玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

2015年01月

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-1溫庭筠57《巻2-07 夢江南二首其一》溫庭筠66首巻二7-〈57〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5482

(改訂版)-1溫庭筠57《巻2-07 夢江南二首其一》(身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている愛妾が怨みに思っていても、それを届けることができないが、きっと空に浮かんだ南に曳く筋雲だけが伝えてくれるだろう。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-1溫庭筠57《巻2-07 夢江南二首其一》溫庭筠66首巻二7-57〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5482

 

 

 

(旧版) 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『歸國遙』五首

 

 

作者



初句7字

 

 

溫助教庭筠

2-07

夢江南二首其一

蘭燼落,屏上暗紅蕉。

 

 

2-08

夢江南二首其二

樓上寢,殘月下簾旌。

 

 

皇甫先輩松

2-25

夢江南二首其一

千萬恨,恨極在天涯。

 

 

2-25

夢江南二首其二

梳洗罷,獨倚望江樓。

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

4-05

夢江南二首其一

含泥燕,飛到畫堂前。

 

 

4-06

夢江南二首其二

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(旧版)

夢江南 之一
千萬恨,恨極在天涯。
限りないほどのこの恨んでも恨んでも恨みきれない。この恨みの最も強いものは地の果てにいる愛しい人が行ったきりだということです。
山月不知心裏事,水風空落眼前花。
私の周りの自然美の山にかかる月は心の内から裏まであふれるほどのものになっている心配事は知らないでしょう。川面を吹き抜ける風は私の目の前の花をむなしく落していくのも私の心の内を知らないのです。
揺曳碧雲斜。
はるかかなたのあの人の所へあのたなびいている雲が渡してくれるのです。


夢江南 之二
梳洗罷,獨倚望江樓。
毎朝 顔を洗い、くしで髪を梳く、身繕いをおわると、河畔の高殿に上って、いつもひとりで大江を眺めるのです。
過盡千帆皆不是,斜暉脈脈水悠悠。
何もかも通り過ぎてしまったこと、千の帆かけ船が行き交うけれどあの人がのっている船ではないのです。そうしているといつの間にか太陽が西に傾いている、みゃくみゃくと思いつきないこの気持ちを、せつなくやるせない思いを知らないというように川の流れは悠悠と流れて行くのです。
腸斷白蘋洲。
この下はらの痛みの私の身を知らぬまま、白州の花はどこへともしれず流れて行くのでしょう。

夢江南 之二
梳洗【そせん】罷【おわ】り,獨り江樓に倚【よ】りて望む。
過ぎ盡くす千帆 皆是ならず,斜暉【き】脈脈として  水悠悠。
腸斷す 白蘋【ひん】の洲。


(改訂版)-1溫庭筠57《巻2-07 夢江南二首其一》
夢江南二首其一

(身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている愛妾が怨みに思っていても、それを届けることができないが、きっと空に浮かんだ南に曳く筋雲だけが伝えてくれるだろう。)

千萬恨,恨極在天涯。
あれほど壊れて身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている、千万の恨みにおもう、この極限に達した恨みは南の地の果てまでも届くほど。
山月不知心裏事,水風空落眼前花。
山にかかる月は、きっと南の空にも同じように照らし、女の心の内から裏まであふれるほどのうらみごと、心配事は知らせることがないのだ。川面を吹き抜ける風にしたって、目の前の花をむなしく落していくだけで女の心の内を届けることにはならないのだ。

揺曳碧雲斜。

長安の空からはるかかなたの南の空に揺れ動きながらも引き伸ばして続いている雲だけはこの思いを渡してくれるのだろう。
(江南を夢む)
千萬の恨み,恨みの極まれるは天涯に在り。
山月は知らず心裏の事,水風は空しく落つ 眼前の花。
碧雲 揺曳して斜めなり。

宮島(5)
 


(改訂版)-1溫庭筠57《巻2-07 夢江南二首其一》
『夢江南』 之一 現代語訳と訳註
(本文)
夢江南二首其一

千萬恨,恨極在天涯。
山月不知心裏事,水風空落眼前花。
揺曳碧雲斜。

 

(下し文)
(江南を夢む)

千萬の恨み,恨みの極まれるは天涯に在り。
山月は知らず心裏の事,水風は空しく落つ 眼前の花。
碧雲 揺曳して斜めなり。


(現代語訳)
(身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている愛妾が怨みに思っていても、それを届けることができないが、きっと空に浮かんだ南に曳く筋雲だけが伝えてくれるだろう。)

あれほど壊れて身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている、千万の恨みにおもう、この極限に達した恨みは南の地の果てまでも届くほど。
山にかかる月は、きっと南の空にも同じように照らし、女の心の内から裏まであふれるほどのうらみごと、心配事は知らせることがないのだ。川面を吹き抜ける風にしたって、目の前の花をむなしく落していくだけで女の心の内を届けることにはならないのだ。

長安の空からはるかかなたの南の空に揺れ動きながらも引き伸ばして続いている雲だけはこの思いを渡してくれるのだろう。
巫山十二峰003

 (訳注)

(身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている愛妾が怨みに思っていても、それを届けることができないが、きっと空に浮かんだ南に曳く筋雲だけが伝えてくれるだろう。)

教坊の宜春院に属した妓優には江南から選ばれて長安に来ているもの、江南の優雅な楽曲が多く出身者だけでなく多くの人が音楽と舞踊、その他の芸も愛された。教坊の曲には、江南の曲が多くあり、長安から江南に赴任した夫が音信不通になる、あるいは、棄てられた女が調べてみると男は江南に行っているということで、旅に出た男を思う詩ということになるが、ここは、「落籍」(身請け)された妓優が愛妾となったものの、棄てられてしまったということである。

 

教坊籍に入らない妓女は官府の統制下になかったので、客から身請けされ堅気となって嫁すことができた。「落籍」の費用は地位によって異なっており、先に述べた王福娘の請け値は 〝一、二百金″であった。これはだいたい中等の値段であり、妓女の標準の値段であった。唐代の小説『李娃伝』の主人公李姓は堅気になろうとして、二十年間の衣食代を自分の貯えた金の中から仮母に返し、身請けされた。この金額は決して少なくはなかったはずである。こうしたことは現実にはそう多いことではなかったであろう。なぜなら、かりに名高い妓女でも普通はこれほど多くの“へそくり”を工面することは難しかったからである。身請けの大部分は客が見初めたものであって、彼女たちの意志ではどうすることもできなかった。しかし、長安の妓女は総じて地方官妓に比べるといくらか主体性を持っていた。たとえば、王福娘は挙子(科挙受験生)の孫薬を見初め、彼に落籍を頼んだ。また、睦州刺史の柳斉物は名妓の矯陳を好きになった。彼女はそれに応えて「もし科挙に合格して錦帳三十枚をくださるなら、一生お仕えいたします」と答えた。柳斉物は果たして錦帳を数通りそろえて彼女を迎えにきたので、彼女は柳家に嫁いだ(『因話録』巻一。何はともあれ、無理に落籍されたり贈答の具に供されたりするのに比べたらずっとマシであった。

 

以上が長安に生きる妓女のおよその生活状態であるが、東都洛陽や揚州など大都市の妓女の生活も、長安により近かったようである。揚州は娼妓の都市としてたいへん有名なところであり、ひとたび夜になると、「妓楼の上に、常に赤い絹の被いで包んだ夜燈が無数にともされ空中に輝いた。

九里三十歩の広さの街は、真珠、素翠などさまざまな飾りで満ち溢れ、はるか遠い仙境のようだった」(『太平広記』巻二七三)という。この繁華の情景は妓館の多さ、遊廓の繁栄ぶりをよく物語っる。ここは長安の平康里とひじょうによく似ており、妓女たちの生活も長安とほぼ同じだったと思われる。

唐の教坊の曲名。『花間集』には六首あり、溫庭筠の作が二首収められている。夢江南二作品中の第一である。単調二十七字、五句三平韻で、37⑦⑤の詞形をとる。

千萬恨,恨極在天
山月不知心裏事,水風空落眼前

揺曳碧雲

  
  


千萬恨,恨極在天涯。
あれほど壊れて身請けされたというのに、小さな家に捨て置かれている、千万の恨みにおもう、この極限に達した恨みは南の地の果てまでも届くほど。
・千萬 限りない。多量を云う。
・恨 うらみ。こころに強く残っているわだかまり。
・恨極 恨みの最たるもの。
・在天涯 天の果てにある。地の果てまでとどく。


山月不知心裏事,水風空落眼前花。

山にかかる月は、きっと南の空にも同じように照らし、女の心の内から裏まであふれるほどのうらみごと、心配事は知らせることがないのだ。川面を吹き抜ける風にしたって、目の前の花をむなしく落していくだけで女の心の内を届けることにはならないのだ。
山月 山にかかっている月。周りの自然。
不知 知らない。分からない。
・心裏事 心の中の事。「心中事」としないで、「心裏事」としたのは、中に持っているのではなくそのうらまであふれるほどのものになっている。
・水風 水辺の風。川面を吹き抜ける風。ここも周りの自然。
空落 むなしくおちる。
眼前花 目の前の花。


揺曳碧雲斜。
長安の空からはるかかなたの南の空に揺れ動きながらも引き伸ばして続いている雲だけはこの思いを渡してくれるのだろう。
揺曳 雲などがたなびいている。
・碧雲 青雲。
・斜 雲などが渡る時の動きある表現。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-1溫庭筠56《巻2-06 思帝郷一首》溫庭筠66首巻二6-〈56〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5477

(改訂版)-1溫庭筠56《巻2-06 思帝郷一首》 宮妓たちは芸人ではあったが、結局のところ娼妓との区別は、彼女たちが皇室専用の慰み物であるというにすぎない。

 

 
 2015年1月30日の紀頌之5つのブログ 
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172-#2 《巻08-40 贈嵩山焦煉師 并序 -(1)》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <172-#2> Ⅰ李白詩1385 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5473 
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 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
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教坊妓・長安の官妓

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「搊弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、崔令欽『教坊記』による。)。

○楽戸 楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

 

彼女たちの中には、また別に朝臣や外国からの使節が献上した女性も、一部分であるが含まれていた。たとえば、敬宗の時代、浙東(浙江省一帯)から朝廷に飛燕、軽風という二人の舞妓が献上されている。また文宗の時代、回紇に降嫁した太和公主が馬にまたがって弓をひく七人の娘を献上したこともあった(『杜陽雜編』巻中、『旧唐書』文宗紀下)。それ以外に、少数ではあるが、元々官女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。先人の考証によると、玄宗の時代から太常寺にはもはや女妓はいなくなり、すべて教坊の所属になったという(任半塘『教坊記箋訂』中華書局、一九六二年)。

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内延に入れると宣言したので(『旧唐書』李緯伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「霓裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

○梨園、宜春院 玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

○霓裳羽衣 【げいしょううい】開元、天宝時代に盛んに行われた大人数の舞い踊りの楽曲。

 

 

これら何百何千もの宮妓は、どのような生活をしていたのであろうか。宮妓は宮人と共通するところもあったが、しかし全く同じというわけでもなかったようだ。宮人の中から選抜されて宮妓にされたものの大半は、「宮婦」の身分のままであったが、それ以外の民間から選抜されたものの地位と身分は、一般の宮人に比べてやや高かったようである。各時代の記録はきわめて少ないが、ただ玄宗の時代についてだけは、『教坊記』という書物が彼女たちについて専門に書いている。

 

選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時には、雲韶院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」には佩魚が許されていたが、宮人には許されなかった。内人は比較的優遇されており、その家庭は「内人家」とよばれ、みな宮廷の外の外教坊に住み、季節ごとに宮廷から糧米が支給されていた。内人の中で皇帝から最も寵愛を受けていた「十家」と称される内人は邸宅を賜り、日常の賞賜もたいへん多かった。また、内人は家族と常時会うことができ、毎月の二日、十六日、あるいは自分の誕生日などに母親や姉妹が訪ねることができた。敬宗の時、皇帝は自ら内人の家族千二百人を招待し、教坊で宴席を設け、褒美として錦を下賜した(『旧唐書』敬宗紀)。

○佩魚 五品以上の貴人が身に着けることを許されていた魚形のバッジ(佩び玉)

 

 

彼女たちの生活も比較的自由で、彼女たちに対する宮中の束縛も、それほど厳格ではなかった。年をとり容色が衰えると、宮中から出て家に帰りたいと申し出ることが許されており、宮人のように必ずしも深宮の中で朽ち果てねばならないというわけではなかった。『教坊記』に記されている竿木妓の范漢女大娘子、許渾の「簫煉師に贈る」という詩に出てくる内妓の簫煉師、また『楽府雑録』に記されている宣徽院(宮中の一役所)の門弟楊氏などは、みな年老いて後、宮中から退出した内人であった。張祜の「退宮の人」という詩に、「歌喉漸く退えで宮闈を出でんとし、泣いて伶官(宮中の楽官)に話せば 上 帰るを許す」とある。廖融の「退官妓」という詩に、「一旦色衰えて故里に帰るも、月明 猶お夢に梁州(曲名)を按く」とあるが、これらはいずれも内人が年老いて後、宮中から退いたことを述べているのである。宮妓が宮中から出た後の境遇は、おしなべてそれほど良いというわけでもなかったが、宮人に比べれば概して自由の身であった。以上によって、唐朝の宮廷は宮妓を芸人と見なして待遇し、宮人のような賎民身分とは区別していたこと、宮妓たちの待遇はまだ比較的良かったことが分かる。

 

宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたし、一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたとはいえ、彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になった。玄宗の弟の申王は、冬になると宮妓たちに周囲をすき間なく囲ませて暖をとり、これを「妓圃」とよんだ。別の弟の岐王は寒い時妓女の懐に手を入れて暖をとった(『開元天宝達事』巻上)。こうした事例からみると、宮妓たちは芸人ではあったが、結局のところ娼妓との区別は、彼女たちが皇室専用の慰み物であるというにすぎない。

 

 

 

宮妓はまたしばしば皇帝の御下賜晶として大臣や貴族に与えられた。唐の各時代に、某人に「女楽」幾組を下賜するといった記録があるが、この 「女楽」とはよく訓練された宮中の楽妓のことである。宮妓たちはその半生を軽やかな音楽とあでやかな舞、笠・策などの笛や太鼓の中に費やし、そして少なからざる宮妓がその名を後世に残したのであるが、しかし生前の境遇はといえば、たいへん不幸なものであった。彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでひじょうに多くの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。たとえば、先に述べた宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。

 

 

長く宮中に住む宮妓の他に、玄宗の時代から長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。記録によれば、右教坊の芸妓の多くは歌がうまく、左教坊のものは舞いが上手だった。彼女たちは宮妓と同じょうに民間から選抜された技芸練達の人々であった。玄宗は彼女たちをたいへん愛したが、しかし「侠遊(民間の遊里)の盛んなるを奪うを欲せず、未だ嘗て置きて宮禁(宮中)に在らしめず」)と詩人に詠まれた名歌妓の念奴、「凌波曲」(玄宗が夢の中で龍宮の女に頼まれて作ったといわれる詩曲)をよく舞った新豊の女芸人謝阿蛮(『明皇雑録』補遺)、『教坊記』に記載されている歌舞妓の顔大娘、鹿三娘、張四娘、裳大娘、それに竿木妓の王大娘、および、杜甫の「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」という詩に出てくる、剣舞の名手公孫大娘などは、みな長安の外教坊に所属する芸妓であったらしい。というのは、記録によると彼女たちは一般に長く宮中に留まることはなく、行動は比較的自由だったし、特に男女関係は比較的自由であった。

元稹 「連昌宮詞」 に、「〔高〕力士 伝呼して念奴を覚れど、念奴は潜に諸邸を伴って宿す」という句がある。

419_1 《連昌宮詞》元稹

連昌宮中滿宮竹,久無人森似束。又有牆頭千葉桃,風動落花紅蔌蔌。

宮邊老翁為余泣,小年進食曾因入。上皇正在望仙樓,太真同憑闌幹立。

樓上樓前盡珠翠,炫轉熒煌照天地。歸來如夢複如癡,何暇備言宮裏事。

初過寒食一百六,店舍無煙宮樹綠。夜半月高弦索鳴,賀老琵琶定場屋。

力士傳呼覓念奴,念奴潛伴諸郎宿。須臾覓得又連催,特敕街中許然燭。

春嬌滿眼睡紅綃,掠削雲鬟旋裝束。飛上九天歌一聲,二十五郎吹管逐。

逡巡大遍涼州徹,色色龜茲轟錄續。李謨笛傍宮牆,得新翻數般曲。

平明大駕發行宮,萬人歌舞塗路中。百官隊仗避岐薛,楊氏諸姨車鬥風。

明年十月東都破,禦路猶存祿山過。驅令供頓不敢藏,萬姓無聲淚潛墮。

兩京定後六七年,卻尋家舍行宮前。莊園燒盡有枯井,行宮門閉樹宛然。

爾後相傳六皇帝,不到離宮門久閉。往來年少長安,玄武樓成花萼廢。

去年敕使因斫竹,偶門開暫相逐。荊榛櫛比塞池塘,狐兔驕癡緣樹木。

舞榭欹傾基尚在,文窗窈窕紗猶綠。塵埋粉壁舊花鈿,烏啄風箏碎珠玉。

上皇偏愛臨砌花,依然禦榻臨階斜。蛇出燕巢盤鬥栱,菌生香案正當衙。

寢殿相連端正樓,太真梳洗樓上頭。晨光未出簾影黑,至今反掛珊瑚鉤。

指似傍人因慟哭,卻出宮門淚相續。自從此後還閉門,夜夜狐狸上門屋。

我聞此語心骨悲,太平誰致亂者誰。翁言野父何分別,耳聞眼見為君

姚崇宋璟作相公,勸諫上皇言語切。燮理陰陽禾黍豐,調和中外無兵戎。

長官清平太守好,揀選皆言由相公。開元之末姚宋死,朝廷漸漸由妃子。

祿山宮裏養作兒,虢國門前鬧如市。弄權宰相不記名,依稀憶得楊與李。

廟謨顛倒四海搖,五十年來作瘡痏. 今皇神聖丞相明,詔書才下蜀平。

官軍又取淮西賊,此賊亦除天下寧。年年耕種宮前道,今年不遣子孫耕。

老翁此意深望幸,努力廟謀休用兵。

念奴

『開元天宝遺事』に見える。容貌に優れ、歌唱に長け、官妓の中でも、玄宗の寵愛を得ていた。玄宗の近くを離れたことがなく、いつも周りの人々を見つめていて、玄宗に「この女は妖麗で、眼で人を魅了する」と評された。その歌声は、あらゆる楽器の音よりもよく響き渡ったと伝えられる。唐代詩人の元稹の「連昌宮詞」に、玄宗時代の盛時をあらわす表現として、玄宗に命じられた高力士が、彼女を呼び、その歌声を披露する場面がある。清代の戯曲『長生殿』にも、永新とともに、楊貴妃に仕える侍女として登場する。

海棠花101
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『思帝』四首

 

 

溫助教庭筠

巻二

郷一首

花花、満枝紅似霞

 

 

韋相莊

巻三

思帝郷二首 其一

雲髻墜,鳳釵垂

 

 

巻三

思帝鄕二首 其二

春日遊,杏花吹滿

 

 

孫少監光憲

巻八

思帝一首

如何?遣情情更。

 

 

 

 

 

 

 

 

(旧版)

思帝郷

(一途に思う女心の詩)
花花、満枝紅似霞。

花、花が咲いてる、枝一面の紅は朝や夕暮れにかすみがかかるのに似ています。

羅袖画簾腸断、阜香車。

薄絹の袖に、画模様の車の帳に、どれもみなつがいの画ばかりで腸が断ち切られるようにうずくのです。

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

車を停め、顔振り背けるようにして冷静に人と語らってみたけれど、斜めに挿せるカンザシの金の鳳凰はゆらゆら揺れる。

唯有阮郎春尽、不帰家。

もう若くないということなのでしょうか、今の私にとっては、もう春が終わろうとしていて、それでも、これからは、後漢の阮郎のように「家に帰らざる」ということだけがあるということなのでしょうか。

 

(思帝郷)

花花、満枝 紅 霞に似たり。

羅袖 画簾 腸 断ゆ、香車を早め。

 

面を遅らして 人と共に閑かに語る、戦える箆 金鳳 斜めなり。

唯だ阮郎の 春 尽きるも、「家に帰らざる」有り。

 

(改訂版)

思帝郷

(春が来るたび寵愛を受け絶頂のころを辛く思い出すが、それでも、その時の事は女としての矜持であり、今もその時の者を身に着け、部屋を飾って待つ、次々に新しい妃嬪もとに行くのはいいけど、女ばかりが老け込むわけではないと詠う)

花花、満枝紅似霞。

花、花が満面に咲き、枝満面の花紅に日が射して、紅のかすみがかかっているのかとおもわれ、あの頃も花の下に筵をした時のようだ。

羅袖画簾腸断、阜香車。

薄絹の袖も、画模様の車の帳にも、寵愛を一手に受けていた時に贈られたもの、愛し続けるとどれもみなつがいの画ばかりをよろこんだもので、それはいま、腸が断ち切られるようにうずくものだ。車を停め眺め直す。

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

顔振り背けるようにしても、同乗のおつきの者には冷静に語ることはしなくて押し黙った、すると、斜めに挿せるカンザシの金の鳳凰はゆらゆら揺れて、おもいだしてしまう。

唯有阮郎春尽、不帰家。

また、仙女に在って、後漢の阮郎のように「家に帰らざる」といってるうちに、春が尽きて老いてしまうのは女だけではないのだから。

 

紅梅002
 

『思帝郷』 現代語訳と訳註

(本文)

思帝郷

花花、満枝紅似霞。

 

羅袖画簾腸断、阜香車。

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

 

唯有阮郎春尽、不帰家。

 

(下し文)

(思帝郷)

花花、満枝 紅 霞に似たり。

羅袖 画簾 腸 断ゆ、香車を早め。

面を遅らして 人と共に閑かに語る、戦える箆 金鳳 斜めなり。

唯だ阮郎の 春 尽きるも、「家に帰らざる」有り。

 

(現代語訳)

(一途に思う女心の詩)

花、花が咲いてる、枝一面の紅は朝や夕暮れにかすみがかかるのに似ています。

薄絹の袖に、画模様の車の帳に、どれもみなつがいの画ばかりで腸が断ち切られるようにうずくのです。

車を停め、顔振り背けるようにして冷静に人と語らってみたけれど、斜めに挿せるカンザシの金の鳳凰はゆらゆら揺れる。

もう若くないということなのでしょうか、今の私にとっては、もう春が終わろうとしていて、それでも、これからは、後漢の阮郎のように「家に帰らざる」ということだけがあるということなのでしょうか。

 

(訳注)

思帝郷

(一途に思う女心の詩)

長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。記録によれば、右教坊の芸妓の多くは歌がうまく、左教坊のものは舞いが上手だった。彼女たちは宮妓と同じょうに民間から選抜された技芸練達の人々であった。

詩人に詠まれた名歌妓の念奴、「凌波曲」(玄宗が夢の中で龍宮の女に頼まれて作ったといわれる詩曲)をよく舞った新豊の女芸人謝阿蛮(『明皇雑録』補遺)、『教坊記』に記載されている歌舞妓の顔大娘、鹿三娘、張四娘、裳大娘、それに竿木妓の王大娘、および、杜甫の「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」という詩に出てくる、剣舞の名手公孫大娘などは、みな長安の外教坊に所属する芸妓であったらしい。というのは、記録によると彼女たちは一般に長く宮中に留まることはなく、行動は比較的自由だったし、特に男女関係は比較的自由であった。これらを題材にしたものが、思帝郷である。

唐の教坊の曲名。『花間集』には四首所収で温庭筠籍の作は一首、韋荘は二首、顧夐が一首収められている。単調三十六字、八句五平韻で、②⑤6③6⑤6③の詞形をと

115 思帝郷 其一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-289-5-#43  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2992

思帝鄕 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-263-5-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2697

 

花花、満枝紅似霞。

花、花が満面に咲き、枝満面の花紅に日が射して、紅のかすみがかかっているのかとおもわれ、あの頃も花の下に筵をした時のようだ。

○霞 夕焼けや朝焼け。朝や夕暮れにかすみがかかるさま。

 

羅袖画簾腸断、阜香車。

薄絹の袖も、画模様の車の帳にも、寵愛を一手に受けていた時に贈られたもの、愛し続けるとどれもみなつがいの画ばかりをよろこんだもので、それはいま、腸が断ち切られるようにうずくものだ。車を停め眺め直す。

○羅袖画簾腸断 着物の袖、絹の帳、番の画のはいったものは寵愛を受けて、何時までも愛し続けると贈られたものである。その夫婦、つがいの画をみると、別れ去って久しく寵愛をうしなってしまった愛しいお方に対して、思い焦がれる胸の思いと情事の思いが悶々とすることで腸が断ち切られるようにうずくこと。

○卓香車 車を停める。卓は停める。香車は香しい車、車の美称。

 

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

顔振り背けるようにして、同乗のおつきの者には冷静に語ることはしなくて押し黙った、すると、斜めに挿せるカンザシの金の鳳凰はゆらゆら揺れて、おもいだしてしまう。

○戦箆金鳳斜 髪に斜めに挿した哲の金の鳳凰飾りが揺れる。戦は揺れ動く。箆はここではカンザシ。

 

唯有阮郎春尽、不帰家。

また、仙女に在って、後漢の阮郎のように「家に帰らざる」といってるうちに、春が尽きて老いてしまうのは女だけではないのだから。

○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠55《巻2-05 訴衷情一首》溫庭筠66首巻二5-〈55〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5472

(改訂版)溫庭筠55《巻2-05 訴衷情一首》 (春、寵愛を完全に失った妃嬪は、辺境より帰らぬ男を思う女の情とまったく同じ心情であることを詠う。)

 

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠55《巻2-05 訴衷情一首》溫庭筠66首巻二5-55〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5472




 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『訴衷情』 十三首

 

 

作者

初句7字

 

 

溫庭筠

巻一

訴衷情一首

鶯語花舞春晝午

 

 

韋莊(韋相莊)

巻二

訴衷情二首 其一

燭燼香殘簾半卷

 

 

巻二

情二首 其二

碧沼紅芳煙雨靜

 

 

毛文錫

巻五

訴衷情首其一

桃花流水漾縱橫

 

 

巻五

訴衷首其二

鴛鴦交頸繡衣輕

 

 

巻七

訴衷二首 其一

香滅簾垂春漏永

 

巻七

訴衷情二首 其二

永夜人何處去

 

魏承班(魏太尉承班)

巻九

訴衷情首 其一

高歌宴罷月初盈

 

 

巻九

訴衷情五首 其二

春深花簇小樓臺

 

 

巻九

訴衷情五首 其三

銀漢雲晴玉漏長

 

 

巻九

訴衷情五首 其四

金風輕透碧

 

 

巻九

訴衷情五首 其五

春情滿眼臉紅綃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作者

詩題

詞形 ○平韻 ●仄韻

 

溫庭筠

訴衷情一首

7③❸❷③ ⑤②⑤③

33

六平・二仄

 

❷❷❸❸❷③ ⑤②⑤③)

(十一句六平五仄)

韋莊

訴衷情二首其一

7③❸❷③ ⑤②⑤③

33

六平・二仄

訴衷情二首其二

⑦③❸❷③ ⑤②⑤③

33

六平・二仄

毛文錫

訴衷情二首其一

7⑤33⑤ ⑤③⑦③

41

六平韻

訴衷情二首其二

7⑤33⑤ ⑤③⑦③

41

六平韻

顧夐

訴衷情二首其一

❸❷③ ⑤②⑤③

33

六平・二仄

訴衷情二首其二

❸❷③ ⑤②⑤③

33

六平・二仄

魏承班

訴衷情五首其一

⑦⑤3③⑤ ⑤③⑦③

41

八平韻

訴衷情五首其二

⑦⑤3③⑤ ⑤③⑦③

41

八平韻

訴衷情五首其三

⑦⑤3③⑤ ⑤③⑦③

41

八平韻

訴衷情五首其四

⑦⑤3③⑤ 5③7③

41

六平韻

訴衷情五首其五

⑦⑤3③⑤ ⑤③⑦③

41

八平韻

 

(旧版)訴衷情
鶯語花舞春晝午,雨霏微。
金帶枕,宮錦,鳳凰帷。
柳弱蝶交飛,依依。
遼陽音信稀,夢中歸。

夜が明けると鶯が鳴いている、花が風に舞い散りゆく、春雨の日はもう真昼を過ぎる。それでも細かなそぼふる雨は涙雨なのです。
今夜もただひとり金帯の枕をあてて、錦のしとねをしきます。鳳凰の模様がえがかれた垂絹がたれると、さびしさがますのです。
柳は風になよなよと枝をからませ、蝶は花へととびかう、ああ、柳のように、蝶のようにあの人と春を過ごしたい。
あの人は帰ってこれないという遙か先の遼陽にいってしまった、もう手紙も噂話さえもおとずれは稀になっている。いまは夢の中にあの人は帰ってきてくれる。

鶯語り花舞う春の晝午,雨は霏微【ひび】たり。
金帶の枕,錦なる宮に,鳳凰の帷【たれきぬ】。
柳弱らかく蝶 交り飛ぶ,依を依とする。
遼陽 音信 稀れなり,夢中にして歸る。

 花蕊夫人002

(改訂版)溫庭筠55《巻2-05 訴衷情一首》

訴衷情一首
(春、寵愛を完全に失った妃嬪は、辺境より帰らぬ男を思う女の情とまったく同じ心情であることを詠う。)

鶯語花舞春晝午,雨霏微。
又春が来て、眠れぬままに鶯が鳴くのをきき、花が風に舞い散りゆくのを眺めていると正午を過ぎている、それから、細かな雨は降り続く。
金帶枕,宮錦,鳳凰帷。
寵愛を一手に受けていたころの金帯の枕をあてて、宮錦の褥、鳳凰の模様がえがかれた垂絹がたれる閨に、さびしさと侘しさに包まれる。
柳弱蝶交飛,依依。
柳は風になよなよと枝をからませ、蝶は花へととびかう、ああ、柳のように、蝶のようにあの人と春を過ごしたい。
遼陽音信稀,夢中歸。
北方の国境、遼陽にいってしまった征夫を待つ多くの女は、手紙も噂話さえもすぐに稀になるってしまうという。そんな女は夢の中に男が帰ってきてくれるという。諦めてはいけない、何時か復寵愛を受けることを夢見てしっかりしよう。

(改訂版)溫庭筠55《巻2-05 訴衷情一首》

『訴衷情』 現代語訳と訳註
(
本文)
訴衷情
鶯語花舞春晝午,雨霏微。
金帶枕,宮錦,鳳凰帷。
柳弱蝶交飛,依依。
遼陽音信稀,夢中歸。


(下し文)
鶯語り花舞う春の晝午,雨は霏微【ひび】たり。
金帶の枕,錦なる宮に,鳳凰の帷【たれきぬ】。
柳弱らかく蝶 交り飛ぶ,依を依とする。
遼陽 音信 稀れなり,夢中にして歸る。


(現代語訳)
(春、寵愛を完全に失った妃嬪は、辺境より帰らぬ男を思う女の情とまったく同じ心情であることを詠う。)

又春が来て、眠れぬままに鶯が鳴くのをきき、花が風に舞い散りゆくのを眺めていると正午を過ぎている、それから、細かな雨は降り続く。
寵愛を一手に受けていたころの金帯の枕をあてて、宮錦の褥、鳳凰の模様がえがかれた垂絹がたれる閨に、さびしさと侘しさに包まれる。
柳は風になよなよと枝をからませ、蝶は花へととびかう、ああ、柳のように、蝶のようにあの人と春を過ごしたい。
北方の国境、遼陽にいってしまった征夫を待つ多くの女は、手紙も噂話さえもすぐに稀になるってしまうという。そんな女は夢の中に男が帰ってきてくれるという。諦めてはいけない、何時か復寵愛を受けることを夢見てしっかりしよう。
唐 長安図 基本図00

(訳注)
(改訂版)溫庭筠55《巻2-05 訴衷情一首》

訴衷情一首
(春、寵愛を完全に失った妃嬪は、辺境より帰らぬ男を思う女の情とまったく同じ心情であることを詠う。)

【解説】

 春、寵愛を完全に失った妃嬪は、辺境より帰らぬ男を思う女の情とまったく同じ心情であることを詠う。

初めに、室外の景を、次いで視線は室内に移る。金糸で帯状に飾った枕、贅を尽くした掛け布団、鳳凰の刺繍の帳。それらが豪華であることは、後宮で一時は寵愛を一手に浴びていたということである。そうであればあるほど、女の悲しみを一層そそるのであるが、妃嬪は。それでも寵愛を受けるための努力をしないといけないのである。垂れ下がった柳の枝は若い妃嬪の細腰、その枝の間を飛ぶ蝶。蝶は細腰の間を飛んでゆく。これではまるで、最果ての守りに出かけた男から便りもなく、夢に帰って来るだけというのとまったく同じではないか、だからもっと努力をして寵愛を取り戻したいと心に思うのである。

唐の教坊の曲名。文頭の表のように『花間集』には十三首所収されている。単調と双調とがある。温庭筠の作は一篇収められている。この詩は単調三十三字、九句六平韻二仄韻で、7③❸❷③ ⑤②⑤③の詞形をとる。ただ、初句7字を❷❷❸と短い句にして考えることもできる。どの場合十一句六平韻五仄韻となる。

鶯語花舞春晝午  雨霏
金帶   鳳凰

柳弱蝶交飛   

遼陽音信稀 夢中

 
  

  

 


鶯語花舞春晝午,雨霏微。
又春が来て、眠れぬままに鶯が鳴くのをきき、花が風に舞い散りゆくのを眺めていると正午を過ぎている、それから、細かな雨は降り続く。
・この二句はうとうととしていて鶯の声で起きた。朝からそぼ降る雨が夕方まで続くことを云う。この句によって寂しさの表現を強調することになっている。


金帶枕,宮錦,鳳凰帷。
寵愛を一手に受けていたころの金帯の枕をあてて、宮錦の褥、鳳凰の模様がえがかれた垂絹がたれる閨に、さびしさと侘しさに包まれる。
・金帶枕 金の編み込みの帯のついた枕である。金鏤枕と同じであろう。黄金をちりばめた枕。曹植「洛神の賦」(『文選』巻一九)の李善の注が引く「記」 に、「東阿王(曹植)朝に入り、帝(文帝=曹丕)は植に甄后の玉銭金帯枕を示す」。

「金帶枕」,「宮錦」,「鳳凰帷」部屋にこれだけのものがある女性は妃嬪ということであろう。


柳弱蝶交飛,依依。
柳は風になよなよと枝をからませ、蝶は花へととびかう、ああ、柳のように、蝶のようにあの人と春を過ごしたい。
・柳 蝶は花から花へ、細腰の女から細腰の女へとゆく男性を意味する。女性を意味するのは柳、花が女性を示す。
・依依 依依はそれぞれ柳に依りと蝶に依りが私が生かされるということである。


遼陽音信稀,夢中歸。
北方の国境、遼陽にいってしまった征夫を待つ多くの女は、手紙も噂話さえもすぐに稀になるってしまうという。そんな女は夢の中に男が帰ってきてくれるという。諦めてはいけない、何時か復寵愛を受けることを夢見てしっかりしよう。
・遼陽 今、遼寧省洛陽県西南にあたる地名、古くから征夫の行ったところとして詩詞にあらわれる。この詩では行ったきりで帰ってこないことの喩えとしている。実際に行ったわけではない

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠54《巻2-04 遐方怨 二首之二》溫庭筠66首巻二4-〈54〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5467

(改訂)-1溫庭筠54《巻2-04 遐方怨 二首之二》あのころ、あれほどに愛してくれて、女として磨きがかかったものであったが、いまは、ただ、雨に打たれてつづける海棠の花は花びらを散らし、しぼんでいくしかない、それでも雨はたえまなく降りつづけている。(寵愛を失うことは、諦める事しかないのだろうか。)
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠54《巻2-04 遐方怨 二首之二》溫庭筠66首巻二4-54〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5467

 

 

溫庭筠遐方怨 二首之一

花半坼,雨初晴。
未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。
宿妝眉淺粉山橫。
約鬟鸞鏡裏,繡羅輕。

 

溫庭筠遐方怨 二首之二

憑繡檻,解羅帷。
未得君書,腸斷(一作斷腸),瀟湘春雁飛。
不知征馬幾時歸?
海棠花謝也,雨霏霏。

 

 

顧夐《遐方怨》 

簾影細,簟紋平。

象紗籠玉指,縷金羅扇輕。

嫩紅雙臉似花明,兩條眉黛遠山橫。

風簫歇,鏡塵生。

遼塞音書,夢魂長暗驚。

玉郎經負娉婷,教人爭不恨無情。

 

孫光憲《遐方怨》 

紅綬帶,錦香囊。

爲表花前意,慇懃贈玉郎。

此時更自役心腸,轉添秋夜夢魂狂。

思豔質,想嬌妝。

願早傳金盞,同歡臥醉

任人猜妒盡提防。到頭須使是鴛鴦。

 

 


(
旧版)遐方怨 二首 温庭筠

遐方怨 之一
花半坼,雨初晴。
花はその弁を半ばほころびはじめている、雨はけさ早くに晴れあがっている。
未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。
夜は明けても閨に臥したまま、いまだ簾をかかげようとはしない。あの人との夢だけがのこるだけだから、かなしく愁いの心持で、いつしか暁の鶯の啼く声を聞くのです。
宿妝眉淺粉山橫。
昨夜のお化粧はもうくずれてしまい、えがいた眉ずみの色もうすれて、おしろいは額に寄り、線のように横たわっている。
約鬟鸞鏡裏,繡羅輕。
鏡にむかって髷【わげ】をたばね、刺繍をしたうすぎぬの上衣をかるく身にまとう。
(崩れた夜の化粧を落として、朝の化粧を済ませた女の哀いい愁い。)


(遐方怨二首の一)
花 半坼【はんたく】し,雨 初めて晴る。
未だ珠簾を卷ずして,夢は殘り,惆悵【ちょうちょう】して曉
【ぎょうおう】を聞く。
妝を宿して眉淺く粉【おしろい】山橫たえるなり。
鬟を約して鸞鏡【らんきょう】の裏【うち】,繡羅 輕やかなり。

(旧版)遐方怨二首之二
憑繡檻,解羅帷。
綺麗に飾り付けられた部屋の欄干に惹かれて、うす絹のとばりの中で私の体はとかれたのです。
未得君書,腸斷,瀟湘春雁飛。
今はあなたからの書簡さえ届かず、下腹の痛みさえ覚えるのです。風光明媚な水郷の瀟湘地方では春になると雁が北に帰っていく。
不知征馬幾時歸?
それなのに馬に乗って旅に出たきり、あの人がいつ帰って來るのか、いつの事かわかりはしない。
海棠花謝也,雨霏霏。
雨に打たれて海棠花はしぼんでいく、私の若さも失っていくのが心配なのです。雨はたえまなく降りつづけている。(この雨が上がってくると強い日差しで花は凋むのである。そうなる前に私のもとに。)

遐方怨
繡檻に憑り,羅帷を解く。
未だ君の書を得ずして,腸斷し,瀟湘 春雁飛ぶ。
征馬 幾時にか歸えるを知らずや?
海棠の花は謝す也,雨は霏霏【ひひ】とする。

 

(改訂版)
《遐方怨 二首之一》

(心が通い合わず、どこか遠くへ行ってしまい、悲しみと侘しさに堪えきれず、物憂げに過ごしていたが、思い直してしっかりと生きて行こうと詠う)

花半坼,雨初晴。

早春になり、雨はけさ早くに晴れあがって、花のつぼみはその弁を半ばほころびはじめ、春心を目覚め指す、枝に雨の雫が光る。
未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。

玉簾をいまだにまきあげることはしない。あのお方と別れた時のままにしていたいし、その時を夢に残しておきたいから、眠りも浅く、かなしく愁いの心持でうとうとしていると、いつしか暁の鶯の啼く声が聞こえてくる。
宿妝眉淺粉山橫。

若い時のように眉もお化粧もくずれることはなかったけれど、何事も物憂げで化粧もあまりしないで、直ぐ横になって臥してしまう。

約鬟鸞鏡裏,繡羅輕。
思い直して、あのお方から贈られた鸞鳳の鏡に映して髷【わげ】をたばねて、刺繍をしたうすぎぬの上衣をかるく身にまとう。(あのお方がここに帰って来ることをしっかり思い続けていきていくことが大切なのだ。)
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(改訂版)

遐方怨 二首之二

(雨に湿って色濃くし、雨≒男によって妖艶になる海棠花のように妖艶になり、「落籍」され愛妾となったが、瀟湘八景に赴任したきり音信不通、もうあきらめるしかないと詠う)

憑繡檻,解羅帷。
綺麗に飾り付けられた部屋の欄干に惹かれて、うす絹のとばりの中で女の佩びはとかれた。そして「落籍」され愛妾となった。
未得君書,腸斷(一作斷腸),瀟湘春雁飛。
それなのに、男は江南に赴任し、今は男からの書簡は届かない、まだ若い女の身にこの胸の思い、やりきれない下腹部の痛みはどうしたらよいのか。あの雁でさえ冬瀟湘で過ごしても春になると北に帰っていくというではないか。
不知征馬幾時歸?
本当に赴任して、馬に乗って旅に出たのだろうか、それすら疑わしく、ましていつ帰って來るのか、ということなど、あてにもならないし、いつの事かわかりはしないことなのだ。
海棠花謝也,雨霏霏。

あのころ、あれほどに愛してくれて、女として磨きがかかったものであったが、いまは、ただ、雨に打たれてつづける海棠の花は花びらを散らし、しぼんでいくしかない、それでも雨はたえまなく降りつづけている。(寵愛を失うことは、諦める事しかないのだろうか。)
遐方怨
繡檻に憑り,羅帷を解く。
未だ君の書を得ずして,腸斷し,瀟湘 春雁飛ぶ。
征馬 幾時にか歸えるを知らずや?
海棠の花は謝す也,雨は霏霏【ひひ】とする。

 

花蕊と蜂01

『遐方怨』二首 之一 現代語訳と訳註
(
本文)

遐方怨 二首之二

憑繡檻,解羅帷。
未得君書,腸斷(一作斷腸),瀟湘春雁飛。
不知征馬幾時歸?
海棠花謝也,雨霏霏。


(下し文)
遐方怨
繡檻に憑り,羅帷を解く。
未だ君の書を得ずして,腸斷し,瀟湘 春雁飛ぶ。
征馬 幾時にか歸えるを知らずや?
海棠の花は謝す也,雨は霏霏【ひひ】とする。

 

(現代語訳)
(雨に湿って色濃くし、雨≒男によって妖艶になる海棠花のように妖艶になり、「落籍」され愛妾となったが、瀟湘八景に赴任したきり音信不通、もうあきらめるしかないと詠う)

綺麗に飾り付けられた部屋の欄干に惹かれて、うす絹のとばりの中で女の佩びはとかれた。そして「落籍」され愛妾となった。
それなのに、男は江南に赴任し、今は男からの書簡は届かない、まだ若い女の身にこの胸の思い、やりきれない下腹部の痛みはどうしたらよいのか。あの雁でさえ冬瀟湘で過ごしても春になると北に帰っていくというではないか。
本当に赴任して、馬に乗って旅に出たのだろうか、それすら疑わしく、ましていつ帰って來るのか、ということなど、あてにもならないし、いつの事かわかりはしないことなのだ。
あのころ、あれほどに愛してくれて、女として磨きがかかったものであったが、いまは、ただ、雨に打たれてつづける海棠の花は花びらを散らし、しぼんでいくしかない、それでも雨はたえまなく降りつづけている。(寵愛を失うことは、諦める事しかないのだろうか。)
大毛蓼003

(訳注)
遐方怨

(雨に湿って色濃くし、雨≒男によって妖艶になる海棠花のように妖艶になり、「落籍」され愛妾となったが、瀟湘八景に赴任したきり音信不通、もうあきらめるしかないと詠う)

遐方怨:唐の教坊の曲名。単調と双調がある。単調は溫庭筠に始まり、双調は、顧夐、孫光憲にはじまった。『花間集』には三首所収。温庭筠の作は二首、顧夐一首収められている。避方怨 単調三十二字、七句四平韻(詞譜二)、3③42⑤⑦5③の詞形をとる。花間集にはない 孫少監光憲の遐方怨については文頭に参考に乗せている。

憑繡檻  解羅
未得君書 腸斷 瀟湘春雁

不知征馬幾時
海棠花謝也  雨霏

 
  


 


憑繡檻,解羅帷。
綺麗に飾り付けられた部屋の欄干に惹かれて、うす絹のとばりの中で女の佩びはとかれた。そして「落籍」され愛妾となった。
・繡檻 飾り付けられた欄干。檻は囲われた部屋、檻であるから、束縛された状況にある女性を意味している。

芸妓の雛妓(半玉)の「初夜権」は高い値段で買い取られたかった。南曲の半玉、張住住が成人になろうとした時、金持の陳小鳳は大金を出し「その元を取ろう」とした。彼女はすでに処女を失っていたが、手管を使って処女のごとく振舞って陳を騙した。陳は処女を得たと思い、さらに三緡(一緡は銅銭一千枚)を張家にやった。その他、「買断」という決まりもあった。つまり妓女が一人の客に独占されることであり、客が毎日仮母に一緒を払うと、この妓女はもう他の客をとれなかった。

少し有名な妓女はなじみの客を多くよぶことができたので、豪門や富貴の客から大量の銭と品物が仮母の懐に入った。これらの妓女の生活は一般にかなり裕福であり、賛沢ですらあった。また、ある妓女は仮母に大量の金を儲けさせたが、仮母はいぜんとして彼女にひどく辛くあたった。たとえば楊莱児は仮母にたっぷり金を儲けさせたが、仮母は彼女を虐待した。それで、莱児は身請けされて行く時、仮母を大いに罵り衣を払って去った。やっと鬱憤を晴らしたのである。下層妓女の収入はたいへん少なく、生活はきわめて苦しかった。張住住の家の場合は、抱えている二人の妓女が売れなかったので、置屋は没落し、雑貨を売って生活しなければならなかった。

教坊籍に入らない妓女は官府の統制下になかったので、客から身請けされ堅気となって嫁すことができた。「落籍」の費用は地位によって異なっており、先に述べた王福娘の請け値は 〝一、二百金″であった。これはだいたい中等の値段であり、妓女の標準の値段であった。唐代の小説『李娃伝』の主人公李姓は堅気になろうとして、二十年間の衣食代を自分の貯えた金の中から仮母に返し、身請けされた。この金額は決して少なくはなかったはずである。こうしたことは現実にはそう多いことではなかったであろう。なぜなら、かりに名高い妓女でも普通はこれほど多くのへそくりを工面することは難しかったからである。身請けの大部分は客が見初めたものであって、彼女たちの意志ではどうすることもできなかった。しかし、長安の妓女は総じて地方官妓に比べるといくらか主体性を持っていた。たとえば、王福娘は挙子(科挙受験生)の孫薬を見初め、彼に落籍を頼んだ。また、睦州刺史の柳斉物は名妓の矯陳を好きになった。彼女はそれに応えて「もし科挙に合格して錦帳三十枚をくださるなら、一生お仕えいたします」と答えた。柳斉物は果たして錦帳を数通りそろえて彼女を迎えにきたので、彼女は柳家に嫁いだ(『因話録』巻一。何はともあれ、無理に落籍されたり贈答の具に供されたりするのに比べたらずっとマシであった。


未得君書,腸斷,瀟湘春雁飛。
それなのに、男は江南に赴任し、今は男からの書簡は届かない、まだ若い女の身にこの胸の思い、やりきれない下腹部の痛みはどうしたらよいのか。あの雁でさえ冬瀟湘で過ごしても春になると北に帰っていくというではないか。
・瀟湘 湖南省長沙一帯の地域。洞庭湖と流入する瀟水と湘江の合流するあたりを瀟湘といい、古来より風光明媚な水郷地帯として知られる。
 水が深くて清い.瀟洒(表情や振舞いが)スマートな,(あか)ぬけした.瀟瀟(1) 風雨の激しい,吹き降りの.(2) (小雨が)しとしと降る,そぼ降る.


不知征馬幾時歸?
本当に赴任して、馬に乗って旅に出たのだろうか、それすら疑わしく、ましていつ帰って來るのか、ということなど、あてにもならないし、いつの事かわかりはしないことなのだ。
・征馬 旅に出るときに乗る馬。戦場におもむく馬。


海棠花謝也,雨霏霏。
あのころ、あれほどに愛してくれて、女として磨きがかかったものであったが、いまは、ただ、雨に打たれてつづける海棠の花は花びらを散らし、しぼんでいくしかない、それでも雨はたえまなく降りつづけている。(寵愛を失うことは、諦める事しかないのだろうか。)
・花海棠 花期は4-5月頃で淡紅色の花を咲かせる。性質は強健で育てやすい。花が咲いた後の林檎に似た小さな赤い実ができる。「妖艶」「艶麗」「美人の眠り」。女の盛りを表す花で、雨に湿って色濃くし、雨≒男によって妖艶になるということ

・霏霏 雪や雨が絶え間なく降るさま。物事が絶え間なく続くさま。
海棠渓        薛濤
春教風景駐仙霞、水面魚身総帯花。
人世不思霊卉異、競将紅纈染軽沙。

春は風景をして仙霞を駐(とど)めしめ
水面の魚身総て花を帯ぶ
人世(じんせい)思わず霊卉(れいき)の異(い)を
競って紅纈を将(も)って軽沙を染む

春の神様は、風と光に、谷いっぱいの花がすみを送り届けさせたもうた。 清らかな谷川の水に映る花影、泳ぐ魚はまるで花模様を帯びたかのよう。 

世間では、この海棠の霊妙なわざに気がつきもせず、競って赤いしぼりを河原の砂の上に干している

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠53《巻2-03 遐方怨 二首之一》溫庭筠66首巻二3-53〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5462

 

 

溫庭筠遐方怨 二首之一

花半坼,雨初晴。
未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。
宿妝眉淺粉山橫。
約鬟鸞鏡裏,繡羅輕。

 

溫庭筠遐方怨 二首之二

憑繡檻,解羅帷。
未得君書,腸斷(一作斷腸),瀟湘春雁飛。
不知征馬幾時歸?
海棠花謝也,雨霏霏。

 

 

顧夐《遐方怨》 

簾影細,簟紋平。

象紗籠玉指,縷金羅扇輕。

嫩紅雙臉似花明,兩條眉黛遠山橫。

風簫歇,鏡塵生。

遼塞音書,夢魂長暗驚。

玉郎經負娉婷,教人爭不恨無情。

 

孫光憲《遐方怨》 

紅綬帶,錦香囊。

爲表花前意,慇懃贈玉郎。

此時更自役心腸,轉添秋夜夢魂狂。

思豔質,想嬌妝。

願早傳金盞,同歡臥醉

任人猜妒盡提防。到頭須使是鴛鴦。

 

 


(旧版)遐方怨 二首 温庭筠

遐方怨 之一
花半坼,雨初晴。
花はその弁を半ばほころびはじめている、雨はけさ早くに晴れあがっている。
未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。
夜は明けても閨に臥したまま、いまだ簾をかかげようとはしない。あの人との夢だけがのこるだけだから、かなしく愁いの心持で、いつしか暁の鶯の啼く声を聞くのです。
宿妝眉淺粉山橫。
昨夜のお化粧はもうくずれてしまい、えがいた眉ずみの色もうすれて、おしろいは額に寄り、線のように横たわっている。
約鬟鸞鏡裏,繡羅輕。
鏡にむかって髷【わげ】をたばね、刺繍をしたうすぎぬの上衣をかるく身にまとう。
(崩れた夜の化粧を落として、朝の化粧を済ませた女の哀いい愁い。)


(遐方怨二首の一)
花 半坼【はんたく】し,雨 初めて晴る。
未だ珠簾を卷ずして,夢は殘り,惆悵【ちょうちょう】して曉
【ぎょうおう】を聞く。
妝を宿して眉淺く粉【おしろい】山橫たえるなり。
鬟を約して鸞鏡【らんきょう】の裏【うち】,繡羅 輕やかなり。

綬帶鳥00
 

(改訂版)
《遐方怨 二首之一》

(心が通い合わず、どこか遠くへ行ってしまい、悲しみと侘しさに堪えきれず、物憂げに過ごしていたが、思い直してしっかりと生きて行こうと詠う)

花半坼,雨初晴。

早春になり、雨はけさ早くに晴れあがって、花のつぼみはその弁を半ばほころびはじめ、春心を目覚め指す、枝に雨の雫が光る。
未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。

玉簾をいまだにまきあげることはしない。あのお方と別れた時のままにしていたいし、その時を夢に残しておきたいから、眠りも浅く、かなしく愁いの心持でうとうとしていると、いつしか暁の鶯の啼く声が聞こえてくる。
宿妝眉淺粉山橫。

若い時のように眉もお化粧もくずれることはなかったけれど、何事も物憂げで化粧もあまりしないで、直ぐ横になって臥してしまう。

約鬟鸞鏡裏,繡羅輕。
思い直して、あのお方から贈られた鸞鳳の鏡に映して髷【わげ】をたばねて、刺繍をしたうすぎぬの上衣をかるく身にまとう。(あのお方がここに帰って来ることをしっかり思い続けていきていくことが大切なのだ。)
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(遐方怨二首の一)
花 半坼【はんたく】し,雨 初めて晴る。
未だ珠簾を卷ずして,夢は殘り,惆悵【ちょうちょう】して曉
【ぎょうおう】を聞く。
妝を宿して眉淺く粉【おしろい】山橫たえるなり。
鬟を約して鸞鏡【らんきょう】の裏【うち】,繡羅 輕やかなり。

木蘭02
 

(改訂版)
『遐方怨』二首 之一 現代語訳と訳註
(
本文
遐方怨 二首之一

花半坼,雨初晴。
未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。
宿妝眉淺粉山橫。
約鬟鸞鏡裏,繡羅輕。


(下し文) 遐方怨
花 半坼【はんたく】し,雨 初めて晴る。
未だ珠簾を卷ずして,夢は殘り,惆悵【ちょうちょう】して曉鶯【ぎょうおう】を聞く。
妝を宿して眉淺く粉【おしろい】山橫たえるなり。
鬟を約して鸞鏡【らんきょう】の裏【うち】,繡羅 輕やかなり。


(現代語訳)
(心が通い合わず、どこか遠くへ行ってしまい、悲しみと侘しさに堪えきれず、物憂げに過ごしていたが、思い直してしっかりと生きて行こうと詠う)

花はその弁を半ばほころびはじめている、雨はけさ早くに晴れあがっている。
夜は明けても閨に臥したまま、いまだ簾をかかげようとはしない。あの人との夢だけがのこるだけだから、かなしく愁いの心持で、いつしか暁の鶯の啼く声を聞くのです。
昨夜のお化粧はもうくずれてしまい、えがいた眉ずみの色もうすれて、おしろいは額に寄り、線のように横たわっている。
鏡にむかって髷【わげ】をたばね、刺繍をしたうすぎぬの上衣をかるく身にまとう。
(崩れた夜の化粧を落として、朝の化粧を済ませた女の哀いい愁い。)


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(訳注)(改訂版)
遐方怨 二首之一

(心が通い合わず、どこか遠くへ行ってしまい、悲しみと侘しさに堪えきれず、物憂げに過ごしていたが、思い直してしっかりと生きて行こうと詠う)

遐方 遠方の土地。

夫が家に帰ってこない妻、愛妾の此処も地を詠うものでその夫というのは、①寵愛を失った妃嬪。②浮気性な男の妻愛妾。③行役で遠くの地に赴任したまま連絡してこない高官の妻、愛妾。④旅商人の妻、愛妾。⑤国境の守りにつぃている夫を思う。この詩の場合①~④の可能性がある。当時の状況として、どの場合も、正妻、第一夫人ではないというのは基本である。この詩の雰囲気から、妃嬪、高官の愛妾ということであろう。

遐方怨:唐の教坊の曲名。単調と双調がある。単調は溫庭筠に始まり、双調は、顧夐、孫光憲にはじまった。『花間集』には三首所収。温庭筠の作は二首、顧夐一首収められている。避方怨 単調三十二字、七句四平韻(詞譜二)、3③42⑤⑦5③の詞形をとる。

花半坼 雨初
未卷珠簾 夢殘 惆悵聞曉

宿妝眉淺粉山 
約鬟鸞鏡裏 繡羅

 
  


 

 

花半坼,雨初晴。
早春になり、雨はけさ早くに晴れあがって、花のつぼみはその弁を半ばほころびはじめ、春心を目覚め指す、枝に雨の雫が光る。
・坼 さける、 わかれる、ひらく、 さけめ
「牡丹半坼初經雨,雕檻翠幕朝陽。」「正海棠半坼,不耐春寒。」
「草木半舒坼,不類冰雪晨。」(草木は半ば舒坼(じょたく)し、氷雪の晨に類()ず。)

行次西郊作 一百韻 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 149

○「花半坼・雨初晴」乙女から女になろうと宮中であれば、寵愛を受けるまで、徹底して教育され、練習を重ねて初夜を迎える。芸妓の場合も幼くして,置屋に預けられ十五歳になるまで、教育される。この句は初夜を迎えた時のことを詠っている。

余談だが、芸妓の雛妓(半玉)の「初夜権」は高い値段で買い取られたかった。南曲の半玉、張住住が成人になろうとした時、金持の陳小鳳は大金を出し「その元を取ろう」とした。彼女はすでに処女を失っていたが、手管を使って処女のごとく振舞って陳を騙した。陳は処女を得たと思い、さらに三緡(一緡は銅銭一千枚)を張家にやった。その他、「買断」という決まりもあった。つまり妓女が一人の客に独占されることであり、客が毎日仮母に一緒を払うと、この妓女はもう他の客をとれなかった。
 

未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。 

玉簾をいまだにまきあげることはしない。あのお方と別れた時のままにしていたいし、その時を夢に残しておきたいから、眠りも浅く、かなしく愁いの心持でうとうとしていると、いつしか暁の鶯の啼く声が聞こえてくる。
・憫帳 憂え悲しむこと。温庭筠『更漏子 一』「惆悵謝家池閣」 謝女というのは晋の謝安が東山の彼を愛した故事から出たもの。過去女もそういう時期もあった。李白『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈』「攜妓東山去。春光半道催。遙看若桃李。 雙入鏡中開。」送姪良携二妓赴会稽戯有此贈  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -287
池閣は、謝霊運の「池塘生春草」にかけて、池堀に春草の生ずるようになったという春情にかける意がある。


宿妝眉淺粉山橫。
若い時のように眉もお化粧もくずれることはなかったけれど、何事も物憂げで化粧もあまりしないで、直ぐ横になって臥してしまう。

宿妝 宵越しの化粧。岑参《醉戏窦子美人》诗:“朱唇一点桃花殷,宿妆娇羞偏髻鬟。”

鬟鸞鏡裏,繡羅輕。
思い直して、あのお方から贈られた鸞鳳の鏡に映して髷【わげ】をたばねて、刺繍をしたうすぎぬの上衣をかるく身にまとう。(あのお方がここに帰って来ることをしっかり思い続けていきていくことが大切なのだ。)
・鸞鏡 背面に鸞を彫んだ鏡。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠52《巻2-02 清平樂二首》溫庭筠66首巻二2-〈52〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5457

(改訂)-1溫庭筠52《巻2-02 清平樂二首》(春にはいろんな階層、いろんな人たちが別れの涙を流す、中でも、春の行楽での無礼講での貴公子たちのふるまいにおおくの娘たちが千行の涙を流すと詠う)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠52《巻2-02 清平樂二首》溫庭筠66首巻二2-52〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5457

 

 

李白 清平楽

楽府には、清調・平調・瑟調の三つがあって、清平調とはこのうちの清調と平調を合わせたものである。

 

双調四十六字、前段二十二字四句四仄韻、後段二十四字四句三平韻で、❹❺❼❻/⑥⑥6⑥の詞形をとる。

清平楽五首之一

禁庭春畫  鶯羽披新
百草巧求花下  祗賭珠璣滿
日晚卻理殘  禦前閑舞霓
誰道腰肢窈窕  折旋笑得君

  
  
  
  

 

単調二十八字三平韻

清平調

雲想衣裳花想  春風拂檻露華
若非群玉山頭見  會向瑤臺月下

  
  

 

 

李白詩 尊前集  清平楽五首、清平調三首

    李太白集 《巻二十五補遺》清平楽令二首清平楽三首、《巻四》清平調三首

清平樂 一(

禁庭春畫。鶯羽披新繡。百草巧求花下鬥。祗賭珠璣滿鬥。

日晚卻理殘妝。禦前閑舞霓裳。誰道腰肢窈窕,折旋笑得君王。

 

清平樂 二(

禁闈清夜。月探金窗罅。玉帳鴛鴦噴蘭麝。時落銀燈香

女伴莫話孤眠。六宮羅綺三千。一笑皆生百媚,宸衷教在誰邊。

 

清平樂 三(

煙深水闊。音信無由達。惟有碧天雲外月。偏照懸懸離別。

盡日感事傷懷。愁眉似鎖難開。夜夜長留半被,待君魂夢歸來。

 

清平樂 四(

鸞衾鳳褥。夜夜常孤宿。更被銀臺紅蠟燭。學妾淚珠相續。

花貌些子時光。人遠泛瀟湘。欹枕悔聽寒漏,聲聲滴斷愁腸。

 

清平樂 五(

畫堂晨起。來報雪花墜。高卷簾櫳看佳瑞。皓色遠迷庭砌。

盛氣光引爐煙,素草寒生玉佩。應是天仙狂醉。亂把白雲揉碎。

 

----------------------------------------------------------------------

清平調 三首其一

雲想衣裳花想容。春風拂檻露華濃。若非群玉山頭見,會向瑤臺月下逢。

 

清平調 三首其二

一枝紅艷露凝香。雲雨巫山枉斷腸。借問漢宮誰得似,可憐飛燕倚新妝。

 

清平調 三首其三

名花傾國兩相歡。常得君王帶笑看。解得春風無限恨。沈香亭北倚闌幹。

 

 

 

 

(改訂版)

清平樂二首其一

(天子のために、妃嬪は大明宮六宮、興慶宮、洛陽内裏、上陽宮、離宮、御陵など宮殿陵廟に配置され、寵愛を得ようとそれぞれ努力をすることだけを生きるあかしとしている。美貌、音楽舞踊、芸、文学、裁縫、・・・を競って努力をする。しかしそのまま埋もれてしまうことがほとんどで、漢の陳皇后のようにいずれ寵愛を取り戻せることだけを信じていきていくと詠う)

上陽春晚,宮女愁蛾淺。

上陽宮で待ち続けてもう春も終ろうとしている。待つだけの妃嬪は眉も薄くなり愁いが消えることなどない。

清平思同輦,爭那長安路遠。

また新しい歳に変わる、世の中が清らかに治まっていても、彼女らは、天子の事だけ考えていきていて、漢の班捷伃が「同輦を辞」したような思いでいる。どうしようもないことには、天子の寵愛を爭おうとしても天子の入る長安までの道のりは遠いのである。

鳳帳鴛被徒燻,寂寞花鏁千門。

それでも、天子が何時来られてもいい準備だけは欠くことはできない、鳳凰の画かれたとばり、鴛鴦の刺繍のかけ布団、そしていたずらに焚かれるお香、そこには天子に寵愛されることを希望として生きる事しかないのであって、どんなに寂寞の思いにかられても、多くの門があろうとも、天子を思う気持ちだけはなくしてはいけない、それだけで生きてゆくのであるから。

競把黃金買賦,為妾將上明君。

昔。陳皇后は寵愛を取り戻すために司馬相如に黄金百斤で賦を作ってもらい、自らも詩を勉強し、競い合い寵愛を取り戻したというが、寵愛をうけるためには、女として、向上する事であり、まさに、それを受け入れる賢明な天子のもとにあがることが必要なのだ。

清平樂二首其一

上陽の春晚,宮女 蛾淺に愁う。

 清平 同輦を思う,爭い那ぞ長安路遠く。

鳳帳 鴛被 徒らに燻じ,寂寞 花鏁 千門。

把を競い 黃金 賦を買う,妾為す 將に明君に上る。

 

 

()

清平樂二首其二

(唐の東都洛陽の町には、終日、あちこちで柳の枝を手折っては旅立ついろんな人を詠う。)

洛陽愁,楊柳花飄雪。

春も盛り、柳架は花のように、雪のように乱れ散るというのに、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願すると、それにつられて橋の下流れさる春水は嗚咽して泣いてくれるのだ。

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

旅立とうとして馬に上ってまでも、人々は争って別れを傷むので盃をわたし見送りの酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいは哭き、人を悲します。

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

洛陽の高級住宅地の若者は戦国「平原君」を気取って粋がっていた貴公子たちでさえも愁いが極まったようで、振り返りつつ千行の涙を拭っているのだ。

 

(改訂版)
清平樂二首其二

(春にはいろんな階層、いろんな人たちが別れの涙を流す、中でも、春の行楽での無礼講での貴公子たちのふるまいにおおくの娘たちが千行の涙を流すと詠う)

洛陽愁,楊柳花飄雪。

高官の移動、貴公子が存在感を見せる春も盛り、楊柳はもえ、柳絮の花は、雪のように乱れ散るころには、洛陽の町には愁いや侘しさが一杯で絶えることがない。

終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。

春のこの季節は、一日中、赴任する官僚、出征兵士、旅人、行商人、宮女、夫婦であり、妾婦妓女らが橋のたもとで柳の枝を手折って旅の安全を祈願するのであるが、そればかりでなく、貴公子たちのおもちゃにされた娘たちの悲しみの嗚咽が春水の音にまじって橋の下を流れ去る。

上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。

貴公子たちは、馬に上ったままで、新酒の封を切ってそのままラッパ飲みをしたり、別れの盃をわたし酒を勧めている、洛陽城の南にある別れの浦湊には鶯が鳴く声のように美人たちが断腸のおもいで哭している。

愁殺平原年少,迴首揮淚千行。

戦国「平原君」を気取って春の無礼講にむれをなし、洛陽の高級住宅地の貴公子たちのやることはこれ以上の心配はない程極まったもので、あっちでも、こっちでも振り返れば多くの女たちが千行の涙を拭っているのだ。

(清平樂二首其の二)

洛陽に愁絶す、楊柳 花 雪を飄【ひるが】えす。

終日 行人 攀折を爭い、橋下 水流 鳴咽す。

馬に上れば 争いて離れの觴を勧む、南浦 鶯声 腸を断つ。

愁殺す 平原の年少、首を遅らし涙千行を揮う。

 


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(改訂)-1溫庭筠51《巻2-01 清平樂二首》(天子のために、妃嬪は大明宮六宮、興慶宮、洛陽内裏、上陽宮、離宮、御陵など宮殿陵廟に配置され、寵愛を得ようとそれぞれ努力をすることだけを生きるあかしとしている。美貌、音楽舞踊、芸、文学、裁縫、・・・を競って努力をする。しかしそのまま埋もれてしまうことがほとんどで、漢の陳皇后のようにいずれ寵愛を取り戻せることだけを信じていきていくと詠う)

 

 
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《清平樂二首其一》温庭筠≫(寵愛を失った宮女が姥捨て山ともいえる上陽宮にたくさんいて、美貌や芸では若く新鮮な宮女に負けてしまうもの、そしてそこで一生を終えるのだが、文学に秀でているなら寵愛を取り戻せるかもしれないと詠う)

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花間集 教坊曲『清平樂』九首

 

 

溫助教庭筠

巻二

清平樂二首其一

上陽春晚,宮女

 

 

巻二

清平樂二首其二

洛陽愁,楊柳

 

 

韋荘(韋相莊)

巻二

清平樂四首其一

春愁南陌,故國

 

 

巻二

清平樂四首其二

野花芳草,寂寞

 

 

巻二

清平樂四首其三

何處游女,蜀國

 

 

巻二

清平樂四首其四

鶯啼殘月,繡閣

 

 

孫少監光憲

巻八

清平樂二首其一

愁腸欲斷,正是

 

 

巻八

清平樂二首其二

等閑無語,春恨

 

 

毛秘書熙震

巻九

清平樂一首

春光欲暮,寂寞

 

 

 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠50《巻1-50 玉蝴蝶一首》溫庭筠66首巻一50-〈50〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5447

(改訂)-1溫庭筠50《巻1-50 玉蝴蝶一首》(遠い異国から嫁いで来たのに、長期の行役で家を空けたまま、気が変わって帰ってこないのではないのかと心配でやせ細っても、誰もわかってはくれないと詠う)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠50《巻1-50 玉蝴蝶一首》溫庭筠66首巻一50-50〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5447

 

 

玉蝴蝶
(遠い異国から嫁いで来たのに、長期の行役で家を空けたまま、気が変わって帰ってこないのではないのかと心配でやせ細っても、誰もわかってはくれないと詠う)

秋風淒切傷離,行客未歸時。
「自他を分たぬ」ほどに愛してくれたあのお方は遠い行役でどこかに行ったきりで、いまだに帰る時期を知らせてくれない、季節も移り変わり西から吹く風はものさびしいせつなさ、別れの時の心の傷にさみしさを連れて吹いて傷が深くなるばかりだ

寒外草先衰,江南雁到遲。
国境のそとではもうすでに寒くなって、とっくに草も枯れて衰えているというのに、江南では雁が飛んでくるのが遅いという、あのお方の知らせも遅いというだけなのか、あるいは、「江南の橘、江北の枳となる」ということで愛する気持ちがなくなったのだろうか。
芙蓉凋嫩臉,楊柳墮新眉。
還らないあの人を待ち侘びて蓮の花が枯れて凋むような頬も落ちている、それに新しく描いた眉も青柳の葉が散ったように薄れ落ちてしまう。
搖落使人悲,腸斷誰得知?
こんなにものすべてが枯れて落ち別れていく秋は人を悲しくさせてしまう、心も体も痩せ細っていき、おなかの腸も断ち切れてしまう、こんな苦しいことは誰が知ってくれるというのでしょうか。
玉の胡蝶
秋の風 淒として切なく離るることを傷み,行客は未だ歸る時なし。
寒外 草 衰えること先んじ,江南 雁 遲れて到る。
芙蓉 凋嫩【ちょうどん】の臉,楊柳の新たの眉を墮つ。
搖落して人をして悲しましむ,腸斷して誰か知るを得んや?


安史の乱期 勢力図 002

『玉蝴蝶』 現代語訳と訳註
(
本文)

玉蝴蝶
秋風淒切傷離,行客未歸時。
寒外草先衰,江南雁到遲。
芙蓉凋嫩臉,楊柳墮新眉。
搖落使人悲,腸斷誰得知?


(下し文)
玉蝴蝶
秋の風 淒として切なく離るることを傷み,行客は未だ歸る時なし。
寒外 草 衰えること先んじ,江南 雁 遲れて到る。
芙蓉 凋嫩【ちょうどん】の臉,楊柳の新たの眉を墮つ。
搖落して人をして悲しましむ,腸斷して誰か知るを得んや?


(現代語訳)
(遠い異国から嫁いで来たのに、長期の行役で家を空けたまま、気が変わって帰ってこないのではないのかと心配でやせ細っても、誰もわかってはくれないと詠う)

「自他を分たぬ」ほどに愛してくれたあのお方は遠い行役でどこかに行ったきりで、いまだに帰る時期を知らせてくれない、季節も移り変わり西から吹く風はものさびしいせつなさ、別れの時の心の傷にさみしさを連れて吹いて傷が深くなるばかりだ

国境のそとではもうすでに寒くなって、とっくに草も枯れて衰えているというのに、江南では雁が飛んでくるのが遅いという、あのお方の知らせも遅いというだけなのか、あるいは、「江南の橘、江北の枳となる」ということで愛する気持ちがなくなったのだろうか。
あんなに美しい芙蓉花が枯れて凋むような頬も落ちている、それに新しく描いた眉も青柳の葉が散ったように薄れ落ちてしまう。
こんなにものすべてが枯れて落ち別れていく秋は人を悲しくさせてしまう、心も体も痩せ細っていき、おなかの腸も断ち切れてしまう、こんな苦しいことは誰が知ってくれるというのでしょうか。
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紅梅002

(訳注)
玉蝴蝶

(遠い異国から嫁いで来たのに、長期の行役で家を空けたまま、気が変わって帰ってこないのではないのかと心配でやせ細っても、誰もわかってはくれないと詠う)

唐の教坊の曲名。西域の異民族の蝶。『花間集』には二首所収。温庭筠と 孫少監光憲の作、二首が収められている。双調四十一字、前段二十一字四句四平韻、後段二十字四句三平韻で、⑥⑤⑤⑤/5⑤⑤⑤の詞形をとる。

 

玉蝴蝶 双調四十一字、前段四句四平韻、後段四句三平韻(詞譜四)。

秋風淒切傷  行客未歸
寒外草先  江南雁到
芙蓉凋嫩臉  楊柳墮新
搖落使人  腸斷誰得

 
 
 
 
○蝴蝶 西域の異民族の蝶ということであるが、ここでは高貴、富貴の家に愛妾として嫁いだ西域の公主の女性を云い、その女性が最も輝いているころのことを指している。荘子の夢に出てくる蝶のような女性である。

[荘子斉物論]胡蝶

昔者、荘周夢為胡蝶。

栩栩然胡蝶也。

自喩適志与。

不知周也。

俄然覚、則遽遽然周也。

不知周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。

周与胡蝶、則必有分矣。

此之謂物化。  

昔者、荘周夢に胡蝶と為る。

栩栩然として胡蝶なり。

自ら喩しみ志に適へるかな。

周なるを知らざるなり。

俄然として覚むれば、則ち遽遽然として周なり。

知らず周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるか。

周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。

此れを之れ物化と謂ふ。

(荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。 自他を分たぬ境地。また、人生のはかなさにたとえる。蝶夢。


秋風淒切傷離,行客未歸時。
「自他を分たぬ」ほどに愛してくれたあのお方は遠い行役でどこかに行ったきりで、いまだに帰る時期を知らせてくれない、季節も移り変わり西から吹く風はものさびしいせつなさ、別れの時の心の傷にさみしさを連れて吹いて傷が深くなるばかりだ

秋風 秋風は悲愁に結びつく語。宋玉『九辨』、「悲哉秋之為氣也!」
○凄切 さびしくいたましいこと。
○行客 長期の行役をしている旅人。征夫の場合もあるが、高貴、富貴の者でなければこの詩はできない。

寒外草先衰,江南雁到遲。
国境のそとではもうすでに寒くなって、とっくに草も枯れて衰えているというのに、江南では雁が飛んでくるのが遅いという、あのお方の知らせも遅いというだけなのか、あるいは、「江南の橘、江北の枳となる」ということで愛する気持ちがなくなったのだろうか。
この聯は完全対句となっているので意味もそれを基本に読み取る。。

○寒外・江南 / 草先衰・雁到遲 

 雁と書信をかけていう。

中国の穀倉地帯で,稲作が盛ん。4世紀,五胡の侵入によって,東晋(晋)が江南に建国,南北朝時代に開発が進んだ。

江南の橘、江北の枳となる《「韓詩外伝」一〇など諸書に見える中国のことわざから》江南のタチバナを江北に移し植えればカラタチとなる。人は住む所によって性質が変化することのたとえ。棲むところによって性格が変わり、違う女に入り浸っている。


芙蓉凋嫩臉,楊柳墮新眉。

あんなに美しい芙蓉花が枯れて凋むような頬も落ちている、それに新しく描いた眉も青柳の葉が散ったように薄れ落ちてしまう。
○芙蓉凋嫩臉 芙蓉:若々しい女性を象徴するもの。凋嫩臉:精神的苦痛が頬をこけさせることを云う。
○楊柳墮新眉 楊柳:男女の若々しい様子を示すもので男女のいとなみも暗示させる。柳の葉の形の眉も若い女性がした化粧である。この聯は完全対句となっている。

○芙蓉 女性の若くて美しい人。女性の顔。女性の性器。

楊柳 楊柳は男女を示す。また楊は男を示す語である。柳は女性であるが、細柳は女性を示す語として、つかわれ、楊柳は性行為を暗示する。

搖落使人悲,腸斷誰得知?
こんなにものすべてが枯れて落ち別れていく秋は人を悲しくさせてしまう、心も体も痩せ細っていき、おなかの腸も断ち切れてしまう、こんな苦しいことは誰が知ってくれるというのでしょうか。
○搖落 うらがれること。
宋玉『九辨』、
悲哉秋之為氣也!
蕭瑟兮草木搖落而變衰,

杜甫『蒹葭』
摧折不自守,秋風吹若何?
暫時花戴雪,幾處葉沈波。
體弱春苗早,叢長夜露多。
江湖後搖落,亦恐
蹉跎。

秦州抒情詩(13) 兼葭 杜甫 <298> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1361 杜甫詩 700- 418

断腸は胸のもやもやではなく下半身のもやもやをいう。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠49《巻1-49 女冠子二首 其二》溫庭筠66首巻一49-〈49〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5442

(改訂)-1溫庭筠49《巻1-49 女冠子二首 其二》(出家したものの過去の栄光の生活を思い出して詠ったものである。束縛の無い道女となっても、過去、愛し合った人への思いは忘れられない、道女の思いを描く)。

 

 
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32-(12)§5-2 《讀巻05-08 毛穎傳 (12)》韓愈(韓退之)ID 797年貞元13年 30歳<1291> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5439 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠49《巻1-49 女冠子二首 其二》溫庭筠66首巻一49-49〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5442

 

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠48《巻1-48 女冠子二首 其一》溫庭筠66首巻一48-〈48〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5437

(改訂)-1溫庭筠48《巻1-48 女冠子二首 其一》(出家した高貴な女性ほど、自由な生活、幅の広い交際が一気にひろがり、彼女たちは何ものにも拘束されず自由に愛情を求めることができた喜びを詠う。)

 

 
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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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 孟郊張籍     
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠48《巻1-48 女冠子二首 其一》溫庭筠66首巻一48-48〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5437

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

巻一

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 

巻一

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

巻三

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

巻四

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

巻八

女冠子二首其一

蕙風芝露,

 

 

 

巻八

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

巻九

女冠子二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

巻九

女冠子二首其一

碧桃紅杏,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

巻十

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 

巻十

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 


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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠47《巻1-47 河瀆神 三首其三》溫庭筠66首巻一47-〈47〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5432

(改訂)-1溫庭筠47《巻1-47 河瀆神 三首其三》 (渇水で数か月足止めをされて、雨乞いの神女に惚れて、その間に結ばれたが、雨が降り増水したので旅立っていった、帰るといったのに又春が来たというのに帰ってこない。女の愁いを詠う。)

 

 
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167 《巻05-15 白鼻騧》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <167> Ⅰ李白詩1363 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5363 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠47《巻1-47 河瀆神 三首其三》溫庭筠66首巻一47-47〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5432

 

 

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河瀆神三首 其三

(最高の良い思いの生活をしていた女が春が過ぎようとしているのに愁いの気持ちでいることを詠う。)

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

青銅製の太鼓は打ち鳴らせば、賽の神がくるし、庭には幢幡と天蓋がいっぱいで人が徘徊している。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

水際の村にも、大江の港にも風雨と雷とが通過していく、女の神であるところの長江下流域の山々には男の神であるところの霞か雲がかかっていたのが絵のように開いてはれてきている。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

そんな生活をしていたのに、湊で別れを告げてから櫓の音だけがむなしくものさびしく残るだけだ。まだ若くて輝いている容姿の美女なのに、怨めしく悔しい思いで居ながら薄化粧をし直している。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

春先、麦の若葉が出揃い穂が出、ツバメが飛び交うものでさえ落ちたり倒れたりしている。閨の簾を巻き上げると宝飾に輝く高閣には愁い異に応じている女がいる。

(改訂版)

河瀆神三首 其三

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

 

(河瀆神【かとくしん】三首其の三)

銅皷【どうこ】賽神來り,幡蓋【はんがい】庭に滿ちて徘徊す。

水村 江浦 風雷過ぎ,楚山 煙開く畫の如し。

離別 櫓聲 空しく蕭索【しょくさく】し,玉容 惆悵にして薄く粧す。

青麥 鷰飛【えんひ】落落し,簾を捲きて珠閣に愁對す。


<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->巫山十二峰002

<!--[endif]-->

『河瀆神三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

河瀆神三首 其三

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

 

(下し文)

(河瀆神【かとくしん】三首其の三)

銅皷【どうこ】賽神來り,幡蓋【はんがい】庭に滿ちて徘徊す。

水村 江浦 風雷過ぎ,楚山 煙開く畫の如し。

離別 櫓聲 空しく蕭索【しょくさく】し,玉容 惆悵にして薄く粧す。

青麥 鷰飛【えんひ】落落し,簾を捲きて珠閣に愁對す。

 

(現代語訳)

  
bijo02

(渇水で数か月足止めをされて、雨乞いの神女に惚れて、その間に結ばれたが、雨が降り増水したので旅立っていった、帰るといったのに又春が来たというのに帰ってこない。女の愁いを詠う。)

雨乞いの儀式に青銅製の太鼓は大きく打ち鳴らせば、賽の神女がおごそかにでてくる、神女を見ようと庭には幢幡と天蓋がいっぱいで人が徘徊している。

渇水で舟が出せない水際の村に、大江の港にも風雨と雷とがもたらされ、降注ぐ雨が通過していく、三峡の楚の山々は、煙が雲を呼び天上界の絵のように開いてはれてきている。

足止めをされていた人々はやっと三峡を下ることができ、足止めの期間世話になった女と、湊で別れを告げてから櫓の音だけがむなしくものさびしく残る。まだ輝いている容姿の若い薄化粧の女は、怨めしく悔しい思いで居る。

また春がきて、若葉が萌え、麦の穂が出て、物事にこだわらないツバメが帰ってきて喜んで飛び交い、急降下して餌をとるが、女のもとには男は帰ってこない。閨の簾を巻き上げると宝飾のすだれに輝く楼閣には愁いに向き合うだけの女がいる。

 

(訳注)

河瀆神三首 其三

(最高の良い思いの生活をしていた女が春が過ぎようとしているのに愁いの気持ちでいることを詠う。)

唐の教坊の曲名。『花間集』には六首所収。温庭筠の作は三首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段二十五字四句四仄韻で、⑤⑥⑦⑥/❼❻❻❻の詞形をとる。

銅皷賽神  滿庭幡蓋徘
水村江浦過風  楚山如畫煙
離別櫓聲空蕭  玉容惆悵粧
青麥鷰飛落  捲簾愁對珠

  
  
  
  

張泌の作が一首、孫光憲の『河瀆神』参照。河瀆神 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-359-7-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3342

 

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

雨乞いの儀式に青銅製の太鼓は大きく打ち鳴らせば、賽の神女がおごそかにでてくる、神女を見ようと庭には幢幡と天蓋がいっぱいで人が徘徊している。

・銅皷 太鼓を敲容れ竜神を呼び出し、雷を起して雨を呼ぶことが、神女の務めである。銅皷は中国南部から東南アジアにわたり広く分布する青銅製の太鼓。楽器としてはゴング類に属する。その鋳造と使用の年代は長く,流伝の地域は広く,関係する民族も多い。銅鼓の起源については,篠製置台上の太鼓を青銅でかたどったとするもの,漢族古楽器の錞于(じゆんう)(銅錞)からの発展とするもの,雲南省のタイ()族,チンポー(景頗)族で今なお使われている木製象脚鼓の写しとするものなど諸説があるが,炊具から変化したとする考えが比較的有力となりつつある。

・賽神 神女は「塞の神」であり「道祖神」であるように、中国では「塞」は道路や境界の要所に土神を祀って守護神とすること、転じてそういった「守り」のことである。これが日本神話になると、伊弉諾尊イザナギノミコトが伊弉冉尊イザナミノミコトを黄泉ヨミの国に訪ね、逃げ戻った時、追いかけてきた黄泉醜女ヨモツシコメをさえぎり止めるために投げた杖から成り出た神)邪霊の侵入を防ぐ神=さえぎる神=障の神(さえのかみ)と、いうことになる。

・幡蓋 幢幡(どうばん)と天蓋。幢幡:仏堂に飾る旗。竿柱(さおばしら)に、長い帛(はく)を垂れ下げたもの。天蓋:① 仏具の一。仏像などの上にかざす笠状の装飾物。周囲に瓔珞(ようらく)などの飾りを垂らす。② 虚無僧(こむそう)がかぶる、藺草(いぐさ)などで作った深編み笠。③ 貴人の寝台や玉座、祭壇・司祭座などの上方に設ける織物のおおい。

 

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

渇水で舟が出せない水際の村に、大江の港にも風雨と雷とがもたらされ、降注ぐ雨が通過していく、三峡の楚の山々は、煙が雲を呼び天上界の絵のように開いてはれてきている。

・楚山 愛する男性を思う山の精霊は女性の霊である。『楚辞・九歌(山鬼)』

・畫煙開 雨乞いには山焼きをする。煙は雲を呼び天上界のように湧き上がってゆく。

 

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

足止めをされていた人々はやっと三峡を下ることができ、足止めの期間世話になった女と、湊で別れを告げてから櫓の音だけがむなしくものさびしく残る。まだ輝いている容姿の若い薄化粧の女は、怨めしく悔しい思いで居る。

・櫓聲 詩的には、いさり歌であるが、ここでは女とわかれていく船の櫓を漕ぐ音というところ。

・蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。

 

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

また春がきて、若葉が萌え、麦の穂が出て、物事にこだわらないツバメが帰ってきて喜んで飛び交い、急降下して餌をとるが、女のもとには男は帰ってこない。閨の簾を巻き上げると宝飾のすだれに輝く楼閣には愁いに向き合うだけの女がいる。

・青麥 春先、麦の若葉が出揃い穂が出るまでのあいだの麦をいう。麦は、秋に種をまき、冬に芽吹き、春、若葉を伸ばし、夏に稔る。まだ春の景色が整わない中、畑一面に萌え出た麦の若葉の緑は目にも鮮やかなものである。小麦、大麦、ライ麦、燕麦などの麦類はイネ科の二年草で、中央、西アジアが原産。晩秋から初冬に蒔かれ、冬を越して晩春には青々とした穂が出る。これが穂麦で、初夏に黄熟し刈り取られる。世界的に栽培される麦類は大麦、小麦、ライ麦、燕麦で、世界の穀物生産の半分近くになる。

・落落 度量が大きくてこだわらないさま。物が落ちたり倒れたりしているさま。
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠46《巻1-46 河瀆神 三首其二》溫庭筠66首巻一46-〈46〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5427

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠46《巻1-46 河瀆神 三首其二》溫庭筠66首巻一46-46〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5427

 

河瀆神三首

其一

河上望叢祠,廟前春雨來時。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

 

其二

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

 

其三

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

 

 

(改訂版)

河瀆神三首 其一

(道女・女僧になることが出来て、後宮の中で出来なかった恋愛が出来る喜びを詠うもの。)

河上望叢祠,廟前春雨來時。

舟の上より川岸の木立に囲まれた祠に向いながめやる。それが、いま春も盛りになれば、廟殿の辺りで神女と襄王とのように「朝雲暮雨」を重なり交じりあうことができる。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

この雨は楚の山々には、果てしない思いがとどき、ここに集まる鳥たちでさえも飛びたつのに「豔質如明玉」と時を忘れ、遅くなってしまう、此処を旅立つのに立派な棹を準備されていても、神女と過ごした寝牀を開けてしまうことなどできない、もう少しでも寝牀で過ごしたということになって、旅立ちは遅くなるし、別れることは空しくこころ傷めるのである。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

愛を求めて何処にでも杜鵑は鳴きつづけ声が死ぬまで絶えることはない。こんなに艶多き啼きごえをきけば赤き躑躅が血の色に染ったように、神女の頬を赤く染めるほど情熱を持ってくれるのである。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

若く美しい蝉の髪型の以前は妃嬪であった美人はもう寵愛を得るために愁うことなどまったくないのだ、若くて、花咲き乱れ草薫る絶頂の良き時を過ごせることができる、素晴らしい季節を謳歌してゆくのだ。

(河瀆神三首其の一)

河上 叢祠【そうし】を望み,廟前にある 春雨來たる時に。

楚山 限り 無く鳥 飛ぶこと遲く,蘭棹【らんとう】空しく別離を傷【いた】む。

何處にか 杜鵑【ほととぎす】啼き歇【や】まざるに,豔紅【えんこう】開き盡して血の如し。

蟬鬢【ぜんびん】の美人 愁【た】たば,百花 芳草 佳節なり

【旧版】 

河瀆神三首 其二

(初めて客をとった女妓がその客が旅に出るという女の情を詠う。)

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

単独に立っている廟社が寒々とした大きな流れに向かいたっている。ここ西陵峡には巫山の巫女の化身の風まじりの雨がしとしとと降る。

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

あの女性は恨みがましく愁いをもってきれいな船の棹に身を寄せている。はらはらと止めどなくまるで玉飾りのように涙を流している。

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

夕暮れには悲しく響く「思帰の曲」はまるで杜鵑が啼くようである、山里に早梅の香りの満ちてくる頃のことだった。

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

男は帰ってゆく、振り返り見ればこの二つの心はうち沈み、別離の思いはどこかにいってさすらうことだろう。

 

巫山十二峰003
 

(改訂版)

河瀆神三首 其二

(多くの者が冬の渇水期で風が強く悪天候で水駅に船が足止めされその客中には何処かに妾として嫁ぐ謝娘がいた、その不安な気持ちを詠う。)

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

単独に立っている廟社が寒々とした大きな流れに向かいたっている。天候が悪い日がつづき、ここ西陵峡には巫山の巫女の化身の風まじりの雨がしとしとと降って、舟の出発が出来ない。

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

足止めをしている者たちの中に美しい娘が恨みがましく愁いをもってきれいな船の先に身を寄せている。はらはらと止めどなくまるで玉飾りのように涙を流している。

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

夕暮れには悲しく響く《人日思歸》の曲は“花が咲き始め、鶯が啼くのをきいて帰郷の気持ちが増した”というものだが、この娘は、「雁が落ちる」のを見て、帰郷のきもちになったのであろう、それにしても、山里に早梅の香りの満ちてくる頃に、もうなってきている。

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

考えを回らせて見れば、これまでとこれからの、二つの心はうち沈み晴れる事は無く、生きがいというものがなく離れてゆく魂はこのままどこかにいってさすらうことだろう。

 

(河瀆神【かとくしん】三首其の二)

孤廟 寒潮に対し、西陵 風雨 蕭蕭たり。

謝娘 惆悵として欄橈に倚り、涙 流るること 玉筋 千条。

 

暮大 愁い聴く 思帰落を、早梅の香り 山郭に満つ。

首を迴らせば 両情 蕭索たり、離魂 何処にか飄泊す。


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『河瀆神三首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

河瀆神三首 其二

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

 

(下し文)

孤廟 寒潮に対し、西陵 風雨 蕭蕭たり。

謝娘 惆悵として欄橈に倚り、涙 流るること 玉筋 千条。

 

暮大 愁い聴く 思帰落を、早梅の香り 山郭に満つ。

首を迴らせば 両情 蕭索たり、離魂 何処にか飄泊す。

 

(現代語訳)

(多くの者が冬の渇水期で風が強く悪天候で水駅に船が足止めされその客中には何処かに妾として嫁ぐ謝娘がいた、その不安な気持ちを詠う。)

単独に立っている廟社が寒々とした大きな流れに向かいたっている。天候が悪い日がつづき、ここ西陵峡には巫山の巫女の化身の風まじりの雨がしとしとと降って、舟の出発が出来ない。

足止めをしている者たちの中に美しい娘が恨みがましく愁いをもってきれいな船の先に身を寄せている。はらはらと止めどなくまるで玉飾りのように涙を流している。

夕暮れには悲しく響く《人日思歸》の曲は“花が咲き始め、鶯が啼くのをきいて帰郷の気持ちが増した”というものだが、この娘は、「雁が落ちる」のを見て、帰郷のきもちになったのであろう、それにしても、山里に早梅の香りの満ちてくる頃に、もうなってきている。

考えを回らせて見れば、これまでとこれからの、二つの心はうち沈み晴れる事は無く、生きがいというものがなく離れてゆく魂はこのままどこかにいってさすらうことだろう。


(訳注)

河瀆神三首

唐の教坊の曲名。『花間集』には六首所収。温庭筠の作は三首収められている。双調四十九字、前段二十四字四句四平韻、後段二十五字四句四仄韻で、⑤⑥⑦⑥/❼❻❻❻の詞形をとる。

孤廟對寒  西陵風雨蕭
謝娘惆悵倚欄  淚流玉筋千
暮天愁聽思歸  早梅香滿山
迴首兩情蕭  離魂何處飄

  
  
  
  

張泌の作が一首、孫光憲の『河瀆神』参照。河瀆神 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-359-7-#21  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3342

河瀆神三首 其二

(多くの者が冬の渇水期で風が強く悪天候で水駅に船が足止めされその客中には何処かに妾として嫁ぐ謝娘がいた、その不安な気持ちを詠う。)

前段第一句、孤廟の孤は一つを意味するが、続く句は、棹に身を寄せ、生娘ではじめての男のもとにゆく不安と悲しみに涙をはらはらと流すさまを言う。後段末句は、振り向けば故郷に残したこころ、別離の思いを抱いて、不安な旅立をする。おんなは今からどこかをさまようのであろうと、よくある場面を詠っている。孤の字以外にも、寒、粛歳といった語が女の哀感を高めている。典型的な教坊の曲である。

 

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

単独に立っている廟社が寒々とした大きな流れに向かいたっている。天候が悪い日がつづき、ここ西陵峡には巫山の巫女の化身の風まじりの雨がしとしとと降って、舟の出発が出来ない。

〇寒潮 寒々とした川の流れ。三峡に冬の渇水期の風は、舟の追い風となり、強い風の場合欠航となる。春一番も突風であるから、冬から春先に掛けては船で出発できないことを意味している。杜甫詩に『集千家註杜工部詩集』巻十四には「公自注、市曁夔人語也。市井泊船處、謂之市曁。江水横通、止公處居、人謂之瀼。」(『四庫全書薈要』本、二〇〇五年、吉林出版集団影印)とある。そうした中でも仇注に「原注、峽人目市井泊船處、曰市曁。」とある。但しこれは仇兆鰲なりの整理と解釈が入っていると考えた方が無難である。三峡は、冬期と増水期で水位の差が激しく、船着き場が高い場所にあり、そこが市場にもなっていた。船の航行は難しい時期であったという。

○西陵 長江の三峡中の一つ、西陵峡。巫山の雨を連想させる。神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう

風雨 三峡では、風雨の際、舟が出向する事は無く足止めをされる

 

<!--[if !vml]-->泰山の夕日02
<!--[endif]-->

 

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

足止めをしている者たちの中に美しい娘が恨みがましく愁いをもってきれいな船の先に身を寄せている。はらはらと止めどなくまるで玉飾りのように涙を流している。

○謝娘 美女、妓女あるいは、愛妾の棲む家。唐の李徳祐が豪邸を築き、愛妾の謝秋娘を住まわせたことに基づくものであるが、娘が旅行する場合、嫁ぐことしかないし、家族の罪で、流刑される場合、あるいは、主人の詩に伴い出家する場合となる。・謝娘:「あの女性」の意。詞では、若くて美しい女性、乙女という場合もある。また、謝安についての逸話に基づく場合、謝靈運を云う場合もある。

歸國遙二首 其一

香玉,翠鳳寶釵垂菉簌

鈿筐交勝金粟,越羅春水淥。

畫堂照簾殘燭,夢餘更漏促。

謝娘無限心曲,曉屏山斷續。

歸國遙二首 其一 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-300-5-#54  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3047

・謝娘 おとめ。生娘。韋荘『浣渓沙』其三 

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

浣渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877

若くて美しい女性を指す。乙女。マドンナ。韋荘『荷葉杯』

記得那年花下。 深夜。

初識謝娘時。

水堂西面畫簾垂。 攜手暗相期。

惆悵曉鶯殘月。 相別。

從此隔音塵。

如今倶是異鄕人。 相見更無因。

荷葉杯 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-258-5-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672

惆悵 恨み嘆くこと。うらめしい。うらみがましい。

○欄橈 枠。蘭(木蘭) は棹を美化する。

○玉筋 流れる涙の筋。筋は箸。ここでは、涙の筋を玉の箸に見立てている。

 

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

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○思帰落 曲調の名。季節は早春であるから、ウグイスの鳴き声でこの句は、隋・薛道衡《人日思歸》「入春纔七日,離家已二年。人歸落雁後,思發在花前。」に基づいていると考えるべきで、この句の意味が、詩全体のストーリーをイメージさせるものである。この句をホトトギスの鳴き声とする解もあるが、足止めが長くなり、早梅が咲き香るようになったというもので、晩春から初夏の躑躅ということはうかがえない。

○滿山郭 孟春になり、春風にのりうめの香りが広がるということ、水駅の妓女たちが対応に追われ忙しくしていること峡谷の城郭内に一杯に広がる。

 

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

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兩情蕭索 これまで世話になったところを思う心、故郷に対する思いということと、これまで嫁いでいた世話になった事への思いとこれから先への思いの二つの感情、天候不良で足止めされた不安と寂しさと遣り切れなさの情ということ。

蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。

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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠45《巻1-45 河瀆神 三首其一》溫庭筠66首巻一45-45〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5422

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河瀆神』六首

 

 

作者名/


初句

 

 

溫庭筠

巻一

河瀆神 三首其一

河上望叢祠,

 

 

巻一

河瀆神 三首其二

孤廟對寒潮,

 

 

巻一

河瀆神 三首其三

銅皷賽神來,

 

 

張泌

巻二

河瀆神 一首

古樹噪寒鴉,

 

 

孫光憲

巻八

河瀆神二首其一

汾水碧依依,

 

 

巻八

河瀆神二首其二

江上草芊芊,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河瀆神三首

其一

河上望叢祠,廟前春雨來時。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

 

其二

孤廟對寒潮,西陵風雨蕭蕭。

謝娘惆悵倚欄橈,淚流玉筋千條。

暮天愁聽思歸落,早梅香滿山郭。

迴首兩情蕭索,離魂何處飄泊。

 

其三

銅皷賽神來,滿庭幡蓋徘徊。

水村江浦過風雷,楚山如畫煙開。

離別櫓聲空蕭索,玉容惆悵粧薄。

青麥鷰飛落落,捲簾愁對珠閣。

 

(旧版)

河瀆神三首 其一

(道妓の居る祠に向うもの、女妓を伴っておいて出発する者、全くおとずれの居ないもの、鳴くもの喜ぶもの道妓たちの悲喜交々を詠う。)

河上望叢祠,廟前春雨來時。

舟の上より川岸の木立に囲まれた祠に向いながめやる。廟殿の辺りも巫女が成り変わった春雨の降り来ているころだ。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

この雨は楚の山々にもは果てしない思いがとどき、鳥が緩やかに飛びたつ、道女が加わって舟が発ちに空しく別れを傷むものがいる。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

何処にでも杜鵑は鳴くつづけ声が絶えることはない。こんなに啼けば「啼いて血を吐くホトトギス」の逸話のように赤き躑躅が血の色に染ったものだということもわかる。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

若く美しい蝉の髪の女は愁うことなどまったくない、それは花咲き乱れ草薫る絶頂の良き時を過ごしているのだ。

(河瀆神三首其の一)

河上 叢祠【そうし】を望み,廟前 春雨來たる時。

楚山 限り 無く鳥 飛ぶこと遲く,蘭棹【らんとう】空しく別離を傷【いた】む。

何處にか 杜鵑【ほととぎす】啼き歇【や】まざるに,豔紅【えんこう】開き盡して血の如し。

蟬鬢【ぜんびん】の美人 愁【た】たば,百花 芳草 佳節なり。
 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠44《巻1-44 南歌子七首其七》溫庭筠66首巻一44-〈44〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5417

(改訂)-1溫庭筠44《巻1-44 南歌子七首其七》(寵愛を受けることが無くなって久しいという状況であっても、いつかまた「寵愛を受ける」という気持ちを持って生きていくと詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠44《巻1-44 南歌子七首其七》溫庭筠66首巻一44-44〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5417

 

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠43《巻1-43 南歌子七首其六》溫庭筠66首巻一43-〈43〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5412

(寵愛を失って又春が来て、行楽の宴席でいろんな光景を見るが、それでも毎夜寵愛を受ける準備だけはしなくてはいけない。春の宵は恨めしい限りだと詠う)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠43《巻1-43 南歌子七首其六》溫庭筠66首巻一43-43〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5412

 

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。

 

(改訂版)
 南歌子七首其二
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

南歌子 
帶【まつわる】に似て、柳を絲の如くす,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾 卷き 玉鈎【ぎょくこう】斜なり。
九衢【きゅうく】塵 暮んと欲し,香車【こうしゃ】を逐う。

 

(改訂版)

南歌子七首其三
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
終日兩相思。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。

終日 兩つながら 相思う。

君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。

 

 

(改訂版)

南歌子 七首其四
臉上金霞細,眉間翠鈿深。
ほほのうえには、かぼそい金霞のよそおいでかざり、眉間にはふかく翠りの鈿のかざりをしている。
倚枕覆鴛衾。
着飾って麗しくして枕をあててよこになり、鴛鴦のうす絹の掛け布をかけています。
隔簾鶯百囀,感君心。
御簾を隔てて鶯がしきりにさえずっているので、その鶯の囀りは、しみじみとあなたのこころを感じているのです。

(南歌子)

臉の上 金の霞 細やかに,眉の間 翠の 深し。

枕に倚り 鴛衾を覆す。

簾を隔てて 鶯 百に囀り,君が心に感ず。

 

(改訂版)

南歌子 七首其五
(春の日に若く美しい妃嬪は華やかな装いで寵愛をうけるが、仲秋の名月に照らされる頃、妊娠の兆候もなく、寵愛を失った、また、あの尊顔を目の辺りにしたいと詠う。)

撲蕊添黃子,呵花滿翠鬟。
妃嬪の身分になってから、夜の準備で蕊黃は女の額に黄色の化粧をほどこして華やかな雰囲気にし、女としての花を開かせ、麗しい輪型に巻いた黒毛の髷で精いっぱいのお化粧をしている。
鴛枕映屏山。
鴛鴦の一つの枕に並んで寝牀に横になると、その寝姿がろうそくの明かりに屏風に山影となって映っている。
月明三五夜,對芳顔。
今夜は十五夜で満月の明かりがどこまでも明るくてらしているのだから、美しい尊顔の方に向けていたい。

(南歌子 七首其の五)
撲蕊【ぼうくずい】黃子【おうし】を添え,呵花して翠鬟【すいかん】に滿つ。
鴛枕【かちん】屏山を映す。
月明 三五の夜,芳顔に對す。

 

(改訂版)

南歌子 七首其六
(寵愛を失って又春が来て、行楽の宴席でいろんな光景を見るが、それでも毎夜寵愛を受ける準備だけはしなくてはいけない。春の宵は恨めしい限りだと詠う)

轉盼如波眼,娉婷似柳腰。
あのお方は流し目を動かしまるで波眼蝶のように飛び回る、飛ぶ先の多くの妃嬪は優雅にして美しく垂れ柳のような細腰をしているものたちである。
花裏暗相招。

春も盛り、行楽には花のさき乱れる裏に蝶のように花影に招いている。

憶君腸欲斷,恨春宵。
あのお方のことを思い続け、寵愛を受けたいと毎夜準備をしているだけで叶わず、下腸など切ってしまいたいと思っている。それにしてもこんな春の宵は恨めしいだけだ。

南歌子 七首其六
轉盼【てんはん】波眼の如し,娉婷【ひょうてい】似って柳腰【りゅうよう】たり。
花裏 暗【ひそか】に相い招く,君を憶う腸 斷ぜんと欲す,春宵を恨む。

 


『南歌子』 現代語訳と訳註
(
本文)

南歌子 七首其六
轉盼如波眼,娉婷似柳腰。
花裏暗相招,

憶君腸欲斷,恨春宵。


(下し文) 

(南歌子 七首其六)
轉盼【てんはん】波眼の如し,娉婷【ひょうてい】似って柳腰【りゅうよう】たり。
花裏 暗【ひそか】に相い招く,君を憶う腸 斷ぜんと欲す,春宵を恨む。


(現代語訳)
(寵愛を失って又春が来て、行楽の宴席でいろんな光景を見るが、それでも毎夜寵愛を受ける準備だけはしなくてはいけない。春の宵は恨めしい限りだと詠う)

あのお方は流し目を動かしまるで波眼蝶のように飛び回る、飛ぶ先の多くの妃嬪は優雅にして美しく垂れ柳のような細腰をしているものたちである。
春も盛り、行楽には花のさき乱れる裏に蝶のように花影に招いている。

あのお方のことを思い続け、寵愛を受けたいと毎夜準備をしているだけで叶わず、下腸など切ってしまいたいと思っている。それにしてもこんな春の宵は恨めしいだけだ。


(訳注) (六)

(寵愛を失って又春が来て、行楽の宴席でいろんな光景を見るが、それでも毎夜寵愛を受ける準備だけはしなくてはいけない。春の宵は恨めしい限りだと詠う)

【解 説】

原始時代の母権制がその歴史的使命を果し、その寿命が尽きた時、「男尊女卑」一夫多妻は誰も疑うことのない人の世の道徳的規範となった。人口の半分を占める女性たちは、未来永劫にわたって回復不可能な二等人となり、ごく最近まで、二度と再び他の半分である男性と平等になることはなかった。(形態の違いこそあれ、未だに真の平等までにいたっていないのかもしれない。)

 

そうした中で、彼女たちは積極的に恋愛をし、貞節の観念は稀薄であった。未婚の娘が秘かに男と情を通じ、また既婚の婦人が別に愛人をつくることも少なくなかった。女帝(武則天)が一群の男寵(男妾)をもっていたのみならず、公主(皇女)、貴婦人から、はては皇后、妃嬢にさえよく愛人がいた。離婚、再婚もきわめて普通であり、唐朝公主の再婚や三度目の結婚もあたりまえで珍しいことではなかった。こうした風習に、後世の道学先生、ごりごりの儒学者たちはしきりに首をふり嫌悪の情を示した。

 

妃嬪について、寵愛を失った後、実際にはかなり自由な恋愛があっても、表向きには、貞操を守るというスタイルをとっていたということ、そういったことを踏まえて花間集の詩を読んでいかないと、単に「断腸」の思い、嘆くと解釈してしまうことになる。朱子学、儒学がさらに教条的なものになっていく中世封建制までは、かなり自由恋愛があったということなのである。

 

唐の教坊の曲名。単調と双調がある。花間集』 には十二百所収。温庭籍の作は七首収められている。単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

轉盼如波眼,娉婷似柳
花裏暗相

憶君腸欲斷,恨春

 

 

 

 

轉盼如波眼,娉婷似柳腰。
あのお方は流し目を動かしまるで波眼蝶のように飛び回る、飛ぶ先の多くの妃嬪は優雅にして美しく垂れ柳のような細腰をしているものたちである。
・轉盼 流し目を動かす。盼:(1) 切望する,焦がれる切盼切望する.(2) 見る左右盼左右を見回す.
・波眼 波眼蝶
娉婷 【ひょうてい】(婦人の姿や振舞いが)優雅な,美しい
柳腰 細くてしなやかな腰。多く、美人のたとえ。李商隠『楚宮』「楚管蠻弦愁一概,空城罷舞腰支在。」楚宮詩でいう「腰支在」は妖艶な腰の体つきで舞い姿をみせた。「宮妓」詩に「披香新殿に腰支を闘わす」というように、踊り子の動きの際立つ部位。薄絹をつけて舞う宮廷での踊りは、頽廃的に性欲に訴えるものであった。

楚宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 55

また、同様に細腰について、女性の細い腰。楚の霊王が細い腰を好んだという。『漢書・馬寥傳』の「呉王好劍客,百姓多瘡瘢。楚王好細腰,宮中多餓死。」、『荀子・君道』「楚莊王好細腰,故朝有餓人。」や『韓非子』「越王好勇,而民多輕死。楚靈王好細腰,而國中多餓人。」「楚の霊王は細腰を好み、国中餓する人多し」。


花裏暗相招。

春も盛り、行楽には花のさき乱れる裏に蝶のように花影に招いている。

○行楽というのは花のもとに万幕を張り、花筵が開かれ、無礼講である。

 

憶君腸欲斷,恨春宵。

あのお方のことを思い続け、寵愛を受けたいと毎夜準備をしているだけで叶わず、下腸など切ってしまいたいと思っている。それにしてもこんな春の宵は恨めしいだけだ。

○妃嬪は天子の為だけのために生きるのであるが、寵愛を失ったものを詩に頻繁に登場するのである。これらの詩は、当時であれば、噂、言い伝えなど我々が知らないこともあろうから、面白い詞であったのではなかろうか。詩人たちのサロンでは面白おかしくこれらの詩を楽しんだことだろう。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠42《巻1-42 南歌子七首其五》溫庭筠66首巻一42-〈42〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5407

(改訂)-1溫庭筠42《巻1-42 南歌子七首其五》(春の日に若く美しい妃嬪は華やかな装いで寵愛をうけるが、仲秋の名月に照らされる頃、妊娠の兆候もなく、寵愛を失った、また、あの尊顔を目の辺りにしたいと詠う。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠42《巻1-42 南歌子七首其五》溫庭筠66首巻一42-42〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5407

 

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。

 

(改訂版)
 南歌子七首其二
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

南歌子 
帶【まつわる】に似て、柳を絲の如くす,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾 卷き 玉鈎【ぎょくこう】斜なり。
九衢【きゅうく】塵 暮んと欲し,香車【こうしゃ】を逐う。

 

(改訂版)

南歌子七首其三
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
終日兩相思。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。

終日 兩つながら 相思う。

君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。

 

 

(改訂版)

南歌子 七首其四
臉上金霞細,眉間翠鈿深。
ほほのうえには、かぼそい金霞のよそおいでかざり、眉間にはふかく翠りの鈿のかざりをしている。
倚枕覆鴛衾。
着飾って麗しくして枕をあててよこになり、鴛鴦のうす絹の掛け布をかけています。
隔簾鶯百囀,感君心。
御簾を隔てて鶯がしきりにさえずっているので、その鶯の囀りは、しみじみとあなたのこころを感じているのです。

(南歌子)

臉の上 金の霞 細やかに,眉の間 翠の 深し。

枕に倚り 鴛衾を覆す。

簾を隔てて 鶯 百に囀り,君が心に感ず。

 

(改訂版)

南歌子 七首其五
(春の日に若く美しい妃嬪は華やかな装いで寵愛をうけるが、仲秋の名月に照らされる頃、妊娠の兆候もなく、寵愛を失った、また、あの尊顔を目の辺りにしたいと詠う。)

撲蕊添黃子,呵花滿翠鬟。
妃嬪の身分になってから、夜の準備で蕊黃は女の額に黄色の化粧をほどこして華やかな雰囲気にし、女としての花を開かせ、麗しい輪型に巻いた黒毛の髷で精いっぱいのお化粧をしている。
鴛枕映屏山。
鴛鴦の一つの枕に並んで寝牀に横になると、その寝姿がろうそくの明かりに屏風に山影となって映っている。
月明三五夜,對芳顔。
今夜は十五夜で満月の明かりがどこまでも明るくてらしているのだから、美しい尊顔の方に向けていたい。

 

(南歌子 七首其の五)
撲蕊【ぼうくずい】黃子【おうし】を添え,呵花して翠鬟【すいかん】に滿つ。
鴛枕【かちん】屏山を映す。
月明 三五の夜,芳顔に對す。

 

十三夜月雲髻001


『南歌子』七首其五 現代語訳と訳註
(
本文)
南歌子 七首其五

撲蕊添黃子,呵花滿翠鬟。
鴛枕映屏山。
月明三五夜,對芳顔。


(下し文)
(南歌子 七首其の五)

撲蕊【ぼうくずい】黃子【おうし】を添え,呵花して翠鬟【すいかん】に滿つ。
鴛枕【かちん】屏山を映す。
月明 三五の夜,芳顔に對す。


(現代語訳)
(春の日に若く美しい妃嬪は華やかな装いで寵愛をうけるが、仲秋の名月に照らされる頃、妊娠の兆候もなく、寵愛を失った、また、あの尊顔を目の辺りにしたいと詠う。)

妃嬪の身分になってから、夜の準備で蕊黃は女の額に黄色の化粧をほどこして華やかな雰囲気にし、女としての花を開かせ、麗しい輪型に巻いた黒毛の髷で精いっぱいのお化粧をしている。
鴛鴦の一つの枕に並んで寝牀に横になると、その寝姿がろうそくの明かりに屏風に山影となって映っている。
今夜は十五夜で満月の明かりがどこまでも明るくてらしているのだから、美しい尊顔の方に向けていたい。
花鈿02
 

三日月01

(訳注) 

南歌子 七首其五

(春の日に若く美しい妃嬪は華やかな装いで寵愛をうけるが、仲秋の名月に照らされる頃、妊娠の兆候もなく、寵愛を失った、また、あの尊顔を目の辺りにしたいと詠う。)

唐の教坊の曲名。単調と双調がある。花間集』 には十二百所収。温庭籍の作は七首収められている。単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

臉上金霞細,眉間翠
撲蕊添黃子,呵花滿翠
鴛枕映屏

月明三五夜,對芳

 

 

 

唐宋の美意識《体型》

唐代の絵画、彫像に出てくる女性の姿を見ると、彼女たちはみな確かに顔は満月のようにふくよかであり、からだは豊満でまるまるとしている。そして、あの軍服を着て馬に乗って弓を引く女性は、特に堂々とした勇敢な姿を示しており、痩せて弱々しい姿はほとんど見られない。これはまさに唐代の人々の審美観と現実の生活そのものの反映であった。唐代第一の美人楊玉環(楊貴妃)は豊満型の美人であり、漢代の痩身型の美人趙飛燕と並んで、「燕は痩せ環は肥え」といわれ、美人の二つの典型と称された。

このような美意識は、唐代の社会生活と社会の気風から生れた。というのは、唐代の物質生活は比較的豊かであったから、身体がふっくらとした女性が多くいたのである。また社会の気風は開放的であり、北朝の尚武の遺風を受け継ぎ、女性は家から出て活動することもわりに多く、また常に馬に乗って矢を射る活動にも加わっていた。それで、往々女性は健康的で颯爽たる姿をしていたのである。こうした現実が人々の審美観に影響し、そしてこの審美観と時代の好みとが、逆に女性たちにこの種の美しさを極力追求させたのである。少なくとも「楚王、細き腰を好む」ために、食を減らすといったことはなかった。これによって、女性は健康で雄々しくかつ豊満であるといった傾向が助長されたのである。

審美観と密接な関係がある服装と化粧は、女性の生活の重要な一部分であった。

〔* 『筍子』等に、昔、楚の霊王は腰の細い美人を好んだ。それで宮中の女性は食を減らし餓死したという故事がある。〕

 

撲蕊添黃子,呵花滿翠鬟。
春の日に妃嬪の身分になってから、夜の準備で蕊黃は女の額に黄色の化粧をほどこして華やかな雰囲気にし、女としての花を開かせ、麗しい輪型に巻いた黒毛の髷で精いっぱいのお化粧をしている。
・撲蕊黃子 蕊黃は女の額にほどこす黄色の後宮妃嬪を中心に流行した化粧法。額黄ともいい、古く漢代からあったといい、六朝時代をへて唐代までずっと行なわれていた。蕊黃の黄色の粉のこと。額の上に黄色の粉を塗り、それを「額黄」「花蕊」「蕊黄」といった。また、金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼んだ。その他、両頬に赤、黄の斑点、あるいは月や銭の図柄を貼るケースもあり、これは「粧靨」靨はえくぼの意)といった。
・呵花 花が大きく開いたこと。女としての花を開かせること。
・翠鬟 (1)カワセミの羽のように麗しい輪型にまいた黒毛のまげ。妃嬪美人の髪型は大きいほど身分の高いことをあらわした。美女の譬え。(2)青々とした山。

唐の玄宗皇帝が画工に命じて描かせた《十眉図》に見られるように,鴛鴦眉(八字眉),小山眉(遠山眉),五嶽眉,三峯眉,垂珠眉,月稜眉(却月眉),分稍眉,涵烟眉,払雲眉(横烟眉),倒暈眉の10種類であった。唐の末期には〈血曇粧〉といって目の縁を赤紫に彩った化粧がはやった。


鴛枕映屏山。
鴛鴦の一つの枕に並んで寝牀に横になると、その寝姿がろうそくの明かりに屏風に山影となって映っている。
・鴛枕 鴛鴦のように枕した。鴛鴦の絵が描かれた枕に並んで横たえた。
・屏山 美女が寝床についてよこ向きになった寝姿を云う。蝋燭の光がシルエットとして山形に移っていることをいう。


月明三五夜,對芳顔。
今夜は十五夜で満月の明かりがどこまでも明るくてらしているのだから、美しい尊顔の方に向けていたい。
・月明 夜を明るくしてくれる月明かり。
三五夜 十五夜。女性が最も女性らしいという意味を含む。
・芳顔 イケメンのあなた。美しい顔。また、他人を敬って、その顔をいう語。尊顔。
三峡 巫山十二峰001
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠41《巻1-41 南歌子七首其四》溫庭筠66首巻一41-〈41〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5402

(改訂)-1溫庭筠41《巻1-41 南歌子七首其四》 御簾を隔てて鶯がなくころまで、寝牀で寵愛を受けていた、これほどまでの愛情を深く感じている。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠41《巻1-41 南歌子七首其四》溫庭筠66首巻一41-41〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5402

 

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。

 

(改訂版)
 南歌子七首其二
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

南歌子 
帶【まつわる】に似て、柳を絲の如くす,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾 卷き 玉鈎【ぎょくこう】斜なり。
九衢【きゅうく】塵 暮んと欲し,香車【こうしゃ】を逐う。

 

(改訂版)

南歌子七首其三
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
終日兩相思。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。

終日 兩つながら 相思う。

君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。

 

 

(改訂版)

南歌子 七首其四
臉上金霞細,眉間翠鈿深。
ほほのうえには、かぼそい金霞のよそおいでかざり、眉間にはふかく翠りの鈿のかざりをしている。
倚枕覆鴛衾。
着飾って麗しくして枕をあててよこになり、鴛鴦のうす絹の掛け布をかけています。
隔簾鶯百囀,感君心。
御簾を隔てて鶯がしきりにさえずっているので、その鶯の囀りは、しみじみとあなたのこころを感じているのです。

(南歌子)

臉の上 金の霞 細やかに,眉の間 翠の 深し。

枕に倚り 鴛衾を覆す。

簾を隔てて 鶯 百に囀り,君が心に感ず。

花鈿02
 

『南歌子 七首』(四) 現代語訳と訳註
(
本文)
臉上金霞細,眉間翠深。
倚枕覆鴛衾。
隔簾,感君心。


(下し文)
(南歌子)
臉の上 金の霞 細やかに,眉の間 翠の
 深し。
枕に倚り 鴛衾を覆す。
簾を隔てて 鶯 百に囀り,君が心に感ず。


(現代語訳)
(春の夜、寵愛を受けた妃嬪の心情を詠う。ともに過ごした女としての喜びを詠う。)

寵愛を待つ顏の上に、かぼそい金霞の揺れるのが楽しい装いで飾り、眉間にはふかく翠の花鈿、粧靨のかざりをしている。
そして、麗しく一つ枕
に身を寄せ合い、その上には鴛鴦のうす絹の掛け布をかけている。
御簾を隔てて鶯がなくころまで、寝牀で寵愛を受けていた、これほどまでの愛情を深く感じている。

(訳注)

 南歌子 七首其四
(春の夜、寵愛を受けた妃嬪の心情を詠う。ともに過ごした女としての喜びを詠う。)

【解説】

妃嬪は毎夜、天子を迎え入れるために念入りに化粧をする。その日は、一つ枕に身を寄せ合い、いつしか安らかな眠りに入る。気づけば、窓の外では、鶯がしきりに囀り交わしており、改めて愛される喜びを噛みしめるというものである。

実は多くの注釈書、「女が独り春の夜を送る悲しみを詠う」と単純な解釈の者が多くみられるが、妃嬪、家妾にしろ、基本一人で寝るものであるが、毎夜天子、主人が寝牀に来ることを前提に仕度をしているのである。寵愛を失っている語句は一つもない。最後句の「君が心に感ず」 の句にあるように、理解し愛し合っていることを詠っている。であれば、「君が心に感ず(私はあなたの愛に感動しています)」と結ばれる作品を、孤独な夜を送る詞と解するのは不自然であり、儒教者的解釈では花間集は読めないものの典型である。窓の外から聞こえて来る鶯の囀りは、寂しさをそそるものではなく、ここでは、状景の変化からも一人寝の寂しさは感じられず、満ち足りた幸福感を示す心地よさしか感じられないのである。中国の注釈書は元、明、清朝時代に多くの儒学文学者によってきわめて閉鎖的な文化、倫理観が横行した。唐宋期をピークにしてそれ以前はある程度自由な恋愛観の中での一夫多妻制であったこと理解する必要がある。当時の化粧法、服装、装飾品等を考慮しないと本当の理解はできない。

 

妃嬪の化粧と飾について

―化粧

唐代の女性は、化粧にたいへん気をつかった。普通は、顔、胸、手、唇などに白粉や頬紅をつけ、また肌を白くし、あるいは艶やかにしたが、それ以外に眉を画くことをことのほか重視した。眉毛の画き方はたいへん多く、玄宗は画工に「十眉図」を描かせたことがあり、それらには横雲とか斜月などという美しい名称がつけられていた(『粧楼記』)。ある人は、唐代の女性は眉毛の装飾に凝り、それはいまだかつてなかった水準に達したと述べている。その他、彼女たちは額の上に黄色の粉を塗り、それを「額黄」「花蕊」「蕊黄」といった。また、金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼んだ。その他、両頬に赤、黄の斑点、あるいは月や銭の図柄を貼るケースもあり、これは「粧靨」靨はえくぼの意)といった。

唐の玄宗皇帝が画工に命じて描かせた《十眉図》に見られるように,鴛鴦眉(八字眉),小山眉(遠山眉),五嶽眉,三峯眉,垂珠眉,月稜眉(却月眉),分稍眉,涵烟眉,払雲眉(横烟眉),倒暈眉の10種類であった。唐の末期には〈血曇粧〉といって目の縁を赤紫に彩った化粧がはやった。

唐の教坊の曲名。単調と双調がある。花間集』 には十二百所収。温庭籍の作は七首収められている。単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

臉上金霞細,眉間翠
倚枕覆鴛
隔簾,感君

 

 

唐教坊曲。唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『更漏子』『定西番』『南歌子』は宮廷で歌われた花間集のほとんどは教坊曲である。丹の曲名の同一性からでも60%以上教坊の曲である。実際に選定されたのが、趙崇祚のサロンであること、趙崇祚は玄宗と同じように一芸を為すものを集めたことから、花間集の全詩が、何らかの形で、多少の変化があっても教坊の曲の曲に基づく作品であったのである。それについては、『花間集序』 (1)~(5) 欧陽烱の以下の全訳を参考にされたい。

《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-(1) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177

《花間集序 (2)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説727--0- (2) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5182

《花間集序 (3)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-728--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5187

《花間集序 (4)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-729--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5192

《花間集序 (5)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-730--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5197


臉上金霞細,眉間翠鈿深。

寵愛を待つ顏の上に、かぼそい金霞の揺れるのが楽しい装いで飾り、眉間にはふかく翠の花鈿、粧靨のかざりをしている。
○瞼上 頬から顎にかけて、顏。上は場所を示す接尾辞。

○金霞細 金細工の飾り、歩くごとに揺れるのを楽しむ。ここでは性交時に男性が揺れるのを喜んだという、頽廃的な喜びは、後宮における頽廃ということと思われる。

○翠鈿深 金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼んだ。その他、両頬に緑色の靨飾り「粧靨」の色の濃いさまを言う。


倚枕覆鴛衾。
そして、麗しく一つ枕に身を寄せ合い、その上には鴛鴦のうす絹の掛け布をかけている。
○倚枕 一つ枕に身を寄せ合い、いつしか安らかな眠りに入る。

○鴛衾 オシドリ模様のある掛け布団。

 


隔簾鶯百囀,感君心。
御簾を隔てて鶯がなくころまで、寝牀で寵愛を受けていた、これほどまでの愛情を深く感じている。
〇鶯百囀 しきりに鳴き噸る。百囀:別の意味として、朝方まで性行為の際の声を発したという意。

○感君心 君の心に感ずる。ここでは、寵愛を受ける球に毎夜その準備をしていても、できない日が多いが、この日の様に明け方まで愛してもらったということに関しての奸状に答えたいという意味である。日本でいえば、万葉集の時代である。万葉集にも数多く性的意味の作品が多い。性的な意味をきちんと理解すれば、深い味わいがあるものである
雲髻001
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠40《巻1-40 南歌子七首其三》溫庭筠66首巻一40-〈40〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5397

(改訂)-1溫庭筠40《巻1-40 南歌子七首其三》 髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。


 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠40《巻1-40 南歌子七首其三》溫庭筠66首巻一40-40〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5397

 

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。

 

(改訂版)
 南歌子七首其二
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

南歌子 
帶【まつわる】に似て、柳を絲の如くす,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾 卷き 玉鈎【ぎょくこう】斜なり。

九衢【きゅうく】塵 暮んと欲し,香車【こうしゃ】を逐う。 

(改訂版)

南歌子七首其三
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
終日兩相思。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。

終日 兩つながら 相思う。

君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。


『南歌子、七首其三』(改訂)現代語訳と訳註
(
本文)  南歌子七首其三
垂低梳髻,連娟細掃眉。
終日兩相思。
爲君憔悴盡,百花時。


(下し文)
(南歌子七首其の三)

の垂れ低くして髻を梳く,娟に連ねて細く眉を掃う。
終日 兩つながら 相思う。
君が爲に憔悴し盡す、百花の時を。


(現代語訳)
(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
たしかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。

(訳注)

南歌子七首其

(寵愛を受けた絶頂時には、髪型・化粧・服装、すべて最高の者を見に着けたが、て、寵愛を失えばげっそりとやせ細り、化粧も、髪型も、服装も劣化していくと詠う。)
【解説】

 後宮における頽廃的に過ごすことこそが、国、或は天子の度量の大きさという考え方があり、寵愛を受けている妃嬪には最高の、化粧、服装、髪型が施された。宮女、妓優はやせ形の者が尊ばれ、妃嬪は色白、長身、奇麗、妖艶でぽっちゃり方、肉感的なものが選定された。この条件に合えば、次から次へと後宮に入った

唐の教坊の曲名。単調と双調がある。花間集』 には十二百所収。温庭籍の作は七首収められている。単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

垂低梳髻,連娟細掃
終日兩相
爲君憔悴盡,百花

 

 

唐教坊曲。唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『更漏子』『定西番』『南歌子』は宮廷で歌われた花間集のほとんどは教坊曲である。丹の曲名の同一性からでも60%以上教坊の曲である。実際に選定されたのが、趙崇祚のサロンであること、趙崇祚は玄宗と同じように一芸を為すものを集めたことから、花間集の全詩が、何らかの形で、多少の変化があっても教坊の曲の曲に基づく作品であったのである。それについては、『花間集序』 (1)~(5) 欧陽烱の以下の全訳を参考にされたい。

《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-(1) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177

《花間集序 (2)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説727--0- (2) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5182

《花間集序 (3)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-728--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5187

《花間集序 (4)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-729--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5192

《花間集序 (5)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-730--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5197


垂低梳髻,連娟細掃眉。
髪型は寵愛を受ける度合いに応じて変化し、左右の鬢の雲型に垂れる髪は低くして髻まできれいに梳いてある。上品な麗しさは続き細く書かれた横烟眉型で鬢につながっている絶頂時の様装である。
垂低梳髻 両鬢に雲型に櫛で垂れた髪は鬢付け油固めたもの。髪型は、前後左右にひろく、高く低くと大きいほど高貴であること。唐後期の後宮には頽廃的になり、機能性が全くない髪型になってゆく、一方で、男装が流行する。ここでいうのは、胡の髪型をいう。『髻鬟品』 には、多種多様の髪型が列挙されている。半翻髻【はんほんけい】、反綰髻【はんわんけい】、楽游髻、双環望仙髻、回鶻髻、愁来髻、帰順髻、倭堕髻など。

○連娼 眉の三日月形に細長く両頬に垂れた髪に連なるように描かれた眉。十眉図にいう払雲眉(横烟眉)のこと。・娟 女と柔かい意とで、女性のしなやかな意。 【意味】嫋やかで優美な容貌を持つもの。淑やかに振る舞い、上品なさま。 ほのかに見目麗しいさま。 見目好く容姿端麗なさま。

唐の玄宗皇帝が画工に命じて描かせた《十眉図》に見られるように,鴛鴦眉(八字眉),小山眉(遠山眉),五嶽眉,三峯眉,垂珠眉,月稜眉(却月眉),分稍眉,涵烟眉,払雲眉(横烟眉),倒暈眉の10種類であった。唐の末期には〈血曇粧〉といって目の縁を赤紫に彩った化粧がはやった。


終日兩相思
たひかに、そのころは、一日中二人でいて互いに思い恋し合っていた。

〇両相思 二人が互いに恋し合う。


爲君憔悴盡,百花時。
天子のために変わらず思い続けていても、もう春も盛り、百花繚乱の時なのに、寵愛を失った妃嬪は、心配でたまらず、心労の限り、痩せ細ってしまった。
憔悴 )心配や疲労・病気のためにやせ衰えること。
・百花 種々の多くの花、いろいろな花の意。百花繚乱。いろいろの花が咲き乱れること。転じて、秀でた人物が多く出て、すぐれた立派な業績が一時期にたくさん現れること。「繚乱」は花などがたくさん咲き乱れている様子.

 

 

 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠39《巻1-39 南歌子七首其二》溫庭筠66首巻一39-〈39〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5392

(改訂)-1溫庭筠39《巻1-39 南歌子七首其二》 遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠39《巻1-39 南歌子七首其二》溫庭筠66首巻一39-39〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5392

 

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。

 

(改訂版)
 南歌子七首其二
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

南歌子 
帶【まつわる】に似て、柳を絲の如くす,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾 卷き 玉鈎【ぎょくこう】斜なり。
九衢【きゅうく】塵 暮んと欲し,香車【こうしゃ】を逐う。


<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->唐 長安図 基本図00

<!--[endif]-->

『南歌子』七首其二 現代語訳と訳註
(
本文)

似帶如絲柳,團酥握雪花。
簾卷玉鈎斜。
九衢塵欲暮,逐香車。


(下し文) 南歌子 
帶に似て絲柳【しりゅう】の如し,團く酥【そ】にして雪花【せっか】を握る。
簾卷【れんかん】玉鈎【ぎょくこう】斜なり。
九衢【きゅうく】塵 暮れなんと欲す,香車【こうしゃ】を逐う。


(現代語訳)
(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)

遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。

郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。

隋堤01
楊貴妃清華池002

(訳注)
南歌子其二

(春の二大遊び、舟遊びと野外に万幕を張っての行楽について詠う。)
【解説】 春になれば、舟遊びで、池に舟を浮かべると、池塘の柳は緑の帯を為す。そこに近づいてみると柳の枝は糸のように長く垂れ下がる、丸く寄り集まった白い柳架が寵愛を受けている妃嬪の美しさを連想させる。郊外に行楽に行っての帰り、夕暮れ間近の都人路を転がり動く情景、その美しさに誰でもその車の後を追うというものを詠う。この季節だけ、妃嬪の車が庶民の前を通ることがある。その情景を詠う。

『花間集』巻一にある。男性の目から見た好ましい、しなやかな細腰、白い肌、良い香りの女性の姿である。
唐教坊曲名。単調二十三字、五句三平韻(詞譜一)。唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。
『更漏子』『定西番』は宮廷で歌われたこの教坊曲である。


似帶如絲柳,團酥握雪花。
遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯のおようであり、近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝は細身の美女のようにしなやかに揺れる、柳絮の綿は丸い脂身の固まりのようであり、その肌はきよく滑らかなまるみをもっていて雪の白さと艶やかな花の白さの指さきで握ってくれる。
○似帯 遠くから池の端を帯びのようにグルッと柳が緑の帯をする。

○如糸柳 近くによれば、糸のように長く垂れ下がった柳の枝。

團酥 きよく滑らかなまるみをもったもの。酥:牛や羊の乳を発行させた乳酸飲料。酒の別名。きよく滑らかなたとえ。また、肉感美女のオッパイのこと。
雪花 雪の白さと艶やかな花の白さ。握雪花は、白い柳絮の大きさが手で雪を握ったほどであることを言う。あるいは、肉感美女の胸をつかむ。


簾卷玉鈎斜。
行楽に向かう妃嬪は車の簾を巻き上げるも、宝玉で輝く簾を掛ける鉤金具もうまく途中で止めて、外の人を見ている。


九衢塵欲暮,逐香車。
郊外に行楽に行っての帰りには、都大通りは砂塵が舞い黄昏に暮れていこうとしている。いつのまにか、美しい妃嬪の車の後を追って行っているのである。
九衢 枝の多く別れたもの。山海経「宣山の上に桑有り。その枝を衢という也。枝交互に四出るなり。」衢:ちまた。四方に通じる大通り。分かれ道。四通八達の大通り。ここでは都大路の意。

○欲暮 暮れようとしている。欲は今にも〜しそうだ、の意。

○香車 立派な車。行楽に行き交った高貴の人の車。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠38《巻1-38 南歌子七首其一》溫庭筠66首巻一38-〈38〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5387

(改訂)-1溫庭筠38《巻1-38 南歌子七首其一》 流れてきた、鸚鵡貝の形をした金の盃が流れてくるのを手に取る。そしてこっそり、天子の方に流し目をする。その仕草は、これからきっと寵愛を一手に受けるほどの妃嬪と見受けられることだろう。

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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160 《巻03-10 幽澗泉》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <160> Ⅰ李白詩1356 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5328 
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32-(1) 《讀巻05-08 毛穎傳 (1)§1-1》韓愈(韓退之)ID 796年貞元12年 29歳<1280> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5384韓愈詩-32-(1) 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-23-1奉節-15 《巻15-62 送殿中楊監赴蜀見相公 -#1》 杜甫index-15 杜甫<886-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5380 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠38《巻1-38 南歌子七首其一》溫庭筠66首巻一38-〈38〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5387 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠38《巻1-38 南歌子七首其一》溫庭筠66首巻一38-38〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5387

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『南歌子』 十二首

 

作者



初句7字

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首』(一)

手裡金鸚鵡

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首』(二)

似帶如絲柳

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首』(三)

窩墮低梳髻

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首(四)』

臉上金霞細

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首(五)』

撲蘂添黃子

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首』(六)

轉眄如波眼

 

温庭筠

巻一

『南歌子七首』 (七) 

懶拂鴛鴦枕

 

張泌

巻四

南歌子三首 其一

柳色遮樓暗

 

張泌

巻四

南歌子 三首 其二

岸柳拖煙綠

 

張泌

巻四

南歌子 三首之三

錦薦紅鸂鶒

 

毛熙震

巻九

南歌子二首其一

遠山愁黛碧

 

毛熙震

巻九

南歌子二首其二

惹恨還添恨

 

 

 

 

 

 

南歌子七首
南歌子七首其一
手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。眼暗形相。不如從嫁與,作鴛鴦。

南歌子七首其
似帶如絲柳,團酥握雪花。簾卷玉鈎斜。九衢塵欲暮,逐香車。

南歌子七首其三
垂低梳髻,連娟細掃眉。終日兩相思。爲君憔悴盡,百花時。
南歌子七首其四
臉上金霞細,眉間翠深。倚枕覆鴛衾。隔簾,感君心。

南歌子七首其
撲蕊添黃子,呵花滿翠鬟。鴛枕映屏山。月明三五夜,對芳顔。

南歌子七首其
轉盼如波眼,娉婷似柳腰。花裏暗相招,憶君腸欲斷,恨春宵。

南歌子七首其
懶拂鴛鴦枕,休縫翡翠裙。羅帳罷爐熏。近來心更切,爲思君。

 

(改訂版)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

不如從嫁與,作鴛鴦。
もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

(南歌子七首其の一)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。


現代語訳と訳註
(
本文)

南歌子七首其一
手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
眼暗形相。

不如從嫁與,作鴛鴦。


(下し文)
手の裏に金の鸚鵡,胸前に鳳凰を綉【ぬひと】る。
偸【ぬす】み眼【み】て暗【ひそ】かに 形相す。

嫁ぐに 如【し】かず,鴛鴦と作【な】らん。


(現代語訳)
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。)

流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

唐朝 大明宮2000

(訳注)
南歌子七首其一
(はじめての曲水の宴席に出た妃嬪が、この日からきっと仲良い鴛鴦の様な夫婦になるだろうと詠う。)

『花間集』巻一38番にある。諸侯の娘が妃嬪として後宮にあがり、曲水の宴で初め招かれ、妃嬪として後宮の生活が始まる(嫁ぐことになる。)流れてきた、鸚鵡貝の形をした金の盃が流れてくるのを手に取る。そしてこっそり、天子の方に流し目をする。その仕草は、これからきっと寵愛を一手に受けるほどの妃嬪と見受けられることだろう。こうした宴席に妃嬪として最初の行事であることから、序列も高い妃嬪であろう。詩は宴席を客観的に見て詠ったものである。
唐教坊曲名。単調二十三字。唐以降の中国王朝における宮廷に仕える楽人や妓女たちに宮廷音楽を教習させるための機関をさす。楽曲や歌舞の習得を主な目的とするが、官妓にあたる妓女を統括する役割もあった。その後の王朝に引き継がれ、清代まで続いたが、雍正帝の時に廃止された。

唐の教坊の曲名。単調と双調がある。花間集』 には十二百所収。温庭籍の作は七首収められている。単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

手裏金鹦鹉,胸前繡鳳
眼暗形

不如從嫁與,作鴛

○ 

 


手裏金鹦鹉,胸前繡鳳凰。
流れてきた盃をとりあげて手の中にする、黄金製の鸚鵡杯が輝く曲水の宴、衣服の胸元には、ホウオウの刺繍が艶やかで美しい。
・手裏 手の中に。 
・金鸚鵡 杯。黄金製の酒器、「鸚鵡杯」のこと。鸚鵡貝・阿古屋(あこや)貝など真珠光沢のある美しい貝でつくった杯。曲水の宴などで用いられる。おうむはい。隋唐のころ貴族や文人の間で流行した習俗。3月3日の上巳(じょうし)に郊外や庭苑の水辺に出,招魂・祓除(ふつじょ)を行い,流水に酒杯を浮かべ,一定地点(自分の前など)に流れ着くまでに詩をよみ,宴遊した。李白の『襄陽歌』「落日欲沒峴山西。倒著接籬花下迷。襄陽小兒齊拍手。攔街爭唱白銅鞮。旁人借問笑何事。笑殺山翁醉似泥。鸕鶿杓。
鸚鵡杯。百年三萬六千日。一日須傾三百杯。」李白と道教48襄陽歌 ⅰ
・胸前 衣服の前面に。
・綉 刺繍がしてある。縫いとりがしてある。 

眼暗形相。

こっそりとあのお方の顔と姿をうかがい、流し目で見ている。

・偸眼 盗み見る。 
・暗 ひそかに。こっそりと。 


不如從嫁與,作鴛鴦。

もう嫁いできて妃として後宮にはいるしかない身なのだ。きっと寵愛を受けて鴛鴦のような夫婦となることだろう。 

・形相 みつもる。目算する。 人相。顔かたち。姿。ここは、前者、動詞の意。
・不如 もう…た方がいい。…に及ばない。しかず。 
・從嫁與 …に嫁ぐ。・從 …にしたがう。…につく。従軍、従父の従。 ・嫁 とつぐ。・與 …に。
・作 …となる。
・鴛鴦 鴛鴦の夫婦。
唐 長安図 基本図00
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠37《巻1-37 楊柳枝八首其八》溫庭筠66首巻一37-〈37〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5382

(改訂)-1溫庭筠37《巻1-37 楊柳枝八首其八》古より、王孫らの性倫理は自由で、先々に妃嬪を侍らせ、別れの時は必ずここへ帰えってくると誓うけれど、楚辞でいう「春の草花が繁りだす」ようにうつりかわってゆく、あれほど愛し合っていても、もう関係がないと、月日が経っても美しい妃嬪であっても、そのもとに帰る気にはならないのである。

 
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楊柳枝 八首其八
(楊柳枝詩の最終八首目であり、王家、妃嬪の性倫理観の結論的なことを述べている。)

館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。
呉王夫差の築いた西施は館娃宮から別れて、敵国に向かったし、魏の曹植は兄嫁の慕情を胸に鄴城の西で、悲しい別れをした。行く舟の帆は空と川面に映えて、わかれの近くには、柳の枝が風に靡いて堤を払う、するとまた、離れがたい気持ちにさせるのである。 
繋得王孫歸意切,不關春草綠萋萋。
古より、王孫らの性倫理は自由で、先々に妃嬪を侍らせ、別れの時は必ずここへ帰えってくると誓うけれど、楚辞でいう「春の草花が繁りだす」ようにうつりかわってゆく、あれほど愛し合っていても、もう関係がないと、月日が経っても美しい妃嬪であっても、そのもとに帰る気にはならないのである。
(楊柳枝 八首其の八)
館娃宮【かんあいきゅう】の外 鄴城【ぎょうじょう】の西,遠くは征帆に 映じ 近くは堤を拂ふ。
繋ぎ得たりは王孫の意切なるをもって歸り,「春草の萋萋(りょくせいせい)たる綠」を關せず。

 

 

『楊柳枝 八首之八』温庭筠 現代語訳と訳註
(
本文)
 楊柳枝 温庭筠 
館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。
繋得王孫歸意切,不關春草綠萋萋。


(下し文)
(楊柳枝 八首其の八)
館娃宮【かんあいきゅう】の外 鄴城【ぎょうじょう】の西,遠くは征帆に 映じ 近くは堤を拂ふ。
繋ぎ得たりは王孫の意切なるをもって歸り,「春草の萋萋【せいせい】たる綠」を關せず。


(現代語訳)
(楊柳枝詩の最終八首目であり、王家、妃嬪の性倫理観の結論的なことを述べている。)

呉王夫差の築いた西施は館娃宮から別れて、敵国に向かったし、魏の曹植は兄嫁の慕情を胸に鄴城の西で、悲しい別れをした。行く舟の帆は空と川面に映えて、わかれの近くには、柳の枝が風に靡いて堤を払う、するとまた、離れがたい気持ちにさせるのである。 
古より、王孫らの性倫理は自由で、先々に妃嬪を侍らせ、別れの時は必ずここへ帰えってくると誓うけれど、楚辞でいう「春の草花が繁りだす」ようにうつりかわってゆく、あれほど愛し合っていても、もう関係がないと、月日が経っても美しい妃嬪であっても、そのもとに帰る気にはならないのである。

(訳注)
楊柳枝 ( 八首之八)

柳を詠う。連作八首のうちこれは第八首。後宮には中世封建制の貞操感、現代の貞操感はない。性倫理はかなり自由であった。この詩は、楊柳枝詩の最終八首目であり、王家、妃嬪の性倫理観の結論的なことを述べている。サロンでのお遊び的な詩であっても、一夫多妻制のなかで、後宮をはじめとして、富貴の者には、多くの美しい女性が集まるシステム、性のための家奴婢になっていたことをいうものである。


館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。
呉王夫差の築いた西施は館娃宮から別れて、敵国に向かったし、魏の曹植は兄嫁の慕情を胸に鄴城の西で、悲しい別れをした。行く舟の帆は空と川面に映えて、わかれの近くには、柳の枝が風に靡いて堤を払う、するとまた、離れがたい気持ちにさせるのである。 
館娃宮 呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。 そして西施は旅立っていく。
・鄴城 魏の曹操の都で、現・河南省臨。館娃宮、城ともに、曾ての栄華の地であるが曹植が不遇をかこったところであり、その西にある歓楽街での別離がある。 
・西 「西」は、歓楽街、別離、柳。その一方で五行思想から、白、秋、悲秋、別離、凋落、没落、衰頽ということ。
・遠映 遠くにはえて見えている。遠くに映じている。「近拂」の対。「遠映」「近拂」といった単語は無い。 ・映 はえる。うつる。うつす。 
・征帆 遠くへ行く舟。旅の舟。 
・拂堤 ヤナギの枝が風に靡いて堤を払うように動いている(性行の男性の腰の動きとされる)。堤は別れで再会の約束をするところ。堤に馬を止めて女のもとに行くところ。 ・拂 はらう。ヤナギの枝が風に靡き動くさまを表現していう。


繋得王孫歸意切,不關春草綠萋萋。
古より、王孫らの性倫理は自由で、先々に妃嬪を侍らせ、別れの時は必ずここへ帰えってくると誓うけれど、楚辞でいう「春の草花が繁りだす」ようにうつりかわってゆく、あれほど愛し合っていても、もう関係がないと、月日が経っても美しい妃嬪であっても、そのもとに帰る気にはならないのである。
・この二句は『楚辞・招隱士』に基づくもの。 
・繋得 繋ぎとめて…。-得 動詞の後に附いて、(動作や状態の)結果、程度、方法、傾向を表す。 
・王孫 色あせていった女性の許を離れて旅立つ男性を指す、主人公。本来(その当時は)は愛しい男性。放蕩の貴人の子弟。王族の孫。貴公子。『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊,蛄鳴兮啾啾。」を指す。そこでの王孫とは、隠士である楚の王族の屈原のこと。ただ、詩詞で使われる王孫とは、女性の容色の衰え等のために、女性の許を離れて旅立っていった男性のことでもある。詩題や詞牌に謝靈運『悲哉行』「萋萋春草生,王孫遊有情」『王孫歸』『憶王孫』『王孫遊』(南齊・謝朓)「綠草蔓如絲,雜樹紅英發。無論君不歸,君歸芳已歇。」としてよく使われる。劉希夷『白頭吟』(代悲白頭翁)「公子王孫芳樹下,清歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫神仙。一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。
宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。」 や、王維の『送別』「山中相送罷,日暮掩柴扉。春草明年綠,王孫歸不歸。」や、韋荘の『淸平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」や、王維の『山居秋暝』で「空山新雨後,天氣晩來秋。明月松間照,清泉石上流。竹喧歸浣女,蓮動下漁舟。隨意春芳歇,王孫自可留。」がある。 
・歸意 帰郷したいという気持ち。帰ると約束したこと。
・切 しきりに。ふかく。程度の深刻さを示す。ひたすらなさま。それを思うことがしきりで強いさま。
・不關 …に関わらずに。かかわらない。関係ない。

・春草綠萋萋 春草 春の草。春に咲く草花。(『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。」)を踏まえている。 *「春草綠萋萋」で「月日が流れ、季節が変わって春になったのに」の意になる。この句は、春に寵愛を受け、歓楽、悦楽の思いを起させるという意味である。そうした意味で全体を見ると深い味わいになってくる。 
謝靈運『悲哉行』「萋萋春草生,王孫遊有情」
悲哉行 謝霊運(康楽) 詩<76-#1>Ⅱ李白に影響を与えた詩502 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1323

悲哉行 謝霊運(康楽) 詩<76-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩503 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1326

謝靈運『登池上樓』「池塘生春草,園柳變鳴禽。」

池の堤防にびっしり春の草が生えている、庭園の柳の梢に鳴いている小鳥たちも冬のものと違って聞こえてくる。

登池上樓 #2 謝霊運<25>#2  詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005

謝朓『王孫遊』「綠草蔓如絲,雜樹紅英發。無論君不歸,君歸芳已歇。」
さかんに茂っている春の草木がのびている、「楚辞」で詠う王孫は遊んでいて情をもっている。
・綠萋萋 青々と茂っている。 
・萋萋 木や草の繁っているさま。
王昭君の『昭君怨』(『怨詩』)「秋木萋萋,其葉萎黄。有鳥處山,集于苞桑。養育羽毛,形容生光。既得升雲,上遊曲房。離宮絶曠,身體摧藏。志念抑沈,不得頡頏。雖得委食,心有徊徨。我獨伊何,來往變常。翩翩之燕,遠集西羌。高山峨峨,河水泱泱。父兮母兮,道里悠長。嗚呼哀哉,憂心惻傷。」

怨詩 王昭君  漢詩<110-#2>玉台新詠集 女性詩 546 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1455


謝靈運『悲哉行』
萋萋春草生,王孫遊有情,差池鷰始飛,夭裊桃始榮,灼灼桃悅色,飛飛燕弄聲,檐上雲結陰,澗下風吹清,
幽樹雖改觀,終始在初生。松蔦歡蔓延,樛葛欣虆縈,眇然遊宦子,晤言時未并,鼻感改朔氣,眼傷變節榮,侘傺豈徒然,澶漫
音形,風來不可托,鳥去豈為聽。

悲哉行 謝霊運(康楽) 詩<76-#2>Ⅱ李白に影響を与えた詩503 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1326


謝靈運『石門在永嘉』 #1
躋険築幽居、披雲臥石門。

苔滑誰能歩、葛弱豈可捫。

嫋嫋秋風過、萋萋春草繁。

美人遊不遠、佳期何繇敦。』

石門在永嘉 謝霊運<30>#1 詩集 404  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1029

#2

芳塵凝瑤席、清醑満金樽。

洞庭空波瀾、桂枝徒攀翻。

結念屬霽漢、孤景莫與諼。

俯濯石下潭、仰看條上猿。』

石門在永嘉 謝霊運<30>#2 詩集 405  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1032

#3

早聞夕飈急、晩見朝日暾。

崖傾光難留、林深響易奔。

感往慮有復、理来情無存。

庶持乗日車、得以慰營魂。」

匪爲衆人説、冀與智者論。』

石門在永嘉 謝霊運<30>#3 詩集 406  kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1035

 

謝靈運『登池上樓』
登池上樓#1

潛虯媚幽姿,飛鴻響遠音。

薄霄愧雲浮,棲川怍淵沉。

進德智所拙,退耕力不任。」

徇祿反窮海,臥痾對空林。

衾枕昧節候,褰開暫窺臨。

傾耳聆波瀾,舉目眺嶇嶔。』

登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  詩集 395 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1002

 

初景革緒風,新陽改故陰。

池塘生春草,園柳變鳴禽。」

祁祁傷豳歌,萋萋感楚吟。

索居易永久,離群難處心。

持操豈獨古,無悶徵在今。』

登池上樓 #2 謝霊運<25>#2  詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005


などと、杜甫など多くの詩人が詠っている。


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楊柳枝 ( 八首之一)
蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
不語東風起,深閉朱門伴舞腰。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠30《巻1-30 楊柳枝 之一》溫庭筠66首巻一30-〈30〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5347


楊柳枝 ( 八首之二)
金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠31《巻1-31 楊柳枝 其二》溫庭筠66首巻一31-〈31〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5352


楊柳枝 ( 八首之三)
禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-0溫庭筠32《巻1-32 》溫庭筠66首巻一32-〈32〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5357

 

楊柳枝 ( 八首之四)
織錦機邊語頻,停梭垂淚憶征人。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-0溫庭筠32《巻1-32 》溫庭筠66首巻一32-〈32〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5357


 
      楊柳枝 ( 八首之五)

      兩兩黃色似色,枝啼露動芳音。
      春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠34《巻1-34 楊柳枝八首其五》溫庭筠66首巻一34-〈34〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5367


      楊柳枝 ( 八首之六)
      宜春苑外最長條,閑春風伴舞腰。
      正是玉人腸(一作斷)處,一渠春水赤闌橋。
『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠33《巻1-33 楊柳枝八首其四》溫庭筠66首巻一33-〈33〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5362


楊柳枝 ( 八首之七)
牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠35《巻1-35 楊柳枝八首其六》溫庭筠66首巻一35-〈35〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5372

 

楊柳枝 ( 八首之八)
館娃宮外城西,遠映征帆近拂堤。
系得王孫歸意切,不關(一作同)芳草綠萋萋。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠36《巻1-36 楊柳枝八首其七》溫庭筠66首巻一36-〈36〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5377

(改訂)-1溫庭筠36《巻1-36 楊柳枝八首其七》 (春が来て、興慶宮に侍る妃賓も、曲江の離宮に侍る妃嬪も寵愛を受ける事だけを考えての準備をしているけれどどうしようもないのは、断腸の思いだけと詠う。)


『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠36《巻1-36 楊柳枝八首其七》溫庭筠66首巻一36-36〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5377

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (その一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

楊柳枝 八首其三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

 

楊柳枝  八首其四
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
あの人が行っている関所塞の春の三ケ月はこちらとは違って今なおはるはこなくてもの寂しい。たとえ、垂れ柳が葉が芽吹いてきて風に揺られても私にとっては、春の喜びを感じることはできない。

楊柳枝 (其の四)
錦を織るは機邊 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索し,縱【たと】い楊が垂れようとも 未だ春をえ覺ざる有り。

 

楊柳枝 八首八首其五
(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
臘梅がこちらの枝に二つづついっぱいに、あっちに二つづつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

(楊柳枝八首その五)

兩に兩して黃鸝【こうり】の色 色に似る,裊枝【じょうし】啼露して芳音を動かす。
春來たれば幸にして自ら長く線の如し,惜む可くは牽纏【けんてん】蕩子の心。
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楊柳枝 八首其六 
(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)その六

宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。
離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。
正是玉人腸處,一渠春水赤闌橋。
またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しいかはんしんのくるしいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないるのか。 

(楊柳枝 八首其の六)  
宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。
正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。


楊柳枝 八首其七
牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
長安城興慶宮を南内にはその東の土塀に囲まれた皇帝専用の道があるのです。そこではもう春の景色が柳の若い萌え色がいっぱいなので自然にわかるのです。
杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?
杏の花が咲き盛春も過ぎようとしている宮女の慎み深い情愛を思うこと、片思いの感情を止めようと思うけれどそれもできず、役目で旅に出たあの人を思う気持ち、最も強い断腸の思いをどうしようもないのです。

(楊柳枝 八首其の七)
【なんだい】牆の東 禦路の帝,須らく春色知るべし、柳絲の黃を。
杏花 未だ肯えて情思するを無くするをなさず,何事か行人最も斷腸するも?

 


『楊柳枝八首其七』 現代語訳と訳註
(
本文) 

楊柳枝八首其七

牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?


(下し文)
(楊柳枝 八首其の七)

【なんだい】牆の東 禦路の帝,須らく春色知るべし、柳絲の黃を。

杏花 未だ肯えて情思するを無くするをなさず,何事か行人最も斷腸するも?


(現代語訳)
(春が来て、興慶宮に侍る妃賓も、曲江の離宮に侍る妃嬪も寵愛を受ける事だけを考えての準備をしているけれどどうしようもないのは、断腸の思いだけと詠う。)

南内は長安城興慶宮のことであり、その東の土塀に囲まれた皇帝専用の道があるように、寵愛を待つ妃嬪がいる。そこにも季節はうつり、もう春の景色が柳の若い萌え色がいっぱいに垂れて揺れている。
曲江芙蓉苑にも寵愛を待つ妃嬪がいる、そこの杏の花も咲きほこり、盛春も過ぎようとしているけれど、それでも妃嬪の慎み深い情愛を思うこと、寵愛を受けたいと思う感情を止めようということはできない。今生きることは、どのような事でも、あのお方のためにするものであり、それでも、寵愛を受けられないのは、最も強い断腸の思いだけはどうしようもないのである。
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(訳注)
楊柳枝 八首其七

柳を詠う。連作八首のうちこれは第七首。

(春が来て、興慶宮に侍る妃賓も、曲江の離宮に侍る妃嬪も寵愛を受ける事だけを考えての準備をしているけれどどうしようもないのは、断腸の思いだけと詠う。)

【解説】

この詩も、後宮の妃嬪を宴席や、歌会、サロンのような場所で、想像を広げて差しさわりのない範囲で艶詞を詠ったもので、柳だから単純に別れというのではなく、柳腰、女性であれば細身の女の古詩の動きを言い、男性の表現であれば、相撲などの粘り腰を言い、性交渉を連想させるものである。

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句二平韻で、7⑦7⑦の詞形をとる。

牆東禦路帝 須知春色柳絲
杏花未肯無情思 何事行人最斷

 
 

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。


牆東禦路帝,須知春色柳絲黃。
南内は長安城興慶宮のことであり、その東の土塀に囲まれた皇帝専用の道があるように、寵愛を待つ妃嬪がいる。そこにも季節はうつり、もう春の景色が柳の若い萌え色がいっぱいに垂れて揺れている。
・南 興慶宮のこと。興慶宮は長安城北にある「太極宮」、「大明宮」と区別するため、「南内」と呼ばれた。南北1.3キロメートル、東西1.1キロメートルあり、北側が宮殿、南側が庭園となっていた。南には、「竜池」という湖が存在し、船を浮かべることもあった。732年(開元20年)には、興慶宮と長安の東南隅にある曲江池の付近にある離宮「芙蓉園」、北部にある「大明宮」へとつなぐ皇帝専用の通路である「夾城」が完成している。「夾城」は、二重城壁で挟まれた通路であり、住民たちに知られることなく、皇帝たちが移動するためのものであった。


杏花未肯無情思,何事行人最斷腸?
曲江芙蓉苑にも寵愛を待つ妃嬪がいる、そこの杏の花も咲きほこり、盛春も過ぎようとしているけれど、それでも妃嬪の慎み深い情愛を思うこと、寵愛を受けたいと思う感情を止めようということはできない。今生きることは、どのような事でも、あのお方のためにするものであり、それでも、寵愛を受けられないのは、最も強い断腸の思いだけはどうしようもないのである。
・杏花 ウメ、スモモの近縁種であり、容易に交雑する。ただし、ウメの果実は完熟しても果肉に甘みを生じず、種と果肉が離れないのに対し、アンズは熟すと甘みが生じ、種と果肉が離れる(離核性)。またアーモンドの果肉は、薄いため食用にしない。耐寒性があり比較的涼しい地域で栽培されている。春(3月下旬から4月頃)に、桜よりもやや早く淡紅の花を咲かせ、初夏にウメによく似た実を付ける。美しいため花見の対象となることもある。自家受粉では品質の良い結実をしないために、他品種の混植が必要であり、時には人工授粉も行われる事がある。収穫期は6月下旬から7月中旬で、一つの品種は10日程度で収穫が終了する。『乙女のはにかみ』『慎み深さ』
杏園 
官吏登用試験(科挙)に合格した進士たちの祝宴会場。科挙に合格した進士には、曲江の池の畔(ほとり)の杏園で、祝宴を賜り、長安の街で園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。 ・杏園人:科挙に合格し、新たに進士となった人たちを指す。

長安曲江 杏園 進士の試験は秋にあり、翌年の春の花が咲き誇る時期に結果発表がある。官吏登用試験(科挙)に合格した進士には、後出・長安の曲江の池の畔(ほとり)にあった杏園で、祝宴を賜り、長安の街を園遊し、咲き誇る牡丹などの花を観賞する慣わしがあった。また、貴族は自邸自慢のボタンを庭を開放して鑑賞させ、合格者の無礼を許した。

行人 妃賓を束ねる人。妃嬪のもとから去ってゆく人。ここでは天子をさす。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠35《巻1-35 楊柳枝八首其六》溫庭筠66首巻一35-35〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5372

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (その一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

 

楊柳枝 八首其三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

 

楊柳枝  八首其四
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
あの人が行っている関所塞の春の三ケ月はこちらとは違って今なおはるはこなくてもの寂しい。たとえ、垂れ柳が葉が芽吹いてきて風に揺られても私にとっては、春の喜びを感じることはできない。

楊柳枝 (其の四)
錦を織るは機邊 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索し,縱【たと】い楊が垂れようとも 未だ春をえ覺ざる有り。

 

 

楊柳枝 八首八首其五
(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
臘梅がこちらの枝に二つづついっぱいに、あっちに二つづつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

(楊柳枝八首その五)

兩に兩して黃鸝【こうり】の色 色に似る,裊枝【じょうし】啼露して芳音を動かす。
春來たれば幸にして自ら長く線の如し,惜む可くは牽纏【けんてん】蕩子の心。
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楊柳枝 八首其六 
(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)その六

宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。
離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。
正是玉人腸處,一渠春水赤闌橋。
またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しいかはんしんのくるしいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないるのか。 


(楊柳枝 八首其の六)  
宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。
正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。



『楊柳枝 八首其六』温庭筠 現代語訳と訳註
(
本文) 楊柳枝 八首其六
宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。
正是玉人腸
處,一渠春水赤闌橋。


(下し文)
(楊柳枝八首其六)  
宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。
正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。

 

(現代語訳)
(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)

離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。
またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しいかはんしんのくるしいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないるのか。 
唐朝 大明宮2000

(訳注)
楊柳枝 八首
柳を詠う。連作八首のうちこれは第六首。

(後宮には、色白で透き通るような美女でさえ、寵愛を失い断腸の思いでいる。春の雪解け水を見るとまた思いを強くすると詠う。)

【解説】

この詩も、後宮の妃嬪を宴席や、歌会、サロンのような場所で、想像を広げて差しさわりのない範囲で艶詞を詠ったもので、柳だから単純に別れというのではなく、柳腰、女性であれば細身の女の古詩の動きを言い、男性の表現であれば、相撲などの粘り腰を言い、性交渉を連想させるものである。

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句二平韻で、7⑦7⑦の詞形をとる。

宜春苑外最長條 閑裊春風伴舞
正是玉人腸  一渠春水赤闌

  
  

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。


宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。
離宮の宜春苑の外 池端の柳の枝に若芽も最も長くなっている。春風はみやびでなよなよと枝にそよぐ、柳は静かに、妖艶に揺れ、妓優の細腰の舞い姿も伴って揺れる。
・宜春苑 ,唐長安城東南の曲江にある。これは秦朝皇家の禁苑で宜春苑といった。隋朝の皇城が曲江によって建てられ,曲江を改稱して「芙蓉園」為した。唐になって大明宮のなかに小庭園をつくった。ここでは、大明宮の中の小苑か、曲江の芙蓉苑を指すのか不明である。いずれにせよ後宮・妃嬪に関して陳べて意味が変わることはない。李白『侍從宜春苑奉詔賦龍池柳色初青聽新鶯百囀歌』
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侍從宜春苑奉詔賦龍池柳色初青聽新鶯百囀歌
東風已綠瀛洲草。紫殿紅樓覺春好。
池南柳色半青春。縈煙裊娜拂綺城。
垂絲百尺挂雕楹。
上有好鳥相和鳴。間關早得春風情。
春風卷入碧云去。千門萬
皆春聲。
是時君王在鎬京。五云垂暉耀紫清。
仗出金宮隨日轉。天回玉輦繞花行。
始向蓬萊看舞鶴。還過芷若聽新鶯。
新鶯飛繞上林苑。愿入簫韶雜鳳笙。
侍從宜春苑奉詔賦龍池柳色初青聽新百囀歌李白131

・最 一番に。もっとも。 
・長條 長い枝
・閒裊 みやびでなよなよとしている。たおやか。みやびやか。しとやか。=閒嫋(嫺嫋、嫻嫋)。 
・伴 つきしたがう。ともなう。 
・舞腰 舞い姿。


正是玉人腸處,一渠春水赤闌橋。
またまさに大明宮においても、白肌の透き通るような妃嬪が侘しいかはんしんのくるしいい思いをしているところである。その大明宮内の一番大きな龍首渠にも春の雪解け水で澄み切った流れの水嵩が上がっていて(白絹のすきとおった布団)、寵愛の時を思い出させる。また、この赤闌橋をわたってこられるのをゆめみることしかできないるのか。 
・正是 ちょうど…だ。ぴったりだ。(すなわち)一筋のほりかわの春の流れ(に架かった)赤闌橋(のところだ)。
・玉人 離宮に侍る白く艶やかな肌の美しい妃嬪。 
・腸斷 寵愛を受けられずにただ待ち続ける思い腸(はらわた=下半身)がちぎれるほどの侘しさをおもうことをいう。
・渠 ほりかわ、みぞの量詞(助数詞)。 
・春水 滻水から渠溝、運河が引かれていて、春の雪解け水で増水している川の流れ。この時の水は他の時節の水よりも澄みきっているのが特徴。ここは、閨の情事の白絹のすきとおった上かけ布団の盛り上がりの様子を連想させる意味である。
一渠 主要な場所には船で行ける。大明宮、興慶宮、芙蓉苑には、天子専用の道路がある。内の一番大きな龍首渠。大明宮の配置図参照
・赤闌橋 御橋のこと。赤欄の橋。大明宮の南に位置する。配置図参照

なお、唐杜佑《通典》に「隋開皇三年,築京城,引香積渠水自赤欄橋經第五橋西北入城。」から判断すれば、香積渠は長安城の西側にあり、この橋は長安北西にある運河に架かる橋ということに在るので、曲江は東側の黄渠から引水しているので、斛校の芙蓉苑では大明宮ということになろう。
唐 長安図 基本図00


 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠34《巻1-34 楊柳枝八首其五》溫庭筠66首巻一34-〈34〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5367

(改訂)-1溫庭筠34《巻1-34 楊柳枝八首其五》(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠34《巻1-34 楊柳枝八首其五》溫庭筠66首巻一34-34〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5367

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (その一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

 

楊柳枝 八首其三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

 

楊柳枝  八首其四
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
あの人が行っている関所塞の春の三ケ月はこちらとは違って今なおはるはこなくてもの寂しい。たとえ、垂れ柳が葉が芽吹いてきて風に揺られても私にとっては、春の喜びを感じることはできない。

楊柳枝 (其の四)
錦を織るは機邊 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索し,縱【たと】い楊が垂れようとも 未だ春をえ覺ざる有り。

 

 

楊柳枝 八首八首其五
(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
臘梅がこちらの枝に二つづついっぱいに、あっちに二つづつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

(楊柳枝八首その五)

兩に兩して黃鸝【こうり】の色 色に似る,裊枝【じょうし】啼露して芳音を動かす。
春來たれば幸にして自ら長く線の如し,惜む可くは牽纏【けんてん】蕩子の心。
楊柳枝005


― 花間集 0134 溫庭筠 楊柳枝八首其五 ―

『楊柳枝』  八首其五 現代語訳と訳註
(
本文) 
楊柳枝 八首其五
兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。


(下し文)
兩に兩して黃鸝【こうり】の色 色に似る,裊枝【じょうし】啼露して芳音を動かす。
春來たれば幸にして自ら長く線の如し,惜む可くは牽纏【けんてん】蕩子の心


(現代語訳)
(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

臘梅がこちらの枝に二つずついっぱいに、あっちに二つずつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

楊貴妃清華池002

(訳注)
楊柳枝  八首其五
柳を詠う。連作八首のうち第五首。(春が訪れ、庭の蝋梅が咲き始め、鶯も泣くし、柳の枝も芽を吹き長く垂れる幸せな春が来る、妃嬪にも春が来ると信じていきるだけであると詠う。)

【解説】

この詩も、後宮の妃嬪を宴席や、歌会、サロンのような場所で、想像を広げて差しさわりのない範囲で艶詞を詠ったもので、柳だから単純に別れというのではなく、柳腰、女性であれば細身の女の古詩の動きを言い、男性の表現であれば、相撲などの粘り腰を言い、性交渉を連想させるものである。

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句二平韻で、7⑦7⑦の詞形をとる。

兩兩黃鸝色似色 裊枝啼露動芳
春來幸自長如線 可惜牽纏蕩子

 ○
 

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。
臘梅がこちらの枝に二つずついっぱいに、あっちに二つずつ枝を黄色にする、まるで黄色の高麗鶯が番でとまっているかのように色が映えている、番は風にそよぐ枝の上で一緒に揺れているし、啼いている、朝露がそれに合わせて落ちる、そんな庭先の動きに良い香りと啼き声とが調和している。。
・兩兩黃鸝色似色 両々は枝に蝋梅が二つ並んで黄色の花をつけてさいている。それが高麗鶯が枝にツガイで泊まっているように見える。そこに、何処とはなく鶯の啼き声が聞えてくるという意味であり、妃嬪という立場から、ほとんど一人で過ごしていることを感じさせる語句の使い方である。

・裊枝 風にそよぐ枝。1 風がそよそよと吹くさま。  2 長くしなやかなさま。小枝の揺れとツガイの花というシチュエーション。
・啼露 1 涙を流して泣く。「啼泣」2 鳥や獣などが鳴く。杜鵑が啼いて血を吐くように愛するお方を呼び続けた様に一人で居る鶯は涙を流して呼びかけ啼いていることを意味している。その上、朝露が鶯の動きで落ちるのが見えるということ。


春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。
春が来るとすべての物たちが幸せを感じ、柳の枝は自然にその枝は細く長くなっていく、惜しむべきことはあのおかたとに寵愛を受けたいと願っているのに、若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで巷でいう放蕩児とおなじではないか。

・牽纏 絡み合う、関係する、影響する。しがらみ。くされえん。寵愛を受けたいと思うことしか許されないことをいう。
・蕩子 若く美しい妃嬪に向かう浮気心はまるで放蕩児ではないかといういみ。「蕩児(とうじ)」に同じ。正業を忘れて、酒色にふける者。放蕩むすこ。遊蕩児。

白居易『放言五首 其二』
世途倚伏都無定,塵網牽纏卒未休。

禍福回還車轉轂,榮枯反覆手藏鉤。

龜靈未免刳腸患,馬失應無折足憂。

不信君看棊者,輸贏須待局終頭。

世途(せいと)の倚伏 すべて定まるなく、塵網(じんもう)のけんてん ついに未だやまず。
禍福はめぐりて 車 轂(こく)を転じ、栄枯は蔵鉤のごとく反復す。
亀は霊なるも 未だ腸を刳(え)ぐらる患(うれ)いを免れず、馬は失して まさに足を折る憂い無かるべし。
信ぜずんば 君看よ 奕棋(えきき)の者、輸贏(しゅえい) すべからく待つべし。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠33《巻1-33 楊柳枝八首其四》溫庭筠66首巻一33-〈33〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5362

(改訂)-1溫庭筠33《巻1-33 楊柳枝八首其四》(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠33《巻1-33 楊柳枝八首其四》溫庭筠66首巻一33-33〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5362

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (その一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

 

楊柳枝 八首之三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

 

楊柳枝  八首其四
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
あの人が行っている関所塞の春の三ケ月はこちらとは違って今なおはるはこなくてもの寂しい。たとえ、垂れ柳が葉が芽吹いてきて風に揺られても私にとっては、春の喜びを感じることはできない。

楊柳枝 (之四)
錦を織るは機邊 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索し,縱【たと】い楊が垂れようとも 未だ春をえ覺ざる有り。

 


『楊柳枝』 八首其四 現代語訳と訳註
(
本文) 楊柳枝 八首其四
織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。


(下し文)
(楊柳枝 八首その四)
錦を織るは機の邊り 鶯語【おうご】頻【ひん】なり,梭【さ】を停めて淚を垂す 征人を憶う。
塞門 三月 猶お蕭索たり,縱【たと】い楊が垂れる有るも 未だ春を覺ざる。


(現代語訳)
(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
関所塞の春の盛りを過ぎようとする三月といっても、なお春にはなっていないというのはこの妃嬪もおなじように寂しいものである。たとえ、垂れ柳の葉が芽吹いてきて風に揺られて腰を動かそうとも、妃嬪にとっては、春の喜びを感じることはできない。

(訳注)
楊柳枝  八首其四
柳を詠う。連作八首のうち第四首。(妃嬪は宮殿で天子に贈る錦を織っている。再び寵愛されることを思い丹念に機織るその庭先に鶯が啼く。前秦才女蘇蕙の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げたように思いは伝わらないが、そうして生きていくよりほかの道はないと詠う。)

 

【解説】

唐時代に流行した辺塞詩は、現地に赴いた実際を詠ったものではなく、宴席や、歌会、サロンのような場所で、想像を広げて詠われたもので、辺塞地に送り出した女性たちの状況を安に何が言いたいのかを想像するものなのである。楊柳の詩は、柳だから単純に別れというのではなく、柳腰、女性であれば細身の女の古詩の動きを言い、男性の表現であれば、相撲などの粘り腰を言い、性交渉を連想させるものである。

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

織錦機邊鶯語頻 停梭垂淚憶征
塞門三月猶蕭索 縱有垂楊未覺

 
 

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。


織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。
宮殿であのお方に思いを込めて錦を織っている機の傍まで鶯が来て春を告げる泣き声を繰り返している。またこの春も寵愛を受けることが無いのは、辺塞地に送り出した征人に帰りを待つ女より悲しい、機織りの梭を停めて涙を流し、そしてまた、あのおかたの事を思う。
・織錦機邊 錦を扱うのは妃嬪が指示をして天子に贈るもので、寵愛を得るための必須事項である。

・鶯語 鶯が鳴き春を告げる。後宮の場合、妃嬪たちは春の訪れに寵愛を待ち望み、宮女は行楽での楽しみを夢見ることを語り合う。高楼の女儀の場合もある。季語としては早春、春を告げるということ。
・頻 くりかえす。

・征人 たびびと。遊子。旅客。命令で旅立つ人、征客をいういくさびと。出陣した人。天子が後宮を出て離宮などに行くことを征伐になぞらえて云う。

織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人 李白の「烏夜啼」詩に「黄雲城辺烏欲棲、帰飛唖亜枝上啼。機中織錦秦川女、碧紗如煙隔窓語。停梭悵然憶遠人、独宿弧房涙如雨。(黄雲(こううん)  城辺  烏棲まんと欲し。帰り飛び  唖唖として枝上に啼く。機中  錦を織る  秦川【しんせん】の女。碧紗【へきさ】  煙の如く  窓を隔てて語る。梭【ひ】を停め  悵然【ちょうぜん】として遠人を憶う。独り弧房に宿して  涙  雨の如し。)李白41 烏夜啼とあるのを踏まえる。また織錦は、東晉十六國の時、前秦才女蘇蕙、及び其の《迴文璿璣圖》詩を錦に織り上げて送った故事に基づく


塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。
関所塞の春の盛りを過ぎようとする三月といっても、なお春にはなっていないというのはこの妃嬪もおなじように寂しいものである。たとえ、垂れ柳の葉が芽吹いてきて風に揺られて腰を動かそうとも、妃嬪にとっては、春の喜びを感じることはできない。
塞門 西域の塞、玉門関。
・三月 春の三か月(早春、盛春、晩春)
・蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。
蕭条。
塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春 王之渙の「涼州詞」の「羌笛 何ぞ須いん楊柳を怨むを、春風 渡らず 玉門関」の句を踏まえる。塞門は陽関や玉門關などの国境の関門をいうが、特定されたところではなく、後宮において、存在感がなくなっていることを感じさせる表現である。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-0溫庭筠32《巻1-32 楊柳枝八首其三 》溫庭筠66首巻一32-〈32〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5357

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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-0溫庭筠32巻1-32 楊柳枝八首其三》溫庭筠66首巻一32-32〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5357

 

 

楊柳枝 八首之一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (之一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首之二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 の二)

金縷 毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。

晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

 

楊柳枝 八首之三
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
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(楊柳枝 八首の三)
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。

楊柳枝003


『楊柳枝』 八首之三 現代語訳と訳註
(
本文) 
禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。


(下し文) 楊柳枝 八首之三
絲の如く柳を禦して九重を映し,鳳凰 繡の芙蓉を窗に映す。
景陽 樓の畔 千條の路,新妝するに一たび面し曉の風するを待つ。


(現代語訳)
(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
隋堤01

(
訳注)
楊柳枝 八首之三
柳を詠う。連作八首のうち第三首。(大明宮には大池に水を導く渠溝、運河が張り巡らされていてその両岸に柳が植えられる。その枝葉が王滋池端の宮殿、朝方の鐘がなるころまで寵愛されている。妃嬪は朝、風に乗せて、送り出せば、風に乗せて復寵愛を受けることになる。妃嬪たちのことを詠う。)

 

楊柳枝は基本的に後宮の妃嬪の寵愛を受けることに関した詩詞である。楊柳は楊がおとこであり、柳は女性を示す、連作八首のうち第三首。この詩は、玄宗を想定して100人以上いた妃嬪たちの心情を詠ったものである。

・楊柳枝 《花間集、序》「楊柳大堤之句,樂府相傳。」(楊柳大堤の句、楽府 相い伝え、芙蓉曲渚の篇、豪家 自ら製す。)“古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」の歌は、楽府詩、教坊の曲として長く伝えられているようなものを選んだのである。漢の古詩で詠った「芙蓉」、六朝何遜の「曲渚」の篇は文豪大家が自ら作ったものであるものを選んだ。とある。

 

【解説】

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

禦柳如絲映九  鳳凰窗映繡芙
景陽樓畔千條路  一面新妝待曉

  
  

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。


禦柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。
大明宮には渠溝が幾重にもあり、その土手には柳が芽吹いている。柳の枝はまるで糸を操るようにもてあそび、金色に輝く若芽を九重に続く御門、春も盛り、柳は幾重にもかさねって映える。宮殿の梁に彫られた鳳凰が芙蓉の刺繍を差し込んだうす絹の窓辺に影を映している。
・九重/九門 1 物が九つ、または、いくつも重なっていること。また、その重なり。「―に霞隔てば」〈源・真木柱〉2 《昔、中国の王城は門を九重につくったところから》宮中。禁中。九門 九重の門。これらは大明宮のことを指す
贈從弟南平太守之遙二首 其二 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -292

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(2)李白と道教 李白46西岳云台歌送丹邱子

 

景陽樓畔千條路,一面新妝待曉風。
寵愛を受けた夜も、いつしか夜明けをつげる景陽楼の鐘がなりはじめる、宮殿の楼閣の側の幾筋もある川岸に柳並木の道の枝も揺れる、鏡に向い朝の化粧にととのえていると、暁の風はあのお方をおくり、また迎える待つ風がなる。(妃嬪はこの風邪だけを頼りに生きていく。)
・景陽 景陽の鐘。『南斉書(后妃伝)』、斉の武帝が景陽楼に鐘を置かせ、暁に鳴らして時を知らせたことから〕暁に鳴らされる鐘。
・柳の枝は男が通ってくる頃は柳の木に馬を止めてきていた。今は馬が止まっていないのだ。男は来ないのだ。

李商隠《景陽井》

景陽宮井剰堪悲、不盡龍鸞誓死期。

腸断呉王宮外水、濁泥猶得葬西施。

○景陽宮の景陽井 江蘇省江寧県の北、陳の宮殿の井戸の名。

隋の軍隊が国都建虚(南京)に侵入した夜もなお訪宴に耽っていた陳の後主は、逃げおくれて愛妃張麗華・孔貴人とともにこの井戸に隠れた。

58810月、隋の文帝は南北中国統一をめざし、次子の晋王楊広を総大将とする総勢518000の軍を侵攻させた。589年、元日には隋軍が大挙して長江を渡り国都建康に迫った。後主は「犬羊のごとき者ども(隋軍を指す)が我が国に勝手に侵入し、京師(国都の周辺地域を指す)の近郊をぬすみとっている。ハチやサソリのごとき毒のある者は、時機を選んで(隋軍を)掃討・平定するがよい。内外ともに厳重に警戒するように」と命詔したが、迎撃に出た陳の将紀瑱が撃破され、隋軍の前線司令官賀若弼が、陳の捕虜を寛大に扱ったこともあり、形勢不利を悟った陳の軍勢からは投降者が相次いだ。首都の建康が陥落するに及び、大臣の1人である尚書僕射の袁憲は「隋軍の兵士達が宮廷に侵入してきても、決して乱暴なことはしないでしょう。しかも今は陳国にとって最も重大な時でございます。陛下におかれましては、服装を正して正殿に着座し、梁の武帝が侯景を引見した時の例にお倣い下さいますように」と後主に進言したが、後主は従わず「剣の刃の下では当たっていくことはできない。私には私の考えがあるのだ」と言って、宮中の奥にある空井戸に隠れようとした。袁憲は繰り返し諫め、さらに後閤舎人の夏侯公韻が、自分の体で井戸を覆って妨害したが、彼を押しのけて張麗華・孔貴人の両夫人とともに井戸の底に隠れていたところ、結局、宮殿に侵入してきた隋軍に発見されて捕虜となった。張麗華は楊広の命により青渓中橋で斬られた(『陳書』および『南史』の后妃伝)。
唐朝 大明宮2000
 

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠31《巻1-31 楊柳枝 其二》溫庭筠66首巻一31-〈31〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5352

(改訂)-1溫庭筠31《巻1-31 楊柳枝 其二》(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

 

 
 2015年1月5日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-20-2奉節-12 《毒熱寄簡崔評事十六弟 -#2》 杜甫index-15 杜甫<893> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5350 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠31《巻1-31 楊柳枝 其二》溫庭筠66首巻一31-31〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5352

 

 

楊柳枝 八首其一
(昔、南斉錢唐の蘇小小の家の前の柳が生い茂るある春の日に、阮籍と出会いやっと春が訪れたと詠う。

蘇小門前柳萬條,毵毵金線拂平橋。
南斉の錢唐の蘇小小の家の門前の土手の柳は、春の訪れに万条の枝がゆれる、細く長く垂れ下がる黄金色に輝く新芽のめぶいた柳の枝は、平橋を撫で払うように、また、風にゆれる。
黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。
高麗鶯が春風も吹きはじめたというのに、春の訪れを告げてはくれない、あのお方が来なければ春が来たことにならないのだろう、と思っていたら、そのひとはおとずれていて、正面の立派な朱塗りの南門を閉ざし、腰の細い嫋やかな女性を伴って、その家宅の奥深い所に入っていった。 
楊柳枝 (之一)
蘇小【そしょう】の門前 柳は萬條,
毵毵【さんさん】たる金線 平橋を拂ふ。
黄鶯【こうおう】語らず東風の起きるを,深く朱門に 閉ざして細腰を伴ふ。

 

楊柳枝 八首其二
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
(楊柳枝 その二)
金縷 
毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。
晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。



唐朝 大明宮2000


『楊柳枝』 八首其二 現代語訳と訳註
(
本文)  

金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。


(下し文)(楊柳枝 八首その二)
金縷 
毵毵として碧の瓦溝あり,六宮 眉黛 惹香して愁う。
晚來 更帶するも 龍池の雨,半拂い 欄杆 半ば樓に入る。

 

(現代語訳)
(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
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(訳注)
楊柳枝  八首其二

柳を詠う。連作八首のうち第二首。(後宮の六宮にはそれぞれ妃嬪が毎夜の準備をして待つが、柳と楊が揺れあう季節には、それぞれ愁いに思う。同じように、興慶宮で待つ妃嬪は龍池に降る雨の音に胸を焦がして待っていると妃嬪たちのことを詠う。)

 

楊柳は楊がおとこであり、柳は女性を示す、連作八首のうち第二首。この詩は、玄宗を想定して100人以上いた妃嬪たちの心情を詠ったものである。

・楊柳枝 《花間集、序》「楊柳大堤之句,樂府相傳。」(楊柳大堤の句、楽府 相い伝え、芙蓉曲渚の篇、豪家 自ら製す。)“古楽府の名曲「折楊柳」「楊柳枝」、「大堤曲」「大堤行」の歌は、楽府詩、教坊の曲として長く伝えられているようなものを選んだのである。漢の古詩で詠った「芙蓉」、六朝何遜の「曲渚」の篇は文豪大家が自ら作ったものであるものを選んだ。とある。

 

【解説】

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 には二十四首所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。温庭第の作は八首収められている。単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

金縷毵毵  六宮眉黛惹香
晚來更帶龍池雨  半拂欄杆半入
  
  

 

基本的に填詞(宋詞)を採りあげている。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。

 

七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

花間集尊前集 『竹枝詞』二十四首

 作者   (花間集/尊前集)              (初句7字)

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其一         白帝城頭春草生

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其二         山桃紅花滿上頭

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其三         江上春來新雨晴

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其四         日出三竿春霧消

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其五         兩岸山花似雪開

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其六         瞿塘嘈嘈十二灘

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其七         巫峽蒼蒼煙雨時

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其八         城西門前艶預堆

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其九         楊柳靑靑江水平

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其十 楚水巴山江雨多

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其十一山上層層桃李花

白居易      尊前集  竹枝詞四首其一    瞿塘峽口水煙低

白居易      尊前集  竹枝詞四首其二    竹枝苦怨怨何人

白居易      尊前集  竹枝詞四首其三    巴東船舫上巴西

白居易      尊前集  竹枝詞四首其四    江畔誰家唱竹枝

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其一    檳榔花發竹枝鷓

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其二    木棉花盡竹枝茘

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其三    芙蓉並蔕竹枝一

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其四    筵中蝋燭竹枝涙

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其五    斜江風起竹枝動

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其六    山頭桃花竹枝谷

孫光憲      巻八    竹枝二首其一     門前春水竹枝白

孫光憲      巻八    竹枝二首其二     亂繩千結竹枝絆

 


金縷毵毵碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。
柳の芽が芽吹き春がたけなわになろうとしている、細長い柳の枝に黄金色に輝く新芽がふさふさとして垂れ下がる、池溝の向うの宮殿の屋根瓦を楊の御殿の部屋それぞれに妃嬪たちは緑が蔽うように見える。柳と楊がゆれうごくが後宮の六宮の部屋には柳葉のまゆにまゆずみをきれいして香を焚いてそれぞれに待つのであるが、それぞれに愁いに思う。
・金縷 針金状の金の撚糸で綴り合わせる
毵毵 毛や柳の枝が細長く垂れ下がるさま。毛の長いさま。毛の長くふさふさとしたさま。 
・碧 あおい。みどり。あお。色があおい。あおみどり。無色の奥から浮き出すあおみどり色。
・六宮 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。後宮に東西六宮おくようになり、後宮の皇后と多くの妃嬪が住む宮殿を示す。後宮。


晚來更帶龍池雨,半拂欄杆半入樓。
ここ興慶宮にも夕方になれば夜の化粧をしている妃嬪がいて、夜寝牀のための帯に着替えて待ち続け、竜池に雨が降るように涙をこぼしている。池に降る雨音に着物のすそを少しかかげて欄干をとおって庭に出たり入ったりして待っている。
更帶 夜のための帯に着替える。夜の時間帯がふけていく。
龍池雨 興慶宮龍池。興慶宮は長安城北にある「太極宮」、「大明宮」と区別するため、「南内」と呼ばれた。南北1.3キロメートル、東西1.1キロメートルあり、北側が宮殿、南側が庭園となっていた。南には、「竜池」という湖が存在し、船を浮かべることもあった。・半拂 着物のすそをかかげる。
欄杆 橋・階段などの縁に、人が落ちるのを防ぎ、また装飾ともするために柵状に作り付けたもの。てすり。
半入樓 でたりはいったりすること。唐長安城図

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