玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

2014年08月

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
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15-456《漁歌子一首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-639-15-(456) 19漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4742

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)妓女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

 
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花間集 教坊曲『漁歌子』八首

 

 

作者



初句7字

 

 

(顧太尉

巻七

漁歌子一首

曉風清,幽沼綠,

 

 

孫少監光憲

巻八

漁歌二首其一

草芊芊,波漾漾,

 

 

巻八

漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,

 

 

魏太尉承班

巻九

漁歌子一首

柳如眉,雲似髮。

 

 

李秀才珣

巻十

漁歌子四首其一

草芊芊,花簇簇,

 

 

巻十

漁歌子四首其二

荻花秋,瀟湘夜,

 

 

巻十

漁歌子四首其三

柳垂絲,花滿樹,

 

 

巻十

漁歌子四首其四

九疑山,三湘水,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漁歌子

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

妓女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

少年郎,容易別,一去音書斷

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

 

(漁歌子)

柳 眉の如く,雲 髮に似て。蛟の綃 霧の縠 籠の香雪たり。

夢魂 驚き,鐘漏 歇み,外には 曉鶯 殘月あり。

幾多の情,無處の,花落ち 絮飛ぶ 清明節。

少年の郎,別を容易とし,一たび去れば 音書 斷

大毛蓼003
 

 

『漁歌子』 現代語訳と訳註

(本文)

漁歌子

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

少年郎,容易別,一去音書斷

 

(下し文)

(漁歌子)

柳 眉の如く,雲 髮に似て。蛟の綃 霧の縠 籠の香雪たり。

夢魂 驚き,鐘漏 歇み,外には 曉鶯 殘月あり。

幾多の情,無處の,花落ち 絮飛ぶ 清明節。

少年の郎,別を容易とし,一たび去れば 音書 斷

 

(現代語訳)

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

妓女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

 

曉鶯001
 

(訳注)

漁歌子

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首、魏承班の詩は一首のみ所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

柳如眉 雲似髮 蛟綃霧縠籠香

夢魂驚 鐘漏歇  外曉鶯
幾多情 無處 落花飛絮清明

少年郎 容易  一去音書斷

●△○  ○●● ○○△●△○●

△○○ ○●●  ?●●○○●

△○○  ○●● ●○○●○○●

●○○ ○●●  ●●○○●●

 

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

巫女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

縠 からみ織りの一種。粟粒のような点で文様を表す。薄くて透けた夏用の布。こめ。宋玉《神女賦》 宜高殿以廣意兮,翼放縱而綽寬。動霧縠以徐步兮、拂墀聲之珊珊。

 

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

 ](1) 休息する歇一会儿ひと息入れる.(2) 停止する,中止する.(3) 《方》寝る,眠る.《方》短い時間,しばらくの間一歇ごく短い時間.歇班 xiēbān[](~儿)仕事が休みになる,非番になる.

 

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

清明節 清明節は農暦(旧暦)の24節気の一つ。春風が吹き、暖かくなると、空気は新鮮で爽やかになり、天地は明るく、清らかになる。このため「清明」と呼ばれる。しかし、この時節は、雨が次第に多くなる。親に仕える道を重視する中国人は、「生者に仕える如く死者にも仕える」という考え方から出発し、墓を先祖が地下に住んでいる場所と見なし、雨季が到来する前の清明の季節にはまず、風雨に一年間さらされてきた墓を修復、整理し、草を刈り、土を盛らなければならない。そして供物を並べて礼拝し、先祖にご加護と平安を祈るのだ。

妓女からすれば、清明節の時には、故郷の墓を祀るために、あの人はいるものだということをいい。この日は自分の所に来てくれるということをあらわしている。

 

少年郎,容易別,一去音書斷

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思ってたとおりであった。

少年郎 貴公子の遊び人。

春爛漫の美女007
 

漁歌子二首其二

 

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

 

孫光憲《漁歌子二首》

漁歌子二首其一

(劉郎のように家に帰らなくなった男が、漁師の歌う舟歌を聞きながら、次の港の女のもとにむかう)

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。       

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。          

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。       

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。    

●△○  ○●● ○○△●△○●

△○○ ○●●  ?●●○○●

△○○  ○●● ●○○●○○●

●○○ ○●●  ●●○○●●

柳如眉  雲似髮 蛟綃霧縠籠香

夢魂驚 鐘漏  外曉鶯
幾多情  無處 落花飛絮清明

少年郎 容易  一去音書斷

 

漁歌子二首其二

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。    

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。              

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。 

●○○  ○●●

●△●△○○●  △●●

●△△  ●△○○○●

●△○  ○●●

●○●●○○●  △●●

△○○  ●●○○●●

泛流螢  明又滅 夜涼水冷東灣

風浩浩 笛寥寥  萬頃金波澄
杜若洲 香郁烈 一聲宿鴈霜時

經霅水 過松江  盡屬濃家日

15-455《黃鐘樂一首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-638-15-(455) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4737

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

 
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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長安の妓女

 

ここでは主に長安の平鹿里や、その他の街坊に集中して住んでいた一般の娼妓について述べたい。先に述べた皇室専属の教坊妓はこの中には含まない。長安の官妓は、上に述べた地方の官妓とは多くの違いがあるように思う。唐後期の孫薬が長安の妓女について専門に記した『北里志』と、その他こまごまとした史料からみると、長安の妓女も官府に属し、官府の御用に応じなければならなかったが、しかし官奴婦としての色合いはそれほど強くはなかった。官府の彼女たちに対する支配は比較的ゆるやかで、彼女たちも自分がどの長官の管理下にあるかもよく知らず、身分の束縛もあまりなく、地位も少しばかり高かった。また、彼女たちは官府から衣食を支給されておらず、自分で商売を営んでおり、後世の娼妓とほとんど変りなかった。これはたぶん、長安などの大都市が各界の人士、とりわけ天下の才子である進士たちが遊ぶ有名な場所であり、朝廷の支持と容認の下、妓楼で遊ぶ風潮がたいそう盛んであったため、長安などの妓女たちを官府が独占的に支配することはもはやきわめて難しく、しだいに社会全体に開放されていったからであろう。こうした情況は、およそ唐の中後期に向うに従って次第に発展していった。しかし、地方官妓は唐の後期になると藩鋲が巨大な権力を持ったため、なおいっそう地方官、とりわけ渚鋲の独占支配を受けることとなった。長安の妓女たちの生活情況は、唐代の官妓がしだいに自由業の娼妓に変化してゆく過程をよく反映している。

長安の妓女は「楽営」には属さず、孫柴の『北里志』序の言葉をかりると、「京中の飲妓、籍は教坊に属す」というように、籍は教坊にあった。先に述べたように、玄宗時代に教坊が設立されたのは、もともと天下の芸人を集めて訓練を行い、専ら宮廷の御用に供するためであったが、『北里志』がいう「京中の飲妓」とは明らかに宮廷に奉仕する芸人ではなく、民間で営業する娼妓であり、彼女たちも教坊には住まず、平鹿里やその他の里坊に住んでいたのである。これでは「京中の飲妓、籍は教坊に属す」という記述と矛盾する。いったいどうしたことだろうか。筆者が推測するに、こ

れはたぶん教坊制度の変化と関係があるように思う。玄宗以後、教坊はしだいに衰退していったが、

後の時代になっても教坊は依然としてたびたび芸妓を選抜して朝廷の御用に供していた。しかしふだんは彼女たち全部を教坊の中に住まわせることができなくなり、ただ若干の名妓だけを選んで教坊籍に入れ、いつでも宮廷の御用に派遣できるようにしていた。大半の妓女は普通はもといた置家とか、自宅に住んで、前と同じく自由営業の娼妓生活を送っていた。自居易の 「琵琶行」 に、「自ら言う 本これ京城の女、家は蝦焼陵(長安の東部、音楽坊にあった街区名)下に在りて住む。十三にして琵琶を学び得て成り、名は教坊第一部に属す。……五陵(漢の五帝陵が並び長安の上流階級が多く住んでいた地域)の年少、争って纏頭し(祝儀を出す)、一曲に紅補数を知らず」とある。この教坊籍に名を列した琵琶妓は教坊に住んではおらず、一般社会で芸を売り身を売って生活していたのである。

 

長安の娼妓は、名儀上でも決してすべてが教坊に属していたのではない。『北里志』の「楊妙児」なる一節に記載されている妓女の王福娘は、人に身請けされることを願い、「私は幸いに教坊籍に入っていません。あなたにもし結婚の意志があるなら一、二百金のみですみます」といった。どうやら、教坊籍に入っていれば「官身」となり勝手に請け出されることはできないが、教坊籍に入っていないものは金を出し身請けする人がいればいつでも落籍できたようである。しかし、教坊籍に入っていない妓女も、やはり完全に官妓身分から脱していたというわけではなかった。「楊妙児」の一節によると、妓女たちがたとえ客から「買断」(特定の客が囲い独占すること)されても、いぜんとして彼女は「官使を免れず」、つまりこれまで通り官府への奉仕を免れることができなかったようである。また同書には、「およそ中央官僚の集まりや宴会には、役所から妓女を借り出す許可状をもらわねばならず、そうやって始めて彼女たちは他処に出ることができた」(『北里志』序)とある。

 

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

 

長安の妓女の大多数は平康里に住んでいた。「長安に平鹿坊という所があって、妓女の居住地である。京都の侠少(遊侠の若者)は此に草集る。……当時の人々はこの坊を風流薮沢(歓楽街)と呼んだ」(『開元天宝遺事』巻上)。『北里志』の記載によると、平康里の街区は三曲に分れ、名妓は多く南曲、あるいは中曲に住み、北曲に住むものの大多数は無名の「卑屑」(醜くて卑しい)の小妓であった。この三曲に住む妓女の生活に旦口同低貧富の差があった。南曲、中曲はおおむね堂院は広く静かで、院内には花が植えられ池もあり、室内の設備は快適で、華美にすぎるものさえあったが、下層の妓女の住まいは粗末なものであった。劉泰娘は北曲の小さな家の娘であったから、他の妓女たちと宴席に向う時、あなたは何処にお住まいですかと聞かれると、言葉をにごして、門前に一本の木がありますわ、などと言うだけであった。どの曲内に住んでいるかが、その妓女の身価に大きな関係があったようである。それ以外にも平鹿里に住まない妓女がおり、その他の街坊にそれぞれ分散して住んでいた。

 

妓女たちは皆それぞれ一派を立て、家を単位に独立して営業していた。彼女たちのあるものは家族と一緒に住んでいたが、多くは家の暮らしが立たないので、妓女として生きざるをえなかったのである。たとえば、唐代の小説『霞小玉伝』(蒋防作)の主人公霞小玉は、もともと霞王の娘であったが、母親が霞王の婦女であったから、後に母娘ともども追い出されてしまった。やむなく小玉は妓女となり母と一緒にくらした。また、「琵琶行」 に出てくる琵琶妓は、「弟は走って軍に従い阿頻は死す」といっているので、家族と一緒に住んでいたことがわかる。これらの妓女の大半は虐待を受けず、境遇はいくらかマシだった。しかし、その他多くの妓女は家族はおらず、「仮母」 に買われ養女にされたものであった。仮母とは後世いうところの「鴇母」(やりて婆)と同じであり、みな年増の妓女がなった。仮母に夫や家族はなく、しかし容色はまだ全く衰えたというわけではなかったので、大半が王侯貴族の邸宅を警護する武官の囲われ者であった。また、ある者はこっそりと夜伽をする男を囲っていたが、夫と言えるような代物ではなかった。平鹿里の置屋の大部分は仮母が何人かの妓女をかかえで営業していた。たとえば楊妙児の置屋を例にとれば、彼女はもともと名妓であったが、のちに仮母となり、莱児、永児、迎児、桂児の四人の養女をひきとって育てた。その他の置屋もほぼ同じょうなものであった。これらの妓女はみな生活はたいへん苦しく、大部分が「田舎の貧家」 から買われてきた幼女であり、仮母の姓を名のった。ある者は自分の実の父母さえ全く知らなかった。またある者は、人に騙されて売られて、この世界に堕ちたのであった。「ある良家の娘は、自分の家の嫁にするといって連れて行かれたが、他に多額の謝礼で転売され、誤ってこの苦界に堕ち、脱出することができなかった」(『北里志』「海論三曲中事」)。たとえば、王福娘は解梁(山西省臨晋県)の人であったが、嫁にやると騙されて都に連れて行かれ、色町に売られてしまった。しかし彼女は何も真相を知らないでいた。後に置屋は彼女に歌を習わせ客を取らせた。一人のか弱い女が行き場を失えば、他人の言いなりになるしかなかった。この間、家の兄弟が捜し出して奪い返そうとした。しかし彼女は、自分はすでに操を失った身であり、また兄弟には何の力もないことを考えると、望みを絶って兄弟に手を引かせるしか方法がなく、家族と泣き泣き永別したのであった。唐代の社会は良民と膿民の区別が明確であり、いったん娼妓の世界に転落すれば、身を脱することが困難であったばかりか、肉親と行き来して顔を合わせることさえきわめて難しかった。

 

妓女は買われてくると、歌舞や酒席での遊戯などを習い、少しでも怠けると仮母に激しく鞭打たれたり殴られたりし、成人に達すると客を取り銭を稼がされた。彼女たちは行動の自由がなく、平生は勝手に門を出ることもできなかった。平康里の妓女は僧が道でお経を講ずるのを最も待ち望んだ。僧が来ると、仮母に千文納めて機を見て外出し、半日間自由の空気を吸うことができたからである。

 

妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平鹿里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 

 

黃鐘樂

(蜀の年を重ねた官妓の恨みと愁いを詠う。)

池塘煙暖草萋萋。

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

又春が来たって、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

 

黃鐘樂

池塘 煙暖して 草萋萋たり。

惆悵として閑宵たり,恨を含み愁坐し,思う 迷うことに堪えるを。

遙かに想う 玉人 情事 遠く,音容 渾似し 桃溪に隔つ。

偏記 同歡 秋月低,簾外 論心,花畔 和醉,暗相攜。

何事ぞ 春來って 君見ず,夢魂 長えに 錦江の西に在る。

 

成都市地図0010
 

『黃鐘樂』 現代語訳と訳註

(本文)

黃鐘樂

池塘煙暖草萋萋。

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

 

(下し文)

黃鐘樂

池塘 煙暖して 草萋萋たり。

惆悵として閑宵たり,恨を含み愁坐し,思う 迷うことに堪えるを。

遙かに想う 玉人 情事 遠く,音容 渾似し 桃溪に隔つ。

偏記 同歡 秋月低,簾外 論心,花畔 和醉,暗相攜。

何事ぞ 春來って 君見ず,夢魂 長えに 錦江の西に在る。

成都561
 

(現代語訳)

(蜀の年を重ねた官妓の恨みと愁いを詠う。)

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

又春が来たって、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

 成都関連地図 00

(訳注)

黃鐘樂

(蜀の年を重ねた官妓の恨みと愁いを詠う。)

若く溌剌としているころは、いろんな客接待するより「買斷」で他の客をとらなくても良い方がよかったけれど、歳を重ねた官妓には人と接する機会がなく辛く淋しい日を過さなければならない。

『花間集』には教坊曲『黃鐘樂』は一首、魏承斑の作が収められている。双調ご六十四字、前段三十二字六句三そく平韻、後段三十二字六句四平韻で、⑦+4+4++7+⑦/⑦+4+++7+⑦ の詞形をとる。

池塘煙暖草萋  

惆悵閑宵 含恨愁坐  思堪
遙想玉人情事遠  音容渾似隔桃
偏記同歡秋月  簾外論心 花畔和 暗相
何事春來君不見  夢魂長在錦江西

○○○●●○○ 

○●○○ ○●○●  △○○

○●●○○●●  ○○△●●○○

△●○○○●○  ○●△○ ○●△●  ●△○

△●○△○△●  △○△●●○○

 

池塘煙暖草萋萋。

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

池塘のこの句は春に変わりゆく有様をいう場で、有名な謝靈運の《登池上樓》の次の句に基づくものである。「池塘生春草,園柳變鳴禽。」(池の塘【つつみ】は春の草生じ、園の柳に鳴く禽【とり】も変りぬ。)池の堤防にびっしり春の草が生えている、庭園の柳の梢に鳴いている小鳥たちも冬のものと違って聞こえてくる。

登池上樓 #2 謝靈運<25>#2  詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005

 

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

惆悵 恨み嘆くこと。恨み嘆くさま。

 

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

桃溪 行楽をした浣花渓。

 

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

年を重ねてくると「買斷」の身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

偏記 偏った記録。

 

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

又春が来たって、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

錦江西 薛濤の所縁の地と考えれば、詩の味わいが深まる。薛濤の墓、望江樓は錦江のにしであり、成都の西には琴台、百花潭、浣花渓がある。
紅梅00
 

15-454《生查子二首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-637-15-(454) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4732

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

 
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魏承班 生子二首

 

子二首 其一

(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

煙雨晚晴天,零落花無語。

少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。

難話此時心,梁鷰雙來去。

この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。

 

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

子二首 其二

(宮女が毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

いろどられた高楼の奥座敷には訪れる人も誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。

看看又春來,還是長蕭索。

春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

 

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

大毛蓼003
 

 

『生子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

看看又春來,還是長蕭索。

 

(下し文)

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

 

(現代語訳)

(宮女が毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

いろどられた高楼の奥座敷には訪れる人も誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。

春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

 芍薬001

 

(訳注)

子二首 其二

(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)その二

『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。

寂寞畫堂空  深夜垂羅
燈暗錦屏欹  月冷珠簾
愁恨夢應成  何處貪歡
看看又春來  還是長蕭

●●●○△  △●○○●

○●●△○  ●△○○●

○●△△○  △●○○●

△△●○△  ○●△○●

 

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

いろどられた高楼の奥座敷には訪れる人も誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。「人居を遠く離れた―たる別世界にも」〈柳田・山の人生〉2 心が満たされずにもの寂しいさま。

 

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

 

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。

 

看看又春來,還是長蕭索。

春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。
十三夜月
 

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(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

 
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15-453《生子二首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-636-15-(453)  巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4727

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『生子』七首

 

 

作者



初句7字

 

 

張舍人泌

巻四

子一首

相見稀,喜見相見

 

 

牛學士希濟

巻四

子一首

春山煙欲收,天澹

 

 

孫少監光憲

巻八

子三首其一

寂寞掩朱門,正是天

 

 

巻八

子三首其二

暖日策花驄,嚲鞚垂

 

 

巻八

子三首其三

金井墮高梧,玉殿籠

 

 

魏太尉承班

巻九

子二首其一

煙雨晚晴天,零落花

 

 

巻九

子二首其二

寂寞畫堂空,深夜垂

 

 

 

 

 

 

 

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。

「楽戸」とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

元々官女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。玄宗の時代から太常寺にはもはや女妓はいなくなり、すべて教坊の所属になった

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。

 

「梨園」、「宜春院」玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

 

 

魏承班 生子二首

 

子二首 其一

(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

煙雨晚晴天,零落花無語。

少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。

難話此時心,梁鷰雙來去。

この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。

 

子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

看看又春來,還是長蕭索。

 

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

kairo10681
 

 

『生子二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

子二首 其一

煙雨晚晴天,零落花無語。

難話此時心,梁鷰雙來去。

琴韻對薰風,有恨和情撫。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

 

 

(下し文)

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

(現代語訳)

(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。

この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。 

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。

楊貴妃清華池002
 

(訳注)

子二首 其一

(琴を奏でる教坊の宮女・妓優が懸命に自分の持っている芸は、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。

煙雨晚晴天  零落花無
難話此時心  梁鷰雙來
琴韻對薰風  有恨和情
腸斷斷絃頻  淚滴黃金

○●●○○  △●○○●

△●●○○  ○●○△●

○●●△△  ●●△○●

○●●△○  ●●○○●

 

煙雨晚晴天,零落花無語。

少し前だと煙雨のようにあいしてくれた夕暮れに晴れに変わるように心も変わってしまった、散り落つ花のように妓優にとって年を重ねるということは声もかけてはもらえぬということなのだ。

○煙雨 雲雨というのは宋玉《高唐賦》の巫山の巫女の事(情交)であるが、宮女、教坊の妓優の場合には、煙雨となる。夕方から庭園で宴席が開かれることである。

○零落 宮女・妓優にとって若くないことを意味する。

 

難話此時心,梁鷰雙來去。

この宮女や妓優の話というのは難しいもので、歳を重ねればだれもがその心のうちを言いがたいのである、でも春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく。 

 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、どんなに恨み心を持っていても妓優の芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

○薫風 初夏の青葉風。

〇着恨和情撫 恨みと思いを込めて奏でる。ここでは恨みや愁いを発散させるべく琴の音に託して奏でることを言う。和:調和させる。撫:奏でる。教坊の曲の女妓は、自分の持っている芸でしか表現することが出来ない。好きである場合も、嫌いであろうと、恨んでいても発言する場はなく、琴を演奏する女妓は琴を弾いて気を引くことしかない。

 

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど琴の演奏してもとどかない、年増の妓優は涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。

○腸斷斷絃 身も心も通い合わないでいることは琴絃が切れても切れても演奏し続けても相手の心に響かない。

○金縷 衣服に施された金糸の刺繍を指す。花蕊夫人006

15-452《訴衷情五首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-635-15-(452) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4722

その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。

 
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15-451《訴衷情五首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-634-15-(451) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4717

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

 
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69 《上李邕》Index-3Ⅰ- 2-720年開元八年20歳から23歳 成都・峨嵋山に遊ぶ <69> Ⅰ李白詩1233 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4713 
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436-#4 《孟生詩【孟先生詩】》韓愈(韓退之)ID <1146> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4714韓愈詩-436-#4 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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15-451《訴衷情五首》魏承班唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-634-15-(451)  巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4717

 

 

皇后、宮女などについて―――「内職」制度、「内官」制度 ―――

(1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。


(2)
 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。

 

(3) 后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。后妃たちの生活は優閑かつ安逸なもので、終日飽食し何もしないで遊びくらした。もちろん、時には彼女たちも形ばかりの仕事をしなければならなかった。たとえば恒例となっている皇后の養蚕の儀式や六宮(皇后の宮殿)での繭を献ずる儀式を主催し参加すること - これは天下の婦女に率先して養蚕事業の範を示すことを意味していた。

 

(4) 形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嫁妃は毎年春になると宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟻蝉を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺草』巻上)。これらが彼女たちの優閑無柳の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

(5) 富貴、栄達、優閑、快適 - 彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

 

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されたものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはないということだ。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれたたちのぼってねやにすいへいにひろがっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が肌経ってしまった。

 

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。
 

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

 

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

十三夜月

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。

夢成幾度遶天涯,到君家。

 

 

(下し文)

(訴衷情五首其の四)

金風 輕く碧紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。

倚りて枕臥し,恨みは何ず,山にして小屏に霞を掩う。

雲雨 娃も別る,想うに容華なり。

夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。

 

DCF00212
 

(現代語訳)

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

 

(訳注)

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

金風輕透碧  銀釭焰影
倚枕臥 恨何  山掩小屏
雲雨別  想容
夢成幾度遶天涯  到君

○△△●●?○  ○○●●○

△△● ●△○  ○●●△○

○●●○○  ●○△

△○△●●○○  ●○○

 

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

 【かりも】. 車軸による磨滅を防ぐために車の轂(こしき)の中にはめる鉄管。かりもの形をした燭台。

 

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みは何と緩やかなものであり、宮女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

倚枕臥 屏風に倚りかかり、寝牀に横になる、ここは時間の経過をいう。

恨何 恨みは何と緩やかなものであり、ここの女性は、恨んだり、嫉妬することは許されない。

山掩小屏霞 ここの山は女性が横たわって動かないでいること、しかし寵愛を受けていた時と同じように身支度、準備等をしていることをいう。

 

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

雲雨 ① 雲と雨。 〔三国志 呉書周瑜伝〕 (雲や雨を得て竜が昇天するように)大事をなす機会。 朝雲暮雨(ちよううんぼう) 」に同じ。雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝、巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

これまでの李商隠の雨を主題にした詩
7
 無題(颯颯東風細雨來)
8
 無題 (昨夜星辰昨夜風)
53
 夜雨寄北
71
 風雨
76 細雨(帷飄白玉堂) 李商隠特集
77 春雨 李商隠特集
78細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠
79七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作

など
雨を主題とした詠物詩。この詩には「雨」の語を出さず、比喩を連ね、比喩から連想されるイメージを繰り広げる手法がとられている。

 

娃:娃本名孟姚,戰國時代趙國國君趙武靈王の妃子。 ①美しい。女性の姿がすっきりと際立ってよいさま。(=佳) ②美人。 ③赤ん坊。

恵文王(けいぶんおう、 紀元前310 - 紀元前266年)は、中国戦国時代の趙国の第7代の君主(在位:紀元前298 - 紀元前266年)。趙で最初に王号を称した。姓は嬴、氏は趙、諱は何。武霊王の子(武霊王の王号は追号)、弟に平原君がいる。

 

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

天涯 1 空のはて。「彗星が―から来って」〈魯庵・社会百面相〉2 故郷を遠く離れた地。

/繞 1 まとう。まつわる。「纏 (てんじょう)2 めぐる。
kairo10681
 

15-450《訴衷情五首》魏承班Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-633-15-(450) 巻九漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4712

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

 
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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花間集 教坊曲『訴衷情』 十三首

 

 

作者



初句7字

 

 

溫庭筠

(溫助教庭筠)

巻一

訴衷情一首

鶯語花舞春晝午

 

 

韋莊(韋相莊)

巻二

訴衷情二首 其一

燭燼香殘簾半卷

 

 

巻二

訴衷情二首 其二

碧沼紅芳煙雨靜

 

 

毛文錫

(毛司徒文錫)

巻五

訴衷情二首其一

桃花流水漾縱橫

 

 

巻五

訴衷情二首其二

鴛鴦交頸繡衣輕

 

 


(顧太尉

巻七

訴衷情二首 其一

香滅簾垂春漏永

 

 

巻七

訴衷情二首 其二

永夜人何處去

 

 

魏承班

(魏太尉承班)

巻九

訴衷情五首 其一

高歌宴罷月初盈

 

 

巻九

訴衷情五首 其二

春深花簇小樓臺

 

 

巻九

訴衷情五首 其三

銀漢雲晴玉漏長

 

 

巻九

訴衷情五首 其四

金風輕透碧

 

 

巻九

訴衷情五首 其五

春情滿眼臉紅綃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

 

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されたものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはないということだ。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれたたちのぼってねやにすいへいにひろがっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が肌経ってしまった。

 

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。

夢成幾度遶天涯,到君家。

 

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

銀河002
 

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

 

(下し文)

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

(現代語訳)

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

 十三夜月

(訳注)

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

銀漢雲晴玉漏  蛩聲悄畫
筠簟冷 碧牎  
皓月瀉寒  割人
那堪獨自步池  對鴛

○●○○●●△  ○○●●○

○●△ ●○△  ○●●○○

●●●○△  ●○○

△○●●●○○  ●○○

 

金燈花02
 

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の奥座敷にはとどかない。

銀漢 天の川。銀河。天漢。《季 秋》

玉漏 古代時計的美称。

蛩聲 .蟋蟀的

 失敗や失望でがっかりして、元気がなくなる。

 

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

:竹(の青い皮):細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ。夏の敷物。《季 夏》

 てんまど。

 蝋燭の俗字。

 

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

皓月 明るく照り輝く月。明月。

瀉 瀉の用語解説 - [音]シャ(呉)(漢) [訓]そそぐ1 流れそそぐ。「瀉出/一瀉千里」2 からだの外に流し出す。「瀉下・瀉血・瀉剤・瀉痢/水瀉・吐瀉」[難読]沢瀉(おもだか)

 

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせに、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。
鸂鶒けいせき001
 

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『花間集』 このブログで花間集全詩、訳注解説します。(7)魏承班十五首 鹿虔扆六首 閻選八首 尹鶚六首

 

 

ID


作品名

作者

 

 

■ 魏太尉承班(魏承班【ぎしょうはん】)十五首

 

 

 

1

八巻

菩薩蠻二首其一

魏承班

 

 

2

八巻

菩薩蠻二首其二

魏承班

 

 

3

九巻

滿宮花一首

魏承班

 

 

4

九巻

木蘭花一首

魏承班

 

 

5

九巻

玉樓春二首,其一

魏承班

 

 

6

九巻

玉樓春二首,其二

魏承班

 

 

7

九巻

訴衷情五首,其一

魏承班

 

 

8

九巻

訴衷情五首,其二

魏承班

 

 

9

九巻

訴衷情五首,其三

魏承班

 

 

10

九巻

訴衷情五首,其四

魏承班

 

 

11

九巻

訴衷情五首,其五

魏承班

 

 

12

九巻

子二首,其一

魏承班

 

 

13

九巻

子二首,其二

魏承班

 

 

14

九巻

黃鐘樂一首,

魏承班

 

 

15

九巻

漁歌子一首

魏承班

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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