玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

2014年10月

20-517《臨江仙二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-700-20-(517) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5047

李珣《臨江仙二首,其二》十巻 (あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)



 
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《臨江仙二首,其二》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-700-20-(517)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5047

 

 

 

李珣(生卒年未詳)字は徳潤し先祖は波期の人唐敬宗朝(825826)に官室を建築する沈香木用材を献上した波斯の商人に李蘇抄というものがあり、その子孫に李玽と玽の兄の畡があった。兄の畡は小字を李四郎といい、字は廷儀という。唐僖宗に従って蜀に入って(中和元年881年)率府率となったという。李珣の妹の李舜絃も前蜀王衍の九嬪の昭儀(妃嬪・女官の名称)となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。李珣は蜀の秀才(科挙の名称)となり、花間集にも李秀才とあるが、そののちの官途についてはよくわからない。小詞に工なことで蜀の後主の宮廷に仕えていた。梓州(四川省三台県)の人という。前蜀が亡んでからは出仕せず、感慨を詞に寄せたという。かれの詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。北宋人の体格を開いたといわれているように、五代詞特有の濃艶さが洗い浄められてしかものちの艶約とよばれる詞の美しきがただよっているところに、又、別の新鮮な風味を備えている。集に瓊瑶集があったというが今伝わらず、輯本の詞集があるだけである。別に海藻本草という著述があり、医学にも通じていたことが知られる。

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。

芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。

不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。

幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

(寵愛を失った妃嬪が仙郷を模した離宮の中で一人さびしく、池のほとりを散策し、硯を出して手紙を書こうとするがそれは許されないことであると詠う。)

簾を巻き上げるとあのお方と過ごした、池の中央にある小高い丘に上に立つ小高樓が見える。しばらくして、そよ風に任せてゆったりと歩いてみる。

菱と蓮に経糸のような雨がふりそそぐ半ば凋み枯れてまばらになった派の上に落ちる。柳の枝はたれて、つつみを拂うほど茂っている、もう少しで夕日が暮れて行こうというのに秋蝉がうるさく鳴いている。(それなのに自分の心は静かなものだ。)

誰と話すわけでもなく、結い上げた髷を俯き加減で、しずかに物思いにふける。夕日に輝く簪が斜めに落ち掛けていて、雙魚の硯を出してくる。

今までもらったあの方からの手紙を出して返詩を書こうと読み返してみるけれど、愛情を受けることから離れ、別れたことは恨みがこみ上げてくる、互いがこうして隔たったままということは、手紙を書こうとしてもどうしてよいやら、わからないのだ。

(臨江仙二首其の一)

簾卷き 池心 小閣虛し,暫く涼しく 閑かに步むは 徐徐たり。

芰荷 經雨 半ば凋疎す,堤を拂う 柳を垂れ,蟬噪す 夕陽に餘る。

語らず 低鬟 幽思遠く,玉釵 斜に墜ち 雙魚。

幾たびか迴らん 寄來の書を看して,離情せば別恨し,相い隔つこと 何如せんと欲す。

 

臨江仙二首其二

鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。

起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。

強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。

舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

(あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)

鶯が春を告げたら、簾の前の陽だまりに比は暖かく、やがて赤く変わってゆく。あのお方が来てはくれなくなったが、それでも、もしかしたらと麝香を宝玉のように輝いている香炉に焚いているから、まだその香が閨に残っており、それもまだ濃く匂いが漂っている。

うとうととし、起き上がって閨の中で思案するだけでどうでもいいじゃないかという心境になるし、別離の愁いはきっと春の夢だったと思いなおす。この、まだ若いのだからあのお方ともっと楽しみたいと思う気持ちは、誰がわかってくれるのだろう。

それでも思い直して、化粧と身繕いして魅力あるような容姿に整えようとして覆いを取って鏡に向かう。鏡の中の池には、一輪の素敵な芙蓉の花のような美人がいる。

あの楽しかった日々の後を探し訪ね歩いても、それは何処にもありはしない。そうしたとしてもただ振り返ることで、更に耐え忍ぶことになるだけなのだ、それに、屏風に描かれた、九疑山のように、辛い思いの峯峯が重なっていくようなものになるだけなのだ。

 

(臨江仙二首其の二)

鶯報じ 簾前 日紅に暖かなり,玉鑪 殘麝 猶お濃くし。

起來して 閨思 尚お疎慵し,別愁 春夢なり,誰か解さん 此の情悰を。

強整し 嬌姿 寶鏡に臨み,小池 一の芙蓉。

舊歡の再び蹤【あと】を尋ねる處無く,更に迴顧するに堪え,屏畫 九疑の峯。

 

 

『臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註解説

(本文)

臨江仙二首其二

鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。

起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。

強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。

舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

(下し文)

(臨江仙二首其の二)

鶯報じ 簾前 日紅に暖かなり,玉鑪 殘麝 猶お濃くし。

起來して 閨思 尚お疎慵し,別愁 春夢なり,誰か解さん 此の情悰を。

強整し 嬌姿 寶鏡に臨み,小池 一芙蓉。

舊歡の再び蹤【あと】を尋ねる處無く,更に迴顧するに堪え,屏畫 九疑の峯。

 

(現代語訳)

(あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)

鶯が春を告げたら、簾の前の陽だまりに比は暖かく、やがて赤く変わってゆく。あのお方が来てはくれなくなったが、それでも、もしかしたらと麝香を宝玉のように輝いている香炉に焚いているから、まだその香が閨に残っており、それもまだ濃く匂いが漂っている。

うとうととし、起き上がって閨の中で思案するだけでどうでもいいじゃないかという心境になるし、別離の愁いはきっと春の夢だったと思いなおす。この、まだ若いのだからあのお方ともっと楽しみたいと思う気持ちは、誰がわかってくれるのだろう。

それでも思い直して、化粧と身繕いして魅力あるような容姿に整えようとして覆いを取って鏡に向かう。鏡の中の池には、一輪の素敵な芙蓉の花のような美人がいる。

あの楽しかった日々の後を探し訪ね歩いても、それは何処にもありはしない。そうしたとしてもただ振り返ることで、更に耐え忍ぶことになるだけなのだ、それに、屏風に描かれた、九疑山のように、辛い思いの峯峯が重なっていくようなものになるだけなのだ。

 

 

(訳注)

臨江仙二首其二

(あの春に寵愛を受けたのに、暑い夏も過ぎても、その日々に帰ることはなく、まだ若く魅力的だと思いなおし化粧を整えると鏡に一輪の蓮の花のような姿が映る。しかし、堪える日がつづくだけで、その繰り返しは、もう、屏風に描かれた九疑山のようになってしまったと詠う。)

【解説】この詩は、もしかすると李珣の妹のことかもしれない。李珣の妹の李舜絃も前蜀王衍の九嬪の昭儀となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。九嬪の昭儀というのは、「内官」制度の規定で、皇后、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

 つまり、皇后に次いで五番目の妃嬪ということになる。5/122であるから順位としても相当高い序列である。この時代、艶詩、閨情詩でいう恨みという語で、満たされぬ状況を表現することが多いが、現代の感覚での「恨み」とは違っている。社会制度、性倫理観が根本的に異なっているからである。

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。李珣の作は二首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句一仄三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/❼⑥⑦4⑤の詞形をとる。

鶯報簾前暖日 玉鑪殘麝猶

起來閨思尚疎慵 別愁春 誰解此情

強整嬌姿臨寶 小池一

舊歡無處再尋蹤 更堪迴 屏畫九疑

○●○○●●○  ●○○●△○

●△○△△△○  ●○○△ ○●●○○

○●△○△●● ●○●●○○

●○○●●○○ △○△●  △●△○○

 

鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。

鶯が春を告げたら、簾の前の陽だまりに比は暖かく、やがて赤く変わってゆく。あのお方が来てはくれなくなったが、それでも、もしかしたらと麝香を宝玉のように輝いている香炉に焚いているから、まだその香が閨に残っており、それもまだ濃く匂いが漂っている。

玉鑪 宝玉のように輝いている香炉に

 焚いた香のよいかおり。麝香(じゃこう)は雄のジャコウジカの腹部にある香嚢(ジャコウ腺)から得られる分泌物を乾燥した香料、生薬の一種である。 ムスク (musk) とも呼ばれる。

 

起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。

うとうととし、起き上がって閨の中で思案するだけでどうでもいいじゃないかという心境になるし、別離の愁いはきっと春の夢だったと思いなおす。この、まだ若いのだからあのお方ともっと楽しみたいと思う気持ちは、誰がわかってくれるのだろう。

疎慵 面倒くさい、物憂い、億劫という意味だが、ここでは とらわれがなく、こだわりが無い、そんなこまごまとした世間のことなど、もう、どうでもいいじゃないかという心境。

 楽しむ。心。思い。

 

強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。

それでも思い直して、化粧と身繕いして魅力あるような容姿に整えようとして覆いを取って鏡に向かう。鏡の中の池には、一輪の素敵な芙蓉の花のような美人がいる。

/朶【タ】 1えだ。2量詞 花・雲またはそれらに似たものの数を数える.3.≒儿 用例一朵红花=1輪の赤い花.几淡云=幾つかの薄い雲.

 

舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

あの楽しかった日々の後を探し訪ね歩いても、それは何処にもありはしない。そうしたとしてもただ振り返ることで、更に耐え忍ぶことになるだけなのだ、それに、屏風に描かれた、九疑山のように、辛い思いの峯峯が重なっていくようなものになるだけなのだ。

尋蹤 後を探し訪ね歩く。

迴顧 回顧:ふりかえる。

九疑山. 1. キウギザン. 1. 湖南省寧遠縣の南六十支那里に在る山名、九峯竝び聳え、山形相似たるによりて名づく。*

九疑山 湖南省寧遠縣の南六十支那里に在る山名、九峯竝び聳え、山形相似たるによりて名づく。九嶷山主峰は舜源峰であり、海拔610mであり,以下,娥皇、女英、桂林、杞林、石城、石楼、朱明、韶をいうがどの峰も同じように見えるため、九疑山と称された。舜の廟がある。別名:蒼梧山

謝靈運『初發石首城』「越海淩三山,遊湘曆九嶷。」

海を越えて三山を淩ぎ,湘に遊びて九嶷【きゅうぎ】を曆ん。)
そして、越の地方からは海を越えて温州に至る三山を陵ぐものである。湘江で遊び九嶷山を経ていくのもよいのである。
三山 会稽始寧から南に三山(現浙江省富陽縣三山)がある。東方三神山の一山として に移動。蓬萊、方丈、瀛州(えいしゅう)は東海の三神山であり、不老不死の仙人が住むと伝えられている。・九嶷山 洞庭湖の南部で、瀟水と湘江が合流する一帯の景色は「瀟湘湖南」「瀟湘八景」と称されて親しまれてきた。これに古代の帝王・舜が葬られたとされている九嶷山を取り入れた景観もまたその美しさで知られ、多くの詩が詠まれてきた(劉禹錫の「瀟湘曲」など)。

初発石首城 謝霊運(康楽) 詩<56-#3>Ⅱ李白に影響を与えた詩446 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1155

 


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22ー(4)§3 《與少室李拾遺書》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1211> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5039韓愈詩-22ー(4) 
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20-516《臨江仙二首,其一》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-699-20-(516)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5042

 

 

李珣(生卒年未詳)字は徳潤し先祖は波期の人唐敬宗朝(825826)に官室を建築する沈香木用材を献上した波斯の商人に李蘇抄というものがあり、その子孫に李玽と玽の兄の畡があった。兄の畡は小字を李四郎といい、字は廷儀という。唐僖宗に従って蜀に入って(中和元年881年)率府率となったという。李珣の妹の李舜絃も前蜀王衍の昭儀(女官の名称)となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。李珣は蜀の秀才(科挙の名称)となり、花間集にも李秀才とあるが、そののちの官途についてはよくわからない。小詞に工なことで蜀の後主の宮廷に仕えていた。梓州(四川省三台県)の人という。前蜀が亡んでからは出仕せず、感慨を詞に寄せたという。かれの詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。北宋人の体格を開いたといわれているように、五代詞特有の濃艶さが洗い浄められてしかものちの艶約とよばれる詞の美しきがただよっているところに、又、別の新鮮な風味を備えている。集に瓊瑶集があったというが今伝わらず、輯本の詞集があるだけである。別に海藻本草という著述があり、医学にも通じていたことが知られる。

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

(寵愛を失った妃嬪が仙郷を模した離宮の中で一人さびしく、池のほとりを散策し、硯を出して手紙を書こうとするがそれは許されないことであると詠う。)


簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。

簾を巻き上げるとあのお方と過ごした、池の中央にある小高い丘に上に立つ小高樓が見える。しばらくして、そよ風に任せてゆったりと歩いてみる。

芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。

菱と蓮に経糸のような雨がふりそそぐ半ば凋み枯れてまばらになった派の上に落ちる。柳の枝はたれて、つつみを拂うほど茂っている、もう少しで夕日が暮れて行こうというのに秋蝉がうるさく鳴いている。(それなのに自分の心は静かなものだ。)

不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。

誰と話すわけでもなく、結い上げた髷を俯き加減で、しずかに物思いにふける。夕日に輝く簪が斜めに落ち掛けていて、雙魚の硯を出してくる。

幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

今までもらったあの方からの手紙を出して返詩を書こうと読み返してみるけれど、愛情を受けることから離れ、別れたことは恨みがこみ上げてくる、互いがこうして隔たったままということは、手紙を書こうとしてもどうしてよいやら、わからないのだ。

(臨江仙二首其の一)

簾卷き 池心 小閣虛し,暫く涼しく 閑かに步むは 徐徐たり。

芰荷 經雨 半ば凋疎す,堤を拂う 柳を垂れ,蟬噪す 夕陽に餘る。

語らず 低鬟 幽思遠く,玉釵 斜に墜ち 雙魚。

幾たびか迴らん 寄來の書を看して,離情せば別恨し,相い隔つこと 何如せんと欲す。

 

臨江仙二首其二

鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。

起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。

強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。

舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

楊貴妃清華池002
 

『臨江仙二首其一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

臨江仙二首其一

簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。

芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。

不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。

幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

 

(下し文)

(臨江仙二首其の一)

簾卷き 池心 小閣虛し,暫く涼しく 閑かに步むは 徐徐たり。

芰荷 經雨 半ば凋疎す,堤を拂う 柳を垂れ,蟬噪す 夕陽に餘る。

語らず 低鬟 幽思遠く,玉釵 斜に墜ち 雙魚。

幾たびか迴らん 寄來の書をみ看して,離情せば別恨し,相い隔つこと 何如せんと欲す。

 

(現代語訳)

(寵愛を失った妃嬪が仙郷を模した離宮の中で一人さびしく、池のほとりを散策し、硯を出して手紙を書こうとするがそれは許されないことであると詠う。)

簾を巻き上げるとあのお方と過ごした、池の中央にある小高い丘に上に立つ小高樓が見える。しばらくして、そよ風に任せてゆったりと歩いてみる。

菱と蓮に経糸のような雨がふりそそぐ半ば凋み枯れてまばらになった派の上に落ちる。柳の枝はたれて、つつみを拂うほど茂っている、もう少しで夕日が暮れて行こうというのに秋蝉がうるさく鳴いている。(それなのに自分の心は静かなものだ。)

誰と話すわけでもなく、結い上げた髷を俯き加減で、しずかに物思いにふける。夕日に輝く簪が斜めに落ち掛けていて、雙魚の硯を出してくる。

今までもらったあの方からの手紙を出して返詩を書こうと読み返してみるけれど、愛情を受けることから離れ、別れたことは恨みがこみ上げてくる、互いがこうして隔たったままということは、手紙を書こうとしてもどうしてよいやら、わからないのだ。

 

kairo10681
 

(訳注)

臨江仙二首其一

(寵愛を失った妃嬪が仙郷を模した離宮の中で一人さびしく、池のほとりを散策し、硯を出して手紙を書こうとするがそれは許されないことであると詠う。)

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。李珣の作は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

簾卷池心小閣 暫涼閑步徐
芰荷經雨半凋疎 拂堤垂柳 蟬噪夕陽

不語低鬟幽思遠 玉釵斜墜雙

幾迴看寄書 離情別恨 相隔欲何

○△○○●●○  ●△○●○○

●△△●●○△  ●△○● ○●●○○

△●○○○△● ●○○●○○

△△○△●△○ △○●●  △●●△△

 

簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。

簾を巻き上げるとあのお方と過ごした、池の中央にある小高い丘に上に立つ小高樓が見える。しばらくして、そよ風に任せてゆったりと歩いてみる。

池心 池の中心部。池のまんなか。神仙三山を池の中に作り、そこに小さな高楼が断っている。唐大明宮んp大掖池の蓬莱亭を連想させる。

 むなしい。あな。うつろ。大きい丘。昔の建物の跡。天空。

閑步 ゆったりと落ち着いてしずかにあるく。 ・閑:ひま。ひまな時間。また,ゆったりと落ち着いてしずかなさま。

徐徐 1 挙動が落ち着いてゆったりしているさま。2 進行や変化がゆっくりしているさま。

 

芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。

菱と蓮に経糸のような雨がふりそそぐ半ば凋み枯れてまばらになった派の上に落ちる。柳の枝はたれて、つつみを拂うほど茂っている、もう少しで夕日が暮れて行こうというのに秋蝉がうるさく鳴いている。(それなのに自分の心は静かなものだ。)

凋疎 枯れ凋んでまばらになる。

蝉噪 セミがうるさく鳴く.わめく,大声で騒

 

不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。

誰と話すわけでもなく、結い上げた髷を俯き加減で、しずかに物思いにふける。夕日に輝く簪が斜めに落ち掛けていて、雙魚の硯を出してくる。

 〔「みみつら(耳鬘)」の転といわれる〕 上代の男子の髪の結い方の一。頭頂で左右に分け,それぞれ耳のわきで輪をつくって束ねた結い方。びずら。びんずら。

幽思 1 静かに思いにふける. 2名詞 ひそかな思い,秘められ感情.

雙魚 二匹の並んだ魚。書信。硯の名。手洗いの名。錢の名。星宿、雙魚宮で少女を意味する。

 

幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

今までもらったあの方からの手紙を出して返詩を書こうと読み返してみるけれど、愛情を受けることから離れ、別れたことは恨みがこみ上げてくる、互いがこうして隔たったままということは、手紙を書こうとしてもどうしてよいやら、わからないのだ。

miyajima594
 

 

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毛熙震『臨江仙二首其一』

南齊天子寵嬋,六宮羅綺三

潘妃嬌豔獨芳,椒房蘭洞,雲雨降神

縱態迷歡心不足,風流可惜當

纖腰婉約步金,妖君傾國,猶自至今

(南斉の後宮で為されていた頽廃文化は、国を傾けることになる。詠懐の詩である。)

六朝南斉の天子は、容姿端麗の若い美女を囲っていた。後宮には、華やかな宮女が三千人も仕えていた。

また同時期の梁でも潘妃は妖艶で優しさがあり、ひとり美しく、優美な女で芳しい香りを発した。東昏侯の乳母となって寵愛をうけ、その即位とともに貴妃に拝された。潘妃は放恣で東昏侯の乱行を助長することが大であり、後宮はどこも椒房となり、蘭洞となった。楚の懐王と巫女のように朝雲暮雨のように神仙の世界そのままになった。

宮女たちの心は歓楽の心は迷いつづけ、道徳の心は不足していった、風流というものをこの時、もっと大切にしなければいけなかった

それでも、繊細に指、細腰に艶やかな者たちが集められ、金製の蓮華の上を歩かせた故事「蓮歩」が当たり前であり、天子と後宮は頽廃して、国の危機でも頽廃に耽り、国を傾けることとなった、いなに語られる後宮の事は、今の高級にもあることと伝えられている。

(臨江仙二首其の一)

南齊の天子 嬋娟を寵う,六宮 羅綺三千。

潘妃 嬌豔 獨り芳妍,椒房 蘭洞,雲雨 神仙に降る。

態を縱ままにす 迷いて歡心 足らず,風流 當年にり惜む可し。

纖腰 婉約 金蓮に步み,妖君は傾國なり,猶お 自より今に至って傳う。

双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる

○△○●●○○  ●○○●△○

○△△●●○○  ○○○△ ○●△○○

△●○○○△●△○●●△○

○○●●●○△ ○○○●  △●●○△

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張泌『臨江仙 一首』

煙收湘渚秋江,蕉花露泣愁

五雲雙鶴去無,幾迴魂斷,凝望向長

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波,花鬟月鬢綠雲

古祠深殿,香冷雨和

(臨江仙【りんこうせん】)

煙【もや】收まり 湘渚【しょうちょ】秋江 靜まり,蕉花 露に泣き 紅に愁う。

五雲 雙鶴 去りて蹤【あと】無く,幾迴 魂斷え,望を凝らして 長空に向える。

翠竹 暗きに留み 珠の淚の怨み,閑かに寶瑟 波中に調ぶ,花鬟 月鬢 綠雲 重る。

古祠【こし】の深殿,香は冷雨となりて風に和す。

(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)

湘水の渚をおおっていた霧は消え、静かに秋の大江は流れ、カンナの花は露に泣き愁いに紅く色を濃くしている。

五色の雲の彼方へ二羽の鶴が飛び去り、水に沈んだがその跡は今は何も残さない、幾たびかそこを訪ね回り、そこでその燃える思いを断ったという、遠くはるかな空の果てにその思いを望んだことだろう。

翠の斑竹は密かに留めている怨み込めたる涙跡である、波の間に静かに瑟琴の奏では水の音にきえてゆく。花のような鬟髷、月のような両鬢、美しき黒髪は雲のように重なっている。

古き道教聖女祠の奥深い宮殿は、聖女祠の香りは吹きつける冷い雨と風になごんでいく。

双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

○△○●○○●  ○○●●○○

●○○●●○○  △△○● △△●△△

●●●△○●△ ○△●●○△  ○○●●●○△

●○△●  ○△●△△

 

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李珣《巫山一段雲二首,其二》十巻 この巫山の山と三峡の流れに、どういうわけか、舟近くに悲しき猿の鳴き声を聞くのは二人の恋は悲恋であったというのであろうか、ここを旅するものたちは、別れてきてことを思い出し、自然と愁いが多くなる。

 
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巫山一段雲二首は、毛文錫の詩を挟んでみると連詩のように思われる。

 

巫山一段雲二首其一

(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて思い浮んだことを詠う。)

有客經巫峽,停橈向水湄。

ここに旅人がいて、三峡・巫峡をくだろうとすると、棹を止め、楫を止めて、祠に停泊し、その後、水に臨む岸を見ながら、流れに沿って下流に向かうものである。

楚王曾此夢瑤,一夢杳無期。

そこ巫峡の山には楚の懐王と瑤姫との伝説があり、宋玉の「高唐賦」に登場する夢の中で出会い、親しく交わるというものであるが、その夢は一度見ていると、果てしなくその逢瀬の約束は無限につづくのである。

塵暗珠簾卷,香消翠幄垂。

だからその祠では、仮に雲が厚く閨が暗ければ、珠の簾を巻き上げるものであり、閨の香が絶えて消えてしまうと香の香りを逃がさないために、カワセミの雌の緑色のとばりを垂らすものだ。

西風迴首不勝悲,暮雨灑空祠

それでも西風が吹けば、舟は出向できず、首を都の方にめぐらせて悲しい秋を迎えるものだし、巫山神女が雨となって夕暮れに降りはじめれば、何にもなかった祠にも潤いがそそがれるというものだろう。

 

(巫山、一段の雲 二首其の一)

客有り 巫峽を經て,橈を停め 水湄に向う。

楚王 曾て此れ 夢み,一び夢むが 杳として期無し。

塵【か】りに暗ければ 珠簾卷き,香消えれば 翠幄垂る。

西風 首を迴らせて悲に勝らず,暮雨 空祠を灑う。

 

 

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毛文錫『巫山一段雲一首』

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

(巫山の一段雲一首)

雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。

遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。

暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。

朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。

(巫山十二峯は交わり、別れの場所であり、また、雨が降り交わり、朝が来て別れる。そんな巫山を詠う。)

神女の生まれ変わりの雨が朝には別れたために晴れ、巫山のあたりはすっかり澄み渡る。その空に神女と夜を過ごした雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、二人のわかれた十二峰には猿の鳴き声がこだまする。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、暗くなった樹を密かに濡らしたなかに猿がないているのだ。高い籠に揺られ見下ろすようにの巫峡のうえから旅人の乗る船を下に見ている。

朝が来て別れ、また朝になり、夕ぐれて交わり、また夕暮れていく、舟は下って楚の国、長江下流域ののほとり、ここにはここの神仙が幾たびも降りて交わるということだ。

【解説】 巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。こうしたことの前提で巫山の神女の故事ができあがっている。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、坐山の神女の故事に思いを馳せる。

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巫山一段雲二首其二

(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて、ここの景色と気風によって思い浮んだことを詠う。)

古廟依青嶂,行宮枕碧流。

楚の懐王が巫山の神女のために建てたとされる古廟は十二の翠の山に寄り添うようにあり、楚の行在所であった宮は碧き流れを臨んで、長江の傍らにたっている。

水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。

渓谷に響く水の流れの音とみなもにうつる山の色をふかくし、その中に美しい高殿を包み込んでいる、過ぎ去りし昔のことがこの景色と気風によって果てなく偲ばれてくる。

雲雨朝還暮,煙花春復秋。

高唐の賦にいう「朝雲暮雨」となって、陽台の下で待っているといった瑶姫とその懐王の逢瀬、花曇りの春の盛りからまた秋の寒花のかおる時もその時節に応じてしのばれる。

啼猿何必近孤舟,行客自多愁。

この巫山の山と三峡の流れに、どういうわけか、舟近くに悲しき猿の鳴き声を聞くのは二人の恋は悲恋であったというのであろうか、ここを旅するものたちは、別れてきてことを思い出し、自然と愁いが多くなる。

 

(巫山、一段の雲 二首其の二)

古廟 依青嶂,行宮枕碧流。

水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。

雲雨朝還暮,煙花春復秋。

啼猿何必近孤舟,行客自多愁。

巫山十二峰004
 

 

『巫山一段雲二首其二』 現代語訳と訳註解説

(本文)

巫山一段雲二首其二

古廟依青嶂,行宮枕碧流。

水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。

雲雨朝還暮,煙花春復秋。

啼猿何必近孤舟,行客自多愁。

 

(下し文)

(巫山、一段の雲 二首其の二)

古廟 青嶂に依り、行宮 碧流に枕【のぞ】む。

水聲 山色 粧榛を鏁ざし、往事 思い 悠悠たり。

雲雨 朝 還た暮、煙花 春 復た秋。

啼猿 何ぞ孤舟に近づくを必とせん、行客 自ら愁い 多い。

 

(現代語訳)

(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて、ここの景色と気風によって思い浮んだことを詠う。)

楚の懐王が巫山の神女のために建てたとされる古廟は十二の翠の山に寄り添うようにあり、楚の行在所であった宮は碧き流れを臨んで、長江の傍らにたっている。

渓谷に響く水の流れの音とみなもにうつる山の色をふかくし、その中に美しい高殿を包み込んでいる、過ぎ去りし昔のことがこの景色と気風によって果てなく偲ばれてくる。

高唐の賦にいう「朝雲暮雨」となって、陽台の下で待っているといった瑶姫とその懐王の逢瀬、花曇りの春の盛りからまた秋の寒花のかおる時もその時節に応じてしのばれる。

この巫山の山と三峡の流れに、どういうわけか、舟近くに悲しき猿の鳴き声を聞くのは二人の恋は悲恋であったというのであろうか、ここを旅するものたちは、別れてきてことを思い出し、自然と愁いが多くなる。

巫山十二峰002
 

(訳注)

巫山一段雲二首

(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて、ここの景色と気風によって思い浮んだことを詠う。)

【解説】 長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情を詠う。前段は、楚の懐王とゆかりのある神女を祀った社と楚の仮の官とが山や川に寄り添って建ち、水音と山に包まれて、遠い昔への果てしない思いに誘われることを述べる。後段は、朝な夕なの雲や雨に日は過ぎ、花の春から秋へと歳月は流れ、旅人なる作者は、人の悲しみを誘う猿の鳴き声を聞くまでもなく、自ずと憂愁の情がわき起こると述べる。

 

巫山一段雲二首其二

『花間集』には李均の作が二首収められている。双調四→四字、前後段二十二字四句三平撃、5⑤⑦⑤/5⑤⑦⑤の詞形をとる。毛文錫の巫山一段雲の解説参照。

古廟依青嶂  行宮枕碧
水聲山色鏁粧  往事思悠
雲雨朝還暮  煙花春復
啼猿何必近孤  行客自多

●●△○●  △○△●○

●○○●??○  ●●△○○

○●○○●  ○○○●○

○○△●●○○  △●●○○

 

古廟依青嶂,行宮枕碧流。

楚の懐王が巫山の神女のために建てたとされる古廟は十二の翠の山に寄り添うようにあり、楚の行在所であった宮は碧き流れを臨んで、長江の傍らにたっている。

○古廟 古い社。ここでは楚の懐王が巫山の神女のために建てたとされる社。

○青峰 そそり立つ青い山。四川省にある巫山のこと。

○行宮【あんぐう(かりみや)】 皇帝行在所、仮の御所。かつての楚の離宮。とは、皇帝の行幸時あるいは、政変などの理由で御所を失陥しているなどといった場合、一時的な宮殿として建設あるいは使用された施設の事を言われる。他に行在所【あんざいしょ】、御座所、頓宮という。

 

水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。

渓谷に響く水の流れの音とみなもにうつる山の色をふかくし、その中に美しい高殿を包み込んでいる、過ぎ去りし昔のことがこの景色と気風によって果てなく偲ばれてくる。

○粧楼 美しい高楼。官女の館を指す。

 

雲雨朝還暮,煙花春復秋。

高唐の賦にいう「朝雲暮雨」となって、陽台の下で待っているといった瑶姫とその懐王の逢瀬、花曇りの春の盛りからまた秋の寒花のかおる時もその時節に応じてしのばれる。

○雲雨朝還暮 楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

韋莊『望遠行』「出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。」

この門を出てしまえば旅路の道に若草茂るし、女の人もいるというものです。巫山の神女と夢の中で情を交わしたように睦まじくした仲も別れてはたちまち東と西にはなれてしまうのです。

・芳草路萋萋 旅立った男が旅先で春草(女)に心奪われて帰って来ないことを。『楚辞』招隠士第十二「王孫遊兮不歸、春草生兮萋萋。」(王孫 遊びて歸らず、春草 生じて萋萋たり。)

・雲雨別來易東西 愛し合ってきた睦まじい男女の仲も、一たび別れとなれば、たちまち東西に遠く離れ離れになってしまうことを言う。雲雨は男女の情交を指す。宋玉の「高唐の賦」の序に拠れば、楚の懐王は高唐に遊び、巫山の神女と夢の中で情を交わした。神女は別れに当たり 「私は巫山の南、高く険しい所におり、朝には雲となり暮れには雨となって、朝な朝な夕なに、陽台の下におります」と言い残し去ったと言う。以来、雲.雨の語は男女の情交を指すようになった。

 

啼猿何必近孤舟,行客自多愁。

この巫山の山と三峡の流れに、どういうわけか、舟近くに悲しき猿の鳴き声を聞くのは二人の恋は悲恋であったというのであろうか、ここを旅するものたちは、別れてきてことを思い出し、自然と愁いが多くなる。

〇時猿何必近孤舟 昔から、三峡(長江上流の四川省と湖北省にまたがる巫咲、瞿塘峡、西陵峡) を挟む両岸の山々の猿の噂き声は、長江を行き来する船にまで届き、旅人の愁いを誘った。
 蜀中転々圖

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李珣《巫山一段雲二首,其一》十巻 それでも西風が吹けば、舟は出向できず、首を都の方にめぐらせて悲しい秋を迎えるものだし、巫山神女が雨となって夕暮れに降りはじめれば、何にもなかった祠にも潤いがそそがれるというものだろう。

 

 
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巫山一段雲二首

 

巫山一段雲二首其一

(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて思い浮んだことを詠う。)

有客經巫峽,停橈向水湄。

ここに旅人がいて、三峡・巫峡をくだろうとすると、棹を止め、楫を止めて、祠に停泊し、その後、水に臨む岸を見ながら、流れに沿って下流に向かうものである。

楚王曾此夢瑤,一夢杳無期。

そこ巫峡の山には楚の懐王と瑤姫との伝説があり、宋玉の「高唐賦」に登場する夢の中で出会い、親しく交わるというものであるが、その夢は一度見ていると、果てしなくその逢瀬の約束は無限につづくのである。

塵暗珠簾卷,香消翠幄垂。

だからその祠では、仮に雲が厚く閨が暗ければ、珠の簾を巻き上げるものであり、閨の香が絶えて消えてしまうと香の香りを逃がさないために、カワセミの雌の緑色のとばりを垂らすものだ。

西風迴首不勝悲,暮雨灑空祠。

それでも西風が吹けば、舟は出向できず、首を都の方にめぐらせて悲しい秋を迎えるものだし、巫山神女が雨となって夕暮れに降りはじめれば、何にもなかった祠にも潤いがそそがれるというものだろう。

 

巫山一段雲二首其一

客有り 巫峽を經て,橈を停め 水湄に向う。

楚王 曾て此れ 夢み,一び夢むが 杳として期無し。

塵【か】りに暗ければ 珠簾卷き,香消えれば 翠幄垂る。

西風 首を迴らせて悲に勝らず,暮雨 空祠を灑う。

 

 

巫山一段雲二首其二

古廟依青嶂,行宮枕碧流。

水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。

雲雨朝還暮,煙花春復秋。

啼猿何必近孤舟,行客自多愁。

 巫山十二峰003

-----------------------------------------------------------------------------------------

毛文錫『巫山一段雲一首』

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

(巫山の一段雲一首)

雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。

遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。

暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。

朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。

(巫山十二峯は交わり、別れの場所であり、また、雨が降り交わり、朝が来て別れる。そんな巫山を詠う。)

神女の生まれ変わりの雨が朝には別れたために晴れ、巫山のあたりはすっかり澄み渡る。その空に神女と夜を過ごした雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、二人のわかれた十二峰には猿の鳴き声がこだまする。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、暗くなった樹を密かに濡らしたなかに猿がないているのだ。高い籠に揺られ見下ろすようにの巫峡のうえから旅人の乗る船を下に見ている。

朝が来て別れ、また朝になり、夕ぐれて交わり、また夕暮れていく、舟は下って楚の国、長江下流域ののほとり、ここにはここの神仙が幾たびも降りて交わるということだ。

【解説】 巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。こうしたことの前提で巫山の神女の故事ができあがっている。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、坐山の神女の故事に思いを馳せる。

-----------------------------------------------------------------------------------------

巫山十二峰002
 

 

『巫山一段雲二首其一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

巫山一段雲二首其一

有客經巫峽,停橈向水湄。

楚王曾此夢瑤,一夢杳無期。

塵暗珠簾卷,香消翠幄垂。

西風迴首不勝悲,暮雨灑空祠。

 

(下し文)

巫山一段雲二首其一

客有り 巫峽を經て,橈を停め 水湄に向う。

楚王 曾て此れ 瑤を夢み,一び夢むが 杳として期無し。

塵【か】りに暗ければ 珠簾卷き,香消えれば 翠幄垂る。

西風 首を迴らせて悲に勝らず,暮雨 空祠を灑う。

 

(現代語訳)

(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて思い浮んだことを詠う。)

ここに旅人がいて、三峡・巫峡をくだろうとすると、棹を止め、楫を止めて、祠に停泊し、その後、水に臨む岸を見ながら、流れに沿って下流に向かうものである。

そこ巫峡の山には楚の懐王と瑤姫との伝説があり、宋玉の「高唐賦」に登場する夢の中で出会い、親しく交わるというものであるが、その夢は一度見ていると、果てしなくその逢瀬の約束は無限につづくのである。

だからその祠では、仮に雲が厚く閨が暗ければ、珠の簾を巻き上げるものであり、閨の香が絶えて消えてしまうと香の香りを逃がさないために、カワセミの雌の緑色のとばりを垂らすものだ。

それでも西風が吹けば、舟は出向できず、首を都の方にめぐらせて悲しい秋を迎えるものだし、巫山神女が雨となって夕暮れに降りはじめれば、何にもなかった祠にも潤いがそそがれるというものだろう。

 

巫山十二峰004
 

(訳注)

巫山一段雲二首

(長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情と祠を訪ねて思い浮んだことを詠う。)

『花間集』には三首で、毛文錫と李珣の作が二首収められている。双調四じゅう四字、前後段二十二字四句三平撃、5⑤⑦⑤/5⑤⑦⑤の詞形をとる。毛文錫の巫山一段雲の解説参照。

有客經巫峽  停橈向水
楚王曾此夢瑤  一夢杳無
塵暗珠簾卷  香消翠幄
西風迴首不勝  暮雨灑空

●●△○●  ○△●●○

●△○●△○○  ●△●○○

○●○○△  ○○●●○

○△△●△△○  ●●●△○

 

巫山一段雲二首其一

 

【解説】 長江の巫峡を過ぎる際の懐古の情を詠う。

巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

 

有客經巫峽,停橈向水湄。

ここに旅人がいて、三峡・巫峡をくだろうとすると、棹を止め、楫を止めて、祠に停泊し、その後、水に臨む岸を見ながら、流れに沿って下流に向かうものである。

橈 かい、かじ、たわ-...

水湄 水に臨む岸。詩経秦風・蒹葭「蒹葭淒淒、白露未晞。 所謂伊人、在水之湄。」蒹葭萋萋(せいせい)たり 白露未だ晞(かわ)かず. 所謂伊の人 水の湄(び)に在り・湄:汀。岸。ほとり。はま。みずぎわ

 

楚王曾此夢瑤,一夢杳無期。

そこ巫峡の山には楚の懐王と瑤姫との伝説があり、宋玉の「高唐賦」に登場する夢の中で出会い、親しく交わるというものであるが、その夢は一度見ていると、果てしなくその逢瀬の約束は無限につづくのである。

楚王 楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

夢瑤 瑤姫【ようき】は、別名を「巫山神女」と呼ばれており。炎帝の四人娘の第三の娘であり、才色を兼ね備えて、学問より武術が得意とした。女娃(じょあ)の姉にあたる。美しいく輝く仙草「瑤草」は、瑤姫の化身である。

『高唐賦』と『神女賦』に記述があり、楚の懐王の夢に現れた契りを結んだ。最終、彼女は巫山に封じられた。

中国上古の神話には、瑤姫が西王母の第二十三人の娘「雲華夫人(うんかふじん)」だとの言い伝えがあり、十二匹の悪龍に降伏し禹の治水事業を助けていた。後に巫山十二峰(神女峰)を形成した。

 

塵暗珠簾卷,香消翠幄垂。

だからその祠では、仮に雲が厚く閨が暗ければ、珠の簾を巻き上げるものであり、閨の香が絶えて消えてしまうと香の香りを逃がさないために、カワセミの雌の緑色のとばりを垂らすものだ。

塵 ①ちり。②俗。③仮のこと。④世。⑥跡。⑦小さい数。⑧やわらぐさま。⑨ひさしい。

幄 まんまく。下張りの小さい幕。幕張りの内側。

翠 カワセミの雌のいろ、緑をいう。

 

西風迴首不勝悲,暮雨灑空祠。

それでも西風が吹けば、舟は出向できず、首を都の方にめぐらせて悲しい秋を迎えるものだし、巫山神女が雨となって夕暮れに降りはじめれば、何にもなかった祠にも潤いがそそがれるというものだろう。

西風迴首不勝悲 《楚辞·九》:“悲哉!秋之气也。瑟兮,草木落而衰。” 唐杜甫《登高》:“万里悲秋常作客,百年多病独登台

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皇帝禹を埋葬した九峯竝び聳えたつ九疑山があり、湘夫人、屈原が投身した三湘水がある。蘆の花が一面に広がれば、その時こそ漢の武帝の『秋風辭』「秋風起兮白雲飛、草木黄落兮雁南歸。」の季節になる。

 
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20-513《漁歌子四首,其四》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-696-20-(513)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5027

 

 

李珣(生卒年未詳)字は徳潤し先祖は波期の人唐敬宗朝(825826)に官室を建築する沈香木用材を献上した波斯の商人に李蘇抄というものがあり、その子孫に李玽と玽の兄の畡があった。兄の畡は小字を李四郎といい、字は廷儀という。唐僖宗に従って蜀に入って(中和元年881年)率府率となったという。李珣の妹の李舜絃も前蜀(907年—925年),王衍の昭儀(女官の名称)となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。李珣は蜀の秀才(科挙の名称)となり、花間集にも李秀才とあるが、そののちの官途についてはよくわからない。小詞に工なことで蜀の後主の宮廷に仕えていた。梓州(四川省三台県)の人という。前蜀が亡んでからは出仕せず、感慨を詞に寄せたという。かれの詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。北宋人の体格を開いたといわれているように、五代詞特有の濃艶さが洗い浄められてしかものちの艶約とよばれる詞の美しきがただよっているところに、又、別の新鮮な風味を備えている。集に瓊瑶集があったというが今伝わらず、輯本の詞集があるだけである。別に海藻本草という著述があり、医学にも通じていたことが知られる。

 

 

漁歌子四首其一

楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。

草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。

信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。

酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと詠う。)

春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。

春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い、舟を進めるが何時までも謡い続けている。

春の麗らかな大江にふねをうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。

酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。

(漁歌子四首其の一)

楚山青く,湘水淥りなり,春風澹蕩にして 看る足らず。

草は芊芊とし,花は簇簇たり,漁艇 棹歌 相い續く。

信に浮沉し,管束無く,釣 月に乘りて迴り 灣曲に歸る。

酒 罇に盈ち,雲 屋に滿つ,人間 榮辱 見えず。

 

漁歌子四首其二

荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。

碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。

水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。

酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

(いつもは歓楽街で女妓を相手に酒を呑むが、洞庭湖や、瀟湘に糸を垂れて幽雄と酒を呑みたいものと宴席で夢を語る。)

荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。

碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。

そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。

酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。

(漁歌子四首其の二)

荻花の秋なれば,瀟湘の夜は,橘洲の佳景 屏畫の如し。

碧煙の中なれば,明月の下は,小艇の垂綸 初めて罷む。

水為のなれば,篷を舍と作し,魚羹 稻飯 常飡なり。

酒は杯に盈ち,書は架につ,名利 不將に心に掛けず。

 

漁歌子四首其三

柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。

棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。

罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。

下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

(春が来ても、思うが儘に生きてゆく、たったひとりしかいない村に束縛されずに生きてゆきたいと詠う。)

柳が糸のような枝を垂れようが、桃李の花は樹に満ちあふれようが、鶯が啼くのは、長江、楚の河岸一帯に春を告げて、春山はやがて暮れて、さわやかな季節を迎える。

隠遁したなら、小舟を漕ぎだし、奥まった入江の津を出でて、ゆるやかに「楚辞・漁父」のように漁父が歌いながら帰り去りはじめる。

そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす、そして、隠遁しているただ一人住む村に向って遙かに目指す、仙郷のように霞にへだてられたところなのだ。

長き河岸の汀を下ってゆきつくと、遠浅の渡し場に舟を泊めるのだ、そこには砂のねぐらにいる鷺だけが驚いて、一連になって飛び立つのを見る事だろう。

(漁歌子四首其の三)

柳は絲を垂れて,花は樹に滿つ,鶯は楚の岸に啼いて 春山は暮る。

輕舟を棹ぎて,深浦を出で,漁歌を緩唱して歸り去る。

綸を垂るるを罷め,還た醑を酌み,孤村 遙かに雲の遮ぎる處を指す。

長汀を下り,淺渡に臨む,驚き起ちぬ 一行の沙鷺。

 

漁歌子四首其四

(洞庭湖は風流なところで、このまま誰に遠慮することなく、酒を呑みたいものだと詠う)

九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。

皇帝禹を埋葬した九峯竝び聳えたつ九疑山があり、湘夫人、屈原が投身した三湘水がある。蘆の花が一面に広がれば、その時こそ漢の武帝の『秋風辭』「秋風起兮白雲飛、草木黄落兮雁南歸。」の季節になる。

水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。

洞庭湖は風流で、水面から湧き出でる雲、山の端から月が昇り、水面に映る月を竿で穿つと波で水面の天は揺れ、それに泛ぶ雲と水面に映る雲がたわむれる。

皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。

ここでは湘夫人の演奏のように鼓の音はさわやかに響き、それに合わせて琴の音が響いてくる、そうなると蟻の泡の浮き出る新酒を傾けるのである。木の葉のような小舟は、自ずからゆったりと流れに任せて遙かにゆらゆらと進む、そして河畔をぶらぶら歩く。

任東西,無定止,不議人間醒醉。

木の葉舟は流れに任せて西から東へ当たり前のこととして進み、どこかに留まることはない。ひとの世に生きるということはこのようにゆったりとすることはむつかしく、酔っぱらったり、目覚めたりしていくことしかないのだ。

 

(漁歌子四首其の四)

九疑の山,三湘の水,蘆花の時節 秋風起つ。

水雲の間,山月の裏,棹は月穿ち 雲は遊び戲れる。

皷 琴を清くし,淥蟻を傾け,扁舟 自ら逍遙の志を得る。

東西に任せ,定め止る無し,議さず 人間 醒醉するを。

 

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『漁歌子四首』 現代語訳と訳註解説

(本文)

漁歌子四首其四

九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。

水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。

皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。

任東西,無定止,不議人間醒醉。

 

(下し文)

(漁歌子四首其の四)

九疑の山,三湘の水,蘆花の時節 秋風起つ。

水雲の間,山月の裏,棹は月穿ち 雲は遊び戲れる。

皷 琴を清くし,淥蟻を傾け,扁舟 自ら逍遙の志を得る。

東西に任せ,定め止る無し,議さず 人間 醒醉するを。

 

(現代語訳)

(洞庭湖は風流なところで、このまま誰に遠慮することなく、酒を呑みたいものだと詠う)

皇帝禹を埋葬した九峯竝び聳えたつ九疑山があり、湘夫人、屈原が投身した三湘水がある。蘆の花が一面に広がれば、その時こそ漢の武帝の『秋風辭』「秋風起兮白雲飛、草木黄落兮雁南歸。」の季節になる。

洞庭湖は風流で、水面から湧き出でる雲、山の端から月が昇り、水面に映る月を竿で穿つと波で水面の天は揺れ、それに泛ぶ雲と水面に映る雲がたわむれる。

ここでは湘夫人の演奏のように鼓の音はさわやかに響き、それに合わせて琴の音が響いてくる、そうなると蟻の泡の浮き出る新酒を傾けるのである。木の葉のような小舟は、自ずからゆったりと流れに任せて遙かにゆらゆらと進む、そして河畔をぶらぶら歩く。

木の葉舟は流れに任せて西から東へ当たり前のこととして進み、どこかに留まることはない。ひとの世に生きるということはこのようにゆったりとすることはむつかしく、酔っぱらったり、目覚めたりしていくことしかないのだ。

三峡 巫山十二峰001
 

(訳注)

漁歌子四首其四

(洞庭湖は風流なところで、このまま誰に遠慮することなく、酒を呑みたいものだと詠う)

『花間集』には教坊曲『漁歌子』が八首所収されている。李珣の作は四首収められている。双調五十字、前後段二十五字六句四仄韻、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。

九疑山 三湘水 蘆花時節秋風

水雲間 山月裏 棹月穿雲遊
皷清琴 傾淥蟻 扁舟自得逍遙

任東西 無定止 不議人間醒

△○○  △○● ○○○●○△●

●○△ ○●●  ●●△○○△

●○○  ○●● △○●●○○●

△○○ ○●●  △●○△△●

 

九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。

皇帝禹を埋葬した九峯竝び聳えたつ九疑山があり、湘夫人、屈原が投身した三湘水がある。蘆の花が一面に広がれば、その時こそ漢の武帝の『秋風辭』「秋風起兮白雲飛、草木黄落兮雁南歸。」の季節になる。

九疑山 湖南省寧遠縣の南六十支那里に在る山名、九峯竝び聳え、山形相似たるによりて名づく。九嶷山主峰は舜源峰であり、海拔610mであり,以下,娥皇、女英、桂林、杞林、石城、石楼、朱明、韶をいうがどの峰も同じように見えるため、九疑山と称された。

三湘 ①河川名。沅湘、瀟湘、蒸湘の湘江をいう。また、長江、沅湘、湘江をいうがどちらにしても洞庭湖周辺地方の河川をいう。地名。『太平実記』「以湘郷、湘潭、湘陰爲三湘。」

蘆花 秋に茎頭に大きな穂をぬいて、この穂に紫色の小穂をたくさんつけ、のち紫褐色に変わってゆくもの

秋風起 漢の武帝 『秋風辭』「秋風起兮白雲飛、草木黄落兮雁南歸。」(秋風起って 白雲飛び 草木黄落して 雁南に歸る)

秋風辭 漢(武帝)劉徹 詩 Ⅱ李白に影響を与えた詩511 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1350

 

水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。

洞庭湖は風流で、水面から湧き出でる雲、山の端から月が昇り、水面に映る月を竿で穿つと波で水面の天は揺れ、それに泛ぶ雲と水面に映る雲がたわむれる。

棹月穿 賈島「棹穿波上月,舡壓水中天。」棹(さを)は穿(うが)つ波の底の月、船は圧(お)そふ水中の天。『〈過海聯句〉(與高麗使聯句)』

 

皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。

ここでは湘夫人の演奏のように鼓の音はさわやかに響き、それに合わせて琴の音が響いてくる、そうなると蟻の泡の浮き出る新酒を傾けるのである。木の葉のような小舟は、自ずからゆったりと流れに任せて遙かにゆらゆらと進む、そして河畔をぶらぶら歩く。

 つづみ。

淥蟻 一種美酒。蟻のようなあわがプツプツと浮いている緑の酒。開けたての新酒。文選·謝『在郡臥病呈沈尚書詩:嘉魴聊可薦, 淥蟻方獨持。』 亦作“綠螘”。緑蟻方独持〓緑蟻」は、蟻のようなあわがプツプツと浮いている緑の酒。開けたての新酒。「方」は今ちょうど〜。「独持」は、あなたのような客人と飲みたいのだが、今は独りで飲んでいる、という意味。

 

任東西,無定止,不議人間醒醉。

木の葉舟は流れに任せて西から東へ当たり前のこととして進み、どこかに留まることはない。ひとの世に生きるということはこのようにゆったりとすることはむつかしく、酔っパラったり、目覚めたりしていくことしかないのだ。

任東西 西から東へ流れて行く様に流れに任せたままに。

 

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書経 舜

舜、二十歳にして孝行で世に知られた。三十歳にして、堯帝が用いるべき者かを問うた。四嶽(岳)、皆が虞舜を推挙して、可とした。堯は二人の娘を舜の妻となし、その(家)内を観、九人の息子を供に居らせ外(処世)を観た。

 

舜は嬀汭に居り、内行をいよいよ謹んだ。堯の二人の娘は、貴であるが、舜の親戚に驕ることなく、立派に婦道を行った。堯の九男は皆ますます(志)篤くなった。

 

舜が帝位に就くと、天子の旗を載せて、父瞽叟に朝した(君子を訪ねる形)。和敬して謹み、子としての道を行った。弟の象を封じて、諸侯となした。舜の子、商均も亦、不肖であった。舜はあらかじめ、禹を天子に推薦し、十七年にして崩じる。三年の喪をことごとく終え、禹も亦、舜の子に帝位を譲った。舜が堯の子に譲ったように。諸侯これに帰す。その後、禹は天子の位に就く。

 

司馬遷は、史記・列女傳で「於是堯妻之二女、觀其徳於二女、舜飭下二女於嬀汭 、如婦禮、堯善之。」と解釈している。二女を舜の妻とすることによって、二女に舜の徳がどう現われるかを見る。天から女が降りてくる訳はないので、舜が準備を整え嬀汭 に迎えたと変える。二女が婦人としての礼をつくし、堯はそれを善しとした。娘が、舜の徳に感化され、庶人の妻として、父母弟に仕えるのを観て、堯は舜の徳を認める。

 

袁珂氏によれば、神話と伝説のなかでは、娥皇と女英は、舜を護る女神であり、幼くして母をなくした舜の心の支えである。舜が罠に陥れられようとする時に、舜に勇気を与え、難から逃れる服をさづけ、火の中では鳥となって飛びたたせ、井戸からは竜となって昇り去らせる。舜を鳥となし、竜となさしめることによって、舜になみなみならぬ力を与える。

 

女神の心をも動かし、舜は救われる。堯が舜に授けたおおいなる賜が二女と服であった。

 

論語に曰、「子、韶を謂う。美を尽くし、また善を尽くせり。」

更に、論語に曰、「子、斉に在まして韶を聞く。三月、肉の味を知らず。」

舜が一人の時に歌っていた曲を南風という。

 

 南風の薫や 以て吾が民の慍(うらみ)を解くべし。

 南風の時をうるや 以て吾が民の財を阜(ふや)すべし。
岳陽樓詩人0051
 

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李珣《漁歌子四首,其三》十巻 隠遁したなら、小舟を漕ぎだし、奥まった入江の津を出でて、ゆるやかに「楚辞・漁父」のように漁父が歌いながら帰り去りはじめる。そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす

 
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李珣(生卒年未詳)字は徳潤し先祖は波期の人唐敬宗朝(825826)に官室を建築する沈香木用材を献上した波斯の商人に李蘇抄というものがあり、その子孫に李玽と玽の兄の畡があった。兄の畡は小字を李四郎といい、字は廷儀という。唐僖宗に従って蜀に入って(中和元年881年)率府率となったという。李珣の妹の李舜絃も前蜀(907年—925年),王衍の昭儀(女官の名称)となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。李珣は蜀の秀才(科挙の名称)となり、花間集にも李秀才とあるが、そののちの官途についてはよくわからない。小詞に工なことで蜀の後主の宮廷に仕えていた。梓州(四川省三台県)の人という。前蜀が亡んでからは出仕せず、感慨を詞に寄せたという。かれの詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。北宋人の体格を開いたといわれているように、五代詞特有の濃艶さが洗い浄められてしかものちの艶約とよばれる詞の美しきがただよっているところに、又、別の新鮮な風味を備えている。集に瓊瑶集があったというが今伝わらず、輯本の詞集があるだけである。別に海藻本草という著述があり、医学にも通じていたことが知られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『漁歌子』八首

 

 

作者



初句7字

 

 

(顧太尉

巻七

漁歌子一首

曉風清,幽沼綠,

 

 

孫少監光憲

巻八

漁歌子二首其一

草芊芊,波漾漾,

 

 

巻八

漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,

 

 

魏太尉承班

巻九

漁歌子一首

柳如眉,雲似髮。

 

 

李秀才珣

巻十

漁歌子四首其一

草芊芊,花簇簇,

 

 

巻十

漁歌子四首其二

荻花秋,瀟湘夜,

 

 

巻十

漁歌子四首其三

柳垂絲,花滿樹,

 

 

巻十

漁歌子四首其四

九疑山,三湘水,

 

 

 

 

 

 

 

 

  

漁歌子四首其一

楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。

草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。

信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。

酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと詠う。)

春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。

春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い、舟を進めるが何時までも謡い続けている。

春の麗らかな大江にふねをうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。

酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。

(漁歌子四首其の一)

楚山青く,湘水淥りなり,春風澹蕩にして 看る足らず。

草は芊芊とし,花は簇簇たり,漁艇 棹歌 相い續く。

信に浮沉し,管束無く,釣 月に乘りて迴り 灣曲に歸る。

酒 罇に盈ち,雲 屋に滿つ,人間 榮辱 見えず。

(いつもは歓楽街で女妓を相手に酒を呑むが、洞庭湖や、瀟湘に糸を垂れて幽雄と酒を呑みたいものと宴席で夢を語る。)

荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。

碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。

そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。

酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。

 

漁歌子四首其二

荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。

碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。

水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。

酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

(いつもは歓楽街で女妓を相手に酒を呑むが、洞庭湖や、瀟湘に糸を垂れて幽雄と酒を呑みたいものと宴席で夢を語る。)

荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。

碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。

そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。

酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。

(漁歌子四首其の二)

荻花の秋なれば,瀟湘の夜は,橘洲の佳景 屏畫の如し。

碧煙の中なれば,明月の下は,小艇の垂綸 初めて罷む。

水為のなれば,篷を舍と作し,魚羹 稻飯 常飡なり。

酒は杯に盈ち,書は架につ,名利 不將に心に掛けず。

 

漁歌子四首其三

柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。

棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。

罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。

下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

(春が来ても、思うが儘に生きてゆく、たったひとりしかいない村に束縛されずに生きてゆきたいと詠う。)

柳が糸のような枝を垂れようが、桃李の花は樹に満ちあふれようが、鶯が啼くのは、長江、楚の河岸一帯に春を告げて、春山はやがて暮れて、さわやかな季節を迎える。

隠遁したなら、小舟を漕ぎだし、奥まった入江の津を出でて、ゆるやかに「楚辞・漁父」のように漁父が歌いながら帰り去りはじめる。

そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす、そして、隠遁しているただ一人住む村に向って遙かに目指す、仙郷のように霞にへだてられたところなのだ。

長き河岸の汀を下ってゆきつくと、遠浅の渡し場に舟を泊めるのだ、そこには砂のねぐらにいる鷺だけが驚いて、一連になって飛び立つのを見る事だろう。

(漁歌子四首其の三)

柳は絲を垂れて,花は樹に滿つ,鶯は楚の岸に啼いて 春山は暮る。

輕舟を棹ぎて,深浦を出で,漁歌を緩唱して歸り去る。

綸を垂るるを罷め,還た醑を酌み,孤村 遙かに雲の遮ぎる處を指す。

長汀を下り,淺渡に臨む,驚き起ちぬ 一行の沙鷺。

 

漁歌子四首其四

九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。

水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。

皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。

任東西,無定止,不議人間醒醉。

 

三峡 巫山十二峰001
 

『漁歌子四首』 現代語訳と訳註解説

(本文)

漁歌子四首其三

柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。

棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。

罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。

下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

 

 

(下し文)

(漁歌子四首其の三)

柳は絲を垂れて,花は樹に滿つ,鶯は楚の岸に啼いて 春山は暮る。

輕舟を棹ぎて,深浦を出で,漁歌を緩唱して歸り去る。

綸を垂るるを罷め,還た醑を酌み,孤村 遙かに雲の遮ぎる處を指す。

長汀を下り,淺渡に臨む,驚き起ちぬ 一行の沙鷺。

douteikoshoko297
 

 

(現代語訳)

(春が来ても、思うが儘に生きてゆく、たったひとりしかいない村に束縛されずに生きてゆきたいと詠う。)

柳が糸のような枝を垂れようが、桃李の花は樹に満ちあふれようが、鶯が啼くのは、長江、楚の河岸一帯に春を告げて、春山はやがて暮れて、さわやかな季節を迎える。

隠遁したなら、小舟を漕ぎだし、奥まった入江の津を出でて、ゆるやかに「楚辞・漁父」のように漁父が歌いながら帰り去りはじめる。

そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす、そして、隠遁しているただ一人住む村に向って遙かに目指す、仙郷のように霞にへだてられたところなのだ。

長き河岸の汀を下ってゆきつくと、遠浅の渡し場に舟を泊めるのだ、そこには砂のねぐらにいる鷺だけが驚いて、一連になって飛び立つのを見る事だろう。

そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす、そして、隠遁しているただ一人住む村に向って遙かに目指す、仙郷のように霞にへだてられたところなのだ。

長き河岸の汀を下ってゆきつくと、遠浅の渡し場に舟を泊めるのだ、そこには砂のねぐらにいる鷺だけが驚いて、一連になって飛び立つのを見る事だろう。

doteiko01
 

(訳注)

漁歌子四首其三

(春が来ても、思うが儘に生きてゆく、たったひとりしかいない村に束縛されずに生きてゆきたいと詠う。)

【解説】 屈原と同じように、官僚の汚れた交際、媚びるような態度に我慢できず、朝廷内での疎外感を詠ったもの。前段は、自分の思いを抑えていても、月日は移りゆく、春の日暮れ時、漁父が舟に棹さして漁歌を歌いながら帰り行くさまは屈原と同じ境地である。後段は、釣りを終えた後は酒を酌み、蓬か夕霧の彼方の村を目指して、長い水辺に沿って下り、浅瀬の船着場を前にした時、砂地に眠っていた鷺を驚かせて一斉に飛び立たせてしまったことを描く。それは、自分の清廉さは他の者と違っていて、朝廷内で疎外されていることを連想させる。

『花間集』には教坊曲『漁歌子』が八首所収されている。李珣の作は四首収められている。双調五十字、前後段二十五字六句四仄韻、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。

柳垂絲 花滿 鶯啼楚岸春山

棹輕舟 出深  緩唱漁歌歸
罷垂綸 還酌醑 孤村遙指雲遮

下長汀 臨淺 驚起一行沙

●○○  ○●● ○○●●○○●

●△○ ●△●  ●●○○○●

△○○  ○●● ○○○●○○●

●△△ △△●  ○●●△△●

 

柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。

柳が糸のような枝を垂れようが、桃李の花は樹に満ちあふれようが、鶯が啼くのは、長江、楚の河岸一帯に春を告げて、春山はやがて暮れて、さわやかな季節を迎える。

○楚岸 湖北省を流れる川の岸辺。長江中流域から下流域の河岸、一帯の泛称。

 

棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。

隠遁したなら、小舟を漕ぎだし、奥まった入江の津を出でて、ゆるやかに「楚辞・漁父」のように漁父が歌いながら帰り去りはじめる。

○深浦 奥まった入江。港町があり、花街がある。

漁歌 漁師。屈原の行為を詠った『楚辞・漁父』「乃歌曰:'滄浪之水清兮,可以濯吾纓;滄浪之水濁兮,可以濯吾足。遂去,不復與言。」の雰囲気を借りる。(乃ち 歌ひて曰く: 「滄浪の水 淸まば,以って我が纓を濯ふ可く,滄浪の水 濁らば,以って 我が足を 濯ふ可し。」 遂に去り,復た 與には言はず。

その老漁師がその時詠った歌には、

  滄浪の水が澄んでいるのなら、 大切な冠の紐を洗おう。

  滄浪の水が濁っているのなら、 汚れた私の足を洗おう。

と。とうとうそのまま去って、二度と語り合うことがなかった。

 

罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。

そうすれば、釣糸を垂れるのをやめて、また、聖人たる清酒を酌みかわす、そして、隠遁しているただ一人住む村に向って遙かに目指す、仙郷のように霞にへだてられたところなのだ。

○醑 清酒、美酒。清廉潔白な儒者聖人であるものの飲む酒は清酒である。

 

下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

長き河岸の汀を下ってゆきつくと、遠浅の渡し場に舟を泊めるのだ、そこには砂のねぐらにいる鷺だけが驚いて、一連になって飛び立つのを見る事だろう。

○浅渡 浅瀬の船着場。

○驚起一行沙鷺 驚いたサギが一列になって飛び立ったことを言う。

 

 

『楚辞・漁父』屈原

屈原曰:「吾聞之,新沐者必彈冠,新浴者必振衣。安能以身之察察,受物之汶汶乎?寧赴湘流,葬於江魚之腹中。」安能以皓皓之白,而蒙世俗之塵埃醫乎?漁夫莞爾而笑,鼓而去,乃歌曰:'滄浪之水清兮,可以濯吾纓;滄浪之水濁兮,可以濯吾足。遂去,不復與言

 

 

 

漁歌子(漁父樂) 宋・徐積

水曲山隈四五家, 夕陽煙火隔蘆花。

漁唱歇,醉眠斜, 綸竿蓑笠是生涯。

(漁歌子)

 水の曲【くま】山の隈【くま】四、五の家,夕陽の煙火 蘆花を隔つ。

 漁唱 歇み, 醉眠 斜めなり,綸竿 蓑笠【さりゅう】是れ 生涯なり。

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李珣《漁歌子四首,其二》花間集十巻 荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。

 
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漁歌子四首其一

(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと詠う。)

楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。

春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。

草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。

春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い、舟を進めるが何時までも謡い続けている。

浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。

春の麗らかな大江にふねをうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。

盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。

(漁歌子四首其の一)

楚山青く,湘水淥りなり,春風澹蕩にして 看る足らず。

草は芊芊とし,花は簇簇たり,漁艇 棹歌 相い續く。

信に浮沉し,管束無く,釣 月に乘りて迴り 灣曲に歸る。

酒 罇に盈ち,雲 屋に滿つ,人間 榮辱 見えず。

 

漁歌子四首其二

(いつもは歓楽街で女妓を相手に酒を呑むが、洞庭湖や、瀟湘に糸を垂れて幽雄と酒を呑みたいものと宴席で夢を語る。)

荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。

荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。

煙中,明月下,小艇垂綸初罷。

碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。

水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。

そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。

酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。

(漁歌子四首其の二)

荻花の秋なれば,瀟湘の夜は,橘洲の佳景 屏畫の如し。

碧煙の中なれば,明月の下は,小艇の垂綸 初めて罷む。

水為のなれば,篷を舍と作し,魚羹 稻飯 常飡なり。

酒は杯に盈ち,書は架につ,名利 不將に心に掛けず。

 

漁歌子四首其三

柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。

棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。

罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。

下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

 

漁歌子四首其四

九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。

水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。

皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。

任東西,無定止,不議人間醒醉。

 doteiko01

 

『漁歌子四首』 現代語訳と訳註解説

(本文)

漁歌子四首其二

荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。

碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。

水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。

酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

 

(下し文)

(漁歌子四首其の二)

荻花の秋なれば,瀟湘の夜は,橘洲の佳景 屏畫の如し。

碧煙の中なれば,明月の下は,小艇の垂綸 初めて罷む。

水為のなれば,篷を舍と作し,魚羹 稻飯 常飡なり。

酒は杯に盈ち,書は架につ,名利 不將に心に掛けず。

 

(現代語訳)

(いつもは歓楽街で女妓を相手に酒を呑むが、洞庭湖や、瀟湘に糸を垂れて幽雄と酒を呑みたいものと宴席で夢を語る。)

荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。

碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。

そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。

酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。

 岳陽樓詩人0051

 

(訳注)

漁歌子四首其二

 

【解説】 隠士の生活と心境とを詠う。官界にあった作者の李珣にとって、こうした生き方は理想の人生であった。隠遁指向は、強弱の違いはあるものの、中国の文人に等しく見られるものである。

『花間集』には教坊曲『漁歌子』が八首所収されている。李珣の作は四首収められている。双調五十字、前後段二十五字六句四仄韻、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。

荻花秋 瀟湘夜 橘洲佳景如屏

碧煙中 明月下 小艇垂綸初
水為 篷作舍 魚羹稻飯常飡

酒盈杯 書滿架 名利不將心

●○○  ○○● ●○○●△△●

●○△ ○●●  ●●○○○△

●○○  ○●● ○○●●○○●

●○○ ○●●  ○●△△○●

 douteikoshoko297

荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。

荻の花咲く秋になれば「洞庭秋月」、「瀟湘夜雨」と「瀟湘八景」いわれ、それに加え、枝もたわわなみかんが絵屏風のような橘洲の眺めは絶景である。

○荻花 オギの花。

○滞湘 洞庭湖の南、零陵付近で瀟水と湘江の合流するあたりを言い、付近の風景は絶景で、八つの勝景を瀟湘八景といい、平沙落雁(へいさらくがん)・遠浦帰帆・山市晴嵐(せいらん)・江天暮雪・洞庭秋月・瀟湘夜雨・煙寺晩鐘・漁村夕照の称。北宋の宋迪(そうてき)が描いて八幅をつくった。

古風,五十九首之四十九

美人出南國,灼灼芙蓉姿。

皓齒終不發,芳心空自持。

由來紫宮女,共妒青蛾眉。

歸去瀟湘沚,沈吟何足悲。

(古風,五十九首之四十九)

美人 南國にず,灼灼たる芙蓉の姿。

皓齒 終に發かず,芳心 空しく自ら持す。

由來 紫宮の女,共に青蛾眉を妒む。

歸り去れ 瀟湘の沚【なぎさ】,沈吟 何んぞ悲むに足らん。

49 《古風五十九首之四十九》Index-22Ⅲ― 2-743年天寶二年43274古風,五十九首之四十九美人出南國, <49> Ⅰ李白詩1212 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4608

○橘洲 中洲の名。今の湖南省長沙を流れる湘江にある中洲。橘(蜜柑)を多く産出したので橘洲と呼ばれた。

 

碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。

碧りの霞のかかる春の盛りのころは穏やかで、仲秋の名月は月影を下にみるのである、小舟での釣り糸を垂れるのも、はじめて止めて風景を楽しむのである。

○垂輪初罷 今、釣りを終えたばかり。垂綸は釣り糸を垂れること。

 

水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。

そこでは水に恵みを与えられるので、水を郷となし、蓬でつくったまずしい家であっても、毎日、御馳走である魚鱠や野菜肉を煮込んだ汁と米の飯とが普段の食事になるのである。

○蓬作舎 蓬で作ったまずしい家とする。陳陶『續古詩』「矻矻篷舍下、慕君麒麟閣。」に基づく。

○魚 魚のなます。魚・鳥の肉や野菜を入れた熱い吸い物。海のものと山のもの、水郷で出来るものなど豊富であることをいう。

○稲飯 米飯、米の飯。水稲米がよく採れる。したがっていつも酒を醸造している。

○常 普段の食事。は餐に同じ。当時の食事として、他の地方と比較すれば御馳走になるという意味。

 

酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

酒は杯にあふれんばかりに灌がれ、満足するまで飲み、、古くから文学も熱心であるから、どの家の書棚に、書が溢れるほどある、ここにすめば、名誉とか、富・利益などと言うものには心にかけることはない。
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酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。

 
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花間集 教坊曲『漁歌子』八首

 

 

作者



初句7字

 

 

(顧太尉

巻七

漁歌子一首

曉風清,幽沼綠,

 

 

孫少監光憲

巻八

漁歌子二首其一

草芊芊,波漾漾,

 

 

巻八

漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,

 

 

魏太尉承班

巻九

漁歌子一首

柳如眉,雲似髮。

 

 

李秀才珣

巻十

漁歌子四首其一

草芊芊,花簇簇,

 

 

巻十

漁歌子四首其二

荻花秋,瀟湘夜,

 

 

巻十

漁歌子四首其三

柳垂絲,花滿樹,

 

 

巻十

漁歌子四首其四

九疑山,三湘水,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漁歌子四首其一

(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと詠う。)

楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。

春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。

草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。

春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い、舟を進めるが何時までも謡い続けている。

信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。

春の麗らかな大江にふねをうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。

酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。

(漁歌子四首其の一)

楚山青く,湘水淥りなり,春風澹蕩にして 看る足らず。

草は芊芊とし,花は簇簇たり,漁艇 棹歌 相い續く。

信に浮沉し,管束無く,釣 月に乘りて迴り 灣曲に歸る。

酒 罇に盈ち,雲 屋に滿つ,人間 榮辱 見えず。

 

漁歌子四首其二

荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。

碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。

水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。

酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

 

漁歌子四首其三

柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。

棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。

罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。

下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

 

漁歌子四首其四

九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。

水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。

皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。

任東西,無定止,不議人間醒醉。

 

三日月01
三峡 巫山十二峰001
 

 

 

『漁歌子四首』 現代語訳と訳註解説

(本文)

漁歌子四首其一

楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。

草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。

信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。

酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

 

 

(下し文)

(漁歌子四首其の一)

楚山青く,湘水淥りなり,春風澹蕩にして 看る足らず。

草は芊芊とし,花は簇簇たり,漁艇 棹歌 相い續く。

信に浮沉し,管束無く,釣 月に乘りて迴り 灣曲に歸る。

酒 罇に盈ち,雲 屋に滿つ,人間 榮辱 見えず。

 

 

(現代語訳)

(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと詠う。)

春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。

春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い、舟を進めるが何時までも謡い続けている。

春の麗らかな大江にふねをうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。

酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。

 

(訳注)

漁歌子四首其一

(春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に釣りをしているとなに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、この一時を楽しく過ごしてゆくことが大切だと隠遁者の気持ちを詠う。)その一

『花間集』には教坊曲『漁歌子』が八首所収されている。李珣の作は四首収められている。双調五十字、前後段二十五字六句四仄韻、3❸❼3❸❻/3❸❼3❸❻の詞形をとる。

楚山青 湘水淥 春風澹蕩看不

草芊芊 花簇 漁艇棹歌相
信浮沉 無管束 釣迴乘月歸灣

酒盈罇 雲滿 不見人間榮

●○○  ○●● ○△△●△△●

●△△ ○●●  ○●●○△●

△○○  ○●● ●△△●○○●

●○○ ○●●  △●○△○●

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楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。

春の楚山を遠望すれば楚の懐王と巫女の故事を思い出し、春水により増水した澄み切った湘水の流れをみると湘夫人を思い浮かべる。春風が吹けば、なに事にもこだわりを持つのは馬鹿らしく、満足してみるものはない。

楚山青 楚の地方の山。靑は、春霞にぼんやりとした遠くの山。楚の懐王と巫女の故事を連想。

湘水淥 春水により増水した澄み切った湘水の流れ。湘夫人乃是女神。禹と二后妃の故事を連想。

澹蕩【たんとう】 ・形動タリ . ゆったりしてのどかな・こと(さま)。 「冲融とか-とか云ふ詩人の語は/草枕 漱石」 「春風-として起こる/経国

李白《古風,五十九首之十》「吾亦澹蕩人,拂衣可同調。」(吾も亦た 澹蕩たんとうの人、衣を払って 調を同じゅうすべし。 物事にこだわらないたちはわたしも同様である。だから、思いきって、かれと意気投合しょうとおもうのだ。

 

草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。

春草は青々と茂り、花は溢れんばかりに咲き誇る。漁船の仙道は舟歌を謡い舟を進めるが何時までも謡い続けている。

芊とは、草がしげるという意味の字である。「艸、盛んなり」、〔広雅〕に「芊芊は茂るなり」とある。宋玉《高唐賦》「仰視山,肅何千千。」では春山の青いことをいう。

簇簇 [形動タリ]群がり集まるさま。ぞくぞく。「この植物は、茎の先に、―として花をつけた」白居易·開元寺東池早春詩:「簇簇青泥中,新蒲葉如劍。」

棹歌/櫂歌【とうか】船頭が舟をこぎながらうたう歌。ふなうた。

 

信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。

春の麗らかな大江に舟をうかべ、なんの拘束もなく自由に浮いたり沈んだり舟を進める、心行くまで釣りをしていると月が昇りはじめてやっと帰りはじめて、三日月の釣り針のつられたような入り江の港に停泊する。

管束 管束。維管束【いかんそく】種子植物とシダ植物の根・茎・葉を通じて発達した通道組織。水分の上昇路である木部と,養分の通路となる師部からなる。

●この三句は与謝野蕪村の俳句、「春の海 終日のたりのたり哉」の感じである。

 

酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

酒は樽に満ち足りて用意されているし、雲が屋根を包むように女妓たちが宿を一杯にするほど来てくれている。こうしてみると、人の世というものは、盛衰榮辱というのはつきものであるが、そんなことより今の一時を楽しく生きることがよいのである。

【ソン・もたい】 さけをいれるかめ。

榮辱 栄誉と恥辱。「衣食足而後知榮辱」盛衰榮辱。

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参考 李白《春夜宴桃李園序》


天地者,萬物之逆旅;

光陰者,百代之過客。


浮生若夢,爲歡幾何?

古人秉燭夜遊,良有以也。


陽春召我以煙景,大塊假我以文章。

會桃李之芳園,序天倫之樂事。

群季俊秀,皆爲惠連。

吾人詠歌,獨慚康樂。

幽賞未已,高談轉清。

開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。

不有佳作,何伸雅懷?

如詩不成,罰依金谷酒斗數。

春夜 桃李園に 宴する序       

夫(そ)れ 

天地は, 萬物の逆旅(げきりょ)にして、光陰は,百代の過客なり。

而(しか)して

浮生は 夢の若し,歡を爲(な)すこと 幾何(いくばく)ぞ?

古人 燭を秉(と)りて夜に遊ぶ,良(まこと)に以(ゆえ)有る也。

況(いは)んや  

陽春 我を召くに煙景を以てし,大塊 我に假すに  文章を以てするをや。

桃李の芳園に 會し,天倫の樂事を 序す。

群季の俊秀は,皆 惠連 爲(た)り。

吾人の詠歌は,獨り康樂に 慚(は)づ。

幽賞 未だ已(や)まず,高談  轉(うた)た清し。

瓊筵を 開きて 以て華に坐し,羽觴を飛ばして 月に醉(よ)ふ。

佳作 有らずんば,何ぞ 雅懷を 伸べんや?

如(も)し 詩 成らずんば,罰は金谷の酒斗數に依(よ)らん。

春夜宴桃李園序 李白116

 

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李珣《浣溪紗四首,其四》花間集巻十 (官命により、他の者へ下された官妓と、ある日突然、高樓からいなくなった女性を偲ぶ男の情を詠う)

 
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20-509

《浣溪紗四首,其四》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-692-20-(509)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5007

 

 

浣溪沙四首

 

(寵愛を失い、いつの間にか女の盛りを過ぎて、聞かざるものも色あせてきた。思いはこんな人生を恨むことだけだと詠う。)
浣溪沙四首其一

入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。

何時しか夏になって、どうでもいい様になり、お化粧も淡泊な色に薄く付けてしまうし、あのお方の好きな越羅の薄絹さえも色あせてきて、髪飾りの黄金細工も薄汚れている。それでも、翡翠の髪飾りや、花鈿で飾り、口紅を色濃くつけてみて光にあたると生えてくる。

相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月香徑夢悠颺。

この妃嬪の見る姿と云えば、語ることもなく、振り返れば、恨みある生活になっている。幾たびか閨を巡り歩いても却って恨みに思うし、また思いが深くなるだけなのだ。月が窓を照らしても、小道に花の香りがあふれても、夢はゆったりと舞上りぼんやりとしたものになってゆく。

(浣溪沙四首其の一)

夏に入り 偏えに宜しく薄粧を澹し,越羅の衣褪せ 金黃も鬱し,翠鈿 檀注 容光を助く。

相見すれども言無く 還た恨有り,幾たびか迴り判卻し 又た思量し,月 香徑 夢は悠颺【ゆうよう】す。

 

(寵愛を失ったばかりの妃嬪の心境を詠うもの。)
浣溪沙四首其二

晚出閑庭看海棠,風流學得家粧,小釵橫戴一枝芳。

晩春になって誰もいない奥の宮殿の庭には、海棠の花が咲き乱れ、美しい妃嬪がたたずむのが見られる。さわやかな風が抜けてゆくもう宮のお化粧することも十分に分かってきた、それでも、海棠の一枝を勝手気ままに頭に挿して香りを楽しんでいる。

鏤玉梳斜雲鬢膩,縷金衣透雪肌香,暗思何事立殘陽。

黄金細工に宝玉を鏤めた飾りをつけ、雲型のまげを結った髪を斜めに梳かす。そして、金糸の刺繍のうす絹の半透明の衣もの下に雪のような肌とほんのりとした香りを漂わせる、それなのに暗い思いになっているのはどうしてなのだろうか、それはあの寵愛を受けていたころのことが忘れられず、海棠の木の所に夕日を受けて立っているのだ。

(浣溪沙四首其の二)

晚がた 閑かな庭に出で 海棠を看る,風は流れ家の粧を得るを學び,小釵は一枝の芳を戴げ橫わる。

鏤玉 雲鬢の膩を梳斜しょ,縷金 衣雪肌の香を透し,暗思して何事か殘陽を立せん。

 

(かつてよしみのあった妓優との再会を果たせなかった男の思いを詠う。)

浣溪沙四首其三

訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。

思い出の地を訪れてみれば、やはり昔の別離のことが痛ましく性交渉が断絶したことや思いが届かないことを我慢して行くことしかなさどうだ、平康里の玉樓の妓優とは再会の手立てがつかないのであり、都大路の六街に小雨が降り続いて春の盛りの花びらも香りも散らしているか、ほかの妓女を相手にする気にもなれない。

早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。

「高唐の賦」にある巫山神女の故事の様にはなれない情を交わしたはずなのに、逢えなくなってしまったのだ。錦江の春をいたずらに過ごすことに、どうして堪えて行くことが出来るというのか。だけど、今できることは、春の花に遭遇するように、きっといい女に合うこともあるだろう、だから、今は酒を傾けて、心行くまで呑み続ける事しかなおのである。

(浣溪沙四首其の三)

旧を訪ね 離れを傷み魂 断えんと欲す、重ねて玉楼の人を見るに因いも無く、

六街の微雨 香塵を鏤む。

早に巫峡の夢に逢わざるが為、那ぞ堪えんや 虚しく錦江の春を度すに、花に遇わは 酒を傾け 辞すること 頻りなる莫かれ。

 

(官命により、他の者へ下された官妓と、ある日突然、高樓からいなくなった女性を偲ぶ男の情を詠う)

浣溪沙四首其四

紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢音塵。

あの紅い頬で、蓮根の糸でわたしを受け入れ、花の香りに包まれる水辺の高楼に続く欄干に何時しか足が向いてしまう、花弁の美しき女を思いうかべるだけでなにもできないことは堪え難い、少し前まで、二人で歓喜しあったことが夢でしかなくなってしまった、いまは、音信すら交わすことが許されないのだ。

翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。

逢瀬を重ねたこの艶房には、翡翠の団扇は重ねておかれたままだし、絵屏風の山は逢瀬の陰々としたことを思い出すことになり、あの夏の日には簟の竹筵の水紋の網目のさざ波のシーツは心地良かったものであったが、今はただ冷たさだけがリンリンと伝わってくる。いま彼女は、どこかの艶房で新たに蝉の初鳴きをしていることだろう、彼女への我が魂をもう断たねばならないとおもうのだ。

 

(浣溪沙四首其の四)

紅藕の花香り 檻に到るは頻りなり,堪える可けんや 閑かに花に似たる人を憶う,舊歡 夢の如く 音塵を

翠 疊なり 畫屏の山隱隱とす,冷たく鋪ける紋簟の水潾潾たり,斷魂して 何處なるか 一蟬 新たならん。 

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『浣溪沙四首其四』 現代語訳と訳註解説

(本文)

浣溪沙四首其四

紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢音塵。

翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。

 

 

(下し文)

(浣溪沙四首其の四)

紅藕の花香り 檻に到るは頻りなり,堪える可けんや 閑かに花に似たる人を憶う,舊歡 夢の如く 音塵をつ。

翠 疊なり 畫屏の山隱隱とす,冷たく鋪ける紋簟の水潾潾たり,斷魂して 何處なるか 一蟬 新たならん。 

 

(現代語訳)

(官命により、他の者へ下された官妓と、ある日突然、高樓からいなくなった女性を偲ぶ男の情を詠う)

あの紅い頬で、蓮根の糸でわたしを受け入れ、花の香りに包まれる水辺の高楼に続く欄干に何時しか足が向いてしまう、花弁の美しき女を思いうかべるだけでなにもできないことは堪え難い、少し前まで、二人で歓喜しあったことが夢でしかなくなってしまった、いまは、音信すら交わすことが許されないのだ。

逢瀬を重ねたこの艶房には、翡翠の団扇は重ねておかれたままだし、絵屏風の山は逢瀬の陰々としたことを思い出すことになり、あの夏の日には簟の竹筵の水紋の網目のさざ波のシーツは心地良かったものであったが、今はただ冷たさだけがリンリンと伝わってくる。いま彼女は、どこかの艶房で新たに蝉の初鳴きをしていることだろう、彼女への我が魂をもう断たねばならないとおもうのだ。

豆蔻 なつめぐ01
 

 

(訳注)

浣紗 絹を織って染め付けた布地を川で晒す、水の冷たい時に色の定着がよくなることで、春先の年中行事であり、谷間の石の上に並べて干されること、春の風物詩であることを意味する。秋は採蓮、採菱も若い娘の素足が風物詩である。李白は春秋の風物詩をおおくうたっている。

花間集における「浣紗」は、春先、若い娘が素足を出して紗を洗う姿を見て、春の行楽を詠ったり、あるいは自分の恋愛事情によって、昔を思い出し、満たされぬ女を詠ったりするもので、浣紗の情景を詠うものはない。多くは、若い娘がはしゃいだり、楽しい出会いがあるというのに、こんな時節に、奥座敷で静かに過ごすしかない、妃嬪たち、教坊の妓優たち、官妓たちを詠うものがほとんでである。

浣溪沙四首其四

(官命により、他の者へ下された官妓と、ある日突然、高樓からいなくなった女性を偲ぶ男の情を詠う)

【解説】蓮は美しい女性のことを言うが、女性の局部を意味し、その解釈に基づくと不明だった意味が分かり、個性を持った表現になることが多い。花間集に限らず,艶詩の場合、多くの意味不明詩がこれによって理解される。国家予算の20%~35%に後宮の維持運営費に充てられていたことからも、古代、六朝から唐宋期の女性の歴史的背景、制度、倫理観など総合的に理解したうえで、花間集を読まないと真の解釈はできない。

 この詩は、官命により、他の者へ下された官妓と、ある日突然、高樓からいなくなった女性を偲ぶ男の情を詠うものである。前段は、池に臨む手すりにもたれ、紅蓮の花に女性の面影を重ねたが、彼女の居場所は分かっていても、連絡を取ることが出来ない、会えぬ辛さを綴る。後段は、室内に目を転じ、絵屏風に囲まれた床の敷物も冷え冷えとし、どこで鳴くのか初蝉の声に腸は断ち切られると、苦衷を訴える。

蓮の花に美人を連想する例は 『花問集』 にはよく見られ、本詞では蓮の花の香りが女を連想させるよすがとなっており、官能的な色合いを帯びている。また絵屏風に描かれた山々の暗い姿や、床の敷物の冷たい感触も男の心情を象徴している。

 

『花間集』には李絢の作が四首収められている。双調四十二字、前段三句二十一字三平韻、後段三句二十一字二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋莊の浣渓抄

紅藕花香到檻頻 可堪閑憶似花人 舊歡如夢

翠疊畫屏山隱隱 冷鋪紋簟水潾潾 斷魂何處一蟬

○●○○●●○  ●○○●●○○ ●○△△●○○

●●●△○●● △△○●●○○  ●○△●●○○

花間集の浣渓紗の詩、このブログですべて訳註解説しているのでは以下の解説参照。

韋荘(韋相莊)   浣渓沙 其五

薛昭蘊(薛侍郎昭蘊)浣溪紗八首 其八

張泌(張舍人泌)  浣渓沙十首 其十 

毛文錫       浣溪沙一首

欧陽烱(歐陽舍人烱)浣渓沙三首 其三

(顧太尉  浣溪紗八首,其八

孫光憲(孫少監光憲)浣溪紗九首其九

閻選        浣溪紗一首

毛熙震(毛秘書熙震)浣溪紗七首其七

 

 

紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢音塵。

あの紅い頬で、蓮根の糸でわたしを受け入れ、花の香りに包まれる水辺の高楼に続く欄干に何時しか足が向いてしまう、花弁の美しき女を思いうかべるだけでなにもできないことは堪え難い、少し前まで、二人で歓喜しあったことが夢でしかなくなってしまった、いまは、音信すら交わすことが許されないのだ。

○音塵 音信など連絡のとれるものの一切の手段。

 

翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。

逢瀬を重ねたこの艶房には、翡翠の団扇は重ねておかれたままだし、絵屏風の山は逢瀬の陰々としたことを思い出すことになり、あの夏の日には簟の竹筵の水紋の網目のさざ波のシーツは心地良かったものであったが、今はただ冷たさだけがリンリンと伝わってくる。いま彼女は、どこかの艶房で新たに蝉の初鳴きをしていることだろう、彼女への我が魂をもう断たねばならないとおもうのだ。

○翠疊 翡翠の飾りや、翡翠の団扇、翡翠のとばりなどが無造作に積み重ねておかれている。

畫屏 屏風は寝牀のまわりに立てるもので、情事を連想させる。

○隠隠 暗いさま。

冷鋪紋簟水 簟のシーツには情事の汗を感じさせないために敷かれるもので、楚のシーツの模様は水紋が常識的なものであった。このシーツは当時は大変高価なものであり、高級官僚でなければ手にできないものである。

●これらの高級品をそのままおいてゆくのは、作者が女にプレゼントしたもので、女は作者よりの高い地位のものの女となったということである。

芍薬001
 

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宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属し、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。すべて教坊の所属であった。宮妓はしばしば皇帝の御下賜晶として大臣や貴族に与えられた。

 
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20-508《浣溪紗四首,其三》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-691-20-(508)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5002

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。平民女性で選抜されたものは、「摘弾家」(演奏家)と称された。

楽戸とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

彼女たちの中には、また別に朝臣や外国からの使節が献上した女性も、一部分であるが含まれていた。それ以外に、少数ではあるが、元々官女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。すべて教坊の所属であった。

梨園、宜春院。玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

彼女たちの生活も比較的自由で、彼女たちに対する宮中の束縛も、それほど厳格ではなかった。年をとり容色が衰えると、宮中から出て家に帰りたいと申し出ることが許されており、宮人のように必ずしも深宮の中で朽ち果てねばならないというわけではなかった。宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたにせよ、そしてまた一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたにせよ、所詮彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になるものも少なくなかった。冬になると宮妓たちに周囲をすき間なく囲ませて暖をとり、これを「妓圃」とよんだ。別の弟の岐王は寒い時妓女の懐に手を入れて暖をとった(『開元天宝達事』巻上)。こうした事例からみると、宮妓たちは芸人ではあったが、結局のところ娼妓との区別は、彼女たちが皇室専用の慰み物であるというにすぎない。宮妓はまたしばしば皇帝の御下賜晶として大臣や貴族に与えられた。

 

皇室専属の教坊妓以外も妓優はおり、彼女らは主に長安の平鹿里や、その他の街坊に集中して住んでいた。

 

長安の官妓は、上に述べた地方の官妓とは多くの違いがあるように思う。唐後期の孫薬が長安の妓女について専門に記した『北里志』と、その他こまごまとした史料からみると、長安の妓女も官府に属し、官府の御用に応じなければならなかったが、しかし官奴婦としての色合いはそれほど強くはなかった。官府の彼女たちに対する支配は比較的ゆるやかで、彼女たちも自分がどの長官の管理下にあるかもよく知らず、身分の束縛もあまりなく、地位も少しばかり高かった。また、

 

彼女たちは官府から衣食を支給されておらず、自分で商売を営んでおり、後世の娼妓とほとんど変りなかった。これはたぶん、長安などの大都市が各界の人士、とりわけ天下の才子である進士たちが遊ぶ有名な場所であり、朝廷の支持と容認の下、妓楼で遊ぶ風潮がたいそう盛んであったため、長安などの妓女たちを官府が独占的に支配することはもはやきわめて難しく、しだいに社会全体に開放されていったからであろう。こうした情況は、およそ唐の中後期に向うに従って次第に発展していった。しかし、地方官妓は唐の後期になると藩鋲が巨大な権力を持ったため、なおいっそう地方官、とりわけ渚鋲の独占支配を受けることとなった。長安の妓女たちの生活情況は、唐代の官妓がしだいに自由業の娼妓に変化してゆく過程をよく反映している。

 

長安の妓女は「楽営」には属さず、孫柴の『北里志』序の言葉をかりると、「京中の飲妓、籍は教坊に属す」というように、籍は教坊にあった。

玄宗時代に教坊が設立されたのは、もともと天下の芸人を集めて訓練を行い、専ら宮廷の御用に供するためであったが、『北里志』がいう「京中の飲妓」とは明らかに宮廷に奉仕する芸人ではなく、民間で営業する娼妓であり、彼女たちも教坊には住まず、平鹿里やその他の里坊に住んでいたのである。これでは「京中の飲妓、籍は教坊に属す」という記述と矛盾する。いったいどうしたことだろうか。筆者が推測するに、これはたぶん教坊制度の変化と関係があるように思う。玄宗以後、教坊はしだいに衰退していったが、後の時代になっても教坊は依然としてたびたび芸妓を選抜して朝廷の御用に供していた。しかしふだんは彼女たち全部を教坊の中に住まわせることができなくなり、ただ若干の名妓だけを選んで教坊籍に入れ、いつでも宮廷の御用に派遣できるようにしていた。大半の妓女は普通はもといた置家とか、自宅に住んで、前と同じく自由営業の娼妓生活を送っていた。

花蕊夫人006
 

浣溪沙四首

 

浣溪沙四首其一

入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。

相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月香徑夢悠颺。

(寵愛を失い、いつの間にか女の盛りを過ぎて、聞かざるものも色あせてきた。思いはこんな人生を恨むことだけだと詠う。)

何時しか夏になって、どうでもいい様になり、お化粧も淡泊な色に薄く付けてしまうし、あのお方の好きな越羅の薄絹さえも色あせてきて、髪飾りの黄金細工も薄汚れている。それでも、翡翠の髪飾りや、花鈿で飾り、口紅を色濃くつけてみて光にあたると生えてくる。

この妃嬪の見る姿と云えば、語ることもなく、振り返れば、恨みある生活になっている。幾たびか閨を巡り歩いても却って恨みに思うし、また思いが深くなるだけなのだ。月が窓を照らしても、小道に花の香りがあふれても、夢はゆったりと舞上りぼんやりとしたものになってゆく。

(浣溪沙四首其の一)

夏に入り 偏えに宜しく薄粧を澹し,越羅の衣褪せ 金黃も鬱し,翠鈿 檀注 容光を助く。

相見すれども言無く 還た恨有り,幾たびか迴り判卻し 又た思量し,月 香徑 夢は悠颺【ゆうよう】す。

 

浣溪沙四首其二

晚出閑庭看海棠,風流學得家粧,小釵橫戴一枝芳。

鏤玉梳斜雲鬢膩,縷金衣透雪肌香,暗思何事立殘陽。

(寵愛を失ったばかりの妃嬪の心境を詠うもの。)

晩春になって誰もいない奥の宮殿の庭には、海棠の花が咲き乱れ、美しい妃嬪がたたずむのが見られる。さわやかな風が抜けてゆくもう宮のお化粧することも十分に分かってきた、それでも、海棠の一枝を勝手気ままに頭に挿して香りを楽しんでいる。

黄金細工に宝玉を鏤めた飾りをつけ、雲型のまげを結った髪を斜めに梳かす。そして、金糸の刺繍のうす絹の半透明の衣もの下に雪のような肌とほんのりとした香りを漂わせる、それなのに暗い思いになっているのはどうしてなのだろうか、それはあの寵愛を受けていたころのことが忘れられず、海棠の木の所に夕日を受けて立っているのだ。

(浣溪沙四首其の二)

晚がた 閑かな庭に出で 海棠を看る,風は流れ家の粧を得るを學び,小釵は一枝の芳を戴げ橫わる。

鏤玉 雲鬢の膩を梳斜しょ,縷金 衣雪肌の香を透し,暗思して何事か殘陽を立せん。

 

浣溪沙四首其三

訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。

早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。

(かつてよしみのあった妓優との再会を果たせなかった男の思いを詠う。)

思い出の地を訪れてみれば、やはり昔の別離のことが痛ましく性交渉が断絶したことや思いが届かないことを我慢して行くことしかなさどうだ、平康里の玉樓の妓優とは再会の手立てがつかないのであり、都大路の六街に小雨が降り続いて春の盛りの花びらも香りも散らしているか、ほかの妓女を相手にする気にもなれない。

「高唐の賦」にある巫山神女の故事の様にはなれない情を交わしたはずなのに、逢えなくなってしまったのだ。錦江の春をいたずらに過ごすことに、どうして堪えて行くことが出来るというのか。だけど、今できることは、春の花に遭遇するように、きっといい女に合うこともあるだろう、だから、今は酒を傾けて、心行くまで呑み続ける事しかなおのである。

(浣溪沙四首其の三)

旧を訪ね 離れを傷み魂 断えんと欲す、重ねて玉楼の人を見るに因いも無く、

六街の微雨 香塵を鏤む。

早に巫峡の夢に逢わざるが為、那ぞ堪えんや 虚しく錦江の春を度すに、花に遇わは 酒を傾け 辞すること 頻りなる莫かれ。 

 

浣溪沙四首其四

紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢音塵。

翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。

 

 00長安城の図

 

『浣溪沙四首其三』 現代語訳と訳註解説

(本文)

浣溪沙四首其三

訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。

早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。

 

(下し文)

(浣溪沙四首其の三)

旧を訪ね 離れを傷み魂 断えんと欲す、重ねて玉楼の人を見るに因いも無く、

六街の微雨 香塵を鏤む。

早に巫峡の夢に逢わざるが為、那ぞ堪えんや 虚しく錦江の春を度すに、花に遇わは 酒を傾け 辞すること 頻りなる莫かれ。 

 

(現代語訳)

(かつてよしみのあった妓優との再会を果たせなかった男の思いを詠う。)

思い出の地を訪れてみれば、やはり昔の別離のことが痛ましく性交渉が断絶したことや思いが届かないことを我慢して行くことしかなさどうだ、平康里の玉樓の妓優とは再会の手立てがつかないのであり、都大路の六街に小雨が降り続いて春の盛りの花びらも香りも散らしているか、ほかの妓女を相手にする気にもなれない。

「高唐の賦」にある巫山神女の故事の様にはなれない情を交わしたはずなのに、逢えなくなってしまったのだ。錦江の春をいたずらに過ごすことに、どうして堪えて行くことが出来るというのか。だけど、今できることは、春の花に遭遇するように、きっといい女に合うこともあるだろう、だから、今は酒を傾けて、心行くまで呑み続ける事しかなおのである。

蜀中転々圖
 

(訳注)

浣溪沙四首其三

(かつてよしみのあった妓優との再会を果たせなかった男の思いを詠う。)

【解説】六街というのは長安の平康里を連想させ、そこには、教坊の妓優たち、子の雰囲気からすれば、官妓の妓優であったものと思われる。この詩の男より、上級官僚の妾になっていったので連絡の取りようがないということだろう。官妓はその所属の長の命により、与えられて、官吏の妻妾になった。どんなに愛し合っていても、許可がないといっしょになることはできず、別離は避けられなかった。

 

訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。

思い出の地を訪れてみれば、やはり昔の別離のことが痛ましく性交渉が断絶したことや思いが届かないことを我慢して行くことしかなさどうだ、平康里の玉樓の妓優とは再会の手立てがつかないのであり、都大路の六街に小雨が降り続いて春の盛りの花びらも香りも散らしているか、ほかの妓女を相手にする気にもなれない。

○欲断魂 性交渉が断絶したことや思いが届かないことを我慢して行こうとしている。欲は今にも〜しそうだ、の意。

○玉楼人 ここでは教坊の妓優を指す。

〇六街 唐の長安を城中左右に走る六筋の大通り、東市と西市の間にある街区をいう。。ここでは都の繁華街、成都の六街の意であるが、長安の平康里を舞台にしている。

○香塵 散った花びら。

 

早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。

「高唐の賦」にある巫山神女の故事の様にはなれない情を交わしたはずなのに、逢えなくなってしまったのだ。錦江の春をいたずらに過ごすことに、どうして堪えて行くことが出来るというのか。だけど、今できることは、春の花に遭遇するように、きっといい女に合うこともあるだろう、だから、今は酒を傾けて、心行くまで呑み続ける事しかなおのである。

○巫峡夢 宋玉「高唐賦」男女の情交を意味する。

毛文錫《巫山一段雲一首》

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。こうしたことの前提で巫山の神女の故事ができあがっている。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、坐山の神女の故事に思いを馳せる。

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

 

○巫山 今の四川省巫山県の東にある山。その辺りは三峡の一つの巫峡。

温庭筠『河瀆神三首(其一)』

河上望叢祠,廟前春雨來時。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

河瀆神 三首其一 温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞Gs-362-1-#68 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3357


張泌『浣渓沙十首(其三)』 

獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。

雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

浣渓沙 十首 其三 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-341-7-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3252


神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。

韋荘『望遠行』「欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。  人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。不忍別君後、却入旧香閏。」

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

○錦江 四川省の成都を流れる川。ここでは蜀の都の成都を指す。

成都561
成都関連地図 00
 

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(寵愛を失ったばかりの妃嬪の心境を詠うもの。)晩春になって誰もいない奥の宮殿の庭には、海棠の花が咲き乱れ、美しい妃嬪がたたずむのが見られる。さわやかな風が抜けてゆくもう宮のお化粧することも十分に分かってきた、それでも、海棠の一枝を勝手気ままに頭に挿して香りを楽しんでいる。


20-507《浣溪紗四首,其二》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-690-20-(507)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4997

 

 

 
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李珣の詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。

 
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20-506《浣溪紗四首,其一》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-689-20-(506)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4992

 

 

李珣(生卒年未詳)字は徳潤し先祖は波期の人唐敬宗朝(825826)に官室を建築する沈香木用材を献上した波斯の商人に李蘇抄というものがあり、その子孫に李玽と玽の兄の畡があった。兄の畡は小字を李四郎といい、字は廷儀という。唐僖宗に従って蜀に入って(中和元年881年)率府率となったという。李珣の妹の李舜絃も前蜀王衍の昭儀(女官の名称)となって宮廷に入り、これも詞をよくしたといわれている。李珣は蜀の秀才(科挙の名称)となり、花間集にも李秀才とあるが、そののちの官途についてはよくわからない。小詞に工なことで蜀の後主の宮廷に仕えていた。梓州(四川省三台県)の人という。前蜀が亡んでからは出仕せず、感慨を詞に寄せたという。かれの詞は花間集に三十七首収めている。ほかに尊前集のもの十七首を合わせて五十四首伝わっている。花間集の詞風ではあるが溫庭筠・韋莊とはまたことなった清疎な美しさがあり、民歌的な叙情に富み、また南越の風物をうたった叙景詞にも工であって又一派の詞風をなしている。北宋人の体格を開いたといわれているように、五代詞特有の濃艶さが洗い浄められてしかものちの艶約とよばれる詞の美しきがただよっているところに、又、別の新鮮な風味を備えている。集に瓊瑶集があったというが今伝わらず、輯本の詞集があるだけである。別に海藻本草という著述があり、医学にも通じていたことが知られる。

 

 

浣溪沙四首

 

浣溪沙四首其一

(寵愛を失い、いつの間にか女の盛りを過ぎて、聞かざるものも色あせてきた。思いはこんな人生を恨むことだけだと詠う。)

入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。

何時しか夏になって、どうでもいい様になり、お化粧も淡泊な色に薄く付けてしまうし、あのお方の好きな越羅の薄絹さえも色あせてきて、髪飾りの黄金細工も薄汚れている。それでも、翡翠の髪飾りや、花鈿で飾り、口紅を色濃くつけてみて光にあたると生えてくる。

相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月香徑夢悠颺。

この妃嬪の見る姿と云えば、語ることもなく、振り返れば、恨みある生活になっている。幾たびか閨を巡り歩いても却って恨みに思うし、また思いが深くなるだけなのだ。月が窓を照らしても、小道に花の香りがあふれても、夢はゆったりと舞上りぼんやりとしたものになってゆく。

(浣溪沙四首其の一)

夏に入り 偏えに宜しく薄粧を澹し,越羅の衣褪せ 金黃も鬱し,翠鈿 檀注 容光を助く。

相見すれども言無く 還た恨有り,幾たびか迴り判卻し 又た思量し,月 香徑 夢は悠颺【ゆうよう】す。

 

浣溪沙四首其二

晚出閑庭看海棠,風流學得家粧,小釵橫戴一枝芳。

鏤玉梳斜雲鬢膩,縷金衣透雪肌香,暗思何事立殘陽。

 

浣溪沙四首其三

訪舊傷離欲斷魂,無因重見玉樓人,六街微雨鏤香塵。

早為不逢巫峽夢,那堪虛度錦江春,遇花傾酒莫辭頻。

 

浣溪沙四首其四

紅藕花香到檻頻,可堪閑憶似花人,舊歡如夢音塵。

翠疊畫屏山隱隱,冷鋪紋簟水潾潾,斷魂何處一蟬新。

 

 

浣溪沙四首其一

入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。

相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月香徑夢悠颺。

 

成都561
 

『浣溪沙四首其一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

浣溪沙四首其一

入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。

相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月香徑夢悠颺。

 

(下し文)

浣溪沙四首其一

夏に入り 偏えに宜しく薄粧を澹し,越羅の衣褪せ 金黃も鬱し,翠鈿 檀注 容光を助く。

相見すれども言無く 還た恨有り,幾たびか迴り判卻し 又た思量し,月 香徑 夢は悠颺【ゆうよう】す。

 

 

(現代語訳)

(寵愛を失い、いつの間にか女の盛りを過ぎて、聞かざるものも色あせてきた。思いはこんな人生を恨むことだけだと詠う。)

何時しか夏になって、どうでもいい様になり、お化粧も淡泊な色に薄く付けてしまうし、あのお方の好きな越羅の薄絹さえも色あせてきて、髪飾りの黄金細工も薄汚れている。それでも、翡翠の髪飾りや、花鈿で飾り、口紅を色濃くつけてみて光にあたると生えてくる。

この妃嬪の見る姿と云えば、語ることもなく、振り返れば、恨みある生活になっている。幾たびか閨を巡り歩いても却って恨みに思うし、また思いが深くなるだけなのだ。月が窓を照らしても、小道に花の香りがあふれても、夢はゆったりと舞上りぼんやりとしたものになってゆく。

 

蜀の山50055
 

(訳注)

李秀才珣 花間集三十七首

李珣(約855〜約930)、字を徳潤と言い、前蜀、梓州(今の四川省三台)の人。蜀生まれの波斯人で、幼少の頃から努力家であり、その詩はしばしば人の心を打ったと言う。詞集に『凌駕集』があったが、失われて今日伝わらない。その妹は蜀王主の王術の昭儀(女官の官名。官女の最高位)となり、詞が得意であった。詞風は韋荘や孫光憲に近いものがあり、「南郷子」はその代表作とされる。『花間集』 には三十七首の詞が収められている。

 

浣溪沙四首其一

 

『花間集』には李絢の作が四首収められている。双調四十二字、前段三句二十一字三平韻、後段三句二十一字二平韻で、7⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。韋莊の浣渓抄の解説参照。

入夏偏宜澹薄粧 越羅衣褪鬱金黃 翠鈿檀注助容

相見無言還有恨 幾迴判卻又思量 香徑夢

●●△○△●?  ●○△?●○○ ●△○●●○△

△●○○○●● △△●●●△△  ●?○●△○△

 

入夏偏宜澹薄粧,越羅衣褪鬱金黃,翠鈿檀注助容光。

何時しか夏になって、どうでもいい様になり、お化粧も淡泊な色に薄く付けてしまうし、あのお方の好きな越羅の薄絹さえも色あせてきて、髪飾りの黄金細工も薄汚れている。それでも、翡翠の髪飾りや、花鈿で飾り、口紅を色濃くつけてみて光にあたると生えてくる。

偏宜 ひとえによろしく。

澹薄 淡泊1 味・色・感じなどが、あっさりしていること。また、そのさま。「―な味の料理」⇔濃厚。2 性格や態度がさっぱりしていること。こだわりやしつこさがないこと

越羅 越羅の布地。越の国の特産の羅(うすぎぬ)。

衣褪 ころもがあせる。

 うすよごれる

檀注 指で口紅を塗ること。指胭脂、唇膏一的化用品。

 

相見無言還有恨,幾迴判卻又思量,月香徑夢悠颺。

この妃嬪の見る姿と云えば、語ることもなく、振り返れば、恨みある生活になっている。幾たび閨を巡り歩いても却って恨みに思うし、また思いが深くなるだけなのだ。月が窓を照らしても、小道に花の香りがあふれても、夢はゆったりと舞上りぼんやりとしたものになってゆく。

悠颺 ゆったりと舞い上がる。颺: 舞い上がる,はためく

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19-505《菩薩蠻三首,其三》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-688-19-(505) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4987

(一度の寵愛を受けた妃嬪は以後心までも満たされず寂しい日々を過ごすと詠う。)春になって大空は地上の青さを含んで生き生きしてくれば地上の世界は雪を溶かせて春一色になる。五陵の高貴なお方は、心に幸せを運んでくれない人でどの妃嬪の何処に通われるのか、今は誰も教えてくれない。

 
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毛熙震《菩薩蠻三首,其二》(離宮で待つ妃嬪は避暑に来られることを待ち望んでいたが、今年も秋が来て、この離宮への来殿はなかった。このまま年を取ってゆくと詠う。)

 
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19-504《菩薩蠻三首,其二》十巻 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-687-19-(504)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4982

 

 

 bijo01

 「三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕。」(三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん)《白居易「後宮詞」》。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、宦官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

後宮に積った女性たちの怨みを緩めるために、皇室もいくらか対策を講じた。たとえば、毎年上巳の目(三月上旬の巴の日)に宮人が肉親と会うことを許した。これは唐朝のちょっとした開明的なところといえる。「官女は毎年の上巳の日、興慶宮内の大同殿の前で親族と会って安否を尋ね、互いに贈物をやり取りすることを許された。一日の内に訪れる人の数は数千から一万にのぼった。やって来てすぐに親族と面会できる者もいれば、夕碁に及ぶまで家族の名を呼べど至らず、泣いて後宮に帰る者もあり、毎年このようであった」(尉遅促『中朝故事』)。この一幅の情景は監獄での面会とほとんど大差なく、宮人たちもまたまちがいなく高等監獄の囚人であった。

 木芙蓉01

  

菩薩蠻三首           其一

(出家して自由恋愛も可能になり、思い人が通ってくれることを期待して過ごす女性を詠うものである。)

梨花滿院飄香雪,高樓夜靜風箏咽。             

春も盛り、梨の白い花は庭一面にほのかな香りとともに時折りおこるつむじ風により雪のように散り敷いている、高殿は静かな夜に時折りのつむじ風の音が琴曲を奏で、それによって侘しさに咽び泣きをしているかのようだ。

斜月照簾帷,憶君和夢稀。             

君のお越しの準備のため簾を降ろし、待ち侘びてその簾に傾く月がすでに照らし、君を思っていてもたまに夢の中で逢瀬に和んでいるだけだ。 

燈影背,鷰語驚愁態。             

いつ来てもいい様に、小窓には灯火の影を背にうつし、愁いに沈んで夢うつつなところに話しかけられたと思ってはっと我に返る。

屏掩斷香飛,行雲山外歸。             

寝牀を囲う屏風は香の漂いはすでに遮れてしまった、あのお方は流る雲のように山の彼方へ帰り去ってしまった。

(菩薩蠻三首 其の一)

梨花は院に満ちて 香雪を飄【まいあが】らせ、高楼は夜静かに 箏咽を風にする。

月斜めにして 簾帷を照らし、君を憶う 夢稀に和【なご】む。

小窓 灯影 背にし、燕語 愁態を驚かす。

屏 掩い 香 飛ぶを断ち、行雲 山 外に帰る。

杏の花0055
 

菩薩蠻三首           其二

(離宮で待つ妃嬪は避暑に来られることを待ち望んでいたが、今年も秋が来て、この離宮への来殿はなかった。このまま年を取ってゆくと詠う。)

繡簾高軸臨塘看,雨飜荷芰真珠散。

鳳凰の刺繍の簾を高く巻き上げ池塘を眺めていると、雨は蓮や菱にあたって、葉の上に水晶の玉を作り、飛び跳ねて真珠の玉と散らばる。

殘暑晚初涼,輕風渡水香。             

初秋というのに残暑はひどく、夕暮れになってようやく涼しくなってきた、水面を通る涼風が蓮の花の香りを運んでくる。

無憀悲往事,爭那牽情思。             

憮然として、侘しい思いで過ぎ去った日々のことを悲しく思い出し、さびしいこころの愁いを誘うように沸き起こって来るのは如何ともしがたい。

光影暗相催,等閑秋又來。             

月日の移り変わりは光陰矢のごとく過ぎ去る、避暑のための準備をしたけれど、いつものように、秋がまたやってきてすぎさってゆくのだ。

(菩薩蠻三首 其の二)

繍簾 高く軸き 塘に臨みて看れば、雨 荷芰に翻り 真珠 散る。

残暑 晩に初めて涼しく、軽風 水を渡りて香る。

無惨として 往事を悲しむに、爭那せん 情思に牽かるるを。

光影 暗に相い催し、等閑に 秋 又た来たる。

             

菩薩蠻三首           其三

天含殘碧融春色,五陵薄倖無消息。             

盡日掩朱門,離愁暗斷魂。             

鶯啼芳樹暖,鷰拂迴塘滿。             

寂寞對屏山,相思醉夢間。             

 

宮島(10)
 

『菩薩蠻三首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻三首           其二

繡簾高軸臨塘看,雨飜荷芰真珠散。             

殘暑晚初涼,輕風渡水香。             

無憀悲往事,爭那牽情思。             

光影暗相催,等閑秋又來。             

 

(下し文)

(菩薩蠻三首 其の二)

繍簾 高く軸き 塘に臨みて看れば、雨 荷芰に翻り 真珠 散る。

残暑 晩に初めて涼しく、軽風 水を渡りて香る。

無惨として 往事を悲しむに、爭那せん 情思に牽かるるを。

光影 暗に相い催し、等閑に 秋 又た来たる。

 

(現代語訳)

(離宮で待つ妃嬪は避暑に来られることを待ち望んでいたが、今年も秋が来て、この離宮への来殿はなかった)

鳳凰の刺繍の簾を高く巻き上げ池塘を眺めていると、雨は蓮や菱にあたって、葉の上に水晶の玉を作り、飛び跳ねて真珠の玉と散らばる。

初秋というのに残暑はひどく、夕暮れになってようやく涼しくなってきた、水面を通る涼風が蓮の花の香りを運んでくる。

憮然として、侘しい思いで過ぎ去った日々のことを悲しく思い出し、さびしいこころの愁いを誘うように沸き起こって来るのは如何ともしがたい。

月日の移り変わりは光陰矢のごとく過ぎ去る、避暑のための準備をしたけれど、いつものように、秋がまたやってきてすぎさってゆくのだ。

 

 

(訳注)

菩薩蠻三首     其二

(離宮で待つ妃嬪は避暑に来られることを待ち望んでいたが、今年も秋が来て、この離宮への来殿はなかった。このまま年を取ってゆくと詠う。)

花間集では、春に寵愛を受けて夏には失い、次の春が来ても寵愛を受けることが無いというものが多い。この詩は、夏に逢瀬を待っていたが、寂しく秋を迎え、また次の夏も寂しく過ごしてしまうというものだが、多くあった離宮にも数名の妃嬪がおり、宗廟に妃嬪が置かれたのである。避暑で天子が訪れて寵愛を受けるというものだが、運が良くて一度の寵愛を受けることがあるというもので、全く寵愛を受けずに生涯を終えるものもあった。

『花間集』 には毛照震の作が三首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二灰韻二平韻、後段二十字四句二灰韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

繡簾高軸臨塘,雨飜荷芰真珠             

殘暑晚初,輕風渡水             

無憀悲往,爭那牽情             

光影暗相,等閑秋又             

●○○●△○△  ●○△●○○●

○●●○△  △△●●○

○○○●●  ○△△○▲

△●●△○  ●○○●△
 

繡簾高軸臨塘看,雨飜荷芰真珠散。     

鳳凰の刺繍の簾を高く巻き上げ池塘を眺めていると、雨は蓮や菱にあたって、葉の上に水晶の玉を作り、飛び跳ねて真珠の玉と散らばる。

○高軸くるくると高く巻き上げること。

 

殘暑晚初涼,輕風渡水香。    

初秋というのに残暑はひどく、夕暮れになってようやく涼しくなってきた、水面を通る涼風が蓮の花の香りを運んでくる。

 

無憀悲往事,爭那牽情思。    

憮然として、侘しい思いで過ぎ去った日々のことを悲しく思い出し、さびしいこころの愁いを誘うように沸き起こって来るのは如何ともしがたい。

○無惨 無聊、憮然。失望・落胆してどうすることもできないでいるさま。また、意外なことに驚きあきれているさま。

○爭那 どうしよう。如何ともしがたい。

 

光影暗相催,等閑秋又來。    

月日の移り変わりは光陰矢のごとく過ぎ去る、避暑のための準備をしたけれど、いつものように、秋がまたやってきてすぎさってゆくのだ。

○光照 影光陰、時。

○等閑 いつものように。尹鶚「臨江仙」の「西窓に幽夢等閑に成り」の等閑と同じ用法。

臨江仙二首其二

深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。

西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。

紅燭半條殘焰短,依稀暗背銀屏。

枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零。

(臨江仙二首其の二)

深秋 寒夜 銀河 靜まり,月 深院の中庭に明かなる。

西 幽夢 等閑 成り,逡巡 覺むる後,特地 恨みは平らかなり難し。

紅燭 半條して 焰短を殘し,依稀として 暗く 銀屏を背にす。

枕前 何事か最も情を傷ましめん,梧桐の葉上,點點として 露珠さえ零【わず】かなり。

18-472《臨江仙二首,其二》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-655-18-(472) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4822

             

19-503《菩薩蠻三首,其一》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-686-19-(503) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4977

(出家して自由恋愛も可能になり、思い人が通ってくれることを期待して過ごす女性を詠うものである。)春も盛り、梨の白い花は庭一面にほのかな香りとともに時折りおこるつむじ風により雪のように散り敷いている、高殿は静かな夜に時折りのつむじ風の音が琴曲を奏で、それによって侘しさに咽び泣きをしているかのようだ。


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花間集 教坊曲『菩薩蠻』四十一首

毛熙震 巻一『菩薩蠻 一』 小山重疊金明滅,

『菩薩蠻 二』 水精簾裡頗黎枕,

『菩薩蠻 三』 蘂黃無限當山額,

『菩薩蠻 四』 翠翹金縷雙鸂鶒,

『菩薩蠻 五』 杏花含露團香雪,

『菩薩蠻 六』 玉樓明月長相憶,

『菩薩蠻 七』 鳳凰相對盤金縷,

『菩薩蠻 八』 牡丹花謝鶯聲歇,

『菩薩蠻 九』 滿宮明月梨花白,

『菩薩蠻 十』 寶函鈿雀金鸂鶒,

『菩薩蠻十一』 南園滿地堆輕絮,

『菩薩蠻十二』 夜來皓月纔當午,

『菩薩蠻十三』 雨晴夜合玲瓏日

『菩薩蠻十四』 竹風輕動庭除冷,

韋 荘   菩薩蠻 一 韋荘 紅樓別夜堪惆悵

菩薩蠻 二 韋荘 人人盡江南好

菩薩蠻 三 韋荘 如今卻憶江南樂

菩薩蠻 四 韋荘 勸君今夜須沉醉

菩薩蠻 五 韋荘 洛陽城裡春光好

牛 嶠   菩薩蠻七首 其一 舞裙香暖金泥鳳,

菩薩蠻七首 其二 柳花飛處鶯聲急,

菩薩蠻七首 其三 玉釵風動春幡急,

菩薩蠻七首 其四 畫屏重疊巫陽翠

菩薩蠻七首 其五 風簾鷰舞鶯啼柳,

菩薩蠻七首 其六 綠雲鬢上飛金雀,

菩薩蠻七首 其七玉樓冰簟鴛鴦錦,

和 凝 巻八 菩薩蠻一首 其一 越梅半拆輕寒裏

孫光憲 巻八 菩薩蠻五首其一 月華如水籠香砌,

                    菩薩蠻五首其二花冠頻皷牆頭翼,

                    菩薩蠻五首其三小庭花落無人掃,

                    菩薩蠻五首其四青巖碧洞經朝雨,

                    菩薩蠻五首其五木綿花映叢祠小,

魏承班 巻八 菩薩蠻二首其一 羅裾薄薄秋波染,

                    菩薩蠻二首其二羅衣隱約金泥畫,

尹鶚隴 巻九 菩薩蠻一首  雲暗合秋天白,

毛熙震    巻十       菩薩蠻三首其一 梨花滿院飄香雪
        巻十       菩薩蠻三首其二 繡簾高軸臨塘看

巻十       菩薩蠻三首其三 天含殘碧融春色

李秀才珣                  巻十       菩薩蠻三首其一 迴塘風起波紋細

巻十       菩薩蠻三首其二 等閑將度三春景

巻十       菩薩蠻三首其三 隔簾微雨雙飛鷰

 
 2014年10月17日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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(妃嬪の初夜の様子を詠う)金銀細工の飾りを入れておく小箱から鳳凰の髪飾りを出して髪に飾って踊る。浦に隠れたり部隊の前に出たり頬を赤らめて魅力を振りまき、緑の黒髪を整える。

 
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酒泉子二首

 

酒泉子二首其一

閑臥繡幃,慵想萬般情寵。

錦檀偏,翹股重,翠雲欹。

暮天屏上春山碧,映香煙霧隔。

蕙蘭心,魂夢役,斂蛾眉。

(これ以上ないほどの寵愛を受けていても、子が生まれないとやがて忘れられるものである)

鳳凰の刺繍のとばりの内に静かに横になっている、寵愛を受けているので、何をするにも物憂げになってしまう。

寝牀の上には、錦の敷物が乱れてしまい、二人待度々重なり合う、翡翠の雁を付けた妃嬪と雲となりお方は寄り添っている。

夕暮れになると寝牀のまわりに屏風を立てられ、屏風の絵の春の山の影となる。お香の煙は辺りに漂いその場所は他の所を隔てる様に漂う。

品性高潔な妃嬪であっても、やがて、あの方を思うことはできても、逢瀬は夢の中の事となってゆき、何時しか両眉の間み深いしわが出来ている。

 

酒泉子二首其の一

繡幃に閑かに臥せて,慵く想う 萬般 情寵を。

錦檀偏り,翹股重り,翠雲欹てる。

暮天 屏上 春山碧り,香を映す 煙霧隔つを。

蕙蘭の心,魂夢の役,蛾眉を斂す。

 

酒泉子二首其二

(妃嬪の初夜の様子を詠う)

鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。

金銀細工の飾りを入れておく小箱から鳳凰の髪飾りを出して髪に飾って踊る。浦に隠れたり部隊の前に出たり頬を赤らめて魅力を振りまき、緑の黒髪を整える。

月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。

月明かりが髪を梳いて行く様に斜めに照らす、髪脂で固めた雲型の髷鬘が魅力的である呑み、お化粧の香りは素通りして寒々しい。

曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。

気が付けば、夜明けのひかりが花を照らすと、微かにシワを寄せて笑い転げているようだ。しなやかなかんざし、金の燕が柔らかに揺れる。

日初昇,簾半掩,對殘粧。

その日初めての朝を迎え日は昇る、簾は半ば巻き上げて、夜化粧の残りを整える。

 

(酒泉子二首其の二)

鈿匣から舞う鸞を,隱れ映して豔紅 碧を脩む。

月 斜に梳き,鬢膩を雲にすれども,粉香 寒し。

曉花 微かに斂し 輕ろく呵展し,裊釵 金鷰軟かなり。

日は初めて昇り,簾は半ば掩う,殘粧に對す。

 

 

『酒泉子二首,其二』 現代語訳と訳註

(本文)

酒泉子二首其二

鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。

月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。

曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。

日初昇,簾半掩,對殘粧。

 

(下し文)

酒泉子二首其二

鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。

月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。

曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。

日初昇,簾半掩,對殘粧。

 

(現代語訳)

(妃嬪の初夜の様子を詠う)

金銀細工の飾りを入れておく小箱から鳳凰の髪飾りを出して髪に飾って踊る。浦に隠れたり部隊の前に出たり頬を赤らめて魅力を振りまき、緑の黒髪を整える。

月明かりが髪を梳いて行く様に斜めに照らす、髪脂で固めた雲型の髷鬘が魅力的である呑み、お化粧の香りは素通りして寒々しい。

気が付けば、夜明けのひかりが花を照らすと、微かにシワを寄せて笑い転げているようだ。しなやかなかんざし、金の燕が柔らかに揺れる。

その日初めての朝を迎え日は昇る、簾は半ば巻き上げて、夜化粧の残りを整える。

 

閶闔門001
 

(訳注)

酒泉子二首其二

(妃嬪の初夜の様子を詠う)

『花間集』には毛熙震の作が二首収められている。双調四十字、前段十九字五句二仄韻二平韻、後段二十一字五句三仄韻一平韻で、④③/❼❺3❸③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、張泌、牛嶠は④③/⑦733③の詞形をとる。

鈿匣舞  隱映豔紅脩

月梳斜 雲鬢  粉香

曉花微斂輕呵  裊釵金鷰

日初 簾半  對殘

△●●○  ●●●○○●

●○○ ○●●  ●○○

●○○●△△●  ●○○●●

●○○ ○●●  ●○○

 

鈿匣舞鸞,隱映豔紅脩碧。

金銀細工の飾りを入れておく小箱から鳳凰の髪飾りを出して髪に飾って踊る。浦に隠れたり部隊の前に出たり頬を赤らめて魅力を振りまき、緑の黒髪を整える。

鈿匣 花鈿、金銀の細工物、簪などを入れておく小箱。良家の子女はその身分を示す簪を大切に持参してくるものだし、妃嬪の地位に召された際、司宝司からその地位に値する宝飾が贈られる。この句は、初夜の準備をいう。

 

月梳斜,雲鬢膩,粉香寒。

月明かりが髪を梳いて行く様に斜めに照らす、髪脂で固めた雲型の髷鬘が魅力的である呑み、お化粧の香りは素通りして寒々しい。

月梳斜 ここでの月は妃嬪の顔を言い、透かしの髪を両鬢のかける髪型をいう。

雲鬢膩 その地位に見合った髪脂で固めた鬘をつける。重くて大きいもの。

粉香寒 化粧を施せば明るく穏やかになる物だが、小尾では、初夜のため緊張した様子をいう。

 

曉花微斂輕呵展,裊釵金鷰軟。

気が付けば、夜明けのひかりが花を照らすと、微かにシワを寄せて笑い転げているようだ。しなやかなかんざし、金の燕が柔らかに揺れる。

呵展 1 しかる。どなる。とがめる。「呵責(かしゃく)2 大きな声で笑うさま。わらいころげる。初めての経験で、朝まで情事が続いたことをいう。

裊釵金鷰軟 情事の様子で、金の髪飾りがしなやかに、あるいはやわらかく揺れる。

 

日初昇,簾半掩,對殘粧。

その日初めての朝を迎え日は昇る、簾は半ば巻き上げて、夜化粧の残りを整える。

日初昇 はじめて夜を過ごした場合、梁上に朝日が当たるのをはじめて見る。

簾半掩 朝の光は部屋の奥まで入って来るので、簾を半分垂らして遮る。

對殘粧 夜用の化粧をして、少し崩れているので、化粧をし直す。
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品性高潔な妃嬪であっても、やがて、あの方を思うことはできても、逢瀬は夢の中の事となってゆき、何時しか両眉の間み深いしわが出来ている。

 
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(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。

 
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19-500《後庭花三首,其三》十巻 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-683-19-(500)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4962

 

 

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

後庭花三首       其一

           鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

           昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

           自從陵谷追遊歇,畫梁塵

           傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

              鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)

後庭花三首       其二

           輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

           步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

           歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

           時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

(後庭花三首 其の二)

風は輕やかな、芳豔を含んで舞妓を盈つ,粧を競うて臉を新たにす。

步搖 珠翠 蛾斂を脩め,膩鬟 雲染す。

歌聲 慢ろに發つ 檀點を開き,繡衫 斜に掩う。

時將に纖手 紅臉を勻しゅうす,笑 金靨を拈す。

             

(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)

後庭花三首       其三

           越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

           倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

           春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

           爭不教人長相見,畫堂深院。

後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。

その妃嬪は今日も高楼の欄干にもたれて、話すこともなく軽く扇を手に揺らし、ただボーとしている。お化粧を整えた顔を半ば扇で隠すようにして美しい。

春の日は、長くなってゆき、長閑に過ぎてゆき、日々あたたかくなってゆく、鶯も美しく鳴くけれど、いつも聞いていると、何処か物憂げに聞こえてくる。花が一杯に咲いていた、この宮殿の庭にも、花弁が散り、敷いている。

あのお方に合うことが出来なくなって随分経過しているが、どうして、逢おうとしてくれないのだろうか、後宮の奥深い静かな奥座敷の中にはで精一杯生きて行く。

(後庭花三首其の三)

越羅の小袖 新らたに香蒨せり,金釧を薄籠す。

欄に倚れど語ること無く輕く扇を搖し,半ば勻面を遮る。

春殘り 日暖く鶯嬌 懶き,花片 庭に滿つ。

爭せしめず 人長らく相い見するを,畫堂 院を深くす。

 

 

 

 

 

 

 

 

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孫少監光憲

巻八

後庭花二首其一

景陽鐘動宮鶯囀,

 

 

 

巻八

後庭花二首其二

石城依舊空江國,

 

 

毛秘書熙震

巻十

後庭花三首其一

鶯啼鷰語芳菲節,

 

 

 

巻十

後庭花三首其二

輕盈舞妓含芳豔,

 

 

 

巻十

後庭花三首其三

越羅小袖新香蒨,

 

 

 

 

 

 

 

 

touRAKUYOjou1000

 唐時代の後宮の姥捨て山であった、洛陽の上陽宮。
 

『後庭花三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花三首           其三

越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

(下し文)

(後庭花三首其の三)

越羅の小袖 新らたに香蒨せり,金釧を薄籠す。

欄に倚れど語ること無く輕く扇を搖し,半ば勻面を遮る。

春殘り 日暖く鶯嬌 懶き,花片 庭に滿つ。

爭せしめず 人長らく相い見するを,畫堂 院を深くす。

 

 

(現代語訳)

(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)

後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。

その妃嬪は今日も高楼の欄干にもたれて、話すこともなく軽く扇を手に揺らし、ただボーとしている。お化粧を整えた顔を半ば扇で隠すようにして美しい。

春の日は、長くなってゆき、長閑に過ぎてゆき、日々あたたかくなってゆく、鶯も美しく鳴くけれど、いつも聞いていると、何処か物憂げに聞こえてくる。花が一杯に咲いていた、この宮殿の庭にも、花弁が散り、敷いている。

あのお方に合うことが出来なくなって随分経過しているが、どうして、逢おうとしてくれないのだろうか、後宮の奥深い静かな奥座敷の中にはで精一杯生きて行く。

 大毛蓼003

(訳注)

後庭花三首     其三

(後宮の妃嬪と雖も、庭に咲く花のように儚い人生を過ごすことになると詠う)

後宮の妃嬪はえらばれることが第一で、その後の人生は、その当初寵愛を受けた時に懐妊するかしないかで、人生は劇的に変わる。

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場であるが、妃嬪は常に新しく選ばれるもので、天子の在位が長ければ、すまじい数の妃嬪が後宮に存在することになる。

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、毛熙震の詞は三首である。双調四十字、前段二十字、四仄韻、後段二十字、四仄韻で、❼❹❼❹❼❹❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

 

越羅小袖新香  薄籠金
倚欄無語搖輕  半遮勻
春殘日暖鶯嬌懶  滿庭花
爭不教人長相  畫堂深

●○●●○○●  ●△○●

△○○●○△△  ●○○●

○○●●○△●  ●○○●

○△△○△△●  ●○△△

 

越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

後宮の妃嬪は越産の新しくて軽いうす絹の茜色で鮮やかな小袖からほのかに香りが届く、うでには、らせん状に巻いた金の腕飾りが小袖の下に透けて見えて華やかな気分をつたえる。

越羅小袖新香蒨 越産のうす絹の小袖が新しくて茜色で鮮やかなさまである。

越羅 浙江省湘江地方の羅の小袖。

 茜草。草の盛んに繁るさま。あざやかなさま。

薄籠金釧 うっすらと小袖の中にらせん状の金の腕飾りが透けて見える艶めかしさ、はなやかさをいう。

薄籠 うっすらと小袖の中に腕飾りが透けて見える艶めかしさ、はなやかさをいう。をいう。

金釧 金釧という装身品。らせん状に巻いた腕飾り(ブレスレット)

 

倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

その妃嬪は今日も高楼の欄干にもたれて、話すこともなく軽く扇を手に揺らし、ただボーとしている。お化粧を整えた顔を半ば扇で隠すようにして美しい。

 欄干(らんかん)。てすり。

勻面 化粧で整えた顔。

 

春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

春の日は、長くなってゆき、長閑に過ぎてゆき、日々あたたかくなってゆく、鶯も美しく鳴くけれど、いつもきいていると、何処か物憂げに聞こえてくる。花が一杯に咲いていた、この宮殿の庭にも、花弁が散り、敷いている。

鶯嬌懶 鶯の美しく鳴くけれど、何処か物憂げに聞こえてくる。早春から盛春を過ぎようとしている時間の経過を教える。

 

爭不教人長相見,畫堂深院。

あのお方に合うことが出来なくなって随分経過しているが、どうして、逢おうとしてくれないのだろうか、後宮の奥深い静かな奥座敷の中にはで精一杯生きて行く。

爭不教 何不使と同じ。どうして~してくれないのか。
唐長安城図
 

19-499《後庭花三首,其二》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-682-19-(499) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4957

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。

 
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19-499《後庭花三首,其二》十巻 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-682-19-(499)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4957

 

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「摘弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。

 

楽戸とは、楽籍という膿民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃∵勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。

 

梨園、宜春院。玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

 

 

 

後庭花三首           其一

     鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

     昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

     自從陵谷追遊歇,畫梁塵

     傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

              (後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 

後庭花三首           其二

     輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

     步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

     歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

     時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

(後庭花三首 其の二)

風は輕やかな、芳豔を含んで舞妓を盈つ,粧を競うて臉を新たにす。

步搖 珠翠 蛾斂を脩め,膩鬟 雲染す。

歌聲 慢ろに發つ 檀點を開き,繡衫 斜に掩う。

時將に纖手 紅臉を勻しゅうす,笑 金靨を拈す。

             

後庭花三首           其三

              越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

              倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

              春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

              爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『後庭花』五首

 

 

孫少監光憲

巻八

後庭花二首其一

景陽鐘動宮鶯囀,

 

 

 

巻八

後庭花二首其二

石城依舊空江國,

 

 

毛秘書熙震

巻十

後庭花三首其一

鶯啼鷰語芳菲節,

 

 

 

巻十

後庭花三首其二

輕盈舞妓含芳豔,

 

 

 

巻十

後庭花三首其三

越羅小袖新香蒨,

 

 

 

 

 

 

 

 

木蓮0005
 

 

『後庭花三首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花三首           其二

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

 

(下し文)

(後庭花三首 其の二)

風は輕やかな、芳豔を含んで舞妓を盈つ,粧を競うて臉を新たにす。

步搖 珠翠 蛾斂を脩め,膩鬟 雲染す。

歌聲 慢ろに發つ 檀點を開き,繡衫 斜に掩う。

時將に纖手 紅臉を勻しゅうす,笑 金靨を拈す。

 

(現代語訳)

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

 

花蕊夫人006
 

(訳注)

後庭花三首     其二

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、毛熙震の詞は三首である。双調四十字、前段二十字、四仄韻、後段二十字、四仄韻で、❼❹❼❹❼❹❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

輕盈舞妓含芳  競粧新
步搖珠翠脩蛾  膩鬟雲
歌聲慢發開檀  繡衫斜
時將纖手勻紅  笑拈金

△○●△○○●  ●?○△

●○○●○△●  ●○○●

○○●●○○●  ●○○●

○△○●○○△  ●○○●

 

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

 

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

 

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

 

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

拈 ひねり出すこと。苦心して考え出すこと。 「妙案を拈出する」; やりくり算段して、無理に金銭をなどをつくり出すこと。 「費用を拈出する」. 「捻出」とも書く。 【拈る】ひねる. 物を指先などでねじる。 体の一部をねじり回す。

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それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 
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19-498《後庭花三首,其一》十巻 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-681-19-(498)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4952

 

 

後庭花三首           其一

              鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

              昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

              自從陵谷追遊歇,畫梁塵

              傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

             

後庭花三首           其二

              輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

              步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

              歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

              時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

             

後庭花三首           其三

              越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

              倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

              春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

              爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『後庭花』五首

 

 

孫少監光憲

巻八

花二首其一

景陽鐘動宮鶯囀,

 

 

 

巻八

後庭花二首其二

石城依舊空江國,

 

 

毛秘書熙震

巻十

後庭花三首其一

鶯啼鷰語芳菲節,

 

 

 

巻十

後庭花三首其二

輕盈舞妓含芳豔,

 

 

 

巻十

後庭花三首其三

越羅小袖新香蒨,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後庭花三首 其一

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

海棠花021
 

 

『後庭花三首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花三首 其一

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

 

(下し文)

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり。

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 

(現代語訳)

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

杏の花001
 

(訳注)

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、毛熙震の詞は三首である。双調四十字、前段二十字、四仄韻、後段二十字、四仄韻で、❼❹❼❹❼❹❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

鶯啼鷰語芳菲節  瑞庭花
昔時懽宴歌聲  管絃清
自從陵谷追遊  畫梁塵
傷心一片如珪  閑鏁宮

○○●●○△●  ●○○●

●○△●○○●  ●△○●

●△○●○○●  ●○○●

△○●●△○●  ○?○●

 

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

 

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

懽 喜ぶ,楽しむ.2((方言)) 形容詞 勢いがよい,活発である,盛んである.

清越 形容詞 (多く4字句に用い;音声が)清らかでよくとおる,清らかに響く.用例其声清越=その声が清らかに響く.清越的歌声=清らかな歌声. 清越=清らかで抑揚がある.

 

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

  (1) 休息する歇一会儿ひと息入れる.(2) 停止する,中止する.(3) 《方》寝る,眠る.《方》短い時間,しばらくの間

 黒みがかった黄色.

 

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

珪月 圭の古代文字。玉のような月。

鏁とは?漢字辞典。 〔動詞「鏈る」の連用形から〕 金属製の輪をつないだひも状のもの。 「懐中時計の-」 -につながれた猛獣」 物と物とを結び付けているもの。

 金燈花01

19-497《木蘭花一首,》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-680-19-(497) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4947

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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102 《淥水曲》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》<102> Ⅰ李白詩1274 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4918 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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20-(14)§7-1 《上宰相書 -(14)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1192> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4944 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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19-497《木蘭花一首,》十巻 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-680-19-(497)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4947

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『木蘭花』 三首

 

 

作者



初句7字

 

 

韋相莊

巻二

木蘭花一首

獨上小樓春欲暮

 

 

魏太尉承班

巻九

木蘭一首

小芙蓉,香旖旎

 

 

毛秘書熙震

巻十

木蘭花一首

掩朱扉,鈎翠箔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木蘭花

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

 

(木蘭花)

朱扉を掩い,翠箔を鈎し,鶯聲院に滿ちるも 春 寂寞たり。

粉淚を勻し,檀郎を恨めども,一び去って 花歸らず又た落つ。

斜暉に對し,小閣に臨む,前事 豈に重ねて想着するに堪えん。

金帶 冷たく,畫屏 幽なり,寶帳 慵薰し 蘭麝 薄たり。

 

木蘭03

 

『木蘭花』 現代語訳と訳註

(本文)

木蘭花

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

 

(下し文)

(木蘭花)

朱扉を掩い,翠箔を鈎し,鶯聲院に滿ちるも 春 寂寞たり。

粉淚を勻し,檀郎を恨めども,一び去って 花歸らず又た落つ。

斜暉に對し,小閣に臨む,前事 豈に重ねて想着するに堪えん。

金帶 冷たく,畫屏 幽なり,寶帳 慵薰し 蘭麝 薄たり。

 木蘭02

(現代語訳)

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

 

甘粛省-嘉峪関0051
 

(訳注)

木蘭花

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

この「木蘭花」を女性器に喩える。妓女であるが、他の客をとらなくて囲われたものを「買斷」という。官妓を題材にしたものが多く、官妓の「買斷」はほとんどが、金のやり取りではなく、報償、許可により授けられることが多かったようだ。女儀のほとんどは妓婢であったからである。

花間集の「木蘭花」をりかいするためには、直接関係するわけではないが、木蘭従軍の故事を理解する必要がある。

花木蘭 老病の父に代わり、娘の木蘭が男装して従軍。異民族(主に突厥)を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリー。釈智匠の《古今楽録》に収める《木蘭詩()》がこの物語を記す最も古い文献だとされ,元来,南北朝期の北方の民間民謡に由来するとされる。木蘭従軍の故事は後代,詩歌の題材となるほか,現在の京劇など伝統戯曲においても《花木蘭》(花(か)が木蘭の姓)の題で演じられている。なおそこでは元帥の賀廷玉が木蘭をぜひとも自分のむすめの婿にと願ったことから,木蘭が女性であることが知れるという筋書となっている。

 

『花間集』には教坊曲『木蘭花』は三首、魏承斑の作が一首収められている。双調五十四字、前段二十六字六句三仄韻、後段二十八字四句四仄韻で、3❸❼33/3❸❼33の詞形をとる。

掩朱扉 鈎翠   滿院鶯聲春寂
勻粉淚 恨檀郎   一去不歸花又
對斜暉 臨小   前事豈堪重想着
金帶冷 畫屏幽   寶帳慵薰蘭麝

●○○ ?●●  ●△○○○●●

○●● ●○○  ●●△○○●●

●○○ △●●  ○●●○△●●

○●△ ●△○  ●●○△○●●

 

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

朱扉 妃嬪の後宮の宮殿の正門

鈎翠箔 鈎は簾や、とばりを釣り上げる金具。

滿院 その宮殿の庭に花が一杯咲き誇る。

鶯聲 鶯は春を告げて啼く。

春寂寞 春は離れたものも帰って情事をするものであるのにここには寂しさだけがある。

 

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

勻粉淚 涙の流れ落ちる面積と化粧が残っている面積が等しい。

檀郎 夫や恋い慕う男を意味する。情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだが、劉郞<阮郎<檀郎と身分が高いことを意味している。

和凝『山花子二首 其二』

銀字笙寒調正長,水紋簟冷畫屏涼。

玉腕重金扼臂,澹梳粧。

幾度試香纖手暖,一迴嘗酒絳脣光。

佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。

12 -7 山花子二首 其二  和學士凝二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-434-12-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3717

一去不歸花又落 帰ってこないこと、前句「檀郎」までの語句は、春になって訪れるものがなく、春が過ぎようとしている事実を受け入れたくないということを表現するもの。檀郎という表現でその事実を受け入れしかたのないこととあきらめる。後の語句は、辛さに堪えるということを表現するもの。

 

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

○對斜暉 この句は秋が来たこと、女性の身にも歳が重ねられたことを意味する。

前事【ぜんじ】 以前にあった事柄。前事を忘れざるは後事の師なり《「史記」秦始皇本紀・賛から》以前のことを心に留めておくと、後にすることの役に立つ。

 

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

金帶冷 帯を解かれたことはもう随分前のことで、それ以来その帯が、かけられたままである。古代帯は愛する男に贈り、愛を受け入れる意味で男は受け取ったものである。ここでは、別れの際金の刺繍の入った帯を女に還した、「別れた」ことを意味するものである。

畫屏幽 屏風は、情事の際、寝牀のまわりに立てるもので、それが開かれず、閉じたままでしまわれていることをいう。

寶帳 宝飾に飾られたとばり

慵薰 お香を焚く気になれない様子。慵:無気力、物事をする気力がないこと

蘭麝薄 昔焚かれた蘭麝香が少し残っていてほのかに香るというほどの意味。蘭麝【らんじゃ】とは。蘭の花と麝香(じゃこう)の香り。また、よい香り。 

木蓮0005
 

19-496《定西番一首,》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-679-19-(496) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4942

太陽が西に傾くと、心地よい風が吹いてくると窓辺に寄り添い、西の空を眺めながら、欄干に寄ってたつ。風でひるがえる刺繍が施された袂から、残り香が漂う。いまだ、愛しい彼の人からの便りたよりは得ていない。いつ、女性の許へ帰ってくるのだろうか。

 
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19-496《定西番一首,》十巻 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-679-19-(496)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4942

 

 

 

 

花間集 教坊曲『定西番』七首

 

 

溫助教庭筠

巻一

定西番三首 其一

漢使昔年離別,

 

 

巻一

定西番三首 其二

海燕欲飛調羽,

 

 

巻一

定西番三首 其三

細雨曉春晚,

 

 

牛給事嶠

巻四

定西番一首

紫塞月明千里,

 

 

孫少監光憲

巻八

定西番二其一

鷄祿山前游騎,

 

 

巻八

定西番二首其二

帝子枕前秋夜,

 

 

毛秘書熙震

巻十

定西番一首

蒼翠濃陰滿院,

 

 

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内の毛熙震作が一首収められている。既に溫庭筠と牛嶠、孫光憲については掲載済みである。

 

                           毛熙震

定西番

蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。

斜日倚欄風好,餘香出繡衣。

未得玉郎消息,幾時歸。

(辺境の守りの舞台を指揮して出征した夫を愁いて詠ったもの)

あのお方を送りだした後の奥座敷の前庭に、青々としたみどり色の樹木の葉が茂って、濃い木陰を中庭いっぱいにしている。ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。 ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。そして、チョウチョ二匹が交叉して、ひらひら飛んでいて、バラの花にたわむれる。

太陽が西に傾くと、心地よい風が吹いてくると窓辺に寄り添い、西の空を眺めながら、欄干に寄ってたつ。風でひるがえる刺繍が施された袂から、残り香が漂う。

いまだ、愛しい彼の人からの便りたよりは得ていない。いつ、女性の許へ帰ってくるのだろうか。

 

(定西番)

蒼翠 滿院に 濃陰たり,鶯 對して語り,蝶 交り飛びて,薔薇に 戲る。

斜日 風好く 欄に倚る,餘香 綉衣を出づ。

未だ 玉郞の消息を得ざる,幾れの時にか 歸らん。

 

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『定西番』 現代語訳と訳註

(本文)

定西番

蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。

斜日倚欄風好,餘香出繡衣。

未得玉郎消息,幾時歸。

 

 

(下し文)

(定西番)

蒼翠 滿院に 濃陰たり,鶯 對して語り,蝶 交り飛びて,薔薇に 戲る。

斜日 風好く 欄に倚る,餘香 綉衣を出づ。

未だ 玉郞の消息を得ざる,幾れの時にか 歸らん。

 

(現代語訳)

(辺境の守りの舞台を指揮して出征した夫を愁いて詠ったもの)

あのお方を送りだした後の奥座敷の前庭に、青々としたみどり色の樹木の葉が茂って、濃い木陰を中庭いっぱいにしている。ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。 ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。そして、チョウチョ二匹が交叉して、ひらひら飛んでいて、バラの花にたわむれる。

太陽が西に傾くと、心地よい風が吹いてくると窓辺に寄り添い、西の空を眺めながら、欄干に寄ってたつ。風でひるがえる刺繍が施された袂から、残り香が漂う。

いまだ、愛しい彼の人からの便りたよりは得ていない。いつ、女性の許へ帰ってくるのだろうか。

 38、雁門関

(訳注)

定西番

(辺境の守りの舞台を指揮して出征した夫を愁いて詠ったもの)

辺墓の防備に当たる高貴なもの正妻なのか、側室なのかは不明だが、心配しながら暮らすのを題材としている。士の内容からは、辺塞詩に出てくる、徴兵によって義務的に西域の守りに出たものとは異なる。司令官クラスの妻の事であろう。

 

双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、63③③/65⑥③の詞形をとる。

蒼翠濃陰滿院  鶯對語 蝶交  戲薔
斜日倚欄風好  餘香出繡
未得玉郎消息  幾時

△●○○●△  ○●● ●○○  △△○

○●△○△●  ○○●●△

●●●○○●  △○○

 

蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。

あのお方を送りだした後の奥座敷の前庭に、青々としたみどり色の樹木の葉が茂って、濃い木陰を中庭いっぱいにしている。ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。 ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。そして、チョウチョ二匹が交叉して、ひらひら飛んでいて、バラの花にたわむれる。

蒼翠濃陰滿院:

あのお方を送りだした後の奥座敷の前庭に、青々としたみどり色の樹木の葉が茂って、濃い木陰を中庭いっぱいにしている。 

・蒼翠:あおみどり色。ここでは、樹木の緑色の葉が茂っている意で使われている。 

・濃陰:濃い木陰を作っている。緑蔭。

・滿院:庭いっぱいに。中庭一面に。

鶯對語

ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。 

・鶯:ウグイス。 

・對語:二羽のつがいが、さえずり合っている。

蝶交飛

そして、チョウチョが二匹が交叉して、ひらひら飛んでいて、

・蝶:チョウチョ。 

・交飛:二匹が交叉して、ひらひら飛んでいる。

戲薔薇

チョウチョがバラの花にたわむれる。 

・戲:たわむれる。 

・薔薇:バラの花。

 

斜日倚欄風好,餘香出繡衣。

太陽が西に傾くと、心地よい風が吹いてくると窓辺に寄り添い、西の空を眺めながら、欄干に寄ってたつ。風でひるがえる刺繍が施された袂から、残り香が漂う。

斜日倚欄風好

太陽が西に傾くと、心地よい風が吹いてくると窓辺に寄り添い、西の空を眺めながら、欄干に寄ってたつ。 

・斜日:夕日。夕方。 

・倚欄:手すりに寄り添う。欄干に寄り添う。 

・風好:吹いてくる風が心地よい。

餘香出綉衣

残り香が刺繍が施された衣服から漂う。 

・餘香:残り香。染みついていたのこり香がにおうこと。 

・綉衣:刺繍が施された衣服。繍衣。

 

未得玉郎消息,幾時歸。

 いまだ、愛しい彼の人からの便りたよりは得ていない。いつ、女性の許へ帰ってくるのだろうか。

未得玉郞消息

いまだ、愛しい彼の人からの便りたよりは得ていない。  

・未得:まだ、得ていない。 

・玉郞:美男子であり、詩人であって名声がある。 ○郎について参考を添付した。したがって、、女の知らないうちに帰っても、他の女のもとに行っているのではないかと不安な気持ちを連想させるものである。

・消息:たより。

幾時歸

いつ、女性の許へ帰ってくるのだろうか。 

・幾時:いつ。 

・歸:ここでは、女性の許へ帰ってくる。

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参考添付

○劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」

○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。

檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首Ⅹ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

19-495《小重山一首,》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-678-19-(495) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4937

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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花間集 教坊曲『小重山』 六首

 

 

作者



初句7字

 

 

韋相莊

巻三

小重山 韋荘

一閉昭陽春又春

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三

小重山 其一

春到長門春草青

 

 

巻三

小重山二首 其二

秋到長門秋草黃

 

 

和凝

巻六

小重山二首其一

春入神京萬木芳

 

 

巻六

小重山首其二

正是神京爛熳時

 

 

毛秘書熙震

巻十

小重山一首

梁鷰雙飛畫閣前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小重山

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

 

(小重山)

梁の鷰は畫閣の前に雙飛す,寂寥として多少恨み,懶して孤眠す。

曉來っても閑かな處 君を想えば憐れなり,紅羅の帳,金鴨 煙を冷沉す。

誰か信ず 嬋娟を損なわんか,屏に倚りて玉筋に啼く,香鈿を濕す。

四支 無力にして 鞦韆に上り,羣花 謝し,豔陽の天に對すも愁うだけなり。

 

 閶闔門001

『小重山一首』 現代語訳と訳註

(本文)

小重山

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

 

(下し文)

(小重山)

梁の鷰は畫閣の前に雙飛す,寂寥として多少恨み,懶して孤眠す。

曉來っても閑かな處 君を想えば憐れなり,紅羅の帳,金鴨 煙を冷沉す。

誰か信ず 嬋娟を損なわんか,屏に倚りて玉筋に啼く,香鈿を濕す。

四支 無力にして 鞦韆に上り,羣花 謝し,豔陽の天に對すも愁うだけなり。

 

(現代語訳)

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

 古代妓女0101

(訳注)

小重山

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

『花間集』には六首所収されているが、いそう毛熙震の作は一首収められている。双調五十八字、前段三十字六句四平韻、後段二十八字六句四平韻で、⑦5③⑦3⑤/⑤5③⑦3⑤の詞形をとる。

梁鷰雙飛畫閣  寂寥多少恨 懶孤

曉來閑處想君憐 紅羅帳  金鴨冷沉
誰信損嬋  倚屏啼玉筋 濕香

四支無力上鞦韆 羣花謝  愁對豔陽

○●○○●●○  ●△○●● ●○○

●△○●●○○ ○○●  ○●△○○

○△●○○  △△○●○ ●○△

●○○●●○○ ○○●  ○●●○○

 

毛秘書熙震二十九首

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後蜀に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。情致の美しい、欧陽烱、牛嶠と並ぶ優れた詩人である。

 

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

梁鷰 子作りのために梁上に巣を作った燕。春から初夏にかけてのこと。

 

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

 

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

嬋娟 /嬋妍・嬋姸  あでやかで美しいさま。せんげん。

玉筋 

 

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

鞦韆 ブランコ。高貴なものの娘が妃嬪に選ばれて後宮に入っても、必ず寵愛を受けるとは限らない、十二歳を過ぎ、十四五歳までに入るので、遊び道具は用意された。唐以降の後宮には、制度的に百人以上の妃嬪がいるのである。

 

雲髻001
 

妃嬪について

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

 

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の3050%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。

 

花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。

 

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(後宮の妃嬪は寵愛を受けることもなくそのまま年老いてゆく、さびしい人生であると詠う)あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。

 
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花間集 教坊曲『河滿子』六首

 

 

作者名/


初句

 

 

毛司徒文錫

巻五

河滿子一首

紅粉樓前月照

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

河滿子二首 其一

正是破瓜年幾,

 

 

巻六

河滿子二首 其二

寫得魚牋無限,

 

 

孫少監光憲

巻八

河滿子一首

冠劍不隨君去,

 

 

毛秘書熙震

巻十

河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,

 

 

巻十

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

一片相思休不得,忍教長日愁生。

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

水辺べ高楼に向かうの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

(河滿子二首 其の一)

寂寞として芳菲 暗く度り,華するは箭の如く堪驚す。

緬想す 舊歡 多少の事を,轉添す 春思平かなり難しを。

曲檻 絲垂る金柳を,小  銀箏を絃斷す。

深院 空しく聞く 鷰語,園に滿つ 閑かに落つ 花輕ろく。

一片 相思 休むを得ず,教るに忍ぶ 長日 愁生すを。

誰か見る 夕陽の孤夢を,覺え來って 無限 情を傷す。

 

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

(後宮の妃嬪は寵愛を受けることもなくそのまま年老いてゆく、さびしい人生であると詠う)

今はもう、誰かと話す事は無く、お化粧もなおすこともなくなり、薄くなったおしろいのままである、高品の人とも会うことはなく、袂を下げたままで禮を取ることもない生活に満ちてしまい、そのことに恥入ることも気にする。

今夜も何度も閨にお香を継ぎ足したりしたので明け方まで寝てしまった、うす絹の綺麗な窓に時々日が当たりその度に明るくなる。

雲母の金屏風を立て、とばりの中に愉快にし、もう少しいた愛おしんだものだ、あの暑い日の水晶の枕の上に頭を初めて乗せた時こんなに涼しいものかと驚いた。

笑うとえくぼができてまだ若く見え、花弁が咲けたように可愛らしい、そんな日がつづくと愁いに緑の眉にしわがあつまって、妃嬪は横たわっているのだ。

ずっとあのお方のことを思い続けるけれど、教えられるのは、ただ、恨みに恨みを重ねるということでしかない、髪を整える時にはまだか細くて玉のような指が見えまだ若いのだ。

あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。

(河滿子二首 其二)

語る無し 粧澹薄を殘し,羞を含む嚲袂 輕く盈る。

幾度か 香閨 曉に眠り,綺 疎日 微かに明るし。

雲母 帳中 惜み,水精の枕の上に初めて驚く。

笑靨 嫩疑【どんぎ】花坼し,愁眉 翠斂 山 橫たわる。

相望し 只だ教わる 悵みに恨むを添う,整鬟 時に見る 纖瓊を。

獨り倚る 朱扉 閑かに立ち,誰か知る 深情なるも 別れ有るを。

 

閶闔門001
 

『河滿子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

(下し文)

(河滿子二首 其二)

語る無し 粧澹薄を殘し,羞を含む嚲袂 輕く盈る。

幾度か 香閨 曉に眠り,綺 疎日 微かに明るし。

雲母 帳中 に惜み,水精の枕の上に初めて驚く。

笑靨 嫩疑【どんぎ】花坼し,愁眉 翠斂 山 橫たわる。

相望し 只だ教わる 悵みに恨むを添う,整鬟 時に見る 纖瓊を。

獨り倚る 朱扉 閑かに立ち,誰か知る 深情なるも 別れ有るを。

 

(現代語訳)

(後宮の妃嬪は寵愛を受けることもなくそのまま年老いてゆく、さびしい人生であると詠う)

今はもう、誰かと話す事は無く、お化粧もなおすこともなくなり、薄くなったおしろいのままである、高品の人とも会うことはなく、袂を下げたままで禮を取ることもない生活に満ちてしまい、そのことに恥入ることも気にする。

今夜も何度も閨にお香を継ぎ足したりしたので明け方まで寝てしまった、うす絹の綺麗な窓に時々日が当たりその度に明るくなる。

雲母の金屏風を立て、とばりの中に愉快にし、もう少しいた愛おしんだものだ、あの暑い日の水晶の枕の上に頭を初めて乗せた時こんなに涼しいものかと驚いた。

笑うとえくぼができてまだ若く見え、花弁が咲けたように可愛らしい、そんな日がつづくと愁いに緑の眉にしわがあつまって、妃嬪は横たわっているのだ。

ずっとあのお方のことを思い続けるけれど、教えられるのは、ただ、恨みに恨みを重ねるということでしかない、髪を整える時にはまだか細くて玉のような指が見えまだ若いのだ。

あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。

大毛蓼003
 

(訳注)

河滿子二首 其二

 

唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、和凝は二首所収。双調七十六字、十六句、同名の他の詩人の作、単調三十八字、三平韻の詞形を6⑥7⑥6⑦/6⑥7⑥6⑦くりかえす。

無語殘粧澹薄  含羞嚲袂輕
幾度香閨眠曉  疎日
雲母帳中  水精枕上初
笑靨嫩疑花坼  愁眉翠斂山
相望只教添悵恨  整鬟時見纖
獨倚朱扉閑立  誰知別有深

○●○?△●  ○○●●△○

△●○○○●  ●?△●○○

○△●△○●  ●△△●○○

●●●○○●  ○○●●○△

△△△△○●●  ●○○●○○

●△○○○●  ○○●●△○

 

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

今はもう、誰かと話す事は無く、お化粧もなおすこともなくなり、薄くなったおしろいのままである、高品の人とも会うことはなく、袂を下げたままで禮を取ることもない生活に満ちてしまい、そのことに恥入ることも気にする。、、

盈  みちる。いっぱいになる。たっぷりとあるさま。みたす。いっぱいにする。 「満」 「虧」「虚」; あまる。 「贏」. 【盈盈】えいえい. 水の満ちるさま。物の多量にあるさま。 「財宝が盈盈とある」; 女性の容姿のゆったりとして美しいさま。 【盈盈一水】えいえいいっすい. 水が満ちあふれる。

 

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

今夜も何度も閨にお香を継ぎ足したりしたので明け方まで寝てしまった、うす絹の綺麗な窓に時々日が当たりその度に明るくなる。

 

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

雲母の金屏風を立て、とばりの中に愉快にし、もう少しいた愛おしんだものだ、あの暑い日の水晶の枕の上に頭を初めて乗せた時こんなに涼しいものかと驚いた。

 

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

笑うとえくぼができてまだ若く見え、花弁が咲けたように可愛らしい、そんな日がつづくと愁いに緑の眉にしわがあつまって、妃嬪は横たわっているのだ。

笑靨 〔笑(え)窪(くぼ)の意〕 笑うと,頰にできる小さなくぼみ。 ほくろ。

嫩【わか】い. 生じたばかりで柔らかい。新しく柔らかい。

坼とは?漢字辞典。 坼画数:8音読み:タク、 チャク訓読み:さける、 わかれる、 ひらく、 さけめ

 

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

ずっとあのお方のことを思い続けるけれど、教えられるのは、ただ、恨みに恨みを重ねるということでしかない、髪を整える時にはまだか細くて玉のような指が見えまだ若いのだ。

繊 1 ほそい。こまかい。「繊維・繊細・繊繊・繊毛」2 繊維。

瓊 1 たま。「瓊玉」2 玉のように美しい。「瓊筵(けいえん

 

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。
唐長安城図
 

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(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

 
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花間集 教坊曲『河滿子』六首

 

 

作者名/


初句

 

 

毛司徒文錫

巻五

河滿子一首

紅粉樓前月照

 

 

和學士凝

巻六

河滿子二首其一

正是破瓜年幾

 

 

巻六

河滿子二首其二

寫得魚牋無限

 

 

孫少監光憲

巻八

河滿子一首

冠劍不隨君去

 

 

毛秘書熙震

巻十

河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度

 

 

巻十

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

一片相思休不得,忍教長日愁生。

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

水辺べ高楼に向かうの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

(河滿子二首 其の一)

寂寞として芳菲 暗く度り,華するは箭の如く堪驚す。

緬想す 舊歡 多少の事を,轉添す 春思平かなり難しを。

曲檻 絲垂る金柳を,小  銀箏を絃斷す。

深院 空しく聞く 鷰語,園に滿つ 閑かに落つ 花輕ろく。

一片 相思 休むを得ず,教るに忍ぶ 長日 愁生すを。

誰か見る 夕陽の孤夢を,覺え來って 無限 情を傷す。

 

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

 

『河滿子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

一片相思休不得,忍教長日愁生。

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

 

(下し文)

(河滿子二首 其の一)

寂寞として芳菲 暗く度り,華するは箭の如く堪驚す。

緬想す 舊歡 多少の事を,轉添す 春思平かなり難しを。

曲檻 絲垂る金柳を,小  銀箏を絃斷す。

深院 空しく聞く 鷰語,園に滿つ 閑かに落つ 花輕ろく。

一片 相思 休むを得ず,教るに忍ぶ 長日 愁生すを。

誰か見る 夕陽の孤夢を,覺え來って 無限 情を傷す。

 

(現代語訳)

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

水辺べ高楼に向かうの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

 

古代妓女0101

(訳注)

河滿子二首 其一

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

水陸駅には官制の歓楽街があり、その周りに民間の娼屋があり歓楽街を作っていた。その官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。官妓の「身請け」、「買斷」は必ずしも金によるものではない場合もある、吏官からの申し出を許可するという場合もあり、女妓にとっては、それも名誉ではあるが、その権利を持った男が、女妓を尋ねなくなれば、女として憐れな、侘しい日を過ごすことになる。実際には、古代は、かなり自由恋愛の時代ではあったので、何処まで、侘しい生活であったかは想像して考えるしかない。明、清の時代以降は娼屋も、纏足などかなり厳しいものへと変わっていく。

唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、和凝は二首所収。双調七十六字、十六句、同名の他の詩人の作、単調三十八字、三平韻の詞形を6⑥7⑥6⑦/6⑥7⑥6⑦くりかえす。

寂寞芳菲暗度  華如箭
緬想舊歡多少事  轉添春思難
曲檻絲垂金柳  絃斷
深院空聞鷰語  滿園閑落花
一片相思休不得  忍教長日愁
誰見夕陽孤夢  覺來無限傷

●●○△●●  ●△△●○○

●●●○○●●  ●○○△△○

●●○○○●  ●○△●○○

△△△△●●  ●○○●○△

●●△△△△●  ●△△●○△

○●●○○△  ●△○●△○

pla027

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。2 心が満たされずにもの寂しいさま。じゃくまく。

箭 1 武器・狩猟具の一。弓の弦(つる)につがえ、距離を隔てた目的物を射るもの。木または竹で作った棒状のもので、一方の端に羽をつけ、他方の端に鏃(やじり)をつける。2 木材や石など、かたいもの.

 

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

緬 1 はるかに遠い。「緬(めんばく)2 細く長い糸。

 

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

水辺べ高楼に向かうの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

妓楼は船で来る客の為、欄干のもとに舟をつないだり、柳の木につなぐ、当然馬で繰る場合は柳のもとに馬を止める、そういった位置関係に高楼がある。

 

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

深院 身請けされるか、他の客を取らず決まった人だけの相手をする「買斷」のどちらも、決まった閨に住まいする。それの奥まったところの中庭ということ。

滿園 庭中に花が満開の状態である。春が通り過ぎて行くことを連想させる。

 

一片相思休不得,忍教長日愁生。

その花弁の一片の一つ一つに春の思いがこもっており、それを思い続けて止めることが出来ない。春の日は長く、その一日中、愁いが生じてくるのである。

 

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

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(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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100-#3 《長干行,二首之一 #3》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <100-#3> Ⅰ李白詩1274 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4918 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-37 《題忠州龍興寺所居院壁》 杜甫index-15 杜甫<837> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4920 杜甫詩1500-837-1155/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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19-492《南歌子二首其二》巻九 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-675-19-(492)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4922

 

 

毛熙震『花間集』巻九《南歌子二首其一》 

南歌子二首其一

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

深院晚堂人靜,理銀箏。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

楊柳杏花時節,幾多情?

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

(南歌子二首其の一)

遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。

深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。

鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。

楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?

 

南歌子二首其二

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

(南歌子二首其の二)

恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。

凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。

暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。

晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。

 

 

『南歌子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

 

 

(下し文)

(南歌子二首其の二)

恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。

凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。

暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。

晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。

 

(現代語訳)

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

雲髻001
 

(訳注)

南歌子二首其二

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

江南に高貴な子女として生まれ、美しく育てられ、妃嬪の地位に召されたものの全く接触がなく、この立場に置かれたままな生活は死ぬほどつらいものであった。その不運な人生を恨みぬいていた。ある日寵愛を受け始めると、今までのことがすべてなかったことのように思われ、すべてよそごとになって行ってが、しかし寵愛を失うのは早く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸したふるまいをするようになり、何時しか宮殿から姿を消したのである。

 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。

 

『花間集』には毛照票の作が二首収められている。双調五十六字十句、前段二十八字三平韻、後段二十八字三平韻、5⑤❼6③/5⑤❼6③の詞形をとる。

惹恨還添恨  牽腸即斷
凝情不語一枝  獨映畫簾閑立 繡衣

 暗想為雲女 應憐傅粉

晚來輕步出閨房 髻慢釵橫無力  縱猖

●●○○●  △○●●○

△○△●●○○  ●●●○○● ●△○

●●○○● △○△●○

●△△●●○○ ●●○△○●  △○△

 

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

 

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

 

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

傅粉郎 何晏は色白の美男子で、余りの白さに魏明帝は白粉を付けているのかと疑われたが、夏の最中に熱湯の餅を食べさせた。食後大汗をかいたので朱衣で顔をふいたところ、色白の顔はいよいよ白く輝いた。『世説新語』(巻下・容止第一四・2)である。この故事はよく知られ、顔には常に白粉を粉飾し(本当に真っ白な肌だったとも)、手鏡を携帯し、自分の顔を見る度にそれに「うっとり」としていたという。歩く際にも、己の影の形を気にしつつ歩んだと伝えられている。また、夏侯玄や司馬師と親しくし、優れた評価を与える一方で、自分自身のことは神に等しい存在だと準えていたという(『魏氏春秋』)

 

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

猖狂 荒々しく常軌を逸した振る舞いをすること。
巫山十二峰003
 

19-491《南歌子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-674-19-(491) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4917

妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。

 
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溫庭筠『花間集』巻九《南歌子七首其一》

手裡金鸚鵡,胸前繡鳳凰。

眼暗形相,不如從嫁與,作鴛鴦。

●●○○●  ○○●●○

○●●○△  △△△●△ ●○○

単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

『南歌子七首』(一) 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-30-5-#8 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1736

『南歌子七首』(二)温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-31-5-#9 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1740

『南歌子七首』(三)温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-32-5-#10 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1744

『南歌子七首(四)』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-33-5-#11 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1748

『南歌子七首(五)』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-34-6-#12 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1752

『南歌子七首』(六)温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-35-7-#13 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1756

『南歌子七首』 (七) 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-36-5-#14 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1760

 

張泌『花間集』巻九《南歌子三首 其一》

柳色遮樓暗,桐花落砌香。

畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

●●○○●  ○○●●○

●○○●●△△  ○△●△○● ●○○

単調二十六字、五句三平韻で、5⑤⑦6③の詞形をとる。

南歌子三首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-354-7-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3317

南歌子 三首 其二 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-355-7-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3322

南歌子 三首之三 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-356-7-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3327

 

 

毛熙震『花間集』巻九《南歌子二首其一》 

南歌子二首其一

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

深院晚堂人靜,理銀箏。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

楊柳杏花時節,幾多情?

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

(南歌子二首其の一)

遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。

深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。

鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。

楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?

 

南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

 

 

『南歌子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

南歌子二首其一

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

深院晚堂人靜,理銀箏。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

楊柳杏花時節,幾多情?

 

 

(下し文)

(南歌子二首其の一)

遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。

深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。

鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。

楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?

 

(現代語訳)

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

 

 

(訳注)

南歌子二首其一

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

 

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の3050%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。

 

花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。


双調五十六字十句、前段二十八字二平韻二仄韻、後段二十八字三平韻一仄韻、5⑤❼❻③/⑤⑤❼6③の詞形をとる。

遠山愁黛碧  橫波慢臉
膩香紅玉茜羅  深院晚堂人靜 理銀

鬢動行雲影 裙遮點屐

嬌羞愛問曲中 楊柳杏花時節  幾多

●○○●●  △○●△○

●○○●●○△  △△●○○● ●○○

●●△○● ○○●●○

△○●●●△○ ○●●○○●  △○○

 

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

 1 心がゆるんで締まりがない。「怠慢」2 速度や進行がだらだらと遅い。「慢性/緩慢」3 他をみくびっておごる。

 常侍の際に汗と脂が枕に染みついている様子をいう。

 

深院晚堂人靜,理銀箏。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

深院 奥庭。中庭。院とは、塀や建物で囲まれた中庭。中国の伝統的な御殿。

 一般にことと呼ばれ、「琴」の字を当てられるが、正しくは「箏」であり、「琴(きん)」は本来別の楽器である。最大の違いは、箏では柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で弦の音程を調節するのに対し、琴(きん)では柱が無いことである。

 

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

屐 。(1) 木靴木屐木靴,下駄.(2) 靴屐履はきもの.

 

楊柳杏花時節,幾多情?

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

 


 


 


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(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

 
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花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

 

溫助教庭筠

巻二

清平樂二首其一

上陽春晚,宮女

 

 

 

巻二

清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳

 

 

韋荘(韋相莊)

巻二

清平樂四首其一

春愁南陌,故國

 

 

 

巻二

清平樂四首其二

野花芳草,寂寞

 

 

 

巻二

清平樂四首其三

何處游女,蜀國

 

 

 

巻二

清平樂四首其四

鶯啼殘月,繡閣

 

 

孫少監光憲

巻八

清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是

 

 

 

巻八

清平樂二首其二

等閑無語,春恨

 

 

毛秘書熙震

巻九

清平樂一首

春光欲暮,寂寞

 

 

 

 

清平樂

春光欲暮,寂寞閑庭

粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。

正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

 

(清平樂)

 春光 暮んと欲し, 寂寞として庭戸 閑かなり 。

 粉蝶 雙雙として 檻を穿ちて舞い, 簾 卷く 晩天の疏雨。

 愁を含みて 獨り閨の幃に倚り, 玉鑪 煙 斷え 香 微かなり。

 正に是れ 銷魂の時節, 東風 樹に滿ち 花を飛ぶ。

 

 

『清平樂』 現代語訳と訳註

(本文)

清平樂

春光欲暮,寂寞閑庭

粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。

正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

 

(下し文)

(清平樂)

 春光 暮んと欲し, 寂寞として庭戸 閑かなり 。

 粉蝶 雙雙として 檻を穿ちて舞い, 簾 卷く 晩天の疏雨。

 愁を含みて 獨り閨の幃に倚り, 玉鑪 煙 斷え 香 微かなり。

 正に是れ 銷魂の時節, 東風 樹に滿ち 花を飛ぶ。

 

(現代語訳)

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

花鈿02
 

(訳注)

清平樂

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

○後宮の妃嬪は、数十人から百人を超える場合もある、その上毎年、うら若い女が妃嬪に召される。女の盛りのわずかな時のみ寵愛され、それを過ぎれば、ただ待ち侘びる日を過ごすのだ。清平楽は、後宮の妃嬪を詠ったものである。

 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。「唐の法は北周、隋の法を踏襲し、妃嬢、女官には地位に尊卑があったから、その品階によって衣服、化粧の費用を支給した」。唐初以来、国庫が日に日に豊かになると、后妃たちの生活もそれに応じて賛沢になった。

 

『花間集』には毛熙震の作が一首収められている。双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑦⑥7⑥の詞形をとる。

春光欲  寂寞閑庭
粉蝶雙雙穿檻  簾捲晚天疎
含愁獨倚閨  玉鑪煙斷香
正是銷魂時節  東風滿樹花

○△●●  ●●○○●

●●○○△●●  ○△●○△●

○○●△○○  ●○○●○○

△●○○○●  ○△●●○○

 

春光欲暮,寂寞閑庭

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

・春光:春の光景。春の季節。ここでは、季節のみならず、人生の春のこともぼんやりと感じさせる。 

欲暮:(季節が)終わろうとしている。季節が過ぎ去ってゆくことの描写であるとともに、人生においての時間の経過をも表している。時間が過ぎ去っていく。わたしの人生の春が終わろうとしている。

寂寞閒庭戸:寂しげで静かな屋敷では。 ・庭戸:庭や建物。屋敷。

 

粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

粉蝶 胡蝶。シロチョウ。モンシロチョウ。胡蝶の夢(こちょうのゆめ)は、中国の戦国時代の宋国(現在の河南省)に生まれた思想家で、道教の始祖の1人とされる人物の荘子(荘周)による説話である。荘子の考えが顕著に表れている説話として、またその代表作として一般的にもよく知られている。[荘子斉物論](荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。 自他を分たぬ境地。また、人生のはかなさにたとえる。蝶夢。

毛熙震《定西番》

蒼翠濃陰滿院,鶯對語。

蝶交飛,戲薔薇。

斜日倚闌風好,餘香出繍衣。

未得玉郎消息,幾時歸。

と、蝶を春の情景の一つと同時に、花間を花を求めて飛び交うものとも描いている。

雙雙 二つそろって。蝶はオス、メス一対で、飛ぶのに、わたしは、独りである。ということをいう。

溫庭筠《菩薩蛮 (一)》 

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。

懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。

照花前後鏡。花面交相映。

新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。

(菩薩蠻 一)

小山 重疊して 金 明滅,鬢の雲 度(わた)らんと欲(す)香顋の雪に。

懶げに起き 蛾眉を 畫く。妝を弄び 梳洗 遲し。

花を照らす 前後の 鏡。花面 交(こもご)も 相(あ)ひ映ず。

新たに帖りて 羅襦に綉りするは、雙雙 金の鷓鴣。

『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

穿 通る。くぐり抜ける。通す。白話では、上記の意味でよく使われる。 

 欄干。手すり。 

○舞 蝶がひらひらと舞い飛ぶ。

○簾卷 (窓の)カーテンを捲いて開けて(、外の様子を見る)。外の情景を確かめること。前出馮延己の「采桑子」「玉堂香煖珠簾卷,雙燕來歸。」に同じ。なお、後出の「幃」もカーテンであるが、「簾」は、屋内外の間にあって、内外を隔てるものであって、それに対して「幃」は、屋内に設けるとばりのこと。 

○晩天 夕方の夕暮れの空。 

○疏雨 まばらに降る雨。ぱらぱらと降る雨。

 

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

○倚 寄る。 

○閨 女性の部屋、女性の住む建物の部屋。 

○幃 とばり。

○玉鑪 宝玉でできた立派な香炉。「鑪」は「爐」に通じる。 

○煙斷香微 香木が燃え尽きてしまって、香りもかすかになった。

○銷魂時節 たましいも身に付かない時節。麗しい春が終わって、季節が移ろう時期。

 

正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

正是 ちょうど。 

東風 春風。
kairo10681
 

19-489《女冠子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-672-19-(489) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4907

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

 
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19-489《女冠子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-672-19-(489)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4907

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

巻一

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 

巻一

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

巻三

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

巻四

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

巻八

女冠子二首其一

蕙風芝露,

 

 

 

巻八

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

巻九

女冠子二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

巻九

女冠子二首其一

碧桃紅杏,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

巻十

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 

巻十

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女冠子二首其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

應共吹簫侶,暗相尋。

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

(女冠子二首其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。

香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。

翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。

應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。

 

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山妝。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を澹拂す。。

悶し來って院裏に深し,閑かに步む 落花の傍。

纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。

 

『女冠子二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山妝。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

(下し文)

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を澹拂す。。

悶し來って院裏に深し,閑かに步む 落花の傍。

纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。

 

(現代語訳)

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

 

(訳注)

女冠子二首其二

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には毛熙震の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。

脩蛾慢,不語檀心一,小山

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂

悶來深院裏,閑步落花

纖手輕輕整,玉鑪

○△●△  △●○○●● ●○○

○●○○● ○△△●○

●△△△● ○●●○△

○●△△● ●○○

 

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

○脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。

○慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。

《後庭花二首其二》孫光憲(24) 「脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。」(脩蛾し 慢臉して 雕輦に陪すれば,後庭 新らたに宴す。)宮女たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれるのだ。 14-364《後庭花二首其二》孫光憲(24)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-547-14-(364) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4282

○檀心 檀郎の心根、思い。「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。「佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。」(佯弄【ようろう】 紅絲【こうし】 蠅の拂子【ほっす】,檀郎を打つ。)あの別れた日の約束は私をもてあそぶもので素振りだけ、紅い糸で結ばれているといった、その赤い糸で蠅を打ち拂う「払子」を作って、あの恋しい「檀郎」を打ちたたいてやりたいものです。

・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

小山粧 寝牀の化粧。小山は女性が情交の準備をして横になって待つこと。

 

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

綠 みどり色、暗い、緑色のもの、刈安、二番目、二回、双方、という意味がある。

澹拂黃 女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。孫光憲《酒泉子三首其三》「玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。」(玉纖 澹拂し眉山 小さくし,鏡中 嗔 共に照す。)繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。

 

悶來深院裏,閑步落花傍。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

悶 1 もだえ苦しむ。「悶死・悶絶・悶悶/苦悶・煩悶」2 もつれる。「悶着」

 

纖手輕輕整,玉鑪香。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

 

19-488《女冠子二首其一》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-671-19-(488) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4902

春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

 
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19-488《女冠子二首其一》巻九 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-671-19-(488)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4902

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

巻一

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 

巻一

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

巻三

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

巻四

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

巻八

女冠二首其一

蕙風芝露,

 

 

 

巻八

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

巻九

女冠子二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

巻九

女冠子二首其一

碧桃紅杏,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

巻十

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 

巻十

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女冠子二首其一

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

應共吹簫侶,暗相尋。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

(女冠子二首其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。

香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。

翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。

應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。

 

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

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『女冠子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

應共吹簫侶,暗相尋。

 

(下し文)

(女冠子二首其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光 影をなす,彩霞 深し。

香り暖かく 鶯語に薰り,風 清しく鶴音を引く。

翠鬟 玉葉を冠とし,霓袖 瑤琴を捧す。

應に共に簫侶を吹かんとし,暗く 相い尋ねん。

 

(現代語訳)

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

 

 

(訳注)

女冠子二首其一

(春にあれほど楽しい時を過ごしたというのに初夏には何処かに行ってしまった。誰に尋ねたわ教えてくれるのかと詠う。)

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には毛熙震の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5/55③の詞形をとる。

碧桃紅 遲日媚籠光影 彩霞

香暖薰鶯語 風清引鶴

翠鬟冠玉 霓袖捧瑤

應共吹簫侶 暗相

●○○●  ○●●△△● ●○△

○●△○● △○●●○

●○△●● △●●○○

△△△○● ●△○

 

○女冠

宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

 

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

  病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

  圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

④ 家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

    妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

⑥ 貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

花蕊夫人006
 

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

みどりの桃がなり、杏は紅色に、初夏を迎えるころとなる。日が長くなり、女冠の閨にも日が高く影を為すようになる、朝焼けや夕焼けは色を濃くする。

遲日 四季、春。日が長くなったということで春を示す。ここでは晩春から初夏と考える。

杜甫《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》

遲日深春水,輕舟送別筵。

愁緒外,春色淚痕邊。

見酒須相憶,將詩莫浪傳。

若逢岑與范,為報各衰年。 

677 《泛江送魏十八倉曹還京,因寄岑中允參、范郎中季明》 蜀中転々 杜甫 <583  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3225 杜甫詩1000-583-839/1500

彩霞 朝焼け,夕焼け.

 

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

幸せな時は、花は咲き乱れ香と暖気に溢れ、草かおる頃、鶯も鳴いていた、風はすがすがしく、鶴も仲睦まじく鳴いている。

鶯語 鶯(うぐいす)の鳴き声。鶯が囀る。

鶯語・引鶴音 鶯の囀り、鶴が番で引き合うのも、仲の良く、睦まじく過すことを意味する。鶴音:仙人の音楽。

 

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

女冠のつやつやしい髪型、青い玉のように美しい葉がポイントの冠をつけて、仙女の着る衣のそでをたたんで、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽の曲を琴演奏をささげている。

翠鬟 輪型に巻いた、美人のつやつやしいまげ。

玉葉 ①青い玉のように美しい葉。②天子の一族。王孫公子。③他人の手紙の敬称。

捧 1 両手でささげ持つ。「捧持・捧呈・捧読」2 両手で持ちあげるようにしてかかえる。

霓袖 ①天人や仙女などの着る衣。霓裳。霓衣:仙人の衣。楚辞九歌東君「青雲衣兮白霓袖」②唐の玄宗が、夢の中で見た天上の月宮殿での天人の舞楽にならって作ったと伝えられる楽曲。「霓裳曲。」

 

應共吹簫侶,暗相尋。

これこそ春秋時代の仙人の蕭史の故事のように仲睦まじく笙の笛を吹き、そのまま飛んでいきたいと思っていたのに、今は暗い気持ちに堕ちこんでいて誰に尋ねたらいいのだろう。

吹簫侶 蕭史の故事。中国・春秋時代の仙人です。秦の国に住む、笙の名手でした。ある時、秦王である穆公の眼に留まり、娘の弄玉を嫁に貰いました。蕭史が弄玉に笙を教え、いつしか笙の音を聞き鳳凰が来るようになりました。その後、蕭史と弄玉の夫婦は鳳凰に乗り、飛び去って行きました。《列仙傳》:「蕭史者,秦穆公時人,善吹蕭,能致孔雀、白鵠。」
紅梅00

19-487《更漏子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-670-19-(487) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4897

(年を少し重ねた妃嬪が寵愛を受けなくなって秋の夜長を過すのを詠ったもの)月に薄雲がかかり寒気が満ちてくる、秋の夜長は静かに更けて行く、漏刻の水の動きをずっと眺めていたら、いつの間にか四更を過ぎて、金細工の五更の甕に水は移っていくはじめて長い時を感じている。

 
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19-487《更漏子二首其二》巻九 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-670-19-(487)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4897

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『更漏子』十六首

 

 

溫庭筠

巻一

『更漏子六首 一』 

柳絲長,春雨細,

 

 

巻一

『更漏子 二』

星斗稀,鐘鼓歇,

 

 

巻一

『更漏子 三』

金雀釵,紅粉面,

 

 

巻一

『更漏子 四』

相見稀,相憶久,

 

 

巻一

『更漏子六首 五』

背江樓,臨海月,

 

 

巻一

『更漏子首 六』

玉鑪香,紅蠟淚,

 

 

韋相莊

巻三

更漏子一首

鐘鼓寒,樓閣暝

 

 

牛嶠

巻四

更漏子三首 其一

星漸稀,漏頻轉

 

 

巻四

更漏子三首 其二

南浦情,紅粉淚

 

 

巻四

更漏子三首 其三 

春夜闌,更漏促

 

 

毛文錫

巻五

更漏子一首

春夜闌,春恨切

 

 


巻七

更漏子一首

舊歡,新悵望,

 

 

孫光憲

巻八

更漏子二首其一

聽寒更,聞遠鴈,

 

 

巻八

更漏子二首其二

今夜期,來日別,

 

 

毛熙震

巻九

更漏子二首其一

秋色清,河影澹

 

 

巻九

更漏子二首其二

煙月寒,秋夜靜

 

 

 

 

 

 

 

 

毛熙震 更漏子二首

 

更漏子二首其一

(寵愛の無くなった妃賓の深まる秋の夜の宮殿閏の内外の様子を詠う。)

秋色清,河影澹,深燭寒光暗。

初秋の景色、気配は清々しいものになるが。天の川の影は日に日に淡くなってゆく、後宮の奥深き宮殿には誰も訪れず、灯火が寒々と暗い。

綃幌碧,錦衾紅,博山香炷融。

春に垂らす碧き絹の帳もそのままに、夏の紅の錦の掛け布団、博山の香炉の香も既に灰となったままなのだ。

更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。

この夜も眠れず、漏刻のおとに咽び泣き、蟋蟀の声に心をせつなくし、いつしか奥の宮殿の庭一面に雪のような霜の時期になっていることを知る。

新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤。

それでも希望を以て新月が上るのを見る、すると薄雲消えて晴になると、垂れ下がる簾に映えて、輝く鉤と新月の鉤型がかさなった。(あのお方は来てはくれないが希望を棄てずに生きて行こう)

(更漏子二首其の一)

秋色は清なり,河影は澹なり,深の燭は寒く 光は暗なり。

綃幌は碧く,錦衾は紅に,博山香炷は融なり。

更漏に咽び,蛩鳴 切なり,院に霜華滿つるは雪の如し。

新月 上り,薄雲 收まり,簾に映える 玉鉤 懸かるを。

 

更漏子二首其二

(年を少し重ねた妃嬪が寵愛を受けなくなって秋の夜長を過すのを詠ったもの)

煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。

月に薄雲がかかり寒気が満ちてくる、秋の夜長は静かに更けて行く、漏刻の水の動きをずっと眺めていたら、いつの間にか四更を過ぎて、金細工の五更の甕に水は移っていくはじめて長い時を感じている。

羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。

うす絹のとばりの下に横たわり、刺繍の屏風は空しく壁に立てかけ、燭台の灯火はもう何度も燃えてはじけ、消えかかった事か。

人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。

ここの妃嬪は打ち萎れて悄然としていて、愁いは尽きることが無い、せめて夢だけでもとうとうとすることもなく暁を迎えようとするのは難儀なことだ。

長憶得,與郎期,竊香私語時。

あのお方のことを長く思い続けている、それは風流なお方と逢瀬を約束しているからなのだ、もしかして、あのおかたの「お香」の香りがしたのではと独り言を言って戸口のほうまで行ってみる。

 

(更漏子二首其の二)

煙月 寒く,秋夜 靜かなり,漏轉 金壺 初めて永らえる。

羅幕 下し,繡屏 空し,燈花 結碎紅なり。

人 悄悄たり,愁 了すること無し,思夢 成らずして曉難し。

長憶 得て,與郎 期す,香を竊いて 私語 時にす。

 

 

『更漏子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

更漏子二首其二

煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。

羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。

人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。

長憶得,與郎期,竊香私語時。

 

 

(下し文)

(更漏子二首其の二)

煙月 寒く,秋夜 靜かなり,漏轉 金壺 初めて永らえる。

羅幕 下し,繡屏 空し,燈花 結碎紅なり。

人 悄悄たり,愁 了すること無し,思夢 成らずして曉難し。

長憶 得て,與郎 期す,香を竊いて 私語 時にす。

 

(現代語訳)

(年を少し重ねた妃嬪が寵愛を受けなくなって秋の夜長を過すのを詠ったもの)

月に薄雲がかかり寒気が満ちてくる、秋の夜長は静かに更けて行く、漏刻の水の動きをずっと眺めていたら、いつの間にか四更を過ぎて、金細工の五更の甕に水は移っていくはじめて長い時を感じている。

うす絹のとばりの下に横たわり、刺繍の屏風は空しく壁に立てかけ、燭台の灯火はもう何度も燃えてはじけ、消えかかった事か。

ここの妃嬪は打ち萎れて悄然としていて、愁いは尽きることが無い、せめて夢だけでもとうとうとすることもなく暁を迎えようとするのは難儀なことだ。

あのお方のことを長く思い続けている、それは風流なお方と逢瀬を約束しているからなのだ、もしかして、あのおかたの「お香」の香りがしたのではと独り言を言って戸口のほうまで行ってみる。

 

(訳注)

更漏子二首其二

(年を少し重ねた妃嬪が寵愛を受けなくなって秋の夜長を過すのを詠ったもの)

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花蕊夫人006

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

 

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の3050%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。

 

花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。

杏の花0055
 

 

『花間集』には毛照票の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二灰韻二平韻、後段二十三字六句三灰韻二平韻で、3❸❻3③⑤/3❸❻❸③⑤ の詞形をとる。宮人の室には漏刻が置かれていた、そういった身分の女性を詠ったもの、何時までも眠りに着けず更漏の時を迎える女性を詠ったものである。

煙月寒,秋夜,漏轉金壺初

羅幕下,繡屏,燈花結碎

人悄,愁無,思夢不成難

長憶得,與郎,竊香私語

○●○  ○●● ●●○○○●

○●● ●△△  ○○●●○

○●●  ○○● △△△○△●

△●● △○○  ●○○●○

 

煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。

月に薄雲がかかり寒気が満ちてくる、秋の夜長は静かに更けて行く、漏刻の水の動きをずっと眺めていたら、いつの間にか四更を過ぎて、金細工の五更の甕に水は移っていくはじめて長い時を感じている。

○漏轉 「星移漏轉」のこと。古代では、星座の移位と,更漏の轉換により時刻を計った。ここでは深夜を過ぎ、あと一時で夜が明ける時の表現。。

○金壺初永 漏刻は水瓶が高い所から5つ並んでいてそれぞれに浮があり、一番下が一杯になれば五更である、その五更の甕の浮が黄金細工で出来たもの。

 

羅幕下,繡屏空,燈花結碎紅。

うす絹のとばりの下に横たわり、刺繍の屏風は空しく壁に立てかけ、燭台の灯火はもう何度も燃えてはじけ、消えかかった事か。

 

人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。

ここの妃嬪は打ち萎れて悄然としていて、愁いは尽きることが無い、せめて夢だけでもとうとうとすることもなく暁を迎えようとするのは難儀なことだ。

○悄悄 1 元気がなく、うちしおれているさま。悄然。2 静かでもの寂しいさま。

 

長憶得,與郎期,竊香私語時。

あのお方のことを長く思い続けている、それは風流なお方と逢瀬を約束しているからなのだ、もしかして、あのおかたの「お香」の香りがしたのではと独り言を言って戸口のほうまで行ってみる。

○與郎期 逢瀬の日を約束し別れたお方。

○竊香 あのおかたの「お香」の香りがしたのではと探してみること。

○私語時 独り言を行った時。

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