(改訂版)-1溫庭筠57《巻2-07 夢江南二首其一》(身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている愛妾が怨みに思っていても、それを届けることができないが、きっと空に浮かんだ南に曳く筋雲だけが伝えてくれるだろう。)
『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-1溫庭筠57《巻2-07 夢江南二首其一》溫庭筠66首巻二7-〈57〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5482
| (旧版) | | | | | |
| 花間集 教坊曲『歸國遙』五首 | | ||||
| 作者 | 巻 | 題 | 初句7字 | | |
| 溫助教庭筠 | 巻2-07 | 蘭燼落,屏上暗紅蕉。 | | ||
| 巻2-08 | 樓上寢,殘月下簾旌。 | | |||
| 皇甫先輩松 | 巻2-25 | 千萬恨,恨極在天涯。 | | ||
| 巻2-25 | 梳洗罷,獨倚望江樓。 | | |||
| 牛嶠(牛給事嶠) | 巻4-05 | 含泥燕,飛到畫堂前。 | | ||
| 巻4-06 | 紅繡被,兩兩間鴛鴦。 | | |||
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(旧版)
夢江南 之一
千萬恨,恨極在天涯。
限りないほどのこの恨んでも恨んでも恨みきれない。この恨みの最も強いものは地の果てにいる愛しい人が行ったきりだということです。
山月不知心裏事,水風空落眼前花。
私の周りの自然美の山にかかる月は心の内から裏まであふれるほどのものになっている心配事は知らないでしょう。川面を吹き抜ける風は私の目の前の花をむなしく落していくのも私の心の内を知らないのです。
揺曳碧雲斜。
はるかかなたのあの人の所へあのたなびいている雲が渡してくれるのです。
夢江南 之二
梳洗罷,獨倚望江樓。
毎朝 顔を洗い、くしで髪を梳く、身繕いをおわると、河畔の高殿に上って、いつもひとりで大江を眺めるのです。
過盡千帆皆不是,斜暉脈脈水悠悠。
何もかも通り過ぎてしまったこと、千の帆かけ船が行き交うけれどあの人がのっている船ではないのです。そうしているといつの間にか太陽が西に傾いている、みゃくみゃくと思いつきないこの気持ちを、せつなくやるせない思いを知らないというように川の流れは悠悠と流れて行くのです。
腸斷白蘋洲。
この下はらの痛みの私の身を知らぬまま、白州の花はどこへともしれず流れて行くのでしょう。
夢江南 之二
梳洗【そせん】罷【おわ】り,獨り江樓に倚【よ】りて望む。
過ぎ盡くす千帆 皆是ならず,斜暉【き】脈脈として 水悠悠。
腸斷す 白蘋【ひん】の洲。
(改訂版)-1溫庭筠57《巻2-07 夢江南二首其一》
夢江南二首其一
(身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている愛妾が怨みに思っていても、それを届けることができないが、きっと空に浮かんだ南に曳く筋雲だけが伝えてくれるだろう。)
千萬恨,恨極在天涯。
あれほど壊れて身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている、千万の恨みにおもう、この極限に達した恨みは南の地の果てまでも届くほど。
山月不知心裏事,水風空落眼前花。
山にかかる月は、きっと南の空にも同じように照らし、女の心の内から裏まであふれるほどのうらみごと、心配事は知らせることがないのだ。川面を吹き抜ける風にしたって、目の前の花をむなしく落していくだけで女の心の内を届けることにはならないのだ。
揺曳碧雲斜。
長安の空からはるかかなたの南の空に揺れ動きながらも引き伸ばして続いている雲だけはこの思いを渡してくれるのだろう。
(江南を夢む)
千萬の恨み,恨みの極まれるは天涯に在り。
山月は知らず心裏の事,水風は空しく落つ 眼前の花。
碧雲 揺曳して斜めなり。
(改訂版)-1溫庭筠57《巻2-07 夢江南二首其一》
『夢江南』 之一 現代語訳と訳註
(本文)
夢江南二首其一
千萬恨,恨極在天涯。
山月不知心裏事,水風空落眼前花。
揺曳碧雲斜。
(下し文)
(江南を夢む)
千萬の恨み,恨みの極まれるは天涯に在り。
山月は知らず心裏の事,水風は空しく落つ 眼前の花。
碧雲 揺曳して斜めなり。
(現代語訳)
(身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている愛妾が怨みに思っていても、それを届けることができないが、きっと空に浮かんだ南に曳く筋雲だけが伝えてくれるだろう。)
あれほど壊れて身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている、千万の恨みにおもう、この極限に達した恨みは南の地の果てまでも届くほど。
山にかかる月は、きっと南の空にも同じように照らし、女の心の内から裏まであふれるほどのうらみごと、心配事は知らせることがないのだ。川面を吹き抜ける風にしたって、目の前の花をむなしく落していくだけで女の心の内を届けることにはならないのだ。
長安の空からはるかかなたの南の空に揺れ動きながらも引き伸ばして続いている雲だけはこの思いを渡してくれるのだろう。
(訳注)
(身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている愛妾が怨みに思っていても、それを届けることができないが、きっと空に浮かんだ南に曳く筋雲だけが伝えてくれるだろう。)
教坊の宜春院に属した妓優には江南から選ばれて長安に来ているもの、江南の優雅な楽曲が多く出身者だけでなく多くの人が音楽と舞踊、その他の芸も愛された。教坊の曲には、江南の曲が多くあり、長安から江南に赴任した夫が音信不通になる、あるいは、棄てられた女が調べてみると男は江南に行っているということで、旅に出た男を思う詩ということになるが、ここは、「落籍」(身請け)された妓優が愛妾となったものの、棄てられてしまったということである。
教坊籍に入らない妓女は官府の統制下になかったので、客から身請けされ堅気となって嫁すことができた。「落籍」の費用は地位によって異なっており、先に述べた王福娘の請け値は 〝一、二百金″であった。これはだいたい中等の値段であり、妓女の標準の値段であった。唐代の小説『李娃伝』の主人公李姓は堅気になろうとして、二十年間の衣食代を自分の貯えた金の中から仮母に返し、身請けされた。この金額は決して少なくはなかったはずである。こうしたことは現実にはそう多いことではなかったであろう。なぜなら、かりに名高い妓女でも普通はこれほど多くの“へそくり”を工面することは難しかったからである。身請けの大部分は客が見初めたものであって、彼女たちの意志ではどうすることもできなかった。しかし、長安の妓女は総じて地方官妓に比べるといくらか主体性を持っていた。たとえば、王福娘は挙子(科挙受験生)の孫薬を見初め、彼に落籍を頼んだ。また、睦州刺史の柳斉物は名妓の矯陳を好きになった。彼女はそれに応えて「もし科挙に合格して錦帳三十枚をくださるなら、一生お仕えいたします」と答えた。柳斉物は果たして錦帳を数通りそろえて彼女を迎えにきたので、彼女は柳家に嫁いだ(『因話録』巻一。何はともあれ、無理に落籍されたり贈答の具に供されたりするのに比べたらずっとマシであった。
以上が長安に生きる妓女のおよその生活状態であるが、東都洛陽や揚州など大都市の妓女の生活も、長安により近かったようである。揚州は娼妓の都市としてたいへん有名なところであり、ひとたび夜になると、「妓楼の上に、常に赤い絹の被いで包んだ夜燈が無数にともされ空中に輝いた。
九里三十歩の広さの街は、真珠、素翠などさまざまな飾りで満ち溢れ、はるか遠い仙境のようだった」(『太平広記』巻二七三)という。この繁華の情景は妓館の多さ、遊廓の繁栄ぶりをよく物語っる。ここは長安の平康里とひじょうによく似ており、妓女たちの生活も長安とほぼ同じだったと思われる。
唐の教坊の曲名。『花間集』には六首あり、溫庭筠の作が二首収められている。夢江南二作品中の第一である。単調二十七字、五句三平韻で、3⑤7⑦⑤の詞形をとる。
千萬恨,恨極在天涯。
山月不知心裏事,水風空落眼前花。
揺曳碧雲斜。
千萬恨,恨極在天涯。
あれほど壊れて身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている、千万の恨みにおもう、この極限に達した恨みは南の地の果てまでも届くほど。
・千萬 限りない。多量を云う。
・恨 うらみ。こころに強く残っているわだかまり。
・恨極 恨みの最たるもの。
・在天涯 天の果てにある。地の果てまでとどく。
山月不知心裏事,水風空落眼前花。
山にかかる月は、きっと南の空にも同じように照らし、女の心の内から裏まであふれるほどのうらみごと、心配事は知らせることがないのだ。川面を吹き抜ける風にしたって、目の前の花をむなしく落していくだけで女の心の内を届けることにはならないのだ。
・山月 山にかかっている月。周りの自然。
・不知 知らない。分からない。
・心裏事 心の中の事。「心中事」としないで、「心裏事」としたのは、中に持っているのではなくそのうらまであふれるほどのものになっている。
・水風 水辺の風。川面を吹き抜ける風。ここも周りの自然。
・空落 むなしくおちる。
・眼前花 目の前の花。
揺曳碧雲斜。
長安の空からはるかかなたの南の空に揺れ動きながらも引き伸ばして続いている雲だけはこの思いを渡してくれるのだろう。
・揺曳 雲などがたなびいている。
・碧雲 青雲。
・斜 雲などが渡る時の動きある表現。








































