷,服之無厭。

葛の覃びるや、中谷に旋る。

維れ葉 莫莫たり、是れ刈り 是れ煮(に)て。

綺(ち)と為し谷(げき)と為し、之を服して厭(いと)ふことなし。

 

言告師氏,言告言歸。

薄汗我私,薄澣我衣。

害澣害否,歸寧父母。

言(われ)師氏に告げらる、言(ここ)に告げらる 言に歸(とつ)ぐと。

薄(しば)らく我が私を汗(あら)ひ、薄らく我が衣を澣(すす)がん。

害(いづ)れか澣(すす)ぎ 害れか否(しかせ)ざらん、歸(とつ)ぎて父母を寧(やす)んぜん。

 

葛のツルが伸びて、谷間を覆っている、その葉は青々として、黄鳥が飛んでくるや、灌木に群がっては、皆々として鳴く

 

葛のツルが伸びて、谷間を覆っている、その葉は生い茂り、刈り取って煮て、糸となしても衣となしても、あるいは食べても飽きることがない

 

 わたしは先生から告げられました、この家に嫁ぐのだと告げられました、だから身を洗い、着ている衣も洗いましょう、どれを洗いどれを洗わぬか良く考えましょう、立派な嫁になって両親を安心させてあげましょう

 

 

蓼花00

 

牛嶠 河滿子二首

(年増の芸妓が昔を思い出し、無邪気に遊ぶ少女を見て羨ましく詠う。)

河滿子二首 其一

正是破瓜年幾,含情慣得人饒。

桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。

卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

 

河滿子二首 其二

寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。

目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。

卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

 

 

孫光憲 河滿子

(河に近接の花街の女妓が公用で旅に出るおとこと逢瀬を楽しむ夜を詠う)

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

 

 

毛秘書熙震 河滿子二首

 

河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

一片相思休不得,忍教長日愁生。

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

 

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

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彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでひじょうに多くの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

 
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9-440《訴衷情二首其二》毛文錫唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-623-9-(440)  五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4662

 

 

教坊の曲の詩として宮女・妓優が恋心を抱いたこと、自由恋愛をイメージさせるものである。

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。

 

選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時に

は、雲藷院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」 には凧魚(五品以上の貴人が身に着けることを許されていた魚形のバッジ)が許されていた。

 

宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたにせよ、そしてまた一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたにせよ、所詮彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になるものも少なくなかった。

 

宮妓はまたしばしば皇帝の御下賜品として大臣や貴族に与えられた。唐の各時代に、某人に「女楽」幾組を下賜するといった記録があるが、この「女楽」とはよく訓練された宮中の楽妓のことである。

 

長く宮中に住む宮妓の他に、玄宗の時代から長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。

 

教坊妓は彼女たち独特の一風変った生活の仕方と考えを持っていた。彼女たちは仲間同士で意気投合すると、「香火兄弟」(神仏の前で香火をたき義姉妹の契りを結んだ仲)となった。多いものは十四、五人、少ないものでも八、九人がそれぞれ集団をつくった。もし、その中の一人が嫁に行くと、香火兄弟たちは彼女の夫を女仲間にみたてて、「媛捜」とか「新婦」などとよんだ。また同時にその夫に睦み親しむことができたが、妻となった妓は決して嫉妬することはなかった。彼女たちはそれを突蕨の習俗にならったものであるといっていた。

また、香火兄弟でない人々の間でも、男女関係は比較的自由であった。

 

彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでひじょうに多くの宮

妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

 

 

訴衷情二首

 

訴衷情二首其一

桃花流水漾縱橫,春晝彩霞明。

劉郎去,阮郎行,惆悵恨難平。

愁坐對雲屏,算歸程。

何時攜手洞邊迎,訴衷情。

(この詩は妓女の男に対する誠意を詠ったもの)

桃の花が咲き誇り、落ちた花弁は流れに乗ってゆきゆらゆら揺れて流れてゆく。のんびりとした昼下がりをのんびりと過ごすと、夕焼けが明るく綺麗だ。

久しぶりに訪ねて来ていた劉郎は去ってしまい、一度出たら帰ってこない阮郎はいってしまう、恨み嘆いているばかりで、過去の失敗を和らげようとしてもまた失敗をしてしまった。

年を重ねるほどに、愁いはつのり、あの人と過ごした所縁の雲母の屏風の前に、いつも坐っている、あの人が帰って来るといった日を数えてみるばかり、唯繰り返すだけだ。

何時になったらこの手を携えて、この窟洞の前に身請けのためにきてくれたあのひとを迎えるのか、あの人を愛するうそいつわりのない心をわかってほしい。

 

(訴衷情二首其の一)

桃花 流水 縱橫に漾し,春晝 霞明を彩す。

劉郎去って,阮郎行き,惆悵して 難平を恨む。

愁坐して 雲屏に對し,歸程を算す。

何の時にか 手を攜えて 洞邊に迎わん,訴衷の情。

 

 

訴衷情二首其二

鴛鴦交頸繡衣輕,碧沼藕花馨。

隈藻荇,映蘭汀,和雨浴浮萍。

思婦對心驚,想邊庭。

何時解珮掩雲屏,訴衷情。

(どんなに楽しく過ごしていても、それは何時までも続くものではない。いったん離れていったものは戻って来ることはない。この時代の女妓、女性の定めを詠うもの)

鴛鴦の刺繍のかけ布団のなかでふたりはむすばれて、着ている衣も軽く薄いもの、その池のふちには緑の澄んだ水に浮ぶ蓮の葉のように揺れ、蓮の花が香りを満たした、

縁の奥まったところに浮ぶ水草とじゅんさいのように絡み合いうごめいた、水際の乱の花の様に水面に影を映していた。雨が降ってきてその場に調和し、二人は白蘋の様に水面に揺れた。

男が女を思う気持ちというのは長くは続かないという浮草のような心変わりがあってから初めて驚いた、思い出せば、鴛鴦が遊び蓮の葉のように揺れたあの庭出来事はどこかとおくにいってしまった。

何時まで待ったらまた佩びをといて、雲母の絵屏風に囲まれて過ごす青のひと時をできるのやら、あの人を愛するうそいつわりのない心をわかってほしい。

 

(訴衷情二首其二)

鴛鴦 交頸して 繡衣輕く,碧沼 藕花の馨。

藻荇を隈にし,蘭 汀に映し,雨に和して浮萍を浴す。

思婦 對心 驚き,邊庭を想う。

何時か 珮を解きて 雲屏に掩い,訴衷の情。

 采蓮003

 

『訴衷情二首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情二首其二

鴛鴦交頸繡衣輕,碧沼藕花馨。

隈藻荇,映蘭汀,和雨浴浮萍。

思婦對心驚,想邊庭。

何時解珮掩雲屏,訴衷情。

 

 

(下し文)

(訴衷情二首其二)

鴛鴦 交頸して 繡衣輕く,碧沼 藕花の馨。

藻荇を隈にし,蘭 汀に映し,雨に和して浮萍を浴す。

思婦 對心 驚き,邊庭を想う。

何時か 珮を解きて 雲屏に掩い,訴衷の情。

 

(現代語訳)

(どんなに楽しく過ごしていても、それは何時までも続くものではない。いったん離れていったものは戻って来ることはない。この時代の女妓、女性の定めを詠うもの)

鴛鴦の刺繍のかけ布団のなかでふたりはむすばれて、着ている衣も軽く薄いもの、その池のふちには緑の澄んだ水に浮ぶ蓮の葉のように揺れ、蓮の花が香りを満たした、

縁の奥まったところに浮ぶ水草とじゅんさいのように絡み合いうごめいた、水際の乱の花の様に水面に影を映していた。雨が降ってきてその場に調和し、二人は白蘋の様に水面に揺れた。

男が女を思う気持ちというのは長くは続かないという浮草のような心変わりがあってから初めて驚いた、思い出せば、鴛鴦が遊び蓮の葉のように揺れたあの庭出来事はどこかとおくにいってしまった。

何時まで待ったらまた佩びをといて、雲母の絵屏風に囲まれて過ごす青のひと時をできるのやら、あの人を愛するうそいつわりのない心をわかってほしい。

 

芍薬001
 

(訳注)

訴衷情二首其二

(どんなに楽しく過ごしていても、それは何時までも続くものではない。いったん離れていったものは戻って来ることはない。この時代の女妓、女性の定めを詠うもの)

『花間集』には毛文錫の作が二首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、7⑤33⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

鴛鴦交頸繡衣  碧沼藕花
隈藻荇  映蘭
和雨浴浮  思婦對心
想邊  何時解珮掩雲
訴衷



○○○△●△△  ●●●○○

△●●  ●○△ △●●○○ 

△●●○○   ●○○ 

△○●●●○△ ●△○

 

鴛鴦交頸繡衣輕,碧沼藕花馨。

鴛鴦の刺繍のかけ布団のなかでふたりはむすばれて、着ている衣も軽く薄いもの、その池のふちには緑の澄んだ水に浮ぶ蓮の葉のように揺れ、蓮の花が香りを満たした、

鴛鴦 鴛鴦の刺繍のかけ布団

交頸 首を交じらわせる。合体する、なかでふたりはむすばれる意。

繡衣輕 心地良く過ごすさまの表現。

碧沼藕花馨 二人が過す楽しいひと時のこと。

 

隈藻荇,映蘭汀,和雨浴浮萍。

縁の奥まったところに浮ぶ水草とじゅんさいのように絡み合いうごめいた、水際の乱の花の様に水面に影を映していた。雨が降ってきてその場に調和し、二人は白蘋の様に水面に揺れた。

隈藻荇,映蘭汀,和雨浴浮萍 この三句も、二人の閨の様子を表現するもの。

 

思婦對心驚,想邊庭。

男が女を思う気持ちというのは長くは続かないという浮草のような心変わりがあってから初めて驚いた、思い出せば、鴛鴦が遊び蓮の葉のように揺れたあの庭出来事はどこかとおくにいってしまった。

思婦 一夫多妻制、男尊女卑、性の道具としていたころの女性に対する思いと考え。

 

何時解珮掩雲屏,訴衷情。

何時まで待ったらまた佩びをといて、雲母の絵屏風に囲まれて過ごす青のひと時をできるのやら、あの人を愛するうそいつわりのない心をわかってほしい。

解珮 帯を解く。

掩雲屏 寝牀のまわりに屏風を立てること、性行為の別表現。
春水001
 


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妓女を身請けしたのは大部分が武将、下級官吏、商人たちであったが、身分が賎しいために、彼女たちが正妻になることはきわめて難しかった。一般には彼らの側室とか姫妾になったのである。妓女は身請けされた後でも、依然として家庭の中で賎民の地位を抜けたせず、また主人の中には彼女たちを人間扱いしない者もいた。


 
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音楽が盛り上がって来るに従い、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。一人の宮女の微笑があの人の心をとらえ、動かしたのだ。

 
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戀情深二首

 

戀情深二首其一

(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。

ピタン、ピタン、銅製の壺の塞いだところから漏れてくる、それはむせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

酒宴は遅くまで続いた後には、お香が一杯に焚かれた殿中に、鴛鴦のかけ布団のながですごすということになる。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。

真珠の珠の聯の下にはいつしか朝の光が差し込む、それでも二人は、睦ごとを語り合っていて、瓊林の屏風に隔てられたまま時は過ぎる。

寶帳欲開慵起,戀情深。

ようやく、宝飾に飾られたとばりを起き上がって明けようとする者のけだるさが残っている、こんなにも深く愛し合ったのだ。

戀情深二首其の一

滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。

宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。

真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。

寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し。

大毛蓼003
 

戀情深二首其二

(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

耀けるその宮殿には春爛漫で花は色濃く咲き乱れ、仙郷の神々は宮女と共に集まってくる。

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

宮女は、うす絹の巻きスカートで歩くと突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められている、琴の清らかな音楽を奏でる。

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

音楽が盛り上がって来るに従い、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。一人の宮女の微笑があの人の心をとらえ、動かしたのだ。

永作鴛鴦伴,戀情深。

その夜から、長く鴛鴦が一緒にいるようになったのだ、こんなにも深く愛し合うようになったのだ。

戀情深二首其の二

玉殿 春濃く花爛熳なり,神仙簇り伴う。

羅裙 窣地 縷の黃金,清音を奏ず。

酒闌わ 歌罷めば兩 沉沉たり,一笑は君の心を動かす。

永作す 鴛鴦伴い,戀情深し。

 杏の花0055

『戀情深二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

戀情深二首其二

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

永作鴛鴦伴,戀情深。

 

(下し文)

戀情深二首其の二

玉殿 春濃く花爛熳なり,神仙簇り伴う。

羅裙 窣地 縷の黃金,清音を奏ず。

酒闌わ 歌罷めば兩 沉沉たり,一笑は君の心を動かす。

永作す 鴛鴦伴い,戀情深し。

 

(現代語訳)

(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)

耀けるその宮殿には春爛漫で花は色濃く咲き乱れ、仙郷の神々は宮女と共に集まってくる。

宮女は、うす絹の巻きスカートで歩くと突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められている、琴の清らかな音楽を奏でる。

音楽が盛り上がって来るに従い、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。一人の宮女の微笑があの人の心をとらえ、動かしたのだ。

その夜から、長く鴛鴦が一緒にいるようになったのだ、こんなにも深く愛し合うようになったのだ。

海棠花05
 

(訳注)

戀情深二首其二

(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻二仄韻、後段二十一字四句三平韻一仄韻で、74⑦③/⑦⑤6③の詞形をとる。

玉殿春濃花爛  簇神仙
羅裙窣地縷黃  奏清
酒闌歌罷兩沉  一笑動君
永作鴛鴦  戀情

●●○○○●●  ●○○●

○○●●●○○  ●○○

●○○△●○○  ●●●○○

●●○○●    ●○△

 

(1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。

(2) 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。

 

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

耀けるその宮殿には春爛漫で花は色濃く咲き乱れ、仙郷の神々は宮女と共に集まってくる。

玉殿 (1).殿美称。 (2).朝廷,天子のこと。 (3).伝説中天界神仙の殿。

 

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

宮女は、うす絹の巻きスカートで歩くと突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められている、琴の清らかな音楽を奏でる。

窣地 突然のように地面に。

縷[音]ル(呉)(漢)1 細々と連なる糸筋。「一縷」2 細く、途切れずに続くさま。こまごまとしたさま。「縷言・縷述・縷説・縷陳・縷縷」3 ぼろ。「襤縷(らんる)

 

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

音楽が盛り上がって来るに従い、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。一人の宮女の微笑があの人の心をとらえ、動かしたのだ。

闌【酣/たけなわ】とは。行事・季節などが最も盛んになった時。盛りが極まって、それ以後は衰えに向かう時。また、そのようなさま。真っ盛り。真っ最中。

 

永作鴛鴦伴,戀情深。

その夜から、長く鴛鴦が一緒にいるようになったのだ、こんなにも深く愛し合うようになったのだ。

9-437《戀情深二首其一》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-620-9-(437) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4647

宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたにせよ、そしてまた一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたにせよ、所詮彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になるものも少なくなかった。

 
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9-437《戀情深二首其一》毛文錫唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-620-9-(437)  五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4647

 

 

 

花間集の中でも、特異な詩題であり、毛文錫だけが題している。教坊の曲の詩として宮女・妓優が恋心を抱いたこと、自由恋愛をイメージさせるものである。

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。

 

選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時に

は、雲藷院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」 には凧魚(五品以上の貴人が身に着けることを許されていた魚形のバッジ)が許されていた。

 

宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたにせよ、そしてまた一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたにせよ、所詮彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になるものも少なくなかった。

 

宮妓はまたしばしば皇帝の御下賜品として大臣や貴族に与えられた。唐の各時代に、某人に「女楽」幾組を下賜するといった記録があるが、この「女楽」とはよく訓練された宮中の楽妓のことである。

 

長く宮中に住む宮妓の他に、玄宗の時代から長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。

 

教坊妓は彼女たち独特の一風変った生活の仕方と考えを持っていた。彼女たちは仲間同士で意気投合すると、「香火兄弟」(神仏の前で香火をたき義姉妹の契りを結んだ仲)となった。多いものは十四、五人、少ないものでも八、九人がそれぞれ集団をつくった。もし、その中の一人が嫁に行くと、香火兄弟たちは彼女の夫を女仲間にみたてて、「媛捜」とか「新婦」などとよんだ。また同時にその夫に睦み親しむことができたが、妻となった妓は決して嫉妬することはなかった。彼女たちはそれを突蕨の習俗にならったものであるといっていた。

また、香火兄弟でない人々の間でも、男女関係は比較的自由であった。

 

彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでひじょうに多くの宮

妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

 

 

戀情深二首

 

戀情深二首其一

(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。

ピタン、ピタン、銅製の壺の塞いだところから漏れてくる、それはむせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

酒宴は遅くまで続いた後には、お香が一杯に焚かれた殿中に、鴛鴦のかけ布団のながですごすということになる。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。

真珠の珠の聯の下にはいつしか朝の光が差し込む、それでも二人は、睦ごとを語り合っていて、瓊林の屏風に隔てられたまま時は過ぎる。

寶帳欲開慵起,戀情深。

ようやく、宝飾に飾られたとばりを起き上がって明けようとする者のけだるさが残っている、こんなにも深く愛し合ったのだ。

 

戀情深二首其一

滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。

宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。

真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。

寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し。

 

 

戀情深二首其二

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

永作鴛鴦伴,戀情深。

 

長安城皇城図
 

『戀情深二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

戀情深二首其一

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。

宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。

寶帳欲開慵起,戀情深。

 

 

(下し文)

戀情深二首其一

滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。

宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。

真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。

寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し

 

(現代語訳)

(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)

ピタン、ピタン、銅製の壺の塞いだところから漏れてくる、それはむせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

酒宴は遅くまで続いた後には、お香が一杯に焚かれた殿中に、鴛鴦のかけ布団のながですごすということになる。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

真珠の珠の聯の下にはいつしか朝の光が差し込む、それでも二人は、睦ごとを語り合っていて、瓊林の屏風に隔てられたまま時は過ぎる。

ようやく、宝飾に飾られたとばりを起き上がって明けようとする者のけだるさが残っている、こんなにも深く愛し合ったのだ。

 

 紅梅00

(訳注)

戀情深二首其一

(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻、後段二十一字四句三平韻で、74⑦③/⑦⑤6③の詞形をとる。

滴滴銅壺塞漏  醉紅樓月
宴餘香殿會鴛  蕩春
真珠簾下曉光  鶯語隔瓊
寶帳欲開慵起  戀情

●●○○●●△  ●○○●

●○○●●○○  ●○○

○○○●●△△  ○●●○○

●●●○○●   ●○△

 

滴滴 銅壺 塞漏咽,醉紅樓月。

ピタン、ピタン、銅製の壺の塞いだところから漏れてくる、それはむせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

滴滴 ① 水などのしたたり。点々と落ちるしずく。② 点々とあるようす。

銅壺 銅板などでかまど形につくったもの。内部を空洞にしてあるので,そこへ水を満たし,空洞の中に排水を落とし、その音が地上に聞こえるように設計され、水位に倚り、時刻を計る。この時、排水は滴水化して落とす。具体的な過程としては、縦穴を伝って流れ落ちた水が水滴となって空洞の底面に溜まった水に落ち、その際に発せられた音が縦穴を通して外部に漏れる。この原理は、水琴窟に発展する。

 

宴餘 香殿 會鴛衾,蕩春心。

酒宴は遅くまで続いた後には、お香が一杯に焚かれた殿中に、鴛鴦のかけ布団のながですごすということになる。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

鴛衾 鴛鴦のかけ布団。一夜を共にする。

蕩【とう】1 揺れ動く。ゆらゆら動かす。「蕩揺/漂蕩」2 酒色などにおぼれる。締まりがない。「蕩児/淫蕩(いんとう)・放蕩・遊蕩」3 豊かに広がっている。

 

真珠 簾下 曉光侵,鶯語 隔瓊林。

真珠の珠の聯の下にはいつしか朝の光が差し込む、それでも二人は、睦ごとを語り合っていて、瓊林の屏風に隔てられたまま時は過ぎる。

瓊林 隋から唐の時代、「瓊花(チウンホア)」は「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられたと玉のように美しい瓊樹の林。その花を食べると長寿になる。ここでは、その木々が描かれた屏風、何時までも二人で過ごす、仲睦まじい様子が続くというほどの意味。

 

寶帳 欲開慵起,戀情深。

ようやく、宝飾に飾られたとばりを起き上がって明けようとする者のけだるさが残っている、こんなにも深く愛し合ったのだ。

慵起 けだるく起きるのも億劫であること。
花蕊夫人006
 

9-436《月宮春一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-619-9-(436) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4642

(神仙の居所を訪ね歩き水の精が現れ歓迎してくれ、やかて玉皇大帝が親しみを持って現れてくれたと詠う。)飛散する水珠が輝く水の妖精が生まれ出る水の宮殿の庭には桂の花が開いている。神仙を訪ねてもうどれくらいあちこちに行っただろうか、ここにやっと見つけた。

 
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9-436《月宮春一首》毛文錫唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-619-9-(436)  五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4642

 

 

 

 

 

 

 

毛司徒文錫三十一首

 

 

虞美人二首 其一

虞美人二首 其二

酒泉子一首

 

 

喜遷鶯一首

贊成功一首

西溪子一首

 

 

中興樂一首

更漏子一首

接賢賓一首

 

 

贊浦子一首

甘州遍二首其一

甘州遍二首其二

 

 

紗窗恨二首 其一

恨二首 其

柳含煙四首其一

 

 

柳含煙四首其二

柳含煙四首其三

柳含煙四首其四

 

 

酔花間 二首 其一

酔花間 二首其二

浣紗溪一首

 

 

浣溪沙一首

月宮春一首

戀情深二首其一

 

 

戀情深二首其二

訴衷情二首其一

訴衷情二首其二

 

 

應天長一首

何滿子一首

巫山一段雲一首

 

 

臨江仙一首

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月宮春

水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。

紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。

玉兔銀蟾爭守護,姮娥女戲相隈。

遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。

(神仙の居所を訪ね歩き水の精が現れ歓迎してくれ、やかて玉皇大帝が親しみを持って現れてくれたと詠う。)

飛散する水珠が輝く水の妖精が生まれ出る水の宮殿の庭には桂の花が開いている。神仙を訪ねてもうどれくらいあちこちに行っただろうか、ここにやっと見つけた。

紅く芳しい芍薬が咲いていて、刺繍のとばりが幾重にも垂れている高台があり、瑪瑙の盃を何度も繰り返して飲み干した。

すると遙か先から聞こえてくるのは、神仙においての最高神の居所から、あらゆる音楽器で奏でられる音楽である。玉皇大帝が元宵節には現れると聞いてはいたが、まさに親しみを持って、ここに現れたのである。

 

月宮春

水精宮の裡 桂花開き,神仙 探ねて幾か迴る。

紅芳 金蘂 繡の重臺,低く傾く 馬瑙の盃を。

玉兔 銀蟾 守護を爭い,姮娥 女 戲れて相い隈す。

遙に聽く 鈞天の九奏,玉皇 親しく看來す。
十三夜月
kairo10681

 

 

『月宮春』 現代語訳と訳註

(本文)

月宮春

水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。

紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。

玉兔銀蟾爭守護,姮娥女戲相隈。

遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。

 

 

(下し文)

月宮春

水精宮の裡 桂花開き,神仙 探ねて幾か迴る。

紅芳 金蘂 繡の重臺,低く傾く 馬瑙の盃を。

玉兔 銀蟾 守護を爭い,姮娥 女 戲れて相い隈す。

遙に聽く 鈞天の九奏,玉皇 親しく看來す。

 

(現代語訳)

(神仙の居所を訪ね歩き水の精が現れ歓迎してくれ、やかて玉皇大帝が親しみを持って現れてくれたと詠う。)

飛散する水珠が輝く水の妖精が生まれ出る水の宮殿の庭には桂の花が開いている。神仙を訪ねてもうどれくらいあちこちに行っただろうか、ここにやっと見つけた。

紅く芳しい芍薬が咲いていて、刺繍のとばりが幾重にも垂れている高台があり、瑪瑙の盃を何度も繰り返して飲み干した。

すると遙か先から聞こえてくるのは、神仙においての最高神の居所から、あらゆる音楽器で奏でられる音楽である。玉皇大帝が元宵節には現れると聞いてはいたが、まさに親しみを持って、ここに現れたのである。

miyajima594
 

 

(訳注)

月宮春

(神仙の居所を訪ね歩き水の精が現れ歓迎してくれ、やかて玉皇大帝が親しみを持って現れてくれたと詠う。)

皇帝の後宮、あるいは、離宮かもしれないが、そこを神仙と見立て、そこに宮女たちが歌い、演奏し、踊るのを詠ったものである。訪ね歩くとあるので、どこかの離宮を不思議さを込めて詠ったものである。

『花間集』には毛文錫の作が三十一首収められている。「教坊曲」『月宮春』一首所収されている。双調四十二字、前段二十六字四句三平韻一仄韻、後段二十五字四句二平韻で、⑦⑥❼⑥/7⑦6⑤の詞形をとる。

水精宮裡桂花  神仙探幾
紅芳金蘂繡重  低傾馬瑙
玉兔銀蟾爭守護  女戲
遙聽鈞天九奏  玉皇親看

⑦⑥❼⑥―7⑦6⑤

●△○●●○○  ○○△△△

○○○●●△○  ○○●●○

●●○○○●●  ○○●●△△△

○△○○△●  ●○△△△

 

水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。

飛散する水珠が輝く水の妖精が生まれ出る水の宮殿の庭には桂の花が開いている。神仙を訪ねてもうどれくらいあちこちに行っただろうか、ここにやっと見つけた。

○○水精宮 飛散する水珠が輝く水の妖精が生まれ出る水の宮殿。

杜甫『曲江對酒』「苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。」(苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。)春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。

曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246

 

紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。

紅く芳しい芍薬が咲いていて、刺繍のとばりが幾重にも垂れている高台があり、瑪瑙の盃を何度も繰り返して飲み干した。

金蘂 1.金色花蕊。 元稹 《紅芍薬詩「繁滋蹙金蕊,高燄当鑪火。」2. 菊的异名。 欧陽脩 《希真堂東手种菊花十月始弄》詩「君看金蕊正芬敷,日浮霜相照耀。

瑙盃 自然資源、玉石、瑪瑙で作られた盃。メノウは、縞状の玉髄の一種で、オパール、石英、玉髄が、層状に岩石の空洞中に沈殿してできた、鉱物の変種である。

杜甫《鄭駙馬宅宴洞中

主家陰洞細煙霧,留客夏簟青瑯玕。

春酒杯濃琥珀薄,冰漿碗碧瑪瑙寒。

悞疑茅屋過江麓,已入風磴霾雲端。

自是秦樓壓鄭穀,時聞雜佩聲珊珊。

玉兔銀蟾爭守護,姮娥女戲相隈。

 

遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。

すると遙か先から聞こえてくるのは、神仙においての最高神の居所から、あらゆる音楽器で奏でられる音楽である。玉皇大帝が元宵節には現れると聞いてはいたが、まさに親しみを持って、ここに現れたのである。

鈞天 天の中央。転じて、天子の居所。ここでは神仙においての最高神の居所。

九奏 各種の楽器で奏でられること。笙笛、横笛、瑟、箏、琴、胡弓、鼓など教坊の曲を奏でる。

玉皇大帝、玉皇上帝、あるいは玉皇、玉帝、天公は、中国道教における事実上の最高神で、天界の支配者でありその下の地上・地底に住むあらゆるものの支配者でもある。

道観には「玉皇殿」など玉皇大帝を祀る殿閣がある。旧暦19日は「玉皇誕」とされ、玉皇大帝の誕生の日として祭祀が行われる。旧暦115日に行われる元宵節の由来にも、玉皇大帝は登場する。

天帝崇拝は存在したが、玉皇大帝が記録の中に現れるのは後漢以後のことで、道教の体系化に伴い三清・四御などの説が整えられ天帝とみなされるようになった。宋の時代に幾人かの皇帝が玉皇大帝を重視し強く崇拝したことから庶民の中でも崇拝されるようになり、道教の中でも重要な存在となった。
DCF00212
 

杜甫『曲江對酒』
苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。
縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。
(曲江にて酒に對す)
苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。
飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。
春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。
それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。
勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。
官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。

曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246

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その度ごとに恨みを遺す、生命はニイニイゼミのように短いし須女という名の機織り娘も憐れなのである。幾たびか行き帰るうちに鴛鴦の旗織りの方に下っていくのを見て嫉妬したからだ。でも今宵だけは、素敵な出会いであるから二人とも、しなやかな、名残惜しい時を過ごすのだ。


 
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9-435《浣溪沙一首》毛文錫唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-618-9-(435)  五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4637

 

 

浣溪沙一首

(七夕以外の日は他の機織りの娘の所に行く彦星であったが、今宵だけは二人良い出会いを過すと詠う。)
七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。

天の川に隔てられた彦星と織姫が、年に一度だけ会う日が来たというのに年々歳を重ねて信頼は違うことはない、銀河の清らかな流れの浅瀬に彦星の訪問を示す白雲がかすかにひろがる。月の光が明るくなるとカササギが橋を造る影が出来て、百舌鳥がとんでゆく。

每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。

その度ごとに恨みを遺す、生命はニイニイゼミのように短いし須女という名の機織り娘も憐れなのである。幾たびか行き帰るうちに鴛鴦の旗織りの方に下っていくのを見て嫉妬したからだ。でも今宵だけは、素敵な出会いであるから二人とも、しなやかな、名残惜しい時を過ごすのだ。

 

浣溪沙一首

七夕 年年 信 違わず,銀河 清淺 白雲 微かなり,蟾光 鵲影とし 伯勞 飛ぶ。

每に 蟪蛄を恨む 婺女を憐み,幾び 嬌妬を迴る 鴛機に下るを,今宵の嘉會は兩つながら依依たり。

 

 銀河002

『浣溪沙一首』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙一首

七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。

每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。

 

 

(下し文)

浣溪沙一首

七夕 年年 信 違わず,銀河 清淺 白雲 微かなり,蟾光 鵲影とし 伯勞 飛ぶ。

每に 蟪蛄を恨む 婺女を憐み,幾び 嬌妬を迴る 鴛機に下るを,今宵の嘉會は兩つながら依依たり。

 

(現代語訳)

(七夕以外の日は他の機織りの娘の所に行く彦星であったが、今宵だけは二人良い出会いを過すと詠う。)

天の川に隔てられた彦星と織姫が、年に一度だけ会う日が来たというのに年々歳を重ねて信頼は違うことはない、銀河の清らかな流れの浅瀬に彦星の訪問を示す白雲がかすかにひろがる。月の光が明るくなるとカササギが橋を造る影が出来て、百舌鳥がとんでゆく。

その度ごとに恨みを遺す、生命はニイニイゼミのように短いし須女という名の機織り娘も憐れなのである。幾たびか行き帰るうちに鴛鴦の旗織りの方に下っていくのを見て嫉妬したからだ。でも今宵だけは、素敵な出会いであるから二人とも、しなやかな、名残惜しい時を過ごすのだ。

 

 十三夜月

(訳注)

毛文錫 

毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 

 

 

 

 

毛司徒文錫三十一首

 

 

虞美人二首 其一

虞美人二首 其二

酒泉子一首

 

 

喜遷鶯一首

贊成功一首

西溪子一首

 

 

中興樂一首

更漏子一首

接賢賓一首

 

 

贊浦子一首

甘州遍二首其一

甘州遍二首其二

 

 

紗窗恨二首 其一

恨二首 其

柳含煙四首其一

 

 

柳含煙四首其二

柳含煙四首其三

柳含煙四首其四

 

 

酔花間 二首 其一

酔花間 二首其二

浣紗溪一首

 

 

浣溪沙一首

月宮春一首

戀情深二首其一

 

 

戀情深二首其二

訴衷情二首其一

訴衷情二首其二

 

 

應天長一首

何滿子一首

巫山一段雲一首

 

 

臨江仙一首

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浣溪沙一首

 

『花間集』には毛文錫の作が三十一首収められている。この詞調の「教坊曲」『浣溪紗』五十六首に毛文錫の一首は所収されている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

七夕年年信不  銀河清淺白雲微 蟾光鵲影伯勞  

每恨蟪蛄憐婺女 幾迴嬌妬下鴛  今宵嘉會兩依

●●○○△△○ ○○○△●○○ ○△●●●△○ 

●●●○○●● △△△●●○○ ○○○●●△△

 

七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。

天の川に隔てられた彦星と織姫が、年に一度だけ会う日が来たというのに年々歳を重ねて信頼は違うことはない、銀河の清らかな流れの浅瀬に彦星の訪問を示す白雲がかすかにひろがる。月の光が明るくなるとカササギが橋を造る影が出来て、百舌鳥がとんでゆく。

七夕 陰暦七月七日の夜、天の川に隔てられた彦星と織姫が、年に一度だけ会うという伝説にちなむ年中行事。五節句のひとつ。《古詩十九首之十》(無名氏)「迢迢牽牛星  皎皎河漢女」(迢迢【ちょうちょう】たる牽牛星、皎皎【こうこう】たる河漢の女。)天の川を隔ててはるかかなたには彦星がいて、こちらにはこうこうと白くかがやく天の川の織姫がいる。

古詩十九首之十 (10) 漢詩<97>Ⅱ李白に影響を与えた詩529 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1404

清淺 清んだ浅瀬。謝靈運《從斤竹澗越嶺溪行詩》「蘋萍泛沉深。菰蒲冒清淺。」(蘋萍【ひんべい】は沈深【ちんしん】に泛び、菰蒲【こほ】は清淺【せいせん】を冒【おお】えり。)浮草が深い淵にただよい集まり、まこもやがまは清んだ浅瀬を蔽って生えている。従斤竹澗超嶺渓行 謝霊運(康楽) 詩<57-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩448 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1161

蟾光 つきあかり。李白《古朗月行》「蟾蜍蝕圓影、大明夜已殘。」(蟾蜍(せんじょ)は 円影を蝕し、大明 夜已に残く。)月の中にはヒキガエルがすんでいて、月のまるい影を食べている。月明かりが大きく照らさている夜があり、欠けてしまって夜の明りがのこる。古朗月行 #2 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集 265350

鵲 陰暦七月七日の夜、牽牛、織女の二星の、年に一度の逢瀬のために、鵲は翼をならべて天の川に橋をつくる。男女の契りの橋渡しをするという。

伯勞 鳥類スズメ目の科である。モズと呼ばれるが、狭義にはその1種がモズと呼ばれる。 杜甫《百舌》は(この頃の口先だけの者たちを詠う)ものである。

廣徳2764-75 《百舌》 杜甫<751 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4085 杜甫詩1500-751-988/250039

 

每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。

その度ごとに恨みを遺す、生命はニイニイゼミのように短いし須女という名の機織り娘も憐れなのである。幾たびか行き帰るうちに鴛鴦の旗織りの方に下っていくのを見て嫉妬したからだ。でも今宵だけは、素敵な出会いであるから二人とも、しなやかな、名残惜しい時を過ごすのだ。

蟪蛄 蟪蛄けいこ(にいにいぜみ)生命の短いたとえ。人生のはかないことのたとえ。また、見識や経験の狭いことのたとえ。 小さなセミは夏の間だけしか生きないので、春と秋を知らない意から。「朝菌ちょうきんは晦朔かいさくを知らず、蟪蛄は春秋を知らず」から。「朝菌」は朝生えて晩には枯れるというキノコ。一説に、朝生まれて晩には死ぬ虫。

婺女 1須女という名の機織り娘。玄武の亀身あるいは蛇身。.星宿名,即女宿。又名女,女。二十八宿之一,玄武七宿之第三宿,有星四稽古始め・お披露目に吉。訴訟・結婚・葬式に凶

嘉會 ① めでたい会合。 風流な会合。素敵な出会い。

依依 枝などがしなやかである。名残り惜しく思うさま。
DCF00212
 


9-434《浣沙溪一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-617-9-(434) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4632

うす絹の靴下をはいている年を重ねた宮女は俗塵から選定された者たちが出てくれば、遊女としていくことになる。そこに来る人は、逢瀬をし、春心をあらわして、珠の女妓たちと戯れて帰っていく。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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53 《古風五十九首之五十三》Index-32Ⅳ-7 753年天寶十二年53歳592古風,五十九首之五十三戰國何紛紛, <53> Ⅰ李白詩1216 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4628 
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 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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宮殿の土塀の畔に、半ば出た様に柳の枝が艶めかしい動きをするし、時によっては宮女たちの影が見え隠れし、それは、星列宿を祭りをする巫女の様に軽く梳けて見える着物を羽織っている、その着物はやんごとなきお方しか着られない黄緑色のうす絹の着物の波が揺れる。

 
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9-433《柳含煙四首其四》毛文錫唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-616-9-(433)  五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4627

 

 

柳含煙四首

柳含煙四首 其一

隋堤柳,汴河旁。

夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。

因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。

笙歌未盡起橫流,鏁春愁。

(運河を利用した春の行楽の船が行き交う。春景色に色を添えて妓女たちが演奏し、歌い進む。)

煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。

それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。

長安や洛陽から、夢を抱いて、江南地方の春の景色を楽しみになる。一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。

笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる

(柳含煙四首 其の一)

隋堤の柳,汴河の旁。

夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。

夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。

笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。

 

柳含煙四首 其二

河橋柳,占芳春。

映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。

樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。

不如移植在金門,近天恩。

(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)

川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。

柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、でもその陰に帰ってこぬ人を待つものは神に傷ついたと恨むものがいる。

柳の楽府は沢山あり、女妓が横笛曲として吹奏する、そしてまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。

この柳は今長安城の西の金門にあるがよそに植え替えることなどできるわけはない、それは天子の御恩がある近くのものであるからだ。

柳含煙四首 其の二

河橋の柳,芳春を占【たず】ねる。

水に映え煙を含み路を拂う,幾びか迴り折るを攀げ行人に贈り,暗くして神に傷む。

樂府 吹きて橫笛曲を為し,能く離れて腸斷の續すを使む。

移植 金門に在るに如かず,天恩に近し。

 

柳含煙四首 其三

章台柳,近垂旒。

低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。

直與路邊江畔別,免被離人攀折。

最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。

(長安の章華台の下にある花柳界の女たちを見てきた柳が見たことを詠う。)

台の下にある柳の木を見てきた、その街の近く、皇帝の冕冠のおそばに柳は垂れている。

柳の枝は低く垂れ、そこを往来する、冠帽子や、車蓋を拂っているし、春も盛りなので鬱蒼としてぼんやりとして来て、春の運気もこの帝都全体に広がる。

真っ直ぐな道路と道路に沿って渠溝のほとりに柳があり河川本流の渭水で別れている、この町の人はこの柳を折って奉げて旅人の安全を祈ってわかれた人には柳に被われるのは免れたのだ。

最も憐れに思ったのはこの長安の平康里の女妓たちであるが、彼女らは若くて細くて魅力ある時だけの人生なのだ。

(柳含煙四首 其の三)

章台の柳,垂旒を近くす。

低拂す 往來する冠蓋を,朦朧として 春色 皇州に滿ち,瑞煙 浮ぶ。

直與の路 邊に江に畔に別れ,免被して人と離れ 攀折する。

最も憐れなるは 京兆 蛾眉を畫くもの,葉纖の時のみ。

 

 

柳含煙四首 其四

(渠溝の土手に植えられた柳、天子のもとに集められた宮女・妓優たちとはその場所を得ることでその力を発揮できると詠う。)

御溝柳,占春多。

天子のお庭に続く渠溝の土手に植えられた柳は、多くの宮女・妓優たちの春を訪ね見てきた。

半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。

宮殿の土塀の畔に、半ば出た様に柳の枝が艶めかしい動きをするし、時によっては宮女たちの影が見え隠れし、それは、星列宿を祭りをする巫女の様に軽く梳けて見える着物を羽織っている、その着物はやんごとなきお方しか着られない黄緑色のうす絹の着物の波が揺れる。

昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。

昨日は天子が大明宮にいる間、金鑾殿にいて、その後は、上林苑の中を巡り歩く。細腰で舞い繊細で柔らかに踊り、衣擦れの舞の起す風がとどいてくる。

栽培得地近皇宮,瑞煙濃。

柳の樹の栽培も地を得ねば育たない、芸を持った妓優・宮女も場所を得てその芸が発揮されるそれを梨園ということで育てられたのは、天子の宮殿の御傍に置かれたからであり、天子の御蔭のめでたい祥煙に覆われたからなのだ。

(柳含煙四首 其の四)

御溝の柳,春を占う多し。

宮牆を半ば出で 婀娜なり,時に有 影に倒って 輕羅を醮す,麴塵の波。

昨日 金鑾 上苑を巡り,風亞すは 舞腰 纖軟なり。

地を得て皇宮近くに栽培す,瑞煙 濃なり。

  

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宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることでた。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸*、倡優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。薛瓊瓊はもとは色町の妓女であったが、箏が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「搊弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。

 

* 楽戸とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

玄宗は宮中に梨園*、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃∵勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内延に入れると宣言したので(『旧唐書』李緯伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「寛裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

* 梨園、宜春院。玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

これら何百何千もの宮妓は、どのような生活をしていたのであろうか。宮妓は宮人と共通するところもあったが、しかし全く同じというわけでもなかったようだ。宮人の中から選抜されて宮妓にされたものの大半は、「宮婦」 の身分のままであったが、それ以外の民間から選抜されたものの地位と身分は、一般の宮人に比べてやや高かったようである。各時代の記録はきわめて少ないが、ただ玄宗の時代についてだけは、『教坊記』という書物が彼女たちについて専門に書いている。その記載によると、選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時には、雲藷院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」 には凧魚(五品以上の貴人が身に着けることを許されていた魚形のバッジ)が許されていたが、宮人には許されなかった。内人は比較的優遇されており、その家庭は「内人家」とよばれ、みな宮廷の外の外教坊に住み、季節ごとに宮廷から糧米が支給されていた。内人の中で皇帝から最も寵愛を受けていた「十家」と称される内人は邸宅を賜り、日常の賞賜もたいへん多かった。また、内人は家族と常時会うことができ、毎月の二日、十六日、あるいは自分の誕生日などに母親や姉妹が訪ねることができた。

 

 

 

彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでひじょうに多くの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。

俳優、芸人など芸を売って暮らしている女性は、一般の貴族、平民の女性に比べてより独立性があり、男に従属することも少なく、男女の地位も自然で比較的平等であったこと、また彼女たちは娼妓と同じではなかったが、男女関係に対する観念は同じょうに大いに自由奔放であった。

 

 大明宮-座標

『柳含煙四首 其四』 現代語訳と訳註

(本文)

柳含煙四首 其四

御溝柳,占春多。

半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。

昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。

栽培得地近皇宮,瑞煙濃。

 

(下し文)

(柳含煙四首 其の四)

御溝の柳,春を占う多し。

宮牆を半ば出で 婀娜なり,時に有 影に倒って 輕羅を醮す,麴塵の波。

昨日 金鑾 上苑を巡り,風亞すは 舞腰 纖軟なり。

地を得て皇宮近くに栽培す,瑞煙 濃なり。

 

 

(現代語訳)

(渠溝の土手に植えられた柳、天子のもとに集められた宮女・妓優たちとはその場所を得ることでその力を発揮できると詠う。)

天子のお庭に続く渠溝の土手に植えられた柳は、多くの宮女・妓優たちの春を訪ね見てきた。

宮殿の土塀の畔に、半ば出た様に柳の枝が艶めかしい動きをするし、時によっては宮女たちの影が見え隠れし、それは、星列宿を祭りをする巫女の様に軽く梳けて見える着物を羽織っている、その着物はやんごとなきお方しか着られない黄緑色のうす絹の着物の波が揺れる。

昨日は天子が大明宮にいる間、金鑾殿にいて、その後は、上林苑の中を巡り歩く。細腰で舞い繊細で柔らかに踊り、衣擦れの舞の起す風がとどいてくる。

柳の樹の栽培も地を得ねば育たない、芸を持った妓優・宮女も場所を得てその芸が発揮されるそれを梨園ということで育てられたのは、天子の宮殿の御傍に置かれたからであり、天子の御蔭のめでたい祥煙に覆われたからなのだ。

 

(訳注)

柳含煙四首 其四

()

唐教坊の曲『花間集』には毛文錫の四首所収されている。双調四十四字、前段二十一字五句三平韻、四仄韻、後段二十三字四句二仄韻二平韻で、❸③⑥⑦③/❼⑥⑦③の詞形をとる。

●○●  △○○

●●○○○●  ●○●●△△○ ●○○

●●○○○●● △△●○○●

△△●●●○○ ●○○

 

 

 

御溝柳,占春多。

天子のお庭に続く渠溝の土手に植えられた柳は、多くの宮女・妓優たちの春を訪ね見てきた。

 

半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。

宮殿の土塀の畔に、半ば出た様に柳の枝が艶めかしい動きをするし、時によっては宮女たちの影が見え隠れし、それは、星列宿を祭りをする巫女の様に軽く梳けて見える着物を羽織っている、その着物はやんごとなきお方しか着られない黄緑色のうす絹の着物の波が揺れる。

○婀娜 ① 女性の色っぽくなまめかしいさま。「―な年増(としま)」② 美しくたおやかなさま。性行為の際のなまめかしい女性しなやかな体のラインを言う。

李商隠《石榴》

榴枝婀娜榴實繁、榴膜軽明榴子鮮。

可羨瑤池碧桃樹、碧桃紅頬一千年。

石榴)榴枝は婀娜として榴實は繁し、榴膜は軽明として榴子は鮮かなり。羨むべし 瑤池 碧桃の樹、碧桃の紅頬は一千年。

ザクロをつける枝はしなやかに延びる、たわわに熟れるザクロの実はすばらしい。透き通るように薄いザクロの皮膜の内側、ザクロの種は色鮮やかなものだ。でももっと羨ましいのは西王母の住まう瑤池に植えられている碧桃の木である。三千年に一度実をつける碧桃は、その紅色の肌を一千年もの長く保ち続けるという。

 

石榴 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 68

 中国における道教の祭祀の一つ。《隋書》経籍志の道経序録によれば,醮とは災厄を消除する方法の一つで,夜中,星空の下で酒や乾肉などの供物を並べ,天皇太一や五星列宿を祭り,文書を上奏する儀礼をいう。

軽羅の用語解説 - (しゃ)・絽()などの薄い絹織物。また、それで作った単(ひとえ)。うすもの。《季 夏》

羅切 (らせつ)とは、人間の男性の外部生殖器を切断すること。日本において「羅切」という場合は、陰茎のみ切断する場合と、陰茎と陰嚢を同時に切断する場合に使用し、睾丸のみ摘出する狭義の去勢は含まない。

麴塵 【きくじん】①色の名。ほとんど灰色みを帯びた黄緑色。古くは刈安(かりやす)と紫根による染め色,近世は黄と青の糸による織り色をいう。天皇の略式の袍(ほう)の色で禁色(きんじき)の一。青色。山鳩。②「麴塵の袍」の略。

 上林苑01

昨日 金鑾 巡上苑,風亞 舞腰 纖軟。

昨日は天子が大明宮にいる間、金鑾殿にいて、その後は、上林苑の中を巡り歩く。細腰で舞い繊細で柔らかに踊り、衣擦れの舞の起す風がとどいてくる。

金鑾 長安大明宮 金鑾殿 帝が大明宮にゐる間は金鑾殿にゐる

上苑 中国,秦・漢代の天子の苑の名。苑とは囲いを設けて,その中で鳥獣などを養うところの意。上林苑はすでに秦代にあったが荒廃していたため,前漢の武帝がこれを修復,拡大した。長安 (西安) を中心に,周囲三百余里。

風亞 衣擦れの舞の起す風

亜[音]ア(漢) [訓]つぐ1 上位や主たるものに次ぐ。次位の。準ずる。「亜将・亜聖・亜流・亜熱帯」2 化合物中で酸化の程度の低いものを表す語。「亜硝酸・亜硫酸」

 

栽培 得地 近皇宮,瑞煙濃。

柳の樹の栽培も地を得ねば育たない、芸を持った妓優・宮女も場所を得てその芸が発揮されるそれを梨園ということで育てられたのは、天子の宮殿の御傍に置かれたからであり、天子の御蔭のめでたい祥煙に覆われたからなのだ。

瑞煙 天子のおかげのめでたい祥煙
 唐長安城図





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《柳含煙四首其三》毛文錫≫ 最も憐れに思ったのはこの長安の平康里の女妓たちであるが、彼女らは若くて細くて魅力ある時だけの人生なのだ。

 
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9-432《柳含煙四首其三》毛文錫唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-615-9-(432)  五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4622

 

 

柳含煙四首

柳含煙四首 其一

(運河を利用した春の行楽の船が行き交う。春景色に色を添えて妓女たちが演奏し、歌い進む。)

隋堤柳,汴河旁。

煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。

夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。

それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。

因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。

長安や洛陽から、夢を抱いて、江南地方の春の景色を楽しみになる。一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。

笙歌未盡起橫流,鏁春愁。

笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる

(柳含煙四首 其の一)

隋堤の柳,汴河の旁。

夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。

夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。

笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。

 

柳含煙四首 其二

(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)

河橋柳,占芳春。

川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。

映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。

柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、でもその陰に帰ってこぬ人を待つものは神に傷ついたと恨むものがいる。

樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。

柳の楽府は沢山あり、女妓が横笛曲として吹奏する、そしてまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。

不如移植在金門,近天恩。

この柳は今長安城の西の金門にあるがよそに植え替えることなどできるわけはない、それは天子の御恩がある近くのものであるからだ。

柳含煙四首 其の二

河橋の柳,芳春を占【たず】ねる。

水に映え煙を含み路を拂う,幾びか迴り折るを攀げ行人に贈り,暗くして神に傷む。

樂府 吹きて橫笛曲を為し,能く離れて腸斷の續すを使む。

移植 金門に在るに如かず,天恩に近し。
 

柳含煙四首 其三

(長安の章華台の下にある花柳界の女たちを見てきた柳が見たことを詠う。)

章台柳,近垂旒。

台の下にある柳の木を見てきた、その街の近く、皇帝の冕冠のおそばに柳は垂れている。

低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。

柳の枝は低く垂れ、そこを往来する、冠帽子や、車蓋を拂っているし、春も盛りなので鬱蒼としてぼんやりとして来て、春の運気もこの帝都全体に広がる。

直與路邊江畔別,免被離人攀折。

真っ直ぐな道路と道路に沿って渠溝のほとりに柳があり河川本流の渭水で別れている、この町の人はこの柳を折って奉げて旅人の安全を祈ってわかれた人には柳に被われるのは免れたのだ。

最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。

最も憐れに思ったのはこの長安の平康里の女妓たちであるが、彼女らは若くて細くて魅力ある時だけの人生なのだ。

(柳含煙四首 其の三)

章台の柳,垂旒を近くす。

低拂す 往來する冠蓋を,朦朧として 春色 皇州に滿ち,瑞煙 浮ぶ。

直與の路 邊に江に畔に別れ,免被して人と離れ 攀折する。

最も憐れなるは 京兆 蛾眉を畫くもの,葉纖の時のみ。

 

柳含煙四首 其四

御溝柳,占春多。

半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。

昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。

栽培得地近皇宮,瑞煙濃。

 

 

『柳含煙四首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

柳含煙四首 其三

章台柳,近垂旒。

低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。

直與路邊江畔別,免被離人攀折。

最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。

 

(下し文)

(柳含煙四首 其の一)

隋堤の柳,汴河の旁。

夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。

夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。

笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。

 

(現代語訳)

(長安の章華台の下にある花柳界の女たちを見てきた柳が見たことを詠う。)

台の下にある柳の木を見てきた、その街の近く、皇帝の冕冠のおそばに柳は垂れている。

柳の枝は低く垂れ、そこを往来する、冠帽子や、車蓋を拂っているし、春も盛りなので鬱蒼としてぼんやりとして来て、春の運気もこの帝都全体に広がる。

真っ直ぐな道路と道路に沿って渠溝のほとりに柳があり河川本流の渭水で別れている、この町の人はこの柳を折って奉げて旅人の安全を祈ってわかれた人には柳に被われるのは免れたのだ。

最も憐れに思ったのはこの長安の平康里の女妓たちであるが、彼女らは若くて細くて魅力ある時だけの人生なのだ。

 

美女画55101道観
 

(訳注)

柳含煙四首 其三

(長安の章華台の下にある花柳界の女たちを見てきた柳が見たことを詠う。)

唐教坊の曲『花間集』には毛文錫の四首所収されている。双調四十四字、前段二十一字五句三平韻、四仄韻、後段二十三字四句二仄韻二平韻で、❸③⑥⑦③/❼⑥⑦③の詞形をとる。

 

長安、平康里 官妓は前漢の武帝が軍営に妓女をたくわえ,それを妻のない軍士に侍せしめたのにはじまるというが,魏晋南北朝時代に楽戸の制が設けられ,特殊の賤民(せんみん)である妓女が楽戸に入れられ,唐代にはその籍が教坊に属していた。唐代には長安の平康里は妓女のおるところとして知られ,彼女らの中には詩文に長じ,また小説の題材となった者も少なくない。唐の孫棨の《北里志》は平康里の妓女のことを記したもので,当時平康里の妓女は3曲に分かれて南曲,中曲が上等とされ,そこに貴紳富豪が盛んに出入したという。

○○●  ●○○

○●●△△●  △○○●●○○ ●○○

●△●○○●● ●●△○○△

●○○●●△○ ●○○

 

章台柳,近垂旒。

台の下にある柳の木を見てきた、その街の近く、皇帝の冕冠のおそばに柳は垂れている。

章台柳 長安市内西南部にあった楼台の名。また、その楼台のあった宮殿の名。

《楼台の下が花柳街であったところから》繁華街の遊郭をいう。章台:秦の殿名。以って内に章台有りでその名を得る。 章台に相如を見る。——《史記·廉相如列 即章台。 春秋楚国の離宮。

垂旒 古代帝王礼帽前后垂的玉串。冕冠は皇帝から卿大夫以上が着用した。冠の上に冕板(延とも)と呼ばれる長方形の木板を乗せ、冕板前後の端には旒を垂らした。旒の数は身分により異なり、皇帝の冕冠は前後に十二旒、計二十四旒である。このほか皇帝が天地を祭るのに使う旒の無い大裘冕がある。冠側面から玉笄と呼ばれる簪を指し、底部には纓と呼ばれる組紐がつく。また冕板の中央には天河帯と呼ばれる赤帯がついた。

 

低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。

柳の枝は低く垂れ、そこを往来する、冠帽子や、車蓋を拂っているし、春も盛りなので鬱蒼としてぼんやりとして来て、春の運気もこの帝都全体に広がる。

冠蓋 冠帽子や、車蓋

朦朧 ① ぼんやりとかすんで、はっきり見えないさま。② 物事の内容・意味などがはっきりしないさま。③ 意識が確かでないさま。

皇州 帝都。李白《古風、五十九首之十八》「衣冠照雲日,朝下散皇州。」(衣冠 雲日を照らし、朝より下りて 皇州に散ず。)

 

直與路邊江畔別,免被離人攀折。

真っ直ぐな道路と道路に沿って渠溝のほとりに柳があり河川本流の渭水で別れている、この町の人はこの柳を折って奉げて旅人の安全を祈ってわかれた人には柳に被われるのは免れたのだ。

攀折 折楊柳を攀げる。

 

最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。

最も憐れに思ったのはこの長安の平康里の女妓たちであるが、彼女らは若くて細くて魅力ある時だけの人生なのだ。

京兆 長安

畫蛾眉 平康里の女妓たちである

葉纖 若くて細くて魅力ある

長安城の図01
 

色と芸を売って生業とする娼妓と女芸人とである。「妓」、この後世もっぱら肉体を売る女性を指すようになった呼称は、もとは「伎(技)」 の意味から来たもので、歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指していた。唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのは怪しむに足りない。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。それゆえ彼女たちも一括して論ずることにする。以上は本論に入る前の「正名」(名称と実態を正しく概念規定すること)の作業である。

 

唐代には「妓」と呼ばれた人は基本三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婦女と呼ばれる人と同類であった。

 

1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

 

1 宮妓

皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。

 

2 家妓

高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。

 

3営妓

軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。

 

4官妓

中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。

唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。

 

5民妓

民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。


6.
道妓

道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。

 

妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。

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(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。

 
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9-431《柳含煙四首其二》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-614-9-(431)  五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4617

 

 

柳含煙四首

柳含煙四首 其一

(運河を利用した春の行楽の船が行き交う。春景色に色を添えて妓女たちが演奏し、歌い進む。)

隋堤柳,汴河旁。

煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。

夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。

それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。

因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。

長安や洛陽から、夢を抱いて、江南地方の春の景色を楽しみになる。一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。

笙歌未盡起橫流,鏁春愁。

笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる

(柳含煙四首 其の一)

隋堤の柳,汴河の旁。

夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。

夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。

笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。

 

柳含煙四首 其二

(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)

河橋柳,占芳春。

川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。

映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。

柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、でもその陰に帰ってこぬ人を待つものは神に傷ついたと恨むものがいる。

樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。

柳の楽府は沢山あり、女妓が横笛曲として吹奏する、そしてまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。

不如移植在金門,近天恩。

この柳は今長安城の西の金門にあるがよそに植え替えることなどできるわけはない、それは天子の御恩がある近くのものであるからだ。

柳含煙四首 其の二

河橋の柳,芳春を占【たず】ねる。

水に映え煙を含み路を拂う,幾びか迴り折るを攀げ行人に贈り,暗くして神に傷む。

樂府 吹きて橫笛曲を為し,能く離れて腸斷の續すを使む。

移植 金門に在るに如かず,天恩に近し。

 

柳含煙四首 其三

章台柳,近垂旒。

低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。

直與路邊江畔別,免被離人攀折。

最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。

 

柳含煙四首 其四

御溝柳,占春多。

半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。

昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。

栽培得地近皇宮,瑞煙濃。
 

長安城図 座標


 

 

『柳含煙四首』 現代語訳と訳註

(本文)

柳含煙四首 其二

河橋柳,占芳春。

映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。

樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。

不如移植在金門,近天恩。

 

(下し文)

柳含煙四首 其の二

河橋の柳,芳春を占【たず】ねる。

水に映え煙を含み路を拂う,幾びか迴り折るを攀げ行人に贈り,暗くして神に傷む。

樂府 吹きて橫笛曲を為し,能く離れて腸斷の續すを使む。

移植 金門に在るに如かず,天恩に近し。

 

(現代語訳)

(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)

川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。

柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、でもその陰に帰ってこぬ人を待つものは神に傷ついたと恨むものがいる。

柳の楽府は沢山あり、女妓が横笛曲として吹奏する、そしてまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。

この柳は今長安城の西の金門にあるがよそに植え替えることなどできるわけはない、それは天子の御恩がある近くのものであるからだ。

kairo10682
 

(訳注)

柳含煙四首 其二

(柳が鬱蒼と茂る夕方の霞と一体となって悲しく霞む様子をいうが、この詩は長安城の西市の横を流れる渠溝に架かる橋、そのたもとの柳、花街の妓女を題材にしたものである。)

『花間集』には毛文錫の四首所収されている。双調四十四字、前段二十一字五句三平韻、四仄韻、後段二十三字四句二仄韻二平韻で、3③6⑥③/❼❻⑦③の詞形をとる。

押韻 春、人、神/曲、續、門、恩。

○○●  △○○

●●○○●●  △△○△●△○ ●△○

●●△○△●● △●△○●●

△△○●●○○ ●○○

美女画557
 

河橋柳,占芳春。

川を渡る橋のたもとに柳がある、今度のかんばしい春はどうなるんだろう。

 

映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。

柳の緑は水に映り、柳が鬱蒼として霞にけむり、土手の道を枝は揺れて掃いているようだ。もう何度もここに来て、折楊柳をして、上にかかげて旅に行く人の安全を祈った事だろう、でもその陰に帰ってこぬ人を待つものは神に傷ついたと恨むものがいる。

 

樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。

柳の楽府は沢山あり、女妓が横笛曲として吹奏する、そしてまた、別れの断腸の思いを続けさせられることになる。

樂府《楊柳》《大堤》《芙蓉》《曲渚》1 中国前漢の武帝の創設した、音楽をつかさどる役所。2 漢代に1が巷間から採集し、保存した歌謡、およびそれを模して作られた詩の一体。長句・短句の交錯する自由な詩形により、祭儀から日常生活に至る広範囲な題材を扱い、多くは楽器に合わせて歌った。3 漢詩の古体の一。漢代以降の2の題目・形式をまねて作った、伴奏を伴わない詩。唐代に流行。新楽府(しんがふ)といわれ、「白氏文集(はくしもんじゅう)」にも収められる白居易のものが有名

楽府2の題目。歌・行・歌行・引・曲・吟・辞・唱・怨などの種類がある。後世の詩人は、多くこれらに倣って楽府を作った。

 

不如移植在金門,近天恩。

この柳は今長安城の西の金門にあるがよそに植え替えることなどできるわけはない、それは天子の御恩がある近くのものであるからだ。

金門 金光門 長安の外郭の城の西側に三門があり、北にあるものを聞達門、中にあるものを金光門、南にあるものを延平門という。金光門を西に出ると昆明池の方へゆく。

9-430《柳含煙四首其一》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-613-9-(430) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4612

煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。


 
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柳含煙四首

柳含煙四首 其一

(運河を利用した春の行楽の船が行き交う。春景色に色を添えて妓女たちが演奏し、歌い進む。)

隋堤柳,汴河旁。

煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。

夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。

それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。

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笙歌未盡起橫流,鏁春愁。

笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる

(柳含煙四首 其の一)

隋堤の柳,汴河の旁。

夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。

夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。

笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。

隋堤01

柳含煙四首 其二

河橋柳,占芳春。

映水含煙拂路,幾迴攀折贈行人,暗傷神。

樂府吹為橫笛曲,能使離腸斷續。

不如移植在金門,近天恩。

 

柳含煙四首 其三

章台柳,近垂旒。

低拂往來冠蓋,朦朧春色滿皇州,瑞煙浮。

直與路邊江畔別,免被離人攀折。

最憐京兆畫蛾眉,葉纖時。

 

柳含煙四首 其四

御溝柳,占春多。

半出宮牆婀娜,有時倒影醮輕羅,麴塵波。

昨日金鑾巡上苑,風亞舞腰纖軟。

栽培得地近皇宮,瑞煙濃。

 

 

『柳含煙四首』 現代語訳と訳註

(本文)

柳含煙四首 其一

隋堤柳,汴河旁。

夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。

因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。

笙歌未盡起橫流,鏁春愁。

 

(下し文)

(柳含煙四首 其の一)

隋堤の柳,汴河の旁。

夾岸の綠陰千里なり,龍舟 鳳舸 木蘭の香,錦帆 張る。

夢に因って江南 春景好なり,一路 流蘇して 羽葆す。

笙歌 未だ盡く起きて橫流し,春愁を鏁す。

 

(現代語訳)

(運河を利用した春の行楽の船が行き交う。春景色に色を添えて妓女たちが演奏し、歌い進む。)

煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。

それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。

長安や洛陽から、夢を抱いて、江南地方の春の景色を楽しみになる。一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。

笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる

 

 

(訳注)

柳含煙四首 其一

 

柳、旁、香、張 /好、葆、流、愁。

△△●  ●○○

●●●○○●  ○○●●●○○ ●△△

○△○○○●● ●●○○●● 

○○●●●△○ △○○

隋堤004
 

隋堤柳,汴河旁。

煬帝が作った運河の堤に柳がある、そこから続く汴河通済渠の運河の側にも柳がつづく。

隋堤 隋を建国した楊堅(文帝)は、この問題を解決するために587年に淮水と長江を結ぶ邗溝(かんこう)を開鑿し、589年に陳を滅ぼして、南北を統一した。

604年に二代皇帝煬帝が即位し、翌年より再び大運河の工事が始まる。

まず初めに黄河と淮水を結ぶ通済渠(つうせいきょ)が作られ、続いて黄河と天津を結ぶ永済渠(えいせいきょ)、そして長江から杭州へと至る江南河が作られ、河北から浙江へとつながる大運河が完成した。完成は610年のことで、その総延長は2500キロメートルを越える。

通済渠の工事には100万人の民衆が動員され、女性までも徴発されて5か月で完成した。これによって、後の人から暴政と非難され、更にこの運河を煬帝自身が竜船(皇帝が乗る船)に乗って遊覧し、煬帝が好んだ江南へと行幸するのに使ったことから、「自らの好みのために民衆を徴発した」などとも言われるようになる。

大運河は一から全てを開削したわけではなく、既存の小運河を連結した部分がかなりある。また大運河の建造は南北の統一を確かなものとし、江南の物産を河北にもたらした。永済渠建設の目的は高句麗遠征であった。

 

夾岸綠陰千里,龍舟鳳舸木蘭香,錦帆張。

それは両岸に緑の影を成して、千里先まで続く。またそこには竜のフナ飾りの糞絵が行き交い、鳳凰の絵が描かれた舟が、蘭の木で作られ香りを遺してすすむ。そして、その船には錦の帆を張っている。

龍船001
 

因夢江南春景好,一路流蘇羽葆。

長安や洛陽から、夢を抱いて、江南地方の春の景色を楽しみになる。一筋の水路の流れこの地域を結ぶことでそれぞれの地域を守り、蘇らせる。

蘇 1 生きかえる。よみがえる。「蘇生」2 草の名。

羽葆 羽飾りのことで

 

笙歌未盡起橫流,鏁春愁。

笙の笛に歌声を乗せた船は進み、未だにこの流れに横から入り込む、ことごとく波を起こしたりすることはない。この中においては春の愁いのこころを蓋をして、隠してくれる
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9-429《甘州遍二首其二》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-612-9-(429) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4607

等の心配事は、国境を待るための角笛であり、征圧するために鼓を鳴らし大声をあげて攻めることであった。異民族とは他にもある、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、皇帝と共に青塚に葬られ立派に役割を果たしたし、また唐遣大将薛仁、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。

 
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9-429

《甘州遍二首其二》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-612-9-(429)  五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4607

 

 

毛文錫(毛司徒文錫)    甘州遍二首

 

甘州遍二首其一

春光好,公子愛閑遊,足風流。

金鞍白馬,雕弓寶劍,紅纓錦襜出長鞦。

花蔽膝,玉銜頭。

尋芳逐勝歡宴,絲竹不曾休。

美人唱,揭調是《甘州》。醉紅樓。

堯年舜日,樂聖永無憂。

(宮女、官妓らにより琴、瑟、管弦楽の演奏がなされ、雅楽「甘州子」、「四時白紵歌」が歌われて、春の行楽の宴がなされたことを詠う)

春が来て日のひかりも快いものであり、ここでは、諸侯、貴公子は静かな風流の行楽の遊びを好んでいるようだし、そこでは風流に満足したようだ。

ここに集まっているのは、黄金でかざられた鞍をつけた白馬、彫刻で飾られた弓、宝飾の絵の剣べにいろのたずな錦の前掛け、馬の尾の下から後輪に三繫を付けて轅を固定している。

膝までを花で蔽っていて、頭から轡を銜える所にも飾り付けられている。

芳しい女妓を訪ねて春景色を歓勝し、行楽の宴を遂行してきて、琴、瑟、管弦楽の演奏はやむことはない。

宮女、官妓らはずっと歌いつづけ、雅楽「甘州子」は調子を揃えて詠われている。高楼全体で酒宴に酔うのである。

古代賢君の堯と舜が施政した天下太平で国力も隆盛と「四時白紵歌」もうたわれて、このように聖天子のもとに音楽が演奏されれば長しえにこれから先のこと愁いなどすることはないのだ。

甘州遍二首 其の一

春光 好しく,公子 閑遊を愛で,風流に足る。

金鞍 白馬に,雕弓 寶劍あり,紅纓の錦 襜は長鞦を出づ。

花は膝を蔽い,玉は頭を銜む。

芳を尋ね 逐に歡宴に勝り,絲竹 曾て休ず。

美人 唱し,是《甘州》を揭調す。紅樓に醉う。

堯年とし舜日とす,樂聖 永らく憂い無し。

 

甘州遍二首其二

秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。

蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。

青塚北,黑山西。

沙飛聚散無定,往往路人迷。

鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。

鳳皇詔下,步步躡丹梯。

(西域の雅楽「甘州子」の生まれた元々の辺りの事と、皇帝の一言で、悲運の生涯を遂げることになると詠う。)

秋風が吹きはじめ身をちじめ、引き締める頃になる。北の砂漠地帯では、雁が列をなして低く飛んでゆく。鉛色の空がどこまでも続く。

蕭々颯々かぜはつよくなっていくばかり、そうなると思い浮かべるのは西域から、北方、東北にかけて異民族と叛乱などを平定する為に出征した李陵と蘇武の別れだ、彼等の心配事は、国境を待るための角笛であり、征圧するために鼓を鳴らし大声をあげて攻めることであった。

異民族とは他にもある、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、皇帝と共に青塚に葬られ立派に役割を果たしたし、また唐遣大将薛仁、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。

砂漠の砂は飛び散っていき又集まって山を造り、また散っていくものであり、ここを行き交う者たちは迷ってしまうことがよくあるという。

寒気に遭えば、着ている衣服、鎧兜まで凍ってしまい、戦いの中で人馬の血に溢れ、蹄鉄餅に染まり、固まってしまう、そうなれば異民族の地、そこら一帯の谷間には人馬で埋め尽くされるのである。

鳳凰である皇帝は詔を下し、そろりそろりと歩み出て丹梯をおりて、何もなかったように庭をめぐるのである。

 

(甘州遍二首其の二)

秋風 緊し,平磧 鴈行 低くし,陣雲齊し。

蕭蕭 颯颯,邊聲 四起,愁 戍角と征鼙とを聞く。

青塚の北,黑山の西。

沙飛 聚散 定る無し,往路を往き 人は迷う。

鐵衣 冷く,戰馬 血 蹄に沾い,蕃溪を破る。

鳳皇 詔下し,步み步みて丹梯に躡ばせる。

 

 

『甘州遍二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

甘州遍二首其二

秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。

蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。

青塚北,黑山西。

沙飛聚散無定,往往路人迷。

鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。

鳳皇詔下,步步躡丹梯。

 

 

(下し文)

(甘州遍二首其の二)

秋風 緊し,平磧 鴈行 低くし,陣雲齊し。

蕭蕭 颯颯,邊聲 四起,愁 戍角と征鼙とを聞く。

青塚の北,黑山の西。

沙飛 聚散 定る無し,往路を往き 人は迷う。

鐵衣 冷く,戰馬 血 蹄に沾い,蕃溪を破る。

鳳皇 詔下し,步み步みて丹梯に躡ばせる。

 

(現代語訳)

(西域の雅楽「甘州子」の生まれた元々の辺りの事と、皇帝の一言で、悲運の生涯を遂げることになると詠う。)

秋風が吹きはじめ身をちじめ、引き締める頃になる。北の砂漠地帯では、雁が列をなして低く飛んでゆく。鉛色の空がどこまでも続く。

蕭々颯々かぜはつよくなっていくばかり、そうなると思い浮かべるのは西域から、北方、東北にかけて異民族と叛乱などを平定する為に出征した李陵と蘇武の別れだ、彼等の心配事は、国境を待るための角笛であり、征圧するために鼓を鳴らし大声をあげて攻めることであった。

異民族とは他にもある、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、皇帝と共に青塚に葬られ立派に役割を果たしたし、また唐遣大将薛仁、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。

砂漠の砂は飛び散っていき又集まって山を造り、また散っていくものであり、ここを行き交う者たちは迷ってしまうことがよくあるという。

寒気に遭えば、着ている衣服、鎧兜まで凍ってしまい、戦いの中で人馬の血に溢れ、蹄鉄餅に染まり、固まってしまう、そうなれば異民族の地、そこら一帯の谷間には人馬で埋め尽くされるのである。

鳳凰である皇帝は詔を下し、そろりそろりと歩み出て丹梯をおりて、何もなかったように庭をめぐるのである。

 

(訳注)

甘州遍二首其二

(西域の雅楽「甘州子」の生まれた元々の辺りの事と、皇帝の一言で、悲運の生涯を遂げることになると詠う。)

唐の教坊の曲名。『花問集』には毛文錫の二首のみ所収。雙調六十三字、前段三十二字八句四平韻一仄韻、後段三十一字七句四平韻一仄韻で、❸⑤③44⑦3③/6⑤❸⑤③4⑤ の詞形をとる。

○△●  ○●●△○ ●○△。

○○●● ○○●●  ○△●●△○○。

○●●  ●○○。

△○●●○●  ●●●○○。

●△△  ●●●△○ ●○○。

●○●● ●●●○○。

 

秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。

秋風が吹きはじめ身をちじめ、引き締める頃になる。北の砂漠地帯では、雁が列をなして低く飛んでゆく。鉛色の空がどこまでも続く。

緊 1 固く引きしまる。引きしめる。「緊縮・緊張・緊縛・緊密」2 物事が差し迫っている。「緊急・緊迫・緊要/喫緊」

. qì. ㄑㄧˋ. 1. 淺水中的沙石。 2. [沙~]沙漠。不生草木的沙石地。

/斉【せい】[漢字項目]とは。意味や解説。[常用漢字][音]セイ(漢)サイ(慣)[訓]ととのえるととのうひとしい1 凸凹がなく等しくそろっている。そろえる。ととのえる。「斉一・斉唱/一斉・均斉・整斉・修身斉家」2 中国、春秋時代の国名。「

 

蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。

蕭々颯々かぜはつよくなっていくばかり、そうなると思い浮かべるのは西域から、北方、東北にかけて異民族と叛乱などを平定する為に出征した李陵と蘇武の別れだ、彼等の心配事は、国境を待るための角笛であり、征圧するために鼓を鳴らし大声をあげて攻めることであった。

蘇武と李陵 涼秋九月, 塞外草衰. 夜不能寐, 側耳遠聽,胡笳互動, 牧馬悲鳴, 吟嘯成群, 邊聲四起. 晨坐聽之, 不覺淚下.

李陵と蘇武の二人のうち、蘇武が英雄として帰国を果たしたのに対し、反逆者の汚名を着せられた李陵は遂に帰国せず、辺境の地で一生を終えた。「答蘇武書」は、帰国を勧める蘇武の書簡に対し、自らの国を捨てる決心を綴った李陵の返信である。

 

青塚北,黑山西。

異民族とは他にもある、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、皇帝と共に青塚に葬られ立派に役割を果たしたし、また唐遣大将薛仁、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。

青塚 内蒙古自治区呼和浩特市にある王昭君の墓を「青塚」という。辺りは草も生えない荒地なのに墓の近くだけは青い草が生えたことからいう。紀元前33年、匈奴の君主である呼韓邪単于が入朝した時、漢の女性を妻に娶りたいと言ってきたので王昭君が嫁ぐ事になった。 王昭君は呼韓邪単于との間に一男を儲けるが紀元前31年に呼韓邪単于が死ぬと、匈奴の風習に従い次の皇帝の妻になる。

李白33-35 王昭君を詠う 三首

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黑山 中国古代戦場内蒙巴林右旗小罕山。石城で戦い、単騎突撃して、敵の弓手を生け捕りにした。また唐遣大将薛仁、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。

 

沙飛聚散無定,往往路人迷。

砂漠の砂は飛び散っていき又集まって山を造り、また散っていくものであり、ここを行き交う者たちは迷ってしまうことがよくあるという。

 

鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。

寒気に遭えば、着ている衣服、鎧兜まで凍ってしまい、戦いの中で人馬の血に溢れ、蹄鉄餅に染まり、固まってしまう、そうなれば異民族の地、そこら一帯の谷間には人馬で埋め尽くされるのである。

蕃溪 1 未開の異民族。「蕃夷(ばんい)・蕃俗」2 外国。

【谷・渓▽・谿▼】①山または丘にはさまれた細長い溝状の低地。一般には河川の浸食による河谷が多い。成因によって川や氷河による浸食谷と断層や褶曲(しゆうきよく)による構造谷とに分ける。また,山脈に沿う谷を縦谷(じゆうこく),山脈を横切るものを横谷(おうこく)という。②高い所にはさまれた低い部分。「波の-」 「気圧の-」

③二つの屋根の流れが交わる所。 「 -樋」

 

鳳皇詔下,步步躡丹梯。

鳳凰である皇帝は詔を下し、そろりそろりと歩み出て丹梯をおりて、何もなかったように庭をめぐるのである。

 ①足音を忍ばせる.•他着脚走出去了。〔+目〕=彼は足音を忍ばせながら出て行った.②(文語文[昔の書き言葉]) 追跡する,尾行する.例•踪=追跡する.(文語文[昔の書き言葉]) 足で踏みつける.

 

「漢書」によると、李陵の物語とはこんな話である・・・。

 昔から中国は北方に住む遊牧民である匈奴たちと攻防を繰り返してきた。秦の始皇帝が長城を造り始めたのも匈奴の侵入をふせぐためというから、その深刻さの程がわかる。それは李陵の生きた漢の時代でも同じであった。

 

 あるとき、武帝は匈奴を征討することを決め、李広利を大将軍とする一大部隊を繰り出した。その一翼として、李陵には輜重隊を任せようとしていた。輜重隊というのは食料や兵器など要するに主力部隊のための物資運搬係りである。武人としての戦果は望めない地味な役割である。李陵はこれを聞いて武帝に泣きを入れ、「兵の5千も与えてくだされば匈奴の奥深く侵入して征伐してみせましょう」と言ったところ、武帝の気に入り、兵を与えられた。ただし、騎兵ではなく歩兵であった。

 

 こうして李陵軍は北に向けて出陣する。李広利将軍の部隊とは合流する手筈であったが、その途上、匈奴の主力部隊と遭遇してしまう。その数3万。もちろん、全員騎兵である。6倍もの兵力差がある上に、馬に乗った相手に歩兵で立ち向かうのだから、戦う前から勝敗は決まったようなもので、実際、最終的には敗れるのだが、しかし、李陵軍は死闘を繰り広げること8日に及び、その間に匈奴1万を討ち取るという獅子奮迅の働きをみせる。そうして文字通り刃折れ矢尽きて李陵は降伏し捕虜となる。

 

 武帝は激怒する。このとき群臣も武帝に迎合して降伏した李陵は罰せられて当然だと言い立てる中でただ一人、李陵の勇戦と無実を訴えて武帝の逆鱗に触れて宮刑に処されたのが司馬遷であった。 しかし、匈奴は捕虜となった李陵を殺すでもなく逆に帰順するよう求めた。その戦いぶりに匈奴の王も武人として好感をもったのである。

 

   蘇武という武将は忠節の武人として知られている。「平家物語」巻二に「蘇武」と題する一節がある。喜界島に流刑になった康頼が都を想うあまり歌を書きつけた卒塔婆を流す。都に流れ着いて思い出しておくれと云う望郷の歌だが、これがほんとに流れ着いて世の哀れをさそったという一節である。 この康頼の故事が、かつて、はるか昔の漢の武将の蘇武の故事とよく似ていることから引用されたものらしい。というのは、蘇武は使者として匈奴の地へ赴くのだが、そこで囚われの身になってしまい、以来、19年もの間、匈奴の地にあって変節することなく生き抜き、かつて雁に託した都への手紙が届き、それがもとになって晴れて帰国できたという来歴の持ち主だからである。

 

 

蘇武 《詩四首 其一》#1 古詩源  詩<100-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩842 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2758

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9-428《甘州遍二首其一》毛文錫唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-611-9-(428)  五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4602

 

 

毛文錫(毛司徒文錫)    甘州遍二首

 

甘州遍二首其一

(宮女、官妓らにより琴、瑟、管弦楽の演奏がなされ、雅楽「甘州子」、「四時白紵歌」が歌われて、春の行楽の宴がなされたことを詠う)

春光好,公子愛閑遊,足風流。

春が来て日のひかりも快いものであり、ここでは、諸侯、貴公子は静かな風流の行楽の遊びを好んでいるようだし、そこでは風流に満足したようだ。

金鞍白馬,雕弓寶劍,紅纓錦襜出長鞦。

ここに集まっているのは、黄金でかざられた鞍をつけた白馬、彫刻で飾られた弓、宝飾の絵の剣べにいろのたずな錦の前掛け、馬の尾の下から後輪に三繫を付けて轅を固定している。

花蔽膝,玉銜頭。

膝までを花で蔽っていて、頭から轡を銜える所にも飾り付けられている。

尋芳逐勝歡宴,絲竹不曾休。

芳しい女妓を訪ねて春景色を歓勝し、行楽の宴を遂行してきて、琴、瑟、管弦楽の演奏はやむことはない。

美人唱,揭調是《甘州》。醉紅樓。

宮女、官妓らはずっと歌いつづけ、雅楽「甘州子」は調子を揃えて詠われている。高楼全体で酒宴に酔うのである。

堯年舜日,樂聖永無憂。

古代賢君の堯と舜が施政した天下太平で国力も隆盛と「四時白紵歌」もうたわれて、このように聖天子のもとに音楽が演奏されれば長しえにこれから先のこと愁いなどすることはないのだ。

甘州遍二首 其の一

春光 好しく,公子 閑遊を愛で,風流に足る。

金鞍 白馬に,雕弓 寶劍あり,紅纓の錦 襜は長鞦を出づ。

花は膝を蔽い,玉は頭を銜む。

芳を尋ね 逐に歡宴に勝り,絲竹 曾て休ず。

美人 唱し,是《甘州》を揭調す。紅樓に醉う。

堯年とし舜日とす,樂聖 永らく憂い無し。

 

甘州遍二首其二

秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。

蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。

青塚北,黑山西。

沙飛聚散無定,往往路人迷。

鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。

鳳皇詔下,步步躡丹梯。

 

花蕊夫人006
 

『甘州遍二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

甘州遍二首其一

春光好,公子愛閑遊,足風流。

金鞍白馬,雕弓寶劍,紅纓錦襜出長鞦。

花蔽膝,玉銜頭。

尋芳逐勝歡宴,絲竹不曾休。

美人唱,揭調是《甘州》。醉紅樓。

堯年舜日,樂聖永無憂。

 

 

(下し文)

甘州遍二首 其の一

春光 好しく,公子 閑遊を愛で,風流に足る。

金鞍 白馬に,雕弓 寶劍あり,紅纓の錦 襜は長鞦を出づ。

花は膝を蔽い,玉は頭を銜む。

芳を尋ね 逐に歡宴に勝り,絲竹 曾て休ず。

美人 唱し,是《甘州》を揭調す。紅樓に醉う。

堯年とし舜日とす,樂聖 永らく憂い無し。

 

(現代語訳)

(宮女、官妓らにより琴、瑟、管弦楽の演奏がなされ、雅楽「甘州子」、「四時白紵歌」が歌われて、春の行楽の宴がなされたことを詠う)

春が来て日のひかりも快いものであり、ここでは、諸侯、貴公子は静かな風流の行楽の遊びを好んでいるようだし、そこでは風流に満足したようだ。

ここに集まっているのは、黄金でかざられた鞍をつけた白馬、彫刻で飾られた弓、宝飾の絵の剣べにいろのたずな錦の前掛け、馬の尾の下から後輪に三繫を付けて轅を固定している。

膝までを花で蔽っていて、頭から轡を銜える所にも飾り付けられている。

芳しい女妓を訪ねて春景色を歓勝し、行楽の宴を遂行してきて、琴、瑟、管弦楽の演奏はやむことはない。

宮女、官妓らはずっと歌いつづけ、雅楽「甘州子」は調子を揃えて詠われている。高楼全体で酒宴に酔うのである。

古代賢君の堯と舜が施政した天下太平で国力も隆盛と「四時白紵歌」もうたわれて、このように聖天子のもとに音楽が演奏されれば長しえにこれから先のこと愁いなどすることはないのだ。

海棠花021

(訳注)

甘州遍二首其一

唐の教坊の曲名。『花問集』には毛文錫の二首のみ所収。雙調六十三字、前段三十二字八句四平韻一仄韻、後段三十一字七句四平韻一仄韻で、❸⑤③44⑦3③/6⑤❸⑤③4⑤ の詞形をとる。

 

甘州子は西域から花街に来た娘をいう。 唐の長安は当時世界最大の都市で、国際交流都市であった。そこには青い目の娘がいた。特にペルシャ系、トルコ系の美女が詩に登場している。雅楽に「甘州子」がある。中国の雅楽は,〈雅正の楽〉の意で俗楽に対立し,儒教の礼楽思想に基づいて成立,発展したために狭義には天地宗廟の祭祀楽を意味するが,広義には国家,宮廷の儀式や宴饗の楽も含める。狭義の雅楽は古来の雅楽器を用い,堂上登歌(どうじようとうか),堂下楽懸(どうかがくけん)の2種の楽を奏し,八佾(はちいつ)の舞を舞うという一定の形式を有する。

甘州(かんしゅう)は中国にかつて存在した州。現在の中華人民共和国甘粛省張掖市に比定される。南北朝時代には西魏により西涼州が設置され、553年(廃帝3年)に甘州と改称された。その後、隋代は、隋朝が成立すると当初は甘州が設置され27県を管轄した。607年(大業3年)には郡制施行に伴い武威郡と改称された。

 

顧夐

甘州子五首 其一

甘州子五首 其二

甘州子五首 其三

甘州子五首 其四

甘州子五首 其五

玉樓春四首其一

 

顧夐 甘州子五首 其一

一爐龍麝錦帷旁,屏掩映,燭熒煌。

禁樓刁斗喜初長,羅薦繡鴛鴦。

山枕上,私語口脂香。

 

甘州子五首 其二

每逢清夜與良晨,多悵望,足傷神。

雲迷水隔意中人,寂寞繡羅茵。

山枕上,幾點淚痕新。

 

甘州子五首 其三

曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。

綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。

山枕上,長是怯晨鐘。

 

甘州子五首 其四

露桃花裏小樓深,持玉盞,聽瑤琴。

醉歸青瑣入鴛衾,月色照衣襟。

山枕上,翠鈿鎮眉心。

 

甘州子五首 其五

紅鑪深夜醉調笙,敲拍處,玉纖輕。

小屏古畫岸低平,煙月滿閑庭。

山枕上,燈背臉波橫。

 

毛文錫《甘州遍二首其一》

3

5

3

 

4

4

7

3

3

 

32

6

5

 

 

3

5

3

 

4

5

 

31

 

63

❸⑤③44⑦3③/6⑤❸⑤③4⑤

 

春光好,公子愛閑遊,足風流。

春が来て日のひかりも快いものであり、ここでは、諸侯、貴公子は静かな風流の行楽の遊びを好んでいるようだし、そこでは風流に満足したようだ。

 

金鞍白馬,雕弓寶劍,紅纓錦襜出長鞦。

ここに集まっているのは、黄金でかざられた鞍をつけた白馬、彫刻で飾られた弓、宝飾の絵の剣べにいろのたずな錦の前掛け、馬の尾の下から後輪に三繫を付けて轅を固定している。

白馬 詩経「鴻雁の什、白駒」賢者を隠遁させないで引き留めるためにいろいろ試みるが山、谷のなかにさっていくものである、ということから帰ってゆく貴富、ここでは貴公子のことを言う。

 ① 冠の後ろに突き出ている巾子(こじ)の根もとをしめた紐(ひも)の余りを背に垂れ下げたもの。 ② 巾子の背面下部の付属具。骨を入れ薄絹に薄く漆をかける。形により,立纓(りゆうえい)・垂纓・巻纓・細纓などがある。① を装飾的に変化させたもの。 ③ 冠がぬげないように顎(あご)の下で結ぶ紐。

 馬に乗る時の前掛け。

 ① 馬具の一。馬の尾の下から後輪(しずわ)の鞖(しおで)につなぐ紐(ひも)。 → 三繫(さんがい) ② のち,頭・胸・尾にかける紐の総称。三繫。おしかけ。 ③ 牛馬の尻につけて,車の轅(ながえ)を固定させる紐。

 

 

花蔽膝,玉銜頭。

膝までを花で蔽っていて、頭から轡を銜える所にも飾り付けられている。

 

尋芳逐勝歡宴,絲竹不曾休。

芳しい女妓を訪ねて春景色を歓勝し、行楽の宴を遂行してきて、琴、瑟、管弦楽の演奏はやむことはない。

絲竹とは?歴史民俗用語。〔「糸竹(しちく)」の訓読み〕 ① 〔「糸」は琴・三味線などの弦楽器,「竹」は笛・笙(しよう)などの管楽器〕 和楽器の総称。管弦。 ② 音楽。音曲。

 

美人唱,揭調是《甘州》。醉紅樓。

宮女、官妓らはずっと歌いつづけ、雅楽「甘州子」は調子を揃えて詠われている。高楼全体で酒宴に酔うのである。

 

堯年舜日,樂聖永無憂。

古代賢君の堯と舜が施政した天下太平で国力も隆盛と「四時白紵歌」もうたわれて、このように聖天子のもとに音楽が演奏されれば長しえにこれから先のこと愁いなどすることはないのだ。

世の中が太平で国力も隆盛になることの比喩。 古代賢君の堯と舜が施政したよのなかをいう。南朝梁沈約《四時白紵歌春白紵》:佩服瑤草駐容色, 舜日堯年懽無極。” 明無名氏《鬧鍾馗》楔子

紅梅00
 

9-427《贊浦子一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-610-9-(427) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4597

(巫女のもとに高貴のお方が泣かなく訪れてくれない、同じ化身するなら、その方の佩び玉に化身できたらと詠う。)錦のとばりが垂れ、香りが広がるに伴って眠る。黄金の香炉には、夕方には新しい香と交換し燻らせている。

 
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9-427《贊浦子一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-610-9-(427)  五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4597

 

 

毛文錫(毛司徒文錫)    贊浦子一首

毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 

贊浦子

(巫女のもとに高貴のお方が泣かなく訪れてくれない、同じ化身するなら、その方の佩び玉に化身できたらと詠う。)

錦帳添香睡,金鑪換夕薰。

錦のとばりが垂れ、香りが広がるに伴って眠る。黄金の香炉には、夕方には新しい香と交換し燻らせている。

懶結芙蓉帶,慵拖翡翠裙。

その女は物憂げに芙蓉柄の帯を結んでいるし、翡翠の飾りのスカートをだるそうに引きずっている。

正是桃夭柳媚,那堪暮雨朝雲。

まさに、これは、この女妓の美しさを詩経に言う「桃のみずみずしいとき」であり、若々しい柳の葉の眉もくっきりとしている。それなのにどうして夕暮れに雨に化身しんしてまじわり、朝には雲となって別れて行くという、そんな生活に堪えている。

宋玉高唐意,裁瓊欲贈君。

宋玉の「高唐賦」に言う、雨となり雲となってまじわることを思い続けるけれど、それがかなわぬなら、瓊玉に化身し、佩び玉飾りに裁縫してあなたに贈ろうと思う。そうしたら別れなくてもずっと一緒に入れると思う。

 

贊浦子

錦帳 香を添えて睡り,金鑪 夕に換えて薰る。

芙蓉の帶を懶結し,翡翠の裙を慵拖す。

正に是れ 桃夭 柳媚なり,那んぞ 暮雨 朝雲に堪えん。

宋玉 高唐の意,瓊を裁し 君に贈らんと欲す。

 

 

『贊浦子』 現代語訳と訳註

(本文)

贊浦子

錦帳添香睡,金鑪換夕薰。

懶結芙蓉帶,慵拖翡翠裙。

正是桃夭柳媚,那堪暮雨朝雲。

宋玉高唐意,裁瓊欲贈君。

 

(下し文)

贊浦子

錦帳 香を添えて睡り,金鑪 夕に換えて薰る。

芙蓉の帶を懶結し,翡翠の裙を慵拖す。

正に是れ 桃夭 柳媚なり,那んぞ 暮雨 朝雲に堪えん。

宋玉 高唐の意,瓊を裁し 君に贈らんと欲す。

 

(現代語訳)

(巫女のもとに高貴のお方が泣かなく訪れてくれない、同じ化身するなら、その方の佩び玉に化身できたらと詠う。)

錦のとばりが垂れ、香りが広がるに伴って眠る。黄金の香炉には、夕方には新しい香と交換し燻らせている。

その女は物憂げに芙蓉柄の帯を結んでいるし、翡翠の飾りのスカートをだるそうに引きずっている。

まさに、これは、この女妓の美しさを詩経に言う「桃のみずみずしいとき」であり、若々しい柳の葉の眉もくっきりとしている。それなのにどうして夕暮れに雨に化身しんしてまじわり、朝には雲となって別れて行くという、そんな生活に堪えている。

宋玉の「高唐賦」に言う、雨となり雲となってまじわることを思い続けるけれど、それがかなわぬなら、瓊玉に化身し、佩び玉飾りに裁縫してあなたに贈ろうと思う。そうしたら別れなくてもずっと一緒に入れると思う。

泰山の夕日02
 

(訳注)

贊浦子

(巫女のもとに高貴のお方が泣かなく訪れてくれない、同じ化身するなら、その方の佩び玉に化身できたらと詠う。)

唐教坊曲名。別名《普子》。『花間集』には毛文錫一首のみ所収。双調四十二字、前段二十字四句二平韻、後段二十二字四句二平韻で、5⑤5⑤/6⑥5⑤の詞形をとる。

薰、裙、雲、君。

●●○○●  ○○●●△

●●○○●  ○△●●○

△●○△●●  △○●●○○

●●○○●  △○●●○

 

錦帳 添香睡,金鑪 換夕薰。

錦のとばりが垂れ、香りが広がるに伴って眠る。黄金の香炉には、夕方には新しい香と交換し燻らせている。

 

懶結芙蓉帶,慵拖翡翠裙。

その女は物憂げに芙蓉柄の帯を結んでいるし、翡翠の飾りのスカートをだるそうに引きずっている。

拖 ①(重いものを)ずるずる引っ張る,引きずる,引く.他拖着疲倦的身体回到家里。=彼は疲れた体を引きずって家まで。

 

正是桃夭柳媚,那堪暮雨朝雲。

まさに、これは、この女妓の美しさを詩経に言う「桃のみずみずしいとき」であり、若々しい柳の葉の眉もくっきりとしている。それなのにどうして夕暮れに雨に化身しんしてまじわり、朝には雲となって別れて行くという、そんな生活に堪えている。

桃夭 《「詩経」周南・桃夭から。嫁ぐ若い女性の美しさを桃のみずみずしさにたとえた語》女性の婚期。嫁入りどきをいう。

桃之夭夭、灼灼其華。之子于歸、宜其室家。

桃之夭夭、有粉其實。之子于歸、宜其家室。

桃の夭夭たる、灼灼たり其の華。この子ここに歸【とつ】がば、其の室家に宜しからん。

桃の夭夭たる、粉たり其の實。この子ここに歸がば、其の家室に宜しからん。

暮雨朝雲 宋玉高唐の賦に言う「朝雲」は、朝の雲。「暮雨」は、夕暮れの雨。男女の契りのたとえ。

 

宋玉高唐意,裁瓊欲贈君。

宋玉の「高唐賦」に言う、雨となり雲となってまじわることを思い続けるけれど、それがかなわぬなら、瓊玉に化身し、佩び玉飾りに裁縫してあなたに贈ろうと思う。そうしたら別れなくてもずっと一緒に入れると思う。

宋玉「高唐賦」 楚の懐王が高唐で遊んで^ .おをした時、夢の中に女が現れて王と情を交これは、『文選』のに見える話に由来している。「雲雨巫山」一巫山之夢」ともいう。

裁 ① 布を断ち切る。「裁断・裁縫」② 是非善悪を判断して決める。処理する。「裁定・裁判/決裁・親裁・制裁・総裁・仲裁・独裁」3 外見。「体裁」4 裁縫のこと。「

 ① たま。「瓊玉」② 玉のように美しい。「瓊筵(けいえん)・瓊姿」

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

・宋玉『高唐賦』「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。’旦朝視之,如言。故爲立廟,號曰朝雲。」

・謁 おまいりすること。

謁巫山廟 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-242-108-#98  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407
終南山01
 

9-426《接賢賓一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-609-9-(426) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4592

(春が訪れ、官妓たちの所に、高級官僚が来て宴を催すが、貴公子たちは、親の七光りのもと、女たちの心を傷つけて去ってゆくと詠う。)香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来ていた、春は、冬残った景色を初めてと化してくれるように、官妓たちの心も春の心に溶かしてくれる。

 

9-426《接賢賓一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-609-9-(426)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4592

 

 

接賢賓

(春が訪れ、官妓たちの所に、高級官僚が来て宴を催すが、貴公子たちは、親の七光りのもと、女たちの心を傷つけて去ってゆくと詠う。)

香韉鏤襜五花驄,春景初融。

香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来ていた、春は、冬残った景色を初めてと化してくれるように、官妓たちの心も春の心に溶かしてくれる。

流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。

 馬たちの体に玉のような汗が吹き出し未だ行き来していないのにもかかわらずである。やがて大宛国の駿馬は、珠のような汗をかき、それを流せば赤く染めて流れるのである。

少年公子能乘馭,金鑣玉轡瓏璁。

貴公子の若者たちは馬にまたがってやってくる。馬具は黄金で飾られた手綱留めや、宝飾の轡、宝飾の玉が鳴り響くのである。

為惜珊瑚鞭不下,驕生百步千蹤。

珊瑚の鞍に鞭を降ろしていないのが惜しいことであるが、富貴の者の生まれ持ったおごりは百歩も千歩もあし跡を思うままに着けていった。
信穿花,從拂柳,向九陌追風。

信頼を持っていた女の気持ち、花を穿つことになり、それは柳の枝を払うことであり、そこを通り過ぎて、都大路の九の通りに風は通り抜けてゆく。

接賢賓

香韉 鏤襜 五花の驄,春 景初めて融なり。

流珠 噴沫 躞蹀,汗血 流紅。

少年 公子 能く乘馭し,金鑣 玉轡 瓏璁。

惜む為す 珊瑚 鞭下らずを,生を驕す 百步 千蹤を。

信は花を穿ち,從て柳を拂い,九陌 追風に向う。

 

00長安城の図
 

『接賢賓』 現代語訳と訳註

(本文)

接賢賓

香韉鏤襜五花驄,春景初融。

流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。

少年公子能乘馭,金鑣玉轡瓏璁。

為惜珊瑚鞭不下,驕生百步千蹤。

信穿花,從拂柳,向九陌追風。

 

(下し文)

 

 

(現代語訳)

(春が訪れ、官妓たちの所に、高級官僚が来て宴を催すが、貴公子たちは、親の七光りのもと、女たちの心を傷つけて去ってゆくと詠う。)

香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来ていた、春は、冬残った景色を初めてと化してくれるように、官妓たちの心も春の心に溶かしてくれる。

馬たちの体に玉のような汗が吹き出し未だ行き来していないのにもかかわらずである。やがて大宛国の駿馬は、珠のような汗をかき、それを流せば赤く染めて流れるのである。

貴公子の若者たちは馬にまたがってやってくる。馬具は黄金で飾られた手綱留めや、宝飾の轡、宝飾の玉が鳴り響くのである。

珊瑚の鞍に鞭を降ろしていないのが惜しいことであるが、富貴の者の生まれ持ったおごりは百歩も千歩もあし跡を思うままに着けていった。
信頼を持っていた女の気持ち、花を穿つことになり、それは柳の枝を払うことであり、そこを通り過ぎて、都大路の九の通りに風は通り抜けてゆく。

 

 

(訳注)

接賢賓

(春が訪れ、官妓たちの所に、高級官僚が来て宴を催すが、貴公子たちは、親の七光りのもと、女たちの心を傷つけて去ってゆくと詠う。)

『花間集』には毛文錫一首のみ所収。双調六十二字、前段二十二字四句三平韻一仄韻、後段三十七字七句三平韻一仄韻で、⑦⑤❻④/7⑥7⑥3❸⑤ の詞形をとる。

○○△△●○  ●○●○

○○△●●   △●○

●○○●△△➐  ○○●●○

○●○○○△➐  ○△●●○

△△○  △● ●△●○

海棠花021
 

香韉鏤襜五花驄,春景初融。

香をいっぱいにしみ込ませた下鞍を付け、奇麗な房の前掛けを付けた五頭立てのあし毛の馬の車でやって来ていた、春は、冬残った景色を初めてと化してくれるように、官妓たちの心も春の心に溶かしてくれる。

 したぐら【下鞍・韉】. 馬具の一。和式の鞍で,鞍橋(くらぼね)の下に敷いて,馬の背を保護するもの。普通二枚を重ねて用い,上を切付(きつつけ),下を膚付(はだつけ)と称する。中世以後は,全体を切付と称することがある。(

鏤襜 〔襜褕〕古代一种短的便衣。まえかけ

五花驄 ()とは。意味や日本語訳。あし毛の馬。五花驄馬七香車,云是平陽帝子家。

 

流珠噴沫躞蹀,汗血流紅。

馬たちの体に玉のような汗が吹き出し未だ行き来していないのにもかかわらずである。やがて大宛国の駿馬、汗血馬は、珠のような汗をかき、それを流せば赤く染めて流れるのである。

躞蹀 ①小股に歩く.②行き来する.

汗血馬【かんけつば】  西域(中央アジア)地方に産した名馬の一種。1日に千里を走り,疾駆すると血のような汗を流すので,この名がつけられたという。前漢の武帝のとき,張騫(ちようけん)の遠征によって西域に名馬のいることが中国に知られるようになった。中国では古来名馬を天馬と称しているが,《史記》の大宛列伝によると,〈はじめ烏孫の馬を天馬と名づけたが,大宛の汗血馬を得てみるといっそうたくましく,そこで大宛の馬を天馬と称し,烏孫の馬を西極(せいきよく)と改めた〉と記されている。

 

少年公子能乘馭,金鑣玉轡瓏璁。

貴公子の若者たちは馬にまたがってやってくる。馬具は黄金で飾られた手綱留めや、宝飾の轡、宝飾の玉が鳴り響くのである。

金鑣 轡・鑣・銜〔口輪の意〕① 馬に手綱(たづな)をつけるため,馬の口にくわえさせる金具。くつばみ。くくみ。 -を取る」② 家紋の一。① にかたどったもの。丸の中に十字形のあるものと,杏葉(ぎようよう)形のものとある。 遊女のいる家。また,遊女屋の主人。くつわ屋。

瓏璁 玉と玉の鳴る音の意とで、. 明朗に鳴る音の意。 【意味】明るく朗らかなさま。 明朗な気質を現すもの。 音色が美しく清らかなさま。 美しく清廉なさま。

 

 

為惜珊瑚鞭不下,驕生百步千蹤。

珊瑚の鞍に鞭を降ろしていないのが惜しいことであるが、富貴の者の生まれ持ったおごりは百歩も千歩もあし跡を思うままに着けていった。

驕生 富貴の者の生まれ持ったおごり。

【しょう】[音]ショウ(漢)[訓]あと足あと。「蹤跡/先蹤・追蹤」 -

 

信穿花,從拂柳,向九陌追風。

信頼を持っていた女の気持ち、花を穿つことになり、それは柳の枝を払うことであり、そこを通り過ぎて、都大路の九の通りに風は通り抜けてゆく。

白居易《夜歸》

半醉閑行湖岸東,馬鞭敲鐙轡瓏璁。萬株松樹青山上,十裏沙堤明月中。

樓角漸移當路影,潮頭欲過滿江風。歸來未放笙歌散,畫戟門開蠟燭紅。

毛文錫《贊成功》

海棠未坼,萬點深紅,香包緘結一重重。

似含羞態,邀勒春風。

蜂來蝶去,任遶芳叢。

昨夜微雨,飄灑庭中。

忽聞聲滴井邊桐,美人驚起,坐聽晨鐘。

快教折取,戴玉瓏璁。

(贊成功)

海棠 未だ坼【ひら】かず,萬點 深紅なり,香包 緘結【かんけつ】して 一重重。

羞態を含みて似,春風に勒を邀う。

蜂來りて 蝶去り,芳叢に遶るを任す。

昨夜 微雨あり,庭中飄灑【ひょうれい】す。

忽ち聞く 井邊の桐に滴す聲を,美人 驚起し,坐して聽く 晨鐘【しんしょう】を。

快く教し 折り取る,玉を戴き 瓏璁【ろうそう】す。

花蕊夫人006
 

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