玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

2015年08月

9欧陽烱《巻六03南鄉子八首 其三》『花間集』254全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6542

欧陽烱  南子八首其三   

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

9欧陽烱《巻六03子八首 其三》『花間集』254全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6542

 

 
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欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。       

 

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

 

この南郷子八首は花間集の縮刷版のように詠われている。特に欧陽烱は、花間集の序文を書いていて、その序文を詞詩で表現したもののように感じられる。

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

巻六02(改訂版Ver.2.1

子八首其二 

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

(南子八首其の二

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

(改訂版Ver.2.1

子八首其三 

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

 

(南子八首其の三)

岸 遠く 沙平らかなり,日 斜めに 歸路 霞 明らかなり。

孔雀 自ら憐れむ 金翠の尾,水に臨む,行人を認めるも 驚き起つを得ず。

 

(改訂版Ver.2.1

『南』 現代語訳と訳註

(本文)

子八首其三 

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

 

(下し文)

子八首其の三

岸 遠く 沙平らかなり,日 斜めに 歸路 晚霞 明らかなり。

孔雀 自ら憐れむ 金翠の尾,水に臨む,行人を認めるも 驚き起つを得ず。

 

 

(現代語訳)

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

郡という名称が初めであり、中国古代の郡であり、前漢末年、王莽新朝末(23年),析人起兵南東漢始置南郷縣,属南陽郡。建安十三年(208年),曹操奪荆州,分南陽郡西部設置南郷郡。西晋太康十年(289年),改南郷爲順陽郡,郡治南郷縣(今淅川縣滔河)。東晋咸康四年(338年),又改爲南郷郡。永和十年(354年),桓温伐前秦,水自襄陽入均口,至南。后陷后秦。熙元年(405年),后秦文桓帝姚割南郷郡歸東晋。隋朝開皇初年(581年),郡。大初年,又改淅州淅陽郡。

唐の教坊の曲名。『花間集』には》十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。三十字、二十八字、二十七字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其三 は、二十七字で、単調二平韻二仄韻で④⑦の詞形である。

岸遠沙,日斜歸路晚霞

●●△○  ●○○●●○○

孔雀自憐金翠,臨水,認得行人驚不

●●●○○●●  △●  ●●△○○△●

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

子八首 其一

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

唐の教坊の曲名。『花間集』には《》十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻三仄韻で、3③⑦の詞形である。

李珣 子十首其一

蘭棹舉 水紋 競攜藤籠採蓮

○●●  ●○○ ●○○△●△△

迴塘深處遙相 邀同  淥酒一巵紅上

△○△●○△● ○○●  ●●●○○●●

 

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

○晩霞 夕焼け。霞は朝焼け雲または夕焼け雲。ここは、黄昏て夕靄が漂ってきたことを云う。

○この二句はそれ洛の中で時間経過と場所が変化している、動的な詩であることに注目する。

 

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起。

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

○孔雀自憐金翠尾 孔雀鳥が、折角の見事な羽を広げても、長江を望んでその翅を見せているだけなことを自らを憐れむいがいにないということ。

○行人 旅人。其二作の遊人同様、作者を指す。

 

この詩で、王維の詩を連想する。

 

《輞川集二十首、欒家瀬》

 

颯颯秋雨中、浅浅石溜瀉。

颯颯たる秋雨の中、浅浅として石溜【せきりゅう】に瀉ぐ。

波跳自相濺、白鷺驚復下。

波は跳って自ら相い濺(そそ)ぎ、白鷺は驚きて復()た下れり。

「欒家瀬」は早瀬の名で、臨湖亭の奥、「柳浪」の柳の近くにあった。王維の詩は山水画の中の情景、水しぶきに驚いて白鷺が飛び立つが、また降りてくると観察の鋭さを示している。役人生活への比喩を含んでいる。

9欧陽烱《巻六02南鄉子八首 其二》『花間集』253全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6537

子八首其二

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住。

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

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歐陽舍人炯

子八首

李秀才珣

子十首

 

 

子 

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

巻六02(改訂版Ver.2.1

子八首其二 

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

(南子八首其の二

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

 

『南子八首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

子八首其二

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住。

 

(下し文)

(南子八首其の二)

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

(現代語訳)

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

其二

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

舟遊びは特に好んで行われた。長江下流域では静かな入江、池・湖に特有の畫船・樓船をだし、南国の舟遊びの情景を詠う。旅人(遊人・風流人)の問いに、女は振り向いて微笑みながら指さして「芭蕉の林の奥に住んでいます」と答える。「槿花籬外竹橫橋」「沙上女」「笑指」「芭蕉林裏住」この語のどこをとってもここに登場する女は乙女とか、娘ではない、年増の女である。むくげ籬の先に、澗水に架けられた竹の橋。その向こうに粗末な家にむくげの花、人の世の栄華のはかないことのたとえであることから、昔は、蝶よ、花よと下にも置かない生活をしていたが、今では芭蕉の林の中で風流な生活をしている女がいると詠うものである。或は、歳をとって浣花渓百花潭に住んだ、薛濤のような風流人の女性であったのだろうか。

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。二十八字、二十七字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其二は、二十八字単調、五句二平韻二仄韻で④⑦❼2❼の詞形である。

子八首其二

畫舸停  槿花籬外竹橫
●●○△  ●○○●●△○

水上遊人沙上  迴顧  笑指芭蕉林裏

●●○○△●●  △●  ●●○○○●●

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

子八首 其一

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

 

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

○画舸 大江に行き交う彩色を施した舟。舸は本来、大型の船を指す。舟旅のための舟であるから少し大きいものである。画は美しく絵どられた飾られた意であるが、詩語として冠したもの。

魚玄機『江行 二首』 其一

大江橫抱武昌斜,鸚鵡洲前萬家。

畫舸春眠朝未足,夢為蝴蝶也尋花。

江行 二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-92-28-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2007

魚玄機『江行 二首』 其二

煙花已入鸕鶿港,畫舸猶沿鸚鵡洲。

醉臥醒吟都不覺,今朝驚在漢江頭。

江行 二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-93-29-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2012

李商隠『燕臺詩四首 其四

天東日出天西下,雌鳳孤飛女龍寡。

青溪白石不相望,堂上遠甚蒼梧野。

凍壁霜華交隱起,芳根中斷香心死。

浪乘畫舸憶蟾蜍,月娥未必嬋娟子。』

燕臺詩四首 其四 冬#1 李商隠134 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 134-#1

○槿花 1 ムクゲの花。朝に開いて夕方にはしぼむところから、はかない栄華のたとえにされる。2 アサガオの花。人の世の栄華のはかないことのたとえ。つかのまの盛り。むくげの花が朝咲いて、夕暮れには散ることからいう。 ・「槿花」はむくげの花。はかないたとえ。

○竹横橋 風流な竹の橋が懸かっている、の意。通常の竹の橋は歩く部分が、編みこんであったり、細く割いたものを並べてつくるが、おそらく数本の竹を横に並べて作ったものであろう。

 

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住。

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

○水上遊人 舟七の旅人。遊人は旅人。作中の主人公(作者)を指す。

○沙上女 渚の女。

迴顧 1.回頭;回頭看。南朝 謝靈運 《登上戍石鼓山》「極目睞左闊, 迴顧眺右狹。」2.顧念, 眷戀。前蜀 韋莊 《秦婦吟》「妾身幸得全刀鋸, 不敢踟躕久迴顧。」

○芭蕉林裏住 芭蕉の林であるから、粗末な家であろう。

 

9欧陽烱《〔改訂〕巻六01南鄉子八首 其一》『花間集』252全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6532

欧陽烱  南子八首 其一   

嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影,鴛鴦浴。水遠山長看不足。

(長江下流域の春景色の思い)若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

9欧陽烱《〔改訂〕巻六01子八首 其一》『花間集』252全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6532

 

 

 
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歐陽舍人炯

子八首

 

李秀才珣

子十首

 

欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。       

 

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

 

 

この南郷子八首は花間集の縮刷版のように詠われている。特に欧陽烱は、花間集の序文を書いていて、その序文を詞詩で表現したもののように感じられる。そこで、花間集序文を南郷子八首を見てゆく前に再掲したのである。

 

 

花間集序花間集序

作者:武徳郡節度判官歐陽炯 撰   

 

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。名高白雪,聲聲而自合鸞歌。響遏青雲,字字而偏諧鳳律。楊柳大堤之句,樂府相傳。芙蓉曲渚之篇,豪家自制。莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。舉纖纖之玉指,拍按香檀。不無清之辭,用助嬌嬈之態。自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。處處之紅樓夜月,自鎖常娥。在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。邇來作者,無愧前人。今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。織綃泉底,獨殊機杼之功。廣會眾賓,時延佳論。因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。庶(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

 

花 間 集

 

(1)

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

欧陽烱はまず冒頭で、『花間集』に収められた詞は、玉に彫刻を施しその美しきに一層の磨きをかけたようなものであり、天然の造化を模倣しながらも、それより造かに巧みであること、またそれは、あたかも春の花や葉を切り取って、春と鮮やかさを競い合ぅかのようであると断言する。

《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177

 

(2)

その歌は、昔、国中を探してもわずか数人の者しか歌えなかった高雅な白雲謡の歌にも似て、それを仙女のような女性が歌えば、それを聞きつつ酒を傾ける男たちは陶然として酒に酔うと述べ、『花間集』の詞が歌姫の侍る宴席で歌われるものであったことを示唆する。「春の艶やかさを奪い」とは、『花間集』に詠われた季節に春が圧倒的に多いことによる。仙女のような歌姫が歌う『花間集』の詞は、その昔の一つ一つが自ずから鸞鳥の鳴き声に合致し、その響きは空を流れる雲をも留めるほどであり、その言葉の一つ一つは十二音階の音律にぴったりと合っていることを指摘する。

《花間集序 (2)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説727--0- (2) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5182 

(3)

続いて欧陽烱は、『花間集』 の詞が楽府詩に連なるものであり、贅沢を競い合うどんな富豪の家を凌駕する趙家の(趙崇祚)の豪華な宴席では、貴公子が詞を色紙にしたためて美女に手渡すと、それを受け取った美女が拍子木を手に取って、それを歌えば、美女の美しきは嫌が上にも勝ると言い、ここでも『花間集』の詞が宴席のためのものであることを言う。

《花間集序 (3)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-728--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5187 

(4)

『花間集』の詞に類似する歌は、既に南朝の時代に作られているが、それは言葉が雅やかでないばかりか、実体を伴わぬ空疎なものであったこと、そして、唐の玄宗皇帝の時代になって初めて外面内面ともにそなわった清平楽調が作られ、近年に至って温庭第の詞集『金茎集』が現れたことを指摘し、詞が名実ともに新しい時代の文学となったことを言う。しかし、この評価は巻末の晃謙之の欧文とは相反するものがある。この後、欧陽桐は筆を続けて、先に触れた『花間集』命名の謂われについて語り筆を結ぶ。欧陽胴は 『花間集』 にきわめて高い評価を与えているが、これは自身が 『花間集』 詞人の一員であったこと、また、編集者の趙崇祚との人間関係に起因するものといえよう。

《花間集序 (4)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-729--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5192

 

(5)-1

唐が滅亡して、中原では五つの王朝が長江流域では十数もの地方政権が興亡を繰り返したが、四川盆地を拠とする前・後の蜀は豊かな経済力を基盤に安定した地域となっていた。前・後の蜀は君臣共に一時の安逸をむさぼり、享楽に耽ることで、ここに前・後の蜀の頽廃文化が形成された。それの中核を担ったのは、中原、江南から、文化人のみならず、妓優、楽工、各種職人が戦火を避けて、蜀の地に終結したことが大きな原因である。

(5)-2

編者の趙崇祚は、祖籍は開祖父の趙廷隠が後蜀の大祖・孟知祥に従って蜀に入り、親軍を統括すること十数年。趙崇祚は衛尉少卿となり、弟の崇韜は都知領殿直となって、ともに親軍の指揮に参与した。趙氏一門は要職を占め、その暮らしぶりは贅を尽くしたものであった。

『太平廣記』巻四〇九引孫光憲《北夢瑣言》「趙廷除起南宅北宅、千梁萬供、其諸奢麗、莫之與儔。後枕江瀆、池中有二島嶼、遂甃石循池、四岸皆種垂楊、或間雜木芙蓉、池中種藕。毎至秋夏、花開魚躍、柳陰之下、有士子執巻者、垂綸者、執如意者、執塵尾奢、譚詩論道者。」

邸宅は並ぶものがないほど豪奢で、庭の池に二つの島を造り、岸辺に楊柳を、池の端に水芙蓉を、池の中に蓮を植えていた。毎年、夏や秋になれば、花は咲き魚は躍り、柳の木陰で人々が思い思いに巻物を持ち、釣糸を垂れ、如意やら大

鹿の尾で作った払子やらを揮い、詩を語り、道を論じたりしていた。

 趙崇祚はこのすべての芸の優れたもの、風流あるものを集めたサロンで、「広く賓客に会い、時に談論風発する中で、近来の詩客の曲子詞五百首を集め、十巻に分けた」という。

《花間集序 (5)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-730--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5197

 

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

(改訂版Ver.2.1

『南子八首 其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

子八首 其一

嫩草如煙,石榴花發海南天。

日暮江亭春影,鴛鴦浴。

水遠山長看不足。


(下し文)
子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭はに春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

(現代語訳)
(長江下流域の春景色の思い)

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。


(訳注) (改訂版Ver.2.1

子八首 其一

 

郡という名称が初めであり、中国古代の郡であり、前漢末年、王莽新朝末(23年),析人起兵南東漢始置南郷縣,属南陽郡。建安十三年(208年),曹操奪荆州,分南陽郡西部設置南郷郡。西晋太康十年(289年),改南郷爲順陽郡,郡治南郷縣(今淅川縣滔河)。東晋咸康四年(338年),又改爲南郷郡。永和十年(354年),桓温伐前秦,水自襄陽入均口,至南。后陷后秦。熙元年(405年),后秦文桓帝姚割南郷郡歸東晋。隋朝開皇初年(581年),郡。大初年,又改淅州淅陽郡。

唐の教坊の曲名。『花間集』には》十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。三十字、二十八字、二十七字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

唐の教坊の曲名。『花間集』には《》十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻三仄韻で、3③⑦の詞形である。

李珣 子十首其一

蘭棹舉 水紋 競攜藤籠採蓮

○●●  ●○○ ●○○△●△△

迴塘深處遙相 邀同  淥酒一巵紅上

△○△●○△● ○○●  ●●●○○●●

 

嫩草如煙,石榴花發海南天。

真昼になるころは、若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

○嫩草如煙 大気は温度変化により体積が変化して密度が変わり、温度の異なる大気が隣り合っている場合、光は冷たい空気の方へ屈折する。晴天の日中に、物体の表面が日光を受け温度が上がったとき、風が弱い場合はそこに滞留している大気が暖まり、密度が小さくなって浮力により上昇する。このとき暖まった大気と周りの相対的に冷たい大気とが混ざり合い、乱流的な上昇気流が発生する。この上昇気流の部分を通る光が様々な向きに屈折されることで、陽炎が見える。常に変化してできては消えるその様から、とらえどころのないもの、はかないものの例えとしても用いられる。

・嫩草【どんそう】【わかくさ.】新緑。生じたばかりで柔らかい。新しく柔らかい。若々しく柔らかい草。【わかい】嫩い. 「若草」とも書く。 【嫩葉】わかば. 芽生えたばかりに柔らかい葉。 嫩葉 ( どんよう ) 」に同じ。 「若葉」とも書く。

○石榴 前漢の武帝の命を受けた張騫が西域から帰国した際に、パルティアからザクロ(安石榴あるいは塗林)を持ち帰ったとする記述が『証類本草』(1091-1093年)以降の書物に見られるため、紀元前2世紀の伝来であるとの説があるが、今日では3世紀頃の伝来であると考えられている[。  ザクロの実は、銅鏡の曇りを防止するために磨く材料として用いられた。子孫繁栄、豊穣。

○海南天 南国の目の前が海のように広がったほとんど空が占めるような景色をいう。

 

 

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とすし、そばには鴛鴦が水浴びをする。

○春影淥 春の雪解け水の澄みきったところに樓亭の影が映っている景色。

○日暮江亭 日暮れ近くの水辺の樓亭

 

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

○水遠山長 江水のはるか遠くに山並みが長く連なっている景色。

○看不足 いくら見ていても飽きることがない。

9欧陽烱《巻六04南鄉子八首 其四》『花間集』255全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6547

欧陽烱  南子八首其四   

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

9欧陽烱《巻六04子八首 其四》『花間集』255全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6547

 

 

欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。       

 

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

 

この南郷子八首は花間集の縮刷版のように詠われている。特に欧陽烱は、花間集の序文を書いていて、その序文を詞詩で表現したもののように感じられる。

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

巻六02(改訂版Ver.2.1

子八首其二 

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

(南子八首其の二

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

(改訂版Ver.2.1

子八首其三 

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

 

(南子八首其の三)

岸 遠く 沙平らかなり,日 斜めに 歸路 霞 明らかなり。

孔雀 自ら憐れむ 金翠の尾,水に臨む,行人を認めるも 驚き起つを得ず。

 

子八首其四 

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、

ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『南』 現代語訳と訳註

(本文)

子八首其四

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

 

(下し文)

(南其の四)

洞口あり 誰が家ぞ,木蘭あり 舡繫して木蘭の花。

紅袖の女郎 相い引き去る,南浦に游び,笑み倚り 春風 相い對して語らう。

 

(現代語訳)

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、

ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

其四

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

郡という名称が初めであり、中国古代の郡であり、前漢末年、王莽新朝末(23年),析人起兵南東漢始置南郷縣,属南陽郡。建安十三年(208年),曹操奪荆州,分南陽郡西部設置南郷郡。西晋太康十年(289年),改南郷爲順陽郡,郡治南郷縣(今淅川縣滔河)。東晋咸康四年(338年),又改爲南郷郡。永和十年(354年),桓温伐前秦,水自襄陽入均口,至南。后陷后秦。熙元年(405年),后秦文桓帝姚割南郷郡歸東晋。隋朝開皇初年(581年),郡。大初年,又改淅州淅陽郡。

唐の教坊の曲名。『花間集』には》十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。三十字、二十八字、二十八字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其四 は二十七字で、単調二平韻二仄韻で④⑦の詞形である。

洞口誰,木蘭舡繫木蘭

紅袖女郎相引,游南浦,笑倚春風相對

△●○○  ●○○●●○○

○●●○△●●  ○○●  ●△○△△●●

子八首其三 は、二十七字で、単調二平韻二仄韻で④⑦の詞形である。

岸遠沙,日斜歸路晚霞

●●△○  ●○○●●○○

孔雀自憐金翠,臨水,認得行人驚不

●●●○○●●  △●  ●●△○○△●

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

子八首其二は、二十八字単調、五句二平韻二仄韻で④⑦❼2❼の詞形である。

子八首其二

畫舸停  槿花籬外竹橫
●●○△  ●○○●●△○

子八首 其一

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

唐の教坊の曲名。『花間集』には《南》十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻三仄韻で、3③⑦の詞形である。

李珣 子十首其一

蘭棹舉 水紋 競攜藤籠採蓮

○●●  ●○○ ●○○△●△△

迴塘深處遙相 邀同  淥酒一巵紅上

△○△●○△● ○○●  ●●●○○●●

 

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、

○洞口 日本では、床の間の脇壁に設けた開口部。床脇を広くみせるためのもの。縁(ふち)を壁土で塗りめぐらし、上部は半円形とする。中国の華北,中原,西北地方などに見られる,切り立った壁面に掘って作る横穴式住居。中国音の〈ヤオトン〉でも知られる。黄土層の崩れにくい土質を巧みに利用し,夏涼しく冬暖かい利点がある。

○舡 大きな船、船の異体字とされる。

○木蘭 つぼみの先が必ず北を向くので、方向を指示する植物「コンパス・フラワー」とも呼ばれている。モクレンの仲間(マグノリア属)は、原始時代から形状を変えていないことも特徴で、恐竜時代の地層から化石が発掘されることがある。モクレン科 落葉低木(紫モクレン)、落葉高木(白モクレン)原産地 中国、高さ4メートル前後(紫モクレン)、15メートル前後(白モクレン)花期 晩春3~4月、花色 紅紫、白

 

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

○紅袖女郎相引去 そで【袖】とは。意味や解説、類語。1 衣服の身頃 (みごろ) について、両腕を覆うもの。和服ではたもとの部分を含めていう。「―をたくしあげる」2 建造物・工作物などの本体の両わき、または片方にあるもの。門のわきの小さな門、机のわきの引き出しなど。3 舞台

女郎 女と男

 

○南浦 南の入り江の津。船で行く男を見送る別離の場を象徴する。洛陽、成都、長江下流域の江南の港、武昌、武漢、襄陽、揚州などや、会稽、紹興をいう。北に入る女にとって東風か、南風の吹く季節でなければ帰ってこれないから、春が来ると帰還を胸躍らせるから、春から初夏への経過を感じさせ、夏が過ぎれば風が変わるので帰りは期待できない。すると、また歳を重ねるわけで、女盛りを過ぎようとする時間経過も感じさせる。下句の「西風」で完全に別れてしまったことを感じさせるものである。南の港から帰って来るのには春風、夏の南風で秋冬の風では帰れない。南浦情は有るから夏に帰ってきて逢えるということをこっころ情である。冬でも帰りを期待できるとすれば、洛陽ぐらいで、通常は、動かないものだ。

花間集 南浦 に関する詩

◍ 溫庭筠 巻二02清平樂二首其二「洛陽愁,楊柳花飄雪。終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。愁殺平原年少,迴首揮淚千行。」

◍ 溫庭筠 巻二16荷葉盃三首其三「楚女欲歸南浦,朝雨。濕愁紅。小船搖漾入花裏,波起。隔西風。」

◍ 牛嶠 巻四08感恩多二首其二「自從南浦別,愁見丁香結。近來情轉深,憶鴛衾。幾度將書托煙鴈,淚盈襟。淚盈襟,禮月求天,願君知我心。」

◍ 牛嶠 巻四13更漏子三首其三「南浦情,紅粉淚,爭柰兩人深意。低翠黛,卷征衣,馬嘶霜葉飛。招手別,寸腸結,還是去年時節。書托鴈,夢歸家,覺來江月斜。

◍ 欧陽烱 巻六04子八首其四「洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

◍ 和凝 巻六28春光好二首其二「蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。春水無風無浪,春天半雨半晴。紅粉相隨南浦晚,幾含情。」

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欧陽烱  三字令   

春欲盡,日遲遲,牡丹時。羅幌卷,翠簾垂。彩牋書,紅粉淚,兩心知。

人不在,鷰空歸,負佳期。香燼落,枕函欹。月分明,花澹薄,惹相思。

(寵愛を受ける日々は楽しいものであった、短冊に優しい言葉に溢れた詩文を読み、嬉しさに涙した。この春、約束は守られず、誰もいない閨で、それでも寵愛を受ける準備をしていると詠う。)これほど楽しい春が終わろうとしている。日ごとに夕暮れが遅くなっていき、牡丹の花が咲いて初夏を迎えようとする。その楽しかったころ、薄絹の帳を巻き上げ、翡翠の簾を垂らしたりした。色の鮮やかな薛濤䇳に書いてくれた詩歌を読み、うれし涙が紅白粉を溶かして流れる。妃嬪の心の中をよく分かっている内容で、信じていた。ところが、この春、この閨に、そのお方はいない。軒端の燕は春になって帰って来たけれど空しい、あのお方は約束の期日を破っているから。お香の火も、灯芯さえも燃え落ちる、お方の使った枕に身寄せてみる。月は明るくてらし、はっきるとして、牡丹の花の濃淡までわかる。それでも、ただ、寵愛を受ける事、思い続けていくだけ。

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 2015年8月28日の紀頌之5つのBlog 
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 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-111杜甫 《巻1539夔州歌十絕句,十首之九》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-111 <974> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6525 
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(改訂版Ver.2.1

三字令

(寵愛を受ける日々は楽しいものであった、短冊に優しい言葉に溢れた詩文を読み、嬉しさに涙した。この春、約束は守られず、誰もいない閨で、それでも寵愛を受ける準備をしていると詠う。)

春欲盡,日遲遲,牡丹時。

これほど楽しい春が終わろうとしている。日ごとに夕暮れが遅くなっていき、牡丹の花が咲いて初夏を迎えようとする。

羅幌卷,翠簾垂。

その楽しかったころ、薄絹の帳を巻き上げ、翡翠の簾を垂らしたりした。

彩牋書,紅粉淚,兩心知。

色の鮮やかな薛濤䇳に書いてくれた詩歌を読み、うれし涙が紅白粉を溶かして流れる。妃嬪の心の中をよく分かっている内容で、信じていた。

 

人不在,鷰空歸,負佳期。

ところが、この春、この閨に、そのお方はいない。軒端の燕は春になって帰って来たけれど空しい、あのお方は約束の期日を破っているから。

香燼落,枕函欹。

お香の火も、灯芯さえも燃え落ちる、お方の使った枕に身寄せてみる。

月分明,花澹薄,惹相思。

月は明るくてらし、はっきるとして、牡丹の花の濃淡までわかる。それでも、ただ、寵愛を受ける事、思い続けていくだけ。

(三字令)

春は盡きむと欲し,日は遲遲たり,牡丹の時なり。

羅幌 卷き,翠簾 垂る。

彩牋の書,紅粉の淚,兩の心 知る。

人 在ざるも,鷰は空しく歸り,佳期に負く。

香燼 落ち,枕函 欹【そ】う。

月は 分るほど明るく,花は 澹薄,「相思」に惹る。

 

(改訂版Ver.2.1

『三字令』 現代語訳と訳註

(本文)

三字令

春欲盡,日遲遲,牡丹時。

羅幌卷,翠簾垂。

彩牋書,紅粉淚,兩心知。

人不在,鷰空歸,負佳期。

香燼落,枕函欹。

月分明,花澹薄,惹相思。

 

(下し文)

(三字令)

春は盡きむと欲し,日は遲遲たり,牡丹の時なり。

羅幌 卷き,翠簾 垂る。

彩牋の書,紅粉の淚,兩の心 知る。

人 在ざるも,鷰は空しく歸り,佳期に負く。

香燼 落ち,枕函 欹【そ】う。

月は 分るほど明るく,花は 澹薄,「相思」に惹る。

 

 

(現代語訳)

(寵愛を受ける日々は楽しいものであった、短冊に優しい言葉に溢れた詩文を読み、嬉しさに涙した。この春、約束は守られず、誰もいない閨で、それでも寵愛を受ける準備をしていると詠う。)

これほど楽しい春が終わろうとしている。日ごとに夕暮れが遅くなっていき、牡丹の花が咲いて初夏を迎えようとする。

その楽しかったころ、薄絹の帳を巻き上げ、翡翠の簾を垂らしたりした。

色の鮮やかな薛濤䇳に書いてくれた詩歌を読み、うれし涙が紅白粉を溶かして流れる。妃嬪の心の中をよく分かっている内容で、信じていた。

ところが、この春、この閨に、そのお方はいない。軒端の燕は春になって帰って来たけれど空しい、あのお方は約束の期日を破っているから。

お香の火も、灯芯さえも燃え落ちる、お方の使った枕に身寄せてみる。

月は明るくてらし、はっきるとして、牡丹の花の濃淡までわかる。それでも、ただ、寵愛を受ける事、思い続けていくだけ。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

三字令

(寵愛を受ける日々は楽しいものであった、短冊に優しい言葉に溢れた詩文を読み、嬉しさに涙した。この春、約束は守られず、誰もいない閨で、それでも寵愛を受ける準備をしていると詠う。)

【解説】前段は、楽しかった去年の春のことを思い、寝台の周囲の帳を巻き上げ、窓の簾を垂らし、以前に男からの詩歌を読み返して涙を流し、「お互いに胸の内はよく分かり合っていたはずなのに」と呟く。後段は、せっかくの春を空しく過ごさなければいけない、いつまでも寝付くことができず、思いが募る妃嬪の苦しみ、それでも寵愛を受ける事だけ、と詠う。前段の「彩牋の書」は、薛濤䇳のようなものに書かれた男の詩歌ということの方が風流。

【詞形】『花間集』には欧陽烱の一首のみ所収。三字で句を構成し、韻の配置から可愛らしい、甘えた感じを演出している。毎句が三字からなるのでこの名が付けられた。双調四十八字、前後段二十四字八句四平韻で、3③③3③33③/3③③3③33③の詞形をとる。

春欲盡  日遲  牡丹

○●●  ●○○  ●○○

羅幌卷  翠簾

○●△  ●○○

彩牋書  紅粉淚  兩心 
●○○  ○●●  ●○○

人不在  鷰空  負佳

○△●  ●△○  ●○○

香燼落  枕函

○●●  △○○

月分明  花澹薄  惹相  

●△○  ○△●  ●△△

 

春欲盡,日遲遲,牡丹時。

これほど楽しい春が終わろうとしている。日ごとに夕暮れが遅くなっていき、牡丹の花が咲いて初夏を迎えようとする。

○春欲尽 春が終わろうとしている。欲は“毎日過ぎてゆくことが辛い”今にも〜しそうだ、の意。

○日遲遲 日ごとに夕暮れが遅くなる。日ごとに日が長くなる。

牡丹時 元は薬用として利用されていたが、盛唐期以降、牡丹の花が「花の王」として他のどの花よりも愛好されるようになった。また開花時期に科挙合格発表がおこなわれ、長安の貴族庭園は無礼講として開放され、花木祭りの様相であった。三月の終わりごろ(今、5月上旬頃〜中旬)のことである。

 

羅幌卷,翠簾垂。

その楽しかったころ、薄絹の帳を巻き上げ、翡翠の簾を垂らしたりした。

○羅幌 寝台の回りに垂らす薄絹の帳。

○翠簾垂 翡翠の飾りを付けた簾を垂らす。

 

彩牋書,紅粉淚,兩心知。

色の鮮やかな薛濤䇳に書いてくれた詩歌を読み、うれし涙が紅白粉を溶かして流れる。妃嬪の心の中をよく分かっている内容で、信じていた。

○彩牋書 色巻紙に書かれた手紙。薛濤䇳に書かれた詩歌。

○紅粉涙 顔の紅白粉を溶かして流れる涙。女性の涙。

○両心知 お互いに心の中はよく分かっている。別れ送り出す時に確認したことを云う。同心結に近いもの。①ひもや帯の結び方の一種で、かたく解けない結び方。夫婦の愛情のかたい結びつきのたとえ。〔梁武帝・有所思〕②愛の契りをこめたお守り。

 

人不在,鷰空歸,負佳期。

ところが、この春、この閨に、そのお方はいない。軒端の燕は春になって帰って来たけれど空しい、あのお方は約束の期日を破っているから。

○人不在 

○鷰空歸 

○負任期 会う約束を破る。ここでは男が春には帰るという約束を破ったことを言う。負はそむく。佳期は男女が会う約束。

 

香燼落,枕函欹。

お香の火も、灯芯さえも燃え落ちる、お方の使った枕に身寄せてみる。

○香燼落 灯芯が燃え落ちる。灯火の燃え尽きたことを言う。

○枕函欹 ここでは枕を斜めに立てかけて身を寄せる意。眠れぬ状態を表す。枕函は横長の大きめの箱枕。

 

月分明,花澹薄,惹相思。

月は明るくてらし、はっきるとして、牡丹の花の濃淡までわかる。それでも、ただ、寵愛を受ける事、思い続けていくだけ。

○分明 1 他との区別がはっきりしていること。あきらかなこと。また、そのさま。ぶんみょう。2 明らかになること。

○澹薄 淡白に同じ。ここでは月の光に牡丹の花が色淡く見えること。

 

8毛文錫《巻五35臨江仙一首》『花間集』250全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6522

毛文錫  臨江仙   

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 (改訂版Ver.2.1

臨江仙

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

 

 (改訂版Ver.2.1

『臨江仙』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

 

(下し文)

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

 

(現代語訳)

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

 

 

(訳注)
(改訂版Ver.2.1

臨江仙 一首

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

心情を直接表現した語は、わずかに「失絃凄切に」の」句のみである。「朱絃」は川音を蛾卓の弾く琴の弦に喩えている。その響きが「凄切」とは、慕う舜を失って湘の川に身を投げた娥・英の悲しみを表すとともに、宋玉『高唐賦』の瑤姫の楚王への「相思」、情愛を対比している。瀟湘八景の素晴らしい景色、三峡、巫峡、巫山の素晴らしい景色も同時に対比している。

 

瀟湘八景の項目でこの詩を分析したものを以下に示す。

瀟湘八景

瀟湘地方の八つの景勝

山市晴嵐

暮蟬聲盡落斜陽

漁村夕照

黃陵廟側水茫茫・岸泊漁燈風颭碎

遠浦帰帆

黃陵廟側水茫茫・岸泊漁燈風颭碎

瀟湘夜雨

煙雨隔高唐

煙寺晩鐘

楚山紅樹・靈娥皷琴韻清商・朱絃淒切

洞庭秋月

銀蟾影掛瀟湘

平沙落雁

雲散碧天長

江天暮雪

白蘋遠散濃香

 

臨江仙

『花間集』 には毛文錫の作が一首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

臨江仙

暮蟬聲盡落斜  銀蟾影掛瀟

  
黃陵廟側水茫  楚山紅樹  煙雨隔高

    

岸泊漁燈風颭碎  白蘋遠散濃

  

靈娥皷琴韻清  朱絃淒切  雲散碧天

    

張泌『臨江仙 一首』双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤のと同じ形をとっている。

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁

五雲雙鶴去無,幾迴魂斷,凝望向長

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波,花鬟月鬢綠雲

古祠深殿,香冷雨和

○△○●○○●  ○○●●○○

●○○●●○○  △△○●  △△●△△

●●●△○●△  ○△●●○△  ○○●●●○△

●○△●  ○△●△△

(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

花間集の臨江仙

張泌          臨江仙一首

・毛文錫       臨江仙一首

・牛希濟       臨江仙七首

・歐陽炯       臨江仙二首

・顧          臨江仙三首

・孫光憲       臨江仙二首

・魏承班       臨江仙二首

・閻選          臨江仙二首

・毛熙震       臨江仙二首

・李珣          臨江仙二首

 

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

○暮蟬聲盡 日暮蝉が鳴き盡す。

○銀蟾 月の別称。中国の古代伝説に拠れば、月には兎や蛤(ヒキガエル)が住むとされた。張泌『浣溪沙十首 其一』

鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

浣渓沙 十首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-339-7-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3242

銀は、ここでは月の輝きを形容する。韋荘『天仙子 其三』の「蟾彩」

蟾彩霜華夜不分。天外鴻聾枕上聞。

綉衾香冷懶重燻。

入寂寂、葉紛紛。

纔睡依前夢見君。

天仙子 其三 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-272-5-#26  漢文委員会kanbuniinkai頌之の漢詩ブログ2907

○瀟湘 瀟湘は湖南省長沙一帯の地域。洞庭湖と流入する瀟水と湘江の合流するあたりを瀟湘といい、古来より風光明媚な水郷地帯として知られる。湖南省洞庭湖にを流れこむ蒲水、湘水の二つの川の名をいう。ここでは洞庭湖南岸一帯の地を指す。湘江は、広西チワン族自治区北部臨桂県の海陽山に発する。海洋圩から流れる海洋河を源流とし、北東方向へ広西チワン族自治区を流れる。湖南省永州市東安県の瀑埠頭で湖南省に入る。永州市では紫水、石期河、瀟水、応水、白水などの支流が、衡陽市では蒸水と耒水が、衡山県では水が、株洲県淥口鎮で淥水が、湘潭市で漣水が流入する。長沙市の中心で瀏陽河と撈刀河が、望城県新康で水が流入し、湘陰県の濠河口で左右に分かれて洞庭湖に注ぐ。湘江には2,157の支流があるとされ、主要な支流のうち、瀟水、耒水、水、淥水、瀏陽河は東岸の支流で、祁水、蒸水、涓水、漣水、水は西岸の支流である

○銀蟾影掛瀟湘 劉禹錫《瀟湘神》「楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。」を連想させ、基づいて、次の三句に掛かって行く。

劉禹錫《瀟湘神》

(瀟湘の神)

斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。

斑竹の枝,斑竹の枝,涙痕 點點 相思を寄す。

楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。

楚客 聽かんと欲す 瑤瑟の怨を,瀟湘の深夜 月明の時。

・瀟湘神:詞牌の一。詞の形式名。『瀟湘曲』ともいう。詳しくは下記の「構成について」を参照。この作品がこの詞牌の起源になる。湘妃と斑竹の、亡き人を偲ぶ故事で、深い味わいを出している。後世、晩唐・温庭筠は『瑤瑟怨』で「冰簟銀床夢不成,碧天如水夜雲輕。雁聲遠過瀟湘去,十二樓中月自明。」とうたう。

「斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。」

湘妃の涙で斑模様となった斑竹枝の笛、湘妃竹といわれるこの竹は舜帝の妃の娥皇と女英の二人が、帝を慕って湘水に身を投じて、川の神、湘靈、湘神となった。ここには、血涙の痕が転々と斑にあるような竹が生えだしたがこれは舜帝を思いやる証しである。

・斑竹枝:『瀟湘神』では、第一句を繰り返し、第二句は畳句となる。 

・斑竹:斑文のある竹。湘妃竹のこと。湘妃とは、舜帝の妃・娥皇と女英の二人のこと。舜帝を慕って湘水に身を投じて、川の神(湘靈、湘神)となったという。竹との関係では舜帝が蒼梧(現・江西省蒼梧)で崩じた時に、娥皇と女英の二人の妃がここに来て深く嘆き悲しみ、流した涙が竹に滴り、その痕(あと)が竹に斑斑と残ったことから「斑竹」と謂われた。或いは、九嶷山で亡くなり、二人の妃が三日三晩泣き続けたが、やがて九嶷山に血涙の痕があるような竹が生えだしたという。杜甫の「山鬼迷春竹,湘娥倚暮花。湖南清絶地,萬古一長嗟。」のように。中唐・柳宗元の『漁翁』「夜傍西巖宿,曉汲清湘燃楚竹。煙銷日出不見人,欸乃一聲山水綠。迴看天際下中流,巖上無心雲相逐。」での「楚竹」に同じ。中唐・武元衡の『望夫石』に「佳人望夫處,苔蘚封孤石。萬里水連天,巴山暮雲碧。湘妃涙竹下成林,子規夜啼江水深。」とある。 

・斑竹枝:斑竹で作った笛。

・涙痕:涙の痕。 ・點點:点々と。

・寄:よせる。手紙を差し出す。 

・相思:異性を思いやる。或いは、相互に思う。

「楚客欲聽瑤瑟怨、瀟湘深夜月明時。」

楚の国から来た人は、瀟湘の川の上で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいとおもった。湖南省南部の川の流れに船を浮かべて、そう思った。深夜に月の明るく澄んでいる時のことである。 

・楚客:楚の国から来た旅人。楚の人。ここでは、屈原をいう。また屈原と同様にその近く、常徳桃花源の附近をさすらう作者をいう。屈原のように流離う人。盛唐・崔國輔の『九日』に「江邊楓落菊花黄,少長登高一望鄕。九日陶家雖載酒,三年楚客已霑裳。」とあり、中唐・柳宗元の『柳州城西北隅種柑樹』に「手種黄柑二百株,春來新葉遍城隅。方同楚客憐皇樹,不學荊州利木奴。幾歳開花聞噴雪,何人摘實見垂珠。若教坐待成林日,滋味還堪養老夫。」とある。 ・欲:…たい。…ようとする。 

・聽:(自分から聴き耳を立てて)聴く。 ・瑤瑟:美くしい玉でもって飾りを施された瑟。・瑟:おおごと。「琴瑟」「瑟琴」といえば夫婦和合のことをいうので、そのようなことの暗示もあろうか。 

・怨:愛についての深い情念。深い思い。うらみ。ここでは、川の神(湘靈、湘神)湘妃の奏でる瑤瑟の凄艶さ、もの悲しさをいう。

・瀟湘:瀟水と湘水。湖南省を流れ、洞庭湖に注ぐ。湘水は、現在“湘江”という。画題によく用いられる 「山市晴嵐・漁村夕照・遠浦帰帆・瀟湘夜雨・煙寺晩鐘・洞庭秋月・平沙落雁・江天暮雪」を瀟湘地方の八つの景勝という。北宋の宋迪(そうてき)がこれを描いた。

 

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

○黄陵廟 舜の妃となった夷の二人の娘、娥皇と女英を祀った廟。湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。その地は今の湖南省湘陰の北、湘水のほとりに当たる。『臨江仙 一首』

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

○高唐 楚の宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。雲夢(湿地の名)にあった高台の名。

 

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

○風颭碎 風に揺れ砕けること。

○白蘋 夏から秋にかけて白い花をつける浮草。

 

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

〇霊娥 舜の亡き後、湘水に身を投じて湘水の女神となった蛾皇、女英を指す。

○韻清商 湘水の流れの音を湘神となった蛾皇が水中で奏でる琴の音に喩えたもの。商は音律五音のうちの商の音。ここでは、清らかな音の意。

秋笛
清商欲盡奏,奏苦血沾衣。
他日傷心極,徵人白骨歸。
相逢恐恨過,故作發聲微。
不見秋雲動,悲風稍稍飛。

清苦にして哀愁のある音調。 ・商 秋、秋風。西の方角。星座のこと。五音階。「宮・商・角・徴・羽」隋・唐は中国史上で最も強大・安定し、音楽・絵画・書・舞踊・建築などが発展した。 音楽は「宮廷音楽(七部伎=清商伎・国伎・亀慈伎・安国伎・天竺伎・高麗伎・文康伎)」と 「民間音楽(山歌・小曲、器楽=琵琶・笙・笛などの演奏)」に二分される。
曹丕(曹子桓/魏文帝)詩 『燕歌行』 
燕歌行
秋風蕭瑟天気涼、草木搖落露為霜、
羣燕辭帰雁南翔。
念君客遊思断腸、慊慊思帰戀故郷、
何為淹留寄他方。』
賤妾煢煢守空房、憂来思君不敢忘。
不覚涙下霑衣裳。
援琴鳴絃發清商、短歌微吟不能長。』
明月皎皎照我牀、星漢西流夜未央。
牽牛織女遥相望、爾獨何辜限河梁。

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#1>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 622 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1705

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#2>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 623 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1709

燕歌行二首 其二 曹丕(魏文帝) 魏詩<5>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 女性詩624 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1713

8毛文錫《巻五50巻五16甘州遍二首其二》『花間集』249全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6517

毛文錫  甘州遍二首其二   

秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。青塚北,黑山西。

沙飛聚散無定,往往路人迷。鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。鳳皇詔下,步步躡丹梯。

(西域の雅楽「甘州子」の生まれた辺境の辺りの過去の様々な悲劇と、皇帝の一言で、悲運の生涯を遂げることになったと詠う。)北の辺境には秋風が吹けば身をちじめる緊縮頃である。北の砂漠地帯では、雁が列をなして南の地平線に低く飛ぶ。鉛色の空重なりあった雲がどこまでも続く。ここに吹き付ける風は、蕭々ともの悲しく、颯々と音を起てて強く吹く、そうなると思い浮かべるのは西域から、北方、東北にかけて異民族の侵略を征圧する為に出征した李陵と蘇武の別れだ、そこで鳴る角笛と軍鼓を鳴らし大声をあげて攻めることが心配事である。ここには、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、立派に役割を果たし、皇帝と共に青塚に葬られたし、また唐遣大将薛仁、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。砂漠の砂は飛び散り又集まり、山を造るが、定まらず、だからここを行き交う者たちは迷ってしまうことがよくあるという。ここの寒気に遭えば、着ている衣服、鎧兜まで凍るし、戦いは人馬の血に溢れ、蹄鉄餅も染まり、凝固してしまう、そうなれば異民族の地、一帯の谷間には人馬の死骸で埋め尽くされる。鳳凰である皇帝は詔を下し、そろりそろりと歩み出て丹梯をおりて、何もなかったように庭をめぐる。

8毛文錫《巻五50巻五16甘州遍二首其二》『花間集』249全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6517

 

 
 2015年8月26日の紀頌之5つのBlog 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-109杜甫 《巻1537夔州歌十絕句,十首之七》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-109 <972> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6515 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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9欧陽烱《巻五49浣渓沙 三首 其三》『花間集』248全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6512

欧陽烱  浣渓沙 三首其三

相見休言有淚珠,酒闌重得敘歡,鳳屏鴛枕宿金鋪。

蘭麝細香聞喘息,綺羅纖縷見肌膚,此時還恨薄情無。

(久方ぶりの寵愛を受ける、薄情と思っても、そうした薄い哀情であってもそれにすがって生きていくしかないと詠う。)たがいに顔をみたけれど、語ることはできないけど、真珠のような涙を浮かべている。それでも、酒宴もたけなわになり、何度も酒を注いだり、注がれたり、喜び、うれしさをようやく語り出す。そうしたら、鳳凰の屏風をまわりに立て、鴛鴦のように枕して、黄金の敷布に宿す、久方ぶりの寵愛である。蘭麝の煙りが細く立ち、かすかに吐息を聞き、奇麗な薄絹の衣は肌が透けて、艶姚な寝姿を見る。この時、また怨みの思いが湧いてくる、それでも妃嬪は薄情であってもその情愛に頼るしかすべがないのである。

9欧陽烱《巻五49浣渓沙 三首 其三》『花間集』248全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6512


 
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296 《巻十四02別魯頌》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <296> Ⅰ李白詩1584 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6468 
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 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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9欧陽烱《巻五49浣渓沙 三首 其二》『花間集』247全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6507

欧陽烱  浣溪紗三首其二  

天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

(美しく、踊りも歌も素晴らしい妃嬪も、やがては寵愛を失い、一人さびしい暮らしをする、しかし寵愛を受ける準備は怠ることはないと詠う)紺碧の薄物の羽衣をさらりと地に垂らして佇む、さすが選ばれた美人妃で、はじめからその衣は景色にふさわしいすばらしいものである。宛転して通り抜ける風は薄絹を翻し、芳しい香りに目をやれば、透き通るような肌の白さが美しい。一人座って眉をひそめる、そこに簫史が吹いた笙のような音が聞こえ、笙の音に惹かれた弄玉のように庭園の中を静かにゆっくりと歩いて、あのおかたに逢えれば渡そうと花の咲く枝を折る。しかし、何も起こらねば、気力も失せ、もう酔った人となることしかない、それでも寵愛を受けたい気持ちがあるだけなのである。

9欧陽烱《巻五49浣渓沙 三首 其二》『花間集』247全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6507

 

 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
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 歐陽舍人炯十七首

 

 

浣溪紗四首 南子八首 獻衷心一首 賀明朝二首

 

 

江城子一首 鳳樓春一首

1

欧陽烱

巻五47浣溪沙三首其一落絮殘鶯半日天,玉柔花醉只思眠,惹映竹滿爐煙。獨掩畫屏愁不語,斜欹瑤枕髻鬟偏,此時心在阿誰邊。

2

欧陽烱

巻五48浣溪沙三首其二天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

3

欧陽烱

巻五49浣溪沙三首其三相見休言有淚珠,酒闌重得敘歡,鳳屏鴛枕宿金鋪。蘭麝細香聞喘息,綺羅纖縷見肌膚,此時還恨薄情無。

4

欧陽烱

巻五50三字令春欲盡,日遲遲,牡丹時。羅幌卷,翠簾垂。彩牋書,紅粉淚,兩心知。人不在,鷰空歸,負佳期。香燼落,枕函欹。月分明,花澹薄,惹相思。

5

欧陽烱

巻六01子八首其一嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

6

欧陽烱

巻六02子八首其二畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

7

欧陽烱

巻六03子八首其三岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

8

欧陽烱

巻六04子八首其四洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

9

欧陽烱

巻六05子八首其五二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

10

欧陽烱

巻六06子八首其六路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

11

欧陽烱

巻六07子八首其七袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

12

欧陽烱

巻六08子八首其八翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

13

欧陽烱

巻六09獻衷心見好花顏色,爭笑東風。雙臉上,晚粧同。閑小樓深閣,春景重重。三五夜,偏有恨,月明中。情未已,信曾通,滿衣猶自染檀紅。恨不如雙鷰,飛舞簾櫳。春欲暮,殘絮盡,柳條空。

14

欧陽烱

巻六10賀明朝二首其一憶昔花間初識面,紅袖半遮粧臉。輕轉石榴裙帶,故將纖纖玉指,撚雙鳳金線。碧梧桐鏁深深院,誰料得,兩情何日教繾綣。羨春來雙鷰,飛到玉樓,朝暮相見

15

欧陽烱

巻六11賀明朝二首其二憶昔花間相見後,只憑纖手,暗紅豆。人前不解,巧傳心事。別來依舊,辜負春晝。碧羅衣上蹙金繡,睹對對鴛鴦,空裛淚痕透。想韶顏非久,終是為伊,只恁

16

欧陽烱

巻六12江城子晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

17

欧陽烱

巻六13鳳樓春鳳髻綠雲叢,深掩房攏。錦書通,夢中相見覺來慵,勻面淚臉珠融。因想玉郎何處去,對淑景誰同。小樓中,春思無窮。倚欄顒望,闇牽愁緒,柳花飛起東風。斜日照簾,羅幌香冷粉屏空。海棠零落,鶯語殘紅。

 

 

 

(改訂版Ver.2.1

浣溪紗三首 其一

(春も過ぎ、夏鶯が啼きはじめると、寵愛を失った。それでも毎日寵愛を受けている時と同じように寝牀の準備は怠らないものの、愁いと侘しさを詠う。)

落絮殘鶯半日天,玉柔花醉只思眠,惹映竹滿爐煙。

柳絮も飛び交う時節も終わり、夏鶯が啼き、日天子と過ごすのももう少し一緒にいたいといったことも半ば終ろうとしている。若くしなやかで綺麗な妃嬪は、花に酔いしれて、ただこのまま眠りつづけたいと思っていて、窓に惹かれて近づいてみると、そこには竹の影が映り、静かな午後のひと時は香炉からの紫煙で座敷いっぱいに広がる。

獨掩畫屏愁不語,斜欹瑤枕髻鬟偏,此時心在阿誰邊。

今は一人で過ごすのに、寵愛を受ける準備をして、絵屏風をたて。かこむ、愁いが募り言葉にならない。屏風を壁に片づけ、二つ並んだ枕を動かして、横になると髷と簪が揺れてかたよる、毎日、寝牀の準備をしているが、この同じときに、あのおかたはどこの誰のあたりにいるのだろうかということばかり思う。

(改訂版Ver.2.1

浣溪紗三首其二

(美しく、踊りも歌も素晴らしい妃嬪も、やがては寵愛を失い、一人さびしい暮らしをする、しかし寵愛を受ける準備は怠ることはないと詠う)

天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。

紺碧の薄物の羽衣をさらりと地に垂らして佇む、さすが選ばれた美人妃で、はじめからその衣は景色にふさわしいすばらしいものである。宛転して通り抜ける風は薄絹を翻し、芳しい香りに目をやれば、透き通るような肌の白さが美しい。

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

一人座って眉をひそめる、そこに簫史が吹いた笙のような音が聞こえ、笙の音に惹かれた弄玉のように庭園の中を静かにゆっくりと歩いて、あのおかたに逢えれば渡そうと花の咲く枝を折る。しかし、何も起こらねば、気力も失せ、もう酔った人となることしかない、それでも寵愛を受けたい気持ちがあるだけなのである。

 

 

『浣渓沙 三首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪紗三首其二

天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

 

(下し文)

浣溪紗三首其二

天の碧の羅衣 地を拂い垂れ,美人 初めて更に相い宜しくし著わし,宛風 舞うが如く香肌に透く。

獨り坐して嚬を含み 鳳竹を吹き,園中 緩步して 花枝を折る,情有れど人を泥す時に 力無し。

 

 

(現代語訳)

(美しく、踊りも歌も素晴らしい妃嬪も、やがては寵愛を失い、一人さびしい暮らしをする、しかし寵愛を受ける準備は怠ることはないと詠う)

紺碧の薄物の羽衣をさらりと地に垂らして佇む、さすが選ばれた美人妃で、はじめからその衣は景色にふさわしいすばらしいものである。宛転して通り抜ける風は薄絹を翻し、芳しい香りに目をやれば、透き通るような肌の白さが美しい。

一人座って眉をひそめる、そこに簫史が吹いた笙のような音が聞こえ、笙の音に惹かれた弄玉のように庭園の中を静かにゆっくりと歩いて、あのおかたに逢えれば渡そうと花の咲く枝を折る。しかし、何も起こらねば、気力も失せ、もう酔った人となることしかない、それでも寵愛を受けたい気持ちがあるだけなのである。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

浣溪紗三首其二

通り抜ける風は薄絹を翻し、芳しい香りに目をやれば、透き通るような肌の白さが美しい。

音楽と歌舞

古来から儀礼として重視されていた音楽と舞踊であったが、外来音楽と楽器の流入により、相当な発展をとげた。唐代には娯楽性も向上し、楽器の種類も大幅に増加した。合奏も行われ、宮廷では大規模な楽団による演奏が度々行われた。

初唐では九寺の一つである太常寺が舞楽を司る中心となり、宮廷舞楽のうちの雅楽を取り扱った。714年に「梨園」が設置され、300人の楽工が梨園弟子になり、後に宮女も加えられた。教坊は内教坊か初唐から置かれていた。この上、玄宗期に雅楽と区分された俗楽や胡楽、散楽を扱うことを目的とした左右教坊が増設された。胡楽は西域を中心とした外来音楽で、唐代の宮廷舞楽の中心であった十部楽のうちの大半を占めた。

 

宮廷音楽で歌われる歌の歌詞は唐詩が採用された。民間にも唐詩を歌詞にし、音楽にあわせて歌うものが現れ、晩唐には音楽にあわせるために書かれた詞を作られた。また、「闘歌」という歌の上手を競わせる遊びも存在していた。

舞踊は宮廷や貴族の酒宴ばかりでなく、民間の酒場や行事でも頻繁に行われた。外国から様々な舞踊が伝えられ、その種類も大きく増加した。様々な階層のものが舞踊を好み、楊貴妃や安禄山は胡旋舞の名手であったと伝えられる。

舞踊は、ゆったりした動きの踊りを「軟舞」、テンポが速い激しい踊りを「健舞」と分けられた。「胡旋舞」や「胡騰舞」は健舞に含まれた。伝統舞踊に外国からの舞踏が加わっていき発展していった。

唐代の宮廷では、楽団の演奏にあわせて大勢が舞踊を行うことで多かった。また、「字舞」と呼ばれる音楽とともに踊り、身体を翻す瞬間に衣の色を換え、その後に地に伏して全員で字の形を描くという集団舞踏も存在し、多い時は百人単位で行われた。

唐代の皇帝の中でも、玄宗が特に音楽がすぐれており、外国の音楽を取り入れた「霓裳羽衣の曲」を作曲したとされる。この曲とともに、楊貴妃が得意とした「霓裳羽衣の舞」が行われ、宮人が数百人で舞うこともあった。

安史の乱以後は、戦乱や、梨園の廃止、教坊の縮小とともに、楽工や妓女は地方に流れ、音楽や舞踊の普及は進んでいくことになった

 

浣溪沙三首

『花間集』には欧楊烱の作が三首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

浣溪沙三首其三

落絮殘鶯半日  玉柔花醉只思  映竹滿

獨掩畫屏愁不語  斜欹瑤枕髻鬟  此時心在阿誰 

●●○○●●○  ●○○●△△○  ●?●●●○○

●●●△○△●  ○○○△●○△  ●○○●○○○ 

浣溪沙三首其二

天碧羅衣拂地,美人初著更相,宛風如舞透香

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人

○●○△●●○  ●○○△△△○  △△△●●○○

●●○○△●●  ○△●●△○○  ●○○●△○○ 

浣溪沙三首其三

相見休言有淚,酒闌重得敘歡,鳳屏鴛枕宿金

蘭麝細香聞喘息,綺羅纖縷見肌,此時還恨薄情

△●△○●●○  ●○△●●○△  ●△○△●○△

○●●○△●●  ●○○●●○○  ●○○●●○○

 

天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。

紺碧の薄物の羽衣をさらりと地に垂らして佇む、さすが選ばれた美人妃で、はじめからその衣は景色にふさわしいすばらしいものである。宛転して通り抜ける風は薄絹を翻し、芳しい香りに目をやれば、透き通るような肌の白さが美しい。

天碧羅衣 空色の薄物の衣。楊貴妃の作曲した「涼州」を歌い、「凌波曲」「阿那曲」霓裳羽衣の曲、「連昌宮詞」。散楽は、宮廷だけではなく、皇族や貴族の邸宅で行われた。また、長安には、大慈恩寺、青竜寺、大薦福寺、永寿寺などの寺の境内や門前に「戯場」が置かれ、散楽が演じられた。散楽は、民間の音楽や角觝など武術、芝居も含まれるが、主流は曲芸や幻術(手品)、であった。内容は、竿木、縄伎(戯縄ともいう)、舞馬(象で行うこともある)、跳丸、弄剣、筋斗(とんぼ)、球伎、馬伎、呑刀、吐火、舞剣、植瓜、種棗、盤舞、杯盤舞などがあった。

美人 、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。美人は、妓優であり、妃嬪であり、歌踊りに関係するか、自ら行ったもの。

相宜 (書き言葉に用い;人・事物が周囲の状況や要求に)ふさわしい,似つかわしい,適当である.

○宛風 宛転して吹く風。

○透香肌 うす絹を通して香りの良いきめ細かな肌。

 

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

一人座って眉をひそめる、そこに簫史が吹いた笙のような音が聞こえ、笙の音に惹かれた弄玉のように庭園の中を静かにゆっくりと歩いて、あのおかたに逢えれば渡そうと花の咲く枝を折る。しかし、何も起こらねば、気力も失せ、もう酔った人となることしかない、それでも寵愛を受けたい気持ちがあるだけなのである。

含嚬 眉をひそめて心配そうな顔をする。愁いの表情。 

吹鳳竹 笙、簫。竹製の楽器。簫史と弄玉との故事。 『列仙伝』に「簫史者、秦穆公時人也。善吹簫、穆公有女號弄玉、好之、遂以妻焉。遂教弄玉作鳳鳴。居數十年、吹似鳳凰、鳳凰來止其屋、為作鳳臺、夫婦止其下。不數年、一旦隨鳳凰飛去。」(秦の穆公の時、蕭史あり、善く簫を吹く。公の女弄玉これを好む。公もって奏す。遂に弄玉に教へて鳳鴫をなす。居ること数年、吹くに鳳凰の声あり。鳳来ってその星に止まる。公、為に鳳台を作る。夫妻その上に止りしが、一旦、みな鳳凰に随って飛去す)とみえる。・霊妃 秦の穆公の女の弄玉。

春秋時代、秦の穆公に弄玉というむすめがあった。帯の名手の道士の簫史を愛したので穆公は二人を夫婦にした。弄玉は夫から笙の吹き方を教わり、鳳の鳴き声が吹けるようになり、その音につられて鳳がやってくるようになった。後に簫史は竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、二人とも天上にのぼったという伝説がある。簫・笙に鳳の詩を当てること何処の故事に基づくことを示唆する。

緩步 ゆっくりあるく。

泥人時 人を酔うたようにさせる時。泥は酔いつぶれること。

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欧陽烱  巻五47浣溪沙三首其一  落絮殘鶯半日天,玉柔花醉只思眠,惹映竹滿爐煙。獨掩畫屏愁不語,斜欹瑤枕髻鬟偏,此時心在阿誰邊

(春も過ぎ、夏鶯が啼きはじめると、寵愛を失った。それでも毎日寵愛を受けている時と同じように寝牀の準備は怠らないものの、愁いと侘しさを詠う。)柳絮も飛び交う時節も終わり、夏鶯が啼き、日天子と過ごすのももう少し一緒にいたいといったことも半ば終ろうとしている。若くしなやかで綺麗な妃嬪は、花に酔いしれて、ただこのまま眠りつづけたいと思っていて、窓に惹かれて近づいてみると、そこには竹の影が映り、静かな午後のひと時は香炉からの紫煙で座敷いっぱいに広がる。今は一人で過ごすのに、寵愛を受ける準備をして、絵屏風をたて。かこむ、愁いが募り言葉にならない。屏風を壁に片づけ、二つ並んだ枕を動かして、横になると髷と簪が揺れてかたよる、毎日、寝牀の準備をしているが、この同じときに、あのおかたはどこの誰のあたりにいるのだろうかということばかり思う。

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 2015年8月23日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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86-#1 送區册序 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1503> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6499 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
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 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。        

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

 

 

 歐陽舍人炯十七首

 

 

浣溪紗四首 南子八首 獻衷心一首 賀明朝二首

 

 

江城子一首 鳳樓春一首

1

欧陽烱

巻五47浣溪沙三首其一落絮殘鶯半日天,玉柔花醉只思眠,惹映竹滿爐煙。獨掩畫屏愁不語,斜欹瑤枕髻鬟偏,此時心在阿誰邊。

2

欧陽烱

巻五48浣溪沙三首其二天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

3

欧陽烱

巻五49浣溪沙三首其三相見休言有淚珠,酒闌重得敘歡,鳳屏鴛枕宿金鋪。蘭麝細香聞喘息,綺羅纖縷見肌膚,此時還恨薄情無。

4

欧陽烱

巻五50三字令春欲盡,日遲遲,牡丹時。羅幌卷,翠簾垂。彩牋書,紅粉淚,兩心知。人不在,鷰空歸,負佳期。香燼落,枕函欹。月分明,花澹薄,惹相思。

5

欧陽烱

巻六01子八首其一嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

6

欧陽烱

巻六02子八首其二畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

7

欧陽烱

巻六03子八首其三岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

8

欧陽烱

巻六04子八首其四洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

9

欧陽烱

巻六05子八首其五二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

10

欧陽烱

巻六06子八首其六路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

11

欧陽烱

巻六07子八首其七袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

12

欧陽烱

巻六08子八首其八翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

13

欧陽烱

巻六09獻衷心見好花顏色,爭笑東風。雙臉上,晚粧同。閑小樓深閣,春景重重。三五夜,偏有恨,月明中。情未已,信曾通,滿衣猶自染檀紅。恨不如雙鷰,飛舞簾櫳。春欲暮,殘絮盡,柳條空。

14

欧陽烱

巻六10賀明朝二首其一憶昔花間初識面,紅袖半遮粧臉。輕轉石榴裙帶,故將纖纖玉指,撚雙鳳金線。碧梧桐鏁深深院,誰料得,兩情何日教繾綣。羨春來雙鷰,飛到玉樓,朝暮相見

15

欧陽烱

巻六11賀明朝二首其二憶昔花間相見後,只憑纖手,暗紅豆。人前不解,巧傳心事。別來依舊,辜負春晝。碧羅衣上蹙金繡,睹對對鴛鴦,空裛淚痕透。想韶顏非久,終是為伊,只恁

16

欧陽烱

巻六12江城子晚日金陵岸艸平,落霞明,水無情,六代繁華,暗逐逝波聲。空有姑蘇臺上月,如西子鏡照江城。

17

欧陽烱

巻六13鳳樓春鳳髻綠雲叢,深掩房攏。錦書通,夢中相見覺來慵,勻面淚臉珠融。因想玉郎何處去,對淑景誰同。小樓中,春思無窮。倚欄顒望,闇牽愁緒,柳花飛起東風。斜日照簾,羅幌香冷粉屏空。海棠零落,鶯語殘紅。

 

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8牛希濟《巻0547 臨江仙七首其七》『花間集』245全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6497

牛希濟  臨江仙七首其七  

洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。

萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

(洞庭湖を望む周りには隠遁者を受け入れるが、特に真ん中に在る君山辺りは日月の輝きで最高の神仙郷である。東の湖面静かな平湖あたりは、天高い秋の星が降る季節が良い神仙郷である。五嶺山脈を超えると羅浮山のふもとには蜜柑と霜と紅葉の神仙の郷があると詠う。)洞庭湖に波立つのは、晴天の日は水面は輝き、風がそよぐ程度でも吹かれて波立つ。洞庭湖の中には、隠遁者の住む君山がポツンと浮んでそこだけ霞が立ちこめる。洞庭湖の真ん中あたりは神仙の郷に属しているし、そこには、輝くような高楼と真珠の宮殿がある。そして月が昇れば湖面に映す月と互いにその輪辺を接し、すべてが月の世界である。この洞庭湖から長江を下って東の方、万里さきの湖面静かな平湖は冷気がひろがると秋の色に染まると一番の景色で、空高く星たちが瞬けば星も湖面に垂れ、影を写し、千差万別、境目もわからず、星屑の世界になる。五嶺を越えれば、柑橘樹の名産地で、この季節霜が重ねて降りるようになると更に木々の紅葉が進んで鮮やかな色に変わる。羅浮山のふもとには蜜柑と霜と紅葉の神仙の郷があり、それが向かう道にはどこまでも、奥深い所までも連なっている。

8牛希濟《巻0547 臨江仙七首其七》『花間集』245全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6497

 

 
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8牛希濟《巻0546 臨江仙七首其六》『花間集』244全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6492

牛希濟  臨江仙七首其六  

柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。

暗移鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

(襄陽大堤の遊女は若くて繊細な手であったがどうしてここに北のかわからないが、精いっぱい盡してくれる、しかしその思いは、相手に、届きはしないのであると詠う)

漢水の砂浜、土手の官柳がみどりの帯となって連なって、風がぬけてやなぎが揺れ動き、水面が揺れる。土手には蕪が一面に育っていて、それが両岸で争って同じようにそだっている。鴛鴦は水の中で水浴びをしており、そこに鴛鴦がかぶさるような波が新たに起こる。この地の遊女は水面に手を浸けてシャバシャバして、微笑んで、この春を楽しんでいるようだ。そして、軽やかに歩き、蝉の髪飾りの簪がゆれながら、木陰の暗い所に入ってゆく。うすぎぬのスカートが風にあおられていて舞い上がった塵が惹かれてゆく。きらびやかな水精の宮殿がどうしてここにあるのか、いかなる因果関係もない。ただ、せっかくの優しいかぼそい手で佩び玉を解いて情人に愛の気持ちを捧げるけれども、むなしく徒労に終わる。

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臨江仙七首其六

(襄陽大堤の遊女は若くて繊細な手であったがどうしてここに北のかわからないが、精いっぱい盡してくれる、しかしその思いは、相手に、届きはしないのであると詠う)

柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。

水の砂浜、土手の官柳がみどりの帯となって連なって、風がぬけてやなぎが揺れ動き、水面が揺れる。土手には蕪が一面に育っていて、それが両岸で争って同じようにそだっている。

鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。

鴛鴦は水の中で水浴びをしており、そこに鴛鴦がかぶさるような波が新たに起こる。この地の遊女は水面に手を浸けてシャバシャバして、微笑んで、この春を楽しんでいるようだ。

輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。

そして、軽やかに歩き、蝉の髪飾りの簪がゆれながら、木陰の暗い所に入ってゆく。うすぎぬのスカートが風にあおられていて舞い上がった塵が惹かれてゆく。

水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

きらびやかな水精の宮殿がどうしてここにあるのか、いかなる因果関係もない。ただ、せっかくの優しいかぼそい手で佩び玉を解いて情人に愛の気持ちを捧げるけれども、むなしく徒労に終わる。

 

 

臨江仙七首其六』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

臨江仙七首其六

柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭

鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。

暗移鬢動,羅裙風惹輕塵。

水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

 

(下し文)
(臨江仙七首其の六)

柳の帶 風は搖めく漢水の濱,蕪を平かにし兩岸勻しく爭う。

鴛鴦 浴に對して浪痕新たなり。珠を弄ぶ遊女あり,微笑 自ら春を含む。

輕やかに步き暗きに移る 蟬鬢の動き,羅裙 風は輕塵を惹く。

水精の宮殿 豈に因無らんや?空しく纖手を勞し,珮を解きて情人ぶ贈らん。

(現代語訳)
(襄陽大堤の遊女は若くて繊細な手であったがどうしてここに北のかわからないが、精いっぱい盡してくれる、しかしその思いは、相手に、届きはしないのであると詠う)

漢水の砂浜、土手の官柳がみどりの帯となって連なって、風がぬけてやなぎが揺れ動き、水面が揺れる。土手には蕪が一面に育っていて、それが両岸で争って同じようにそだっている。

鴛鴦は水の中で水浴びをしており、そこに鴛鴦がかぶさるような波が新たに起こる。この地の遊女は水面に手を浸けてシャバシャバして、微笑んで、この春を楽しんでいるようだ。

そして、軽やかに歩き、蝉の髪飾りの簪がゆれながら、木陰の暗い所に入ってゆく。うすぎぬのスカートが風にあおられていて舞い上がった塵が惹かれてゆく。

きらびやかな水精の宮殿がどうしてここにあるのか、いかなる因果関係もない。ただ、せっかくの優しいかぼそい手で佩び玉を解いて情人に愛の気持ちを捧げるけれども、むなしく徒労に終わる。


(訳注)

臨江仙七首 其六

(襄陽大堤の遊女は若くて繊細な手であったがどうしてここに北のかわからないが、精いっぱい盡してくれる、しかしその思いは、相手に、届きはしないのであると詠う)

臨江仙

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。牛希濟の作は七首収められている。詞形を以下の通り。

(臨江仙七首 其一)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻、⑦⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

峭碧參差十二  冷煙寒樹重重  宮殿是  金鑪珠  香靄晝偏

●●△△●●○  △○○●△△  ○○○●●○○  ○○○●  ○●●△○

一自楚王驚夢斷  人間無路相逢  至今雲雨帶愁  月斜江  征棹動晨

●●●△○△●  ○△○●△○  ●○○●●○○  ●○○●  ○●●○○

 

(臨江仙七首 其二)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

謝家仙觀寄雲,岩蘿拂地成。 洞房不閉白雲,當時丹竈,一粒化黃

●○○△●○○  ○○●●○○  △○△●●○△  △○○●  ●●●○○

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴。 時間唳鶴起前,十洲高會,何處許相

●●○△△●●  ○△△●○○  ○△●●●○○  ●○○●  △●●△○

 

(臨江仙七首 其三)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句五平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

渭闕宮城秦樹,玉樓獨上無。 含情不語自吹,調情和恨,天路逐風

●●○○○●○  ●○●●○○  ○○△●●△○  △○△●  ○●●△○

何事乘龍入忽,似知深意相。 三清攜手路非,世間屏,彩筆劃嬌

△●△○●●  ●○△●△○  △○○●●○○  △△△△  ●●●△△

 

(臨江仙七首 其四)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

江繞黃陵春廟,嬌鶯獨語關。 滿庭重疊綠苔,陰雲無事,四散自歸

○●○○○●○  △○●●○○  ●○△●●○○  ○○○●  ●●●○○

簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎。 風流皆道勝人,須知狂客,判死為紅

○●○○○●△  ●○●●○○  △○○●△○△  ○○△●  ●●○○○

 

(臨江仙七首 其五)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻二仄韻、⑦⑥⑦➍⑤/❼⑥⑦❹⑤

素洛春光瀲灩,千重媚臉初。淩波羅襪勢輕,煙籠日,珠翠半分

●●○△●●○  ○△●△○△  ○○○●●△△  ○△●●  ○●●△○

風引寶衣疑欲,鸞迴鳳翥堪。也知心許無恐,陳王辭,千載有聲

△●●△○●●  ○△●●○○  ●○○●○●○  △△○●  ○●●○○

(臨江仙七首 其六)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

柳帶搖風漢水,平蕪兩岸爭。鴛鴦對浴浪痕。弄珠遊女,微笑自含

●●○△●●○  ○○●●○○  ○○●●△○○  ●○○●  ○●●○○

輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕。水精宮殿豈無?空勞纖手,解珮贈情

△●●○○●●  ○○△●△○  ●△○●●○○  △△○●  ●●●○○

 

(臨江仙七首 其七)双調五十八字、前段二十九字五句二平韻一仄韻、後段二十九字五句二平韻一仄韻、⑦⑥⑦➍⑤/7⑥❼4⑤

洞庭波浪颭晴  君山一點凝煙  此中真境屬神  玉樓珠殿  相映月輪

△○○△●○○  ○○●●△○  ●△○●●○○  ●○○●  △●●○○

萬里平湖秋色冷  星辰垂影參然  橘林霜重更紅  羅浮山下  有路暗相

●●○○○●△  ○○○●△○  ●○○△△○△  ○○○●  ●●●△○

 

張泌『臨江仙一首』双調五十八字、前段二十九字五句三平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻、7⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

煙收湘渚秋江靜  蕉花露泣愁紅  五雲雙鶴去無  幾迴魂  凝望向長

○△○●○○●  ○○●●○○  ●○○●●○○  △△○●  △△●△△

翠竹暗留珠淚怨  閑調寶瑟波中  花鬟月鬢綠雲  古祠深殿  香冷雨和

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(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

 

柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。

水の砂浜、土手の官柳がみどりの帯となって連なって、風がぬけてやなぎが揺れ動き、水面が揺れる。土手には蕪が一面に育っていて、それが両岸で争って同じようにそだっている。

○漢水濱 漢水は陝西省漢中市寧強県の蟠冢山を水源とする。東に流れ湖北省に入り武漢市で長江に合流する。支流として胥水河(中文)、旬河(中文)、堵河(中文)(最大)、丹江(中文)、唐白河(中文)等を併せる。流域の主要な都市として漢中市、安康市、十堰市、襄陽市、武漢市などがある。詩の雰囲気から、襄陽の大堤の砂浜、武漢の長江五龍地点の中洲、両岸の砂浜と考えられるが、下の句「水精宮殿」という語句から漢水の支流に水の珠が飛び散る滝の様なものがあり、宮殿の三方、あるいは水面に競り出た様な宮殿であろう、襄陽がイメージされる。その場合。漢水本流ではなく、大堤の中に入っていく運河の様な水路であれば、水精は棹のみずたまということかもしれない。

柳帶 漢水の川辺に土手の補強に柳を植える。治水工事の一環であるため、官柳と呼ばれた。杜甫《1203 城西原送李判官武判官赴成都府》詩「野花随处发,官柳著行新。」《0955 西郊》「市橋官柳細,江路野梅香。」

 

西郊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 2)  杜甫 <407 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1980 杜甫詩1000-407-590/1500

676 城西原送李判官兄、武判官弟赴成都府》 蜀中転々 杜甫 <582>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3220 杜甫詩1000-582-838/1500

 

河傳三首其三

(河傳三首其の三)

同伴,相喚。

同伴し,相い喚ぶ。

杏花稀,夢裡每愁依違。

杏花稀れにして,夢裡 每に依違を愁う。

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

仙客 一去って 鷰已に飛び,歸らず,淚痕 空しく衣滿つ。

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

天際 雲鳥 晴遠を引く,春已に晚れ,煙靄 南苑に渡る。

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

雪梅 香り,柳帶 長く,小娘,轉た人をして意傷まわ令む。

(曲江離宮の妃嬪宮女が舟遊びの時に見初められ、時を過ごしたが、季節が変わるころには、放置された、次の春が過ぎようとする頃、同じような若い宮女がまた一人池端にいると詠う。)

声を掛けてきて、舟遊びの舟にのってきた。

晩春になり杏園の杏花も散り落ちて疎らに残っているだけのころには。夢のなかにいるだけで、眼が醒めればその度に心配な気持ちだけであり、もう寄り添うことなどできないと思うようになった。

ここに来る旅の人は飛来する鶴で一たび去ってしまい、燕も既に飛んでいってしまった。だから、帰ってくることはない。残されたものの頬には涙の痕が残っており、ふとんの中には空しさだけが残っている。

空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、それに代わって雨雲や靄が広がり渡ってこの南苑に漂い渡ってきた。

また冬が過ぎ、残雪の中の早梅の香が届いたと思えば、もう柳が芽吹きしげって柳並木は長くおびのように続いている、そこにはまだあどけない女が一人、また同じような心痛める女を作ってしまったということなのだろう。

 

 

鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。

鴛鴦は水の中で水浴びをしており、そこに鴛鴦がかぶさるような波が新たに起こる。この地の遊女は水面に手を浸けてシャバシャバして、微笑んで、この春を楽しんでいるようだ。

 

輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。

そして、軽やかに歩き、蝉の髪飾りの簪がゆれながら、木陰の暗い所に入ってゆく。うすぎぬのスカートが風にあおられていて舞い上がった塵が惹かれてゆく。

蟬鬢動 蝉の髪飾りの簪がゆれている

 

水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

きらびやかな水精の宮殿がどうしてここにあるのか、いかなる因果関係もない。ただ、せっかくの優しいかぼそい手で佩び玉を解いて情人に愛の気持ちを捧げるけれども、むなしく徒労に終わる。

○水精、宮殿 水に映り輝く宮殿。水精は水の精。水星、辰星。水の中から産する珠。水の妖精。「珠水精、故以禦火灾」(珠は水精、故に以て火灾を禦【ふせ】ぐ)とある。また、水精宮とすれば、水晶で飾られた宮殿と見る場合も考えられるが、詩の雰囲気と杜甫のその時の心情を合わせて水晶の宮殿ではない。

水精宮殿 

杜甫『曲江對酒』

苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。

桃花細逐楊花落,鳥時兼白鳥飛。

縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。

吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。

春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。

・苑 芙蓉苑。・江 曲江。・転 いよいよ、看るみるうちにいよいよ。・霏微 春光掩映のさまと、水気のこまかに飛散とぶさまのふたつの意味をいう。

 

●  花間集における「水精」について

溫庭筠

《巻一02菩薩蠻十四首其二》水精簾裡頗黎枕,暖香惹夢鴛鴦錦。江上柳如煙,鴈飛殘月天。藕絲秋色淺,人勝參差剪。雙鬢隔香紅,玉釵頭上風。

薛昭蘊

《巻三45謁金門》春滿院,疊損羅衣金線。睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

張泌

《巻四48南歌子三首其一》柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

毛文錫

《巻五27月宮春一首》水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。玉兔銀蟾爭守護,姮娥女戲相隈。遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。

牛希濟

《巻五41臨江仙七首其六》柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

毛熙震

《巻九34浣溪沙七首其一》  春暮黃鶯下砌前,水精簾影露珠懸,綺霞低映晚晴天。弱柳萬條垂翠帶,殘紅滿地碎香鈿,蕙風飄蕩散輕煙。

毛熙震

《巻十02河滿子二首 其二》  無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。幾度香閨眠曉,綺疎日微明。雲母帳中惜,水精枕上初驚。笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

○無因 世界のあり方にいかなる因果関係も認めず,現象は原因も条件もなしに生起するという

○纖手 かぼそくたおやかな女の手。

8牛希濟《巻0545 臨江仙七首其五》『花間集』243全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6487

牛希濟  臨江仙七首 其五  

素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。

風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

(洛陽の上陽宮にはたくさんの純真な女たちが初めての夜を過ごし、晴れやかな夜を過ごし、特に千年前の魏の曹植のコイバナは今も有名な話であるとを詠う)

昼間の洛陽の都に春のひかりがふりそそぎ、洛水には万遍なくさざ波が光きらめいている。ここには千年の妃嬪、宮妓の媚艶があり、たくさんの初夜を過したことが積み重なっている。白紵は入り混じり、波のようにひるがえり、うす絹の下着靴下を履いた女たちは軽やかに跳ね回って踊っているし、香炉の煙が上ぶたの所で燻り、日に照らされた日々に、珠玉、ひすいのかざりにそれぞれに光を分けている。風にふかれるとその宝玉に包まれた着物は踊っているのかとみまちがえる、帳の鸞が飛んで、鳳凰がはばたいているようで驚くのをこらえ堪えている。このことは心を許すということは体を一つにすることなど恐れることはないということを理解すべきである。それは魏の曹植が「神洛賦」にあらわしている、だから、それから千年たってもそのことは有名なことなのである。

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 2015年8月20日の紀頌之5つのBlog 
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臨江仙七首

8.牛希済

牛學士希濟、咸通十三年頃(872年頃~末詳)、隴西(今の甘粛省隴西)の人。牛嶠の兄の子。前蜀に仕えて起居郎、翰林学士、御史中丞等の職を歴任、同光三年(925年)、後唐によって蜀が滅ぼされると、後唐に降り洛陽に入った。後唐の明宗が、蜀の旧臣に「蜀主、巨唐に降る」という詩を作らせると、みな蜀主の荒淫をそしったが、年希済だけは蜀主非難の言葉を吐かなかったので、明宗は彼を蕹州〔今の陝西省西安の西北)の節度副使に任じた。『花間集』には十一首の詞が収められている。

 

 

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其一

(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。

(臨江仙七首 其の一)

峭碧 參差 十二峯,冷煙 寒樹 重重たり。

 宮殿 是れ仙蹤なり,金鑪 珠帳,香靄 晝に偏りて濃く。

一つに自ら楚王 夢斷れて驚く,人間 路無く相い逢う。

今に至るも雲雨 愁容を帶び,月斜きて江の上り,棹を征し晨鐘を動かす。

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首其二

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。

謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。

洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。

石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。

時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

(臨江仙七首 其二)

謝家 仙觀 雲岑に寄り,岩蘿 地を拂い陰を成す。

洞房 閉くことなく、白雲深し,時に當って丹竈し,一粒 黃金に化す。

石壁 霞衣 猶お半ば挂り,松風 長じて鳴琴に似たり。

時間すれば 「唳鶴」す 前林に起きるを,「十洲高會」,何處にか相い尋ねんことを許さん?

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其三

(男女の仲は永遠に続くものではないが、「三清」がふたりをみとめてくれるほどに、情愛を調和させることであり、障壁を乗り越える努力をすることであると詠う。)

渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。

渭水は秦の都、咸陽、次時代の長安の城門であった、その宮城と長安城を見守ってきた大木の秦樹もやがて凋落していったのだ。そして、いま、きらびやかに輝いている高楼に一人登ってみるとそこからは心が晴れやかにはならない。

含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。

秦の穆公の時、「蕭史あり、善く簫を吹く。」とあり、簫を吹くだけで語り合うことはなかったが、情の愛心を持っていた、やがて情愛を調和することになり、怨みを和ませることになる。そして二人は天への道を登っていきついには風に乗りひらひらと天に上ってしまう。

何事乘龍入忽降,似知深意相招。

何事があったのか、それは簫史が竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、入っていき、そして降りて行ったのだ。これらの話で類似していることは、男女の愛は意志を深く持つことであり、たがいにまねきいれることなのである。

三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

こうして、道教の最高神格の「三清」がふたりをみとめてくれれば、手を携えてその道を行くならばはるか遠いということはないのである。この世の中はいろんな障壁があるものであり、彩り豊かな筆でもって美しく艶めかしく描くことである。

(臨江仙七首 其の三)

渭闕 宮城 秦樹凋ち,玉樓 獨り上りて無す。

情を含みて自ら吹簫を語らず,調情して恨を和み,天路 風飄を逐う。

何事ぞ龍に乘り入り忽ち降り,知るに似たり 深意 相い招くを。

三清 手を攜えて路 遙ならざる,世間 屏障,彩筆 嬌饒の劃【かく】す。

 

巻五39(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首其四

(黄河支流清水がめぐる黄帝陵には、皇帝の死によって、妃嬪宮女たちが送られている。彼女らは若くして死んでいくのは間違いないことだと詠う)

江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。

黄河支流清水がめぐる黄帝陵にも春景色になり、霊廟は静まり返っている。近くには艶めかしく鶯の春を告げる声が、聞こえてくる。

滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。

黄帝陵の庭園には緑の苔の斑点が幾重にも重なり合って、いっぱいに広がっている。そこには祀るひとびとはあつまり雲が影を暗くするほど集まったが何事もおこらず、やがて、雲散霧消して、自然と山に帰っていく。

簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。

しだいに、笛と太鼓の音も稀になり聞えなくなったし、香炉も燃え尽きて消え、つめたくなってしまった。満天の空の月は満月から「彎環の吟」になるまで、つきるまで繰り返す。

風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

この風流こそが、みんなが本道とするところ、人間、この世のものとして一番良いものであるというだろう。この風流の場所に、風流に病み付きになった皇帝の宮女たちは誰もが知る。まだ若い紅顔であるのに死んで行くのを待つだけなのである。

 

 

巻五40臨江仙七首其五

(洛陽の上陽宮にはたくさんの純真な女たちが初めての夜を過ごし、晴れやかな夜を過ごし、特に千年前の魏の曹植のコイバナは今も有名な話であるとを詠う)

素洛春光瀲平,千重媚臉初生。

昼間の洛陽の都に春のひかりがふりそそぎ、洛水には万遍なくさざ波が光きらめいている。ここには千年の妃嬪、宮妓の媚艶があり、たくさんの初夜を過したことが積み重なっている。

波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。

白紵は入り混じり、波のようにひるがえり、うす絹の下着靴下を履いた女たちは軽やかに跳ね回って踊っているし、香炉の煙が上ぶたの所で燻り、日に照らされた日々に、珠玉、ひすいのかざりにそれぞれに光を分けている。

風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳堪驚。

風にふかれるとその宝玉に包まれた着物は踊っているのかとみまちがえる、帳の鸞が飛んで、鳳凰がはばたいているようで驚くのをこらえ堪えている。

也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

このことは心を許すということは体を一つにすることなど恐れることはないということを理解すべきである。それは魏の曹植が「神洛賦」にあらわしている、だから、それから千年たってもそのことは有名なことなのである。

 

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

 

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10 -8 臨江仙七首其四 牛學士希濟(牛希濟)ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-405-10-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3572

牛希濟  臨江仙七首其四  

江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。

簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

(黄河支流清水がめぐる黄帝陵には、皇帝の死によって、妃嬪宮女たちが送られている。彼女らは若くして死んでいくのは間違いないことだと詠う)

黄河支流清水がめぐる黄帝陵にも春景色になり、霊廟は静まり返っている。近くには艶めかしく鶯の春を告げる声が、聞こえてくる。黄帝陵の庭園には緑の苔の斑点が幾重にも重なり合って、いっぱいに広がっている。そこには祀るひとびとはあつまり雲が影を暗くするほど集まったが何事もおこらず、やがて、雲散霧消して、自然と山に帰っていく。しだいに、笛と太鼓の音も稀になり聞えなくなったし、香炉も燃え尽きて消え、つめたくなってしまった。満天の空の月は満月から「彎環の吟」になるまで、つきるまで繰り返す。この風流こそが、みんなが本道とするところ、人間、この世のものとして一番良いものであるというだろう。この風流の場所に、風流に病み付きになった皇帝の宮女たちは誰もが知る。まだ若い紅顔であるのに死んで行くのを待つだけなのである。

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臨江仙七首

 

8.牛希済

牛學士希濟、咸通十三年頃(872年頃~末詳)、隴西(今の甘粛省隴西)の人。牛嶠の兄の子。前蜀に仕えて起居郎、翰林学士、御史中丞等の職を歴任、同光三年(925年)、後唐によって蜀が滅ぼされると、後唐に降り洛陽に入った。後唐の明宗が、蜀の旧臣に「蜀主、巨唐に降る」という詩を作らせると、みな蜀主の荒淫をそしったが、年希済だけは蜀主非難の言葉を吐かなかったので、明宗は彼を蕹州〔今の陝西省西安の西北)の節度副使に任じた。『花間集』には十一首の詞が収められている。

 

 

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其一

(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。

(臨江仙七首 其の一)

峭碧 參差 十二峯,冷煙 寒樹 重重たり。

 宮殿 是れ仙蹤なり,金鑪 珠帳,香靄 晝に偏りて濃く。

一つに自ら楚王 夢斷れて驚く,人間 路無く相い逢う。

今に至るも雲雨 愁容を帶び,月斜きて江の上り,棹を征し晨鐘を動かす。

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首其二

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。

謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。

洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。

石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。

時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

(臨江仙七首 其二)

謝家 仙觀 雲岑に寄り,岩蘿 地を拂い陰を成す。

洞房 閉くことなく、白雲深し,時に當って丹竈し,一粒 黃金に化す。

石壁 霞衣 猶お半ば挂り,松風 長じて鳴琴に似たり。

時間すれば 「唳鶴」す 前林に起きるを,「十洲高會」,何處にか相い尋ねんことを許さん?

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其三

(男女の仲は永遠に続くものではないが、「三清」がふたりをみとめてくれるほどに、情愛を調和させることであり、障壁を乗り越える努力をすることであると詠う。)

渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。

渭水は秦の都、咸陽、次時代の長安の城門であった、その宮城と長安城を見守ってきた大木の秦樹もやがて凋落していったのだ。そして、いま、きらびやかに輝いている高楼に一人登ってみるとそこからは心が晴れやかにはならない。

含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。

秦の穆公の時、「蕭史あり、善く簫を吹く。」とあり、簫を吹くだけで語り合うことはなかったが、情の愛心を持っていた、やがて情愛を調和することになり、怨みを和ませることになる。そして二人は天への道を登っていきついには風に乗りひらひらと天に上ってしまう。

何事乘龍入忽降,似知深意相招。

何事があったのか、それは簫史が竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、入っていき、そして降りて行ったのだ。これらの話で類似していることは、男女の愛は意志を深く持つことであり、たがいにまねきいれることなのである。

三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

こうして、道教の最高神格の「三清」がふたりをみとめてくれれば、手を携えてその道を行くならばはるか遠いということはないのである。この世の中はいろんな障壁があるものであり、彩り豊かな筆でもって美しく艶めかしく描くことである。

(臨江仙七首 其の三)

渭闕 宮城 秦樹凋ち,玉樓 獨り上りて無す。

情を含みて自ら吹簫を語らず,調情して恨を和み,天路 風飄を逐う。

何事ぞ龍に乘り入り忽ち降り,知るに似たり 深意 相い招くを。

三清 手を攜えて路 遙ならざる,世間 屏障,彩筆 嬌饒の劃【かく】す。

 

巻五39(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首其四

(黄河支流清水がめぐる黄帝陵には、皇帝の死によって、妃嬪宮女たちが送られている。彼女らは若くして死んでいくのは間違いないことだと詠う)

江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。

黄河支流清水がめぐる黄帝陵にも春景色になり、霊廟は静まり返っている。近くには艶めかしく鶯の春を告げる声が、聞こえてくる。

滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。

黄帝陵の庭園には緑の苔の斑点が幾重にも重なり合って、いっぱいに広がっている。そこには祀るひとびとはあつまり雲が影を暗くするほど集まったが何事もおこらず、やがて、雲散霧消して、自然と山に帰っていく。

簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。

しだいに、笛と太鼓の音も稀になり聞えなくなったし、香炉も燃え尽きて消え、つめたくなってしまった。満天の空の月は満月から「彎環の吟」になるまで、つきるまで繰り返す。

風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

この風流こそが、みんなが本道とするところ、人間、この世のものとして一番良いものであるというだろう。この風流の場所に、風流に病み付きになった皇帝の宮女たちは誰もが知る。まだ若い紅顔であるのに死んで行くのを待つだけなのである。

 

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『臨江仙七首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

 (本文)

臨江仙七首其四

江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。

滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。

簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。

風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

 

 

(下し文)

(臨江仙七首 其四)

江は黃陵を繞き 春廟 閑かなり,嬌鶯は獨り語る 關關と。

庭に滿ち 綠苔の斑を重疊す,雲は陰をなし事無く,四散して 自ら山に歸る。

簫鼓の聲稀れにして 香燼冷む,月娥 盡く彎環するを斂む。

風流 皆道う 人間にる勝を,須く 狂客を知る,判死 紅顏を為す。

 

 

(現代語訳)

(黄河支流清水がめぐる黄帝陵には、皇帝の死によって、妃嬪宮女たちが送られている。彼女らは若くして死んでいくのは間違いないことだと詠う)

黄河支流清水がめぐる黄帝陵にも春景色になり、霊廟は静まり返っている。近くには艶めかしく鶯の春を告げる声が、聞こえてくる。

黄帝陵の庭園には緑の苔の斑点が幾重にも重なり合って、いっぱいに広がっている。そこには祀るひとびとはあつまり雲が影を暗くするほど集まったが何事もおこらず、やがて、雲散霧消して、自然と山に帰っていく。

しだいに、笛と太鼓の音も稀になり聞えなくなったし、香炉も燃え尽きて消え、つめたくなってしまった。満天の空の月は満月から「彎環の吟」になるまで、つきるまで繰り返す。

この風流こそが、みんなが本道とするところ、人間、この世のものとして一番良いものであるというだろう。この風流の場所に、風流に病み付きになった皇帝の宮女たちは誰もが知る。まだ若い紅顔であるのに死んで行くのを待つだけなのである。

 

(訳注)

臨江仙七首 其四

(黄河支流清水がめぐる黄帝陵には、皇帝の死によって、妃嬪宮女たちが送られている。彼女らは若くして死んでいくのは間違いないことだと詠う)

后妃、妃嬪にとって、最後の脅威は皇帝の死去である。これは皇帝の付属品である后妃たちが、いっさいの地位と栄誉の拠り所を失うことを意味した。一つだけ例外がある。つまり子が皇帝に即位した場合で、「やんごとなき夫の妻」から、「やんごとなき子の母」 へと転じることができた。少なくとも子のある妃嬪はちょっとした地位を保つことができたが、子のない妃嬢たちは武則天のように仏寺に送られて尼にされるか、霊廟に送られるか、あるいは寂しく落ちぶれて後宮の中で生涯を終えた。妃嬪に仕えた宮女も帰るところがなく贈られたのである。

臨江仙

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。牛希濟の作は七首収められている。詞形を以下の通り。

(臨江仙七首 其一)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻、⑦⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

峭碧參差十二  冷煙寒樹重重  宮殿是  金鑪珠  香靄晝偏

●●△△●●○  △○○●△△  ○○○●●○○  ○○○●  ○●●△○

一自楚王驚夢斷  人間無路相逢  至今雲雨帶愁  月斜江  征棹動晨

●●●△○△●  ○△○●△○  ●○○●●○○  ●○○●  ○●●○○

 

(臨江仙七首 其二)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

謝家仙觀寄雲,岩蘿拂地成。 洞房不閉白雲,當時丹竈,一粒化黃

●○○△●○○  ○○●●○○  △○△●●○△  △○○●  ●●●○○

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴。 時間唳鶴起前,十洲高會,何處許相

●●○△△●●  ○△△●○○  ○△●●●○○  ●○○●  △●●△○

 

(臨江仙七首 其三)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句五平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

渭闕宮城秦樹,玉樓獨上無。 含情不語自吹,調情和恨,天路逐風

●●○○○●○  ●○●●○○  ○○△●●△○  △○△●  ○●●△○

何事乘龍入忽,似知深意相。 三清攜手路非,世間屏,彩筆劃嬌

△●△○●●  ●○△●△○  △○○●●○○  △△△△  ●●●△△

 

(臨江仙七首 其四)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

江繞黃陵春廟,嬌鶯獨語關。 滿庭重疊綠苔,陰雲無事,四散自歸

○●○○○●○  △○●●○○  ●○△●●○○  ○○○●  ●●●○○

簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎。 風流皆道勝人,須知狂客,判死為紅

○●○○○●△  ●○●●○○  △○○●△○△  ○○△●  ●●○○○

 

(臨江仙七首 其五)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻二仄韻、⑦⑥⑦➍⑤/❼⑥⑦❹⑤

素洛春光瀲灩,千重媚臉初。淩波羅襪勢輕,煙籠日,珠翠半分

●●○△●●○  ○△●△○△  ○○○●●△△  ○△●●  ○●●△○

風引寶衣疑欲,鸞迴鳳翥堪。也知心許無恐,陳王辭,千載有聲

△●●△○●●  ○△●●○○  ●○○●○●○  △△○●  ○●●○○

(臨江仙七首 其六)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

柳帶搖風漢水,平蕪兩岸爭。鴛鴦對浴浪痕。弄珠遊女,微笑自含

●●○△●●○  ○○●●○○  ○○●●△○○  ●○○●  ○●●○○

輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕。水精宮殿豈無?空勞纖手,解珮贈情

△●●○○●●  ○○△●△○  ●△○●●○○  △△○●  ●●●○○

 

(臨江仙七首 其七)双調五十八字、前段二十九字五句二平韻一仄韻、後段二十九字五句二平韻一仄韻、⑦⑥⑦➍⑤/7⑥❼4⑤

洞庭波浪颭晴  君山一點凝煙  此中真境屬神  玉樓珠殿  相映月輪

△○○△●○○  ○○●●△○  ●△○●●○○  ●○○●  △●●○○

萬里平湖秋色冷  星辰垂影參然  橘林霜重更紅  羅浮山下  有路暗相

●●○○○●△  ○○○●△○  ●○○△△○△  ○○○●  ●●●△○

 

張泌『臨江仙一首』双調五十八字、前段二十九字五句三平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻、7⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

煙收湘渚秋江靜  蕉花露泣愁紅  五雲雙鶴去無  幾迴魂  凝望向長

○△○●○○●  ○○●●○○  ●○○●●○○  △△○●  △△●△△

翠竹暗留珠淚怨  閑調寶瑟波中  花鬟月鬢綠雲  古祠深殿  香冷雨和

●●●△○●△  ○△●●○△  ○○●●●○△  ●○△●  ○△●△△

(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

杜甫乱前後の図003鳳翔
 

 

江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。

黄河支流清水がめぐる黄帝陵にも春景色になり、霊廟は静まり返っている。近くには艶めかしく鶯の春を告げる声が、聞こえてくる。

○黃陵 黄帝陵:陝西省延安市黄陵県に位置する陵墓遺跡である。中華民族の始祖とされる黄帝は、伝説によれば薨去の際に衣服と冠だけを残して昇天したといわれ、「衣冠塚」と呼ばれる。三皇五帝の伝説に基づく中国古代の理想の皇帝。三皇と、黄帝・顓頊(せんぎよく)・帝嚳(ていこく)・唐堯(とうぎよう)・虞舜(ぐしゆん)の五帝。諸説がある。陵に通じる石道の右側には「下馬石」があり、上には「文武官員至此下馬」と書かれている。陵の近くには「漢武仙台」がある。伝説によれば漢の武帝が匈奴への北伐から帰還したとき、黄帝陵に立ち寄り、祭祀を主宰して築造したものだという。

○嬌鶯 艶めかしい声の鶯。聖女祠、芸妓のこと。

○關關 オスとメスの和する際の鳴き声の形容。『詩経、国風、周南、關』「關關雎鳩, 在河之洲。 窈窕淑女, 君子好逑。」 


 

滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。

黄帝陵の庭園には緑の苔の斑点が幾重にも重なり合って、いっぱいに広がっている。そこには祀るひとびとはあつまり雲が影を暗くするほど集まったが何事もおこらず、やがて、雲散霧消して、自然と山に帰っていく。

○四散 四方に散ってちりぢりになること。別々に分かれること。]〔雲散〕スル▽それぞれの不安が雲散する▽雲散霧消(=散らばって消えてしまうこと)

 

簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。

しだいに、笛と太鼓の音も稀になり聞えなくなったし、香炉も燃え尽きて消え、つめたくなってしまった。満天の空の月は満月から「彎環の吟」になるまで、つきるまで繰り返す。

○簫鼓 簫とつづみ。笛と太鼓。簫史と弄玉との故事。

○《「十八史略」五帝の「鼓腹撃壌(こふくげきじょう)」の故事から》天下太平で衣食が足り万民が生活を楽しむことをいう。鼓腹。

○簫鼓聲稀香燼冷 白居易の著した『李夫人詩』に記された「反魂香」の故事に基づいたもの。前漢の武帝は亡くした李夫人を偲ぶことしきりだったので、あるとき道士に霊薬をつくらせてその香を焚いてみると、はたして彼女の魂が反ってきたかのように李夫人の姿が煙の内に見えたという。

○月娥 月そのものを美女と呼んだことから来る月の別名。嫦娥伝説からくるものである。嫦娥(じょうが、こうが)は、中国神話に登場する人物。后羿の妻。姮娥とも表記する。『淮南子』覧冥訓によれば、もとは仙女だったが地上に下りた際に不死でなくなったため、夫の后羿が西王母からもらい受けた不死の薬を盗んで飲み、月に逃げ、蝦蟇になったと伝えられる。別の話では、后羿が離れ離れになった嫦娥をより近くで見るために月に向かって供え物をしたのが、月見の由来だとも伝えている。道教では、嫦娥を月神とみなし、「太陰星君」さらに「月宮黄華素曜元精聖後太陰元君」「月宮太陰皇君孝道明王」と呼び、中秋節に祀っている。「嫦」は「姮」の異体字で同じ意味である。前漢の文帝の名が「恒」であるため、字形のよく似た「姮」を避諱して「嫦」を用いるようになった。日本では百姓読みにより旁の「常」から「じょう」と読まれるようになったが、本来の読み通りに「こう」と読む場合もある。

○彎環 彎環の吟(わんかんのこえ)」 まわり まわる環状線くるり くるり輪を廻る果てない願いを吟(うた)うことをいう。

 

風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

風流こそが、みんなが道とするところ、人間、この世のものとして一番良いものであるというだろう。風流に病み付きになった旅客者は誰もが知る。こんなことがよくわかればたとえ死んだとしても、きっと青年のような顔をしているだろう。

○風流 今使われている中世以降の人目を驚かすために華美な趣向を凝らした意匠を指し、婆娑羅や数寄とともに侘び・寂びと対峙する存在として認識された用語とは若干異なる。以下の詩が参考になろう。

范靖婦沈満願『戯蕭娘』

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

8牛希濟《巻0543 臨江仙七首其三》『花間集』241全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6477

牛希濟  臨江仙七首 其三  

渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。

何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

(男女の仲は永遠に続くものではないが、「三清」がふたりをみとめてくれるほどに、情愛を調和させることであり、障壁を乗り越える努力をすることであると詠う。)

渭水は秦の都、咸陽、次時代の長安の城門であった、その宮城と長安城を見守ってきた大木の秦樹もやがて凋落していったのだ。そして、いま、きらびやかに輝いている高楼に一人登ってみるとそこからは心が晴れやかにはならない。

秦の穆公の時、「蕭史あり、善く簫を吹く。」とあり、簫を吹くだけで語り合うことはなかったが、情の愛心を持っていた、やがて情愛を調和することになり、怨みを和ませることになる。そして二人は天への道を登っていきついには風に乗りひらひらと天に上ってしまう。

何事があったのか、それは簫史が竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、入っていき、そして降りて行ったのだ。これらの話で類似していることは、男女の愛は意志を深く持つことであり、たがいにまねきいれることなのである。

こうして、道教の最高神格の「三清」がふたりをみとめてくれれば、手を携えてその道を行くならばはるか遠いということはないのである。この世の中はいろんな障壁があるものであり、彩り豊かな筆でもって美しく艶めかしく描くことである。

 

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牛希濟  臨江仙七首其二  

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

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(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其一

(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。

(臨江仙七首 其の一)

峭碧 參差 十二峯,冷煙 寒樹 重重たり。

 宮殿 是れ仙蹤なり,金鑪 珠帳,香靄 晝に偏りて濃く。

一つに自ら楚王 夢斷れて驚く,人間 路無く相い逢う。

今に至るも雲雨 愁容を帶び,月斜きて江の上り,棹を征し晨鐘を動かす。

 

(改訂版Ver.2.1

臨江仙七首其二

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。

謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。

洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。

石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。

時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

(臨江仙七首 其二)

謝家 仙觀 雲岑に寄り,岩蘿 地を拂い陰を成す。

洞房 閉くことなく、白雲深し,時に當って丹竈し,一粒 黃金に化す。

石壁 霞衣 猶お半ば挂り,松風 長じて鳴琴に似たり。

時間すれば 「唳鶴」す 前林に起きるを,「十洲高會」,何處にか相い尋ねんことを許さん?
<!--[if !supportLineBreakNewLine]-->
<!--[endif]-->

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

 

(改訂版Ver.2.1

『臨江仙七首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙七首其二

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。

洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。

時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

 

(下し文)

(臨江仙七首 其二)

謝家 仙觀 雲岑に寄り,岩蘿 地を拂い陰を成す。

洞房 閉くことなく、白雲深し,時に當って丹竈し,一粒 黃金に化す。

石壁 霞衣 猶お半ば挂り,松風 長じて鳴琴に似たり。

時間すれば 「唳鶴」す 前林に起きるを,「十洲高會」,何處にか相い尋ねんことを許さん?

 

(現代語訳)

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)

謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。

洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。

石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。

時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

臨江仙七首 其二

(晋の謝家の立てた通観を尋ね、其の地の様子を述べる、そこに、林の前で松風が琴の音のように聞こえたことで、敗軍で逃げ続けた謝家を思い、東方朔が『海内十洲記』で述べたような高尚な出会いは、何処にあるのかと誰かに聞きたいと詠う。)

古代は河を船で旅するもので、宿場、寺観には女妓がいた。臨江仙はそこにいる女性について、男目線で詠ったものである。初めの二句は景色を幻影的表現しながら、上句は男性について、下句は女性の描写である。「仙觀」「雲岑」「岩蘿」「成陰」「洞房」「白雲深」「丹竈」「一粒」「黃金」「松風」「鳴琴」「唳鶴」など、すべて性に関する陰語である。四聯の下句だけは性描の隠語を使用しながら、故事などを引用して締めくくるものである。教坊の曲は、サロンでいろんな場面を想定して詞を作って楽しんだもの。

臨江仙

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。牛希濟の作は七首収められている。詞形を以下の通り。

(臨江仙七首 其一)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻⑦⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

峭碧參差十二  冷煙寒樹重重  宮殿是  金鑪珠  香靄晝偏

●●△△●●○  △○○●△△  ○○○●●○○  ○○○●  ○●●△○

一自楚王驚夢斷  人間無路相逢  至今雲雨帶愁  月斜江  征棹動晨

●●●△○△●  ○△○●△○  ●○○●●○○  ●○○●  ○●●○○

(臨江仙七首 其二)双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤

謝家仙觀寄雲,岩蘿拂地成。 洞房不閉白雲,當時丹竈,一粒化黃

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴。 時間唳鶴起前,十洲高會,何處許相

●○○△●○○  ○○●●○○  △○△●●○△  △○○●  ●●●○○

●●○△△●●  ○△△●○○  ○△●●●○○  ●○○●  △●●△○

張泌『臨江仙一首』双調五十八字、前段二十九字五句平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻、7⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

煙收湘渚秋江靜  蕉花露泣愁紅  五雲雙鶴去無  幾迴魂  凝望向長

○△○●○○●  ○○●●○○  ●○○●●○○  △△○●  △△●△△

翠竹暗留珠淚怨  閑調寶瑟波中  花鬟月鬢綠雲  古祠深殿  香冷雨和

●●●△○●△  ○△●●○△  ○○●●●○△  ●○△●  ○△●△△

(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

 

 

謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。

謝家館は仙郷寺観のようであり、雲のうえに聳えている。岩場に垂れる蘿は岩場をはらっているし、それから木々に絡んで日を遮り、地面は陰を暗くしている。

謝家 恋人の女性側の家。謝は、東晋の才媛・謝道韞のことで彼女の姓。こよなく可愛い女性の意で使われている。謝道韞とは、魏晋時代随一の才女といわれた東晋・謝安の姪の謝道韞のこと。謝安は姪の謝道韞をこよなく可愛がったというが、謝安や謝靈運を云う場合もある。この頃は男が女の所へ通うか、女を囲うものであるから、女の家であろう。

温庭筠『更漏子』

柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。

驚寒雁,起城烏,畫屏金遮

香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。

紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。

『更漏子 一』温筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-15-15-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1676

薛濤『酬郭簡州寄柑子』「霜規不讓黃金色,圓質仍含御史香。何處同聲情最異,臨川太守謝家郎。」

酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507

韋荘『望遠行』

欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。

謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。

人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。

出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。

不忍別君後、却入旧香閏。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

『寄人』 現代語訳と訳註

寄人

別夢依依到謝家 小廊迴合曲闌斜。

多情只有春庭月, 猶爲離人照落花。

寄人 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞 Gs-361-7-#23  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3352

仙觀 仙郷・寺観には女妓がいた。駆け込み寺という概念は棄てられた女、喰うに困った場合、寺観に併設された娼屋で働く、若ければ巫女アイドルのような存在にもなった。韓愈『華山女』『石鼓詩』に詠われている。

蘿 ヒカゲノカズラは、ヒカゲノカズラ植物門に属する代表的な植物である。蘿という別称もある。広義のシダ植物ではあるが、その姿はむしろ巨大なコケを思わせる。閨怨詩ではうす絹をまとった女性をあらわす語である。

 

洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。

洞房は閉められることはなく、白雲が深く、一体化している。丁度いま、金丹を釜戸で練っており、やがてその一粒は黄金に変わっていく。

丹竈 道士卽ち方術の士の靈藥を煉る竈 カマド

 

石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。

石の壁にはうす絹の羽衣がかけてあり、そして戸張も半分くらい巻き上げてたれている、岩場に立つ松を風が抜けると琴の音色に似ている。

半挂 うすきぬがとばりとしてたれかけられている様子。

 

時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

時が経つにつれ「風声鶴唳」と林の前で松風があるだけで、晉の謝家のようにおどろくのであり、それに、東方朔『海内十洲記』の中の高尚な出会いは、何処にあるのか尋ねたい、それはだれに聞けばよいのだろうか。

唳鶴 鶴が鳴くこと。また、その声。「風声鶴唳」。《戦いに敗れた前秦の苻堅(ふけん)の軍が風の音や鶴の鳴き声などにも驚き騒いで敗走したという「晋書」謝玄伝の故事から》おじけづいた人が、少々のことに驚くことのたとえ。

十洲 東方朔『海内十洲記』の中で十州の旅行記でたとえば海内十洲記』の中の「鳳麟洲」の記載に以下のようにある。

「周穆王の時、西胡が、昆吾割玉刀と夜光常満杯を献上してきた。刀の長さは一尺であり、杯は、三升が入る大きさであった。刀が玉を切るときには、泥を切るようであり、杯は伯玉の精であり、光は明るく夜を照らすようであった。」夜光杯(やこうはい)は玉で作られた杯であり、中国甘粛省酒泉の特産の一つである。東方朔は下界に住む仙人のように描かれることとなった。唐代の詩人李白は彼のことを「世人不識東方朔、大金門是謫仙」と褒め称えている。

8牛希濟《巻0541 臨江仙七首其一》『花間集』239全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6467

牛希濟  臨江仙七首其一  

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。
(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。
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張舍人泌

臨江仙一首

毛文錫(毛司徒文錫)

臨江仙一首

牛學士希濟

臨江仙七首

和凝

臨江仙二首

(顧太尉

臨江仙三首

孫少監光憲

臨江仙二首

魏太尉承班

臨江仙二首

鹿虔扆

臨江仙二首

毛秘書熙震

臨江仙二首

李秀才珣

臨江仙二首

閻處士選

臨江仙二首

 

 

臨江仙二十六首

張泌

巻四38臨江仙煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅

和凝

巻六17臨江仙二首其二披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

臨江仙七首 其一

(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。

(臨江仙七首 其の一)

峭碧 參差 十二峯,冷煙 寒樹 重重たり。

 宮殿 是れ仙蹤なり,金鑪 珠帳,香靄 晝に偏りて濃く。

一つに自ら楚王 夢斷れて驚く,人間 路無く相い逢う。

今に至るも雲雨 愁容を帶び,月斜きて江の上り,棹を征し晨鐘を動かす。
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『臨江仙七首其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

臨江仙七首其一

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

(下し文)
(臨江仙七首 其の一)

峭碧 參差 十二峯,冷煙 寒樹 重重たり。

 宮殿 是れ仙蹤なり,金鑪 珠帳,香靄 晝に偏りて濃く。

一つに自ら楚王 夢斷れて驚く,人間 路無く相い逢う。

今に至るも雲雨 愁容を帶び,月斜きて江の上り,棹を征し晨鐘を動かす。
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(現代語訳)
(瞿塘峡夔門からの眺望、巫山の詠懐、夜明けの旅立ちを詠う)

瞿塘峡夔門は緑色を濃くし、高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

それもただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王は夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。



(訳注)

臨江仙

臨江仙七首 其一

(三峡の巫峡を下る際に立ち寄った聖女の祠で夢かうつつかの時を過ごして神に見守られて急流を下っていく。)

唐の教坊の曲名。『花間集』には初めに示した表のとおり、二十六首所収。牛希濟の作は七首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四平韻一仄韻、後段二十九字五句三平韻一仄韻で、⑦⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤の詞形をとる。

(臨江仙七首 其一)

峭碧參差十二  冷煙寒樹重重  宮殿是  金鑪珠  香靄晝偏

●●△△●●○  △○○●△△  ○○○●●○○  ○○○●  ○●●△○

一自楚王驚夢斷  人間無路相逢  至今雲雨帶愁  月斜江  征棹動晨

●●●△○△●  ○△○●△○  ●○○●●○○  ●○○●  ○●●○○

張泌『臨江仙一首』7⑥⑦❹⑤/7⑥⑦❹⑤

煙收湘渚秋江靜  蕉花露泣愁紅  五雲雙鶴去無  幾迴魂  凝望向長

○△○●○○●  ○○●●○○  ●○○●●○○  △△○●  △△●△△

翠竹暗留珠淚怨  閑調寶瑟波中  花鬟月鬢綠雲  古祠深殿  香冷雨和

●●●△○●△  ○△●●○△  ○○●●●○△  ●○△●  ○△●△△

(洞庭湖に灌ぐ秋の大江は静かに流れ、瀟湘八景八景を彩るカンナの花は露に泣き愁いに紅く色に染まる瀟湘八景八景には、桃源郷初め、屈原の断腸の思いでの投身、娥皇女英が投身した地でもあり、彼女らを祀った宮祠殿には冷たい雨と風が吹き付けると詠う)

張泌《巻四34臨江仙 一首》『花間集』185全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6197

 

峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。

三峡瞿塘峡は緑色を濃くして高くけわしい峰がポコポコと入り乱れて聳える巫山の十二の峯々をのぞむ。そこには薄雲が冷たくかかり、寒気は木樹に重々しく蔽っている。

○峭碧 緑色をして高くけわしい峰。

李白『尋蕹尊師隠居』「群峭碧摩天、逍遥不記年。」(群がるほどの峰は、緑色をして、天をこするほどの高さだ。法師はここできままな生活をしつつ、何年棲んでいるのか分らない。)

參差・参差 いり乱れている形。

薛濤『江月樓』「秋風仿佛江冷,鷗鷺參差夕陽影。 垂虹納納臥譙門,雉堞耽耽俯漁艇。 陽安小兒拍手笑,使君幻出江南景。」(悲秋を感じさせる風が吹き始め、簡州の江月楼からの眺めは、あたかも江南の江を眺めているようななのだ。川辺にかもめやさぎがいり乱れてあちこちに、この風景でわたしは夕陽の残光の中に、じっと動かないでいるのです。

江月樓 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-241-107-#97  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2587

〇十二峯 巫山の十二の峯々。巫山の十二の峯峯。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、聚鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松巒、仙人を指す。

皇甫松『天仙子二首(其一)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,

十二晚峯高歷歷。

末句の十二峯は、.坐山の著名な十二の峯のことで、坐山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

天仙子二首其一 皇甫松 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-375-6-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3422

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

 

宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。

巫山の宮殿には瑤が踊り、だからここは神仙のものの足跡を残している、金の飾りの手あぶりの香炉があり、宝飾の珠とばりに飾られている。お香が焚かれるとここには昼というのに霞のように濃く漂う。

 別名を「巫山神女(ふざんしんじょ)」と呼ばれており。炎帝の四人娘の第三の娘であり、才色を兼ね備えて、学問より武術が得意とした。女娃(じょあ)の姉にあたる。美しいく輝く仙草「瑤草」は、瑤姫の化身である。

『高唐賦』と『神女賦』に記述があり、楚の懐王の夢に現れた契りを結んだ。最終、彼女は巫山に封じられた。

中国上古の神話には、瑤姫が西王母の第二十三人の娘「雲華夫人(うんかふじん)」だとの言い伝えがあり、十二匹の悪龍に降伏し禹の治水事業を助けていた。後に巫山十二峰(神女峰)を形成した。

『宝蓮灯』に記述があり、瑤姫は玉皇大帝の妹姫であり、二郎神と三聖母の母親。

金鑪 金で飾られた手あぶり、火鉢。おおがめ。

仙蹤 神仙のものの蹤をのこす。

一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。

ただ一度だけのことにより、宋玉『高唐の賦』にいう楚王の故事のように夢を断たれ驚いて醒める。人間というものは、決まった道はなくただこの日の逢瀬を楽しむことなのだ。

楚王:蜀の国。ここの巫山県の東部に巫山がある。「巫山雲雨」で男女の交情をいう。現・四川省のこと。

楚王 (ソ)の宋玉(ソウギョク)の作。高唐観で、楚の懐王と巫山(フザン)の神女とが契りを結んだことをのべた韻文。懐王(かいおう、? - 紀元前299年)は戦国時代の楚の王(在位:紀元前329 - 紀元前299年)。姓は羋(び)。名は槐(かい)。秦の張儀の謀略に引きずり回され、国力を消耗し、最後は秦との戦いに敗れ秦に幽閉されたまま死去した。戦国時代の暗君の代名詞的存在と目され、楚の悲劇の象徴とされた。屈原が度々彼を諫めたが、頑として聞き入れず、屈原自殺の原因となった人物でもあった。

男女の密会・情交のたとえ。「巫山の雲」「巫山の雨」「巫山の雲雨」とも。《語源》楚 (ソ)の懐王が昼寝の夢の中で巫山の神女と情交を結んだという故事による。⇔〈文選・宋 玉・高唐賦〉. 〔文選(モンゼン)・宋玉(ソウギョク)・高唐賦〕 《類句》雲雨(ウンウ)の情。雲雨巫山。 ②天気が 簡単に変化するように、人の心が変わりやすいことのたとえ。 《出典》 手ヲ翻(ヒルガエ) セバ雲ト作()リ、手ヲ覆(クツガ)エセバ雨トナル。

 

至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

それで今にいたる、楚王と瑤姫の「雲雨」をおもうと、別れには愁いの顔つきになる。月は西にかたむき長江の水面に映す。遠くに往く大きな船は早くから準備をし、朝早の出発の鐘の音を待つ。

雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。・多雲雨:多情である。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

・無覓處:探しようがない。漂いやがて消えてゆくガスのような雲なので、探しようがない。

『清平楽』

何處遊女,蜀國多雲雨。

雲解有情花解語,窣地綉羅金縷。

妝成不整金鈿。含羞待月鞦韆。

住在綠槐陰裏,門臨春水橋邊。

淸平樂(一) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-260-5-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2682

征棹 . 1.亦作"征棹" 2.行的船。行:。征途。征夫。征人。征衣。征帆(行的船)

8牛希濟《巻0540 酒泉子一首》『花間集』238全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6462

牛希濟  酒泉子  

枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。月光斜、簾影動,舊鑪香。

夢中盡相思事,纖手勻雙淚。去年書,今日意,斷離腸。

(春から夏まで、とても寵愛を受けていた、秋になるともう寵愛を失い、何もする気になれない、又夏が来て、去年の書簡を出して思い出す、断腸の思いだと妃嬪を詠う)

枕を当て寝返りを打つ、簟の敷物の上はとても涼やかで快適、清々しい朝を迎えて、遠くで鐘の音が響くと残夢をもっと見ていたいとおもう。秋になり、かたむいた月光は閨に射しこみ、簾の陰の動くのを追いかける、香炉の香が消えたままにしている。夢のなかで一緒に話し、それでも寵愛を受けたいと思い尽くしている、わかい繊細な手でふた筋の涕の後を拭いてもあとからおなじように流れてくる。今日も去年の書簡をとりだし、思い続けている、あの日過ごしたことが思い出されて心は苦しく悶えて腸がはち切れそう。

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(改訂版Ver.2.1

酒泉子

(春から夏まで、とても寵愛を受けていた、秋になるともう寵愛を失い、何もする気になれない、又夏が来て、去年の書簡を出して思い出す、断腸の思いだと妃嬪を詠う)

枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。

枕を当て寝返りを打つ、簟の敷物の上はとても涼やかで快適、清々しい朝を迎えて、遠くで鐘の音が響くと残夢をもっと見ていたいとおもう。

月光斜、簾影動,舊鑪香。

秋になり、かたむいた月光は閨に射しこみ、簾の陰の動くのを追いかける、香炉の香が消えたままにしている。

夢中盡相思事,纖手勻雙淚。

夢のなかで一緒に話し、それでも寵愛を受けたいと思い尽くしている、わかい繊細な手でふた筋の涕の後を拭いてもあとからおなじように流れてくる。

去年書,今日意,斷離腸。

今日も去年の書簡をとりだし、思い続けている、あの日過ごしたことが思い出されて心は苦しく悶えて腸がはち切れそう。

 

(改訂版Ver.2.1

『酒泉子一首』 現代語訳と訳註

(本文) 酒泉子

枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。

月光斜、簾影動,舊鑪香。

夢中盡相思事,纖手勻雙淚。

去年書,今日意,斷離腸。

 

(下し文)

(酒泉子)

枕轉し簟涼し,清曉の遠鐘 夢を殘す。

月光 斜にして、簾影 動く,舊鑪の香。

夢中の 盡く相いに事を思い,纖手 雙淚を勻う。

去年の書,今日の意,離れしこと腸を斷つがごとし。

 

(現代語訳)

(春から夏まで、とても寵愛を受けていた、秋になるともう寵愛を失い、何もする気になれない、又夏が来て、去年の書簡を出して思い出す、断腸の思いだと妃嬪を詠う)

枕を当て寝返りを打つ、簟の敷物の上はとても涼やかで快適、清々しい朝を迎えて、遠くで鐘の音が響くと残夢をもっと見ていたいとおもう。

秋になり、かたむいた月光は閨に射しこみ、簾の陰の動くのを追いかける、香炉の香が消えたままにしている。

夢のなかで一緒に話し、それでも寵愛を受けたいと思い尽くしている、わかい繊細な手でふた筋の涕の後を拭いてもあとからおなじように流れてくる。

今日も去年の書簡をとりだし、思い続けている、あの日過ごしたことが思い出されて心は苦しく悶えて腸がはち切れそう。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

酒泉子一首

(春から夏まで、とても寵愛を受けていた、秋になるともう寵愛を失い、何もする気になれない、又夏が来て、去年の書簡を出して思い出す、断腸の思いだと妃嬪を詠う)

末尾の、「去年書,今日意,斷離腸」と、寵愛を失った妃嬪の孤独を際立たせ、そして、富貴の者が、気ままに、妾にし、次々と新しく妾を作る。天子の妃嬪はその「内規」により、自由に行った。唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

閨怨詩のほとんどは、妃嬪を題材にして、民間に至るまで、女性をこの妃嬪を詠うことで連想させている。恋愛は比較的自由であっても、権力を持たない女性は、生きていくのは難しい時代であることは変わりない。

『花間集』には牛希濟の作は一首収められている。双調四十三字、前段二十字五句三平韻一仄韻、後段二十三字五句二平韻三仄韻で、④7③❸③/➐❺③➌③の詞形をとる。

酒泉子

枕轉簟,清曉遠鐘殘夢。 月光、簾影,舊鑪

△●●△  ○●●○○△  ●△○  ○●●  ●○○

夢中盡相思,纖手勻雙。 去年,今日,斷離

△△●●△△●  ○●○○●  ●○○  ○●●  ●△○

 

枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。

枕を当て寝返りを打つ、簟の敷物の上はとても涼やかで快適、清々しい朝を迎えて、遠くで鐘の音が響くと残夢をもっと見ていたいとおもう。

簟涼 竹または葦で編んだ敷き物。夏期ベッドの上に敷いて涼をとるシーツに似た寝具で、竹を編んで作る。夏はその上に寝ると、涼しい。立派な高級品である。ここは、春から夏を過ぎようとする頃まで愛し合ったという意味でこの語を使う。

『酬李學士寄簟』「珍簟新鋪翡翠樓,泓澄玉水記方流。唯應雲扇情相似,同向銀牀恨早秋。」

酬李學士寄簟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-76--# 804_8 【酬李學士寄簟】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1921

魚玄機『寄飛卿』 「階砌亂蛩鳴,庭柯煙露清。月中鄰樂響,樓上遠山明。珍簟涼風著,瑤琴寄恨生。嵇君懶書劄,底物慰秋情。」

寄飛卿 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-104-39-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2067

清曉 旅に出る、仕事は夜明け前に出発するので、しらじらし始める時間帯を云う。

遠鐘 間もなく夜明けであるという夜の最後の時、五更を知らせる鐘の音。

殘夢 ここでは、二人で過ごす時間を後わずかでも、もう少しでも一緒に過ごしたいということ。夢の名残という場合もあるが、ここは違う。

 

月光斜、簾影動,舊鑪香。

秋になり、かたむいた月光は閨に射しこみ、簾の陰の動くのを追いかける、香炉の香が消えたままにしている。

月光斜、簾影動 月が簾越しに入って來る、月が西に傾いて、簾の陰が動くのがわかる。この語で、眠れずに月影を見ているということ。

舊鑪香 ここでいう舊はこれまで二人で使ったという意味で、思い出に浸っている様子をあらわす。

 

夢中盡相思事,纖手勻雙淚。

夢のなかで一緒に話し、それでも寵愛を受けたいと思い尽くしている、わかい繊細な手でふた筋の涕の後を拭いてもあとからおなじように流れてくる。

纖手 かぼそくたおやかな女の手。

勻雙淚 ふた筋の涕を手で拭い乾くかと思えば次に涙が流れてまた吹くというさまをいう。

 

去年書,今日意,斷離腸。

今日も去年の書簡をとりだし、思い続けている、あの日過ごしたことが思い出されて心は苦しく悶えて腸がはち切れそう。

去年書,今日意 

○斷離腸 別れる日の情事のことを思い出すことで悶え苦しむことを云う。閨怨詩での「断腸」は心が痛んではらわたがはち切れそうということではなく、性交渉をある期間経験した者が全くそういった接触がなくなったことを云うものということでなければ、詩全体の意味は薄いものになってしまうのだ。

 

 

 

 

 

酒泉子四首温庭筠

1溫庭筠230123 酒泉子四首其一》酒泉子 (一)

羅帶惹香,猶系別時紅豆。

淚痕新,金縷舊,斷離腸。

一雙嬌燕語雕梁,還是去年時節。

綠陰濃,芳草歇,柳花狂。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠23《0123 酒泉子四首其一》溫庭筠66首巻一23-〈23〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5312

 

1溫庭筠240124 酒泉子四首其二》酒泉子 (二)

花映柳條,閑嚮綠萍池上。

憑欄杆,窺細浪,兩蕭蕭。

近來音信兩疏索,洞房空寂寞。

掩銀屏,垂翠箔(一作幕),度春宵。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠24《0124 酒泉子四首其二》溫庭筠66首巻一24-〈24〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5317

 

溫庭筠250125 酒泉子四首其三》酒泉子 (三)

日映紗窗,金鴨小屏山碧。

春,煙隔,背蘭釭。

宿妝惆倚高閣,千裏雲影薄。

草初齊,花又落,燕雙雙。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠25《0125 酒泉子四首其三》溫庭筠66首巻一25-〈25〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5322

 

溫庭筠26《酒泉子四首其四》酒泉子 (四)

楚女不歸,樓枕小河春水。

月孤明,風又起,杏花稀。

斜簪雲鬟重,裙上金縷鳳。

八行書,千裏夢,雁南飛。

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠26《酒泉子四首其四》溫庭筠66首巻一26-〈26〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5327

 

酒泉子

月落星沉、棲上美人春睡。

緑雲傾、金枕膩、畫屏深。

子規啼破相思夢、曙色東方纔動。

柳煙軽、花露重、思難任。

『花間集』全訳注解説(改訂版)-46韋荘124《巻3-24 酒泉子一首》三巻24-〈124〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5822

 

酒泉子一首

記得去年,煙暖杏園花發。

雪飄香,江艸綠,柳絲長。

鈿車纖手捲簾望,眉學春山樣。

鳳釵低裊翠鬟上,落梅粧。

牛嶠《巻四18酒泉子首》『花間集』169全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6117

 

張泌《巻四37酒泉子 二首之一》酒泉子

月落星沉、棲上美人春睡。

緑雲傾、金枕膩、畫屏深。

子規啼破相思夢、曙色東方纔動。

柳煙軽、花露重、思難任。

張泌《巻四37酒泉子 二首之一》『花間集』188全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6212

張泌《巻四38酒泉子 二首之二》酒泉子二首 其二

紫陌青門,三十六宮春色。

御溝輦路暗相通,杏園風。

咸陽沽酒寶釵空,笑指未央歸去。

插花走馬落殘紅,月明中。

《巻四38酒泉子 二首之二》『花間集』189全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6217

7毛文錫《巻五07酒泉子一首》酒泉子

綠樹春深,鷰語鶯啼聲斷續。

蕙風飄蕩,入芳叢,惹殘紅。

柳絲無力裊煙空,金盞不辭須滿酌。

海棠花下思朦朧,醉香風。

7文錫《巻五07酒泉子一首》『花間集』208全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6312

 

 

 

 

8 -11 酒泉子一首 毛文錫【もうぶんせき】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-410-8-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3597

13-312《酒泉子七首,其一》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-495-13-(312) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4022

13-313《酒泉子七首,其二》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-496-13-(313) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4027

13-314《酒泉子七首,其三》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-497-13-(314) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4032

13-315《酒泉子七首,其四》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-498-13-(315) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4037

13-316《酒泉子七首,其五》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-499-13-(316) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4042

13-317《酒泉子七首,其六》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-500-13-(317) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4047

13-318《酒泉子七首,其七》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-501-13-(318) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4052

14-370《酒泉子三首其一》孫光憲(30)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-553-14-(370) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4312

14-371《酒泉子三首其二》孫光憲(31)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-554-14-(371) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4317

14-372《酒泉子三首其三》孫光憲(32)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-555-14-(372) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4322

19-501《酒泉子二首,其一》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-684-19-(501) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4967

19-502《酒泉子二首,其二》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-685-19-(502) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4972

20-530《酒泉子四首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-713-20-(530) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5112

20-531《酒泉子四首,其二》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-714-20-(531) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5117

20-532《酒泉子四首,其三》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-715-20-(532) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5122

20-533《酒泉子四首,其四》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-716-20-(533) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5127

 

8牛希濟《巻0539 謁金門一首》『花間集』237全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6457

牛希濟  謁金門一首  

秋已暮,重疊關山岐路。嘶馬搖鞭何處去,曉禽霜滿樹。

夢斷禁城神皷,淚滴枕檀無數。一點凝紅和薄霧,翠蛾愁不語。

(慕っていた娘が、妃嬪として嫁いだが、やがて寵愛を失い、今は失意の中、それでも寵愛を願って生きているだろうと詠う)

秋もすでに終わる、国境までには、重なる山々があり、此処は玉門関、天山に行く岐路の地点である。

冷たい霜が満ちているなか、朝を告げる禽鳥が鳴くなかで、今日も鞭を振って嘶く駒に跨がって何処へゆくのだろう。

慕っていた娘は、いま、皇城の中で、鐘鼓の音に夢は破られている、気付けば枕も寝牀もすっかり涙に濡れていることだろう。

その夢は平原の中で灯火の一点の紅い炎が薄霧によっておおわれてしまう、寵愛を受けたいという強い気持ちが失われていくものである、若い嫦娥は、話す事が無いことで愁いているだろう。

 

8牛希濟《巻0539 謁金門一首》『花間集』237全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6457

 

 
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8.牛希済

牛學士希濟、咸通十三年頃(872年頃~末詳)、隴西(今の甘粛省隴西)の人。牛嶠の兄の子。前蜀に仕えて起居郎、翰林学士、御史中丞等の職を歴任、同光三年(925年)、後唐によって蜀が滅ぼされると、後唐に降り洛陽に入った。後唐の明宗が、蜀の旧臣に「蜀主、巨唐に降る」という詩を作らせると、みな蜀主の荒淫をそしったが、年希済だけは蜀主非難の言葉を吐かなかったので、明宗は彼を蕹州〔今の陝西省西安の西北)の節度副使に任じた。『花間集』には十一首の詞が収められている。

 

 

唐五代・花間集詞人-8.牛學士希濟十一首

1.子一首

巻五36臨江仙七首其一峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

2.中興樂一首

巻五37臨江仙七首其二謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

3.謁金門一首

巻五38臨江仙七首其三渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

4.酒泉子一首

 

巻五39臨江仙七首其四江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

5.臨江仙七首其一~其七

巻五40臨江仙七首其五素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

巻五43酒泉子枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。月光斜、簾影動,舊鑪香。夢中盡相思事,纖手勻雙淚。去年書,今日意,斷離腸。

巻五44子春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。。

巻五45中興樂池塘暖碧浸晴暉,濛濛柳絮輕飛。紅蘂凋來,醉夢還稀。春雲空有鴈歸,珠簾垂。東風寂寞,恨郎擲,淚羅衣。

巻五46謁金門秋已暮,重疊關山岐路。嘶馬搖鞭何處去,曉禽霜滿樹。夢斷禁城神皷,淚滴枕檀無數。一點凝紅和薄霧,翠蛾愁不語。

 

(改訂版Ver.2.1-

謁金門一首

(慕っていた娘が、妃嬪として嫁いだが、やがて寵愛を失い、今は失意の中、それでも寵愛を願って生きているだろうと詠う)

秋已暮,重疊關山岐路。

秋もすでに終わる、国境までには、重なる山々があり、此処は玉門関、天山に行く岐路の地点である。

嘶馬搖鞭何處去,曉禽霜滿樹。

冷たい霜が満ちているなか、朝を告げる禽鳥が鳴くなかで、今日も鞭を振って嘶く駒に跨がって何処へゆくのだろう。

夢斷禁城神皷,淚滴枕檀無數。

慕っていた娘は、いま、皇城の中で、鐘鼓の音に夢は破られている、気付けば枕も寝牀もすっかり涙に濡れていることだろう。

一點凝紅和薄霧,翠蛾愁不語。

その夢は平原の中で灯火の一点の紅い炎が薄霧によっておおわれてしまう、寵愛を受けたいという強い気持ちが失われていくものである、若い嫦娥は、話す事が無いことで愁いているだろう。

(謁金門)

秋 已に暮れ,重疊【ちょうじょう】たる關山の岐路。

嘶く馬 鞭を搖らし何處にか去る,曉の禽 霜 樹【きぎ】に滿つ。

夢は禁城の神皷【しんこ】に断たれ,淚 枕檀【しんだん】に滴【したた】るは無數なり。

一點の凝紅【ぎょうこう】薄霧に和み,翠蛾 愁いに語れず。

 

(改訂版Ver.2.1-

謁金門一首』 現代語訳と訳註

(本文)

謁金門一首

秋已暮,重疊關山岐路。

嘶馬搖鞭何處去,曉禽霜滿樹。

夢斷禁城神皷,淚滴枕檀無數。

一點凝紅和薄霧,翠蛾愁不語。

 

(下し文)

秋 已に暮れ,重疊【ちょうじょう】たる關山の岐路。

嘶く馬 鞭を搖らし何處にか去る,曉の禽 霜 樹【きぎ】に滿つ。

夢は禁城の神皷【しんこ】に断たれ,淚 枕檀【しんだん】に滴【したた】るは無數なり。

一點の凝紅【ぎょうこう】薄霧に和み,翠蛾 愁いに語れず。

 

(現代語訳) (改訂版Ver.2.1-

(慕っていた娘が、妃嬪として嫁いだが、やがて寵愛を失い、今は失意の中、それでも寵愛を願って生きているだろうと詠う)

秋もすでに終わる、国境までには、重なる山々があり、此処は玉門関、天山に行く岐路の地点である。

冷たい霜が満ちているなか、朝を告げる禽鳥が鳴くなかで、今日も鞭を振って嘶く駒に跨がって何処へゆくのだろう。

慕っていた娘は、いま、皇城の中で、鐘鼓の音に夢は破られている、気付けば枕も寝牀もすっかり涙に濡れていることだろう。

その夢は平原の中で灯火の一点の紅い炎が薄霧によっておおわれてしまう、寵愛を受けたいという強い気持ちが失われていくものである、若い嫦娥は、話す事が無いことで愁いているだろう。

 

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1-

謁金門一首

(慕っていた娘が、妃嬪として嫁いだが、やがて寵愛を失い、今は失意の中、それでも寵愛を願って生きているだろうと詠う)

【解説】 隴西を過ぎ、山々を越えて都に嫁いだ娘、ひひんとなったむすめを思う。牛希濟、隴西(今の甘粛省隴西)の人で、蕹州〔今の陝西省西安の西北、鳳翔の西)の節度副使であったことで、この岐路の街では、此処を過ぎてゆく人には、いろんな人生、悲喜こもごもある。通り掛けに見た嫦娥の様な娘、今は寵愛を失って愁いに満ちた毎日を過ごしているのだろうか。夢が破られ、自信も喪失し、悲しみにおし黙ったままあきらめの境地になっているだろうと、隴西の分岐点ということを題材にして女を詠う。

『花間集』には牛希濟の作が一首収められている。双調四十五字、前段二十一字四句四仄韻、後段二十四字四句四仄韻で、❸❻❼❺❻❻❼❺の詞形をとる。

秋已 重疊關山岐  嘶馬搖鞭何處 曉禽霜滿
○●●  △●○○○●  ○●○○△●●  ●○○●●

夢斷禁城神 淚滴枕檀無數  一點凝紅和薄霧 翠蛾愁不

△●△○○●  ●●△○○●  ●●△○△●△  ●△○△●

韋荘・薛昭蘊の謁金門の解説参照。

韋荘『謁金門二首 其一』 

春漏促,   金燼暗挑殘燭。

一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。

有個嬌嬈如玉,夜夜繡屏孤宿。

閒抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-23韋荘101《巻3-01 謁金門二首 其一》三巻1-〈101〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5707

韋荘『謁金門二首 其一』 

空相憶,  無計得傳消息。

天上嫦娥不識,寄書何處覓。

新睡覺來無力,不忍把伊書跡。

滿院落花春寂寂,斷腸芳草碧。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-24韋荘102《巻3-02 謁金門二首 其二》三巻2-〈102〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5712

薛昭蘊『謁金門』

春滿院,疊損羅衣金線。

睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。

斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。

早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-4.薛昭蘊146《巻三45謁金門》巻三4546-〈146〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5932

 

謁金門一首

留不得!留得也應無益。

白紵春衫如雪色,揚州初去日。

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。

卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

14-392謁金門一首》孫光憲(52)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-575-14-(392) 花間集 巻第八 (首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4422

 

秋已暮,重疊關山岐路。

秋もすでに終わる、国境までには、重なる山々があり、此処は玉門関、天山に行く岐路の地点である。

〇岐路 山々を越え隴西で岐路となる。シルクロード、はゴビ砂漠の北路か、南路か、玉門関は北ルート、西に向かう最終の交通の要衝。この詩は西から、嫁いできた娘。

關山 李白 李太白集巻三01楽府《關山月》「明月出天山。 蒼茫云海間。 長風幾萬里。 吹度玉門關。 漢下白登道。 胡窺青海灣。」

 

嘶馬搖鞭何處去,曉禽霜滿樹。

冷たい霜が満ちているなか、朝を告げる禽鳥が鳴くなかで、今日も鞭を振って嘶く駒に跨がって何処へゆくのだろう。

 

夢斷禁城神皷,淚滴枕檀無數。

慕っていた娘は、いま、皇城の中で、鐘鼓の音に夢は破られている、気付けば枕も寝牀もすっかり涙に濡れていることだろう。

○禁城 天子の居城。皇居。宮城。

○神皷 仏教、道教の寺観が多くあり、そこから時を告げる鐘や太鼓。

○枕檀 高級品の檀枕。檀木製の寝牀。後宮、妃嬪ということを表す。

 

一點凝紅和薄霧,翠蛾愁不語。

その夢は平原の中で灯火の一点の紅い炎が薄霧によっておおわれてしまう、寵愛を受けたいという強い気持ちが失われていくものである、若い嫦娥は、話す事が無いことで愁いているだろう。

〇一點凝紅 じっと静止して揺れ動くことのない灯火の一点の紅い炎。砂漠の旅は、旅隊の夜たき火が平原の中ポツンとあることを連想させる。女の男に対する思い。

○翠蛾 翠は若いことを表す妃嬪の意。嫦娥・姮娥と同じ意味で寵愛を失った若い妃嬪を云う。地理的には、李商隠「聖女祠」「重過聖女祠」など、多くとらえており、とくに古来より鳳翔、岐山、雍州では盛んであった。

 

8牛希濟《巻0538 中興樂一首》『花間集』236全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6452

牛希濟  中興樂  

池塘暖碧浸晴暉,濛濛柳絮輕飛。紅蘂凋來,醉夢還稀。

春雲空有鴈歸,珠簾垂。東風寂寞,恨郎擲,淚羅衣。

(寵愛を受けている時は、柳架が吹雪のように舞い、晴暉をそそがれたが、寵愛を失えば、閨も寂寞とし、それでも毎日、寵愛を受ける準備をする薄絹は、涙でいつも濡れていると詠う)

池の堤防にびっしり春の草が生えはじめる、温かで白みがかった空は晴れやかな光をすみずみをてらす。そこに、ごうごうと立ち込め、辺り一面に軽やかに柳架が吹雪のように舞う。しかし、紅の花が集まっていてもやがてしぼんでしまうように寵愛を失えば、酒に酔うことで寵愛を夢に見るも、それもしだいにただようだけで、夢に見ることさえ稀になる。

春雲が空に、ただ、浮かび、南から北へ雁が帰っていくだけで、文を届けることもしない。閨の珠簾は垂れたままで開かれることはない。待ち遠しい春風も侘しさを運ぶ、寵愛を失うことは擲されたことでそこには恨みだけがある、それでも寵愛を受ける準備をしているが、薄絹の肌着衣は涙で濡れている。

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8牛希濟《巻0537 生查子一首》『花間集』235全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6447

牛希濟   生子一首  

春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。

語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。

(別れに際して、最後の夜は心に残るほどに愛し合ったのだから、他の女と夜を共にすることもあろうけれど、私のことを思いだして何時かはわたしのものにかえってほしいと詠う)

春の山、夜明けの春霞は消えかかろうとしている、空が白々と淡くなり、星はちいさくなり数もまばらになってくる。明け方の空、名残の月を見れば、愁い心で鏡に映る頬は白い。そして、眼には涙があふれ、顔を挙げて、朝未だきの空を臨みみる。これまで多くの言葉をかわし、思う心はそれでもおわることはない。名残の月から振り向いて、また、語る。それは、どこでも若草を見たら、芳しさを見るにつけ、憐れに思うと、薄絹の緑のスカート身に着けたすがたをおもいだしてしまう。

8牛希濟《巻0537 子一首》『花間集』235全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6447

 

 
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唐から花間集の時代の、恋愛事情

唐朝はこの王朝特有の「家庭の風紀の乱れ」、「封建道徳の不振」という状況を生みだした。こうした状況は後世の道学者たちの忌み嫌うところとなったが、しかし逆にこの時代に生きた女性たちにはきわめて大きな幸運をもたらし、彼女たちが受ける抑圧、束縛をいささか少なくしたので、彼女たちは心身共に比較的健康であった。こうして、明朗、奔放、勇敢、活発といった精神的特長、および独特の行動や風格、思想や精神などが形成されたのである。

 

歴史絵巻は私たちに唐代の女性の生き生きとした姿を示してくれる。

彼女たちはいつも外出して活動し、人前に顔をさらしたまま郊外、市街、娯楽場に遊びに行き、芝居やポロを見物した。毎年春には、男たちと一緒に風光明媚な景勝地に遊びに行き、思うぞんぶん楽しむことさえできた。「錦を集め花を潜めて 勝游を闘わせ、万人行く処 最も風流」(施肩吾「少婦遊寿詞」)、「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」(杜甫「麗人行」)などの詩句は、みな上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。

彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。白居易の「琵琶行」という詩に出てくる、夫の帰りを待つ商人の妻は夜半に見知らぬ男たちと同船し、話をしたり琵琶を演奏しあったりしている。それで、宋代の文人洪遇は、慨嘆して「瓜田李下の疑い、唐人は譏らず」(『容斎三筆』巻六)といった。

 

彼女たちは積極的に恋愛をし、貞節の観念は稀薄であった。未婚の娘が秘かに男と情を通じ、また既婚の婦人が別に愛人をつくることも少なくなかった。女帝(武則天)が一群の男寵(男妾)をもっていたのみならず、公主(皇女)、貴婦人から、はては皇后、妃嬢にさえよく愛人がいた。離婚、再婚もきわめて普通であり、唐朝公主の再婚や三度目の結婚もあたりまえで珍しいことではなかった。こうした風習に、後世の道学先生たちはしきりに首をふり嫌悪の情を示した。

 

この時代には、まだ「女子は才無きが便ち是れ徳なり」(清の石成金の『家訓抄』が引く明の陳眉公の語)という観念は形成されていなかった。宮廷の妃嫁、貴婦人、令嬢から貧しい家の娘、尼僧や女道士、娼妓や女俳優、はては婦女にいたるまで文字を識る者がきわめで多く、女性たちが書を読み文を作り、詩を吟じ賊を作る風潮がたいへん盛んであった。これによって唐代には数多くの才能ある女性詩人が生れたのである。女道士のッ魚玄機はかつて嘆息して、「自ら恨む 羅衣の 詩句を掩うを、頭を挙げて空しく羨む 模中の名(女に生れて詩文の才を発揮できないのが恨めしい。むなしく科挙合格者の名簿を眺める)」(「崇真観の南楼に遊び、新及第の題名の処を括る」)と詠んだ。この詩句は、女性が才能の点で男性に譲らぬ自信をもってはいるが、男とともに金棒(科挙合格者発表の掲示板)に名を載せ、才能を発揮できない無念さをよく表している。

 

 

8.牛希済

牛學士希濟、咸通十三年頃(872年頃~末詳)、隴西(今の甘粛省隴西)の人。牛嶠の兄の子。前蜀に仕えて起居郎、翰林学士、御史中丞等の職を歴任、同光三年(925年)、後唐によって蜀が滅ぼされると、後唐に降り洛陽に入った。後唐の明宗が、蜀の旧臣に「蜀主、巨唐に降る」という詩を作らせると、みな蜀主の荒淫をそしったが、年希済だけは蜀主非難の言葉を吐かなかったので、明宗は彼を蕹州〔今の陝西省西安の西北)の節度副使に任じた。『花間集』には十一首の詞が収められている。

 

 

唐五代・花間集詞人-8.牛學士希濟十一首

1.子一首

巻五36臨江仙七首其一峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

2.中興樂一首

巻五37臨江仙七首其二謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

3.謁金門一首

巻五38臨江仙七首其三渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

4.酒泉子一首

 

巻五39臨江仙七首其四江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

5.臨江仙七首其一~其七

巻五40臨江仙七首其五素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

巻五41臨江仙七首其六柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

巻五42臨江仙七首其七洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

巻五43酒泉子枕轉簟涼,清曉遠鐘殘夢。月光斜、簾影動,舊鑪香。夢中盡相思事,纖手勻雙淚。去年書,今日意,斷離腸。

巻五44子春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。。

巻五45中興樂池塘暖碧浸晴暉,濛濛柳絮輕飛。紅蘂凋來,醉夢還稀。春雲空有鴈歸,珠簾垂。東風寂寞,恨郎擲,淚羅衣。

巻五46謁金門秋已暮,重疊關山岐路。嘶馬搖鞭何處去,曉禽霜滿樹。夢斷禁城神皷,淚滴枕檀無數。一點凝紅和薄霧,翠蛾愁不語。

 

(改訂版Ver.2.1-

子一首

春山煙欲收,天澹稀星小。

殘月臉邊明,別淚臨清曉。

語已多,情未了,迴首猶重道:

記得綠羅裙,處處憐芳草。

 

子一首

春山 煙 收まらんと欲し,天 澹【あわ】く 稀星 小さし。

殘月 臉邊【けんぺん】に明らかに,別淚 清曉に臨む。

 

語ること 已に多きも,情 未だ 了【つ】きず,首を迴らして 猶お 重ねて道【い】う。

記【おぼ】え得【い】ぬ  緑羅の裙を,處處 芳草を憐れまんと。

 

(改訂版Ver.2.1-

『生子一首』 現代語訳と訳註

(本文)

子一首

春山煙欲收,天澹稀星小。

殘月臉邊明,別淚臨清曉。

語已多,情未了,迴首猶重道:

記得綠羅裙,處處憐芳草。

 

(下し文)

子一首

春山 煙 收まらんと欲し,天 澹【あわ】く 稀星 小さし。

殘月 臉邊【けんぺん】に明らかに,別淚 清曉に臨む。

 

語ること 已に多きも,情 未だ 了【つ】きず,首を迴らして 猶お 重ねて道【い】う。

記【おぼ】え得【い】ぬ  緑羅の裙を,處處 芳草を憐れまんと。

 

(現代語訳)

(別れに際して、最後の夜は心に残るほどに愛し合ったのだから、他の女と夜を共にすることもあろうけれど、私のことを思いだして何時かはわたしのものにかえってほしいと詠う)

春の山、夜明けの春霞は消えかかろうとしている、空が白々と淡くなり、星はちいさくなり数もまばらになってくる。

明け方の空、名残の月を見れば、愁い心で鏡に映る頬は白い。そして、眼には涙があふれ、顔を挙げて、朝未だきの空を臨みみる。

これまで多くの言葉をかわし、思う心はそれでもおわることはない。名残の月から振り向いて、また、語る。

それは、どこでも若草を見たら、芳しさを見るにつけ、憐れに思うと、薄絹の緑のスカート身に着けたすがたをおもいだしてしまう。

 

 

(訳注)

子一首(改訂版Ver.2.1-

(別れに際して、最後の夜は心に残るほどに愛し合ったのだから、他の女と夜を共にすることもあろうけれど、私のことを思いだして何時かはわたしのものにかえってほしいと詠う)

前段は、情景に重きを置いて夜明けの別れの場面を描写、後段は、同じ別れの場面を情を中心に描写する。末尾、男は「御身の緑のスカートは眼の底に焼き付いて離れ

ることなく、これから旅先で録の若草に出会ったならば、御身と思って愛しもう」と女性に対して語る。「芳草を憐れまん」は、普通、男が旅先で他の女性に心を寄せる意で用いられるもので、この時代の男はこんなものであるということ、一夫多妻制で、女は旅のそれで男が寂しく一人で居ることはない、私を思い出して他の女を抱くのは決して悪いことではないということである。

 

『花間集』 には七首所収。牛希済の作は一首収められている。双調四十一字、前段二十字四句三仄韻、後段二十一字五句三仄韻で、❺❺5❺/3❸❺5❺の詞形をとる。

春山煙欲,天澹稀星。殘月臉邊明,別淚臨清

○○○●△、○△○○●。○●△○○、●●△○●。

語已多,情未,迴首猶重:記得綠羅裙,處處憐芳

●●○、○●●、△●△△●。●●●○○、●●○○●

張泌の「生子」は、双調四十三字、前段二十二字四句三仄韻、後段二十一字五句三仄韻で、3❹❺5❺/3❸❺5❺の詞形をとる。

子一首

相見稀,喜見相,相見還相。檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓

△●○、●●△●、△●○△●。○●●○○、○△○△●。

魚鴈疎,芳信,花落庭陰。可憐玉肌膚,消瘦成慵

○●△、○△●、○●○○●。●○●○○、○●○○●。

 

 

春山煙欲收,天澹稀星小。

春の山、夜明けの春霞は消えかかろうとしている、空が白々と淡くなり、星はちいさくなり数もまばらになってくる。

○春山:春山煙が消えていく。春山は行楽を連想させるもの、遠くの山に囲まれた遠くの青い山。

○煙:かすみ、もや。 

○煙欲収:話が今にも消えそうである。欲は今にも〜しそうだ、の意。・欲收:収まろうとしている。夜明けの春霞が、消えようとしている。雲、煙、靄は男性の意味を持っていて、これが消えるということは、女のもとからいなくなることをイメージする。

○天澹:空が白む。空が薄ぼんやりと明るくなってくる。空が暁けてくる。「天淡」ともする。 

○稀星:疎らな星影。小:夜明け前の明るくなってきたことで、星影が小さく見えるようになったことをいう。

 

殘月臉邊明,別淚臨清曉。

明け方の空、名残の月を見れば、愁い心で鏡に映る頬は白い。そして、眼には涙があふれ、顔を挙げて、朝未だきの空を臨みみる。

○残月 夜明けの空に懸かる月。明け方の空に残った未練の月で、月の20日頃で、過ぎた希望の持てない月を意味する。新月から満月までは恋の希望を持った月である。夜眠れなくて朝を迎えると名残の月を見るというのである。

○清曉:あさまだき。夜明け前に別れることが基本であることで、夜明け前に朝廷に入り、夜が明けると仕事が始まる。

 

語已多,情未了,迴首猶重道:

これまで多くの言葉をかわし、思う心はそれでもおわることはない。名残の月から振り向いて、また、語る。

○情未了:思いは尽きない。情は、まだ終わろうとはしない。 ・情:情愛。想い。 

○迴首:ふり返る。かうべをめぐらす。回首ともする。 ・猶:なおも。 

○重道:重ねて言う。繰り返して言う。

 

記得綠羅裙,處處憐芳草。

それは、どこでも若草を見たら、芳しさを見るにつけ、憐れに思うと、薄絹の緑のスカート身に着けたすがたをおもいだしてしまう。

○記待緑羅裙、処処憐芳草。 その身の緑のスカートは忘れはしない、行く先々で緑の若草に出会ったならば、わたしの身と思って愛しんでほしい、の意。

 

この詩とシチュエーションを同じようにする韋荘『望遠行』

韋荘  望遠行

(望遠行)

欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。

謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。

別れんと欲して 言 無く 画屏に倚る、恨みを含みて 暗に情を傷ましむ。

謝家の庭樹 錦鶏 鳴き、残月 辺城に落つ。

人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。

出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。

不忍別君後、却入旧香閏。

人 別れんと欲し、馬 頻に嘶く、緑槐 千里の艮堤。

門を出づれば 芳草 路に妻萎たり、雲雨 別れてより來 東西なり易し。

忍びず 君と別れし後、却って旧の香閨に入るに。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

7毛文錫《巻五33巫山一段雲一首》『花間集』234全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6442

毛文錫  巫山一段雲一首  

雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 

巫山一段雲

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

 

 

(巫山の一段雲一首)

雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。

遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。

暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。

朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。

 

『巫山一段雲一首』 現代語訳と訳註

(本文)

巫山一段雲一首

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

 

 

(下し文)

(巫山の一段雲一首)

雨が霽【は】れる巫山の上り,雲は輕く碧天に映ゆ。

遠峯より吹散し又た相い連なる,十二晚峯の前なり。

暗に濕し 猿 樹に啼く,高籠は客舡を過る。

朝朝して暮暮し 楚江の邊,幾度 神仙の降れる。

 

 

(現代語訳)

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

 

 (訳注)

巫山一段雲一首

(雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡ると清々しく美しい、夕日に映える巫山十二峰は最も美しいと詠う。)

【解説】 巫山の神女の故事を詠う。後段、巫山の雲は、長江を行き交う旅の船を下に見ながら、これまで、朝な夕なに、どれほど巫山の峰に降ったことであろうと、.坐山の神女の故事に思いを馳せる。

巫峡は古くから航行危険の難所であったことで、さしかかる前は娼屋を利用して勇気を奮い立たせて難所に向かった。民妓、道妓の施設があったもので,もしかすると死ぬかもしれないという中での女性が神女という呼び方をされてもおかしくない。

 

唐の教坊の曲名。『花問集』には三首所収。毛文錫の作は.首収められている。双調四十四字、前後段二十二字四句三平韻で、5⑤⑦⑤/5⑤⑦⑤の詞形をとる。

雨霽巫山上  雲輕映碧天  遠峯吹散又相  十二晚峯
暗濕啼猿樹  高籠過客  朝朝暮暮楚江  幾度降神

●●○○●  ○△●●○  ●○△●●△○  ●●●○○

●●○○●  ○△△●○  ○○●●●○○  △●△○○

 

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

雨が朝には晴れて、巫山のあたりは澄み渡る。その空に雲が軽やかにすみきった青空に映えている。

○巫山 今の四川省巫山県の東にある山。その辺りは三峡の一つの巫峡。巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

温庭筠『河瀆神三首(其一)』

河上望叢祠,廟前春雨來時。

楚山無限鳥飛遲,蘭棹空傷別離。

何處杜鵑啼不歇,豔紅開盡如血。

蟬鬢美人愁,百花芳草佳節。

河瀆神 三首其一 温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞Gs-362-1-#68 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3357

張泌『浣渓沙十首(其三)』 

獨立寒堦望月華,露濃香泛小庭花,繡屏愁背一燈斜。

雲雨自從分散後,人間無路到仙家,但憑魂夢訪天涯。

浣渓沙 十首 其三 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-341-7-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3252

神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。

韋荘『望遠行』「欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。  人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。不忍別君後、却入旧香閏。

100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972

謁巫山廟 薛濤  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-242-108-#98  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2592

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-372-8-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

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遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

遠くの峰々をこえて吹く風に雲は散らされ、そしてまた集まり、そして連なる、巫峡は暮れかかって、夕日に映える巫山十二峰は最も美しい。

〇十二晩峯 夕暮れ時の巫山の十二の峯々。夕暮れ時の巫山の十二の峯峯。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、聚鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松巒、仙人を指す。

皇甫松『天仙子二首(其一)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,

十二晚峯高歷歷。

末句の十二峯は、坐山の著名な十二の峯のことで、坐山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

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暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

暗くたれこめた雲があたりをくらくし、樹々を密かに濡らし、猿がなく。そして、高いところで籠もって、旅人の乗る船を見過ごす。

○囁猿 古くから三峡の問は、両岸の山々に高木が茂り、船で通過する問、手長猿の鳴き声の絶えることがなく、旅人はそれを聞くと誰もが望郷の念を抱いたと言う。

 

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

朝が来て、また朝になり、夕ぐれて、また夕暮れていく、長江中流域の楚の国、江のほとり、ここにはここの神仙が朝な夕ないくたびも降りる。

〇朝朝暮暮 朝な夕なに。楚の懐土が高唐に遊び夢の中で巫山の神女と情を交わした故事を踏まえる前述 韋荘『望遠行』「雲雨別来易東西」の注参照。

○楚江 ここでは長江のこと。

○神仙 ここでは楚の懐王の夢に現れて懐壬と情を交わした巫山の神女を指す。前述 韋荘『望遠行』参照。

宋玉『高唐賦』「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。’旦朝視之,如言。故爲立廟,號曰朝雲。」

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毛文錫  河滿子  

紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。

恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

(秋には月明かりのもとで愛され、春には鶯が啼き、愛された、公孫は、北の守りに遼陽に行ったきり音沙汰ない、それでもただ待つだけ、春爛漫には恨みが増すと気持ちを詠う。)

秋には、頬紅を付けて寝殿前の庭に出れば月明かりに照らされる。春には東の緑色の枠の窓にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合う。そのお方は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまい、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならない。また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまうが、王孫は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけている。

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妓女は買われてくると、歌舞や酒席での遊戯などを習い、少しでも怠けると仮母に激しく鞭打たれたり殴られたりし、成人に達すると客を取り銭を稼がされた。彼女たちは行動の自由がなく、平生は勝手に門を出ることもできなかった。平康里の妓女は僧が道でお経を講ずるのを最も待ち望んだ。僧が来ると、仮母に千文納めて機を見て外出し、半日間自由の空気を吸うことができたからである。

宴会や遊戯の席

妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平康里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 

雛妓(半玉)の「初夜権」は高い値段で買い取らねばならなかった。南曲の張住住が成人になろうとした時、金持の陳小鳳は大金を出し「その元を取ろう」とした。彼女はすでに処女を失っていたが、手管を使って処女のごとく振舞って陳を騙した。陳は処女を得たと思い、さらに三緡(一緡は銅銭一千枚)を張家にやった。その他、買断という決まりもあった。つまり妓女が一人の客に独占されることであり、客が毎日仮母に一緒を払うと、この妓女はもう他の客をとれなかった。

 

少し有名な妓女はなじみの客を多くよぶことができたので、豪門や富貴の客から大量の銭と品物が仮母の懐に入った。これらの妓女の生活は一般にかなり裕福であり、賛沢ですらあった。また、ある妓女は仮母に大量の金を儲けさせたが、仮母はいぜんとして彼女にひどく辛くあたった。たとえば楊莱児は仮母にたっぷり金を儲けさせたが、仮母は彼女を虐待した。それで、莱児は身請けされて行く時、仮母を大いに罵り衣を払って去った。やっと鬱憤を晴らしたのである。下層妓女の収入はたいへん少なく、生活はきわめて苦しかった。張住住の家の場合は、抱えている二人の妓女が売れなかったので、置屋は没落し、雑貨を売って生活しなければならなかった。

教坊籍に入らない妓女は官府の統制下になかったので、客から身請けされ堅気となって嫁すことができた。「落籍」の費用は地位によって異なっており、先に述べた王福娘の請け値は 〝一、二百金″であった。これはだいたい中等の値段であり、妓女の標準の値段であった。唐代の小説『李娃伝』の主人公李姓は堅気になろうとして、二十年間の衣食代を自分の貯えた金の中から仮母に返し、身請けされた。この金額は決して少なくはなかったはずである。こうしたことは現実にはそう多いことではなかったであろう。なぜなら、かりに名高い妓女でも普通はこれほど多くのへそくりを工面することは難しかったからである。身請けの大部分は客が見初めたものであって、彼女たちの意志ではどうすることもできなかった。しかし、長安の妓女は総じて地方官妓に比べるといくらか主体性を持っていた。たとえば、王福娘は挙子(科挙受験生)の孫薬を見初め、彼に落籍を頼んだ。また、睦州刺史の柳斉物は名妓の矯陳を好きになった。彼女はそれに応えて「もし科挙に合格して錦帳三十枚をくださるなら、一生お仕えいたします」と答えた。柳斉物は果たして錦帳を数通りそろえて彼女を迎えにきたので、彼女は柳家に嫁いだ(『因話録』巻一。何はともあれ、無理に落籍されたり贈答の具に供されたりするのに比べたらずっとマシであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河滿子』六首

 

 

作者名/


初句

 

 

毛司徒文錫

巻五

河滿子一首

紅粉樓前月照

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

河滿子二首 其一

正是破瓜年幾,

 

 

巻六

河滿子二首 其二

寫得魚牋無限,

 

 

孫少監光憲

巻八

河滿子一首

冠劍不隨君去,

 

 

毛秘書熙震

巻十

河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,

 

 

巻十

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河滿子

(秋には月明かりのもとで愛され、春には鶯が啼き、愛された、公孫は、北の守りに遼陽に行ったきり音沙汰ない、それでもただ待つだけ、春爛漫には恨みが増すと気持ちを詠う。)

紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。

秋には、頬紅を付けて寝殿前の庭に出れば月明かりに照らされる。春には東の緑色の枠の窓にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合う。

夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。

そのお方は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまい、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならない。

恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまうが、王孫は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけている。

 

(河滿子)

紅粉 樓前にあって 月照す,碧紗 外 鶯啼く。

夢斷 遼陽 音信,那ぞ獨り空閨を守るを堪えん。

恨むは百花時節に對し,王孫 綠草 萋萋たり。

 

 

『河滿子』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子

紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。

夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。

恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

 

(下し文)

(河滿子)

紅粉 樓前にあって 月照す,碧紗 外 鶯啼く。

夢斷 遼陽 音信,那ぞ獨り空閨を守るを堪えん。

恨むは百花時節に對し,王孫 綠草 萋萋たり。

 

(現代語訳)

(秋には月明かりのもとで愛され、春には鶯が啼き、愛された、公孫は、北の守りに遼陽に行ったきり音沙汰ない、それでもただ待つだけ、春爛漫には恨みが増すと気持ちを詠う。)

秋には、頬紅を付けて寝殿前の庭に出れば月明かりに照らされる。春には東の緑色の枠の窓にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合う。

そのお方は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまい、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならない。

また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまうが、王孫は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけている。

 

(訳注)

河滿子

(秋には月明かりのもとで愛され、春には鶯が啼き、愛された、公孫は、北の守りに遼陽に行ったきり音沙汰ない、それでもただ待つだけ、春爛漫には恨みが増すと気持ちを詠う。)

公孫は、妓女が求める「買断」をして、囲い独占して遊んだ。妓女は一時であっても安心できる条件を求める。うまくいけば妾の末席でも花街の将来はないので喜ばしいことであった。

唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、毛文錫は一首所収。単調三十六字、三平韻6⑥6⑥6⑥の詞形をとる。

紅粉樓前月照  碧紗窓外鶯
夢斷遼陽音信  那堪獨守空
恨對百花時節  王孫綠草萋

○●○○●●  ●○○●○○

△●○○○△  △○●●△○

●●●○○●  △○●●○○

 

紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。

秋には、頬紅を付けて寝殿前の庭に出れば月明かりに照らされる。春には東の緑色の枠の窓にうす絹が張られている窓辺の外には鶯が啼いて春を告げ、ささやき合う。

○樓前 寝殿前の庭。

○碧紗 東の緑色の枠の窓にうす絹が張られている窓辺の外

 

夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。

そのお方は、はるか北の地遼陽に行ったままでそれ以来音信普通で夢は破れてしまい、どうしたってひとり、この寂しい閨を守っていくことに堪えねばならない。

○遼陽 遼陽は古代より遼東における中華帝国の中心であった軍事上の重要都市である。

遼陽 遼陽はかつて襄平と称し、この地方一帯を中国が支配する上での中心地となっていた。戦国時代には燕の遼東郡の中心地だった。秦は遼東郡の郡治をここに置き、前漢・後漢の頃に領土が東へ拡大した時期は玄菟郡に属した。404年、高句麗が襄平を占領し、遼東府と改名した。唐が高句麗を滅ぼし(麗唐戦争)て置いた安東都護府は、後に所在地を平壌から襄平に移している。907年建国の遼時代に遼陽と改名され、遼の副都(陪都)・東京遼陽府となった。遼の後の金も東京遼陽府を副都としている。この時期東京にいた皇族の烏禄は、第4代皇帝海陵王に反抗する勢力に擁立され海陵王を滅ぼし、第5代皇帝・世宗として即位、遼陽に白塔などを建設した。・陽:1 日。日の光。「陽光/斜陽・春陽・夕陽・太陽・朝陽・落陽」2 ひなた。山の南側。川の北側。「山陽・洛陽(らくよう)3 明るく暖かい。「陽春」4 うわべをいつわる。

 

恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

また、百花が花開く時期を迎えると、それを見るたびに恨む気持ちになってしまうが、王孫は緑の草草が成長する時期になったので、またどこかで、「嫁にするよ」と若草の様な娘に声をかけている。

○王孫 1 帝王の子孫。また、貴族の子弟。2 ツクバネソウの別名。4枚の葉の中心部に黒い果実が付く様子を羽根つきの羽に例えたものであるが、ユリ科の植物としては似つかわしくない姿をしている。花の特徴: 茎先から花の柄を出し、先に淡い黄緑色の花を1つつける。 花には内花被片はなく、4枚の緑色の幅広い外花被片が垂れ下がる。 雄しべは8本である。 雌しべは1本で、先が4つに裂ける。

綠草萋萋 綠草は萌える愛という意味を持つ。萋萋:草木の茂っているさま。さいさい。ここでは数ある草草の中で選ばれ、嫁ぐ詩経のイメージを借り、どこかの娘にこえをかけているというほどの意味。

《詩経·周南·葛覃》

葛之覃兮、施于中谷。

維葉萋萋、黄鳥于飛。

集于灌木、其鳴嘴嘴。

葛の覃(の)びるや、中谷に施(うつ)る。

維(こ)れ葉 萋萋たり、黄鳥于(ここ)に飛ぶ。  

灌木に集(つど)ひ、其の鳴くこと嘴嘴(かいかい)たり。

 

葛之覃兮,旋于中谷。

維葉莫莫,是刈是煮。

為綺為谷,服之無厭。

葛の覃びるや、中谷に旋る。

維れ葉 莫莫たり、是れ刈り 是れ煮(に)て。

綺(ち)と為し谷(げき)と為し、之を服して厭(いと)ふことなし。

 

言告師氏,言告言歸。

薄汗我私,薄澣我衣。

害澣害否,歸寧父母。

言(われ)師氏に告げらる、言(ここ)に告げらる 言に歸(とつ)ぐと。

薄(しば)らく我が私を汗(あら)ひ、薄らく我が衣を澣(すす)がん。

害(いづ)れか澣(すす)ぎ 害れか否(しかせ)ざらん、歸(とつ)ぎて父母を寧(やす)んぜん。

 

葛のツルが伸びて、谷間を覆っている、その葉は青々として、黄鳥が飛んでくるや、灌木に群がっては、皆々として鳴く

 

葛のツルが伸びて、谷間を覆っている、その葉は生い茂り、刈り取って煮て、糸となしても衣となしても、あるいは食べても飽きることがない

 

 わたしは先生から告げられました、この家に嫁ぐのだと告げられました、だから身を洗い、着ている衣も洗いましょう、どれを洗いどれを洗わぬか良く考えましょう、立派な嫁になって両親を安心させてあげましょう

7毛文錫《巻五31應天長一首》『花間集』232全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6432

毛文錫  應天長一首  

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

平らかに大江の波は暖かな日には、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

7毛文錫《巻五31應天長一首》『花間集』232全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6432

 

 
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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

應天長

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。

平らかに大江の波は暖かな日には、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

應天長一首

平江 波暖かく 鴛鴦語り,兩兩らる釣【ちょうせん】 極浦【きょくほ】に歸る。

蘆州【ろしゅう】一夜 風 雨に和し,淺沙を起き飛びて 雪鷺【せつろ】翹。

漁燈 遠渚【えんちょ】明く,蘭棹【らんとう】今宵【こんしょう】何處なるか。

羅袂【らべい】風に從いて輕やかに舉がり,愁殺【しゅうさい】あり 採蓮の女にも。

 

『應天長 一首』 現代語訳と訳註

(本文)

應天長一首

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。

蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。

羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

 

(下し文)

應天長一首

平江 波暖かく 鴛鴦語り,兩兩らる釣舡【ちょうせん】 極浦【きょくほ】に歸る。

蘆州【ろしゅう】一夜 風 雨に和し,淺沙を起き飛びて 雪鷺【せつろ】翹。

漁燈 遠渚【えんちょ】明く,蘭棹【らんとう】今宵【こんしょう】何處なるか。

羅袂【らべい】風に從いて輕やかに舉がり,愁殺【しゅうさい】あり 採蓮の女にも。

 

 

(現代語訳)

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

平らかに大江の波は暖かな日には、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

 

 

(訳注)

應天長 一首

(錦江の秋、日中から夕暮れ、の抒情をうたい、舟遊びの様子を詠う。)

前段、平らで暖かな水に浮かぶ鴛鴦(オシドリ)が囁き交わすさまは、仲睦まじく語り合っていたことをいう男女を象徴している。その夜の吹き降りは、男が別れていくのを見送った後の女性の静まらぬ心を示し、首を高くもたげて飛び立とうとしている白鷺は、すぐにも男のもとに飛んで行きたいという女の思いを象徴している。後段は、遠くの岸辺にあって漁をする舟の漁火を見て、あの人の乗る舟ほどのあたりかしらと男を思いやる女性の情について述べ、薄絹を風になびかせ、採蓮する娘たちにも愁いはある。愁いに沈む女の姿を描く。

應天長

『花間集』には毛文錫の作が一首収められている。双調五十字、前段二十八字四句三仄韻、後段二十二字四句四仄韻で、❼❼7❼/❺❻❻❺の詞形をとる

應天長一首

平江波暖鴛鴦  兩兩釣舡歸極
蘆州一夜風和雨  飛起淺沙翹雪
漁燈明遠  蘭棹今宵何
羅袂從風輕  愁殺採蓮

○○○●○○●  ●●●○○●●

○○●●△△●  ○●△△△●●

○○○●●  ○●○○△●

○●△△△●  ○●●△●

 

韋荘(韋相莊)          應天長二首

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-14韋荘92《巻2-42 應天長二首其一》二巻42-〈92〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5662

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牛嶠(牛給事嶠)       應天長二首

牛嶠《巻四05應天長二首其一》『花間集』156全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6052

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毛文錫(毛司徒文錫) 應天長一首

應天長一首

平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

(顧太尉       應天長一首

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平江波暖鴛鴦語,兩兩釣舡歸極浦。

平らかに大江の波は暖かな日に、鴛鴦たちは囁いている。2艘、2艇と釣り船も遙かなる奥まった入り江の岸を指して帰ってくる。

○平江 平らに広がる川。増水、洪水の状況ではないこと。

釣舡 

○極浦 遠い果ての岸。ここではい遙かな対岸を指す。

 

蘆州一夜風和雨,飛起淺沙翹雪鷺。

蘆の生える中州に雨まじりの風が吹く一夜。小鳥や水鳥は驚いてさわぐと、水辺の浅瀬にいた雪のような白鷺は翅を高く掲げて飛び立たんと背を伸ばす。

○蘆州 蘆(あし)の生える州()

風和雨 吹き降りを言う。

○翹 あげる。鳥の尾羽のように、高くかかげる。つまだてる。つま先だって背を高くする。 特に秀でた人。また、特にすぐれているさま。ぬきんでる。ここでは背を伸ばして高く首を挙げること。

 

漁燈明遠渚,蘭棹今宵何處。

遠くの渚に漁火が明々と燃えている、蘭棹の人は、今宵は、何処にいるのか。

○蘭棹 蘭で作った船の棹。ここでは意中の男の乗る船を指す。

 

羅袂從風輕舉,愁殺採蓮女。

袖口のひろがった薄絹の透けて見える上着に風がふいて軽やかに舞い上がる。採蓮の娘は愁いに沈みつづけている。

○愁殺 この上ない愁いに誘う。穀は強調を表す。

○採蓮女 年若い女が腕と素足を出して採蓮する。それを秋の行楽として色町の女とお客の者たちが見学するという、年齢差を感じさせる語のひとつである。

羅袂 閨で着る薄絹の透けて見える上着の袖口のひろがったもの。

《木蘭花》

獨上小樓春欲暮、愁望玉関芳草路。

消息断、不逢人。却斂細眉歸繍戸。

坐看落花空歎息、羅袂斑紅涙滴。

干山萬水不曾行、魂夢欲教何覓。

(木蘭花)

獨り小樓に上れば春暮れんと欲し、愁望す 玉関芳草の路。

消息 断え、人に逢はず。却って細き眉を斂【ひそ】めて 繍戸に歸る

坐ろに落花を看て 空しく歎息し、羅袂【らべい】湿れて斑【まだら】に紅涙 滴たる。

千山萬水 曾て行かず、魂夢は何處に覓【もと】めしめんと欲す。

坐看落花空歎息、羅袂斑紅涙滴。

約束の春をはじめてまつ者は、次第にただ漫然として散る花を見て、むなしくため息を漏らすことになり、薄絹のたもとは涙で堕ちた頬紅が点々と濡らすことになる。

・羅袂 帰ってきたら閨で着る薄絹の透けて見える上着の袖口。帰って来ると思って閨で着て涙する。唐代の女性の服装は、まさに社会の風気が開放的になるに従って自由となり、益々拘束がなくなっていったのである。家庭での服装については、私たちは唐代の絵画の中に見ることができる。たとえば、有名な永泰公主の墓の壁画の中に見られる女性などは、たいてい上着も下着も太めにゆったり美しいが、しかし胸も乳も露わにされているのである。

7毛文錫(改)《巻五30訴衷情二首其二》『花間集』231全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6427

毛文錫  訴衷情二首其二  

鴛鴦交頸衣輕,碧沼藕花馨。隈藻,映蘭汀,和雨浴浮萍。思婦對心驚,想邊庭。何時解珮掩雲屏,訴衷情。

(寵愛を受けることはどんなに素晴らしいことか、しかし、過ぎ去ってみれば、それは浮草のように儚い。それでも、妃嬪は、寵愛を待ち続けると詠う)

鴛鴦のように、頭を絡み合わせ、刺繍の衣も軽く薄いもの身に着ける、その池のふちの緑の澄んだ水に浮ぶ蓮の葉のように揺れ、蓮の花の香りに満たされる。縁の奥まったところに浮ぶ水草とじゅんさいのように、水際の蘭の花の様に水面に影を映し、雨はその場に調和し、浮遊の白蘋を水浴させている。男が女を思う気持ちというのは浮草のようなもので驚いている、いま、想うのは、鴛鴦が遊び、蓮の葉のように揺れたあの水辺の庭出来事。何時になったらまた帯をといて、雲母の絵屏風に囲まれて過ごすことができるのやら、あの人に愛されたい、うそいつわりのない心をわかってほしい。

7毛文錫()《巻五30訴衷情二首其二》『花間集』231全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6427

 

 
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79-#4 (改訂)《巻0211送靈師》-#4 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1488> Ⅱ【11分割】-#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6424 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-92杜甫 《1566白帝》七言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-92 <955> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6410 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog7毛文錫(改)《巻五30訴衷情二首其二》『花間集』231全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6427 
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 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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7毛文錫(改)《巻五29訴衷情二首其一》『花間集』230全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6422

毛文錫  訴衷情二首其一  

桃花流水漾縱橫,春晝彩霞明。劉郎去,阮郎行,惆悵恨難平。愁坐對雲屏,算歸程。何時攜手洞邊迎,訴衷情。

(春の日、寵愛を一手に受けていたが、劉郎や阮郎がしたように、妃嬪は寵愛を失った。しかし、何時か再び寵愛を受けることを願って毎日準備している、と誠意を訴えると詠ったもの)桃の花が咲き、落ちた花弁は流れに乗ってゆきゆらゆら揺れて流れてゆく。春の昼下がりをのんびりと過ごし、夕焼けが明るく綺麗である。久しぶりに来ていた劉郎みたいに去り、出たら帰ってこない阮郎みたいに行ってしまう、恨み嘆いているばかりで、寵愛を失ってそれを和らげようとしても、それはどうしようもない。愁いはつのり、所縁の雲母の屏風の前に坐る、帰ってくれる日程を計算し、唯、それを繰り返す。そして、何時か、この奥まった冷宮の閨から手を携えて迎えてくれるだろうか、うそいつわりのない心をわかってほしい。

7毛文錫()《巻五29訴衷情二首其一》『花間集』230全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6422

 

 
 2015年8月7日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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287-#1 《巻十八03五月東魯行答汶上君【五月東魯行答汶上翁】》-#1(改訂版) Index-20Ⅱ― 15-740年開元二十八年40歳 <287-#1> Ⅰ李白詩1574 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6418 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-91杜甫 《1515灩澦堆》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-91 <954> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6405  
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog7毛文錫(改)《巻五29訴衷情二首其一》『花間集』230全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6422 
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7毛文錫《巻五28戀情深二首其二》『花間集』229全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6417

毛文錫  戀情深二首其二  

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。羅裙窣地縷黃金,奏清音。

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。永作鴛鴦伴,戀情深。

(花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まり、酒宴は酣になり、やがて終わるころには、その日から寵愛を受け、久しく寵愛を受けることになる。妃嬪は、この夜、深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)其の二  寝殿は耀ける宮殿、いま花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まってくる。うす絹の巻きスカートで踊ると突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められる、清らかな音楽を奏でる。音楽が盛り上がるほど、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。それから、一人の妃嬪の微笑が君王の心をとらえ、動かす。その夜から、とこしえに鴛鴦が一緒にいるようになり、深く愛し合い、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

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 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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286-#3 《卷十五12送韓準裴政孔巢父還山》-#3 Index-20Ⅱ― 15-740年開元二十八年40歳 <286-#3> Ⅰ李白詩1573 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6413 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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79-#2 (改訂)《巻0211送靈師》-#2 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1486> Ⅱ【11分割】-#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6414 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-90杜甫 《1568白鹽山【案:白鹽崖高千餘丈,在州城東十七里。】》五言律詩 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-90 <953> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6400 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
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毛文錫  戀情深二首

 

戀情深二首其一

(春の訪れに寵愛を受け、妃嬪は酒宴に酔い、そして、この夜も深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)其の一

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。

ピン、ピン、・・・・、銅製の壺の塞いだところから漏れて、時は過ぎる、むせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

寝殿の側の香殿の酒宴は遅くまで続いた後には、鴛鴦のかけ布団のなかですごす。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。

楽しく過ごす閨に真珠の珠簾の聯の下に、朝の光が差し込み、暁鶯の啼き声が、少し離れた瓊林から聞こえてくる。

寶帳欲開慵起,戀情深。

宝飾に飾られたとばりがある、けだるさが残っているけれど起き上がって開こうとする、深く愛し合った、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

 

戀情深二首其一

滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。

宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。

真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。

寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し。

 

 

戀情深二首其二

(花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まり、酒宴は酣になり、やがて終わるころには、その日から寵愛を受け、久しく寵愛を受けることになる。妃嬪は、この夜、深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)其の二

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

寝殿は耀ける宮殿、いま花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まってくる。

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

うす絹の巻きスカートで踊ると突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められる、清らかな音楽を奏でる。

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

音楽が盛り上がるほど、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。それから、一人の妃嬪の微笑が君王の心をとらえ、動かす。

永作鴛鴦伴,戀情深。

その夜から、とこしえに鴛鴦が一緒にいるようになり、深く愛し合い、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

戀情深二首其の二

玉殿 春濃く花爛熳なり,神仙簇り伴う。

羅裙 窣地 縷の黃金,清音を奏ず。

酒闌わ 歌罷めば兩 沉沉たり,一笑は君の心を動かす。

永作す 鴛鴦伴い,戀情深し。

 

 

『戀情深二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

戀情深二首其二

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

永作鴛鴦伴,戀情深。

 

(下し文)

戀情深二首其の二

玉殿 春濃く花爛熳なり,神仙簇り伴う。

羅裙 窣地 縷の黃金,清音を奏ず。

酒闌わ 歌罷めば兩 沉沉たり,一笑は君の心を動かす。

永作す 鴛鴦伴い,戀情深し。

 

(現代語訳)

(花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まり、酒宴は酣になり、やがて終わるころには、その日から寵愛を受け、久しく寵愛を受けることになる。妃嬪は、この夜、深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)其の二

寝殿は耀ける宮殿、いま花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まってくる。

うす絹の巻きスカートで踊ると突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められる、清らかな音楽を奏でる。

音楽が盛り上がるほど、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。それから、一人の妃嬪の微笑が君王の心をとらえ、動かす。

その夜から、とこしえに鴛鴦が一緒にいるようになり、深く愛し合い、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

 

(訳注)

戀情深二首其二

(宮女は酒宴に酔いも進み、そして、この夜も深く愛されると詠う。)

(1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。

(2) 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻一仄韻、後段二十一字四句三平韻で、❼4⑦③/❼⑤6③の詞形をとる。

滴滴銅壺塞漏  醉紅樓月  宴餘香殿會鴛  蕩春
真珠簾下曉光  鶯語隔瓊林  寶帳欲開慵起  戀情

●●○○●●△  ●○○●  ●○○●●○○  ●○○

○○○●●△△  ○●●○○  ●●●○○●  ●○△

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻二仄韻、後段二十字四句二平韻二仄韻で、❼❹⑦③/⑦⑤❺❸の詞形をとる。

玉殿春濃花爛  簇神仙  羅裙窣地縷黃   奏清
酒闌歌罷兩沉  一笑動君  永作鴛鴦  戀情

●●○○○●●  ●○○●  ○○●●●○○  ●○○

●○○△●○○  ●●●○○  ●●○○●  ●○△

 

 

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

寝殿は耀ける宮殿、いま花は色濃く咲き乱れ春爛漫で、仙郷の神々のもとに仙女が集まってくる。

玉殿 (1).殿の美称。 (2).朝廷,天子のこと。 (3).伝説中天界神仙の殿。

 

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

うす絹の巻きスカートで踊ると突然の地面には金の糸が途切れずに敷き詰められる、清らかな音楽を奏でる。

窣地 突然のように地面に。

縷[音]ル(呉)(漢)1 細々と連なる糸筋。「一縷」2 細く、途切れずに続くさま。こまごまとしたさま。「縷言・縷述・縷説・縷陳・縷縷」3 ぼろ。「襤縷(らんる)

 

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

音楽が盛り上がるほど、酒宴は盛り上がり、歌は最盛期になる、やがて酒宴も終わりを迎えると、酒も歌も、その両方とも静かになってゆく。それから、一人の妃嬪の微笑が君王の心をとらえ、動かす。

闌【酣/たけなわ】とは。行事・季節などが最も盛んになった時。盛りが極まって、それ以後は衰えに向かう時。また、そのようなさま。真っ盛り。真っ最中。

 

永作鴛鴦伴,戀情深。

その夜から、とこしえに鴛鴦が一緒にいるようになり、深く愛し合い、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

7毛文錫《巻五27戀情深二首其一》『花間集』228全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6412

毛文錫  戀情深二首其一  

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。寶帳欲開慵起,戀情深。

(春の訪れに寵愛を受け、妃嬪は酒宴に酔い、そして、この夜も深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)ピン、ピン、・・・・、銅製の壺の塞いだところから漏れて、時は過ぎる、むせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 寝殿の側の香殿の酒宴は遅くまで続いた後には、鴛鴦のかけ布団のなかですごす。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。楽しく過ごす閨に真珠の珠簾の聯の下に、朝の光が差し込み、暁鶯の啼き声が、少し離れた瓊林から聞こえてくる。宝飾に飾られたとばりがある、けだるさが残っているけれど起き上がって開こうとする、深く愛し合った、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

 

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花間集の中でも、特異な詩題であり、毛文錫だけが題している。教坊の曲の詩として宮女・妓優が恋心を抱いたこと、自由恋愛をイメージさせるものである。唐から宋にかけて、倫理は史上最高に自由であったことをベースに考えて詠んでいくとよい。

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。

 

選ばれて宜春院に入った「内人」は身分が最も高かった。彼女たちが演舞する時に

は、雲藷院で訓練中の宮人とは衣服や装飾品に高低の区別があり、「内人」 には凧魚(五品以上の貴人が身に着けることを許されていた魚形のバッジ)が許されていた。

 

宮妓は芸術家であり、原則として芸は献じるが身は献じないということになっていたにせよ、そしてまた一般の宮人に比べれば高い礼遇を受けていたにせよ、所詮彼女たちも皇帝の慰み物にすぎず、その漁色の対象になるものも少なくなかった。

 

宮妓はまたしばしば皇帝の御下賜品として大臣や貴族に与えられた。唐の各時代に、某人に「女楽」幾組を下賜するといった記録があるが、この「女楽」とはよく訓練された宮中の楽妓のことである。

 

長く宮中に住む宮妓の他に、玄宗の時代から長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。

 

教坊妓は彼女たち独特の一風変った生活の仕方と考えを持っていた。彼女たちは仲間同士で意気投合すると、「香火兄弟」(神仏の前で香火をたき義姉妹の契りを結んだ仲)となった。多いものは十四、五人、少ないものでも八、九人がそれぞれ集団をつくった。もし、その中の一人が嫁に行くと、香火兄弟たちは彼女の夫を女仲間にみたてて、「媛捜」とか「新婦」などとよんだ。また同時にその夫に睦み親しむことができたが、妻となった妓は決して嫉妬することはなかった。彼女たちはそれを突蕨の習俗にならったものであるといっていた。

また、香火兄弟でない人々の間でも、男女関係は比較的自由であった。

 

彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでひじょうに多くの宮

妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

 

 

戀情深二首

 

戀情深二首其一

(春の訪れに寵愛を受け、妃嬪は酒宴に酔い、そして、この夜も深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。

ピン、ピン、・・・・、銅製の壺の塞いだところから漏れて、時は過ぎる、むせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

寝殿の側の香殿の酒宴は遅くまで続いた後には、鴛鴦のかけ布団のなかですごす。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。

楽しく過ごす閨に真珠の珠簾の聯の下に、朝の光が差し込み、暁鶯の啼き声が、少し離れた瓊林から聞こえてくる。

寶帳欲開慵起,戀情深。

宝飾に飾られたとばりがある、けだるさが残っているけれど起き上がって開こうとする、深く愛し合った、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

 

戀情深二首其一

滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。

宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。

真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。

寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し。

 

 

戀情深二首其二

玉殿春濃花爛熳,簇神仙伴。

羅裙窣地縷黃金,奏清音。

酒闌歌罷兩沉沉,一笑動君心。

永作鴛鴦伴,戀情深。

 

 

『戀情深二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

戀情深二首其一

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。

宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。

寶帳欲開慵起,戀情深。

 

(下し文)

戀情深二首其一

滴滴 銅壺 塞ぐも漏れ咽【むせ】び,紅樓の月に醉う。

宴 餘り 香殿 鴛衾【えんきん】に會し,春心を蕩【とろか】す。

真珠の簾の下 曉光侵し,鶯語 瓊林を隔つ。

寶帳 慵起を開かんと欲す,戀情深し

 

(現代語訳)

(春の訪れに寵愛を受け、妃嬪は酒宴に酔い、そして、この夜も深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)

ピン、ピン、・・・・、銅製の壺の塞いだところから漏れて、時は過ぎる、むせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

寝殿の側の香殿の酒宴は遅くまで続いた後には、鴛鴦のかけ布団のなかですごす。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

楽しく過ごす閨に真珠の珠簾の聯の下に、朝の光が差し込み、暁鶯の啼き声が、少し離れた瓊林から聞こえてくる。

宝飾に飾られたとばりがある、けだるさが残っているけれど起き上がって開こうとする、深く愛し合った、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

 

(訳注)

戀情深二首其一

(春の訪れに寵愛を受け、妃嬪は酒宴に酔い、そして、この夜も深く愛され、恋する気持ちはさらに深くなると詠う。)

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十一字四句二平韻、後段二十一字四句三平韻で、74⑦③/⑦⑤6③の詞形をとる。

滴滴銅壺塞漏  醉紅樓月  宴餘香殿會鴛  蕩春
真珠簾下曉光侵  鶯語隔瓊林  寶帳欲開慵起  戀情

●●○○●●△  ●○○●  ●○○●●○○  ●○○

○○○●●△△  ○●●○○  ●●●○○●  ●○△

 

滴滴銅壺塞漏咽,醉紅樓月。

ピン、ピン、・・・・、銅製の壺の塞いだところから漏れて、時は過ぎる、むせび泣くような声である。紅樓にかかる月をながめて酒に酔う。 

滴滴 ① 水などのしたたり。点々と落ちるしずく。② 点々とあるようす。

銅壺 銅板などでかまど形につくったもの。内部を空洞にしてあるので,そこへ水を満たし,空洞の中に排水を落とし、その音が地上に聞こえるように設計され、水位に倚り、時刻を計る。この時、排水は滴水化して落とす。具体的な過程としては、縦穴を伝って流れ落ちた水が水滴となって空洞の底面に溜まった水に落ち、その際に発せられた音が縦穴を通して外部に漏れる。この原理は、水琴窟に発展する。

 

宴餘香殿會鴛衾,蕩春心。

寝殿の側の香殿の酒宴は遅くまで続いた後には、鴛鴦のかけ布団のなかですごす。互に盛んに愛し合い、互いに揺らめいている。

香殿 

《庾信賦》披香殿裹作春衣。椒香殿。全廟有九蟒殿、五嶽殿、香殿等。 編輯本段. 歷史. 峨眉大廟飛來殿. 峨眉大廟飛來殿爲中國古代道教建築。

鴛衾 鴛鴦のかけ布団。一夜を共にする。

【とう】1 揺れ動く。ゆらゆら動かす。「蕩揺/漂蕩」2 酒色などにおぼれる。締まりがない。「蕩児/淫蕩(いんとう)・放蕩・遊蕩」3 豊かに広がっている。

 

真珠簾下曉光侵,鶯語隔瓊林。

楽しく過ごす閨に真珠の珠簾の聯の下に、朝の光が差し込み、暁鶯の啼き声が、少し離れた瓊林から聞こえてくる。

鶯語 鶯(うぐいす)の鳴き声。ウグイスの鳴き声。

《巻九63絶句漫興 九首 其一》「眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。」絶句漫興九首 其二 成都浣花渓 杜甫 <446  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2175 杜甫詩1000-446-629/1500

白居易 琵琶行 間關鶯語花底滑,幽咽泉流水下灘。(間關たる鶯語 花底に滑かに,幽咽せる泉流は 氷下に難む。)

瓊林 隋から唐の時代、「瓊花(チウンホア)」は「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられたと玉のように美しい瓊樹の林。その花を食べると長寿になる。ここでは、その木々が描かれた屏風、何時までも二人で過ごす、仲睦まじい様子が続くというほどの意味。

 

寶帳 欲開慵起,戀情深。

宝飾に飾られたとばりがある、けだるさが残っているけれど起き上がって開こうとする、深く愛し合った、恋い慕う気持ちはさらに深くなっている。

慵起 けだるく起きるのも億劫であること。

戀情 恋い慕う気持ち。

7毛文錫《巻五26月宮春一首》『花間集』227全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6407

毛文錫  月宮春  

水精宮裡桂花開,神仙探幾迴。紅芳金蘂繡重臺,低傾馬瑙盃。

玉兔銀蟾爭守護,姮娥女戲相隈。遙聽鈞天九奏,玉皇親看來。

(神仙の居所を訪ね歩き、やっと桂の花が咲く水精宮にいたる。紅く芳しい芍薬が咲き、集霊宮、通天台にむかい、瑪瑙の盃をかたむける、九曲、九奏の調べに乗せて最高神の玉皇大帝が親しみを持って現れると詠う。)月に在る水精宮殿の庭には桂の花が開いている。神仙を訪ねてもうどれくらいめぐり廻ったであろうか、ここにやっと見つけた。紅く芳しい芍薬が咲いていて、刺繍のとばりが幾重にも垂れている集霊宮、通天台などの高閣の高台があり、瑪瑙の盃を何度も繰り返して飲み干した。すると遙か先から聞こえてくるのは、神仙においての最高神の居所から、あらゆる音楽器で九曲、奏でられる音楽である。最高神である玉皇大帝が元宵節には現れると聞いてはいたが、まさに親しみを持って、ここに現れたのである。

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 2015年8月4日の紀頌之5つのBlog 
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7毛文錫《巻五25浣溪沙一首》『花間集』226全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6402

毛文錫  浣溪沙一首  七夕年年信不違,銀河清淺白雲微,蟾光鵲影伯勞飛。每恨蟪蛄憐婺女,幾迴嬌妬下鴛機,今宵嘉會兩依依。(浣溪沙一首)七夕 年年 信 違わず,銀河 清淺 白雲 微かなり,蟾光 鵲影とし 伯勞 飛ぶ。每に 蟪蛄を恨む 婺女を憐み,幾び 嬌妬を迴る 鴛機に下るを,今宵の嘉會は兩つながら依依たり。(七夕の日は他の機織りの娘の所に行く牽牛星である、今宵だけは二人良い出会いを過すと詠う。)天の川に隔てられた牽牛星と織女星が、毎年、一度だけ会う日が来る、その信頼は違うことはない、銀河の清らかな流れの浅瀬に彦星の訪問を示す白雲がかすかにひろがる。月の光が明るくなるとカササギが橋を造ると影が出来て、百舌鳥が飛んでいなくなる。別れにはその度ごとに恨みにおもい、生命はニイニイゼミのように短いものであるし、須女という名の機織り娘も憐れなものである。幾度か、行き帰るうちに鴛鴦の機織りの方に下っていくのを見て嫉妬する、それでも今宵だけは、素敵な出会いであるから二人とも、しなやかな、名残惜しい時を過ごす。

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 2015年8月3日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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(改訂)7毛文錫《巻五24浣紗溪一首》『花間集』225全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6397

毛文錫  浣沙溪  

春水輕波浸綠苔,枇杷洲上紫檀開。晴日眠沙鸂鸂穩,暖相隈。

羅襪生塵遊女過,有人逢著弄珠迴。蘭麝飄香初解珮,忘歸來。

(李園、宜春院、沈香亭に集められた一芸を持った妓優は、春の芸を披露する宴で、見初められ人生が変わって行くとを詠うものである。)

春の雪解けの増水は軽やかな波を起てて流れ、水は澄んでいて、水底の綺麗な緑の苔を色濃く見せる。琵琶の花は池州の上に香りを漂わせ、宜春院や沈香亭の扉が啓かれる。長閑な晴れの天気が続き、鴛鴦たちの群れ砂に隠れたりし、眠る、暖かさはツガイの者たちを寄り添わせて隅にゆく。うす絹の靴下の宮女・妓優たちが動けば塵を生じ、歌舞音曲の宮女、妓優たちが楽しませてくれる時を過ごす。人は、そこで出会い、珠を弄んで帰っていく。梨園、宜春院、沈香亭に集められた若い妓優は、蘭麝のお香が漂いかおる中で、佩魚が許され、はじめて帯を解く、宮女・妓優はもう帰っていく処のことは忘れてしまわねばならない。

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7毛文錫《巻五23醉花間二首》『花間集』224全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6392

毛文錫  醉花間二首 其二  

深相憶,莫相憶,相憶情難極。銀漢是紅牆,一帶遙相隔。

金盤珠露滴,兩岸花白。風搖玉珮清,今夕為何夕。

(教坊の曲、寵愛を失った後宮の妃嬪は、攻めて七夕の日くらいは寵愛を期待するが、やはりそうならないと悲しみを詠う。)(花間に醉う其の二)

心に深くあり、おもい続け、しかし、深く思い返すことはしてはいけない、それでも思う情愛の思いは、振り払えず、それも極限がない。天の川は年に一度は渡れるのに、わたしのいるのはこの赤い土塀にかこまれ、隔てられる。この寝殿に近いというのに、この一帯にいる間は、遥かにたがいは隔っている。不老長寿の甘露を集める「承露盤」、黄金の盛皿鉢に珠の露もそのまま落ちてあつまり、天の川の両岸に白く咲く楡の花が咲く。佩び玉が、秋の風に揺れて、清かな音が響きわたっている、ここには誰もいない静かな夜、今宵は七夕で彦星と織姫星とが年に一度出会う夜だというのに、私にとっていったい何の夜なのだ。

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 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
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 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
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毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前萄の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王術に従って後唐に降り、さらに後局に仕え、欧陽胴、闇選、鹿虔辰、韓暮らと詞をもって後局の孟池に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には二十一首の詞が収められている。

 

 

醉花間二首 其一

(教坊の曲、寵愛を失った妃嬪が、自分を出征した夫を待つ寡婦として、同じ心境であると詠うものである。)

休相問,怕相問,相問還添恨。

尋ねるのをやめよう、尋ねることが怖い、そして、尋ねた様子がわかってしまうと、また、恨みが増すというもの。

春水滿塘生,鸂鶒還相趁。

又春が来てゆきどけの春の增水、堤にはびっしりと春草を生えている、見れば鸂鶒のオスがことしもまた、メスを追いかけている。

 

昨夜雨霏霏,臨明寒一陣。

昨夜はしとどに雨の降る音がしていて、明け方になると急に冷え込み、寒さがひとしきりである。

偏憶戍樓人,久絶邊庭信。

瞭望臺にいる人と一緒にすごしたころをひたすら思い出し、随分ながいこと辺境の地からの便りも途絶えている。

 

(花間に醉う)【すいかかん】

相い問うを 休【や】めよ,相ひ問うを怕【おそ】る,相い問わば 還【ま】た恨みを添えん。

春水 滿塘に生じ,還た相い趁【お】う。

 

昨夜 雨 霏霏として,明けに 臨みて  寒さ一陣。

偏に 憶う 戍樓【じゅうろう】の人,久しく 邊庭の信【たより】を 絶つ。

 

 

醉花間二首 其二

(教坊の曲、寵愛を失った後宮の妃嬪は、攻めて七夕の日くらいは寵愛を期待するが、やはりそうならないと悲しみを詠う。)(花間に醉う其の二)

深相憶,莫相憶,相憶情難極。

心に深くあり、おもい続け、しかし、深く思い返すことはしてはいけない、それでも思う情愛の思いは、振り払えず、それも極限がない。

銀漢是紅牆,一帶遙相隔。

天の川は年に一度は渡れるのに、わたしのいるのはこの赤い土塀にかこまれ、隔てられる。この寝殿に近いというのに、この一帯にいる間は、遥かにたがいは隔っている。

金盤珠露滴,兩岸花白。

不老長寿の甘露を集める「承露盤」、黄金の盛皿鉢に珠の露もそのまま落ちてあつまり、天の川の両岸に白く咲く楡の花が咲く。

風搖玉珮清,今夕為何夕。

佩び玉が、秋の風に揺れて、清かな音が響きわたっている、ここには誰もいない静かな夜、今宵は七夕で彦星と織姫星とが年に一度出会う夜だというのに、私にとっていったい何の夜なのだ。

(花間に醉う)【すいかかん】 其の二

深く相い憶えども,相い憶うこと莫れ,相い憶わば 情 極まり難し。

銀漢 是れ紅牆【こうしょう】,一帶 遙かに相い隔【へだ】つ。

 

金盤 珠露 滴【したた】り,兩岸 花【ゆか】白し。

風 玉珮【ぎょくはい】を搖らして 清し,今夕 何の夕べ為る。

 

 

『醉花間』 現代語訳と訳註

(本文)

醉花間二首 其二

深相憶,莫相憶,相憶情難極。

銀漢是紅牆,一帶遙相隔。

金盤珠露滴,兩岸花白。

風搖玉珮清,今夕為何夕。

 

(下し文)

(花間に醉う)【すいかかん】 其の二

深く相い憶えども,相い憶うこと莫れ,相い憶わば 情 極まり難し。

銀漢 是れ紅牆【こうしょう】,一帶 遙かに相い隔【へだ】つ。

 

金盤 珠露 滴【したた】り,兩岸 花【ゆか】白し。

風 玉珮【ぎょくはい】を搖らして 清し,今夕 何の夕べ為る。

 

(現代語訳)

(教坊の曲、寵愛を失った後宮の妃嬪は、攻めて七夕の日くらいは寵愛を期待するが、やはりそうならないと悲しみを詠う。)(花間に醉う其の二)

心に深くあり、おもい続け、しかし、深く思い返すことはしてはいけない、それでも思う情愛の思いは、振り払えず、それも極限がない。

天の川は年に一度は渡れるのに、わたしのいるのはこの赤い土塀にかこまれ、隔てられる。この寝殿に近いというのに、この一帯にいる間は、遥かにたがいは隔っている。

不老長寿の甘露を集める「承露盤」、黄金の盛皿鉢に珠の露もそのまま落ちてあつまり、天の川の両岸に白く咲く楡の花が咲く。

佩び玉が、秋の風に揺れて、清かな音が響きわたっている、ここには誰もいない静かな夜、今宵は七夕で彦星と織姫星とが年に一度出会う夜だというのに、私にとっていったい何の夜なのだ。

 

(訳注)

醉花間二首 其二

(教坊の曲、寵愛を失った後宮の妃嬪は、攻めて七夕の日くらいは寵愛を期待するが、やはりそうならないと悲しみを詠う。)(花間に醉う其の二)

この時代、男から逢うことが出来ても、女からは逢うことが出来ない。しかもそこに、身分という大きな川と、壁があるというもの。妃嬪は、寵愛を失っても、そのための準備をした待たねばならない。冒頭は前作同様「相…」 の語を三度重ね、女性に対する思いの深さを示す。後段の前二句は隣家の庭の内外の様√を描き、後二句は、土塀の向こうから聞こえて来る女性の腰に下げた帝王の響きに触発され、今宵は七夕で彦星と織姫星とが年に一度出会う夜だというのに、私にとっていったい何の夜なのだと、近くにいながら女性に会えぬ悲嘆を訴える。

唐の教坊の曲名。『花間集』 には毛文錫の二首のみ巻五に所収。双調四十一字、前段二十一字五句四仄韻、後段二十字四句に仄韻で、❸❸❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。

醉花間二首 其一

休相,怕相,相問還添。春水滿塘生,鸂鶒還相

△△●  ●△● △●○○●  ○●●○△ ○△△

昨夜雨霏霏,臨明寒一。偏憶戍樓,久絶邊庭

●●●○○ △○○●●  △●●○○ ●●○○△

双調四十一字、前段二十一字五句四仄韻、後段二十字四句二仄韻で、❸❸❺5❺/❺55❺の詞形をとる。

醉花間二首 其二

深相,莫相,相憶情難。銀漢是紅牆,一帶遙相

金盤珠露,兩岸花白。風搖玉珮清,今夕為何

△△●  ●△● △●○△●  ○●●○○ ●●○△●

○○○●● ●●○○●  △○●●○ ○●○△● 

 

深相憶,莫相憶,相憶情難極。

心に深くあり、おもい続け、しかし、深く思い返すことはしてはいけない、それでも思う情愛の思いは、振り払えず、それも極限がない。

相憶 相手のことを思い出す。

李白 「相億」について

《巻十二15憶舊游寄譙郡元參軍》「呼兒長跪緘此辭,寄君千里遙相憶。」

《卷十六54送紀秀才游越》「禹穴尋溪入,云門隔嶺深。綠蘿秋月夜,相憶在鳴琴。」

《巻十七27宣城送劉副使入秦》「借問几時還,春風入黃池。無令長相憶,折斷綠楊枝。

《巻十八21玩月金陵城西孫楚酒樓達曙歌吹日晚 乘醉著紫綺裘烏紗巾與酒客數人棹歌 秦淮往石頭訪崔四侍御》「 系之衣裘上。 相憶每長謠。」

《巻二十四31寄遠十一首 其三》「本作一行書,殷勤道相憶 一行復一行,滿紙情何極。 瑤台有黃鶴。 為報青樓人。」

休相問,怕相問,相問還添恨。(尋ねるのをやめよう、尋ねることが怖い、そして、尋ねた様子がわかってしまうと、また、恨みが増すというもの。 

相問:①おくること、相遺。②いたわる、相勞。③様子をうかがう。

杜甫 《1048重簡王明府》「甲子西南異,冬來只簿寒。江雲何夜盡,蜀雨幾時幹?行李須相問,窮愁豈自寬?君聽鴻雁響,恐致稻粱難。」

杜甫《1733秋興八首其八》「昆吾禦宿自逶迤,紫閣峰陰入渼陂。香稻啄餘鸚鵡粒,碧梧棲老鳳凰枝。佳人拾翠春相問,仙侶同舟晚更移。彩筆昔遊幹氣象,白頭吟望苦低垂。」

詳しくは醉花間二首其一に詳しく述べているので参考。

 

銀漢是紅牆,一帶遙相隔。

天の川は年に一度は渡れるのに、わたしのいるのはこの赤い土塀にかこまれ、隔てられる。この寝殿に近いというのに、この一帯にいる間は、遥かにたがいは隔っている。

○銀漢是紅牆 赤い土塀が天の川のように男と女を隔てていることを言う。李商隠『代應』(代わりて応う)詩の「本來銀漢是紅墻,隔得盧家白玉堂。誰與王昌報消息,盡知三十六鴛鴦。」(本来 銀漢は是れ紅牆、隔て得たり 盧家の白玉の堂。誰か與う 王昌 消息を報じるを,盡く知る 三十六 鴛鴦を。)の句を跨まえる。

 

金盤珠露滴,兩岸花白。

不老長寿の甘露を集める「承露盤」、黄金の盛皿鉢に珠の露もそのまま落ちてあつまり、天の川の両岸に白く咲く楡の花が咲く。

○金盤殊露滴 承露盤は漢の武帝が建章宮に建てた銅盤。その上の霧を飲めば不死を求め得ると道教では説く。前漢の武帝が建章官に高さ二十丈の銅柱を建て、上に露を受ける銅盤を捧げ持つ仙人の像をしつらえ、受けた甘露に玉の粉末を混ぜて飲み不老長生を図ったという故事を踏まえる。

李商隠『漢宮詞』「青雀西飛竟未回、君王長在集霊臺。侍臣最有相如渇、不賜金茎露一杯。

仙女西王母の使者である青い鳥は、崑崙山のある西の彼方へ飛び去って、約束の訓戒を守らず奢侈にあけくれ、ついに二度とかえって来なかった。漢の武帝は西王母を迎え長命の術をさずかるべく、集霊宮、通天台などの高閣を建てて、長くそこで西王母をまっていた。

その侍臣に文才秀れた司馬相如がいたが糖尿病を病んで苦しんでいた。帝は、それを知らぬはずのないのに、豪華に設えた承露盤の露、それは不老長寿の薬であり、盃に一杯だけでも賜ろうとしなかった。漢宮詞 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 63

ここは女性性器の喩えということもできる。

花白 楡の花が咲いて七夕の時節になったことを言う。本来楡の木は西に上、白い花は秋の別れを意味する。ニレ科ニレ属は北半球の温帯と暖帯に約20種を産し,すべて落葉ないし半常緑の高木で葉の基部が左右不整である。日本でニレというとふつうハルニレ(イラスト)をさすが,ほかにアキニレ(イラスト)とオヒョウ(イラスト)がある。英語のエルムelmはヨーロッパニレU.minor Mill.(U.campestris L.)やセイヨウニレU.glabra Hudsonをさし,街路樹として植えられる。

 

風搖玉珮清,今夕為何夕。

佩び玉が、秋の風に揺れて、清かな音が響きわたっている、ここには誰もいない静かな夜、今宵は七夕で彦星と織姫星とが年に一度出会う夜だというのに、私にとっていったい何の夜なのだ。

○今夕為何夕 今宵は七夕で牽牛星と織姫星とが年に一度出会う夜だというのに、私にとっていったい何の夜なのだと悲嘆を訴える。

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