李珣《臨江仙二首,其二》十巻 (あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)
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《臨江仙二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-700-20-(517) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5047
李珣(生卒年未詳)字は徳潤し先祖は波期の人唐敬宗朝(825-826)に官室を建築する沈香木用材を献上した波斯の商人に李蘇抄というものがあり、その子孫に李玽と玽の兄の畡があった。兄の畡は小字を李四郎といい、字は廷儀という。唐僖宗に従って蜀に入って(中和元年881年)率府率となったという。李珣の妹の李舜絃も前蜀王衍の九嬪の昭儀(妃嬪・女官の名称)となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。李珣は蜀の秀才(科挙の名称)となり、花間集にも李秀才とあるが、そののちの官途についてはよくわからない。小詞に工なことで蜀の後主の宮廷に仕えていた。梓州(四川省三台県)の人という。前蜀が亡んでからは出仕せず、感慨を詞に寄せたという。かれの詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。北宋人の体格を開いたといわれているように、五代詞特有の濃艶さが洗い浄められてしかものちの艶約とよばれる詞の美しきがただよっているところに、又、別の新鮮な風味を備えている。集に瓊瑶集があったというが今伝わらず、輯本の詞集があるだけである。別に海藻本草という著述があり、医学にも通じていたことが知られる。
臨江仙二首
臨江仙二首其一
簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。
芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。
不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。
幾迴偷看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。
(寵愛を失った妃嬪が仙郷を模した離宮の中で一人さびしく、池のほとりを散策し、硯を出して手紙を書こうとするがそれは許されないことであると詠う。)
簾を巻き上げるとあのお方と過ごした、池の中央にある小高い丘に上に立つ小高樓が見える。しばらくして、そよ風に任せてゆったりと歩いてみる。
菱と蓮に経糸のような雨がふりそそぐ半ば凋み枯れてまばらになった派の上に落ちる。柳の枝はたれて、つつみを拂うほど茂っている、もう少しで夕日が暮れて行こうというのに秋蝉がうるさく鳴いている。(それなのに自分の心は静かなものだ。)
誰と話すわけでもなく、結い上げた髷を俯き加減で、しずかに物思いにふける。夕日に輝く簪が斜めに落ち掛けていて、雙魚の硯を出してくる。
今までもらったあの方からの手紙を出して返詩を書こうと読み返してみるけれど、愛情を受けることから離れ、別れたことは恨みがこみ上げてくる、互いがこうして隔たったままということは、手紙を書こうとしてもどうしてよいやら、わからないのだ。
(臨江仙二首其の一)
簾卷き 池心 小閣虛し,暫く涼しく 閑かに步むは 徐徐たり。
芰荷 經雨 半ば凋疎す,堤を拂う 柳を垂れ,蟬噪す 夕陽に餘る。
語らず 低鬟 幽思遠く,玉釵 斜に墜ち 雙魚。
幾たびか迴らん 寄來の書を偷み看して,離情せば別恨し,相い隔つこと 何如せんと欲す。
臨江仙二首其二
鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。
起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。
強整嬌姿臨寶鏡,小池一朵芙蓉。
舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。
(あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)
鶯が春を告げたら、簾の前の陽だまりに比は暖かく、やがて赤く変わってゆく。あのお方が来てはくれなくなったが、それでも、もしかしたらと麝香を宝玉のように輝いている香炉に焚いているから、まだその香が閨に残っており、それもまだ濃く匂いが漂っている。
うとうととし、起き上がって閨の中で思案するだけでどうでもいいじゃないかという心境になるし、別離の愁いはきっと春の夢だったと思いなおす。この、まだ若いのだからあのお方ともっと楽しみたいと思う気持ちは、誰がわかってくれるのだろう。
それでも思い直して、化粧と身繕いして魅力あるような容姿に整えようとして覆いを取って鏡に向かう。鏡の中の池には、一輪の素敵な芙蓉の花のような美人がいる。
あの楽しかった日々の後を探し訪ね歩いても、それは何処にもありはしない。そうしたとしてもただ振り返ることで、更に耐え忍ぶことになるだけなのだ、それに、屏風に描かれた、九疑山のように、辛い思いの峯峯が重なっていくようなものになるだけなのだ。
(臨江仙二首其の二)
鶯報じ 簾前 日紅に暖かなり,玉鑪 殘麝 猶お濃くし。
起來して 閨思 尚お疎慵し,別愁 春夢なり,誰か解さん 此の情悰を。
強整し 嬌姿 寶鏡に臨み,小池 一朵の芙蓉。
舊歡の再び蹤【あと】を尋ねる處無く,更に迴顧するに堪え,屏畫 九疑の峯。
『臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註解説
(本文)
臨江仙二首其二
鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。
起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。
強整嬌姿臨寶鏡,小池一朵芙蓉。
舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。
(下し文)
(臨江仙二首其の二)
鶯報じ 簾前 日紅に暖かなり,玉鑪 殘麝 猶お濃くし。
起來して 閨思 尚お疎慵し,別愁 春夢なり,誰か解さん 此の情悰を。
強整し 嬌姿 寶鏡に臨み,小池 一朵の芙蓉。
舊歡の再び蹤【あと】を尋ねる處無く,更に迴顧するに堪え,屏畫 九疑の峯。
(現代語訳)
(あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)
鶯が春を告げたら、簾の前の陽だまりに比は暖かく、やがて赤く変わってゆく。あのお方が来てはくれなくなったが、それでも、もしかしたらと麝香を宝玉のように輝いている香炉に焚いているから、まだその香が閨に残っており、それもまだ濃く匂いが漂っている。
うとうととし、起き上がって閨の中で思案するだけでどうでもいいじゃないかという心境になるし、別離の愁いはきっと春の夢だったと思いなおす。この、まだ若いのだからあのお方ともっと楽しみたいと思う気持ちは、誰がわかってくれるのだろう。
それでも思い直して、化粧と身繕いして魅力あるような容姿に整えようとして覆いを取って鏡に向かう。鏡の中の池には、一輪の素敵な芙蓉の花のような美人がいる。
あの楽しかった日々の後を探し訪ね歩いても、それは何処にもありはしない。そうしたとしてもただ振り返ることで、更に耐え忍ぶことになるだけなのだ、それに、屏風に描かれた、九疑山のように、辛い思いの峯峯が重なっていくようなものになるだけなのだ。
(訳注)
臨江仙二首其二
(あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)
【解説】この詩は、もしかすると李珣の妹のことかもしれない。李珣の妹の李舜絃も前蜀王衍の九嬪の昭儀となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。九嬪の昭儀というのは、「内官」制度の規定で、皇后、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。
つまり、皇后に次いで五番目の妃嬪ということになる。5/122であるから順位としても相当高い序列である。この時代、艶詩、閨情詩でいう恨みという語で、満たされぬ状況を表現することが多いが、現代の感覚での「恨み」とは違っている。社会制度、性倫理観が根本的に異なっているからである。
唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。李珣の作は二首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句一仄三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/❼⑥⑦4⑤の詞形をとる。
鶯報簾前暖日紅 玉鑪殘麝猶濃
起來閨思尚疎慵 別愁春夢 誰解此情悰
強整嬌姿臨寶鏡 小池一朵芙蓉
舊歡無處再尋蹤 更堪迴顧 屏畫九疑峯
○●○○●●○ ●○○●△○
●△○△△△○ ●○○△ ○●●○○
○●△○△●● ●○●●○○
●○○●●○○ △○△● △●△○○
鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。
鶯が春を告げたら、簾の前の陽だまりに比は暖かく、やがて赤く変わってゆく。あのお方が来てはくれなくなったが、それでも、もしかしたらと麝香を宝玉のように輝いている香炉に焚いているから、まだその香が閨に残っており、それもまだ濃く匂いが漂っている。
玉鑪 宝玉のように輝いている香炉に
麝 焚いた香のよいかおり。麝香(じゃこう)は雄のジャコウジカの腹部にある香嚢(ジャコウ腺)から得られる分泌物を乾燥した香料、生薬の一種である。 ムスク (musk) とも呼ばれる。
起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。
うとうととし、起き上がって閨の中で思案するだけでどうでもいいじゃないかという心境になるし、別離の愁いはきっと春の夢だったと思いなおす。この、まだ若いのだからあのお方ともっと楽しみたいと思う気持ちは、誰がわかってくれるのだろう。
疎慵 面倒くさい、物憂い、億劫という意味だが、ここでは とらわれがなく、こだわりが無い、そんなこまごまとした世間のことなど、もう、どうでもいいじゃないかという心境。
悰 楽しむ。心。思い。
強整嬌姿臨寶鏡,小池一朵芙蓉。
それでも思い直して、化粧と身繕いして魅力あるような容姿に整えようとして覆いを取って鏡に向かう。鏡の中の池には、一輪の素敵な芙蓉の花のような美人がいる。
朵/朶【タ】 1えだ。2量詞 花・雲またはそれらに似たものの数を数える.3.≒儿 用例一朵红花=1輪の赤い花.几朵淡云=幾つかの薄い雲.
舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。
あの楽しかった日々の後を探し訪ね歩いても、それは何処にもありはしない。そうしたとしてもただ振り返ることで、更に耐え忍ぶことになるだけなのだ、それに、屏風に描かれた、九疑山のように、辛い思いの峯峯が重なっていくようなものになるだけなのだ。
尋蹤 後を探し訪ね歩く。
迴顧 回顧:ふりかえる。
九疑山. 1. キウギザン. 1. 湖南省寧遠縣の南六十支那里に在る山名、九峯竝び聳え、山形相似たるによりて名づく。*
九疑山 湖南省寧遠縣の南六十支那里に在る山名、九峯竝び聳え、山形相似たるによりて名づく。九嶷山主峰は舜源峰であり、海拔610mであり,以下,娥皇、女英、桂林、杞林、石城、石楼、朱明、箫韶をいうがどの峰も同じように見えるため、九疑山と称された。舜の廟がある。別名:蒼梧山
謝靈運『初發石首城』「越海淩三山,遊湘曆九嶷。」
(海を越えて三山を淩ぎ,湘に遊びて九嶷【きゅうぎ】を曆ん。)
そして、越の地方からは海を越えて温州に至る三山を陵ぐものである。湘江で遊び九嶷山を経ていくのもよいのである。
・三山 会稽始寧から南に三山(現浙江省富陽縣三山)がある。東方三神山の一山として に移動。蓬萊、方丈、瀛州(えいしゅう)は東海の三神山であり、不老不死の仙人が住むと伝えられている。・九嶷山 洞庭湖の南部で、瀟水と湘江が合流する一帯の景色は「瀟湘湖南」「瀟湘八景」と称されて親しまれてきた。これに古代の帝王・舜が葬られたとされている九嶷山を取り入れた景観もまたその美しさで知られ、多くの詩が詠まれてきた(劉禹錫の「瀟湘曲」など)。
初発石首城 謝霊運(康楽) 詩<56-#3>Ⅱ李白に影響を与えた詩446 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1155






























































