玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

2015年02月

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首其一》二巻34-〈84〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5622

(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首其一》「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

 

 
 2015年2月28日の紀頌之5つのブログ 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首其一》二巻34-84〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5622

 

 

花間集 菩薩蛮五首 唐・蜀 韋莊

溫助教庭筠    菩薩蠻十四首

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠14《菩薩蠻十四首 其十四》溫庭筠66首巻一14-〈14〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5267

 

韋荘(韋相莊)        菩薩蠻五首

牛嶠(牛給事嶠)菩薩蠻七首

歐陽舍人炯    菩薩蠻一首

孫少監光憲    菩薩蠻五首

閻處士選      菩薩蠻一首

毛秘書熙震    菩薩蠻三首

李秀才珣      菩薩蠻三首

(旧版)

菩薩蠻 一

紅樓別夜堪惆悵。 香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時。   美人和涙辭。

琵琶金翠羽。   絃上黄鶯語。

勸我早歸家。   綠窗人似花。

赤く美しい富貴の女の家の高殿での別れの夜というに、たまらない恨み嘆ことにたえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜたふさで飾られたとばりを半ばかかげているのは心残りの表れなのだ。

有明の月このいえをさるときがきたようだ。美しい女性と涙ながらの別れを告げねばならない。

その美人は翡翠のかざられたばちで琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは鶯の春を告げる言葉のように私を引き留める。

そして、そのあとには「早くあなたの家にお帰りなさい」と勧め、「緑の窓のほとりに花のようにきれいな人が待っていることでしょう」を添えて云うのである。

 

菩薩蛮

紅樓の別れの夜 惆悵に堪へんや。香燈に半ば捲く 流蘇の帳【とばり】を。

殘月 門を出でし時、美人 涙と和【とも】に辭す。

琵琶 金翠の羽。絃上 黄鶯 語るに:

我に勸む 早【つと】に 家に歸れと。綠窗に 人 花の似【ごと】し。

 

(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首之 一》

菩薩蛮五首 其一

(この夜が最後の夜で、別の妃嬪のもとに行くという、最後の夜と翌朝を詠う。)

紅樓別夜堪惆悵、香燈半捲流蘇帳。

赤く美しい御殿での明日の朝には別れなければいけない、その夜だけに、恨み嘆くことをこらえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜた房に飾られたとばりを半ばかかげて、寝牀の中に入ってゆく。

殘月出門時、美人和涙辭。

名残の月が残る夜が明けて、門を出る時が来ると、美しい妃嬪に涙ながらの別れを告げた。

琵琶金翠羽、絃上黄鶯語。

妃嬪は翡翠のかざりが付いた撥で琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは響き渡って、鶯の春を告げる言葉のように二人を引き留める。

勸我早歸家、綠窗人似花。

「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

(菩薩蛮五首その一)

紅樓の別夜 惆悵に堪え、香燈 半ばに捲く 流蘇の帳【とばり】を。

殘月 門を出でし時、美人 涙と辭を和【とも】にす。

琵琶 金翠の羽。絃上 黄鶯 語る。

我に勸む 「早【つと】に 家に歸れ」と。「綠窗の人」 花の似【ごと】し。

花蕊夫人002
 

 

(改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首其一》

『菩薩蛮五首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蛮五首 其一

紅樓別夜堪惆悵、香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時、美人和涙辭。

琵琶金翠羽絃上黄鶯語。

勸我早歸家、綠窗人似花。

 

(下し文)

(菩薩蛮五首その一)

紅樓の別夜 惆悵に堪え、香燈 半ばに捲く 流蘇の帳【とばり】を。

殘月 門を出でし時、美人 涙と辭を和【とも】にす。

琵琶 金翠の羽。絃上 黄鶯 語る。

我に勸む 「早【つと】に 家に歸れ」と。「綠窗の人」 花の似【ごと】し。

 

(現代語訳)

(この夜が最後の夜で、別の妃嬪のもとに行くという、最後の夜と翌朝を詠う。)

赤く美しい御殿での明日の朝には別れなければいけない、その夜だけに、恨み嘆くことをこらえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜた房に飾られたとばりを半ばかかげて、寝牀の中に入ってゆく。

名残の月が残る夜が明けて、門を出る時が来ると、美しい妃嬪に涙ながらの別れを告げた。

妃嬪は翡翠のかざりが付いた撥で琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは響き渡って、鶯の春を告げる言葉のように二人を引き留める。

「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

 

海棠花101
 

(訳注) (改訂版)-6韋荘84《巻2-34 菩薩蠻五首之 一》

菩薩蛮五首 其一

(この夜が最後の夜で、別の妃嬪のもとに行くという、最後の夜と翌朝を詠う。)

一定の期間を過ぎれば、子供できない場合、別の妃嬪に寵愛は移る。妃嬪の資格として、音楽、舞踊は最低限の嗜みであった。この詩は、妓優が朝別れるというには、全体的に優雅な雰囲気を感じさせるので、妃嬪の事と考える。。

唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、溫庭筠の菩薩蠻は十四首、双調 四十四字。換韻。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。 

菩薩蛮五首 其一

紅樓別夜堪惆。 香燈半捲流蘇

殘月出門美人和涙

琵琶金翠絃上黄鶯

勸我早歸   綠窗人似

 
 
● 
 

 この詞は花間集 韋荘の菩薩蛮其一である。上片で恋人との切ない別れの情景が、下片では、女性を懐憶している。

・韋莊:韋荘。唐末、蜀の詞人。

溫庭筠 菩薩蠻十五首其一

小山重疊金明,鬢雲欲度香顋
懶起畫蛾
。弄妝梳洗
照花前後
。花面交相
新帖繡羅
。雙雙金鷓

●○△●○○●  ●○●●○○●

●●●△○  ●○○●○

●○○●●  ○●○△●

○●●○○  ○○○●○

 

紅樓別夜堪惆悵、香燈半捲流蘇帳。

赤く美しい御殿での明日の朝には別れなければいけない、その夜だけに、恨み嘆くことをこらえることができない。閨に香しい灯火のかげに五色の糸を混ぜた房に飾られたとばりを半ばかかげて、寝牀の中に入ってゆく。

・紅樓:赤く色を塗った、美しい高殿。南の正門に続く御殿を示し、お金持ちの家の愛妾の住む建物で寵愛を受けるところ(基本、男が女の所に通う、「通い婚」)。青楼であれば、品が落ちてくるが、いずれにしても、この男女が密会した場所をいう場合が多い。

・別夜:別れの夜。男と女が別れた、その夜。

・堪:(現代語)たえがたい。たえられようか。この中心の語義は、古語と同じ「たえる」だが、ここでは違う。「紅樓の別夜 惆悵に堪へたり」(別れの辛さを克服できた)というのではなくて、少し字が多くなるが、「紅樓の別夜 (なんぞ)惆悵に堪へたらんや」とでもして、別れの耐え難さを表しているところ。

・惆悵:恨み嘆く。

・香燈:香しい灯火。香は、女性の居場所を暗示させる語。

・半捲:半ば巻く。大きく巻き上げていないところに、女性の微妙な気持ちが現れている。

・流蘇:五色の糸を混ぜたふさで、幕や旗などの飾りに使う。流蘇帳は、ふさの飾りが付いた幕。華麗で艶めかしいベッド等の家具を連想させる働きがある。初唐・上官儀の『八詠應制二首』之一に「啓重帷,重帷照文杏。翡翠藻輕花,流蘇媚浮影。瑤笙燕始歸,金堂露初晞。風隨少女至,虹共美人歸。」とある。

・帳:とばり。たれぎぬ。カーテン。ここは床帳(ベッドカーテン)か。(中国では、ベッドをカーテンで囲む習慣がある。あてにはできないが、「大明宮詞」でも武則天はカーテン付きのベッドに寝ていたが…。いつ頃からか、また調べておきます。)

 

殘月出門時、美人和涙辭。

名残の月が残る夜が明けて、門を出る時が来ると、美しい妃嬪に涙ながらの別れを告げた。

・殘月:有明の月。夜が明けてもまだ空にある月。この頃は、夜が明けるまでに帰らないといけなかった。名残月は20日頃の月をいう。

・出門:その人の元を立ち去るとき。

・美人:詞では妓優、歌妓(歌姫)を指すこと多い。元来、妃嬪をいう、隋唐の「内官」制度、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。普通に、美人といえば、やはり美しい女性を指すが、男性をいう場合や、心が立派な君子や君主など、いろいろな場合がある。ここは、涙と共に別れの言葉を言った訳であるから、やはり女性のことか。

・和涙:涙とともに。涙を含んで。

・辭:別れの挨拶の辞を言う。もしも美人を作者の男性ととると、辞去する、になる。ここは前者が相応しい。

妓優 玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内延に入れると宣言したので(『旧唐書』李緯伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「霓裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

 

琵琶金翠羽絃上黄鶯語。

妃嬪は翡翠のかざりが付いた撥で琵琶を奏でてくれる。その絃の調べは響き渡って、鶯の春を告げる言葉のように二人を引き留める。

・琵琶:弦楽器の一。右端の女性が奏でているような楽器。

・金翠羽:金の翡翠(翠は雌のカワセミ)の羽の飾り模様。琵琶の表面か、ばちに画かれ・いる。羽がややこしいのは韻を踏むためでもあろう。

・絃上:絃を弦とする本も多い。弦で。演奏して。弦楽器を奏でることをいう。

・黄鶯:うぐいす。詞ではよく出てくる。ここでは、琵琶から流れ来る音楽の形容。

・語:言葉。黄鶯語の外にも解語花(女性のこと)等、という風に語を使う。琵琶から流れ来るメロディが、まるで弾く人の意を体して、語りかけてくるような感じを謂っている。

 

勸我早歸家、綠窗人似花。

「早くここにお帰ってきてください」と勧める歌と琵琶曲で、「東鄰の女」、美人で賢い女であるから、「花のようにきれいな女になっているから、待っている」と云っているのだろう。

・勸我:琵琶から流れ来るメロデイは、「はやくもどってきなさいね」と語りかけるようだ、ということ。

・早歸家:「早く戻れ。」「いってかえり」という出掛けのあいさつの様なもの。早の意味は、早期に。「近日中に帰ってこい」の意味であって、「もういい時間になったので、いそいで速く家に帰らないと」ではない。早、夙などと、速、快、疾などとでは、日本語では、どれも「はやい」と読むものの、意味が全く違う。

・綠窗:緑のうすぎぬのカーテンをした窓は東のまどで、「東鄰()の女」宋玉の賦の中に出てくる美人、美人で賢い女性をイメージさせる。

・似:…の ようである。ごとし。如・似ともに「ごとし」と読み、意味も近いが、似は●、如は○のところでと、使い分ける。

韋莊

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-〈83〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5617

(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五》秋冬と長い夜を独りで過ごしてきた、よごと眠れぬままに過ごしてきて今日もあとわずかになる。なにもすることはなく、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を欄干により添い眺めたりする。あのお方に、思いを馳せることしかなく、一人寝の錦の掛け布団は寒い。それでも、寵愛を受ける事だけ思い続けている。

 
 2015年2月27日の紀頌之5つのブログ 
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189 《巻24-34 寄遠,十一首之六》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <189> Ⅰ李白詩1413 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5613 
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 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-83〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5617

 

 

(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-83

 

(旧版)浣渓沙五首其五

夜夜相思更漏殘、傷心明月凭欄干。

想君思我錦衾寒。

咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。

幾時攜手入長安。

よごとあなたのことを思っていると夜も更けてきて今日もあとわずか、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を眺めたりしながら、物思いに耽るのです。

君に想いを馳せれば、わたしの錦の掛け布団が寒いけれども、きっと私のことを思っていることをおもえばあったかいでしょう。

画堂が小さく僅かの距離でいるもの、狭い画堂が海のように深く感じられる。おもいだすのはただひたすら以前もらった手紙を見ているのです。

いつになったら晋の謝安のように女を携えて長安の都に入れるようになるのだろう。

(浣溪沙)

夜夜相ひ思ひて 更漏殘れ。明月に傷心して欄干に凭る。

君を想ふに我を思ひて 錦の衾 寒からん。

咫尺の畫堂 深きこと海に似,憶ひ來って唯だ舊き書を把りて看る。

幾れの時か手を攜へて長安に入らん。

 

(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-83

 

浣渓沙五首 其五

夜夜相思更漏殘、傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。

咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。

 

(きれいな谷間が砂でいっぱいになる早春になったのに、天子の御殿がすぐ近くにあっても、その間には深い海が横たわっている、でもいつの日か手を携えて長安の街を通り抜け、春の行楽に往けることだろうと詠う。)

秋冬と長い夜を独りで過ごしてきた、よごと眠れぬままに過ごしてきて今日もあとわずかになる。なにもすることはなく、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を欄干により添い眺めたりする。あのお方に、思いを馳せることしかなく、一人寝の錦の掛け布団は寒い。それでも、寵愛を受ける事だけ思い続けている。

間直にある画堂の御殿との間、、あのお方の御殿とは僅かの距離でしかないのに、まるでそこには渡たることのできない深い海のようなものがある。だけど、ただひたすら以前もらった手紙を手に取って見て寵愛を受けていたころをおもいだすことしかない。いつになったら晋の謝安のように春の日に手を携えてもらって長安の大明宮の御殿に入れるのだろう。そう思って生きていくしかないのだ。

唐 長安図 基本図00
 

 

(改訂版)-5韋荘83《巻2-33 浣渓沙五首 其五 (夜夜相思更漏殘)》二巻33-83

『浣溪沙』 現代語訳と訳註

(本文) 浣渓沙五首 其五

夜夜相思更漏殘、傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。

咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。

 

 

(下し文)

(浣渓沙五首 其五)

夜夜の相思 更漏殘れ。明月に傷心して欄干に凭る。

君を想ふに我を思ひて 錦の衾 寒からん。

 

咫尺の畫堂 深きこと海に似,憶ひ來って唯だ舊き書を把りて看る。

幾れの時か手を攜へて長安に入らん。

 

 

(現代語訳)

(きれいな谷間が砂でいっぱいになる早春になったのに、天子の御殿がすぐ近くにあっても、その間には深い海が横たわっている、でもいつの日か手を携えて長安の街を通り抜け、春の行楽に往けることだろうと詠う。)

秋冬と長い夜を独りで過ごしてきた、よごと眠れぬままに過ごしてきて今日もあとわずかになる。なにもすることはなく、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を欄干により添い眺めたりする。あのお方に、思いを馳せることしかなく、一人寝の錦の掛け布団は寒い。それでも、寵愛を受ける事だけ思い続けている。

間直にある画堂の御殿との間、、あのお方の御殿とは僅かの距離でしかないのに、まるでそこには渡たることのできない深い海のようなものがある。だけど、ただひたすら以前もらった手紙を手に取って見て寵愛を受けていたころをおもいだすことしかない。いつになったら晋の謝安のように春の日に手を携えてもらって長安の大明宮の御殿に入れるのだろう。そう思って生きていくしかないのだ。

楊貴妃清華池002
 
韋莊

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-〈82〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5612

 

(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四》渓谷の砂浜に布地を干す季節が来て、柳のみどりは色よくしてきた、鶯の姿は見えないけれどまさしく鶯が鳴いているのがきこえてくる。柳の枝は琴絃のように垂れて、清明節にブランコに乗って歌われるわらべ歌の「白銅堤」に合わせて柳の絃を拂っているし、草の絨毯がが生い茂る江畔では筝曲「弄珠」を奏でている。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-82〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5612

 

 

(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-82

 

(旧版)

浣渓沙 其四----082

緑樹藏鶯鴬正啼、柳絲斜拂白銅堤、

弄珠江上草萋萋。

日暮飲、綉驄馬一聲

満身蘭麝醉如泥。

みどりの葉が繁ってき、鶯の姿は見合ないけれど間違いなく鶯が鳴いている。柳の枝はその枝を垂れている昔から歌に唄われた「白銅堤」を柳の枝が箒のように拂っている。

ここにある歓楽街で美人と遊び大江のうえに遊ぶ、そして行楽は郊外の草が茂っている中で遊ぶ。

日暮れになって飲んで帰るのはどこの旅人だろうか。

刺繍に飾られた鞍の駿馬が一声いなないた、

その時は全身に最高のお香「蘭麝」にひたっていて酒も酔いどれてもう泥のようになっている。

 

緑樹は鶯を藏すも鶯は正に啼く、柳絲は斜に拂う白銅堤、珠を弄ぶも江上は草萋萋【しげり】たり。

日暮れ飲み歸るは何處の客ぞ、綉鞍の驄馬【あしげ】一聲嘶く、満身の蘭麝醉うこと泥の如し。

 

 

『浣渓沙五首』 其一 ---079

浣溪沙五首 其一

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

(浣溪沙五首 其の一)

淸曉に妝成す 寒食の天,柳球 斜嫋【しゃじょう】して 花鈿を 間【へだ】つ,簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

指 點【さ】す 牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】,日高きも 猶自【な】おも 朱欄に 凭【よ】り,顰【ひん】を含み 語らず 春殘を恨むを。

 

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80

浣渓沙五首 其二

(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

春の到来を祝う寒食と清明節にはブランコに乗ろうと思ったのに四肢・五体がだるくてしかたがない。あのお方からの連絡もないので心が不安だらけになっていて、こちらからの使いの者を遣わしたいと思っているけれどできないでいる。美しく彩色に描かれた高堂にかかっている簾や帷幕に月影を映し、そこに風が抜けて時は過ぎてゆく。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

此の夜こそ、情けを受けたいとしても誰もいないのも極まりがない程であり、中庭を隔てて垣根沿いに春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、妃嬪は宝玉が透き通るように美しいだけで、心を痛めていて、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れている。

(浣渓沙五首 其の二)

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心 忪【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

 

(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三 (惆悵夢餘山月斜)》二巻31-81

 

浣渓沙五首 其三 ----081

(選ばれて後宮に入ってきたが、毎夜、寵愛を受けるため、お香を朝霧がただよったかのように焚いているが、全く寵愛を受ける事は無い、妃嬪は、家柄もいいとされた美人であってもそのまま年老いていくとある日の早春の妃嬪を詠う。)

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

恨めしくて毎夜夢を見てしまう、うとうととして外を見ると名残の下弦の月が山に傾いている。一つだけ燈火が部屋の壁に影がゆらめき、その向こうの絹布窓にも影を映す。後宮に小殿の離れがあり、その高樓のある部屋に選ばれて此処に来た、貴族の娘の生娘がいる。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

ここに来てから、あのお方のことをひそかに思うだけ、これほどの美しい顔と姿はどこを探してもいないほどで、春未だ来のあの枝に咲いた一輪の花のようであり、春先の雪のようであり、早梅の花は凍りつくほど寒い朝、雪のように咲き誇るようである。ここでは、寵愛だけを考え、寵愛を受けるため全身に香を浴び、その部屋にはお香を一杯にして、朝霧のようにお香を焚いていて、それでも、寵愛を受けることもなく、時は過ぎ去ってゆく。

(浣溪沙五首 其の三)

惆悵す 夢の餘【あと】 山月斜なり、孤燈は壁背の窗紗を照らす、小樓 高閣 謝娘の家。

暗かに想ふ 玉容 何所に似たるや、一枝 春雪 梅花を凍らし、満身 香霧 朝霞簇【むら】がる。

 

(改訂版)-4韋荘82《巻2-32 浣渓沙五首 其四 (緑樹藏鶯鴬正啼)》二巻32-82

浣渓沙五首 其四

(きれいな谷間が砂でいっぱいになる早春の出来事、春の行楽の事を詠う。)

緑樹藏鶯鴬正啼、柳絲斜拂白銅堤、弄珠江上草萋萋。

渓谷の砂浜に布地を干す季節が来て、柳のみどりは色よくしてきた、鶯の姿は見えないけれどまさしく鶯が鳴いているのがきこえてくる。柳の枝は琴絃のように垂れて、清明節にブランコに乗って歌われるわらべ歌の「白銅堤」に合わせて柳の絃を拂っているし、草の絨毯がが生い茂る江畔では筝曲「弄珠」を奏でている。

日暮飲、綉驄馬一聲満身蘭麝醉如泥

日暮れになって飲んで帰るのはどこのおかたであろうか。美しく刺繍に飾られた鞍の駿馬にのられて、講談の一下りを話されているのだろう、その時は全身に最高のお香「蘭麝」にひたっていて酒も酔いどれてもう泥のようになっている。

(浣渓沙五首 其の四)

緑樹は鶯を藏すも鶯は正に啼く、柳絲は斜に拂う「白銅」堤、「珠を弄ぶ」も江上は草萋萋【しげり】たり。

日暮れ 飲み歸るは 何處の客ぞ、綉鞍の驄馬【あしげ】一聲嘶く、満身の蘭麝醉うこと泥の如し。

 

楊貴妃清華池002

韋莊

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三 (惆悵夢餘山月斜)》二巻31-〈81〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5607

(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三》 ここに来てから、あのお方のことをひそかに思うだけ、これほどの美しい顔と姿はどこを探してもいないほどで、春未だ来のあの枝に咲いた一輪の花のようであり、春先の雪のようであり、早梅の花は凍りつくほど寒い朝、雪のように咲き誇るようである。ここでは、寵愛だけを考え、寵愛を受けるため全身に香を浴び、その部屋にはお香を一杯にして、朝霧のようにお香を焚いていて、それでも、寵愛を受けることもなく、時は過ぎ去ってゆく。

 

 
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-40-#7奉節-31-#7 《巻16-03 八哀詩八首〔一〕贈司空王公思禮 -7》 杜甫index-15 杜甫<903-08> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5605 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三 (惆悵夢餘山月斜)》二巻31-〈81〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5607 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三 (惆悵夢餘山月斜)》二巻31-81〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5607

 

 

(改訂版)-3韋荘81《巻2-31 浣渓沙五首 其三 (惆悵夢餘山月斜)》二巻31-81

 

『浣渓沙五首』 其一 ---079

浣溪沙五首 其一

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

(浣溪沙五首 其の一)

淸曉に妝成す 寒食の天,柳球 斜嫋【しゃじょう】して 花鈿を 間【へだ】つ,簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

指 點【さ】す 牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】,日高きも 猶自【な】おも 朱欄に 凭【よ】り,顰【ひん】を含み 語らず 春殘を恨むを。

 

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80

浣渓沙五首 其二

(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

春の到来を祝う寒食と清明節にはブランコに乗ろうと思ったのに四肢・五体がだるくてしかたがない。あのお方からの連絡もないので心が不安だらけになっていて、こちらからの使いの者を遣わしたいと思っているけれどできないでいる。美しく彩色に描かれた高堂にかかっている簾や帷幕に月影を映し、そこに風が抜けて時は過ぎてゆく。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

此の夜こそ、情けを受けたいとしても誰もいないのも極まりがない程であり、中庭を隔てて垣根沿いに春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、妃嬪は宝玉が透き通るように美しいだけで、心を痛めていて、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れている。

(浣渓沙五首 其の二)

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心 忪【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-〈80〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5602

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二》(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

 
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 孟郊張籍     
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-〈80〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5602 
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 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5602

 

花間集

(改訂版)-1韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一(淸曉妝成寒食天)》

 

『浣渓沙五首』 其一 ---079

浣溪沙五首 其一

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

(浣溪沙五首 其の一)

淸曉に妝成す 寒食の天,柳球 斜嫋【しゃじょう】して 花鈿を 間【へだ】つ,簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

指 點【さ】す 牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】,日高きも 猶自【な】おも 朱欄に 凭【よ】り,顰【ひん】を含み 語らず 春殘を恨むを。

 

(旧版)

『浣渓沙五首』 其二 ---080

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

ぶらんこにのろうとおもったのに四肢・五体がだるくてしかたがないのです。あの人の連絡もないので使いの者を遣わしたいと思うけれどやっぱり心が不安だらけになってできないのです。

美しく彩色に描かれた高楼にかかっている簾や帷幕に月影を映して、それが風に揺れています。

此の夜は誰の情けを受けたいとしても誰もいないのです。垣根を隔てて春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、そしてそれが玉などが透き通るようにただ美しいだけなのです。

美しい容貌の女は心痛のために、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れているのです。

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

 

(旧版)

『浣渓沙五首』 其三 ----081

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

 

惆悵たり夢の餘り山月斜なり、孤燈は壁背の窗紗を照らす、小樓高閣は謝娘の家。

暗かに想ふ玉容何の似たる所ぞ、一枝の春雪梅花を凍らし、満身の香霧に朝霞簇【むら】がると。

 

(旧版)

『浣渓沙五首』 其四----082

緑樹藏鶯鴬正啼、柳絲斜拂白銅堤、弄珠江上草萋萋。

日暮飲、綉驄馬一聲満身蘭麝醉如泥

 

緑樹は鶯を藏すも鶯は正に啼く、柳絲は斜に拂う白銅堤、珠を弄ぶも江上は草萋萋【しげり】たり。

日暮れ飲み歸るは何處の客ぞ、綉鞍の驄馬【あしげ】一聲嘶く、満身の蘭麝醉うこと泥の如し。

 

(旧版)

『浣渓沙五首』 其五一一一083

浣渓沙

夜夜相思更漏殘、傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。

咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。

よごとあなたのことを思っていると夜も更けてきて今日もあとわずか、傷ついた気持のまま、傾いた明月にうつる景色を眺めたりしながら、物思いに耽るのです。

君に想いを馳せれば、わたしの錦の掛け布団が寒いけれども、きっと私のことを思っていることをおもえばあったかいでしょう。

画堂が小さく僅かの距離でいるもの、狭い画堂が海のように深く感じられる。おもいだすのはただひたすら以前もらった手紙を見ているのです。

いつになったら晋の謝安のように女を携えて長安の都に入れるようになるのだろう。

(浣溪沙)

夜夜相ひ思ひて 更漏殘れ。明月に傷心して欄干に凭る。君を想ふに我を思ひて 錦の衾 寒からん。

咫尺の畫堂 深きこと海に似,憶ひ來って唯だ舊き書を把りて看る。幾れの時か手を攜へて長安に入らん。

 

 

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80

浣渓沙五首 其二

(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

春の到来を祝う寒食と清明節にはブランコに乗ろうと思ったのに四肢・五体がだるくてしかたがない。あのお方からの連絡もないので心が不安だらけになっていて、こちらからの使いの者を遣わしたいと思っているけれどできないでいる。美しく彩色に描かれた高堂にかかっている簾や帷幕に月影を映し、そこに風が抜けて時は過ぎてゆく。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

此の夜こそ、情けを受けたいとしても誰もいないのも極まりがない程であり、中庭を隔てて垣根沿いに春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、妃嬪は宝玉が透き通るように美しいだけで、心を痛めていて、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れている。

(浣渓沙五首 其の二)

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心 忪【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

 

 

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80

浣渓沙五首 其二 現代語訳と訳註

(本文) ---080

浣渓沙五首 其二

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

 

(下し文)

(浣渓沙五首 其の二)

鞦韆【しゅうせん】に上らんとして四体慵【ものう】し 人をして送らしめんと擬【ほっ】するも又心 忪【おどろ】く、畫堂の簾幕に月明らかに風ふく。

此の夜情有るを誰か極めざらん、墻【かき】を隔てて梨雪又玲瓏【れいろう】たり、玉容憔悴して微紅惹【みだ】る。

 

(現代語訳)

(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

春の到来を祝う寒食と清明節にはブランコに乗ろうと思ったのに四肢・五体がだるくてしかたがない。あのお方からの連絡もないので心が不安だらけになっていて、こちらからの使いの者を遣わしたいと思っているけれどできないでいる。美しく彩色に描かれた高堂にかかっている簾や帷幕に月影を映し、そこに風が抜けて時は過ぎてゆく。

此の夜こそ、情けを受けたいとしても誰もいないのも極まりがない程であり、中庭を隔てて垣根沿いに春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、妃嬪は宝玉が透き通るように美しいだけで、心を痛めていて、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れている。

 

(訳注)

(改訂版)-2韋荘80《巻2-30 浣渓沙五首 其二 (欲上鞦韆四體傭)》二巻30-80

浣渓沙五首 其二

(また、春が訪れ、寒食、清明の行事でブランコを用意してもらったものの、乗る気にならない。ただ漠然と時は過ぎてゆく。科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

其一の続版で、寒食、清明節の行事として鞦韆に乗ったとしても、誰に見てもらうわけでもなく、高さを競って遊んだものだが今は、その気にならない。近くにいても連絡さえ取れず、鼻と風だけが通い合っていると思うと焦燥にかられる。それでも、寵愛を受けることで毎夜待っていることだけで生きている。

唐の教坊の曲名。『花間集』 には五十七首所収。韋莊の作は五首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で⑦⑦⑦/7⑦⑦の「AAA/AA」詞形をとる。の詞は花間集巻二所収の浣溪沙其一である。

浣渓沙五首 其一

淸曉妝成寒食天 柳球斜嫋間花鈿 捲簾直出畫堂

指點牡丹初綻朶 日高猶自凭朱 含顰不語恨春

  

  

浣渓沙五首 其二

欲上鞦韆四體  擬教人送又心 畫堂簾幕月明

此夜有情誰不極 隔墻梨雪又玲  玉容憔悴惹微

●●○○●●○  ●△○●●○○ ●○○●●○△

●●●○○△● ●○○●●○○  ●○○●●○○

 

欲上鞦韆四體傭、擬教人送又心忪、畫堂簾幕月明風。

春の到来を祝う寒食と清明節にはブランコに乗ろうと思ったのに四肢・五体がだるくてしかたがない。あのお方からの連絡もないので心が不安だらけになっていて、こちらからの使いの者を遣わしたいと思っているけれどできないでいる。美しく彩色に描かれた高堂にかかっている簾や帷幕に月影を映し、そこに風が抜けて時は過ぎてゆく。

鞦韆 ぶらんこ蕩ぎのこと、2本の綱や鎖で横木をつり下げ、それに乗って前後に揺り動かして遊ぶもの。ぶらんこ。しゅうせん。《季 春》

蕩鞦韆 この女性の遊びは、毎年、寒食(清明節の前二日の節句)と清明節(冬至から一〇六日目、春の到来を祝う)前後に行われた。「天宝年間、宮中では寒食節に至ると、鞦韆を作って宮婦たちを乗せて宴楽とした。これを〝半仙の戯〞(半分仙人気分となる遊び)とよんだ」(『開元天宝遺事』巻下)。民間の女性もぶらんこをして遊んだ。唐詩王建《鞦韆詞》に、「少年き児女は鞦韆を重んじ、巾を盤け帯を結んで両辺に分かつ。身は軽く裙薄く 力を生じ易し、双手は空に向き 鳥の翼の如し。下り来り立ち定まりて 重ねて衣を繋ぎ、復た斜めの風の 高きを得ざらしむるを畏る。傍人 上に送る 那ぞ貴ぶに足らん、終に鳴璫を賭け 聞いて自ら起つ。回り回って高樹と斉しかるが若く、頭上の宝釵 従って地に堕つ」

王建《鞦韆詞》

長長絲繩紫復碧,裊裊橫枝高百尺。

少年兒女重秋千,盤巾結帶分兩邊。

身輕裙薄易生力,雙手向空如鳥翼。

下來立定重系衣,復畏斜風高不得。

傍人送上那足貴,終賭鳴鬥自起。

回回若與高樹齊,頭上寶釵從墮地。

眼前爭勝難為休,足踏平地看始愁。

また別の詩、韓偓《鞦韆》に、

「五糸もて縄を繋ぎ 墻を出ること遅く、力尽き纔かに瞵りと隣の圃を見る。下り来って矯く喘ぎ末だ調うる能わず、斜めに朱闌に借りて久しく語無し」(韓偓「鞦韆」)とある。

韓偓《鞦韆》

池塘夜歇清明雨,繞院無塵近花塢。

五絲繩繫出牆遲,力盡才瞵見鄰圃。

下來嬌喘未能調,斜倚朱欄久無語。

無語兼動所思愁,轉眼看天一長吐。

これらの詩からみると、少女たちはぶらんこが大好きで大いに勝負を争い、時にアクセサリーまで賭けて、誰が最も高く揚がるか競った。

 

 

四体 頭・胴・手・足。全身。五体。

・慵 物憂い,けだるい.

・忪 ドキドキする、動悸が不安定、驚く、恐れおののく。

・畫堂:美しく彩色してある建物。立派な建物。

 

此夜有情誰不極、隔墻梨雪又玲瓏、玉容憔悴惹微紅。

此の夜こそ、情けを受けたいとしても誰もいないのも極まりがない程であり、中庭を隔てて垣根沿いに春の盛りに梨の花がゆきのようにさいている、妃嬪は宝玉が透き通るように美しいだけで、心を痛めていて、やせおとろえ薄紅を付けたその顔も涙で崩れている。

・玲瓏 1 玉などが透き通るように美しいさま。また、玉のように輝くさま。 2 玉などの触れ合って美しく鳴るさま。また、音声の澄んで響くさま。

玉容 美しい容貌(ようぼう)。玉貌。

憔悴 病気や心痛のために、やせおとろえること。やつれること。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-3韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一(淸曉妝成寒食天)》二巻29-〈79〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5597

(改訂版)-3韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一》(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-3韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一(淸曉妝成寒食天)》二巻29-79〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5597

花間集 浣溪沙 

 

韋莊

 

836910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭第と並んで温蒙と併称され、晩唐期を代表する詞人である。喜涯の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

 

唐宋の時代の女性は、それぞれ異なった階層に属していた。彼女たちはおよそ次の十種に分けることができる。

 ①   妃嬪、

 ②   宮人、

 ③   公主(附郡主・県主)、

 ④  貴族・宦門婦人、

 ⑤   平民労働婦人、

 ⑥  商家の婦人、

 ⑦  妓優、

 ⑧  姫妾・家妓、

 ⑨  奴碑、

 ⑩  女尼・女冠(女道士)・女巫

以上である。

 

 

唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

宮官は宮人の最上層にある人々であり、後宮のさまざまな部局に属する職員であった。唐朝の後宮には六局(尚宮局、尚儀局、尚服局、尚食局、尚寝局、尚功局)があり、宮中のすべての事務を管理していた。六局の各首席女官の尚宮、尚儀、尚服、尚食、尚寝、尚功が六部の尚書(長官)になった。六局の下に二十四司を統括し、各司の女官はそれぞれ別に司記、司言、司簿、司闈、司籍、司楽、司賓、司賛、司宝、司衣、司飾、司使、司膳、司醞、司薬、司饎、司設、司輿、司苑、司灯、司制、司珍、司森、司計に分けられていた。またその他に二十四典、二十四掌、及び宮正、阿監、形史、女史など各級の女官もあった。これらの女官には品級・給与が与えられており、彼女たちは礼儀、人事、法規、財務、衣食住行(行は旅行、出張等の手配)などの宮廷事務を担当した(『旧唐書』職官志三)。

 

 

 

(旧版)浣溪沙

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿、捲簾直出畫堂前。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

早朝に起きだし化粧をやり直す、今日は清明節の一日なのです。柳絮が柳球になってが花鈿のところを左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いている。すだれを巻き上げると直ちに美しく彩色してある建物の前に出てみたのです。

ボタン花がほころんだばかりの枝を指で摘して数える。日が高くなってくると、なおかつ、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめて物思うのです。寂しくて眉をひそめて、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないのです。

(浣溪沙)

淸曉 妝成す 寒食の天に,柳球斜めに 嫋【じょう】として  花鈿を間す,

簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

 

指 點【さ】す牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】を,

日 高くして 猶ほも自ら  朱欄に 凭【よ】り,

顰【ひん】を含むも 語らず  春殘を恨むを。

 

 

(改訂版)-1韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一》

浣溪沙五首 其一

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

 

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

 

(浣溪沙五首 其の一)

淸曉に妝成す 寒食の天,柳球 斜 嫋【しゃじょう】して 花鈿を間【へだ】つ,簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

指 點【さ】す 牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】,日高きも 猶自【な】おも 朱欄に 凭【よ】り,顰【ひん】を含み 語らず 春殘を恨むを。

 

唐朝 大明宮2000

(改訂版)-1韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一(淸曉妝成寒食天)》

『浣溪沙』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙五首 其一

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

 

(下し文)

(浣溪沙五首 其の一)

淸曉に妝成す 寒食の天,柳球 斜 嫋【しゃじょう】して 花鈿を 間【へだ】つ,簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

指 點【さ】す 牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】,日 高きも 猶自【な】おも 朱欄に 凭【よ】り,顰【ひん】を含み 語らず 春殘を恨むを。

 

(現代語訳)

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

 

(訳注) (改訂版)-1韋荘79《巻2-29 浣溪沙五首 其一(淸曉妝成寒食天)》

浣溪沙五首 其一

(また、春が訪れ、寒食、清明、科挙の合格発表、春の行楽を待ち望んでいるが、やはりお声はかからなかったそれでも寵愛を受けられるように準備をして待つ毎日だと詠う。)

日がな一日、何にもしないで、奇麗な部屋、奇麗な庭、奇麗な建物、牡丹の花が咲き誇る…これだけの条件の中にいることができる女性は、妃嬪だけである。貴族の愛妾ということもなくはないが、寵愛を失った妃嬪というのが適切であろう。寒食の日には、お墓参りのお供を夢見、春の行楽を待ち侘び、、二羽の牡丹の花を一緒に見たいと夢見ている、どんなことがあっても、寵愛を受ける準備をしておかないといけないのが妃嬪なのだ。

春まだ寒い時期、染め付けた布地を水にさらした後、河原に干す。春になると谷間の美しい光景となる。「浣溪沙」は、春の河原に、色とりどりの万幕を張って行楽を楽しむ様子が布地を晒し、乾かす光景と似ているために、春の行楽の恋模様を詠うものである。多くの階層の歌があるが、妃嬪・宮人・妓優のものがほとんどである。

 

唐の教坊の曲名。『花間集』 には五十七首所収。韋莊の作は五首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で⑦⑦⑦/7⑦⑦の「AAA/AA」詞形をとる。の詞は花間集巻二所収の浣溪沙其一である。

其一

淸曉妝成寒食天 柳球斜嫋間花鈿 捲簾直出畫堂

指點牡丹初綻朶 日高猶自凭朱 含顰不語恨春

  

  

 

 

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。

寵愛を失ったとはいえ、清明節が近くなり、行楽にお声をかけてもらって出掛けたいと心躍らせて朝早くから起きだして、化粧をととのえ、寒食の日を迎える。柳花球が左右になまめかしくゆらゆらと揺れ動いていて、額の花鈿も艶めかしい。そして、すだれを巻き上げて、庭に直接出て、少し歩くと美しく彩色してある雅堂の前にくる。

・淸曉:あかつきの最初。の夜が明けたばかり。

・妝成:清明の日の朝の身繕いもできあがり。

・寒食:清明節の3日前夜。現在の暦で言うと、四月四日前後か。“掃墓”(先祖のお墓参りをして、お墓の掃除をする日)の日でもある。寒食は冬至から数えて百五日目。この日は火を燃やすことを禁じ、あらかじめ調理しておいた冷えた料理を食べたので寒食と言った。その起源は、春秋時代、晋の介子椎の故事に基づくと言われている。彼は、又公の亡命の供をした。そして、文公が復権し帰国すると、故郷の山に隠れ文公の呼び出しに応じなかった。文公は山に火を放ては介子推が山から出て来るものと思い、火を放ったところ、介子椎は樹を抱いて焼死した。文公はその死を悼んで、介千推の命日には国民に火を焚くことを禁じたと言う。二十四節気の清明の前日に当たる。

・天:日。一日(いちにち)。

・柳球:“柳花球”のこと。風に方々飛ばされた柳絮が団子状に固まったものを頭に飾ったことから白い球状の物を頭に着けた。介千推の命日ということで、喪章の意味もあったのである。

・斜:ななめに。きっちりとなっていないさまをいう。

・嫋:かぼそく弱々しいさま。風がそよそよと吹くさま。煙などがゆらゆらと立ち上るさま。ここでは、ゆらゆらと揺れ動くさまをいう。

・間:間する。隔てる。間(ま)をおく。ここは動詞の意。名詞とは声調が違う。

・花鈿:婦人の頭の装飾品で、前額にはりつけるもの。或いは、花かんざし。ここは花かんざしを挿した女をいう。

魚玄機『折楊柳』

朝朝送別泣花鈿,折盡春風楊柳煙。

願得西山無樹木,免教人作淚懸懸。

朝朝 送別 花鈿に泣き、春風に折り尽くすは楊柳 煙る。

願はくは 西山 樹木なしとし、人をして 涙の懸懸を作さしむるを免るるを得んことを。

・捲簾:スダレを巻き上げる。

・直出:直ちに…に出て。

・畫堂:美しく彩色してある建物。立派な建物。

 

 

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

ボタン花がはじめてほころんだばかりの枝を指で差して数えて歩く。やがて、日が高くなってくると、もうお声はかからないと思うものの、なお、朱色の欄干に寄り添って遠くを見つめ、昔を思い出す。寂しくて眉をひそめることが癖になってしまい、移ろいゆく春の名残を惜しんで臨み、だけど、恨み言を口にすることができないし、どんな時でも寵愛を受ける事だけ思って生きていく人生なのだ。

・指點:指摘する。一つ一つ指差して数える。

・牡丹:ボタンの花。

・初:咲いたばかりの。いましがた咲いたばかりの。

・綻朶:花がほころんだばかりの枝。

・日高:日が高くなる。お昼近くなる。

・猶自:…でさえ、なおかつ。

・凭:よりかかる。もたれる。

・朱欄:あかい欄干。

・含顰:眉をひそめる。しかめる。 

・顰 顔をしかめる。眉を寄せる。

・不語:…を口にしない。言わない。

・恨:恨み言。

・春殘:移ろいゆく春。去りゆく春。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-78-2皇甫松12《巻2-28 採蓮子二首其二》皇甫松12首巻二28-〈78〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5592

(改訂版)-78-2皇甫松12《巻2-28 採蓮子二首其二》 ただわけもなく船に乗って離れてしまった、採蓮子は、貴公子と舟で一夜を過ごした後は蓮の実を売るかのように棄てられてしまう。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、それをはるか離れている人に見られたけれど、半日、恥ずかしい思いをすればいいだけだ。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

 

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-78-2皇甫松12《巻2-28 採蓮子二首其二》皇甫松12首巻二28-78〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5592

 

 

(改訂版)-77-2皇甫松11《巻2-27 採蓮子二首其一》

採蓮子二首 其一

(酒宴で、秋の風物詩の採蓮に出た娘を想定して女たちと男との楽しいやり取りを詠う)

菡萏香蓮十頃陂(舉棹),小姑貪戲採蓮遲(年少)。

未だ蕾の蓮の花、開いてもいないのに香はただよう十頃もある広い池陂の葉影には(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、娘たちはじゃれ合って採蓮の作業が進まない。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

晚來弄水船頭濕(舉棹),更紅裙裹鴨兒(年少)。

日が落ちてきたけど水は揺れて波だって、舟の舳先まで水浸し。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、そのうえ、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、若いもの今を楽しめ。)

(採蓮子二首  其の一)

菡萏の蓮は香る 十頃の陂【つつみ】(棹を舉げよ)、小姑 戲れるを貪【むさぼ】り 蓮を採ること遲し (年少なり)

晩來れども 水に弄じて 船頭 濕れる (棹を舉げよ),更に 紅裙を脱ぎ 鴨兒【おうじ】を裹【つつ】む (年少なり)

(旧版)

採蓮子二首 其二

舡動湖光灔灔秋(舉棹),貪看年少信舡流(年少)。

無端隔水蓮子(舉棹),遙被人知半日羞(年少)。

(秋になって夜の採蓮に出た乙女たちの恋しい男を思いやることを詠う)その二

舟が動いて月の光がきらきらと影を落とす秋の夜(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。乙女らは丘の上で見ている青年をじっと見つめるものだから船が流されるがままになっているのです。(ああ、そうだよ若いもの。)

ただわけもなく船を岸に向けると、乙女は蓮の実を好きな青年に向けて投げるのです。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。それをはるか離れている人に見られたので、半日も恥ずかしい思いをした。(ああ、そうだよ若いもの。)

 

採蓮子二首  其の二

船は 湖光を動かし 灔灔たる 秋 (棹を舉げよ)

年少を貪り看て 船の流るるに 信【まか】す (年少なり)

端 無くも水を隔てて 蓮子を抛【なげう】てば (棹を舉げよ),遙か人に知られて 半日羞づ (年少なり)。

 

(改訂版)-78-2皇甫松12《巻2-28 採蓮子二首其二》

採蓮子二首 其二

(酒宴で、秋の風物詩の採蓮に出た娘を想定して女たちと男との楽しいやり取りを詠う)その二

舡動湖光灔灔秋(舉棹),貪看年少信舡流(年少)。

舟が動けば湖面の波に月の光がきらきらとゆれ、艶やかな波が続いて、艶やかな秋の夜が更ける(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、貴公子がみるのもまた増えて舟は合流し、時に流され、船も流されるがままになっている。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

無端隔水蓮子(舉棹),遙被人知半日羞(年少)。

ただわけもなく船に乗って離れてしまった、採蓮子は、貴公子と舟で一夜を過ごした後は蓮の実を売るかのように棄てられてしまう。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、それをはるか離れている人に見られたけれど、半日、恥ずかしい思いをすればいいだけだ。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

(採蓮子二首 其二)

舡動すれば湖光して 灔灔の秋なり棹を舉げよ)貪看すれば年少くして 舡 流るるに信【まか】す。 (年少なり)

端 無くも水を隔てれば 蓮子を抛【なげう】つ、棹を舉げよ)遙か人に知られども 半日 羞ずだけ。(年少なり)

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(改訂版)-77-2皇甫松11《巻2-27 採蓮子二首其一》未だ蕾の蓮の花、開いてもいないのに香はただよう十頃もある広い池陂の葉影には(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、娘たちはじゃれ合って採蓮の作業が進まない。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-77-2皇甫松11《巻2-27 採蓮子二首其一》皇甫松12首巻二27-77〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5587

 

 

(旧版)

採蓮子二首 其一

菡萏香蓮十頃陂(舉棹),小姑貪戲採蓮遲(年少)。

晚來弄水船頭濕(舉棹),更紅裙裹鴨兒(年少)。

(秋になって夜の採蓮に出た乙女たちの恋しい男を思いやることを詠う)

ハスの花、蓮の実、薫り高いハス、この十頃もあるこの池に、(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。乙女らは遊びに夢中になって蓮とり作業がはかどらないのです。(ああ、そうだよ若いもの。)

そんなことして薄暗くなってきたのにまだ水遊びをしている、舟の舳先までびしょぬれだ。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。それにくわえて、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、そうだよ若いもの。)

 

採蓮子二首  其の一

蓮は香る 十頃の陂【つつみ】(棹を舉げよ)。

小姑 戲れて 貪【むさぼ】り 蓮を採ること遲し (年少なり)。

晩來 水を 弄びて 船頭 濕れる (棹を舉げよ),更に 紅裙を脱ぎ 鴨兒【おうじ】を裹【つつ】む (年少なり)。

 

(旧版)

採蓮子二首 其二

舡動湖光灔灔秋(舉棹),貪看年少信舡流(年少)。

無端隔水蓮子(舉棹),遙被人知半日羞(年少)。

 

採蓮子二首  其の二

船は 湖光を動かし 灔灔たる 秋 (棹を舉げよ)。

年少を貪り看て 船の流るるに 信【まか】す (年少なり)。

端 無くも水を隔てて 蓮子を抛【なげう】てば (棹を舉げよ),遙か人に知られて 半日羞づ (年少なり)。

 

(改訂版)-77-2皇甫松11《巻2-27 採蓮子二首其一》

採蓮子二首 其一

(酒宴で、秋の風物詩の採蓮に出た娘を想定して女たちと男との楽しいやり取りを詠う)

菡萏香蓮十頃陂(舉棹),小姑貪戲採蓮遲(年少)。

未だ蕾の蓮の花、開いてもいないのに香はただよう十頃もある広い池陂の葉影には(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、娘たちはじゃれ合って採蓮の作業が進まない。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

晚來弄水船頭濕(舉棹),更紅裙裹鴨兒(年少)。

日が落ちてきたけど水は揺れて波だって、舟の舳先まで水浸し。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、そのうえ、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、若いもの今を楽しめ。)

(採蓮子二首  其の一)

菡萏の蓮は香る 十頃の陂【つつみ】(棹を舉げよ)、小姑 戲れるを貪【むさぼ】り 蓮を採ること遲し (年少なり)

晩來れども 水に弄じて 船頭 濕れる (棹を舉げよ),更に 紅裙を脱ぎ 鴨兒【おうじ】を裹【つつ】む (年少なり)

 

『採蓮子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

採蓮子二首

其一

菡萏香蓮十頃陂(舉棹),小姑貪戲採蓮遲(年少)。

晚來弄水船頭濕(舉棹),更紅裙裹鴨兒(年少)。

 

(下し文)

採蓮子二首  其の一

菡萏の蓮は香る 十頃の陂【つつみ】(棹を舉げよ)。

小姑 戲れるを貪【むさぼ】り 蓮を採ること遲し (年少なり)。

晩來れども 水に弄じて 船頭 濕れる (棹を舉げよ),更に 紅裙を脱ぎ 鴨兒【おうじ】を裹【つつ】む (年少なり)。

 

(現代語訳)

(酒宴で、秋の風物詩の採蓮に出た娘を想定して女たちと男との楽しいやり取りを詠う)

未だ蕾の蓮の花、開いてもいないのに香はただよう十頃もある広い池陂の葉影には(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、娘たちはじゃれ合って採蓮の作業が進まない。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

日が落ちてきたけど水は揺れて波だって、舟の舳先まで水浸し。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、そのうえ、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、若いもの今を楽しめ。)

 

(訳注)

採蓮子二首 其一

(酒宴で、秋の風物詩の採蓮に出た娘を想定して女たちと男との楽しいやり取りを詠う)

唐の教坊の曲名。「教坊記』は采蓮子と記す。お座敷、宴会の席で詠うもので、意味合い的には男同士で飲みながら、下ネタの意味を込めて、娼妓に歌わせ、踊らせるものである。

『花間集』には皇甫松の二首のみ所収。

単調二十八字、四句・平韻で、各句末に二字の囃子詞が付く。この囃子詞を含めると三十六字になり、⑦❷、⑦❷。7❷、⑦❷。の詞形をとる。( )内は囃子詞。

菡萏香蓮十頃  小姑貪戲採蓮
晚來弄水船頭濕  紅裙裹

  
  

皇甫松:皇甫が姓。睦州の人(現・浙江建徳)。皇甫湜の息子。生没年不詳。唐代の人。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。

 

菡萏香蓮十頃陂(舉棹),小姑貪戲採蓮遲(年少)

未だ蕾の蓮の花、開いてもいないのに香はただよう十頃もある広い池陂の葉影には(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、娘たちはじゃれ合って採蓮の作業が進まない。(ああ、若いもの今を楽しめ。)

ハスの花、蓮の実、薫り高いハス、この十頃もあるこの池に、(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。乙女らは遊びに夢中になって蓮とり作業がはかどらないのです。(ああ、そうだよ若いもの。)

・菡萏:ハスの花。はちす。

・香蓮:薫り高いハス。

・頃:面積の単位。一頃=百畝で、周代、古代では、1,82ヘクタール。碧波万頃(広い水面)という風に広さの表現となっている。

・陂/堤。ここでは、池。

・舉棹:第一句と三句の後に来るおはやしのことば。「(舟を漕ぐ)さおをあげて」止まってじっと見るという意味を含む。(下ネタの意味もある)

・小姑:女の子。乙女。年若い娼妓。

・貪戲:遊びほうけている。じゃれあっている。

・採蓮遲:ハスを採るのがなかなか進まない。採蓮したものを岸に集荷するのが遅れる。

・年少:第二句と四句の後に来るお囃子のことば。「年が若い(者)」(下ネタの意味もある)

 

 

 

晚來弄水船頭濕(舉棹),更紅裙裹鴨兒(年少)。

日が落ちてきたけど水は揺れて波だって、舟の舳先まで水浸し。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)、そのうえ、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、若いもの今を楽しめ。)

そんなことしてると薄暗くなってきたのにまだ水遊びをしている、舟の舳先までびしょぬれだ。(ああ、だったらここで棹を挙げよ)。それにくわえて、紅いスカートをぬぎすてて、もうかわいいアヒルの子だよ、(ああ、そうだよ若いもの。)

・晩來:薄暗くなってきて。

・弄水:水遊びをしている。

・船頭濕:船の上が濡れる。船頭:へさき。船首のこと。船頭さんのことではない。

・更:おまけに。

・脱:(衣服を)ぬぐ。

・紅裙:紅いスカート(状の着物)。

・裹:(くゎ;guo3)つつむ。

・鴨兒:アヒル。カモ。児は、名詞などに付く接尾辞。現代語では、可愛い感じを出す場合もあるが、特に意味はない。アヒルの子、ヒヨコという意味は普通ない。

 

採蓮曲    
      
若耶渓傍採蓮女、笑隔荷花共人語。
日照新粧水底明、風飄香袖空中挙。
岸上誰家遊冶郎、三三五五映垂楊。
紫騮嘶入落花去、見此踟蹰空断腸。


若耶渓のあたりで蓮の花摘む女たち
笑いさざめきハスの花を隔てて語り合う
陽照は化粧したての顔を明るく水面に映しだし、
吹いている風は香しい袖を軽やかに舞い上げている
岸辺にはどこの浮かれた若者だろうか
三々五々としだれ柳の葉影に見え隠れ。
栗毛の駒は嘶いて柳絮のなかに消え去ろうと
この女たちを見ては行きつ戻りつむなしく心を揺さぶられる。


(採蓮曲)

若耶【じゃくや】渓の傍り 採蓮の女、笑って荷花【かか】を隔てて人と共に語る。
日は新粧を照らして水底明らかに、風は香袖を飄して空中に挙がる。
岸上  誰が家の遊冶郎【ゆうやろう】ぞ、三三、五五、垂楊に映ず。
紫騮【しりゅう】落花に嘶【いなな】きて入りて去り、此れを見て踟蹰【ちちゅう】して空しく断腸。
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<!--[endif]-->

 馬とともにおふざけをして垂楊(しだれやなぎ)の葉陰に消えていった若者たちのうしろ姿と、一方、急におしゃべりを止めて「踟蹰」(ためらい)がちに顔を赤らめている乙女たちの姿を、李白は描いている。ハスを採る娘らとその乙女の気を引こうとしている若者=遊冶郎、現在だったらチャラ男のこと?。もう若い者の中に入りきれない客観してみている李白。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-76-2皇甫松10《巻2-26 夢江南二首其二》皇甫松12首巻二26-〈76〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5582

(改訂版)-76-2皇甫松10《巻2-26 夢江南二首其二》(石頭城近くの駅舎に泊まって、六朝文化が花開いた頃に思いをはせて詠ったもの)その二 酔い覚ましに高楼に上りうとうとしていると、名残月は西に傾き、羽飾り旗に重なり、簾をおろして出発の準備をする。

 
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36-(1) 《巻05-30 答孟郊 -1》韓愈(韓退之)ID 798年貞元十四年31歲<1319> Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5579 
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 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-76-2皇甫松10《巻2-26 夢江南二首其二》皇甫松12首巻二26-76〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5582

 

 

皇室は各種の政治的原因と西晋、東晋以来の門閥観念によって、名族と姻戚関係をもちたいと望んでいたから、彼女たちは特別厚い礼をもって宮中に招かれた。ごく少数であるが、徳と才能と容姿によって宮中にその名を知られ、特別に厚い礼をもって招かれた女性もいた。彼女たちの出身は必ずしも貴顕ではなかったが、大多数は文武百官、あるいは士大夫階級の娘であった。

たとえば、太宗の徐賢妃は才能、学識が衆に抜きんでていたので招かれて才人となったが、武則天はと言えば美貌によって招かれて後宮に入っている。こうした部類の女性たちは皇室の特別厚い礼によって招かれた人々であったから、大部分は後宮に入った後、高い位の妃嬢や女官に封じられ、身分はよりいっそう高かった。

 

唐朝の諸帝は、前後して何度となく民間の良家の娘を広く選抜して後宮に入れた。唐朝の初め、尚書省は次のように奏上している。「近頃、後宮の女官の選抜に身分の購しい者どもが選ばれ、礼儀作法がないがしろにされております(侍女や歌姫・舞姫から抜擢された者を指す)。また刑罰や死刑にあった家の女もおりますが、これらは怨恨の積った者たちであります(罪に連坐して後宮に没収された者を指す)。そのため、今後、後宮や東宮(皇太子の宮殿)の女官に欠員が生じた場合は、みな良家の才智と徳行のある女性を当て、礼をもって招聴されますように。また罪人として宮廷に入れられた者や、もともと下賎の家の者はみな補充に当てないようお願いいたします」(『資治通鑑』巻一九五、太宗貞観十三年)と。

 

十数歳に達した「良家の子女」は、この種の選抜をへて多数宮廷に入ったのであるが、彼女たちの中のほんの少しの者だけが幸運を得て妃嬢に列し、大多数の者は名もなき宮女のままで生涯を終えたのである。このように良家の子女を選抜するのが、宮廷女性の主要な来源であり、宮廷女性の中で少なからざる比率を占めていた。

 

歴代の皇帝は宮女を選別するのに、決してこれほど厳格な規定を持ってはいなかった。皇帝たちは名門の令嬢でも、貧しい家の娘でも、はては娼妓、俳優などの賎しい女たちであろうとも、ただ容姿、技芸が衆に抜きんでていれば、一様に選んで宮廷に入れたのであった。

 

皇族、大臣や藩鎮(節度使)などが民間の美人を捜し出して献上した。藩鎮の大半が入朝の際にも女口を献上しょうとし、干嘩韓弘は歌舞妓、女楽(楽器を奏でる妓女)を献上した。こうした女口たちの中には娼優(娼妓、俳優)や個人が所有する家妓・姫妾、それに若干の名もなき民家の娘も含まれていた。

 

 

(旧版)

夢江南二首 其二

樓上寢,殘月下簾旌。

夢見秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城,

雙髻坐吹笙。

(江南で過ごした日、愛する女との別離の思い出、女の身になって歌う)その二

金陵の高楼に上り愛するあのひとと寝たのです。傾きかけた月を見て簾をおろし、羽飾り旗出して出発の準備をしました。

でも、夢に見るのは金陵の高楼で別れた恨み嘆き事ばかりなのです、あのときは、桃が花を咲かせ、柳絮が長江のほとりに立つ城郭に一杯に飛んでいました。

そして、雲型の兩の鬢をととのえて、坐して、笙をふいたのです。

夢江南二首 其二

樓 上りて 寢,殘月 下りて 簾旌す。

夢 秣陵 惆悵の事を見て,桃花 柳絮 江城に滿つ,

雙髻 坐して 笙を吹く。

 

 

(改訂版)-75-2皇甫松9《巻2-25 夢江南二首其一》

夢江南二首 其一

(江南で過ごした日、水陸駅では、毎夜送別の宴が開かれ、一夜の思い出をつくったと詠う)

蘭燼落,屏上暗紅蕉。

香油の入った蝋燭の燈芯が燃え尽き、蝋のしずくが落ちる、屏風絵の紅蕉(カンナ)の花に焔の残りが照らすのも薄暗い。

閒夢江南梅熟日,夜船吹笛雨蕭蕭。

江南は素晴らしいところだった、夢路に辿るのは江南の初夏、梅の実が熟すころのこと、夜の船遊びで笛の音がひびき、雨はしとしとと降って、雨だれが鼓のように和合して伝わってきたものだ。

人語驛邊橋。

そこは、水陸駅の水辺であり、陸路の要衝である橋の側の亭から送別の宴の話し声が聞こえてきたのだ。

 

(改訂版)-76-2皇甫松10《巻2-26 夢江南二首其二》

夢江南二首 其二

(石頭城近くの駅舎に泊まって、六朝文化が花開いた頃に思いをはせて詠ったもの)その二

樓上寢,殘月下簾旌。

酔い覚ましに高楼に上りうとうとしていると、名残月は西に傾き、羽飾り旗に重なり、簾をおろして出発の準備をする。
夢見秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城,

それにつけても、夢に見るのは南斉の文化的な中心であった金陵が恨み嘆き事の渦巻いているところであり、あのころは、桃が花を咲かせ、柳絮が長江のほとりに立つ石頭城郭には一杯に文化の花が開いたのである。雙髻坐吹笙。

そして、国が亡ぼうというのに、雲型の兩の鬢をととのえた女を侍らして、坐して笙をふいていた。

 

(江南を夢む二首 其の二)

樓上に寢り,殘月は簾旌に下る。

夢見 秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城,

雙髻坐吹笙。

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皇甫松9《巻2-25 夢江南二首其一》(江南で過ごした日、水陸駅では、毎夜送別の宴が開かれ、一夜の思い出をつくったと詠う)香油の入った蝋燭の燈芯が燃え尽き、蝋のしずくが落ちる、屏風絵の紅蕉(カンナ)の花に焔の残りが照らすのも薄暗い。

 

 

 
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