玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
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2014年11月

《花間集序 (5)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-730--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5197

《花間集序 (5)》 唐朝滅亡後、宋朝が興るまでの間、中原では五代に亘って王朝が交替し、江南を始めとする各地では、小国が分立した。この間の小国分立時代を五代または、五代十国と呼ぶ。この時代は、唐最後の皇帝の譲位から宋建国までの五十余年間と、短い。しかし、この中原と江南の政情不安は、才人、技能の優秀なもの、優れた楽工、優秀な妓優らを蜀に集めることとなった。中原から来たもののうち趙一族により、詩文、歌舞が保護発展せられ、趙家の文芸サロンに集められたことが、「花間集」というものに集大成されたというのが、その歴史的背景なのである。

 

 
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《花間集序 (5)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-730--()  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5197

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 五百首

 

 

 

 

 

 

 

花間集序花間集序

作者:武徳郡節度判官歐陽炯 撰  

 

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。名高白雪,聲聲而自合鸞歌。響遏青雲,字字而偏諧鳳律。楊柳大堤之句,樂府相傳。芙蓉曲渚之篇,豪家自制。莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。舉纖纖之玉指,拍按香檀。不無清之辭,用助嬌嬈之態。自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。處處之紅樓夜月,自鎖常娥。在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。邇來作者,無愧前人。今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。織綃泉底,獨殊機杼之功。廣會眾賓,時延佳論。因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。庶(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

 

花 間 集

 

(1)

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

欧陽烱はまず冒頭で、『花間集』に収められた詞は、玉に彫刻を施しその美しきに一層の磨きをかけたようなものであり、天然の造化を模倣しながらも、それより造かに巧みであること、またそれは、あたかも春の花や葉を切り取って、春と鮮やかさを競い合ぅかのようであると断言する。

 

(2)

その歌は、昔、国中を探してもわずか数人の著しか歌えなかった高雅な白雲謡の歌にも似て、それを仙女のような女性が歌えば、それを聞きつつ酒を傾ける男たちは陶然として酒に酔うと述べ、『花間集』の詞が歌姫の侍る宴席で歌われるものであったことを示唆する。「春の艶やかさを奪い」とは、『花間集』に詠われた季節に春が圧倒的に多いことによる。仙女のような歌姫が歌う『花間集』の詞は、その昔の一つ一つが自ずから鸞鳥の鳴き声に合致し、その響きは空を流れる雲をも留めるほどであり、その言葉の一つ一つは十二音階の音律にぴったりと合っていることを指摘する。

 

(3)

続いて欧陽烱は、『花間集』 の詞が楽府詩に連なるものであり、贅沢を競い合うどんな富豪の家を凌駕する趙家の(趙崇祚)の豪華な宴席では、貴公子が詞を色紙にしたためて美女に手渡すと、それを受け取った美女が拍子木を手に取って、それを歌えば、美女の美しきは嫌が上にも勝ると言い、ここでも『花間集』の詞が宴席のためのものであることを言う。

 

(4)

『花間集』の詞に類似する歌は、既に南朝の時代に作られているが、それは言葉が雅やかでないばかりか、実体を伴わぬ空疎なものであったこと、そして、唐の玄宗皇帝の時代になって初めて外面内面ともにそなわった清平楽調が作られ、近年に至って温庭第の詞集『金茎集』が現れたことを指摘し、詞が名実ともに新しい時代の文学となったことを言う。しかし、この評価は巻末の晃謙之の欧文とは相反するものがある。この後、欧陽桐は筆を続けて、先に触れた『花間集』命名の謂われについて語り筆を結ぶ。欧陽胴は 『花間集』 にきわめて高い評価を与えているが、これは自身が 『花間集』 詞人の一員であったこと、また、編集者の趙崇祚との人間関係に起因するものといえよう。

(5)

(5)-1

唐が滅亡して、中原では五つの王朝が長江流域では十数もの地方政権が興亡を繰り返したが、四川盆地を拠とする前・後の蜀は豊かな経済力を基盤に安定した地域となっていた。前・後の蜀は君臣共に一時の安逸をむさぼり、享楽に耽ることで、ここに前・後の蜀の頽廃文化が形成された。それの中核を担ったのは、中原、江南から、文化人のみならず、妓優、楽工、各種職人が戦火を避けて、蜀の地に終結したことが大きな原因である。

(5)-2

編者の趙崇祚は、祖籍は開祖父の趙廷隠が後蜀の大祖・孟知祥に従って蜀に入り、親軍を統括すること十数年。趙崇祚は衛尉少卿となり、弟の崇韜は都知領殿直となって、ともに親軍の指揮に参与した。趙氏一門は要職を占め、その暮らしぶりは贅を尽くしたものであった。

『太平廣記』巻四〇九引孫光憲《北夢瑣言》「趙廷除起南宅北宅、千梁萬供、其諸奢麗、莫之與儔。後枕江瀆、池中有二島嶼、遂甃石循池、四岸皆種垂楊、或間雜木芙蓉、池中種藕。毎至秋夏、花開魚躍、柳陰之下、有士子執巻者、垂綸者、執如意者、執塵尾奢、譚詩論道者。」

邸宅は並ぶものがないほど豪奢で、庭の池に二つの島を造り、岸辺に楊柳を、池の端に水芙蓉を、池の中に蓮を植えていた。毎年、夏や秋になれば、花は咲き魚は躍り、柳の木陰で人々が思い思いに巻物を持ち、釣糸を垂れ、如意やら大

鹿の尾で作った払子やらを揮い、詩を語り、道を論じたりしていた。

 趙崇祚はこのすべての芸の優れたもの、風流あるものを集めたサロンで、「広く賓客に会い、時に談論風発する中で、近来の詩客の曲子詞五百首を集め、十巻に分けた」という。

 


花間集序-#1

(花間集序)

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。

『花間集』の詞は美玉をさらに彫刻を施したようだ、造化にならってそれよりも遙かに巧みである。

裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。

そこにある詩の花や葉を裁ち、剪定してととのえ、男と女の春の艶めきを取り込んで鮮やかさを競い合うがごとく作った歌をあつめている。

是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。

それ故に穆王がために白雲の歌を唱えは、西王母の歌声は清らかに、仙酒を酌めば、穆王は心から酔いしれるものをとりあげる。

名高白雪,聲聲而自合鸞歌。

その歌は国中でわずか数人の者しか歌えなかったという白雪の歌よりも名が轟き、その昔の一つ一つは作られた歌詞が美しい音楽に自ずから鸞鳥の唱に合っているというものを選んでいる。

響遏青雲,字字而偏諧鳳律。

その響きは行く雲をも留めて感動的であるし、言葉の一つ一つは十二律の音律にみな唱和し、適合している。

(花間集の序)

玉を鏤り瓊を雕り,化工に擬【のぞら】えて回【はる】かに巧なり。

花を裁ち葉を剪り,春豔を奪いて以って鮮を爭う。

是を以て雲謠を唱えば則ち 金母の詞 清らかなり,霞醴を挹めば則ち 穆王の心 醉うなり。

名は白雪より高く,聲聲は而して自ら鸞歌に合す。

響は青雲を遏【とど】め,字字は而して偏に鳳律に諧【かな】う。

-2

楊柳大堤之句,樂府相傳。

古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」の歌は、楽府詩、教坊の曲として長く伝えられているようなものを選んだのである。

芙蓉曲渚之篇,豪家自制。

漢の古詩で詠った「芙蓉」、六朝何遜の「曲渚」の篇は文豪大家が自ら作ったものであるものを選んだ。

莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。

趙崇祚の贅の限りを尽くした邸宅の文芸サロンで、木陰に遊び、詩を論じ、道を論じ合ったが爭うことはなく、そこで、数知れぬ鼈甲の簪を飾った妓女を競わぬ者はなかったのだ。

競富樽前,數十珊瑚之樹。

盛大な宴席においては歌向ける大盃を呑み競うけれど、趙一族の邸宅に在る数多くの珊瑚の樹の豪華さを競い合える者はまったくいなかった。

則有綺筵公子,繡幌佳人,

かくて、きらびやかな宴席には公子たちが侍り、繍の帳の陰にはかならず美人が寄り添っていたのである。

遞葉葉之花箋,文抽麗錦。

公子は歌をしたためた色紙を風流な美人に寄せたもので、彼らが良いと思ったものを選び、その歌の文句は麗しい錦のような煌びやかで、あでやかな詞を選び出す。

舉纖纖之玉指,拍按香檀。

洗練された美人は白玉のような細い指で、選ばれたその詞を拍子木で調子を取って歌う。

不無清之辭,用助嬌嬈之態。

その選ばれた清らかな歌の詞は、佳人の艶やかさによって、いやが上にも引き立てずられたのである。

-#2

楊柳大堤の句、楽府 相い伝え、芙蓉曲渚の篇、豪家 自ら製す。

高門の下、三千の玳瑁の簪を争い、富罇の前、数十の珊瑚の樹を競わざるは莫し。

則ち綺延の公子、繍幌の佳人 有り、

葉葉の花牋を逓し、文は麗錦を抽き、

繊繊たる玉指を挙げて、柏は香檀を按ず。

清絶の辞、用て矯饒の態を助くること無くんはあらず。

-3

自南朝之宮體,扇北裏之倡風,

その歌の言葉は雅やかでないばかりか、文体も成り立たないものもあり、いわゆる「花咲いて実のならぬ」空虚なものであった。

何止言之不文,所謂秀而不實。

六朝南朝から続いた後宮の女性を題材とした艶麗な宮廷風の詩は、紅楼の少し色っぽい音曲歌舞(教坊の曲)の流行を勢いづけた。

有唐已降,率土之濱,

詩文が最高潮となった唐より後は、唐の滅亡、都の政情不安により、詩文、音曲歌舞は各地に分散し国の津々浦々に至るまで広がるということになった。

家家之香徑春風,寧尋越豔。

蜀の家々の庭先には花が咲きみだれ、花の香りが春風に乗って小道に吹きわたり、南国の美女を訪ねるまでもなく、文化は成長したのである。

處處之紅樓夜月,自鎖常娥。

したがって、至る所の紅楼に夜の月が照り輝き、言わずもがな、そこには嫦娥のような美しい女性があつまってきたのである。

-#3

南朝の宮体、北里の倡風を扇りてより、

何ぞ「之を言いて文ならず」、所謂「秀でて実らざる」に止まらんや。

有唐巳降【いこう】、率土の浜、

家家の香逕春風、寧くんぞ越艶を尋ねん。

処処の紅楼、夜月 自ら常娥を墳ざす。

-4

在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。

花間集が手本としたものに、玄宗の御代には、李太白が天子のお言葉に応えて作った清平楽詞四首があり、近頃になっては溫飛卿庭筠の『金筌集』があり、これらの影響を受けている。


邇來作者,無愧前人。

以後、詞人はみな前人に恥じない者ばかりを選んだ。

今衛尉少卿弘基(趙崇祚),以拾翠洲邊,自得羽毛之異。

ところで、当世の衛尉少卿弘基殿は翡翠の羽を洲のほとりに拾い、見事な羽を手に入れたのである。(趙家の奢侈なサロンで優雅な雰囲気の中に詞は集められた)

織綃泉底,獨殊機杼之功。

蛟人のように綺麗な水底に絹を織り、素晴らしい機織りの技を示すかのように、出来栄えの良い、順序秩序を間違えぬ良き歌を集められた。

廣會眾賓,時延佳論。

そしてそのサロンにおいて、幅広く大勢の客人を一堂に会して、議論を繰り広げさせたのである。

-#4

明皇の朝に在りては、則ち李太白の応制清平楽詞四首 有り、近代の温飛卿には復た『金筌集』有り。

邇来 作者 前人に塊ずること無し。今 

衛尉少卿 字は弘基、翠を洲辺に拾い、自ら羽毛の異なれるを得て、綃を泉底に織り、独り機杼の功 殊なるを以て、広く衆賓を会し、時に佳論を延ぶ。

-5

因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,

かくて、近来の各地からここに集まった詩人たちの中から十七人の歌詞五百首を議論の上選り集め、分けて十巻とした。

以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。

私、欧陽烱は、いささか音楽に通じ、詩人、楽工と旧知であることでとりまとめ、かたじけなくもこの詩集の題名をつけるよう依頼されたので、よって序文をしたためた。

昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。

昔、楚の都、郢に《陽春白雪の歌》を歌う者がいて、絶唱と称された。そこでこれを『花間集』と名付けることにした。

(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。

願わくは、(《陽春白雪の歌》を歌う者たちによって)この集が漢の西苑に比す趙家のサロンの才人、文人が集結した、その集い議論によって高められることの喜びにあふれた。

南國嬋娟,休唱蓮舟之引。

こうして、古くからの女子の詞と云えば「採蓮曲」舟歌であった、これに代わって、南国の雅な美しき女らを嬋娟に唱いあげたものがこの詩集なのである。

時大蜀廣政三年夏四月日序。

編纂時は大蜀、広政三年(940年)夏四月吉日に記す。

 

-#5

困りて近来の詩客の曲子詞五百首を集め、分けて十巻と為す。

烱 粗ぼ知音に預かるを以て、命題を請わるるを辱くし、仍りて序引を為る。

昔 郢人に陽春を歌う者有り、号して絶唱と為し、乃ち之に命じて『花間集』と為す。

庶わくは西園の英哲をして用て羽蓋の歓びを資けしめ、南国の嬋娟をして蓮舟の引を唱うを休めしめんことを。時に大蜀広政三年夏四月日 序す。

 

『花間集序』 現代語訳と訳註解説

(本文) -5

因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,

以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。

昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。

(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。

南國嬋娟,休唱蓮舟之引。

時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

(下し文)
-#5

困りて近来の詩客の曲子詞五百首を集め、分けて十巻と為す。

烱 粗ぼ知音に預かるを以て、命題を請わるるを辱くし、仍りて序引を為る。

昔 郢人に陽春を歌う者有り、号して絶唱と為し、乃ち之に命じて『花間集』と為す。

庶わくは西園の英哲をして用て羽蓋の歓びを資けしめ、南国の嬋娟をして蓮舟の引を唱うを休めしめんことを。時に大蜀広政三年夏四月日 序す。

 

 

(現代語訳)

かくて、近来の各地からここに集まった詩人たちの中から十七人の歌詞五百首を議論の上選り集め、分けて十巻とした。

私、欧陽烱は、いささか音楽に通じ、詩人、楽工と旧知であることでとりまとめ、かたじけなくもこの詩集の題名をつけるよう依頼されたので、よって序文をしたためた。

昔、楚の都、郢に《陽春白雪の歌》を歌う者がいて、絶唱と称された。そこでこれを『花間集』と名付けることにした。

願わくは、(《陽春白雪の歌》を歌う者たちによって)この集が漢の西苑に比す趙家のサロンの才人、文人が集結した、その集い議論によって高められることの喜びにあふれた。

こうして、古くからの女子の詞と云えば「採蓮曲」舟歌であった、これに代わって、南国の雅な美しき女らを嬋娟に唱いあげたものがこの詩集なのである。

編纂時は大蜀、広政三年(940年)夏四月吉日に記す。

 安史の乱期 勢力図 002

 (訳注) -5

花間集序

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 杏の花0055

因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,

かくて、近来の各地からここに集まった詩人たちの中から十七人の歌詞五百首を議論の上選り集め、分けて十巻とした。

○詩客曲子詞 詩人の歌詞。曲子詞は曲につけられた歌詞の意。曲子の子は接尾辞。この一句は『花間集』の詞が民間の卑俗な歌と違って、詩人の手に成る洗練された作品であることを言ったもの。

 

以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。

私、欧陽烱は、いささか音楽に通じ、詩人、楽工と旧知であることでとりまとめ、かたじけなくもこの詩集の題名をつけるよう依頼されたので、よって序文をしたためた。

○爛 欧陽胴の自称。

○粗預知音 少しばかり音楽に詳しい。教坊の曲に合わせた詩という意味で音楽のことを承知しているということであるが、此処の意味は、この十七名の詩人たちと旧知の間で、これらに詩人たちを取りまとめていく力があるということを認められたという意味である。

○序引 序言。

 

昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。

昔、楚の都、郢に《陽春白雪の歌》を歌う者がいて、絶唱と称された。そこでこれを『花間集』と名付けることにした。

○郢 戦国時代の楚の国の都。今の湖北省の江陵の北部。

○陽春 陽春白雪の曲。先の「白雪」の注参照。

 

(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。

願わくは、(《陽春白雪の歌》を歌う者たちによって)この集が漢の西苑に比す趙家のサロンの才人、文人が集結した、その集い議論によって高められることの喜びにあふれた。

○庶 願望を表す言葉。

○西園 漢代の御苑の名。ここでは趙崇祚の豪邸の文芸サロンを言う。

○英哲 俊才。

○用資 それによって助ける。用は以に同じ。

○羽蓋之歓 儀式、行事などにおける楽しみ、集いの喜び。

 

南國嬋娟,休唱蓮舟之引。

こうして、古くからの女子の詞と云えば「採蓮曲」舟歌であった、これに代わって、南国の雅な美しき女らを嬋娟に唱いあげたものがこの詩集なのである。

○南国嬋娟 南国の美女の「浣溪沙」56首、「菩薩蠻」41首、「酒泉子」26首「臨江仙」「竹枝」「楊柳」の各24首「女冠子」「更漏」などの嬋娟詞で過半数を超える。

○蓮舟之引 楽府詩の採蓮曲。南朝の梁代に多く作られた。もともと民間の蓮取り歌に由来するもの。蓮の実を取るには湖面に船を浮かべねばならぬので蓮舟と言った。引は曲の意。

 

時大蜀廣政三年夏四月日序。

編纂時は大蜀、広政三年(940年)夏四月吉日に記す。

○大蜀 蜀。大は美称。

○広政三年夏四月日 広政は後苛の孟乗の時の年号。広政三年は西暦九四〇年。旧暦では四月、五月、六月が夏。夏四月日と記して、具体的な日付の数字が入っていないのは、序を書きおえて、彫師に渡す時に後から正式に日付を入れるため。

917年 五代十国
 

 

 唐朝滅亡後、宋朝が興るまでの間、中原では五代に亘って王朝が交替し、江南を始めとする各地では、小国が分立した。の間の小国分立時代を五代または、五代十国と呼ぶ。この時代は、唐最後の皇帝の譲位から宋建国までの五十余年間と、短い。この中原と江南の政情不安は、才人、技能の優秀なもの、優れた楽工、優秀な妓優らを蜀に集めることとなり、やはり、中原から来た趙一族により、趙家の文芸サロンに集められたことが、花間集というものが、その歴史的背景なのである。

《花間集序 (4)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-729--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5192

欧陽烱《花間集序 (4)》 衛尉少卿弘基殿は翡翠の羽を洲のほとりに拾い、見事な羽を手に入れたのである。(趙家の奢侈なサロンで優雅な雰囲気の中に詞は集められた)蛟人のように綺麗な水底に絹を織り、素晴らしい機織りの技を示すかのように、出来栄えの良い、順序秩序を間違えぬ良き歌を集められた。

 
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《花間集序 (4)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-729--()  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5192

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 五百首

 

 

 

 

 

 

 

花間集序花間集序

作者:武徳郡節度判官歐陽炯 撰  

 

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。名高白雪,聲聲而自合鸞歌。響遏青雲,字字而偏諧鳳律。楊柳大堤之句,樂府相傳。芙蓉曲渚之篇,豪家自制。莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。舉纖纖之玉指,拍按香檀。不無清之辭,用助嬌嬈之態。自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。處處之紅樓夜月,自鎖常娥。在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。邇來作者,無愧前人。今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。織綃泉底,獨殊機杼之功。廣會眾賓,時延佳論。因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。庶(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

 

花 間 集

 

(1)

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

欧陽烱はまず冒頭で、『花間集』に収められた詞は、玉に彫刻を施しその美しきに一層の磨きをかけたようなものであり、天然の造化を模倣しながらも、それより造かに巧みであること、またそれは、あたかも春の花や葉を切り取って、春と鮮やかさを競い合ぅかのようであると断言する。

 

(2)

その歌は、昔、国中を探してもわずか数人の著しか歌えなかった高雅な白雲謡の歌にも似て、それを仙女のような女性が歌えば、それを聞きつつ酒を傾ける男たちは陶然として酒に酔うと述べ、『花間集』の詞が歌姫の侍る宴席で歌われるものであったことを示唆する。「春の艶やかさを奪い」とは、『花間集』に詠われた季節に春が圧倒的に多いことによる。仙女のような歌姫が歌う『花間集』の詞は、その昔の一つ一つが自ずから鸞鳥の鳴き声に合致し、その響きは空を流れる雲をも留めるほどであり、その言葉の一つ一つは十二音階の音律にぴったりと合っていることを指摘する。

 

(3)

続いて欧陽烱は、『花間集』 の詞が楽府詩に連なるものであり、贅沢を競い合うどんな富豪の家を凌駕する趙家の(趙崇祚)の豪華な宴席では、貴公子が詞を色紙にしたためて美女に手渡すと、それを受け取った美女が拍子木を手に取って、それを歌えば、美女の美しきは嫌が上にも勝ると言い、ここでも『花間集』の詞が宴席のためのものであることを言う。

 

(4)

『花間集』の詞に類似する歌は、既に南朝の時代に作られているが、それは言葉が雅やかでないばかりか、実体を伴わぬ空疎なものであったこと、そして、唐の玄宗皇帝の時代になって初めて外面内面ともにそなわった清平楽調が作られ、近年に至って温庭第の詞集『金茎集』が現れたことを指摘し、詞が名実ともに新しい時代の文学となったことを言う。しかし、この評価は巻末の晃謙之の欧文とは相反するものがある。この後、欧陽桐は筆を続けて、先に触れた『花間集』命名の謂われについて語り筆を結ぶ。欧陽胴は 『花間集』 にきわめて高い評価を与えているが、これは自身が 『花間集』 詞人の一員であったこと、また、編集者の趙崇祚との人間関係に起因するものといえよう。

 

 

花間集序-#1

(花間集序)

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。

『花間集』の詞は美玉をさらに彫刻を施したようだ、造化にならってそれよりも遙かに巧みである。

裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。

そこにある詩の花や葉を裁ち、剪定してととのえ、男と女の春の艶めきを取り込んで鮮やかさを競い合うがごとく作った歌をあつめている。

是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。

それ故に穆王がために白雲の歌を唱えは、西王母の歌声は清らかに、仙酒を酌めば、穆王は心から酔いしれるものをとりあげる。

名高白雪,聲聲而自合鸞歌。

その歌は国中でわずか数人の者しか歌えなかったという白雪の歌よりも名が轟き、その昔の一つ一つは作られた歌詞が美しい音楽に自ずから鸞鳥の唱に合っているというものを選んでいる。

響遏青雲,字字而偏諧鳳律。

その響きは行く雲をも留めて感動的であるし、言葉の一つ一つは十二律の音律にみな唱和し、適合している。

(花間集の序)

玉を鏤り瓊を雕り,化工に擬【のぞら】えて回【はる】かに巧なり。

花を裁ち葉を剪り,春豔を奪いて以って鮮を爭う。

是を以て雲謠を唱えば則ち 金母の詞 清らかなり,霞醴を挹めば則ち 穆王の心 醉うなり。

名は白雪より高く,聲聲は而して自ら鸞歌に合す。

響は青雲を遏【とど】め,字字は而して偏に鳳律に諧【かな】う。

-2

楊柳大堤之句,樂府相傳。

古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」の歌は、楽府詩、教坊の曲として長く伝えられているようなものを選んだのである。

芙蓉曲渚之篇,豪家自制。

漢の古詩で詠った「芙蓉」、六朝何遜の「曲渚」の篇は文豪大家が自ら作ったものであるものを選んだ。

莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。

趙崇祚の贅の限りを尽くした邸宅の文芸サロンで、木陰に遊び、詩を論じ、道を論じ合ったが爭うことはなく、そこで、数知れぬ鼈甲の簪を飾った妓女を競わぬ者はなかったのだ。

競富樽前,數十珊瑚之樹。

盛大な宴席においては歌向ける大盃を呑み競うけれど、趙一族の邸宅に在る数多くの珊瑚の樹の豪華さを競い合える者はまったくいなかった。

則有綺筵公子,繡幌佳人,

かくて、きらびやかな宴席には公子たちが侍り、繍の帳の陰にはかならず美人が寄り添っていたのである。

遞葉葉之花箋,文抽麗錦。

公子は歌をしたためた色紙を風流な美人に寄せたもので、彼らが良いと思ったものを選び、その歌の文句は麗しい錦のような煌びやかで、あでやかな詞を選び出す。

舉纖纖之玉指,拍按香檀。

洗練された美人は白玉のような細い指で、選ばれたその詞を拍子木で調子を取って歌う。

不無清之辭,用助嬌嬈之態。

その選ばれた清らかな歌の詞は、佳人の艶やかさによって、いやが上にも引き立てずられたのである。

-#2

楊柳大堤の句、楽府 相い伝え、芙蓉曲渚の篇、豪家 自ら製す。

高門の下、三千の玳瑁の簪を争い、富罇の前、数十の珊瑚の樹を競わざるは莫し。

則ち綺延の公子、繍幌の佳人 有り、

葉葉の花牋を逓し、文は麗錦を抽き、

繊繊たる玉指を挙げて、柏は香檀を按ず。

清絶の辞、用て矯饒の態を助くること無くんはあらず。

-3

自南朝之宮體,扇北裏之倡風,

その歌の言葉は雅やかでないばかりか、文体も成り立たないものもあり、いわゆる「花咲いて実のならぬ」空虚なものであった。

何止言之不文,所謂秀而不實。

六朝南朝から続いた後宮の女性を題材とした艶麗な宮廷風の詩は、紅楼の少し色っぽい音曲歌舞(教坊の曲)の流行を勢いづけた。

有唐已降,率土之濱,

詩文が最高潮となった唐より後は、唐の滅亡、都の政情不安により、詩文、音曲歌舞は各地に分散し国の津々浦々に至るまで広がるということになった。

家家之香徑春風,寧尋越豔。

蜀の家々の庭先には花が咲きみだれ、花の香りが春風に乗って小道に吹きわたり、南国の美女を訪ねるまでもなく、文化は成長したのである。

處處之紅樓夜月,自鎖常娥。

したがって、至る所の紅楼に夜の月が照り輝き、言わずもがな、そこには嫦娥のような美しい女性があつまってきたのである。

-#3

南朝の宮体、北里の倡風を扇りてより、

何ぞ「之を言いて文ならず」、所謂「秀でて実らざる」に止まらんや。

有唐巳降【いこう】、率土の浜、

家家の香逕春風、寧くんぞ越艶を尋ねん。

処処の紅楼、夜月 自ら常娥を墳ざす。

-4

在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。

花間集が手本としたものに、玄宗の御代には、李太白が天子のお言葉に応えて作った清平楽詞四首があり、近頃になっては溫飛卿庭筠の『金筌集』があり、これらの影響を受けている。


邇來作者,無愧前人。

以後、詞人はみな前人に恥じない者ばかりを選んだ。

今衛尉少卿弘基(趙崇祚),以拾翠洲邊,自得羽毛之異。

ところで、当世の衛尉少卿弘基殿は翡翠の羽を洲のほとりに拾い、見事な羽を手に入れたのである。(趙家の奢侈なサロンで優雅な雰囲気の中に詞は集められた)

織綃泉底,獨殊機杼之功。

蛟人のように綺麗な水底に絹を織り、素晴らしい機織りの技を示すかのように、出来栄えの良い、順序秩序を間違えぬ良き歌を集められた。

廣會眾賓,時延佳論。

そしてそのサロンにおいて、幅広く大勢の客人を一堂に会して、議論を繰り広げさせたのである。

-#4

明皇の朝に在りては、則ち李太白の応制清平楽詞四首 有り、近代の温飛卿には復た『金筌集』有り。

邇来 作者 前人に塊ずること無し。今 

衛尉少卿 字は弘基、翠を洲辺に拾い、自ら羽毛の異なれるを得て、綃を泉底に織り、独り機杼の功 殊なるを以て、広く衆賓を会し、時に佳論を延ぶ。

-5

因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。

昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。

(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。

時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

-#5

困りて近来の詩客の曲子詞五百首を集め、分けて十巻と為す。

烱 粗ぼ知音に預かるを以て、命題を請わるるを辱くし、仍りて序引を為る。

昔 郢人に陽春を歌う者有り、号して絶唱と為す。

乃ち之に命じて『花間集』と為す。

庶わくは西園の英哲をして用て羽蓋の歓びを資けしめ、南国の嬋娟をして蓮舟の引を唱うを休めしめんことを。時に大蜀広政三年夏四月日 序す。

海棠花021
 

『花間集序』 現代語訳と訳註解説

(本文) -

在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。

邇來作者,無愧前人。

今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。

織綃泉底,獨殊機杼之功。

廣會眾賓,時延佳論。

 

(下し文) -#4

明皇の朝に在りては、則ち李太白の応制清平楽詞四首 有り、近代の温飛卿には復た『金筌集』有り。

邇来 作者 前人に塊ずること無し。今 

衛尉少卿 字は弘基、翠を洲辺に拾い、自ら羽毛の異なれるを得て、綃を泉底に織り、独り機杼の功 殊なるを以て、広く衆賓を会し、時に佳論を延ぶ。

 

(現代語訳)

花間集が手本としたものに、玄宗の御代には、李太白が天子のお言葉に応えて作った清平楽詞四首があり、近頃になっては溫飛卿庭筠の『金筌集』があり、これらの影響を受けている。

以後、詞人はみな前人に恥じない者ばかりを選んだ。

ところで、当世の衛尉少卿弘基殿は翡翠の羽を洲のほとりに拾い、見事な羽を手に入れたのである。(趙家の奢侈なサロンで優雅な雰囲気の中に詞は集められた)

蛟人のように綺麗な水底に絹を織り、素晴らしい機織りの技を示すかのように、出来栄えの良い、順序秩序を間違えぬ良き歌を集められた。

そしてそのサロンにおいて、幅広く大勢の客人を一堂に会して、議論を繰り広げさせたのである。

花間集
 

(訳注)

花間集序

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。

花間集が手本としたものに、玄宗の御代には、李太白が天子のお言葉に応えて作った清平楽詞四首があり、近頃になっては溫飛卿庭筠の『金筌集』があり、これらの影響を受けている。

○明皇 唐の玄宗皇帝。

○李太白 盛唐の詩人、李白。太白は字。・李白《清平樂》詞四首 参考に末尾に李白詩清平楽五首、清平調三首を掲載した。

○応制 天子の詔に応えて詩を作ること、またその詩。

○清平楽 詞牌すなわち曲名。李白の清平楽の詞は、現在、『尊前集』に五首残るが、ここに言う清平楽と同じ作品かどうかは不明。なお玄宗の命で楊貴妃の美を称えて詠んだ、いわゆる七言絶句の清平調三首とは異なる。

○温飛卿 晩唐の溫庭筠。飛卿は字。後の作者解説参照。・溫飛卿複有《金筌集》

○金筌集 温庭第の詞集。詞集の囁矢をなすが、今は亡んで伝わらない。

1 温庭筠 おんていいん

812頃―870以後)本名は岐、字は飛卿、幷州(山西省大原)の人。初唐の宰相温彦博の子孫にあたるといわれる。年少のころから詩をよくしたが、素行がわるく頽廃遊蕩生活に耽り、歌樓妓館のところに出入して、艶麗な歌曲ばかりつくっていた。進士の試験にも落第をつづけ、官途につくこともできなかった。徐商が裏陽(湖北)の地方長官をしていたとき、採用されて巡官となり、ついで徐商が中央の高官(成通のはじめ尚書省に入る)になったので、さらに任用されようとしたが成らなかった。859年頃に詩名によって特に召されて登用され、国子(大学)助教となった。たが、叙任前に微行中の宣宗に無礼があって罷免され、晩年は流落して終わった。そのため、生歿が未詳である。

 

集に撞蘭集三巻、金墨集十巻、漢南其稿十巻があったという。かれは晩唐の詩人として李商隠と相並び、「温李」として名を知られている。音楽に精しく、鼓琴吹笛などを善くし、当時流行しつつあった詞の作家としても韋荘と相並んで「温韋」の称があった。その詞の大部分は超崇祚の編した花間集に収載されている。洗練された綺麗な辞句をもちいた、桃李の花を見るような艶美な作風は花間集一派の詞人を代表するもので、「深美閎約」と批評されているその印象的なうつくしさにおいてほ花間集中、及ぶものがないといってよく、韋荘の綺麗さとよい対照をなしている。王国維が花間集に収載する六十六首のほか他書に散見するものを合せて輯した金荃詞一巻があり、七十首を伝えている。

 

邇來作者,無愧前人。

以後、詞人はみな前人に恥じない者ばかりを選んだ。

○邁来 以来。

 

今衛尉少卿弘基(趙崇祚),以拾翠洲邊,自得羽毛之異。

ところで、当世の衛尉少卿弘基殿は翡翠の羽を洲のほとりに拾い、見事な羽を手に入れたのである。(趙家野奢侈なサロンで優雅な雰囲気の中に詞は集められた)

○衛尉少卿 官名。兵使、甲胃、武器などを管掌。

○弘基 趙崇祚の字。『花間集』の編者であり、蜀の孟昶に仕えて衛尉少卿になった。編者の趙崇祚は、祖籍は開祖父の趙廷隠が後蜀の大祖・孟知祥に従って蜀に入り、親軍を統括すること十数年。趙崇祚は衛尉少卿となり、弟の崇韜は都知領殿直となって、ともに親軍の指揮に参与した。趙氏一門は要職を占め、その暮らしぶりは贅を尽くしたものであった。

『太平廣記』巻四〇九引孫光憲《北夢瑣言》「趙廷除起南宅北宅、千梁萬供、其諸奢麗、莫之與儔。後枕江瀆、池中有二島嶼、遂甃石循池、四岸皆種垂楊、或間雜木芙蓉、池中種藕。毎至秋夏、花開魚躍、柳陰之下、有士子執巻者、垂綸者、執如意者、執塵尾奢、譚詩論道者。」

邸宅は並ぶものがないほど豪奢で、庭の池に二つの島を造り、岸辺に楊柳を、池の端に水芙蓉を、池の中に蓮を植えていた。毎年、夏や秋になれば、花は咲き魚は躍り、柳の木陰で人々が思い思いに巻物を持ち、釣糸を垂れ、如意やら大

鹿の尾で作った払子やらを揮い、詩を語り、道を論じたりしていた。

 趙崇祚はこのサロンで、「広く賓客に会い、時に談論風発する中で、近来の詩客の曲子詞五百首を集め、十巻に分けた」という。

 

○拾翠 翡翠の羽を拾う。翡翠は雄と雌で色が違い、高貴な閨に飾られるものであることから、閨情詞、艶詞のたぐいをさすので、ここでは詞を捜し集めること。

○羽毛之異 美しい羽毛。ここでは優れた詞の意。

 

織綃泉底,獨殊機杼之功。

蛟人のように綺麗な水底に絹を織り、素晴らしい機織りの技を示すかのように、出来栄えの良い、順序秩序を間違えぬ良き歌を集められた。

○織綃泉底 『博物志』に、「蛟人は魚のように水中で暮らしており、常に紡いだり織ったりしていて、時たま海中から出て人家に綃を売りさばく」とまた『述異記』に「南海から鮫綃紗を産出する。またの名を亀紗と言う。その値段は百金余り」と。ここは優れた詞集を編纂することの喩え。

○独殊 特に優れている。

〇機杼之功 機織り仕事の出来はえ。ここでは『花間集』編纂の出来ばえのこと。機杼は織りの横糸を通す杼。

 

廣會眾賓,時延佳論。

そしてそのサロンにおいて、幅広く大勢の客人を一堂に会して、議論を繰り広げさせたのである。

○延佳論 優れた議論を展開する。

 

杏の花0055
 

李白詩 尊前集  清平楽五首、清平調三首

    李太白集 《巻二十五補遺》清平楽令二首清平楽三首、《巻四》清平調三首

清平樂 一(一)

禁庭春畫。鶯羽披新繡。百草巧求花下鬥。祗賭珠璣滿鬥。

日晚卻理殘妝。禦前閑舞霓裳。誰道腰肢窈窕,折旋笑得君王。

 

清平樂 二(二)

禁闈清夜。月探金窗罅。玉帳鴛鴦噴蘭麝。時落銀燈香

女伴莫話孤眠。六宮羅綺三千。一笑皆生百媚,宸衷教在誰邊。

 

清平樂 三(一)

煙深水闊。音信無由達。惟有碧天雲外月。偏照懸懸離別。

盡日感事傷懷。愁眉似鎖難開。夜夜長留半被,待君魂夢歸來。

 

清平樂 四(二)

鸞衾鳳褥。夜夜常孤宿。更被銀臺紅蠟燭。學妾淚珠相續。

花貌些子時光。人遠泛瀟湘。欹枕悔聽寒漏,聲聲滴斷愁腸。

 

清平樂 五(三)

畫堂晨起。來報雪花墜。高卷簾櫳看佳瑞。皓色遠迷庭砌。

盛氣光引爐煙,素草寒生玉佩。應是天仙狂醉。亂把白雲揉碎。

 

清平調 三首其一

雲想衣裳花想容。春風拂檻露華濃。若非群玉山頭見,會向瑤臺月下逢。

 

清平調 三首其二

一枝紅艷露凝香。雲雨巫山枉斷腸。借問漢宮誰得似,可憐飛燕倚新妝。

 

清平調 三首其三

名花傾國兩相歡。常得君王帶笑看。解得春風無限恨。沈香亭北倚闌幹。

 

清平調詞 三首 其一 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白154

清平調詞 三首 其二 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白155

清平調詞 三首 其三 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白162

雲髻001
 

《花間集序 (3)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-728--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5187

欧陽烱《花間集序 (3)》 詩文が最高潮となった唐より後は、唐の滅亡、都の政情不安により、詩文、音曲歌舞は各地に分散し国の津々浦々に至るまで広がるということになった。蜀の家々の庭先には花が咲きみだれ、花の香りが春風に乗って小道に吹きわたり、南国の美女を訪ねるまでもなく、文化は成長したのである。

 
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《花間集序 (3)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-728--()  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5187

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 五百首

 

 

 

 

 

 

 

花間集序花間集序

作者:武徳郡節度判官歐陽炯 撰  

 

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。名高白雪,聲聲而自合鸞歌。響遏青雲,字字而偏諧鳳律。楊柳大堤之句,樂府相傳。芙蓉曲渚之篇,豪家自制。莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。舉纖纖之玉指,拍按香檀。不無清之辭,用助嬌嬈之態。自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。處處之紅樓夜月,自鎖常娥。在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。邇來作者,無愧前人。今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。織綃泉底,獨殊機杼之功。廣會眾賓,時延佳論。因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。庶(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

 

花 間 集

 

(1)

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

欧陽烱はまず冒頭で、『花間集』に収められた詞は、玉に彫刻を施しその美しきに一層の磨きをかけたようなものであり、天然の造化を模倣しながらも、それより造かに巧みであること、またそれは、あたかも春の花や葉を切り取って、春と鮮やかさを競い合ぅかのようであると断言する。

 

(2)

その歌は、昔、国中を探してもわずか数人の著しか歌えなかった高雅な白雲謡の歌にも似て、それを仙女のような女性が歌えば、それを聞きつつ酒を傾ける男たちほ陶然として酒に酔うと述べ、『花間集』の詞が歌姫の侍る宴席で歌われるものであったことを示唆する。「春の艶やかさを奪い」とは、『花間集』に詠われた季節に春が圧倒的に多いことによる。仙女のような歌姫が歌う『花間集』の詞は、その昔の一つ一つが自ずから鸞鳥の鳴き声に合致し、その響きは空を流れる雲をも留めるほどであり、その言葉の一つ一つは十二音階の音律にぴったりと合っていることを指摘する。

 

(3)

続いて欧陽烱は、『花間集』 の詞が楽府詩に連なるものであり、贅沢を競い合うどんな富豪の家を凌駕する趙家の(趙崇祚)の豪華な宴席では、貴公子が詞を色紙にしたためて美女に手渡すと、それを受け取った美女が拍子木を手に取って、それを歌えば、美女の美しきは嫌が上にも勝ると言い、ここでも『花間集』の詞が宴席のためのものであることを言う。

 

 

花間集序-#1

(花間集序)

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。

『花間集』の詞は美玉をさらに彫刻を施したようだ、造化にならってそれよりも遙かに巧みである。

裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。

そこにある詩の花や葉を裁ち、剪定してととのえ、男と女の春の艶めきを取り込んで鮮やかさを競い合うがごとく作った歌をあつめている。

是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。

それ故に穆王がために白雲の歌を唱えは、西王母の歌声は清らかに、仙酒を酌めば、穆王は心から酔いしれるものをとりあげる。

名高白雪,聲聲而自合鸞歌。

その歌は国中でわずか数人の者しか歌えなかったという白雪の歌よりも名が轟き、その昔の一つ一つは作られた歌詞が美しい音楽に自ずから鸞鳥の唱に合っているというものを選んでいる。

響遏青雲,字字而偏諧鳳律。

その響きは行く雲をも留めて感動的であるし、言葉の一つ一つは十二律の音律にみな唱和し、適合している。

(花間集の序)

玉を鏤り瓊を雕り,化工に擬【のぞら】えて回【はる】かに巧なり。

花を裁ち葉を剪り,春豔を奪いて以って鮮を爭う。

是を以て雲謠を唱えば則ち 金母の詞 清らかなり,霞醴を挹めば則ち 穆王の心 醉うなり。

名は白雪より高く,聲聲は而して自ら鸞歌に合す。

響は青雲を遏【とど】め,字字は而して偏に鳳律に諧【かな】う。

-2

楊柳大堤之句,樂府相傳。

古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」の歌は、楽府詩、教坊の曲として長く伝えられているようなものを選んだのである。

芙蓉曲渚之篇,豪家自制。

漢の古詩で詠った「芙蓉」、六朝何遜の「曲渚」の篇は文豪大家が自ら作ったものであるものを選んだ。

莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。

趙崇祚の贅の限りを尽くした邸宅の文芸サロンで、木陰に遊び、詩を論じ、道を論じ合ったが爭うことはなく、そこで、数知れぬ鼈甲の簪を飾った妓女を競わぬ者はなかったのだ。

競富樽前,數十珊瑚之樹。

盛大な宴席においては歌向ける大盃を呑み競うけれど、趙一族の邸宅に在る数多くの珊瑚の樹の豪華さを競い合える者はまったくいなかった。

則有綺筵公子,繡幌佳人,

かくて、きらびやかな宴席には公子たちが侍り、繍の帳の陰にはかならず美人が寄り添っていたのである。

遞葉葉之花箋,文抽麗錦。

公子は歌をしたためた色紙を風流な美人に寄せたもので、彼らが良いと思ったものを選び、その歌の文句は麗しい錦のような煌びやかで、あでやかな詞を選び出す。

舉纖纖之玉指,拍按香檀。

洗練された美人は白玉のような細い指で、選ばれたその詞を拍子木で調子を取って歌う。

不無清之辭,用助嬌嬈之態。

その選ばれた清らかな歌の詞は、佳人の艶やかさによって、いやが上にも引き立てずられたのである。

-#2

楊柳大堤の句、楽府 相い伝え、芙蓉曲渚の篇、豪家 自ら製す。

高門の下、三千の玳瑁の簪を争い、富罇の前、数十の珊瑚の樹を競わざるは莫し。

則ち綺延の公子、繍幌の佳人 有り、

葉葉の花牋を逓し、文は麗錦を抽き、

繊繊たる玉指を挙げて、柏は香檀を按ず。

清絶の辞、用て矯饒の態を助くること無くんはあらず。

-3

自南朝之宮體,扇北裏之倡風,

その歌の言葉は雅やかでないばかりか、文体も成り立たないものもあり、いわゆる「花咲いて実のならぬ」空虚なものであった。

何止言之不文,所謂秀而不實。

六朝南朝から続いた後宮の女性を題材とした艶麗な宮廷風の詩は、紅楼の少し色っぽい音曲歌舞(教坊の曲)の流行を勢いづけた。

有唐已降,率土之濱,

詩文が最高潮となった唐より後は、唐の滅亡、都の政情不安により、詩文、音曲歌舞は各地に分散し国の津々浦々に至るまで広がるということになった。

家家之香徑春風,寧尋越豔。

蜀の家々の庭先には花が咲きみだれ、花の香りが春風に乗って小道に吹きわたり、南国の美女を訪ねるまでもなく、文化は成長したのである。

處處之紅樓夜月,自鎖常娥。

したがって、至る所の紅楼に夜の月が照り輝き、言わずもがな、そこには嫦娥のような美しい女性があつまってきたのである。

-#3

南朝の宮体、北里の倡風を扇りてより、

何ぞ「之を言いて文ならず」、所謂「秀でて実らざる」に止まらんや。

有唐巳降【いこう】、率土の浜、

家家の香逕春風、寧くんぞ越艶を尋ねん。

処処の紅楼、夜月 自ら常娥を墳ざす。

海棠花101
 

-4

在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。

邇來作者,無愧前人。

今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。

織綃泉底,獨殊機杼之功。

廣會眾賓,時延佳論。

-5

因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。

昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。

(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。

時大蜀廣政三年夏四月日序。

 


-#4

明皇の朝に在りては、則ち李太白の応制清平楽詞四首 有り、近代の温飛卿には復た『金筌集』有り。

邇来 作者 前人に塊ずること無し。今 

衛尉少卿 字は弘基、翠を洲辺に拾い、自ら羽毛の異なれるを得て、綃を泉底に織り、独り機杼の功 殊なるを以て、広く衆賓を会し、時に佳論を延ぶ。

-#5

困りて近来の詩客の曲子詞五百首を集め、分けて十巻と為す。

烱 粗ぼ知音に預かるを以て、命題を請わるるを辱くし、仍りて序引を為る。

昔 郢人に陽春を歌う者有り、号して絶唱と為す。

乃ち之に命じて『花間集』と為す。

庶わくは西園の英哲をして用て羽蓋の歓びを資けしめ、南国の嬋娟をして蓮舟の引を唱うを休めしめんことを。時に大蜀広政三年夏四月日 序す。

917年 五代十国
 

『花間集序』 現代語訳と訳註解説

(本文) -3

自南朝之宮體,扇北裏之倡風,

何止言之不文,所謂秀而不實。

有唐已降,率土之濱,

家家之香徑春風,寧尋越豔。

處處之紅樓夜月,自鎖常娥。

 

(下し文) -#3

南朝の宮体、北里の倡風を扇りてより、

何ぞ「之を言いて文ならず」、所謂「秀でて実らざる」に止まらんや。

有唐巳降【いこう】、率土の浜、

家家の香逕春風、寧くんぞ越艶を尋ねん。

処処の紅楼、夜月 自ら常娥を墳ざす。

 

(現代語訳) -#3

その歌の言葉は雅やかでないばかりか、文体も成り立たないものもあり、いわゆる「花咲いて実のならぬ」空虚なものであった。

六朝南朝から続いた後宮の女性を題材とした艶麗な宮廷風の詩は、紅楼の少し色っぽい音曲歌舞(教坊の曲)の流行を勢いづけた。

詩文が最高潮となった唐より後は、唐の滅亡、都の政情不安により、詩文、音曲歌舞は各地に分散し国の津々浦々に至るまで広がるということになった。

蜀の家々の庭先には花が咲きみだれ、花の香りが春風に乗って小道に吹きわたり、南国の美女を訪ねるまでもなく、文化は成長したのである。

したがって、至る所の紅楼に夜の月が照り輝き、言わずもがな、そこには嫦娥のような美しい女性があつまってきたのである。

 

(訳注) -3

花間集序

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。
 

自南朝之宮體,扇北裏之倡風,

六朝南朝から続いた後宮の女性を題材とした艶麗な宮廷風の詩は、紅楼の少し色っぽい音曲歌舞(教坊の曲)の流行を勢いづけた。

○南朝 東晋の後を受けて建康(今の南京)に都を置いた宋、斉、梁、陳の四王朝。

○宮体 南朝の斉、梁時代に流行した詩体。主として後宮の女性を題材とした艶麗な詩を指す。

○扇 煽る。

○倡風 少し色っぽい音曲歌舞(教坊の曲)の流行させて、俗っぽく頽廃してゆく。

 

何止言之不文,所謂秀而不實。

その歌の言葉は雅やかでないばかりか、文体も成り立たないものもあり、いわゆる「花咲いて実のならぬ」空虚なものであった。

 

有唐已降,率土之濱,

詩文が最高潮となった唐より後は、唐の滅亡、都の政情不安により、詩文、音曲歌舞は各地に分散し国の津々浦々に至るまで広がるということになった。

率土之濱 国の津々浦々に至るまで広がる。長安、洛陽中心の文学、特に、唐の教坊の詞曲が唐の滅亡、都の政情不安により各地に分散し、特に、各地の交通の要衝の地を中心に広がったことをいう。

 

家家之香徑春風,寧尋越豔。

蜀の家々の庭先には花が咲きみだれ、花の香りが春風に乗って小道に吹きわたり、南国の美女を訪ねるまでもなく、文化は成長したのである。

越豔 江南の美女、江南の文化。

 

處處之紅樓夜月,自鎖常娥。

したがって、至る所の紅楼に夜の月が照り輝き、言わずもがな、そこには嫦娥のような美しい女性があつまってきたのである。

常娥 誇蛾、恒蛾、嫦娥、娥娥 蛾娥など 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。ここでは占いの雰囲気作りにはみょうれいな女性の神、巫女の登場というシチュエーションというところか。 ○涼蟾 秋の月をいう。月のなかには轄蛤(ひきがえる)がいると考えられたことから、「蟾」は月の別称に用いられる。素蛾 月ひめ常蛾のこと。夫の努の留守中、霊薬をぬすみ飲んで月中にのがれ、月の楕となった神話中の人物。常蛾の詩1. 道教の影響 2. 芸妓について 3. 李商隠 12 嫦娥 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。○嬋娟 艶めかしく姿あでやかなるさま。顔や容姿があでやかで美しい。魏の阮籍(210263年)の詠懐詩に「秋月復た嬋娟たり。」とブログ阮籍 詠懐詩、白眼視 嵆康 幽憤詩

 

霜月 李商隠

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《花間集序 (2)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説727--0- (2)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5182

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 五百首

 

 

 

 

 

 

 

花 間 集

 

 

1

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

欧陽烱はまず冒頭で、『花間集』に収められた詞は、玉に彫刻を施しその美しきに一層の磨きをかけたようなものであり、天然の造化を模倣しながらも、それより造かに巧みであること、またそれは、あたかも春の花や葉を切り取って、春と鮮やかさを競い合ぅかのようであると断言する。

 

2

その歌は、昔、国中を探してもわずか数人の著しか歌えなかった高雅な白雲謡の歌にも似て、それを仙女のような女性が歌えば、それを聞きつつ酒を傾ける男たちほ陶然として酒に酔うと述べ、『花間集』の詞が歌姫の侍る宴席で歌われるものであったことを示唆する。「春の艶やかさを奪い」とは、『花間集』に詠われた季節に春が圧倒的に多いことによる。仙女のような歌姫が歌う『花間集』の詞は、その昔の一つ一つが自ずから鸞鳥の鳴き声に合致し、その響きは空を流れる雲をも留めるほどであり、その言葉の一つ一つは十二音階の音律にぴったりと合っていることを指摘する。

 

 

花間集序花間集序

作者:武徳郡節度判官歐陽炯 撰  

 

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。名高白雪,聲聲而自合鸞歌。響遏青雲,字字而偏諧鳳律。楊柳大堤之句,樂府相傳。芙蓉曲渚之篇,豪家自制。莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。舉纖纖之玉指,拍按香檀。不無清之辭,用助嬌嬈之態。自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。處處之紅樓夜月,自鎖常娥。在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。邇來作者,無愧前人。今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。織綃泉底,獨殊機杼之功。廣會眾賓,時延佳論。因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。庶(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

 

花間集序-#1

(花間集序)

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。

『花間集』の詞は美玉をさらに彫刻を施したようだ、造化にならってそれよりも遙かに巧みである。

裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。

そこにある詩の花や葉を裁ち、剪定してととのえ、男と女の春の艶めきを取り込んで鮮やかさを競い合うがごとく作った歌をあつめている。

是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。

それ故に穆王がために白雲の歌を唱えは、西王母の歌声は清らかに、仙酒を酌めば、穆王は心から酔いしれるものをとりあげる。

名高白雪,聲聲而自合鸞歌。

その歌は国中でわずか数人の者しか歌えなかったという白雪の歌よりも名が轟き、その昔の一つ一つは作られた歌詞が美しい音楽に自ずから鸞鳥の唱に合っているというものを選んでいる。

響遏青雲,字字而偏諧鳳律。

その響きは行く雲をも留めて感動的であるし、言葉の一つ一つは十二律の音律にみな唱和し、適合している。

(花間集の序)

玉を鏤り瓊を雕り,化工に擬【のぞら】えて回【はる】かに巧なり。

花を裁ち葉を剪り,春豔を奪いて以って鮮を爭う。

是を以て雲謠を唱えば則ち 金母の詞 清らかなり,霞醴を挹めば則ち 穆王の心 醉うなり。

名は白雪より高く,聲聲は而して自ら鸞歌に合す。

響は青雲を遏【とど】め,字字は而して偏に鳳律に諧【かな】う。

-2

楊柳大堤之句,樂府相傳。

古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」の歌は、楽府詩、教坊の曲として長く伝えられているようなものを選んだのである。

芙蓉曲渚之篇,豪家自制。

漢の古詩で詠った「芙蓉」、六朝何遜の「曲渚」の篇は文豪大家が自ら作ったものであるものを選んだ。

莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。

趙崇祚の贅の限りを尽くした邸宅の文芸サロンで、木陰に遊び、詩を論じ、道を論じ合ったが爭うことはなく、そこで、数知れぬ鼈甲の簪を飾った妓女を競わぬ者はなかったのだ。

競富樽前,數十珊瑚之樹。

盛大な宴席においては歌向ける大盃を呑み競うけれど、趙一族の邸宅に在る数多くの珊瑚の樹の豪華さを競い合える者はまったくいなかった。

則有綺筵公子,繡幌佳人,

かくて、きらびやかな宴席には公子たちが侍り、繍の帳の陰にはかならず美人が寄り添っていたのである。

遞葉葉之花箋,文抽麗錦。

公子は歌をしたためた色紙を風流な美人に寄せたもので、彼らが良いと思ったものを選び、その歌の文句は麗しい錦のような煌びやかで、あでやかな詞を選び出す。

舉纖纖之玉指,拍按香檀。

洗練された美人は白玉のような細い指で、選ばれたその詞を拍子木で調子を取って歌う。

不無清之辭,用助嬌嬈之態。

その選ばれた清らかな歌の詞は、佳人の艶やかさによって、いやが上にも引き立てずられたのである。

-#2

楊柳大堤の句、楽府 相い伝え、芙蓉曲渚の篇、豪家 自ら製す。

高門の下、三千の玳瑁の簪を争い、富罇の前、数十の珊瑚の樹を競わざるは莫し。

則ち綺延の公子、繍幌の佳人 有り、

葉葉の花牋を逓し、文は麗錦を抽き、

繊繊たる玉指を挙げて、柏は香檀を按ず。

清絶の辞、用て矯饒の態を助くること無くんはあらず。

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『花間集序』 現代語訳と訳註解説

(本文) -2

楊柳大堤之句,樂府相傳。

芙蓉曲渚之篇,豪家自制。

莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。

競富樽前,數十珊瑚之樹。

則有綺筵公子,繡幌佳人,

遞葉葉之花箋,文抽麗錦。

舉纖纖之玉指,拍按香檀。

不無清之辭,用助嬌嬈之態。

 

(下し文)-#2

楊柳大堤の句、楽府 相い伝え、芙蓉曲渚の篇、豪家 自ら製す。

高門の下、三千の玳瑁の簪を争い、富罇の前、数十の珊瑚の樹を競わざるは莫し。

則ち綺延の公子、繍幌の佳人 有り、葉葉の花牋を逓し、文は麗錦を抽き、繊繊たる玉指を挙げて、柏は香檀を按ず。

清絶の辞、用て矯饒の態を助くること無くんはあらず。

 

(現代語訳)

古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」の歌は、楽府詩、教坊の曲として長く伝えられているようなものを選んだのである。

漢の古詩で詠った「芙蓉」、六朝何遜の「曲渚」の篇は文豪大家が自ら作ったものであるものを選んだ。

趙崇祚の贅の限りを尽くした邸宅の文芸サロンで、木陰に遊び、詩を論じ、道を論じ合ったが爭うことはなく、そこで、数知れぬ鼈甲の簪を飾った妓女を競わぬ者はなかったのだ。

盛大な宴席においては歌向ける大盃を呑み競うけれど、趙一族の邸宅に在る数多くの珊瑚の樹の豪華さを競い合える者はまったくいなかった。

かくて、きらびやかな宴席には公子たちが侍り、繍の帳の陰にはかならず美人が寄り添っていたのである。

公子は歌をしたためた色紙を風流な美人に寄せたもので、彼らが良いと思ったものを選び、その歌の文句は麗しい錦のような煌びやかで、あでやかな詞を選び出す。

洗練された美人は白玉のような細い指で、選ばれたその詞を拍子木で調子を取って歌う。

その選ばれた清らかな歌の詞は、佳人の艶やかさによって、いやが上にも引き立てずられたのである。

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(訳注) -2

花間集序

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

楊柳大堤之句,樂府相傳。

古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」の歌は、楽府詩、教坊の曲として長く伝えられているようなものを選んだのである。

○楊柳大堤 古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」等を指す。

 

芙蓉曲渚之篇,豪家自制。

漢の古詩で詠った「芙蓉」、六朝何遜の「曲渚」の篇は文豪大家が自ら作ったものであるものを選んだ。

○芙蓉曲渚之篇 ・芙蓉(蓮)を詠った「古詩十九首」第六首「涉江采芙蓉,蘭澤多芳草。采之欲遺誰,所思在遠道。還顧望舊,長路漫浩浩。同心而離居,憂傷以終老。」 (江を捗【わた】りて芙蓉【ふよう】を采る、蘭澤【らんたく】芳草【ほうそう】多し。之を采りて誰にか遺【おく】らんと欲する、思ふ所は遠道【えんどう】に在り。還【めぐ】り顧【かえりみ】て 旧郷を望めば、長路漫として浩浩たらん。同心にして離屈【りきょ】せば、憂傷【ゆうしょう】して以て終に老いなん。)

曲渚(入り江)を詠った南朝梁・何遜作《送韋司馬別詩》「送別臨曲渚,征人慕前侶。離言雖欲繁,離思終無緒。」(韋司馬の別れを送る)詩の「入り江に臨んで別れを見送れば、旅立つ君は友なる我を思う」を指す。いずれも古代の名詩。

 

莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。

趙崇祚の贅の限りを尽くした邸宅の文芸サロンで、木陰に遊び、詩を論じ、道を論じ合ったが爭うことはなく、そこで、数知れぬ鼈甲の簪を飾った妓女を競わぬ者はなかったのだ。

〇高門下 趙崇祚の贅の限りを尽くした邸宅の文芸サロンで、木陰に遊び、詩を論じ、道を論じ合ったことをいう。このサロンの談論風発する中で五百首集めた。

○三千玳瑁之簪 三千もの鼈甲の簪。ここでは富豪が互いに贅を競い合うことを言う。

 

競富樽前,數十珊瑚之樹。

盛大な宴席においては歌向ける大盃を呑み競うけれど、趙一族の邸宅に在る数多くの珊瑚の樹の豪華さを競い合える者はまったくいなかった。

○数十珊瑚之樹 数十もの珊瑚の木。本句も前注同様、趙家と他の富豪の贅を互いに競い合う、の意だが、趙家は富豪たちの贅を凌駕しているからこそ、そこのサロンに権威があったのだ。

 

則有綺筵公子,繡幌佳人,

かくて、きらびやかな宴席には公子たちが侍り、繍の帳の陰にはかならず美人が寄り添っていたのである。

○繍幌 刺繍を施した垂れ幕。豪奢な閨をいう。蜀の地に長安・中原の雅な妓優、江南の風流な美人たちが逃げて、集まってきていたことを示す。

 

遞葉葉之花箋,文抽麗錦。

公子は歌をしたためた色紙を風流な美人に寄せたもので、彼らが良いと思ったものを選び、その歌の文句は麗しい錦のような煌びやかで、あでやかな詞を選び出す。

○逓 送り伝える。ここでは公子が佳人に送ることを言う。

○葉葉之花箋 歌を書きつけた一枚一枚の色紙。儀は詩文や手紙を書くための紙。この地には、中唐の薛濤の手による薛濤䇳が有名である。

○文抽麗錦 歌の文句は麗しい錦のような煌びやかで、あでやかな詞を選び出す。

 

舉纖纖之玉指,拍按香檀。

洗練された美人は白玉のような細い指で、選ばれたその詞を拍子木で調子を取って歌う。

○拍按香檀 拍子木を打ってリズムを取る。香檀は拍子をとるための板状の楽器。香は修飾の語。

 

不無清之辭,用助嬌嬈之態。

その選ばれた清らかな歌の詞は、佳人の艶やかさによって、いやが上にも引き立てずられたのである。

嬌嬈 艶めいてたおやかなさま、またそのような女性によってえらばれた500首はさらに良い詞となったということ。
917年 五代十国
 

《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-(1) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177

欧陽烱《花間集序 (1)》 趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 
 2014年11月26日の紀頌之5つのブログ 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-(1) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-(1)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 五百首

 

 

 

 

 

 

 

 

花 間 集

 

1

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

欧陽烱はまず冒頭で、『花間集』に収められた詞は、玉に彫刻を施しその美しきに一層の磨きをかけたようなものであり、天然の造化を模倣しながらも、それより造かに巧みであること、またそれは、あたかも春の花や葉を切り取って、春と鮮やかさを競い合ぅかのようであると断言する。

 

 

花間集序花間集序

作者:武徳郡節度判官歐陽炯 撰  

 

 

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。名高白雪,聲聲而自合鸞歌。響遏青雲,字字而偏諧鳳律。楊柳大堤之句,樂府相傳。芙蓉曲渚之篇,豪家自制。莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。舉纖纖之玉指,拍按香檀。不無清之辭,用助嬌嬈之態。自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。處處之紅樓夜月,自鎖常娥。在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。邇來作者,無愧前人。今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。織綃泉底,獨殊機杼之功。廣會眾賓,時延佳論。因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。庶(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。時大蜀廣政三年夏四月日序。

海棠花101
 

花間集序-#1

(花間集の序として)
鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。

『花間集』の詞は美玉をさらに彫刻を施したようだ、造化にならってそれよりも遙かに巧みである。

裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。

そこにある詩の花や葉を裁ち、剪定してととのえ、男と女の春の艶めきを取り込んで鮮やかさを競い合うがごとく作った歌をあつめている。

是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。

それ故に穆王がために白雲の歌を唱えは、西王母の歌声は清らかに、仙酒を酌めば、穆王は心から酔いしれるものをとりあげる。
名高白雪,聲聲而自合鸞歌。

その歌は国中でわずか数人の者しか歌えなかったという白雪の歌よりも名が轟き、その昔の一つ一つは作られた歌詞が美しい音楽に自ずから鸞鳥の唱に合っているというものを選んでいる。

響遏青雲,字字而偏諧鳳律。

その響きは行く雲をも留めて感動的であるし、言葉の一つ一つは十二律の音律にみな唱和し、適合している。

(花間集の序)

玉を鏤り瓊を雕り,化工に擬【のぞら】えて回【はる】かに巧なり。

花を裁ち葉を剪り,春豔を奪いて以って鮮を爭う。

是を以て雲謠を唱えば則ち 金母の詞 清らかなり,霞醴を挹めば則ち 穆王の心 醉うなり。

名は白雪より高く,聲聲は而して自ら鸞歌に合す。

響は青雲を遏【とど】め,字字は而して偏に鳳律に諧【かな】う。

-2

楊柳大堤之句,樂府相傳。

芙蓉曲渚之篇,豪家自制。

莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。

競富樽前,數十珊瑚之樹。

則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。

舉纖纖之玉指,拍按香檀。

不無清之辭,用助嬌嬈之態。

-3

自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。

有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。

處處之紅樓夜月,自鎖常娥。

 

-4

在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。

邇來作者,無愧前人。

今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。

織綃泉底,獨殊機杼之功。

廣會眾賓,時延佳論。

-5

因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。

昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。

(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。

時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

(花間集の序)

玉を鏤り瓊を雕り,化工に擬【のぞら】えて回【はる】かに巧なり。

花を裁ち葉を剪り,春豔を奪いて以って鮮を爭う。

是を以て雲謠を唱えば則ち 金母の詞 清らかなり,霞醴を挹めば則ち 穆王の心 醉うなり。

名は白雪より高く,聲聲は而して自ら鸞歌に合す。

響は青雲を遏【とど】め,字字は而して偏に鳳律に諧【かな】う。

-#2

楊柳大堤の句、楽府 相い伝え、芙蓉曲渚の篇、豪家 自ら製す。

高門の下、三千の玳瑁の簪を争い、富罇の前、数十の珊瑚の樹を競わざるは莫し。

則ち綺延の公子、繍幌の佳人 有り、葉葉の花牋を逓し、文は麗錦を抽き、繊繊たる玉指を挙げて、柏は香檀を按ず。

清絶の辞、用て矯饒の態を助くること無くんはあらず。

-#3

南朝の宮体、北里の倡風を扇りてより、何ぞ「之を言いて文ならず」、所謂「秀でて実らざる」に止まらんや。

有唐巳降【いこう】、率土の浜、家家の香逕春風、寧くんぞ越艶を尋ねん。

処処の紅楼、夜月 自ら常娥を墳ざす。

-#4

明皇の朝に在りては、則ち李太白の応制清平楽詞四首 有り、近代の温飛卿には復た『金筌集』有り。

邇来 作者 前人に塊ずること無し。今 

衛尉少卿 字は弘基、翠を洲辺に拾い、自ら羽毛の異なれるを得て、綃を泉底に織り、独り機杼の功 殊なるを以て、広く衆賓を会し、時に佳論を延ぶ。

-#5

困りて近来の詩客の曲子詞五百首を集め、分けて十巻と為す。

烱 粗ぼ知音に預かるを以て、命題を請わるるを辱くし、仍りて序引を為る。

昔 郢人に陽春を歌う者有り、号して絶唱と為す。

乃ち之に命じて『花間集』と為す。

庶わくは西園の英哲をして用て羽蓋の歓びを資けしめ、南国の嬋娟をして蓮舟の引を唱うを休めしめんことを。時に大蜀広政三年夏四月日 序す。

 

木蓮0005
 

『花間集序』 現代語訳と訳註解説

(本文) -#1

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。

裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。

是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。

名高白雪,聲聲而自合鸞歌。

響遏青雲,字字而偏諧鳳律。

 

(下し文) -#1

玉を鏤り瓊を雕り,化工に擬【のぞら】えて回【はる】かに巧なり。

花を裁ち葉を剪り,春豔を奪いて以って鮮を爭う。

是を以て雲謠を唱えば則ち 金母の詞 清らかなり,霞醴を挹めば則ち 穆王の心 醉うなり。

名は白雪より高く,聲聲は而して自ら鸞歌に合す。

響は青雲を遏【とど】め,字字は而して偏に鳳律に諧【かな】う。

 

(現代語訳)

(花間集序)

『花間集』の詞は美玉をさらに彫刻を施したようだ、造化にならってそれよりも遙かに巧みである。

そこにある詩の花や葉を裁ち、剪定してととのえ、男と女の春の艶めきを取り込んで鮮やかさを競い合うがごとく作った歌をあつめている。

それ故に穆王がために白雲の歌を唱えは、西王母の歌声は清らかに、仙酒を酌めば、穆王は心から酔いしれるものをとりあげる。
その歌は国中でわずか数人の者しか歌えなかったという白雪の歌よりも名が轟き、その昔の一つ一つは作られた歌詞が美しい音楽に自ずから鸞鳥の唱に合っているというものを選んでいる。

その響きは行く雲をも留めて感動的であるし、言葉の一つ一つは十二律の音律にみな唱和し、適合している。

紅梅002
 

(訳注) -#1

花間集序

武徳郡節度判官 歐陽炯 撰

○武徳軍節度判官 官名。節度判官は節度使の属官。

○欧陽烱(896-971)  五代の詞人。益州華陽(今の四川省成都)の人。前蜀、後唐、後蜀、宋と四王朝に仕えた。笛に長じ、歌詞を多く作ったが、一流のものは少なかった。なお宋書』 では烱の字が迥になっている。『花間集』に十七首の詞が、『尊前集』に三十一首の詞が収められ、今日、計四十八首の詞が伝わる。欧陽桐の「花間集序」は、当時、詞がどのような環境のもと、何を目的にして作られたか、あるいは詞の由来がどのように認識されていたかについて言及しており、詞史の上で、貴重な文献になっている。

 

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。

『花間集』の詞は美玉をさらに彫刻を施したようだ、造化にならってそれよりも遙かに巧みである。

○鏤玉雕瓊 『花間集』の詞は美しい玉にさらに彫刻を施したようだ、ということ。鐘は彫り刻む。壇は赤玉。

○鏤玉雕瓊 この句も『花間集』の詞の素晴らしさを言う。擬はなぞらえる。化工は造化・造物主のたくみさ。回は迥、遙か。 

 

裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。

そこにある詩の花や葉を裁ち、剪定してととのえ、男と女の春の艶めきを取り込んで鮮やかさを競い合うがごとく作った歌をあつめている。

○春豔以爭鮮 妃嬪、後宮宮女、教坊の曲、妓優、妓女の恋心、逢瀬、別離、棄てられた後の生活、を艶やかに詠う。

 

是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。

それ故に穆王がために白雲の歌を唱えは、西王母の歌声は清らかに、仙酒を酌めば、穆王は心から酔いしれるものをとりあげる。

○是以 そういうわけで、それ故。

○唱雲謡則金母詞清 「雲謡」は白雲謡。「金母」は西王母。「穆天子伝」に中国の西の果て、西王母の住まう崑崙山の山頂にある池の名。『穆天子伝』に「(穆)天子 西王母を瑤池の上に觴し(酒を勧め)、西王母 天子の為に謡う」というように、西王母が穆天子と会した場。穆天子は周の穆王が伝説化された存在。仙界の女王である西王母と地上の帝王とが交歓する故事は、穆天子のほかに、漢の武帝の話もある。老子が西王母と一緒に碧桃(三千年に一度実が生るという仙界の桃)を食べたという話がある(『芸文類聚』巻八六などが引く『尹喜内伝』)。『漢武故事』には、西王母が七月七日に漢の武帝のもとを訪れ、持参した桃を食べさせた、武帝がその種を取っておこうとすると、西王母がこの桃は三千年に一度実を結ぶものだから地上で構えても無駄だと笑った。どうしてもほしいなら、と約束の訓戒を与えた。武帝は、訓戒を守らず侵略のための浪費と、宮殿を数多くたててまっていた 本句は、西王母と穆天子、老子の故事を借り、『花間集』の詞は、すべての詞が歌姫の侍る宴席で歌われるものであったことを示す。

○挹 酒を酌む。

○霞醴 仙酒。

○穆王 前注の穆天子。

 

名高白雪,聲聲而自合鸞歌。

その歌は国中でわずか数人の者しか歌えなかったという白雪の歌よりも名が轟き、その昔の一つ一つは作られた歌詞が美しい音楽に自ずから鸞鳥の唱に合っているというものを選んでいる。

○白雪 古代の高雅な名曲の名。国中でわずか数人の者しか歌えなかったという。○合鸞歌 作られた歌詞が美しい音楽に合っている。鸞は霊鳥の名。鳳凰の一種。神霊の精で、五色の色をそなえ鶏の形をし、鳴き声は五音に適い、ゆったりと厳かで、嬉しい時には舞い踊って楽しむという。

 

響遏青雲,字字而偏諧鳳律。

その響きは行く雲をも留めて感動的であるし、言葉の一つ一つは十二律の音律にみな唱和し、適合している。

○響遏青雲 歌の響きが流れる雲さえも止めるほどに感動的である。

○鳳律 十二律の音階。十二律は十二音の楽律で、八度にわたる音列を十二音階で形成したもの。今日の音階のハ調と、へ調に当たる。
pla044
 

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李珣《河傳二首,其二》十巻 (この街の役人であったあのお方に身請けされ、妻妾としてつくしたが、別の地に赴任する朝のことを詠う。)

 
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李珣《河傳二首,其一》十巻 (成都の妻妾が旅に出たきり音沙汰がなくなった男について、巫山十二晩峰の麓にある祠の美人のもとに入り浸ってしまっているのだろうと詠う。)

 

 
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花間集 教坊曲『河傳』十八首

 

 

溫助教庭筠

巻二

河傳三首其一

曉妝仙,仙景箇

 

 

巻二

河傳三首其二

雨蕭蕭,煙浦花

 

 

巻二

河傳三首其三

杏花稀,夢裡每

 

 

韋相莊

巻二

河傳三首 其一

何處,煙雨,隋堤

 

 

巻二

河傳三首 其二

春晚,風暖,錦城

 

 

巻二

河傳三首 其三

錦浦,春女,繡衣

 

 

張舍人泌

巻五

河傳 二首之一

渺莽雲水,惆悵暮

 

 

巻五

河傳 二首之二

紅杏,交枝相映,

 

 

顧太尉

巻七

河傳三首 其一

鷰颺,晴景。小

 

 

巻七

河傳三首 其二

曲檻,春晚。

 

 

巻七

河傳三首 其三

棹舉,舟去,波光

 

 

孫少監光憲

巻七

河傳四首(1

太平天子,等閑遊

 

 

巻七

河傳四首(2

柳拖金縷,着煙籠

 

 

巻七

河傳四首(3

花落,煙薄,謝家

 

 

巻七

河傳四首(4

風颭,波斂。

 

 

閻處士選

巻九

河傳一首

秋雨,秋雨,

 

 

李秀才珣

巻十

河傳二首其一

朝雲暮雨,依舊

 

 

巻十

河傳二首其二

落花深處,啼鳥

 

 

 

 

 

 

 

 

河傳二首

河傳二首其一

(成都の妻妾が旅に出たきり音沙汰がなくなった男について、巫山十二晩峰の麓にある祠の美人のもとに入り浸ってしまっているのだろうと詠う。)

去去,何處?迢迢巴楚,山水相連。

去っていったきりで何処に行ったのやら、遙か遠い葉の国か、その国だろうか、その地まで山も水も連なっているのに。

朝雲暮雨,依舊十二峯前,猿聲到客舡。

楚の懐王と瑶姫のように朝も夕もいつも一緒になって快楽を得ていて、巫山の十二峰の前に古からある祠に入り浸っていることだろう、そこには猿の悲痛な叫びが聞こえていて、それを聞いて旅人はその祠に到着する。

愁腸豈異丁香結?因離別,故國音書

下腹に性の愁いを感じて、どうして、異なる丁子の身のように結ばれずにいようか、そんなことがあれば、離別という気持ちでいるだろうし、故国の女にも音信を断絶している。

想佳人花下,對明月春風,恨應同。

この祠の巫女、妓女の美人たちは花の下にあってこそと思うし、名月や春風の季節に対してのものである、愛していると思い続けることは何時しか、恨むことと同じ意味になっていく。

  

河傳二首其二

春暮,微雨。送君南浦,愁斂雙蛾。

落花深處,啼鳥似逐離歌,粉檀珠淚和。

臨流更把同心結,情哽咽,後會何時節?

不堪迴首,相望已隔汀洲,艣聲幽。

 

(河傳二首其の一)

去り去って,何處ぞ?迢迢たり 巴楚,山水 相い連る。

朝に雲に暮に雨,舊十二峯の前に依り,猿聲 客舡に到る。

 

愁腸 豈に異って丁香結ばん?因って離別し,故國 音書

佳人を花下に想い,明月 春風に對し,恨み應に同じゅうす。

 

(河傳二首其の二)

春の暮、微雨に、君を南浦に送り、愁いに双蛾を斂む。

落花 深き処、啼く鳥 離歌を逐うに似たり、粉檀 珠涙 和す。


流れに臨みて 更に同心を結べば、情 哽咽【こうえつ】す、後会 何れの時節ぞ。

首を迴らすに堪えず、相い望めば 巳に汀洲を隔て、艣聲【ろせい】 幽かなり。

 

 巫山十二峰003

『河傳二首其一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

河傳二首其一

去去,何處?迢迢巴楚,山水相連。

朝雲暮雨,依舊十二峯前,猿聲到客舡。

 

愁腸豈異丁香結?因離別,故國音書

想佳人花下,對明月春風,恨應同。

 

 

(下し文)

河傳二首其一

去り去って,何處ぞ?迢迢たり 巴楚,山水 相い連る。

朝に雲に暮に雨,舊十二峯の前に依り,猿聲 客舡に到る。

 

愁腸 豈に異って丁香結ばん?因って離別し,故國 音書つ。

佳人を花下に想い,明月 春風に對し,恨み應に同じゅうす。

 

(現代語訳)

(成都の妻妾が旅に出たきり音沙汰がなくなった男について、巫山十二晩峰の麓にある祠の美人のもとに入り浸ってしまっているのだろうと詠う。)

去っていったきりで何処に行ったのやら、遙か遠い葉の国か、その国だろうか、その地まで山も水も連なっているのに。

楚の懐王と瑶姫のように朝も夕もいつも一緒になって快楽を得ていて、巫山の十二峰の前に古からある祠に入り浸っていることだろう、そこには猿の悲痛な叫びが聞こえていて、それを聞いて旅人はその祠に到着する。

下腹に性の愁いを感じて、どうして、異なる丁子の身のように結ばれずにいようか、そんなことがあれば、離別という気持ちでいるだろうし、故国の女にも音信を断絶している。

この祠の巫女、妓女の美人たちは花の下にあってこそと思うし、名月や春風の季節に対してのものである、愛していると思い続けることは何時しか、恨むことと同じ意味になっていく。

 

巫山十二峰004
 

(訳注)

河傳二首其一

(成都の妻妾が旅に出たきり音沙汰がなくなった男について、巫山十二晩峰の麓にある祠の美人のもとに入り浸ってしまっているのだろうと詠う。)

【解説】 李珣に、巫山一段雲二首があり、不況にいることとしてえがいているが、この詩は、故郷に残した女と巫峡で遊ぶ男を客観的に見ている。巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。こうしたことの前提で巫山の神女の故事ができあがっている。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、坐山の神女の故事に思いを馳せる。

 

『花間集』には「河傳」は十八首、その内、李珣の作が二首収められている。双調五十五字、前段二十七字七句四仄韻三平韻、後段一十八字六句三仄韻二平韻で、❷.❷.❹.④.❹.⑥.⑤./❼.❸.❺.5.⑤.③.の詞形をとる。温庭筠、の韋莊、張泌、顧孫光憲、閻處士選河傳、解説参照。

,何?迢迢巴,山水相

朝雲暮,依舊十二峯,猿聲到客

愁腸豈異丁香?因離,故國音書

想佳人花下,對明月春,恨應

●●  △● ○○○● ○●△○

○○●● △●●●○○  ○○●●○

○○●●○○● ○△●  ●●○○●

●○○○●  ●○●○△ ●△○

 

去去,何處?迢迢巴楚,山水相連。

去っていったきりで何処に行ったのやら、遙か遠い葉の国か、その国だろうか、その地まで山も水も連なっているのに。

巴楚 涪江流域の梓州、嘉陵江流域の閬州、巴江流域の巴州の三巴を巴の国、楚は、現在の湖南省・湖北省を指す。 (春秋) ? - 紀元前223年) - 春秋時代の強国で、戦国七雄の1つでもある。ここでは三峡に到る渝州、雲安、夔州、辺りを指している。特に巫峡を下る直前に在る菱州に在る祠とその周辺の歓楽街を指している。

 

朝雲暮雨,依舊十二峯前,猿聲到客舡。

楚の懐王と瑶姫のように朝も夕もいつも一緒になって快楽を得ていて、巫山の十二峰の前に古からある祠に入り浸っていることだろう、そこには猿の悲痛な叫びが聞こえていて、それを聞いて旅人はその祠に到着する。

○朝雲暮雨 楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

韋莊『望遠行』「出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。」

この門を出てしまえば旅路の道に若草茂るし、女の人もいるというものです。巫山の神女と夢の中で情を交わしたように睦まじくした仲も別れてはたちまち東と西にはなれてしまうのです。

○舊十二峯 中国上古の神話には、瑤姫が西王母の第二十三人の娘「雲華夫人(うんかふじん)」だとの言い伝えがあり、十二匹の悪龍に降伏し禹の治水事業を助けていた。後に巫山十二峰(神女峰)を形成した。

十二晚峯 夕暮れ時の巫山の十二の蜂々。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、軍鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松哲、仙人を指す。宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。毛文錫『巫山一段雲一首』「雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。」

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

皇甫松《天仙子二首其一》

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

齊,夢魂銷散醉空閨

4-414《天仙子二首其一》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-597-4-(414) 二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4532

 

毛文錫『巫山一段雲一首』

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

巫山一段雲二首其二

古廟依青嶂,行宮枕碧流。

水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。

雲雨朝還暮,煙花春復秋。

啼猿何必近孤舟,行客自多愁。

 

 

愁腸豈異丁香結?因離別,故國音書

下腹に性の愁いを感じて、どうして、異なる丁子の身のように結ばれずにいようか、そんなことがあれば、離別という気持ちでいるだろうし、故国の女にも音信を断絶している。

 

想佳人花下,對明月春風,恨應同。

この祠の巫女、妓女の美人たちは花の下にあってこそと思うし、名月や春風の季節に対してのものである、愛していると思い続けることは何時しか、恨むことと同じ意味になっていく。

蜀中転々圖
 

李珣

巫山一段雲二首其一

有客經巫峽,停橈向水湄。

楚王曾此夢瑤,一夢杳無期。

塵暗珠簾卷,香消翠幄垂。

西風迴首不勝悲,暮雨灑空祠。

 

巫山一段雲二首其二

古廟依青嶂,行宮枕碧流。

水聲山色鏁粧樓,往事思悠悠。

雲雨朝還暮,煙花春復秋。

啼猿何必近孤舟,行客自多愁。

 

宋玉の「高唐の賦」宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

 

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。 

李商隠 7 無題(颯颯東風細雨來)

細雨(帷飄白玉堂)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-76

細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-78

 

 

・芳草路萋萋 旅立った男が旅先で春草(女)に心奪われて帰って来ないことを。『楚辞』招隠士第十二「王孫遊兮不歸、春草生兮萋萋。」(王孫 遊びて歸らず、春草 生じて萋萋たり。)

・雲雨別來易東西 愛し合ってきた睦まじい男女の仲も、一たび別れとなれば、たちまち東西に遠く離れ離れになってしまうことを言う。雲雨は男女の情交を指す。宋玉の「高唐の賦」の序に拠れば、楚の懐王は高唐に遊び、巫山の神女と夢の中で情を交わした。神女は別れに当たり 「私は巫山の南、高く険しい所におり、朝には雲となり暮れには雨となって、朝な朝な夕なに、陽台の下におります」と言い残し去ったと言う。以来、雲.雨の語は男女の情交を指すようになった。

 啼猿何必近孤舟,行客自多愁。

この巫山の山と三峡の流れに、どういうわけか、舟近くに悲しき猿の鳴き声を聞くのは二人の恋は悲恋であったというのであろうか、ここを旅するものたちは、別れてきてことを思い出し、自然と愁いが多くなる。

〇時猿何必近孤舟 昔から、三峡(長江上流の四川省と湖北省にまたがる巫咲、瞿塘峡、西陵峡) を挟む両岸の山々の猿の噂き声は、長江を行き来する船にまで届き、旅人の愁いを誘った。

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李珣《虞美人一首,》十巻 昨夜来から、待ち続け、麗しい美男子が他所での逢瀬をひそかにともにすごしているのだろう、あまりに浮気心がおおいために、今宵も酒に酔い、さめることはなく、あのお方は、帰る約束の日を守ったことがない。

 
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20-539《西溪子一首,》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-722-20-(539)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5157

 

 

西溪子

(「買斷」身請けされた妓女は、覚悟していたことではあるが、年を経ると、妓女の所に男が訪れることはない。春には帰って来ると出て行った男を待ち続ける寂しい様子を詠う。)

金縷翠鈿浮動,粧罷小圓夢。

今日こそは、来てくれると金糸作りの髪飾りゆらゆら揺れ、花鈿も付けて、あの日と同じ装いを済ませた、別れた時の約束が守られる夢が正夢であってほしいと占う小窓のむこうの天にいのる。

日高時,春已老,人來到,滿地落花慵掃。

すでに日は高く昇って又昼を過ぎる、また、約束の春は既にすぎさろうとしている、人は往来するけれど、中庭に散り敷ける花を掃うのは物憂くてしない。

無語倚屏風,泣殘紅。

誰とも話すことが無くなり、寝牀のまわりに屏風を立てることもないので片づけたままだし、生気を失って生きる意欲をなくし、ただ、涙を流す。

 

(西溪子)

金縷の翠鈿 浮動し,粧い罷え 小 夢を圓う。

日 高き時,春 已に老けたり,人 來りて到り,滿地の落花 掃うに慵く。

無語るく屏風を倚せ,殘紅に泣きたり。

 

 芍薬001

『西溪子』 現代語訳と訳註解説

(本文)

西溪子

金縷翠鈿浮動,粧罷小圓夢。

日高時,春已老,人來到,滿地落花慵掃。

無語倚屏風,泣殘紅。

 

(下し文)

(西溪子)

金縷の翠鈿 浮動し,粧い罷え 小 夢を圓う。

日 高き時,春 已に老けたり,人 來りて到り,滿地の落花 掃うに慵く。

無語るく屏風を倚せ,殘紅に泣きたり。

 

(現代語訳)

(「買斷」身請けされた妓女は、覚悟していたことではあるが、年を経ると、妓女の所に男が訪れることはない。春には帰って来ると出て行った男を待ち続ける寂しい様子を詠う。)

今日こそは、来てくれると金糸作りの髪飾りゆらゆら揺れ、花鈿も付けて、あの日と同じ装いを済ませた、別れた時の約束が守られる夢が正夢であってほしいと占う小窓のむこうの天にいのる。

すでに日は高く昇って又昼を過ぎる、また、約束の春は既にすぎさろうとしている、人は往来するけれど、中庭に散り敷ける花を掃うのは物憂くてしない。

誰とも話すことが無くなり、寝牀のまわりに屏風を立てることもないので片づけたままだし、生気を失って生きる意欲をなくし、ただ、涙を流す。

杏の花001
 

(訳注)

西溪子

(「買斷」身請けされた妓女は、覚悟していたことではあるが、年を経ると、妓女の所に男が訪れることはない。春には帰って来ると出て行った男を待ち続ける寂しい様子を詠う。)

【解説】 「買斷」身請けされた妓女の所に年を経ると、男が訪れることはないのは、身請けされた妓女は覚悟していることである。冒頭二句は、棄てられたという自覚のない初めのころは、男の訪れを待って化粧を毎日、整えるのである。窓辺で昨夜見た夢が正夢であってほしいと吉凶判断をするさまを描く。末三句は、散り敷いた花を掃う気持ちにはなれず、独り屏風転身を寄せて、終わりかけた花に向かって、密かに涙するさまを詠じる。女が散り敷いた花を掃除する気持ちになれないのは、風流人にとっては当然のことであるが、人が出ていったり、去っていった道に散った花を掃除すると、人の帰りや訪れが遅れるという迷信があったことによる。なお、第五句に「人末だ到らず」とあることからすると、夢占いは吉と出た可能性がきわめて高い。

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『西溪子』三首

 

 

作者



初句7字

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

西溪子一首

捍撥雙盤金鳳,

 

 

毛文錫(毛司徒文錫)

巻五

西溪子一首

昨日西溪遊賞,

 

 

李珣(李秀才珣)

巻十

西溪子一首

金縷翠鈿浮動,

 

 

 

 

 

 

 

 

『花間集』には三首所収。李珣の作は一首収められている。単調三十五字、八句五仄韻二平韻で、❻❻3❸❸❻⑤③の詞形をとる。

金縷翠鈿浮  粧罷小
日高時  春已
人來到  滿地落花慵
無語倚屏  泣殘

○●●△○●  ?△●?○△

●○○  ○●●

○△●  ●●●○○●

○●△△△  ●○○

 

金縷翠鈿浮動,粧罷小圓夢。

今日こそは、来てくれると金糸作りの髪飾りゆらゆら揺れ、花鈿も付けて、あの日と同じ装いを済ませた、別れた時の約束が守られる夢が正夢であってほしいと占う小窓のむこうの天にいのる。

○金縷翠鈿 金糸で作られた飾りの付いた簪と額に飾る花鈿。

○円夢 夢が昨夜見た夢が正夢であってほしいと吉凶判断の占いをする。吉しかない占い。

 

日高時,春已老,人來到,滿地落花慵掃。

すでに日は高く昇って又昼を過ぎる、また、約束の春は既にすぎさろうとしている、人は往来するけれど、中庭に散り敷ける花を掃うのは物憂くてしない。

○日高時,春已老,人來到 

○滿地落花慵掃 女が散り敷いた花を掃除する気持ちになれないのは、風流人にとっては当然のことであるが、人が出ていったり、去っていった道に散った花を掃除すると、①早く年を取る、老け込が早くなる。②人の帰りや訪れが遅れるという思いがあることによる。

王維「田園楽」・孟浩然「春暁」盛唐詩 春暁 孟浩然28 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -335

田園楽 王維

桃紅復含宿雨、柳緑更帯春煙。  
花落家童未掃、鶯啼山客猶眠。 

 

春曉   孟浩然

春眠不覺曉,處處聞啼鳥。
夜來風雨聲,花落知多少。

 

 

無語倚屏風,泣殘紅。

誰とも話すことが無くなり、寝牀のまわりに屏風を立てることもないので片づけたままだし、生気を失って生きる意欲をなくし、ただ、涙を流す。

倚屏風 屏風は、ベッドインするのにベッドの周りに立てるもので、それを折りたたんで壁際に倚りかけている。性交渉が全くなくなったことをいう。

殘紅 生きる意欲が損なわれたことをいう。

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李珣《菩薩蠻三首,其三》十巻 (南京、揚州の芸妓であったものが、「買斷」「身請け」をされ、妻妾でどこかに囲われ、かつては、良い日々を過ごしたけれど、又春が過ぎてゆき歳を重ねてゆくと詠う。)

 
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20-538《菩薩蠻三首,其三》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-721-20-(538)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5152

 

 

菩薩蠻三首

 

菩薩蠻三首其一

(船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)

迴塘風起波紋細,剌桐花裏門斜閉。

堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれるけれど水面には微かなきざ波が立っている、奥まったこの家の籬の刺桐の花に囲まれている。

殘日照平蕪,雙雙飛鷓鴣。

夕日は今日も雑草が生い茂っている野原をあまねく照らしているし、さっきから番いの鷓鴣がとびたち、また、番えて鷓鴣は飛んでいる。(囲われていて誰も来てくれず、侘しい思いをしている)

征帆何處客,相見還相隔。

出帆する船に乗るはいずこの旅人なのだろうか、かつて女も愛しいお方を見送りしたけれど、そのまま帰ってこない、この船を見送る人もまた同じようにいとしい人と身も心も隔たってしまうことだろう。

不語欲魂銷,望中煙水遙。

話す相手もいなければ、もうひとりごとでさえあのお方の事は話す気にもなれない、あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうになっている。行く船を追った水面の彼方を帰り舟が来ないかじっと見つめるけれど、夕靄に霞み、水平線のはるか先まで何も見えないのだ

(菩薩蠻三首其の一)

塘を迴る 風起れども 波紋 細かなり、刺桐 花の裏 門 斜閉す。

残日は 平蕪を照らし、双双の鷓鴣は 飛ぶ。

 

征帆するは 何処の客ぞ、相い見ては 還た 相い隔つ。

語らず 魂 銷えんと欲し、中を望めば 煙と水は 遙かなり。

 

菩薩蠻三首其二

(離れの部屋をあてがわれて三年も過ごすことも馴れたものの、やっぱり詫びしい思いに涙がこぼれると詠う)

等閑將度三春景,簾垂碧砌參差影。

あの人が来なくて何にもやる気がなくなってもう三度の春景色が過ぎる。日が傾き始めたので、簾を降ろす、たたきと庭との花壇に草花が長短入り混じって成長しているのが影を成している。

曲檻日初斜,杜鵑啼落花。

この離れに来る渡り廊下の欄干の足元に始めて日差しが入り柱の影を斜めにしている、春の花は散り落ちて、もうホトトギスが泣きはじめる初夏を迎えている。

恨去容易處,又話瀟湘去。

約束が守られず恨みに思うことも、あの方の事も忘れ去り、此処も苦もなく棲めるところとなっている。それに、話すこともできるし、「瀟湘妃子」の故事のように思いつめるのはやめた。

凝思倚屏山,淚流紅臉斑。

もうあの人の事は考えないようにしているし、あの時の屏風は壁横に立てかけて納めていて一人で寝るだけ、それでも、涙が流れて、頬紅をつたい落ちて、瀟湘の斑竹のようになっている。

(菩薩蠻三首其の二)

閑に等しいまま 將に三春の景を度り,簾垂れ 碧砌 參差の影。

曲檻 日初めて斜めなり,杜鵑 啼き花を落す。

恨去 容易の處,又た話し 瀟湘去る。

凝思す屏山に倚り,淚流し 紅臉斑なり。

 

菩薩蠻三首其三

(南京、揚州の芸妓であったものが、「買斷」「身請け」をされ、妻妾でどこかに囲われ、かつては、良い日々を過ごしたけれど、又春が過ぎてゆき歳を重ねてゆくと詠う。)

隔簾微雨雙飛鷰,砌花零落紅深淺。

すだれを隔てて春の小雨が降り、番の燕が飛んでゆくと、家の周りのたたき添いの春の花が枯れ始め、潤って紅の色は深くなり、初夏の花が咲き始める。

捻得寶箏調,心隨征棹遙。

宝飾で飾られた耀く琴を爪弾いてあの人が好きだった調べを聴くけれど、あの人は、舟を出帆してはるか遠くへ行ってしまい、その進んだ航路を心で追いかけて、思うことだけだ。

楚天雲外路,動便經年去。

長江中下流域の楚の国の辺りの航路の外へ広がる雲のようにあの人はどこへ行かれたのか、ともすればこのまま年を重ねてゆくだけになるのだろう。

香斷畫屏深,舊懽何處尋。

閨には香を焚くのもいつしかやめてしまったし、寝牀のまわりに立てていた絵屏風も置く方に片付けてしまい、一人で夜を明かす日々は続く、過ぎ去った喜びの日の事は、今、何処を尋ねてもわかりはしないのだ。

(菩薩蠻三首其の三)

簾を隔て微雨 雙に鷰飛び,砌花 零落す 紅深く淺くして。

捻じては 寶箏の調を得ん,心は 棹を征し遙かなるに隨う。

楚天 雲は外路にあり,動もすれば 便ち 經年去る。

香斷ち 畫屏深く,舊懽は 何處に尋ねん。

海棠花101
 

 

『菩薩蠻三首其三』 現代語訳と訳註解説

(本文)

菩薩蠻三首其三

隔簾微雨雙飛鷰,砌花零落紅深淺。

捻得寶箏調,心隨征棹遙。

楚天雲外路,動便經年去。

香斷畫屏深,舊懽何處尋。

 

 

(下し文)

(菩薩蠻三首其の三)

簾を隔て微雨 雙に鷰飛び,砌花 零落す 紅深く淺くして。

捻じては 寶箏の調を得ん,心は 棹を征し遙かなるに隨う。

楚天 雲は外路にあり,動もすれば 便ち 經年去る。

香斷ち 畫屏深く,舊懽は 何處に尋ねん。

 

(現代語訳)

(南京、揚州の芸妓であったものが、「買斷」「身請け」をされ、妻妾でどこかに囲われ、かつては、良い日々を過ごしたけれど、又春が過ぎてゆき歳を重ねてゆくと詠う。)

すだれを隔てて春の小雨が降り、番の燕が飛んでゆくと、家の周りのたたき添いの春の花が枯れ始め、潤って紅の色は深くなり、初夏の花が咲き始める。

宝飾で飾られた耀く琴を爪弾いてあの人が好きだった調べを聴くけれど、あの人は、舟を出帆してはるか遠くへ行ってしまい、その進んだ航路を心で追いかけて、思うことだけだ。

長江中下流域の楚の国の辺りの航路の外へ広がる雲のようにあの人はどこへ行かれたのか、ともすればこのまま年を重ねてゆくだけになるのだろう。

閨には香を焚くのもいつしかやめてしまったし、寝牀のまわりに立てていた絵屏風も置く方に片付けてしまい、一人で夜を明かす日々は続く、過ぎ去った喜びの日の事は、今、何処を尋ねてもわかりはしないのだ。

木蓮0005
 

 

(訳注)

菩薩蠻三首其三

(南京、揚州の芸妓であったものが、「買斷」「身請け」をされ、妻妾でどこかに囲われ、かつては、良い日々を過ごしたけれど、又春が過ぎてゆき歳を重ねてゆくと詠う。)

菩薩蠻とは唐教坊曲の一つで、妓優について詠うものである。『花間集』には李珣の作が三首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。溫庭筠、韋莊などの菩薩蛮の解説参照。

隔簾微雨雙飛,砌花零落紅深

捻得寶箏調,心隨征棹遙。

楚天雲外路,動便經年去。

香斷畫屏深,舊懽何處尋。

●○○●○○●  ●○△●○△△

●●●○△  ○○○●○

●○○●●  ●△△○●

○●●△△  ●△△●○

 

隔簾微雨雙飛鷰,砌花零落紅深淺。

すだれを隔てて春の小雨が降り、番の燕が飛んでゆくと、家の周りのたたき添いの春の花が枯れ始め、潤って紅の色は深くなり、初夏の花が咲き始める。

砌花零落 家の周りのたたき添いの春の花が枯れ始めたこと。この二句は、季節の変わり目を指し、時の経過をいう。

紅深淺 春の盛りの花は散り始めたが春の花は雨に濡れて色濃くし、初夏の花は咲き初めの淡い色をしている。

 

捻得寶箏調,心隨征棹遙。

宝飾で飾られた耀く琴を爪弾いてあの人が好きだった調べを聴くけれど、あの人は、舟を出帆してはるか遠くへ行ってしまい、その進んだ航路を心で追いかけて、思うことだけだ。

 琴を爪弾く琴。

心隨征棹遙 舟を出帆してはるか遠くへ行ってしまい、その進んだ航路を追いかけるのはこころだけである。

 

楚天雲外路,動便經年去。

長江中下流域の楚の国の辺りの航路の外へ広がる雲のようにあの人はどこへ行かれたのか、ともすればこのまま年を重ねてゆくだけになるのだろう。

楚天 長江中流から下流域の楚の国の辺り。このごから、女は、南京、揚州の芸妓であったものが、「買斷」「身請け」をされ、妻妾でどこかに囲われた女性と考えられる。

雲外路 子もが、香炉以外にもいく様にあのお方もどこに行ったのかわからない。雲は男を意味する。

動便 ややもすれば、すなわち~となる。

 

香斷畫屏深,舊懽何處尋。

閨には香を焚くのもいつしかやめてしまったし、寝牀のまわりに立てていた絵屏風も置く方に片付けてしまい、一人で夜を明かす日々は続く、過ぎ去った喜びの日の事は、今、何処を尋ねてもわかりはしないのだ。

舊懽 昔過した楽しい日々。盛んに愛してくれた頃のこと。 ・懽:1喜ぶ,楽しむ.2((方言)) 形容詞 勢いがよい,活発である,盛んである.

20-537《菩薩蠻三首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-720-20-(537) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5147

李珣《菩薩蠻三首,其二》十巻 (離れの部屋をあてがわれて三年も過ごすことも馴れたものの、やっぱり詫びしい思いに涙がこぼれると詠う)あの人が来なくて何にもやる気がなくなってもう三度の春景色が過ぎる。

 
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27-#3 《此日足可惜贈張籍-3》韓愈(韓退之)ID <1232> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5144 
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20-537 《菩薩蠻三首,其二》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-720-20-(537)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5147

 

 

菩薩蠻三首

 

菩薩蠻三首其一

(船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)

迴塘風起波紋細,剌桐花裏門斜閉。

堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれるけれど水面には微かなきざ波が立っている、奥まったこの家の籬の刺桐の花に囲まれている。

殘日照平蕪,雙雙飛鷓鴣。

夕日は今日も雑草が生い茂っている野原をあまねく照らしているし、さっきから番いの鷓鴣がとびたち、また、番えて鷓鴣は飛んでいる。(囲われていて誰も来てくれず、侘しい思いをしている)

征帆何處客,相見還相隔。

出帆する船に乗るはいずこの旅人なのだろうか、かつて女も愛しいお方を見送りしたけれど、そのまま帰ってこない、この船を見送る人もまた同じようにいとしい人と身も心も隔たってしまうことだろう。

不語欲魂銷,望中煙水遙。

話す相手もいなければ、もうひとりごとでさえあのお方の事は話す気にもなれない、あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうになっている。行く船を追った水面の彼方を帰り舟が来ないかじっと見つめるけれど、夕靄に霞み、水平線のはるか先まで何も見えないのだ

(菩薩蠻三首其の一)

塘を迴る 風起れども 波紋 細かなり、刺桐 花の裏 門 斜閉す。

残日は 平蕪を照らし、双双の鷓鴣は 飛ぶ。

 

征帆するは 何処の客ぞ、相い見ては 還た 相い隔つ。

語らず 魂 銷えんと欲し、中を望めば 煙と水は 遙かなり。

 

菩薩蠻三首其二

(離れの部屋をあてがわれて三年も過ごすことも馴れたものの、やっぱり詫びしい思いに涙がこぼれると詠う)

等閑將度三春景,簾垂碧砌參差影。

あの人が来なくて何にもやる気がなくなってもう三度の春景色が過ぎる。日が傾き始めたので、簾を降ろす、たたきと庭との花壇に草花が長短入り混じって成長しているのが影を成している。

曲檻日初斜,杜鵑啼落花。

この離れに来る渡り廊下の欄干の足元に始めて日差しが入り柱の影を斜めにしている、春の花は散り落ちて、もうホトトギスが泣きはじめる初夏を迎えている。

恨去容易處,又話瀟湘去。

約束が守られず恨みに思うことも、あの方の事も忘れ去り、此処も苦もなく棲めるところとなっている。それに、話すこともできるし、「瀟湘妃子」の故事のように思いつめるのはやめた。

凝思倚屏山,淚流紅臉斑。

もうあの人の事は考えないようにしているし、あの時の屏風は壁横に立てかけて納めていて一人で寝るだけ、それでも、涙が流れて、頬紅をつたい落ちて、瀟湘の斑竹のようになっている。

(菩薩蠻三首其の二)

閑に等しいまま 將に三春の景を度り,簾垂れ 碧砌 參差の影。

曲檻 日初めて斜めなり,杜鵑 啼き花を落す。

恨去 容易の處,又た話し 瀟湘去る。

凝思す屏山に倚り,淚流し 紅臉斑なり。

 

菩薩蠻三首其三

隔簾微雨雙飛鷰,砌花零落紅深淺。

捻得寶箏調,心隨征棹遙。

楚天雲外路,動便經年去。

香斷畫屏深,舊懽何處尋。

 

 

『菩薩蠻三首其一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

菩薩蠻三首其二

等閑將度三春景,簾垂碧砌參差影。

曲檻日初斜,杜鵑啼落花。

恨去容易處,又話瀟湘去。

凝思倚屏山,淚流紅臉斑。

 

(下し文)

(菩薩蠻三首其の二)

閑に等しいまま 將に三春の景を度り,簾垂れ 碧砌 參差の影。

曲檻 日初めて斜めなり,杜鵑 啼き花を落す。

恨去 容易の處,又た話し 瀟湘去る。

凝思す屏山に倚り,淚流し 紅臉斑なり。

 

(現代語訳)

(離れの部屋をあてがわれて三年も過ごすことも馴れたものの、やっぱり詫びしい思いに涙がこぼれると詠う)

あの人が来なくて何にもやる気がなくなってもう三度の春景色が過ぎる。日が傾き始めたので、簾を降ろす、たたきと庭との花壇に草花が長短入り混じって成長しているのが影を成している。

この離れに来る渡り廊下の欄干の足元に始めて日差しが入り柱の影を斜めにしている、春の花は散り落ちて、もうホトトギスが泣きはじめる初夏を迎えている。

約束が守られず恨みに思うことも、あの方の事も忘れ去り、此処も苦もなく棲めるところとなっている。それに、話すこともできるし、「瀟湘妃子」の故事のように思いつめるのはやめた。

もうあの人の事は考えないようにしているし、あの時の屏風は壁横に立てかけて納めていて一人で寝るだけ、それでも、涙が流れて、頬紅をつたい落ちて、瀟湘の斑竹のようになっている。

 

隋堤01
 

(訳注)

菩薩蠻三首其二

(離れの部屋をあてがわれて過ごすことも馴れたものの、やっぱり詫びしい思いに涙がこぼれると詠う)

菩薩蠻とは唐教坊曲の一つで、妓優について詠うものである。『花間集』には李珣の作が三首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。溫庭筠、韋莊などの菩薩蛮の解説参照。

等閑將度三春,簾垂碧砌參差

曲檻日初,杜鵑啼落

恨去容易,又話瀟湘

凝思倚屏,淚流紅臉

●○△●△○●  ○○●●△△●

●●●○○  ●○○●○

●●○●●  ●●○○●

△△△△○  ●○○△○

 

等閑將度三春景,簾垂碧砌參差影。

あの人が来なくて何にもやる気がなくなってもう三度の春景色が過ぎる。日が傾き始めたので、簾を降ろす、たたきと庭との花壇に草花が長短入り混じって成長しているのが影を成している。

・等閑  物事の扱いをいい加減にすること。注意を払わないこと。なおざり。来るべき人がもう来なくなって知って、自暴自棄になっていることを示す。

・三春 ①春の三か月(早春・盛春・晩春)。謝靈運《登石門最高頂》「心契九秋榦,日玩三春荑。」(心に契る九秋の幹を、目は翫【よろこ】ぶ三春の荑【つばみ】。)心に九十日の秋の霜にも枯れぬ松柏の幹のような心の道を守ることを誓い、ここでの日々は春の三か月に咲く初花を愛で遊ぶのだ。②三年、三度の春。杜甫《贈王二十四侍御契詩》「一別星橋夜,三移斗柄春。」(一別 星橋の夜、三たび移る 斗柄の春。)成都星橋での夜にお別れの宴会をしてから、はや春を指す北斗星の柄が三たびうつり三年も過ぎたのです。

・參差 山や草木の長短不そろいのさま。

 

曲檻日初斜,杜鵑啼落花。

この離れに来る渡り廊下の欄干の足元に始めて日差しが入り柱の影を斜めにしている、春の花は散り落ちて、もうホトトギスが泣きはじめる初夏を迎えている。

・杜鵑啼 恋しい余りに啼いて血を吐くホトトギス。男を求めて泣くけれど、啼いて血を吐くホトトギス。ツツジの花は初夏であるから時間の経過も示している。蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑(ホトトギス)に魂を托(たく)した。(そのように、血を吐きながらなく思いである)。
不如帰、杜宇、杜鵑、蜀魂、蜀鳥、杜魄、蜀魄、子規、躑躅。李白【宣城見杜鵑花】. 蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑
杜鵑行 杜甫 成都(2)浣花渓の草堂(2 -16-1)  <379 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1831 杜甫詩1000-379-557/1500

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恨去容易處,又話瀟湘去。

約束が守られず恨みに思うことも、あの方の事も忘れ去り、此処も苦もなく棲めるところとなっている。それに、話すこともできるし、「瀟湘妃子」の故事のように思いつめるのはやめた。

・容易處 なんの苦もなく棲めるところとなることをいう。杜甫《雨》前雨傷卒暴,今雨喜容易。(前雨は卒暴なりしを傷む、今雨は容易なるを喜ぶ。)

・瀟湘 瀟水と湘水。湖南省を流れ洞庭湖に注ぐ。湘水は、現在“湘江”という。「瀟湘妃子」の故事をふまえての句である。太古の聖天子である舜帝は、南巡(なんじゅん:南方の視察)した際に蒼梧(そうご)で崩御した。堯帝の二人の娘であり舜帝の妃であった娥皇(がこう)と女英(じょえい)の姉妹は湘水(しょうすい)のほとりで舜帝の死を泣きに泣く。二人の流した涙が河畔の竹の上に降り注いで斑点となり、これがすなわち斑(まだら)模様のついた竹、斑竹(はんちく)になったという。この句と最終句の「涙」「斑」が関連する。

劉禹錫『瀟湘神』

斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。

楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。

斑竹枝,斑竹枝,涙痕 點點 相思を寄す。

楚客 聽かんと欲す瑤瑟の怨を,瀟湘の深夜 月明の時。

斑文のある湘妃竹、その斑竹で作った笛。娥皇と女英の涙の痕が点々とあるが、これはその人を思いやる証しなのである。 

楚の国から来たその人は、瀟湘の川の上で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいとおもった。瀟湘の川の流れに船を浮かべてそう思ったのだ。深夜に月の明るく澄んでいる時のことであった。 

瀟湘神

詞牌の一。詞の形式名。『瀟湘曲』ともいう。詳しくは下記の「構成について」を参照。この作品がこの詞牌の起源になる。湘妃と斑竹の、亡き人を偲ぶ故事で、深い味わいを出している。

温庭筠は『瑤瑟怨』

冰簟銀床夢不成,碧天如水夜雲輕。

雁聲遠過瀟湘去,十二樓中月自明。  と詠う。

・斑竹 斑文のある竹。湘妃竹のこと。湘妃とは、舜帝の妃・娥皇と女英の二人のこと。舜帝を慕って湘水に身を投じて、川の湘靈、湘神となったという故事。舜帝が蒼梧(現在の江西省蒼梧)で崩じた時に、娥皇と女英の二人の妃がここに来て深く嘆き悲しみ、流した涙が竹に滴り、その痕(あと)が竹に斑斑と残ったことから「斑竹」と謂われた。或いは、九嶷山で亡くなり、二人の妃が三日三晩泣き続けたが、やがて九嶷山に血涙の痕があるような竹が生えだしたという。恨みの涙、別れの涙。慟哭の涙、偲ぶ涙。辺境の地に向かう惜別の涙、四面楚歌の絶望の悔し涙。とあるけれど、頼りにして従っていた貴顕の御方が、左遷された、取り残された書生の将来不安の涙。

李商隠の『涙』詩は、人の世の涙の諸相を写し出し、最後に保護者と別れる貧士の涙が、何よりも痛切であることを歌う。面白い詩だ。

李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 33

・涙痕 涙の痕。 

・點點 点々と。 

・寄 よせる。手紙を差し出す。 

・相思 異性を思いやる。或いは、相互に思う。

 

凝思倚屏山,淚流紅臉斑。

もうあの人の事は考えないようにしているし、あの時の屏風は壁横に立てかけて納めていて一人で寝るだけ、それでも、涙が流れて、頬紅をつたい落ちて、瀟湘の斑竹のようになっている。

倚屏山 逢瀬の時には寝牀のまわりに屏風を立てるが、今はその屏風を閉じたままで、壁にななめに立てかけられていて、「山」は屏風に書かれている山という意味もあるが、女が寝ていることを意味する。横たわっていること。

紅臉斑 瀟湘の二人の妃が三日三晩泣き続けたが、やがて九嶷山に血涙の痕があるような竹が生えだしたという。離れの閨のまわりの竹林の竹も斑の竹になるのだろうか。
竹林001


20-536《菩薩蠻三首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-719-20-(536) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5142

李珣菩薩蠻三首,其一》十巻 (船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)

 
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20-536《菩薩蠻三首,其一》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-719-20-(536)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5142

 

 

 bijo02

 歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指すもので、唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのである。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。菩薩蠻はこうした一芸に秀でた芸妓について詠ったものである。

唐代には「妓」と呼ばれた人は三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婦女と呼ばれる人と同類であった。

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。 

 

花間集 教坊曲『菩薩蠻』四十一首

毛熙震 巻一『菩薩蠻 一』 小山重疊金明滅,

『菩薩蠻 二』 水精簾裡頗黎枕,

『菩薩蠻 三』 蘂黃無限當山額,

『菩薩蠻 四』 翠翹金縷雙鸂鶒,

『菩薩蠻 五』 杏花含露團香雪,

『菩薩蠻 六』 玉樓明月長相憶,

『菩薩蠻 七』 鳳凰相對盤金縷,

『菩薩蠻 八』 牡丹花謝鶯聲歇,

『菩薩蠻 九』 滿宮明月梨花白,

『菩薩蠻 十』 寶函鈿雀金鸂鶒,

『菩薩蠻十一』 南園滿地堆輕絮,

『菩薩蠻十二』 夜來皓月纔當午,

『菩薩蠻十三』 雨晴夜合玲瓏日

『菩薩蠻十四』 竹風輕動庭除冷,

韋 荘   菩薩蠻 一 韋荘 紅樓別夜堪惆悵

菩薩蠻 二 韋荘 人人盡江南好

菩薩蠻 三 韋荘 如今卻憶江南樂

菩薩蠻 四 韋荘 勸君今夜須沉醉

菩薩蠻 五 韋荘 洛陽城裡春光好

牛 嶠   菩薩蠻七首 其一 舞裙香暖金泥鳳,

菩薩蠻七首 其二 柳花飛處鶯聲急,

菩薩蠻七首 其三 玉釵風動春幡急,

菩薩蠻七首 其四 畫屏重疊巫陽翠

菩薩蠻七首 其五 風簾鷰舞鶯啼柳,

菩薩蠻七首 其六 綠雲鬢上飛金雀,

菩薩蠻七首 其七,玉樓冰簟鴛鴦錦,

和 凝 巻八 菩薩蠻一首 其一 越梅半拆輕寒裏

孫光憲 巻八 菩薩蠻五首其一 月華如水籠香砌,

    菩薩蠻五首其二花冠頻皷牆頭翼,

    菩薩蠻五首其三小庭花落無人掃,

    菩薩蠻五首其四青巖碧洞經朝雨,

    菩薩蠻五首其五木綿花映叢祠小,

魏承班 巻八 菩薩蠻二首其一 羅裾薄薄秋波染,

菩薩蠻二首其二羅衣隱約金泥畫,

尹鶚隴 巻九 菩薩蠻一首  雲暗合秋天白,

毛熙震    巻十     菩薩蠻三首其一 梨花滿院飄香雪
       
巻十
     菩薩蠻三首其二 繡簾高軸臨塘看

巻十   菩薩蠻三首其三 天含殘碧融春色

李秀才珣  巻十  菩薩蠻三首其一 迴塘風起波紋細

巻十       菩薩蠻三首其二 等閑將度三春景

巻十       菩薩蠻三首其三 隔簾微雨雙飛鷰

 くちなしの花

菩薩蠻三首

 

菩薩蠻三首其一

(船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)

迴塘風起波紋細,剌桐花裏門斜閉。

堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれるけれど水面には微かなきざ波が立っている、奥まったこの家の籬の刺桐の花に囲まれている。

殘日照平蕪,雙雙飛鷓鴣。

夕日は今日も雑草が生い茂っている野原をあまねく照らしているし、さっきから番いの鷓鴣がとびたち、また、番えて鷓鴣は飛んでいる。(囲われていて誰も来てくれず、侘しい思いをしている)

征帆何處客,相見還相隔。

出帆する船に乗るはいずこの旅人なのだろうか、かつて女も愛しいお方を見送りしたけれど、そのまま帰ってこない、この船を見送る人もまた同じようにいとしい人と身も心も隔たってしまうことだろう。

不語欲魂銷,望中煙水遙。

話す相手もいなければ、もうひとりごとでさえあのお方の事は話す気にもなれない、あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうになっている。行く船を追った水面の彼方を帰り舟が来ないかじっと見つめるけれど、夕靄に霞み、水平線のはるか先まで何も見えないのだ

(菩薩蠻三首其の一)

塘を迴る 風起れども 波紋 細かなり、刺桐 花の裏 門 斜閉す。

残日は 平蕪を照らし、双双の鷓鴣は 飛ぶ。

 

征帆するは 何処の客ぞ、相い見ては 還た 相い隔つ。

語らず 魂 銷えんと欲し、中を望めば 煙と水は 遙かなり。

 

菩薩蠻三首其二

等閑將度三春景,簾垂碧砌參差影。

曲檻日初斜,杜鵑啼落花。

恨去容易處,又話瀟湘去。

凝思倚屏山,淚流紅臉斑。

 

菩薩蠻三首其三

隔簾微雨雙飛鷰,砌花零落紅深淺。

捻得寶箏調,心隨征棹遙。

楚天雲外路,動便經年去。

香斷畫屏深,舊懽何處尋。

 

 

『菩薩蠻三首其一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

菩薩蠻三首其一

迴塘風起波紋細,剌桐花裏門斜閉。

殘日照平蕪,雙雙飛鷓鴣。

征帆何處客,相見還相隔。

不語欲魂銷,望中煙水遙。

 

 

(下し文)

(菩薩蠻三首其の一)

塘を迴る 風起れども 波紋 細かなり、刺桐 花の裏 門 斜閉す。

残日は 平蕪を照らし、双双の鷓鴣は 飛ぶ。

 

征帆するは 何処の客ぞ、相い見ては 還た 相い隔つ。

語らず 魂 銷えんと欲し、中を望めば 煙と水は 遙かなり。

 

(現代語訳)

(船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)

堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれるけれど水面には微かなきざ波が立っている、奥まったこの家の籬の刺桐の花に囲まれている。

夕日は今日も雑草が生い茂っている野原をあまねく照らしているし、さっきから番いの鷓鴣がとびたち、また、番えて鷓鴣は飛んでいる。(囲われていて誰も来てくれず、侘しい思いをしている)

出帆する船に乗るはいずこの旅人なのだろうか、かつて女も愛しいお方を見送りしたけれど、そのまま帰ってこない、この船を見送る人もまた同じようにいとしい人と身も心も隔たってしまうことだろう。

話す相手もいなければ、もうひとりごとでさえあのお方の事は話す気にもなれない、あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうになっている。行く船を追った水面の彼方を帰り舟が来ないかじっと見つめるけれど、夕靄に霞み、水平線のはるか先まで何も見えないのだ

 

 

(訳注)

菩薩蠻三首其一

(船の発着が見えるその家に身請けをされて棲んでいるけれど、かつて女も愛しいお方を見送りし、そのまま帰ってこない、今日も出帆する船があるが、また同じように誰娘か愛しい人と身も心も隔たってしまうことだろうと詠う)

 

【解説】 いずこの人とも知れぬ旅の男の乗る船を見送る女性の情はかつてここから見送ったものとして別れの情はよくわかると詠う。妓優の夢は、囲ってもらい、そこで一人の人に愛され続けたいと思っている。船の発着が見えるその家は身請けをされて棲んでいる家なのである。妓優は官妓であることが多く、ちい的に高い者であれば、その仕事の先々にこうした女性を身請けして囲っていたのである。

 

菩薩蠻とは唐教坊曲の一つで、妓優について詠うものである。『花間集』には李珣の作が三首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。溫庭筠、韋莊などの菩薩蛮の解説参照。

△○△●○○●  ●○○●○○●

○●●○○  ○○○●○

○△△●●  △●○△●

△●●○○  △△○●○

 

迴塘風起波紋細,剌桐花裏門斜閉。

堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれるけれど水面には微かなきざ波が立っている、奥まったこの家の籬の刺桐の花に囲まれている。

○迴塘 堤の草がそよ風に吹かれて草波を起してゆれること。船着き場であるから入り江のように湾曲した堤があり、そこに風が吹いてきた。

○刺桐 木の名。中国南方の山谷に生育し、樹は桐に似て樹皮は薄黄色く、濃紅色の花を枝一面につける。刺があるので刺桐と呼ばれるもので籬・牆璧と併用して植えられる。身請けされた妻妾が棲んでいるということ。

斜閉 遮閉であり、完全に閉ざされている。囲われた女性であるから他の男とは接触できないことを意味する。門が斜めに閉ざされているというのではない。菩薩蠻という詩であり、以前妓優であった女が、身請けをされて、妻妾という立場遺あるということで、決してオープンではないのである。身分的には奴婢であることが多い。

 

殘日照平蕪,雙雙飛鷓鴣。

夕日は今日も雑草が生い茂っている野原をあまねく照らしているし、さっきから番いの鷓鴣がとびたち、また、番えて鷓鴣は飛んでいる。(囲われていて誰も来てくれず、侘しい思いをしている)

○残日 夕日。

○平蕪 雑草が生い茂っている野原。

 

征帆何處客,相見還相隔。

出帆する船に乗るはいずこの旅人なのだろうか、かつて女も愛しいお方を見送りしたけれど、そのまま帰ってこない、この船を見送る人もまた同じようにいとしい人と身も心も隔たってしまうことだろう。

○征帆 旅行く舟。かって女もこうして旅立つ船を見送ったことを思い出している。

 

不語欲魂銷,望中煙水遙。

話す相手もいなければ、もうひとりごとでさえあのお方の事は話す気にもなれない、あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうになっている。行く船を追った水面の彼方を帰り舟が来ないかじっと見つめるけれど、夕靄に霞み、水平線のはるか先まで何も見えないのだ

○欲魂銷 あまりの悲しみに魂が今にも抜けそうだ。欲は今にも〜しそうだ、の意。銷は彫り込まれた文字を抉り取って消してしまう。単に消して忘れるというものではない。

○望中 視線が当たるところの届く限り、行きさって見渡す限り、ただ遠くをぼんやり見るのではなく船が行き去って消えたあたりを見るということ。

 

 

(菩薩蠻三首其の一)

塘を迴る 風起れども 波紋 細かなり、刺桐 花の裏 門 斜閉す。

残日は 平蕪を照らし、双双の鷓鴣は 飛ぶ。

 

征帆するは 何処の客ぞ、相い見ては 還た 相い隔つ。

語らず 魂 銷えんと欲し、中を望めば 煙と水は 遙かなり。
嘉陵江111111

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李珣《望遠行二首,其二》十巻 (身請けをされたものの寺観の離れの奥座敷に棄てられた蕭娘は、逢瀬の約束の秋をまた、迎えたたが、空しく時は過ぎてゆくと詠う。)竹林の奥の誰もいない静かな中庭に、落ち葉の上に秋の夜露がしたたりおちている、また秋が来て愁いは増すばかり、ここで待つ女には、柳の眉にまた愁いがあつまってくる。

 

 
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花間集 教坊曲『南子』十八首

 

 

作者



初句7字

 

 

韋荘

巻二

望遠行一首

欲別無言倚畫屏

 

 

李珣

巻十

望遠行二首其一

春日遲遲思寂寥

 

 

巻十

望遠行二首其二

露滴幽庭落葉時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

望遠行二首

 

望遠行二首其一

(遠く国境の関所に出るということで別れたが、寵愛を受けても、子が出来なかったためそのままさびしく余生を過ごすと詠う。)

春日遲遲思寂寥,行客關山路遙。

春の日は日に日に長くなり、あのかたを思う時も多くなり、心寂しい。今まだ関所に向かう途中でしょうが、その道さえ、わたしには遙か遠いものなのです。

時聽語鶯嬌,柳絲牽恨一條條。

閏の窓辺には折からの艶やかな鶯の声を聴き潤み、枝垂れ柳の、そのしなやかに揺れるのを見ては潤むからだに、恨むこころに牽かれていくのです。 

休暈繡,罷吹蕭,貌逐殘花暗凋。

暈し作りの刺繍も止めたし、蕭は悲しい音なので吹くも止めている、晩春の残り花は暗く凋んでいるので追い求めるのをやめるのです。それは自分の顔は知らぬ間にやつれていくようにおもえるからなのです。

同心猶結舊裙腰,忍辜風月度良宵。

別れの時の愛の誓いの同心結びはスカートの腰に今も残っていて、いつも結び直します、それなのに、もういくたびかこの美しい風月を無にして、素晴らしい春の夜をむざむざ過ごしていくのは仕方ないことなのでしょう。

(望遠行二首其の一)

春日遲遲として思い 寂寥、行客 関山 路 遙かなり。

 時に聴く 語鶯の嬌なるを、柳糸 恨みを牽く 一条条。

 

暈繡を休め、吹簾を罷め、は残花を逐いて暗に凋む。

同心 猶お旧の腰に結はる、忍びて風月にき 良宵を度る。

 

望遠行二首其二

(身請けをされたものの寺観の離れの奥座敷に棄てられた蕭娘は、逢瀬の約束の秋をまた、迎えたたが、空しく時は過ぎてゆくと詠う。)

露滴幽庭落葉時,愁聚蕭娘柳眉。

竹林の奥の誰もいない静かな中庭に、落ち葉の上に秋の夜露がしたたりおちている、また秋が来て愁いは増すばかり、ここで待つ女には、柳の眉にまた愁いがあつまってくる。

玉郎一去負佳期,水雲迢遞鴈書遲。

れほどまでに愛おしい美男のお人は一度去って云ったら約束の期日が来てもその約束は守られなかった。水は東に去り、雲は遠く彼方に消えてしまい、手紙も音沙汰もいまだにないのだ。

屏半掩,枕斜欹,淚無言對垂。

逢瀬の閨の寝牀には、まわり全てに立てていた屏風もいまは片隅に、あの人の枕を斜めにして女は枕にそばだてている。じっとして何も言わず、蝋燭の垂れるのも涙が垂れるのもそのままにして見ている。

吟蛩斷續漏頻移,入明月鑒空帷。

蟋蟀が啼くのがとぎれとぎれに聞こえてきて、水時計はしきりに次の水槽に移って時は過ぎてゆく、また秋が終わってゆくだけなのか。窓から入って来る明月の明かりは寂しくとばりを照らしている。

(望遠行二首其の二)

露滴る幽庭 落葉の時,愁い 蕭娘柳眉を聚む。

玉郎 一び去り佳期を負く,水雲 迢遞 鴈書遲く。

屏半ば掩い,枕斜に欹て,淚 無言にして 對垂す。

吟蛩 斷續 漏れ頻に移り,明月入りて  空しく帷を鑒す。

博山爐01
 

 

『望遠行二首其二』 現代語訳と訳註解説

(本文)

望遠行二首其二

露滴幽庭落葉時,愁聚蕭娘柳眉。

玉郎一去負佳期,水雲迢遞鴈書遲。

屏半掩,枕斜欹,淚無言對垂。

吟蛩斷續漏頻移,入明月鑒空帷。

 

(下し文)

(望遠行二首其の二)

露滴る幽庭 落葉の時,愁い 蕭娘柳眉を聚む。

玉郎 一び去り佳期を負く,水雲 迢遞 鴈書遲く。

屏半ば掩い,枕斜に欹て,淚 無言にして 對垂す。

吟蛩 斷續 漏れ頻に移り,明月入りて  空しく帷を鑒す。

 

(現代語訳)

(身請けをされたものの寺観の離れの奥座敷に棄てられた蕭娘は、逢瀬の約束の秋をまた、迎えたたが、空しく時は過ぎてゆくと詠う。)

竹林の奥の誰もいない静かな中庭に、落ち葉の上に秋の夜露がしたたりおちている、また秋が来て愁いは増すばかり、ここで待つ女には、柳の眉にまた愁いがあつまってくる。

あれほどまでに愛おしい美男のお人は一度去って云ったら約束の期日が来てもその約束は守られなかった。水は東に去り、雲は遠く彼方に消えてしまい、手紙も音沙汰もいまだにないのだ。

逢瀬の閨の寝牀には、まわり全てに立てていた屏風もいまは片隅に、あの人の枕を斜めにして女は枕にそばだてている。じっとして何も言わず、蝋燭の垂れるのも涙が垂れるのもそのままにして見ている。

蟋蟀が啼くのがとぎれとぎれに聞こえてきて、水時計はしきりに次の水槽に移って時は過ぎてゆく、また秋が終わってゆくだけなのか。窓から入って来る明月の明かりは寂しくとばりを照らしている。

十三夜月
 

 

(訳注)

望遠行二首其二

(身請けをされたものの寺観の離れの奥座敷に棄てられた蕭娘は、逢瀬の約束の秋をまた、迎えたたが、空しく時は過ぎてゆくと詠う。)

『花間集』には李均の作が二首収められており、双調五十三字、前段二十七字四句四平韻、後段二十六字五句四平韻で、⑦⑥⑦⑦/3③⑥⑦⑦の詞形をとる。

露滴幽庭落葉時 愁聚蕭娘柳
玉郎一去負佳 水雲迢遞鴈書
屏半掩 枕斜欹 淚無言

吟蛩斷續漏頻移 明月鑒

●●○○●●○  ○●○○●○

●○●●●○○  ●○○●●○○

△●●  △○○ ●●○○●○

△○●●●○○ ●?○●△△○

 

露滴幽庭落葉時,愁聚蕭娘柳眉。

竹林の奥の誰もいない静かな中庭に、落ち葉の上に秋の夜露がしたたりおちている、また秋が来て愁いは増すばかり、ここで待つ女には、柳の眉にまた愁いがあつまってくる。

蕭娘 「買斷」「身請け」をされた女妓のこと。沈満願の夫の范靖、梁の征西記室范靖の愛人、第二夫人、家妓とおもわれる。

戯蕭娘

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

ねやの奥座敷に輝いている真珠を鏤めた翡翠のとばり、その内側に金箔を飾った緑のうす絹のとばりがある。

風に吹かれて時にはしばらくまくれ上がってしまう。きっとその中に(蕭娘さん)あなたの綺麗なお姿があると思います。

清々しい朝を迎えると外していた簪を髪に挿すのでしょう。それから晩方になればその奥座敷でうすぎぬの肌着をとくことでしょう。

あなたはあの風雅なあの人(范靖)に心を寄せていますね。そういう男女の愛情について私は独り占めにしようなんて思ってもいませんから。

(蕭娘を戯むる)

明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。

風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。

凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。

意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

 

玉郎一去負佳期,水雲迢遞鴈書遲。

あれほどまでに愛おしい美男のお人は一度去って云ったら約束の期日が来てもその約束は守られなかった。水は東に去り、雲は遠く彼方に消えてしまい、手紙も音沙汰もいまだにないのだ。

○玉郎 美男。ここでは愛しい男の意。

 

屏半掩,枕斜欹,淚無言對垂。

逢瀬の閨の寝牀には、まわり全てに立てていた屏風もいまは片隅に、あの人の枕を斜めにして女は枕にそばだてている。じっとして何も言わず、蝋燭の垂れるのも涙が垂れるのもそのままにして見ている。

枕斜欹 帰ってこない男の枕に待っている女の耳を当てること。

淚無言對垂 蝋燭がたれ、涙がたれるけれど、話す人もいない。

 

吟蛩斷續漏頻移,入明月鑒空帷。

蟋蟀が啼くのがとぎれとぎれに聞こえてきて、水時計はしきりに次の水槽に移って時は過ぎてゆく、また秋が終わってゆくだけなのか。窓から入って来る明月の明かりは寂しくとばりを照らしている。

吟蛩 蟋蟀がなく。

漏頻移 漏刻は5つの水槽に順に水が落ちてゆくことをいう。「頻」という語で、毎晩ということをあらわす。漏刻を置いてある部屋はかなりの富貴の者の女であることがわかる。

明月鑒空帷 月明かりが入ってとばりをスポットライトの様に照らす光景は寂しさの極みである。それでも妓優は不特定多数の男と接する事より、孤独であっても、この道を選ぶのである。

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大多数の妓女の最後の願いは、途中で普通の男に身請けされ結婚することだった。しかし、この結婚も彼女たちが愛情を得て、円満な結婚生活を送れるということを決して意味してはいなかった。

 

 

彼女たちが見初めた人に必ずしも結婚の意志があったり、身請けの金があったりしたわけではない。また、彼女たちを身請けしようと願い、またその金がある人が、必ずしも彼女たちの意中の人だったわけでもない。

 

 

妓女を身請けしたのは大部分が武将、下級官吏、商人たちであったが、身分が賎しいために、彼女たちが正妻になることはきわめて難しかった。一般には彼らの側室とか姫妾になったのである。正室になったものは、史書の記載ではただ一例見られるだけである。妓女は身請けされた後でも、依然として家庭の中で賎民の地位を抜けだせず、また主人の中には彼女たちを人間扱いしない者もいた。

 

 

唐代の著名な小説『雷小玉伝』は妓女の愛情悲劇を描いたものである。霞小玉は李益を心から愛したが、しかし「自らつり合わないことを知り」、李益と結婚する夢はもたなかった。李益が正式の結婚をする前の数年間の恩愛を願っただけである。このささやかな可憐な望みも、李益の裏切りと薄情によって粉々に砕かれ、小玉は悲しみのあまり病気にかかり、恨みを抱いたまま死んでしまった。このような凄惨な愛情悲劇は、まさに唐代の無数の妓女がたどった運命の一縮図であった。

 

 

妓女たちはこうした悪縁をたいへん恐れ、たとえ逆境にあっても愛と幸せを求めて全力を尽した。妓女たちは色町で世の中の金や人情のはかなさを見つくし、また身請けされて嫁いでも前途は計り難かったので、少なからざる妓女が別の道、つまり出家して仏門に入る道を選んだ。

 

 

劉阮 劉郎、阮郎 檀郎、安仁、潘郎、玉郎・・・・・。

○劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首Ⅹ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

20-534《望遠行二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-717-20-(534) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5132

李珣《望遠行二首,其一》十巻 (遠く国境の関所に出るということで別れたが、寵愛を受けても、子が出来なかったためそのままさびしく余生を過ごすと詠う。)

 

 
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20-534《望遠行二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-717-20-(534)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5132

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『南子』十八首

 

 

作者



初句7字

 

 

韋荘

巻二

望遠一首

欲別無言倚畫屏

 

 

李珣

巻十

望遠行二首其一

春日遲遲思寂寥

 

 

巻十

望遠行二首其二

露滴幽庭落葉時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

望遠行二首

 

望遠行二首其一

(遠く国境の関所に出るということで別れたが、寵愛を受けても、子が出来なかったためそのままさびしく余生を過ごすと詠う。)

春日遲遲思寂寥,行客關山路遙。

春の日は日に日に長くなり、あのかたを思う時も多くなり、心寂しい。今まだ関所に向かう途中でしょうが、その道さえ、わたしには遙か遠いものなのです。

時聽語鶯嬌,柳絲牽恨一條條。

閏の窓辺には折からの艶やかな鶯の声を聴き潤み、枝垂れ柳の、そのしなやかに揺れるのを見ては潤むからだに、恨むこころに牽かれていくのです。 

休暈繡,罷吹蕭,貌逐殘花暗凋。

暈し作りの刺繍も止めたし、蕭は悲しい音なので吹くも止めている、晩春の残り花は暗く凋んでいるので追い求めるのをやめるのです。それは自分の顔は知らぬ間にやつれていくようにおもえるからなのです。

同心猶結舊裙腰,忍辜風月度良宵。

別れの時の愛の誓いの同心結びはスカートの腰に今も残っていて、いつも結び直します、それなのに、もういくたびかこの美しい風月を無にして、素晴らしい春の夜をむざむざ過ごしていくのは仕方ないことなのでしょう。

(望遠行二首其の一)

春日遲遲として思い 寂寥、行客 関山 路 遙かなり。

 時に聴く 語鶯の嬌なるを、柳糸 恨みを牽く 一条条。

 

暈繡を休め、吹簾を罷め、は残花を逐いて暗に凋む。

同心 猶お旧の腰に結はる、忍びて風月にき 良宵を度る。

 

望遠行二首其二

露滴幽庭落葉時,愁聚蕭娘柳眉。

玉郎一去負佳期,水雲迢遞鴈書遲。

屏半掩,枕斜欹,淚無言對垂。

吟蛩斷續漏頻移,入明月鑒空帷。

 

bijo01
 

『望遠行二首其一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

望遠行二首其一

春日遲遲思寂寥,行客關山路遙。

時聽語鶯嬌,柳絲牽恨一條條。

休暈繡,罷吹蕭,貌逐殘花暗凋。

同心猶結舊裙腰,忍辜風月度良宵。

 

(下し文)

(望遠行二首其の一)

春日遲遲として思い 寂寥、行客 関山 路 遙かなり。

 時に聴く 語鶯の嬌なるを、柳糸 恨みを牽く 一条条。

 

暈繡を休め、吹簾を罷め、は残花を逐いて暗に凋む。

同心 猶お旧の腰に結はる、忍びて風月にき 良宵を度る。

 

(現代語訳)

(遠く国境の関所に出るということで別れたが、寵愛を受けても、子が出来なかったためそのままさびしく余生を過ごすと詠う。)

春の日は日に日に長くなり、あのかたを思う時も多くなり、心寂しい。今まだ関所に向かう途中でしょうが、その道さえ、わたしには遙か遠いものなのです。

閏の窓辺には折からの艶やかな鶯の声を聴き潤み、枝垂れ柳の、そのしなやかに揺れるのを見ては潤むからだに、恨むこころに牽かれていくのです。 

暈し作りの刺繍も止めたし、蕭は悲しい音なので吹くも止めている、晩春の残り花は暗く凋んでいるので追い求めるのをやめるのです。それは自分の顔は知らぬ間にやつれていくようにおもえるからなのです。

別れの時の愛の誓いの同心結びはスカートの腰に今も残っていて、いつも結び直します、それなのに、もういくたびかこの美しい風月を無にして、素晴らしい春の夜をむざむざ過ごしていくのは仕方ないことなのでしょう。

甘粛省-嘉峪関0051
 

(訳注)

望遠行二首其一

(遠く国境の関所に出るということで別れたが、寵愛を受けても、子が出来なかったためそのままさびしく余生を過ごすと詠う。)

【解説】 この詩は、二句ごとに時間経過が異なっている。前段始めは、別れて間もない春の日が日一日と長くなり、まだ行く道であろうことを旅路にあるお方を思って愁いに沈み、次の二句は、翌年春、ウグイスの鳴き声、枝垂れる無数の柳の枝の一本一本に悲しみを誘われずにはいられないことを言う。

後段、初めの二句は、それも数年たつと、何年もかかってする刺繍も途中でやめ、思いを込めて吹く笛もしなくなり、春に咲く花もどうでもよくなる。

末尾、スカートの腰にはあの方を見送った時に結んだ、「永結同心」そのままに残っており、春の夜を、あたら虚しく送っていると、無念の思いを語っている。子供が出来ない妃嬪はそのままとし終えてゆくのである。

『花間集』には李均の作が二首収められており、双調五十三字、前段二十七字四句四平韻、後段二十六字五句四平韻で、⑦⑥⑦⑦/3③⑥⑦⑦の詞形をとる。

春日遲遲思寂寥 行客關山路
時聽語嬌 柳絲牽恨一條
休暈繡 罷吹蕭 貌逐殘花暗

同心猶結舊裙腰 忍辜風月度良

○●○○△●△  △●○○●○

○●○△●○△  ●○△●●○○

△●●  △△○ ●●○○●○

○○△●●○○ ●○△●●○○

 

春日遲遲思寂寥,行客關山路遙。

春の日は日に日に長くなり、あのかたを思う時も多くなり、心寂しい。今まだ関所に向かう途中でしょうが、その道さえ、わたしには遙か遠いものなのです。

○寂寥 心が満ち足りず、もの寂しいこと。ひっそりとしてもの寂しいさま。

○関山 関所のある山、国境。ここでは遙かな旅路の意でもある。

 

時聽語鶯嬌,柳絲牽恨一條條。

閏の窓辺には折からの艶やかな鶯の声を聴き潤み、枝垂れ柳の、そのしなやかに揺れるのを見ては潤むからだに、恨むこころに牽かれていくのです。 

○壇窓 美しく飾った窓。

○語鶯嬌 「語鶯嬌(鶯の噸りは口づけの音のようで艶やか)」 の語順が押韻のために変わったもの。

○柳糸牽恨一条条 枝垂れた柳の枝の一本一本が揺れれば、男との睦まじく過ごした日々を思い出し、別離の恨みを誘う。柳は男女の交わりを言い、したがって別離の象徴となる。

この二句は仲睦まじく過ごしたことを思い出す出来事である。

 

休暈繡,罷吹蕭,貌逐殘花暗凋。

暈し作りの刺繍も止めたし、蕭は悲しい音なので吹くも止めている、晩春の残り花は暗く凋んでいるので追い求めるのをやめるのです。それは自分の顔は知らぬ間にやつれていくようにおもえるからなのです。

○暈繡 濃淡さまざまな色糸を用いて、グラデーション模様の色を変化させる刺繍。刺繍は相手を思いやってするもので、特にレベルの高い刺繍で高貴なものしかしない。宮中、後宮の妃嬪、あるいは皇族の内官であろう。

○貌 顔。

この二句は思いを込めてする作業である。

 

同心猶結舊裙腰,忍辜風月度良宵。

別れの時の愛の誓いの同心結びはスカートの腰に今も残っていて、いつも結び直します、それなのに、もういくたびかこの美しい風月を無にして、素晴らしい春の夜をむざむざ過ごしていくのは仕方ないことなのでしょう。

○同心猶結 男女が別れの際などに愛の誓いのしるしとして、解けないように固く結ぶ佩び紐、髪の毛の結び方をいう。通常は、佩び玉を腰に着けるようにぶら下げることが多い。時代映画などで、妃嬪は君王などの髪の毛を数本切り、自分の髪の毛と結び、 「永結同心(永遠に心を結ぶ)」を願うということ。

○忍辜風月度良宵 美しい風月を無にして素晴らしい春の夜をみすみす過ごす。この時代の全ての女性は、妻であろうが妓女であろうが、待つことしかない。子供ができるまでが勝負であり、それによって扱いは劇的に変化する。子ができなければ閨に放置、あるいは、棄てられても仕方がないということなのである。

 nat0022

韋莊『望遠行』

欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。

謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。

人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。

出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。

不忍別君後、却入旧香閏。

別れんと欲して 言 無く 画屏に倚る、恨みを含みて 暗に情を傷ましむ。

謝家の庭樹 錦鶏 鳴き、残月 辺城に落つ。

人 別れんと欲し、馬 頻に嘶く、緑槐 千里の艮堤。

門を出づれば 芳草 路に妻萎たり、雲雨 別れてより來 東西なり易し。

忍びず 君と別れし後、却って旧の香閨に入るに。

(あの人のことを遠くに望む歌)

別れをしようというころ、言葉なくこの部屋の絵屏風に身を寄せるだけで、恨みを抱き人知れず心悲しむだけなのです。

折しも豪邸の謝家のような庭の樹に錦鶏は時を告げます、名残の月は田舎の町の城壁にまさに落ちています。

あの人は去ってゆこうとしています、馬はしきりに声高く鳴いています。花が咲く前のエンジュの大樹か千里にわたって植わっている堤がながくつづいています。

この門を出てしまえば旅路の道に若草茂るし、女の人もいるというものです。巫山の神女と夢の中で情を交わしたように睦まじくした仲も別れてはたちまち東と西にはなれてしまうのです。

忍ぶことができないことはこのひとが去った後は、このひとと過ごした閏に入るだけなのですが、それがつらいことなのです。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

20-533《酒泉子四首,其四》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-716-20-(533) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5127

李珣《酒泉子四首,其四》十巻 (かつては名をはせた妓優も買斷を受けた暮らしをしても、歳を重ねるほどに来てくれる事は無くなる。悲愁の秋を寂しく過ごす様子を詠う。)

中秋のつきは美しく艶やかであり、緑色のうす絹をはった窓の外を清らかにして輝やかにしている。

 
 2014年11月16日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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132 《長相思【寄遠】,二首之一》Index- 9Ⅱ―4-729年開元十七年29歳 <132> Ⅰ李白詩1315 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5123 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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酒泉子四首

 

酒泉子四首其一

(寵愛をうけた妃嬪が二度と承けることが無くなり、春というのに無気力な毎日を過ごすと詠う)

寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。

ひっそりとして寂しい春景色の中の高楼があり、燭台の焔は、風に揺れ、刺繍のとばりも揺れ、玉すだれも淝水の尖りもゆっくりと揺れている。

月朦朧,花暗澹,鏁春愁。

春の盛りの月は朧月であり、花に月の明かりはほんのりと照らす。誰も来ないので鍵をかけたままで春の憂いに思うばかりである。

尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。

色々思いめぐらすことと云えば、過ぎ去った昔のことばかり、それも時折り見る夢がきっかけになったものである。涙顔で桃の身に露が零れ落ちるようであり、頬の紅さは涙にぬれて色濃く見える。

鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。

両鬢の蝉の翅の髪型は傾き、あの方にもらった鳳凰の簪は落ちたままで、もうなにを思っていいのかなんにもわからない。(酒におぼれる毎日だ)

 

(酒泉子四首其の一)

寂寞として青樓,風觸 繡簾 珠翠撼【ゆれ】る。

月は朦朧とし,花は暗澹として,春愁を鏁す。

尋思 往事 稀夢に依れど,淚臉 露桃 紅色重し。

鬢は蟬を欹【かたむ】け。釵は鳳を墜し,思は悠悠たり。

 

酒泉子四首其二

(春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)

雨清花零,紅散香凋池兩岸。

春のさわやかな雨がつづいて花落ちている、紅色の花弁散り、池の周りの岸には、香も失せてしまう。(あのお方の寵愛を失ったら、女としての魅力も失って行く)

別情遙,春歌斷,掩銀屏。

別れても残るあの方への思いは遙か先にいってしまい、一緒に歓楽した春の歌声は断えてこれからはない、埃がかぶってしまモノトーンのような銀の屏風の閨になってしまっている。

孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?

それでも孤舟とうとう出発し、もう三楚を離れるころだろう、何をする気にはなれず、ただあのお方の贈り物である螺鈿をちりばめた琴を奏でてみても、愁いはいかばかりか、計りようがないほどである。

曲中情,絃上語,不堪聽。

琴曲に込められた思いは、絃の語る言葉であり、もうこれ以上は聴くに忍びないのだ。

酒泉子四首其二

雨清けれど花零ち,紅散り香凋いて 池の兩岸。

別情遙,春歌斷,掩銀屏。

孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?

曲中情,絃上語,不堪聽。

 

酒泉子四首其三

(年を重ねた妃嬪は一人さびしく過ごすことに堪えねばならない。過ぎ行く秋の長雨に、枯れた蓮の葉を敲く雨音を詠う。)

秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。

秋の長雨は連綿と降り続く、枯れた蓮の葉に落ちる雨音はあつまり、群れて、かわいた砕ける音は人々が集まってざわめく音の様である。

那堪深夜枕前聽,酒初醒。

そのまま深夜までもずっと続き、ひとり枕辺で聞くにもう堪えきれず、憂さ晴らしの酒もすぐ醒め酔うことができない。

牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。

雨音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、ちょうあいへの思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。

細和煙,冷和雨,透簾中。

音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、寵愛への思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。

(酒泉子四首其の二)

秋雨 聯綿として、声 敗荷の叢裏に散る。

那で堪えんや 深夜 枕前に聴くに、酒 初し醒む。

 

愁いを牽き 思いを惹い 更に停まること 無く、燭は暗く 香は凝り 天は暁ならんと欲す。

細やかに煙に和し、冷ややかに雨に和し、簾中を透る。

 

酒泉子四首其四

(かつては名をはせた妓優も買斷を受けた暮らしをしても、歳を重ねるほどに来てくれる事は無くなる。悲愁の秋を寂しく過ごす様子を詠う。)

秋月嬋娟,皎潔碧紗外。

中秋のつきは美しく艶やかであり、緑色のうす絹をはった窓の外を清らかにして輝やかにしている。

照花穿竹冷沉沉,印池心。

寒花を照らし、竹林の中までその光は入っていく、冷気はこの景色に森々と深まっていく、また秋が過ぎて行こうとするやるせなく池を廻るが過ぎ去った日々この池での行楽の思い出を思い出すばかりである。

凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。

夜露が寒花や竹の葉から滴り落ち、小閣の軒のみぎわには蟋蟀が啼くのと瑟を爪弾いて歌を吟じている、美しい妓優はあの日のこと思い出しながら吟じていたが、現実に帰って驚いている。

夜深斜傍枕前來,影徘徊。

というのもいつの間にか夜も更けて寝牀に片手をついて斜めになり、あのお方と横になっていたことを思い出したら、枕の前に来ているのだ。見ると再び、池の周りを徘徊している。

(酒泉子四首其の四)

秋月は嬋娟たり,皎潔は碧紗の外にあり。

花を照らし 竹を穿ち 冷 沉沉たり,池心を印ず。

凝露は滴り,砌蛩は吟じ,驚きて覺む 謝娘の殘夢。

夜深く 斜傍して枕前に來り,徘徊を影す。

 

 

『酒泉子四首其四』 現代語訳と訳註解説

(本文)

酒泉子四首其四

秋月嬋娟,皎潔碧紗外。

照花穿竹冷沉沉,印池心。

凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。

夜深斜傍枕前來,影徘徊。

 

(下し文)

(酒泉子四首其の四)

秋月は嬋娟たり,皎潔は碧紗の外にあり。

花を照らし 竹を穿ち 冷 沉沉たり,池心を印ず。

凝露は滴り,砌蛩は吟じ,驚きて覺む 謝娘の殘夢。

夜深く 斜傍して枕前に來り,徘徊を影す。

 

(現代語訳)

(かつては名をはせた妓優も買斷を受けた暮らしをしても、歳を重ねるほどに来てくれる事は無くなる。悲愁の秋を寂しく過ごす様子を詠う。)

中秋のつきは美しく艶やかであり、緑色のうす絹をはった窓の外を清らかにして輝やにかしている。

寒花を照らし、竹林の中までその光は入っていく、冷気はこの景色に森々と深まっていく、また秋が過ぎて行こうとするやるせなく池を廻るが過ぎ去った日々この池での行楽の思い出を思い出すばかりである。

夜露が寒花や竹の葉から滴り落ち、小閣の軒のみぎわには蟋蟀が啼くのと瑟を爪弾いて歌を吟じている、美しい妓優はあの日のこと思い出しながら吟じていたが、現実に帰って驚いている。

というのもいつの間にか夜も更けて寝牀に片手をついて斜めになり、あのお方と横になっていたことを思い出したら、枕の前に来ているのだ。見ると再び、池の周りを徘徊している。

 

晩菊002
 

(訳注)

酒泉子四首其四

(かつては名をはせた妓優も買斷を受けた暮らしをしても、歳を重ねるほどに来てくれる事は無くなる。悲愁の秋を寂しく過ごす様子を詠う。)

官妓、妓優が「買斷」か「命令」によって、他の客と接することが無くなって楼閣の小閣に囲われている。そのことは、芸妓たちの夢であるけれども、一定の年を経ると寂しさを耐え抜かなければいけないことにもなるわけで、前半の「秋月」「皎潔碧紗」は十分にまだ魅力がある美しい様子を詠うことで、憐れを誘うことになる。妓優の多くは良家の出身者が多く琴を弾くものが多い、「すすむし」「こうろぎ」が啼くのを聞くのではなく、琴を弾くことで、前半の「秋月」「皎潔碧紗」の語句と関連付けられる。

酒泉はもとは、大量の酒を呑むことをいい、それによって引き起こされる男女の別れを題材にした唐の教坊曲の名である。『花間集』には李珣の作が四首収められている。双調四十字、前段十九字五句二平韻、後段二十一字五句二平韻で、46⑦③/336⑦③でこれまでの張泌、牛嶠と同じ④③/⑦733③の詞形をと異なるし、ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、④③/⑦533③の詞形をとる。

秋月嬋娟,皎潔碧紗

照花穿竹冷沉,印池

凝露滴,砌蛩,驚覺謝娘殘夢。

夜深斜傍枕前,影徘

○●○○  ●●●○?●

●○△●△○○  ●○○

△●●  ●○△ ○●●○○△

●△○△△○△ ●○○

 

秋月嬋娟,皎潔碧紗外。

中秋のつきは美しく艶やかであり、緑色のうす絹をはった窓の外を清らかにして輝やかにしている。

嬋娟/嬋妍【せんけん】容姿のあでやかで美しいさま。

皎 白く光り輝くさま。

1 汚れがなく清らか。清らかにする。2 余計なものがなく、すっきりしている。3 心や行いがけじめ正しい。

 

照花穿竹冷沉沉,印池心。

寒花を照らし、竹林の中までその光は入っていく、冷気はこの景色に森々と深まっていく、また秋が過ぎて行こうとするやるせなく池を廻るが過ぎ去った日々この池での行楽の思い出を思い出すばかりである。

沉沉 (物が)ずっしり重い.〔連用修〕=稲穂がずっしりと垂れている.2(程度が)深い.

印 しるし。印をつける。跡。跡をつける。道。方法。首。印影、印可、印章、印象、印信。

 

凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。

夜露が寒花や竹の葉から滴り落ち、小閣の軒のみぎわには蟋蟀が啼くのと瑟を爪弾いて歌を吟じている、美しい妓優はあの日のこと思い出しながら吟じていたが、現実に帰って驚いている。

謝娘 妓優、妓女。

砌 ①雨滴を受けるために、軒下などに石などを敷いた所。また、転じて、庭。②場所。所。③時。折。場合。

 

夜深斜傍枕前來,影徘徊。

というのもいつの間にか夜も更けて寝牀に片手をついて斜めになり、あのお方と横になっていたことを思い出したら、枕の前に来ているのだ。見ると再び、池の周りを徘徊している。
花蕊夫人006
 

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酒泉子四首

 

酒泉子四首其一

(寵愛をうけた妃嬪が二度と承けることが無くなり、春というのに無気力な毎日を過ごすと詠う)

寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。

ひっそりとして寂しい春景色の中の高楼があり、燭台の焔は、風に揺れ、刺繍のとばりも揺れ、玉すだれも淝水の尖りもゆっくりと揺れている。

月朦朧,花暗澹,鏁春愁。

春の盛りの月は朧月であり、花に月の明かりはほんのりと照らす。誰も来ないので鍵をかけたままで春の憂いに思うばかりである。

尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。

色々思いめぐらすことと云えば、過ぎ去った昔のことばかり、それも時折り見る夢がきっかけになったものである。涙顔で桃の身に露が零れ落ちるようであり、頬の紅さは涙にぬれて色濃く見える。

鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。

両鬢の蝉の翅の髪型は傾き、あの方にもらった鳳凰の簪は落ちたままで、もうなにを思っていいのかなんにもわからない。(酒におぼれる毎日だ)

 

(酒泉子四首其の一)

寂寞として青樓,風觸 繡簾 珠翠撼【ゆれ】る。

月は朦朧とし,花は暗澹として,春愁を鏁す。

尋思 往事 稀夢に依れど,淚臉 露桃 紅色重し。

鬢は蟬を欹【かたむ】け。釵は鳳を墜し,思は悠悠たり。

 

酒泉子四首其二

(春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)

雨清花零,紅散香凋池兩岸。

春のさわやかな雨がつづいて花落ちている、紅色の花弁散り、池の周りの岸には、香も失せてしまう。(あのお方の寵愛を失ったら、女としての魅力も失って行く)

別情遙,春歌斷,掩銀屏。

別れても残るあの方への思いは遙か先にいってしまい、一緒に歓楽した春の歌声は断えてこれからはない、埃がかぶってしまモノトーンのような銀の屏風の閨になってしまっている。

孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?

それでも孤舟とうとう出発し、もう三楚を離れるころだろう、何をする気にはなれず、ただあのお方の贈り物である螺鈿をちりばめた琴を奏でてみても、愁いはいかばかりか、計りようがないほどである。

曲中情,絃上語,不堪聽。

琴曲に込められた思いは、絃の語る言葉であり、もうこれ以上は聴くに忍びないのだ。

酒泉子四首其二

雨清けれど花零ち,紅散り香凋いて 池の兩岸。

別情遙,春歌斷,掩銀屏。

孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?

曲中情,絃上語,不堪聽。

 

酒泉子四首其三

(年を重ねた妃嬪は一人さびしく過ごすことに堪えねばならない。過ぎ行く秋の長雨に、枯れた蓮の葉を敲く雨音を詠う。)

秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。

秋の長雨は連綿と降り続く、枯れた蓮の葉に落ちる雨音はあつまり、群れて、かわいた砕ける音は人々が集まってざわめく音の様である。

那堪深夜枕前聽,酒初醒。

そのまま深夜までもずっと続き、ひとり枕辺で聞くにもう堪えきれず、憂さ晴らしの酒もすぐ醒め酔うことができない。

牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。

雨音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、ちょうあいへの思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。

細和煙,冷和雨,透簾中。

音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、寵愛への思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。

(酒泉子四首其の二)

秋雨 聯綿として、声 敗荷の叢裏に散る。

那で堪えんや 深夜 枕前に聴くに、酒 初し醒む。

 

愁いを牽き 思いを惹い 更に停まること 無く、燭は暗く 香は凝り 天は暁ならんと欲す。

細やかに煙に和し、冷ややかに雨に和し、簾中を透る。

 

酒泉子四首其四

秋月嬋娟,皎潔碧紗外。

照花穿竹冷沉沉,印池心。

凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。

夜深斜傍枕前來,影徘徊。

 

DCF00212
 

『酒泉子四首其二』 現代語訳と訳註解説

(本文)

酒泉子四首其三

秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。

那堪深夜枕前聽,酒初醒。

牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。

細和煙,冷和雨,透簾中。

 

 

(下し文)

(酒泉子四首其の二)

秋雨 聯綿として、声 敗荷の叢裏に散る。

那で堪えんや 深夜 枕前に聴くに、酒 初し醒む。

 

愁いを牽き 思いを惹い 更に停まること 無く、燭は暗く 香は凝り 天は暁ならんと欲す。

細やかに煙に和し、冷ややかに雨に和し、簾中を透る。

 

(現代語訳)

(年を重ねた妃嬪は一人さびしく過ごすことに堪えねばならない。過ぎ行く秋の長雨に、枯れた蓮の葉を敲く雨音を詠う。)

秋の長雨は連綿と降り続く、枯れた蓮の葉に落ちる雨音はあつまり、群れて、かわいた砕ける音は人々が集まってざわめく音の様である。

そのまま深夜までもずっと続き、ひとり枕辺で聞くにもう堪えきれず、憂さ晴らしの酒もすぐ醒め酔うことができない。

雨音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、寵愛への思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。

音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、ちょうあいへの思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。

Flower1-004
 

(訳注)

酒泉子四首其三

(年を重ねた妃嬪は一人さびしく過ごすことに堪えねばならない。過ぎ行く秋の長雨に、枯れた蓮の葉を敲く雨音を詠う。)

【解説】 寵愛を失った妃嬪は宮殿の庭の池の枯れた蓮を叩く秋雨の音に、若き日の喝さいを受けていた音を思い出し、ひとり眠れぬ夜を堪えると詠う。

酒泉はもとは、大量の酒を呑むことをいい、それによって引き起こされる男女の別れを題材にした唐の教坊曲の名である。『花間集』には李珣の作が四首収められている。双調四十字、前段十九字五句二平韻、後段二十一字五句二平韻で、46⑦③/⑦733③でこれまでの張泌、牛嶠と同じ④③/⑦733③の詞形をと異なるし、ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、④③/⑦533③の詞形をとる。

秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。

那堪深夜枕前,酒初

牽愁惹思更無,燭暗香凝天欲曉。

細和煙,冷和雨,透簾

○●○○  ○●●△○●

△○△●△○△  ●○△

△○●△△○○  ●●○△○●●

●△○  △△● ●○△

(停は【ちゃう】中と韻をふむ。)後段第一句の停と韻が合わないとして、後世のものが、旌の字に改める解説書もあるが蜀・楚の読みとして押韻に問題なし。

 

秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。

秋の長雨は連綿と降り続く、枯れた蓮の葉に落ちる雨音はあつまり、群れて、かわいた砕ける音は人々が集まってざわめく様である。

○声散敗荷叢裏 群がる枯れ蓮を打つ雨音が辺りに散らばるように響くことを言う。敗荷は枯れて破れかかった蓮の葉。

 

那堪深夜枕前聽,酒初醒。

そのまま深夜までもずっと続き、ひとり枕辺で聞くにもう堪えきれず、憂さ晴らしの酒もすぐ醒め酔うことができない。

 

牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。

雨音は寵愛を受け、脚光を浴びたころの拍手喝采のようであり、愁いを誘い、ちょうあいへの思いがますばかりで、それを沈め止むことは全くできない、秋雨はなお続き、灯影はもう暗くなっているのに、焚く香りは未だに漂っている、いつしか夜は明けかかろうとしている。

○香凝 薫く香の香りが散らずに立ち籠める。

○欲暁 夜が明けようとしている。欲は今にも〜しそうだ、の意。

 

細和煙,冷和雨,透簾中。

細やかな雨に変わり、朝靄と融合し、そこに冷気が雨に加わったようだ、冷たい朝靄は窓の簾を抜けて入って来る。(入って来るのは冷気だけで寒さにも耐えねばならない季節になってきた)

○細和煙、冷和雨、透簾族 香の香りが窓の簾を通して、細やかに霜に融け、冷たく雨に融けこんでゆくこと。

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李珣《酒泉子四首,其二》十巻 (春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)

 
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20-531《酒泉子四首,其二》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-714-20-(531)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5117

 

 

酒泉子四首

 

酒泉子四首其一

(寵愛をうけた妃嬪が二度と承けることが無くなり、春というのに無気力な毎日を過ごすと詠う)

寂寞青樓,風觸繡簾珠翠撼。

ひっそりとして寂しい春景色の中の高楼があり、燭台の焔は、風に揺れ、刺繍のとばりも揺れ、玉すだれも淝水の尖りもゆっくりと揺れている。

月朦朧,花暗澹,鏁春愁。

春の盛りの月は朧月であり、花に月の明かりはほんのりと照らす。誰も来ないので鍵をかけたままで春の憂いに思うばかりである。

尋思往事依稀夢,淚臉露桃紅色重。

色々思いめぐらすことと云えば、過ぎ去った昔のことばかり、それも時折り見る夢がきっかけになったものである。涙顔で桃の身に露が零れ落ちるようであり、頬の紅さは涙にぬれて色濃く見える。

鬢欹蟬。釵墜鳳,思悠悠。

両鬢の蝉の翅の髪型は傾き、あの方にもらった鳳凰の簪は落ちたままで、もうなにを思っていいのかなんにもわからない。(酒におぼれる毎日だ)

 

(酒泉子四首其の一)

寂寞として青樓,風觸 繡簾 珠翠撼【ゆれ】る。

月は朦朧とし,花は暗澹として,春愁を鏁す。

尋思 往事 稀夢に依れど,淚臉 露桃 紅色重し。

鬢は蟬を欹【かたむ】け。釵は鳳を墜し,思は悠悠たり。

 

酒泉子四首其二

(春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)

雨清花零,紅散香凋池兩岸。

春のさわやかな雨がつづいて花落ちている、紅色の花弁散り、池の周りの岸には、香も失せてしまう。(あのお方の寵愛を失ったら、女としての魅力も失って行く)

別情遙,春歌斷,掩銀屏。

別れても残るあの方への思いは遙か先にいってしまい、一緒に歓楽した春の歌声は断えてこれからはない、埃がかぶってしまモノトーンのような銀の屏風の閨になってしまっている。

孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?

それでも孤舟とうとう出発し、もう三楚を離れるころだろう、何をする気にはなれず、ただあのお方の贈り物である螺鈿をちりばめた琴を奏でてみても、愁いはいかばかりか、計りようがないほどである。

曲中情,絃上語,不堪聽。

琴曲に込められた思いは、絃の語る言葉であり、もうこれ以上は聴くに忍びないのだ。

酒泉子四首其二

雨清けれど花零ち,紅散り香凋いて 池の兩岸。

別情遙,春歌斷,掩銀屏。

孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?

曲中情,絃上語,不堪聽。

 

酒泉子四首其三

秋雨聯綿,聲散敗荷叢裏。

那堪深夜枕前聽,酒初醒。

牽愁惹思更無停,燭暗香凝天欲曉。

細和煙,冷和雨,透簾中。

 

酒泉子四首其四

秋月嬋娟,皎潔碧紗外。

照花穿竹冷沉沉,印池心。

凝露滴,砌蛩吟,驚覺謝娘殘夢。

夜深斜傍枕前來,影徘徊。

 

douteikoshoko297
 

『酒泉子四首其二』 現代語訳と訳註解説

(本文)

酒泉子四首其二

雨清花零,紅散香凋池兩岸。

別情遙,春歌斷,掩銀屏。

孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?

曲中情,絃上語,不堪聽。

 

(下し文)

酒泉子四首其二

雨清花零,紅散香凋池兩岸。

別情遙,春歌斷,掩銀屏。

孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?

曲中情,絃上語,不堪聽。

 

 

(現代語訳)

(春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)

春のさわやかな雨がつづいて花落ちている、紅色の花弁散り、池の周りの岸には、香も失せてしまう。(あのお方の寵愛を失ったら、女としての魅力も失って行く)

別れても残るあの方への思いは遙か先にいってしまい、一緒に歓楽した春の歌声は断えてこれからはない、埃がかぶってしまモノトーンのような銀の屏風の閨になってしまっている。

それでも孤舟とうとう出発し、もう三楚を離れるころだろう、何をする気にはなれず、ただあのお方の贈り物である螺鈿をちりばめた琴を奏でてみても、愁いはいかばかりか、計りようがないほどである。

琴曲に込められた思いは、絃の語る言葉であり、もうこれ以上は聴くに忍びないのだ。

a謝霊運永嘉ルート02
 

(訳注)

酒泉子四首其二

(春寵愛を受けて、間もなく別れて舟で去って行った高貴なお方を思い琴を弾けば更に愁いは増すばかりと詠う)

【解説】 春の末、遠く去っていった男を思う女性の思いを詠う。前段は、晩春の長雨に、池の周りの花は散り香りも失せてしまったこと、思いは遙かなおかたへと向かい、お方が去ってからは歌を歌うこともなく、独り部屋に閉じ籠もっていることを言う。後段は、お方の乗る舟は、もう楚の地を離れてさらに遠く去っていることだろうと、妓優は悲しみに何も手につかず、心紛らせるために弾く琴も自ずと悲しい調べとなり、その音は自ら弾きながらも聴くに堪えないことを詠む。長雨に打たれて散り落ち香りの失せた花は、自らの役割が終わり、うちしおれて涙する妓優を連想させるものである。

もとは、大量の酒を呑むことをいい、それによって引き起こされる男女の別れを題材にし、唐の教坊曲の名である。『花間集』には李珣の作が四首収められている。双調四十字、前段十九字五句二仄韻二平韻、後段二十一字五句二仄韻二平韻で、張泌、牛嶠と同じ④③/⑦733③の詞形をとる。ちなみに溫庭筠、韋荘は孫光憲と同じ詞形で、④③/⑦533③の詞形をとる。

雨清花 紅散香凋池兩
別情遙 春歌斷 掩銀 

孤帆早晚離三 閑理鈿箏愁幾許

 曲中 絃上  不堪

●○○△  ○●○○○●●

●○○  ○○● ●○△

○△●●△△● ○●△○○△●

●△○ △●●  △○△

大毛蓼003

 

雨清花零,紅散香凋池兩岸。

春のさわやかな雨がつづいて花落ちている、紅色の花弁散り、池の周りの岸には、香も失せてしまう。(あのお方の寵愛を失ったら、女としての魅力も失って行く)

○雨清 長く雨に降り籠められる。

○花零 花が散り落ちる。

○紅散 紅の色が越せる。

 

別情遙,春歌斷,掩銀屏。

別れても残るあの方への思いは遙か先にいってしまい、一緒に歓楽した春の歌声は断えてこれからはない、埃がかぶってしまモノトーンのような銀の屏風の閨になってしまっている。

○春歌断 男が去ってから春を謳歌する歌も歌わなくなってしまったことを言う。

○掩銀屏 寵愛を受ける閨には、赤のものが基本の色調であるのが、憂鬱な気分で見るものが映えないということと、埃がかぶってしまい銀色モノトーンのような色あせてしまった。だれもこない独り部屋に引き寵もることを言う。

 

孤帆早晚離三楚,閑理鈿箏愁幾許?

それでも孤舟とうとう出発し、もう三楚を離れるころだろう、何をする気にはなれず、ただあのお方の贈り物である螺鈿をちりばめた琴を奏でてみても、愁いはいかばかりか、計りようがないほどである。

○孤帆 一人旅立っていった男の乗る舟を指すと同時に、孤の語に女の孤独な心情が込められている。

○早晚 ①早いことと遅いこと。②いずれ。③このあいだ。④朝夕。⑤ついに。しまいには。ここではとうとう。

〇三楚 江陵、彰城、広陵の三地。ここでは江陵を指す。

○閑理鈿箏 男が去ってしまったために何も手につかず、心慰め時を遣るために琴を奏でることを言う。鈿箏は螺鈿をちりばめた琴、高貴なものの持ち物。

 

曲中情,絃上語,不堪聽。

琴曲に込められた思いは、絃の語る言葉であり、もうこれ以上は聴くに忍びないのだ。

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20-529《女冠子二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-712-20-(529) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5107

李珣《女冠子二首,其二》十巻 (これだけ綺麗な冠女にも別れていったいとしい男がいたと詠う)春が訪れても、この祠のある山は夜になれば静けさにおおわれる、それに伴って愁淋は神仙の住むとされる名山勝境に時々する声によってもたらせられる

 
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20-529《女冠子二首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-712-20-(529)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5107

 

 

女冠子二首

 

女冠子二首其一

(若者同士で祠に来て女冠子と一夜を過そうとするが、自分はその気になれず、夜半過ぎからは、一人庭を開会し次こそは蓬莱山を目指そうと思うと詠う。)

星高月午,丹桂青松深處。

星空が晴わたり、夜半の月も高く昇っている。この祠に紅い木犀よ様な美女と青々とした松樹のような若者が奥深い所に一夜を共にする。

醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。

祠の神を祭る祭壇をひらき、金きり音、清らかな露の滴り落ちる音、珠のとばり、祠の垂れ絹、辺りには大樹が立ち青々とした苔が敷き詰められている。

步虛聲縹緲,想像思徘徊。

自分一人、他のもののようにはできず、その中をむなしく歩き、はるか遠い先に声を聴く、頭ではいろんなことを想像し、ただ考えながら彷徨い歩くのである。

曉天歸去路,指蓬萊。

やがて朝が来て暁の空が晴れてその帰り道の向うには、自分は今度こそ、神仙の蓬莱山を目指そうと思うのである。

(女冠子二首 其の一)

星高く月午なり,丹桂 青松 深き處。

醮壇開き,金磬 清露を敲き,珠幢 翠苔に立つ。

步 虛しく 聲 縹緲たり,想像 思うて徘徊す。

曉天 歸去の路,蓬萊を指す。

 

女冠子二首其二

(これだけ綺麗な冠女にも別れていったいとしい男がいたと詠う)

春山夜靜,愁聞洞天疎磬。

春が訪れても、この祠のある山は夜になれば静けさにおおわれる、それに伴って愁淋は神仙の住むとされる名山勝境に時々する声によってもたらせられる

玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。

かがやくほど飾られた奥の講堂には誰もいない。外には霧雨が降り、佩び玉のように簾が垂れていて、軽やかにお香の煙がただよい冠女は緑の裾の着物をひっぱって歩いてくる。

對花情脉脉,望月步徐徐。

こんな花のような美人に情感のこもったまなざしで見るだけであり、月の様な美女をずっと見るとしずしずと歩いている。

劉阮今何處?來書。

聞いてくるには、別れて去っていった愛しいあのお方は、今、何処にいるのでしょう、手紙も今は堪えてしまったと。

(女冠子二首其の二)

春山 夜靜かなり,愁いは洞天疎磬を聞く。

玉堂虛し,細霧 珠珮を垂れ,輕煙 翠裾を曳く。

花に對して 情 脉脉たり,月に望んで 步 徐徐たる。

劉阮 今 何處? 來書をつ。

 

宮島(10)
 

『女冠子二首其二』 現代語訳と訳註解説

(本文)

女冠子二首其二

春山夜靜,愁聞洞天疎磬。

玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。

對花情脉脉,望月步徐徐。

劉阮今何處?來書。

bijo02 

(下し文)

(女冠子二首其の二)

春山 夜靜かなり,愁いは洞天疎磬を聞く。

玉堂虛し,細霧 珠珮を垂れ,輕煙 翠裾を曳く。

花に對して 情 脉脉たり,月に望んで 步 徐徐たる。

劉阮 今 何處? 來書をつ。

 

(現代語訳)
(これだけ綺麗な冠女にも別れていったいとしい男がいたと詠う)

春が訪れても、この祠のある山は夜になれば静けさにおおわれる、それに伴って愁淋は神仙の住むとされる名山勝境に時々する声によってもたらせられる

かがやくほど飾られた奥の講堂には誰もいない。外には霧雨が降り、佩び玉のように簾が垂れていて、軽やかにお香の煙がただよい冠女は緑の裾の着物をひっぱって歩いてくる。

こんな花のような美人に情感のこもったまなざしで見るだけであり、月の様な美女をずっと見るとしずしずと歩いている。

聞いてくるには、別れて去っていった愛しいあのお方は、今、何処にいるのでしょう、手紙も今は堪えてしまったと。

 

(訳注)

女冠子二首其二

 

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には李珣の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻二平韻三仄韻、後段十八宇四句二平韻二仄韻で、❻③❺⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。

春山夜,愁聞洞天疎

玉堂,細霧垂珠,輕煙曳翠

對花情脉,望月步徐

劉阮今何

○○●●  ○△△○△●

●○○  ●△○○● △○●●○

●○○●● △●●○○

○△○△● ●△○

 

春山夜靜,愁聞洞天疎磬。

春が訪れても、この祠のある山は夜になれば静けさにおおわれる、それに伴って愁淋は神仙の住むとされる名山勝境に時々する声によってもたらせられる

洞天 中国の道教で神仙の住むとされる名山勝境のこと。洞天は,壱中天と同じく,一つの限られた空間の中に全宇宙が存在するという考えから生まれたもののようであるが,同時に,それは地下の霊界とつながりをもった聖なる場としての〈洞窟〉に対する原始的な信仰にも基づくものであろう。この考えが唐代になって整理され,十大洞天,三十六小洞天,七十二福地の名が定められた。

 

玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。

かがやくほど飾られた奥の講堂には誰もいない。外には霧雨が降り、佩び玉のように簾が垂れていて、軽やかにお香の煙がただよい冠女は緑の裾の着物をひっぱって歩いてくる。

虛 1 備えのないこと。油断。すき。2 事実でないこと。うそ。いつわり。3 中身・実体がないこと。むなしいこと。うつろ。から。

珠佩 真珠のおびもの。礼服の装飾で、玉を貫いた糸を数本つないで腰から靴の先まで垂れ、歩くとき鳴るようにしたもの。宮中に入るものすべてのものがつけていた。階級によって音が違った。

李白《宮中行樂詞、其八》

水綠南薰殿,花紅北闕樓。 鶯歌聞太液,鳳吹繞瀛洲。

素女鳴珠珮,天人弄綵球。 今朝風日好,宜入未央游。

(宮中行楽詞 其の八)

水は綠なり 南薫殿、花は紅なり 北闕楼。

鶯歌 太液に聞こえ、鳳吹 瀛洲を繞る。

素女は 珠佩を鳴らし、天人は 彩毬を弄す。

今朝 風日好し、宜しく未央に入りて遊ぶべし。

宮中行樂詞八首其八 李白 :Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白149

裾 1 衣服の下方の縁(ふち)。また、その部分。「着物の―をからげる」2 物の端。下端や末端の部分。「垂れ幕の―」3 頭髪の、襟首(えりくび)に近い、末端の部分。「―を刈り上げる」4 山などの麓。

 

對花情脉脉,望月步徐徐。

こんな花のような美人に情感のこもったまなざしで見るだけであり、月の様な美女をずっと見るとしずしずと歩いている。

脉脉(脈々)①みえないさま。②目の表情で気持ちを伝えようとする,情感のこもったまなざしで見ている.③連続して絶えないさま。

・脉/脈【みゃく】1 動物の体内で血液が流通する管。血管。2 脈拍。3 《医師が患者の脈拍をみて病状を診断するところから》先の望み。見込み。

温庭筠

 

夢江南二首 其一

千萬恨,恨極在天涯。

山月不知心裏事,水風空落眼前花,搖曳碧雲斜。

夢江南二首 其二

梳洗罷,獨倚望江樓。

過盡千帆皆不是,斜暉脉脉水悠悠,腸斷白蘋洲。

過盡千帆皆不是,斜暉脈脈水悠悠。
何もかも通り過ぎてしまったこと、千の帆かけ船が行き交うけれどあの人がのっている船ではないのです。そうしているといつの間にか太陽が西に傾いている、みゃくみゃくと思いつきないこの気持ちを、せつなくやるせない思いを知らないというように川の流れは悠悠と流れて行くのです。

『夢江南 之二』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-45-14-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1796


劉阮今何處?來書

聞いてくるには、別れて去っていった愛しいあのお方は、今、何処にいるのでしょう、手紙も今は堪えてしまったと。

劉阮 劉郎、阮郎 ○劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

顧夐『甘州子五首其三』

曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。

綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。

山枕上,長是怯晨鐘。

(甘州子五首 其の三)

曾て劉阮の如く仙を訪ねた蹤あり,洞を深くし客あり,此の時逢う。

綺筵 散後 繡衾 同じゅうし,曲を款めて韶を見て容く。

山 枕の上,是を長くして 晨鐘に怯る。

13-12《甘州子五首其三》顧太尉(顧夐【こけい】)55首 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-465-13-(12) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3872

 

20-528《女冠子二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-711-20-(528) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5102

李珣《女冠子二首,其一》十巻 (若者同士で祠に来て女冠子と一夜を過そうとするが、自分はその気になれず、夜半過ぎからは、一人庭を開会し次こそは蓬莱山を目指そうと思うと詠う。)星空が晴わたり、夜半の月も高く昇っている。この祠に紅い木犀よ様な美女と青々とした松樹のような若者が奥深い所に一夜を共にする。

 
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女冠について

家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。しかし、こうした人は少数で圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。また、家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観に入らざるをえなかった者もいる。国がその最低限の維持費を負担していた。

 

また妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。唐詩の中には「妓が出家するのを送る」 ことを題材とした作品がたいへん多い。

 

宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

 

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

 

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

 

① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

  病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

  圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

④ 家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

    妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

⑥ 貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

⑦ 道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

巻一

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 

巻一

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

巻三

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

巻四

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

巻八

女冠子二首其一

蕙風芝露,

 

 

 

巻八

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

巻九

女冠二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

巻九

女冠子首其一

碧桃紅杏,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

巻十

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 

巻十

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女冠子二首

bijo02
 

女冠子二首其一

(若者同士で祠に来て女冠子と一夜を過そうとするが、自分はその気になれず、夜半過ぎからは、一人庭を開会し次こそは蓬莱山を目指そうと思うと詠う。)

星高月午,丹桂青松深處。

星空が晴わたり、夜半の月も高く昇っている。この祠に紅い木犀よ様な美女と青々とした松樹のような若者が奥深い所に一夜を共にする。

醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。

祠の神を祭る祭壇をひらき、金きり音、清らかな露の滴り落ちる音、珠のとばり、祠の垂れ絹、辺りには大樹が立ち青々とした苔が敷き詰められている。

步虛聲縹緲,想像思徘徊。

自分一人、他のもののようにはできず、その中をむなしく歩き、はるか遠い先に声を聴く、頭ではいろんなことを想像し、ただ考えながら彷徨い歩くのである。

曉天歸去路,指蓬萊。

やがて朝が来て暁の空が晴れてその帰り道の向うには、自分は今度こそ、神仙の蓬莱山を目指そうと思うのである。

(女冠子二首 其の一)

星高く月午なり,丹桂 青松 深き處。

醮壇開き,金磬 清露を敲き,珠幢 翠苔に立つ。

步 虛しく 聲 縹緲たり,想像 思うて徘徊す。

曉天 歸去の路,蓬萊を指す。

 

女冠子二首其二

春山夜靜,愁聞洞天疎磬。

玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。

對花情脉脉,望月步徐徐。

劉阮今何處?來書。

 

moon5411
 

女冠子二首其一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

女冠子二首其一

星高月午,丹桂青松深處。

醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。

步虛聲縹緲,想像思徘徊。

曉天歸去路,指蓬萊。

 

(下し文)

(女冠子二首 其の一)

星高く月午なり,丹桂 青松 深き處。

醮壇開き,金磬 清露を敲き,珠幢 翠苔に立つ。

步 虛しく 聲 縹緲たり,想像 思うて徘徊す。

曉天 歸去の路,蓬萊を指す。

 

(現代語訳)

(若者同士で祠に来て女冠子と一夜を過そうとするが、自分はその気になれず、夜半過ぎからは、一人庭を開会し次こそは蓬莱山を目指そうと思うと詠う。)

星空が晴わたり、夜半の月も高く昇っている。この祠に紅い木犀よ様な美女と青々とした松樹のような若者が奥深い所に一夜を共にする。

祠の神を祭る祭壇をひらき、金きり音、清らかな露の滴り落ちる音、珠のとばり、祠の垂れ絹、辺りには大樹が立ち青々とした苔が敷き詰められている。

自分一人、他のもののようにはできず、その中をむなしく歩き、はるか遠い先に声を聴く、頭ではいろんなことを想像し、ただ考えながら彷徨い歩くのである。

やがて朝が来て暁の空が晴れてその帰り道の向うには、自分は今度こそ、神仙の蓬莱山を目指そうと思うのである。

 

泰山の夕日02
 

(訳注)

女冠子二首其一

 

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には李珣の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻二平韻三仄韻、後段十八宇四句二平韻二仄韻で、❻③❺⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。

星高月  丹桂青松深
醮壇  金磬敲清露 珠幢立翠

步虛聲縹 想像思徘

曉天歸去路 指蓬萊

○○●●  ○●○○△●

△○○  ○●△○● ○△●●○

●○○●● ●●△○○

●○○●● ●○△

 

星高月午,丹桂青松深處。

星空が晴わたり、夜半の月も高く昇っている。この祠に紅い木犀よ様な美女と青々とした松樹のような若者が奥深い所に一夜を共にする。

月午 夜半の月。《送惟良上人》劉禹錫 高齋灑寒水,是夕山僧至。玄牝無關鎖,瓊書舍文字。 燈明香滿室,月午霜凝地。語到不言時,世間人盡睡。

丹桂 月の中にある桂の木。花の紅い木犀。人の優れた才を比喩する・丹花丹桂:紅い花に、紅い唇の美人

青松 青々とした松樹。松の緑が変わらないように、変わらぬ節操。若々しい男。

 

醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。

祠の神を祭る祭壇をひらき、金きり音、清らかな露の滴り落ちる音、珠のとばり、祠の垂れ絹、辺りには大樹が立ち青々とした苔が敷き詰められている。

醮壇 神を祭る祭壇。中国における道教の祭祀の一つ。《隋書》経籍志の道経序録によれば,醮とは災厄を消除する方法の一つで,夜中,星空の下で酒や乾肉などの供物を並べ,天皇太一や五星列宿を祭り,文書を上奏する儀礼をいう。酒を呑み尽くす。酒を呑み干して杯を返さない。

敲 1 打つこと。また、その人。2叩き土に石灰や水をまぜて練ったものを塗り、たたき固めて仕上げた土間。のちにはコンクリートで固めた土間。3 カツオをおろして表面を火であぶり、そのまま、あるいは手や包丁の腹でたたいて身を締めてから刺し身状に切ったもの。薬味や調味料を添える。4 「たたきなます」の略。

生の魚肉・獣肉などを包丁の刃でたたいて細かくした料理。6 石の表面をたたいてならし細かい槌(つち)のあとを残す仕上げ方。石工(いしく)の語。

俗に、強盗のこと。「―に入る」

幢【どう】1 昔、儀式または軍隊の指揮などに用いた旗の一種。彩色 した布で作り、竿の先につけたり、柱に懸けたりした。はたほこ。2 魔軍を制する仏・菩薩( ぼさつ)のしるし。また、仏堂の装飾とするたれぎぬ。

翠苔 緑色のコケ。青々としたコケ。

 

步虛聲縹緲,想像思徘徊。

自分一人、他のもののようにはできず、その中をむなしく歩き、はるか遠い先に声を聴く、頭ではいろんなことを想像し、ただ考えながら彷徨い歩くのである。

縹緲 とおくかすかなさま。はるかにひろい。緲【さ】 =紗。かすか。

 

曉天歸去路,指蓬萊。

やがて朝が来て暁の空が晴れてその帰り道の向うには、自分は今度こそ、神仙の蓬莱山を目指そうと思うのである。

曉天 暁の空。

蓬萊 蓬萊(ほうらい)とは、古代中国で東の海上(海中)にある仙人が住むといわれていた仙境の1つ。道教の流れを汲む神仙思想のなかで説かれるものである。 中国山東省の蓬莱県(市)については、蓬莱市を参照。神仙三山は蓬莱、瀛州、方丈をいう。

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李珣《南子十首,其十》十巻 (越の女は色白で賢い美人で、流し目に微笑をされて誘われると、呉を滅ぼした越王でさえも頽廃に向った、わたしも誘われて一夜を過したが、琵琶の曲を背にして川を渡って去ったのだと詠う)

 
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20-527《南子十首,其十》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-710-20-(527)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5097

 

 

子十首其八

(南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿までがそれを愁いていると詠う。)

漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。

魚市に集まった人々は散り去り、渡し舟もいなくなった、越南の雲は五嶺山脈からかかる南に続く山々の樹々の中腹まで遙かに霞みが連なり、雲海を臨む。

行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。

旅人は空が暮れかかろうとしている間というもの娼妓を待っている。翌朝には、春の浦辺では女たちが見送りをする、ここでも猩猩となく猿の声がひびいて、瘴雨蠻煙に愁いのこえを聴くことになる。

 

(南子十首其の八)

漁市 散り、渡船 稀に、越南の雲樹 望中に微かなり。

行客 湘を待ち 天 暮れんと欲し、春浦に送り、愁い聴く 猩猩の瘴雨に噂くを。

 

子十首其九

(越の女は色白で賢い美人で、越女を見るたびに、自然に遊び,風景を観賞したいものと夢見ると詠う。)

攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。

髷を雲のように高く結い、そしてその後ろには犀の角のように髪型をしている高貴なお方である。后妃しか切れない焦紅の襦袢に緑のうす絹のスカートを着付けている。

越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。

越王の宮殿には春の暖かな風景が広がっている。池の岸辺には漢かにの花が満ち溢れていて、毎たび美女で賢女の誉れ高い西施の様な后妃を迎えともなって自然に遊び,風景を観賞しているのである。

(南子十首其の九)

雲髻【うんけい】を攏【くく】り,犀梳【さいしょ】を背,焦紅の衫 綠羅の裙に映える。

越王の臺の下 春風暖かなり,花岸に盈ち,遊賞す 每に邀えて鄰女伴うを。

 

子十首其十

(越の女は色白で賢い美人で、流し目に微笑をされて誘われると、呉を滅ぼした越王でさえも頽廃に向った、わたしも誘われて一夜を過したが、琵琶の曲を背にして川を渡って去ったのだと詠う)

相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。

逢瀬を過したところは、この日も暮れかかれば空は晴れ渡って來る。呉を破った後の句踐は有頂天で、『礼記』「昏義」にある「内職」制度を無視し、強烈な赤い色の花を著けるトゲがある女たちを多く侍らせる頽廃に走ってしまった。

暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

越の美人たちのこっそりと流し目を送って思わせぶりな素振りには誰もがまいってしまうものだ。赤と緑の番のようになったことをそこに残したまま、琵琶の曲「騎象奏楽」を弾きながら、その場を去って川を渡ってゆく。

(南子十首其の十)

相い見ゆる處,晚に晴天なり,桐を刺し花の下 越臺の前。

暗裡 迴眸 屬意を深くす,雙翠を遺し,「騎象」人を背にして 先ず水を過す。

 

春爛漫の美女007
 

『南子十首其十』 現代語訳と訳註解説

(本文)

子十首其十

相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。

暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

 

 

(下し文)

(南子十首其の十)

相い見ゆる處,晚に晴天なり,桐を刺し花の下 越臺の前。

暗裡 迴眸 屬意を深くす,雙翠を遺し,「騎象」人を背にして 先ず水を過す。

 

杏の花0055

 

(現代語訳)

(越の女は色白で賢い美人で、流し目に微笑をされて誘われると、呉を滅ぼした越王でさえも頽廃に向った、わたしも誘われて一夜を過したが、琵琶の曲をせにして川を渡って去ったのだと詠う)

逢瀬を過したところは、この日も暮れかかれば空は晴れ渡って來る。呉を破った後の句踐は有頂天で、『礼記』「昏義」にある「内職」制度を無視し、強烈な赤い色の花を著けるトゲがある女たちを多く侍らせる頽廃に走ってしまった。

越の美人たちのこっそりと流し目を送って思わせぶりな素振りには誰もがまいってしまうものだ。赤と緑の番のようになったことをそこに残したまま、琵琶の曲「騎象奏楽」を弾きながら、その場を去って川を渡ってゆく。

 

(訳注)

子十首其十

(越の女は色白で賢い美人で、流し目に微笑をされて誘われると、呉を滅ぼした越王でさえも頽廃に向った、わたしも誘われて一夜を過したが、琵琶の曲をせにして川を渡って去ったのだと詠う)

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻二仄韻で、3③⑦の詞形である。

相見處,晚晴,刺桐花下越臺

暗裡迴眸深屬意,遺雙,騎象背人先過

△●●  ●○○ ●○○●●○○

●●△○△●● △○●  △●●○△△●

 

相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。

逢瀬を過したところは、この日も暮れかかれば空は晴れ渡って來る。呉を破った後の句踐は有頂天で、『礼記』「昏義」にある「内職」制度を無視し、強烈な赤い色の花を著けるトゲがある女たちを多く侍らせる頽廃に走ってしまった。

刺桐 デイゴ。南方産のマメ科喬木で、強烈な赤い色の花を著ける。トゲがあることからこの名がある。ここでは、礼記に刺桐(學名:莿桐樹)是豆科刺桐屬的落葉性喬木。原在熱帶亞洲及太平洋洲諸島的珊瑚礁海岸。

越臺 越王臺のこと。 越王は城の名。越王殿というのは紹興市中心にある府山,此山原名叫“龍山”,卧虎藏龍之地。長江流域の百越に属する民族を主体に建設されたと言われる。越は楚、呉など長江文明を築いた流れを汲むと考えられており、稲作や銅の生成で栄えた。越では銅の生成技術に優れており、1965年に銅剣が湖北省江陵県望山1号墓より出土したが、その銅剣は表面に硫化銅の皮膜が覆っておりさびていない状態で出土し現在も保管されている。稲作は越人によるものである。

 

暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

越の美人たちのこっそりと流し目を送って思わせぶりな素振りには誰もがまいってしまうものだ。赤と緑の番のようになったことをそこに残したまま、琵琶の曲「騎象奏楽」を弾きながら、その場を去って川を渡ってゆく。

迴眸 ひとみをめぐらす。

屬意 思いを寄せる,意を注ぐ.心を寄せる,注意を向ける.

遺雙翠 越の雙翠宮殿跡。雙翠楽園。翡翠の番の簪。男女の交わりの表現。

騎象 象に跨る。琵琶の曲名。騎象奏楽の図にのこる。

宮島(10)
 

子十首 (その一からその七)

 

子十首其一

煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。

遠客扁舟臨野渡,思處,潮退水準春色暮。

(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)

靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。

遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。

(南子十首其の一

煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。

遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。

 

子十首其二

蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。

迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。

(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)

木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。

入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。

(南の子十首其二)

蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。

塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。

 

子十首其三

歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。

曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳花垂千萬

(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)

ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。

入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳の花が千万と待っているのだ。

(南子十首 其の三)

歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。

曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳の花 千萬を垂る。

 

子十首其四

乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。

帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。

(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)

彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。

一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。

(南子十首其の四)

彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。

香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。

 

子十首其五

傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。

避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。

(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)

発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。

南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。

(南子十首其の五)

淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。

避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。

 

子十首其六

雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。

春酒香熟鱸魚美,誰同醉?

纜卻扁舟篷底睡。

(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)

雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。

帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。

木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。

(南子十首其の六)

雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。

春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?

纜 卻て扁舟 篷底睡る。

 

子十首其七

沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。

綠鬟紅臉誰家女?

遙相顧,緩唱棹歌極浦去。

(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)

大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。

編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、

帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。

(南子十首其の七)

沙月 靜かにして,水煙 輕やかなり,芰荷 裏に香り 夜 舡行する。

綠鬟 紅臉 誰が家の女ぞ?

遙か相い顧て,棹歌を緩唱して 極浦に去る。

20-526《南鄉子十首,其九》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-709-20-(526) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5092

李珣《南子十首,其九》十巻 (越の女は色白で賢い美人で、越女を見るたびに、自然に遊び,風景を観賞したいものと夢見ると詠う。)

 
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20-526《南子十首,其九》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-709-20-(526)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5092

 

 

子十首

 

子十首其一

(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)

煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。

靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。


遠客扁舟臨野渡,思處,潮退水準春色暮。

遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。

(南子十首其の一

煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。

遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。

 

子十首其二

(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)

蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。

木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。

迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。

入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。

(南の子十首其二)

蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。

塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。

 

子十首其三

(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)

歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。

ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。

曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳花垂千萬

入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳の花が千万と待っているのだ。

(南子十首 其の三)

歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。

曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳の花 千萬を垂る。

 

子十首其四

(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)

乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。

彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。

帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。

一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。

(南子十首其の四)

彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。

香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。

 

子十首其五

(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)

傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。

発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。

避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。

南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。

(南子十首其の五)

淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。

避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。

子十首其六

(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)

雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。

雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。

春酒香熟鱸魚美,誰同醉?

帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。

纜卻扁舟篷底睡。

木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。

子十首其六

雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。

春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?

纜 卻て扁舟 篷底睡る。

子十首其七

(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)

沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。

大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。

綠鬟紅臉誰家女?

編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、

遙相顧,緩唱棹歌極浦去。

帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。

(南子十首其の七)

沙月 靜かにして,水煙 輕やかなり,芰荷 裏に香り 夜 舡行する。

綠鬟 紅臉 誰が家の女ぞ?

遙か相い顧て,棹歌を緩唱して 極浦に去る。

 

子十首其八

(南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿までがそれを愁いていると詠う。)

漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。

魚市に集まった人々は散り去り、渡し舟もいなくなった、越南の雲は五嶺山脈からかかる南に続く山々の樹々の中腹まで遙かに霞みが連なり、雲海を臨む。

行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。

旅人は空が暮れかかろうとしている間というもの娼妓を待っている。翌朝には、春の浦辺では女たちが見送りをする、ここでも猩猩となく猿の声がひびいて、瘴雨蠻煙に愁いのこえを聴くことになる。

 

(南子十首其の八)

漁市 散り、渡船 稀に、越南の雲樹 望中に微かなり。

行客 湘を待ち 天 暮れんと欲し、春浦に送り、愁い聴く 猩猩の瘴雨に噂くを。

 

子十首其九

(越の女は色白で賢い美人で、越女を見るたびに、自然に遊び,風景を観賞したいものと夢見ると詠う。)

攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。

髷を雲のように高く結い、そしてその後ろには犀の角のように髪型をしている高貴なお方である。后妃しか切れない焦紅の襦袢に緑のうす絹のスカートを着付けている。

越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。

越王の宮殿には春の暖かな風景が広がっている。池の岸辺には漢かにの花が満ち溢れていて、毎たび美女で賢女の誉れ高い西施の様な后妃を迎えともなって自然に遊び,風景を観賞しているのである。

(南子十首其の九)

雲髻【うんけい】を攏【くく】り,犀梳【さいしょ】を背,焦紅の衫 綠羅の裙に映える。

越王の臺の下 春風暖かなり,花岸に盈ち,遊賞す 每に邀えて鄰女伴うを。

 

子十首其十

相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。

暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

雲髻001
 

 

『南子十首其九』 現代語訳と訳註解説

(本文)

子十首其九

攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。

越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。

 

 

(下し文)

(南子十首其の九)

雲髻【うんけい】を攏【くく】り,犀梳【さいしょ】を背,焦紅の衫 綠羅の裙に映える。

越王の臺の下 春風暖かなり,花岸に盈ち,遊賞す 每に邀えて鄰女伴うを。

 

(現代語訳)

(越の女は色白で賢い美人で、越女を見るたびに、自然に遊び,風景を観賞したいものと夢見ると詠う。)

髷を雲のように高く結い、そしてその後ろには犀の角のように髪型をしている高貴なお方である。后妃しか切れない焦紅の襦袢に緑のうす絹のスカートを着付けている。

越王の宮殿には春の暖かな風景が広がっている。池の岸辺には漢かにの花が満ち溢れていて、毎たび美女で賢女の誉れ高い西施の様な后妃を迎えともなって自然に遊び,風景を観賞しているのである。

三峡 巫山十二峰001
 

(訳注)

子十首其九

(越の女は色白で賢い美人で、越女を見るたびに、自然に遊び,風景を観賞したいものと夢見ると詠う。)

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻四仄韻で、❸③⑦の詞形である。

攏雲,背犀,焦紅衫映綠羅

越王臺下春風,花盈,遊賞每邀鄰女

●○●  ●○○ ○○○●●○○

●△○●○△● ○○●  ○●●○○●●

 

攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。

髷を雲のように高く結い、そしてその後ろには犀の角のように髪型をしている高貴なお方である。后妃しか切れない焦紅の襦袢に緑のうす絹のスカートを着付けている。

 ①抑える。くくる。理める。②髪をくしけずる。

雲髻 女性の盤捲の髪型で、雲のように高く巻き上げて結いた髮髻。女性の髪が雲の形のように大きなものとし、大きいほど高貴であった。髻は男性の頭の上に一つくくりで髪を結いあげる髪型をいう。

杜甫《即時》

聞道花門破,和親事卻非。

人憐漢公主,生得渡河歸。

秋思雲髻,腰肢勝寶衣。

群凶猶索戰,回首意多違。

聞道く花門の破を,和親して事 卻って非なり。

人は憐れむ 漢の公主を,生きて 渡河して歸るを得るを。

秋思して 雲髻【うんけい】を【なげう】ち,腰肢して寶衣に勝る。

凶は群りて 猶お戰を索す,首を回らせて意に違うを多くす。

即事 杜甫 <290> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1337 杜甫詩 700- 410

犀梳 犀の角で作った櫛。

焦紅 紅色を焦がす色、茶色に近い赤。

衫 上代,麻などで作った単衣。襦袢の類。

羅裙 薄絹のスカート。

 

越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。

越王の宮殿には春の暖かな風景が広がっている。池の岸辺には漢かにの花が満ち溢れていて、毎たび美女で賢女の誉れ高い西施の様な后妃を迎えともなって自然に遊び,風景を観賞しているのである。

越王臺 越王は城の名。越王殿というのは紹興市中心にある府山,此山原名叫“山”,卧虎藏之地。長江流域の百越に属する民族を主体に建設されたと言われる。越は楚、呉など長江文明を築いた流れを汲むと考えられており、稲作や銅の生成で栄えた。越では銅の生成技術に優れており、1965年に銅剣が湖北省江陵県望山1号墓より出土したが、その銅剣は表面に硫化銅の皮膜が覆っておりさびていない状態で出土し現在も保管されている。稲作は越人によるものである。

遊賞 自然に遊び,風景を観賞すること。

 1 人の来るのを待ち受ける。2 呼んで、来てもらう。呼びよせる。「

鄰女 「鄰女窺牆」宋玉のこと。 戦国の末、紀元前三世紀ごろの楚の国の詩人。美男子で、隣の女が三年間のぞき見したというが、それrにも心を動かさなかった。

鄰女窺牆.戰國時宋玉鄰家有美女傾心于他,三年間常爬上牆頭窺,但宋玉從未動心。後形容女子對男子的傾慕

鄰女・東家女・東鄰・東鄰女など美女をいう。

列女伝、東家の女。秋胡詩、日出東南隅ということで、ほぼ同様な詩である。日出東南隅行 謝霊運(康楽) 詩<68490 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1287身を売った西家の女は傾城といわれるほどの妓女となって黄金で身を飾り、刺繍を施した肌着を身に纏えるほどの生活をしている。 しかし東家の女はただただ貧しさに苦しみながらも、その玉体を北国の人買いの手には渡さなかった。
・東家有賢女 美人といっても賢くて美人の東家の女です。西は、色気がある傾国の美女を云う。
為焦仲卿妻作#4(-其二)で「東家有賢女,自名秦羅敷。」「でも、東隣には賢い女がいる。本人が自分でも秦の羅敷だというほどの器量よしなのだ。」と母親が息子の府吏にいっている。
・東家有賢女  ・東家 楚の宋玉の『登徒子好色の賦』「臣が里の美しき者は、臣が東家の子に若くはなし。」とある。ここから美人のたとえを”東家之子”又は”東家之女”と。美女を称して”東隣”とした事例に唐の李白「自古有秀色、西施与東隣」(古来より秀でた容姿端麗美人、西施と東隣)白居易「感情」のもある 
李白『白紵辭其一』「揚清歌、發皓齒。 北方佳人東鄰子、且吟白紵停綠水。」
李白81白紵辭其一  82白紵辭其二  83 巴女詞
無題(何處哀筝随急管) 李商隠21

 

『光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。』#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。 
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。

昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。

客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。

光威裒姉妹三人小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#6 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-124 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2167

20-525《南鄉子十首,其八》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-708-20-(525) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5087

李珣《南子十首,其八》花間集十巻 (南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿までがそれを愁いていると詠う。)

 
 2014年11月8日の紀頌之5つのブログ 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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子十首

 

子十首其一

(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)

煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。

靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。


遠客扁舟臨野渡,思處,潮退水準春色暮。

遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。

(南子十首其の一

煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。

遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。

 

子十首其二

(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)

蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。

木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。

迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。

入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。

(南の子十首其二)

蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。

塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。

 

子十首其三

(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)

歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。

ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。

曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳花垂千萬

入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳の花が千万と待っているのだ。

(南子十首 其の三)

歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。

曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳の花 千萬を垂る。

 

子十首其四

(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)

乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。

彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。

帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。

一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。

(南子十首其の四)

彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。

香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。

 

子十首其五

(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)

傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。

発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。

避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。

南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。

(南子十首其の五)

淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。

避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。

子十首其六

(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)

雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。

雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。

春酒香熟鱸魚美,誰同醉?

帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。

纜卻扁舟篷底睡。

木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。

子十首其六

雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。

春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?

纜 卻て扁舟 篷底睡る。

子十首其七

(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)

沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。

大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。

綠鬟紅臉誰家女?

編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、

遙相顧,緩唱棹歌極浦去。

帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。

(南子十首其の七)

沙月 靜かにして,水煙 輕やかなり,芰荷 裏に香り 夜 舡行する。

綠鬟 紅臉 誰が家の女ぞ?

遙か相い顧て,棹歌を緩唱して 極浦に去る。

 

子十首其八

(南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿までがそれを愁いていると詠う。)

漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。

魚市に集まった人々は散り去り、渡し舟もいなくなった、越南の雲は五嶺山脈からかかる南に続く山々の樹々の中腹まで遙かに霞みが連なり、雲海を臨む。

行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。

旅人は空が暮れかかろうとしている間というもの娼妓を待っている。翌朝には、春の浦辺では女たちが見送りをする、ここでも猩猩となく猿の声がひびいて、瘴雨蠻煙に愁いのこえを聴くことになる。

 

(南子十首其の八)

漁市 散り、渡船 稀に、越南の雲樹 望中に微かなり。

行客 湘を待ち 天 暮れんと欲し、春浦に送り、愁い聴く 猩猩の瘴雨に噂くを。

 

子十首其九

攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。

越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。

 

子十首其十

相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。

暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

hokusoMap06
 

 

『南子十首其八』 現代語訳と訳註解説

(本文)

子十首其八

漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。

行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。

 

(下し文)

(南子十首其の八

漁市 散り、渡船 稀に、越南の雲樹 望中に微かなり。

行客 湘を待ち 天 暮れんと欲し、春浦に送り、愁い聴く 猩猩の瘴雨に噂くを。

 

(現代語訳)

(南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿までがそれを愁いていると詠う。)

魚市に集まった人々は散り去り、渡し舟もいなくなった、越南の雲は五嶺山脈からかかる南に続く山々の樹々の中腹まで遙かに霞みが連なり、雲海を臨む。

旅人は空が暮れかかろうとしている間というもの娼妓を待っている。翌朝には、春の浦辺では女たちが見送りをする、ここでも猩猩となく猿の声がひびいて、瘴雨蠻煙に愁いのこえを聴くことになる。

蜀の山50055
 

(訳注)

子十首其八

(南国で別れの際の愁いは、見送ってくれる娼妓の愁い、瘴癘の愁い、猩猩と啼く大猿の愁いであると詠う。)

【解説】 南国の水郷地帯を行く旅人の愁いを詠う。前半三句は、魚の市も終わって人も舟も去り、川を渡る舟もなく、はるか遠く南国越の中腹まで樹々が微かに霞んで見えるさまをえがく。後半三句は、日の暮れかかる頃、酒のお相手の娼妓を待ち、翌朝には一夜を過した女たちの見送りを春の浦辺に受けるけれど、ここでは瘴雨蠻煙のため女たちは大丈夫なのかと心配をするし、雨に鳴く大猿の啼く声も悲しく聞き入るさまを綴る。ただし、作者がこの地を訪れて作った詩ではなく、酒の宴席でお遊びで、嶺南地方を想像して詠ったものである。

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調三平韻四仄韻で、3③⑦の詞形である。

漁市散,渡舡,越南雲樹望中

行客待湘天欲,送春,愁聽猩猩啼瘴

○●●  ●○○ ●○○●△△○

△●●○○●● ●○●  ○△○○○●●

 

漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。

魚市に集まった人々は散り去り、渡し舟もいなくなった、越南の雲は五嶺山脈からかかる南に続く山々の樹々の中腹まで遙かに霞みが連なり、雲海を臨む。

○越南 中国の南部の「五嶺」(南嶺山脈)よりも南の地方を指す。現在の広東省、広西チワン族自治区、海南省の全域と、湖南省、江西省の一部にあたる。部分的に華南と重なっている。かつて中国がベトナムの北部一帯を支配し、紅河(ソンコイ河)三角州に交趾郡を置くなどしていた時期には、ベトナム北部も嶺南に含まれていたが、今日使われる「嶺南」の概念からはベトナムは除かれる。また、「嶺南」という語が単に広東・広西・海南の三省区のみを指して使われ、江西省と湖南省の五嶺山脈以南の部分が除外される場合もある。

嶺南は「嶺外」、「嶺表」とも称される。「表」とは「外」を意味し、嶺表は中国中心部から見て五嶺よりも外側という意味になる。嶺南も、中原を中心とした地域名称である。

嶺南は中国の他の地域とは五嶺で隔絶され、気候や環境も異なっており、現在でも他の地域とは若干異なった文化や習慣を有している。

中微 翠微:1 薄緑色にみえる山のようす。また、遠方に青くかすむ山。2 山の中腹。八合目あたりのところ。

 

行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。

旅人は空が暮れかかろうとしている間というもの娼妓を待っている。翌朝には、春の浦辺では女たちが見送りをする、ここでも猩猩となく猿の声がひびいて、瘴雨蠻煙に愁いのこえを聴くことになる。

○待湘 湘は娼妓、ここでは娼妓を待つ。

○猩猩 大型の猿。中国の伝説上の動物。人の言葉を理解し酒を好み、日本では赤ら顔に赤色の毛で表し、中国では黄色の毛の生き物と伝わる。

また猩々を題材にした各種の芸能における演目・曲名になっており、特に能の五番目物『猩々』が有名である。真っ赤な能装束で飾った猩々が、酒に浮かれながら舞い謡う。さらにそこから転じて、大酒家や赤色のものを指すこともある。

○瘴雨 高温多湿地帯の蒸し蒸しする雨。山川の毒気により、古くから人に障害をもたらす雨として恐れられて来た。・瘴雨蠻煙 中国南部、嶺南地方瘴氣を含んだ煙雨が有る。宋·辛棄疾《滿江紅》詞:「瘴雨蠻煙,十年夢,尊前休

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李珣《南子十首,其七》花間集十巻 編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。

 
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子十首

 

子十首其一

(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)

煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。

靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。


遠客扁舟臨野渡,思處,潮退水準春色暮。

遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。

(南子十首其の一

煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。

遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。

 

子十首其二

(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)

蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。

木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。

迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。

入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。

(南の子十首其二)

蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。

塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。

 

子十首其三

(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)

歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。

ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。

曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳花垂千萬

入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳の花が千万と待っているのだ。

(南子十首 其の三)

歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。

曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳の花 千萬を垂る。

 

子十首其四

(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)

乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。

彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。

帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。

一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。

(南子十首其の四)

彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。

香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。

 

子十首其五

(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)

傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。

発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。

避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。

南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。

(南子十首其の五)

淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。

避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。

子十首其六

(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)

雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。

雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。

春酒香熟鱸魚美,誰同醉?

帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。

纜卻扁舟篷底睡。

木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。

子十首其六

雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。

春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?

纜 卻て扁舟 篷底睡る。

子十首其七

(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)

沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。

大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。

綠鬟紅臉誰家女?

編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、

遙相顧,緩唱棹歌極浦去。

帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。

(南子十首其の七)

沙月 靜かにして,水煙 輕やかなり,芰荷 裏に香り 夜 舡行する。

綠鬟 紅臉 誰が家の女ぞ?

遙か相い顧て,棹歌を緩唱して 極浦に去る。

 

子十首其八

漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。

行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。

 

子十首其九

攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。

越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。

 

子十首其十

相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。

暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

 

sairenkyoku640
 

『南子十首其七』 現代語訳と訳註解説

(本文)

子十首其七

沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。

綠鬟紅臉誰家女?

遙相顧,緩唱棹歌極浦去。

 

 

(下し文)

(南子十首其の七)

沙月 靜かにして,水煙 輕やかなり,芰荷 裏に香り 夜 舡行する。

綠鬟 紅臉 誰が家の女ぞ?

遙か相い顧て,棹歌を緩唱して 極浦に去る。

 

(現代語訳)

(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)

大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。

編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、

帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。

 

douteikoshoko297
 

(訳注)

子十首其七

(採蓮の時期に畫船での遊び、収穫を終えて帰る船に声をかける)

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻二仄韻で、3③⑦の詞形である。

沙月靜  水煙輕 芰荷香裏夜舡
綠鬟紅臉誰家
遙相顧  緩唱棹歌極浦

△●●  ●○△ ●△○●●○△

●○○△○○●

○△●  ●●●○●●●

 

沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。

大きな中州の砂浜から月がしずかに昇って来る、水面に広がる靄はかろやかに漂い、その入り江には蓮のかおりがただよい、芰荷を採て集める親船は夜のしじまにゆっくりと進んでゆく。

沙月 長江の大きな中州の砂浜から月が昇って来ることをいう。

芰荷 菱と蓮の花と葉。その方言では芰荷の二字で蓮の花、葉を意味するとしている。《楚辭·離騷》「製芰荷以為衣兮,集芙蓉以為裳。」(芰荷を製して以て衣と為し,芙蓉を集めて以て裳と為す。)花の香りという意味では、初夏から夏の季節で、採蓮という意味では、秋ということになる。

 

綠鬟紅臉誰家女?

編みこんでリング状に整えた若い女の髪に、紅く美しい顔、「娘たちはどこの娼屋のものだ。」ときいたり、

綠鬟 若い女のみずら環毛。編みこんでリング状に整えた髪。

紅臉 紅顔に同じ。紅く美しい顔。血色がよくて皮膚につやがある顔。古くは美しい婦人の容貌にもいった。紅顔が若い美少年を言い、紅臉が若い女性の美人をいう場合もある。

 

遙相顧,緩唱棹歌極浦去。

帰りかけて遠のく小舟に「また会おうね」と呼びかけたけど、ゆっくりと舟歌を合唱しながら、遠く離れて入江の奥に帰っていった。

・緩 ゆるやかなさま。のろいさま。・唱 となえる うたう、① 人に先立って言う。「唱道・唱和/首唱・提唱・夫唱婦随」② 声高く呼ばわる。「三唱・復唱」③ 節をつけてうたう。「唱歌」

極浦【きょくほ】 遠くまで続く海岸。また、はるか遠方にある海岸。非常に遠く離れた地の海岸。また、遠い水際(みずぎわ)。水平線のかなた。
doteiko01
 

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李珣《南子十首,其六》十巻 雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。

 
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20-523《南子十首,其六》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-706-20-(523)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5077

 

 

子十首

 

子十首其一

(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)

煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。

靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。


遠客扁舟臨野渡,思處,潮退水準春色暮。

遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。

(南子十首其の一

煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。

遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。

 

子十首其二

(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)

蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。

木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。

迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。

入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。

(南の子十首其二)

蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。

塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。

 

子十首其三

(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)

歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。

ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。

曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳花垂千萬

入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳の花が千万と待っているのだ。

(南子十首 其の三)

歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。

曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳の花 千萬を垂る。

 

子十首其四

(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)

乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。

彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。

帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。

一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。

(南子十首其の四)

彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。

香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。

 

子十首其五

(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)

傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。

発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。

避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。

南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。

(南子十首其の五)

淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。

避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。

子十首其六

(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)

雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。

雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。

春酒香熟鱸魚美,誰同醉?

帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。

纜卻扁舟篷底睡。

木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。

子十首其六

雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。

春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?

纜 卻て扁舟 篷底睡る。

 

子十首其七

沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。

綠鬟紅臉誰家女?

遙相顧,緩唱棹歌極浦去。

 

子十首其八

漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。

行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。

 

子十首其九

攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。

越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。

 

子十首其十

相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。

暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

 

doteiko01
 

『南子十首其六』 現代語訳と訳註解説

(本文)

子十首其六

雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。

春酒香熟鱸魚美,誰同醉?

纜卻扁舟篷底睡。

 

(下し文)

子十首其六

雲 雨帶び,浪 風に迎い,釣翁 棹を回す 碧灣の中。

春酒 香熟し 鱸魚の美,誰か醉うを同じゅうせん?

纜 卻て扁舟 篷底睡る。

 

(現代語訳)

(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)

雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。

帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。

木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。

douteikoshoko297
 

(訳注)

子十首其六

(盛春の大江に雨と風が起こりはじめ、舟を入り江の奥に帰って、たらふく酒を呑み、舟の底で眠ると隠遁した漁父を詠う)

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻四仄韻で、❸③⑦の詞形である。

雲帶,浪迎,釣翁回棹碧灣

春酒香熟鱸魚,誰同

纜卻扁舟篷底

○●●  △△△ ●○○●●○△

○●○●○○● ○○●

●●△○○●●

柳宗元《江雪》「千山鳥飛絶, 萬徑人蹤滅。 孤舟簑笠翁, 獨釣寒江雪。」((千山 鳥 飛ぶこと 絶え, 萬徑 人蹤 滅ゆ。 孤舟 簑笠(さりふ)の翁, 獨り 釣る  寒江の雪。)

 

雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。

雲が雨を帯びて空を蔽う、大江の波は風を迎えて大きくなり、ミノ、カサを着けた漁父は、棹を使って舟を回し、緑に澄んだ水の湾内の奥に向かって帰って行く。

 

春酒香熟鱸魚美,誰同醉?

帰りついた漁父は、春の新酒を十分に熟成した薫り高いお酒を美しく料理された鱸魚の鱠を肴に傾ける。誰が一緒に飲み酔っているのだろうか。

鱸魚 スズキ(鱸、学名:Lateolabrax japonicus は、スズキ目・スズキ亜目・スズキ科に属する魚。海岸近くや河川に生息する大型の肉食魚で、食用や釣りの対象魚として人気がある。成長につれて呼び名が変わる出世魚である。

 

纜卻扁舟篷底睡。

木の葉舟を柳の木にもやい綱でもってつないで、船の帆篷布の中で眠りについている。

纜  船尾にあって船を陸につなぎとめる綱。もやいづな。

篷 (1) (~儿)(車や船などで使う)おおい,日よけ雨篷(駅などの)雨よけ屋根.(2) 船の帆篷布防水シート.扯()篷帆を上げる(下ろす).篷(1) 有蓋(がい)貨車.(2) 〕幌(ほろ)つきのトラック.篷

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李珣《南子十首,其五》十巻 発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。

 
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子十首

 

子十首其一

(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)

煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。

靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。


遠客扁舟臨野渡,思處,潮退水準春色暮。

遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。

(南子十首其の一

煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。

遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。

 

子十首其二

(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)

蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。

木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。

迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。

入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。

(南の子十首其二)

蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。

塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。

 

子十首其三

(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)

歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。

ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。

曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳花垂千萬

入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳の花が千万と待っているのだ。

(南子十首 其の三)

歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。

曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳の花 千萬を垂る。

 

子十首其四

(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)

乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。

彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。

帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。

一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。

(南子十首其の四)

彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。

香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。

 

子十首其五

(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)

傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。

発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。

避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。

南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。

(南子十首其の五)

淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。

避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。

 

子十首其六

雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。

春酒香熟鱸魚美,誰同醉?

纜卻扁舟篷底睡。

 

子十首其七

沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。

綠鬟紅臉誰家女?

遙相顧,緩唱棹歌極浦去。

 

子十首其八

漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。

行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。

 

子十首其九

攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。

越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。

 

子十首其十

相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。

暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

 

douteikoshoko297
 

『南子十首其五』 現代語訳と訳註解説

(本文)

子十首其五

傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。

避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。

 

(下し文)

(南子十首其の五)

淥蟻を傾け,紅螺を泛べ,閑かに邀む 女伴して笙歌を簇むを。

避暑 信舡す 輕浪の裡,遊び戲れ,夾岸 荔枝 紅蘸水と。

 

 

(現代語訳)

(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)

発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。

南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。

 

doteiko01
 

(訳注)

子十首其五

(南国で暑い夏をさけての遊び方を詠う)

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻四仄韻で、❸③⑦の詞形である。

傾淥,泛紅,閑邀女伴簇笙

避暑信舡輕浪,遊,夾岸荔枝紅蘸

○●●  ●○○ ○○●●●○○

●●△○△△● ○△  ●●●○○●●

 

傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。

発砲の清酒をかたむけ、畫船の紅く打秋外の様な屋形の舟を浮かべて、妓優を伴って静かに求めるとそこに、笙の笛や合せて歌う者たちが集まっている。

○淥蟻 蜀の銘酒で、発泡酒の名で、有のような小さな泡が浮いてくる清酒。《文選謝朓<在郡臥病呈沈尚書>詩》:嘉魴聊可薦, 淥蟻方獨持。” 李善注引《釋名》:酒有泛齊, 浮蟻在上, 洗洗然。” 嘉妨柳可薦」梁・江掩「雉体詩」(李都尉)に「悠悠清川水、嘉新得所薦」(悠悠たり 清川の水、嘉筋は 薦く所を得たり)と、よく似た句があるが、「薦」は「薄く」の意で、所を得て生きていることを言う。

緑蟻方独持」「緑蟻」は、蟻のようなあわがプツプツと浮いている緑の酒。開けたての新酒。「方」は今ちょうど〜。「独持」は、あなたのような客人と飲みたいのだが、今は独りで飲んでいる、という意味であろう。

○紅螺 ・螺:アクキガイ科の巻き貝。化粧をキチン整えた妓優の頭の上に髷。

○閑邀 だれもいなくて静かにむかえる。

○簇笙歌 妓優たちの笙の笛など沢山集まって演奏に合わせて合奏する。

 

避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。

南国の暑さから逃れる船に任せて、舟上の情事で軽い波を起すというところのことである。狭い岸には海に浮き出た宴席があり、荔枝や頬を赤く染める化粧水の妓優たちと、遊び戯れるのである。

舡 船をうごかす。

夾岸 岸をさしはさむ。狭い岸。

荔枝 ライチはムクロジ科の果樹。 レイシとも呼ばれる。11種。中国の嶺南地方原産で、熱帯・亜熱帯地方で栽培される。 常緑高木で、葉は偶数羽状複葉で互生する。花は黄緑色で春に咲く。果実は夏に熟し、表面は赤くうろこ状、果皮をむくと食用になる白色半透明で多汁の果肉があり、その中に大きい種子が1個ある。

紅蘸水 妓優の使う紅と化粧水。・雲南の唐辛子調味料の商品名. ・蘸:ひたす。物を水中に浸す。
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20-521《南子十首,其四》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-704-20-(521)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5067

 

 

子十首

 

子十首其一

煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。

遠客扁舟臨野渡,思處,潮退水準春色暮。

(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)

靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。

遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。

(南子十首其の一

煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。

遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。

 

子十首其二

蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。

迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。

(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)

木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。

入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。

(南の子十首其二)

蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。

塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。

 

子十首其三

歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。

曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳花垂千萬

(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)

ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。

入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳の花が千万と待っているのだ。

(南子十首 其の三)

歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。

曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳の花 千萬を垂る。

 

子十首其四

乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。

帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。

(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)

彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。

一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。

(南子十首其の四)

彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。

香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。

 

子十首其五

傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。

避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。

 

子十首其六

雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。

春酒香熟鱸魚美,誰同醉?

纜卻扁舟篷底睡。

 

子十首其七

沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。

綠鬟紅臉誰家女?

遙相顧,緩唱棹歌極浦去。

 

子十首其八

漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。

行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。

 

子十首其九

攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。

越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。

 

子十首其十

相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。

暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

 

岳陽樓詩人0051
 

『南子十首其四』 現代語訳と訳註解説

(本文)

子十首其四

乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。

帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。

 

(下し文)

(南子十首其の四)

彩舫に乘り,蓮塘を過ぎり,棹歌 驚き起きる 鴛鴦睡るを。

香を帶ぶ遊女 隈 笑を伴う,窈窕を爭い,競て折る團荷 晚照を遮ぎる。

 

(現代語訳)

(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)

彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。

一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。

sairenkyoku640
 

 

(訳注)

子十首其四

(洞庭湖のほとりの蓮の花を愛でて行楽する様子を詠ったもの)

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻四仄韻で、❸③⑦の詞形である。

乘彩  過蓮 棹歌驚起睡鴛

帶香遊女隈伴 爭窈  競折團荷遮晚

△●●  △△○ ●○○●●○○

●○○●△●● ○●●  ●△○△○●●

 

乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。

彩色を施した酒宴の船に乗り、蓮が群生する入り江の堤を過り、船頭が船縁を敲いて謡う舟歌で、鴛鴦の様に土手で行楽していた男女を驚かせ起してしまった。

彩舫 飾り船。・畫舸 彩色を施した船。舫はふね。画は美しく絵どられた飾られた意であるが、詩語として冠したもの。洞庭湖付近から雲夢澤にかけて始まったものである。

 

帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。

一緒にいた娼妓は笑いながら顔を手で隠し、美しくしとやかさを競っている、そのうえ、強い日差しの西日を遮るために蓮の丸い大きな葉を折り取り、はかげで仲良くする。

窈窕 美しくしとやかなさま。上品で奥ゆかしいさま。
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20-520《南鄉子十首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-703-20-(520) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5062

李珣《南子十首,其三》十巻 (南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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122 《靜夜思(静夜思)》Index-7 Ⅱ―2 727年開元十五年27歳 6首 <122> Ⅰ李白詩1302 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5058 
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20-520《南子十首,其三》十巻 李珣唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-703-20-(520)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5062

 

 

子十首

 

子十首其一

(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)

煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。

靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。


遠客扁舟臨野渡,思處,潮退水準春色暮。

遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。

(南子十首其の一

煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。

遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。

 

子十首其二

(南郷の入り江の土手で広げられる、妓女と過ごす酒宴を詠う。)

蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。

木蘭で作った美しい舟が進み、棹を使うと、その度に水紋が広がってゆく、女たちは籐の籠を携えて蓮の花を摘みにきている。

迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。

入り江の堤の奥深い所に舟を廻して男たちが来ていて互に見つめ合っている、どうやらその同じ場所で酒宴をするようだ、緑の少し濃い清酒を大杯の取手を以て豪快に飲んで、女たちの頬紅の上にもほてって来た顔で、みんな上機嫌である。

(南の子十首其二)

蘭棹 舉げれば,水紋 開く,競うて藤籠を攜えて 蓮を採る來る。

塘の深き處を迴り遙かに相い見て,同宴を邀え,淥酒 一巵 紅上の面。

 

子十首其三

(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)

歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。

ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。

曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳花垂千萬

入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳の花が千万と待っているのだ。

(南子十首 其の三)

歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。

曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳の花 千萬を垂る。

 

子十首其四

乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。

帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。

 

子十首其五

傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。

避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。

 

子十首其六

雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。

春酒香熟鱸魚美,誰同醉?

纜卻扁舟篷底睡。

 

子十首其七

沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。

綠鬟紅臉誰家女?

遙相顧,緩唱棹歌極浦去。

 

子十首其八

漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。

行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。

 

子十首其九

攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。

越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。

 

子十首其十

相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。

暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

 

a謝霊運永嘉ルート02
 

『南子十首其三』 現代語訳と訳註解説

(本文)

子十首其三

歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。

曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳花垂千萬

 

(下し文)

(南子十首 其の三)

歸路近く,舷扣の歌,真珠を採る 水風を多くする處。

曲岸の小橋 山月 過ぎる,煙 鏁を深くし,荳花 千萬垂る。

 

(現代語訳)

(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)

ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。

入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳の花が千万と待っているのだ。

 Flower1-008

(訳注)

子十首其三

(南郷では、真珠とりをする娘たちが、夜のお相手をするという風俗を詠う)

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調に二平韻三仄韻で、3③⑦の詞形である。

歸路近 扣舷歌 採真珠處水風  

曲岸小橋山月 煙深 荳花垂千萬

○●●  ●○○ ●○○●●△○

●●●○○●▲ ○△●  ●●○○○●●

 

 

歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。

ここ南郷でのこと、真珠を採る海女たちは、水深があり風で何が多い所で取るようだ、興も、収穫が有って帰る合図に、船縁を敲いて、海女の歌を謡う。

扣舷 船端をたたく。蘇軾《赤壁賦》「於是飲酒楽甚、扣舷而歌之。」(是に於て酒を飲みて楽しむこと甚し、舷を扣いて之を歌う。)

・扣【控える/×扣える】.㋐用事や順番に備えて、すぐ近くの場所にいて待つ。待機する。㋑目立たないようにしてそばにいる。㋒空間的・時間的に迫っている。近くに位置する。また、近い将来に予定される。㋐度を越さないように、分量・度数などを少なめにおさえる。節制する。㋑自制や配慮をして、それをやめておく。見合わせる。㋒空間的・時間的にすぐ近くにある。近い所に持つ。あまり時を置かないで予定している。㋓忘れないように、また、念のため書きとめておく。㋔衣服などを、おさえつかんで、行かせないようにする。引きとめる。㋕引く。引っぱる。

 

曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳花垂千萬

入り江の小橋の峡谷をずっと遡った山際に月が昇りはじめていて、入江には靄が深くかかって閉ざされたように見える、そこには、若い女たちが一輪の花を咲かせたような白荳の花が千万と待っているのだ。

 【錠・鏁・鎖】①. 戸・箱の蓋(ふた)などにつけて,自由に開閉できないようにする金具。②.錠剤。

 にくずく。白【びゃくずく】という豆の草の名。花は葉間に生ずる。南方では少し開きかけた花を胎花と云い、歳が若くて妊娠することに喩える。

『女冠子』 其四

雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。

錦字書封了,銀河鴈過遲。

鴛鴦排寶帳,繡連枝。

不語勻珠淚,落花時。

(女冠子其の四)

雙ながら飛び 雙ながら舞い,春の晝 後園 鶯 語る。羅幃を卷く。

錦字 書 封じ了し,銀河 鴈 遲れて過る。

鴛鴦 寶帳に排し,荳 繡 枝を連る。

語らずして珠淚に勻し,落花の時。

女冠子四首 其四 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-317-5-#57-8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3132

 花・雲またはそれらに似たものの数を数える。朵红花=1輪の赤い花.几淡云=幾つかの薄い雲

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子十首

 

子十首其一

(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)

煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。

靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。
遠客扁舟臨野渡,思處,潮退水準春色暮。

遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。

 

(南子十首其の一

煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。

遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。

 

子十首其二

蘭棹舉,水紋開,競攜藤籠採蓮來。

迴塘深處遙相見,邀同宴,淥酒一巵紅上面。

 

子十首其三

歸路近,扣舷歌,採真珠處水風多。

曲岸小橋山月過,煙深鏁,荳花垂千萬

 

子十首其四

乘彩舫,過蓮塘,棹歌驚起睡鴛鴦。

帶香遊女隈伴笑,爭窈窕,競折團荷遮晚照。

 

子十首其五

傾淥蟻,泛紅螺,閑邀女伴簇笙歌。

避暑信舡輕浪裡,遊戲,夾岸荔枝紅蘸水。

 

子十首其六

雲帶雨,浪迎風,釣翁回棹碧灣中。

春酒香熟鱸魚美,誰同醉?

纜卻扁舟篷底睡。

 

子十首其七

沙月靜,水煙輕,芰荷香裏夜舡行。

綠鬟紅臉誰家女?

遙相顧,緩唱棹歌極浦去。

 

子十首其八

漁市散,渡舡稀,越南雲樹望中微。

行客待湘天欲暮,送春浦,愁聽猩猩啼瘴雨。

 

子十首其九

攏雲髻,背犀梳,焦紅衫映綠羅裙。

越王臺下春風暖,花盈岸,遊賞每邀鄰女伴。

 

子十首其十

相見處,晚晴天,刺桐花下越臺前。

暗裡迴眸深屬意,遺雙翠,騎象背人先過水。

 

 

『南子十首、其一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

子十首其一

煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。

遠客扁舟臨野渡,思處,潮退水準春色暮。

 

(下し文)

(南子、十首、其の一)

煙 漠漠として、雨 凄凄たり、岸花 零落して 鵡鵡 啼く。

遠客の扁舟 野渡に臨み、郷を思う処、潮 退き 水 平らかに 春色 暮る。

 

(現代語訳)

(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)

靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得寄寄」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。

遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。

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(訳注)

子十首其一

(長江下流域の南の地に来て、春の霞の中、雨がしとしと降る景色は故郷の景色であり、鷓鴣の啼くのは「いかないで」といった妻の声、泛ぶ小舟は、故郷で隠遁する私の気持ち、それでも季節は移り変わってゆくと季節の変わり目の気持ちを詠う)

【解説】 晩春における南国の船旅の旅愁を詠う。散ってしまった花、囁く鷓鴣、小舟、野の渡し、ふけゆく春、これらはすべて作者の隠遁したい気持ちを反映している。特に鷓鴣の語には、故郷に残してきた妻を思い、旅における身の孤独の思い、隠遁したい気持ちが込められている。野心のある者の詩ではない。きっかけがあれば、官を辞したい、一番いいのは、半隠半官の生活であるということ。

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調に二平韻二仄韻で、3③⑦の詞形である。

煙漠漠 雨淒 岸花零落鷓鴣

遠客扁舟臨野渡   潮退水準春色

○●●  ●○○ ●○△●●○○

●●△○△●● △○●  ○●●●○●●

douteikoshoko297

 

煙漠漠,雨淒淒,岸花零落鷓鴣啼。

靄は煙霧のように遠く果てしなくおおっている、雨は淒淒と静かに降ると故郷を思い出す、すると、岸辺の花は雨に打たれてこぼれ散り、「行不得哥哥」といった妻の声を、鷓鴣がまた啼くので聞いたようで、切なさが増してくる。

○漠漠 ボーっと煙って定かならぬさま。

○凄凄 しとしとと小止みなく降り続くさま。

○鷓鴣 ① キジ目キジ科の鳥のうち,ウズラよりひとまわり大きく,尾が短くて,茶褐色の地味な色彩をしたものの一般的な呼称。 古く,ヤマウズラを誤って呼んだ称。中国南方のキジ科の鳥。その鳴き声は「行不得寄寄(あなた行かないで)」と聞きなしされてきた。ここでは、故郷に残してきた妻の顔が思い出され鷓鴣の啼くのが妻とどぶって切なくなるというもの。

 

遠客扁舟臨野渡,思處,潮退水準春色暮。

遠来の旅人にとって隠遁したい気持ちを増す大河に泛び渡る小舟を野に立ってじっと臨む、するとまた、故郷を思うのである、潮が退いてなぎになり、水面は鏡のように平らかになる。時の流れはやがて春景色は暮れてゆくのである。

○扁舟 小舟。李白『越中秋懷』「不然五湖上。 亦可乘扁舟。」(然ずんば 五湖に上ざる、亦 扁舟に乘るべし。)そうでなければ、越中の五大湖の上にただ一槽の船でもいいから浮かべている方が良いのである。

李白が隠遁で「扁舟」を浮かべて暮らしたいと願う詩である。
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李白 97 把酒問月』、
李白 66 宣州謝朓樓餞別校書叔雲』、
 李白68秋登宣城謝眺北楼 李白69久別離 李白70估客行

○野渡 野中の渡し場。

○處 場や時を表す語。ここでは後者。

 

李珣『南子十首、其一』の世界観と同じように感じられる詩

柳宗元『江雪』

千山鳥飛絶,萬徑人蹤滅。

孤舟簑笠翁,獨釣寒江雪。

千山 鳥飛ぶこと 絶え,萬徑 人蹤滅ゆ。

孤舟 簑笠の翁,獨り 釣る 寒江の雪。

川に降りそそぐ雪。厳しい冬の情景は、都より左遷されて、永州司馬となった作者の心象風景でもある。
三峡 巫山十二峰001

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