玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

2014年12月

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 其一》溫庭筠66首巻一30-〈30〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5347

(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 其一》(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。)

 

 
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 之一》溫庭筠66首巻一30-30〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5347

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲 『楊柳枝』二十四首

 

 

溫助教庭筠(温庭筠)

巻一

楊柳枝八首之一

館娃宮外鄴城西,

 

 

巻一

楊柳枝八首之二

宜春苑外最長條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之三

金縷毿毿碧瓦溝,

 

 

巻一

楊柳枝八首之四

御柳如絲映九重,

 

 

巻一

楊柳枝八首之五

織錦機邊鶯語頻,

 

 

巻一

楊柳枝八首之六

蘇小門前柳萬條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之七

牆東御路傍,

 

 

巻一

楊柳枝八首之八

兩兩黃鸝色似金,

 

 

皇甫先輩松(皇甫松)

巻二

楊柳枝二首其一

春入行宮映翠微

 

 

巻二

楊柳枝二首其二

爛熳春歸水國時

 

 

牛給事嶠(牛嶠)

巻三

柳枝五首其一

解凍風來末上青,

 

 

巻三

柳枝五首其二

橋北橋南千萬條,

 

 

巻三

柳枝五首其三

狂雪隨風撲馬飛,

 

 

巻三

柳枝五首其四

王宮裡色偏深,

 

 

巻三

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,

 

 

張舍人泌(張泌)

巻四

柳枝一首

膩粉瓊粧透碧紗,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

柳枝三首  其一

軟碧瑤煙似送人,

 

 

巻六

柳枝三首  其二

瑟瑟羅裙金縷腰,

 

 

巻六

柳枝三首 其三

鵲橋初就咽銀河,

 

 

顧太尉(顧

巻七

楊柳枝一首 顧夐

秋夜香閨思寂寥,

 

 

孫少監光憲(孫光憲)

巻八

陽柳枝四首 其一

閶門風暖落花乾

 

 

巻八

陽柳枝四首 其二

有池有榭即濛濛,

 

 

巻八

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,

 

 

巻八

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,

 

 

 

 

 

 

 

 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠29《巻1-29 定西番三首其三》溫庭筠66首巻一29-〈29〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5342

(改訂)-1溫庭筠29《巻1-29 定西番三首其三》(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

 

 
 2014年12月29日の紀頌之5つのブログ 
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30-(3) §1-3 《讀巻05-05 畫記 -(3)》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1271> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5339 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠29《巻1-29 定西番三首其三》溫庭筠66首巻一29-29〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5342

 


定西番 一
漢使昔年離別,攀弱柳,折寒梅,上高台。
千裏玉關春雪,雁來人不來。
羌笛一聲愁
,月徘徊。

定西番 二
海燕欲飛調羽,萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。
翠霞金縷,一枝春豔濃。
樓上月明三五,瑣窗中。

定西番 三
細雨曉春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
腸斷寒門消息,雁來稀。


定西番三首其一
漢使昔年離別,攀弱柳,折寒梅,上高台。
漢の武帝が使者まで出して西王母を待ったがいったん別れたら二度と会えなかったという。わたしは若々しく柳のようにしなやかに挙げて過ごしし、折楊柳の変わりに寒梅を折って旅の健康を祈り、高台に上って見送るのです。
千裏玉關春雪,雁來人不來。
遙か千里先の玉門関に春が訪れても雪が残るという、私の所には雁が来ても、あの人は来てくれない。
羌笛一聲愁,月徘徊。
羌笛が一声響いてくるとその憂えを含んだ響きに気持ちも絶え絶えになる、今日もまた月の輝く庭を徘徊するのです

(定西番三首其の一)
漢使 昔年の離別,弱【わか】い柳を攀ぐ,寒梅を折り,高台に上る。
千裏玉關の春雪,雁來るも 人來らず。
羌笛一聲して 愁
し,月に 徘徊す。


定西番三首其二
海燕欲飛調羽,萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。
海ツバメは翅を整えてとぼうとしている。勿忘草は緑の葉を茂らせている。杏の花は赤く咲いている。宮女の部屋の格子窓の向こうの簾越しに見えてたのしむ。
翠霞金縷,一枝春豔濃。
宮女の左右の鬢には翡翠の髪飾りに覆われ金の細糸で飾られている。
樓上月明三五,瑣窗中。
高楼の上に月影が照らし輝き花を愛でる人影が三々五々と歩いている。宮女は小さな窓から眺めている。

(定西番三首其の二)
海燕 羽を調【ととの】えて飛ばんと欲するも,萱草 【かんそう】綠なり,杏花は紅たり,簾櫳を隔てしなり。
【そうびん】翠霞の金縷,一枝春豔濃【えんのう】。
樓上 月明にして三五たり,瑣窗【そうそう】の中。

定西番三首其三
細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
腸斷寒門消息,雁來稀
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
(定西番三首其の三)

細雨 曉鶯【ぎょうおう】春晚,人玉に似る,柳 眉の如し,正に相い思う。
羅幕【らばく】翠簾【すいれん】初めて卷き,鏡中 花一枝。
腸斷【ちょうだん】寒門 消息す,雁 稀に來る。

 

紅梅002

『定西番三首其三』 現代語訳と訳註
(
本文)

定西番 三
細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
腸斷寒門消息,雁來稀。


(下し文)
定西番 三
細雨 曉鶯【ぎょうおう】春晚,人玉に似る,柳 眉の如し,正に相い思う。
羅幕【らばく】翠簾【すいれん】初めて卷き,鏡中 花一枝。
腸斷【ちょうだん】寒門 消息す,雁 稀に來る。


(現代語訳)
(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
閶闔門001

(訳注)
定西番三首其三

(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『定西番』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐教坊曲名。 雙調三十五字,前段四句一仄韻、兩平韻,後段四句兩仄韻、兩平韻.❻3③③/❻⑤❸③の詞形を取る。
細雨曉鶯春  人似玉 柳如  正相
羅幕翠簾初  鏡中花一
腸斷寒門消  雁來

     
  
  

教坊とは、唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。五弦・琵琶・箜篌・箏を学んだ。また、宜春院や教坊の見習いを「雑婦女」といった。


細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
細雨曉鶯春晚 早春から晩春への季節の移り変わりを云う。曉鶯は春を告げる取り、春の感情、離れている男性を思い起こすこと、同時にそのことで寝付けず朝を迎えたということを含んでいる語であることを理解すること。
・人似玉,柳如眉 人の美しさと感情と表現する。

・正相思 本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。


羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
・羅幕二句 春は過ぎてゆく、妃嬪はまた歳を重ねるが最高に美しいということ。


腸斷寒門消息,雁來稀。
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
腸斷 男女の性交渉を意味する。
寒門 北方国境の関門、塞。寵愛を受けなくなった妃嬪たちは、その状態のことを辺塞詩的な表現を使って表現した。
消息 音信が来ないこと、何処にいるのかわからないこと。待つ身の女が、事実上棄てられたことを示す語である。
雁來稀 帰ってきてもほかの女の所に行っているというほどの意味である。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠28《巻1-28 定西番三首其二》溫庭筠66首巻一28-〈28〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5337

(改訂)-1溫庭筠28《巻1-28 定西番三首其二》(寵愛を失った妃嬪が春景色を見て、万物に春の様相が見える、自分の身分もあるどんなことがあっても、身支度を整えておかなければと装う、それは仲秋の名月の時期になっても寵愛を受ける事は無く、西にかたむく明月を小窓にながめると詠う)

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-19-3奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#3》 杜甫index-15 杜甫<882-3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5335 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠28《巻1-28 定西番三首其二》溫庭筠66首巻一28-28〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5337



 

 

花間集 教坊曲『定西番』七首

 

 

溫助教庭筠

巻一

定西番三首其一

漢使昔年離別,

 

 

巻一

定西番三首其二

海燕欲飛調羽,

 

 

巻一

定西番三首其三

細雨曉春晚,

 

 

牛給事嶠

巻四

定西番一首

紫塞月明千里,

 

 

孫少監光憲

巻八

定西番二首其一

鷄祿山前游騎,

 

 

巻八

定西番二首其二

帝子枕前秋夜,

 

 

毛秘書熙震

巻十

定西番一首

蒼翠濃陰滿院,

 

西域の国境を守るために送り出した夫を思う女性の目線・西域の詠懐としてなど 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》溫庭筠66首巻一27-〈27〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5332

(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》(はじめは、漢の武帝も使者を送って西王母を舞ったし、使命を帯びて、西域に赴いた張騫だって13年もかかってやっと帰ったから仕方がないと思っていたが、羌笛の声を聴くと兵役で送り出した妻と同じだと侘しい思いを詠う。)

 

 
 2014年12月27日の紀頌之5つのブログ 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》溫庭筠66首巻一27-27〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5332

 

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》溫庭筠66首巻一26-〈26〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5327

(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》 いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。


 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-19-1奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#1》 杜甫index-15 杜甫<882-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5325 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》溫庭筠66首巻一26-〈26〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5327 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》溫庭筠66首巻一26-26〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5327

 


1-23 酒泉子四首其一
高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。
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酒泉子 (一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。

 

1-24 酒泉子四首其二
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
花は 柳條に 映じ,閑にして郷【むか】うは 綠萍【りょくびょう】池の上り。
欄干に憑【よ】り,細浪を窺【のぞ】けば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔【すいはく】を垂して,春宵を度る。

 

1-25 酒泉子四首其三
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

日映紗窗,金鴨小屏山碧。
日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
春,煙隔,背蘭釭。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。
宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
草初齊,花又落,燕雙雙。

春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。

酒泉子 (三)
日 紗窗に映し,金鴨 小屏 山の碧。
の春,煙の隔,蘭釭を背す。
宿妝 惆悵して高閣に倚るは,千裏 雲影薄し。

草 初めて齊し,花又落つるは,燕 雙雙たり。 

1-26 酒泉子四首其四
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

楚女不歸,樓枕小河春水。
愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。
月孤明,風又起,杏花稀。
それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。

玉釵斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
八行書,千裏夢,雁南飛。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->花間温庭筠

<!--[endif]-->

『酒泉子』 (四) 現代語訳と訳註
(
本文) 酒泉子 (四)
楚女不歸,樓枕小河春水。
月孤明,風又起,杏花稀。
斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
八行書,千裏夢,雁南飛。


(下し文)
酒泉子 (四)
楚女 歸らず,樓枕 小河の春水。
月 孤り明るくし,風又起きるは,杏花 稀れなり。
 斜簪 雲鬟 重り,裙上 金縷の鳳。
八行の書,千裏の夢,雁 南飛す。


(現代語訳)
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。

それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。

完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
花間集

(訳注) 酒泉子 (四)
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

【解説】

前段には、寵愛を一身に受けていれば、妃嬪は故郷の事も、帰ることも考える事は無かったほどの生活であった。やがて、杏の花も蜜もやがて稀なことになってゆく。

後段は、どんなに寵愛を失っても、寵愛を受けていたころと同じようにして待侍すること義務であり、生きることであるということをいい、いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思う、ということだけ考えて毎日を生きる。

唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺3❸③の詞形をとる。
楚女不  樓枕小河春
月孤明 風又起 杏花

斜簪雲鬟 裙上金縷

八行書 千裏 雁南

 
  

 

  

 

楚女不歸,樓枕小河春水。
愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。

○楚女 ①宋玉「高唐賦」に言う愛し合う男女の女性をいう。②皇帝に対して変わることのない思いを寄せる女性。③広く南国の女性を指す。

○枕 拠る、臨む。

○小河春水 河は中原を中心に北部での川をいう、「小」は身の周り、ここでは閨、寝牀であり、春水は雪解け水の河の中心を嵩高くする様子、ここでは布団の中にいる様子をいう。

菩薩蠻 十三
竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲影。
山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
兩蛾愁黛淺,故國
宮遠。
春恨正關情,畫樓殘點聲。

百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度と寵愛を受けることはなく、妃嬪が華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしている様子を詠う。


月孤明,風又起,杏花稀。
それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。
○杏花稀 杏の花があらかた散り、春も終わりに近いことを言う。・杏花 杏の花は春の花であり、秋に稀に咲くわけではなく男女関係をもとにした語と思われる。
菩薩蠻 十一
南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。
雨後卻斜陽,杏花零落香。
無言勻睡臉,枕上屏山掩。
時節欲黃昏,無聊獨倚門。

(百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無いと詠う)


玉釵斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
○斜簪 挿した簪が斜めになる。

○雲鬟重 高く結い上げた美しい髪であるものが、少し潰れかける。

○金縷鳳 金糸で刺繍された鳳凰。

菩薩蠻 十四
水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。
江上柳如煙,雁飛殘月天。
藕絲秋色淺,人勝參差剪。
雙鬂隔香紅,玉頭上風。

(寵愛を失った妃嬪は水晶宮の離宮に移ったがこれまでと同じように閨の支度をして夜を待つ、二度と寵愛を受けることが無く夜も眠れぬ日がつづくが、それを続けなければ生きがいもなくなってしまうと詠う。)


八行書,千裏夢,雁南飛。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
○八行書 寵愛を受けていたころに贈られた行七字で八行の格調高い男性の楽府・律詩の短い手紙。ここでは尽くせぬ思いを八行、一行七字の手紙に凝縮して愛を書いたことを意味する。六朝より、高貴な人が書く詞詩をいう。平仄、韻を踏んで作るのは高度で、常時詩人の作られせることができる人物に書かせたということであろう。

○千裏夢 後宮という狭い空間なのに、それが千里の遠い、儚い夢となっていることをいう。この夢と初句の「楚女」を夢に見たことに基づいてこの詩が出来上がっている。楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。

○雁南飛 狩が南に飛び帰って行くけれど、妃嬪であるが故、南の楚の国に帰ることもできず見上げるだけなのであるという意味。雁は匈奴に捕らわれた漢の蘇武が、雁の脚に手紙を結わえて放った故事から、手紙を運ぶ使者を意味する。

菩薩蠻 十
滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
小園芳草綠,家住越溪曲。
楊柳色依依,燕歸君不歸。

(若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う)

 

 

 

【余談】 

某、「花間集」の解釈について。

 

この時代に、女性がどこかに行くのは、大きく分けて①召される・仕える。②嫁ぐ場合。③売られる。であり、その女を待つ男がその心情を詩にかくことなどありえない。花間集というのは、蜀の高官のこれ以上ないという贅を凝らしたサロンで選定されたものであり、中国の古代の文学に貴族以外の題材をとらえるものはない。花間集について、間違った訳詩が多いのはこうした前提無視し、現代の発想で解釈しているものが多い。特に『花間集』東洋文庫812の解釈はひどい。【訳】 楚の女帰り来ず、春の小河に臨む高殿。明るく照らす一輪の月、またも風吹き、杏の花散り数も少なに。  結い上げし黒髪に斜めにささる玉の簪、鳳凰の金糸の繍のスカート模様。八行の玉梓に、遙か千里の夢乗せて、南指し雁は飛びゆく。

その解説に、 

「前段には、彼女が帰って来たならばともに春を楽しもうと思っていたのに、彼女の帰らぬうちに、早くも春は過ぎ去ろうとしているという思いが込められている。後段は、男の腋に焼き付いて離れぬ女の姿から詠い起こす。彼女のスカートに刺繍された鳳凰は、男女和合の象徴であり、男の女に対する思いを強調する。男は女への思いを、八行の文にしたため、はるか南を指して渡る雁に託さずにはいられぬ。雁は秋には北から南に渡り、春には南から北に渡る。ここで雁が南に飛ぶと言っているのは、前段の春から半年過ぎた今も、まだ彼女が帰って来ないことを示す。」

ここでいう「女」はなにものか。①後宮にに仕える女であれば、二十歳を過ぎれば帰る可能性はあるが、それまでの恋愛経験があれば、後宮にはいる事すらかなわない。②嫁いだ女を待つという詩ではない。③売られた女を待つ詩ではない。薛濤・魚玄機なのか、薛濤のように官妓で、一芸に秀でているのであれば、軍隊の前線慰問に出かけた女性が想定されるが、この詩では想定できない。民妓であった魚玄機なら溫庭筠との接点もあり、「八行書」の愛の詩も多く残しているが、魚玄機は、男に捨てられたのであり、この詩の男が溫庭筠であるけれど、合理性に欠けるので、やはり、この書の解釈はおかしいということになる。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠25《0125 酒泉子四首其三》溫庭筠66首巻一25-〈25〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5322

(改訂)-1溫庭筠250125 酒泉子四首其三》(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

 

 
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酒泉子 (一)
(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。

酒泉子 (一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。

 

酒泉子 (二)
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
花は 柳條に 映じ,閑にして郷【むか】うは 綠萍【りょくびょう】池の上り。
欄干に憑【よ】り,細浪を窺【のぞ】けば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔【すいはく】を垂して,春宵を度る。

 

酒泉子 (三)
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

日映紗窗,金鴨小屏山碧。
日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
春,煙隔,背蘭釭。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
草初齊,花又落,燕雙雙。

春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。

酒泉子 (三)
日 紗窗に映し,金鴨 小屏 山の碧。
の春,煙の隔,蘭釭を背す。
宿妝 惆悵して高閣に倚るは,千裏 雲影薄し。
草 初めて齊し,花又落つるは,燕 雙雙たり。



花蕊夫人002

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『酒泉子四首』(三) 現代語訳と訳註
(
本文)
 酒泉子 (三)
日映紗窗,金鴨小屏山碧。
春,煙隔,背蘭釭。
宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
草初齊,花又落,燕雙雙。


(下し文)
酒泉子 (三)
日 紗窗に映し,金鴨 小屏 山の碧。
の春,煙の隔,蘭釭を背す。
宿妝 惆悵して高閣に倚るは,千裏 雲影薄し。
草 初めて齊し,花又落つるは,燕 雙雙たり。

(現代語訳)
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。

寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。

Nature1-011

(訳注) 酒泉子 (三)
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもなく、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)


唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺③❸③の詞形をとる。
日映紗,金鴨小屏山
春,煙,背蘭
宿妝惆悵倚高,千裏雲影
草初
,花又,燕雙

  
  
 

 

   


日映紗窗,金鴨小屏山碧。
日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
・紗窗 薄絹を張った窓。
李白『宮中行樂詞八首 其五』「繡
香風暖。 紗窗曙色新。 宮花爭笑日。 池草暗生春。 綠樹聞歌鳥。 青樓見舞人。 昭陽桃李月。羅綺自相親。」
・鴨 カモ科の鳥類のうち、雁(カリ)に比べて体が小さく、首があまり長くなく、冬羽(繁殖羽)では雄と雌で色彩が異なるものをいう。カルガモのようにほとんど差がないものもある。
小屏山 「山」の前に「小」が来る場合、女性が屏風の前に横に伏している寝姿をいう。この場合女性だけが一人で寝ている姿をいう。屏風に画かれた遠山に対して女性のシルエットは近き山ということ。男に捨てられた女性、帰らぬ夫を待つ女性の場合に使われる語である。

『菩薩蠻』 (一) 
小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。
照花前後鏡。花面交相映。
新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠1《菩薩蠻十四首 其一》溫庭筠66首巻一-〈1〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5202


春,煙隔,背蘭釭。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。

 選抜されて宮廷に入ったものは、主に地方の名門の者が選ばれた。特に洛陽方面、徐州、蘇州、江南の名門の子女は小さいうちから登録されていて十五歳前後までに後宮に入った。ただ、宮女となると、必ずしも高貴な家柄の出ではなかったが、しかし大多数は「良家」の出身、つまり一般の官僚あるいは士人の家の出であった。唐朝の諸帝は、前後して何度となく民間の良家の娘を広く選抜して後宮に入れた。後宮や東宮(皇太子の宮殿)の女官に欠員が生じた場合は、みな良家の才智と徳行のある女性を当て、礼をもって招聴されるようにとされた。また罪人として宮廷に入れられた者や、もともと下賎の家の者はみな補充に当てないようお願いいたします」(『資治通鑑』巻一九五、太宗貞観十三年)と。唐の太宗はこの意見を入れ、すすんで「天子自ら良家の娘を選び、東宮の女官に当てた」 ことがあった(『資治通鑑』巻一九七、太宗貞観十七年)。

これ以後、唐の歴代の皇帝は、後宮や太子、諸王のために妃を選ぶ時にはひじょうに家柄を重んじ、常に良家の中から広く娘を選び、「龍子龍孫」(皇帝の子や孫)が下賎の家の女から生れないようにした。玄宗皇帝は、皇太子や諸王のために「百官の子女」、「九品官(一品官から九品官に至る官僚)の息女」を選んで宮中に入れた(『全唐文』巻三五、玄宗「皇太子諸王妃を選ぶ勅」、『新唐書』十二宗諸子伝)。文宗は皇太子の妃を選んだとき、百官に「十歳以上の嫡女(正妻の生んだ女子)、妹、姪、孫娘をすべて報告せよ」(『全唐文』巻七四、文宗「皇太子妃を選ぶ勅」)と命じた。荘格太子(文宗の子、名は李永)のために妃を決める時には、もっぱら「汝州(河南省臨安。洛陽の東南)、鄭州(河南省鄭州)一帯の高貴な身分の家の子女を対象に新婦を求めた」(王講『唐語林』巻四「企羨」)。十数歳に達した「良家の子女」は、この種の選抜をへて多数宮廷に入ったのであるが、彼女たちの中のほんの少しの者だけが幸運を得て妃嬢に列し、大多数の者は名もなき宮女のままで生涯を終えたのである。


宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
・宿粧 寝化粧をし、床に就き、うとうととして、眠れぬままに朝になり、起きだした時の顔の状態をいう。宵越しの化粧で多くはいつ来るのかと待ちわびて憂愁のためにくずれているものをいう。
温庭筠『菩薩蠻 三』
蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
相見牡丹時,暫來還別離。
金作股,上蝶雙舞。
心事竟誰知?月明花滿枝。
・惆悵 歎き悲しむさま。恨んで嘆く。


草初齊,花又落,燕雙雙。
春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。
・斉眉  《後漢の梁鴻の妻の孟光が食膳を捧げるとき、その高さを眉(まゆ)と斉(ひと)しくしたという「後漢書」梁鴻伝の故事から》妻が夫を深く尊敬して仕えること。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠24《0124 酒泉子四首其二》溫庭筠66首巻一24-〈24〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5317

(改訂)-1溫庭筠24《0124 酒泉子四首其二》 唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠24《0124 酒泉子四首其二》溫庭筠66首巻一24-24〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5317

 

 

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。その内、高祖、玄宗両時代の人が最も多い。高祖には竇皇后の他に、万貴妃、ヂ徳妃、宇文昭儀、莫嬢、孫嬢、佳境、楊嬢、小楊嬢、張捷好、郭妊婦、劉捷好、楊美人、張美人、王才人、魯才人、張宝林、柳宝林などがいた。玄宗には王皇后、楊皇后、武恵妃、楊貴妃、趨麗妃、劉華妃、銭妃、皇甫徳儀、郭順儀、武賢儀、董芳儀、高娃好、柳娃好、鍾美人、慮美人、王美人、杜美人、劉才人、陳才人、鄭才人、闇才人、常才人などがいた。もちろん史書に名を残せなかった人はさらに多い。史書の記載から見ると、高祖、玄宗両時代の妃嫁がたしかに最も多かったようである。

 

彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

 

彼女たちの脅威は、皇帝の寵愛を失うことに外ならない。大多数の后妃と皇帝との結婚は、事実上政略結婚であり、もともと皇帝の愛情を得たのではなかった。何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、あるいは皇帝と艱難を共にしたことによっ々寵愛を受けた。しかし、いったん時が移り状況が変化すると、或は、年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。王皇后と玄宗は艱難を共にした夫婦であり、彼女は玄宗が行った喜后打倒の政変に参与した。しかし武恵妃が寵愛を一身に集めた後には、しだいに冷遇されるようになった。彼女は皇帝に泣いて訴え、昔艱難を共にした時の情愛を想い出してほしいと願った。玄宗は、一時的にそれに感動したが、結局やはり彼女を廃して庶民の身分に落してしまった。境遇がちょっとマシな者だと、后妃の名が残される場合もあったが、それ以後愛情は失われ、後半生を孤独と寂実の中に耐え忍ばねばならなかった。また、彼女たちの運命は、ひどい場合は完全に皇帝の一時的な喜怒哀楽によって決められた。

 

日常的に危険と不安が潜伏している後宮のなかで、気の弱い者、能力のない者は、ただ唯々諾々と運命に翻弄されるしかなかった。しかし、ちょっと勇敢な者は、他人から運命を左右されることに甘んぜず、自分の力をもって自分の運命を支配し変革しょうとし、さらに進んでは他人をも支配しょうとした。これは高い身分にいることから激発される権力欲ばかりではなかった。彼女たちの特殊な生活環境もまた、彼女たちを一場の激しい 「生存競争」 の只中に投げ入れずにはおかなかったのである。

 

後宮の競争の激しさは人を懐然とさせる。こうした競争は王后、粛妃が起したものではないし、また武則天だけを谷めることもできない。それはじつに後宮のなかで極限にまで発展した、一夫多妻制度がもたらした産物であった。政治と権力が彼女たちの争いを発酵させ膨らませたのであり、その激烈さは普通の家庭の妻と妾の争いを遥かに越えるものとなった。

皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなくなるので、早くから考えをめぐらせた人たちもいた。男子を生んだ后妃は、いうまでもなくあらゆる手段を講じてわが子を皇太子にし、その貴い子の母たる地位を手に入れようとした。こうして跡継ぎを決めることも、后妃たちの激しい競争となった。

 

 

酒泉子 (一)
(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。
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酒泉子 (一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。

 

酒泉子 (二)
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
花は 柳條に 映じ,閑にして郷【むか】うは 綠萍【りょくびょう】池の上り。
欄干に憑【よ】り,細浪を窺【のぞ】けば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔【すいはく】を垂して,春宵を度る。


<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->楊貴妃清華池002

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『酒泉子四首()』 現代語訳と訳註
(
本文)
 酒泉子
花映柳條,閑嚮綠萍池上。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。


(下し文)
花は 柳條に 映じ,閑に向ふ綠萍の 池上。
欄干に凭(よ)り,細浪を窺へば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩(ふた)つながら疏索(まれ)に,洞房空しく寂寂たり。
銀屏にて 掩ひ,翠箔を 垂らし,春宵を 度(わた)る。


(現代語訳)
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。

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(訳注)
酒泉子

(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

・酒泉子 唐教坊曲名。雙調四十字、前段五句両平韻
両仄韻、後段五句三仄韻一平韻(詞譜三)。
唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺③❸③の詞形をとる。
花映柳
,閑嚮綠萍池
憑欄
,窺細,兩蕭

近來音信兩疏,洞房空寂
掩銀
,垂翠,度春

○●●○  ○●●○○●

○○●  ○●△ ●○○

●△○△●△● △○△●●

●○△ ○●●  ●○○


花映柳條,閑向綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
・映 照り映える。ここでは、花の(紅い)色が緑の柳に映えていること。
・柳條 柳の枝。 ・條:長い枝。しなやかな女性の様子を云う。
・閑 ひま。ぶらぶらと。つれづれなるままに。ひまにまかせて。
・郷 ~に向かう。
・綠萍 綠色の浮き草。
・池上 池のほとり。


憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。
四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
・憑欄杆 欄干によりかかる。このしぐさは、人を待ったり、思索したりするときの表現。離宮の池端の景色と想定する。
・窺 うかがう。様子を見る。
・細浪 さざ波。
・蕭蕭 ものさびしいさま。


近來音信兩疏索,洞房空寂寂。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
近來 ちかごろ。
・音信 文字やしるしによるおとずれ。手紙。たより。来訪。
・兩 来訪と手紙のどちらも。
・疏索 まれである。
・洞房 妓女などの小部屋をいう場合もあるが、「買斷」を受けた妓女のかこわれ部屋をいう場合が多いが、この詩の全体的な雰囲気は、離宮の閨であって、姥捨て山のようにその閨と池端、四阿の空間での生活であることをこの語で表現している。
・空寂寂 空寂。ひっそりとして寂しい。
・洞房空寂寂 奥深い妃嬪の部屋はひっそりとして寂しい。


掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
掩銀屏 銀の屏風でおおう。
・翠箔 翡翠の簾。緑色のカーテン。緑色のカーテンは女性の部屋をいう。
 過ごす。
度春宵 春のよいをすごす。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠23《酒泉子四首其一》溫庭筠66首巻一23-23〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5312

 

 

妓  優

宮妓、教坊妓 官妓 地方官妓 

ここで述べたいのは、色と芸を売って生業とする娼妓と女芸人とである。「妓」、この後世もっぱら肉体を売る女性を指すようになった呼称は、もとは「伎(技)」 の意味から来たもので、歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指していた。唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのは怪しむに足りない。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。

 

さて、唐代には「妓」と呼ばれた人は三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婦女と呼ばれる人と同類であった。

 

 

 

一宮妓、教坊妓

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「摘弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。

* 楽戸とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

二 官  妓

 

唐代の社会に充ちあふれ、一つの階層を形成していたのは、主に各級の官庁の楽籍に登録されていた大量の官妓である。もし、宮妓と教坊妓とを一般に芸人と見なすことができ、そしてまた家妓が姫妾・婦女と同類だとすれば、ここでとりあげる官妓だけが後世の娼妓と同じ性格をもっていた。

 

いわゆる唐代の娼妓とは主にこの部類の人たちを指すのである。

唐代は妓楽が盛んであり、「唐人は文を尚び、狎(芸妓遊び)を好む」(張端義『貴耳集』巻下)と評された。官庁の送迎、宴会典礼はもちろん、また官吏が集まって遊ぶ時にも、常に妓楽で雰囲気を盛りたてた。官吏が妓楼に泊り、娼妓と遊ぶ風潮はきわめて盛んであり、朝廷の法律もこれを決して禁止することはなかった。自居易は杭州の刺史(各州に置かれ地方官を監督した役職。太守とも呼ばれた)の任にあった時、日がな一日妓女を連れて遊んだ。それで後の宋代の人は、これを怪しみ、論難して「これによって当時の郡政(郡の政治)には暇が多く、吏議(官吏の議論)も甚だ寛やかだったことが分かる。もし今日だったら、必ず処罰の対象とされたであろう」(襲明之『中呉紀聞』)と書いている。また、清代の人は白居易をいささか羨ましく思い、「風流太守は魂の消ゆるを愛し、到る処 春訪 翠麹有り。想見す 当時 禁網疎 にして、尚お官吏宿娼の条無きを」(趨翼「自香山集の後に題する詩」、銭泳『履圃叢話』巻二一「笑柄」)と述べている。官妓制度はまさにこの種の社会風潮と朝廷の放任のもとで、唐代に盛況を極めたのである。

当時、長安と洛陽の両京に大量の官妓がいたばかりでなく、地方の大きな州、府にも官妓がいた。

 

地方の官妓

ここで主にとりあげるのは各州・府(及び唐代後期の藩鎮)に隷属する官妓である。これら官妓には二つの来源があった。一つは、代々「楽籍」に入れられていた、官に隷属する職民の女子であり、他に生きる道はなく、ただ先祖代々の仕事を踏警るだけで昔どおりの楽妓となったもの。もう一つは、良民の女子であったがいろいろの原因によって楽籍に落ちたものである。たとえば名妓の薛濤は、元は良家の娘であり、父が仕官を求めて各地を巡るのに付き従っていたが、ついに蜀(四川省)まで流れ来た時、落ちぶれて楽籍に入った。また韋中丞の愛姫が生んだ娘は、兄弟がみな死んだので「身を楽部に委ね、先人を恥辱しめ」ざるをえなかった(『雲渓友議』巻三)。これらはみな衣食にこと欠いたために楽籍に人らざるをえなかった例である。また、地方長官から良民の身分を剥奪され婢にされたものもあった。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠22《巻1-22 歸國遙二首其二》溫庭筠66首巻一22-22〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5307

花間集タイトル002

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠21《巻1-21 歸國遙二首其一》溫庭筠66首巻一21-〈21〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5302

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