玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

2014年12月

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 其一》溫庭筠66首巻一30-〈30〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5347

(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 其一》(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。)

 

 
 2014年12月30日の紀頌之5つのブログ 
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 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 之一》溫庭筠66首巻一30-30〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5347

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲 『楊柳枝』二十四首

 

 

溫助教庭筠(温庭筠)

巻一

楊柳枝八首之一

館娃宮外鄴城西,

 

 

巻一

楊柳枝八首之二

宜春苑外最長條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之三

金縷毿毿碧瓦溝,

 

 

巻一

楊柳枝八首之四

御柳如絲映九重,

 

 

巻一

楊柳枝八首之五

織錦機邊鶯語頻,

 

 

巻一

楊柳枝八首之六

蘇小門前柳萬條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之七

牆東御路傍,

 

 

巻一

楊柳枝八首之八

兩兩黃鸝色似金,

 

 

皇甫先輩松(皇甫松)

巻二

楊柳枝二首其一

春入行宮映翠微

 

 

巻二

楊柳枝二首其二

爛熳春歸水國時

 

 

牛給事嶠(牛嶠)

巻三

柳枝五首其一

解凍風來末上青,

 

 

巻三

柳枝五首其二

橋北橋南千萬條,

 

 

巻三

柳枝五首其三

狂雪隨風撲馬飛,

 

 

巻三

柳枝五首其四

王宮裡色偏深,

 

 

巻三

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,

 

 

張舍人泌(張泌)

巻四

柳枝一首

膩粉瓊粧透碧紗,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

柳枝三首  其一

軟碧瑤煙似送人,

 

 

巻六

柳枝三首  其二

瑟瑟羅裙金縷腰,

 

 

巻六

柳枝三首 其三

鵲橋初就咽銀河,

 

 

顧太尉(顧

巻七

楊柳枝一首 顧夐

秋夜香閨思寂寥,

 

 

孫少監光憲(孫光憲)

巻八

陽柳枝四首 其一

閶門風暖落花乾

 

 

巻八

陽柳枝四首 其二

有池有榭即濛濛,

 

 

巻八

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,

 

 

巻八

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,

 

 

 

 

 

 

 

 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠29《巻1-29 定西番三首其三》溫庭筠66首巻一29-〈29〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5342

(改訂)-1溫庭筠29《巻1-29 定西番三首其三》(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

 

 
 2014年12月29日の紀頌之5つのブログ 
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30-(3) §1-3 《讀巻05-05 畫記 -(3)》韓愈(韓退之)ID 795年貞元11年 28歳<1271> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5339 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠29《巻1-29 定西番三首其三》溫庭筠66首巻一29-29〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5342

 


定西番 一
漢使昔年離別,攀弱柳,折寒梅,上高台。
千裏玉關春雪,雁來人不來。
羌笛一聲愁
,月徘徊。

定西番 二
海燕欲飛調羽,萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。
翠霞金縷,一枝春豔濃。
樓上月明三五,瑣窗中。

定西番 三
細雨曉春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
腸斷寒門消息,雁來稀。


定西番三首其一
漢使昔年離別,攀弱柳,折寒梅,上高台。
漢の武帝が使者まで出して西王母を待ったがいったん別れたら二度と会えなかったという。わたしは若々しく柳のようにしなやかに挙げて過ごしし、折楊柳の変わりに寒梅を折って旅の健康を祈り、高台に上って見送るのです。
千裏玉關春雪,雁來人不來。
遙か千里先の玉門関に春が訪れても雪が残るという、私の所には雁が来ても、あの人は来てくれない。
羌笛一聲愁,月徘徊。
羌笛が一声響いてくるとその憂えを含んだ響きに気持ちも絶え絶えになる、今日もまた月の輝く庭を徘徊するのです

(定西番三首其の一)
漢使 昔年の離別,弱【わか】い柳を攀ぐ,寒梅を折り,高台に上る。
千裏玉關の春雪,雁來るも 人來らず。
羌笛一聲して 愁
し,月に 徘徊す。


定西番三首其二
海燕欲飛調羽,萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。
海ツバメは翅を整えてとぼうとしている。勿忘草は緑の葉を茂らせている。杏の花は赤く咲いている。宮女の部屋の格子窓の向こうの簾越しに見えてたのしむ。
翠霞金縷,一枝春豔濃。
宮女の左右の鬢には翡翠の髪飾りに覆われ金の細糸で飾られている。
樓上月明三五,瑣窗中。
高楼の上に月影が照らし輝き花を愛でる人影が三々五々と歩いている。宮女は小さな窓から眺めている。

(定西番三首其の二)
海燕 羽を調【ととの】えて飛ばんと欲するも,萱草 【かんそう】綠なり,杏花は紅たり,簾櫳を隔てしなり。
【そうびん】翠霞の金縷,一枝春豔濃【えんのう】。
樓上 月明にして三五たり,瑣窗【そうそう】の中。

定西番三首其三
細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
腸斷寒門消息,雁來稀
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
(定西番三首其の三)

細雨 曉鶯【ぎょうおう】春晚,人玉に似る,柳 眉の如し,正に相い思う。
羅幕【らばく】翠簾【すいれん】初めて卷き,鏡中 花一枝。
腸斷【ちょうだん】寒門 消息す,雁 稀に來る。

 

紅梅002

『定西番三首其三』 現代語訳と訳註
(
本文)

定西番 三
細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
腸斷寒門消息,雁來稀。


(下し文)
定西番 三
細雨 曉鶯【ぎょうおう】春晚,人玉に似る,柳 眉の如し,正に相い思う。
羅幕【らばく】翠簾【すいれん】初めて卷き,鏡中 花一枝。
腸斷【ちょうだん】寒門 消息す,雁 稀に來る。


(現代語訳)
(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
閶闔門001

(訳注)
定西番三首其三

(いまだ美しさが変わらない妃嬪が、寵愛を失い、後宮に住んで天子のおそばにいるけれど国境警備の妻よりもっとひどい状況にあると詠う。)

唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『定西番』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐教坊曲名。 雙調三十五字,前段四句一仄韻、兩平韻,後段四句兩仄韻、兩平韻.❻3③③/❻⑤❸③の詞形を取る。
細雨曉鶯春  人似玉 柳如  正相
羅幕翠簾初  鏡中花一
腸斷寒門消  雁來

     
  
  

教坊とは、唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。五弦・琵琶・箜篌・箏を学んだ。また、宜春院や教坊の見習いを「雑婦女」といった。


細雨曉鶯春晚,人似玉,柳如眉,正相思。
春の細雨が降りだし、やがて暁に啼く鶯の声もまばらになって来る、もう春も終わろうとする季節に変わっている。寵愛を失ったとはいえ妃嬪はいまだ玉のように輝いてうつくしい、引き締まった顔に柳の葉の眉が似合う、本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。
細雨曉鶯春晚 早春から晩春への季節の移り変わりを云う。曉鶯は春を告げる取り、春の感情、離れている男性を思い起こすこと、同時にそのことで寝付けず朝を迎えたということを含んでいる語であることを理解すること。
・人似玉,柳如眉 人の美しさと感情と表現する。

・正相思 本当にあのお方をいつまでもお慕いしていくことはかわりない。


羅幕翠簾初卷,鏡中花一枝。
お渡りがないとはいえ、毎夜仕度だけは整える、薄絹のとばりに、翡翠のすだれを季節が変わるので、今宵は、はじめて巻き上げてみた。そして鏡に向っているうるわしく愛しき人は一枝の花のようである。
・羅幕二句 春は過ぎてゆく、妃嬪はまた歳を重ねるが最高に美しいということ。


腸斷寒門消息,雁來稀。
そんなに愛し合っていたのに今腸が裂ける思いでいるし、後宮の中にいて、近いはずなのに、北方国境の塞からの消息もとだえているとでもおもうことにするし、そして季節が秋に変われば雁は帰って來るけれど音信さえ稀になっている官僚の妻たちに比べれば、あのお方のおそばに住んでいられることで、毎夜仕度することで生きて行けるのである。
腸斷 男女の性交渉を意味する。
寒門 北方国境の関門、塞。寵愛を受けなくなった妃嬪たちは、その状態のことを辺塞詩的な表現を使って表現した。
消息 音信が来ないこと、何処にいるのかわからないこと。待つ身の女が、事実上棄てられたことを示す語である。
雁來稀 帰ってきてもほかの女の所に行っているというほどの意味である。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠28《巻1-28 定西番三首其二》溫庭筠66首巻一28-〈28〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5337

(改訂)-1溫庭筠28《巻1-28 定西番三首其二》(寵愛を失った妃嬪が春景色を見て、万物に春の様相が見える、自分の身分もあるどんなことがあっても、身支度を整えておかなければと装う、それは仲秋の名月の時期になっても寵愛を受ける事は無く、西にかたむく明月を小窓にながめると詠う)

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-19-3奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#3》 杜甫index-15 杜甫<882-3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5335 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠28《巻1-28 定西番三首其二》溫庭筠66首巻一28-28〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5337



 

 

花間集 教坊曲『定西番』七首

 

 

溫助教庭筠

巻一

定西番三首其一

漢使昔年離別,

 

 

巻一

定西番三首其二

海燕欲飛調羽,

 

 

巻一

定西番三首其三

細雨曉春晚,

 

 

牛給事嶠

巻四

定西番一首

紫塞月明千里,

 

 

孫少監光憲

巻八

定西番二首其一

鷄祿山前游騎,

 

 

巻八

定西番二首其二

帝子枕前秋夜,

 

 

毛秘書熙震

巻十

定西番一首

蒼翠濃陰滿院,

 

西域の国境を守るために送り出した夫を思う女性の目線・西域の詠懐としてなど 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》溫庭筠66首巻一27-〈27〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5332

(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》(はじめは、漢の武帝も使者を送って西王母を舞ったし、使命を帯びて、西域に赴いた張騫だって13年もかかってやっと帰ったから仕方がないと思っていたが、羌笛の声を聴くと兵役で送り出した妻と同じだと侘しい思いを詠う。)

 

 
 2014年12月27日の紀頌之5つのブログ 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》溫庭筠66首巻一27-27〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5332

 

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》溫庭筠66首巻一26-〈26〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5327

(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》 いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。


 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-19-1奉節-11 《巻15-46 牽牛織女 -#1》 杜甫index-15 杜甫<882-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5325 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》溫庭筠66首巻一26-〈26〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5327 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》溫庭筠66首巻一26-26〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5327

 


1-23 酒泉子四首其一
高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。
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酒泉子 (一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。

 

1-24 酒泉子四首其二
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
花は 柳條に 映じ,閑にして郷【むか】うは 綠萍【りょくびょう】池の上り。
欄干に憑【よ】り,細浪を窺【のぞ】けば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔【すいはく】を垂して,春宵を度る。

 

1-25 酒泉子四首其三
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

日映紗窗,金鴨小屏山碧。
日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
春,煙隔,背蘭釭。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。
宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
草初齊,花又落,燕雙雙。

春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。

酒泉子 (三)
日 紗窗に映し,金鴨 小屏 山の碧。
の春,煙の隔,蘭釭を背す。
宿妝 惆悵して高閣に倚るは,千裏 雲影薄し。

草 初めて齊し,花又落つるは,燕 雙雙たり。 

1-26 酒泉子四首其四
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

楚女不歸,樓枕小河春水。
愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。
月孤明,風又起,杏花稀。
それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。

玉釵斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
八行書,千裏夢,雁南飛。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->花間温庭筠

<!--[endif]-->

『酒泉子』 (四) 現代語訳と訳註
(
本文) 酒泉子 (四)
楚女不歸,樓枕小河春水。
月孤明,風又起,杏花稀。
斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
八行書,千裏夢,雁南飛。


(下し文)
酒泉子 (四)
楚女 歸らず,樓枕 小河の春水。
月 孤り明るくし,風又起きるは,杏花 稀れなり。
 斜簪 雲鬟 重り,裙上 金縷の鳳。
八行の書,千裏の夢,雁 南飛す。


(現代語訳)
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。

それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。

完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
花間集

(訳注) 酒泉子 (四)
(寵愛を一身に受けていてもやがて寵愛を失う。子が出来なければ、ただ、寵愛を受けていたころとおなじように、ただ待つことだけの生活となると詠う。)

【解説】

前段には、寵愛を一身に受けていれば、妃嬪は故郷の事も、帰ることも考える事は無かったほどの生活であった。やがて、杏の花も蜜もやがて稀なことになってゆく。

後段は、どんなに寵愛を失っても、寵愛を受けていたころと同じようにして待侍すること義務であり、生きることであるということをいい、いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思う、ということだけ考えて毎日を生きる。

唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺3❸③の詞形をとる。
楚女不  樓枕小河春
月孤明 風又起 杏花

斜簪雲鬟 裙上金縷

八行書 千裏 雁南

 
  

 

  

 

楚女不歸,樓枕小河春水。
愛しい美人の楚の国の妃嬪も寵愛をうけて帰郷のおもいはない、宮殿樓閣で枕する生活でも春の小川のくねり曲りを感じ、雪解けの水嵩が増えるような寝牀の毎日を過ごす。

○楚女 ①宋玉「高唐賦」に言う愛し合う男女の女性をいう。②皇帝に対して変わることのない思いを寄せる女性。③広く南国の女性を指す。

○枕 拠る、臨む。

○小河春水 河は中原を中心に北部での川をいう、「小」は身の周り、ここでは閨、寝牀であり、春水は雪解け水の河の中心を嵩高くする様子、ここでは布団の中にいる様子をいう。

菩薩蠻 十三
竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲影。
山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
兩蛾愁黛淺,故國
宮遠。
春恨正關情,畫樓殘點聲。

百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度と寵愛を受けることはなく、妃嬪が華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしている様子を詠う。


月孤明,風又起,杏花稀。
それは中秋の明月だけがただ独り明るく照らし、北風もまた吹きすさぶときも寵愛を受け起きる。やがて、あんずの花も稀に咲くということになってゆく。
○杏花稀 杏の花があらかた散り、春も終わりに近いことを言う。・杏花 杏の花は春の花であり、秋に稀に咲くわけではなく男女関係をもとにした語と思われる。
菩薩蠻 十一
南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。
雨後卻斜陽,杏花零落香。
無言勻睡臉,枕上屏山掩。
時節欲黃昏,無聊獨倚門。

(百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無いと詠う)


玉釵斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。
完全に寵愛を失って、かがやく宝飾に飾られた簪は斜めに傾き雲型の鬢の髪に重なって崩れかける、それでも、金の刺繍の鳳凰があるうす手の上着を掛けて夜に備えて待っている。
○斜簪 挿した簪が斜めになる。

○雲鬟重 高く結い上げた美しい髪であるものが、少し潰れかける。

○金縷鳳 金糸で刺繍された鳳凰。

菩薩蠻 十四
水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。
江上柳如煙,雁飛殘月天。
藕絲秋色淺,人勝參差剪。
雙鬂隔香紅,玉頭上風。

(寵愛を失った妃嬪は水晶宮の離宮に移ったがこれまでと同じように閨の支度をして夜を待つ、二度と寵愛を受けることが無く夜も眠れぬ日がつづくが、それを続けなければ生きがいもなくなってしまうと詠う。)


八行書,千裏夢,雁南飛。
いつか「八行書」受け取ること、高唐賦の「夢」であり、雁が南に帰るように、帰ってきてくれて寵愛を受けたいと思うことだけ考えて毎日を生きる。南に飛んで帰ってゆく雁をただ見ているだけである。
○八行書 寵愛を受けていたころに贈られた行七字で八行の格調高い男性の楽府・律詩の短い手紙。ここでは尽くせぬ思いを八行、一行七字の手紙に凝縮して愛を書いたことを意味する。六朝より、高貴な人が書く詞詩をいう。平仄、韻を踏んで作るのは高度で、常時詩人の作られせることができる人物に書かせたということであろう。

○千裏夢 後宮という狭い空間なのに、それが千里の遠い、儚い夢となっていることをいう。この夢と初句の「楚女」を夢に見たことに基づいてこの詩が出来上がっている。楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。

○雁南飛 狩が南に飛び帰って行くけれど、妃嬪であるが故、南の楚の国に帰ることもできず見上げるだけなのであるという意味。雁は匈奴に捕らわれた漢の蘇武が、雁の脚に手紙を結わえて放った故事から、手紙を運ぶ使者を意味する。

菩薩蠻 十
滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
小園芳草綠,家住越溪曲。
楊柳色依依,燕歸君不歸。

(若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う)

 

 

 

【余談】 

某、「花間集」の解釈について。

 

この時代に、女性がどこかに行くのは、大きく分けて①召される・仕える。②嫁ぐ場合。③売られる。であり、その女を待つ男がその心情を詩にかくことなどありえない。花間集というのは、蜀の高官のこれ以上ないという贅を凝らしたサロンで選定されたものであり、中国の古代の文学に貴族以外の題材をとらえるものはない。花間集について、間違った訳詩が多いのはこうした前提無視し、現代の発想で解釈しているものが多い。特に『花間集』東洋文庫812の解釈はひどい。【訳】 楚の女帰り来ず、春の小河に臨む高殿。明るく照らす一輪の月、またも風吹き、杏の花散り数も少なに。  結い上げし黒髪に斜めにささる玉の簪、鳳凰の金糸の繍のスカート模様。八行の玉梓に、遙か千里の夢乗せて、南指し雁は飛びゆく。

その解説に、 

「前段には、彼女が帰って来たならばともに春を楽しもうと思っていたのに、彼女の帰らぬうちに、早くも春は過ぎ去ろうとしているという思いが込められている。後段は、男の腋に焼き付いて離れぬ女の姿から詠い起こす。彼女のスカートに刺繍された鳳凰は、男女和合の象徴であり、男の女に対する思いを強調する。男は女への思いを、八行の文にしたため、はるか南を指して渡る雁に託さずにはいられぬ。雁は秋には北から南に渡り、春には南から北に渡る。ここで雁が南に飛ぶと言っているのは、前段の春から半年過ぎた今も、まだ彼女が帰って来ないことを示す。」

ここでいう「女」はなにものか。①後宮にに仕える女であれば、二十歳を過ぎれば帰る可能性はあるが、それまでの恋愛経験があれば、後宮にはいる事すらかなわない。②嫁いだ女を待つという詩ではない。③売られた女を待つ詩ではない。薛濤・魚玄機なのか、薛濤のように官妓で、一芸に秀でているのであれば、軍隊の前線慰問に出かけた女性が想定されるが、この詩では想定できない。民妓であった魚玄機なら溫庭筠との接点もあり、「八行書」の愛の詩も多く残しているが、魚玄機は、男に捨てられたのであり、この詩の男が溫庭筠であるけれど、合理性に欠けるので、やはり、この書の解釈はおかしいということになる。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠25《0125 酒泉子四首其三》溫庭筠66首巻一25-〈25〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5322

(改訂)-1溫庭筠250125 酒泉子四首其三》(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

 

 
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酒泉子 (一)
(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。

酒泉子 (一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。

 

酒泉子 (二)
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
花は 柳條に 映じ,閑にして郷【むか】うは 綠萍【りょくびょう】池の上り。
欄干に憑【よ】り,細浪を窺【のぞ】けば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔【すいはく】を垂して,春宵を度る。

 

酒泉子 (三)
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

日映紗窗,金鴨小屏山碧。
日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
春,煙隔,背蘭釭。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
草初齊,花又落,燕雙雙。

春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。

酒泉子 (三)
日 紗窗に映し,金鴨 小屏 山の碧。
の春,煙の隔,蘭釭を背す。
宿妝 惆悵して高閣に倚るは,千裏 雲影薄し。
草 初めて齊し,花又落つるは,燕 雙雙たり。



花蕊夫人002

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『酒泉子四首』(三) 現代語訳と訳註
(
本文)
 酒泉子 (三)
日映紗窗,金鴨小屏山碧。
春,煙隔,背蘭釭。
宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
草初齊,花又落,燕雙雙。


(下し文)
酒泉子 (三)
日 紗窗に映し,金鴨 小屏 山の碧。
の春,煙の隔,蘭釭を背す。
宿妝 惆悵して高閣に倚るは,千裏 雲影薄し。
草 初めて齊し,花又落つるは,燕 雙雙たり。

(現代語訳)
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもない、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)

日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。

寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。

Nature1-011

(訳注) 酒泉子 (三)
(寵愛を受けたのも幾年前の春の事だった、十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、ただ節供、例祭の時に儀礼的に遭うだけで、寵愛を受けることもなく、故郷の春も遠いおもいでしかないと詠う。)


唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺③❸③の詞形をとる。
日映紗,金鴨小屏山
春,煙,背蘭
宿妝惆悵倚高,千裏雲影
草初
,花又,燕雙

  
  
 

 

   


日映紗窗,金鴨小屏山碧。
日が西に傾きはじめると軒の影になっていたが、薄絹を張った妃嬪の部屋の窓に日差しが映えている。金の鴨の刺繍のうす絹を上かけ、妃嬪は寝牀に横たわり、そのそばに山の端の緑の稜線がえがかれて、連山を為している。
・紗窗 薄絹を張った窓。
李白『宮中行樂詞八首 其五』「繡
香風暖。 紗窗曙色新。 宮花爭笑日。 池草暗生春。 綠樹聞歌鳥。 青樓見舞人。 昭陽桃李月。羅綺自相親。」
・鴨 カモ科の鳥類のうち、雁(カリ)に比べて体が小さく、首があまり長くなく、冬羽(繁殖羽)では雄と雌で色彩が異なるものをいう。カルガモのようにほとんど差がないものもある。
小屏山 「山」の前に「小」が来る場合、女性が屏風の前に横に伏している寝姿をいう。この場合女性だけが一人で寝ている姿をいう。屏風に画かれた遠山に対して女性のシルエットは近き山ということ。男に捨てられた女性、帰らぬ夫を待つ女性の場合に使われる語である。

『菩薩蠻』 (一) 
小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。
照花前後鏡。花面交相映。
新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠1《菩薩蠻十四首 其一》溫庭筠66首巻一-〈1〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5202


春,煙隔,背蘭釭。
十五までに後宮に入って、もう何度も春を過すのはここだけだ、此処での生活も故郷の春霞に遠く隔てられているので、今になれば故郷も春がなつかしくてしかたがない。蘭の火灯を皿にともしたままに背を向けて春を過すのも馴れてきた。

 選抜されて宮廷に入ったものは、主に地方の名門の者が選ばれた。特に洛陽方面、徐州、蘇州、江南の名門の子女は小さいうちから登録されていて十五歳前後までに後宮に入った。ただ、宮女となると、必ずしも高貴な家柄の出ではなかったが、しかし大多数は「良家」の出身、つまり一般の官僚あるいは士人の家の出であった。唐朝の諸帝は、前後して何度となく民間の良家の娘を広く選抜して後宮に入れた。後宮や東宮(皇太子の宮殿)の女官に欠員が生じた場合は、みな良家の才智と徳行のある女性を当て、礼をもって招聴されるようにとされた。また罪人として宮廷に入れられた者や、もともと下賎の家の者はみな補充に当てないようお願いいたします」(『資治通鑑』巻一九五、太宗貞観十三年)と。唐の太宗はこの意見を入れ、すすんで「天子自ら良家の娘を選び、東宮の女官に当てた」 ことがあった(『資治通鑑』巻一九七、太宗貞観十七年)。

これ以後、唐の歴代の皇帝は、後宮や太子、諸王のために妃を選ぶ時にはひじょうに家柄を重んじ、常に良家の中から広く娘を選び、「龍子龍孫」(皇帝の子や孫)が下賎の家の女から生れないようにした。玄宗皇帝は、皇太子や諸王のために「百官の子女」、「九品官(一品官から九品官に至る官僚)の息女」を選んで宮中に入れた(『全唐文』巻三五、玄宗「皇太子諸王妃を選ぶ勅」、『新唐書』十二宗諸子伝)。文宗は皇太子の妃を選んだとき、百官に「十歳以上の嫡女(正妻の生んだ女子)、妹、姪、孫娘をすべて報告せよ」(『全唐文』巻七四、文宗「皇太子妃を選ぶ勅」)と命じた。荘格太子(文宗の子、名は李永)のために妃を決める時には、もっぱら「汝州(河南省臨安。洛陽の東南)、鄭州(河南省鄭州)一帯の高貴な身分の家の子女を対象に新婦を求めた」(王講『唐語林』巻四「企羨」)。十数歳に達した「良家の子女」は、この種の選抜をへて多数宮廷に入ったのであるが、彼女たちの中のほんの少しの者だけが幸運を得て妃嬢に列し、大多数の者は名もなき宮女のままで生涯を終えたのである。


宿妝惆悵倚高閣,千裏雲影薄。
寝化粧をしたままにつらく悲しんで高楼の手摺に寄りかかる。眺め遣る千里の先にある故郷につながる雲の影も薄くなる。
・宿粧 寝化粧をし、床に就き、うとうととして、眠れぬままに朝になり、起きだした時の顔の状態をいう。宵越しの化粧で多くはいつ来るのかと待ちわびて憂愁のためにくずれているものをいう。
温庭筠『菩薩蠻 三』
蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
相見牡丹時,暫來還別離。
金作股,上蝶雙舞。
心事竟誰知?月明花滿枝。
・惆悵 歎き悲しむさま。恨んで嘆く。


草初齊,花又落,燕雙雙。
春が来て行楽に出かけ、初めての「斉眉之礼」をしたけれども、それだけで、寵愛を受けることはない、時は過ぎまた花が落ちて、ツバメは梁の上でツガイ、飛び交うのもツガイである、こうして生きていくしかないのだ。
・斉眉  《後漢の梁鴻の妻の孟光が食膳を捧げるとき、その高さを眉(まゆ)と斉(ひと)しくしたという「後漢書」梁鴻伝の故事から》妻が夫を深く尊敬して仕えること。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠24《0124 酒泉子四首其二》溫庭筠66首巻一24-〈24〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5317

(改訂)-1溫庭筠24《0124 酒泉子四首其二》 唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠24《0124 酒泉子四首其二》溫庭筠66首巻一24-24〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5317

 

 

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。その内、高祖、玄宗両時代の人が最も多い。高祖には竇皇后の他に、万貴妃、ヂ徳妃、宇文昭儀、莫嬢、孫嬢、佳境、楊嬢、小楊嬢、張捷好、郭妊婦、劉捷好、楊美人、張美人、王才人、魯才人、張宝林、柳宝林などがいた。玄宗には王皇后、楊皇后、武恵妃、楊貴妃、趨麗妃、劉華妃、銭妃、皇甫徳儀、郭順儀、武賢儀、董芳儀、高娃好、柳娃好、鍾美人、慮美人、王美人、杜美人、劉才人、陳才人、鄭才人、闇才人、常才人などがいた。もちろん史書に名を残せなかった人はさらに多い。史書の記載から見ると、高祖、玄宗両時代の妃嫁がたしかに最も多かったようである。

 

彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

 

彼女たちの脅威は、皇帝の寵愛を失うことに外ならない。大多数の后妃と皇帝との結婚は、事実上政略結婚であり、もともと皇帝の愛情を得たのではなかった。何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、あるいは皇帝と艱難を共にしたことによっ々寵愛を受けた。しかし、いったん時が移り状況が変化すると、或は、年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。王皇后と玄宗は艱難を共にした夫婦であり、彼女は玄宗が行った喜后打倒の政変に参与した。しかし武恵妃が寵愛を一身に集めた後には、しだいに冷遇されるようになった。彼女は皇帝に泣いて訴え、昔艱難を共にした時の情愛を想い出してほしいと願った。玄宗は、一時的にそれに感動したが、結局やはり彼女を廃して庶民の身分に落してしまった。境遇がちょっとマシな者だと、后妃の名が残される場合もあったが、それ以後愛情は失われ、後半生を孤独と寂実の中に耐え忍ばねばならなかった。また、彼女たちの運命は、ひどい場合は完全に皇帝の一時的な喜怒哀楽によって決められた。

 

日常的に危険と不安が潜伏している後宮のなかで、気の弱い者、能力のない者は、ただ唯々諾々と運命に翻弄されるしかなかった。しかし、ちょっと勇敢な者は、他人から運命を左右されることに甘んぜず、自分の力をもって自分の運命を支配し変革しょうとし、さらに進んでは他人をも支配しょうとした。これは高い身分にいることから激発される権力欲ばかりではなかった。彼女たちの特殊な生活環境もまた、彼女たちを一場の激しい 「生存競争」 の只中に投げ入れずにはおかなかったのである。

 

後宮の競争の激しさは人を懐然とさせる。こうした競争は王后、粛妃が起したものではないし、また武則天だけを谷めることもできない。それはじつに後宮のなかで極限にまで発展した、一夫多妻制度がもたらした産物であった。政治と権力が彼女たちの争いを発酵させ膨らませたのであり、その激烈さは普通の家庭の妻と妾の争いを遥かに越えるものとなった。

皇帝がひとたび崩御すると、后妃たちの財産、生命、地位はたちまち何の保障もなくなるので、早くから考えをめぐらせた人たちもいた。男子を生んだ后妃は、いうまでもなくあらゆる手段を講じてわが子を皇太子にし、その貴い子の母たる地位を手に入れようとした。こうして跡継ぎを決めることも、后妃たちの激しい競争となった。

 

 

酒泉子 (一)
(高級官僚に「買斷」してもらうというのは女の夢だったが、男は仕事にかこつけ別れ、棄てられてしまった妓優の女を詠う)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。
薄絹の肌着の上に結心帯をして香が漂うと惹かれあう、ふたりは別れがたく苦しくて悲しくて化粧を落とす小豆のような涙が数珠のように繋がって流れ落ちる。
淚痕新,金縷舊,斷離腸。

そして、涙が頬をつたいあふれおちる、その涙の後を又新しくする、あの方にもらった金絲の刺繍のうす絹はそのときのままだ。「買斷」をされ、あの方だけを待つ身となって、所用で別れることとなったものの、この下腹を斬る痛みを感じるのはおさえきれない。そのたびになみだがこぼれる
一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。
春から初夏、一ツガイのつばめが艶めかしく鷲の彫刻の梁の上で語り合っていて、それは逢瀬の時に横になって見上げたところなのだ。また、今年も去って行き、その時節が来ると又帰ってきて去るというのを繰り返すのに、妓優の所に音沙汰なし。
綠陰濃,芳草歇,柳花狂。
夏になればみどりの木陰はその色を濃くし、秋も過ぎれば、芳草の香りもしなくなり、そして、又春が来て柳絮の花は乱れ舞うのである。
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酒泉子 (一)
羅帶 香に惹かれ,猶お別れ時に紅豆に系かる。
淚痕 新たにし,金縷 舊く,離れ腸を斷つ。
一雙 燕を嬌して雕梁を語り,是に去る年 時節を還える。
綠陰 濃く,芳草 歇むは,柳花の狂なり。

 

酒泉子 (二)
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
花は 柳條に 映じ,閑にして郷【むか】うは 綠萍【りょくびょう】池の上り。
欄干に憑【よ】り,細浪を窺【のぞ】けば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩 疏索にす,洞房 空しく寂寞たり。
銀屏を掩い,翠箔【すいはく】を垂して,春宵を度る。


<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->楊貴妃清華池002

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『酒泉子四首()』 現代語訳と訳註
(
本文)
 酒泉子
花映柳條,閑嚮綠萍池上。
憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

近來音信兩疏索,洞房空寂寞。
掩銀屏,垂翠箔,度春宵。


(下し文)
花は 柳條に 映じ,閑に向ふ綠萍の 池上。
欄干に凭(よ)り,細浪を窺へば,雨 蕭蕭たり。

近來 音信 兩(ふた)つながら疏索(まれ)に,洞房空しく寂寂たり。
銀屏にて 掩ひ,翠箔を 垂らし,春宵を 度(わた)る。


(現代語訳)
(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。

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(訳注)
酒泉子

(春、行楽にいつも寵愛を受けていた離宮にいる妃嬪が寵愛を失っての日常と、過ぎようとする春を悲しんで詠う、)

・酒泉子 唐教坊曲名。雙調四十字、前段五句両平韻
両仄韻、後段五句三仄韻一平韻(詞譜三)。
唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『酒泉子』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。

唐の教坊の曲名。異形式の多い曲である。『花間集』には二十六首所収。溫庭筠の作は四首収められている。其二、双調四十一字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十二字五句二平韻三仄韻で、❹⑥3③❸/❼❺③❸③の詞形をとる。
花映柳
,閑嚮綠萍池
憑欄
,窺細,兩蕭

近來音信兩疏,洞房空寂
掩銀
,垂翠,度春

○●●○  ○●●○○●

○○●  ○●△ ●○○

●△○△●△● △○△●●

●○△ ○●●  ●○○


花映柳條,閑向綠萍池上。
花には日差しが当たり照り映えて、柳の枝は風に揺れる。離宮の春のこんなに良い日でも、誰も来ない池のふちを一人歩く、みどりの浮草に白蘋がただようを見るのが日課になっている。
・映 照り映える。ここでは、花の(紅い)色が緑の柳に映えていること。
・柳條 柳の枝。 ・條:長い枝。しなやかな女性の様子を云う。
・閑 ひま。ぶらぶらと。つれづれなるままに。ひまにまかせて。
・郷 ~に向かう。
・綠萍 綠色の浮き草。
・池上 池のほとり。


憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。
四阿の欄干にもたれ、細やかな細波の行方をよく覗いて見ている、やがて、此処の春景色さえ、妃嬪の心と同じように蕭々とした寂しさとなって来る。
・憑欄杆 欄干によりかかる。このしぐさは、人を待ったり、思索したりするときの表現。離宮の池端の景色と想定する。
・窺 うかがう。様子を見る。
・細浪 さざ波。
・蕭蕭 ものさびしいさま。


近來音信兩疏索,洞房空寂寂。
近頃は、あのお方との手紙のやりとりも来訪のどちらもなくなり疎遠になって寵愛を受ける事は無いのだ。奥深い妃嬪のがらんどうの閨はひっそりとして寂しい。
近來 ちかごろ。
・音信 文字やしるしによるおとずれ。手紙。たより。来訪。
・兩 来訪と手紙のどちらも。
・疏索 まれである。
・洞房 妓女などの小部屋をいう場合もあるが、「買斷」を受けた妓女のかこわれ部屋をいう場合が多いが、この詩の全体的な雰囲気は、離宮の閨であって、姥捨て山のようにその閨と池端、四阿の空間での生活であることをこの語で表現している。
・空寂寂 空寂。ひっそりとして寂しい。
・洞房空寂寂 奥深い妃嬪の部屋はひっそりとして寂しい。


掩銀屏,垂翠箔,度春宵。
悲しく泣き濡れた姿を銀の屏風でおおいかくし、迎春の翡翠のみどりのすだれを垂れたままにして、また侘しく過ぎようとする春の宵も移り変わっていく。
掩銀屏 銀の屏風でおおう。
・翠箔 翡翠の簾。緑色のカーテン。緑色のカーテンは女性の部屋をいう。
 過ごす。
度春宵 春のよいをすごす。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠23《酒泉子四首其一》溫庭筠66首巻一23-23〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5312

 

 

妓  優

宮妓、教坊妓 官妓 地方官妓 

ここで述べたいのは、色と芸を売って生業とする娼妓と女芸人とである。「妓」、この後世もっぱら肉体を売る女性を指すようになった呼称は、もとは「伎(技)」 の意味から来たもので、歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指していた。唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのは怪しむに足りない。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。

 

さて、唐代には「妓」と呼ばれた人は三種類あった。家妓・宮妓・官妓の三種である。いずれも妓と称されたが、三者の身分・生活はそれぞれ異なっていた。家妓は私人が自宅で養い蓄えている女楽、歌舞人であり、私有財産であって、姫妾とか婦女と呼ばれる人と同類であった。

 

 

 

一宮妓、教坊妓

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「摘弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。

* 楽戸とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

二 官  妓

 

唐代の社会に充ちあふれ、一つの階層を形成していたのは、主に各級の官庁の楽籍に登録されていた大量の官妓である。もし、宮妓と教坊妓とを一般に芸人と見なすことができ、そしてまた家妓が姫妾・婦女と同類だとすれば、ここでとりあげる官妓だけが後世の娼妓と同じ性格をもっていた。

 

いわゆる唐代の娼妓とは主にこの部類の人たちを指すのである。

唐代は妓楽が盛んであり、「唐人は文を尚び、狎(芸妓遊び)を好む」(張端義『貴耳集』巻下)と評された。官庁の送迎、宴会典礼はもちろん、また官吏が集まって遊ぶ時にも、常に妓楽で雰囲気を盛りたてた。官吏が妓楼に泊り、娼妓と遊ぶ風潮はきわめて盛んであり、朝廷の法律もこれを決して禁止することはなかった。自居易は杭州の刺史(各州に置かれ地方官を監督した役職。太守とも呼ばれた)の任にあった時、日がな一日妓女を連れて遊んだ。それで後の宋代の人は、これを怪しみ、論難して「これによって当時の郡政(郡の政治)には暇が多く、吏議(官吏の議論)も甚だ寛やかだったことが分かる。もし今日だったら、必ず処罰の対象とされたであろう」(襲明之『中呉紀聞』)と書いている。また、清代の人は白居易をいささか羨ましく思い、「風流太守は魂の消ゆるを愛し、到る処 春訪 翠麹有り。想見す 当時 禁網疎 にして、尚お官吏宿娼の条無きを」(趨翼「自香山集の後に題する詩」、銭泳『履圃叢話』巻二一「笑柄」)と述べている。官妓制度はまさにこの種の社会風潮と朝廷の放任のもとで、唐代に盛況を極めたのである。

当時、長安と洛陽の両京に大量の官妓がいたばかりでなく、地方の大きな州、府にも官妓がいた。

 

地方の官妓

ここで主にとりあげるのは各州・府(及び唐代後期の藩鎮)に隷属する官妓である。これら官妓には二つの来源があった。一つは、代々「楽籍」に入れられていた、官に隷属する職民の女子であり、他に生きる道はなく、ただ先祖代々の仕事を踏警るだけで昔どおりの楽妓となったもの。もう一つは、良民の女子であったがいろいろの原因によって楽籍に落ちたものである。たとえば名妓の薛濤は、元は良家の娘であり、父が仕官を求めて各地を巡るのに付き従っていたが、ついに蜀(四川省)まで流れ来た時、落ちぶれて楽籍に入った。また韋中丞の愛姫が生んだ娘は、兄弟がみな死んだので「身を楽部に委ね、先人を恥辱しめ」ざるをえなかった(『雲渓友議』巻三)。これらはみな衣食にこと欠いたために楽籍に人らざるをえなかった例である。また、地方長官から良民の身分を剥奪され婢にされたものもあった。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠22《巻1-22 歸國遙二首其二》溫庭筠66首巻一22-〈22〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5307

(改訂)-1溫庭筠22《巻1-22 歸國遙二首其二》(十代になってすぐに後宮にあがって、やがて寵愛を受けるようになった美しい妃嬪は、この上ない寵愛に故郷を思い浮かべることないと詠う)歸國遙二首其の二

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠22《巻1-22 歸國遙二首其二》溫庭筠66首巻一22-22〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5307

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠21《巻1-21 歸國遙二首其一》溫庭筠66首巻一21-〈21〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5302

(改訂)-1溫庭筠21《巻1-21 歸國遙二首其一》若くて美しい女性にとっては限りがないし、思うが儘に物事は進んでいることもあって、夜明けに閨の屏風に朝日が当たり、寝姿の影が映るころも、寵愛は、行為は終わったり、また、続いたりしている。


 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠21《巻1-21 歸國遙二首其一》溫庭筠66首巻一21-21〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5302

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠20《更漏子六首其六》溫庭筠66首巻一20-〈20〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5297

改訂-1溫庭筠20《更漏子六首其六》(寵愛を失っても、降り注ぐ雨音を聴きながら、あの時の寵愛を思い出し、これから生きていくと心に誓う。更漏子の其一から其四は寵愛を失った妃嬪の生き方を詠う。)

 
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153 《巻23-29 感遇,四首之二》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 <153> Ⅰ李白詩1338 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5238 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠20《更漏子六首其六》溫庭筠66首巻一20-20〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5297

 

 

唐代三百年間の女性の人数を正確に測る方法はない。しかしある時期の人数はだいたい計算できる。記録によると、唐代の最大の人口は天宝十三載(七五四年)の五二八八万四八八人であり、この数字で計算すれば、半分が女性と仮定した場合、女性が最も多かった時、二千六百余万人に達したことになる。

二千数百万人の女性は、それぞれ異なった階層に属していた。彼女たちはおよそ次の十種に分けることができる。①后妃、②宮人、③公主(附郡主・県主)、④貴族・宦門婦人、⑤平民労働婦人、⑥商家の婦人、⑦妓優、⑧姫妾・家妓、⑨奴碑、⑩女尼・女冠(女道士)・女巫 - 以上である。

 

宮妓、教坊妓

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「摘弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。

* 楽戸とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

溫庭筠《更漏子六首の其の六》
玉爐香、紅蝋涙。偏照畫堂秋思。
眉翠薄、鬢雲殘。夜長衾枕寒。

梧桐樹。三更雨。不道離情正苦。
一葉葉、一聲聲。空階滴到明。

玉の爐 香り、紅の蝋 涙す、偏【ひたす】らに畫堂を照らす秋の思い。
眉の翠 薄れ、鬢の雲 殘【ほつ】る。夜 長くして  衾枕 寒し。

梧桐【ことう】の樹に、三更の雨し、道【い】わず 離情正に苦なるを。
ひと葉ひと葉、ひと聲ひと聲。空しく階【きざはし】に滴りて明【あけ】に到る。

 

 

1溫庭筠15. 更漏子六首其一
(たとえ何だって良い、「謝家池閣」のように愛され続けたいと願っているのに、孤独に夜を過ごす悲しみを詠うもの。)

柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。
柳絲はほそくながく枝をたれ、春の雨はこぬかあめ、眠れぬまま一人侘しく庭の花を見ていると、花のむこうから水時計のしたたる音が耳を澄ませばきこえてくる。
驚寒雁,起城烏,畫屏金遮
季節も変わり北に向かう雁の鳴き声で目をさまし、城内の烏もおきだしてくる、枕のほとりの絵屏風にはむつまじいすがたの金の鷓がえがかれている。
香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。
香のたちこめた薄霧が、花の香りを漂わせて、簾を通して忍び込んでくる。ただひとりで妃嬪にも謝安の妓女のように池のほとり春草の萌えはじめる頃に座敷で過ごしたものだし、謝秋娘が池のほとりの楼閣でかわいがられたようにおもっているのに、此処の閨には愁いと悲しみに溢れている。
紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。
紅い蝋燭を背にしたまま、刺繍のすだれをたらしたままだし、夢の中では一緒で長くすごしていることを、あのおかたは知らない。
柳絲【りゅうし】は長く,春雨は細【こまやか】く,花外は漏聲【ろうせい】迢遞【しょうてい】なり。
寒雁を驚かし,城烏を起し,畫屏 金の遮

香霧は薄し,簾幕【れんまく】は透け,惆悵して謝家の池閣。
紅燭の背,繡簾【しゅうれん】垂れ,夢長じて君 知らず。

 

2.更漏子
(ことしもまた春の終わり、昔の寵愛を思い出すことだけで生きていく儚い妃嬪の情を詠う。

星鬥稀,鍾鼓歇,簾外曉殘月。
北斗七星が瞬き夜明け近くなってきて、時を告げる鐘鼓の音も終わる。宮殿の閨にかかるすだれの外には、暁の鶯が春の盛りに移ると告げている、そしてあのお方を返したくない有明の名残月がかかっている。
蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。
あの宵も蘭の花はしっとりと露にぬれ、柳が風に吹かれて揺れまじりあう、離れがたい逢瀬を重ねる。庭の満開に咲いていた花が散り一面に厚く敷いている。
虛閣上,倚欄望,還似去年惆
空虚な思いでひとけのない楼閣にのぼり、欄干にもたれてなんとなくかなたを眺める。去年の春も、情けなくかなしみを抱えて過ごしたが同じようにまた今年の春も悲しい思いをしている。
春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。
そして、春は暮れて行こうとしている、だけど、あの方への思いは尽き果てることはない。あの方とのたのしい夜は、いまは夢の中の出来事のようになってしまった。でも今はそれだけが生きるすべなのだ。

星鬥は稀に,鍾鼓は歇む,簾外 曉鶯【ぎょうおう】月殘る。
蘭露は重り,柳風は斜す,庭に滿つるは落花の堆。
虛閣の上,欄に倚りて望み,似る去年の惆悵なるを還るをや。
春暮なんと欲し,思いに窮まること無く,舊歡は夢に中【あた】るが如し。

 

3. 更漏子六首其三
(寵愛を失っても、生きるためには寵愛を受けている時と同じことを毎日繰り返してすることで生きていくことにした妃賓を詠う)

金雀釵,紅粉面,花裏暫時相見。
雀をかたどった金のかんざし、白粉に紅をさし化粧を整えて、春の盛りに花のなかで、出逢って語りあい、しばらくの時を過ごした。
知我意,感君憐,此情須問天。
あのお方はわたしのこころをよく理解してくれたし、わたしもあのお方がわたしに愛しいと思ってくれ、憐をかけていることをよく感じ取ったものだった。愛しあっているこころは疑う余地のないもので、どんなに天の神様に尋ねるとしても間違いないことであった。

香作穗,蠟成淚,還似兩人心意。
時が過ぎて、今宵も蝋燭の芯が穂のようにもえただようだけ、蝋燭はとけて落ちるのも私の涙と同じこと。香が思うままただようのと、蝋燭が流れるように涙をながしているのは、二人のこころのうちによく似ている。

山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。
今はいきるためにも身支度だけは整える、枕に赤と脂が付いたままでも横になり、寵愛を受けていた時のままに、錦の薄いかけ布団では寒さをおぼえる。眠れぬままに過ごすと、もう時を水時計の音が聴こえてきて目をさますと明け方になっているのです。
(更漏子六首其三)
金雀の釵【さ】,紅粉の面,花の裏に暫時こそ相い見。
我が意を知り,君の憐を感じ,此の情 須らく天に問う。
香は穗を作し,蠟は淚を成すは,還って兩人の心意に似る。
山が枕して膩【じ】し,錦の衾 寒するは,覺めて更漏の殘【なご】りを來る。

 

 

4. 更漏子六首其四
(天子が訪れない後宮の妃嬪の愁いの極みを経験するも、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であることで生きてゆくことを詠う。)

相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
あのお方とは、節供で一同に会してお目にかかるだけになってしまったけれど、あのお方への思いはずっと思い続けている。いまでもうっすらと靄のかかった柳葉のような眉で、若さを失うこともなく身支度をしている。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
そして、妃嬪の宮殿の閨に、春には緑のとばりを垂れ、「結同心」の飾りをかかげ、あのお方におつかいするために、刺繍をしたかけ布に香をしっかりとしみつけている。
城上月,白如雪,蟬美人愁
秋には、城のうえに月はかかり、雪のように白くさえわたっているお庭を照らしている、蝉の羽のかたちの鬂のうすれたうつくしい妃嬪は眠りもしないで、愁いの限界もないほどにたえている。
宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明
初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)
 (更漏子六首其の四)
相ひ見ゆること稀に、相ひ憶ふこと久し、眉淺く  淡く烟【かす】むこと柳の如し。
翠幕を垂らし、同心を結ぶ、郎に侍するに 繡衾を燻ず。
城 月上り、白きは雪の如し、蝉の鬢 美人は愁い絶す。
宮の樹は暗く、鵲橋 橫たはる、玉籤初めて明を報ず。

 

4. 更漏子六首其四
(天子が訪れない後宮の妃嬪の愁いの極みをけいけんするも、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であることで生きてゆくことを詠う。)

相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
あのお方とは、節供で一同に会してお目にかかるだけになってしまったけれど、あのお方への思いはずっと思い続けている。いまでもうっすらと靄のかかった柳葉のような眉で、若さを失うこともなく身支度をしている。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
そして、妃嬪の宮殿の閨に、春には緑のとばりを垂れ、「結同心」の飾りをかかげ、あのお方におつかいするために、刺繍をしたかけ布に香をしっかりとしみつけている。
城上月,白如雪,蟬美人愁
秋には、城のうえに月はかかり、雪のように白くさえわたっているお庭を照らしている、蝉の羽のかたちの鬂のうすれたうつくしい妃嬪は眠りもしないで、愁いの限界もないほどにたえている。
宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明
初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)
 (更漏子六首其の四)
相ひ見ゆること稀に、相ひ憶ふこと久し、眉淺く  淡く烟【かす】むこと柳の如し。
翠幕を垂らし、同心を結ぶ、郎に侍するに 繡衾を燻ず。
城 月上り、白きは雪の如し、蝉の鬢 美人は愁い絶す。
宮の樹は暗く、鵲橋 橫たはる、玉籤初めて明を報ず。

 

5. 更漏子六首其 其五
(遠く旅立って帰らぬ男を思う女の情を詠う、溫庭筠の港町ブルースというところか。)

背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。
漢江の畔にある樓閣に背を向けて、入り江からのぼる月を眺める女がいる。夜更けて、城郭の傍の軍営から羌笛の悲しい笛の音がすすり愛妾の泣く声とともに聞こえてくる。
堤柳動,島煙昏,兩行征雁分。
大堤の柳も芽を吹き風に揺れる季節も変わり、向いの魚梁洲の島に霞がかかる夕暮れ時に二列で飛んでいた雁が、別れて飛んでいる。
京口路,歸帆渡,正是芳菲欲度。
又、春が来て京口の別れ道にはのこされた女がいる、わたしは長安に帰る舟の渡し場に立つ、まさにこれでもって春の盛りに情交を重ねた官妓の女と別れて旅立つ。
銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。
そこには、座敷に一人、銀燭台の蝋燭をつけたまま官妓が横たわる、輝く玉縄星も低くなり、蝋燭の芯ももうすでに短くなっていて、夜明けを告げる鶏が一番の時を知らせてくる。
其の五
江樓を背にし,海月に臨む,城の上【ほと】り角聲【かくせい】嗚咽【めいいん】す。
堤の柳は動めき,島の煙【えん】は昏【くら】し,兩行して征雁は分かる。
京口の路,歸帆の渡,正に是れ芳菲【ほうひ】度らんと欲す。
銀燭 盡き,玉繩 低す,一聲するは村落の雞。


更漏子六首其六
(寵愛を失っても、降り注ぐ雨音を聴きながら、あの時の寵愛を思い出し、これから生きていくと心に誓う。更漏子の其一から其四は寵愛を失った妃嬪の生き方を詠う。)

玉爐香、紅蝋涙。偏照畫堂秋思。
宝玉のように輝いている香炉に焚いた香のよいかおりが宮殿の閨内にただよう。夜もふけ、紅い蝋燭の蝋がとけ、かなしみの涙をながす。秋の夜長、綺麗に輝いた宮殿だけに、ひたすらさびしい悲愁にとざされた座敷を、蝋燭のひかりだけがぼんやりと照らされている。
眉翠薄、鬢雲殘。夜長衾枕寒。
緑の眉は薄い黛で、鬢の雲型はしっかりと残り、若く美しい、夜が長い、眠られないままにかけ布も、枕も一人で過ごすには寒さがしみてくる。

梧桐樹。三更雨。不道離情正苦。
庭園のあおぎりの樹は今も茂り、そこに真夜中の雨がふりそそぐ、寵愛を失うことが、ほんとうに辛い苦しいものであっても、決して口に出さずに、ちょうあいをうけたことをこころのよりどころとしていきていこうと心に思うのである。
一葉葉、一聲聲。空階滴到明。
一葉と一葉は二つに揃い、一の葉に落ちる雨音と寄り添う葉の雨音がひとつに響く。だれもいない宮殿の階段にしたたりおちる雨の音は夜明けまでもつづいている。妃嬪もこの苦しみに耐えて生き続けるのだ。


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『更漏子六首其六』現代語訳と訳註
(
本文)
更漏子六首其六

玉爐香、紅蝋涙。偏照畫堂秋思。
眉翠薄、鬢雲殘。夜長衾枕寒。
梧桐樹。三更雨。不道離情正苦。
一葉葉、一聲聲。空階滴到明。


(下し文)
(更漏子六首其の六)

玉の爐 香り、紅の蝋 涙す、偏【ひたす】らに畫堂を照らす秋の思い。
眉の翠 薄れ、鬢の雲 殘【ほつ】る。夜 長くして  衾枕 寒し。
梧桐【ことう】の樹に、三更の雨し、道【い】わず 離情正に苦なるを。
ひと葉ひと葉、ひと聲ひと聲。空しく階【きざはし】に滴りて明【あけ】に到る。


(現代語訳)
(寵愛を失っても、降り注ぐ雨音を聴きながら、あの時の寵愛を思い出し、これから生きていくと心に誓う。更漏子の其一から其四は寵愛を失った妃嬪の生き方を詠う。)

宝玉のように輝いている香炉に焚いた香のよいかおりが宮殿の閨内にただよう。夜もふけ、紅い蝋燭の蝋がとけ、かなしみの涙をながす。秋の夜長、綺麗に輝いた宮殿だけに、ひたすらさびしい悲愁にとざされた座敷を、蝋燭のひかりだけがぼんやりと照らされている。緑の眉は薄い黛で、鬢の雲型はしっかりと残り、若く美しい、夜が長い、眠られないままにかけ布も、枕も一人で過ごすには寒さがしみてくる。
庭園のあおぎりの樹は今も茂り、そこに真夜中の雨がふりそそぐ、寵愛を失うことが、ほんとうに辛い苦しいものであっても、決して口に出さずに、ちょうあいをうけたことをこころのよりどころとしていきていこうと心に思うのである。
一葉と一葉は二つに揃い、一の葉に落ちる雨音と寄り添う葉の雨音がひとつに響く。だれもいない宮殿の階段にしたたりおちる雨の音は夜明けまでもつづいている。妃嬪もこの苦しみに耐えて生き続けるのだ。


(訳注)

更漏子六首其六

(寵愛を失っても、降り注ぐ雨音を聴きながら、あの時の寵愛を思い出し、これから生きていくと心に誓う。更漏子の其一から其四は寵愛を失った妃嬪の生き方を詠う。)

【解説】 寵愛を失った妃嬪の苦しみ、雨降る秋の長夜を独り過ごす妃嬪の思いを詠う。

前段は、まだ十分に若さと美しさを持っている妃嬪の様子を詠う。眉墨の色は薄れ、髪も形を崩さない、ひたすら灯火の光に照らされて物思いにふける。

後段は、夜半、梧桐の葉は、後宮のような場所でないと植えられないもの。夫唱婦随を象徴するもので、雨は高都賦で、契りを結びあうものである。降り注ぐ雨音を聴きながら、あの時の寵愛を思い出し、これから生きていくと心に誓うとういのが、妃嬪の位というものである。

花間集には《更漏子》が十六首所収されている。溫庭筠の作は六首収められている。雙調四十六字、前段二十三字六句両仄韻両平韻、後段二十三字六句三仄韻両平韻(詞譜六)3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。

玉爐香、紅蝋。偏照畫堂秋
眉翠薄、鬢雲
。夜長衾枕
梧桐
。三更。不道離情正
一葉葉、一聲
。空階滴到

   

   
  
 

   


玉爐香、紅蝋涙。偏照畫堂秋思。
宝玉のように輝いている香炉に焚いた香のよいかおりが宮殿の閨内にただよう。夜もふけ、紅い蝋燭の蝋がとけ、かなしみの涙をながす。秋の夜長、綺麗に輝いた宮殿だけに、ひたすらさびしい悲愁にとざされた座敷を、蝋燭のひかりだけがぼんやりと照らされている。
○去炉香 玉製の香炉から香の薫りが上北ち上る。

○紅蝮涙 赤い蝋燭が燃えて蝮を滴らすことを言う。

○偏 ひたすら、一途に。

・偏照畫堂秋思 偏はひとえに。かたよってそればかりする意。照らしてばかりいる。蟻燭のひかりが画堂をじっと照らしてばかりいる。画堂は彩色されたうつくしい座敷。


眉翠薄、鬢雲殘。夜長衾枕寒。

緑の眉は薄い黛で、鬢の雲型はしっかりと残り、若く美しい、夜が長い、眠られないままにかけ布も、枕も一人で過ごすには寒さがしみてくる。
眉翠薄 黛がおちて、薄らいできて。
鬢雲殘 鬢の雲型の髪が乱れてきた。
・衾枕寒 蒲団や枕辺が寒い、寒々しい。独り寝を暗示している。

○屑翠蒔 眉墨の色が薄れる。

○贅雲残 贅の毛が乱れる。ここでは 「眉翠蒋」 の句とともに、眠れぬままに纏転反側して粧いのくずれたことを表す。残は損なわれる、さびれる。0余枕 夜具。会は掛けふとん。


梧桐樹。三更雨。不道離情正苦。
庭園のあおぎりの樹は今も茂り、そこに真夜中の雨がふりそそぐ、寵愛を失うことが、ほんとうに辛い苦しいものであっても、決して口に出さずに、ちょうあいをうけたことをこころのよりどころとしていきていこうと心に思うのである。
梧桐樹 アオギリやキリの木。後宮の天子と皇后・妃嬪夫唱婦随の木の象徴であることをのべることで、一人寝の寂しさを強調する。
・三更雨  
日没から日の出までの時間を五等分した第三の時刻をいう。十二時から二時ごろまでの真夜半。
不道離情正苦 梧桐に真夜中の雨が降り注ぐことを言い、眠れぬ夜の苦しみを示す。別離の悲しみがこれほど幸いとは思いもかけなかった。・不道 想像もなかったの意。 いわない。だまっている。・離情 別れる気持ち。・正苦 別れていることはとても辛いことだ。


一葉葉、一聲聲。空階滴到明。
一葉と一葉は二つに揃い、一の葉に落ちる雨音と寄り添う葉の雨音がひとつに響く。だれもいない宮殿の階段にしたたりおちる雨の音は夜明けまでもつづいている。妃嬪もこの苦しみに耐えて生き続けるのだ。

○空階 宮殿の人けのない砌の石階段。

甘粛省-嘉峪関0051
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠19《更漏子六首其五》溫庭筠66首巻一19-〈19〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5292

改訂-1溫庭筠19《更漏子六首其五》 漢江の畔にある樓閣に背を向けて、入り江からのぼる月を眺める女がいる。夜更けて、城郭の傍の軍営から羌笛の悲しい笛の音がすすり愛妾の泣く声とともに聞こえてくる。

 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-17-2奉節-9 《巻15-27 火 -2》 杜甫index-15 杜甫<881> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5290 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠19《更漏子六首其五》溫庭筠66首巻一19-〈19〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5292 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠19《更漏子六首其五》溫庭筠66首巻一19-19〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5292

 

 

5. 更漏子六首其 其五
(遠く旅立って帰らぬ男を思う女の情を詠う、溫庭筠の港町ブルースというところか。)

背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。
漢江の畔にある樓閣に背を向けて、入り江からのぼる月を眺める女がいる。夜更けて、城郭の傍の軍営から羌笛の悲しい笛の音がすすり愛妾の泣く声とともに聞こえてくる。
堤柳動,島煙昏,兩行征雁分。
大堤の柳も芽を吹き風に揺れる季節も変わり、向いの魚梁洲の島に霞がかかる夕暮れ時に二列で飛んでいた雁が、別れて飛んでいる。
京口路,歸帆渡,正是芳菲欲度。
又、春が来て京口の別れ道にはのこされた女がいる、わたしは長安に帰る舟の渡し場に立つ、まさにこれでもって春の盛りに情交を重ねた官妓の女と別れて旅立つ。
銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。
そこには、座敷に一人、銀燭台の蝋燭をつけたまま官妓が横たわる、輝く玉縄星も低くなり、蝋燭の芯ももうすでに短くなっていて、夜明けを告げる鶏が一番の時を知らせてくる。
其の五
江樓を背にし,海月に臨む,城の上【ほと】り角聲【かくせい】嗚咽【めいいん】す。
堤の柳は動めき,島の煙【えん】は昏【くら】し,兩行して征雁は分かる。
京口の路,歸帆の渡,正に是れ芳菲【ほうひ】度らんと欲す。
銀燭 盡き,玉繩 低す,一聲するは村落の雞。


嚢陽一帯00

『更漏子』 (更漏子六首其五) 現代語訳と訳註
(
本文)
更漏子 ()
背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。
堤柳動,島煙昏,兩行征雁分。
京口路,歸帆渡,正是芳菲欲度。
銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。


(下し文)
(更漏子六首其の五)
江樓を背にし,海月に臨む,城の上【ほと】り角聲【かくせい】嗚咽【めいいん】す。
堤の柳は動めき,島の煙【えん】は昏【くら】し,兩行して征雁は分かる。
京口の路,歸帆の渡,正に是れ芳菲【ほうひ】度らんと欲す。
銀燭 盡き,玉繩 低す,一聲するは村落の雞。


(現代語訳)
(遠く旅立って帰らぬ男を思う女の情を詠う、溫庭筠の港町ブルースというところか。)

漢江の畔にある樓閣に背を向けて、入り江からのぼる月を眺める女がいる。夜更けて、城郭の傍の軍営から羌笛の悲しい笛の音がすすり愛妾の泣く声とともに聞こえてくる。
大堤の柳も芽を吹き風に揺れる季節も変わり、向いの魚梁洲の島に霞がかかる夕暮れ時に二列で飛んでいた雁が、別れて飛んでいる。
又、春が来て京口の別れ道にはのこされた女がいる、わたしは長安に帰る舟の渡し場に立つ、まさにこれでもって春の盛りに情交を重ねた官妓の女と別れて旅立つ。
そこには、座敷に一人、銀燭台の蝋燭をつけたまま官妓が横たわる、輝く玉縄星も低くなり、蝋燭の芯ももうすでに短くなっていて、夜明けを告げる鶏が一番の時を知らせてくる。
隋堤01

(訳注)

更漏子六首其五
(遠く旅立って帰らぬ男を思う女の情を詠う、溫庭筠の港町ブルースというところか。)

【解説】 

前段は、川面に映る月を眺めながら男の乗る舟の帰りを待ちわびるさまを描く。古来から月は鏡で人を思う縁であった。折から聞こえて来る角笛の音は、男と夜過ごした時に何時も聞いたものだ。女は自らの咽び泣きの声と重ねる。風に揺れる堤の柳は二人のあの夜の絡み合いを思い起こさせる。中州を覆う霞は男と過ごす時は楽しみの霞であったが、今は、胸を暗く塞ぎ、二列に分かれて渡り行く雁は、男からの文を運んでは来なかった。

後段は、別の街に来ていた溫庭筠は、京口の別れを目にし、残される女に憐れを掛ける。女は、今宵も眠れず、村の鶏が時を告げ、遂に夜明けを迎えてしまったことを言う。

花間集には《更漏子》が十六首所収されている。溫庭筠の作は六首収められている。雙調四十六字、前段二十三字六句両仄韻両平韻、後段二十三字六句三仄韻両平韻(詞譜六)3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。

背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。
堤柳動,島煙,兩行征雁
京口
,歸帆,正是芳菲欲
銀燭盡,玉繩
,一聲村落

  

   
  
 

   

楊貴妃清華池002

背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。
漢江の畔にある樓閣に背を向けて、入り江からのぼる月を眺める女がいる。夜更けて、城郭の傍の軍営から羌笛の悲しい笛の音がすすり愛妾の泣く声とともに聞こえてくる。
・背 背を向ける。隠す。名詞で背中。背負う。
・江樓 大江沿いの高楼に男が帰って來るの待ち侘びる状景。この場合の男は、高官か、舟商人が常套であるし、待つ身の女は妻妾となったものか、「買斷」によって囲われた女ということ、いずれにしても、官妓であったものということであろう。
・海月 渡し場の入り江に上る月。
・城上 じょうかくのほとりにある塞。この下句の「城上」「角聲」語で官妓ということを連想させる。
角聲 角笛の音が響いてくる。軍営で用いる夜のときをしらせるもの。
・嗚咽 むせび泣く。すすり泣く。また、寂しく悲しい笛の音の形容。


堤柳動,島煙昏,兩行征雁分。
大堤の柳も芽を吹き風に揺れる季節も変わり、向いの魚梁洲の島に霞がかかる夕暮れ時に二列で飛んでいた雁が、別れて飛んでいる。
堤柳動 柳が芽を吹き葉を茂らせ、風に揺れ動く春から夏をあらわす語である。堤には、官が植えこんだ柳があるが、ここは、襄陽の大堤を想定してみた。李白の「大堤曲」「漢水臨襄陽。花開大堤暖。佳期大堤下。淚向南云滿。春風無復情。吹我夢魂散。 不見眼中人。天長音信斷。」(漢水は 嚢陽に臨(のぞ)み、花開いて 大堤暖かなり。佳期 大堤の下(もと)、涙は南雲に向って満つ。春風 復(また) 情 無く、我が 夢魂(むこん)を吹いて散ず眼中の人を見えず、天 長(とおく)にして 音信 断。)

李白53大堤曲 李白54怨情 李白55贈内

・島煙昏 この詩は温庭筠が襄陽にいた時の詩であろう。大堤から見える魚梁洲の事ではなかろうか。春の霞のかかった夕暮れ時のこと。
兩行 二列で飛ぶ雁、時節が秋に変わる。
征雁分 雁が分かれ離れて飛ぶ。「買斷」で囲われた官妓が待ち侘びるその胸の内で高官の男と別れた時の事を連想させる語である。襄陽は漢水と白水の別れの街。


京口路,歸帆渡,正是芳菲欲度。
又、春が来て京口の別れ道にはのこされた女がいる、わたしは長安に帰る舟の渡し場に立つ、まさにこれでもって春の盛りに情交を重ねた官妓の女と別れて旅立つ。
・京口 江蘇省丹徒県。南徐州晋陵郡丹徒県京口里。現、鎭江市。北岸の揚州、瓜州と船で結ばれた、旅路のターミナルの都市でもある。ここから長江を離れ徐州長安に向かう運河に入る別れの港町でもある。
・歸帆渡 長安に向かう帰り舟の渡し。
・芳菲 花や草。ここでは、春の情況をいうのであるが、この街の色町における遊びを意味するもの。


銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。
そこには、座敷に一人、銀燭台の蝋燭をつけたまま官妓が横たわる、輝く玉縄星も低くなり、蝋燭の芯ももうすでに短くなっていて、夜明けを告げる鶏が一番の時を知らせてくる。
玉繩 二つからなる星の名というが玉衡星は動かないので沈んでいかないし、低くならない。銀の燭台の蝋燭の芯が燃え尽きて低くなる方が分かり易い。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠18《更漏子六首其四》溫庭筠66首巻一18-〈18〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5287

改訂-1溫庭筠18《更漏子六首其四》 初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)

 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠18《更漏子六首其四》溫庭筠66首巻一18-〈18〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5287 
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 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠18《更漏子六首其四》溫庭筠66首巻一18-18〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5287

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『更漏子』十六首

 

 

作者



初句7字

 

 

溫庭筠

巻一

更漏子六首 其一

柳絲長,春雨細,

 

 

巻一

更漏子六首 其二 

星斗稀,鐘鼓歇,

 

 

巻一

更漏子六首 其三

金雀釵,紅粉面,

 

 

巻一

更漏子六首 其四

相見稀,相憶久,

 

 

巻一

更漏子六首 其五

背江樓,臨海月,

 

 

巻一

更漏子六首 其六

玉鑪香,紅蠟淚,

 

 

韋相莊

巻三

更漏子一首

鐘鼓寒,樓閣暝

 

 

牛嶠

巻四

更漏子三首 其一

星漸稀,漏頻轉

 

 

巻四

更漏子三首 其二

南浦情,紅粉淚

 

 

巻四

更漏子三首 其三 

春夜闌,更漏促

 

 

毛文錫

巻五

更漏子一首

春夜闌,春恨切

 

 


巻七

更漏子一首

舊歡,新悵望,

 

 

孫光憲

巻八

更漏子二首其一

聽寒更,聞遠鴈,

 

 

巻八

更漏子二首其二

今夜期,來日別,

 

 

毛熙震

巻九

更漏子二首其一

秋色清,河影澹

 

 

巻九

更漏子二首其二

煙月寒,秋夜靜

 

 

 

 

 

 

 

溫庭筠  <更漏子六首>  <冒頭八字>  

1       更漏子六首其一  柳絲長,春雨細,

2       更漏子六首其二  星斗稀,鐘鼓歇,

3       更漏子六首其三  金雀釵,紅粉面,

4       更漏子六首其四  相見稀,相憶久,

5       更漏子六首其五  背江樓,臨海月,

6       更漏子六首其六  玉鑪香,紅蠟淚,

  

 

4. 更漏子六首其四
(天子が訪れない後宮の妃嬪の愁いの極みをけいけんするも、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であることで生きてゆくことを詠う。)

相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
あのお方とは、節供で一同に会してお目にかかるだけになってしまったけれど、あのお方への思いはずっと思い続けている。いまでもうっすらと靄のかかった柳葉のような眉で、若さを失うこともなく身支度をしている。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
そして、妃嬪の宮殿の閨に、春には緑のとばりを垂れ、「結同心」の飾りをかかげ、あのお方におつかいするために、刺繍をしたかけ布に香をしっかりとしみつけている。
城上月,白如雪,蟬美人愁
秋には、城のうえに月はかかり、雪のように白くさえわたっているお庭を照らしている、蝉の羽のかたちの鬂のうすれたうつくしい妃嬪は眠りもしないで、愁いの限界もないほどにたえている。
宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明
初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)
 (更漏子六首其の四)
相ひ見ゆること稀に、相ひ憶ふこと久し、眉淺く  淡く烟【かす】むこと柳の如し。
翠幕を垂らし、同心を結ぶ、郎に侍するに 繡衾を燻ず。
城 月上り、白きは雪の如し、蝉の鬢 美人は愁い絶す。
宮の樹は暗く、鵲橋 橫たはる、玉籤初めて明を報ず。

十三夜月

『更漏子六首其四』 現代語訳と訳註
(
本文) 更漏子六首其四
相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
城上月,白如雪,蟬美人愁
宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明。


(下し文) 

更漏子)
相ひ見ゆること稀に、相ひ憶ふこと久し、眉淺く  淡く烟【かす】むこと柳の如し。
翠幕を垂らし、同心を結ぶ、
郎に侍するに 繡衾を燻ず。
城 月上り、白きは雪の如し、蝉の鬢 美人は愁い絶す。
宮の樹は暗く、鵲橋 橫たはる、玉籤初めて明を報ず。


(現代語訳)
(天子が訪れない後宮の妃嬪の愁いの極みをけいけんするも、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であることで生きてゆくことを詠う。)

あのお方とは、節供で一同に会してお目にかかるだけになってしまったけれど、あのお方への思いはずっと思い続けている。いまでもうっすらと靄のかかった柳葉のような眉で、若さを失うこともなく身支度をしている。
そして、妃嬪の宮殿の閨に、春には緑のとばりを垂れ、「結同心」の飾りをかかげ、あのお方におつかいするために、刺繍をしたかけ布に香をしっかりとしみつけている。
秋には、城のうえに月はかかり、雪のように白くさえわたっているお庭を照らしている、蝉の羽のかたちの鬂のうすれたうつくしい妃嬪は眠りもしないで、愁いの限界もないほどにたえている。
初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)

銀河002

(訳注)

更漏子六首其四

(天子が訪れない後宮の妃嬪の愁いの極みをけいけんするも、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であることで生きてゆくことを詠う。)

・更漏子 更漏とは夜の時(五更)を知らせる水時計のことをいい、この詩は漏刻五更の時刻が気になるものの気持ちを詠んだもの。この更漏子のように曲名と内容が何らかの関わりを持つものが多い。又、水時計を閨の中に所有できるものはおおよそ、後宮の妃嬪である。

【解説】 

妃嬪は見初められてなったものは100人を超える女たちの中で何人いたかと云えば、わずかな数のものでしかない。大半は高貴な家柄の娘たちが天子の子を授かるという、ワンチャンスに一族の命運をかけて妃嬪にあがっている。したがって花間集の詩の内多くはこの妃嬪たちの詩である。

前段は、寵愛を失っても、節供など大勢の妃嬪たちと一同にして、天子に見えることはある。しかし、天子を思い続けて行かないと生きていけない身分であるから、①眉の化粧を整え、②帳を垂れ、③結同心の佩びをかざり、④夜具に香を薫きしめて天子の到来を待つ、ということを心がけるのはいきていくための最低限の事である。これができないなら、後宮の姥捨て山に送られるか、毒殺されるかであろう。その最低限の身支度しているさまを述べる。

後段は、天子が訪れるとはもう思ってはいない。ただ、「もしかして」と思って生きて行かなければどうしようもないのである。したがって眠れるはずもなく、夜はあたら虚しく明けるのである。「鵲橋 横たわり」は、鵲が天の川に彦星と織姫畠との逢瀬を助けるために橋を架ける伝説を踏まえ、自分には鵲のような出会いがもう一度だけでも寵愛をと願っているのである。

花間集には《更漏子》が十六首所収されている。溫庭筠の作は六首収められている。雙調四十六字、前段二十三字六句両仄韻両平韻、後段二十三字六句三仄韻両平韻(詞譜六)3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。

相見稀,相憶,眉淺淡煙如
垂翠幕,結同
,侍郎熏繡
城上,白如,蟬美人愁
宮樹暗,鵲橋,玉簽初報

  

   
  
 

   

 

kairo10681
妃嬪たちは皇帝の妻妾であり、錦衣を着て山海の珍味を食し、ひとたび「誰か之へ」と呼べば、百人の下婦が答える、最も高貴にして最も権勢の高い人々であった。しかし、その運命は逆にまた最も不安定であり、いつでも天国から地獄に堕ち、甚だしい場合には「女禍」の罪名を負わされ犠牲の羊にされた。

○女禍 君主が女色に迷い、国事を誤ったため引き起された禍い。

 

l 内職、冊封

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。


相見稀,相憶久,眉淺淡煙如柳。
あのお方とは、節供で一同に会してお目にかかるだけになってしまったけれど、あのお方への思いはずっと思い続けている。いまでもうっすらと靄のかかった柳葉のような眉で、若さを失うこともなく身支度をしている。
・相見 逢うこと。
・稀 まれ。殆ど逢っていないこと。
・相憶 思いをつのらせていること。ここでの相は、お互いに、という意味はない。
・久 時間的にながいこと。
眉淺 眉の化粧があわい。大切な男の人が、いなくなり、やるせなく、物憂げな感じをいっている。
・淡烟如柳 柳のように淡くかすんでいる。柳は韻字でもあり、柳葉は女性の若さ、美しい眉の形容でもある。「柳眉」「柳葉眉」。


垂翠幕,結同心,侍郎熏繡衾。
そして、妃嬪の宮殿の閨に、春には緑のとばりを垂れ、「結同心」の飾りをかかげ、あのお方におつかいするために、刺繍をしたかけ布に香をしっかりとしみつけている。
・垂翠幕 閨房の緑のカーテンをすること。春のことをいう。
結同心 同心結を結うこと。連環回文様式の結び方。また、同心結は、(男女の)ちぎりを結ぶことと。
錢唐 蘇小(蘇小小)『西陵歌』「妾乘油壁車,郞乘靑踪馬。何處結同心、西陵松柏下。」(妾(わたくし)は 油壁の車に乘り,郞(あなた)は 靑の馬に 乘る。何處(いづこ)にか 同心を 結ばん、西陵の 松柏の下(もと)。)とみえる。蘇小小『西陵歌』ここでは、タペストリーのように寝牀の垂れ幕の中心にぶら下げ飾るということである。
・侍郎 通常官名で、皇帝の側に仕える役で、現代風に言えば次官。「侍郎(きみ)のため」となる。ただし、下片に、美人、宮樹と官職名や宮中関係の語が出てくるので、繋がりから見るとこれも官職名で男は、高級官僚である。焦がれる気持ちを表現している、一夫多妻制の時代で富貴の身分では、簡単に女を捨てた。ただし嫡子を産むと立場は全く異なった。
・燻綉衾 うすぎぬの掛け布団に香を焚く。愛しい人の帰りを待った寝床の設え。



城上月,白如雪,蟬美人愁
秋には、城のうえに月はかかり、雪のように白くさえわたっているお庭を照らしている、蝉の羽のかたちの鬂のうすれたうつくしい妃嬪は眠りもしないで、愁いの限界もないほどにたえている。
・城上月 街の上の月。月は、圓く家族団らん(団円)を表し、男の人と共にいたころの回憶。目の前の月の情景から思いを派生させている。城は都市のこと。城市。街が城郭で囲まれていたことからこういう。秋になったことを云う。
・蝉鬢 当時の女性の髪型の一。両横の鬢が薄くセミの羽のようになっていることから付いた名称。また、セミの羽のようにつややかで美しい髪の形容。
美人 宮女、芸妓。役職を云う場合もある。
愁絶 哀しみが、際だって大きいこと。絶は、前の字(語)の様子が際だっている時に使われる。愁殺。ここは絶で押韻するため愁絶になった。壮絶、隔絶、卓絶、冠絶の類。


宮樹暗,鵲橋橫,玉簽初報明。
初秋の宮居の樹々はしげり、影をしてほの暗く、空には、カササギの渡し橋だけは横たわっているのはみえると少しの希望にも思える、玉簽のひびきではじめて明け方になっていることをしる。(来年こそカササギの橋を渡って来てくれると信じていきよう)
宮樹暗 夜目に、宮中の樹木の生い茂っているさまをいう。月の後半だと西に傾かないので、月の初めのころと考えられる。つまり、本当の別れが来たと思っていないことをあらわしている。月の後半の月20日の月、名残り月を別れの月という。
鵲橋 天の川のこと。カササギが七夕に橋を架けて、牽牛と織女を会わせるという。わが邦では、転じて宮中の階(みはし。きざはし)を謂う(かささぎの渡せる橋に…)。つまりあの人とはまだ切れてはいない。
・玉籤 籤は、水時計に浮かべている竹などでできたもので、時間を計る。玉は、美称。
報明 夜明けを告げる。五更の時のこと

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠17《更漏子六首其三》溫庭筠66首巻一17-〈17〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5282

改訂-1溫庭筠17《更漏子六首其三》(寵愛を失っても、生きるためには寵愛を受けている時と同じことを毎日繰り返してすることで生きていくことにした妃賓を詠う)今はいきるためにも身支度だけは整える、枕に赤と脂が付いたままでも横になり、寵愛を受けていた時のままに、錦の薄いかけ布団では寒さをおぼえる。眠れぬままに過ごすと、もう時を水時計の音が聴こえてきて目をさますと明け方になっているのです。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠17《更漏子六首其三》溫庭筠66首巻一17-17〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5282

 

 

3. 更漏子六首其三
(寵愛を失っても、生きるためには寵愛を受けている時と同じことを毎日繰り返してすることで生きていくことにした妃賓を詠う)

金雀釵,紅粉面,花裏暫時相見。
雀をかたどった金のかんざし、白粉に紅をさし化粧を整えて、春の盛りに花のなかで、出逢って語りあい、しばらくの時を過ごした。
知我意,感君憐,此情須問天。
あのお方はわたしのこころをよく理解してくれたし、わたしもあのお方がわたしに愛しいと思ってくれ、憐をかけていることをよく感じ取ったものだった。愛しあっているこころは疑う余地のないもので、どんなに天の神様に尋ねるとしても間違いないことであった。

香作穗,蠟成淚,還似兩人心意。
時が過ぎて、今宵も蝋燭の芯が穂のようにもえただようだけ、蝋燭はとけて落ちるのも私の涙と同じこと。香が思うままただようのと、蝋燭が流れるように涙をながしているのは、二人のこころのうちによく似ている。

山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。
今はいきるためにも身支度だけは整える、枕に赤と脂が付いたままでも横になり、寵愛を受けていた時のままに、錦の薄いかけ布団では寒さをおぼえる。眠れぬままに過ごすと、もう時を水時計の音が聴こえてきて目をさますと明け方になっているのです。
(更漏子六首其三)
金雀の釵【さ】,紅粉の面,花の裏に暫時こそ相い見。
我が意を知り,君の憐を感じ,此の情 須らく天に問う。
香は穗を作し,蠟は淚を成すは,還って兩人の心意に似る。
山が枕して膩【じ】し,錦の衾 寒するは,覺めて更漏の殘【なご】りを來る。


『更漏子六首其三』 現代語訳と訳註
(
本文)
 更漏子六首其三
金雀釵,紅粉面,花裏暫時相見。
知我意,感君憐,此情須問天。
香作穗,蠟成淚,還似兩人心意。
山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。


(下し文) 更漏子六首其三
金雀の釵【さ】,紅粉の面,花の裏に暫時こそ相い見。
我が意を知り,君の憐を感じ,此の情 須らく天に問う。
香は穗を作し,蠟は淚を成すは,還って兩人の心意に似る。
山が枕して膩【じ】し,錦の衾 寒するは,覺めて更漏の殘【なご】りを來る。


(現代語訳)
(寵愛を失っても、生きるためには寵愛を受けている時と同じことを毎日繰り返してすることで生きていくことにした妃賓を詠う)

雀をかたどった金のかんざし、白粉に紅をさし化粧を整えて、春の盛りに花のなかで、出逢って語りあい、しばらくの時を過ごした。
あのお方はわたしのこころをよく理解してくれたし、わたしもあのお方がわたしに愛しいと思ってくれ、憐をかけていることをよく感じ取ったものだった。愛しあっているこころは疑う余地のないもので、どんなに天の神様に尋ねるとしても間違いないことであった。

時が過ぎて、今宵も蝋燭の芯が穂のようにもえただようだけ、蝋燭はとけて落ちるのも私の涙と同じこと。香が思うままただようのと、蝋燭が流れるように涙をながしているのは、二人のこころのうちによく似ている。

今はいきるためにも身支度だけは整える、枕に赤と脂が付いたままでも横になり、寵愛を受けていた時のままに、錦の薄いかけ布団では寒さをおぼえる。眠れぬままに過ごすと、もう時を水時計の音が聴こえてきて目をさますと明け方になっているのです。
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(訳注)

更漏子六首其三
(寵愛を失っても、生きるためには寵愛を受けている時と同じことを毎日繰り返してすることで生きていくことにした妃賓を詠う)

・更漏子 更漏とは夜の時(五更)を知らせる水時計のことをいい、この詩は漏刻五更の時刻が気になるものの気持ちを詠んだもの。この更漏子のように曲名と内容が何らかの関わりを持つものが多い。又、水時計を閨の中に所有できるものはおおよそ、後宮の妃嬪である。

【解説】 

前段では、春の花の盛りに男と逢い引きをして愛を誓ったことを回想し、「あの時の言葉を天に尋ねてみるとよい」と、一人、心の中で問いかけている。

後段は、寵愛を失った悲しみを忘れていくことはできない。化粧も、閨の準備も寵愛を受けていた時と同じ、それだけが生きているあかしなのだ。

花間集には《更漏子》が十六首所収されている。溫庭筠の作は六首収められている。雙調四十六字、前段二十三字六句両仄韻両平韻、後段二十三字六句三仄韻両平韻(詞譜六)3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。

金雀釵 紅粉 花裏暫時相

知我 感君 此情須問
香作 蠟成 還似兩人心

山枕 錦衾 覺來更漏

  

  
  

  

甘粛省-嘉峪関0051
 

金雀釵,紅粉面,花裏暫時相見。金雀のかんざしをさし、雀をかたどった金のかんざし、白粉に紅をさし化粧を整えて、春の盛りに花のなかで、出逢って語りあい、しばらくの時を過ごした。
〇金雀 雀をかたどった金のかんざし。曹植『美女篇』「攘袖見素手,皓腕約金環。頭上金爵釵,腰佩翠琅玕。」(袖を攘げて素手を見(あらは)せば、皓腕 金環を約す。頭上には金爵の釵、腰には佩びる翠琅干。)美女が賢い男を得たいと思う気持ちを詠ったもので、若い女性である。
〇紅粉 紅と白粉。うら若い女性を詠う。


知我意,感君憐,此情須問天。
あのお方はわたしのこころをよく理解してくれたし、わたしもあのお方がわたしに愛しいと思ってくれ、憐をかけていることをよく感じ取ったものだった。愛しあっているこころは疑う余地のないもので、どんなに天の神様に尋ねるとしても間違いないことであった。

○憐 優しさ、情け。

○此情須問天 二人が互いに誓い合った愛は天も承知だから天に尋ねてみたらよい、という意味。


香作穗,蠟成淚,還似兩人心意。
時が過ぎて、今宵も蝋燭の芯が穂のようにもえただようだけ、蝋燭はとけて落ちるのも私の涙と同じこと。香が思うままただようのと、蝋燭が流れるように涙をながしているのは、二人のこころのうちによく似ている。

○香作穂 香が燃え尽きて灰となる。穂は芯の燃えさしが穂の形になるさまをいう。

○蠟成淚 蝋燭の蝋の滴りを涙に喩えたもの。


山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。
今はいきるためにも身支度だけは整える、枕に赤と脂が付いたままでも横になり、寵愛を受けていた時のままに、錦の薄いかけ布団では寒さをおぼえる。眠れぬままに過ごすと、もう時を水時計の音が聴こえてきて目をさますと明け方になっているのです。
〇山 女が横になることをあらわす言葉である。
〇膩 皮膚からにじみ出たあぶら。あか。すべすべする。
〇衾 薄いかけ布。初めの三言二句は女の横になった艶の雰囲気をあらわしている。

○山枕膩 山の形をした枕が髪油に汚れ、てかてか光っている。男が女を裏切って通って来ないため、枕を新しく取り替える気持ちも起こらず、油染みるにまかせたままであることを言う。

○錦衾寒 独り寝のため床も寒々としている。ここでの寒は孤独感も含む。

○更漏残 水時計の水が尽きかける。夜明け間近であることを言う。更漏は水時計。宮殿に置かれたもの。
miyajima594
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠16《更漏子六首其二》溫庭筠66首巻一16-〈16〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5277

改訂-1溫庭筠16《更漏子六首其二》 そして、春は暮れて行こうとしている、だけど、あの方への思いは尽き果てることはない。あの方とのたのしい夜は、いまは夢の中の出来事のようになってしまった。でも今はそれだけが生きるすべなのだ。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠16《更漏子六首其二》溫庭筠66首巻一16-16〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5277

 

 

1溫庭筠15. 更漏子六首其一
(たとえ何だって良い、「謝家池閣」のように愛され続けたいと願っているのに、孤独に夜を過ごす悲しみを詠うもの。)

柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。
柳絲はほそくながく枝をたれ、春の雨はこぬかあめ、眠れぬまま一人侘しく庭の花を見ていると、花のむこうから水時計のしたたる音が耳を澄ませばきこえてくる。
驚寒雁,起城烏,畫屏金遮
季節も変わり北に向かう雁の鳴き声で目をさまし、城内の烏もおきだしてくる、枕のほとりの絵屏風にはむつまじいすがたの金の鷓がえがかれている。
香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。
香のたちこめた薄霧が、花の香りを漂わせて、簾を通して忍び込んでくる。ただひとりで妃嬪にも謝安の妓女のように池のほとり春草の萌えはじめる頃に座敷で過ごしたものだし、謝秋娘が池のほとりの楼閣でかわいがられたようにおもっているのに、此処の閨には愁いと悲しみに溢れている。
紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。
紅い蝋燭を背にしたまま、刺繍のすだれをたらしたままだし、夢の中では一緒で長くすごしていることを、あのおかたは知らない。
柳絲【りゅうし】は長く,春雨は細【こまやか】く,花外は漏聲【ろうせい】迢遞【しょうてい】なり。
寒雁を驚かし,城烏を起し,畫屏 金の遮

香霧は薄し,簾幕【れんまく】は透け,惆悵して謝家の池閣。
紅燭の背,繡簾【しゅうれん】垂れ,夢長じて君 知らず。

 

2.更漏子
(ことしもまた春の終わり、昔の寵愛を思い出すことだけで生きていく儚い妃嬪の情を詠う。

星鬥稀,鍾鼓歇,簾外曉殘月。
北斗七星が瞬き夜明け近くなってきて、時を告げる鐘鼓の音も終わる。宮殿の閨にかかるすだれの外には、暁の鶯が春の盛りに移ると告げている、そしてあのお方を返したくない有明の名残月がかかっている。
蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。
あの宵も蘭の花はしっとりと露にぬれ、柳が風に吹かれて揺れまじりあう、離れがたい逢瀬を重ねる。庭の満開に咲いていた花が散り一面に厚く敷いている。
虛閣上,倚欄望,還似去年惆
空虚な思いでひとけのない楼閣にのぼり、欄干にもたれてなんとなくかなたを眺める。去年の春も、情けなくかなしみを抱えて過ごしたが同じようにまた今年の春も悲しい思いをしている。
春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。
そして、春は暮れて行こうとしている、だけど、あの方への思いは尽き果てることはない。あの方とのたのしい夜は、いまは夢の中の出来事のようになってしまった。でも今はそれだけが生きるすべなのだ。

星鬥は稀に,鍾鼓は歇む,簾外 曉鶯【ぎょうおう】月殘る。
蘭露は重り,柳風は斜す,庭に滿つるは落花の堆。
虛閣の上,欄に倚りて望み,似る去年の惆悵なるを還るをや。
春暮なんと欲し,思いに窮まること無く,舊歡は夢に中【あた】るが如し。

Nature1-011


『更漏子』 現代語訳と訳註
(
本文)
星鬥稀,鍾鼓歇,簾外曉殘月。
蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。
虛閣上,倚欄望,還似去年惆
春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。


(下し文)
星鬥は稀に,鍾鼓は歇む,簾外 曉鶯【ぎょうおう】月殘る。
蘭露は重り,柳風は斜す,庭に滿つるは落花の堆。
虛閣の上,欄に倚りて望み,似る去年の惆悵なるを還るをや。
春暮なんと欲し,思いに窮まること無く,舊歡は夢に中【あた】るが如し。


(現代語訳)
(ことしもまた春の終わり、昔の寵愛を思い出すことだけで生きていく儚い妃嬪の情を詠う。)

北斗七星が瞬き夜明け近くなってきて、時を告げる鐘鼓の音も終わる。宮殿の閨にかかるすだれの外には、暁の鶯が春の盛りに移ると告げている、そしてあのお方を返したくない有明の名残月がかかっている。
あの宵も蘭の花はしっとりと露にぬれ、柳が風に吹かれて揺れまじりあう、離れがたい逢瀬を重ねる。庭の満開に咲いていた花が散り一面に厚く敷いている。
空虚な思いでひとけのない楼閣にのぼり、欄干にもたれてなんとなくかなたを眺める。去年の春も、情けなくかなしみを抱えて過ごしたが同じようにまた今年の春も悲しい思いをしている。
そして、春は暮れて行こうとしている、だけど、あの方への思いは尽き果てることはない。あの方とのたのしい夜は、いまは夢の中の出来事のようになってしまった。でも今はそれだけが生きるすべなのだ。

木蘭02

(訳注)
更漏子
(ことしもまた春の終わり、昔の寵愛を思い出すことだけで生きていく儚い妃嬪の情を詠う。)

・更漏子 更漏とは夜の時(五更)を知らせる水時計のことをいい、この詩は漏刻五更の時刻が気になるものの気持ちを詠んだもの。この更漏子のように曲名と内容が何らかの関わりを持つものが多い。又、水時計を閨の中に所有できるものはおおよそ、後宮の妃嬪である。

【解説】 

前段は、寵愛を受けて幸せな夜を過ごし、離れがたい春の明け方を描写し、後段では、すぐそこにいるあの方なのに、気持ちを伝えるすべもなく、高殿からの眺望も所詮は悲しみをもたらすものでしかない、今年もまた去年と同じ愁いに囚われ、かつての愛の歓びも夢であっても、それをよりどころに生きていくしかないのだ。

花間集には《更漏子》が十六首所収されている。溫庭筠の作は六首収められている。

雙調四十六字、前段二十三字六句両仄韻両平韻、後段二十三字六句三仄韻両平韻(詞譜六)3❸❻3③⑤/❸❸❻3③⑤の詞形をとる。

星鬥稀,鍾鼓,簾外曉
蘭露重,柳風,滿庭堆落
虛閣,倚欄,還似去年惆
春欲暮,思無,舊歡如夢

  

  
  

  

 

星鬥稀,鍾鼓歇,簾外曉殘月。

北斗七星が瞬き夜明け近くなってきて、時を告げる鐘鼓の音も終わる。宮殿の閨にかかるすだれの外には、暁の鶯が春の盛りに移ると告げている、そしてあのお方を返したくない有明の名残月がかかっている。
・星斗 北斗星、または南斗星をもいう。星。星辰(せいしん)空が白み始め星影がまばらになる。斗は北斗星と南斗星を意味するが、ここでは単に星の意。
・鍾鼓  歇時を知らせるかねと太鼓。時を告げる鐘や太鼓の音が尽きる。いよいよ夜明けの近いことを示す。
・殘月 十五夜までにはなく陰暦十六日以降、一般的には二十日頃の夜明けに残る月を云う。このような月を詩に詠うは芸妓との別れる場合、人目を忍んで逢瀬を重ねた男女の別れを云う。ここでは、早春が終わり、間もなく盛春に変わってゆく、時の流れをいう。


蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。
あの宵も蘭の花はしっとりと露にぬれ、柳が風に吹かれて揺れまじりあう、離れがたい逢瀬を重ねる。庭の満開に咲いていた花が散り一面に厚く敷いている。
・蘭 香草の一種、古くは沢蘭をさす。菊科に属するもの。ふじはかま。蘭の種類は多くてこの時代のものが果たしてどのようなものであったかは決め難い。ここでは女性自身を示していると思われる。
・柳風斜 柳も女性を示す。
・落花 女の年齢を重ねた様子を云う。


虛閣上,倚欄望,還似去年惆悵。
空虚な思いでひとけのない楼閣にのぼり、欄干にもたれてなんとなくかなたを眺める。去年の春も、情けなくかなしみを抱えて過ごしたが同じようにまた今年の春も悲しい思いをしている。
倚欄望 見る目的がなくなんとなく眺めている様子を云う。
還似去年惆悵 去年「惆悵」の思いをした、今年もまた同じ思いだ。この表現では毎年同じ思いをしているのであろう。抜群の言い回しといえる。

虚閣 人けのない館。身の孤独を示す。


春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。
そして、春は暮れて行こうとしている、だけど、あの方への思いは尽き果てることはない。あの方とのたのしい夜は、いまは夢の中の出来事のようになってしまった。でも今はそれだけが生きるすべなのだ。

欲暮 暮れようとしている。欲は今にも〜しそうだ、の意。旧歓 昔の歓び。かつて恋人とともに過ごしていた時の愛の歓びを指す。
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠15《更漏子六首其一》溫庭筠66首巻一15-〈15〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5272

改訂-1溫庭筠15《更漏子六首其一》香のたちこめた薄霧が、花の香りを漂わせて、簾を通して忍び込んでくる。ただひとりで妃嬪にも謝安の妓女のように池のほとり春草の萌えはじめる頃に座敷で過ごしたものだし、謝秋娘が池のほとりの楼閣でかわいがられたようにおもっているのに、此処の閨には愁いと悲しみに溢れている。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠15《更漏子六首其一》溫庭筠66首巻一15-15〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5272

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠14《菩薩蠻十四首 其十四》溫庭筠66首巻一14-〈14〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5267

改訂-1溫庭筠14《菩薩蠻十四首 其十四》 左右の鬢にはうつくしい花のかんざしをへだて挿している。玉のかんざしは風に吹かれてゆらゆらゆれている。どんなに思われても、これだけの事は何時までも続けるのである。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠14《菩薩蠻十四首 其十四》溫庭筠66首巻一14-14〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5267

 

 

2. 温庭筠 

菩薩蠻十四首 其十四
(寵愛を失った妃嬪は水晶宮の離宮に移ったがこれまでと同じように閨の支度をして夜を待つ、二度と寵愛を受けることが無く夜も眠れぬ日がつづくが、それを続けなければ生きがいもなくなってしまうと詠う。)

水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。
水晶宮といわれた宮殿の閨の水晶のすだれの内側に、あの方のために玻璃の枕をいつも用意している、あたたかくする香を焚いて、夢にしか現れない鴛鴦の錦のかけ布団に横になり、あの方のことを思う。

江上柳如煙,雁飛殘月天。
大江のほとりには、煙雲にかおおわれたかのように鬱々と柳が生い茂る、また今宵も忘れたくても忘れられず眠れないでいると、もう雁が有明けの名残の月をかすめて渡ってゆく。
藕絲秋色淺,人勝參差剪。
妃嬪の体には、藕絲のうすくすけた秋の色の衣服を身に着けていて、人日には髪かざりの人勝をふそろいに飾ることは忘れない。
雙鬂隔香紅,玉頭上風。
左右の鬢にはうつくしい花のかんざしをへだて挿している。玉のかんざしは風に吹かれてゆらゆらゆれている。どんなに思われても、これだけの事は何時までも続けるのである。

(菩薩蠻十四首 其十四)

水精の簾の裏 頗黎【はり】の枕,香を暖め夢に惹れ鴛鴦【えんおう】の錦。
江上 柳如の煙,雁飛 月天に殘る。
藕絲【ぐうし】秋色淺く,人勝【じんしょう】參差【さんさ】の剪。
雙鬂【そうびん】香紅を隔ち,玉【ぎょくさ】頭上の風。


<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->隋堤01

<!--[endif]-->

『菩薩蠻十四首 其十四』 現代語訳と訳註
(
本文)菩薩蠻
菩薩蠻十四首 其十四

水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。
江上柳如煙,雁飛殘月天。
藕絲秋色淺,人勝參差剪。
雙鬂隔香紅,玉頭上風。

 

(下し文)
(菩薩蠻十四首 其十四)

水精の簾の裏 頗黎【はり】の枕,香を暖め夢に惹れ鴛鴦【えんおう】の錦。
江上 柳如の煙,雁飛 月天に殘る。
藕絲【ぐうし】秋色淺く,人勝【じんしょう】參差【さんさ】の剪。
雙鬂【そうびん】香紅を隔ち,玉
【ぎょくさ】頭上の風。


(現代語訳)
(寵愛を失った妃嬪は水晶宮の離宮に移ったがこれまでと同じように閨の支度をして夜を待つ、二度と寵愛を受けることが無く夜も眠れぬ日がつづくが、それを続けなければ生きがいもなくなってしまうと詠う。)

水晶宮といわれた宮殿の閨の水晶のすだれの内側に、あの方のために玻璃の枕をいつも用意している、あたたかくする香を焚いて、夢にしか現れない鴛鴦の錦のかけ布団に横になり、あの方のことを思う。

大江のほとりには、煙雲にかおおわれたかのように鬱々と柳が生い茂る、また今宵も忘れたくても忘れられず眠れないでいると、もう雁が有明けの名残の月をかすめて渡ってゆく。
妃嬪の体には、藕絲のうすくすけた秋の色の衣服を身に着けていて、人日には髪かざりの人勝をふそろいに飾ることは忘れない。

左右の鬢にはうつくしい花のかんざしをへだて挿している。玉のかんざしは風に吹かれてゆらゆらゆれている。どんなに思われても、これだけの事は何時までも続けるのである。
楊貴妃清華池002

(訳注) 
(寵愛を失った妃嬪は水晶宮の離宮に移ったがこれまでと同じように閨の支度をして夜を待つ、二度と寵愛を受けることが無く夜も眠れぬ日がつづくが、それを続けなければ生きがいもなくなってしまうと詠う。)

【解説】 百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度と寵愛を受けることはなく、妃嬪が華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしている様子を詠う。

冒頭の二句は、妃嬪の閨には豪華な調度品、香の薫かれる室内の景と、その香の薫りにうとうと夢路に誘われるすがたを描く。

続く二句は、離宮から見える外の景色、川辺の煙る青柳が朧になるほどに繁るのは、逢瀬を連想させ、有明けの空には名残月、雁は妃嬪のもとに文の一つもないこと、侘しさを誘う。

後段は、寵愛を受けることは二度とないと覚悟したものの、生きていく術として、妃嬪の存在感、モチベーションを自分自身で一つ一つの恒例の行事を、丹念に行うことで満足する。人形を作ること、顔を整え、豊かな髪に挿された簪の人形が春風にゆらゆらと揺らめくさま、それらすべてが生きがいとなるので、余計なことは考えないことが生きていくことだと詠う。

この後段の描写は、夢から覚めた後の女の姿とも解釈されるが、生きがいを何に求めるかということを述べている。

単に、夢の中の女の姿を描いたともとれるようでは、花間集の意味はわからない。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻十四首 其十四

水精簾裏頗黎,暖香惹夢鴛鴦
江上柳如,雁飛殘月
藕絲秋色,人勝參差
雙鬂隔香,玉頭上

  
  
  
  

 

水精簾裏頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。

水晶宮といわれた宮殿の閨の水晶のすだれの内側に、あの方のために玻璃の枕をいつも用意している、あたたかくする香を焚いて、夢にしか現れない鴛鴦の錦のかけ布団に横になり、あの方のことを思う。
・水精簾 水精は水晶。李白の『玉階怨』「玉階生白露、 夜久侵羅襪。却下水晶簾、 玲瓏望秋月。」(白玉の階きざはしに白い露が珠のように結露し、夜は更けて羅(うすぎぬ)の襪(くつした)につめたさが侵みてくる。露に潤った水晶の簾をさっとおろした、透き通った水精の簾を通り抜けてきた秋の澄んだ月光が玉の光り輝くのを眺めているだけ。)李白39玉階怨 満たされぬ思いの詩。
・頗黎枕 頗黎は玻璃/頗梨【はり】1 仏教で、七宝の一。水晶のこと。2 ガラスの異称。3 火山岩中に含まれる非結晶質の物質。
・暖香 それをたくと部屋のあたたかくなるたきもの。香名に暖香というのもあるがここは一般的なことばであろう。
・惹夢 夢をさそうこと。
・鴛鴦錦 鴛駕の紋様のある錦の被(懸けふとん)。


江上柳如煙,雁飛殘月天。
大江のほとりには、煙雲にかおおわれたかのように鬱々と柳が生い茂る、また今宵も忘れたくても忘れられず眠れないでいると、もう雁が有明けの名残の月をかすめて渡ってゆく。
・江上 川のほとり。江は中国の川の呼称。北方では河と言う。

・柳如 柳絮が飛び交うのはカスミではなく煙のようなじょうたいせある。

・殘月 夜明けの空に懸かる月。月後半の月、別れを惜しむ名残月。


藕絲秋色淺,人勝參差剪。
妃嬪の体には、藕絲のうすくすけた秋の色の衣服を身に着けていて、人日には髪かざりの人勝をふそろいに飾ることは忘れない。
藕絲秋色淺 藕絲は蓮根からとれる糸。そのよぅな細くて軽い繊維の衣服をいう。体の線がよく出て、妃嬪が閨に着る。秋色とは悲愁の五行思想の白色、霜色。
・人勝 
華勝。正月七日「人勝節」という。正月7日の人日に用いられた飾り。人や動植物の形に切り抜いて彩色したあしぎぬ、金箔の縁飾り等の残片を一枚に貼り込んでいる。人日の日に、厄除けに用いる髪に飾る人形。
参差は大小ふそろいのさま。
 

雙鬂隔香紅,玉頭上風。
左右の鬢にはうつくしい花のかんざしをへだて挿している。玉のかんざしは風に吹かれてゆらゆらゆれている。どんなに思われても、これだけの事は何時までも続けるのである。
・香紅 花をいう言葉であるが、ここは花のかんざしを意味するとおもう。
・玉
頭上風 王叙頭は玉のかんざし。男と交わって揺れるのではなく、風に揺れるのである。憐れに感じさせるほどせつない女の状況を詠うのである。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠13《菩薩蠻十四首 其十三》溫庭筠66首巻一13-〈13〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5262

改訂-1溫庭筠13《菩薩蠻十四首 其十三》 初夏のさわやかな風が竹の林を抜けて庭園から、軽やかに簾を動かして房に付いている風鈴がすきとおったように美しく鳴りつめたく響く。夜ともなれば、玉のすだれに月がさしのぼってあかるくすみわたった影をおとす。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠13《菩薩蠻十四首 其十三》溫庭筠66首巻一13-13〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5262

 

 

 

14温庭筠 .

菩薩蠻十四首 其十三
竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲影。
初夏のさわやかな風が竹の林を抜けて庭先から、軽やかに簾を動かして房に付いている風鈴がすきとおったように美しく鳴りつめたく響く。玉のすだれに月がさしのぼってあかるくすみわたった影をおとす。
山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
閨に横向きで寝枕する女は今宵も待ち侘びて宵の濃い化粧のままある。綠壇でつられた枕には金の鳳風の紋様が彫描されている。
兩蛾愁黛淺,故國宮遠。
二つの眉はさびしそうにまゆずみがうすれている。むかし呉宮に送られた西施は、はるかにへだたった故国をなつかしくおもった。(今、ひとり待ち侘びる女は西施と同じ思いなのだ。)。
春恨正關情,畫樓殘點聲。
廻り廻って春は男女の交わりが始まるものであるのに待ち侘びる春の恨みはほんとに愛情に関連するものだ。夜明けが近くなったのか、飾られた高楼のうえで時をつげる太鼓の音の名残のようにがとぎれとぎれにきこえてくる。

楊貴妃清華池002

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『菩薩蠻十四首 其十三』 現代語訳と訳註
(
本文)

竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。
山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
兩蛾愁黛淺,故國
宮遠。
春恨正關情,畫樓殘點聲。


(下し文)
竹風 輕動して 庭除の冷,珠簾 月上りて瓏影するも玲なり。
山枕は濃妝を隱し,綠檀には金の鳳凰あり。
兩蛾は愁いて黛淺し,故國 
宮の遠。
春恨 正に關情し,畫樓 點聲を殘す。

(現代語訳)
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度と寵愛を受けることはなく、妃嬪が華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしている様子を詠う。

初夏のさわやかな風が竹の林を抜けて庭園から、軽やかに簾を動かして房に付いている風鈴がすきとおったように美しく鳴りつめたく響く。夜ともなれば、玉のすだれに月がさしのぼってあかるくすみわたった影をおとす。
寝牀に横向きで寝枕する女は今宵も侘びしく宵というのに濃い化粧のままでいる。綠壇でつられた枕には金の鳳風の紋様が彫描されている。
愁いに暮れ、何もする気になれず、二つの眉はうすれている。むかし呉宮に送られた西施は、はるかに隔たった故国をなつかしくおもったが、此処の妃嬪もまた、今、華やかな宮殿を思い、ひとり侘びしい思いでいる。
又春が来て、春は男女の交わりが始まるものであるのに、侘びしい妃嬪は春を恨むしかないという、まさに、そうした感情で生きていくだけだ。夜明けが近くなったのか、飾られた高楼から時をつげる太鼓の音の名残のようにが途切れ途切れに聞こえてくる。

巫山十二峰002

(訳注)
菩薩蠻十四首 其十三
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度と寵愛を受けることはなく、妃嬪が華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしている様子を詠う。

【解説】

前段第一句、初秋の孤独感、「庭険冷ややかに」は、日中の暖かさも、夜になって竹を揺らす風に消え、誰も来ない一人寝の寒さを感ずるようになったこと、月の光の描写も、空気の透明感とともに、肌に感じる冷気を際立たせている。このひんやりとした気配は、女の独り寝のわびしさいう。

次句第三句の鳳凰は詞において、番の烏として男女和合の象徴を表し、それが逆に女主人公の孤独を際立たせる。

後段第三句、「春恨正に情に関わる」と先に指摘した「番の鳳凰」の語とともに、寵愛を受けた天子を思う情である。

末句は、気付けば夜明けを告げる時の音が聞こえて来たという意味で、彼女が一夜をまんじりともせずに明かしてしまったことを物語る。

華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしてゆかねばならぬ妃賓を詠う。

 

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻十四首 其十
竹風輕動庭除,珠簾月上玲瓏
山枕隱濃,綠檀金鳳
兩蛾愁黛
,故國
春恨正關,畫樓殘點

  
  
  
  

 

竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。
初夏のさわやかな風が竹の林を抜けて庭園から、軽やかに簾を動かして房に付いている風鈴がすきとおったように美しく鳴りつめたく響く。夜ともなれば、玉のすだれに月がさしのぼってあかるくすみわたった影をおとす。
・庭除 庭の階段のあるところ。風除室のような意味を持つ場所。
・玲瓏影 玲の瓏も同じ意味で、1 玉などが透き通るように美しいさま。また、玉のように輝くさま。2 玉などの触れ合って美しく鳴るさま。また、音声の澄んで響くさま。


山枕隱濃妝,綠檀金鳳凰。
寝牀に横向きで寝枕する女は今宵も侘びしく宵というのに濃い化粧のままでいる。綠壇でつられた枕には金の鳳風の紋様が彫描されている。
・山枕 枕のこと。温庭篤の更漏子詞に「山枕蹴、錦余寒」、顧鼻の甘州子詞に山枕上、長是怯農鐘」とある。
・隠 臥=隠と同じ、もたれること。よりかかること。或は向こう向きに寢る。
・濃妝 こってりとあついお化粧をした年増女。宵の口に化粧をするのは濃い化粧で、寝る前には寝化粧に帰る。つまり、今日も来なかったということ。西施の事も意味する語である。
・綠檀 黒檀、紫檀と綠壇は枕をつくる木材をいう。緑壇は緑色の枕檀(まくら)ということで、寝るという意味になる。緑檀は後宮でつかわれるもの。
・金鳳凰 枕にはどこされた紋様で、つがいを描いているので、空しさを引き立てる。


兩蛾愁黛淺,故國宮遠。
愁いに暮れ、何もする気になれず、二つの眉はうすれている。むかし呉宮に送られた西施は、はるかに隔たった故国をなつかしくおもったが、此処の妃嬪もまた、今、華やかな宮殿を思い、ひとり侘びしい思いでいる。
・故国呉宮遠 呉宮は西施をかりていう。呉は江蘇一帯をいう。西施;沉魚落雁 西施
水光瀲艷晴方好,山色空濛雨亦奇。 
若把西湖比西子,濃妝淡抹總相宜。


春恨正關情,畫樓殘點聲。
又春が来て、春は男女の交わりが始まるものであるのに、侘びしい妃嬪は春を恨むしかないという、まさに、そうした感情で生きていくだけだ。夜明けが近くなったのか、飾られた高楼から時をつげる太鼓の音の名残のようにが途切れ途切れに聞こえてくる。
・残点声 鍾鼓を鳴らして時を告げる音が、明方近くなって、眠い中ほとんどきこえなくなること。夜通し待っている様子、せつなさをあらわすもの。




洛陽女兒行 王維

 

洛陽女兒對門居,才可容顏十五餘。

良人玉勒乘驄馬,侍女金盤膾鯉魚。

畫閣朱樓盡相望,紅桃綠柳垂簷向。

羅幃送上七香車,寶扇迎歸九華帳。

狂夫富貴在青春,意氣驕奢劇季倫。

自憐碧玉親教舞,不惜珊瑚持與人。

春窗曙滅九微火,九微片片飛花璅。

戲罷曾無理曲時,妝成只是熏香坐。

城中相識盡繁華,日夜經過趙李家。

誰憐越女顏如玉,貧賤江頭自浣沙。


杜甫 麗人行

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

繍羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。

頭上何所有,    翠微盎葉垂鬢唇。

背後何所見,    珠壓腰穩稱身。

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

犀箸厭飫久未下,鸞刀縷切空紛綸。

黄門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。

簫管哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。

楊花雪落覆白蘋,靑鳥飛去銜紅巾。

炙手可熱勢絶倫,慎莫近前丞相嗔。

 

 

 

三月三日  天氣 新たに,長安の水邊  麗人  多し。

態は濃く 意は遠くして淑且かつ真に,肌理きりは 細膩さい にして  骨肉は勻ひとし。

繍羅しう の衣裳は 莫春に 照はゆる,蹙金しゅくきんの孔雀 じゃく  銀の麒麟 りん。

頭上何の有る所ぞ, 翠を盎葉おうようと爲して鬢びん脣しんに 垂たる。

背後何の見る所ぞ,珠は腰衱えうけふを壓して穩やかに身に稱かなふ。』

就中なかんづく 雲幕の椒房せうばうの親しん,名を賜ふ 大國  虢くゎくと秦しんと。

紫駝しだの峰を翠釜すゐ より 出いだし,水精の盤に  素鱗 行くばる。

犀箸さいちょ 厭飫えんよして久しく未だ下さず,鸞刀らんたう 縷切る せつして  空しく紛綸たり。

黄門 鞚くつわを飛ばして塵を動かさず,御廚ぎょちゅう 絡繹らくえきとして 八珍を送る。

簫管 哀吟して 鬼神をも感ぜしめ,賓從ひんじゅう 雜遝ざったふして  要津えうしんに實みつ。』

後れ來たる鞍馬は何ぞ 逡巡んする,軒に當たりて 馬より下りて  錦茵きんいんに入る。

楊花やうくゎ 雪のごとく落ちて  白蘋はくひんを覆ひ,靑鳥 飛び去りて  紅巾こうきんを銜ふくむ。

手を炙あぶらば 熱す可べし  勢は絶倫なり,慎みて 近前する莫れ  丞相じょうしゃう 嗔いからん。』

    

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠12《菩薩蠻十四首 其十二》溫庭筠66首巻一12-〈12〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5257

改訂-1溫庭筠12《菩薩蠻十四首 其十二》 そしてまた、離宮の谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思う心を消してしまい、あの寵愛を受けていたころの良き思い出、その思い出をよりどころにして生きてゆく。



 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠12《菩薩蠻十四首 其十二》溫庭筠66首巻一12-12〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5257

 

 

菩薩蠻十四首其一

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。

懶起畫蛾眉,弄粧梳洗遲。

照花前後鏡,花面交相映。

新帖羅襦,雙雙金鷓鴣。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠1《菩薩蠻十四首 其一》溫庭筠66首巻一-〈1〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5202

菩薩蠻十四首其二

水精簾裡頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。

江上柳如煙,鴈飛殘月天。

藕絲秋色淺,人勝參差剪。

雙鬢隔香紅,玉釵頭上風。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠2《菩薩蠻十四首 其二》溫庭筠66首巻一1-〈2〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5207

菩薩蠻十四首其三

無限當山額,宿粧隱笑紗窗隔。

相見牡丹時,暫來還別離。

翠釵金作股,釵上雙蝶舞。

心事竟誰知,月明花滿枝。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠3《菩薩蠻十四首 其三》溫庭筠66首巻一3-〈3〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5212

菩薩蠻十四首其四

翠翹金縷雙鸂鶒,水紋細起春池碧。

池上海棠梨,雨晴紅滿枝。

衫遮笑靨,烟草粘飛蝶。

青瑣對芳菲,玉關音信稀。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠4《菩薩蠻十四首 其四》溫庭筠66首巻一4-〈4〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5217

菩薩蠻十四首其五

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。

燈在月朧明,覺來聞曉鶯。

玉鉤掛起翠,粧淺舊眉薄。

春夢正關情,鏡中鬢輕。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠5《菩薩蠻十四首 其五》溫庭筠66首巻一5-〈5〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5222

菩薩蠻十四首其六

玉樓明月長相憶,柳絲娜春無力。

門外草萋萋,送君聞馬嘶。

畫羅金翡翠,香燭消成

花落子規啼,綠窗殘夢迷。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠6《菩薩蠻十四首 其六》溫庭筠66首巻一6-〈6〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5227

菩薩蠻十四首其七

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。

明鏡照新粧,鬢輕雙臉長。

畫樓相望久,欄外垂絲柳。

意信不歸來,社前雙迴。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠7《菩薩蠻十四首 其七》溫庭筠66首巻一7-〈7〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5232

菩薩蠻十四首其八

牡丹花謝鶯聲歇,綠楊滿院中庭月。

相憶夢難成,背窗燈半明。

翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。

人遠闌干,燕飛春又殘。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠8《菩薩蠻十四首 其八》溫庭筠66首巻一8-〈8〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5237


菩薩蠻十四首其九

滿宮明月梨花白,故人萬里關山隔。

金雁一雙飛,痕沾衣。

小園芳艸綠,家住越溪曲。

楊柳色依依,歸君不歸。


菩薩蠻十四首其十

寶函鈿雀金鸂鶒香關上山碧。

楊柳又如絲,驛橋春雨時。

畫樓音信斷,芳草江南岸。

鸞鏡與花枝,此情誰得知。


菩薩蠻十四首其十一

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。

雨後卻斜陽,杏華零落香。

無言睡臉,枕上屏山掩。

時節欲昏,無獨倚門。


菩薩蠻十四首其十二

夜來皓月纔當午,重簾悄悄無人語。

深處麝煙長,臥時留薄粧。

當年還自惜,往事那堪憶。

花落月明殘,錦衾知曉寒。


菩薩蠻十四首其十三

雨晴夜合玲瓏日,萬枝香紅絲拂。

閑夢憶金堂,滿庭萱草長。

簾垂菉簌,眉黛遠山綠。

春水渡溪橋,凭欄魂欲消。


菩薩蠻十四首其十四

竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。

山枕隱,綠檀金鳳凰。

兩蛾愁黛淺,故國宮遠。

春恨正關情,畫樓殘點聲。

花間集02
 

 

13.温庭筠 

菩薩蠻十四首 其十二
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無い。華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしてゆかねばならぬ妃賓を詠う。

雨晴夜合玲瓏日,萬枝香裊紅絲拂。
寵愛を受けた次の日の朝のように、雨が晴れあがり、潤った合歓の花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごくあの夜の状況を思い出す。

閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
あの寵愛を受け続けていたころがあったのに、此処には寂しくしずかな夢だけしかなく、あのおかたと過ごした奇麗な宮殿の奥座敷のことを憶いだすだけしかない。かなしいのは庭にいっぱい「忘れ草の花」が生えている。
繡簾垂簌,眉黛遠山綠。
この生き方も仕方ないこととし、刺繍をした簾には道教のお札を張り、涙が垂れる様に、すだれを止める房が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、近い所におわすお方も遠い存在となってしまった。
春水渡溪橋,憑欄魂欲消。
そしてまた、離宮の谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思う心を消してしまい、あの寵愛を受けていたころの良き思い出、その思い出をよりどころにして生きてゆく。


(菩薩蠻十四首 其十二)
雨晴れ夜合 玲瓏の日,萬枝 香裊【こうじょう】 紅絲拂う。
閑夢は金堂を憶う,庭に滿つ萱草【かんぞう】長し。
繡簾 簌【ろくそく】を垂し,眉黛【びたい】遠山の綠。
春水 溪橋を渡り,欄に憑【もた】れて魂消さんと欲す。


花蕊夫人006

『菩薩蠻十四首』 其十二 現代語訳と訳註
(
本文) 菩薩蠻十四首 其十二
雨晴夜台玲
日,萬枝香紅絲拂。
閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
繡簾垂
簌,眉黛遠山綠。
春水渡溪橋,憑欄魂欲消。


(下し文)
雨晴れ夜合 玲瓏の日,萬枝 香裊【こうじょう】 紅絲拂う。
閑夢は金堂を憶う,庭に滿つ萱草長し。
繡簾 
簌【ろくそく】を垂し,眉黛【びたい】遠山の綠。
春水 溪橋を渡り,欄に憑【もた】れて魂消さんと欲す。


(現代語訳)
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無い。華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしてゆかねばならぬ妃賓を詠う。

寵愛を受けた次の日の朝のように、雨が晴れあがり、潤った合歓の花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごくあの夜の状況を思い出す。
あの寵愛を受け続けていたころがあったのに、此処には寂しくしずかな夢だけしかなく、あのおかたと過ごした奇麗な宮殿の奥座敷のことを憶いだすだけしかない。かなしいのは庭にいっぱい「忘れ草の花」が生えている。
この生き方も仕方ないこととし、刺繍をした簾には道教のお札を張り、涙が垂れる様に、すだれを止める房が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、近い所におわすお方も遠い存在となってしまった。
そしてまた、離宮の谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思う心を消してしまい、あの寵愛を受けていたころの良き思い出、その思い出をよりどころにして生きてゆく。

(訳注)

菩薩蠻十四首 其十二
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無い。華やかな宮殿から、質素な宮殿(離宮・陵廟)に移されて、しずかに暮らしてゆかねばならぬ妃賓を詠う。

【解説】 後宮の宮殿から、離宮、陵廟、あるいは、洛陽の上陽宮のように妃嬪の姥捨て山のようなところに遣られた様子をいう

前段は、麗しき館で意中の人と睦まじく過ごした時のことを回想する。合歓の花はその名のとおり、愛する者同⊥の歓びを想起し、女がかつての良きHを夢見たのも、この花に因る。また、愁いを忘れさせる萱草が茂るとは、当時、女が幸せの最中にあったことを示す。後段は、夢から覚めた後の憂愁を詠う。垂れ下がったカーテンは女の塞いだ心を象徴し、橋下を流れる用水は、過ぎ去った良き時はもう二度と帰って来ないことを語り、同時に、今も春は刻々と過ぎ去ってゆくことを表している。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻十四首 其十二
雨晴夜台玲,萬枝香紅絲
閑夢憶金,滿庭萱草
繡簾垂
,眉黛遠山
春水渡溪,憑欄魂欲

  
  
  
  

 

雨晴夜台玲日,萬枝香紅絲拂。
寵愛を受けた次の日の朝のように、雨が晴れあがり、潤った合歓の花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごくあの夜の状況を思い出す。
夜合 一名合歓木、ねむのき。夜中になると葉が合するので夜合といわれる。明刊草本花詩譜で夜合花というのはこれとは別種のもの。ここは次の句に紅糸払とあるから合歓の気の花をいう。この二句は天子の夜のお渡りの様子、男女の絡みの表現をいう。
玲耗日 雨にねれたねむの花が日に映えてくっきりとうつくしく見えること。
万枝句 庭中の枝という枝に紅いふさのような花がさいてうつくしくしなやかに見えること。紅糸私は紅い色の糸払。糸私は払子のことであるが、ここはねむの花のふさのような形を形容して用いる。


閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
あの寵愛を受け続けていたころがあったのに、此処には寂しくしずかな夢だけしかなく、あのおかたと過ごした奇麗な宮殿の奥座敷のことを憶いだすだけしかない。かなしいのは庭にいっぱい「忘れ草の花」が生えている。
金堂 うつくしい座敷。
・萱草一に吾輩という。かんぞう。わすれぐさ。詩経、衛風伯兮篇に「焉諼得草、言樹之背。願言伯思、使我心痗。」(焉くんぞ諼草を得ん。言に背に樹えん。願いて言に伯を思い、我が心をして痗ましむ)とある。
“我憂いを忘れるために、何処かで、もの忘れする草をみつけ、それを裏座敷に植えたい。“というもの。 謝惠連『西陵遇風獻康楽』にみえる。
西陵遇風獻康楽 その5 謝惠運 謝霊運(康楽) 詩<54>Ⅱ李白に影響を与えた詩441 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1140
・閑夢二句 雨上がりのねむの花を見て」萱草の庭いっぱいに生えた座敷をおもいだす。閏情の詞と見てよく、男が来てくれない、(捨てられた)のなら忘れてしまうことしかないというもの。


繡簾垂簌,眉黛遠山綠。
この生き方も仕方ないこととし、刺繍をした簾には道教のお札を張り、涙が垂れる様に、すだれを止める房が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、近い所におわすお方も遠い存在となってしまった。
 ():符道教のお(ふだ)](1) 葉が落ちる音叶簌簌响木の葉がさらさらと音をたてる.(2) 涙がはらはら落ちる様子.寵愛を失った妃嬪の多くは道教に身を寄せていくものである。

・遠山綠 みどりの山は、晩春の山、遠い山の稜線は女の体であり、一人その体を持て余すことを云う。寵愛を受け、その結果子供が出来ないということで、生きる望みが薄らいでいることをいう。


春水渡溪橋,憑欄魂欲消。
そしてまた、離宮の谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思う心を消してしまい、あの寵愛を受けていたころの良き思い出、その思い出をよりどころにして生きてゆく。
魂欲消 あの寵愛を受けていたころの良き思いで、その思い出をよりどころにして生きてゆく。白居易の《上陽白髪人》とは若干角度を変えて表現をしている。

春水渡溪橋,憑欄魂欲消の二句は、後宮の宮殿から、離宮、陵廟、あるいは、洛陽の上陽宮のように妃嬪の姥捨て山のようなところに遣られた様子をいう。

 

花間温庭筠
 

 

 

「三千宮女胭脂面,幾個春來無淚痕。」(三千の宮女 胭脂の面、幾箇か春来りて涙の痕無からん)《白居易「後宮詞」》。古来、宮人は女性のなかで最も人間性を踏みにじられた人々であり、宦官とともに君主専制制度の直接の犠牲者であった。一方は生殖器をとられ身体を傷つけられた者、一方は人間性を踏みにじられた者である。宮人は奥深い後宮の中に幽閉されて永遠に肉親と別れ、青春と紅顔は葬り去られ、愛情と人生の楽しみは奪われ、生きている時は孤独の苦しみに、また死んだ後は訪れる人もない寂しさの中に置かれた。それで多くの知識人が、彼女たちの境遇に心を痛め嘆息してやまなかったのである。

彼女たちの痛苦の生活と心情を理解しょうとすれば、白居易の「上陽の白髪の人」ほど真実に迫り、生々と彼女たちの人生を描写したものはない。

 

上陽白髪人  白居易(白氏文集 第三)

上陽人    ,紅顔暗老白髪新。

緑衣監使守宮門,一閉上陽多少春。

玄宗未歳初選人,入時十六今六十。

同時采択百余人,零落年深残此身。

憶昔呑悲別親族,扶入車中不教哭。

昔云入内便承恩,臉似芙蓉胸似玉。

未容君王得身面,已被楊妃遥側目。

妬令潜配上陽宮,一生遂向空房宿。

秋夜長    ,夜長無寐天不明。

耿耿残灯背壁影,蕭蕭暗雨打窓声。

春日遅    ,日遅独坐天難暮。

宮鶯百囀愁猒聞,梁双栖老休妬。

鶯帰去長悄然,春往秋来不記年。

唯向深宮望明月,東西四五百迴円。

今日宮中年最老,大家遥賜尚書号。

小頭鞋履窄衣裳,青黛点眉眉細長。

外人不見見応笑,天宝末年時世粧。

上陽人 苦最多,少亦苦,老亦苦。

少苦老苦両如何。

君不見昔時呂尚美人賦。

又不見今日上陽白髪歌。

 

白居易《上陽白髪人》 (白氏文集 第三)

上陽の人、紅顏暗く老いて白髪新たなり

綠衣の監使宮門を守る、一たび上陽に閉ざされてより多少の春ぞ

玄宗の末 初めて選ばれて入る、入る時十六今六十

同時に採擇す百余人、零落して年深く 此の身を殘す

憶ふ昔 悲しみを吞みて親族に別れ、扶けられて車中に入るも哭せしめず

皆云ふ 入すれば便ち恩を承くと、臉は芙蓉に似て胸は玉に似たり

未だ君王の面を見るを得るを容れざるに、已に楊妃に遙かに側目せらる

妒(ねた)みて潛かに上陽宮に配せられ、一生遂に空房に宿る

秋夜長し、夜長くして寐ぬる無く天明ならず

耿耿たる殘燈 壁に背く影、蕭蕭たる暗雨 窗を打つ聲

春日遲し、日遲くして獨り坐せば天暮れ難し

宮鶯百たび囀ずるも愁へて聞くを厭ふ、梁燕雙び棲むも老いて妒むを休む

鶯は歸り燕は去って長へに悄然たり、春往き秋來して年を記さず

唯だ深宮に明月を望む、東西四五百回 圓かなり

今日 宮中 年最も老ゆ、大家遙かに賜ふ尚書の號

小頭の鞋履 窄(せま)き衣裳、青黛 眉を點ず 眉細くして長し

外人は見ず 見れば應に笑ふべし、天寶の末年 時世の妝ひ

上陽の人、苦しみ最も多し、少くして亦苦しみ、老いて亦苦しむ。

少くして苦しむと老いて苦しむと兩つながら如何。

君見ずや 昔時 呂向の美人の賦。

又見ずや 今日 上陽白髪の歌。

 


 


 


 


 


 


 







『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠11《菩薩蠻十四首 其十一》溫庭筠66首巻一11-〈11〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5252

改訂-1溫庭筠11《菩薩蠻十四首 其十一》 また今年の春も過ぎて、時も季節も、妃嬪もまた歳を重ねる。ただひとりで退屈で園内をそぞろ歩き、門にもたれて、あの方のお越しを待ちわびるのである。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠11《菩薩蠻十四首 其十一》溫庭筠66首巻一11-11〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5252

 


 


菩薩蠻十四首其一

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。

懶起畫蛾眉,弄粧梳洗遲。

照花前後鏡,花面交相映。

新帖羅襦,雙雙金鷓鴣。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠1《菩薩蠻十四首 其一》溫庭筠66首巻一-〈1〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5202

菩薩蠻十四首其二

水精簾裡頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。

江上柳如煙,鴈飛殘月天。

藕絲秋色淺,人勝參差剪。

雙鬢隔香紅,玉釵頭上風。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠2《菩薩蠻十四首 其二》溫庭筠66首巻一1-〈2〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5207

菩薩蠻十四首其三

無限當山額,宿粧隱笑紗窗隔。

相見牡丹時,暫來還別離。

翠釵金作股,釵上雙蝶舞。

心事竟誰知,月明花滿枝。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠3《菩薩蠻十四首 其三》溫庭筠66首巻一3-〈3〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5212

菩薩蠻十四首其四

翠翹金縷雙鸂鶒,水紋細起春池碧。

池上海棠梨,雨晴紅滿枝。

衫遮笑靨,烟草粘飛蝶。

青瑣對芳菲,玉關音信稀。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠4《菩薩蠻十四首 其四》溫庭筠66首巻一4-〈4〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5217

菩薩蠻十四首其五

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。

燈在月朧明,覺來聞曉鶯。

玉鉤掛起翠,粧淺舊眉薄。

春夢正關情,鏡中鬢輕。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠5《菩薩蠻十四首 其五》溫庭筠66首巻一5-〈5〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5222

菩薩蠻十四首其六

玉樓明月長相憶,柳絲娜春無力。

門外草萋萋,送君聞馬嘶。

畫羅金翡翠,香燭消成

花落子規啼,綠窗殘夢迷。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠6《菩薩蠻十四首 其六》溫庭筠66首巻一6-〈6〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5227

菩薩蠻十四首其七

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。

明鏡照新粧,鬢輕雙臉長。

畫樓相望久,欄外垂絲柳。

意信不歸來,社前雙迴。

『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠7《菩薩蠻十四首 其七》溫庭筠66首巻一7-〈7〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5232

菩薩蠻十四首其八

牡丹花謝鶯聲歇,綠楊滿院中庭月。

相憶夢難成,背窗燈半明。

翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。

人遠闌干,燕飛春又殘。

 


菩薩蠻十四首其九

滿宮明月梨花白,故人萬里關山隔。

金雁一雙飛,痕沾衣。

小園芳艸綠,家住越溪曲。

楊柳色依依,歸君不歸。

 


菩薩蠻十四首其十

寶函鈿雀金鸂鶒香關上山碧。

楊柳又如絲,驛橋春雨時。

畫樓音信斷,芳草江南岸。

鸞鏡與花枝,此情誰得知。

 


菩薩蠻十四首其十一

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。

雨後卻斜陽,杏華零落香。

無言睡臉,枕上屏山掩。

時節欲昏,無獨倚門。

 


菩薩蠻十四首其十二

夜來皓月纔當午,重簾悄悄無人語。

深處麝煙長,臥時留薄粧。

當年還自惜,往事那堪憶。

花落月明殘,錦衾知曉寒。

 


菩薩蠻十四首其十三

雨晴夜合玲瓏日,萬枝香紅絲拂。

閑夢憶金堂,滿庭萱草長。

簾垂菉簌,眉黛遠山綠。

春水渡溪橋,凭欄魂欲消。

 


菩薩蠻十四首其十四

竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。

山枕隱,綠檀金鳳凰。

兩蛾愁黛淺,故國宮遠。

春恨正關情,畫樓殘點聲。

 

楊貴妃清華池002
 

11.温庭筠 菩薩蠻十四首 其十一
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無いと詠う

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。
ことしも春の盛りを過ぎて行く、宮殿の南園には柳絮が、地面いっぱいに雪のようにつもる。そこに清明節というのに愁いの気持ちでいるところに、春雨が降り始め、今日もふりしきる小雨の音を聞いているしかない。

雨後卻斜陽,杏花零落香。
雨がやむころには、傾いた日差しが斜めに射しこん照りかえし、この雨で杏の花が一面に散り落ち、良いにおいをあたりにただよわせる。
無言勻睡臉,枕上屏山掩。
誰にも遭わず、一言も言わないで、日暮れになり、寝むけ眼の顔に夜のお化粧をととのえる。妃嬪が山の様なシルエットの寝姿で横たわり、今日も屏風に画かれた山とで連山のように動かない。
時節欲黃昏,無聊獨倚門。
また今年の春も過ぎて、時も季節も、妃嬪もまた歳を重ねる。ただひとりで退屈で園内をそぞろ歩き、門にもたれて、あの方のお越しを待ちわびるのである。

菩薩蠻十四首 其十一
南園は地に滿つ輕絮堆るを,愁 清明の雨一霎するを聞く。
雨後 卻て斜陽なり,杏花 零落して香る。
言無くて睡臉を勻し,枕上に屏山掩う。
時節 黃昏にならんと欲す,無聊 獨り門に倚る。


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『菩薩蠻十四首 其十一』 現代語訳と訳註
(
本文
菩薩蠻十四首 其十一

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。
雨後卻斜陽,杏花零落香。
無言勻睡臉,枕上屏山掩。
時節欲黃昏,無聊獨倚門。


(下し文)
南園は地に滿つ輕絮堆るを,愁 清明の雨一霎するを聞く。
雨後 卻て斜陽なり,杏花 零落して香る。
言無くて睡臉を勻し,枕上に屏山掩う。
時節 黃昏にならんと欲す,無聊 獨り門に倚る。


(現代語訳)
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無いと詠う

ことしも春の盛りを過ぎて行く、宮殿の南園には柳絮が、地面いっぱいに雪のようにつもる。そこに清明節というのに愁いの気持ちでいるところに、春雨が降り始め、今日もふりしきる小雨の音を聞いているしかない。
雨がやむころには、傾いた日差しが斜めに射しこん照りかえし、この雨で杏の花が一面に散り落ち、良いにおいをあたりにただよわせる。
誰にも遭わず、一言も言わないで、日暮れになり、寝むけ眼の顔に夜のお化粧をととのえる。妃嬪が山の様なシルエットの寝姿で横たわり、今日も屏風に画かれた山とで連山のように動かない。
また今年の春も過ぎて、時も季節も、妃嬪もまた歳を重ねる。ただひとりで退屈で園内をそぞろ歩き、門にもたれて、あの方のお越しを待ちわびるのである。


(訳注)

菩薩蠻十四首 其十一
百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とちょうあいをうけることはなく、覚悟して生きていくとしながらもやる事は無いと詠う

【解説】 去年の清明節には咲く春とともに寵愛をうけたのに、飛び積もった柳絮の上に雨が降り、杏の花もあめにぬれ落ちてゆく、妃嬪はこれからずっと一人で生きてゆく妃嬪の情を詠う。

 


清明の時節、独り無聊をかこつ妃嬪。

前段は、雨音に聞き入っているうちにいつしか眠りに入り、目覚めてみると既に雨は上がり日は西に傾き、雨に杏の花が散り落ちて、春のたけてゆくさまを述べる。傾く日や散り落ちる花には、彼女の愁いが託されている。

後段に述べる広げたままの屏風も迫る夕闇も、主人公の閉ざされた暗い心情を反映している。また、無聊なままに門口に身を寄せて佇むのは、待っても無駄とは分かっていても、ひょっとしたら愛するお方が訪ねて来てくれるのではないかという儚い期待からのもので、女の微細な心情が見事に描写されている。百数十名いる妃嬪は、一度寵愛を失えば二度とはない。

 

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

南園滿地堆輕,愁聞一霎清明
雨後卻斜,杏花零落
無言勻睡
,枕上屏山
時節欲黃
,無聊獨倚

  
  
  
  

 

 

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。

ことしも春の盛りを過ぎて行く、宮殿の南園には柳絮が、地面いっぱいに雪のようにつもる。そこに清明節というのに愁いの気持ちでいるところに、春雨が降り始め、今日もふりしきる小雨の音を聞いているしかない。
・南園 特定の庭園をさすのではないであろうが長安の南の曲江であるか、妃嬪の住まいする南側の庭ということになる宮殿邸宅の正門のある方向である。。
・絮 柳絮。(1)白い綿毛をもった柳の種子。また、それが雪のように散るさま。[季]春。 (2)雪の形容。
・一霎 しばらくの時間。
・清明 二十四節気の一。冬至ののち百五日、春分から十五日目。陽暦の四月五、六日ごろ。


雨後卻斜陽,杏花零落香。
雨がやむころには、傾いた日差しが斜めに射しこん照りかえし、この雨で杏の花が一面に散り落ち、良いにおいをあたりにただよわせる。
・雨後卻斜陽 妃嬪の人生を示す。
・零落 ここは杏花の散ってゆくさま。何年か前のこの季節から女のところへ来なくなったもの。


無言勻睡臉,枕上屏山掩。
誰にも遭わず、一言も言わないで、日暮れになり、寝むけ眼の顔に夜のお化粧をととのえる。妃嬪が山の様なシルエットの寝姿で横たわり、今日も屏風に画かれた山とで連山のように動かない。
・屏山 妓女の横向きの寝姿をいう。作者はこの二句にエロチックなことを連想させることを意図している。


時節欲黃昏,無聊獨倚門。
また今年の春も過ぎて、時も季節も、妃嬪もまた歳を重ねる。ただひとりで退屈で園内をそぞろ歩き、門にもたれて、あの方のお越しを待ちわびるのである。
時節欲黃昏 時節の変わり、妓女の年齢の変化、若さ、新鮮さのなくなってきていることを表現する。

無聊【ぶりょう】 退屈なこと。心が楽しまないこと。気が晴れないこと。また、そのさま。むりょう。「―

【訳】 南の苑に柳の繁の敷き積みて、に傾き、香しき杏の花の散り落ちる。

愁し、黙皐つし っ整 しはし聞く清明の雨の音。雨の上がれば口は既に西

う寝覚めの血、枕辺に屏風広がり、夕闇の迫る頃、昧きなく門口に独り身を寄す。

閶闔門001

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠10《菩薩蠻十四首 其十》溫庭筠66首巻一10-〈10〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5247

改訂-1溫庭筠10《菩薩蠻十四首 其十》男楊と女柳の枝がなよなよと揺れるきせつとなったけれど、若々しくそしてなまめかしい体には春は来ない。そして、初夏がおとずれて、は愛の巢にヒナが待っている。愛する君は新しい妃嬪のもとに行っていて、もうここにはお越しにならないと覚悟して生きていくしかない

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠10《菩薩蠻十四首 其十》溫庭筠66首巻一10-10〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5247

 

9.温庭筠

菩薩蠻十四首 其十
若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う

滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
後宮の庭に月は明るく照らし、梨の花がまっ白に咲き満ちている。あのお方はお越しにならないのはまるでとおいとおい国境の山のかなたに行ってしまったままかえってこないことと同じである。(離宮に行く、避暑地に行くこと、別の妃嬪の所に行く)
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金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
季節は廻って金星が流れて空の上をつがいの雁が渡ってゆく、避暑地からお帰りになっているはずなのに、妃嬪の宮殿の閨にお渡りがなく、ながれる涙は刺繍の衣服をうるおしている。
小園芳草綠,家住越溪曲。
又、季節が廻り、宮殿の中庭の園にはもう春の草がみどりに萌えでている。そう、妃嬪も見初められたあの時は、むかし越の国の美人西施が見初められた若耶渓の「詞曲」のように出会があって、寵愛を受けたという。
楊柳色依依,燕歸君不歸。
又春が来て、男楊と女柳の枝がなよなよと揺れるきせつとなったけれど、若々しくそしてなまめかしい体には春は来ない。そして、初夏がおとずれて、燕には愛の巢にヒナが待っている。愛する君は新しい妃嬪のもとに行っていて、もうここにはお越しにならないと覚悟して生きていくしかない。
(菩薩蠻十四首 其の十)

宮に滿つ月明り 梨花の白,故人 萬裏 關山の隔。
金雁 一雙飛,淚痕 繡衣に沾う。
小園 芳草の綠,家住 越溪の曲。
楊柳 色 依依なり,燕歸 君 歸らず。



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『菩薩蠻十四首 其の十』現代語訳と訳註
(
本文)
滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
小園芳草綠,家住越溪曲。
楊柳色依依,燕歸君不歸。


(下し文)
(菩薩蠻十四首 其の十)

宮に滿つ月明り 梨花の白,故人 萬裏 關山の隔。
金雁 一雙飛,淚痕 繡衣に沾う。
小園 芳草の綠,家住 越溪の曲。
楊柳 色 依依なり,燕歸 君 歸らず。


(現代語訳)
若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う

後宮の庭に月は明るく照らし、梨の花がまっ白に咲き満ちている。あのお方はお越しにならないのは、まるでとおいとおい国境の山のかなたに行ってしまったままかえってこないことと同じである。(離宮に行く、避暑地に行くこと、別の妃嬪の所に行く)
季節は廻って金星が流れて空の上をつがいの雁が渡ってゆく、避暑地からお帰りになっているはずなのに、妃嬪の宮殿の閨にお渡りがなく、ながれる涙は刺繍の衣服をうるおしている。
又、季節が廻り、宮殿の中庭の園にはもう春の草がみどりに萌えでている。そう、妃嬪も見初められたあの時は、むかし越の国の美人西施が見初められた若耶渓の「詞曲」のように出会があって、寵愛を受けたという。
又春が来て、男楊と女柳の枝がなよなよと揺れるきせつとなったけれど、若々しくそしてなまめかしい体には春は来ない。そして、初夏がおとずれて、燕には愛の巢にヒナが待っている。愛する君は新しい妃嬪のもとに行っていて、もうここにはお越しにならないと覚悟して生きていくしかない。
泰山の夕日02

 (訳注)

菩薩蠻十四首 其十

若耶渓の西施が見初められた出会いのように寵愛を受けたが、離宮に、避暑地に行くことは、別の妃嬪の所に行くことでお越しになることはないと覚悟して生きていくと詠う

【解説】 梨の花の咲く春に寵愛をうけ、避暑に行かれるのを見送ったきり、また、春が来ても、初夏を迎えてもお渡りになる事は無かった妃嬪の情を詠う。

前段は、この素晴らしい春の夜を独り過ごさねはならぬ恨みを語り、金の雁の刺繍も我が流す涙で濡れている。

後段第二句で、妃嬪の宮殿が、越の美女西施が紗を洗ったという川の入江にあると言っているのは、この妃嬪が西施のような美女であることを表現する。そして、今年もまた燕は帰って来たのに愛するお方は妃嬪の元には帰って来ない。別離の情・子作りを詠う詞に燕がよく描かれること、本作にも当てはまる。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

滿宮明月梨花  故人萬裏關山
金雁一雙  淚痕沾繡
小園芳草  家住越溪
楊柳色依  燕歸君不

  
  
  
  

 

滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
後宮の庭に月は明るく照らし、梨の花がまっ白に咲き満ちている。あのお方はお越しにならないのは、まるでとおいとおい国境の山のかなたに行ってしまったままかえってこないことと同じである。(離宮に行く、避暑地に行くこと、別の妃嬪の所に行く)
滿宮明月梨花白 宮は王者の官室をいう。この場合妃嬪の詩である。この句は、妃嬪が寵愛を受けていたことを表現するものである。百名を超える妃賓の中には、全く寵愛を受けずに過ごす者もいた。寵愛を受ける間に子供ができることが、妃嬪のその後の人生を帰るのである。王宮に限らず、単に満楼というのと変わらないという説もあるが、この語はそんなアバウトな感じでは使えない語である。温庭筠の舞衣曲「不逐秦王巻象株、満楼明月梨花白」。とは異なる。
・關山 辺境の塞・関所をいう。杜甫『洗兵行(洗兵馬)』「三年笛裡關山月,萬國兵前草木風。」
洗兵行 #1 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ992 杜甫特集700- 295杜甫『登岳陽樓』「昔聞洞庭水,今上岳陽樓。呉楚東南坼,乾坤日夜浮。親朋無一字,老病有孤舟。戎馬關山北,憑軒涕泗流。」、李白31 『関山月』「明月出天山、蒼茫雲海間。長風幾萬里、吹度玉門關。漢下白登道、胡窺青海灣。由來征戰地、不見有人還。戍客望邊色、思歸多苦顏。高樓當此夜、歎息未應閑。」高適『塞上聞吹笛』「借問梅花何處落,風吹一夜滿關山。」とある。関所となるべき要害の山。また、ふるさとの四方をとりまく山。故郷。などの意味がある。高適の詩(2 塞上聞吹笛  田家春望 (1)除夜作

金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
季節は廻って金星が流れて空の上をつがいの雁が渡ってゆく、避暑地からお帰りになっているはずなのに、妃嬪の宮殿の閨にお渡りがなく、ながれる涙は刺繍の衣服をうるおしている。
金雁 金星が流れて秋が来て雁が帰る季節になったという意。秋は五行で金に配せられる。雁は書信を伝える。天子は、季節により、避暑地に向い、離宮に、あるいは温泉宮にいくので、燕、雁、浮雲、等に喩えて詠われたのである。あくまで、酒の席での詩である。
・涙痕 なみだのながれたあと。単になみだをいうときもある。


小園芳草綠,家住越溪曲。
又、季節が廻り、宮殿の中庭の園にはもう春の草がみどりに萌えでている。そう、妃嬪も見初められたあの時は、むかし越の国の美人西施が見初められた若耶渓の「詞曲」のように出会があって、寵愛を受けたという。
・越溪曲 越溪は若耶渓。若耶渓は会稽の南から北流して鏡湖に流れ入る。浙江省紹興県南にあり、昔、西施が素足を洗ったところ。ここは美女を西施に比喩していう。李白越女詞五首越女詞 五首 其四淥水曲  李白 1110  採蓮曲(この採連曲のブログで西施について解説している。)。この地方は美人の多い子で有名。素足の女は、楚の国の王を籠絡した女性西施が其ふっくらとした艶的の魅力により語の句に警告させその出発殿のすあしのおんなであったことから、そのエピソードを歌にされたもの。家住は晏幾道の清平楽詞など、詩詞によく見られることば。
晏幾道(清平樂)蓮開欲遍。
一夜秋聲轉。殘綠斷紅香片片。長是西風堪怨。莫愁家住溪邊。采蓮心事年年。誰管水流花謝,月明昨夜蘭船。


楊柳色依依,燕歸君不歸。
又春が来て、男楊と女柳の枝がなよなよと揺れるきせつとなったけれど、若々しくそしてなまめかしい体には春は来ない。そして、初夏がおとずれて、燕には愛の巢にヒナが待っている。愛する君は新しい妃嬪のもとに行っていて、もうここにはお越しにならないと覚悟して生きていくしかない。
・楊柳句 男楊と女柳の枝がなよなよと揺れること。詩経采薇に「楊柳依依」とある。依依は柳の枝のしなやかなさまをいう。
丁子001
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠9《菩薩蠻十四首 其九》溫庭筠66首巻一9-〈9〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5242

改訂-1溫庭筠9《菩薩蠻十四首 其九》 妃嬪は庭を眺めて思いに耽っていたが、せめて夢で寵愛を受けるだけだ。しかし、彼の人のことがやはり胸から離れず、なかなか寝付けない。これが前段の意である。時間の流れからすれば、すぐ近くにいても、寵愛は簡単ではない。「灯、半ば明らかなり」とは、外の月光の明るさと対比した表現は、後宮のおなかの寂しさをあらわしたものである。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠9《菩薩蠻十四首 其九》溫庭筠66首巻一9-9〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5242

 

 

菩薩蠻十四首 其九
(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

牡丹花謝鶯聲歇,綠楊滿院中庭月。
春三月、牡丹の花はちり、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなる。池端の青柳のみどりは繁り、いつしか宮殿の中庭一面に、仲秋の名月が、かげがさす季節に変わる。
相憶夢難成,背窗燈半明。
妃嬪は宮殿のうちにあって、寵愛を失ってからは夢の中でも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ燭灯の向うの窓に背を向けて「逢いたい!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。
妃嬪は若くその顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしい、ひとり過ごす宮殿の閨は寂寞としたままで、愁いに沈んでいる。

人遠淚闌幹,燕飛春又殘。
後宮の奥のかこわれた宮殿の閨はひっそりとして人かげもなく、頬には、涙を流し続けてくっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。
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牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。
相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。
翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。
人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。


紅梅002

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『菩薩蠻十四首 其九』現代語訳と訳註
(
本文)
菩薩蠻十四首 其九

牡丹花謝聲歇,綠楊滿院中庭月。
相憶夢難成,背窗燈半明。
翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。
人遠淚闌幹,燕飛春又殘。


(下し文)
牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。
相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。
翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。
人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。


(現代語訳)
(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

春三月、牡丹の花はちり、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなる。池端の青柳のみどりは繁り、いつしか宮殿の中庭一面に、仲秋の名月が、かげがさす季節に変わる。
妃嬪は宮殿のうちにあって、寵愛を失ってからは夢の中でも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ燭灯の向うの窓に背を向けて「逢いたい!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
妃嬪は若くその顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしい、ひとり過ごす宮殿の閨は寂寞としたままで、愁いに沈んでいる。

後宮の奥のかこわれた宮殿の閨はひっそりとして人かげもなく、頬には、涙を流し続けてくっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。
海棠花1050

(訳注)
菩薩蠻十四首 其九

(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

【解説】 過ぎゆく春に、寵愛を失った妃嬪の情を詠う。

前段に言う楊は雄を示し揺れる枝は逢瀬をれんそうさせる、季節が変わり、秋の夜長を一人過ごす。作中の妃嬪は庭を眺めて思いに耽っていたが、せめて夢で寵愛を受けるだけだ。しかし、彼の人のことがやはり胸から離れず、なかなか寝付けない。これが前段の意である。

時間の流れからすれば、すぐ近くにいても、寵愛は簡単ではない。「灯、半ば明らかなり」とは、外の月光の明るさと対比した表現は、後宮のおなかの寂しさをあらわしたものである。

後段は、妃嬪は翡翠や黄金の飾りを装ってみたものの、すべて贈り物でいただいたものであるから、独りの世界に閉じ籠もってそれをたえなければいけない。

この詩の表現で、「背窗燈半明」というのは新しい感じがする句である。又、楊柳の内、「楊」:男の語と「月」:女を同じ句の中にあるのは、逢瀬を思い出させるものであり、楊、イクォール別離⇒折楊柳⇒国境の守りに着く⇒遠くの空を見る、と解釈するのは単純すぎる、確かに、一方的に別れておったということは、折楊柳とは無関係である。この詩の面白いのは、近くにいても、思いが届かず、寵愛を失っている状況を詠っていることにある。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

牡丹花謝,綠楊滿院中庭
相憶夢難,背窗燈半
翠鈿金壓
,寂寞香閨
人遠淚闌
,燕飛春又

  
  
  
  

 

牡丹花謝聲歇,綠楊滿院中庭月。
春三月、牡丹の花はちり、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなる。池端の青柳のみどりは繁り、いつしか宮殿の中庭一面に、仲秋の名月が、かげがさす季節に変わる。
 花がしぼみおちること。
 止むこと。
・中庭 中心にある庭、なかにわ。


相憶夢難成,背窗燈半明。
妃嬪は宮殿のうちにあって、寵愛を失ってからは夢の中でも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ燭灯の向うの窓に背を向けて「逢いたい!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
・背窓句 宮殿のどこか、窓の向こうに毎日思いを向けている、すぐ手の届くところにいるのに。その思いは一向に届かないこと。


金壓臉,寂寞香閨掩。
妃嬪は若くその顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしい、ひとり過ごす宮殿の閨は寂寞としたままで、愁いに沈んでいる。


人遠淚闌幹,燕飛春又殘。
後宮の奥のかこわれた宮殿の閨はひっそりとして人かげもなく、頬には、涙を流し続けてくっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。
涙闌幹 闌幹は涙の流れるさまであるが、ここでは毎日泣き続けている状況を示しているので、涙か流し枯れてもそのあとは残っているといったほうが理解しやすいとおもう。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠8《菩薩蠻十四首 其八》溫庭筠66首巻一8-〈8〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5237

改訂-1溫庭筠8《菩薩蠻十四首 其八》(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠8《菩薩蠻十四首 其八》溫庭筠66首巻一8-8〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5237



菩薩蠻十四首其一

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。

懶起畫蛾眉,弄粧梳洗遲。

照花前後鏡,花面交相映。

新帖羅襦,雙雙金鷓鴣。



菩薩蠻十四首其二

水精簾裡頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。

江上柳如煙,鴈飛殘月天。

藕絲秋色淺,人勝參差剪。

雙鬢隔香紅,玉釵頭上風。



菩薩蠻十四首其三

無限當山額,宿粧隱笑紗窗隔。

相見牡丹時,暫來還別離。

翠釵金作股,釵上雙蝶舞。

心事竟誰知,月明花滿枝。



菩薩蠻十四首其四

翠翹金縷雙鸂鶒,水紋細起春池碧。

池上海棠梨,雨晴紅滿枝。

衫遮笑靨,烟草粘飛蝶。

青瑣對芳菲,玉關音信稀。



菩薩蠻十四首其五

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。

燈在月朧明,覺來聞曉鶯。

玉鉤掛起翠,粧淺舊眉薄。

春夢正關情,鏡中鬢輕。



菩薩蠻十四首其六

玉樓明月長相憶,柳絲娜春無力。

門外草萋萋,送君聞馬嘶。

畫羅金翡翠,香燭消成

花落子規啼,綠窗殘夢迷。



菩薩蠻十四首其七

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。

明鏡照新粧,鬢輕雙臉長。

畫樓相望久,欄外垂絲柳。

意信不歸來,社前雙迴。



菩薩蠻十四首其八

牡丹花謝鶯聲歇,綠楊滿院中庭月。

相憶夢難成,背窗燈半明。

翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。

人遠闌干,燕飛春又殘。



菩薩蠻十四首其九

滿宮明月梨花白,故人萬里關山隔。

金雁一雙飛,痕沾衣。

小園芳艸綠,家住越溪曲。

楊柳色依依,歸君不歸。



菩薩蠻十四首其十

寶函鈿雀金鸂鶒香關上山碧。

楊柳又如絲,驛橋春雨時。

畫樓音信斷,芳草江南岸。

鸞鏡與花枝,此情誰得知。



菩薩蠻十四首其十一

南園滿地堆輕絮,愁聞一霎清明雨。

雨後卻斜陽,杏華零落香。

無言睡臉,枕上屏山掩。

時節欲昏,無獨倚門。



菩薩蠻十四首其十二

夜來皓月纔當午,重簾悄悄無人語。

深處麝煙長,臥時留薄粧。

當年還自惜,往事那堪憶。

花落月明殘,錦衾知曉寒。



菩薩蠻十四首其十三

雨晴夜合玲瓏日,萬枝香紅絲拂。

閑夢憶金堂,滿庭萱草長。

簾垂菉簌,眉黛遠山綠。

春水渡溪橋,凭欄魂欲消。



菩薩蠻十四首其十四

竹風輕動庭除冷,珠簾月上玲瓏影。

山枕隱,綠檀金鳳凰。

兩蛾愁黛淺,故國宮遠。

春恨正關情,畫樓殘點聲。



妃嬪に関する制度 ―――――――――――

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の妾【ようしょう】の身分があった。



后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。「唐の法は北周、隋の法を踏襲し、妃嬢、女官には地位に尊卑があったから、その品階によって衣服、化粧の費用を支給した」(『旧唐書』王鋲伝)。唐初以来、国庫が日に日に豊かになると、后妃たちの生活もそれに応じて賛沢になった。



彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。



日常的に危険と不安が潜伏している後宮のなかで、気の弱い者、能力のない者は、ただ唯々諾々と運命に翻弄されるしかなかった。しかし、ちょっと勇敢な者は、他人から運命を左右されることに甘んぜず、自分の力をもって自分の運命を支配し変革しょうとし、さらに進んでは他人をも支配しょうとした。これは高い身分にいることから激発される権力欲ばかりではなかった。彼女たちの特殊な生活環境もまた、彼女たちを一場の激しい 「生存競争」 の只中に投げ入れずにはおかなかったのである。

 

 

温庭筠

菩薩蠻十四首 其八
(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。
あの方からの贈り物、鳳凰のむかいあい、金糸をぬいとりが尾のからみ渦巻く紋様がある。昨日一夜の春の小糠雨に、庭の牡丹の花が濡れ潤いうつくしい、妃嬪も若くてうつくしく、小雨に潤う牡丹の花である。

明鏡照新妝,輕雙臉長。
部屋に日がさしこみ、鏡に映すお化粧したての顔に日に照らされる、鬢にかかる雲形の髪も薄くなり、思いが辛いせいか、二つの頬はやつれて精彩がなくなっている。
畫樓相望久,欄外垂絲柳。
離宮の飾られた高楼にのぼって、今日もまた久しくあの方のお越しをまちわびる。欄干の外の池端には、しだれ柳が芽をふき、風にふかれ艶めかしくゆれている。 

音信不歸來,社前雙燕回。
妃嬪には、気遣いも、音沙汰も帰ってこないけれど、今年もまた社日に先立って交尾する仲むつまじそうな燕が出たり入ったりしている。

(菩薩蠻十四首 其の八)

鳳凰 相對して金縷を盤す,牡丹 一夜にして微雨に經る。
明鏡 新妝を照らし,
輕 雙びて臉 長し。
畫樓 相望久,欄外 絲柳を垂るる。
音信 歸えり來らず,社前 雙燕 回える。


kairo10681

『菩薩蠻十四首 其八』現代語訳と訳註
(
本文)
菩薩蠻十四首 其八

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。
明鏡照新妝,輕雙臉長。
畫樓相望久,欄外垂絲柳。
音信不歸來,社前雙燕回。


(下し文)
鳳凰 相對して金縷を盤す,牡丹 一夜にして微雨に經る。
明鏡 新妝を照らし,
輕 雙びて臉 長し。
畫樓 相望久,欄外 絲柳を垂るる。
音信 歸えり來らず,社前 雙燕 回える。


(現代語訳)
(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

あの方からの贈り物、鳳凰のむかいあい、金糸をぬいとりが尾のからみ渦巻く紋様がある。昨日一夜の春の小糠雨に、庭の牡丹の花が濡れ潤いうつくしい、妃嬪も若くてうつくしく、小雨に潤う牡丹の花である。

部屋に日がさしこみ、鏡に映すお化粧したての顔に日に照らされる、鬢にかかる雲形の髪も薄くなり、思いが辛いせいか、二つの頬はやつれて精彩がなくなっている。
離宮の飾られた高楼にのぼって、今日もまた久しくあの方のお越しをまちわびる。欄干の外の池端には、しだれ柳が芽をふき、風にふかれ艶めかしくゆれている。
 

妃嬪には、気遣いも、音沙汰も帰ってこないけれど、今年もまた社日に先立って交尾する仲むつまじそうな燕が出たり入ったりしている。
芍薬001

(訳注)

菩薩蠻十四首 其八
(寵愛を失った妃嬪は離宮でお越しを待ち侘びるが、天子のお気遣いも、音沙汰もなくなってしまったことを詠う)

【解説】

 悲しい妃嬪を詠う。

前段の第一句は妃嬪の衣裳の華麗さを言うと同時に、金糸の番の鳳凰を通じて妃嬪の孤独を際立たせる。

第二句は一夜のこぬか雨に濡れそぼつ牡丹の花に、涙にうちしおれた妃嬪の姿を重ねる。雨に濡れた花は、重みで俯きになっており、それは愁いに沈んでうなだれる女の姿そのものでもある。

前段第四句、頬がほっそりしているのは、寵愛を失った故のやつれの表れである。

後段は、妃嬪は、後宮の一角か、離宮に遣られて、皇帝か没するまでただ、生かされるだけである。高殿に登り、天子の方を望んで時の経つのにも気づかぬさまを詠い、身を寄せる高殿の手すりから見えるものは、逢瀬のひと時を想像させる枝垂れ柳の揺れであることを言う。

末一句は、燕は早くも春の社祭り頃に帰って来たツバメを見て、春が過ぎてゆくのを思い、この生活をしかたなく受け入れていくことを思うのである。



唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

鳳凰相對盤金,牡丹一夜經微
明鏡照新輕雙臉
畫樓相望,欄外垂絲
音信不歸
,社前雙燕

  
  
  
  

 

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。

あの方からの贈り物、鳳凰のむかいあい、金糸をぬいとりが尾のからみ渦巻く紋様がある。昨日一夜の春の小糠雨に、庭の牡丹の花が濡れ潤いうつくしい、妃嬪も若くてうつくしく、小雨に潤う牡丹の花である。

鳳皇 鳳凰。鳳は雄、凰は雌。男女の和合円満を象徴する。この鳳凰は盤「菩薩蛮」の「金鷓鴣」と同様、衣裳に刺繍された模様を指す。なお、髪飾りと解する説もある。金鷓鴣:鳥の名。しゃこ。キジ科の鳥。ここでは、鷓鴣で、男女一緒になることを示しており、詞全体では、「鳳凰相對盤金縷」でも示されるように、そのことが、叶わなくて、一人でいる女性の艶めいた寂しさを詠っている。

 蛇がとぐろを巻くように円形にぴたっと貼り付くこと。

双腺 両の頼。


明鏡照新妝,鬢輕雙臉長。
部屋に日がさしこみ、鏡に映すお化粧したての顔に日に照らされる、鬢にかかる雲形の髪も薄くなり、思いが辛いせいか、二つの頬はやつれて精彩がなくなっている。
○雙臉長 右左の頬がやせたこと。寂しさに心痛めてやつれた様子を云う。晏殊の訴衷情詞に「露蓮雙臉遠山眉」とある。


畫樓相望久,欄外垂絲柳。
離宮の飾られた高楼にのぼって、今日もまた久しくあの方のお越しをまちわびる。欄干の外の池端には、しだれ柳が芽をふき、風にふかれ艶めかしくゆれている。 

○画楼 美しく塗り飾った高殿。


音信不歸來,社前雙燕回。
妃嬪には、気遣いも、音沙汰も帰ってこないけれど、今年もまた社日に先立って交尾する仲むつまじそうな燕が出たり入ったりしている。
○音信小帰来 便りが来ない、音沙汰がない。

社 地神を祭った社の祭り。立春後の五番目の戊の日に行われる豊作祈願祭(春社)と上汁秋後の五番目の戌の日に行われる収穫感謝祭(秋社)がある。中国には、燕が春社の頃に帰って来て秋社の頃に去って行くところから、社燕という言葉がある。

○社前雙燕回 この詩全体艶閨の雰囲気を持った語でちりばめられており、しかし、少し年を取ってきた富貴の家に囲われた妓女にとってただ寂しさだけがのころ。ここに言う燕は、この時期、子作りをするため雌雄が一緒にいる晩春のころのことである。



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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠7《菩薩蠻十四首 其七》溫庭筠66首巻一7-〈7〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5232

改訂-1溫庭筠7菩薩蠻十四首 其七咲き誇っている花はちり行くもの、だから、いま振り向いてもらわなくてはならないから、ほととぎすのように血を吐いて啼くほどにおもいつづける、部屋の東のみどり絹の窓から、遙か先に思いを送るがけれど、思いも夢も行き先を迷っているから届いていない。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠7菩薩蠻十四首 其七》溫庭筠66首巻一7-7〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5232

 

 

温庭筠 

菩薩蠻十四首 其七
(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、又春を迎えたが、杜鵑のように思いを届けたいと思い続けるだけで、官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その七

玉樓明月長相憶,柳絲娜春無力。
かがやくほどの高楼には中秋の明月が昇り、たがいにその月を見上げ思い合ったものでした、私のもとにかえってこないあの人を恋しく思う。絲の様な腰つきの柳の枝葉はもっとたおやかに魅力的にしているが、春が来ても一人過ごす春の日、片思いのままは気力も失せて來る。
門外草萋萋,送君聞馬嘶。
門外にでてみると万物はめばえ、春草がまた青々としげる。茫茫と茂る中、あの人を見送ったときには、乗ってゆく馬のいななくのを聞いたものだったけれど、いまは馬が嘶いてもあの人のものではない。
畫羅金翡翠,香燭銷成淚。
綺麗に鳳凰が描かれているうすものの衾がかかり、金と翡翠のとばりに飾られた閨の中で、今宵も更けゆくままに、蝋燭も溶けて流れ、そして涙もとめどがない。
花落子規啼,綠窗殘夢迷。
咲き誇っている花はちり行くもの、だから、いま振り向いてもらわなくてはならないから、ほととぎすのように血を吐いて啼くほどにおもいつづける、部屋の東のみどり絹の窓から、遙か先に思いを送るがけれど、思いも夢も行き先を迷っているから届いていない。

(菩薩蠻十四首 其七)
玉樓明月長へに相ひ憶ふ、柳絲娜として春無力。
門外草萋萋たり、君を送れば馬の嘶くを聞けり。
畫【いろうつくしき】羅【うすぎぬ】金の翡翠、香【かぐはしき】燭消【とけ】て涙を成す。
花落ちて子規啼けば、綠窗【ろくそう】に殘夢迷ふ。



『菩薩蠻十四首 其七』現代語訳と訳註
(
本文)
菩薩蠻十四首 其七

玉樓明月長相憶,柳絲裊娜春無力。
門外草萋萋,送君聞馬嘶。
畫羅金翡翠,香燭銷成淚。
花落子規啼,綠窗殘夢迷。


(下し文)
玉樓明月長へに相ひ憶ふ、柳絲裊娜【じょうや】春力無し。
門外草萋萋たり、君を送れば馬の嘶くを聞けり。
畫【いろうつくしき】羅【うすぎぬ】金の翡翠、香【かぐはしき】燭消【とけ】て涙を成す。
花落ちて子規啼けば、綠窗【ろくそう】に殘夢迷ふ。


(現代語訳)
(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、又春を迎えたが、杜鵑のように思いを届けたいと思い続けるだけで、官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その七

かがやくほどの高楼には中秋の明月が昇り、たがいにその月を見上げ思い合ったものでした、私のもとにかえってこないあの人を恋しく思う。絲の様な腰つきの柳の枝葉はもっとたおやかに魅力的にしているが、春が来ても一人過ごす春の日、片思いのままは気力も失せて來る。
門外にでてみると万物はめばえ、春草がまた青々としげる。茫茫と茂る中、あの人を見送ったときには、乗ってゆく馬のいななくのを聞いたものだったけれど、いまは馬が嘶いてもあの人のものではない。
綺麗に鳳凰が描かれているうすものの衾がかかり、金と翡翠のとばりに飾られた閨の中で、今宵も更けゆくままに、蝋燭も溶けて流れ、そして涙もとめどがない。咲き誇っている花はちり行くもの、だから、いま振り向いてもらわなくてはならないから、ほととぎすのように血を吐いて啼くほどにおもいつづける、部屋の東のみどり絹の窓から、遙か先に思いを送るがけれど、思いも夢も行き先を迷っているから届いていない。
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 (訳注)

菩薩蠻十四首 其七

(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、又春を迎えたが、杜鵑のように思いを届けたいと思い続けるだけで、官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その七

【解説】この詩も、官妓が身請けされて別宅に住まいしていて、どこかに赴任することで別離した。きっと帰っているけれど自分の元には帰ってくれないということをおたっている。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

玉樓明月長相  柳絲裊娜春無
門外草萋  送君聞馬
畫羅金翡  香燭銷成
花落子規  綠窗殘夢

  
  
  
  


玉樓明月長相憶,柳絲裊娜春無力。
かがやくほどの高楼には中秋の明月が昇り、たがいにその月を見上げ思い合ったものでした、私のもとにかえってこないあの人を恋しく思う。絲の様な腰つきの柳の枝葉はもっとたおやかに魅力的にしているが、春が来ても一人過ごす春の日、片思いのままは気力も失せて來る。
・玉樓 宝玉にかざられた立派な建物。春の装いにかがやく高楼は女妓のいる建物を指す。
・明月 明るい月。名月。仲秋の明月。美しい女。
・長  とこしえに。いつまでも。
・相憶 昔のことを思い起こす。憶は、あれこれと思いをはせること。
・柳絲 垂れ下がった柳の枝のこと。絲柳。女性の体の線のことを謂う。
・裊娜 しなやかなさま。なよなよとしているさま。は、嫋(たおやか、しなやか)に通ずる。
・春無力 楽しいはずの春が来てもなにごとにも無気力の様子であること。春行楽で新しい出会いと結ばれるときに、男と別れたまま振り向いても暮れなくなって、さびしくうらぶれて無気力になっているということ。同時に女妓に歳を重ねて春に対する期待感がなくなっていることを云う。

【解説】この二句は、仲秋の名月を見ては男への思いを高め、又春が来て柳の揺れるのを見て逢瀬の思いをはせるが叶わぬものとあきらめ何事にも無気力になる。


門外草萋萋,送君聞馬嘶。
門外にでてみると万物はめばえ、春草がまた青々としげる。茫茫と茂る中、あの人を見送ったときには、乗ってゆく馬のいななくのを聞いたものだったけれど、いまは馬が嘶いてもあの人のものではない。
・萋萋 草が茂っているさま。
送君 恋人を送る。君とは男性を指す。
・聞馬嘶 馬のいななくのが 聞こえてきた。男と最後の別れの情景。

【解説】この二句は、又春が来て草は萌え、春には逢瀬を約束していたことを万物が成長することで思い出す。


畫羅金翡翠,香燭銷成淚。
綺麗に鳳凰が描かれているうすものの衾がかかり、金と翡翠のとばりに飾られた閨の中で、今宵も更けゆくままに、蝋燭も溶けて流れ、そして涙もとめどがない。
・畫羅 美しいうすぎぬのこと。畫は、動詞として、(絵を)えがく。形容詞として(建物などに色が塗られていたり、模様が画かれていたりして)美しい、(「畫船聽雨眠」の畫)になる。
・金翡翠 かわせみ。雌雄対になったカワセミのことで、翡は雄で翠は雌を謂う。
・香燭 香しき蝋燭。香はこの蝋燭がいい香りを放つかどうかということよりも、女性を暗示していることの方が大きい。
・消成涙 。蝋が溶けて涙を流したみたいになっていること。消を銷とする本が多い。銷の方が通りやすい。

【解説】この二句は、高級官僚からの贈り物が飾られた閨をあがく、その品を見るたびに涙が出る。しかしそれらのしなはかたずけることなどできないものなのだ。


花落子規啼,綠窗殘夢迷。
咲き誇っている花はちり行くもの、だから、いま振り向いてもらわなくてはならないから、ほととぎすのように血を吐いて啼くほどにおもいつづける、部屋の東のみどり絹の窓から、遙か先に思いを送るがけれど、思いも夢も行き先を迷っているから届いていない。
花落 花が 散る。若い時の花は散る。
・子規 ホトトギス杜鵑。血を吐きながら、悲しげに、鳴くことから鳴き声が読み方と類似しているため不如歸とも書き表す。

宣城見杜鵑花 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集-244/-350

・綠窗 緑のうすぎぬの窓。女性の部屋の窓のこと。
・殘夢 見果てぬ夢。見残した夢。男と過ごした日々の思いでを指している。
・迷 悩乱している。

【解説】この二句は、春を過ぎ初夏になる、女の若さも同じように散ってゆく、だからどこに行っているかわからないが何とか存在感を出して気付いてもらいたいということを表現している。同じような表現をしている詩を以下のように紹介する。


法鏡寺 杜甫
洩雲蒙清晨,初日翳複吐。
朱甍半光炯,戸牖粲可數。
拄策忘前期,出蘿已亭午。
冥冥子規叫,微徑不複取。

“同谷紀行(6)” 法鏡寺 杜甫 <325>#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1541 杜甫詩 700- 478

 

杜甫の鳥獸蟲魚類について整理してみると次のようにある。
五言律詩  
『鸚鵡』、『子規』、『百舌』、『歸鴈二首』、『歸鴈』、『孤鴈』、『鸂鶒』、『花鴨』『麂』、     

錦瑟 
錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。
莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。
滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。
此情可待成追憶、只是當時已惘然。

錦瑟 李商隠 1 Ⅰ晩唐李商隠詩<1>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之漢詩ブログ<64>

 

 (井泥四十韻 第四場面 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 144


井泥四十韻 第4場面
伊尹佐興王,不藉漢父資。
磻溪老釣叟,坐爲周之師。」
屠狗與販繒,突起定傾危。
長沙
封土,豈是出程。」
帝問主人翁,有自賣珠兒。
武昌昔男子,老苦爲人妻。」
蜀王有遺魄,今在林中啼。
淮南雞舐藥,翻向雲中飛。』
○蜀王 蜀の開国伝説によると、周の末に蜀王の杜宇が帝位に即き、望帝と称した。望帝は部下のものに治水を命じておきながら、その妻と姦通し、その後その罪を恥じて隠遁した。旧暦二月、望帝が世を去ったとき、杜鵑(ホトトギス)が、哀鳴した。これを蜀王魂という。また、春心托杜鵑 相手と結ばれたいとを思う心は、血を吐きながら悲しげに鳴く杜鵑(ホトトギス)に托す。杜鵑:〔とけん〕ほととぎす。血を吐きながら悲しげに鳴くという。
燕臺詩四首 其二 夏#1 李商隠130 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 130-#1 
李商隠1錦瑟
韓愈 杏花
居鄰北郭古寺空,杏花兩株能白紅。
曲江滿園不可到,看此寧避雨與風 ? 
二年流竄出嶺外,所見草木多異同。』

杏花 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ989 韓愈特集-37-#1

 

冬寒不嚴地恆泄,陽氣發亂無全功。
浮花浪蘂鎮長有,纔開還落瘴霧中。
山榴躑躅少意思,照耀黃紫徒為叢。』

 

杏花 #2 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ992中唐305 韓愈特集-37-#

鷓鴣鈎輈猿叫歇,杳杳深谷攢青楓。
豈如此樹一來翫,若在京國情何窮。
今旦胡為忽惆悵,萬片飄泊隨西東。
明年更發應更好,道人莫忘鄰家翁。』

杏花 #3 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ995中唐306 韓愈特集-37-#3

○山榴 「さつき(皐月)」の古名。山奥の岩肌などに自生する。盆栽などで親しまれている。サツキツツジ(皐月躑躅)などとも呼ばれており、他のツツジに比べ一ヶ月程度遅い、旧暦の五月(皐月)の頃に一斉に咲き揃うところからその名が付いたと言われる。○躑躅 ツツジ。おおむね常緑若しくは落葉性の低木から高木で、葉は常緑または落葉性で互生、果実は蒴花である。4月から5月の春先にかけて漏斗型の特徴的な形の花(先端が五裂している)を数個、枝先につける。杜鵑花(とけんか)、杜鵑はほととぎすの別名。
花間集02

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1 温庭筠 おんていいん
812頃―870以後)本名は岐、字は飛卿、幷州(山西省大原)の人。初唐の宰相温彦博の子孫にあたるといわれる。年少のころから詩をよくしたが、素行がわるく頽廃遊蕩生活に耽り、歌樓妓館のところに出入して、艶麗な歌曲ばかりつくっていた。進士の試験にも落第をつづけ、官途につくこともできなかった。徐商が裏陽(湖北)の地方長官をしていたとき、採用されて巡官となり、ついで徐商が中央の高官(成通のはじめ尚書省に入る)になったので、さらに任用されようとしたが成らなかった。859年頃に詩名によって特に召されて登用され、国子(大学)助教となった。たが、叙任前に微行中の宣宗に無礼があって罷免され、晩年は流落して終わった。そのため、生歿が未詳である。

集に撞蘭集三巻、金墨集十巻、漢南其稿十巻があったという。かれは晩唐の詩人として李商隠と相並び、「温李」として名を知られている。音楽に精しく、鼓琴吹笛などを善くし、当時流行しつつあった詞の作家としても韋荘と相並んで「温韋」の称があった。その詞の大部分は趙崇祚の編した花間集に収載されている。洗練された綺麗な辞句をもちいた、桃李の花を見るような艶美な作風は花間集一派の詞人を代表するもので、「深美閎約」と批評されているその印象的なうつくしさにおいてほ花間集中、及ぶものがないといってよく、韋荘の綺麗さとよい対照をなしている。王国維が花間集に収載する六十六首のほか他書に散見するものを合せて輯した金荃詞一巻があり、七十首を伝えている。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠6《菩薩蠻十四首 其六》溫庭筠66首巻一6-〈6〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5227

改訂-1溫庭筠6《菩薩蠻十四首 其六》(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、江南の地に赴任したまま、又春を迎えたが、官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その六


 
 2014年12月6日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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143-2 《讀諸葛武侯傳,書懷贈長安崔少府叔封昆季 -#2》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 李白<143-2> Ⅰ李白詩1335 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5223 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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28-§1-2 《與衞中行書 -(2)》韓愈(韓退之)ID 799年貞元15年 32歳<1248> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5224 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠6《菩薩蠻十四首 其六》溫庭筠66首巻一6-6〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5227





地方の官妓

 

ここで主にとりあげるのは各州・府(及び唐代後期の藩鎮)に隷属する官妓である。これら官妓には二つの来源があった。一つは、代々「楽籍」に入れられていた、官に隷属する職民の女子であり、他に生きる道はなく、ただ先祖代々の仕事を踏警るだけで昔どおりの楽妓となったもの。もう一つは、良民の女子であったがいろいろの原因によって楽籍に落ちたものである。たとえば名妓の薛濤は、元は良家の娘であり、父が仕官を求めて各地を巡るのに付き従っていたが、ついに蜀(四川省)まで流れ来た時、落ちぶれて楽籍に入った。また韋中丞の愛姫が生んだ娘は、兄弟がみな死んだので「身を楽部に委ね、先人を恥辱しめ」ざるをえなかった(『雲渓友議』巻三)。これらはみな衣食にこと欠いたために楽籍に人らざるをえなかった例である。また、地方長官から良民の身分を剥奪され婢にされたものもあった。



これらの女性はひとたび楽籍に入ると、官に隷属する璧となり、その地位は官奴婢とほとんど同じであった。李商隠は「妓席」という詩の中で、「君に勧む〔御指名の際には〕小字(幼名)を書し、慎んで官奴と喚ぶ莫かれ」と述べ、官妓たちが官奴の身分であったことを明らかにしている。

地方官妓は「楽営」の管理下に属していたので、常に「楽営妓人」、「楽営子女」などと呼ばれた。



地方官妓はみな藩帥(潘鎮)の統括下に入り、長官が軍事長官の職権を兼ねたので、人々は属下の営妓は軍事長官が軍隊のために設置したもの、と考えたことにあろう。

楽営官妓は、節度使や州刺史などの地方長官が直接に掌握し支配した。彼女たちは一般に楽営に集中して居住し、そこから自由に出ることは許されず、官庁から衣服や食糧の支給を受けていた。



そして、いつでも官庁からの呼び出しに応じることができるよう準備していたので、「官使の婦人」とか、「官侯の女子」などと呼ばれたのである。

 

官庁が挙行する各種の祝典宴会・歓送迎会・上官接待などの時に、官府は彼女たちを召集して芸の披露、酒席の接待、夜の相手などをさせた。官妓の大半はみな一定の技芸を持ち、歌や舞い、酒席での遊び、それに管弦楽器の演奏などに長じていた。彼女たちは、一段と大きな権勢を持つ長官に占有される以外は、一般に地方長官の許可なしに客を自由に接待することはできなかったと思われる。しかし、この種の制限も決してそれほど厳格なものではなく、すべて長官個人の好みにかかっていた。



温庭筠 

菩薩蠻十四首 其六

(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、江南の地に赴任したまま、又春を迎えたが、官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その六

寶函鈿雀金鸂鵣,沈香閣上山碧。

高官であるあのお方をまちわびている官妓優が、目をさまし、うつくしい匣枕の引き出しから、鈿雀のかんざしと、金のおしどりにかざられたかんざしを髪に飾ってみる。朝のお化粧をして沈香のただよう樓閣のうえにのぼって、遠い彼方の呉山のみどりを思って眺めやる。

楊柳又如絲,驛橋春雨時。

赴任するあのお方を健康と無事を祈ってお別れをした、その青柳は又芽をふいて、糸のようにほそい枝を風になびかせている。驛亭の橋のたもとにはしっとりと春雨がふって、あのお方はきっと帰って来るかと眺める。

畫樓音信斷,芳草江南岸。

美しい高楼に棲むことを許されているけれど、あのお方からの音信はとぎれたままで、又春が来て、かんばしい草が江南の岸にはまたさきだしている。

鸞鏡與花枝,此情誰得知。
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この侘しい心でいるので、あの方から贈られた鸞鳥を背に彫んだ鏡には「玉容寂寞涙闌干、梨花一枝春帶雨。」といわれた美しい顔がある。こうした生き方をしてゆかねばならない、この心情はだれが察っしてくれるのだろうか。

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寶函【ほうかん】鈿雀【てんじゃく】金の鸂鵣【けいちょく】,沈香【ちんこう】の閣上 山の碧【みどり】。
楊柳 又 絲の如し,驛橋 春雨【はるさめ】の時なり。
畫樓から音信 斷つ,芳草 江南の岸のあり。
鸞鏡と花枝とあり,此の情は誰か知るを得る。

nat0022

『菩薩蠻十四首 其六』 現代語訳と訳註
(
本文)

菩薩蠻十四首 其六
寶函雀金鸂鵣,沈香閣上山碧。
楊柳又如絲,驛橋春雨時。
畫樓音信斷,芳草江南岸。
鸞鏡與花枝,此情誰得知。

 

(下し文)
(菩薩蠻十四首 其の六)

寶函【ほうかん】鈿雀【てんじゃく】金の鸂鵣【けいちょく】,沈香【ちんこう】の閣上 山の碧【みどり】。
楊柳 又 絲の如し,驛橋 春雨【はるさめ】の時なり。
畫樓から音信 斷つ,芳草 江南の岸のあり。
鸞鏡と花枝とあり,此の情は誰か知るを得る。


 (現代語訳)
(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、江南の地に赴任したまま、又春を迎えたが、官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その六

高官であるあのお方をまちわびている官妓優が、目をさまし、うつくしい匣枕の引き出しから、鈿雀のかんざしと、金のおしどりにかざられたかんざしを髪に飾ってみる。朝のお化粧をして沈香のただよう樓閣のうえにのぼって、遠い彼方の呉山のみどりを思って眺めやる。
赴任するあのお方を健康と無事を祈ってお別れをした、その青柳は又芽をふいて、糸のようにほそい枝を風になびかせている。驛亭の橋のたもとにはしっとりと春雨がふって、あのお方はきっと帰って来るかと眺める。
美しい高楼に棲むことを許されているけれど、あのお方からの音信はとぎれたままで、又春が来て、かんばしい草が江南の岸にはまたさきだしている。

この侘しい心でいるので、あの方から贈られた鸞鳥を背に彫んだ鏡には「玉容寂寞涙闌干、梨花一枝春帶雨。」といわれた美しい顔がある。こうした生き方をしてゆかねばならない、この心情はだれが察っしてくれるのだろうか。
安史の乱期 勢力図 002



(訳注)

菩薩蠻十四首 其六
(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、江南の地に赴任したまま、又春を迎えたが、官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その六

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

寶函雀金鸂  沈香閣上
楊柳又如  驛橋春雨
畫樓音信  芳草江南
鸞鏡與花  此情誰得

  
  
  
  

 

寶函鈿雀金鸂鵣,沈香閣上山碧。
高官であるあのお方をまちわびている官妓優が、目をさまし、うつくしい匣枕の引き出しから、鈿雀のかんざしと、金のおしどりにかざられたかんざしを髪に飾ってみる。朝のお化粧をして沈香のただよう樓閣のうえにのぼって、遠い彼方の呉山のみどりを思って眺めやる。
〇寶函 宝函はうつくしい匣の意であるが、枕函(まくら)とか、化粧箱をさす。

〇鈿雀 鈿雀は花鈿(かんざし)雀釵のたぐいであろう。

〇金鸂鵣 金鸂鵣、これも金のおしどりのかんざしである。たからのほう枕のほとりに叙のおちているけしき。夫が居たら考えられない景色というところであろう。
〇沈香閣 全唐詩により閣に改める。ここは美しい楼閣としておそらく陳後主の故事を借りているのであろう。・沈香:〔じんこう〕熱帯や広東省に産する香木の名で、水に沈むからこう呼ばれる。香の名。

山碧 呉山は浙江省杭県にある山名。古来名勝の地として知られる。山上に伍子胥廟があるので青山とも呼ばれる。ここは呉の山々という意かもしれない。
李白『楊叛兒』
君歌楊叛兒、妾勸新豐酒。
何許最關人、烏啼白門柳。
烏啼隱楊花、君醉留妾家。
博山爐中沈香火、雙煙一氣凌紫霞。

漢詩ブログについて、と李白36 楊叛兒と蘇東坡-蘇軾 ⑪江城子 密州出猟

楊柳又如絲,驛橋春雨時。
赴任するあのお方を健康と無事を祈ってお別れをした、その青柳は又芽をふいて、糸のようにほそい枝を風になびかせている。㶚水橋のたもと驛亭にはしっとりと春雨がふって、あのお方はきっと帰って来るかと眺める。
〇楊柳 楊柳はしなやかな女性を示す。大業元年(605年)煬帝は西苑から穀洛二水を引いて黄河へ。板渚から熒沢を経て汴水へ。また汴水を泗に入れ准河に到る運河。及び刊溝を開き山陽から揚子江に入る、大運河工事を起し、その堤に街道を作り、楊柳を一千三百里にわたって植えた。その柳を指す(「隋沓」本紀及び食貨志)。旅立ち別れる男に楊柳を折って健康と無事を祈るのである。


畫樓音信斷,芳草江南岸。
美しい高楼に棲むことを許されているけれど、あのお方からの音信はとぎれたままで、又春が来て、かんばしい草が赴任地の江南の岸にはまた咲きだしていることはわかっているはずなのだ。


鸞鏡與「花枝」,此情誰得知。
この侘しい心でいるので、あの方から贈られた鸞鳥を背に彫んだ鏡には「玉容寂寞涙闌干、梨花一枝春帶雨。」といわれた美しい顔がある。こうした生き方をしてゆかねばならない、この心情はだれが察っしてくれるのだろうか。
〇鸞鏡 鸞鳥を背に彫んだ鏡。ケイ賓(カシミ-ル地方にあった国の名)の王が鷲を飼っていたが三年たっても鳴かなかった。夫人が「鸞はその姿を見たらなく」というので鏡をかけてこれをうつさせたら夜中に鳴き出して死絶したという。よって後世鏡のことを鸞鏡というという。
李商隠『無題』
含情春晼晩、暫見夜蘭干。
樓響將登怯、簾烘欲過難。
多羞釵上燕、眞愧鏡中鸞。
歸去横塘暁、華星送寶鞍。
〇鏡中鸞 金属製の鏡の背面に彫られた鸞の模様が「双鳳文鏡」であり、離ればなれのつがいの鸞がお互いを求め合う姿を彫刻しているものが多い。「鸞鏡」は、愛し合う(時にはなれねばならない)男女の思いを映し出す鏡をしめす。鸞は理想郷に棲む想像上の鳥。羽の色は赤色に五色を交え声は五音に合うという。白楽天「太行路」に鏡中鸞を引き合いにし男女について詠っている。

無題 (含情春晼晩) 李商隠 16

花枝 花のような顔、顔付きを言う。白居易の「長恨歌」に、揚貴妃の悲しみにくれ涙に満ちた風情を形容して「玉容寂寞涙闌干、梨花一枝春帶雨。」(玉容 寂某として 涙 欄干たり、梨花の一枝 春 雨を帯ぶ) 玉のような美しい顔は寂しげで、涙がぽろぽろとこぼれる。梨の花が一枝、雨に濡れたような風情である。」 と言う。


泰山の夕日02


 

1 温庭筠 おんていいん
812頃―870以後)本名は岐、字は飛卿、幷州(山西省大原)の人。初唐の宰相温彦博の子孫にあたるといわれる。年少のころから詩をよくしたが、素行がわるく頽廃遊蕩生活に耽り、歌樓妓館のところに出入して、艶麗な歌曲ばかりつくっていた。進士の試験にも落第をつづけ、官途につくこともできなかった。徐商が裏陽(湖北)の地方長官をしていたとき、採用されて巡官となり、ついで徐商が中央の高官(成通のはじめ尚書省に入る)になったので、さらに任用されようとしたが成らなかった。859年頃に詩名によって特に召されて登用され、国子(大学)助教となった。たが、叙任前に微行中の宣宗に無礼があって罷免され、晩年は流落して終わった。そのため、生歿が未詳である。

集に撞蘭集三巻、金墨集十巻、漢南其稿十巻があったという。かれは晩唐の詩人として李商隠と相並び、「温李」として名を知られている。音楽に精しく、鼓琴吹笛などを善くし、当時流行しつつあった詞の作家としても韋荘と相並んで「温韋」の称があった。その詞の大部分は超崇祚の編した花間集に収載されている。洗練された綺麗な辞句をもちいた、桃李の花を見るような艶美な作風は花間集一派の詞人を代表するもので、「深美閎約」と批評されているその印象的なうつくしさにおいてほ花間集中、及ぶものがないといってよく、韋荘の綺麗さとよい対照をなしている。王国維が花間集に収載する六十六首のほか他書に散見するものを合せて輯した金荃詞一巻があり、七十首を伝えている。


 



『花間集』全詩訳注解説(改訂再)-1溫庭筠5《菩薩蠻十四首 其五》溫庭筠66首巻一5-〈5〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5222

改訂-1溫庭筠5《菩薩蠻十四首 其五》(あのお方をお慕いする気持ちに変わりはないが、春の日になると思いだすのは寵愛を受けていた日の事ばかり、夜明けが早くなって季節も変わろうとする。寵愛を失った妃嬪を詠う。)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠5《菩薩蠻十四首 其五》溫庭筠66首巻一5-5〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5222



妃嬪に関する制度

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。



后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。「唐の法は北周、隋の法を踏襲し、妃嬢、女官には地位に尊卑があったから、その品階によって衣服、化粧の費用を支給した」(『旧唐書』王鋲伝)。唐初以来、国庫が日に日に豊かになると、后妃たちの生活もそれに応じて賛沢になった。



彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。



日常的に危険と不安が潜伏している後宮のなかで、気の弱い者、能力のない者は、ただ唯々諾々と運命に翻弄されるしかなかった。しかし、ちょっと勇敢な者は、他人から運命を左右されることに甘んぜず、自分の力をもって自分の運命を支配し変革しょうとし、さらに進んでは他人をも支配しょうとした。これは高い身分にいることから激発される権力欲ばかりではなかった。彼女たちの特殊な生活環境もまた、彼女たちを一場の激しい 「生存競争」 の只中に投げ入れずにはおかなかったのである。





温庭筠 

菩薩蠻十四首 其五
(あのお方をお慕いする気持ちに変わりはないが、春の日になると思いだすのは寵愛を受けていた日の事ばかり、夜明けが早くなって季節も変わろうとする。寵愛を失った妃嬪を詠う。)

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。
長安の街では、科挙合格を祝う曲江杏園の杏花は朝露を含んで艶やかにまっしろな雪をまるくかためたようにうつくしくかがやく。柳の枝に緑が茂る大道のほとりに転任赴任する官僚と折楊柳の別離をする男女が多い。
燈在月明,覺來聞曉
出会いと別れの春の盛りに、一人過ごす閨には燭燈を灯し続けて、おぼろにかすむ月は窓辺を明るくする。目をさますと、暁にうぐいすの啼く声を聴くのである。

玉鈎褰翠幕,妝淺舊眉薄。
窓辺に進み、簾幕をひっかける尾が寝かがやく鈎で雄羽の翡翠のとばりの幕をかかげる、鏡に向かうと、お化粧も薄くなっている、昨日の画いた眉も薄く消えかかり、何もかもぼんやりしている。
春夢正關情,鏡中蟬輕。
あれほど寵愛されたのに、あれは春の夢であり、今まさに見た夢も慕う心情からみたもの、鏡の中にうつる蝉の羽のような鬢も、愁いのために薄くほつれてみえる。
杏花は露を含み香雪を團くす,綠楊 陌上には離別を多くする。
燈在りて月 明を朧【おぼろげ】にす,覺來りて曉の鶯を聞く。
玉鈎 翠幕を褰【かかげ】る,妝淺 舊眉の薄。
春夢 正に情を關わる,鏡中 蟬
【ぜんびょう】 輕くする。

安史の乱期 勢力図 002


『菩薩蠻十四首 其五』現代語訳と訳註
(
本文)

菩薩蠻十四首 其五

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。
燈在月朧明,覺來聞曉鶯。
玉鈎褰翠幕,妝淺舊眉薄。
春夢正關情,鏡中蟬輕。


(下し文)
(菩薩蠻十四首 其の五)

杏花は露を含み香雪を團くす,綠楊 陌上には離別を多くする。
燈在りて月 明を朧【おぼろげ】にす,覺來りて曉の鶯を聞く。
玉鈎 翠幕を褰【かかげ】る,妝淺 舊眉の薄。
春夢 正に情を關わる,鏡中 蟬
【ぜんびょう】 輕くする。


(現代語訳)
(あのお方をお慕いする気持ちに変わりはないが、春の日になると思いだすのは寵愛を受けていた日の事ばかり、夜明けが早くなって季節も変わろうとする。寵愛を失った妃嬪を詠う。)

長安の街では、科挙合格を祝う曲江杏園の杏花は朝露を含んで艶やかにまっしろな雪をまるくかためたようにうつくしくかがやく。柳の枝に緑が茂る大道のほとりに転任赴任する官僚と折楊柳の別離をする男女が多い。
出会いと別れの春の盛りに、一人過ごす閨には燭燈を灯し続けて、おぼろにかすむ月は窓辺を明るくする。目をさますと、暁にうぐいすの啼く声を聴くのである。

窓辺に進み、簾幕をひっかける尾が寝かがやく鈎で雄羽の翡翠のとばりの幕をかかげる、鏡に向かうと、お化粧も薄くなっている、昨日の画いた眉も薄く消えかかり、何もかもぼんやりしている。
あれほど寵愛されたのに、あれは春の夢であり、今まさに見た夢も慕う心情からみたもの、鏡の中にうつる蝉の羽のような鬢も、愁いのために薄くほつれてみえる。

(訳注)
菩薩蠻十四首 其五

(あのお方をお慕いする気持ちに変わりはないが、春の日になると思いだすのは寵愛を受けていた日の事ばかり、夜明けが早くなって季節も変わろうとする。寵愛を失った妃嬪を詠う。)

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。
燈在月朧明,覺來聞曉鶯。
玉鈎褰翠幕,妝淺舊眉薄。
春夢正關情,鏡中蟬輕。

●○○●○○●  ●○●●○△●

○●●○○  ●△△●○

●?○●●  ○△●○●

○△△○○  ●△○?△

紅梅002
 

杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。
長安の街では、科挙合格を祝う曲江杏園の杏花は朝露を含んで艶やかにまっしろな雪をまるくかためたようにうつくしくかがやく。柳の枝に緑が茂る大道のほとりに転任赴任する官僚と折楊柳の別離をする男女が多い。
・杏花 曲江の杏花苑。

河傳三首其三

同伴,相喚。

杏花稀,夢裡每愁依違。

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

(河傳三首其の三)

同伴し,相い喚ぶ。

杏花稀れにして,夢裡 每に依違を愁う。

仙客 一去って 鷰已に飛び,歸らず,淚痕 空しく衣滿つ。

天際 雲鳥 晴遠を引く,春已に晚れ,煙靄 南苑に渡る。

雪梅 香り,柳帶 長く,小娘,轉た人をして意傷きわ令む。

・団香雪 杏の花が白い雪のかたまりのようになってさいているさま。温庭筠の春江花月夜詞に「千里洒空照水魂、万枝破鼻団香雪」とある。杏花には、薄紅色と白色のものである。宮殿の庭には李花、牡丹の紅色が際立った。
栢上 道のほとり。栢:大通り。上:ほとり。

曲江の杏花苑 ..\Ⅱ中唐晩唐\白居易\白居易《酬哥舒大見贈》.docx

燈在月朧明,覺來聞曉鶯。
出会いと別れの春の盛りに、一人過ごす閨には燭燈を灯し続けて、おぼろにかすむ月は窓辺を明るくする。目をさますと、暁にうぐいすの啼く声を聴くのである。

月朧 朧にかすんだ春の月のことで季節は春分の時期をいう。


玉鈎褰翠幕,妝淺舊眉薄。
窓辺に進み、簾幕をひっかける尾が寝かがやく鈎で雄羽の翡翠のとばりの幕をかかげる、鏡に向かうと、お化粧も薄くなっている、昨日の画いた眉も薄く消えかかり、何もかもぼんやりしている。
・玉鈎褰翠幕 玉鈎は簾幕をひっかける玉製のかぎ。つりて。褰はかかげる。
粧浅 お化粧が浅く、さきにまゆずみでかいた眉もうすれている。憂愁の容貌をいう。


春夢正關情,鏡中蟬輕。
あれほど寵愛されたのに、あれは春の夢であり、今まさに見た夢も慕う心情からみたもの、鏡の中にうつる蝉の羽のような鬢も、愁いのために薄くほつれてみえる。
・蟬 蝉の羽のようなうすくてうつくしい鬢。魏文帝の宮人莫瓊樹がはじめて作りだしたといわれる。ここでは憂愁で憔悴した女のすがたとして、鬢髪も軽くうすくなったという意を含んでいる。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠4《菩薩蠻十四首 其四》溫庭筠66首巻一4-〈4〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5217

改訂-1溫庭筠4《菩薩蠻十四首 其四》(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、遠く玉門關の西域の守りに出掛けた官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その四

 

 
 2014年12月4日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠4《菩薩蠻十四首 其四》溫庭筠66首巻一4-4〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5217

 

 

官  妓

 

唐代の社会に充ちあふれ、一つの階層を形成していたのは、主に各級の官庁の楽籍に登録されていた大量の官妓である。もし、宮妓と教坊妓とを一般に芸人と見なすことができ、そしてまた家妓が姫妾・婦女と同類だとすれば、ここでとりあげる官妓だけが後世の娼妓と同じ性格をもっていた。

 

いわゆる唐代の娼妓とは主にこの部類の人たちを指すのである。

唐代は妓楽が盛んであり、「唐人は文を尚び、狎(芸妓遊び)を好む」(張端義『貴耳集』巻下)と評された。官庁の送迎、宴会典礼はもちろん、また官吏が集まって遊ぶ時にも、常に妓楽で雰囲気を盛りたてた。官吏が妓楼に泊り、娼妓と遊ぶ風潮はきわめて盛んであり、朝廷の法律もこれを決して禁止することはなかった。自居易は杭州の刺史(各州に置かれ地方官を監督した役職。太守とも呼ばれた)の任にあった時、日がな一日妓女を連れて遊んだ。それで後の宋代の人は、これを怪しみ、論難して「これによって当時の郡政(郡の政治)には暇が多く、吏議(官吏の議論)も甚だ寛やかだったことが分かる。もし今日だったら、必ず処罰の対象とされたであろう」(襲明之『中呉紀聞』)と書いている。また、清代の人は自居易をいささか羨ましく思い、「風流太守は魂の消ゆるを愛し、到る処 春訪 翠麹有り。想見す 当時 禁網疎 にして、尚お官吏宿娼の条無きを」(趨翼「自香山集の後に題する詩」、銭泳『履圃叢話』巻二一「笑柄」)と述べている。官妓制度はまさにこの種の社会風潮と朝廷の放任のもとで、唐代に盛況を極めたのである。

当時、長安と洛陽の両京に大量の官妓がいたばかりでなく、地方の大きな州、府にも官妓がいた。

 

官妓は地方長官の管轄下にあったので、長官が完全に支配し、常に彼らの私有財産のようになっていた。長官たちは「花魁を独占する」 ことができたので、彼女たちを勝手に人に贈ったり、また人から奪ったりすることができた。

 

教坊籍に名を列した琵琶妓は教坊に住んではおらず、一般社会で芸を売り身を売って生活していたのである。

長安の娼妓は、名儀上でも決してすべてが教坊に属していたのではない。『北里志』 の 「楊妙児」なる一節に記載されている妓女の王福娘は、人に身請けされることを願い、「私は幸いに教坊籍に入っていません。あなたにもし結婚の意志があるなら一、二百金のみですみます」といった。どうやら、教坊籍に入っていれば「官身」となり勝手に請け出されることはできないが、教坊籍に入っていないものは金を出し身請けする人がいればいつでも落籍できたようである。しかし、教坊籍に入っていない妓女も、やはり完全に官妓身分から脱していたというわけではなかった。「楊妙児」の一節によると、妓女たちがたとえ客から「買断」(特定の客が囲い独占すること)されても、いぜんとして彼女は「官使を免れず」、つまりこれまで通り官府への奉仕を免れることができなかったようである。また同書には、「およそ中央官僚の集まりや宴会には、役所から妓女を借り出す許可状をもらわねばならず、そうやって始めて彼女たちは他処に出ることができた」(『北里志』序)とある。

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

茶苑
 

 

温庭筠 菩薩蠻十四首 其四
(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、遠く玉門關の西域の守りに出掛けた官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その四

翠翹金縷雙鸂鵣,水紋細起春池碧。
みどりの羽に金糸をまとった美しいつがいのおしどりが、池のうえに睦まじく戯れている。水紋がこまかくたちおこる春の池は深くみどり水を湛えている。
池上海棠梨,雨晴紅滿枝。
池のほとりには海棠の花がさき、雨あがりに紅の花が枝いっぱいにさきみちて、春のこころをただよわせている。
繡衫遮笑,煙草粘飛蝶。
刺繍をした衫の袖でわかれたままの愁いに沈んでえくぼをおおいかくす。ぼんやりとした春かすみのなか春草にふれたり離れたり蝶がたわむれ飛ぶのである。
青瑣對芳菲,玉關音信稀。
青漆で塗った東の門のほとりにはかぐわしい春の草が花をさかせるころとなったが、とおい西域の国境のかなた玉門関へいった人からの便りもまれにしかやってこない。
翠翹【すいぎょう】金縷【まと】う雙【つがい】の鸂鵣【けいせき】,水紋 細に起き春池の碧。
池上 海棠【かいどう】梨【り】,雨晴れて紅枝に滿つ。
繡衫にて笑【えくぼ】を遮い,煙草粘りて飛ぶ蝶。
青瑣【せいき】芳菲に對す,玉關 音信稀れなり。

 


『菩薩蠻十四首 其四』 現代語訳と訳註
(
本文)
菩薩蠻十四首 其四

翠翹金縷雙鸂鵣,水紋細起春池碧。
池上海棠梨,雨晴紅滿枝。
繡衫遮笑,煙草粘飛蝶。
青瑣對芳菲,玉關音信稀。


(下し文)
(菩薩蠻十四首 其の四)

翠翹【すいぎょう】金縷【まと】う雙【つがい】の鸂鵣【けいせき】,水紋 細に起き春池の碧。
池上 海棠【かいどう】梨【り】,雨晴れて紅枝に滿つ。
繡衫にて笑
【えくぼ】を遮い,煙草粘りて飛ぶ蝶。
青瑣【せいき】芳菲に對す,玉關 音信稀れなり。


(現代語訳)
(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、遠く玉門關の西域の守りに出掛けた官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)その四

みどりの羽に金糸をまとった美しいつがいのおしどりが、池のうえに睦まじく戯れている。水紋がこまかくたちおこる春の池は深くみどり水を湛えている。
池のほとりには海棠の花がさき、雨あがりに紅の花が枝いっぱいにさきみちて、春のこころをただよわせている。
刺繍をした衫の袖でわかれたままの愁いに沈んでえくぼをおおいかくす。ぼんやりとした春かすみのなか春草にふれたり離れたり蝶がたわむれ飛ぶのである。
青漆で塗った東の門のほとりにはかぐわしい春の草が花をさかせるころとなったが、とおい西域の国境のかなた玉門関へいった人からの便りもまれにしかやってこない。
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(訳注)

菩薩蠻十四首其四

(「妻妾」か「買斷」という夢を実現した官妓だが、遠く玉門關の西域の守りに出掛けた官僚の男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠う)

【解説】・送別の宴会など、事あるごとに「官妓」が花を添えた。官妓らは、そこで出会った官僚から、まず、懇意になり、特別な存在と認められ、やがて①身請け、②買斷、ということを夢見ていた。①は妻妾となってすまいを与えられる、②はすまいが与えられる場合もあったが多くの場合、楼閣の一部、小楼、あるいは閨房をあたえられ、他のお客と接待する事は無かった。

この詩は、こうした夢を実現した官妓であったものが、遠く辺墓の守りに出掛けた男からの便りもなく孤独に春を送る女の悲しみを詠うというものである。

冒頭二句、番の溌鵜(オシドリ)を詠むことで女の孤独を際立たせる。眼前に広がる曲江の芙蓉池の春景色は、かって逢瀬を重ねて眺めた景色であり、それだけに今の侘しさを一層強く感じさせる。続く二句、雨に洗われた海棠の鮮やかな紅の色を描写している。海棠は女の唇、若く麗しい海棠花の様な自分がやがて散ってしまう、行く春と自分を重ねる。

後段の一、二句も現実の景であると同時に、かつて男を前にした時の様子でもある。刺繍の上着の袖でえくぼを隠したのは男に対するお誘いのしぐさである。唐の時代から、頬に着けえくぼをして、決まった男がいることを表したもので、寝牀へのお誘いのポーズであった。それが余計に寂しさを表す語となっている。・温庭:晩唐の大詞人。詩人でもある。花間集では彼の作品が一番多く、六十六首も採用されており、このことから花間鼻祖とも称されている。

 

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

翠翹金縷雙鸂,水紋細起春池
池上海棠
,雨晴紅滿
繡衫遮笑,煙草粘飛
青瑣對芳,玉關音信

  
  
  

  

pla030
 

翠翹金縷雙鸂鵣,水紋細起春池碧。
みどりの羽に金糸をまとった美しいつがいのおしどりが、池のうえに睦まじく戯れている。水紋がこまかくたちおこる春の池は深くみどり水を湛えている。
・翠翹金縷雙鸂鵣 翠翹はみどり色の羽。金縷は金糸。鸂鵣はおしどりの一種。翠翹金縷はおしどりの長い羽の美麗なことをいう。雙はおしどりがその習性として常に雌雄並んでいるのをいい、閨中の妓女が独居する寂蓼に対していう。この国出る品物は高級官僚の妻妾になった元官妓であろうと思われる。


池上海棠梨,雨晴紅滿枝。
池のほとりには海棠の花がさき、雨あがりに紅の花が枝いっぱいにさきみちて、春のこころをただよわせている。
・海棠梨 海棠のこと。海は外国から渡来した植物の意。1バラ科の落葉小高木。枝は紫色で垂れ下がり、葉は楕円形。4月ごろ、紅色の花が下向きに咲き、実は丸く、黄褐色に熟す。中国の原産で、庭木などにする。垂枝(すいし)海棠。花(はな)海棠。
薛濤『海棠渓』
春教風景駐仙霞、水面魚身総帯花。
人世不思霊卉異、競将紅纈染軽沙。

  薛濤(せつとう)の詩
 
・紅 花の意。詞では花のことを多く紅という。


繡衫遮笑,煙草粘飛蝶。
刺繍をした衫の袖でわかれたままの愁いに沈んでえくぼをおおいかくす。ぼんやりとした春かすみのなか春草にふれたり離れたり蝶がたわむれ飛ぶのである。
繍衫 刺繍をほどこした衫。衫はひとえの短い服。
遮笑
 えくぼをおおいかくす。刺繍の上着の袖でえくぼを隠したのは男に対してする閨牀へのお誘いのしぐさである。
煙草 
春靄に煙る草。(行楽での逢瀬を連想させる語)

・粘飛蝶 煙草は春霞の中につつまれた草。粘は粘着ねばりつく。草に蝶がくっついたり飛んだりしているさまをいう。男女の愛し合うさまを想像させる句である。蝶が草花から離れることなく次から次へと渡り飛ぶこと。


青瑣對芳菲,玉關音信稀。
青漆で塗った東の門のほとりにはかぐわしい春の草が花をさかせるころとなったが、とおい西域の国境のかなた玉門関へいった人からの便りもまれにしかやってこない。
繍衫 刺繍をほどこした衫。衫はひとえの短い服。
遮笑
 えくはをおおいかくす。憂愁をあらわすようす。
青瑣 門の扉に瑣形の模様を彫刻して青漆で塗った東の門。ひいては宮門をいうがここは貴族の家の門の意。遊郭とか娼屋の門は西門を云うので歓楽街ではない。
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咲き香る花。よいにおいのする草花。

・玉関 玉門関。今の甘粛省教燈の西北にあった関門。ここでは辺塞の意。
李白 子夜呉歌 秋
長安一片月、万戸涛衣声。
秋風吹不尽、総是玉関情。

李白22 子夜呉歌 春と夏

李白24 子夜呉歌其三 秋 と25 冬

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠3《菩薩蠻十四首 其三》溫庭筠66首巻一3-〈3〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5212

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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-11-3奉節-3《古柏行 -#3》 杜甫index-15 杜甫<874-3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5210 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂-1溫庭筠3《菩薩蠻
十四首 其三》溫庭筠66首巻一3-3〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5212


妃嬪に関する制度

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

●唐の妃嬪の地位について

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。その内、高祖、玄宗両時代の人が最も多い。高祖には竇皇后の他に、万貴妃、ヂ徳妃、宇文昭儀、莫嬢、孫嬢、佳境、楊嬢、小楊嬢、張捷好、郭妊婦、劉捷好、楊美人、張美人、王才人、魯才人、張宝林、柳宝林などがいた。玄宗には王皇后、楊皇后、武恵妃、楊貴妃、趨麗妃、劉華妃、銭妃、皇甫徳儀、郭順儀、武賢儀、董芳儀、高娃好、柳娃好、鍾美人、慮美人、王美人、杜美人、劉才人、陳才人、鄭才人、闇才人、常才人などがいた。もちろん史書に名を残せなかった人はさらに多い。史書の記載から見ると、高祖、玄宗両時代の妃嫁がたしかに最も多かったようである。


●宮女の地位

宮官は宮人の最上層にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司、司薬、司、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司森、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。

 

●後宮の生活

皇后を立てることに比べて、妃嬢を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬢の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。


后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。「唐の法は北周、隋の法を踏襲し、妃嬢、女官には地位に尊卑があったから、その品階によって衣服、化粧の費用を支給した」(『旧唐書』王鋲伝)。唐初以来、国庫が日に日に豊かになると、后妃たちの生活もそれに応じて賛沢になった。


彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。


日常的に危険と不安が潜伏している後宮のなかで、気の弱い者、能力のない者は、ただ唯々諾々と運命に翻弄されるしかなかった。しかし、ちょっと勇敢な者は、他人から運命を左右されることに甘んぜず、自分の力をもって自分の運命を支配し変革しょうとし、さらに進んでは他人をも支配しょうとした。これは高い身分にいることから激発される権力欲ばかりではなかった。彼女たちの特殊な生活環境もまた、彼女たちを一場の激しい 「生存競争」 の只中に投げ入れずにはおかなかったのである。

 

●寵愛

皇帝の寵愛を失う恐怖があるからこそ、人は様々な手段を講じて寵愛をつなぎとめたり、寵愛を奪いとろうとした。後宮における寵愛をめぐる最も残酷な一場の闘争は、武則天、王皇后、粛淑妃の間で行われた。王皇后は皇帝の寵愛もなく、また子もなかったので、寵愛を一身に受ける斎淑妃を嫉妬して張り合った。彼女は高宗がかつて武則天と情を通じていたことを知ると、策略をめぐらし、感業寺の尼になっていた武則天に蓄髪させて再び宮中に入れ、粛淑妃の寵愛を奪わせようとした。宮中に入ったはじめのうちは武則天もへりくだって恭しくしていたが、いったん帝の寵愛を得ると、この二人の競争相手に対抗し始めた。王皇后を廃するために武則天は自分の生んだ女の子を締め殺し、その罪を皇后にかぶせることもいとわなかった。


彼女たちは身を九重(天子の宮殿)に置き、はなはだ高貴であるように見えるが、じつはただの皇帝家の家碑に過ぎず、衣食の心配がなくたいへん幸福のように見えるが、じつは人間性を最も残酷に破壊された人々であった。

宮廷においては、少数の地位の高い后妃の他は、万単位で数えられる普通の宮人であり、唐代では「官女」「宮城」「宮脾」などとも呼ばれていた。彼女たちは長安にあった三大皇宮(太極宮、大明宮、興慶宮)と東都洛陽にあった大内(天子の宮殿)と上陽の両宮殿、及び各地の離宮、別館、諸親王府、皇帝陵にそれぞれ配属されていた。


宮官は宮人の最上層にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司、司薬、司、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司森、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。



1.温庭筠 菩薩蠻十四首其三
(念願かなって妃嬪となったが寵愛は一時のもの子供ができるまでに至らず、寂しく過ごすことを詠う)

蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
横になった妃嬪の特徴を出す蕊黄を額に施したお化粧はこのうえもなく艶めかしく美しいものだ、うすぎぬの窓をへだてて、昨夜から待ち侘びて寝化粧を整えた妃嬪が、思い出して微笑んでいる。
相見牡丹時,暫來還別離。
あのお方が妃嬪を見られたのは、牡丹の花のさく春に寵愛された、それもしばらくのあいだやってこられたが、それからは寵愛はなく別離したままである。
金作股,上蝶雙舞。
妃嬪は、金の柄のついた翡翠の簪を賜ったのである。寵愛を受けたことをあらわすカンザシのうえに一つがいの蝶がむつまじく舞っている。
心事竟誰知?月明花滿枝。
妃嬪の夢であった品位となったものの、愁いと恨みに思うのは、結局誰にもわかりはしない。月明りのなかに枝いっぱいに咲いている花でもやがて散りゆくからこそそれを知っているのだ。

蕊黃【ずいおう】限り無く 山の額に當たる,宿妝【しゅくしょう】して隱かに笑む 紗窗の隔。

相い見らるるは 牡丹の時,暫來 還た 別離す。
【すいさ】 金 股を作し,上 蝶 雙舞す。
心事 竟に誰か知らん?月明 花 枝に滿つ。



『菩薩蠻十四首其三』現代語訳と訳註
(
本文)
菩薩蠻十四首其三

蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
相見牡丹時,暫來還別離。
金作股,上蝶雙舞。
心事竟誰知?月明花滿枝。


(下し文)
蕊黃【ずいおう】限り無く 山の額に當たる,宿妝【しゅくしょう】して隱かに笑む 紗窗の隔。

相い見らるるは 牡丹の時,暫來 還た 別離す。

【すいさ】 金 股を作し,上 蝶 雙舞す。

心事 竟に誰か知らん?月明 花 枝に滿つ。


(現代語訳)
(念願かなって妃嬪となったが寵愛は一時のもの子供ができるまでに至らず、寂しく過ごすことを詠う)

横になった妃嬪の特徴を出す蕊黄を額に施したお化粧はこのうえもなく艶めかしく美しいものだ、うすぎぬの窓をへだてて、昨夜から待ち侘びて寝化粧を整えた妃嬪が、思い出して微笑んでいる。
あのお方が妃嬪を見られたのは、牡丹の花のさく春に寵愛された、それもしばらくのあいだやってこられたが、それからは寵愛はなく別離したままである。
妃嬪は、金の柄のついた翡翠の簪を賜ったのである。寵愛を受けたことをあらわすカンザシのうえに一つがいの蝶がむつまじく舞っている。

妃嬪の夢であった品位となったものの、愁いと恨みに思うのは、結局誰にもわかりはしない。月明りのなかに枝いっぱいに咲いている花でもやがて散りゆくからこそそれを知っているのだ。
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 (訳注)
(念願かなって妃嬪となったが寵愛は一時のもの子供ができるまでに至らず、寂しく過ごすことを詠う)

【解説】 春は寵愛する妃嬪の変わり時である。牡丹の花咲く時節、恋を得た女の喜びも束の間に終わってしまった悲しみを詠う。

蕊黃無限當山,宿妝隱笑紗窗
相見牡丹
,暫來還別
金作上蝶雙
心事竟誰?月明花滿

菩薩蠻十四首其三は唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

●○○●△○●  ●○●●○○●

△●●○○  ●△○●△

●?○●●  ?●●○●

○●●○○●○○●○

 

○蕊黄無限 蕊黄は額に塗る黄色の化粧品。もと黄色い花粉を用いたところからこの名がついた。額黄とも言う。無限はこよなく素晴らしいこと。

 


蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
蕊黃【ずいおう】限り無く 山の額に當たる,宿妝【しゅくしょう】して隱かに笑む 紗窗の隔。

横になった妃嬪の特徴を出す蕊黄を額に施したお化粧はこのうえもなく艶めかしく美しいものだ、うすぎぬの窓をへだてて、昨夜から待ち侘びて寝化粧を整えた妃嬪が、思い出して微笑んでいる。
・蕊黃無限 蕊黃は女の額にほどこす黄色の化粧法。額黄ともいい、古く漢代からあったが、六朝時代に始まる女性の化粧法で、唐末五代には黄色のみならず、「花鈿」「花子」に碧色や朱色、あるいは金の薄板なども用いられ、後宮の肥大化、頽廃化に伴って進歩した。蕊は女性器の象徴であり、詞の中にこの化粧が登場するのは、妃嬪の天子に認められることを思っての化粧法である。温庭筠漢皇迎春詞(溫庭筠 唐詩)
春草芊芊晴掃煙,宮城大錦紅殷鮮。
海日初融照仙掌,淮王小隊纓鈴響。
獵獵東風焰赤旗,畫神金甲蔥龍網。
公步輦迎句芒,複道掃塵燕彗長。
豹尾竿前趙飛燕,柳風吹盡眉間黄。
碧草含情杏花喜,上林鶯囀游絲起。
寶馬搖環萬騎歸,恩光暗入簾櫳里。
とあり、宋 王安石《與微之同賦梅花得香字》之一「漢宮嬌額半塗黃,粉色凌寒透薄裝。」とある。額に花葵などの化粧をするので蕊黄という。また、温庭筠の帰国遙詞に「粉心黄蕊花靨、眉黛山両点」とある。高昌の壁画などでその実例が見られる。
唐代の女性は、化粧にたいへん気をつかった。普通は、顔、肘、手、唇などに白粉や頬紅をつけ、また肌を白くし、あるいは艶やかにしたが、それ以外に眉を画くことをことのほか重視した。眉毛の画き方はたいへん多く、玄宗は画工に「十眉図」を描かせたことがあり、それらには横雲とか斜月などという美しい名称がつけられていた(『粧楼記』)。ある人は、唐代の女性は眉毛の装飾に凝り、それはいまだかつてなかった水準に達したと述べている。その他、彼女たちは額の上に黄色の粉を塗り、それを「額黄」といった。また、金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼ばれた。その他、両頬に赤、黄の斑点、あるいは月や銭の図柄を貼るケースもあり、これは「粧靨」靨はえくぼの意)といった。

温庭筠『偶遊詩』
曲巷斜臨一水間,小門終日不開關。
紅珠斗帳櫻桃熟,金尾屏風孔雀閑。
雲髻幾迷芳草蝶,額黃無限夕陽山。
與君便是鴛鴦侶,休嚮人間覓往還。
とあるのはちようどこの句と同様の例で、無限というのは山に見たてた額の景色に無限の情がある意であろう。山額は額の形を山に見たてて言った言葉。わが国で見る富士額というごとし。当はちょうど額の正面のところに蕊黄が施されている意。

・當山額。横になった妃嬪の特徴を出す蕊黄を額に施したお化粧。山は女体。又、眉の書き方をあらわす場合もある。
・宿粧 寝化粧。顔だけでなく体に対して、服装も薄絹で艶めかしくすること。

・紗窗 薄絹を張った窓。窓は、ここでは、期待をして足音を聞くことをあらわす。


相見牡丹時,暫來還別離。
相い見らるるは 牡丹の時,暫來 還た 別離す。
あのお方が妃嬪を見られたのは、牡丹の花のさく春に寵愛された、それもしばらくのあいだやってこられたが、それからは寵愛はなく別離したままである。
・相見 天子が妃嬪を見出すこと。妃嬪が特徴ある蕊黄をしてお目に留まったということ。身分が確定すること。

牡丹 春三月の花。牡丹は女性性器をいい、春三月に女性となったという意味である。牡丹が後宮の庭に咲き、妃嬪が女性として咲いたということ。


金作股,上蝶雙舞
【すいさ】 金 股を作し,上 蝶 雙舞す。
妃嬪は、金の柄のついた翡翠の簪を賜ったのである。寵愛を受けたことをあらわすカンザシのうえに一つがいの蝶がむつまじく舞っている。
・翠金作股 翠釵は翠の羽で飾ったかんざし。翠はかわせみ(翡翠)、またはみどりの色の羽をいう。○股 金細工のカンザシの二股の脚。高価なもので、妃嬪の二品の身分になったこと

・蝶雙舞 釵の上に雌雄の蝶が舞うような形をしてついていること。嬰蝶というのは女の独居の寂寥に対していう。一に蝶雙舞に作る。老翠の飾りのついた管、あるいはカワセミの羽を飾った轡。

 


心事竟誰知?月明花滿枝。
心事 竟に誰か知らん?月明 花 枝に滿つ。

妃嬪の夢であった品位となったものの、愁いと恨みに思うのは、結局誰にもわかりはしない。月明りのなかに枝いっぱいに咲いている花でもやがて散りゆくからこそそれを知っているのだ。
・心事 心中のこと。ここでは妃嬪の夢であった品位となったものの、愁いと恨みに思う胸の内をいう。


 


 


 


 


 


 


 


 


 










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『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠2《菩薩蠻十四首 其二》溫庭筠66首巻一1-2〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5207





内職、冊封

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。その内、高祖、玄宗両時代の人が最も多い。高祖には竇皇后の他に、万貴妃、ヂ徳妃、宇文昭儀、莫嬢、孫嬢、佳境、楊嬢、小楊嬢、張捷好、郭妊婦、劉捷好、楊美人、張美人、王才人、魯才人、張宝林、柳宝林などがいた。玄宗には王皇后、楊皇后、武恵妃、楊貴妃、趨麗妃、劉華妃、銭妃、皇甫徳儀、郭順儀、武賢儀、董芳儀、高娃好、柳娃好、鍾美人、慮美人、王美人、杜美人、劉才人、陳才人、鄭才人、闇才人、常才人などがいた。もちろん史書に名を残せなかった人はさらに多い。史書の記載から見ると、高祖、玄宗両時代の妃嫁がたしかに最も多かったようである。





花間集 全詩訳注解説(再)-1-1溫庭筠

 菩薩蛮十四首其一 
(またこの春も寵愛を受ける事は無かったが、毎日、そのことだけを思って化粧をして待つが、春が過ぎて衣替えの季節が来ても着物の詩集だけが番になっていると詠う。)

小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
屏風の小山が重なる前に寵愛を失った妃嬪は横たわる、蝋燭に揺らめきに妃嬪の体も明滅する。雲のような鬢は雪のように真っ白な頬の上にかかり渡っている。
懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。

ものうげに起きだして眉をかき、お化粧をしながらも、髪を櫛で梳く手はゆっくりとしてすすまない、この人生、何もする気にならない。
照花前後鏡。花面交相映。
花のような顔を、前とうしろからあわせ鏡で照らす。うつくしい顔が二つの鏡にこもごも花が咲いたようにうつされている。
新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。
季節が変わって新しく閨に張る薄いとばりがあり、鏡の所から立ち上がって、刺繍のうすぎぬの襦袢も新しく肌に合わせてみる。一ツガイずつ向かい合わせになった金の鷓鴣の紋様がぬいとりされている。

(菩薩蠻十四首其の一)
小山 重疊して 金 明滅,鬢の雲 度(わた)らんと欲(す)香顋の雪に。
懶げに起き 蛾眉を 畫く。妝を弄び 梳洗 遲し。

花を照らす 前後の 鏡。花面 交(こもご)も 相(あ)ひ映ず。
新たに帖りて 羅襦に綉りするは、雙雙 金の鷓鴣。



花間集 全詩訳注解説(再)-1-2溫庭筠

温庭筠 菩薩蠻十四首其二
(寵愛を受けるというのはほんの少しの間、妃嬪は女盛りであるけれど、寵愛の間に受胎しなかったため、後宮の奥深い宮殿でひっそりと過ごすと詠う)

夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
あのお方が来られるのを待ち侘びて、今日も眠れぬ夜を過ごす、明るく冴えわたる中ごろの月は、ちょうど真上にかかっている。妃嬪の宮殿の幾重にも垂れる簾の内の閨には、話す声などなくひっそりと静まり返える。
深處麝煙長,臥時留薄妝。
後宮の奥深い宮殿の閨には、麝香の香煙がながくしずかにただよっている。眠りに就くため化粧を落としても、妃嬪は美しく妖艶であり、それだけでうす化粧の香りがするほどの魅力を持っている。
當年還自惜,往事那堪憶。
それでも寵愛を一手に承けられていたころがあり、その頃は一得も惜しむように愛し合っていたのに、寵愛の間に子が出来ることが無かった妃嬪には、後宮のしきたりで、もう寵愛を行ける事は無いのだろうか、しかし、どうしてこんな切ない思いに堪えることができようか。
花露月明殘,錦衾知曉寒。

花の持つ甘露は未だに有り、月はまだ真上、妃嬪もまだまだ女の盛りなのであり、それでも、今日も一人待つことしかなく、あの方と過ごした錦の薄絹の掛布のなかで、又今日も秋の夜長を温もりの無いまま過ごし、眠れぬままに暁の冷え込みが身に染みるのをおぼえることになる。

(菩薩蠻十四首其の二)
夜來 皓月【こうげつ】才【はじめ】て午に當る,簾を重ねうは悄悄として人語るを無し。
處を深くするは麝煙長く,臥せし時 薄妝を留む。
年に當るは還りて自ら惜む,往事 那んぞ憶うを堪んや。
花露 月明殘り,錦衾 曉寒を知る。


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『菩薩蠻十四首其二』現代語訳と訳註
(
本文)
 菩薩蠻十四首其二
夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
深處麝煙長,臥時留薄妝。
當年還自惜,往事那堪憶。
花露月明殘,錦衾知曉寒。


(下し文)
夜來 皓月【こうげつ】才【はじめ】て午に當る,簾を重ねうは悄悄として人語るを無し。
處を深くする麝煙【じゃえん】長く,臥せし時 薄妝【はくしょう】を留む。
年に當るは還りて自ら惜みしを,往事 那んぞ憶うを堪んや。
花露 月の明り殘【あま】り,錦の衾【ふすま】 曉寒【ぎょうかん】を知る。


(現代語訳)
(寵愛を受けるというのはほんの少しの間、妃嬪は女盛りであるけれど、寵愛の間に受胎しなかったため、後宮の奥深い宮殿でひっそりと過ごすと詠う)

あのお方が来られるのを待ち侘びて、今日も眠れぬ夜を過ごす、明るく冴えわたる中ごろの月は、ちょうど真上にかかっている。妃嬪の宮殿の幾重にも垂れる簾の内の閨には、話す声などなくひっそりと静まり返える。
後宮の奥深い宮殿の閨には、麝香の香煙がながくしずかにただよっている。眠りに就くため化粧を落としても、妃嬪は美しく妖艶であり、それだけでうす化粧の香りがするほどの魅力を持っている。
それでも寵愛を一手に承けられていたころがあり、その頃は一得も惜しむように愛し合っていたのに、寵愛の間に子が出来ることが無かった妃嬪には、後宮のしきたりで、もう寵愛を行ける事は無いのだろうか、しかし、どうしてこんな切ない思いに堪えることができようか。
花の持つ甘露は未だに有り、月はまだ真上、妃嬪もまだまだ女の盛りなのであり、それでも、今日も一人待つことしかなく、あの方と過ごした錦の薄絹の掛布のなかで、又今日も秋の夜長を温もりの無いまま過ごし、眠れぬままに暁の冷え込みが身に染みるのをおぼえることになる。
芍薬001

(訳注)

菩薩蠻十四首其二

(寵愛を受けるというのはほんの少しの間、妃嬪は女盛りであるけれど、寵愛の間に受胎しなかったため、後宮の奥深い宮殿でひっそりと過ごすと詠う)

・寵愛を失ったものの、化粧を落として床に入る姿は、若くて美しい妃嬪である。まだ若い妃嬪が夜を過ごすのを描いたもの。126人もいる妃嬪に一回の子作りのチャンスは与えられればまだよいほうで、一度の寵愛の機会もないものもいた。

・温庭:晩唐の大詞人。詩人でもある。花間集では彼の作品が一番多く、六十六首も採用されており、このことから花間鼻祖とも称されている。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。

夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
深處麝煙長,臥時留薄妝。
當年還自惜,往事那堪憶。
花露月明殘,錦衾知曉寒。

●△●●○△●  △○●●○○●

△●●○△  ●○△●○

△○○●●  ●●△○●

○●●○○  ●○○●○


夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
夜來 皓月【こうげつ】才【はじめ】て午に當る,簾を重ねうは悄悄として人語るを無し。

あのお方が来られるのを待ち侘びて、今日も眠れぬ夜を過ごす、明るく冴えわたる中ごろの月は、ちょうど真上にかかっている。妃嬪の宮殿の幾重にも垂れる簾の内の閨には、話す声などなくひっそりと静まり返える。
・夜来皓月 夜中にでていたまっしろな月。来は語助詞。夜来は「夜来風雨声・花落知多少」のように昨夜からの時間的経過をもったことば。
・才 いまちょうど。
・皓月才當午 あかるくさえわたった月がちょうど天の中心に来たこと。
・重簾 幾重にも垂れるすだれの内。妃嬪の御殿の様子。
・悄悄 ひっそりとさびしいさま。ひっそりとしずまりかえること。


深處麝煙長,臥時留薄妝。
處を深くするは麝煙長く,臥せし時 薄妝を留む。
後宮の奥深い宮殿の閨には、麝香の香煙がながくしずかにただよっている。眠りに就くため化粧を落としても、妃嬪は美しく妖艶であり、それだけでうす化粧の香りがするほどの魅力を持っている。
・麝煙 爵香のけぶり。麝の腹部の靡番線にある香嚢から取った香料で、芳香はきわめて強い。

・臥時留薄妝 化粧を落としても化粧をしているかのように美しいということ。


當年還自惜,往事那堪憶。
年に當るは還りて自ら惜む,往事 那んぞ憶うを堪んや。
それでも寵愛を一手に承けられていたころがあり、その頃は一得も惜しむように愛し合っていたのに、寵愛の間に子が出来ることが無かった妃嬪には、後宮のしきたりで、もう寵愛を行ける事は無いのだろうか、しかし、どうしてこんな切ない思いに堪えることができようか。
・当年 寵愛を受け、愛し合う時は、寸暇を惜しんで尽くした、去ってゆく時を惜しむように愛し合う月日をすごしたことをいう。
・那堪 このような思いにどうして堪えられようか。今夜も若い女の人のところにいっている、ということ。


花露月明殘,錦衾知曉寒。
花露 月明殘り,錦衾 曉寒を知る。

花の持つ甘露は未だに有り、月はまだ真上、妃嬪もまだまだ女の盛りなのであり、それでも、今日も一人待つことしかなく、あの方と過ごした錦の薄絹の掛布のなかで、又今日も秋の夜長を温もりの無いまま過ごし、眠れぬままに暁の冷え込みが身に染みるのをおぼえることになる。
花露月明殘 この句は、花にはまだ蜜が残っており、月もまだ真上にあるように、まだ女の盛りにあるということで、一槽に淋しさを強調する。名残月と解釈していたが間違い。

錦衾 にしきのふすま。身体をおおう夜具、薄絹のかけ布。性交渉のためには薄い者しかかけない。
・曉寒 一人寝のさむさ。薄いかけ布でも二人で添い寝をしておれば寒くはなかった。

 

岳陽樓詩人0051


1
 温庭筠 おんていいん
812頃―870以後)本名は岐、字は飛卿、幷州(山西省大原)の人。初唐の宰相温彦博の子孫にあたるといわれる。年少のころから詩をよくしたが、素行がわるく頽廃遊蕩生活に耽り、歌樓妓館のところに出入して、艶麗な歌曲ばかりつくっていた。進士の試験にも落第をつづけ、官途につくこともできなかった。徐商が裏陽(湖北)の地方長官をしていたとき、採用されて巡官となり、ついで徐商が中央の高官(成通のはじめ尚書省に入る)になったので、さらに任用されようとしたが成らなかった。859年頃に詩名によって特に召されて登用され、国子(大学)助教となった。たが、叙任前に微行中の宣宗に無礼があって罷免され、晩年は流落して終わった。そのため、生歿が未詳である。

集に撞蘭集三巻、金墨集十巻、漢南其稿十巻があったという。かれは晩唐の詩人として李商隠と相並び、「温李」として名を知られている。音楽に精しく、鼓琴吹笛などを善くし、当時流行しつつあった詞の作家としても韋荘と相並んで「温韋」の称があった。その詞の大部分は超崇祚の編した花間集に収載されている。洗練された綺麗な辞句をもちいた、桃李の花を見るような艶美な作風は花間集一派の詞人を代表するもので、「深美閎約」と批評されているその印象的なうつくしさにおいてほ花間集中、及ぶものがないといってよく、韋荘の綺麗さとよい対照をなしている。王国維が花間集に収載する六十六首のほか他書に散見するものを合せて輯した金荃詞一巻があり、七十首を伝えている。





菩薩蠻十四首其二
夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
深處麝煙長,臥時留薄妝。
當年還自惜,往事那堪憶。
花露月明殘,錦衾知曉寒。



(菩薩蠻十四首其の二)
夜來 皓月【こうげつ】才【はじめ】て午に當る,簾を重ねうは悄悄として人語るを無し。
處を深くするは麝煙長く,臥せし時 薄妝を留む。
年に當るは還りて自ら惜む,往事 那んぞ憶うを堪んや。
花露 月明殘り,錦衾 曉寒を知る。


 


紅梅002
 


 


 


 



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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠1《菩薩蠻十四首 其一》溫庭筠66首巻一-〈1〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5202

(改訂)-1溫庭筠1《菩薩蠻十四首 其一》(またこの春も寵愛を受ける事は無かったが、毎日、そのことだけを思って化粧をして待つが、春が過ぎて衣替えの季節が来ても着物の詩集だけが番になっていると詠う。)

 
 2014年12月1日の紀頌之5つのブログ 
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『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠1《菩薩蠻十四首 其一》溫庭筠66首巻一-1〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5202

 

花間集 全詩訳注解説(再)-1溫庭筠

花間集 詞題篇《菩薩蠻》溫庭筠十四首

 

1 温庭筠 おんていいん
812頃―870以後)本名は岐、字は飛卿、幷州(山西省大原)の人。初唐の宰相温彦博の子孫にあたるといわれる。年少のころから詩をよくしたが、素行がわるく頽廃遊蕩生活に耽り、歌樓妓館のところに出入して、艶麗な歌曲ばかりつくっていた。進士の試験にも落第をつづけ、官途につくこともできなかった。徐商が裏陽(湖北)の地方長官をしていたとき、採用されて巡官となり、ついで徐商が中央の高官(成通のはじめ尚書省に入る)になったので、さらに任用されようとしたが成らなかった。859年頃に詩名によって特に召されて登用され、国子(大学)助教となった。たが、叙任前に微行中の宣宗に無礼があって罷免され、晩年は流落して終わった。そのため、生歿が未詳である。

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