玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

2016年01月

巻 八49 菩薩蠻二首 其一 13 魏承班 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》401巻八49 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7269

魏承班  菩薩蠻二首 其一

羅裾薄薄秋波染,眉間畫時山兩點。相見綺筵時,深情暗共知。

翠翹雲鬢動,斂態彈金鳳。宴罷入蘭房,邀入解珮璫。

(秋も深まり、菊と月を愛でる宴において、結ばれることになった妓優からひひんになって初めて寵愛を受けることに)

うす絹の裾から足元が透けて見えてきて秋景色の波はずっと色濃くしている。女の眉の間には花鈿が綺麗に点々と画かれて化粧を整えている。秋を愛でるきれいな宴の花筵に互に見つめ合う二人がいる、愛し合う心はますます深くなり、ますます二人だけの世界に入っていくことを知る。女は翡翠の羽を高く掲げるほど有頂天になって雲型の黒かにを動かしていく、服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。やがて宴も終る、そして、蘭の香りの閨に入ってゆく、すべてを迎い入れ、佩び玉と耳飾りをといて、はじめて結ばれる。

49

菩薩蠻二首 其一

13

魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》401巻八49

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7269

 

 
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菩薩蠻の世界(1

歴史絵巻は私たちに唐代の女性の生き生きとした姿を示してくれる。

彼女たちはいつも外出して活動し、人前に顔をさらしたまま郊外、市街、娯楽場に遊びに行き、芝居やポロを見物した。毎年春には、男たちと一緒に風光明媚な景勝地に遊びに行き、思うぞんぶん楽しむことさえできた。

·施肩吾少婦游春詞

簇錦攢花勝遊,萬人行處最風流。無端自向春園裏,笑摘青梅阿侯。

(錦を集め、花を潜めて 勝游を闘わせ、万人行く処 最も風流。端無くも自ら向う春園の裏,笑うて摘む青梅阿侯。)(七言句押尤韻)

「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」(杜甫「麗人行」)などの詩句は、みな上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。

杜甫《卷二41 麗人行》

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

三月三日 天氣新たに,長安の水邊 麗人多し。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

態は濃く 意は遠くして淑且かつ真に,肌理きりは 細膩さい ぢ にして  骨肉は勻ひとし。

繡羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。

繍羅しう ら の衣裳は 莫春に 照はゆる,蹙金しゅくきんの孔雀 く じゃく  銀の麒麟 き りん。

頭上何所有,翠微盍葉垂鬢脣。

頭上何の有る所ぞ, 翠を盎葉おうようと爲して鬢びん脣しんに 垂たる。

背後何所見,珠壓腰衱穩稱身。

背後何の見る所ぞ,珠は腰衱えうけふを壓して穩やかに身に稱かなふ。』

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

就中なかんづく 雲幕の椒房せうばうの親しん,名を賜ふ 大國  虢くゎくと秦しんと。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

紫駝しだの峰を翠釜すゐ ふ より 出いだし,水精の盤に  素鱗 行くばる。

犀箸厭飫久未下,鑾刀縷切空紛綸。

犀箸さいちょ 厭飫えんよして久しく未だ下さず,鸞刀らんたう 縷切る せつして  空しく紛綸たり。

黃門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。

黄門 鞚くつわを飛ばして塵を動かさず,御廚ぎょちゅう 絡繹らくえきとして 八珍を送る。

簫鼓哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

簫管 哀吟して 鬼神をも感ぜしめ,賓從ひんじゅう 雜遝ざったふして  要津えうしんに實みつ。』

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。

後れ來たる鞍馬は何ぞ 逡巡んする,軒に當たりて 馬より下りて  錦茵きんいんに入る。

楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

楊花やうくゎ 雪のごとく落ちて  白蘋はくひんを覆ひ,靑鳥 飛び去りて  紅巾こうきんを銜ふくむ。

炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相嗔。

手を炙あぶらば 熱す可べし  勢は絶倫なり,慎みて 近前する莫れ  丞相じょうしゃう 嗔いからん。』

麗人行  杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 65

彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。白居易の「琵琶行」という詩に出てくる、夫の帰りを待つ商人の妻は夜半に見知らぬ男たちと同船し、話をしたり琵琶を演奏しあったりしている。それで、宋代の文人洪遇は、慨嘆して「瓜田李下の疑い、唐人は譏らず」(『容斎三筆』巻六)といった。

「瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」(瓜田李下の疑い、唐人は譏らず。)

「瓜田に履を入れず、李下(すももの木の下)に冠を正さず」 の格言に基づく、疑われやすい状況のたとえ。

宋の洪邁《容齋三筆‧白公夜聞歌者》「然鄂州所見, 亦一女子獨處, 夫不在焉。 瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」

 

彼女たちは「胡服騎射」を好む気風があり、胡服戎装(北方民族の軍装)をしたり、男装したりすることを楽しみ、雄々しく馬を走らせ鞭を振い、「撃を露わにして〔馬を〕馳験せた」(『新唐書』車服志)。

またポロや狩猟などの活動に加わることもできた。

杜甫の《卷四32哀江頭》詩に「輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。」(輦前の才人 弓箭【きゅうせん】を 帶び,白馬 嚼噛【しゃくげつ】す 黄金の勒【くつわ】。身を翻して天に向ひ 仰ぎて雲を射れば,一笑 正に堕つ 雙飛翼。天子の乗り物の前に才人などの騎兵隊の女官たちが、弓矢を腰に携えていたのだ。先導する白馬は、黄金製のくつわを噛んで堂々としたものだった。体の向きを変えるように、恩ある天子に向かって仰向(あおむ)いて、雲に反旗の矢を射掛ける。楊貴妃の微笑による王朝の頽廃は、梧桐のつがいになって翼を並べて飛んでいた鳥が、ちょうど墜されたのだ卷四32哀江頭と描写されている。馬上で矢を射る女たちの何と雄々しき姿であることか。彼女たちは勇敢かつ大胆で、よく愛し、よく恨み、また、よく怒りよく罵り、古来女性に押しつけられてきた柔順、謙恭、忍耐などの「美徳」とはほとんど無縁のようだった。誰にも馴れない荒馬を前にして、武則天は公衆に言った。「私はこの馬を制することができる。それには三つの物が必要だ。一つめは鉄鞭、二つめは鉄樋(鉄杖、武器の一種)、三つめは短剣である。鉄鞭で撃っても服さなければ馬首を鉄樋でたたき、それでもなお服さなければ剣でその喉を断つ」(『資治通鑑』巻二〇六、則天后久視元年)と。この話は唐代の女性たちに特有の勇敢で、剛毅な性格をじつに生々と表わしている。

彼女たちは積極的に恋愛をし、貞節の観念は稀薄であった。未婚の娘が秘かに男と情を通じ、また既婚の婦人が別に愛人をつくることも少なくなかった。女帝(武則天)が一群の男寵(男妾)をもっていたのみならず、公主(皇女)、貴婦人から、はては皇后、妃嬢にさえよく愛人がいた。離婚、再婚もきわめて普通であり、唐朝公主の再婚や三度目の結婚もあたりまえで珍しいことではなかった。こうした風習に、後世の道学先生たちはしきりに首をふり嫌悪の情を示した。『西廟記』『人面桃花』『侍女離魂』『蘭橋遇仙』『柳毅伝書』等の、儒教道徳に反した恋愛物語が、どれも唐朝に誕生したことは、この常よい証拠である。

 

彼女たちの家庭における地位は比較的高く、「婦は強く夫は弱く、内(女)は齢く外(男)は柔かい」(張鷲『朝野愈載』巻四)といった現象はどこにでも見られた。唐朝の前期には上は天子から下は公卿・士大夫に至るまで、「恐妻」がなんと時代風潮にさえなったのである。ある道化の楽人は唐の中宗の面前で、「かかあ天下も大いに結構」(孟築『本事詩』嘲戯)と歌ったことで、韋皇后から褒美をもらったという。御史大夫の襲談は恐妻家としてたいへん有名であったばかりか、妻は恐るべしという理論までもっていた。妻たちが家で勝手気ままに振舞っているのを見聞したある人は、大いに慨嘆して次のようにいった。「家をもてば妻がこれをほしいままにし、国をもてば妻がそれを占拠し、天下をもてば妻がそれを指図する」(干義方『異心符』)と。

この時代には、まだ「女子は才無きが輒ち是れ徳なり」(清の石成金の『家訓抄』が引く明の陳眉公の語)という観念は形成されていなかった。宮廷の妃嫁、貴婦人、令嬢から貧しい家の娘、尼僧や女道士、娼妓や女俳優、はては婦女にいたるまで文字を識る者がきわめで多く、女性たちが書を読み文を作り、詩を吟じ賊を作る風潮がたいへん盛んであった。これによって唐代には数多くの才能ある女性詩人が生れたのである。女道士の魚玄機はかつて嘆息して、「自ら恨む 羅衣の 詩句を掩うを、頭を挙げて空しく羨む 模中の名(女に生れて詩文の才を発揮できないのが恨めしい。むなしく科挙合格者の名簿を眺める)」(「崇真観の南楼に遊び、新及第の題名の処を括る」)と詠んだ。この詩句は、女性が才能の点で男性に譲らぬ自信をもってはいるが、男とともに金棒(科挙合格者発表の掲示板)に名を載せ、才能を発揮できない無念さをよく表している。

 

 

花間集 巻八 魏太尉承班二首  / 花間集 巻九 魏太尉承班十三首

 

魏承斑(生卒年未詳、およそ九三〇年前後に在世)

前蜀の詞人。字、出身地ともに未詳。魏承斑の父親の魏宏夫は、前蜀の王建の養子となり、王宗弼の名を賜り、斉王に封じられた。蜀承斑は鮒馬都尉(皇女の婿に与えられる官職)となり、官は大尉に至った。その詞は、専ら抒情を主とし、淡白にして明噺で、人々は好んでその詞を模倣したと言われ、薛昭蘊や牛橋には譲るが、毛文錫には勝ると評価されている。『花間集』には十五首の詞が収められている。全唐詩によりなお六首を補うことができる。詞風は溫庭筠に近い。

 

 

菩薩蠻二首 其一

(秋も深まり、菊と月を愛でる宴において、結ばれることになった妓優からひひんになって初めて寵愛を受けることに)

羅裾薄薄秋波染,眉間畫時山兩點。

うす絹の裾から足元が透けて見えてきて秋景色の波はずっと色濃くしている。女の眉の間には花鈿が綺麗に点々と画かれて化粧を整えている。

相見綺筵時,深情暗共知。

秋を愛でるきれいな宴の花筵に互に見つめ合う二人がいる、愛し合う心はますます深くなり、ますます二人だけの世界に入っていくことを知る。

翠翹雲鬢動,斂態彈金鳳。

女は翡翠の羽を高く掲げるほど有頂天になって雲型の黒かにを動かしていく、服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。

宴罷入蘭房,邀入解珮璫。

やがて宴も終る、そして、蘭の香りの閨に入ってゆく、すべてを迎い入れ、佩び玉と耳飾りをといて、はじめて結ばれる。

(菩薩蠻二首 其の一)

羅裾 薄薄として秋波染め,眉間 畫時 山兩點たり。

相い見る 綺筵の時を,深く情す 暗く共に知るを。

翠翹して 雲鬢動き,態を斂めて 金鳳を彈く。

宴罷み 蘭房に入る,邀えて入る 珮璫を解く。

 

菩薩蠻二首 其二

羅衣隱約金泥畫,玳筵一曲當秋夜。

聲戰覷人嬌,雲鬟裊翠翹。

酒醺紅玉輭,眉翠秋山遠。

繡幌麝煙沉,誰人知兩心。

 

大明宮の圖003
 

『菩薩蠻二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

羅裾薄薄秋波染,眉間畫時山兩點。

相見綺筵時,深情暗共知。

翠翹雲鬢動,斂態彈金鳳。

宴罷入蘭房,邀入解珮璫。

 

(下し文)

(菩薩蠻二首 其の一)

羅裾 薄薄として秋波染め,眉間 畫時 山兩點たり。

相い見る 綺筵の時を,深く情す 暗く共に知るを。

翠翹して 雲鬢動き,態を斂めて 金鳳を彈く。

宴罷み 蘭房に入る,邀えて入る 珮璫を解く。

 

(現代語訳)

(秋も深まり、菊と月を愛でる宴において、結ばれることになった妓優からひひんになって初めて寵愛を受けることに)

うす絹の裾から足元が透けて見えてきて秋景色の波はずっと色濃くしている。女の眉の間には花鈿が綺麗に点々と画かれて化粧を整えている。

秋を愛でるきれいな宴の花筵に互に見つめ合う二人がいる、愛し合う心はますます深くなり、ますます二人だけの世界に入っていくことを知る。

女は翡翠の羽を高く掲げるほど有頂天になって雲型の黒かにを動かしていく、服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。

やがて宴も終る、そして、蘭の香りの閨に入ってゆく、すべてを迎い入れ、佩び玉と耳飾りをといて、はじめて結ばれる。

興慶宮沈香亭
 

(訳注)

菩薩蛮二首其一

(秋も深まり、菊と月を愛でる宴において、結ばれることになった妓優からひひんになって初めて寵愛を受けることに)

 

『花間集』には魏承斑の作が二首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻二首 其一

羅裾薄薄秋波,眉間畫時山兩

相見綺筵,深情暗共

翠翹雲鬢,斂態彈金

宴罷入蘭,邀入解珮

○○●●○○●  ○△●○○●●

△●●○○  △○●△○

●△○●●  ●●△○●

●△●○○  ○●●●○

 

羅裾 薄薄秋波染,眉間畫時山兩點。

うす絹の裾から足元が透けて見えてきて秋景色の波はずっと色濃くしている。妃嬪の眉の間には花鈿が綺麗に点々と画かれて化粧を整えている。

1 羅:絡み織を用いた、目の粗い絹織物の一種。 もともと羅とは鳥や小動物などを捕獲するための網を意味する言葉だったが、絹で織った網のような薄物を指す言葉にもなった。2 :膝から下という意味。転じて、衣服の下の方。

3 眉間山兩點 花鈿をかくこと。

 

相見綺筵時,深情暗共知。

秋を愛でるきれいな宴の花筵に互に見つめ合う二人がいる、愛し合う心はますます深くなり、ますます二人だけの世界に入っていくことを知る。

 

翠翹雲鬢動,斂態彈金鳳。

妃嬪は翡翠の羽を高く掲げるほど有頂天になって雲型の黒かにを動かしていく、服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。

4 翹《意味》. あげる。鳥の尾羽のように、高くかかげる。つまだてる。つま先だって背を高くする。 特に秀でた人。また、特にすぐれているさま。ぬきんでる。 【翹楚】ぎょうそ. 大勢の中でとびぬけてすぐれていること。また、その人。 「楚」は、特に丈の高い木。

5 斂態彈金鳳 服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。斂態:服の乱れをまとめること。

酒泉子三首其三

斂態前,裊裊雀釵頸。

鷰成雙,鸞對影,耦新知。

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。

翠連娟,紅縹渺,早粧時。

12孫光憲《巻八19酒泉子三首其三》『花間集』371全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7127

 

宴罷入蘭房,邀入解珮璫。

やがて宴も終る、そして、蘭の香りの閨に入ってゆく、すべてを迎い入れ、佩び玉と耳飾りをといて、はじめて結ばれる。

6 珮璫 佩び玉と耳飾り。・珮:① 身につけるもの。腰にさげる装飾品。 奈良時代,礼服(らいふく)に用いた装飾品。組み糸に玉を通し,胸の下から沓(くつ)のところまで垂らし,歩くときに鳴るようにしたもの。おんもの。玉佩。・璫:耳珠・冠飾。〔「木尻」の意〕 刀剣の鞘(さや)の末端。また,そこにはめる金物。 〘建〙(「木尻」とも書く)部材の先端の総称。主として,破風板・垂木などの下方の端。

 

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巻八48 漁歌子二首其二 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》400巻八48 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の 漢詩ブログ-7264

孫光憲  漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。  風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。   

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。 經霅水,過松江,盡屬濃家日月。     

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

巻八48

漁歌子二首其二

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》40048

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の

漢詩ブログ-7264

 

 
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花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。

花間集 教坊曲 《漁歌子》 八首

顧夐

《巻七31漁歌子一首》  曉風清,幽沼綠,倚欄凝望珍禽浴。畫簾垂,翠屏曲,滿袖荷香馥郁。好攄懷,堪寓目,身閑心靜平生足。酒盃深,光影促,名利無心較逐。

孫光憲

《巻八47漁歌子二首其一》 草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。

孫光憲

《巻八48漁歌子二首其二》 泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。經霅水,過松江,盡屬濃家日月。

魏承班

《巻九13漁歌子》  柳如眉,雲似髮。蛟籠香雪。夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。幾多情,無處,落花飛絮清明節。少年郎,容易別,一去音書斷

李珣

《巻十18漁歌子四首其一》  楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

李珣

《巻十19漁歌子四首其二》  荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

李珣

《巻十20漁歌子四首其三》  柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

李珣

《巻十21漁歌子四首其四》  九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。任東西,無定止,不議人間醒醉。

 

唐・張志和  《漁子 四首》 

其一 西塞山前白鷺,桃花流水鱖魚。青箬笠,綠簑,斜風細雨不須

○●○○●●○  ○○○●△○○ ○●●  ●?△ ○△●●△○○

其二 釣臺漁夫褐為,兩兩三三蚱。能縱棹,慣乘,長江白浪不曾

其三 霅溪灣裡釣漁,蚱為家西復,江上雪,浦邊,笑著荷衣不歎

其四 蟹舍主人,菰飯篿羹亦共,楓葉落,荻花,宿醉漁舟不覺

 

漁歌子二首其一

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。        

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。           

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。        

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。           

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

(漁歌子二首其の一)

草 芊芊,波 漾漾,湖邊 艸色 連波漲る。    

蓼岸【りょうがん】に沿い,楓汀に泊る,天の際 玉輪 初めて上る。     

舷歌に扣き,聯とし極まりて望む,槳聲 伊に軋き 何に向うかを知る。  

黃鵲は叫び,白鷗は眠る,誰ぞ似る 儂家 疏曠するを。 

  

漁歌子二首其二

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。

風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。

杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。

湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

(漁歌子二首 其の二)

流螢 泛び,明く又た滅して,夜涼 水冷 東灣 闊く。 

風浩浩として,笛寥寥とし,萬頃 金波 澄澈す。         

杜若の洲,香郁 烈し,一聲 宿鴈 霜の時節なり。      

霅水を經て,松江を過る,盡く屬す 家に濃す日月を。         

 

 

『漁歌子二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。    

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。              

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。    

 

(下し文)

(漁歌子二首 其の二)

流螢 泛び,明く又た滅して,夜涼 水冷 東灣 闊く。       

風浩浩として,笛寥寥とし,萬頃 金波 澄澈す。    

杜若の洲,香郁 烈し,一聲 宿鴈 霜の時節なり。              

霅水を經て,松江を過ぎれば,盡く屬す 家に濃す日月を。    

 

(現代語訳)

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。

風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。

杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。

湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

太湖上海松江00
 

(訳注)

漁歌子二首其二

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

1 漁歌 若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

漁歌子 本来、詩題ではなく形式名(正確には詞に着けられた曲名)だが、唐代に既にあった填詞形式のものを、変化させたもので、填詞の形式に準じてはいるものの、填詞の詞牌ではない。漁歌子など(宋詞以前の)初期のものは本意(詞の本来の意味、詞題の性質)の場合が多い。この作品もそうである。特に、『漁歌子』は、釣りをして暮らすなどの隠逸生活を詠う。中国では伝統的に、漁師や樵人は半仙の雰囲気を漂わせたものとして捉えられている。(『漁父』も、『漁歌子』の同調異名(形式は同じで、名称が異なるだけのもの))。

 

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。

 漁歌子二首其一

草芊芊,波漾,湖邊艸色連波              

沿蓼岸,泊楓,天際玉輪初    

扣舷歌,聯極,槳聲伊軋知何              

黃鵲叫,白鷗,誰似儂家疏    

●△△  ○●● ○○●●○○△

○●● ●○△  ○●●○○●

●○○  ○●△ ●○○●○△●

○●● ●○○  ○●○○△●

漁歌子二首其二 双調五十字、前後二十五字六句三仄韻、3❸❼33/3❸❼33の詞形をとる。

泛流螢,明又,夜涼水冷東灣              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄    

杜若洲,香郁,一聲宿鴈霜時              

經霅水,過松江,盡屬濃家日    

●○○  ○●● ●△●△○○●

△●● ●△△  ●△○○○●

●△○  ○●● ●○●●○○●

△●● △○○  ●●○○●● 

 

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。      

水に浮び流れるように蛍が飛び交う、その光を付けたり、消したりしながら飛んだりとまったりして、日中は暑かったが夜には水面をかすめた風は東の入り江に涼しさを運んできて、広がる。

13   1 広くゆとりがある。「闊達・闊歩・闊葉樹/寛闊・広闊」2 間があいている。うとい。「迂闊 (うかつ) ・久闊」[名のり]ひろ・ひろし。

 

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。  

風は水がみなぎり広がっている太湖の上を抜けてきて、横笛曲がひっそりとしてもの寂しい中聞えてくる。見渡す限りの広々とした水面に日が射し、金色に輝く、水は底まで見えるほど澄み切っている。

14 浩浩 水がみなぎり広がっているさま。果てしなく広々としているさま。

15 寥寥【りょうりょう】ひっそりとしてもの寂しいさま。また、空虚なさま。「―たる荒れ野」数の非常に少ないさま。

16 萬頃【ばんきょう】〔「頃」は百畝の耕地の意。アール〕 地面または水面が広々としていること。 

17 澄澈 ①水清く底まですみわたるさま。 ②清亮で明るくひろがろさま。月光澄澈|澄澈如 ③明白であること。

 

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。      

杜があるところは長江の中洲の砂がもりあがっているようで、そこからお香の強烈な匂いが流れてくる。霜の降りる季節になると、雁も飛んできて、ねぐらで、大きく一聲する。

18 郁烈 香気が強烈にさかんなさま。文化の非常に高いこと。とても暖かい。はっきりとした綾模様。 《文選曹植<洛神賦>》:踐椒塗之郁烈, 步蘅薄而流芳。” 李善注:郁烈, 香氣之甚。・:香気がさかんなさま。文化の高いこと。暖かい。綾模様。・勢いがはげしい。「烈火・烈日・烈震・烈風・烈烈/苛烈(かれつ)・強烈・激烈・熾烈(しれつ)・峻烈(しゅんれつ)・鮮烈・壮烈・痛烈・熱烈・猛烈」2気性が強く、

19 宿鴈 雁も飛んできて、ねぐらにす。

 

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。  

湖州の霅溪を過ぎ、舟は進んで松江を下ってゆくと、川沿いには我が家のように見える人家がつぎつぎあって、ああ、風流の旅、今度はどのくらいの期間過せるのだろうか。

20 霅水 即ち江南東道湖州の霅溪。霅の意味や日本語訳。ピンインZhà((方言)) 名詞 川の名に用いる.用例霅溪=浙江省にある川の名.

21 松江 751年(天宝10載)、唐朝により松江府府治として設置された華亭県を前身とする。1656年(順治13年)に婁県が分割設置されたが、1912年(民国元年)に華亭県に統合、1914年(民国3年)には松江県と改称された。1958年に江蘇省より上海市に移管、1998年に市轄区に昇格し現在に至る。

濃家 人家が多くある。
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巻八47 漁歌子二首其一 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》399巻八47 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7259

孫光憲  漁歌子二首其一

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。 沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。    

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草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

巻八47

漁歌子二首其一

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》399巻八47

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7259



 

 
  2016年1月29日 の紀頌之5つのBlog  
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花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。

花間集 教坊曲 《漁歌子》 八首

顧夐

《巻七31漁歌子一首》  曉風清,幽沼綠,倚欄凝望珍禽浴。畫簾垂,翠屏曲,滿袖荷香馥郁。好攄懷,堪寓目,身閑心靜平生足。酒盃深,光影促,名利無心較逐。

孫光憲

《巻八47漁歌子二首其一》 草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。

孫光憲

《巻八48漁歌子二首其二》 泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。經霅水,過松江,盡屬濃家日月。

魏承班

《巻九13漁歌子》  柳如眉,雲似髮。蛟籠香雪。夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。幾多情,無處,落花飛絮清明節。少年郎,容易別,一去音書斷

李珣

《巻十18漁歌子四首其一》  楚山青,湘水淥,春風澹蕩看不足。草芊芊,花簇簇,漁艇棹歌相續。信浮沉,無管束,釣迴乘月歸灣曲。酒盈罇,雲滿屋,不見人間榮辱。

李珣

《巻十19漁歌子四首其二》  荻花秋,瀟湘夜,橘洲佳景如屏畫。碧煙中,明月下,小艇垂綸初罷。水為,篷作舍,魚羹稻飯常飡也。酒盈杯,書滿架,名利不將心掛。

李珣

《巻十20漁歌子四首其三》  柳垂絲,花滿樹,鶯啼楚岸春山暮。棹輕舟,出深浦,緩唱漁歌歸去。罷垂綸,還酌醑,孤村遙指雲遮處。下長汀,臨淺渡,驚起一行沙鷺。

李珣

《巻十21漁歌子四首其四》  九疑山,三湘水,蘆花時節秋風起。水雲間,山月裏,棹月穿雲遊戲。皷清琴,傾淥蟻,扁舟自得逍遙志。任東西,無定止,不議人間醒醉。

 

唐・張志和  《漁 子 四首》 

其一 西塞山前白鷺,桃花流水鱖魚。青箬笠,綠簑,斜風細雨不須

○●○○●●○  ○○○●△○○ ○●●  ●?△ ○△●●△○○

其二 釣臺漁夫褐為,兩兩三三蚱。能縱棹,慣乘,長江白浪不曾

其三 霅溪灣裡釣漁,蚱為家西復,江上雪,浦邊,笑著荷衣不歎

其四 蟹舍主人,菰飯篿羹亦共,楓葉落,荻花,宿醉漁舟不覺

 

漁歌子二首其一

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。        

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。           

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。        

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。           

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

(漁歌子二首其の一)

草 芊芊,波 漾漾,湖邊 艸色 連波漲る。    

蓼岸【りょうがん】に沿い,楓汀に泊る,天の際 玉輪 初めて上る。     

舷歌に扣き,聯とし極まりて望む,槳聲 伊に軋き 何に向うかを知る。  

黃鵲は叫び,白鷗は眠る,誰ぞ似る 儂家 疏曠するを。 

              

漁歌子二首其二

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。    

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。              

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。    

扁舟 00

『漁歌子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

漁歌子二首其一

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。              

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。    

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。              

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。    

 

(下し文)

(漁歌子二首其の一)

草 芊芊,波 漾漾,湖邊 艸色 連波漲る。           

蓼岸【りょうがん】に沿い,楓汀に泊る,天の際 玉輪 初めて上る。              

舷歌に扣き,聯とし極まりて望む,槳聲 伊に軋き 何に向うかを知る。           

黃鵲は叫び,白鷗は眠る,誰ぞ似る 儂家 疏曠するを。       

 

(現代語訳)

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

春水001

 

(訳注)

漁歌子二首其一

(半隠のつもりで気ままに、漁夫をしていて帰らなくなってしまった、漁師の歌う舟歌を聞きながら、この夜も、釣り糸を垂れ、詞を詠う)

1 漁歌 若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

漁歌子 本来、詩題ではなく形式名(正確には詞に着けられた曲名)だが、唐代に既にあった填詞形式のものを、変化させたもので、填詞の形式に準じてはいるものの、填詞の詞牌ではない。漁歌子など(宋詞以前の)初期のものは本意(詞の本来の意味、詞題の性質)の場合が多い。この作品もそうである。特に、『漁歌子』は、釣りをして暮らすなどの隠逸生活を詠う。中国では伝統的に、漁師や樵人は半仙の雰囲気を漂わせたものとして捉えられている。(『漁父』も、『漁歌子』の同調異名(形式は同じで、名称が異なるだけのもの))。

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。

 漁歌子二首其一

草芊芊,波漾,湖邊艸色連波              

沿蓼岸,泊楓,天際玉輪初    

扣舷歌,聯極,槳聲伊軋知何              

黃鵲叫,白鷗,誰似儂家疏    

●△△  ○●● ○○●●○○△

○●● ●○△  ○●●○○●

●○○  ○●△ ●○○●○△●

○●● ●○○  ○●○○△●

 

草芊芊,波漾漾,湖邊艸色連波漲。

草草はのびて芊芊と茂ってきた、浪は岸辺を溢れんばかりに漾漾と打ち寄せる。湖の岸辺には草は伸びて若草色は連綿と続き、水面は波立って漲っている。

2 芊 芊(芊眠)《書》草木の茂るさま.

3 漾漾 漾とは。意味や日本語訳。[]こぼれる,溢れる酒漾出来酒が溢れる.上漾出笑容笑顔がこぼれる.水がゆらゆら揺れる,たゆとう漾同前.

 

沿蓼岸,泊楓汀,天際玉輪初上。  

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけてゆく、湊には船が停泊して、水内際に色づいた楓の木が水面に映す、やがて水平線から満月が昇り始める。

4 泊楓汀 《夜泊楓江》「月落烏啼霜滿天,江楓漁父對愁眠。 姑蘇城外寒山寺,夜半鍾聲到客船。」(月落 烏啼き霜天に滿つ,江楓 漁父 愁眠に對す。 姑蘇城外の寒山寺,夜半鍾聲 客船に到る。)張継「楓橋夜泊」、『中興間氣集』では「夜泊松江」に作る。

5 汀 海・湖などの,波が打ち寄せる所。波うちぎわ。みぎわ。

6 玉輪【ぎょくりん】月の異称。

7 蓼岸 岸辺には蓼がしげる。風に揺れることをイメージさせる。

孫光憲『浣溪沙九首其一』

蓼岸風多橘柚香,江邊一望楚天長,片帆煙際閃孤光。

目送征鴻飛杳杳,思隨流水去茫茫,蘭紅波碧憶瀟湘。

(浣溪沙九首 其の一)

蓼岸【りょうがん】風 橘柚の香多くし,江邊 一望 楚天長しい,片帆 煙際に 孤光 閃く。

目【もく】せば 征鴻を送れば 飛びて杳杳たり,思いは流水に隨い去りて茫茫たり,蘭は紅いに 波は碧く 瀟湘を憶う。

(秋には帰るといって旅立った人を何度も秋を迎えたが帰ってこない。雁が見えなくなるように、川が流れ去るように忘れていくことになるのか、もう死んでしまったのなら、瀟湘の女神にもあこがれる)

岸辺には蓼がしげる中を風がぬけると橘や柚子の香りを運んでくる、大江のほとりから一望すると楚の秋の空ははるかとおくまでつづく、一片の帆影を浮かべて霞む果てには風雨を呼ぶ閃光が一つきらめく。

女の眼は遠く飛び行く雁を消えて飛び去るまで追いかける、遠い先の帰ってこない男への思いは長江の流れとともに忘れ去ってしまう、蘭の花は紅色濃く、波は碧く瀟湘の慕情を偲ばせる。

 

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何向。      

月が昇るのを待って漁師が「舷歌」歌いだす、歌が終われば続いて詠いだし、遠く望んで詠うのである。船の水きり音や櫂のきしむ音が歌に和せて舟は何処の港に向かっていくのか歌で知るのだ。

8 扣える【ひかえる・控える】 1㋐用事や順番に備えて、すぐ近くの場所にいて待つ。待機する。㋑目立たないようにしてそばにいる。㋒空間的・時間的に迫っている。近くに位置する。また、近い将来に予定される。2・㋐度を越さないように、分量・度数などを少なめにおさえる。節制する。㋑自制や配慮をして、それをやめておく。見合わせる。㋒空間的・時間的にすぐ近くにある。近い所に持つ。あまり時を置かないで予定している。㋓忘れないように、また、念のため書きとめておく。㋔衣服などを、おさえつかんで、行かせないようにする。引きとめる。㋕引く。引っぱる。

9 舷歌 漁父が船端を叩きながらうたった舟歌。

韓愈『湘中』

猿愁魚踊水翻波、自古流傳是汨羅。

蘋藻満盤無塵奠、空聞漁父叩舷歌

(湘中) 

猿愁え魚踊って水波を翻【ひるがえ】し、古【いにし】え自【よ】り流伝す走れ汨羅【べきら】たりと。

頻藻【ひんそう】盤に満つるも奠【そな】うる処無く、空しく聞く漁父の舷【ふなばた】を叩いて歌うを

猿は悲しげな鳴き声をあげ、魚ははねて、川の水は波をわきたたせている。昔からの言い伝えによれば、ここが旧羅なのだという。

水草は皿いっぱいに盛ったが、さてどこにそなえて屈原の霊を祭ったものだろう。屈原に対して漁父が船端を叩きながらうたった舟歌がいまはむなしく聞こえてくる。

10 槳聲 船の水きり音。

 

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏曠。  

舟歌に合わせたように、鵲が叫ぶ、黃の鵲が啼けば、近しい親族に会えるというけれど、叫んでいるからすぐ会えるとはいうものの、白鷗はもう岸辺で眠ってしまったのだろうし、我が家は遠く、廣く、疎ましくなってしまったことは益々隠遁者となってゆく、誰が似てしまったのだろうか

11 誰似 隠遁の生活に慣れて、半隠であったものがますますこの生活に浸ってゆく、これまでいろんな隠棲する詩人がいたが、誰に似ているのだろうかというほどの意。

12 疏曠 水路を分けて通す。「疏水・疏通」関係が分け離れる。うとくなる。「疏遠」粗末な。「疏食(そし)事柄の筋を分けていちいち説明する。

巻八46 望梅花一首 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》398 巻八46 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7254

孫光憲  望梅花

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

巻八46

望梅花一首

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》398

巻八46

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7254

 

 
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鮑照《梅花落》 

中庭雜樹多、偏為梅咨嗟。

問君何獨然、念其霜中能作花。

露中能作實、搖蕩春風媚春日。

念爾零落逐寒風、徒有霜華無霜質。

中庭に雜樹多きも、偏えに梅の為に咨嗟す。

君に問う 何ぞ独り然るや、念え 其霜中に能く花を作す。

露中に能く実を作し、春風に搖蕩して春日に媚ぶる。

念え 爾らは零落して寒風を逐い、徒らに霜華有って霜質無きを。

中庭には様々な木があるが、私が褒め称えるのはただひとえに梅の木だけである。

他の樹木があるのに、どうして梅ばかり褒めるのですかと、問われれば、考えよ、霜の中で花を開くのである。

他の樹木は、春風に揺れる暖かい春の日になって競って咲くものであるが、梅はそのころ次第に実を膨らませ、露の中で、実を結ぶのである。

考えよ、他の樹木は、いざ寒い風が吹いてくると枯れ萎んでしまうではないか。霜のように白花を咲かせても、霜の中で蕾を育むような根性は持っていないのである。

中庭雜樹  偏為梅咨
問君何獨然  念其霜中能作
露中能作  搖蕩春風媚春
念爾零落逐寒風  徒有霜華無霜

  
  
  
  

 

花間集 教坊曲『望梅花』二首

和凝

巻六24望梅花一首  春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛。

孫光憲

巻八46望梅花一首  數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

 

『花間集』には二首所収。孫光憲の作は一首収められている。双調三十八字、前段二十一字三句二平韻、後段十七字三句三平韻で、⑦7⑦/⑤⑦⑤の詞形をとる。

 

 

和學士凝(和凝)              望梅花一首

和凝《望梅花》 季節が変わって、春芽生えて成長した草草が全部萎れ、枯れたのも消えていった。12月も暮れて雪が積もり根雪として残り、進んだ足跡も残っていた。どんなことが起こったとしてもあの楽しい思い出の詰まった洛陽のようなところはどこにもない、ただ、今、耳に聞こえてきた、あの洛陽で聞いていた「横笛曲」にある「梅花落」の曲は何処の娼屋の家で演奏されているのだろうか。

和凝『望梅花』

春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。

越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。

何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛。

(梅花を望む)

春草 全無にして息を消し,臈雪【ろうせつ】猶お蹤跡に餘る。

越嶺 寒枝 香れば自ら拆り,冷豔【れいえん】奇芳 惜しむを堪えん。

何事ぞ壽陽 覓むる處無し 誰が家か「橫笛」の曲を,吹き入るは。

(春が来ることは若賓に年齢を重ねていくのみ、香草もすぐ枯れ凋み、その上に足跡残してゆく、古楽府の題名を受け継ぎ、梅花が落ち、香草が枯れ、あしあともきえ、笛の音も消えてゆくと悲哀を詠う。)

 人々は、梅の花の散りゆく風景を目にすることで、今年もまた春か巡ってきたことに気づかされる。悪人にとって春は決して喜ばしい季節ではない。春かただ。同性のものを言うのでなく、幾度となく巡りくるものを言うのであれば、それはただ自分が「撫しみを燧すを得」ることのできない状態のままいたずらに、また若賓に年齢を重ねていくのみであることを象徴するものである。

10和凝 (改)《巻六24望梅花一首  》『花間集』275全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6647

 

孫少監光憲           望梅花一首

望梅花

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

 

(望梅花)

数枝 開きて 與【とも】に 短牆と平らかに、雪萼 紅鮒 相い映ゆるを見、引き起こさん 誰人の辺塞の情を。

簾外 三更ならんと欲し、離愁を吹断して 月 正に明らかに、空しく聴く 江を隔つるの声を。

紅梅003
 

『望梅花』 現代語訳と訳註

(本文)

望梅花

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

 

(下し文)

(望梅花)

数枝 開きて 與【とも】に 短牆と平らかに、雪萼 紅鮒 相い映ゆるを見、引き起こさん 誰人の辺塞の情を。

簾外 三更ならんと欲し、離愁を吹断して 月 正に明らかに、空しく聴く 江を隔つるの声を。

 

海棠花05
 

(現代語訳)

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

 

(訳注)

望梅花

(土塀が月明かりで雪の台の様にみえ その高さに咲く紅白梅の花により、遠くにいるあの人を思い、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲であの人を思うと詠う。)寵愛を失うことを、梅が落ち、辺境の夫、笛の音、・・・・で表現するもの。

【解説】前段第二句の「見雪萼紅跗相映」雪の花台の上に紅梅の花がさいていれば、誰だって辺塞への思いを誘うだろう」という。雪は北方の辺境をおもわせる。後段、川の彼方から聞こえて来る笛の音は、「梅花落」の曲である。冬に蕾を膨らませ、霜の中に花を咲かせる、梅を思う詩である。和凝の詩と同じ横笛の曲辞である。橫笛:漢代の「横笛曲」にある「梅花落」という笛曲。中国古代音楽於いての楽器は、竪箜篌・琵琶・五絃・笙・橫笛・簫・篳篥・羯鼓・. 腰鼓・荅臘などがある。

 

『花間集』には二首所収。孫光憲の作は一首収められている。双調三十八字、前段二十一字三句二平韻、後段十七字三句三平韻で、⑦7⑦/⑤⑦⑤の詞形をとる。

數枝開與短牆。見雪萼、紅跗相映。引起離人邊塞

簾外欲三。吹斷離愁月正。空聽隔江

●○○△●○○  ●●● ○△△●  ●●△○○●○

○●●△△  △●△○●△○ △△●○○

 

數枝開與短牆平,見雪萼紅跗相映,引起誰人邊塞情。

低き土塀と肩並べるようにして梅の枝に花が開いている。月の光が照り映えると雪の花台にと紅の梅花がさいてうつくしい。この霜の中で咲く梅の花を見ると誰だって北方の国境警備にいっているあのひとへの思いにかられるものである。

雪萼紅跗 雪のように白い萼と紅の花のうてな。ここでは、雪のように白い花びらと紅の花房とを指す。萼【うてな】1 四方を眺めるために建てられた高い建物。高殿(たかどの)。2 極楽に往生した者の座る蓮(はす)の花の形をした台。蓮台(れんだい)。3 (「萼」とも書く)花の萼(がく)。4 眺望をよくするために、土を積んで高くした所。〈和名抄〉

短牆平 低い土塀というのは、後宮の九重の城郭の中の御殿を仕切る牆であろう。

 

簾外欲三更,吹斷離愁月正明,空聽隔江聲。

閨で眠れぬままに過ごしていると簾の外には、真夜中を知らせる漏刻が聴こえてきはじめた、するとあの人を送り出す前に一緒に聞いていた横笛曲の「梅花落」音に我に戻ってみると愁いは消え、月の光はまさに明るく庭を照らしている、河を隔てた向こう岸の彼方より流れ来る横笛の調べに空しく聴き入るだけなのだ。

欲三更 間もなく夜半になる。欲は今にも〜しそうだ、の意。三更は真夜中。「更漏子」・三更雨  夜を五更に分けた第三の時刻をいう。十二時から二時ごろまでの真夜半。

溫庭筠『更漏子』 ()  

玉爐香、紅蝋涙。偏照畫堂秋思。

眉翠薄、鬢雲殘。夜長衾枕寒。

梧桐樹。三更雨。不道離情正苦。

一葉葉、一聲聲。空階滴到明。

『更漏子 六』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-20-2-#6 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1696

吹断離愁 辺塞にいる夫は角笛により故郷のことを思っているだろう、芸妓は横吹曲の「梅花落」をきいては北域や西域の辺境にいる夫を思う。

花落 横吹曲辞·梅花落 

  盧照鄰「横吹曲」、『梅花落』が奏されていた。

盧照鄰(641680)河北(范陽)の人。初唐の四傑の一人。

梅花落

梅院花初発、天山雪未開。

雪処疑花満、花辺似雪廻。

因風入舞袖、雑紛向牀台。

匈奴幾万里、春至不知来。

梅院の花が初めて発くも、天山の雪は未まだ開かず

雪ふる処は花満つるかと疑い、花辺は雪の廻るに似たり

風に因りて舞袖に入り、紛に雑じりて牀台に向う

匈奴 幾万里、春至るも来たるを知らず

《燕歌行》(七言); 江總

楊柳條青樓上輕,梅花色白雪中明。

横笛短簫淒復切,誰知柏梁聲不 

《班捷伃詠扇》;江淹

紈扇如團月,出自機中素。畫作秦王女,乘鸞向煙霧。

彩色世所重,雖新不代故。竊愁涼風至,吹我玉階樹。

君子恩未畢,零落在中路。

○涼風 秋風。梁の江淹(444505年)の班?妤の詠扇に擬古詩に「窃かに愁う涼風の至り、我が玉階の樹に吹くことを。」とあるのをふまえる。班礎好は漢の成帝劉?(紀元前五紀元七年)の宮妓、趙飛燕に寵を奪われて怨歌行を作った。それに「常に恐る秋節の至るを。」という句が含まれている。

○西頭 後宮の西辺。西は閨を示す。寵愛に秋風ということだ。頭はあたり。

 

 

 

 

望梅花

唐教坊曲名。《梅苑》詞作《望梅花令》。

 

單調三十八字,六句六仄韻

和凝

春草全無消。臘雪猶餘蹤。越嶺寒枝香自

冷豔奇芳堪。何事壽陽無處。吹入誰家橫

○●○○○●  ●●△○○● ●●○○○●△

△●○○○● △●●○○●●  △●○○△●

 

雙調三十八字,前段三句兩平韻,後段三句三平韻

孫光憲

數枝開與短牆。見雪萼、紅跗相映。引起離人邊塞

簾外欲三。吹斷離愁月正。空聽隔江

●○○△●○○  ●●● ○△△●  ●●△○○●○

○●●△△  △●△○●△○ △△●○○

此詞用平韻,亦無他首可校。

 

 

以下三體字句迥異,但調名相同,故類列於後。

又一體 雙調七十字,前後段各六句六仄韻

 

蒲宗孟

寒梅堪羨。堪羨輕苞初展。被天人、制巧妝素豔。

○○● ○○● ●○○ ●●○●●

群芳皆賤。碎剪月華千萬片。綴向瓊枝欲遍。

○○○● ◎●●○○●● ●●○○●● 

小庭幽院。雪月相交無辨。影玲瓏、何處臨溪見。

●○○● ●●○○● ●○○ ○●○○● 

謝家新宴。別有清香風際轉。縹緲著人頭面。

●○○● ◎●○○○●● ●●◎○

 

蒲宗孟二詞,見《梅苑》,較唐詞迥異。

 

又一體 雙調七十二字,前後段各六句四仄韻

 

蒲宗孟

一陽初起。暖力未勝寒氣。堪賞素華長獨秀。

●○○● ●●●○○● ○●●○○●●

不並開紅抽紫。青帝只應憐潔白。不使雷同眾卉。

●●○○○● ○●●○○●● ●●○○●●

淡然難比。粉蝶豈知芳蕊。夜半捲簾如乍失。

●○○● ●●●○○● ●●●○○●●

只在銀蟾影裏。殘雪枝頭君認取。自有清香旖旎。

●●○○●● ○●○○○●● ●●○○

 

此詞前後段第三、五句,不用韻,與前詞異。

 

又一體 雙調八十二字,前後段各八句五仄韻

 

張雨

何處仙家方丈。渾連水、隔他塵坱。放鶴天空。看雲窗小。

●○○● ○◎ ◎○● ◎●○○ 

萬幅丹青圖障。憑高望。笑掣金鼇。人道是、蓬萊頂上。

◎●● ⊙⊙● ●●○○ ◎◎ ⊙⊙◎●

時問葛陂龍杖。更準備、雪中鶴氅。修月剛。收書東老。

●◎○● ◎◎◎ ●○●● ●○○ ○○

消得百壺春釀。無盡藏。莫傲清閒。怕詔起、山中宰相。

●◎○● ◎● ●●○○ ◎◎◎ ⊙⊙◎●

巻八45 楊柳枝四首其四 12 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》397巻八45 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7249

孫光憲   楊柳枝 四首 其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

巻八45

楊柳枝四首其四

12

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》397巻八45

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7249

 

 

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

(楊柳枝 四首 其の二)

池有り 榭有る 即濛濛とす,浸潤し 飜成して 長しく 養功す。

恰も 人に有る 長しく點檢するに似たり,行に着き 排立するも 春風に向う。

 

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

(王子と呼ばれる高貴なお方の息子が手を付けたきれいな女を棄ててどこかに行く、何にもできず待つだけが女のできることと詠う)

何にも考えず、そぞろ歩くと土手の根元ににごった黄河の水が流れれて東流していくけれど、それなら、王子喬のように一日中、笙を吹いておれば、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り仙人になるかもしれない。

もともと皇子は、しんしんと添え馬を並べて行く馬車に護衛のものを載せて、金帯をつけている生活のお人が、このような世俗を離れ仙人の生活に耐えられるものだろうか、それはそれであっても、そのために、高麗鶯のような女がすてられ、また増えていく、王子喬のように30年後に現われる人を仕返しも何もできないままに待って居よというのだろうか。

(楊柳枝四首其の三)

根柢  濁河を傍にすると雖然も,無妨にして 終日 笙歌を近くす。

驂驂として 金帶 誰か比に堪えん,還た共に 黃鶯 校せざるを多くす。

 

楊柳枝四首其四

(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

(楊柳枝四首其の四)

萬株 枯槁 怨亡隋し,臺を弔ずるに似て 各の自ら垂る。

好是 淮陰 明月の裏,酒樓 橫笛 吹くに勝らず。

 

a謝霊運永嘉ルート02

 

『楊柳枝四首』現代語訳と訳註解説
(
本文)

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

(下し文)
(楊柳枝四首其の四)

萬株 枯槁 怨亡隋し,臺を弔ずるに似て 各の自ら垂る。

好是 淮陰 明月の裏,酒樓 橫笛 吹くに勝らず。

(現代語訳)
楊柳枝四首其四(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。

そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

白貯舞005



(訳注)

楊柳枝四首 其四』 現代語訳と訳註

(栄枯盛衰を思わせ悲しい過去を思い出させる呉台であるが、それより、ここで見る月は素晴らしいし、美人が素晴らしい、今この時を楽しむことが大切と詠う。)

 

楊柳枝四首其四

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花,飛遍江城雪不

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄

○○△●●○○  ○●○○●△○

●●●△△●●  ○○○△●○○

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛,浸潤飜成長養

恰似有人長點檢,着行排立向春

●○●●●△△  △●○○△●○

●●●○△●●  ?△○●●○△

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁,無妨終日近笙

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校

○△○○△●○  ○△○●●○○

○○○●○○△  ○△○○△●○

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡  似弔臺各
好是淮陰明月裏  酒樓橫笛不勝

●○○●△○△  ●●○○●●○

●●○○○●●  ●○△●△△△

 

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

沢山の切り株があり、のこっているのも枯れ木ばかりで怨み、そこからいなくなり、そして堕ちてゆく。昔は呉の国の政治の中心であったものが滅んだのでとむらいをすることのようであり、ここに来たそれぞれのものは自然に首を垂れるのである。

18 槁() かわく、枯れた,(しぼ)んだ枯槁同前.『荘子、齊物論』「槁木死灰。」(枯れ木と冷えた灰)すべてに無感動無関心である.

呉王夫差は国庫の金をつぎ込んで西施のために次々と庭園や離宮を作った。西施のための贅沢な庭園・館娃宮、は春には花が咲き乱れ、夏は冷たい井戸水で水浴びをし、秋には紅葉が目を楽しませ、冬は洞で暖を取る。西施が訪れるたびに大規模な響宴や歌舞が催されます。それを想像させる。

19 隋 祭りの肉の余り。おちる。おこたる。

20 弔 とむらう人の死をいたんで悔やみを述べる。とむらう。「弔意・弔歌・弔客・弔辞・弔電・弔砲・弔問/敬弔・慶弔」

 

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹

そんなことよりここ淮陰の呉の国でよいことは仲秋の名月が素晴らしいということ、そこにいる楊柳を折って旅立つ人の安全を願った美人が素晴らしいということだ。こんな美人の入る高楼で酒を酌み交わし呉越の「横笛曲」を吹き鳴らすのに勝るものが他にあろうか。

21 好是 ここにあるものこそ素晴らしい良いものだ。

22 淮陰 淮陰の股くぐり男、.韓信。秦代に設置される。南北朝時代になると東魏により懐恩県(または淮恩県)と改称され淮陰郡の郡治とされた。その後北周により寿張県、583年(開皇3年)には淮陰県と改称されたが、大業初年に山陽県に編入された。

667年(乾封2年)、唐朝は再び淮陰県を設置、1273年(咸淳9年)には淮陰県より清河県が分置され、清河軍の軍治とされた。1283年(至元20年)、元朝により淮陰県は廃止され山陽県に編入されている。

23 横笛 漢代の「横笛曲」にある「梅花落」という笛曲。中国古代音楽於いての楽器は、胡琴、古筝、三弦、竪箜篌・琵琶・五絃・笙・橫笛・簫・篳篥・羯鼓・. 腰鼓・荅臘などによる楽器演奏がある。

和凝『望梅花』

春草全無消息,臈雪猶餘蹤跡。

越嶺寒枝香自拆,冷豔奇芳堪惜。

何事壽陽無處覓,吹入誰家橫笛

(梅花を望む)

春草 全無にして息を消し,臈雪【ろうせつ】猶お蹤跡に餘る。

越嶺 寒枝 香れば自ら拆り,冷豔【れいえん】奇芳 惜しむを堪えん。

何事ぞ壽陽 覓むる處無し 誰が家か「橫笛」の曲を,吹き入るは。

 

楊柳枝四首 【字解】

 

楊柳詞

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

 

1 閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。』

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。』

2 水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

3 凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。

4 榭 榭とは、屋根のあるうてな、あずまや()、水榭、水ぎわの亭(チン)

5 濛濛 1 霧・煙・ほこりなどが立ちこめるさま。「―と砂ぼこりをまき上げる」2 心がぼんやりとしているさま。「木の本に―としてぞ立たりける」

6 飜成 ひっくり返ったり元に戻ったりする。

7 恰 [訓]あたかもちょうど。あたかも。「恰好(かっこう)」◇「恰好(かっこう)」「恰幅(かっぷく)」の「恰」の末尾促音は、「コウ(カフ)」の入声(にっしょう)pの変化したもの。

8 點檢 スル 一つ一つ検査すること。くわしく調べること。 「エンジンを-する」 「人数を-する」 「点検」に似た言葉»。檢〔検〕[音]ケン[訓]しらべる[学習漢字]51 取り調べる。「検閲・検査・検察・検死・検出・検証・検診・検定・検討/実検・点検・剖検」2 とりしまる。「検束」3 検査。

9 排立 二つのものを比べ、一方を排し、他方を立てること。排するとは、1 押しのける。しりぞける。排斥する。「万難を―・して進む」「反対勢力を―・する」2 並べる。排列する。「漢字を画数順に―・する」3 押し開く。

10 根柢 物事や考え方を成り立たせる土台になっているもの。基礎。根本。

11 雖然 にもかかわらず (雖然…但是…,儘管、卻…) N(である)+にもかかわらず な形+なの / な形である +にもかかわらず 普通体+にもかかわらず.

12 濁河 黄河のこと。《西漢會要/65》「夫齊,東有琅邪、即墨之饒,南有泰山之固,西有濁河之限,北有勃海之利。」斉には東に琅邪・即墨の豊穣があり、 南に泰山の堅固があり、西に濁河(黄河)の限界があり、北に渤海の便宜がある。

13 無妨 妨げるものはない。やりたい放題。

14 終日近笙歌 周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋、王子喬の故事。

鳳吹笙曲【鳳笙篇送別】

仙人十五愛吹笙,學得崑丘彩鳳鳴。始聞鍊氣餐金液,復道朝天赴玉京。

玉京迢迢幾千里,鳳笙去去無窮已。欲歎離聲發絳脣,更嗟別調流纖指。

此時惜別詎堪聞,此地相看未忍分。重吟真曲和清吹,卻奏仙歌響綠雲。

綠雲紫氣向函關,訪道應尋緱氏山。莫學吹笙王子晉,一遇浮丘斷不還。

○笙歌《古くは「しょうが」》笙に合わせて歌うこと。また、その歌。せいか。吹笙伴歌。「綵雲蕭史駐,文字魯恭留。」蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。『玉臺観二首其一』にものべる。

「人傳有笙鶴,時過此山頭。」 このあたりの人は王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。

鶴に乗って昇天したといわれる神仙で、周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋のこと。王喬ともいう。伝説によると、王子喬は若くから才能豊かで、笙を吹いては鳳凰が鳴くような音を出すことができた。伊水、洛水(河南省洛陽南部)あたりを巡り歩いていたとき、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り、帰らなくなった。それから30年以上後、友人の桓良が山上で王子喬を探していると、ふいに本人が現れ、「7月7日に緱氏山(こうしざん)の頂上で待つように家族に伝えてくれ」といった。 その日、家族がいわれたとおり山に登ると、王子喬が白鶴に乗って山上に舞い降りた。だが、山が険しく家族は近づくことができなかった。と、王子喬は手を上げて家族に挨拶し、数日後白鶴に乗って飛び去ったという。 そこで、人々は緱氏山の麓や嵩山の山頂に祠を建てて、王子喬を祀ったといわれている。

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236-#2 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#2Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#2> Ⅰ李白詩1482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5958

291 《巻四06鳳吹笙曲【鳳笙篇送別】》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <291> Ⅰ李白詩1579 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6443

201《巻五 34少年行》「少年游俠好經過、渾身裝束皆綺羅。 蕙蘭相隨喧妓女、風光去處滿笙歌。」638《巻十九游泰山六首其六》「仙人游碧峰、處處笙歌發。 寂靜清暉、玉真連翠微。(仙人 碧峰に遊び,處處に 笙歌發す。寂靜 清暉をみ,玉真 翠微に連る。)」890《巻二十四01題隨州紫陽先生壁》忽耽笙歌樂。 頗失軒冕情。 終愿惠金液。 提攜凌太清。

李白318-#1 《巻十九12遊泰山,六首之六【案:天寶元年四月,從故御道上泰山。】》318-#1Index-22 Ⅲ―1 742年天寶元42 18首 <李白318-#1> Ⅰ李白詩1630 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6698

○驂驂 添え馬を並べて行く馬車。驂は、三頭立ての馬車。富貴の者の護衛に同車するもの。

古代在車旁駕車的兩匹馬。詩經.鄭風.大叔于田:「 執轡如組,兩驂如舞。」楚辭.屈原.九歌.國殤:「 凌余陣兮躐余行,左驂殪兮右刃傷。

15 金帶 的腰。古代帝王、后妃、文武百官所服腰

16 黃鶯 コウライウグイスの別名。

17 不校 仕返しをしない。孔子《論語·泰伯》:“ 曾子日、以能問於不能、以多問於寡、有若無、実若虚、犯而不校。昔者吾友、嘗従事於斯矣。” 曾子日く、能を以て不能に問い、多を以て寡に問い、有れども無きが若く、実つれども虚しきが若くし、犯さるるも校せず。昔者吾が友、嘗て斯に従事せり。

  曾子が言いました。「才能があるにも拘らず、才能のない人の意見も聞き、知識が豊富であるにも拘らず知識の少ない人の意見も聞く。能力が有るにも拘らず無いかのように振舞い、人徳が充実しているにも拘らず、空虚であるように振舞う。又、他人から嫌なことをされても仕返しをすることが無い。昔、私の旧友はこのように努めていました」

巻八43 楊柳枝四首其三 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》396巻八44 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7244

孫少監光憲  楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

(王子と呼ばれる高貴なお方の息子が手を付けたきれいな女を棄ててどこかに行く、何にもできず待つだけが女のできることと詠う)

何にも考えず、そぞろ歩くと土手の根元ににごった黄河の水が流れれて東流していくけれど、それなら、王子喬のように一日中、笙を吹いておれば、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り仙人になるかもしれない。もともと皇子は、しんしんと添え馬を並べて行く馬車に護衛のものを載せて、金帯をつけている生活のお人が、このような世俗を離れ仙人の生活に耐えられるものだろうか、それはそれであっても、そのために、高麗鶯のような女がすてられ、また増えていく、王子喬のように30年後に現われる人を仕返しも何もできないままに待って居よというのだろうか。

 

巻八43

楊柳枝四首其三

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》396巻八44

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楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

(楊柳枝 四首 其の二)

池有り 榭有る 即濛濛とす,浸潤し 飜成して 長しく 養功す。

恰も 人に有る 長しく點檢するに似たり,行に着き 排立するも 春風に向う。

 

楊柳枝四首其三

(王子と呼ばれる高貴なお方の息子が手を付けたきれいな女を棄ててどこかに行く、何にもできず待つだけが女のできることと詠う)

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

何にも考えず、そぞろ歩くと土手の根元ににごった黄河の水が流れれて東流していくけれど、それなら、王子喬のように一日中、笙を吹いておれば、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り仙人になるかもしれない。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

もともと皇子は、しんしんと添え馬を並べて行く馬車に護衛のものを載せて、金帯をつけている生活のお人が、このような世俗を離れ仙人の生活に耐えられるものだろうか、それはそれであっても、そのために、高麗鶯のような女がすてられ、また増えていく、王子喬のように30年後に現われる人を仕返しも何もできないままに待って居よというのだろうか。

(楊柳枝四首其の三)

根柢  濁河を傍にすると雖然も,無妨にして 終日 笙歌を近くす。

驂驂として 金帶 誰か比に堪えん,還た共に 黃鶯 校せざるを多くす。

 

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

 

西湖十景 曲院風荷02
華山000
 

『楊柳枝四首』其三  現代語訳と訳註解説
(
本文)

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

(下し文)
(楊柳枝四首其の三)

根柢  濁河を傍にすると雖然も,無妨にして 終日 笙歌を近くす。

驂驂として 金帶 誰か比に堪えん,還た共に 黃鶯 校せざるを多くす。


(現代語訳)
楊柳枝四首其三(王子と呼ばれる高貴なお方の息子が手を付けたきれいな女を棄ててどこかに行く、何にもできず待つだけが女のできることと詠う)

何にも考えず、そぞろ歩くと土手の根元ににごった黄河の水が流れれて東流していくけれど、それなら、王子喬のように一日中、笙を吹いておれば、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り仙人になるかもしれない。

もともと皇子は、しんしんと添え馬を並べて行く馬車に護衛のものを載せて、金帯をつけている生活のお人が、このような世俗を離れ仙人の生活に耐えられるものだろうか、それはそれであっても、そのために、高麗鶯のような女がすてられ、また増えていく、王子喬のように30年後に現われる人を仕返しも何もできないままに待って居よというのだろうか。


(訳注)

楊柳枝四首其三

(王子と呼ばれる高貴なお方の息子が手を付けたきれいな女を棄ててどこかに行く、何にもできず待つだけが女のできることと詠う)

貴公子は、好き勝手に遊びほうけていて、女を作っては棄ててゆく、女は、何もすることができずにただ待つだけである。ただ待つというのは、終日笙の笛を吹き、歌っていた王子喬は士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り、帰らなくなった。それから30年以上後、友人の桓良が山上で王子喬を探していると、ふいに本人が現れ、「7月7日に緱氏山(こうしざん)の頂上で待つように家族に伝えてくれ」といった。 その日、家族がいわれたとおり山に登ると、王子喬が白鶴に乗って山上に舞い降りた。というのとおなじではないか。

 

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花,飛遍江城雪不

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄

○○△●●○○  ○●○○●△○

●●●△△●●  ○○○△●○○

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛,浸潤飜成長養

恰似有人長點檢,着行排立向春

●○●●●△△  △●○○△●○

●●●○△●●  ?△○●●○△

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁,無妨終日近笙

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校

○△○○△●○  ○△○●●○○

○○○●○○△  ○△○○△●○

大明宮の圖003
 

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

何にも考えず、そぞろ歩くと土手の根元ににごった黄河の水が流れれて東流していくけれど、それなら、王子喬のように一日中、笙を吹いておれば、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り仙人になるかもしれない。

10 根柢 物事や考え方を成り立たせる土台になっているもの。基礎。根本。

11 雖然 にもかかわらず (雖然…但是…,儘管、卻…) N(である)+にもかかわらず な形+なの / な形である +にもかかわらず 普通体+にもかかわらず.

12 濁河 黄河のこと。《西漢會要/65》「夫齊,東有琅邪、即墨之饒,南有泰山之固,西有濁河之限,北有勃海之利。」斉には東に琅邪・即墨の豊穣があり、 南に泰山の堅固があり、西に濁河(黄河)の限界があり、北に渤海の便宜がある。

13 無妨 妨げるものはない。やりたい放題。

14 終日近笙歌 周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋、王子喬の故事。

鳳吹笙曲【鳳笙篇送別】

仙人十五愛吹笙,學得崑丘彩鳳鳴。始聞鍊氣餐金液,復道朝天赴玉京。

玉京迢迢幾千里,鳳笙去去無窮已。欲歎離聲發絳脣,更嗟別調流纖指。

此時惜別詎堪聞,此地相看未忍分。重吟真曲和清吹,卻奏仙歌響綠雲。

綠雲紫氣向函關,訪道應尋緱氏山。莫學吹笙王子晉,一遇浮丘斷不還。

○笙歌《古くは「しょうが」》笙に合わせて歌うこと。また、その歌。せいか。吹笙伴歌。「綵雲蕭史駐,文字魯恭留。」蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。『玉臺観二首其一』にものべる。

「人傳有笙鶴,時過此山頭。」 このあたりの人は王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。

鶴に乗って昇天したといわれる神仙で、周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋のこと。王喬ともいう。伝説によると、王子喬は若くから才能豊かで、笙を吹いては鳳凰が鳴くような音を出すことができた。伊水、洛水(河南省洛陽南部)あたりを巡り歩いていたとき、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入り、帰らなくなった。それから30年以上後、友人の桓良が山上で王子喬を探していると、ふいに本人が現れ、「7月7日に緱氏山(こうしざん)の頂上で待つように家族に伝えてくれ」といった。 その日、家族がいわれたとおり山に登ると、王子喬が白鶴に乗って山上に舞い降りた。だが、山が険しく家族は近づくことができなかった。と、王子喬は手を上げて家族に挨拶し、数日後白鶴に乗って飛び去ったという。 そこで、人々は緱氏山の麓や嵩山の山頂に祠を建てて、王子喬を祀ったといわれている。

Index-21 #1 《古風五十九首之七》Index-21Ⅲ― 1-742年天寶元年42歳 <Index-21 #1> Ⅰ李白詩1153 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4313

236-#2 《巻12-7 秋夜宿龍門香山寺,奉寄王方城十七丈、奉國瑩上人、從弟幼成令問 -#2Index-16 Ⅱ―11-736年開元二十四年36歳 <236-#2> Ⅰ李白詩1482 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5958

291 《巻四06鳳吹笙曲【鳳笙篇送別】》Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <291> Ⅰ李白詩1579 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6443

201《巻五 34少年行》「少年游俠好經過、渾身裝束皆綺羅。 蕙蘭相隨喧妓女、風光去處滿笙歌。」638《巻十九游泰山六首其六》「仙人游碧峰、處處笙歌發。 寂靜清暉、玉真連翠微。(仙人 碧峰に遊び,處處に 笙歌發す。寂靜 清暉をみ,玉真 翠微に連る。)」890《巻二十四01題隨州紫陽先生壁》忽耽笙歌樂。 頗失軒冕情。 終愿惠金液。 提攜凌太清。

李白318-#1 《巻十九12遊泰山,六首之六【案:天寶元年四月,從故御道上泰山。】》318-#1Index-22 Ⅲ―1 742年天寶元年42 18首 <李白318-#1> Ⅰ李白詩1630 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6698

 

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

もともと皇子は、しんしんと添え馬を並べて行く馬車に護衛のものを載せて、金帯をつけている生活のお人が、このような世俗を離れ仙人の生活に耐えられるものだろうか、それはそれであっても、そのために、高麗鶯のような女がすてられ、また増えていく、王子喬のように30年後に現われる人を仕返しも何もできないままに待って居よというのだろうか。

○驂驂 添え馬を並べて行く馬車。驂は、三頭立ての馬車。富貴の者の護衛に同車するもの。

古代在車旁駕車的兩匹馬。詩經.鄭風.大叔于田:「 執轡如組,兩驂如舞。」楚辭.屈原.九歌.國殤:「 凌余陣兮躐余行,左驂殪兮右刃傷。

15 金帶 的腰。古代帝王、后妃、文武百官所服腰

16 黃鶯 コウライウグイスの別名。

17 不校 仕返しをしない。孔子《論語·泰伯》:“ 曾子日、以能問於不能、以多問於寡、有若無、実若虚、犯而不校。昔者吾友、嘗従事於斯矣。” 曾子日く、能を以て不能に問い、多を以て寡に問い、有れども無きが若く、実つれども虚しきが若くし、犯さるるも校せず。昔者吾が友、嘗て斯に従事せり。

  曾子が言いました。「才能があるにも拘らず、才能のない人の意見も聞き、知識が豊富であるにも拘らず知識の少ない人の意見も聞く。能力が有るにも拘らず無いかのように振舞い、人徳が充実しているにも拘らず、空虚であるように振舞う。又、他人から嫌なことをされても仕返しをすることが無い。昔、私の旧友はこのように努めていました」と。

 

 

楊柳枝四首 【字解】

 

楊柳詞

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

 

1 閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。』

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。』

2 水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

3 凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。

4 榭 榭とは、屋根のあるうてな、あずまや()、水榭、水ぎわの亭(チン)

5 濛濛 1 霧・煙・ほこりなどが立ちこめるさま。「―と砂ぼこりをまき上げる」2 心がぼんやりとしているさま。「木の本に―としてぞ立たりける」

6 飜成 ひっくり返ったり元に戻ったりする。

7 恰 [訓]あたかもちょうど。あたかも。「恰好(かっこう)」◇「恰好(かっこう)」「恰幅(かっぷく)」の「恰」の末尾促音は、「コウ(カフ)」の入声(にっしょう)pの変化したもの。

8 點檢 スル 一つ一つ検査すること。くわしく調べること。 「エンジンを-する」 「人数を-する」 「点検」に似た言葉»。檢〔検〕[音]ケン[訓]しらべる[学習漢字]51 取り調べる。「検閲・検査・検察・検死・検出・検証・検診・検定・検討/実検・点検・剖検」2 とりしまる。「検束」3 検査。

9 排立 二つのものを比べ、一方を排し、他方を立てること。排するとは、1 押しのける。しりぞける。排斥する。「万難を―・して進む」「反対勢力を―・する」2 並べる。排列する。「漢字を画数順に―・する」3 押し開く。

巻八43 楊柳枝四首其二 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》395巻八43 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7239

孫少監光憲  楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

巻八43

楊柳枝四首其二

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》395巻八43

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7239

 

 
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楊柳枝四首其一

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

楊柳枝四首其二

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

(楊柳枝 四首 其の二)

池有り 榭有る 即濛濛とす,浸潤し 飜成して 長しく 養功す。

恰も 人に有る 長しく點檢するに似たり,行に着き 排立するも 春風に向う。

 

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

 

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

 

隋堤01
 

『楊柳枝四首』 現代語訳と訳註

(本文)

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

 

(下し文)

(楊柳枝 四首 其の二)

池有り 榭有る 即濛濛とす,浸潤し 飜成して 長しく 養功す。

恰も 人に有る 長しく點檢するに似たり,行に着き 排立するも 春風に向う。

 

 

(現代語訳)

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。


柳絮01
 

(訳注)

楊柳枝四首其二

(離宮の大池のほとりのあずまやに一人妃嬪が佇むが、春が来れば行楽に向かいたいと思うものである。万物春が来ればみんなそうなのだと詠う。)

人日の剪彩

陰暦の正月七日は「入日」 である。この日、宮中でも民間でも、女性は美しい色彩の絹布をとりだして、花、葉、鳥などの図案をはさみで切り抜く。「閏婦は刀を持して坐し、自ら憐む 裁ちて新しきを乗るを。葉は催して情は色を綴り、花は寄せて手は春を成す。燕(燕の模様の努紙)は帖めて敷戸に留め、鶏(鶏の模様の努紙)は謝りて餉う人を待つ。撃ち来って夫婿に問う、何処ぞ真の如からざらん」(徐延寿「人日華麻」)。上手にできれば、それを木に飾ることもあれば、それを空に飛び散らせる人もあった。こうした勢彩は主に節句のめでたさを盛り上げるために行ったのであろうが、また女性たちはこの機会を借りて自分の器用さを人に誇ったのである。

* 人日は一月一日から六日まで各種家畜の成育を占い、七日が人、八日が穀物の占い口であった。これは年頭に豊凶、吉凶を占う習俗であり、古代日本にも伝わった。

 

蕩鞦韆(ぶらんこ漕ぎ)】

この女性の遊びは、毎年、寒食(清明節の前二日の節句)と清明節(冬至から一〇六日目、春の到来を祝う)前後に行われた。「天宝年間、宮中では寒食節に至ると、鍬極を作って宮婦たちを乗せて宴楽とした。これを〝半仙の戯〞(半分仙人気分となる遊び)とよんだ」(『開元天宝遺事』巻下)。民間の女性もぶらんこをして遊んだ。唐詩に、「少年と児女は鍬確を重んじ、巾を盤け帯を結んで両辺に分かつ。身は軽く裾薄く 力を生じ易し、双手は空に向き 鳥の翼の如し。下り来り立ち定まりて 重ねて衣を繋ぎ、復た斜めの風の 高きを得ざらしむるを畏る。傍人 上に送る 那ぞ貴ぶに足らん、終に鳴環を賭け 聞いて自ら起つ。回り回って高樹と斉しかるが若く、頭上の宝欽 従って地に堕つ」(王建「鞭極詞」)。また別の詩に、「五糸もて縄を繋ぎ 塔を出ること遅く、力尽き綾かに隣りと隣の圃を見る。下り来って矯く喘ぎ末だ調うる能わず、斜めに朱関に借りて久しく語無し」(韓健「鞭樗」)とある。これらの詩からみると、少女たちはぶらんこが大好きで大いに勝負を争い、時にアクセサリーまで賭けて、誰が最も高く揚がるか競った。

【闘百草(百草を闘わす遊び)

草花を採ってその優劣を競う遊びで、端午の節句の前後、百草の生い茂る頃に行われた。「帰り来って小姑に見え、新たに放って百草を弄しむ」(劉駕「桑婦」)、「閑来に百草を闘わし、日を度るも敗を成さず」(雀顛「王家少婦」)などと詩に詠われでいる。これは主に少女たちの遊びであろう。

中宗の時代、安楽公主は五月五日の「聞百草」 の時、出し物を豊富にするために、わざわざ人を南海のある寺院まで派遣して、南朝宋の謝霊運が臨終の時に寺に寄進した美害(ほほひげ)を取り寄せて、百草遊びの賭け物とした(『隋唐裏話』巻下)。この「闘百草」という遊びは、恐らく草の品種で勝ち放けを競ったものと思う。それで安楽公主は、謝霊運のほほひげを草の一種のように装って賭け草にするという、奥の手を考えついたのであろう。

 

【端午の節句】に、宮中の女性たちは団子を作り、それを小さな弓で射る遊びもした。「粉団で角黍を造り、金盤の中に貯く。小さな角で弓子を造るが、うっとりするほど繊細巧妙である。箭を架えて盤中の粉団めがけて射かけ、当たれば食べでもよいが、粉団は滑威して射ぬくのは難しい」(『開元天宝達事』巻上)。この遊びは宮中だけで行われたらしく民間には普及しなかった。

 

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花,飛遍江城雪不

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄

○○△●●○○  ○●○○●△○

●●●△△●●  ○○○△●○○

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛,浸潤飜成長養

恰似有人長點檢,着行排立向春

●○●●●△△  △●○○△●○

●●●○△●●  ?△○●●○△

 

 

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

離宮には大池があり、ほとりに四阿があるが、霧に包まれれば何が何だか分からなくなるし、水につかったり、ずぶぬれになったり、あるいはひっくり返ったり起き上がったり、そうやって長く生物は養われ、育っていくのである。

4 榭 榭とは、屋根のあるうてな、あずまや()、水榭、水ぎわの亭(チン)

5 濛濛 1 霧・煙・ほこりなどが立ちこめるさま。「―と砂ぼこりをまき上げる」2 心がぼんやりとしているさま。「木の本に―としてぞ立たりける」

6 飜成 ひっくり返ったり元に戻ったりする。

 

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

それは人間の生きていくこと、後宮の妃賓の有様にも似ているものであり、詳しく調べるとそんなものである、旅から戻ってきたり、旅に出ようとするし、一方を排し、他方を立てること、逢うも別れもあるものだし、愛されれていても、捨てられることもあるが、春風が吹いてくれば、万物の成長、行楽への思いは春風に向っての思うものである。

7 恰 [訓]あたかもちょうど。あたかも。「恰好(かっこう)」◇「恰好(かっこう)」「恰幅(かっぷく)」の「恰」の末尾促音は、「コウ(カフ)」の入声(にっしょう)pの変化したもの。

8 點檢 スル 一つ一つ検査すること。くわしく調べること。 「エンジンを-する」 「人数を-する」 「点検」に似た言葉»。檢〔検〕[音]ケン[訓]しらべる[学習漢字]51 取り調べる。「検閲・検査・検察・検死・検出・検証・検診・検定・検討/実検・点検・剖検」2 とりしまる。「検束」3 検査。

9 排立 二つのものを比べ、一方を排し、他方を立てること。排するとは、1 押しのける。しりぞける。排斥する。「万難を―・して進む」「反対勢力を―・する」2 並べる。排列する。「漢字を画数順に―・する」3 押し開く。

 

 

 

 

楊柳枝四首 【字解】

 

楊柳詞

漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

 

1 閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。』

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。』

2 水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

3 凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。

巻八42 楊柳枝四首其一 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》394巻八42 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7234

孫光憲  楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

巻八42

楊柳枝四首其一

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》394巻八42

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7234

 

 

 
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韓愈128 巻01-13 南山詩 #4(11~14) 806年貞元22年 39歳-(1)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7231  
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  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、そのことを宣言した詞。詩の形式は七言絶句体であるが、白居易が新たな曲調を附けたもの。柳を詠い込む唐の都・洛陽の民歌として作っている。やがて、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句体の填詞は、填詞の発展といった系統樹でみれば幾つかある根の一になる。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なる。また、曲調も当然ながら異なりあっている。これら『採蓮子』『陽関曲』『浪淘沙(二十八字体)』『八拍蠻』『江南春』『阿那曲』『欸乃曲』『水調歌』『清平調』の平仄上の差異についてはこちら。七言絶句体で、七言絶句とされないものに『竹枝詞』がある。

『楊柳枝』と前出『竹枝詞』との違いを強調してみれば、前者『楊柳枝』は、都・洛陽の民歌となるだけに優雅である。それに対して『竹枝詞』は、表現が直截である。巴渝(現・四川東部)の人情、風土を歌ったもので、鄙びた風情とともに露骨な情愛を謡っていることである。相似点は、どちらも典故や格調を気にせず、近体七言絶句よりも気楽に作られていることである。

 

楊柳枝詞八首 (白居易 唐詩)

1

  六麼水調家家唱,白雪梅花處處吹。

  古歌舊曲君休聽,聽取新翻楊柳枝。

 2

  陶令門前四五樹,亞夫營里百千條。

  何似東都正二月,黄金枝映洛陽橋。

 3

  依依褭褭複青青,句引春風無限情。

  白雪花繁空撲地,綠絲條弱不勝鶯。

 4

  紅板江橋青酒旗,館娃宮暖日斜時。

  可憐雨歇東風定,萬樹千條各自垂。

 5

  蘇州楊柳任君誇,更有錢唐勝館娃。

  若解多情尋小小,綠楊深處是蘇家。

 6

  蘇家小女舊知名,楊柳風前有情。

  剝條盤作銀環樣,卷葉吹爲玉笛聲。

 7

  葉含濃露如啼眼,枝嫋輕風似舞腰。

  小樹不禁攀摺苦,乞君留取兩三條。

 8

  人言柳葉似愁眉,更有愁腸似柳絲。

  柳絲挽斷腸牽斷,彼此應無續得期。

 

花間集 尊前集 『竹枝詞』二十四首           

 作者   (花間集/尊前集)              (初句7字)

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其一         白帝城頭春草生

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其二         山桃紅花滿上頭

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其三         江上春來新雨晴

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其四         日出三竿春霧消

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其五         兩岸山花似雪開

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其六         瞿塘嘈嘈十二灘

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其七         巫峽蒼蒼煙雨時

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其八         城西門前艶預堆

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其九         楊柳靑靑江水平

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其十  楚水巴山江雨多

劉禹錫      尊前集  竹枝詞十一首其十一 山上層層桃李花

白居易      尊前集  竹枝詞四首其一    瞿塘峽口水煙低

白居易      尊前集  竹枝詞四首其二    竹枝苦怨怨何人

白居易      尊前集  竹枝詞四首其三    巴東船舫上巴西

白居易      尊前集  竹枝詞四首其四    江畔誰家唱竹枝

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其一    檳榔花發竹枝鷓

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其二    木棉花盡竹枝茘

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其三    芙蓉並蔕竹枝一

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其四    筵中蝋燭竹枝涙

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其五    斜江風起竹枝動

皇甫松      尊前集  竹枝詞六首其六    山頭桃花竹枝谷

孫光憲      巻八    竹枝二首其一    門前春水竹枝白

孫光憲      巻八    竹枝二首其二    亂繩千結竹枝絆

 

 

 

花間集 教坊曲 『楊柳枝』 二十四首

溫庭筠

巻一30楊柳枝八首其一 宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。正是玉人腸處,一渠春水赤欄橋。

溫庭筠

巻一31楊柳枝八首其二 南牆東御路傍,須知春色柳絲黃。杏花未肯無情思,何事行人最斷腸。

溫庭筠

巻一32楊柳枝八首其三 蘇小門前柳萬條,毿毿金線拂平橋。黃鶯不語東風起,深閉朱門伴舞腰。

溫庭筠

巻一33楊柳枝八首其四 金縷毿毿碧瓦溝,六宮眉黛惹香愁。晚來更帶龍池雨,半拂欄干半入樓。

溫庭筠

巻一34楊柳枝八首其五 館娃宮外鄴城西,遠映征帆近拂堤。繫得王孫歸意切,不同芳草綠萋萋。

溫庭筠

巻一35楊柳枝八首其六 兩兩黃鸝色似金,裊枝啼露動芳音。春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。

溫庭筠

巻一36楊柳枝八首其七 御柳如絲映九重,鳳凰窗映繡芙蓉。景陽樓畔千條路,一面新粧等曉風。

溫庭筠

巻一37楊柳枝八首其八 織錦機邊鶯語頻,停梭垂淚憶征人。塞門三月猶蕭索,縱有垂楊未覺春。

皇甫松

巻二21楊柳枝二首其一 春入行宮映翠微,玄宗侍女舞煙絲。如今柳向空城綠,玉笛何人更把吹。

皇甫松

巻二22楊柳枝二首其二 爛熳春歸水國時,王宮殿柳絲垂。黃鶯長叫空閨畔,西子無因更得知。

牛嶠

巻三46柳枝五首其一 解凍風來末上青,解垂羅袖拜卿卿。無端裊娜臨官路,舞送行人過一生。

牛嶠

巻三47柳枝五首其二 王宮裡色偏深,一簇纖條萬縷金。不憤錢塘蘇小小,引郎松下結同心。

牛嶠

巻三48柳枝五首其三 橋北橋南千萬條,恨伊張緒不相饒。金羈白馬臨風望,認得楊家靜婉腰。

牛嶠

巻三49柳枝五首其四 狂雪隨風撲馬飛,惹煙無力被春欺。莫交移入靈和殿,宮女三千又妬伊。

牛嶠

巻三50柳枝五首其五 裊翠籠煙拂暖波,舞裙新染麴塵羅。章華臺畔隋堤上,傍得春風爾許多。

張泌

巻四47柳枝 膩粉瓊粧透碧紗,雪休誇。金鳳搔頭墮鬢斜,髮交加。倚著雲屏新睡覺,思夢笑。紅腮隱出枕函花,有些些。

和凝

巻六30柳枝三首其一  軟碧瑤煙似送人,映花時把翠蛾嚬。青青自是風流主,慢颭金絲待洛神。

和凝

巻六31柳枝三首其二  瑟瑟羅裙金縷腰,黛眉隈破未重描。醉來咬損新花子,拽住仙郎盡放嬌。

和凝

巻六32柳枝三首其三  鵲橋初就咽銀河,今夜仙郎自姓和。不是昔年攀桂樹,豈能月裏索嫦娥。

顧夐

巻七16楊柳枝 秋夜香閨思寂寥,漏迢迢。鴛幃羅幌麝煙銷,燭光搖。正憶玉郎遊蕩去,無尋處。更聞簾外雨蕭蕭,滴芭蕉。

孫光憲

巻八42楊柳枝四首其一 閶門風暖落花乾,飛遍江城江城雪不寒。獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

孫光憲

巻八43楊柳枝四首其二 有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。恰似有人長點檢,着行排立向春風。

孫光憲

巻八44楊柳枝四首其三 根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

孫光憲

巻八45楊柳枝四首其四 萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

 

 

楊柳枝四首其一

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。

 

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。

 

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

漢洛陽1001
 

 

『楊柳枝四首』 現代語訳と訳註

(本文)

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

 

(下し文)

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。

 

(現代語訳)

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

隋堤002
 

(訳注)

楊柳枝四首其一

(蘇州水陸駅の風景を詠う)

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

 

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるがあっても、寒気に堪えられないほどのものではない(が一人で居るのが耐えられない)

1 閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。』

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。

 

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

一人で居るから夕闇が迫るころになると、水陸駅に入って来る舟を臨む。暇を持て余す人が大勢、同じように紅い欄干に倚りかかって眺めている。

2 水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

3 凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。

巻八41 思越人二首 其二 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》393巻八41 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7229

 孫少監光憲  思越人二首 其二

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、玉人、月明、溪橋、經春、秋風、紅蘭、綠蕙とすべて西施・宮女に関連したもので侘しさ、愁いを詠う。)

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

巻八41

思越人二首 其二

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》392巻八41

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花間集 教坊曲『思越人』四首

張泌

巻四45思越人  鷰雙飛,鶯百囀,越波堤下長橋。鈿花筐金匣,恰舞衣羅薄纖腰。東風澹蕩慵無力,黛眉愁聚春碧。滿地落花無消息,月明腸斷空憶。

孫光憲

巻八40思越人二首其一  古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。翠黛空留千載恨,教人何處相尋。綺羅無復當時事,露花點滴香淚。惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

孫光憲

巻八41思越人二首其二  渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。想像玉人空處所,月明獨上溪橋。經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

鹿虔扆

《巻九18思越人》  翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

 

 

思越人二首 其一

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

 

(越の人を思う 二首 其の一)

古台 平らかに、芳草 遠く、館娃官の外 春 深くす。

翠黛 空しく留む 千載の恨み、人をして何処にか相い尋ねしむ。

綺羅 復た当時の事 無く、露花 香涙を点滴す。

惆悵す 遙天 淥水 横たわり、鴛鴦 対対として飛び起つ。

 

思越人二首 其二

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、玉人、月明、溪橋、經春、秋風、紅蘭、綠蕙とすべて西施・宮女に関連したもので侘しさ、愁いを詠う。)

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。

一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

 

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『思越人二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

思越人二首 其二

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

 

(下し文)

思越人二首 其二

渚の蓮は枯れ,宮の樹は老い,長洲 廢苑 蕭條す。

像を想う 玉人 空處の所,月明く 獨り溪橋を上る。

春を經て 初めて敗る 秋風起つに,紅蘭 綠蕙 死を愁う。

一片 風流 傷心の地,魂銷 目は西子を斷つ 。

 

 

(現代語訳)

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、玉人、月明、溪橋、經春、秋風、紅蘭、綠蕙とすべて西施・宮女に関連したもので侘しさ、愁いを詠う。)

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。

栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。

春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。

風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

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(訳注)

思越人二首 其二

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

 

『花間集』には四首所収。孫光憲の作は二首収められている。思越人は鷓鴣天、思佳客、醉梅花の異名があるが、時代がもう少しあとになるもので無関係である。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻二仄韻、後段二十六字四句四仄韻で、3❸⑥❼⑥/❼❻7❻の詞形をとる。

思越人二首 其一

古臺平,芳艸,館娃宮外春

翠黛空留千載,教人何處相

綺羅無復當時,露花點滴香

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛

●○○  ○●● ●○○●○△

●●△△○●● △○△●△○

●○○●△○● ●○●●○●

○●○○△●● ○○●●○●

思越人二首 其二も双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭

想像玉人空處所,月明獨上溪

經春初敗秋風,紅蘭綠蕙愁

一片風流傷心,魂銷目斷西

●△○  ○●● △○●●○○

●●●○△●● ●○●●○○

△○○●○△● ○○●●○●

●●△○△○● ○○●●○●

 

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

西施が見留められた「採蓮」の蓮は枯れ、館娃宮の樹木は老木となっている。長い砂浜が続き華やかだった庭園も見る人もなく崩れ廃墟となってひっそりとしている。

11 蕭條 ひっそりとしてもの寂しいさま。詠懐を表現する際に使う語。

杜甫『詠懐古跡 其の二

搖落深知宋玉悲,風流儒雅亦吾師。

悵望千秋一灑淚,蕭條異代不同時。

江山故宅空文藻,雲雨荒台豈夢思。

最是楚宮俱泯滅,舟人指點到今疑。

曲江三章 第一章五句

曲江蕭條秋氣高,菱荷枯折隨風濤。

遊子空嗟垂二毛,白石素沙亦相蕩,哀鴻獨叫求其曹。

曲江三章 章五句(1) 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 52 

 

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

栄華を極めた煌びやかに耀く白く艶やかな肌の美しい妃嬪やその頃の容を思い浮かべてみると何処も空しい所ばかりである。夜が訪れて月明かりに照らされた谷間の端を一人で渡ってみる。

12 想像 この自然体が想像から生じたものである。

13 玉人 離宮に侍る白く艶やかな肌の美しい妃嬪。 

溫庭筠《巻一30楊柳枝八首其一》「宜春苑外最長條,閑裊春風伴舞腰。正是玉人腸處,一渠春水赤欄橋。」(宜春【ぎしゅん】苑の外最も條を長くす,閒裊【かんじょう】春風  腰に舞うを伴う。正【まさ】に是【こ】れ 玉人 腸斷の處,一つの渠【きょ】春水 赤闌【せきらん】の橋。)

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠35《巻1-35 楊柳枝八首其六》溫庭筠66首巻一35-35〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5372

 

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始めるのを見ると秋の気配を感じるし、赤く咲いていた蘭の花も、緑の香草も枯れてくることを思うと栄枯盛衰を憂えてしまうのだ。

14 初敗 春を過ぎて順調に成長した芳香草が秋風によってはじめて萎れ、枯れ始める。栄華を誇っていたものが初めて衰退を知る。

15 紅蘭 ベニバナの別称。キク科の越年草、園芸植物、薬用植物。

16 綠蕙 香草のこと。この紅蘭綠蕙は当時華やかだった宮女のことをいう。とりわけ、西施について言うのである。

17 愁死 うれえ悲しんで死ぬこと。

 

一片風流傷心地,魂銷目斷西子

風は片側に吹きわたり、草木が揺れる波を片側に寄せて行くのでなおさら心が痛むこの場所である。西施の魂はもう消えてなくなっているはずなのに、見るものすべてを西施と関連付けてしまうので見るのをやめねばならないのだ。

18 魂銷目斷 目斷魂銷.意気消沈して目を伏せること、あるいは目を閉じること。:目斷:元稹《同州刺史謝上表》「臣自離京國,目斷魂銷。」目の力を竭盡して看望するも到かず,因って心の悲痛をいうものである。多くは別離することが原因して傷心の極みであることを形容するもの

19 西子 西施。本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施→西施と呼ばれるようになった。越王勾践が、呉王夫差に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されたといわれている。策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。

 

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思越人二首【字解】

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

2 古台 姑蘇台。呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた台。

中国江蘇省呉県(現、蘇州市)の南西、姑蘇山上にあった離宮。呉王夫差が越を破って得た美人西施らを住まわせた。(胥台しょだい。)

3 館娃官 呉の宮殿の名。西施の居所。

4 古臺・館娃宮・木涜 姑蘇台と 館娃宮は木涜にある。これは、春秋時代、呉の王が越から貢がれた木材を使って西施のために霊岩山に「館娃宮」を建てさせ、紫石山に姑蘇台を建てさせた際、工事が非常に大規模になって材木を集めるのに3年かかり、水路が木で埋め尽くされたことから「木涜」という地名で呼ばれるようになったという。蘇州市から西に5キロ、太湖に隣接し、霊岩山のふもとに位置す。池が無数にあることから、堤防強化の植樹の柳の緑が目立ち、七句の「橫淥水」という表現につながる。

5 翠黛 眉のような柳の葉、美人の眉。ここでは西施を指す。

6 綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。ここでは西施が美しい衣裳をまとって呉王の寵愛を一身に集めていた当時の栄華を意味する。

7 露花点滴香涙 露の降りた花からは香しい露の滴が滴る。花のように美しい西施が涙を滴らすさまを重ねる。この句の意味には、花間集としてのお遊びの意味が込められ、エロを加えることで、教坊曲を成立させている。

 

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

8 惆悵 嘆き悲しむ。花間集ではは好んで使った語である。

韋莊『浣渓沙』其三

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

浣渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877

『淸平樂』

野花芳草,  寂寞關山道。

柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。

羅帶悔結同心, 獨凭朱欄思深。

夢覺半床斜月, 小窗風觸鳴琴。

淸平樂 () 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-261-5-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2687

『荷葉杯』

記得那年花下。 深夜。

初識謝娘時。

水堂西面畫簾垂。 攜手暗相期。

惆悵曉鶯殘月。 相別。

從此隔音塵。

如今倶是異鄕人。 相見更無因。

荷葉杯 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-258-5-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672

『應天長 之二』韋莊

別来半歳青書絶、一寸離腸千萬結。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

想得此時情切、 涙沾紅袖

小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、

應天長 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-257-5-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2667

『歸國遙』 韋荘

春欲暮、 滿地落花紅帶雨。

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

南望去程何許、問花花不語。

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

歸國遙 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-252-5-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2642

韋荘『菩薩蠻 一』

紅樓別夜堪惆悵。 香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時。美人和涙辭。

琵琶金翠羽。絃上黄鶯語。

勸我早歸家。綠窗人似花。

菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

9 遙天 思いをはせるところが明確でない場合の語句。青空に浮ぶ、遠い白い雲をいい、水の緑とで際立たせる。

10 橫淥水 渓谷の淵の水の色。楊の土手下の水の色。楊を映す水面。春の増水の水の色。

巻八40 思越人二首 其一 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》392巻八40 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7224

 孫少監光憲  思越人二首 其一

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

巻八40

思越人二首 其一

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》392巻八40

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7224

 

 

 

 
  2016年1月22日 の紀頌之5つのBlog  
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  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
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  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
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花間集 教坊曲『思越人』四首

張泌

巻四45思越人  鷰雙飛,鶯百囀,越波堤下長橋。鈿花筐金匣,恰舞衣羅薄纖腰。東風澹蕩慵無力,黛眉愁聚春碧。滿地落花無消息,月明腸斷空憶。

孫光憲

巻八40思越人二首其一  古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。翠黛空留千載恨,教人何處相尋。綺羅無復當時事,露花點滴香淚。惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

孫光憲

巻八41思越人二首其二  渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。想像玉人空處所,月明獨上溪橋。經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

鹿虔扆

《巻九18思越人》  翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

 

思越人二首 其一

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

 

(越の人を思う 二首 其の一)

古台 平らかに、芳草 遠く、館娃官の外 春 深くす。

翠黛 空しく留む 千載の恨み、人をして何処にか相い尋ねしむ。

綺羅 復た当時の事 無く、露花 香涙を点滴す。

惆悵す 遙天 淥水 横たわり、鴛鴦 対対として飛び起つ。

 

思越人二首 其二

渚蓮枯,宮樹老,長洲廢苑蕭條。

想像玉人空處所,月明獨上溪橋。

經春初敗秋風起,紅蘭綠蕙愁死。

一片風流傷心地,魂銷目斷西子。

西湖十景 曲院風荷02
 

 

『思越人二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

思越人二首 其一

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

 

(下し文)

(越の人を思う 二首 其の一)

古台 平らかに、芳草 遠く、館娃官の外 春 深くす。

翠黛 空しく留む 千載の恨み、人をして何処にか相い尋ねしむ。

綺羅 復た当時の事 無く、露花 香涙を点滴す。

惆悵す 遙天 淥水 横たわり、鴛鴦 対対として飛び起つ。

 

(現代語訳)

(呉の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。)

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

花蕊夫人002
 

(訳注)

思越人二首 其一

(西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。とくに、緑の水につがいの鴛鴦、緑の水に泛ぶ白い雲は西施の素足を連想させる。)

1.【解説】 西施の遺跡である古蘇臺、館娃宮を訪れての懐古の情を詠う。前段は、呉王の夫差が西施のために築いた姑蘇台は既に今は跡形もなく、ただ平地を残すのみで、辺り一帯は春もすっかり深まり、千載の遺恨を留める西施の姿は、もはやどこにも求めるすべのないことを言う。後段は、当時の栄華を伝えるものは何一つなく、露に濡れた花が西施の涙を思わせる滴をこぼすばかりで、遙か空の彼方の水辺から、番、番になって飛び立つ鴛駕(オシドリ) に悲しみに誘われることを語る。前段第四句の翠黛は西施を指すが、当時、館娃官の跡地一帯には柳が多く植えられていたことから、同時に、西施の美しい眉を思わせる柳の葉、西施は素足で作業していた採蓮の際に見つけられたという。緑の水に白い雲が白い素足ということでこの詩は成り立っている。

館娃宮:〔くゎんあ(い)きゅう;Guan3wa2gong1○○○〕呉王夫差が西施を住まわせた宮殿。蘇州の西、硯石山(霊巌山)上に築かれた。呉の宮殿があった蘇州を指している。白居易は蘇州刺史も任じられている。なお、春秋の呉宮と三国の呉宮とは異なる。

 

『花間集』には四首所収。孫光憲の作は二首収められている。思越人は鷓鴣天、思佳客、醉梅花の異名があるが、時代がもう少しあとになるもので無関係である。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、3❸⑥❼⑥/❼❻7❻の詞形をとる。

思越人二首 其一

古臺平,芳艸,館娃宮外春

翠黛空留千載,教人何處相

綺羅無復當時,露花點滴香

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛

●○○  ○●● ●○○●○△

●●△△○●● △○△●△○

●○○●△○● ●○●●○●

○●○○△●● ○○●●○●

 

古臺平,芳艸遠,館娃宮外春深。

呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた紫石山の高台はいま平地となり、草は伸びて遠くにまで連なり、霊岩山の西施の居所の館娃官の外にも、春は深くなっている。

2 古台 姑蘇台。呉王の夫差が西施のために築き遊宴を開いた台。

中国江蘇省呉県(現、蘇州市)の南西、姑蘇山上にあった離宮。呉王夫差が越を破って得た美人西施らを住まわせた。(胥台しょだい。)

3 館娃官 呉の宮殿の名。西施の居所。

4 古臺・館娃宮・木涜 姑蘇台と 館娃宮は木涜にある。これは、春秋時代、呉の王が越から貢がれた木材を使って西施のために霊岩山に「館娃宮」を建てさせ、紫石山に姑蘇台を建てさせた際、工事が非常に大規模になって材木を集めるのに3年かかり、水路が木で埋め尽くされたことから「木涜」という地名で呼ばれるようになったという。蘇州市から西に5キロ、太湖に隣接し、霊岩山のふもとに位置す。池が無数にあることから、堤防強化の植樹の柳の緑が目立ち、七句の「橫淥水」という表現につながる。

 

翠黛空留千載恨,教人何處相尋。

この地の柳の葉には、翠黛美しき西施が空しく千載の恨みを留めている、しかし、その人もはやどこに尋ねたらあえるのか、尋ね求めるすべはないのだ。

5 翠黛 眉のような柳の葉、美人の眉。ここでは西施を指す。

 

綺羅無復當時事,露花點滴香淚。

越の名産である美しい綺羅の衣裳まとっていた当時の栄華は既にここにはないが、朝露のおける花は香りを含んだ涙を滴らしていることでその時のことを感じるのである。

6 綺羅 《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。「―をまとう」2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。「―を張る」「―を競う」3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。ここでは西施が美しい衣裳をまとって呉王の寵愛を一身に集めていた当時の栄華を意味する。

7 露花点滴香涙 露の降りた花からは香しい露の滴が滴る。花のように美しい西施が涙を滴らすさまを重ねる。この句の意味には、花間集としてのお遊びの意味が込められ、エロを加えることで、教坊曲を成立させている。

 

惆悵遙天橫淥水,鴛鴦對對飛起。

ここに立てば、歎き悲しみをさそう、空の果てまで緑水が横たわり続く、その水に鴛鴦の番が浮かび、飛び立つときにも番になっている景色で昔を呼び起こす。

8 惆悵 嘆き悲しむ。花間集ではは好んで使った語である。

韋莊『浣渓沙』其三

惆悵夢餘山月斜、孤燈照壁背窗紗、小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、満身香霧簇朝霞。

浣渓沙 其三 (惆悵夢餘山月斜) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-266-5-#20  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2877

『淸平樂』

野花芳草,  寂寞關山道。

柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。

羅帶悔結同心, 獨凭朱欄思深。

夢覺半床斜月, 小窗風觸鳴琴。

淸平樂 () 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-261-5-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2687

『荷葉杯』

記得那年花下。 深夜。

初識謝娘時。

水堂西面畫簾垂。 攜手暗相期。

惆悵曉鶯殘月。 相別。

從此隔音塵。

如今倶是異鄕人。 相見更無因。

荷葉杯 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-258-5-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2672

『應天長 之二』韋莊

別来半歳青書絶、一寸離腸千萬結。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

想得此時情切、 涙沾紅袖

小樓高閣謝娘家。

暗想玉容何所似、一枝春雪凍梅花、

應天長 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-257-5-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2667

『歸國遙』 韋荘

春欲暮、 滿地落花紅帶雨。

惆悵玉籠鸚鵡、單棲無伴侶。

南望去程何許、問花花不語。

早晩得同歸去、恨無雙翠羽。

歸國遙 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-252-5-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2642

韋荘『菩薩蠻 一』

紅樓別夜堪惆悵。 香燈半捲流蘇帳。

殘月出門時。美人和涙辭。

琵琶金翠羽。絃上黄鶯語。

勸我早歸家。綠窗人似花。

菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

9 遙天 思いをはせるところが明確でない場合の語句。青空に浮ぶ、遠い白い雲をいい、水の緑とで際立たせる。

10 橫淥水 渓谷の淵の水の色。楊の土手下の水の色。楊を映す水面。春の増水の水の色。
douteikoshoko297
 

巻八39 謁金門一首 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》391巻八39 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7219

謁金門一首

留不得!留得也應無益。白紵春衫如雪色,揚州初去日。

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

巻八39

謁金門一首

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》391巻八39

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7219

 

 
  2016年1月21日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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韓愈128 巻01-13 南山詩  #1(1~3) 806年貞元22年 39歳-(1)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ7216  
  ・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首  
  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-15 #3杜甫 《18-69 晚登瀼上堂》#3 杜甫詩index-15-1114 <1564> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7217   
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  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 巻八39 謁金門一首 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》391巻八39 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7219  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
  魚玄機全詩 花間集(6巻 花間集(7巻 花間集(8巻 花間集(9巻 花間集10巻  
  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
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花間集 五百詩

花間集 巻第一 (温庭筠) 溫助教庭筠五十首

花間集 巻第二 〈溫助教庭筠十六首・皇甫先輩松十一首・韋相莊二十二首〉

花間集 巻第三 〈韋相莊二十五首・薛侍郎昭蘊十九首・牛給事嶠五首〉

花間集 巻第四 (牛給事嶠二十六首・張舍人泌二十三首)

花間集 巻第五 (張舍人泌四首・毛司徒文錫三十一首・歐陽舍人烱四首

花間集 巻第六 (歐陽舍人炯十三首・和學士凝十三首・顧太尉十八首)

花間集 巻第七 (顧太尉三十七首・孫少監光憲十三首)

花間集 巻第八 (孫少監光憲四十七首・魏太尉承班二首)

花間集 巻第九 (魏太尉承班十三首・鹿太保虔扆六首・閻處士選八首・尹參卿鶚六首・毛秘書熙震十六首)

花間集 巻第十 (毛秘書熙震十三首・李秀才珣三十七首)

 

花間集 教坊曲『謁金門』五首

韋莊

巻三01謁金門二首其一春漏促,金燼暗挑殘燭。一夜簾前風撼竹,夢魂相斷續。有箇嬌饒如玉,夜夜繡屏孤宿。閑抱琵琶尋舊曲,遠山眉黛綠。

韋莊

巻三02謁金門二首其二空相憶,無計得傳消息。天上常娥人不識,寄書何處覓。新睡覺來無力,不忍把伊書跡。滿院落花春寂寂,斷腸芳艸碧。

薛昭蘊

巻三45謁金門春滿院,疊損羅衣金線。睡覺水精簾未捲,簷前雙語鷰。斜掩金鋪一扇,滿地落花千片。早是相思腸欲斷,忍教頻夢見。

牛希濟

巻五46謁金門秋已暮,重疊關山岐路。嘶馬搖鞭何處去,曉禽霜滿樹。夢斷禁城神皷,淚滴枕檀無數。一點凝紅和薄霧,翠蛾愁不語。

孫光憲

巻八39謁金門一首留不得!留得也應無益。白紵春衫如雪色,揚州初去日。輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

 

謁金門一首

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

留不得!留得也應無益。

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。

白紵春衫如雪色,揚州初去日。

白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。

軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。

卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

 

(金門に謁す)

留め得ずして。留め得たる 也【もま】た 應【まさ】に無益なるべし。

白紵の春衫 雪の如き色、 揚州に 初めて去りし 日。

別離を輕んじ, 抛擲に甘んず。 江上の 滿帆 風疾し。

卻って羨む 彩鴛 三十六, 孤鸞 還【ま】た 一隻。

 

大明宮の圖003

 

『謁金門』 現代語訳と訳註

(本文)

謁金門一首

留不得!留得也應無益。

白紵春衫如雪色,揚州初去日。

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。

卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

 

(下し文)

(金門に謁す)

留め得ずして。留め得たる 也【もま】た 應【まさ】に無益なるべし。

白紵の春衫 雪の如き色、 揚州に 初めて去りし 日。

別離を輕んじ, 抛擲に甘んず。 江上の 滿帆 風疾し。

卻って羨む 彩鴛 三十六, 孤鸞 還【ま】た 一隻。

 

(現代語訳)

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。

白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。

軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。

これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

haqro02
 

(訳注)

謁金門一首

(選抜で妃賓になった娘が、すぐに寵愛を失っても矜持をもって生きていく)

1 謁金門の解説 技能をもって金馬門から内侍省の狭き門を及第し、梨園に、そして妃賓に選抜された。雪のような白紵を着て、白紵を持って踊る生娘であった、しかし、すぐに寵愛を失ったが、つがいでないと生きられない鴛鴦ではなく、矜持をもって鸞として生きる。

 

『花間集』には孫光憲の作が一首収められている。双調四十五字、前段二十一字四句四仄韻、後段二十四字五句四仄韻で、❸❻❼5⃣/36⃣❼❺の詞形をとる。韋荘、薛昭蘊、牛希濟の謁金門の解説参照。

謁金門一首

留不得!留得也應無

白紵春衫如雪,揚州初去

輕別離,甘,江上滿帆風

卻羨彩鴛三十,孤鸞還一

△△● △●●△○●

●●○○△●● ○○○●●

△●△ ○○● ○●●△△●

●○●○△●●  ○○○●●

 

留不得!留得也應無益。

寵愛は、何時までも得続けることはない、得続けることができたとしてもなんにもならないことになる。

2 留不得:寵愛をいつまでもとどめることができない。「〔動詞〕+不得」…することができない。 

3 留:(去っていくのを)とどめる。

4 留得:とどめられて(も…)・也:…も。 

5 應:おそらく…だろう。まさに…べし。・無益:無益である。為にならない。無駄である。

 

白紵春衫如雪色,揚州初去日。

白麻の春着は雪のように白く純真無垢な娘であったし、壮の踊りで寵愛を受けたのに、寵愛を受け初めてすぐというのに揚州へと旅立っていってしまう。

6 白紵 白紵舞は三國時代においてつくられた一種著名な舞蹈であり、呉、東晋でひろまったものである。・呉歌の白紵(はくちょ) 李白「白紵辞」(白紵をひるがえして、玉のような美女たちがいっぱい踊ると詠う。)25歳の時の作である。

白紵辭 晋の時代、呉の地方に白紵の舞というのが起った。白紵というのは、麻の着物の美白なもの。それを着て舞い、その舞の歌を白紵辞と言った。白紵舞は晉の頃から唐代の梨園における手習いの舞であり、長い布をもって舞う霓裳羽衣の曲に発展していく。また、興慶宮で数百人の舞ということで、宮廷のみならず民間にも広まった舞踊で、日本、韓国、東南アジア一帯にも伝えられた。白紵とは、麻の一種で織られた薄手の白い織物のことで、白紵で仕立てられた長い袖を翻す舞い姿は、優美にして変化に富み、その美しさは古来、波を揺らすそよ風や舞い降りる雪などにたとえられている。呉歌においては、白紵、雅楽では子夜といった。梁の武帝が沈約に命じて、その詩を更制せしめた。梁の武帝が改作させたのは、四首連続して、四時を分詠したもので、子夜四時歌である。

鮑照《白紵舞》

朱脣動、素腕舉。洛陽少童邯鄲女。

古稱綠水今白紵。催弦急管為君舞。

窮秋九月荷葉黃。北風驅鴈天雨霜。

夜長酒多樂未央。

李白《白紵辭三首 其一》

揚清歌,發皓齒,北方佳人東鄰子。

且吟白紵停綠水,長袖拂面為君起。

寒雲夜卷霜海空,胡風吹天飄塞鴻。

玉顏滿堂樂未終,館娃日落歌吹濛。

李白《白紵辭,三首之二》

月寒江清夜沈沈,美人一笑千黃金。

垂羅舞縠揚哀音,郢中白雪且莫吟。

子夜歌動君心,動君心,冀君賞。

願作天池雙鴛鴦,一朝飛去青雲上。

李白《白紵辭,三首之三》

刀剪綵縫舞衣,明妝麗服奪春暉。

揚眉轉袖若雪飛,傾城獨立世所稀。

激楚結風醉忘歸,高堂月落燭已微,玉釵掛纓君莫違。

80 《白紵辭其一》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州に遊ぶ。20 首 <80> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778

81 《白紵辭三首其二》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 20 首 <81> Ⅰ李白詩1246 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4778

82 《白紵辭,三首之三》index-5 1-5 725年開元十三年25歳 蜀を離れ、襄陽・荊州・武昌・漢口・洞庭湖・金陵・揚州と遊ぶ。 <82> Ⅰ李白詩1247 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4783

7 衫:単衣の短いころも。現代でいえばカッターシャツ状の着物。 

8 如雪色:雪のような白い色。

9 揚州:長江北岸にあり、廣陵ともいわれ、隋代 に揚州といわれた。大運河の開鑿と水運が揚州の発展に拍車を掛けた。大運河と長江の交接点で、往時の貿易と物流の中心地。 

10 初去日:出かけていった当初の日(の服装)。

 

輕別離,甘擲,江上滿帆風疾。

軽々しく分かれたし、平然として私を一人見捨てて、江風を帆一杯に受けて船はたちまち去って行った。

11 甘:あまんじる。 

12 抛擲:なげうつ。なげつける。なげやりにする。ここでは、女性が棄てられていることをいう。

13 江上:川の上。川で。長江で。 

14 滿帆:帆にいっぱいの(速い風を受けて)。 

15 風疾:風が速い。

 

卻羨彩鴛三十六,孤鸞還一隻。

これまで、矜持のなくてもたくさんの番でいる鴛鴦を羨ましいと思っていたものだが、孤独な鸞は、もともと一羽の矜持を持った鸞に還っただけなのだ。

15 卻:かえって。反対に。逆に。 

16 羨:うらやむ。

17 彩:美しい。いろどりのある。「彩鳳」「彩鸞」と、「美しい(鳥)」の意。 

18 鴛:オシドリ。 

19 三十六: 3対のつがい(6羽)が、6つの群をなす。たくさんのつがいが集まっていることを言う。

20 孤鸞:①子供から大人への変わり目の鸞、②つがいであるべき鸞が一羽だけになった。かたわれになった鸞鳥。鴛鴦との対比で、矜持を持った鳥であるということ。 ・鸞:〔らん;luan2〕鳳凰に似た伝説上の霊鳥。 

21 還:また。なおまた。 

22 一隻:つがいのかたわれ。つがいの片一方。一羽。一匹。

 

 

 

 

白紵舞,是創於三國時代的一種著名舞蹈。

白紵舞是因舞服用質地輕薄的白紵縫製而得名。

《晉書·樂志》載:「白紵舞,按舞辭有巾袍之言。紵本是地所出,宜是舞也。」由舞者穿著於江蘇一帶的白紵縫製的舞衣可見白紵舞最初是江南的舞蹈。從三國時代的東 到晉代再到唐代年間,白紵舞一直盛行不衰,且是酒宴表演中的常見節目。在晉代,該舞蹈已流行於封建貴族的社會。西晉張華有以該舞為主題的《白紵舞歌詩》傳世。又隋代《宣城圖經》言:「桓溫領妓游楚山,奏《白紵歌》,因改名白紓山。」唐代時就將《白紵舞》列入《九部樂》及《十部樂》的「清商」樂部中。一方面舞者在宮廷演出白紵舞,另一方面也常在士族家宴及民間表演。南朝惠休《白紵舞辭》中也有「桃花水上春風出,舞袖逶迤鸞照日」之詞。而唐朝詩人李白《白紵辭》曾寫道:「刀翦彩縫舞衣,明妝麗服奪春輝。揚眉轉袖若雪飛,傾城獨立世所希。」兩者都讚美了白紵舞的舞姿。另外,《白紵舞》分為獨舞和群舞。南朝梁朝的沈約曾奉梁武帝之命寫成《四時白紵歌》,共有《春白紵》、《夏白紵》、《秋白紵》、《冬白紵》、《夜白紵》五章。當表演《四時白紵歌》時,五個舞者通常集體起舞。在表演結束後,她們要向觀賞者進酒。

巻八38 上行盃二首 其二 12孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 《花間集》390巻八38 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7214

孫少監光憲  上行盃二首 其二

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

巻八38

上行盃二首 其二

12孫光憲

(改訂版Ver.2.1

《花間集》390巻八38

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7214

 

 
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花間集 教坊曲『上行盃』四首

韋相莊

巻三19上行盃二首其一  芳艸灞陵春岸,柳煙深,滿樓弦管,一曲離腸寸寸斷。今日送君千萬,紅樓玉盤金鏤盞,須勸珍重意,莫辭滿。(芳草 蘭陵の春岸、柳煙深く、滿樓の弦管。一曲の離聾に腸は寸断さる。今日君を千萬に送る、紅縷の玉盤に 金鐘の蓋。須らく勸むべし、意を珍重せよ、滿つるを辞することなかれ。)

巻三20上行盃二首其二  白馬玉鞭金轡,少年郎,離別容易,迢遞去程千萬里。惆悵異雲水,滿酌一盃勸和淚,須愧珍重意,莫辭醉(白馬に玉の鞭と金の轡、少年郎は 離別容易ならんも。迢遞たる去程は千萬裏。惆悵ことならん異郷の雲と水とに、一杯を勸和して涙和りに勘む。須らく愧づべし、意を珍重せよ、酔うことを辭するなかれ。)

孫少監光憲

巻八37上行盃二首 其一  草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。無辭一醉。野棠開,江艸濕。佇立,沾泣,征騎駸駸

巻八38上行盃二首 其二  離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

 

 孫光憲

 

上行盃二首 其一

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草離亭鞍馬,從遠道,

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、

此地分衿,燕宋秦千萬里。

そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

無辭一醉。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

野棠開,江艸濕。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

佇立,沾泣,征騎駸駸。

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

(上行盃 二首の其の一)

草草 亭を離る鞍馬,遠道に從い,

此の地 衿を分つ,燕宋 秦 千萬里。

辭無く一醉うのみ。

野棠 開けば,江艸 濕し。

佇立し,沾泣して,征騎して 駸駸たり。

 

上行盃二首 其二

(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。

金舡滿捧。

黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、

綺羅愁,絲管咽。

琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。

迴別,帆影滅,江浪如雪。

グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

 

(上行盃二首 其の二)

棹を離れ 逡巡して 動かんと欲し,極浦に臨み,故に人相い送る,住むを去り 心情 知る共にならず。

金舡 捧を滿つ。綺羅 愁い,絲管 咽ぐ。迴り別れ,帆影 滅し,江浪 雪の如し。

 

大明宮の圖003
 

『上行杯二首』現代語訳と訳註

(本文)

上行盃二首 其二

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

金舡滿捧。

綺羅愁,絲管咽。

迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

(下し文)

(上行盃二首 其の二)

棹を離れ 逡巡して 動かんと欲し,極浦に臨み,故に人相い送る,住むを去り 心情 知る共にならず。

金舡 捧を滿つ。綺羅 愁い,絲管 咽ぐ。迴り別れ,帆影 滅し,江浪 雪の如し。

 

(現代語訳)

上行盃二首 其二(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。

黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、

琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。

グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

興慶宮沈香亭
 

(訳注)

上行杯二首 其二

(女たちは画樓船に乗り、舟遊びの舟が出てゆく、その船に紛れて旅に出る船が出てゆく。行楽の中に紛れて涙する美しい女妓を詠う。)

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には四首所収。いそう孫光憲の作は二首収められている。単調三十八字、十句二平韻六仄韻、 ❹ 3❷❷④の詞形をとる。

上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠

此地分,燕宋秦千萬

無辭一

野棠開,江艸

,沾,征騎駸

●●△○○●  △●●

●●△○  △●○○○●●

○○●● 

●○○ ○●●

●● △●  ○△○○

 

上行盃二首 其二

上行盃二首 其二 単調三十八字、十句九仄韻、❻ ❷❷❹の詞形をとる。

離棹逡巡欲,臨極,故人相,去住心情知不

金舡滿

綺羅愁,絲管

,帆影,江浪如

△●○○●●  △●● ●○△●  ●●○○○△△

○○●●

●○○ ○●△

△● △●●  ○△△●

 

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

舟の竿を操作してゆくが、流れに逆らっているのか、ぐずぐずしてなかなか進まない、入り江の一番奥の岸の方から離れて行く。これまで住んできたけど、去ってしまえば、互いに思いやる心というものはなくなってしまう。

4. 逡巡 【しゅんじゅん】決断できないで、ぐずぐずすること。しりごみすること。ためらい。

5 極浦 遠くまで続く海岸。また、はるか遠方にある海岸。《楚辞、九歌、湘君》「望涔陽兮極浦、横大江兮揚靈。」(涔陽の極浦を望み、大江に横たわって霊を揚ぐ。

6 故人 昨日まで一緒に過ごしていた人。

 

金舡滿捧。

黄金細工にかざられた舟には漕ぎ手の櫂の棒がいっぱいにならぶ、

7 金舡 こがねに飾られた舟。

8 滿捧 櫂の棒がすべてならぶ。

 

綺羅愁,絲管咽。

琴や笛の音と共にむせび泣く声が聞こえてくると、華やかで美しいかおに、愁いを感じさせる。

9 綺羅 【きら】《「綺」は綾織りの絹布、「羅」は薄い絹布の意》1 美しい衣服。羅綺。2 外見が華やかなこと。また、うわべを装い飾ること。3 栄華をきわめること。権勢の盛んなこと。

10 絲管 弦楽器、管楽器 (歌女花船戲濁波、画船鼓,昼夜不

 

迴別,帆影滅,江浪如雪。

グルッと回って別れる。やがて船の灯影は遠く消えて見えなくなり、大江に立つ波しぶきは雪のように白い。

11 影滅 1.日に向かってゆく船の影が日が沈むに従って見えなくなってゆく。2.水面に影を落してゆく船が遠くへ進んで言って見えなくなる。3. 船の灯影は遠く消えて見えなくなる。

巻八37 上行盃二首 其 孫光憲 (改訂版Ver.2.1) 『花間集』389 全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7209

孫少監光憲 上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。

無辭一醉。野棠開,江艸濕。佇立,沾泣,征騎駸駸。

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。


巻八37

上行盃二首 其

孫光憲

(改訂版Ver.2.1

『花間集』389

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7209

 

 
  2016年1月19日 の紀頌之5つのBlog  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
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花間集 教坊曲『上行盃』四首

韋相莊

巻三19上行盃二首其一  芳艸灞陵春岸,柳煙深,滿樓弦管,一曲離腸寸寸斷。今日送君千萬,紅樓玉盤金鏤盞,須勸珍重意,莫辭滿。(芳草 蘭陵の春岸、柳煙深く、滿樓の弦管。一曲の離聾に腸は寸断さる。今日君を千萬に送る、紅縷の玉盤に 金鐘の蓋。須らく勸むべし、意を珍重せよ、滿つるを辞することなかれ。)

巻三20上行盃二首其二  白馬玉鞭金轡,少年郎,離別容易,迢遞去程千萬里。惆悵異雲水,滿酌一盃勸和淚,須愧珍重意,莫辭醉(白馬に玉の鞭と金の轡、少年郎は 離別容易ならんも。迢遞たる去程は千萬裏。惆悵ことならん異郷の雲と水とに、一杯を勸和して涙和りに勘む。須らく愧づべし、意を珍重せよ、酔うことを辭するなかれ。)

孫少監光憲

巻八37上行盃二首 其一  草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。無辭一醉。野棠開,江艸濕。佇立,沾泣,征騎駸駸

巻八38上行盃二首 其二  離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

 

上行盃二首 其一

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草離亭鞍馬,從遠道,

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、

此地分衿,燕宋秦千萬里。

そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

無辭一醉。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

野棠開,江艸濕。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

佇立,沾泣,征騎駸駸。

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

(上行盃 二首の其の一)

草草 亭を離る鞍馬,遠道に從い,

此の地 衿を分つ,燕宋 秦 千萬里。

辭無く一醉うのみ。

野棠 開けば,江艸 濕し。

佇立し,沾泣して,征騎して 駸駸たり。

 

上行盃二首 其二

離棹逡巡欲動,臨極浦,故人相送,去住心情知不共。

金舡滿捧。綺羅愁,絲管咽。迴別,帆影滅,江浪如雪。

 

興慶宮沈香亭
 

『上行杯二首』現代語訳と訳註

(本文)

上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。

無辭一醉。

野棠開,江艸濕。

佇立,沾泣,征騎駸駸。

 

(下し文)

(上行盃 二首の其の一)

草草 亭を離る鞍馬,遠道に從い,

此の地 衿を分つ,燕宋 秦 千萬里。

辭無く一醉うのみ。

野棠 開けば,江艸 濕し。

佇立し,沾泣して,征騎して 駸駸たり。

 

(現代語訳)

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

西湖十景 曲院風荷02

(訳注)

上行杯二首 其一

(馬に乗り、遠出をし、離宮のあずまやで逢瀬を重ねたが、役目で、国中を駆け回るので、別れた。泣いて待っているより、又遠出をして新しい恋をする方がよい。)

唐代以降、女性が馬に乗ることはごく一般的なことで、宮女たちが皇帝のお伴をして宮城の外に出る時はみな兵士の服装で馬に乗った。貴族の婦人が宮廷に入る時も騎馬姿で、「我国夫人 主恩を承け、平明(黎明)騎馬にて宮門に入る」(張祜「集霊台」)といったありさまだった。士大夫階級の婦人も常に騎馬で外出し、中には、街頭で「髻を露にして馳騎る」(『新唐書』車服志)者さえいた。宮女たちも皇帝のお供をして馬に乗り弓矢を携えて山野で狩りをした。「射生する宮女は紅妝を宿め、新しき弓を把り得て各おの自ら張る。馬に上る時に臨んで斉しく酒を賜わり、男児のごとく脆拝して君王に謝す」(王建「宮詞」)、「新鹿初めて放たれて兎は猶お肥え、白日 君王 内(内朝)に在ること稀なり。薄暮 千門 鎖さんと欲するに臨んで、紅赦 騎を飛ばして前に帰る」(張籍「宮詞」)。これらは、宮人たちが馬を駆って狩りをするさまを描いたものである。詩人たちが描いた、弓をしならせて鳥を射る宮中の才人の楓爽とした英姿は、次の通りである。

杜甫《哀江頭》「昭陽殿裏第一人,同輦隨君侍君側。輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。

翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。」昭陽殿裏  第一の人,輦(れん)を同じくし 君に隨(したが)ひて  君側に侍す。輦前の才人  弓箭(きゅうせん)を 帶び,白馬 嚼噛(しゃくげつ)す  黄金の勒(くつわ)。身を 翻(ひるがへ)して 天に 向ひ  仰(あふ)ぎて 雲を射れば,一笑 正(まさ)に堕(お)つ  雙飛翼。

哀江頭 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 163

北方の民間の女性たちの多くは馬に乗り弓を射ることができた。荊南節度使の李昌夔の妻独孤氏(独孤は鮮卑系名族の姓)は、二千人の侍女をつれて夫とともに荊南(湖北省)に狩猟に行ったことがある。侍女たちはみな赤紫一色の衣裳であり、馬には錦の鞍をつけていた(佚名『大唐伝載』)。この軍装した女性たちの一団は、さぞかし颯爽として壮観だったことであろう。

それに、唐から宋にかけて、恋愛事情もかなり自由であった

唐代には遥か後世まで語り伝えられた多くの愛情物語が生れた。美しい少女倩娘は、従兄と愛しあっていたが父母は結婚を許さなかった。それで、倩娘の魂は身体から遊離して、遠くに行く従兄の後を追って行き、ついに幸せで円満な結婚に至るという話(陳玄祐『離魂記』)。ある多情の村の娘は郊外にピクニックにきていた科挙受験生の雀護にひと目惚れした。雀護が去った後、この村娘は恋いこがれ病気になって死んでしまった。ところが雀護が再びこの村にくると、彼女は生き返り、この意中の人と結婚したという話(『崔護』)。

この物語は「人面桃花」*という著名な成句を残すことになった。また、才色兼備の令嬢崔鴬鴬は、書生の張君瑞とたまたま出会って愛しあい、封建道徳の束縛と母親の反対を押しのけて西廂(西の棟)でこっそりと会っては情交を結んだ、というロマンチックな物語も生れた(元稹『蔦鴬伝』)。これは後世、ながく名作として喧伝されることになる戯曲『西廂記』 の原話である。これは中国古代の恋愛物語の典型ということができる。また、別の話であるが、美しくて聡明な官僚の家の娘無双は、従兄と幼い時から仲良く遊び互いに愛し合っていた。後に無双が家族の罪に連坐し宮中の婢にされると、この従兄は侠客に頼んで彼女を救い出し、二人はめでたく結婚したという話(薛調『劉無双伝』)。名妓李娃は、自分のために金と財産を使い果し、乞食に落ちぶれた某公子を救い、さんざん苦労して彼が名を成すのを助け、二人は白髪になるまで一緒に暮らしたという話(『李娃伝』)。妓女霞小玉は才子の李益を死ぬほど愛したが、李益は途中で心変りして彼女を棄ててしまった。小玉は気持が沈んで病気にかかり、臨終に臨み李益をはげしく恨んで失恋のため死んでしまったという話(蒋防『霍小玉伝』)。唐代には、こうした話以外に、人と神、人と幽霊、人と狐が愛しあう「柳毅伝書」、「蘭橋遇仙」など有名な物語がたくさん生れた。唐代の愛情物語は、中国古代のなかできわだっており、後代の戯曲、小説に題材を提供する宝庫となった。

愛情物語の中ばかりでなく、現実の生活の中でも、当時の労働する女性たちが自由に恋愛し夫婦となることは、どこでもわりに一般的に見られることであった。「妾が家は越水の辺、艇を揺らして江煙に入る。既に同心の侶を覚め、復た同心の蓮を来る」(徐彦伯「採蓮曲」)。あるいは「楊柳青青として 江水平らかに、邸が江上の唱歌の声を聞く。東辺に日出で西辺は雨、遣う是れ無暗(無情)は却って有晴(有情)」(劉禹錫「竹枝詞」)などと詠われている。これらは労働する女性たちの自由な愛情を描いている。彼女たちは長年屋外で働いていたので、男性との交際も比較的多かった。同時にまた、封建道徳観念は稀薄であり、感情は自然で自由奔放であったから、自由な恋愛はわりに多くみられた。一般庶民の家の娘は礼教の影響や束縛を受けることが比較的少なく、自由な男女の結びつきは常に、またどこにでも存在していたのである。

* 「人面桃花」

雀護が桃花の下に美女を見初め思慕の情を詠んだ詩の一句「人面桃花相映じて紅なり」 の一部分。いとしい人にもう会えない、という意。

こうしたことを前提に、この 孫少監光憲の詩を読むとまた違った味わいが生じてくる。

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には四首所収。いそう孫光憲の作は二首収められている。単調三十八字、十句二平韻六仄韻、 ❹ 3❷❷④の詞形をとる。

上行盃二首 其一

草草離亭鞍馬,從遠

此地分,燕宋秦千萬

無辭一

野棠開,江艸

,沾,征騎駸

●●△○○●  △●●

●●△○  △●○○○●●

○○●● 

●○○ ○●●

●● △●  ○△○○

 

草草離亭鞍馬,從遠道,此地分衿,燕宋秦千萬里。

草草は伸びているころ、離宮のあずまやに馬に鞍をつけ行楽にでかける。遠回りしてここへ着いた、そしてこの地で、別離した。ここから先は「燕宋秦」と、北東西南の千里先を行ったり来たりしている。

燕宋秦 この詩では北東西南の方向を指すもの。戦国七雄”は、韓・魏・趙・・斉・楚・秦の戦国時代に称王した列国を指しているが

 

無辭一醉。

そうなると、きっと手紙も詩のひとつおくってくれることもなく、飲み始めると酔いつぶれるほど呑んでいる。

野棠開,江艸濕。

どこかの海棠の花を開かせていることだろうし、長江のほとりには香草もしっとりと濡れているだろう、

佇立,沾泣,征騎駸駸。

どんなに思っていても、ただそこに佇んで待つだけだし、涙は溢れて濡れたまま、これだったら、今流行の馬にまたがってどこへでも、颯爽と走っていくことしかない。

駸駸【しんしん】とは。意味や解説。[ト・タル][文][形動タリ]1 馬の速く走るさま。2 月日や物事の速く進むさま。
大明宮の圖003
 

12孫光憲《巻八36思帝鄉一首》『花間集』388全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7204

孫少監光憲詩 思帝  

如何?遣情情更多。永日水堂簾下,斂羞蛾。

六幅羅裙窣地,微行曳碧波。看盡滿地疎雨,打團荷。

(何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、寵愛を受けた。しかし、時が移り状況が変化し、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。いつしか、後宮から離宮に移り、春の日もただ一人過ごす。自分の歩く音が廊下に響き、池の浪が寂しく広がり、雨が、蓮の葉を敲く。)

なぜか、寵愛を失ってもあの頃を思い出すし、忘れようとすればするほど、ますます思いは募ってくる。春の日、日が少し傾いてきたので、離宮の水辺の座敷に簾垂れる、愁いに眉を曇らせる。六幅の長さで6本のプリーツのスカートは地を払い、離宮の欄干の廊下を忍びあるく、碧の波もしずかにひろがる。いつまでも離宮の広い庭園の一面に疎らにふる雨は、円い蓮の葉を打つ音だけがきこえてくる。

12孫光憲《巻八36思帝一首》『花間集』388全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7204

 

 
  2016年1月18日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
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花間集 教坊曲 『思帝』 四首

溫庭筠

巻二06思帝一首  花花,滿枝紅似霞。羅袖畫簾腸斷,卓香車。迴面共人閑語,戰篦金鳳斜。惟有阮郎春盡,不歸家。

韋莊

巻三15思帝二首其一  雲髻墜,鳳釵垂。髻墜釵垂無力,枕函欹。翡翠屏深月落,漏依依。盡人間天上,兩心知。

韋莊

巻三16思帝二首其二  春日遊,杏花吹滿頭。陌上誰家年少,足風流。妾擬將身嫁與,一生休。縱被無情棄,不能羞!

孫光憲

巻八36思帝一首  如何?遣情情更多。永日水堂簾下,斂羞蛾。六幅羅裙窣地,微行曳碧波。看盡滿地疎雨,打團荷。

 

 

思帝

(何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、寵愛を受けた。しかし、時が移り状況が変化し、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。いつしか、後宮から離宮に移り、春の日もただ一人過ごす。自分の歩く音が廊下に響き、池の浪が寂しく広がり、雨が、蓮の葉を敲く。)

如何?遣情情更多。

なぜか、寵愛を失ってもあの頃を思い出すし、忘れようとすればするほど、ますます思いは募ってくる。

永日水堂簾下,斂羞蛾。

春の日、日が少し傾いてきたので、離宮の水辺の座敷に簾垂れる、愁いに眉を曇らせる。

六幅羅裙窣地,微行曳碧波。

六幅の長さで6本のプリーツのスカートは地を払い、離宮の欄干の廊下を忍びあるく、碧の波もしずかにひろがる。

看盡滿地疎雨,打團荷。

いつまでも離宮の広い庭園の一面に疎らにふる雨は、円い蓮の葉を打つ音だけがきこえてくる。

 

(思帝

如何ぞ 情を遣るも 情 更に多し。

永日 水堂 簾 下し、差蛾を斂め。

六幅の羅裙 地を窣い、微行して碧波を曳き。

看尽くす 満池の疎雨、団荷を打つを。

 

 

『思帝』 現代語訳と訳註

(本文)

思帝

如何?遣情情更多。

永日水堂簾下,斂羞蛾。

六幅羅裙窣地,微行曳碧波。

看盡滿地疎雨,打團荷。

 

(下し文)

(思帝

如何ぞ 情を遣るも 情 更に多し。

永日 水堂 簾 下し、差蛾を斂め。

六幅の羅裙 地を窣い、微行して碧波を曳き。

看尽くす 満池の疎雨、団荷を打つを。

 

(現代語訳)

(何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、寵愛を受けた。しかし、時が移り状況が変化し、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。いつしか、後宮から離宮に移り、春の日もただ一人過ごす。自分の歩く音が廊下に響き、池の浪が寂しく広がり、雨が、蓮の葉を敲く。)

なぜか、寵愛を失ってもあの頃を思い出すし、忘れようとすればするほど、ますます思いは募ってくる。

春の日、日が少し傾いてきたので、離宮の水辺の座敷に簾垂れる、愁いに眉を曇らせる。

六幅の長さで6本のプリーツのスカートは地を払い、離宮の欄干の廊下を忍びあるく、碧の波もしずかにひろがる。

いつまでも離宮の広い庭園の一面に疎らにふる雨は、円い蓮の葉を打つ音だけがきこえてくる。

曲院風荷01
 

 (訳注)

1.孫光憲 思帝

(もしかしたらあの人が帰って来た時の音かと思い、自分の歩く音でわからなくなると厭なので、ゆっくり歩く。するとその音は、雨音の聴覚的な余韻を残し、丸い蓮の葉を打つ雨音の一つ一つしかしない。)

【解説】 女性の愁いの情を詠う。詞の後半、彼女が忍び歩いたのは、もしかしたらあの人が帰って来た時の音かと思い、自分の歩く音でわからなくなると厭なので、ゆっくり歩く。するとその音は、雨音の聴覚的な余韻を残し、丸い蓮の葉を打つ雨音の一つ一つしかしない。彼女の傷心の心を打つ音でもあったに違いない。

『花間集』には孫光憲の作が一首収められている。単調三十六字、八句五平韻三仄韻で、②⑤❻③❻⑤❻③の詞形をとる。

思帝

?遣情情更

永日水堂簾,斂羞

六幅羅裙窣,微行曳碧

看盡滿地疎,打團

△△ ●○○△○

●●●○○● ●○△

●●○○●● ○△●●○

△●●●△● ●○△

2.  思帝郷

(一途に思う女心の詩)

長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。記録によれば、右教坊の芸妓の多くは歌がうまく、左教坊のものは舞いが上手だった。彼女たちは宮妓と同じょうに民間から選抜された技芸練達の人々であった。

3. 唐の妓優 玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。この後は、もうこれほどの盛況はなかったが、しかし教坊は依然として不断に宮妓を選抜して教坊に入れていた。憲宗の時代、教坊は皇帝の勅命だと称して「良家士人の娘及び衣冠(公卿大夫)の家の別邸の妓人を選び」内延に入れると宣言したので(『旧唐書』李緯伝)、人々は大いに恐れおののいた。そこで憲宗は、これは噂であると取り消さざるを得なかった。文宗の時代、教坊は一度に「霓裳羽衣」(開元、天宝時代に盛んに行われた楽曲)の舞いを踊る舞姫三百人を皇帝に献上したことがあった。

4. 梨園、宜春院 玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

5. 霓裳羽衣 【げいしょううい】開元、天宝時代に盛んに行われた大人数の舞い踊りの楽曲。

詩人に詠まれた名歌妓の念奴、「凌波曲」(玄宗が夢の中で龍宮の女に頼まれて作ったといわれる詩曲)をよく舞った新豊の女芸人謝阿蛮(『明皇雑録』補遺)、『教坊記』に記載されている歌舞妓の顔大娘、鹿三娘、張四娘、裳大娘、それに竿木妓の王大娘、および、杜甫の「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」という詩に出てくる、剣舞の名手公孫大娘などは、みな長安の外教坊に所属する芸妓であったらしい。というのは、記録によると彼女たちは一般に長く宮中に留まることはなく、行動は比較的自由だったし、特に男女関係は比較的自由であった。これらを題材にしたものが、思帝郷である。

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-1溫庭筠56《巻2-06 思帝郷一首》溫庭筠66首巻二6-〈56〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5477

思帝郷

花花、満枝紅似霞。

羅袖画簾腸断、阜香車。

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

唯有阮郎春尽、不帰家。

(思帝郷)

花花、満枝 紅 霞に似たり。

羅袖 画簾 腸 断ゆ、香車を早め。

面を遅らして 人と共に閑かに語る、戦える箆 金鳳 斜めなり。

唯だ阮郎の 春 尽きるも、「家に帰らざる」有り。

【解説】

 春が尽きても遠い旅に出て帰らぬ男を思う女の情を詠う。女は待つことしか選択肢がない時代の歌である。第二.句、着物の袖と車の帳の画模様が胸を引き裂くのは、着物の袖や帳に、男女和合の象徴である番の鳥の絵模様があしらわれていたことによる。続く句は、知人の車を認めたのであろう、車を停めて、髪に斜めに挿した簪の金の鳳の飾り括らしながら、何の屈託もないかのように語り合うさまを述べる。最後の「もう若くないということなのでしょうか、今の私にとっては、もう春が終わろうとしていて、家に帰らぬ愛しの人だけ」と言うのは、はた目には幸せそうに見えながら、実は孤蘭を守る口々に、腸が引き千切られるほどの思いをしていることを訴え、もうあきらめなければならないのかということである。

 

如何?遣情情更多。

なぜか、寵愛を失ってもあの頃を思い出すし、忘れようとすればするほど、ますます思いは募ってくる。

 6. 遣情 遣懐。こころをやる。杜甫《巻七67 遣懐》昔のことを思い出して述べる。

 

永日水堂簾下,斂羞蛾。

春の日、日が少し傾いてきたので、離宮の水辺の座敷に簾垂れる、愁いに眉を曇らせる。

7. 永日 1 日中がながく感じられる春の日。春の日なが。永き日。《季 春》2 《いずれ日ながの折にゆっくり会おうの意から、別れのあいさつや手紙の結びに用いる語。

8. 水堂 離宮の水辺の建物や座敷部屋。

9. 斂羞蛾 女性の羞じらいを含んだ眉。蛾は蛾の触角に似せて措いた眉。美しい曲線を描いた女性の眉を言う。命婦、妃嬪、妓優、芸妓、美人をいう。

 

六幅羅裙窣地,微行曳碧波。

六幅の長さで6本のプリーツのスカートは地を払い、離宮の欄干の廊下を忍びあるく、碧の波もしずかにひろがる。

10. 六幅羅裙 六幅の長さの絹のスカート。幅は長さの単位。約三四cm。別の意味に、六本のプリーツの入ったスカートと解することでもよい。

11. 傘地 地を払う。

12. 微行 忍び歩く。なお小道と解する説もある。

13. 碧波 蒼浪,蒼波,滄浪,滄波。青い波。 

 

看盡滿地疎雨,打團荷。

いつまでも離宮の広い庭園の一面に疎らにふる雨は、円い蓮の葉を打つ音だけがきこえてくる。

14. 滿地疎雨 離宮の広い庭園の一面に

15. 団荷 円い蓮の葉。 興慶宮の龍池の蓮、紹興の曲院風荷などが連想されるが、此処は龍池とする。

16. 疎雨 まばらに降る雨。

大明宮の圖003
 

 

 

 

大多数の后妃と皇帝との結婚は、事実上政略結婚であり、もともと皇帝の愛情を得たのではなかった。何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、あるいは皇帝と艱難を共にしたことによって寵愛を受けた。しかし、いったん時が移り状況が変化したり、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。王皇后と玄宗は艱難を共にした夫婦であり、彼女は玄宗が行った喜后打倒の政変に参与した。しかし武恵妃が寵愛を一身に集めた後には、しだいに冷遇されるようになった。彼女は皇帝に泣いて訴え、昔艱難を共にした時の情愛を想い出してほしいと願った。玄宗は一時はそれに感動したが、結局やはり彼女を廃して庶民の身分に落してしまった。境遇がちょっとマシな者だと、后妃の名が残される場合もあったが、それ以後愛情は失われ、後半生を孤独と寂実の中に耐え忍ばねばならなかった。また、彼女たちの運命は、ひどい場合は完全に皇帝の一時的な喜怒哀楽によって決められた。武宗はかつて一人の妃嬢に非常に腹を立てたことがあった。その場に学士の柳公権がいたので、皇帝は彼に「もし学士が詩を一篇作ってくれるなら、彼女を許してやろう」といった。柳公権が絶句を一首つくると、武宗はたいそう喜び、彼女はこの災難を逃れることができた(王走保『唐掟言』巻一三)。しかし、皇帝から廃されたり、冷遇されただけの者は、まだ不幸中の幸いであったように思う。最悪の場合は生命の危険さえあった。高宗の王皇后と斎淑妃の二人は、武則天と寵愛を争って一敗地に塗れた。

この二人の敗北者は新皇后の階下の囚人となり、それぞれ二百回も杖で打たれてから手足を切断され、酒瓶の中に閉じ込められた後、無惨に殺された。

后妃、妃嬪にとって、最後の脅威は皇帝の死去である。これは皇帝の付属品である后妃たちが、いっさいの地位と栄誉の拠り所を失うことを意味した。一つだけ例外がある。つまり子が皇帝に即位した場合で、「やんごとなき夫の妻」から、「やんごとなき子の母」 へと転じることができた。少なくとも子のある妃嬪はちょっとした地位を保つことができたが、子のない妃嬢たちは武則天のように仏寺に送られて尼にされるか、あるいは寂しく落ちぶれて後宮の中で生涯を終えた。たとえ太后といぅ至尊の地位に登っても、新皇帝の顔色を窺わねばならなかった。憲宗の郭皇后は郭子儀の孫娘にあたり、公主を母に持ち、また穆宗の母となり、敬宗、文宗、武宗の三皇帝の祖母にあたる女性であったから、人々は唐朝の后妃のなかで「最も高貴」な方と呼んだ。しかし、宣宗が即位(八四七年)すると、生母の鄭太后はもともと郭太后の侍女であり、かねてから怨みをもっていたため、郭太后を礼遇しなかった。それで郭太后は鬱々として楽しまず、楼に登って自殺しょうとした。宣宗はそれを聞くと非常に怒った。郭太后はその夜急に死んでしまったが、死因はいうまでもなく明らかであろう。

唐代の后妃のなかには、そのほか皇帝に殉死したという特別な例がある。それは武宗の王賢妃である。彼女はもとは才人の身分であり、歌舞をよくし、皇帝からたいへんな寵愛を受けた。武宗は危篤間近になると、彼女に「朕が死んだらお前はどうするのか」と問うた。すると彼女は「陛下に御供して九泉にまいりたいと思います」と答えた。すると武宗は布を彼女に与えたので、王才人は帳の下で首をくくって死んだ(『資治通鑑』巻二四八、武宗会昌六年)。次の宣宗が即位すると、彼女に「賢妃」を追贈し、その貞節を誉め讃えた。このようにして、一個の生きた肉体が「賢妃」という虚名と取り換えられたのである。

もし、予測のつかない未来と苦難の多い運命によって生みだされる不安な感情が、后妃たちの生活の普通の心理であったとするなら、もう一つ彼女たちにまとわりついているのは、心の慰めや家庭の暖かさが欠けていることによって深く感ずる孤独、寂蓼、哀怨の気特であった。次のようにも言うことができよう。彼女たちは物質的には豊かであったが、人間の情愛の面では貧しかったと。

寵愛を失った者は言うまでもないが、寵愛を受けている者でさえも、何万にものぼる女性が一人の男性に侍っている宮中においては、誰も皇帝の愛情をいつまでも一身に繋ぎとめておくことは不可能であり、また正常な夫婦生活と家族団欒の楽しみを味わうことも不可能であった。皇帝が訪れることもなくなって、零落してしまった后妃の場合、おのずから悲痛はさらに倍加した。

玄宗の時代、妃嬪がはなはだ多かったので、「妃嬪たちに美しい花を挿すよう競わせ、帝は自ら白蝶を捕えて放ち、蝶のとまった妃嬪のところに赴いた」。また、妃嬪たちは常に「銭を投げて帝の寝所に誰が侍るのかを賭けた」(『開元天宝遺事』巻上、下)。彼女たちの苦痛を想像することができる。

「長門(妃嬪の住む宮殿)閉ざし定まりで生を求めず、頭花を焼却し挙を卸却す。玉窓に病臥す 秋雨の下、遥かに聞く別院にて人を喚ぶ声」(王建「長門」)、「早に雨露の翻って相い誤るを知らば、只ら荊の簪を挿して匹夫に嫁したるに」(劉得仁「長門怨」)、「珊瑚の枕上に千行の涙、是れ君を思うにあらず 是れ君を恨むなり」(李紳「長門怨」)等々と詩人に描写されている。唐代の人は「宮怨」「婕妤怨」「長門怨」「昭陽怨」などの類の詩詞を大量に作っており、その大半は詩人が后妃になぞらえて作ったものであるが、じつに的確に后妃たちの苦悶と幽怨の気持とを表している。これらの作品を貴婦人たちの有りもしない苦しみの表現と見なすべきではない。これらには彼女たちの、宮中での不自然な夫婦生活に対する怨み、民間の普通の夫婦に対する憧れがよく表現されている。女性として彼女たちが抱く怨恨と憧憬は、自然の情に合い理にかなっている。

 

 

残酷な生存競争

日常的に危険と不安が潜伏している後宮のなかで、気の弱い者、能力のない者は、ただ唯々諾々と運命に翻弄されるしかなかった。しかし、ちょっと勇敢な者は、他人から運命を左右されることに甘んぜず、自分の力をもって自分の運命を支配し変革しょうとし、さらに進んでは他人をも支配しょうとした。これは高い身分にいることから激発される権力欲ばかりではなかった。彼女たちの特殊な生活環境もまた、彼女たちを一場の激しい 「生存競争」 の只中に投げ入れずにはおかなかったのである。
興慶宮002
 

12孫光憲《巻八35竹枝二首其二》『花間集』387全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7199

孫光憲   竹枝二首其二

亂繩千結(竹枝)絆人深(女兒),越羅萬丈(竹枝)表長尋(女兒)。

楊柳在身(竹枝)垂意緒(女兒),藕花落盡(竹枝)見蓮心(女兒)。

(男に対する女性の思いの深さを詠う。)

男と女は乱れてもつれた縄のように(おとこ)、恋人との絡み合いの深さを思うのです(おんな)。越羅の布地を一萬丈でも用意するけれど(おとこ)、女が着るのは上着のタケたったの一尋だけです(一人だけを愛して欲しいもの)(おんな)。

柳にも男と女があり、おとこの楊と女の柳がゆれるその身近にある関係を保ち(おとこ)その思いは枝をたらしていることで通ずるものとなる(おんな)。 ハスの花弁を開いてくれても、やがて散り尽くしてしまうもの(おとこ)。それこそが蓮の実が見えてきたことであり、女のまごころなのです(おんな)

12孫光憲《巻八35竹枝二首其二》『花間集』387全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7199

 

 

 
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竹枝詞

  竹枝詞とは、民間の歌謡のことで、千余年前に、楚(四川東部(=巴)・湖北西部)に興ったものといわれている。唐代、楚の国は、北方人にとっては、蛮地でもあり、長安の文人には珍しく新鮮に映ったようだ。そこで、それらを採録し、修正したものが劉禹錫や、白居易によって広められた。それらは竹枝詞と呼ばれ、巴渝の地方色豊かな民歌の位置を得た。下って唱われなくなり、詩文となって、他地方へ広がりをみせても、同じ形式、似た題材のものは、やはりそう呼ばれるようになった。

   竹枝詞をうたうことは、「唱竹枝」といわれ、「唱」が充てられた。白居易に「怪來調苦縁詞苦,多是通州司馬詩。」 とうたわれたが、ここからも、当時の詩歌の実態が生き生きと伝わってくる。後世、詩をうたいあげることを「賦、吟、詠」等とは大きく異なる。

 

 

 

 

 

 

 

作者

花間集

 

初句7字

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其一

白帝城頭春草生

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其二

山桃紅花滿上頭

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其三

江上春來新雨晴

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其四

日出三竿春霧消

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其五

兩岸山花似雪開

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其六

瞿塘嘈嘈十二灘

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其七

巫峽蒼蒼煙雨時

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其八

城西門前艶預堆

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其九

楊柳靑靑江水平

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其十

楚水巴山江雨多

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其十一

山上層層桃李花

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其一

瞿塘峽口水煙低

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其二

竹枝苦怨怨何人

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其三

巴東船舫上巴西

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其四

江畔誰家唱竹枝

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其一

檳榔花發竹枝鷓

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其二

木棉花盡竹枝茘

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其三

芙蓉並蔕竹枝一

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其四

筵中蝋燭竹枝涙

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其五

斜江風起竹枝動

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其六

山頭桃花竹枝谷

 

 

孫光憲

巻八

竹枝二首其一

門前春水竹枝白

 

 

孫光憲

巻八

竹枝二首其二

亂繩千結竹枝絆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孫光憲 竹枝二首

竹枝二首其一

(男と女の歌 二首のその一)

門前春水(竹枝)白蘋花(女兒),岸上無人(竹枝)小艇斜(女兒)。

おとこは、家の正面には春の増水したきれいな川の流れのようなもの、おんなはそのみずにもてあそばれる白い水草の花のようなもの。男は別れて去ってゆくが岸には見送りの女ひとりもいなくなる、おんなは軽快に小舟が岸から離れていくのを見る。

商女經過(竹枝)江欲暮(女兒),散殘食(竹枝)飼神鵶(女兒)。

男の所から「玉樹後庭花」という歌を謡う妓女は通り過ぎて、日ぐれ時にばひとまずかえり、おとこは食べ残しをまき散らすようなもので、おんなは神鴉のようなもので餌で飼われるのです。

(その1)

門前 春水(竹枝) 白蘋の花(女兒),岸上 人無く(竹枝) 小艇 斜す(女兒)。

商女 經過して(竹枝) 江 暮れんと欲し(女兒),殘食 散抛【さんほう】して(竹枝) 神鴉に飼ふ(女兒)。 

 

竹枝二首其二

(男に対する女性の思いの深さを詠う。)

亂繩千結(竹枝)絆人深(女兒),越羅萬丈(竹枝)表長尋(女兒)。

男と女は乱れてもつれた縄のように(おとこ)、恋人との絡み合いの深さを思うのです(おんな)。越羅の布地を一萬丈でも用意するけれど(おとこ)、女が着るのは上着のタケたったの一尋だけです(一人だけを愛して欲しいもの)(おんな)。

楊柳在身(竹枝)垂意緒(女兒),藕花落盡(竹枝)見蓮心(女兒)。

柳にも男と女があり、おとこの楊と女の柳がゆれるその身近にある関係を保ち(おとこ)その思いは枝をたらしていることで通ずるものとなる(おんな)。 ハスの花弁を開いてくれても、やがて散り尽くしてしまうもの(おとこ)。それこそが蓮の実が見えてきたことであり、女のまごころなのです(おんな)

亂繩 千結して(竹枝) 人を絆【ほだ】すこと 深く(女兒),越羅 萬丈(竹枝) 表の 長【たけ】は 尋【ひとひろ】(女兒)。

楊柳 身に在りて(竹枝) 意緒を 垂らし(女兒), 藕花 落ち盡して(竹枝) 蓮心を 見る(女兒)。

大明宮の圖003
 

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12孫光憲《巻八34竹枝二首其一》『花間集』386全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7194

孫光憲  竹枝二首其一

門前春水(竹枝)白蘋花(女兒),岸上無人(竹枝)小艇斜(女兒)。

商女經過(竹枝)江欲暮(女兒),散殘食(竹枝)飼神鵶(女兒)。

(男と女の歌 二首のその一)

おとこは、家の正面には春の増水したきれいな川の流れのようなもの、おんなはそのみずにもてあそばれる白い水草の花のようなもの。男は別れて去ってゆくが岸には見送りの女ひとりもいなくなる、おんなは軽快に小舟が岸から離れていくのを見る。男の所から「玉樹後庭花」という歌を謡う妓女は通り過ぎて、日ぐれ時にばひとまずかえり、おとこは食べ残しをまき散らすようなもので、おんなは神鴉のようなもので餌で飼われるのです。

12孫光憲《巻八34竹枝二首其一》『花間集』386全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7194

 

 
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竹枝詞

  竹枝詞とは、民間の歌謡のことで、千余年前に、楚(四川東部(=巴)・湖北西部)に興ったものといわれている。唐代、楚の国は、北方人にとっては、蛮地でもあり、長安の文人には珍しく新鮮に映ったようだ。そこで、それらを採録し、修正したものが劉禹錫や、白居易によって広められた。それらは竹枝詞と呼ばれ、巴渝の地方色豊かな民歌の位置を得た。下って唱われなくなり、詩文となって、他地方へ広がりをみせても、同じ形式、似た題材のものは、やはりそう呼ばれるようになった。

   竹枝詞をうたうことは、「唱竹枝」といわれ、「唱」が充てられた。白居易に「怪來調苦縁詞苦,多是通州司馬詩。」 とうたわれたが、ここからも、当時の詩歌の実態が生き生きと伝わってくる。後世、詩をうたいあげることを「賦、吟、詠」等とは大きく異なる。

 

 

 

 

 

 

 

作者

花間集

 

初句7字

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其一

白帝城頭春草生

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其二

山桃紅花滿上頭

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其三

江上春來新雨晴

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其四

日出三竿春霧消

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其五

兩岸山花似雪開

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其六

瞿塘嘈嘈十二灘

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其七

巫峽蒼蒼煙雨時

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其八

城西門前艶預堆

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其九

楊柳靑靑江水平

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其十

楚水巴山江雨多

 

 

劉禹錫

尊前集

竹枝詞十一首其十一

山上層層桃李花

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其一

瞿塘峽口水煙低

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其二

竹枝苦怨怨何人

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其三

巴東船舫上巴西

 

 

白居易

尊前集

竹枝詞四首其四

江畔誰家唱竹枝

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其一

檳榔花發竹枝鷓

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其二

木棉花盡竹枝茘

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其三

芙蓉並蔕竹枝一

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其四

筵中蝋燭竹枝涙

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其五

斜江風起竹枝動

 

 

皇甫松

尊前集

竹枝詞六首其六

山頭桃花竹枝谷

 

 

孫光憲

巻八

竹枝二首其一

門前春水竹枝白

 

 

孫光憲

巻八

竹枝二首其二

亂繩千結竹枝絆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孫光憲 竹枝二首

 

竹枝二首其一

(男と女の歌 二首のその一)

門前春水(竹枝)白蘋花(女兒),岸上無人(竹枝)小艇斜(女兒)。

おとこは、家の正面には春の増水したきれいな川の流れのようなもの、おんなはそのみずにもてあそばれる白い水草の花のようなもの。男は別れて去ってゆくが岸には見送りの女ひとりもいなくなる、おんなは軽快に小舟が岸から離れていくのを見る。

商女經過(竹枝)江欲暮(女兒),散殘食(竹枝)飼神鵶(女兒)。

男の所から「玉樹後庭花」という歌を謡う妓女は通り過ぎて、日ぐれ時にばひとまずかえり、おとこは食べ残しをまき散らすようなもので、おんなは神鴉のようなもので餌で飼われるのです。

(その1)

門前 春水(竹枝) 白蘋の花(女兒),岸上 人無く(竹枝) 小艇 斜す(女兒)。

商女 經過して(竹枝) 江 暮れんと欲し(女兒),殘食 散抛【さんほう】して(竹枝) 神鴉に飼ふ(女兒)。 

 

竹枝二首其二

亂繩千結(竹枝)絆人深(女兒),越羅萬丈(竹枝)表長尋(女兒)。

楊柳在身(竹枝)垂意緒(女兒),藕花落盡(竹枝)見蓮心(女兒)。

(その2)

亂繩 千結して(竹枝) 人を絆【ほだ】すこと 深く(女兒),越羅 萬丈(竹枝) 表の 長【たけ】は 尋【ひとひろ】(女兒)。

楊柳 身に在りて(竹枝) 意緒を 垂らし(女兒), 藕花 落ち盡して(竹枝) 蓮心を 見る(女兒)。

西湖十景 曲院風荷02
 

『竹枝二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

竹枝二首其一

門前春水(竹枝)白蘋花(女兒),岸上無人(竹枝)小艇斜(女兒)。

商女經過(竹枝)江欲暮(女兒),散殘食(竹枝)飼神鵶(女兒)。

 

(下し文)

(その1)

門前 春水(竹枝) 白蘋の花(女兒),岸上 人無く(竹枝) 小艇 斜す(女兒)。

商女 經過して(竹枝) 江 暮れんと欲し(女兒),殘食 散抛【さんほう】して(竹枝) 神鴉に飼ふ(女兒)。 

 

(現代語訳)

竹枝二首其一(男と女の歌 二首のその一)

おとこは、家の正面には春の増水したきれいな川の流れのようなもの、おんなはそのみずにもてあそばれる白い水草の花のようなもの。男は別れて去ってゆくが岸には見送りの女ひとりもいなくなる、おんなは軽快に小舟が岸から離れていくのを見る。

男の所から「玉樹後庭花」という歌を謡う妓女は通り過ぎて、日ぐれ時にばひとまずかえり、おとこは食べ残しをまき散らすようなもので、おんなは神鴉のようなもので餌で飼われるのです。

曲院風荷01
 

(訳注)

竹枝二首其一

(男と女の歌 二首のその一)

唐の教坊の曲名。但し『教坊記』ほ竹枝子の名で載せる。またの名を巴渝詞と言う。もと巴蜀(今の四川省)の民歌。唐の白居易、劉禹錫にも竹枝があり七言絶句の形をとる。『花間集』には孫光憲の二首のみ所収。

孫光憲の作は句中と句末にそれぞれ和声(雅子詞)四句四平韻で各句四宇目の後と句末に和声が入り、和声も八平韻で、4(②)③(②)4(②)③(②)4(②)③(②)4(②)③(②)の詞形をとる。( )は和声。

~(竹枝)の語句は男目線のもので、~(女兒)はは目線のもので、おとこは~だけれど、おんなは~です。

門前春水(竹白蘋(女  岸上無人(竹小艇(女
商女經過(竹江欲暮(女  殘食(竹(女

○○○●()●○○(  ●●○○()●●○(

○●△△()○●●(  ●○○●()●○○(

 

門前春水(竹枝)白蘋花(女兒),岸上無人(竹枝)小艇斜(女兒)

おとこは、家の正面には春の増水したきれいな川の流れのようなもの、おんなはそのみずにもてあそばれる白い水草の花のようなもの。男は別れて去ってゆくが岸には見送りの女ひとりもいなくなる、おんなは軽快に小舟が岸から離れていくのを見る。

1 門前春水 家の前の春の増水した川の流れ。

2 白蘋 夏から秋にかけて白い花をつける浮草。

歐陽舍人炯『南子八首 其八

翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。

島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿。

翡翠のごとく、鵁鶄【こうせい】のごとく,白蘋【はくひん】の香の裏【うち】に小さき沙汀す。

島上 陰陰として秋雨の色になり,蘆花 撲し,數隻 漁の舡何處に宿せんか。

3 岸上 岸のほとりに。岸の土手には

4 小艇斜 斜めの方に向かって進む。軽快な小舟が岸から次第に離れていく。

 

 

商女經過(竹枝)江欲暮(女兒),散殘食(竹枝)飼神鵶(女兒)

男の所から「玉樹後庭花」という歌を謡う妓女は通り過ぎて、日ぐれ時にばひとまずかえり、おとこは食べ残しをまき散らすようなもので、おんなは神鴉のようなもので餌で飼われるのです。

5 商女 妓女。秋女、秋娘,秋女、秋娘といい、唐時代の歌妓的妓女の呼稱である。 杜牧の代表詩 七言絶句「煙籠寒水月籠沙、夜泊秦淮近酒家。商女不知亡國恨、隔江猶唱後庭花。」妓女が「玉樹後庭花」という歌を謡うのを聞いて本当の意味は分かっていないのだろうと詠う。

6 經過 通り過ぎる。

7 江欲暮 川が暮れようとしている。

8 散抛 まき散らす。すてる。

9 殘食 食べ残し。残飯。

10 飼 餌をやる。

11 神鴉 カラス。巴(四川東部)には、カラスが甚だ多く、現地人は「神鴉」とあがめて、射ようとしなかったと伝えられている。「岳陽風土記」に「巴陵鴉甚多,土人謂之神鴉,無敢弋者。」とある。

 

竹枝詞と呼ばれ、巴渝の地方色豊かな民歌の位置を得た。下って唱われなくなり、詩文となって、他地方へ広がりをみせても、同じ形式、似た題材のものは、やはりそう呼ばれるようになった。

男と女は乱れてもつれた縄のように(おとこ)、恋人との絡み合いの深さを思うのです(おんな)。越羅の布地を一萬丈でも用意するけれど(おとこ)、女が着るのは上着のタケたったの一尋だけです(一人だけを愛して欲しいもの)(おんな)。

12孫光憲《巻八33八拍蠻一首》『花間集』385全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7189

孫光憲  八拍蠻一首

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

12孫光憲《巻八33八拍蠻一首》『花間集』385全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7189

 

 

 
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花間集 教坊曲 『八拍蠻』 三首

孫光憲

《巻八33八拍蠻一首》  孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

閻選

《巻九25八拍蠻二首 其一》  煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉

閻選

《巻九26八拍蠻二首 其二》  黛眉煙易慘,飄紅臉粉難。憔悴不知底事,遇人推道不宜春

 

閻處士選(閻選,生卒年不詳。為前蜀布衣,時稱閻處士。)

 

八拍蠻一首

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

 

(八拍蠻)

孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。

 

興慶宮沈香亭
 

『八拍蠻』 現代語訳と訳註

(本文)

八拍蠻

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

 

(下し文)

(八拍蠻)

孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。

 

(現代語訳)

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

大明宮の圖003
 

(訳注)

八拍蠻

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には三首所収。孫光憲の作は一首収められている。単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

八拍蠻

孔雀尾拖金線,怕人飛起入丁

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜

●●●△○●△  ●○○●●○○

●●△○○●●  △○○●●○○

 

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

1 孔雀 キジ科の鳥類で、中国から東南アジア、南アジアに分布する。邪気を払う象徴として孔雀明王の名で仏教の信仰対象にも取り入れられた。クルド人の信仰するヤズィード派の主神マラク・ターウースは、クジャクの姿をした天使である。

2 金線長 長い金色の筋。

3 丁香 チョウジの木。丁子 クローブとも言い、清熱・瀉火・去痰・鎮咳の作用があり、漢方薬では解熱、鎮痛、鎮静、消炎、利尿などなどに用いられる。ここでは我慢強く待ち侘びる女性に比喩している。

牛嶠『感恩多二首』其二

自從南浦別,愁見丁香結。

近來情轉深,憶鴛衾。

幾度將書托煙鴈,淚盈襟。

淚盈襟,禮月求天,願君知我心。

 (感恩多 二首の二)

南浦にて別れて自從【より】,丁香の結ぶを愁い見る。

近來 情 轉【うた】た深く,鴛衾【えんきん】を憶う。

幾度 將に書を煙鴈【えんがん】に托せる,淚 襟に盈ち,淚 襟に盈つ。

月に禮し 天に求む,願わくば 君が我が心を知れと。

其の二(帰って来ないばかりか、連絡もない男を待ちわびる女の心情を詠う。)

南の入り江の津で舟を送り、別れをつげてからは、丁字の花の結ぶのを見ても心は悲しく愁うのです。

近頃ではあの人への思いが揺れ動き、いよいよ深まるばかり、あの人と過ごしたあの鴛鴦の掛け布団をおもうのです。 

これまで何度もあの人に手紙を送り、空を飛ぶ雁に託したものです。何の返事もないので、涙はしとどに襟を濡らしているのです。

涙はあふれ襟を濡らしてます。月にねがい天に祈って、わたしの思いを「君」に知ってほしいと願うのです。

杜甫『江頭四詠。丁香』 

丁香體柔弱,亂結枝猶墊。細葉帶浮毛,疏花披素豔。

深栽小齋後,庶近幽人占。晚墮蘭麝中,休懷粉身念。

丁香 體 柔弱なり,亂結 枝 猶の墊【た】る。

細葉 浮毛を帶ぶ,疏花 素豔【そえん】を披【ひら】く。

深く栽す 小齋の後,庶【こいねが】わくば近ずかん 幽人をして占【しめ】しむるに。

晚に墮つる 蘭麝【らんじゃ】の中に,粉身の念を懷【いだ】くを休【や】む。

(大江のほとりで五首を詠う。その丁香の詩)

丁子がはえている その実は,柔かそうで若々しく見えるが,あちこちに入り乱れて実を結んでくると枝は垂れ下がってくる。

細い葉の表面には産毛がたくさんあり,まばらに花がさき、白くふっくらとしておおわれている。

この木をわたしの小さい書斎の後ろに植えてみる,できることならばこの丁子で我家の周りをいっぱいにしたいものである。

その実を乾燥させて,蘭と麝香の華麗で貴いとされるものの中に落ち込んだとしても,素朴で誠実に生き、おのが身を粉骨砕身にしてまでと,考えるのは止めたいものだ。

 

 

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

美人が多い南国の女らは昼には競うて岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

4 越女 越女南国の女性、美人の代称。越は今の浙江省を指すが、ここでは広く南国の意。

李白10  採蓮曲

淥水曲  李白 11

越女詞 李白

長干兒女,眉目豔新月。

屐上足如霜,不着鴉頭襪。

越女詞 五首 其一 李白12

兒多白皙,好爲蕩舟劇。

賣眼擲春心,折花調行客。

越女詞 五首 其二 李白13

耶溪採蓮女,見客櫂歌迴。

笑入荷花去,佯羞不出來。

越女詞五首其三

東陽素足女,會稽素舸郎。

相看月未墮,白地斷肝腸。

 14其四 

鏡湖水如月,耶溪女似雪。

新妝蕩新波,光景兩奇

12-5其五

5 沙頭  砂地の岸辺。

6 翠 翡翠、カワセミの羽を指す。

 

薛濤『和西川李尚書傷孔雀及薛濤之什』

玉兒已逐金鐶葬,翠羽先隨秋草萎。

唯見芙蓉含曉露,數行紅淚滴清池。

(西川の李尚書の『孔雀を傷む』および薛濤の什に和す)

玉兒 已に 金鐶の葬むらるを逐い,翠羽 先づ 秋草の萎えるに隨う。

唯 見る 芙蓉 曉露を含むを,數行の紅淚 清池に滴る。

(剣南西川の李尚書の作られた『傷孔雀』と『薛濤の詩篇』に唱和してつくる詩)

輝きをはっする青年もいつの間にか、出世も諦め棺桶に足を突っ込みそうな年になった。若くて力強い翼でもって飛び立っていたのに、秋草の枯れていくのにも従っていくように思うのだ。

唯だ、草木が枯れ始める中で木芙蓉は朝露に咲いている,これを私の生き方としてきたが、涙が頬を數行ものくやしい淚があふれることばかりで、清々しいすんだ池になみだを滴らせたものか。

武元衝『西川使宅有韋令公時孔雀存焉。暇日与諸公同玩座中兼故府賓妓。興嗟久之、因賦此詩用廣其意。』

荀令昔居此,故巢留越禽。

金翠尾,飛舞碧梧陰。

上客徹瑶瑟,美人傷蕙心。

会因南国使,得放海云深。

(西川の使宅に韋令公の時、孔雀も存する有り。暇日 諸公と同玩するに、座中に故府の賓妓を兼ぬ。興嗟すること之を久しゅうす、因って此の詩を賦して用いて其の意を廣うす。)

荀令 昔 此に居り,故巢 越禽を留む。

するは 金翠の尾,飛舞するは 碧梧の陰。

上客 瑶瑟を徹し,美人 蕙心を傷ましむ。

会【たまた】ま南国の使いに因って,海雲の深きに放つを得んや。

(軍人であり詩人の韋皐公の時に西川節度使の官舎軍営芸妓に、孔雀とも思える美人がいたのだ。ある日 諸公と同席して鑑賞する宴があるときは、この幕府のの賓妓を兼ねたおんなである。感興をうたう詩を作ることを長い期間している、よって此の詩をうたうことに用いてこの女性が優れていることを広めるのである。)

昔「王佐の才」を持つ荀彧が大いに役得有を果たしたが今ここにその人がいるのである。ここの先祖伝来の富沃の地を吐蕃や西域の異民族から守っているのだ。

クジャクがその金翠尾をゆっくりと雄雄しく動かすように立ち振る舞い、鳳凰の愛の巢は碧いことのしげる所に奥ゆかしくあったのだ

立派な主賓であった韋皐を偲んで立派な瑟を奏でるのを夜を徹してなされるのである。妻として過ごしていた美人芸妓は今や慕わしい気持ちを胸に心痛めている。

たまたま、この南の国成都からの使いによって韋皐の病死が知らされたのである。韋皐の功績は海よりも深く雲よりも高いものである。

12孫光憲《巻八32玉蝴蝶春欲盡,》『花間集』384全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7184

玉蝴蝶

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる。蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

12孫光憲《巻八32玉蝴蝶春欲盡,》『花間集』384全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7184

 

 

 
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花間集 教坊曲 『玉蝴蝶』 二首

溫庭筠

巻一50玉蝴蝶秋風淒切傷離,行客未歸時。塞外草先衰,江南鴈到遲。芙蓉凋嫩臉,楊柳墮新眉。搖落使人悲,斷腸誰得知。

孫光憲

巻八32玉蝴蝶春欲盡,景仍長,滿園花正黃。粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

 

玉蝴蝶

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。

粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。

新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる

無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

 

玉蝴蝶

春 盡んと欲す,景 仍て長く,園の花 正に黃なるに滿つ。

粉翅して 兩つながら悠颺【ゆうよう】し,翩翩として 短牆を過る。

鮮飇【せんひょう】 暖がに,牽遊 伴い,飛び去り立ちて殘芳する。

語無く蕭娘に對し,舞衫 麝香沉す。

大明宮の圖003
 

『玉蝴蝶』 現代語訳と訳註

(本文)

玉蝴蝶

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。

粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。

無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

 

 

(下し文)

(玉蝴蝶)

春 盡んと欲す,景 仍て長く,園の花 正に黃なるに滿つ。

粉翅して 兩つながら悠颺【ゆうよう】し,翩翩として 短牆を過る。

鮮飇【せんひょう】 暖がに,牽遊 伴い,飛び去り立ちて殘芳する。

語無く蕭娘に對し,舞衫 麝香沉す。

 

(現代語訳)

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。

そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。

新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる

蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

 

pla027
 

(訳注)

玉蝴蝶

(春風に誘われ、花を見て、蝶の飛び交うのを見て、行楽に向かう、念奴が歌う歌は春の庭に響き、歌に合わせて追出れば、花がいっぱいに開いたようになる。)

・胡蝶 西域の異民族の蝶ということであるが、ここでは上品な妃嬪、女性を云い、その女性が最も輝いているころのことを指している。
蛇足だが、胡蝶は[荘子斉物論](荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶との区別を忘れ たという故事から)現実と夢の区別がつかないこと。 自他を分たぬ境地。また、人生のはかなさにたとえる。蝶夢。

 

唐教坊曲,入“黃鐘宮”。“大中初,女蠻國入貢,危髻金冠,瓔珞被體,號'菩薩蠻隊'。”四十四字。 百字令 即《念奴嬌》

念奴

『開元天宝遺事』に見える。容貌に優れ、歌唱に長け、官妓の中でも、玄宗の寵愛を得ていた。玄宗の近くを離れたことがなく、いつも周りの人々を見つめていて、玄宗に「この女は妖麗で、眼で人を魅了する」と評された。その歌声は、あらゆる楽器の音よりもよく響き渡ったと伝えられる。唐代詩人の元稹の「連昌宮詞」に、玄宗時代の盛時をあらわす表現として、玄宗に命じられた高力士が、彼女を呼び、その歌声を披露する場面がある。清代の戯曲『長生殿』にも、永新とともに、楊貴妃に仕える侍女として登場する。

唐·元稹《宫词》有云:

力士念奴,念奴潜伴郎宿。得又催,特赦街中

娇满眼泪红绡,掠削云旋装束。上九天歌一声,二十五郎吹管篴。

元稹自注曰:念奴,天宝中名倡,善歌。

念奴

楼下酺宴,累日之后,万眾喧隘,安之、黄裳辟易不能禁,眾奏。玄宗遣高力士大呼于楼上曰:‘欲遣念奴唱歌,邠二十五郎吹小管篴 “笛”,看人能听否?’未不悄然奉。【翻:念奴,天宝年著名倡伶,歌唱得很好。每年辞宴会時間一長,客就吵,使音奏不下去。安之、黄裳等人禁止不住。玄宗叫高力士在楼上高呼:“我要念奴出来唱歌,邠二十五郎吹小管笛了,你能安静下来听?”大家才慢慢安静下来。】

 

『花間集』には二首所収。孫光憲の作は一首収められている。双調四十二字、前段二十一字五句三平韻、後段二十一字四句三平韻で、❸③⑤⑤⑤/❸❸⑤⑤⑤詞形をとる

玉蝴蝶

春欲,景仍,滿園花正

粉翅兩悠,翩翩過短

鮮飇,牽遊,飛去立殘

無語對蕭,舞衫沉麝

○●●  ●○△ ●○○△○

●●●○△ ○○△●○

△?● △○●  ○●●○○

○●●○○  ●○○●○

花と張0104
 

春欲盡,景仍長,滿園花正黃。

今年の春も終ろうとしている。昼間の風景は次第に長くなる、この庭に咲く花々は念奴の歌と踊りのように満面黄色がいっぱいになる。

とは。意味や日本語訳。やはり,依然として病仍不好病気はやはりよくならない.仍旧 réngjiù[]依然として,相変わらず白昼得温暖,夜晚仍旧寒冷昼間は暖かくなってきたが,夜は相変わらず寒い.仍然 réngrán[]依然として,元通り

滿園花正黃 黃鐘宮をいう。儒家的「中聲」指音高、速度適中的有節制的音樂。

 

粉翅兩悠颺,翩翩過短牆。

そこに蝶は二つの翅を広げてひらひらとゆっくりあがっていく、ひらひらとまってひくい土壁をこえてゆく。

粉翅 蝶の翅。

 

鮮飇暖,牽遊伴,飛去立殘芳。

新たな暖かいつむじ風も吹き付けてきて、それに牽かれ、つれだってゆき、飛び上がり、去ってゆき、とまって翅を合わせて立てる。

りょうひょう【涼飇】. 涼しい風。

 

無語對蕭娘,舞衫沉麝香。

蝶のように行楽に飛び交っていた妃嬪も向かい合っても互いに黙ったままでいる。抱き寄せれば、単衣のうす絹の舞衣には麝香の香りが染みついている。

蕭娘 愛妾のこと。

沈満願『戯蕭娘』
明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。
因風時蹔擧、想像見芳姿
凊晨插歩揺、向晩解羅衣。
託意風流子、佳情詎肯私。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

蕭娘: 沈満願の夫の范靖、梁の征西記室范靖の愛人、第二夫人、家妓とおもわれる。戯れるは「因風」「想像」「凊晨」「向晩」末の二句にあらわしている。

沈滿願 :生卒年不詳。の武康の人。沈約の孫娘。征西記室范靖(靜)の妻。

西暦540年ごろの梁武帝最盛期頃に評価を受けたようである。ただ、沈約(441 - 513年)は学問に精励し学識を蓄え、宋・斉・梁の3朝に仕えた。南斉の竟陵王蕭子良の招きに応じ、その文学サロンで重きをなし、「竟陵八友」の一人に数えられた。その後蕭衍(後の梁の武帝)の挙兵に協力し、梁が建てられると尚書令に任ぜられ、建昌県侯に封ぜられた。晩年は武帝の不興をこうむり、憂愁のうちに死去したというので、身分地位についてはそれほど高いものではなかったのではなかろうか。ただ、女性の立場で、王昭君の悲劇を呼んでいるわけで、詩界に参列できるだけのものであったことは間違いない。

蕭宏(しょうこう)は、蕭順之《梁武帝の父》の子で、梁武帝の異母弟にあたる。

彼は、長い間揚州の刺史を務めていたが、北魏との戦いで今の安徽省に出陣したとき、進軍を躊躇しているうちに暴風雨に遭い、恐怖心から敵前逃亡したため、数十万の自軍が大敗したという故事が残された。このため、「美貌軟弱、北魏これ蕭娘と称す」〔「娘」は、既婚の女性の意〕と史書にみえる。彼がもっとも愛した妾の子、蕭正立の石刻は南京に現存している。

 

12孫光憲《巻八31河滿子冠劍不隨》『花間集』383全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7179

孫光憲  河滿子

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

12孫光憲《巻八31河滿子冠劍不隨》『花間集』383全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7179

 

 

 
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花間集 教坊曲 『河滿子』 六首

毛文錫

《巻五33 河滿子一首》 紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。恨對百花時節,王孫綠草萋萋。

和凝

《巻六21 河滿子二首其一》  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

和凝

《巻六22 河滿子二首其二》  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

孫光憲

《巻八31 河滿子一首》 冠劍不隨君去,江河還共恩深。歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

毛熙震

《巻十01 河滿子二首 其一》  寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。緬想舊歡多少事,轉添春思難平。曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。一片相思休不得,忍教長日愁生。誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

毛熙震

《巻十02 河滿子二首 其二》  無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。幾度香閨眠曉,綺疎日微明。雲母帳中惜,水精枕上初驚。笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

河滿子

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

河滿子

冠劍 君去るに隨わず,江河 還た共に恩深し。

歌袖  眉黛慘なるに半ば遮ぎり,淚珠 衣襟に 旋滴す。

惆悵して 雲は愁い 雨は怨む,斷魂して何處にか相い尋ん。

 

凌波曲舞002

 

『河滿子』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

 

(下し文)

河滿子

冠劍 君去るに隨わず,江河 還た共に恩深し。

歌袖  眉黛慘なるに半ば遮ぎり,淚珠 衣襟に 旋滴す。

惆悵して 雲は愁い 雨は怨む,斷魂して何處にか相い尋ん。

 

(現代語訳)

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

 

(訳注)

河滿子

(役目で、黄河に乗り、長江に泛んで去ってゆくものも、寵愛を失って棄てられるのも、朝雲暮雨の別れを歌にして舞踊ってもとめることはできない涙を袂で隠すだけである。)

1 河滿子 唐教坊曲名であり舞曲とされる。一名を《何滿子》という。白居易詩注:開元中,滄州の歌う者の姓名であった。元稹詩に云う:“便ち將て何滿は,御府新題樂府纂に 曲名を為すとしている。又《盧氏雜》には唐文宗が宮人の沈翹翹の舞に《河滿子》詞を命じたとしている。又 舞曲に屬すとする。馮夢龍《詹詹外史、唐文宗》“「唐文宗御宴,宮妓舞《河滿子》,是沈翹翹。其詞云「浮雲蔽白日」。文宗曰:「汝知書耶?此是《文選》第一首。」遂問其繇。翹翹泣曰:「妾本元濟女,自因國亡,沒入掖庭,易姓沈。因配樂籍,本藝方響,乃白玉也。」乃賜金玉環。”

唐文宗李昂(原名涵,8091120日-840210日)

大明宮の圖003
 

2 唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、孫光憲は一首所収。単調三十七字、三平韻二仄韻6⑥❼⑥❻⑥の詞形をとる。

河滿子

冠劍不隨君去,江河還共恩

歌袖半遮眉黛淚珠旋滴衣

惆悵雲愁雨斷魂何處相

△●△○○●  ○○○△○△

○●●○○●●  ●○△●△○

○●○○●△  ●○△●△○

 

冠劍不隨君去,江河還共恩深。

爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けて髪に祈願し、途中まで送って行って君は去っていく。長江、黄河の流れのように大らしく、共に恩徳の深いものをかんじかえってくることを願ったのである。

3 冠劍 爵位をあらわす冠と戦に行く剣を付けている。

4 江河 長江と黄河の河の神に安全を祈る。

 

歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。

何満子の歌曲に合わせて踊るが今宵の別れの宴席では涙で崩れてしまった眉と黛を袖口で隠す、別れを考えると涙が珠のようにこぼれ落ち、着物と襟もとに滴り落ちて濡らす。

5 眉黛慘 今宵の逢瀬で眉と黛が崩れてしまって悲惨な状態になる。

 

惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

この別れに恨み嘆く、いっそ『高唐の賦』に言う雲雨となって一緒に居たいけれど雲にはなれないから愁い、雨になれないから恨みだけ残る。でも離れたままになると二人の思いは断たれてしまうし、何処にいるのか尋ねてもわからないことになってしまう。

6 惆悵 恨み嘆くこと。恨み嘆くさま。

7 雲愁・雨怨 雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

これまでの李商隠の雨を主題にした詩
7
 無題(颯颯東風細雨來)
8
 無題 (昨夜星辰昨夜風)
53
 夜雨寄北
71
 風雨
76 細雨(帷飄白玉堂) 李商隠特集
77 春雨 李商隠特集
78細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠
79七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作
など
雨を主題とした詠物詩。この詩には「雨」の語を出さず、比喩を連ね、比喩から連想されるイメージを繰り広げる手法がとられている

12孫光憲《巻八30定西番二首 其二》『花間集』382全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7174

孫光憲  定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

12孫光憲《巻八30定西番二首 其二》『花間集』382全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7174

 

 

 
  2016年1月12日 の紀頌之5つのBlog  
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  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
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花間集 教坊曲『定西番』七首

溫庭筠

巻一27定西番三首其一漢使昔年離別。攀弱柳,折寒梅,上高臺。千里玉關春雪,鴈來人不來。羌笛一聲愁,月徘徊。

溫庭筠

巻一28定西番三首其二海鷰欲飛調羽。萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。雙鬢翠霞金縷,一枝春豔濃。樓上月明三五,鏁窗中。

溫庭筠

巻一29定西番三首其三細雨曉鶯春晚。人似玉,柳如眉,正相思。羅幕翠簾初捲,鏡中花一枝。腸斷塞門消息,鴈來稀。

牛嶠

巻四23定西番紫塞月明千里,金甲冷,戍樓寒,夢長安。思望中天闊,漏殘星亦殘。畫角數聲嗚咽,雪漫漫。

孫光憲

巻八29定西番二首 其一鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。鵲面弓離短韔,彎來月欲成。一隻鳴雲外,曉鴻驚。

孫光憲

巻八30定西番二首 其二帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

毛熙震

《巻十04定西番》  蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。斜日倚欄風好,餘香出繡衣。未得玉郎消息,幾時歸。

 

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

定西番二首 其二

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

 

(定西番二首 其の二)

帝子 枕前秋の夜、霜幄 冷やか、月華明るく、正に三更まり。

何處にか 戍樓 笛寒く,夢殘り 一聲を聞く。

遙かに想う 漢關 萬里,淚 縱橫にす。

 

大明宮の圖003


 

『定西番二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

 

(下し文)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

(現代語訳)

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

 

(訳注)

定西番二首 其二

(都の後宮にいる宮女は国境の守りについている司令官のことを思って詠う。)

 

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。

双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、63③③/6⑤6③の詞形をとる。

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天,馬蹄

鵲面弓離短韔,彎來月欲

一隻鳴雲外,曉鴻

○●○○○△  ○●● ●○○  ●○△

●●○△●●  ○△●●○

●●○○○●  ●△○

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。既に溫庭筠と牛嶠については掲載済みである。双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、❻3③③/6⑤❻③の詞形をとる。

定西番二首 其二

帝子枕前秋霜幄,月華,正三

何處戍樓寒笛,夢殘聞一

遙想漢關萬,淚縱

●●△○○●  ○●△ ●△○  △△△

△●●○○●  △○△●○

○●●○●●  ●△△

 

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

宮女は秋の夜長に閨の枕元にいる、霜が降りて幄舎は冷気が広がっているでしょうし、満月はそこ楡らし、まさに真夜中を過ぎているころでしょう。

9. 秋夜 ・天長節は、85日の玄宗の誕生日を国慶節としたことによる。宮廷では宴席を行い、興慶宮の広場で、玄宗のもとで宮廷楽団の音楽や大規模な舞踊、出し物や曲芸、軽業、手品などの百戯が行われた。全国の寺観でも盛大な儀式が行われ、農民も天神を祭るという行事に組み入れられた。・中秋節は、815日に、中秋の名月を眺める日であり、この日の満月が最も美しい月とされた。果物などを食べながら、月見を行った。唐代の半ばにはじまり、晩唐には定着した。

・重陽節は、99日に、人々が高い丘や高楼の高所に登高し、茱萸(かわはじかみ)の枝や菊の花を髪に挿し、その実を入れた袋を肘に下げ、菊酒を飲み邪気を祓う行事である。翌日の910日が小重陽で酒宴が開かれた。

10. 幄 四隅に柱を立て、棟・檐(のき)を渡して布帛(ふはく)で覆った仮小屋。祭儀などのときに、臨時に庭に設けるもの。幄。幄の屋()。あげばり。

11. 三更 五更の第三。およそ現在の午後11時または午前零時からの2時間をいう。子()の刻。丙夜(へいや)

 

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

何処からか角笛が西域の国境を守る塞の楼閣に聞こえてきて、やっと会えたと夢をみているのはのっていても、満たされぬままにこの笛の音を聞いていることでしょう。

12. 戍樓 西域の国境を守る塞の楼閣。

 

遙想漢關萬里,淚縱橫。

遙か思うのは万里の長城の先の玉門關にいるあのひとのこと、思えば思うほど涙があふれて縦横に濡らす。

13. 漢關萬里 万里の長城の先の玉門關。

 

 

 

 

定西番

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠27《巻1-27 定西番三首其一》溫庭筠66首巻一27-〈27〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5332

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠28《巻1-28 定西番三首其二》溫庭筠66首巻一28-〈28〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5337

『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠29《巻1-29 定西番三首其三》溫庭筠66首巻一29-〈29〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5342

牛嶠《巻四19定西番一首》『花間集』170全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6122

14-382《定西番二首其一》孫光憲(42)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-565-14-(382) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4372

14-383《定西番二首其二》孫光憲(43)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-566-14-(383) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4377

19-496《定西番一首,》十巻 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-679-19-(496) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4942

 

孫光憲 定西番二首 【字解】

1. 鶏禄山 今の内蒙古の杭錦後旗の西北にある山。鶏禄墓に続く。後漢の賛意は、鶏禄塞を出て匈奴と稽落山(鶏禄山) で戦い、勝利を収めると、燕然山に登って石に戦功を刻んで帰った。古山名。在今蒙古人民共和国西南部。東漢永元元年(公元89) 竇憲による北匈奴の大破と班超による西域平定という外征の大成果があり、親政後にも新降匈奴や西羌に優位を保ち、対外的に国威が最も発揚された時代とされる

2. 遊騎 遊撃騎馬兵。

3. 馬蹄軽 凍りついた表土がやわらかくなって、馬が歩きやすくなること。

4. 鵲面弓 背面にカササギの形の飾りの付いた弓。なお、弓の名と解する説もある。鵲はカラスより小さいが、カラス科の鳥だけあって、胸一面が真っ白であとは真っ黒である。カチカチと鳴くので、勝烏(かちがらす)、烏鵲(うじゃく)、喜鵲(きじゃく)の名もある。

5. 離短鼓 弓袋から取り出す。離は取り出す。鼓は弓を入れる袋。短は、馬上で用いる弓が小型なことを意味する。

6. 月欲成 満月になろうとする。欲は今にも〜しそうだ、の意。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

7. 鳴 鳴り響く鏑矢。鏑をつけた矢。射ると大きな音響を発して飛ぶ。狩猟用の野矢の一種。軍陣の箙(えびら)には上差(うわざし)として差し添えた。鳴り鏑矢。鳴り矢。

8. 曉鴻 明け方にとっでゆく大雁。鴻:1.水鳥の一つ。大形の水鳥。おおとり。「鴻毛・鴻鵠」2.大きい。広大。
安史の乱期 勢力図 002
 

改訂 12孫光憲《巻八29定西番二首 其一》『花間集』381全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7169

孫光憲  定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。一隻鳴雲外,曉鴻驚。

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

改訂 12孫光憲《巻八29定西番二首 其一》『花間集』381全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7169

 

 
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花間集 教坊曲『定西番』七首

溫庭筠

巻一27定西番三首其一漢使昔年離別。攀弱柳,折寒梅,上高臺。千里玉關春雪,鴈來人不來。羌笛一聲愁,月徘徊。

溫庭筠

巻一28定西番三首其二海鷰欲飛調羽。萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。雙鬢翠霞金縷,一枝春豔濃。樓上月明三五,鏁窗中。

溫庭筠

巻一29定西番三首其三細雨曉鶯春晚。人似玉,柳如眉,正相思。羅幕翠簾初捲,鏡中花一枝。腸斷塞門消息,鴈來稀。

牛嶠

巻四23定西番紫塞月明千里,金甲冷,戍樓寒,夢長安。思望中天闊,漏殘星亦殘。畫角數聲嗚咽,雪漫漫。

孫光憲

巻八29定西番二首 其一鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。鵲面弓離短韔,彎來月欲成。一隻鳴雲外,曉鴻驚。

孫光憲

巻八30定西番二首 其二帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

毛熙震

《巻十04定西番》  蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。斜日倚欄風好,餘香出繡衣。未得玉郎消息,幾時歸。

 

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

定西番二首 其二

帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。

何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。

遙想漢關萬里,淚縱橫。

 

 

『定西番二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

 

(下し文)

(定西番二首 其の一)

鶏禄山前の遊騎、辺草 白く、朔天 明るく、馬蹄 軽し。

鵲面の弓 短韔より離し、彎り来たれば 月 成らんと欲す。

一隻の鳴 雲外に、暁鴻 驚く。

 

(現代語訳)

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

 

(訳注)

定西番二首 其一

(カササギの弓が並べば織姫を連れてくるだろう、弓を搾れば美人の顔になる、戦場であっても考えれば風流であると詠う。)

【解説】 辺塞の防備に当たる騎馬兵の活動を詠う。『花間集』の中にあっては、邊西詩があることが特異な作品であるが、その一とその二は一体のものであるということで花間集に取り上げられたのである。ただ、カササギは浮き橋となって織姫のところへ渡らせてくれるのであり、弓を引けば月のようになる、つまり美人の顔のようだ、こんな邊西の地にあってもカササギが思い出させてくれるということでもある。いかに戦場であっても風流に考えようという、戦場にはいかないで想定して詠うもの。

 

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内孫光憲の作が二首収められている。

双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、63③③/6⑤6③の詞形をとる。

定西番二首 其一

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天,馬蹄

鵲面弓離短韔,彎來月欲

一隻鳴雲外,曉鴻

○●○○○△  ○●● ●○○  ●○△

●●○△●●  ○△●●○

●●○○○●  ●△○

安史の乱期 勢力図 002
 

鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。

鶏禄墓に続く稽落山の前に馬を走らせば、ここら国境の辺塞には凍てついて草が一面に白く、その後、朔北の空が明けてくると、馬蹄は軽くあるけるようになる。

1. 鶏禄山 今の内蒙古の杭錦後旗の西北にある山。鶏禄墓に続く。後漢の賛意は、鶏禄塞を出て匈奴と稽落山(鶏禄山) で戦い、勝利を収めると、燕然山に登って石に戦功を刻んで帰った。古山名。在今蒙古人民共和国西南部。東漢永元元年(公元89) 竇憲による北匈奴の大破と班超による西域平定という外征の大成果があり、親政後にも新降匈奴や西羌に優位を保ち、対外的に国威が最も発揚された時代とされる

2. 遊騎 遊撃騎馬兵。

3. 馬蹄軽 凍りついた表土がやわらかくなって、馬が歩きやすくなること。

 

鵲面弓離短韔,彎來月欲成。

先頭の兵士が弓袋より鵲飾りの弓を取り出す、そして弓を一気に引き絞れば満月のようである。

4. 鵲面弓 背面にカササギの形の飾りの付いた弓。なお、弓の名と解する説もある。鵲はカラスより小さいが、カラス科の鳥だけあって、胸一面が真っ白であとは真っ黒である。カチカチと鳴くので、勝烏(かちがらす)、烏鵲(うじゃく)、喜鵲(きじゃく)の名もある。

5. 離短鼓 弓袋から取り出す。離は取り出す。鼓は弓を入れる袋。短は、馬上で用いる弓が小型なことを意味する。

6. 月欲成 満月になろうとする。欲は今にも〜しそうだ、の意。

 

一隻鳴雲外,曉鴻驚。

射たれた鏑矢は雲の彼方へと飛び行軍を促がす、同時にそれは明けの雁を驚かす。

7. 鳴 鳴り響く鏑矢。鏑をつけた矢。射ると大きな音響を発して飛ぶ。狩猟用の野矢の一種。軍陣の箙(えびら)には上差(うわざし)として差し添えた。鳴り鏑矢。鳴り矢。

8. 曉鴻 明け方にとっでゆく大雁。鴻:1.水鳥の一つ。大形の水鳥。おおとり。「鴻毛・鴻鵠」2.大きい。広大。

12孫光憲《巻八28風流子三首其三》『花間集』380全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7164

孫光憲  風流子三首其三

金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。

掩,繡簾垂,曲院水流花謝。

歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

黄金でつくった覊に、宝飾で輝くクツワを付いてきたこと知らせる様に馬を嘶かせている。鬱蒼と緑に茂った楊の樹のもとに馬をつなぐ。

南の正面の扉は閉められたままであり、刺繍が入った簾も垂らしている。奥まった中庭の国向って小川が流れているあれほど咲き誇った花も落ちてしまっている。

誰もがやがて歓談するのもやめて帰るとことになる。外に出ると深夜の九衢の大通りがある皇城も夜が更けてゆく。

12孫光憲《巻八28風流子三首其三》『花間集』380全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7164

 

 
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  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
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743年(56)李太白集卷六07-《西嶽雲臺歌送丹丘子》 375-#2Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(56) Ⅰ李白詩1724 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7161  
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韓愈126《 巻四21 荊潭唱和詩序》 #1 韓愈(韓退之) 805年貞元21年 38歳<1637> Ⅱ#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7162  
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  index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首  
  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-13-#1杜甫 《19-16 秋行官張望督促東渚耗稻向畢,清晨遣女奴阿稽、豎子阿段往問》#1 杜甫詩index-15-767年大暦2年56歲-13-#1 <1103> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7163  
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
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  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
  毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻  
  魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻  
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孫光憲

巻八26風流子三首其一  茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。菰葉長,水開,門外春波漲綠。聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

孫光憲

巻八27風流子三首其二  樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

孫光憲

巻八28風流子三首其三  金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。朱掩,繡簾垂,曲院水流花謝。歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

 

 

風流子三首其一

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

 

(風流子三首其の一)

茅舍 槿籬 溪曲あり,雞犬は 南より 北より。

菰葉は 長く,水は 開く,門外 春波 綠漲る。

織を聽けば,促を聲く,軋軋として 穿屋に鳴梭す。

 

風流子三首其二

(神仙境といわれる後宮での今宵の佳き伴侶として過ごす妃嬪が選ばれる、まだ幼さを残した妃嬪は、まだあどけない素振りをくりかえす)

樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。

日が堕ち、高殿欄干に寄りかかると、大通りに日は落ち、都には夕闇がせまる、神仙郷、後宮の寝殿において、よき伴侶として良く勤めてくれる妃賓を、ざっと目を通し選ばれる。

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。

薄化粧でも充分美しいし、髪を梳く姿に魅了される、きれいな絵簾を開けようとしてそこまで行くと、美しい姿を隠れん坊をして、見え隠れする。

無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

黙って寄り添い、離れるのは厭だというような顔をする。そして、はにかんで、ゆるゆると薄絹のスカートを引いて奥に去る。

(風流子三首其の二)

楼は長衢【ちょうく】に倚りて 暮れんと欲し、神仙の伴侶を瞥見す。

微かに粉を傳き、頭を攏し梳く、隠映す 画簾の開く処。

語ること 無く、緒 無し、慢に羅裙を曳きて 帰り去る。

 

風流子三首其三

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。

黄金でつくった覊に、宝飾で輝くクツワを付いてきたこと知らせる様に馬を嘶かせている。鬱蒼と緑に茂った楊の樹のもとに馬をつなぐ。

掩,繡簾垂,曲院水流花謝。

南の正面の扉は閉められたままであり、刺繍が入った簾も垂らしている。奥まった中庭の国向って小川が流れているあれほど咲き誇った花も落ちてしまっている。

歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

誰もがやがて歓談するのもやめて帰るとことになる。外に出ると深夜の九衢の大通りがある皇城も夜が更けてゆく。

 

(風流子三首其の三)

金絡 玉銜 嘶く馬,向に繫ぎて 綠楊 陰下にす。

 掩う,繡簾 垂れ,曲院 水流れ 花謝す。

歡罷め,歸る也,猶お九衢 深夜に在り。

西湖十景 曲院風荷02

 

『風流子三首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

風流子三首其三

金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。

掩,繡簾垂,曲院水流花謝。

歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

 

 

(下し文)

(風流子三首其の三)

金絡 玉銜 嘶く馬,向に繫ぎて 綠楊 陰下にす。

 掩う,繡簾 垂れ,曲院 水流れ 花謝す。

歡罷め,歸る也,猶お九衢 深夜に在り。

 

(現代語訳)

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

黄金でつくった覊に、宝飾で輝くクツワを付いてきたこと知らせる様に馬を嘶かせている。鬱蒼と緑に茂った楊の樹のもとに馬をつなぐ。

南の正面の扉は閉められたままであり、刺繍が入った簾も垂らしている。奥まった中庭の国向って小川が流れているあれほど咲き誇った花も落ちてしまっている。

誰もがやがて歓談するのもやめて帰るとことになる。外に出ると深夜の九衢の大通りがある皇城も夜が更けてゆく。

曲院風荷01
 

(訳注)

風流子三首其三

(馬で遠出をしての帰りに妃嬪のところに来る、いつものように柳の木に馬を繋いで入ってゆく、帰るのはいつも深夜頃である。)

 

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

風流子三首其一

茅舍槿籬溪,雞犬自南自

菰葉長,水開,門外春波漲

,聲,軋軋鳴梭穿

△●●○○●  ○●●○●●

○●△  ●○○ ○●○○△● 

△● ○●  ●●○○△●

風流子三首其二

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

樓倚長衢欲,瞥見神仙伴

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開

,無,慢曳羅裙歸

○△△○●●  ●●○○●●

○△●  ●○○ ●●●○○●

○● ○●  ●●○○○●

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

風流子三首其三

金絡玉銜嘶,繫向綠楊陰

掩,繡簾垂,曲院水流花

,歸,猶在九衢深

○●●○○●  ●●●○○●

○●●  ●○○ ●△●○○●

○△ ○●  △●△○△●


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孫光憲  風流子三首其二

樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。

無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

(神仙境といわれる後宮での今宵の佳き伴侶として過ごす妃嬪が選ばれる、まだ幼さを残した妃嬪は、まだあどけない素振りをくりかえす)

日が堕ち、高殿欄干に寄りかかると、大通りに日は落ち、都には夕闇がせまる、神仙郷、後宮の寝殿において、よき伴侶として良く勤めてくれる妃賓を、ざっと目を通し選ばれる。薄化粧でも充分美しいし、髪を梳く姿に魅了される、きれいな絵簾を開けようとしてそこまで行くと、美しい姿を隠れん坊をして、見え隠れする。黙って寄り添い、離れるのは厭だというような顔をする。そして、はにかんで、ゆるゆると薄絹のスカートを引いて奥に去る。

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  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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孫光憲

巻八26風流子三首其一  茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。菰葉長,水開,門外春波漲綠。聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

孫光憲

巻八27風流子三首其二  樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

孫光憲

巻八28風流子三首其三  金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。朱掩,繡簾垂,曲院水流花謝。歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

 

 

風流子三首其一

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

 

(風流子三首其の一)

茅舍 槿籬 溪曲あり,雞犬は 南より 北より。

菰葉は 長く,水は 開く,門外 春波 綠漲る。

織を聽けば,促を聲く,軋軋として 穿屋に鳴梭す。

 

風流子三首其二

(神仙境といわれる後宮での今宵の佳き伴侶として過ごす妃嬪が選ばれる、まだ幼さを残した妃嬪は、まだあどけない素振りをくりかえす)

樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。

日が堕ち、高殿欄干に寄りかかると、大通りに日は落ち、都には夕闇がせまる、神仙郷、後宮の寝殿において、よき伴侶として良く勤めてくれる妃賓を、ざっと目を通し選ばれる。

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。

薄化粧でも充分美しいし、髪を梳く姿に魅了される、きれいな絵簾を開けようとしてそこまで行くと、美しい姿を隠れん坊をして、見え隠れする。

無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

黙って寄り添い、離れるのは厭だというような顔をする。そして、はにかんで、ゆるゆると薄絹のスカートを引いて奥に去る。

(風流子三首其の二)

楼は長衢【ちょうく】に倚りて 暮れんと欲し、神仙の伴侶を瞥見す。

微かに粉を傳き、頭を攏し梳く、隠映す 画簾の開く処。

語ること 無く、緒 無し、慢に羅裙を曳きて 帰り去る。

 

風流子三首其三

金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。

掩,繡簾垂,曲院水流花謝。

歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

長安城図 作図00
 

 

『風流子三首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

風流子三首其二

樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。

無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

 

(下し文)

(風流子三首其の二)

楼は長衢【ちょうく】に倚りて 暮れんと欲し、神仙の伴侶を瞥見す。

微かに粉を傳き、頭を攏し梳く、隠映す 画簾の開く処。

語ること 無く、緒 無し、慢に羅裙を曳きて 帰り去る。

 

(現代語訳)

(神仙境といわれる後宮での今宵の佳き伴侶として過ごす妃嬪が選ばれる、まだ幼さを残した妃嬪は、まだあどけない素振りをくりかえす)

日が堕ち、高殿欄干に寄りかかると、大通りに日は落ち、都には夕闇がせまる、神仙郷、後宮の寝殿において、よき伴侶として良く勤めてくれる妃賓を、ざっと目を通し選ばれる。

薄化粧でも充分美しいし、髪を梳く姿に魅了される、きれいな絵簾を開けようとしてそこまで行くと、美しい姿を隠れん坊をして、見え隠れする。

黙って寄り添い、離れるのは厭だというような顔をする。そして、はにかんで、ゆるゆると薄絹のスカートを引いて奥に去る。

大明宮 作図011
 

(訳注)

風流子三首其二

(神仙境といわれる後宮での今宵の佳き伴侶として過ごす妃嬪が選ばれる、まだ幼さを残した妃嬪は、まだあどけない素振りをくりかえす)

 

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

風流子三首其一

茅舍槿籬溪,雞犬自南自

菰葉長,水開,門外春波漲

,聲,軋軋鳴梭穿

△●●○○●  ○●●○●●

○●△  ●○○ ○●○○△● 

△● ○●  ●●○○△●

風流子三首其二

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

樓倚長衢欲,瞥見神仙伴

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開

,無,慢曳羅裙歸

○△△○●●  ●●○○●●

○△●  ●○○ ●●●○○●

○● ○●  ●●○○○●

 

孫光憲900年-968年)、字を孟文と言い、自ら葆光子と号した。陵州の貴平(今の四川省仁壽縣東北)の人。唐の末に陵州の判官となったが、後唐の明宗の926年天成初年、戦乱を避けて江陵(今の湖北省の江陵)に住んだ時、南平王の高従義の知遇を得て、彼の幕下となった。963年建隆四年、当時南平王であった高継沖に末に帰服することを勧め、高継沖は、彼の勧めに従って宋に下った。宋の太祖はその功績を嘉して孫光憲を黄州刺史に任じたが、赴任前に亡くなった。詞風は淡麗清疏、水郷の風光描写に優れるが、反面、脂粉の香りにはやや欠ける。多くの著作のあったことは分かっているが、そのほとんどが末代に既に失われた。唐五代の詞人中、今日に伝わる詞は最も多く、『花間集』には六十一首の詞が収められている

 

 

樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。

日が堕ち、高殿欄干に寄りかかると、大通りに日は落ち、都には夕闇がせまる、神仙郷、後宮の寝殿において、よき伴侶として良く勤めてくれる妃賓を、ざっと目を通し選ばれる。

13. 長衛 街の中心の大通り、交通の要衝の地。長安の承天門―朱雀門―明徳門の朱雀門街を示すことで長安城に夕闇が訪れたことを言う。

14. 欲暮 暮れようとしている。欲は今にも〜しそうだ、の意。

15. 神仙伴侶 神仙のともがら、仙女。花街で、風流な日を過ごすなかで女性が男にとってよき伴侶でいてくれること、文字通り、痒い所に手が届くおもてなしをしてくれていることを風流に表現する。女道士で後宮に入った妃嬪と思われる。

16. 瞥見 ちらりと見ること。ざっと目を通すこと。一瞥。

 

微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。

薄化粧でも充分美しいし、髪を梳く姿に魅了される、きれいな絵簾を開けようとしてそこまで行くと、美しい姿を隠れん坊をして、見え隠れする。

17. 徴博 粉薄く白粉を塗る。

18. 攏梳頭 髪をさっと梳かす。攏は櫛などで筋目をっけること。

19. 隠映 隠れん坊をして、見え隠れする。

 

無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

黙って寄り添い、離れるのは厭だというような顔をする。そして、はにかんで、ゆるゆると薄絹のスカートを引いて奥に去る。

20. 無緒 楽しい思いがしない、心楽しまない。ここでは女性が浮かぬ顔をしていることを言う。

 

 

(風流子三首其の二)

楼は長衢【ちょうく】に倚りて 暮れんと欲し、神仙の伴侶を瞥見す。

微かに粉を傳き、頭を攏し梳く、隠映す 画簾の開く処。

語ること 無く、緒 無し、慢に羅裙を曳きて 帰り去る。

 

孫光憲  風流子三首 其一其二 【字解】

 

1.        風流子. 唐教坊曲名。寵愛を失った妃賓、離宮か、墓陵に送られた妃嬪を思い浮かべる作品である。この時代に風流に自然を眺められるのは、何らかの安定した収入源がある女性が前提である。「男耕女織」の時代であるが、この詩には全く労働の気配が感じられない。犬が遠くで鳴き、鶏、鳥が鳴く声が、琴の曲とし、コオロギの声も、琴箏に聞こえる、昔は、春の行楽、秋の菊美、月見にことを演奏し、聞いていた人物であるから、宮中にいた女性、妃嬪という立場であったものが暇を取らされたということである。或は、後宮にいても、寵愛を受けない妃嬪たちは、することは全くないから、この詩の状況に置かれることもあるのである。

『唐六典』 の内官制度の規定によると、后妃たちにも職務が決められていた。妃嬪は皇后を補佐し、「坐して婦礼を論じ」、「内廷に在って万事を統御する」、六儀(後宮にある六つの官庁)は「九御(天子に奉侍する女官たち)に四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)を教え、傘下の婦人を率いて皇后の儀礼を讃え導く」、美人は「女官を率いて祭礼接客の事を修める」、才人は「宴会、寝所の世話を司り、糸枲のことを理め、その年の収穫を帝に献じる」等々。しかしながら、これらの仕事も大半は形式的なもので、なんら実際の労働ではなかった。形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺事』巻上)。これらが彼女たちの優閑無聊の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

2. 茅舍 草ぶきの家,あばら家,茅屋,拙宅.

3. 槿籬 槿(ムクゲ)のいけがき。「槿籬竹屋江村路。槿籬竹屋江村の路」〔王安石・鍾山晩歩〕.

4. 溪曲 前溪曲のこと。古楽府吴声舞曲。

5. 雞犬 『老子、獨立第八十』「鄰國相望、雞犬之聲相聞」(鄰國相い望み、雞犬の聲相い聞ゆる)

6. 動物の飼育

「年は二八(十六歳)、久しく香閏に鎖こめられ、禍児(狩)と鶴鵡を相手に戯ぶのが愛き」(『敦煙変文社会風俗事物考』より引用)とあるように、家庭の少女や婦人、それに宮中の女性たちは常に鶴鵡や犬などの小動物を友として飼い、寂しさをまざらわせていた。楊貴妃が飼っていた鶴鵡は雪衣女といい、犬は康国(中央アジアのサマルカンド)から献上されたもので、どちらも高貴な品種であった。宮女や妃妾もまた常に小さな金の龍に蟻蜂を捉えて飼い、夜枕辺に置いて鳴き声を聞き、孤独の苦しみをまざらわせた。後に、この風習を民間が争ってまねるようになり、蟻蜂を飼うのを娯楽とした(『開元天宝遺事』巻上)。

7. 菰 ① マコモやわらで織った筵(むしろ)。 マコモの古名。 「三島江の入江の-をかりにこそ/万葉集 2766 「薦被(こもかぶ)り② 」の略。

8. 水 1.亦作"" 2.水草名。一年生草本。

9. 聽織,聲促 「聽促織,聲促織」ということ。

杜甫『促織』

促織甚微細、哀音何動人。

草根吟不穏、牀下意相親。

久客得無涙、故妻難及晨。

悲糸与急管、感激異天真。

(促 織)

促織【そくしょく】は  甚【はなは】だ微細なるに、哀音【あいおん】  何ぞ人を動かすや。

草根【そうこん】に 吟ずること 穏かならず、牀下【しょうか】に 意 相【あい】親しむ。

久客【きゅうかく】 涙 無きを得んや、故妻【こさい】  晨【あした】に及び難し。

悲糸【ひし】と急管【きゅうかん】と、感激は天真【てんしん】に異なり。

秦州抒情詩(11)   促織 杜甫 <296> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1355 杜甫詩 700- 416

10 軋軋 清楽は12弦箏を用いたが,他は13弦箏を普通とした。 奏法には指で奏する搊(しゆう),骨製の爪(義甲)で奏する弾,弦を擦って鳴らす軋(あつ)があったというが,搊と弾の意味はかならずしも明確ではない。車にキシミ音のような音。

11. 鳴梭 横糸とする糸を巻いた管を、舟形の胴部の空所に収めたもの。端から糸を引き出しながら縦糸の間を左右にくぐらせる。シャトル。

12. 穿屋 「穿屋巷」細い細い路地のこと。

 

主に宮中の年中行事

年中行事は、唐代では史料も増え、政府の儀礼だけでなく、都市における行事の詳細も分かるようになっている。行事の中でも、立春から冬至までの八節(二十四節気参照)と重日が重要視された。唐代の年中行事は、国家の安泰や農作物の豊穣や無病息災、神々や祖先との交流し、社会的共同性を更新する機会であり、宗教的呪術の場でもあった。

元会は、元旦に都である長安太極宮もしくは大明宮で皇帝が行う朝賀である。元会には各国の使者や百官が集まり、式典を行った。百官は元旦と前後3日間合計7日間休み、元会の儀式が終わると、残る3日新春の訪れを家族と祝った。正月には竹を燃やし、爆竹が鳴らされ、悪霊を追い払った。また、屠蘇酒を飲み、健康を祝い、膠牙糖という水飴を舐めた。

人日節正月7日に行われた行事である。祝宴が宮廷で行われ、百官に魔よけの人形の切り絵である「人勝」が配られる。この日、7種の野草を使う羮が作られた。

上元節は正月15日の前後3日間続く灯籠祭りであり、元宵節とも呼ばれ、仏教の影響もあって、最も盛んとなった祭りである。上元節の期間中は、夜行の禁が解かれ、都市、田舎を問わず、家ごとに灯籠を掛け連ね、着飾った大勢の見物人が夜通し活動する。大都市では、灯籠を無数に連ねた灯樹、灯輪、山棚などというものが飾られ、都市内各地で見物することができた。上元節の灯籠は、玄宗期に隆盛を迎え、その盛大さは多くの唐詩に唱われている。長安では、皇帝も元宵節を楽しみ、雑踏は非常に激しいもので、落とし物も朝には市中にあちこちに転がったと伝えられる。また、昼間は抜河(綱引き)が行われた。長安以外では、洛陽揚州涼州でも大規模な祭りが開かれた。玄宗期の一時期は2月に開かれていた。

探春の宴は早春の野に春の風景を探す行事である。送窮日は、1月最終日で、貧乏神を送り出す行事である。

寒食節は、2月末に、一日中冷たいものを食べる。前後3日間、火を焚くこと、夜間に灯りをつけることを禁じられた。清明節は、31日に寒食節が終わると、一続きで行われる、家で新火をおこし始める行事である。

寒食の用語解説 - 古代中国で、冬至から105日目に、火気を用いないで冷たい食事をしたこと。そのころは風雨が激しいので火災予防のためとも、また、一度火を断って新しい火で春を促すためともいう。

上巳節は、33日に行われる河や池の水で身体を洗う行事である「祓禊」が行われる。長安付近では、曲江池や渭水で行った。全体的に行楽のような意味合いを持った行事で、景色を楽しんだり、宴会が開かれたりした。

春の行事:探春の宴、送窮日、寒食節、清明節、上巳節

秋の行事:七夕、天長節、中秋節、重陽節

端午節は、55日に、悪鬼を防ぐため、艾(よもぎ)人形を戸口にかけ、艾のを頭にかぶる行事である。粽子(ちまき)を食べ、竜船競渡(ボートレース)を行うこともあった。宮廷でも、衣服やチマキが下賜された。部屋に飾る鍾馗の絵は唐代からはじまっている。

夏至には、百官は3日間の休みが与えられる。

七夕は、77日に、年に一度、織女星と牽牛星が会う日である。爆衣・爆書という衣類書籍の虫干しが行われ、夜にや瓜を食べ、を立てて二つの星を祭る。針穴に色糸を通して織物の上達を祈る「乞巧節」でもある。

天長節は、85日の玄宗の誕生日を国慶節としたことによる。宮廷では宴席を行い、興慶宮の広場で、玄宗のもとで宮廷楽団の音楽や大規模な舞踊、出し物や曲芸軽業手品などの百戯が行われた。全国の寺観でも盛大な儀式が行われ、農民も天神を祭るという行事に組み入れられた。

「中秋節は、815日に、中秋の名月を眺める日であり、この日の満月が最も美しい月とされた。果物などを食べながら、月見を行った。唐代の半ばにはじまり、晩唐には定着した。

重陽節は、99日に、人々が高い丘や高楼の高所に登高し、茱萸(かわはじかみ)の枝や菊の花を髪に挿し、その実を入れた袋を肘に下げ、菊酒を飲み邪気を祓う行事である。翌日の910日が小重陽で酒宴が開かれた。

冬至節は、1115日に、皇帝が朝賀を行う前に天に祭り、天下太平・五穀豊穣を祈り、式典が催される。元旦とともに重視され、官僚は7日間の休日を与えられた。民間でも「拝冬」として祝い、ご馳走をする。この前夜は、「至除夜」と言われ、徹夜して夜明けを迎える。

臘日は成道日の128日に、酒宴などを行って祝う行事。宮中でも宴会が開かれる。

徐夕は、1229日か30日の1年の最終日。夜の「除夜」に、新しい年を迎えるため、酒を飲んで、徹夜する。宮廷では「大儺」の儀式が行われた。

改訂12孫光憲《巻八26風流子三首其一》『花間集』378全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7162

孫光憲  風流子三首其一

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。菰葉長,水開,門外春波漲綠。聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

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孫光憲

巻八26風流子三首其一  茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。菰葉長,水開,門外春波漲綠。聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

孫光憲

巻八27風流子三首其二  樓倚長衢欲暮,瞥見神仙伴侶。微傅粉,攏梳頭,隱映畫簾開處。無語,無緒,慢曳羅裙歸去。

孫光憲

巻八28風流子三首其三  金絡玉銜嘶馬,繫向綠楊陰下。朱掩,繡簾垂,曲院水流花謝。歡罷,歸也,猶在九衢深夜。

 

 

風流子三首其一

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

 

(風流子三首其の一)

茅舍 槿籬 溪曲あり,雞犬は 南より 北より。

菰葉は 長く,水は 開く,門外 春波 綠漲る。

織を聽けば,促を聲く,軋軋として 穿屋に鳴梭す。

 

大明宮 作図011
 

 

 

『風流子三首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

風流子三首其一

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

 

(下し文)

(風流子三首其の一)

茅舍 槿籬 溪曲あり,雞犬は 南より 北より。

菰葉は 長く,水は 開く,門外 春波 綠漲る。

織を聽けば,促を聲く,軋軋として 穿屋に鳴梭す。

 

 

(現代語訳)

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

 

(訳注)

風流子三首其一

(昔、寵愛を受け、後宮で暮らした妃嬪が、川辺の草堂の春を詠い、秋を詠う、隠遁者のように風流を詠う。)

1.    風流子. 唐教坊曲名。寵愛を失った妃賓、離宮か、墓陵に送られた妃嬪を思い浮かべる作品である。この時代に風流に自然を眺められるのは、何らかの安定した収入源がある女性が前提である。「男耕女織」の時代であるが、この詩には全く労働の気配が感じられない。犬が遠くで鳴き、鶏、鳥が鳴く声が、琴の曲とし、コオロギの声も、琴箏に聞こえる、昔は、春の行楽、秋の菊美、月見にことを演奏し、聞いていた人物であるから、宮中にいた女性、妃嬪という立場であったものが暇を取らされたということである。或は、後宮にいても、寵愛を受けない妃嬪たちは、することは全くないから、この詩の状況に置かれることもあるのである。

『唐六典』 の内官制度の規定によると、后妃たちにも職務が決められていた。妃嬪は皇后を補佐し、「坐して婦礼を論じ」、「内廷に在って万事を統御する」、六儀(後宮にある六つの官庁)は「九御(天子に奉侍する女官たち)に四徳(婦徳・婦言・婦容・婦功)を教え、傘下の婦人を率いて皇后の儀礼を讃え導く」、美人は「女官を率いて祭礼接客の事を修める」、才人は「宴会、寝所の世話を司り、糸枲のことを理め、その年の収穫を帝に献じる」等々。しかしながら、これらの仕事も大半は形式的なもので、なんら実際の労働ではなかった。形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嬪妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟋蟀を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺事』巻上)。これらが彼女たちの優閑無聊の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

唐の教坊の曲名。またの名を内家嬌、驪山石と言う。『花間集』には孫光憲の三首のみ所収。単調三十四字、八句六仄韻で、❻❻33❻❷❷❻の詞形をとる。

風流子三首其一

茅舍槿籬溪,雞犬自南自

菰葉長,水開,門外春波漲

,聲,軋軋鳴梭穿

△●●○○●  ○●●○●●

○●△  ●○○ ○●○○△● 

△● ○●  ●●○○△●

 

茅舍槿籬溪曲,雞犬自南自北。

草ぶきの四阿にはムクゲの生垣に囲まれていて琴の「前溪曲」が聞えてくる、近くで鶏や犬の鳴き声が南から、北の方からも聞こえてくる。

2. 茅舍 草ぶきの家,あばら家,茅屋,拙宅.

3. 槿籬 槿(ムクゲ)のいけがき。「槿籬竹屋江村路。槿籬竹屋江村の路」〔王安石・鍾山晩歩〕.

4. 溪曲 前溪曲のこと。古楽府吴声舞曲。

5. 雞犬 『老子、獨立第八十』「鄰國相望、雞犬之聲相聞」(鄰國相い望み、雞犬の聲相い聞ゆる)

6. 動物の飼育

「年は二八(十六歳)、久しく香閏に鎖こめられ、禍児(狩)と鶴鵡を相手に戯ぶのが愛き」(『敦煙変文社会風俗事物考』より引用)とあるように、家庭の少女や婦人、それに宮中の女性たちは常に鶴鵡や犬などの小動物を友として飼い、寂しさをまざらわせていた。楊貴妃が飼っていた鶴鵡は雪衣女といい、犬は康国(中央アジアのサマルカンド)から献上されたもので、どちらも高貴な品種であった。宮女や妃妾もまた常に小さな金の龍に蟻蜂を捉えて飼い、夜枕辺に置いて鳴き声を聞き、孤独の苦しみをまざらわせた。後に、この風習を民間が争ってまねるようになり、蟻蜂を飼うのを娯楽とした(『開元天宝遺事』巻上)。

 

菰葉長,水開,門外春波漲綠。

春は、離宮の前の川に生えている菰の葉は長く伸びているし、水草の花が開いている。南の門の向うに春の増水でと手の若草に水嵩が上がり漲り、波が立っている。

7. 菰 ① マコモやわらで織った筵(むしろ)。 マコモの古名。 「三島江の入江の-をかりにこそ/万葉集 2766 「薦被(こもかぶ)り② 」の略。

8. 水 1.亦作"" 2.水草名。一年生草本。

 

聽織,聲促,軋軋鳴梭穿屋。

秋には、蟋蟀の鳴き声を耳を澄ましていいていたら、今度はどこからでも聞こえてくる。車のキシミ音のように聞こえてくるけど、琴絃を弓で弾く音か「穿屋巷」に響き渡る。

9. 聽織,聲促 「聽促織,聲促織」ということ。

杜甫『促織』

促織甚微細、哀音何動人。

草根吟不穏、牀下意相親。

久客得無涙、故妻難及晨。

悲糸与急管、感激異天真。

(促 織)

促織【そくしょく】は  甚【はなは】だ微細なるに、哀音【あいおん】  何ぞ人を動かすや。

草根【そうこん】に 吟ずること 穏かならず、牀下【しょうか】に 意 相【あい】親しむ。

久客【きゅうかく】 涙 無きを得んや、故妻【こさい】  晨【あした】に及び難し。

悲糸【ひし】と急管【きゅうかん】と、感激は天真【てんしん】に異なり。

秦州抒情詩(11)   促織 杜甫 <296> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1355 杜甫詩 700- 416

10 軋軋 清楽は12弦箏を用いたが,他は13弦箏を普通とした。 奏法には指で奏する搊(しゆう),骨製の爪(義甲)で奏する弾,弦を擦って鳴らす軋(あつ)があったというが,搊と弾の意味はかならずしも明確ではない。車にキシミ音のような音。

11. 鳴梭 横糸とする糸を巻いた管を、舟形の胴部の空所に収めたもの。端から糸を引き出しながら縦糸の間を左右にくぐらせる。シャトル。

12. 穿屋 「穿屋巷」細い細い路地のこと。

 

 

主に宮中の年中行事

年中行事は、唐代では史料も増え、政府の儀礼だけでなく、都市における行事の詳細も分かるようになっている。行事の中でも、立春から冬至までの八節(二十四節気参照)と重日が重要視された。唐代の年中行事は、国家の安泰や農作物の豊穣や無病息災、神々や祖先との交流し、社会的共同性を更新する機会であり、宗教的呪術の場でもあった。

元会は、元旦に都である長安太極宮もしくは大明宮で皇帝が行う朝賀である。元会には各国の使者や百官が集まり、式典を行った。百官は元旦と前後3日間合計7日間休み、元会の儀式が終わると、残る3日新春の訪れを家族と祝った。正月には竹を燃やし、爆竹が鳴らされ、悪霊を追い払った。また、屠蘇酒を飲み、健康を祝い、膠牙糖という水飴を舐めた。

人日節正月7日に行われた行事である。祝宴が宮廷で行われ、百官に魔よけの人形の切り絵である「人勝」が配られる。この日、7種の野草を使う羮が作られた。

上元節は正月15日の前後3日間続く灯籠祭りであり、元宵節とも呼ばれ、仏教の影響もあって、最も盛んとなった祭りである。上元節の期間中は、夜行の禁が解かれ、都市、田舎を問わず、家ごとに灯籠を掛け連ね、着飾った大勢の見物人が夜通し活動する。大都市では、灯籠を無数に連ねた灯樹、灯輪、山棚などというものが飾られ、都市内各地で見物することができた。上元節の灯籠は、玄宗期に隆盛を迎え、その盛大さは多くの唐詩に唱われている。長安では、皇帝も元宵節を楽しみ、雑踏は非常に激しいもので、落とし物も朝には市中にあちこちに転がったと伝えられる。また、昼間は抜河(綱引き)が行われた。長安以外では、洛陽揚州涼州でも大規模な祭りが開かれた。玄宗期の一時期は2月に開かれていた。

探春の宴は早春の野に春の風景を探す行事である。送窮日は、1月最終日で、貧乏神を送り出す行事である。

寒食節は、2月末に、一日中冷たいものを食べる。前後3日間、火を焚くこと、夜間に灯りをつけることを禁じられた。清明節は、31日に寒食節が終わると、一続きで行われる、家で新火をおこし始める行事である。

寒食の用語解説 - 古代中国で、冬至から105日目に、火気を用いないで冷たい食事をしたこと。そのころは風雨が激しいので火災予防のためとも、また、一度火を断って新しい火で春を促すためともいう。

上巳節は、33日に行われる河や池の水で身体を洗う行事である「祓禊」が行われる。長安付近では、曲江池や渭水で行った。全体的に行楽のような意味合いを持った行事で、景色を楽しんだり、宴会が開かれたりした。

春の行事:探春の宴、送窮日、寒食節、清明節、上巳節

秋の行事:七夕、天長節、中秋節、重陽節

端午節は、55日に、悪鬼を防ぐため、艾(よもぎ)人形を戸口にかけ、艾のを頭にかぶる行事である。粽子(ちまき)を食べ、竜船競渡(ボートレース)を行うこともあった。宮廷でも、衣服やチマキが下賜された。部屋に飾る鍾馗の絵は唐代からはじまっている。

夏至には、百官は3日間の休みが与えられる。

七夕は、77日に、年に一度、織女星と牽牛星が会う日である。爆衣・爆書という衣類書籍の虫干しが行われ、夜にや瓜を食べ、を立てて二つの星を祭る。針穴に色糸を通して織物の上達を祈る「乞巧節」でもある。

天長節は、85日の玄宗の誕生日を国慶節としたことによる。宮廷では宴席を行い、興慶宮の広場で、玄宗のもとで宮廷楽団の音楽や大規模な舞踊、出し物や曲芸軽業手品などの百戯が行われた。全国の寺観でも盛大な儀式が行われ、農民も天神を祭るという行事に組み入れられた。

「中秋節は、815日に、中秋の名月を眺める日であり、この日の満月が最も美しい月とされた。果物などを食べながら、月見を行った。唐代の半ばにはじまり、晩唐には定着した。

重陽節は、99日に、人々が高い丘や高楼の高所に登高し、茱萸(かわはじかみ)の枝や菊の花を髪に挿し、その実を入れた袋を肘に下げ、菊酒を飲み邪気を祓う行事である。翌日の910日が小重陽で酒宴が開かれた。

冬至節は、1115日に、皇帝が朝賀を行う前に天に祭り、天下太平・五穀豊穣を祈り、式典が催される。元旦とともに重視され、官僚は7日間の休日を与えられた。民間でも「拝冬」として祝い、ご馳走をする。この前夜は、「至除夜」と言われ、徹夜して夜明けを迎える。

臘日は成道日の128日に、酒宴などを行って祝う行事。宮中でも宴会が開かれる。

徐夕は、1229日か30日の1年の最終日。夜の「除夜」に、新しい年を迎えるため、酒を飲んで、徹夜する。宮廷では「大儺」の儀式が行われた。

12孫光憲《巻八25女冠子二首其二》『花間集』377全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7152

孫光憲  女冠子二首其二

澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。一緒に簫の笛を吹いてくれと言うけれどそんなこと言ってはいけないという。同もそういうのにはなじめないのだ。

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溫庭筠

《巻一48女冠子二首其一》 含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙

溫庭筠

《巻一49女冠子二首其二》 霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

《巻三21女冠子二首其一》 四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

《巻三22女冠子二首其二》 昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

《巻三43女冠子二首其一》 求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

《巻三44女冠子二首其二》 雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘

牛嶠

《巻四01女冠子四首其一》 綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

《巻四02女冠子四首其二》 錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

《巻四03女冠子四首其三》 星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎

牛嶠

《巻四04女冠子四首其四》 雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時

張泌

《巻四39女冠子一首之一》 露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

《巻八24女冠子二首其一》 蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

《巻八25女冠子二首其二》 澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密醮壇陰。倚雲低首望,可知心。

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐裊麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天。

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

 

女冠子二首其一

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

品流巫峽外,名籍紫微中。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。

真侶墉城會,夢魂通。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

(女冠子二首 其の一)

蕙風 芝露,壇際 殘香 輕く度る。

蘂珠宮,苔點 圓碧に分れ,桃花 破紅に踐す。

品流 巫峽の外,名籍 紫微の中。

真侶 墉城の會,夢魂 通ず。

 

 

女冠子二首其二

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。

勿以吹簫伴,不同羣。

一緒に簫の笛を吹いてくれと言うけれどそんなこと言ってはいけないという。同もそういうのにはなじめないのだ。

 

(女冠子二首其の二)

花が澹れ 瘦き玉,神仙の粧束を依約す。

瓊文を佩び,瑞露 通宵 貯り,幽香 盡日焚く。

碧紗 絳節に籠り,黃藕 濃雲の冠す。

以って 簫伴に吹く勿れ,羣を同じゅうせす。

 

 

女冠子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其二

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

勿以吹簫伴,不同羣。

 

(下し文)

(女冠子二首其の二)

花が澹れ 瘦き玉,神仙の粧束を依約す。

瓊文を佩び,瑞露 通宵 貯り,幽香 盡日焚く。

碧紗 絳節に籠り,黃藕 濃雲の冠す。

以って 簫伴に吹く勿れ,羣を同じゅうせす。

 

(現代語訳)

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。

巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。

葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。

一緒に簫の笛を吹いてくれと言うけれどそんなこと言ってはいけないという。同もそういうのにはなじめないのだ。

 

(訳注)

女冠子二首其二

(その女冠は細身の美いすがたで黄冠を付けてお酒を進めてくる道教の祠での独特な雰囲気の中をと詠う。)

11. 女冠

宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

    家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

    病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

    圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

   家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

    妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

 

  貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句二平韻二仄韻、後段十八宇四句二平韻二仄韻で、❹❻③5⑤/❺⑤⑤③の詞形をとる。

女冠子二首其一

蕙風芝,壇際殘香輕

蘂珠,苔點分圓碧,桃花踐破

品流巫峽,名籍紫微

真侶墉城,夢魂

●△○●  ○●○○△●

●○○  ○●△○● ○○●●○

●○○●● ○●●○△

○●○○● △○○

双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5⑤/❺⑤❺③の詞形をとる。

女冠子二首其二

澹花瘦,依約神仙粧

佩瓊,瑞露通宵貯,幽香盡日

碧紗籠絳,黃藕冠濃

勿以吹簫,不同

△○●●  △●○○?●

△○○  ●●○○● ○○●●○

●○△●● ○●△○○ 

●●△○● △○○

 

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

花が微かに揺れていて、その細身の体には神仙の巫女が着ける衣裳にまかれている。

12. 澹花 風や波によってゆったりと動くさま。

13. 瘦玉 瘦とは。意味や日本語訳。[](1) やせている.【反】胖・肥(2) 脂肪のない,赤身の,(【反】肥)瘦肉赤身の肉.(3) (衣服などが)きつい,窮屈な,(【反】肥)身衣服太瘦了この服はきつすぎる.(4) 土地がやせている(

14. 依約 ①関連づける。 ②かすかではっきりしないさま。▽「約」は、はっきりしないこと。

 

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

巫女が作り出す素晴らしい文章は忘れることが出来ないように心に留まる。ここで作られるお酒は桂の樹の香りが浸透した良い香りのお酒が醸造されてたまっている。幽玄なお香の煙は一日中焚かれている。

15.  訓]おびる はく1 身に帯びる。「佩剣・佩刀・佩用/帯佩」2 腰につける飾り。「玉佩」3 心にとどめて忘れない。「

16. 瓊 1 たま。「瓊玉」2 玉のように美しい。「瓊筵(けいえん)・瓊姿」

17. 瑞露 古代廣西名酒有梧竹叶清(寄生酒)、八桂酒(瑞露)。

18. 通宵 一晩じゅう。夜どおし。副詞的にも用いる。「旧友と―酒を酌む」

19. 盡日  一日じゅう。終日。 -降雨」 各月または一年の最後の日。みそか。おおみそか。

 

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

葵紗羅の吹き流しが流されていて、巫女の黃藕の冠は黒の雲型の髪につけられている。

20. 絳節 えび茶色の旗じるし。梁の郡陵王粛綸(未詳-551)の魯山神文に「絳節竿を陳ね、満堂に繁く会う。」と

21. 黃藕冠 聖女の二羽の鳥の冠。

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改訂 12孫光憲《巻八24女冠子二首其一》『花間集』376全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7152

孫光憲  女冠子二首其一

蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

改訂 12孫光憲《巻八24女冠子二首其一》『花間集』376全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7152

 

 
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  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
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溫庭筠

《巻一48女冠子二首其一》 含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙

溫庭筠

《巻一49女冠子二首其二》 霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

《巻三21女冠子二首其一》 四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

《巻三22女冠子二首其二》 昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

《巻三43女冠子二首其一》 求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

《巻三44女冠子二首其二》 雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘

牛嶠

《巻四01女冠子四首其一》 綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

《巻四02女冠子四首其二》 錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

《巻四03女冠子四首其三》 星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎

牛嶠

《巻四04女冠子四首其四》 雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時

張泌

《巻四39女冠子一首之一》 露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

《巻八24女冠子二首其一》 蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

《巻八25女冠子二首其二》 澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密醮壇陰。倚雲低首望,可知心。

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐裊麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天。

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

 

女冠子二首其一

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

品流巫峽外,名籍紫微中。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。

真侶墉城會,夢魂通。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

(女冠子二首 其の一)

蕙風 芝露,壇際 殘香 輕く度る。

蘂珠宮,苔點 圓碧に分れ,桃花 破紅に踐す。

品流 巫峽の外,名籍 紫微の中。

真侶 墉城の會,夢魂 通ず。

 

女冠子二首其二

澹花瘦玉,依約神仙粧束。

佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。

碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。

勿以吹簫伴,不同羣。

nat0002
 

 

女冠子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其一

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

品流巫峽外,名籍紫微中。

真侶墉城會,夢魂通。

 

 (下し文)

(女冠子二首 其の一)

蕙風 芝露,壇際 殘香 輕く度る。

蘂珠宮,苔點 圓碧に分れ,桃花 破紅に踐す。

品流 巫峽の外,名籍 紫微の中。

真侶 墉城の會,夢魂 通ず。

 

(現代語訳)

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として使えるのだ。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

 

(訳注)

女冠子二首其一

(女冠となっても其の出自、門閥により違うものだが、であった女冠は特別な女であったと詠う。)

1.  女冠 『旧唐書』の「侍突伝」に、唐初「天下の僧尼の数は十万に満ちる」とあり、『新唐書』の「百官志」第9節 女尼,女冠,女巫には「天下の女冠は988人、女尼は50576人」とある。『唐会要』の「僧籍」によれば、唐後期の会昌年間(841846)、僧尼は26万人を超えていた。これらの記録から推測すると、尼僧は少ない時でも数万人、多い時には十余万人にも達していたと想像される。都から遥か遠方の敦煌地区でも、普通の寺の尼僧は常に一寺院に百人はいた(『敦煌資料』第一輯「敦塩寺院僧尼等名牒」)。道教寺院の女道士の数はやや少なめであった。これに各地で自由に活動している女巫(女占師)を加えて合計すると、無視できない階層を形成していたのである。

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。

 

『花間集』 には孫光憲の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句二平韻二仄韻、後段十八宇四句二平韻二仄韻で、❹❻③5⑤/❺⑤⑤③の詞形をとる。

女冠子二首其一

蕙風芝,壇際殘香輕

蘂珠,苔點分圓碧,桃花踐破

品流巫峽,名籍紫微

真侶墉城,夢魂

●△○●  ○●○○△●

●○○  ○●△○● ○○●●○

●○○●● ○●●○△

○●○○● △○○

 

蕙風芝露,壇際殘香輕度。

万物を成長させる、めぐみの春の風が吹き、草草に露が潤う。祭壇の両端に香が焚かれれば香の煙は軽やかに静かに広がりわたってゆく。

2. 蕙風 1 万物を成長させる、めぐみの風。春風。2 陰暦2月の異称。3 君主の恩恵が広く行きわたるのを風にたとえた語。

3. 壇際 古代中国で祭祀をはじめ朝会,盟誓,封拝などの大典を行うために,平たんな地上に設けられた土築の高い露台。古代以来,皇帝がとくに壇を築いて犠牲を供え,柴を燔(た)いて丁重を示し,みずから天神をまつる祭祀が行われた。《礼記(らいき)》祭法篇に〈柴を泰壇に燔き,天を祭る〉という()。古く殷・周時代においては,それはみずから遠祖の民族神信仰に連なるものであったとみられる。歴代の皇帝は,天命を受けて政をしく天子として,上帝をまつってその功徳に報ずる儀式を行うのがつねであった。

 

 

蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。

道教の女冠宮には春の湿りが苔を転々と生えさせ、圓碧草が路を分けて伸びている、桃の花は散り始め路に敷かれた花びらを踏みしめていく。

4. 蘂珠宮 道教の傍にある女冠宮。・蘂珠 粉心黃蘂は額の中心に黄色い化粧をぬること。その中心の真珠を付ける。中国の東晋時代(三一七~四二〇)の道教経典。道教的身体構造論に基づいて、神仙となる法を説く。『黄庭内景経』『黄庭外景経』その他があり、世人ひとしく黄庭経と呼ぶ。黄庭とは脾臓のことで、自己の内面を見つめ,そこにあるものを探求することで、蘂珠をつける。

5. 圓碧 圓碧草

6.  1 ふみ行う。「実践・履践」2 位につく。「践祚(せんそ)

 

品流巫峽外,名籍紫微中。

ここでも家柄によってそのおかれるところが巫山の蘂珠宮の外におかれることになるのだし、良いものは紫微宮に名札を掛けられて宮女の巫女として仕えるのだ。

7. 品流 家柄。門閥。

8. 巫峽外 巫山の蘂珠宮の外におかれる。蕊珠宮 — (蕊珠宮, 蕊珠) 道教經典中にかれている所の仙宮をいう。 唐顧云《華清詞》詩:相公清齋朝蕊宮, 太上符籙龍蛇蹤。”

8. 名籍 戸籍。なのふだ。

9. 紫微 北極星は天帝太一神の居所であり,この星を中心とする星座は天上世界の宮廷に当てられて紫宮,紫微宮とよばれ,漢代には都の南東郊の太一祠においてしばしば太一神の祭祀が行われた。その後,讖緯(しんい)思想(讖緯説)の盛行につれて,後漢ころには北辰北斗信仰が星辰信仰の中核をなすようになり,北辰は耀魄宝(ようはくほう)と呼ばれ群霊を統御する最高神とされた

 

真侶墉城會,夢魂通。

こうした中の本当に仲の良いものと墉城集仙録に登場する女冠のものと出会ったものだが、それも夢で思ったことが通じたからだろう。

10. 墉城【ようじよう】集仙録は女仙の伝記集である。【道教神仙傳記。原十卷,共女仙109人,現已佚。《道藏》本爲六卷。母元君、金母元君、上元夫人、昭霊李夫人等三十七位女仙事迹

 

 

 

女冠は、宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。『唐六典』(巻四)に、盛唐の時代、天下に女道士のいる五五〇の道観、二一二二の尼寺があったと記されている。尼や女道士の数はさらに相当なものである。『旧唐書』 の 「侍突伝」 に、唐初「天下の僧尼の数は十万に満ちる」とあり、『新唐書』 の 「百官志」には「天下の女冠は九八八人、女尼は五万五七六人」とある。『唐会要』の「僧籍」によれば、唐後期の会昌年間(八讐-八四六)、僧尼は二六万五百人に達した。これらの記録から推測すると、尼僧は少ない時でも数万人、多い時には十余万人にも達していたと想像される。都から遥か遠方の敦蝮地区でも、普通の寺の尼僧は常に一寺院に百人はいた(『敦蛙資料』第一輯「敦塩寺院僧尼等名牒」)。道教寺院の女道士の数はやや少なめであった。これに各地で自由に活動している女巫(女占師)を加えて合計すると、無視できない階層を形成していたのである。


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12孫光憲《巻八23更漏子二首其二》『花間集』375全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7147

孫光憲  更漏子二首其二

今夜期,來日別,相對秖堪愁隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

12孫光憲《巻八23更漏子二首其二》『花間集』375全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7147

 

 

 

 
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花間集 教坊曲『更漏子』十六首

溫庭筠

巻一15更漏子六首其一柳絲長,春雨細,花外漏聲迢遞。驚塞鴈,起城烏,畫屏金鷓鴣。香霧薄,透簾幕,惆悵謝家池閣。紅燭背,繡簾垂,夢長君不知。

溫庭筠

巻一16更漏子六首其二星斗稀,鐘鼓歇,簾外曉鶯殘月。蘭露重,柳風斜,滿庭堆落花。虛閣上,倚蘭望,還似去年惆悵。春欲暮,思無窮,舊歡如夢中。

溫庭筠

巻一17更漏子六首其三金雀釵,紅粉面,花裡暫如相見。知我意,感君憐,此情須問天。香作穗,成淚,還似兩人心意。山枕膩,錦衾寒,覺來更漏殘。

溫庭筠

巻一18更漏子六首其四相見稀,相憶久,眉淺淡烟如柳。垂翠幕,結同心,待郎燻繡衾。城上月,白如雪,蟬髩美人愁。宮樹暗,鵲橋橫,玉籤初報明。

溫庭筠

巻一19更漏子六首其五背江樓,臨海月,城上角聲嗚咽。堤柳動,島煙昬,兩行征鴈分。西陵路,歸帆渡,正是芳菲欲度。銀燭盡,玉繩低,一聲村落雞。

溫庭筠

巻一20更漏子六首其六玉鑪香,紅蠟淚,偏照畫堂秋思。眉黛薄,髩雲殘,夜長衾枕寒。梧桐樹,三更雨,不道離情正苦。一葉葉,一聲聲,空階滴到明。

韋莊

巻三23更漏子鐘皷寒,樓閣暝,月照古桐金井。深院閉,小庭空,落花香露紅。煙柳重,春霧薄,燈背水高閣。閑倚,暗沾衣,待郎郎不歸。

牛嶠

巻四11更漏子三首其一 星漸稀,漏頻轉,何處輪臺聲怨。香閣掩,杏花紅,月明楊柳風。挑錦字,記情事,惟願兩心相似。收淚語,背燈眠,玉釵橫枕邊。

牛嶠

巻四12更漏子三首其二 春夜闌,更漏促,金燼暗挑殘燭。驚夢斷,錦屏深,兩明月心。閨艸碧,望歸客,還是不知消息。辜負我,悔憐君,告天天不聞。

牛嶠

巻四13更漏子三首其三南浦情,紅粉淚,爭柰兩人深意。低翠黛,卷征衣,馬嘶霜葉飛。招手別,寸腸結,還是去年時節。書托鴈,夢歸家,覺來江月斜。

毛文錫

巻五12 更漏子一首 春夜闌,春恨切,花外子規啼月。人不見,夢難憑,紅紗一點燈。偏怨別,是芳節,庭中丁香千結。宵霧散,曉霞輝,梁間雙鷰飛。

顧夐

巻七37 更漏子一首  舊歡,新悵望,擁鼻含嚬樓上。濃柳翠,晚霞微,江鷗接翼飛。簾半捲,屏斜掩,遠岫參差迷眼。歌滿耳,酒盈罇,前非不要論。

孫光憲

巻八22更漏子二首其一 聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

孫光憲

巻八23更漏子二首其二 今夜期,來日別,相對秖堪愁。隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

毛熙震

巻九43更漏子二首其一  秋色清,河影澹,深燭寒光暗。幌碧,錦衾紅,博山香融。更漏咽,蛩鳴切,滿院霜華如雪。新月上,薄雲收,映簾懸玉鉤

毛熙震

巻九44更漏子二首其二  煙月寒,秋夜靜,漏轉金壺初永。羅幕下,屏空,燈花結碎紅。人悄悄,愁無了,思夢不成難曉。長憶得,與郎期,竊香私語時

 

 

更漏子二首其一

(富貴の家の歌妓が今夜は歌っていない。漏刻の音がしっかり聞えるし、雁の啼くのも聞こえた。奥座敷で二人が交わっているからだと詠う。)

聽寒更,聞遠鴈,半夜蕭娘深院。

真夜中を過ぎて時を知らせる漏刻の音が聴こえてくると寒さが増してくる、遠くの方で雁が鳴いていくのが聞える。歌妓のあの娘も真夜中過ぎれば奥の閨にいる。

扃繡,下珠簾,滿庭噴玉蟾。

中庭のあるその家の飾られた扉には閂で戸締まりをしている。庭には珠簾の草花を植えてあり、月の光があふれる様に照らしている。

人語靜,香閨冷,紅幕半垂清影。

誰もいなくて人声などなく、唐なども焚かれず閨は冷え切ったままだ。蝋燭の火が赤く半ば垂らした戸帳を照らし、あの子が待っていたそこに清々しい影が映っている。

雲雨態,蕙蘭心,此情江海深。

二人は「高唐賦」の雨と雲とに化身し交わった。最高の蕙蘭のような心情であろうと思うし、この気持ちは長江を流れ、滄海のうみのふかさというべきかもしれない。

 

(更漏子二首 其の一)

寒更を聽けば,遠く鴈を聞く,半夜 蕭娘 深き院。

扃し,珠簾を下る,滿庭 玉蟾噴く。

人語 靜かにして,香閨 冷く,紅幕 半ば垂れて清影あり。

雲雨 態し,蕙蘭の心,此情 江海 深くす。

 

更漏子二首其二

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

今夜期,來日別,相對秖堪愁

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。

隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿

漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。

聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

 

(更漏子二首其の二)

今夜 期あり,日來れば別,相い對して秖だ堪え愁

粉面を隈して,撚えて簪を瑤らす,無言 淚 襟に滿つ。

銀箭 落ち,霜華 薄ぎ,牆外 曉雞 咿喔【いあく】あり。

付囑【ふしょく】を聽き,情悰【じょうそう】を惡し,斷腸 西に復た東に。

 

十三夜月
DCF00212
 

『更漏子二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

更漏子二首其二

今夜期,來日別,相對秖堪愁

隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。

聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

 

(下し文)

(更漏子二首其の二)

今夜 期あり,日來れば別,相い對して秖だ堪え愁つ。

粉面を隈して,撚えて簪を瑤らす,無言 淚 襟に滿つ。

銀箭 落ち,霜華 薄ぎ,牆外 曉雞 咿喔【いあく】あり。

付囑【ふしょく】を聽き,情悰【じょうそう】を惡し,斷腸 西に復た東に。

 

(現代語訳)

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。

白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 

漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。

妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

 

三日月01
銀河002
(
訳注)

更漏子二首其二

寵愛を受け毛手も、明日の日はどうなるのかわからない、このままずっと会うことはないのかもしれないと不安だけがのこる、それでも、どんなに断腸の思いでも堪えることしかない。

【解説】 更漏というのは夜の時間を計る水時計のことだが、花間集では、①妃嬪、愛妾との別離に夜が早く過ぎるのを気にする場合。②待ち人が何時までも来ないから時間が気になる場合。大まかにこの2例の変形のものである。この詩は①の場合である。

 

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。

更漏子二首其一

双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句三仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/3❸❻3③⑤の詞形をとる。

聽寒更,聞遠,半夜蕭娘深。扃繡,下珠,滿庭噴玉

人語靜,香閨,紅幕半垂清。雲雨態,蕙蘭,此情江海

△○△  △●● ●●○○△△ ○●● ●○○  ●○△●○

○●●  ○○△ ○●●○○●  ○●● ●○○  ●○○●△

更漏子二首其二

双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句四仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/❸❸❻❸③⑤の詞形をとる。

今夜期,來日,相對秖堪愁

隈粉面,撚瑤,無言淚滿

銀箭,霜華,牆外曉雞咿

聽付,惡情,斷腸西復

○●○  △●● △●?○○●

△●● ●○○  ○○●●○

○●●  ○△● ○●●○○●

△●● △○○  ●○○●○

 

今夜期,來日別,相對秖堪愁

今宵は寵愛を受ける日、明日の朝には別れることになる。せっかくの日、二人で過ごす夜なのに、時が過ぎてゆくにつれ、愁いが募り、それを断ち切ることが出来ない。

10. 相対 ここでは愛人の男に向かい合うこと。

 

隈粉面,撚瑤簪,無言淚滿襟。

白粉を塗った白い顔を寄せあい、玉の飾りのついた簪が蝋燭の焔に、小刻みに揺れる、時が過ぎるにつれ、言葉なく泣き濡れて襟元は涙であふれてぬれている。 

11. 隈粉面 頻を寄せる。粉面は白粉を塗った白い顔。

12. 瑤簪 玉の飾りのついた簪が小刻みに揺れる。

 

銀箭落,霜華薄,牆外曉雞咿喔。

漏刻の鏃の浮が沈み時は次第に過ぎて朝が近いのだろう霜がいちめんに薄白くおりている、垣の外では鶏が夜明けの時を告げる。

13. 銀箭落 夜が尽きること。階段型の5つの水槽があり、その一つで一更で浮き袋に銀箭は水時計の時を示す矢(針)。それが上から順に一更ずつ下に移る。したがって、落ちるとは水時計の水がなくなり時間が経ったことを意味する。

14. 霜華 白く降りた霜。

15. 咿喔 時を告げる鶏の声の形容。

 

聽付囑,惡情悰,斷腸西復東。

妃嬪は頼み言をしたが、気が滅入って浮かない顔つきになる、西殿か東殿か、今別れてしまうと下腹がはちきれるほどの悶絶があってもどうしようもないのだ。

16. 付嘱 言い付け、頼み。

17. 悪情悰 気が滅入る。

 

 

 

 

孫光憲 更漏子二首 【字解】

 

 

1 更漏 漏壺であり、計時器をいう。 古代、滴漏計時に用いたもの, 夜間、漏刻に憑り更を傳える, 故に稱す。 唐の李肇が《唐國史補》卷中に漏刻を説明している。「 惠遠以山中不知更漏,乃取銅葉製器,狀如蓮花,置盆水之上,底孔漏水,半之則沈,每晝夜十二沈, 為行道之節, 雖冬夏短長, 雲陰月黑, 亦無差也。」

『花間集』には孫光憲の作が二首収められている。双調四十六字、前段二十三字六句二仄韻二平韻、後段二十三字六句三仄韻二平韻で、3❸❻3③⑤/3❸❻3③⑤の詞形をとる。

更漏子二首其一

聽寒更,聞遠,半夜蕭娘深。扃繡,下珠,滿庭噴玉

人語靜,香閨,紅幕半垂清。雲雨態,蕙蘭,此情江海

△○△  △●● ●●○○△△ ○●● ●○○  ●○△●○

○●●  ○○△ ○●●○○●  ○●● ●○○  ●○○●△

2. 寒更 夜更けの薄ら寒い様を言いう。五更: 1 一夜を初更(甲夜)・二更(乙夜(いつや))・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜(ぼや))に五等分した称。2 五更の第五。およそ現在の午前3時から午前5時、または午前4時から午前6時ころにあたる。寅(とら)の刻。戊夜。

3. 蕭娘 歌妓の名前。「唐娘」「謝娘」など六朝時代の女妓の一般呼称。民妓、家妓、美女や妓女、あるいは愛妾をいう。

沈満願『戯蕭娘』

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

(蕭娘を戯むる)

明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。

風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。

凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。

意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

・謝家 民妓、家妓、美女や妓女、あるいは愛妾の棲む家。唐の李徳祐が豪邸を築いて謝秋娘を池のほとりの楼閣に住まわせたことによる。比喩する相手が特定される場合は、晋の謝安であったり、謝靈運、謝朓を示す場合もある。

4. 扃 (1) (外からの)かんぬき.(2) (を閉ざす)1 草が生い茂って道や入り口を閉ざすこと。「立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは―にさはりしもせじ」〈源・若紫〉2 簡素な住まい。わび住まい。

5. 珠簾 1 玉で飾ったすだれ。また、すだれの美称。たまだれ。2 ヒガンバナ科の多年草。地下の鱗茎(りんけい)から細長い葉が群がって出る。夏、高さ約30センチの茎を出し、クロッカスに似た白い花をつける。

6.  激しくふく。

7. 玉蟾 【ぎょくせん】《月の中に三つ足の蟾(ヒキガエル)がいるという伝説から》月の異称。

8. 雲雨 男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。漂いやがて消えてゆくガスのような雲なので、探しようがない。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

淸平樂(一) 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-260-5-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2682

9. 蕙蘭 広東省を主な原産地とするシンビジウム属の一部です。 わが国にやってきて100年以上になるため帰化植物と同じく作りやすい蘭になっています。 花は品種によって2月から4月ごろ開花して、中国蘭特有のよい香りが漂う。

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