玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

2015年08月

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
******************************************

温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

9欧陽烱《巻六03南鄉子八首 其三》『花間集』254全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6542

欧陽烱  南子八首其三   

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

9欧陽烱《巻六03子八首 其三》『花間集』254全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6542

 

 
 2015年8月31日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
298-#2 《卷十六01送魯郡劉長史遷弘農長史》#2 Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <298-#2> Ⅰ李白詩1598 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6538 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
87-#4 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1511> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6539 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-114杜甫 《1801偶題》#2 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-114 <976-#2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6540 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog9欧陽烱《巻六03南鄉子八首 其三》『花間集』254全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6542 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。       

 

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

 

この南郷子八首は花間集の縮刷版のように詠われている。特に欧陽烱は、花間集の序文を書いていて、その序文を詞詩で表現したもののように感じられる。

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

巻六02(改訂版Ver.2.1

子八首其二 

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

(南子八首其の二

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

(改訂版Ver.2.1

子八首其三 

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

 

(南子八首其の三)

岸 遠く 沙平らかなり,日 斜めに 歸路 霞 明らかなり。

孔雀 自ら憐れむ 金翠の尾,水に臨む,行人を認めるも 驚き起つを得ず。

 

(改訂版Ver.2.1

『南』 現代語訳と訳註

(本文)

子八首其三 

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

 

(下し文)

子八首其の三

岸 遠く 沙平らかなり,日 斜めに 歸路 晚霞 明らかなり。

孔雀 自ら憐れむ 金翠の尾,水に臨む,行人を認めるも 驚き起つを得ず。

 

 

(現代語訳)

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

郡という名称が初めであり、中国古代の郡であり、前漢末年、王莽新朝末(23年),析人起兵南東漢始置南郷縣,属南陽郡。建安十三年(208年),曹操奪荆州,分南陽郡西部設置南郷郡。西晋太康十年(289年),改南郷爲順陽郡,郡治南郷縣(今淅川縣滔河)。東晋咸康四年(338年),又改爲南郷郡。永和十年(354年),桓温伐前秦,水自襄陽入均口,至南。后陷后秦。熙元年(405年),后秦文桓帝姚割南郷郡歸東晋。隋朝開皇初年(581年),郡。大初年,又改淅州淅陽郡。

唐の教坊の曲名。『花間集』には》十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。三十字、二十八字、二十七字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其三 は、二十七字で、単調二平韻二仄韻で④⑦の詞形である。

岸遠沙,日斜歸路晚霞

●●△○  ●○○●●○○

孔雀自憐金翠,臨水,認得行人驚不

●●●○○●●  △●  ●●△○○△●

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

子八首 其一

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

唐の教坊の曲名。『花間集』には《》十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻三仄韻で、3③⑦の詞形である。

李珣 子十首其一

蘭棹舉 水紋 競攜藤籠採蓮

○●●  ●○○ ●○○△●△△

迴塘深處遙相 邀同  淥酒一巵紅上

△○△●○△● ○○●  ●●●○○●●

 

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

○晩霞 夕焼け。霞は朝焼け雲または夕焼け雲。ここは、黄昏て夕靄が漂ってきたことを云う。

○この二句はそれ洛の中で時間経過と場所が変化している、動的な詩であることに注目する。

 

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起。

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

○孔雀自憐金翠尾 孔雀鳥が、折角の見事な羽を広げても、長江を望んでその翅を見せているだけなことを自らを憐れむいがいにないということ。

○行人 旅人。其二作の遊人同様、作者を指す。

 

この詩で、王維の詩を連想する。

 

《輞川集二十首、欒家瀬》

 

颯颯秋雨中、浅浅石溜瀉。

颯颯たる秋雨の中、浅浅として石溜【せきりゅう】に瀉ぐ。

波跳自相濺、白鷺驚復下。

波は跳って自ら相い濺(そそ)ぎ、白鷺は驚きて復()た下れり。

「欒家瀬」は早瀬の名で、臨湖亭の奥、「柳浪」の柳の近くにあった。王維の詩は山水画の中の情景、水しぶきに驚いて白鷺が飛び立つが、また降りてくると観察の鋭さを示している。役人生活への比喩を含んでいる。

9欧陽烱《巻六02南鄉子八首 其二》『花間集』253全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6537

子八首其二

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住。

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

9欧陽烱《巻六02子八首 其二》『花間集』253全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6537

 

 
 2015年8月30日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
298 《卷十六01 送魯郡劉長史遷弘農長史》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <298> Ⅰ李白詩1586 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6478 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
87-#3 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1510> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6534韓愈詩-87-#3 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-113杜甫 《1801偶題》1531 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-113 <976> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6530 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog9欧陽烱《巻六02南鄉子八首 其二》『花間集』253全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6537 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

歐陽舍人炯

子八首

李秀才珣

子十首

 

 

子 

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

巻六02(改訂版Ver.2.1

子八首其二 

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

(南子八首其の二

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

 

『南子八首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

子八首其二

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住。

 

(下し文)

(南子八首其の二)

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

(現代語訳)

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

其二

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

舟遊びは特に好んで行われた。長江下流域では静かな入江、池・湖に特有の畫船・樓船をだし、南国の舟遊びの情景を詠う。旅人(遊人・風流人)の問いに、女は振り向いて微笑みながら指さして「芭蕉の林の奥に住んでいます」と答える。「槿花籬外竹橫橋」「沙上女」「笑指」「芭蕉林裏住」この語のどこをとってもここに登場する女は乙女とか、娘ではない、年増の女である。むくげ籬の先に、澗水に架けられた竹の橋。その向こうに粗末な家にむくげの花、人の世の栄華のはかないことのたとえであることから、昔は、蝶よ、花よと下にも置かない生活をしていたが、今では芭蕉の林の中で風流な生活をしている女がいると詠うものである。或は、歳をとって浣花渓百花潭に住んだ、薛濤のような風流人の女性であったのだろうか。

唐の教坊の曲名。『花間集』には十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。二十八字、二十七字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其二は、二十八字単調、五句二平韻二仄韻で④⑦❼2❼の詞形である。

子八首其二

畫舸停  槿花籬外竹橫
●●○△  ●○○●●△○

水上遊人沙上  迴顧  笑指芭蕉林裏

●●○○△●●  △●  ●●○○○●●

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

子八首 其一

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

 

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

○画舸 大江に行き交う彩色を施した舟。舸は本来、大型の船を指す。舟旅のための舟であるから少し大きいものである。画は美しく絵どられた飾られた意であるが、詩語として冠したもの。

魚玄機『江行 二首』 其一

大江橫抱武昌斜,鸚鵡洲前萬家。

畫舸春眠朝未足,夢為蝴蝶也尋花。

江行 二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-92-28-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2007

魚玄機『江行 二首』 其二

煙花已入鸕鶿港,畫舸猶沿鸚鵡洲。

醉臥醒吟都不覺,今朝驚在漢江頭。

江行 二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-93-29-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2012

李商隠『燕臺詩四首 其四

天東日出天西下,雌鳳孤飛女龍寡。

青溪白石不相望,堂上遠甚蒼梧野。

凍壁霜華交隱起,芳根中斷香心死。

浪乘畫舸憶蟾蜍,月娥未必嬋娟子。』

燕臺詩四首 其四 冬#1 李商隠134 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 134-#1

○槿花 1 ムクゲの花。朝に開いて夕方にはしぼむところから、はかない栄華のたとえにされる。2 アサガオの花。人の世の栄華のはかないことのたとえ。つかのまの盛り。むくげの花が朝咲いて、夕暮れには散ることからいう。 ・「槿花」はむくげの花。はかないたとえ。

○竹横橋 風流な竹の橋が懸かっている、の意。通常の竹の橋は歩く部分が、編みこんであったり、細く割いたものを並べてつくるが、おそらく数本の竹を横に並べて作ったものであろう。

 

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住。

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

○水上遊人 舟七の旅人。遊人は旅人。作中の主人公(作者)を指す。

○沙上女 渚の女。

迴顧 1.回頭;回頭看。南朝 謝靈運 《登上戍石鼓山》「極目睞左闊, 迴顧眺右狹。」2.顧念, 眷戀。前蜀 韋莊 《秦婦吟》「妾身幸得全刀鋸, 不敢踟躕久迴顧。」

○芭蕉林裏住 芭蕉の林であるから、粗末な家であろう。

 

9欧陽烱《〔改訂〕巻六01南鄉子八首 其一》『花間集』252全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6532

欧陽烱  南子八首 其一   

嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影,鴛鴦浴。水遠山長看不足。

(長江下流域の春景色の思い)若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

9欧陽烱《〔改訂〕巻六01子八首 其一》『花間集』252全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6532

 

 

 
 2015年8月29日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
297-#4 《卷十五18送薛九被讒去魯》#4 Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <297-#4> Ⅰ李白詩1596 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6528 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
87-#2 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1509> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6529 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-112杜甫 《巻1540夔州歌十絕句,十首之十》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-112 <975> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6530 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog766年-112杜甫 《巻1540夔州歌十絕句,十首之十》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-112 <975> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6530 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

 

歐陽舍人炯

子八首

 

李秀才珣

子十首

 

欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。       

 

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

 

 

この南郷子八首は花間集の縮刷版のように詠われている。特に欧陽烱は、花間集の序文を書いていて、その序文を詞詩で表現したもののように感じられる。そこで、花間集序文を南郷子八首を見てゆく前に再掲したのである。

 

 

花間集序花間集序

作者:武徳郡節度判官歐陽炯 撰   

 

鏤玉雕瓊,擬化工而回巧。裁花剪葉,奪春豔以爭鮮。是以唱雲謠則金母詞清,挹霞醴則穆王心醉。名高白雪,聲聲而自合鸞歌。響遏青雲,字字而偏諧鳳律。楊柳大堤之句,樂府相傳。芙蓉曲渚之篇,豪家自制。莫不爭高門下,三千玳瑁之簪。競富樽前,數十珊瑚之樹。則有綺筵公子,繡幌佳人,遞葉葉之花箋,文抽麗錦。舉纖纖之玉指,拍按香檀。不無清之辭,用助嬌嬈之態。自南朝之宮體,扇北裏之倡風,何止言之不文,所謂秀而不實。有唐已降,率土之濱,家家之香徑春風,寧尋越豔。處處之紅樓夜月,自鎖常娥。在明皇朝則有李太白應制《清平樂》詞四首,近代溫飛卿複有《金筌集》。邇來作者,無愧前人。今衛尉少卿趙崇祚,以拾翠洲邊,自得羽毛之異。織綃泉底,獨殊機杼之功。廣會眾賓,時延佳論。因集近來詩客曲子詞五百首,分為十卷,以炯粗預知音,辱請命題,仍為序引。昔郢人有歌《陽春》者,號為唱,乃命之為《花間集》。庶(以陽春之甲將)使西園英哲,用資羽蓋之歡。南國嬋娟,休唱蓮舟之引。時大蜀廣政三年夏四月日序。

 

 

花 間 集

 

(1)

『花間集』詞人の一人である欧陽烱は、衛尉少卿の任にあった趙崇祚が大勢の文士を集めて討論をさせ、選んだ五百首の詞集を編纂し、題名を付けるよう請われ、序の形で、その経緯や『花間集』詞の特質や『花間集』詞が如何なる文学の流れを汲むものか、またそれがどんな環境のもとで歌われたかを明らかにした。

 

欧陽烱はまず冒頭で、『花間集』に収められた詞は、玉に彫刻を施しその美しきに一層の磨きをかけたようなものであり、天然の造化を模倣しながらも、それより造かに巧みであること、またそれは、あたかも春の花や葉を切り取って、春と鮮やかさを競い合ぅかのようであると断言する。

《花間集序 (1)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5177

 

(2)

その歌は、昔、国中を探してもわずか数人の者しか歌えなかった高雅な白雲謡の歌にも似て、それを仙女のような女性が歌えば、それを聞きつつ酒を傾ける男たちは陶然として酒に酔うと述べ、『花間集』の詞が歌姫の侍る宴席で歌われるものであったことを示唆する。「春の艶やかさを奪い」とは、『花間集』に詠われた季節に春が圧倒的に多いことによる。仙女のような歌姫が歌う『花間集』の詞は、その昔の一つ一つが自ずから鸞鳥の鳴き声に合致し、その響きは空を流れる雲をも留めるほどであり、その言葉の一つ一つは十二音階の音律にぴったりと合っていることを指摘する。

《花間集序 (2)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説727--0- (2) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5182 

(3)

続いて欧陽烱は、『花間集』 の詞が楽府詩に連なるものであり、贅沢を競い合うどんな富豪の家を凌駕する趙家の(趙崇祚)の豪華な宴席では、貴公子が詞を色紙にしたためて美女に手渡すと、それを受け取った美女が拍子木を手に取って、それを歌えば、美女の美しきは嫌が上にも勝ると言い、ここでも『花間集』の詞が宴席のためのものであることを言う。

《花間集序 (3)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-728--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5187 

(4)

『花間集』の詞に類似する歌は、既に南朝の時代に作られているが、それは言葉が雅やかでないばかりか、実体を伴わぬ空疎なものであったこと、そして、唐の玄宗皇帝の時代になって初めて外面内面ともにそなわった清平楽調が作られ、近年に至って温庭第の詞集『金茎集』が現れたことを指摘し、詞が名実ともに新しい時代の文学となったことを言う。しかし、この評価は巻末の晃謙之の欧文とは相反するものがある。この後、欧陽桐は筆を続けて、先に触れた『花間集』命名の謂われについて語り筆を結ぶ。欧陽胴は 『花間集』 にきわめて高い評価を与えているが、これは自身が 『花間集』 詞人の一員であったこと、また、編集者の趙崇祚との人間関係に起因するものといえよう。

《花間集序 (4)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-729--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5192

 

(5)-1

唐が滅亡して、中原では五つの王朝が長江流域では十数もの地方政権が興亡を繰り返したが、四川盆地を拠とする前・後の蜀は豊かな経済力を基盤に安定した地域となっていた。前・後の蜀は君臣共に一時の安逸をむさぼり、享楽に耽ることで、ここに前・後の蜀の頽廃文化が形成された。それの中核を担ったのは、中原、江南から、文化人のみならず、妓優、楽工、各種職人が戦火を避けて、蜀の地に終結したことが大きな原因である。

(5)-2

編者の趙崇祚は、祖籍は開祖父の趙廷隠が後蜀の大祖・孟知祥に従って蜀に入り、親軍を統括すること十数年。趙崇祚は衛尉少卿となり、弟の崇韜は都知領殿直となって、ともに親軍の指揮に参与した。趙氏一門は要職を占め、その暮らしぶりは贅を尽くしたものであった。

『太平廣記』巻四〇九引孫光憲《北夢瑣言》「趙廷除起南宅北宅、千梁萬供、其諸奢麗、莫之與儔。後枕江瀆、池中有二島嶼、遂甃石循池、四岸皆種垂楊、或間雜木芙蓉、池中種藕。毎至秋夏、花開魚躍、柳陰之下、有士子執巻者、垂綸者、執如意者、執塵尾奢、譚詩論道者。」

邸宅は並ぶものがないほど豪奢で、庭の池に二つの島を造り、岸辺に楊柳を、池の端に水芙蓉を、池の中に蓮を植えていた。毎年、夏や秋になれば、花は咲き魚は躍り、柳の木陰で人々が思い思いに巻物を持ち、釣糸を垂れ、如意やら大

鹿の尾で作った払子やらを揮い、詩を語り、道を論じたりしていた。

 趙崇祚はこのすべての芸の優れたもの、風流あるものを集めたサロンで、「広く賓客に会い、時に談論風発する中で、近来の詩客の曲子詞五百首を集め、十巻に分けた」という。

《花間集序 (5)》 欧陽烱『花間集』全詩訳注解説 0-730--() 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5197

 

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

(改訂版Ver.2.1

『南子八首 其一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

子八首 其一

嫩草如煙,石榴花發海南天。

日暮江亭春影,鴛鴦浴。

水遠山長看不足。


(下し文)
子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭はに春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

(現代語訳)
(長江下流域の春景色の思い)

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。


(訳注) (改訂版Ver.2.1

子八首 其一

 

郡という名称が初めであり、中国古代の郡であり、前漢末年、王莽新朝末(23年),析人起兵南東漢始置南郷縣,属南陽郡。建安十三年(208年),曹操奪荆州,分南陽郡西部設置南郷郡。西晋太康十年(289年),改南郷爲順陽郡,郡治南郷縣(今淅川縣滔河)。東晋咸康四年(338年),又改爲南郷郡。永和十年(354年),桓温伐前秦,水自襄陽入均口,至南。后陷后秦。熙元年(405年),后秦文桓帝姚割南郷郡歸東晋。隋朝開皇初年(581年),郡。大初年,又改淅州淅陽郡。

唐の教坊の曲名。『花間集』には》十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。三十字、二十八字、二十七字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

唐の教坊の曲名。『花間集』には《》十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻三仄韻で、3③⑦の詞形である。

李珣 子十首其一

蘭棹舉 水紋 競攜藤籠採蓮

○●●  ●○○ ●○○△●△△

迴塘深處遙相 邀同  淥酒一巵紅上

△○△●○△● ○○●  ●●●○○●●

 

嫩草如煙,石榴花發海南天。

真昼になるころは、若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

○嫩草如煙 大気は温度変化により体積が変化して密度が変わり、温度の異なる大気が隣り合っている場合、光は冷たい空気の方へ屈折する。晴天の日中に、物体の表面が日光を受け温度が上がったとき、風が弱い場合はそこに滞留している大気が暖まり、密度が小さくなって浮力により上昇する。このとき暖まった大気と周りの相対的に冷たい大気とが混ざり合い、乱流的な上昇気流が発生する。この上昇気流の部分を通る光が様々な向きに屈折されることで、陽炎が見える。常に変化してできては消えるその様から、とらえどころのないもの、はかないものの例えとしても用いられる。

・嫩草【どんそう】【わかくさ.】新緑。生じたばかりで柔らかい。新しく柔らかい。若々しく柔らかい草。【わかい】嫩い. 「若草」とも書く。 【嫩葉】わかば. 芽生えたばかりに柔らかい葉。 嫩葉 ( どんよう ) 」に同じ。 「若葉」とも書く。

○石榴 前漢の武帝の命を受けた張騫が西域から帰国した際に、パルティアからザクロ(安石榴あるいは塗林)を持ち帰ったとする記述が『証類本草』(1091-1093年)以降の書物に見られるため、紀元前2世紀の伝来であるとの説があるが、今日では3世紀頃の伝来であると考えられている[。  ザクロの実は、銅鏡の曇りを防止するために磨く材料として用いられた。子孫繁栄、豊穣。

○海南天 南国の目の前が海のように広がったほとんど空が占めるような景色をいう。

 

 

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とすし、そばには鴛鴦が水浴びをする。

○春影淥 春の雪解け水の澄みきったところに樓亭の影が映っている景色。

○日暮江亭 日暮れ近くの水辺の樓亭

 

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

○水遠山長 江水のはるか遠くに山並みが長く連なっている景色。

○看不足 いくら見ていても飽きることがない。

9欧陽烱《巻六04南鄉子八首 其四》『花間集』255全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6547

欧陽烱  南子八首其四   

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

9欧陽烱《巻六04子八首 其四》『花間集』255全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6547

 

 

欧陽炯 【おうようけい】(896-971)              中国,五代の詞人。初め前蜀に仕えたが,滅亡後,洛陽に出る。後蜀が建って蜀に帰り,滅亡後は宋に仕えた。詞は《花間集》《尊前集》に収める。       

 

益州の華陽、今の四川省成郡の人。若くして前蜀の王衍に仕えて中書舎人となり、後唐に前蜀が滅ぼされると、王衍に従って洛陽に行った。その後、孟知祥が後蜀を建てたので、欧陽烱は蜀に移り、中書舎人、翰林学士、礼部侍郎、陵州の刺史、吏部侍郎等に任じられた。後蜀が宋によって亡ぼされると、宋朝に帰した。欧陽烱は笛に長じていたので、末の太祖超匡胤は常に彼を召し出し笛を演奏させたと伝えられる。欧陽烱は音楽に明るかったということで、『花間集』の編者、後蜀の趙崇祚に請われて『花間集』の序文を書いた。序文の日付は、後蜀の広政三年(940年)夏四月になっている。欧陽烱の詞は、『花間集』には十七首が収められている。

 

 

この南郷子八首は花間集の縮刷版のように詠われている。特に欧陽烱は、花間集の序文を書いていて、その序文を詞詩で表現したもののように感じられる。

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

巻六02(改訂版Ver.2.1

子八首其二 

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

(南子八首其の二

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

(改訂版Ver.2.1

子八首其三 

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

 

(南子八首其の三)

岸 遠く 沙平らかなり,日 斜めに 歸路 霞 明らかなり。

孔雀 自ら憐れむ 金翠の尾,水に臨む,行人を認めるも 驚き起つを得ず。

 

子八首其四 

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、

ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

 

 

(改訂版Ver.2.1

『南』 現代語訳と訳註

(本文)

子八首其四

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

 

(下し文)

(南其の四)

洞口あり 誰が家ぞ,木蘭あり 舡繫して木蘭の花。

紅袖の女郎 相い引き去る,南浦に游び,笑み倚り 春風 相い對して語らう。

 

(現代語訳)

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、

ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

其四

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

郡という名称が初めであり、中国古代の郡であり、前漢末年、王莽新朝末(23年),析人起兵南東漢始置南郷縣,属南陽郡。建安十三年(208年),曹操奪荆州,分南陽郡西部設置南郷郡。西晋太康十年(289年),改南郷爲順陽郡,郡治南郷縣(今淅川縣滔河)。東晋咸康四年(338年),又改爲南郷郡。永和十年(354年),桓温伐前秦,水自襄陽入均口,至南。后陷后秦。熙元年(405年),后秦文桓帝姚割南郷郡歸東晋。隋朝開皇初年(581年),郡。大初年,又改淅州淅陽郡。

唐の教坊の曲名。『花間集』には》十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。三十字、二十八字、二十八字で、単調二平韻三仄韻である。

子八首其四 は二十七字で、単調二平韻二仄韻で④⑦の詞形である。

洞口誰,木蘭舡繫木蘭

紅袖女郎相引,游南浦,笑倚春風相對

△●○○  ●○○●●○○

○●●○△●●  ○○●  ●△○△△●●

子八首其三 は、二十七字で、単調二平韻二仄韻で④⑦の詞形である。

岸遠沙,日斜歸路晚霞

●●△○  ●○○●●○○

孔雀自憐金翠,臨水,認得行人驚不

●●●○○●●  △●  ●●△○○△●

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

子八首其二は、二十八字単調、五句二平韻二仄韻で④⑦❼2❼の詞形である。

子八首其二

畫舸停  槿花籬外竹橫
●●○△  ●○○●●△○

子八首 其一

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

唐の教坊の曲名。『花間集』には《南》十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻三仄韻で、3③⑦の詞形である。

李珣 子十首其一

蘭棹舉 水紋 競攜藤籠採蓮

○●●  ●○○ ●○○△●△△

迴塘深處遙相 邀同  淥酒一巵紅上

△○△●○△● ○○●  ●●●○○●●

 

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、

○洞口 日本では、床の間の脇壁に設けた開口部。床脇を広くみせるためのもの。縁(ふち)を壁土で塗りめぐらし、上部は半円形とする。中国の華北,中原,西北地方などに見られる,切り立った壁面に掘って作る横穴式住居。中国音の〈ヤオトン〉でも知られる。黄土層の崩れにくい土質を巧みに利用し,夏涼しく冬暖かい利点がある。

○舡 大きな船、船の異体字とされる。

○木蘭 つぼみの先が必ず北を向くので、方向を指示する植物「コンパス・フラワー」とも呼ばれている。モクレンの仲間(マグノリア属)は、原始時代から形状を変えていないことも特徴で、恐竜時代の地層から化石が発掘されることがある。モクレン科 落葉低木(紫モクレン)、落葉高木(白モクレン)原産地 中国、高さ4メートル前後(紫モクレン)、15メートル前後(白モクレン)花期 晩春3~4月、花色 紅紫、白

 

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

○紅袖女郎相引去 そで【袖】とは。意味や解説、類語。1 衣服の身頃 (みごろ) について、両腕を覆うもの。和服ではたもとの部分を含めていう。「―をたくしあげる」2 建造物・工作物などの本体の両わき、または片方にあるもの。門のわきの小さな門、机のわきの引き出しなど。3 舞台

女郎 女と男

 

○南浦 南の入り江の津。船で行く男を見送る別離の場を象徴する。洛陽、成都、長江下流域の江南の港、武昌、武漢、襄陽、揚州などや、会稽、紹興をいう。北に入る女にとって東風か、南風の吹く季節でなければ帰ってこれないから、春が来ると帰還を胸躍らせるから、春から初夏への経過を感じさせ、夏が過ぎれば風が変わるので帰りは期待できない。すると、また歳を重ねるわけで、女盛りを過ぎようとする時間経過も感じさせる。下句の「西風」で完全に別れてしまったことを感じさせるものである。南の港から帰って来るのには春風、夏の南風で秋冬の風では帰れない。南浦情は有るから夏に帰ってきて逢えるということをこっころ情である。冬でも帰りを期待できるとすれば、洛陽ぐらいで、通常は、動かないものだ。

花間集 南浦 に関する詩

◍ 溫庭筠 巻二02清平樂二首其二「洛陽愁,楊柳花飄雪。終日行人爭攀折,橋下流水嗚咽。上馬爭勸離觴,南浦鶯聲斷腸。愁殺平原年少,迴首揮淚千行。」

◍ 溫庭筠 巻二16荷葉盃三首其三「楚女欲歸南浦,朝雨。濕愁紅。小船搖漾入花裏,波起。隔西風。」

◍ 牛嶠 巻四08感恩多二首其二「自從南浦別,愁見丁香結。近來情轉深,憶鴛衾。幾度將書托煙鴈,淚盈襟。淚盈襟,禮月求天,願君知我心。」

◍ 牛嶠 巻四13更漏子三首其三「南浦情,紅粉淚,爭柰兩人深意。低翠黛,卷征衣,馬嘶霜葉飛。招手別,寸腸結,還是去年時節。書托鴈,夢歸家,覺來江月斜。

◍ 欧陽烱 巻六04子八首其四「洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

◍ 和凝 巻六28春光好二首其二「蘋葉軟,杏花明,畫舡輕。雙浴鴛鴦出淥汀,棹歌聲。春水無風無浪,春天半雨半晴。紅粉相隨南浦晚,幾含情。」

(改訂版)9欧陽烱《巻五50三字令》『花間集』251全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6527

欧陽烱  三字令   

春欲盡,日遲遲,牡丹時。羅幌卷,翠簾垂。彩牋書,紅粉淚,兩心知。

人不在,鷰空歸,負佳期。香燼落,枕函欹。月分明,花澹薄,惹相思。

(寵愛を受ける日々は楽しいものであった、短冊に優しい言葉に溢れた詩文を読み、嬉しさに涙した。この春、約束は守られず、誰もいない閨で、それでも寵愛を受ける準備をしていると詠う。)これほど楽しい春が終わろうとしている。日ごとに夕暮れが遅くなっていき、牡丹の花が咲いて初夏を迎えようとする。その楽しかったころ、薄絹の帳を巻き上げ、翡翠の簾を垂らしたりした。色の鮮やかな薛濤䇳に書いてくれた詩歌を読み、うれし涙が紅白粉を溶かして流れる。妃嬪の心の中をよく分かっている内容で、信じていた。ところが、この春、この閨に、そのお方はいない。軒端の燕は春になって帰って来たけれど空しい、あのお方は約束の期日を破っているから。お香の火も、灯芯さえも燃え落ちる、お方の使った枕に身寄せてみる。月は明るくてらし、はっきるとして、牡丹の花の濃淡までわかる。それでも、ただ、寵愛を受ける事、思い続けていくだけ。

(改訂版)9欧陽烱《巻五50三字令》『花間集』251全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6527

 

 
 2015年8月28日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
297-#3 《卷十五18送薛九被讒去魯》#3 Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <297-#3> Ⅰ李白詩1595 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6523 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
87-#1 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1508> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6524 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-111杜甫 《巻1539夔州歌十絕句,十首之九》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-111 <974> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6525 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog(改訂版)9欧陽烱《巻五50三字令》『花間集』251全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6527 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

(改訂版Ver.2.1

三字令

(寵愛を受ける日々は楽しいものであった、短冊に優しい言葉に溢れた詩文を読み、嬉しさに涙した。この春、約束は守られず、誰もいない閨で、それでも寵愛を受ける準備をしていると詠う。)

春欲盡,日遲遲,牡丹時。

これほど楽しい春が終わろうとしている。日ごとに夕暮れが遅くなっていき、牡丹の花が咲いて初夏を迎えようとする。

羅幌卷,翠簾垂。

その楽しかったころ、薄絹の帳を巻き上げ、翡翠の簾を垂らしたりした。

彩牋書,紅粉淚,兩心知。

色の鮮やかな薛濤䇳に書いてくれた詩歌を読み、うれし涙が紅白粉を溶かして流れる。妃嬪の心の中をよく分かっている内容で、信じていた。

 

人不在,鷰空歸,負佳期。

ところが、この春、この閨に、そのお方はいない。軒端の燕は春になって帰って来たけれど空しい、あのお方は約束の期日を破っているから。

香燼落,枕函欹。

お香の火も、灯芯さえも燃え落ちる、お方の使った枕に身寄せてみる。

月分明,花澹薄,惹相思。

月は明るくてらし、はっきるとして、牡丹の花の濃淡までわかる。それでも、ただ、寵愛を受ける事、思い続けていくだけ。

(三字令)

春は盡きむと欲し,日は遲遲たり,牡丹の時なり。

羅幌 卷き,翠簾 垂る。

彩牋の書,紅粉の淚,兩の心 知る。

人 在ざるも,鷰は空しく歸り,佳期に負く。

香燼 落ち,枕函 欹【そ】う。

月は 分るほど明るく,花は 澹薄,「相思」に惹る。

 

(改訂版Ver.2.1

『三字令』 現代語訳と訳註

(本文)

三字令

春欲盡,日遲遲,牡丹時。

羅幌卷,翠簾垂。

彩牋書,紅粉淚,兩心知。

人不在,鷰空歸,負佳期。

香燼落,枕函欹。

月分明,花澹薄,惹相思。

 

(下し文)

(三字令)

春は盡きむと欲し,日は遲遲たり,牡丹の時なり。

羅幌 卷き,翠簾 垂る。

彩牋の書,紅粉の淚,兩の心 知る。

人 在ざるも,鷰は空しく歸り,佳期に負く。

香燼 落ち,枕函 欹【そ】う。

月は 分るほど明るく,花は 澹薄,「相思」に惹る。

 

 

(現代語訳)

(寵愛を受ける日々は楽しいものであった、短冊に優しい言葉に溢れた詩文を読み、嬉しさに涙した。この春、約束は守られず、誰もいない閨で、それでも寵愛を受ける準備をしていると詠う。)

これほど楽しい春が終わろうとしている。日ごとに夕暮れが遅くなっていき、牡丹の花が咲いて初夏を迎えようとする。

その楽しかったころ、薄絹の帳を巻き上げ、翡翠の簾を垂らしたりした。

色の鮮やかな薛濤䇳に書いてくれた詩歌を読み、うれし涙が紅白粉を溶かして流れる。妃嬪の心の中をよく分かっている内容で、信じていた。

ところが、この春、この閨に、そのお方はいない。軒端の燕は春になって帰って来たけれど空しい、あのお方は約束の期日を破っているから。

お香の火も、灯芯さえも燃え落ちる、お方の使った枕に身寄せてみる。

月は明るくてらし、はっきるとして、牡丹の花の濃淡までわかる。それでも、ただ、寵愛を受ける事、思い続けていくだけ。

 

(訳注) (改訂版Ver.2.1

三字令

(寵愛を受ける日々は楽しいものであった、短冊に優しい言葉に溢れた詩文を読み、嬉しさに涙した。この春、約束は守られず、誰もいない閨で、それでも寵愛を受ける準備をしていると詠う。)

【解説】前段は、楽しかった去年の春のことを思い、寝台の周囲の帳を巻き上げ、窓の簾を垂らし、以前に男からの詩歌を読み返して涙を流し、「お互いに胸の内はよく分かり合っていたはずなのに」と呟く。後段は、せっかくの春を空しく過ごさなければいけない、いつまでも寝付くことができず、思いが募る妃嬪の苦しみ、それでも寵愛を受ける事だけ、と詠う。前段の「彩牋の書」は、薛濤䇳のようなものに書かれた男の詩歌ということの方が風流。

【詞形】『花間集』には欧陽烱の一首のみ所収。三字で句を構成し、韻の配置から可愛らしい、甘えた感じを演出している。毎句が三字からなるのでこの名が付けられた。双調四十八字、前後段二十四字八句四平韻で、3③③3③33③/3③③3③33③の詞形をとる。

春欲盡  日遲  牡丹

○●●  ●○○  ●○○

羅幌卷  翠簾

○●△  ●○○

彩牋書  紅粉淚  兩心 
●○○  ○●●  ●○○

人不在  鷰空  負佳

○△●  ●△○  ●○○

香燼落  枕函

○●●  △○○

月分明  花澹薄  惹相  

●△○  ○△●  ●△△

 

春欲盡,日遲遲,牡丹時。

これほど楽しい春が終わろうとしている。日ごとに夕暮れが遅くなっていき、牡丹の花が咲いて初夏を迎えようとする。

○春欲尽 春が終わろうとしている。欲は“毎日過ぎてゆくことが辛い”今にも〜しそうだ、の意。

○日遲遲 日ごとに夕暮れが遅くなる。日ごとに日が長くなる。

牡丹時 元は薬用として利用されていたが、盛唐期以降、牡丹の花が「花の王」として他のどの花よりも愛好されるようになった。また開花時期に科挙合格発表がおこなわれ、長安の貴族庭園は無礼講として開放され、花木祭りの様相であった。三月の終わりごろ(今、5月上旬頃〜中旬)のことである。

 

羅幌卷,翠簾垂。

その楽しかったころ、薄絹の帳を巻き上げ、翡翠の簾を垂らしたりした。

○羅幌 寝台の回りに垂らす薄絹の帳。

○翠簾垂 翡翠の飾りを付けた簾を垂らす。

 

彩牋書,紅粉淚,兩心知。

色の鮮やかな薛濤䇳に書いてくれた詩歌を読み、うれし涙が紅白粉を溶かして流れる。妃嬪の心の中をよく分かっている内容で、信じていた。

○彩牋書 色巻紙に書かれた手紙。薛濤䇳に書かれた詩歌。

○紅粉涙 顔の紅白粉を溶かして流れる涙。女性の涙。

○両心知 お互いに心の中はよく分かっている。別れ送り出す時に確認したことを云う。同心結に近いもの。①ひもや帯の結び方の一種で、かたく解けない結び方。夫婦の愛情のかたい結びつきのたとえ。〔梁武帝・有所思〕②愛の契りをこめたお守り。

 

人不在,鷰空歸,負佳期。

ところが、この春、この閨に、そのお方はいない。軒端の燕は春になって帰って来たけれど空しい、あのお方は約束の期日を破っているから。

○人不在 

○鷰空歸 

○負任期 会う約束を破る。ここでは男が春には帰るという約束を破ったことを言う。負はそむく。佳期は男女が会う約束。

 

香燼落,枕函欹。

お香の火も、灯芯さえも燃え落ちる、お方の使った枕に身寄せてみる。

○香燼落 灯芯が燃え落ちる。灯火の燃え尽きたことを言う。

○枕函欹 ここでは枕を斜めに立てかけて身を寄せる意。眠れぬ状態を表す。枕函は横長の大きめの箱枕。

 

月分明,花澹薄,惹相思。

月は明るくてらし、はっきるとして、牡丹の花の濃淡までわかる。それでも、ただ、寵愛を受ける事、思い続けていくだけ。

○分明 1 他との区別がはっきりしていること。あきらかなこと。また、そのさま。ぶんみょう。2 明らかになること。

○澹薄 淡白に同じ。ここでは月の光に牡丹の花が色淡く見えること。

 

8毛文錫《巻五35臨江仙一首》『花間集』250全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6522

毛文錫  臨江仙   

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

8毛文錫《巻五35臨江仙一首》『花間集』250全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6522

 

 
 2015年8月27日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
297-#2 《卷十五18送薛九被讒去魯》#2 Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <297-#2> Ⅰ李白詩1594 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6518 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
86-#5-§2-3 送區册序 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1507> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6519 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-110杜甫 《巻1538夔州歌十絕句,十首之八》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-110 <973> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6520 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog8毛文錫《巻五35臨江仙一首》『花間集』250全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6522 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

毛文錫(生卒年未詳)、字を平珪と言い、南陽(今の河南省南陽)の人。十四歳で進士に及第し、前蜀の王建に仕え、司徒に任じられ、毛司徒と呼ばれた。その後、前覇が亡びると、後主の王衍に従って後唐に降り、さらに後蜀に仕え、欧陽烱、閻選、鹿虔扆、韓琮らと詞をもって後蜀の孟昶に奉仕し「五鬼」と称された。著書に『前局紀事』二巻、『茶譜』一巻がある。毛文錫の詞は大多数が男女の離別の情や傷惜春の情を詠ったものであるが、中には功名富貴を主張したものや、辺境の戦を詠ったものもある。『花間集』には三十一首の詞が収められている。

 

 (改訂版Ver.2.1

臨江仙

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

 

 (改訂版Ver.2.1

『臨江仙』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

 

(下し文)

(江の仙【かみ】を臨む)

暮蟬【ぼぜん】聲 盡き 斜陽落つ,銀蟾【ぎんせん】影 瀟湘に掛る。

黃陵廟の側 水 茫茫たり。

楚山の紅樹,煙雨 高唐を隔つ。

岸泊す漁燈は風颭碎【てんさい】し,白蘋【はくひん】遠く濃香を散らす。

靈娥【れいが】琴を皷し 清商を韻して,朱絃 淒切【せいせつ】たり,雲散して 碧天長【ちょう】ずる。

 

(現代語訳)

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

 

 

(訳注)
(改訂版Ver.2.1

臨江仙 一首

(瀟湘八景を巧みに詩に歌いこみ、楚の国における娥皇、女英の「相思」と「高唐賦」の「相思」とこの地域の景色の素晴らしさを詠ったものである)

心情を直接表現した語は、わずかに「失絃凄切に」の」句のみである。「朱絃」は川音を蛾卓の弾く琴の弦に喩えている。その響きが「凄切」とは、慕う舜を失って湘の川に身を投げた娥・英の悲しみを表すとともに、宋玉『高唐賦』の瑤姫の楚王への「相思」、情愛を対比している。瀟湘八景の素晴らしい景色、三峡、巫峡、巫山の素晴らしい景色も同時に対比している。

 

瀟湘八景の項目でこの詩を分析したものを以下に示す。

瀟湘八景

瀟湘地方の八つの景勝

山市晴嵐

暮蟬聲盡落斜陽

漁村夕照

黃陵廟側水茫茫・岸泊漁燈風颭碎

遠浦帰帆

黃陵廟側水茫茫・岸泊漁燈風颭碎

瀟湘夜雨

煙雨隔高唐

煙寺晩鐘

楚山紅樹・靈娥皷琴韻清商・朱絃淒切

洞庭秋月

銀蟾影掛瀟湘

平沙落雁

雲散碧天長

江天暮雪

白蘋遠散濃香

 

臨江仙

『花間集』 には毛文錫の作が一首収められている。双調五十八字、前段二十九字五句四平韻、後段二十九字五句三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

臨江仙

暮蟬聲盡落斜  銀蟾影掛瀟

  
黃陵廟側水茫  楚山紅樹  煙雨隔高

    

岸泊漁燈風颭碎  白蘋遠散濃

  

靈娥皷琴韻清  朱絃淒切  雲散碧天

    

張泌『臨江仙 一首』双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤のと同じ形をとっている。

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁

五雲雙鶴去無,幾迴魂斷,凝望向長

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波,花鬟月鬢綠雲

古祠深殿,香冷雨和

○△○●○○●  ○○●●○○

●○○●●○○  △△○●  △△●△△

●●●△○●△  ○△●●○△  ○○●●●○△

●○△●  ○△●△△

(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

花間集の臨江仙

張泌          臨江仙一首

・毛文錫       臨江仙一首

・牛希濟       臨江仙七首

・歐陽炯       臨江仙二首

・顧          臨江仙三首

・孫光憲       臨江仙二首

・魏承班       臨江仙二首

・閻選          臨江仙二首

・毛熙震       臨江仙二首

・李珣          臨江仙二首

 

暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。

日暮蝉が鳴き盡すと悲愁の秋になり、夕日が沈みかかる洞庭湖の夕日が美しい。瀟湘の川の上に深夜に明月の明るく澄んでいるかげをおとす時、楚の国から来た人は、で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいと思うものである。

○暮蟬聲盡 日暮蝉が鳴き盡す。

○銀蟾 月の別称。中国の古代伝説に拠れば、月には兎や蛤(ヒキガエル)が住むとされた。張泌『浣溪沙十首 其一』

鈿轂香車過柳堤,樺煙分處馬頻嘶,為他沉醉不成泥。

花滿驛亭香露細,杜鵑聲斷玉蟾低,含情無語倚樓西。

浣渓沙 十首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-339-7-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3242

銀は、ここでは月の輝きを形容する。韋荘『天仙子 其三』の「蟾彩」

蟾彩霜華夜不分。天外鴻聾枕上聞。

綉衾香冷懶重燻。

入寂寂、葉紛紛。

纔睡依前夢見君。

天仙子 其三 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-272-5-#26  漢文委員会kanbuniinkai頌之の漢詩ブログ2907

○瀟湘 瀟湘は湖南省長沙一帯の地域。洞庭湖と流入する瀟水と湘江の合流するあたりを瀟湘といい、古来より風光明媚な水郷地帯として知られる。湖南省洞庭湖にを流れこむ蒲水、湘水の二つの川の名をいう。ここでは洞庭湖南岸一帯の地を指す。湘江は、広西チワン族自治区北部臨桂県の海陽山に発する。海洋圩から流れる海洋河を源流とし、北東方向へ広西チワン族自治区を流れる。湖南省永州市東安県の瀑埠頭で湖南省に入る。永州市では紫水、石期河、瀟水、応水、白水などの支流が、衡陽市では蒸水と耒水が、衡山県では水が、株洲県淥口鎮で淥水が、湘潭市で漣水が流入する。長沙市の中心で瀏陽河と撈刀河が、望城県新康で水が流入し、湘陰県の濠河口で左右に分かれて洞庭湖に注ぐ。湘江には2,157の支流があるとされ、主要な支流のうち、瀟水、耒水、水、淥水、瀏陽河は東岸の支流で、祁水、蒸水、涓水、漣水、水は西岸の支流である

○銀蟾影掛瀟湘 劉禹錫《瀟湘神》「楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。」を連想させ、基づいて、次の三句に掛かって行く。

劉禹錫《瀟湘神》

(瀟湘の神)

斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。

斑竹の枝,斑竹の枝,涙痕 點點 相思を寄す。

楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。

楚客 聽かんと欲す 瑤瑟の怨を,瀟湘の深夜 月明の時。

・瀟湘神:詞牌の一。詞の形式名。『瀟湘曲』ともいう。詳しくは下記の「構成について」を参照。この作品がこの詞牌の起源になる。湘妃と斑竹の、亡き人を偲ぶ故事で、深い味わいを出している。後世、晩唐・温庭筠は『瑤瑟怨』で「冰簟銀床夢不成,碧天如水夜雲輕。雁聲遠過瀟湘去,十二樓中月自明。」とうたう。

「斑竹枝,斑竹枝,涙痕點點寄相思。」

湘妃の涙で斑模様となった斑竹枝の笛、湘妃竹といわれるこの竹は舜帝の妃の娥皇と女英の二人が、帝を慕って湘水に身を投じて、川の神、湘靈、湘神となった。ここには、血涙の痕が転々と斑にあるような竹が生えだしたがこれは舜帝を思いやる証しである。

・斑竹枝:『瀟湘神』では、第一句を繰り返し、第二句は畳句となる。 

・斑竹:斑文のある竹。湘妃竹のこと。湘妃とは、舜帝の妃・娥皇と女英の二人のこと。舜帝を慕って湘水に身を投じて、川の神(湘靈、湘神)となったという。竹との関係では舜帝が蒼梧(現・江西省蒼梧)で崩じた時に、娥皇と女英の二人の妃がここに来て深く嘆き悲しみ、流した涙が竹に滴り、その痕(あと)が竹に斑斑と残ったことから「斑竹」と謂われた。或いは、九嶷山で亡くなり、二人の妃が三日三晩泣き続けたが、やがて九嶷山に血涙の痕があるような竹が生えだしたという。杜甫の「山鬼迷春竹,湘娥倚暮花。湖南清絶地,萬古一長嗟。」のように。中唐・柳宗元の『漁翁』「夜傍西巖宿,曉汲清湘燃楚竹。煙銷日出不見人,欸乃一聲山水綠。迴看天際下中流,巖上無心雲相逐。」での「楚竹」に同じ。中唐・武元衡の『望夫石』に「佳人望夫處,苔蘚封孤石。萬里水連天,巴山暮雲碧。湘妃涙竹下成林,子規夜啼江水深。」とある。 

・斑竹枝:斑竹で作った笛。

・涙痕:涙の痕。 ・點點:点々と。

・寄:よせる。手紙を差し出す。 

・相思:異性を思いやる。或いは、相互に思う。

「楚客欲聽瑤瑟怨、瀟湘深夜月明時。」

楚の国から来た人は、瀟湘の川の上で、湘妃の奏でる瑤瑟のもの悲しい調べを聴きたいとおもった。湖南省南部の川の流れに船を浮かべて、そう思った。深夜に月の明るく澄んでいる時のことである。 

・楚客:楚の国から来た旅人。楚の人。ここでは、屈原をいう。また屈原と同様にその近く、常徳桃花源の附近をさすらう作者をいう。屈原のように流離う人。盛唐・崔國輔の『九日』に「江邊楓落菊花黄,少長登高一望鄕。九日陶家雖載酒,三年楚客已霑裳。」とあり、中唐・柳宗元の『柳州城西北隅種柑樹』に「手種黄柑二百株,春來新葉遍城隅。方同楚客憐皇樹,不學荊州利木奴。幾歳開花聞噴雪,何人摘實見垂珠。若教坐待成林日,滋味還堪養老夫。」とある。 ・欲:…たい。…ようとする。 

・聽:(自分から聴き耳を立てて)聴く。 ・瑤瑟:美くしい玉でもって飾りを施された瑟。・瑟:おおごと。「琴瑟」「瑟琴」といえば夫婦和合のことをいうので、そのようなことの暗示もあろうか。 

・怨:愛についての深い情念。深い思い。うらみ。ここでは、川の神(湘靈、湘神)湘妃の奏でる瑤瑟の凄艶さ、もの悲しさをいう。

・瀟湘:瀟水と湘水。湖南省を流れ、洞庭湖に注ぐ。湘水は、現在“湘江”という。画題によく用いられる 「山市晴嵐・漁村夕照・遠浦帰帆・瀟湘夜雨・煙寺晩鐘・洞庭秋月・平沙落雁・江天暮雪」を瀟湘地方の八つの景勝という。北宋の宋迪(そうてき)がこれを描いた。

 

黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。

明月に瑟琴を聞いた楚の客は娥皇と女英を祀った黄陵廟の傍ら水は洞庭湖にひろく果てしなく広がり、それは、紅葉にそまる楚の山々につづく、楚の山の煙る雨は、宋玉の「高唐の賦」にもうたわれた瑤台であり、瀟湘の「相思」と楚山の「相思」とはとおく隔っている。

○黄陵廟 舜の妃となった夷の二人の娘、娥皇と女英を祀った廟。湘水の神とされ,また洞庭湖の水神でもあって,湖中の君山にその祠廟がある。その地は今の湖南省湘陰の北、湘水のほとりに当たる。『臨江仙 一首』

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

○高唐 楚の宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。雲夢(湿地の名)にあった高台の名。

 

岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。

洞庭湖の岸辺に停泊している舟の漁火は、風が吹くと波に揺れ砕け、雪の様な水草の白き花は月影と共にゆきがちるようであり、濃き香りは辺りに放っている。

○風颭碎 風に揺れ砕けること。

○白蘋 夏から秋にかけて白い花をつける浮草。

 

靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

瀟湘の川の流れは湘水の女神の弾く琴の音のように、音律五音のうちの商の音を清らな音を立て、瑟の朱絃の音色はひどく傷ましさだけのこり、夜が明けると雨も、雲も散りさって、紺青の空は果てしなく広がり、これが素晴らしい景色なのである。

〇霊娥 舜の亡き後、湘水に身を投じて湘水の女神となった蛾皇、女英を指す。

○韻清商 湘水の流れの音を湘神となった蛾皇が水中で奏でる琴の音に喩えたもの。商は音律五音のうちの商の音。ここでは、清らかな音の意。

秋笛
清商欲盡奏,奏苦血沾衣。
他日傷心極,徵人白骨歸。
相逢恐恨過,故作發聲微。
不見秋雲動,悲風稍稍飛。

清苦にして哀愁のある音調。 ・商 秋、秋風。西の方角。星座のこと。五音階。「宮・商・角・徴・羽」隋・唐は中国史上で最も強大・安定し、音楽・絵画・書・舞踊・建築などが発展した。 音楽は「宮廷音楽(七部伎=清商伎・国伎・亀慈伎・安国伎・天竺伎・高麗伎・文康伎)」と 「民間音楽(山歌・小曲、器楽=琵琶・笙・笛などの演奏)」に二分される。
曹丕(曹子桓/魏文帝)詩 『燕歌行』 
燕歌行
秋風蕭瑟天気涼、草木搖落露為霜、
羣燕辭帰雁南翔。
念君客遊思断腸、慊慊思帰戀故郷、
何為淹留寄他方。』
賤妾煢煢守空房、憂来思君不敢忘。
不覚涙下霑衣裳。
援琴鳴絃發清商、短歌微吟不能長。』
明月皎皎照我牀、星漢西流夜未央。
牽牛織女遥相望、爾獨何辜限河梁。

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#1>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 622 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1705

燕歌行二首 其一 曹丕(魏文帝) 魏詩<4-#2>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 623 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1709

燕歌行二首 其二 曹丕(魏文帝) 魏詩<5>玉台新詠・文選楽府 古詩源 巻三 女性詩624 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1713

8毛文錫《巻五50巻五16甘州遍二首其二》『花間集』249全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6517

毛文錫  甘州遍二首其二   

秋風緊,平磧鴈行低,陣雲齊。蕭蕭颯颯,邊聲四起,愁聞戍角與征鼙。青塚北,黑山西。

沙飛聚散無定,往往路人迷。鐵衣冷,戰馬血沾蹄,破蕃溪。鳳皇詔下,步步躡丹梯。

(西域の雅楽「甘州子」の生まれた辺境の辺りの過去の様々な悲劇と、皇帝の一言で、悲運の生涯を遂げることになったと詠う。)北の辺境には秋風が吹けば身をちじめる緊縮頃である。北の砂漠地帯では、雁が列をなして南の地平線に低く飛ぶ。鉛色の空重なりあった雲がどこまでも続く。ここに吹き付ける風は、蕭々ともの悲しく、颯々と音を起てて強く吹く、そうなると思い浮かべるのは西域から、北方、東北にかけて異民族の侵略を征圧する為に出征した李陵と蘇武の別れだ、そこで鳴る角笛と軍鼓を鳴らし大声をあげて攻めることが心配事である。ここには、王昭君は紛争終結のために嫁ぎ、立派に役割を果たし、皇帝と共に青塚に葬られたし、また唐遣大将薛仁、辛文陵等とともに契丹の軍を黒山で撃破して、その王の阿卜固を捕らえて東都洛陽に送った。これにより、唐は国の東北部を平定した。砂漠の砂は飛び散り又集まり、山を造るが、定まらず、だからここを行き交う者たちは迷ってしまうことがよくあるという。ここの寒気に遭えば、着ている衣服、鎧兜まで凍るし、戦いは人馬の血に溢れ、蹄鉄餅も染まり、凝固してしまう、そうなれば異民族の地、一帯の谷間には人馬の死骸で埋め尽くされる。鳳凰である皇帝は詔を下し、そろりそろりと歩み出て丹梯をおりて、何もなかったように庭をめぐる。

8毛文錫《巻五50巻五16甘州遍二首其二》『花間集』249全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6517

 

 
 2015年8月26日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
297-#1 《卷十五18送薛九被讒去魯》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <297> Ⅰ李白詩1585 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6473 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
86-#4-§2-2 送區册序 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1506> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6514 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-109杜甫 《巻1537夔州歌十絕句,十首之七》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-109 <972> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6515 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog8毛文錫《巻五50巻五16甘州遍二首其二》『花間集』249全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6517 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

続きを読む

9欧陽烱《巻五49浣渓沙 三首 其三》『花間集』248全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6512

欧陽烱  浣渓沙 三首其三

相見休言有淚珠,酒闌重得敘歡,鳳屏鴛枕宿金鋪。

蘭麝細香聞喘息,綺羅纖縷見肌膚,此時還恨薄情無。

(久方ぶりの寵愛を受ける、薄情と思っても、そうした薄い哀情であってもそれにすがって生きていくしかないと詠う。)たがいに顔をみたけれど、語ることはできないけど、真珠のような涙を浮かべている。それでも、酒宴もたけなわになり、何度も酒を注いだり、注がれたり、喜び、うれしさをようやく語り出す。そうしたら、鳳凰の屏風をまわりに立て、鴛鴦のように枕して、黄金の敷布に宿す、久方ぶりの寵愛である。蘭麝の煙りが細く立ち、かすかに吐息を聞き、奇麗な薄絹の衣は肌が透けて、艶姚な寝姿を見る。この時、また怨みの思いが湧いてくる、それでも妃嬪は薄情であってもその情愛に頼るしかすべがないのである。

9欧陽烱《巻五49浣渓沙 三首 其三》『花間集』248全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6512


 
 2015年8月25日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
296 《巻十四02別魯頌》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <296> Ⅰ李白詩1584 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6468 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
86-#3§2-1 送區册序 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1505> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6509 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-108杜甫 《巻1536夔州歌十絕句,十首之六》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-108 <971> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6510 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog9欧陽烱《巻五49浣渓沙 三首 其三》『花間集』248全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6512 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

続きを読む

9欧陽烱《巻五49浣渓沙 三首 其二》『花間集』247全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6507

欧陽烱  浣溪紗三首其二  

天碧羅衣拂地垂,美人初著更相宜,宛風如舞透香肌。

獨坐含嚬吹鳳竹,園中緩步折花枝,有情無力泥人時。

(美しく、踊りも歌も素晴らしい妃嬪も、やがては寵愛を失い、一人さびしい暮らしをする、しかし寵愛を受ける準備は怠ることはないと詠う)紺碧の薄物の羽衣をさらりと地に垂らして佇む、さすが選ばれた美人妃で、はじめからその衣は景色にふさわしいすばらしいものである。宛転して通り抜ける風は薄絹を翻し、芳しい香りに目をやれば、透き通るような肌の白さが美しい。一人座って眉をひそめる、そこに簫史が吹いた笙のような音が聞こえ、笙の音に惹かれた弄玉のように庭園の中を静かにゆっくりと歩いて、あのおかたに逢えれば渡そうと花の咲く枝を折る。しかし、何も起こらねば、気力も失せ、もう酔った人となることしかない、それでも寵愛を受けたい気持ちがあるだけなのである。

9欧陽烱《巻五49浣渓沙 三首 其二》『花間集』247全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6507

 

 
 2015年8月24日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
295-#3 《卷11-14贈從弟冽》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <295-#3> Ⅰ李白詩1591 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6503 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首</