玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

2016年02月

16尹鶚《巻九28臨江仙二首其一》『花間集』430全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7414

  臨江仙二首其一

一番荷芰生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相偎佇立,牽惹敘衷腸。

時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來虛遣思悠颺,慵窺往事,金鏁小蘭房。

(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

この里の池沼には今が盛りと蓮と菱の花が咲いている、池前の四阿の欄干に寄り添って風の通り抜けるのを感じていると蓮の香りが届いてくる。昔のことだけれど、蕭娘といわれた人はこの蓮の花さく池を美男子のお方と一緒に歩かれたという、互いにしたい愛佇んでこの花を見られた、そして心に強く印象付けられて悲しくも断腸の思いを詩につづられたという。この蓮と菱の花は時空までも超える強い力があり、彼を見たものはにこやかに笑顔に変わる美人となり、これ以上のものはないのだ、また、水連はあの蕭娘と香りを競い合うということだ。それでも男女には別れというものが来て、どんなに愛していてもやがてゆっくりと舞上って空しい気持ちになっていく、そして、もう過ぎ去った良い思いと何をするにも物憂い事となって物事を見るようになる。やがて金の錠前は開かれることのない美人の閨房「小蘭房」とよばれるようになる。 

《花間集》416巻九28

臨江仙二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7414

(改訂版Ver.2.1

16尹鶚

前蜀の詞人

920年前後に在世

 

 
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尹參卿鶚六首

 

尹鶚(生卒年末詳)は、前蜀の詞人。成都の人。前苛の王術に仕えて翰林校書となる、続いて校書郎、参卿に進んだため、「尹参卿鶚」と呼ばれた。『花間集』には六首が収められる。

前蜀(907年—925年),五代政之一,王建所建,定都成都

 

 

花間集 教坊曲 『臨江仙』 二十六首

張泌

巻四38臨江仙  煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙  暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一  峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二  謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三  渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四  江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五  素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六  柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七  洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

和凝

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一  碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二  幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三  月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一  霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二  暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

尹參卿鶚六首

 

尹鶚(生卒年末詳)は、前蜀の詞人。成都の人。前苛の王術に仕えて翰林校書となる、続いて校書郎、参卿に進んだため、「尹参卿鶚」と呼ばれた。『花間集』には六首が収められる。

前蜀(907年—925年),五代政之一,王建所建,定都成都

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

一番荷芰生池沼,檻前風送馨香。

この里の池沼には今が盛りと蓮と菱の花が咲いている、池前の四阿の欄干に寄り添って風の通り抜けるのを感じていると蓮の香りが届いてくる。

昔年於此伴蕭娘,相偎佇立,牽惹敘衷腸。

昔のことだけれど、蕭娘といわれた人はこの蓮の花さく池を美男子のお方と一緒に歩かれたという、互いに慕い、相佇んでこの花を見られた、そして心に強く印象付けられて悲しくも断腸の思いを詩につづられたという。

時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。

この蓮と菱の花は時空までも超える強い力があり、彼を見たものはにこやかに笑顔に変わる美人となり、これ以上のものはないのだ、また、水連はあの蕭娘と香りを競い合うということだ。

別來虛遣思悠颺,慵窺往事,金鏁小蘭房。

それでも男女には別れというものが来て、どんなに愛していてもやがてゆっくりと舞上って空しい気持ちになっていく、そして、もう過ぎ去った良い思いと何をするにも物憂い事となって物事を見るようになる。やがて金の錠前は開かれることのない美人の閨房「小蘭房」とよばれるようになる。

(臨江仙二首其の一)

一番 荷芰 生池の沼,檻前 風送り 馨香あり。

昔年 此に於て蕭娘を伴とし,相いに偎【なじ】み佇立す,牽き惹れても 衷腸を敘す。

時逞す 笑容 無限の態,還如す 菡萏 芳を爭う。

別れ來って 虛しく遣る 悠颺を思うを,慵うき 往事を窺う,金鏁は 小蘭房なり。

 

臨江仙二首其二

深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。

西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。

紅燭半條殘焰短,依稀暗背銀屏。

枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零。

紅梅202
 

 

臨江仙二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其一

一番荷芰生池沼,檻前風送馨香。

昔年於此伴蕭娘,相偎佇立,牽惹敘衷腸。

時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。

別來虛遣思悠颺,慵窺往事,金鏁小蘭房。

 

 

(下し文)

(臨江仙二首其の一)

一番 荷芰 生池の沼,檻前 風送り 馨香あり。

昔年 此に於て蕭娘を伴とし,相いに偎【なじ】み佇立す,牽き惹れても 衷腸を敘す。

時逞す 笑容 無限の態,還如す 菡萏 芳を爭う。

別れ來って 虛しく遣る 悠颺を思うを,慵うき 往事を窺う,金鏁は 小蘭房なり。

 

(現代語訳)

(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

この里の池沼には今が盛りと蓮と菱の花が咲いている、池前の四阿の欄干に寄り添って風の通り抜けるのを感じていると蓮の香りが届いてくる。

昔のことだけれど、蕭娘といわれた人はこの蓮の花さく池を美男子のお方と一緒に歩かれたという、互いにしたい愛佇んでこの花を見られた、そして心に強く印象付けられて悲しくも断腸の思いを詩につづられたという。

この蓮と菱の花は時空までも超える強い力があり、彼を見たものはにこやかに笑顔に変わる美人となり、これ以上のものはないのだ、また、水連はあの蕭娘と香りを競い合うということだ。

それでも男女には別れというものが来て、どんなに愛していてもやがてゆっくりと舞上って空しい気持ちになっていく、そして、もう過ぎ去った良い思いと何をするにも物憂い事となって物事を見るようになる。やがて金の錠前は開かれることのない美人の閨房「小蘭房」とよばれるようになる。

花間集 白梅
 

(訳注)

臨江仙二首其一

(身請けをされ富貴の者の愛妾となった女妓がやがて、飽きられて「小蘭房」とよばれるようになるとうたう。)

『花間集』には尹鶚作が二首収められている。双調五十八字、前後二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。他の作者の作品は文頭の表を参照。

一番荷芰生池沼  檻前風送馨
昔年於此伴蕭  相偎佇立 牽惹敘衷

時逞笑容無限態 還如菡萏爭

別來虛遣思悠颺 慵窺往事  金鏁小蘭

●△△●△○●  ●○△●○○

●○○●●○○  △○●● △●●△○

○●●○○●● ○△●●○○

●△○●△○△ ○○●●  ○?●○○

曲院風荷01
 

一番荷芰生池沼,檻前風送馨香。

この里の池沼には今が盛りと蓮と菱の花が咲いている、池前の四阿の欄干に寄り添って風の通り抜けるのを感じていると蓮の香りが届いてくる。

1 荷芰 蓮と菱

2 檻前 池の側の四阿の欄干。

 

昔年於此伴蕭娘,相偎佇立,牽惹敘衷腸。

昔のことだけれど、蕭娘といわれた人はこの蓮の花さく池を美男子のお方と一緒に歩かれたという、互いに慕い、相佇んでこの花を見られた、そして心に強く印象付けられて悲しくも断腸の思いを詩につづられたという。

3 蕭娘  身請けをされた女妓のこと。沈満願の夫の范靖、梁の征西記室范靖の愛人、第二夫人、家妓とおもわれる。

戯蕭娘

明珠翠羽帳、金薄綠綃帷。

因風時蹔擧、想像見芳姿

凊晨插歩揺、向晩解羅衣。

託意風流子、佳情詎肯私。

(蕭娘を戯むる)
明珠【めいしゅ】翠羽【すいう】の帳【とばり】、金薄【きんぱく】綠綃【りょくしょう】の帷【い】。
風に因りて時に暫く擧がる、想像して芳姿を見る。
凊晨【せいしん】に歩揺を插【さしはさ】み、晩に向いて羅衣【らい】を解く。
意を託すは風流の子、佳情 詎【なん】ぞ肯えて私にせん。

戯蕭娘 范靖婦沈満願 宋詩<120>玉台新詠集巻四 女性詩 557 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1488

4 偎 ぴったり寄り添う,寄り掛かる偎傍, 偎依寄り掛かる.音読み:ワイ、 エ訓読み:ほのか、 なじむ、 したしむ、 ちかよる

 

時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。

この蓮と菱の花は時空までも超える強い力があり、彼を見たものはにこやかに笑顔に変わる美人となり、これ以上のものはないのだ、また、水連はあの蕭娘と香りを競い合うということだ。

5 逞 たくましい1 たくましい。「逞卒・逞兵」2 思うとおりにする

6 笑容 笑顔,笑み笑容可掬にこやかな笑みをたたえた.

7 菡萏 スイレン科の抽水性多年草、園芸植物、薬用植物。 はすのはな。

 

別來虛遣思悠颺,慵窺往事,金鏁小蘭房。

それでも男女には別れというものが来て、どんなに愛していてもやがてゆっくりと舞上って空しい気持ちになっていく、そして、もう過ぎ去った良い思いと何をするにも物憂い事となって物事を見るようになる。やがて金の錠前は開かれることのない美人の閨房「小蘭房」とよばれるようになる。

8 虛遣 空しくやる

9 悠颺(ゆうよう)」は、「ゆったりと舞い上がる」

10 往事 過ぎ去った事柄。昔のこと。

11 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

鹿虔扆【ろくけんい】)臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

16-457《臨江仙二首,其一》九巻 鹿虔扆 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-640-16-(457) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4747

12 蘭房 妓女の美しい寝室。また、美人の閨房(けいぼう)

 

 

 

 

尹鶚,生卒年不詳,仕蜀為翰林、校書郎,累官至參卿。錦城今四川成都煙月之士。工詩詞,與賓貢李烙焉啤J飼笆裎校書郎。《花間集》卷九稱『尹參卿鶚』,參卿為參佐官之敬稱,非具體官守。事跡見《鑒戒錄》卷四、《十國春秋》卷四四本傳。

尹鶚詞。《花間集》錄存六首,《尊前集》錄存十一首,共十七首。

15閻選《巻九27河傳 一首》 》『花間集』429全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7409

閻選 河傳 一首

秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。

西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸。

(船商人の富貴の者に身請けされたか、買斷された女妓が約束の「雁が帰る時期」を楽しみに、簟をかたづけずにまっているが、又ことしも帰ってこない、帰って来ることを頼りに生きて行く女を詠う)

秋雨がふる、今年もまた秋雨がふる、約束の秋に昼となく夜となくふりつづく、あの人は来なくて雨は降りやまずはげしく降り注ぐ。今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。 秋の西風はやや強く窓辺の竹ざわめき、静まったかと思えばまた続く。美しい女の艶やかな頬にかかる二筋の真珠の涙がおちる。幾たびも約束した雁帰る時を迎えても、その約束は破られ、毎年雁は来るも人は帰ってこない。

《花間集》424巻九27

河傳 一首

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7409

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 

 
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              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

 

花間集  河傳 十八首

溫庭筠

《巻二09河傳三首其一》江畔,相喚。曉妝仙,仙景箇女採蓮。請君莫向那岸邊,少年,好花新滿舡。紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

溫庭筠

《巻二10河傳三首其二》湖上,閑望。雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。謝娘翠娥愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。蕩子天涯歸棹遠,春已晚,鶯語空腸斷。若耶溪,溪水西,柳堤,不聞郎馬嘶。

溫庭筠

《巻二11河傳三首其三》同伴,相喚。杏花稀,夢裡每愁依違。仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

韋莊

《巻三05河傳三首其一》何處,煙雨,隋堤春暮。柳色葱蘢,畫橈金縷,翠旗高颭香風,水光融。青娥殿春粧媚,輕雲裡,綽約司花妓。江都宮闕,清淮月映迷樓,古今愁

韋莊

《巻三06河傳三首其二》春晚,風暖,錦城花滿。狂殺遊人,玉鞭金勒,尋勝馳驟輕塵,惜良晨。翠娥爭勸臨邛酒,纖纖手,拂面垂絲柳。歸時煙裏,鐘皷正是黃昏,暗銷魂。

韋莊

《巻三07河傳三首其三》錦浦,春女,繡衣金縷。霧薄雲輕,花深柳暗,時節正是清明,雨初晴。玉鞭魂斷煙霞路,鶯鶯語,一望巫山雨。香塵隱映,遙見翠檻紅樓,黛眉愁。

張泌

《巻四40河傳二首其一》渺莽雲水,惆悵暮帆,去程迢遞。夕陽芳艸,千里萬里,鴈聲無限起。夢魂悄斷煙波裡,心如醉。相見何處是,錦屏香冷無睡,被頭多少淚。

張泌

《巻四41河傳二首其二》紅杏,交枝相映,密密濛濛。一庭濃豔倚東風,香融,透簾櫳。斜陽似共春光語,蝶爭舞,更引流鶯妬。魂銷千片玉樽前,神仙,瑤池醉暮天。

顧夐

《巻六40河傳三首其一》鷰颺,晴景。小屏暖,鴛鴦交頸。菱花掩卻翠鬟欹,慵整。海棠簾外影。繡幃香斷金鸂鶒,無消息,心事空相憶。東風,春正濃。愁紅,淚痕衣上重

顧夐

《巻六41河傳三首其二》曲檻,春晚。碧流紋細,綠楊絲軟,露花,鮮杏,枝繁鶯囀,野蕪似剪。直是人間到天上,堪遊賞,醉眼疑屏障,對池塘,惜韶光,斷腸為花須盡狂。

顧夐

《巻六42河傳三首其三》棹舉,舟去,波光渺渺,不知何處,岸花汀草共依依,雨微,鷓鴣相逐飛。天涯離恨江聲咽,啼猿切,此意向誰。倚蘭橈,無憀。魂消,小爐香欲焦

孫光憲

《巻七47河傳四首其一》太平天子,等閑遊戲,疏河千里。柳如絲,隈倚淥波春水,長淮風不起。如花殿三千女,爭雲雨,何處留人住?錦帆風,煙際紅,燒空,魂迷大業中

孫光憲

《巻七48河傳四首其二》柳拖金縷,着煙籠霧,濛濛落絮。鳳皇舟上楚女,妙舞,雷喧波上皷。龍爭虎戰分中土,人無主,桃葉江南渡。襞花牋,豔思牽。成篇,官娥相與傳。

孫光憲

《巻七49河傳四首其三》花落,煙薄,謝家池閣。寂寞春深,翠蛾輕斂意沉吟。沾襟,無人知此心。玉鑪香斷霜灰冷,簾鋪影,梁鷰歸紅杏。

孫光憲

《巻七50河傳四首其四》風颭,波斂。團荷閃閃,珠傾露點。木蘭舟上,何處娃越豔,藕花紅照臉。大堤狂殺襄陽客,煙波隔,渺渺湖光白。身已歸,心不歸。斜暉,遠汀鸂鶒飛

閻選

《巻九27河傳 一首》  秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸

李珣

《巻十49河傳二首其一》  去去,何處?迢迢巴楚,山水相連。朝雲暮雨,依舊十二峯前,猿聲到客舡。愁腸豈異丁香結?因離別,故國音書。想佳人花下,對明月春風,恨應同。

李珣

《巻十50河傳二首其二》  春暮,微雨。送君南浦,愁斂雙蛾。落花深處,啼鳥似逐離歌,粉檀珠淚和。臨流更把同心結,情哽咽,後會何時節?不堪迴首,相望已隔汀洲,艣聲幽。

 

 

河傳 一首

(船商人の富貴の者に身請けされたか、買斷された女妓が約束の「雁が帰る時期」を楽しみに、簟をかたづけずにまっているが、又ことしも帰ってこない、帰って来ることを頼りに生きて行く女を詠う)

秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。

秋雨がふる、今年もまた秋雨がふる、約束の秋に昼となく夜となくふりつづく、あの人は来なくて雨は降りやまずはげしく降り注ぐ。

暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。

今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。 

西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。

秋の西風はやや強く窓辺の竹ざわめき、静まったかと思えばまた続く。美しい女の艶やかな頬にかかる二筋の真珠の涙がおちる。

幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸。

幾たびも約束した雁帰る時を迎えても、その約束は破られ、毎年雁は来るも人は帰ってこない。

 

(河傳)

秋の雨,秋の雨に,晝と無く夜と無く,滴滴として霏霏たり。

燈暗く簟涼かにして 分離を怨み,妖,悲に勝えず。

西風 稍や急に 喧【かまびす】し,停み 又た續き,膩臉【じけん】雙玉に懸かり。

幾たび迴るも 約せし 鴈來る時を邀うるも,期に違い,鴈歸るも,人歸えらず。

三峡 巫山十二峰001
 

宮島(10)
 

『河傳 一首』 現代語訳と訳註

(本文)

秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。

暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。

西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。

幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸。

 

(下し文)

(河傳)

秋の雨,秋の雨に,晝と無く夜と無く,滴滴として霏霏たり。

燈暗く簟涼かにして 分離を怨み,妖,悲に勝えず。

西風 稍や急に 竹喧【かまびす】し,停み 又た續き,膩臉【じけん】雙玉に懸かり。

幾たび迴るも 約せし 鴈來る時を邀うるも,期に違い,鴈歸るも,人歸えらず。

 

(現代語訳)

(船商人の富貴の者に身請けされたか、買斷された女妓が約束の「雁が帰る時期」を楽しみに、簟をかたづけずにまっているが、又ことしも帰ってこない、帰って来ることを頼りに生きて行く女を詠う)

秋雨がふる、今年もまた秋雨がふる、約束の秋に昼となく夜となくふりつづく、あの人は来なくて雨は降りやまずはげしく降り注ぐ。

今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。 

秋の西風はやや強く窓辺の竹ざわめき、静まったかと思えばまた続く。美しい女の艶やかな頬にかかる二筋の真珠の涙がおちる。

幾たびも約束した雁帰る時を迎えても、その約束は破られ、毎年雁は来るも人は帰ってこない。

 

(訳注)

河傳 一首

(船商人の富貴の者に身請けされたか、買斷された女妓が約束の「雁が帰る時期」を楽しみに、簟をかたづけずにまっているが、又ことしも帰ってこない、帰って来ることを頼りに生きて行く女を詠う)

60【解説】雁が飛び帰る頃、秋雨の降ると船は航行されず、本当は浮気心の男なのに、雨や、風で帰れないと雨や風をを恨むことでまぎらわせる女性の心情を詠う。末尾、男は「雁が帰る頃旨分も戻って来る」と約束をしたが、何年も約束を破り、今年も雁は渡って来たが、あの人はまたも帰って来なかったと恨みを述べる。昼夜を分かたず降り続く雨、窓辺で風にざわめく竹は胸中の不安を示すと同時に、船が航行されないから帰ってこないと気持ちを雨と風に恨む気持ちを紛らわせる。でも帰ってきて肥満体の男は暑がりだから、簟のシーツを片付けることが出来ない女の思いやりをうたっている。

この時代に、若くして、愛妾とされ、身請けされ、買斷されるというのは女妓たちの憧れである。その憧れは同時に閨で、一人で過ごすということも意味している。李白の「江夏行」「長干行」などとこの詩は、シチュエーションが似ているということでより参考にすると味わいが深まる。

なおも夏用の竹筵を使っているのは、女が愁いと悲しみとのために何もする気になれず、竹筵をしまうのも面倒なためであるとする解説書もあるが、それでは意味が浅すぎる。

『花問集』には閣選の作が一首収められている。双調五十三字、前段二十四字七句二仄韻四平韻、後段二十九字六句三仄韻四平韻で、❷❷4④⑦②③/❼❸❺⑦②②③の詞形をとる。

   無晝無夜  滴滴霏
暗燈涼簟怨分   不勝

西風稍急喧 停又  膩臉懸雙
幾迴邀約鴈來  期   人不

○●  ○● ○●○●  ●●○○

●○△●△△△  ○○ △△○

○△●●○?● ○●●  ●△○○●

△△○●●△○  ○○ ●○  ○△○

 

秋雨,秋雨,無晝無夜,滴滴霏霏。

秋雨がふる、今年もまた秋雨がふる、約束の秋に昼となく夜となくふりつづく、あの人は来なくて雨は降りやまずはげしく降り注ぐ。

61 秋雨,秋雨 雨の日には船の航行が出来ないので、雨を恨む様子をいう。

62 霏霏 雨や雪の激しく降るさま。この四句は約束の時期に降る、秋の長雨を恨んでいる。

 

暗燈涼簟怨分離,妖,不勝悲。

今夜も遅くなってもただひとり、灯火暗いままに、竹筵のシーツもこの季節で一人寝では超冷ややかなので、別れたままというのは恨めしさがます、こんなにも美しき女であっても、男の浮気心には愁いに堪えることにくるしむ。 

63 涼簟 冷たい竹筵の高級ベッドシーツ。筆は竹皮で編んだ夏用の敷物。既に雁渡る秋に入っているので涼簟と言う。ベッドの情交の際、汗でぼと着くことが無い。閨で待ち続ける女の侘しさをイメージさせる。簟は高級なので男は富貴の者であることを意味する。

64 分離 ここでは男が別の女のもとに行っていることをイメージさせる、別れ別れになっていること。

65 妖姫 魅惑的な美女。女の良さをいうことは、男はそれに飽きたということを感じさせる。この三句は、男を待つ閨の様子と待つことに堪えなければいけないことをいう。

 

西風稍急喧竹,停又續,膩臉懸雙玉。

秋の西風はやや強く窓辺の竹ざわめき、静まったかと思えばまた続く。美しい女の艶やかな頬にかかる二筋の真珠の涙がおちる。

66 西風 西風が吹けば長江を遡上できなくて航行不能になる。

67 雙玉 二筋の真珠の涙がおちる双玉は双真珠の様な珠の涙がほほをつたう涙の玉。

 

幾迴邀約鴈來時,違期,鴈歸,人不歸。

幾たびも約束した雁帰る時を迎えても、その約束は破られ、毎年雁は来るも人は帰ってこない。

68 幾迴 何年も経過したこと。

 

 泰山の夕日02

 


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15閻選《巻九26八拍蠻二首其二》『花間集』428全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7404

閻選 八拍蠻二首 其二

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

《花間集》424巻九26

八拍蠻二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7404

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 

 

              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

 

孫光憲 《八拍蠻》

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

(八拍蠻)

孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

美人が多い南国の女らは昼には競って岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

 

 

 

閻選 八拍蠻二首 其一

(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)

雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。

雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。

光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。

春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。

(八拍蠻二首 其の一)

雲鏁 嫩黃【ぜんこう】 柳細に煙り,風吹 紅蒂 雪梅 殘る。

光影 閨閣の恨みを勝らず,行行と坐坐して黛眉攢す。

 

閻選 八拍蠻二首 其二

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

(八拍蠻二首 其二)

愁いは黛眉を鏁ざし 煙 慘み易く,淚は紅臉に飄り 粉 勻え難し。

憔悴 底事【なにごと】に緣るかを知らず,人に遇えば 推して道う 春に宜しからずと


興慶宮002
丁子001
 

『八拍蠻二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

八拍蠻二首 其二

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

 

 

(下し文)

(八拍蠻二首 其二)

愁いは黛眉を鏁ざし 煙 慘み易く,淚は紅臉に飄り 粉 勻え難し。

憔悴 底事【なにごと】に緣るかを知らず,人に遇えば 推して道う 春に宜しからずと。

 

(現代語訳)

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。

なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

 

(訳注)

八拍蠻二首 其二

(春には逢えるはずと思って侘しく待つ女は、思い悩んで痩せてしまう女を詠う)

53 《八拍蛮》单调,二十八字,四句,二/三平韵。唐教坊曲名。白居易が始めた歌曲様式。本来は漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、詩の形式は七言絶句体であるが、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に《楊柳枝詞》《採蓮子》《陽関曲》《浪淘沙》《江南春》《阿那曲》《欸乃曲》《水調歌》《清平調》などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なり、曲調も異なっている。

『花間集』にはこの詩題の閻選の作が二首収められている。単調二十八字、四句二平韻二仄韻で、❼⑦❼⑦の詞形をとる。

愁鏁黛眉煙易慘  淚飄紅臉粉難
憔悴不知緣底事  遇人推道不宜

○?●○○●●  ●○○△●△○

○●△○△●●  ●○○●△○○

閻處士選(閻選,生卒年不詳。為前蜀布衣,時稱閻處士。)

【解説】 基本的に宮女・教坊の妓優に関する詞である。春には逢えるはずと思って侘しく待つ女の心の様子を女の身近な変化でそれを詠う。

 

 

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

愁いは連鎖となってこの閨にあり、黛の緑が香の煙で暗く惨めな感じになる、涙が流れ、こぼれ落ちると紅の化粧はなおすのも難しい。

54  ①金属製の輪をつないだひも状のもの。②物と物とを結び付けているもの。きずな。戸・箱の蓋(ふた)などにつけて,自由に開閉できないようにする金具。

55 煙易惨 閨で準備のための香を焚き続け、煙でいぶされて黒ずんだこと。

56 粉難勻 涙でくずれた化粧は繕うことができ

ないほどである。

 

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

なぜにこんなに痩せてしまったのか、そのわけがわからない人から、そのわけを尋ねられる、人に出逢えば決まってこう答える、{春がからだにあわず、苦手なんです}と言い訳をする。

57 憔悴不知緣底事 人が女のやつれたのを見て、なぜやつれたのか理由が分からず、女にその訳を尋ねた、と解する。

58 推道 言い逃れる、言い訳をする。

59 不宜春 体が春にむいていない。

霓裳羽衣舞001

 

 


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15閻選《巻九25八拍蠻二首其一》『花間集』427全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7399

閻選  八拍蠻二首 其一

雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。

光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。

(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)

雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。

春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。

《花間集》 424巻九25

八拍蠻二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7399

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 
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              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

孫光憲 《八拍蠻》

孔雀尾拖金線長,怕人飛起入丁香。

越女沙頭爭拾翠,相呼歸去背斜陽。

(八拍蠻)

孔雀の尾 金線の長きを抱き、人を怕れて 飛び起ちて丁香に入る。

越女 沙頭に 争いて翠を拾い、相い呼びて 帰り去りて斜陽を背にす。

(美人の中でも飛び切りの美女が次第に高貴な人に認められて行くが、初めは谷間の砂浜で翡翠の翅を競って取り合いをしていたのだと詠う。)

孔雀は金色の長い尾を引き、人に驚き飛び立ち丁香の茂みに隠れる。

美人が多い南国の女らは昼には競って岸辺に翡翠の羽を拾う、声を掛け合い、背に夕日を浴びて帰って行く。

 

 

 

八拍蠻二首 其一

(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)

雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。

雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。

光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。

春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。

(八拍蠻二首 其の一)

雲鏁 嫩黃【ぜんこう】 柳細に煙り,風吹 紅蒂 雪梅 殘る。

光影 閨閣の恨みを勝らず,行行と坐坐して黛眉攢す。

 

八拍蠻二首 其二

愁鏁黛眉煙易慘,淚飄紅臉粉難勻。

憔悴不知緣底事,遇人推道不宜春。

(八拍蠻二首 其二)

愁いは黛眉を鏁ざし 煙 慘み易く,淚は紅臉に飄り 粉 勻え難し。

憔悴 底事【なにごと】に緣るかを知らず,人に遇えば 推して道う 春に宜しからずと

 

西湖十景 曲院風荷02
 

『八拍蠻二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

八拍蠻二首 其一

雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。

光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。 

 

(下し文)

(八拍蠻二首 其の一)

雲鏁 嫩黃 柳細に煙り,風吹 紅蒂 雪梅 殘る。

光影 閨閣の恨みを勝らず,行行と坐坐して黛眉攢す。

 

(現代語訳)

(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)

雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。

春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。

 

隋堤002
 

(訳注)

八拍蠻二首 其一

(歓楽街の妓女は「買斷」により、他の客との接触はないままで、男を待つだけしか女妓は方法がなく心乱れた生活をっするだけだと詠う)

47 《八拍蛮》单调,二十八字,四句,二/三平韵。唐教坊曲名。白居易が始めた歌曲様式。本来は漢の鐃歌鼓吹曲で、唐の教坊曲。白居易は古い曲名を借りて新たな曲を作った、詩の形式は七言絶句体であるが、詞牌として数えられる。七言絶句の形式をした例外的な填詞。七言絶句形式や七言四句体をした填詞には他に《楊柳枝詞》《採蓮子》《陽関曲》《浪淘沙》《江南春》《阿那曲》《欸乃曲》《水調歌》《清平調》などがある。それぞれ七言絶句体と平仄や押韻が異なり、曲調も異なっている。

閻處士選(閻選,生卒年不詳。為前蜀布衣,時稱閻處士。)

『花間集』にはこの詩題の閻選の作が二首収められている。単調二十八字、四句二平韻二仄韻で、❼⑦❼⑦の詞形をとる。

雲鏁嫩黃煙柳,風吹紅蒂雪梅

光影不勝閨閣,行行坐坐黛眉

○?●○○●●  △△○●●○○

△●△△○●●  △△●●●○○

 

雲鏁嫩黃煙柳細,風吹紅蒂雪梅殘。

雲型に高く編み込み結った若く瑞々しい黒髪のようなくもに、若芽の葉を付けた柳の枝の様な細腰のおんなをおもわせる細柳の並木には霞が漂う、風が吹き抜けると柳の枝が払われ、紅の帯のように、雪の花のように梅の花が咲き残っている。

48 鏁・鎖・鏈【くさり】①. 金属製の輪をつないだひも状のもの。 「懐中時計の-」 -につながれた猛獣」. . 物と物とを結び付けているもの。きずな。

49 嫩 1(植物の芽・果実や人の肌などが)若い,柔らかい,みずみずしい.3.用例个姑娘 niang 皮很嫩。〔述〕=この娘は肌がみずみずしい.又白又嫩的小手=色白で柔らかい小さいこと

 

光影不勝閨閣恨,行行坐坐黛眉攢。

春の光は風光明媚にして行き、時は長閑に過ぎてゆくのだが、女の閨にも、樓閣にも男が訪れることが無く、あるのは恨みだけだし、行ったり戻ったり、立ったり座ったり、心に落ち着きがなく顔には、眉をしかめた顔になってしまっている。

50 光影 春の光は馬物を成長させ、風光明媚にしていく。

李白《越女詞其五》

鏡湖水如月,耶溪女似雪。

新妝蕩新波,光影兩奇絶。

鏡湖 水 如月のごとく,耶溪 女 雪のごとし。

新妝 新波に蕩ゆらめき,光影 兩つながら奇絶。

鏡湖は水が月光のようにすみ,耶溪は女むすめが雪のように色白。

初々しい化粧姿はすがすがしい波間にうつる,その光影はどちらも比べがたく素晴らしい。

51 攢 ()とは。意味や日本語訳。[]集める,集めまとめる攒钱金を集める. zǎn cuánjù[]群がる,密集する.

52 行行坐坐 心に落ち着きがなく、立ったり座ったり、行ったり戻ったりすること。

57moon

 


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15閻選《巻九24浣溪沙》 『花間集』426全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7394

閻選  浣溪沙

寂寞流蘇冷繡茵,倚屏山枕惹香塵,小庭花露泣濃香。

劉阮信非仙洞客,常娥終是月中人,此生無路訪東鄰。

(「買斷」の妓女は別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を待つだけの暮らしをするしかないと詠う。)

誰も来ない閨は寂寞として侘しさだけの房飾りの付いた戸帳りが垂れ、寝牀に敷かれたマットにも冷ややかなものになっている、屏風は傍らに立てかけたままだし。そのそばには、使わなくなった山形の枕があり、徴かな香りが残っている、閨から見える小さな庭の花は露に濡れていて、女は濡れることはない、色濃くなった春というのがまたすぎてゆくと思えば、なみだがあふれただ泣くだけである。あの人は、劉郎・阮郎の故事のように仙界の客ではなかったということだった、別れ去って久しく帰らない愛しい男の心は、この館の女の夫になりえなかったのであるし、このおんなは、この月の館の常蛾のように別世界の人となりだれともせっしょくなくくらすというものだし、この世に生を受けたものは、「東隣之佳人」であってもただ見ているだけだったように、もう彼女を訪ねて行くという路はないということなのだ。

《花間集》424巻九24

浣 溪 沙

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7394

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 

 
  2016年2月25日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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743年(86)李太白集885巻二十三61詠槿  405Index-23Ⅲ-2-743年天寶二年43歳 94首-(86) Ⅰ李白詩1770 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7390  
  孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表  
  曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) 《李白 全詩》
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  Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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  index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など  
  孟郊 張籍          
  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
  Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog 767年-23 本文#4杜少陵集 《20-99 觀公孫大娘弟子舞劍器行 本文#4》 杜甫詩index-15-1149 <1599> 767年大暦2年56歲-23本文#4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7392   
  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
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  ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集  
  Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog 15閻選《巻九24浣溪沙》 『花間集』426全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7394  
  薛濤の全詩 花間集(1巻 花間集(2巻 花間集(3巻 花間集(4巻 花間集(5巻  
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  温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻  
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              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

凌波曲舞002
 

浣溪沙

(「買斷」の妓女は別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を待つだけの暮らしをするしかないと詠う。)

寂寞流蘇冷繡茵,倚屏山枕惹香塵,小庭花露泣濃香。

誰も来ない閨は寂寞として侘しさだけの房飾りの付いた戸帳りが垂れ、寝牀に敷かれたマットにも冷ややかなものになっている、屏風は傍らに立てかけたままだし。そのそばには、使わなくなった山形の枕があり、徴かな香りが残っている、閨から見える小さな庭の花は露に濡れていて、女は濡れることはない、色濃くなった春というのがまたすぎてゆくと思えば、なみだがあふれただ泣くだけである。

劉阮信非仙洞客,常娥終是月中人,此生無路訪東鄰。

あの人は、劉郎・阮郎の故事のように仙界の客ではなかったということだった、別れ去って久しく帰らない愛しい男の心は、この館の女の夫になりえなかったのであるし、このおんなは、この月の館の常蛾のように別世界の人となりだれともせっしょくなくくらすというものだし、この世に生を受けたものは、「東隣之佳人」であってもただ見ているだけだったように、もう彼女を訪ねて行くという路はないということなのだ。

(浣溪沙)

寂寞たる流蘇 繡茵冷やかに,屏に倚る山枕 香塵を惹き,小庭 花 露して濃香に泣く。

劉阮は信に仙洞の客に非らず,常娥は終に是れ月中の人,此の生 路の東鄰を訪う無し。

 

海棠花101
 

『浣溪沙』 現代語訳と訳註

(本文)

浣溪沙

寂寞流蘇冷繡茵,倚屏山枕惹香塵,小庭花露泣濃香。

劉阮信非仙洞客,常娥終是月中人,此生無路訪東鄰。

 

 

(下し文)

(浣溪沙)

寂寞たる流蘇 繡茵冷やかに,屏に倚る山枕 香塵を惹き,小庭 花 露して濃香に泣く。

劉阮は信に仙洞の客に非らず,常娥は終に是れ月中の人,此の生 路の東鄰を訪う無し。

 

 

(現代語訳)

(「買斷」の妓女は別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を待つだけの暮らしをするしかないと詠う。)

誰も来ない閨は寂寞として侘しさだけの房飾りの付いた戸帳りが垂れ、寝牀に敷かれたマットにも冷ややかなものになっている、屏風は傍らに立てかけたままだし。そのそばには、使わなくなった山形の枕があり、徴かな香りが残っている、閨から見える小さな庭の花は露に濡れていて、女は濡れることはない、色濃くなった春というのがまたすぎてゆくと思えば、なみだがあふれただ泣くだけである。

あの人は、劉郎・阮郎の故事のように仙界の客ではなかったということだった、別れ去って久しく帰らない愛しい男の心は、この館の女の夫になりえなかったのであるし、このおんなは、この月の館の常蛾のように別世界の人となりだれともせっしょくなくくらすというものだし、この世に生を受けたものは、「東隣之佳人」であってもただ見ているだけだったように、もう彼女を訪ねて行くという路はないということなのだ。

 

 

(訳注)

浣溪沙

(「買斷」の妓女は別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を待つだけの暮らしをするしかないと詠う。)

38 浣溪沙【解説】 女性に対する男の思慕の情を詠う。前段は、女のいない俺しい室内の模様を描き、我が身の悲しみを、深まる春、露に泣き濡れる花に重ねて詠じる。後段は、一度は女と情を交わし得たが、女は所詮別世界に住み、俗界の人間の私の手の届く人ではないのだと、この世において女を訪ねるすべのないことを言う。

『花間集』には開運の作が一首収められている。双調四十二字、前段二十一字三句三平韻、後段二十一字三句二平韻で、⑦⑦⑦/7⑦⑦の詞形をとる。

寂寞流蘇冷繡  倚屏山枕惹香 小庭花露泣濃

劉阮信非仙洞客 常娥終是月中  此生無路訪東

●●○○△●○  △△○△●○○ ●○○●●○○

○△△○○△● ○○○●●△○  ●△○●●○○

 

 

寂寞流蘇冷繡茵,倚屏山枕惹香塵,小庭花露泣濃香。

誰も来ない閨は寂寞として侘しさだけの房飾りの付いた戸帳りが垂れ、寝牀に敷かれたマットにも冷ややかなものになっている、屏風は傍らに立てかけたままだし。そのそばには、使わなくなった山形の枕があり、徴かな香りが残っている、閨から見える小さな庭の花は露に濡れていて、女は濡れることはない、色濃くなった春というのがまたすぎてゆくと思えば、なみだがあふれただ泣くだけである。

39 寂寞【せきばく】1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。2 心が満たされずにもの寂しいさま。

40 流蘇 房飾りの付いた帳、流蘇帳。流蘇:五色の糸を混ぜたふさで、幕や旗などの飾りに使う。流蘇帳は、ふさの飾りが付いた幕。華麗で艶めかしいベッド等の家具を連想させる働きがある。

韋莊『天仙子 其二』

深夜歸來長酩酊。扶入流蘇猶未醒。

醺醺酒気麝蘭和。

驚睡覚、笑呵呵。

長道人生能幾何。

(天仙子【てんせんし】 其の二)

深夜 歸り来たりて長く酩酊【めいてい】し、扶けられて流蘇【りゅうそ】に入るも 猶お未だ醒めず。

醺醺【くんくん】たる酒気、麝蘭【じゃらん】と和じる。

驚いて睡りより覚むれば 笑ふこと呵呵【かか】とし。

長んに道ふ人生能く幾何ぞと。

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の二 酒)

夜も更けてから帰ってゆく長い時間酩酊状態にあるようだ。万幕を張ったような流蘇樹の中に助けられて入っていったのだが、やっぱりまだ酔いがさめてはいないのだ。

酒に酔ってにこにこしている状態は続いているのにさらに酒を呑んでいるけれど、美人の蘭の香りや麝香の香りが和んでいる。

眠りから覚めて驚いたようで、次に大声で笑い始めている。

そして、何度も言うことは「人生というものはどれだけものであるか。」だからいまのこの時を愉しまないでどうするのか。

天仙子 其二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-271-5-#25  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2902

41 繡茵 刺繍の施された床敷(マットレス)。ここでは敷布団の意。

42 倚屏山枕 屏風は情事の際寝牀のまわりに置かれるがたたんで蒲に倚りかかったままということ。その傍らに置かれた枕。山枕は山形をした枕。真ん中が窪み、両端が高い凹形状のまくら。首筋に当てて寝ている時も髪型が崩れない様、動かないためのまくら。山は妓女という意味があり、妓女が使う枕である。ここの意味は、「買斷」で他の男とは接触がなく、その男が来ないので、ひとり暮らしをしていて、髪型を気にして寝ることが無くなったことを意味する。

43 惹香塵 枕に塵が積もる。香塵はここでは微かに女の香りを残す塵。

 

劉阮信非仙洞客,常娥終是月中人,此生無路訪東鄰。

あの人は、劉郎・阮郎の故事のように仙界の客ではなかったということだった、別れ去って久しく帰らない愛しい男の心は、この館の女の夫になりえなかったのであるし、このおんなは、この月の館の常蛾のように別世界の人となりだれともせっしょくなくくらすというものだし、この世に生を受けたものは、「東隣之佳人」であってもただ見ているだけだったように、もう彼女を訪ねて行くという路はないということなのだ。

44 劉阮信非仙洞客 後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。劉展、阮肇は、仙女に逢ったけれども、結局、仙女とは無縁の俗世の人間であった。ここではそれを借りて、自分は結局彼女と縁がなかった、と言ったもの。

45 常娥終是月中人 常蛾は結局月世界の人。常蛾は夫が西王母からもらった不老不死の薬を盗んで月に逃げた伝説上の月世界の神女。作中の男主人公が恋い慕う女性が、月世界の神女、常蛾にも等しい別世界の人であることを言ったもの。この句も自分は結局彼女と縁がなかったことを言う。

46 東鄰 「東隣之佳人」東鄰子 宋玉の賦の中に出てくる美人。司馬相如の「美人賦」に「臣之東隣有一女子」と言い、梁江淹の「麗色賦」に「東隣之佳人」と言うように、美人と言えば「東隣」の女として表現するのが漢籍の常で、文選の「好色賦」における「隣之女」「東家之子」や、玉台新詠の徐悱の詩に「東家」とあるのも、同様に理解される。ここでは、独り暮らしの女は、他の男性と接触を断っているということであるから、気軽に訪ねるわけにいかず見ているだけということ。

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15閻選《巻九23臨江仙二首其二》『花間集』425全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7389

閻選  臨江仙二首其二

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている

《花間集》424巻九23

臨江仙二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7389

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 
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              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

 

花間集 教坊曲 『臨江仙』 二十六首

張泌

巻四38臨江仙  煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙  暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一  峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二  謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三  渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四  江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五  素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六  柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七  洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

和凝

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一  碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二  幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三  月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一  霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二  暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

(年を重ねた妓優であったものが道女になり、男を待つが、多情ものの男は来ることはない。さびしく侘しい女を詠う)

雨停荷芰逗濃香,岸邊蟬噪垂楊。

降り続いていた雨が止んで、通観の池からそよ吹く風が蓮や菱の濃き香りを運んでくるのでしばらくその場に留まる、岸の柳に蝉の声が満ち、垂れた柳の枝がそよ風に揺れる。

物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。

この美しき景色にここにはだれもいないのであるが、ただこの前まで若草が芽吹いていた池堤があるばかり、雲雨に化身する仙女に逢うこともない、だから、何処で楚の裏王は夢にであった仙女に逢おうというのだろう。

珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。

秋が来たというのに珍しい簟のシーツが敷かれたままで、屏風は壁にそばだてて、鴛鴦の枕の一つは使うこともないので冷ややかなままである、近頃は、塵積もるほどで寂しく、侘しい閑に包まれている。

欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧。

高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。

(臨江仙二首其の一)

雨停み 荷芰 濃香を逗め,岸邊 蟬噪して 楊を垂る。

物華空しく 舊き池塘有り,仙子に逢わず,何處にか襄王を夢みん。

珍簟 對して欹てて鴛枕冷やかなり,此來 塵暗く淒涼たり。

危檻に憑らんと欲すれども恨み偏長するばかり,藕の花 珠 綴り,猶お 汗 凝粧に似たり。

 

 

臨江仙二首其二

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている。

(臨江仙二首其の二)

十二の高峯 天外寒し,竹梢 輕やかに 拂仙の壇とす。

寶衣 行雨 雲端に在り,畫簾 深く殿し,香霧 冷やかに風 殘る。

楚王 何處に去らん?と問わんと欲せば、翠屏 猶の金鸞を掩う。

猿啼いて 明月 空灘を照らし,孤舟 行客,夢に驚き亦た艱難たり。

 

巫山十二峰002
 

『臨江仙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其二

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

 

 

(下し文)

(臨江仙二首其の二)

十二の高峯 天外寒し,竹梢 輕やかに 拂仙の壇とす。

寶衣 行雨 雲端に在り,畫簾 深く殿し,香霧 冷やかに風 殘る。

楚王 何處に去らん?と問わんと欲せば、翠屏 猶の金鸞を掩う。

猿啼いて 明月 空灘を照らし,孤舟 行客,夢に驚き亦た艱難たり。

 

(現代語訳)

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている。

 

巫山十二峰004
花間集 白梅
 

(訳注)

臨江仙二首其二

(三峡を下るとき、夢うつつで楚の懐王と神女の夢を見ていたということを詠っている。)

『花間集』には閻選の作が八首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

十二高峯天外  竹梢輕拂仙
寶衣行雨在雲  畫簾深殿 香霧冷風  

欲問楚王何處去 翠屏猶掩金
猿啼明月照空  孤舟行客 驚夢亦艱

●●○○○●○  ●△△●○○

●△△●●○○  ●○△● ○△△△○

●●●△△●● ●△△●○○

○○○●●△△  ○○△● ○△●○△

 

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

巫山の十二の高峰がつらなる峰々は天地に寒気に覆われている、幽靜な竹林の梢を台座にした佛と仙人が佇んでいる。

38 十二高峯 巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

麻姑山仙壇記

建碑:唐・大暦6年(771年)顔眞卿は大暦3年に江南道の撫州刺史として、撫州に赴任した。仙女麻姑の伝承をもつ麻姑山は、この撫州に属する南城縣にあり、現在は、江西省の南昌から東南に旰江を遡ったところ、本碑は、麻姑が得道したと伝えられる土壇の傍に顔眞卿がその伝説や仙壇・祠堂の由来を書き記して、石に刻した。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

 

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

雲雨を待つ宝玉に飾られた着物をきた神女に行く雲と通り雨が降りかかり、思いが叶う、綺麗な絵が描かれた簾の奥に祠の宮殿がある、お香が霧がかかったように漂い、冷たい風景がそこには残っている。

39 寶衣 ・寶衣 宝玉と絹の衣裳。

秦州抒情詩 杜甫《即時》

聞道花門破,和親事卻非。

人憐漢公主,生得渡河歸。

秋思雲髻,腰肢勝寶衣。

群凶猶索戰,回首意多違。

即事 杜甫 <290> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1337 杜甫詩 700- 410

 

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

楚の懐王は何処に行かれたのでしょうと問いかけてみたいと思う、翡翠の屏風は周りにあり、なお金の鸞鳳の絵に覆われているのでここにいらっしゃるのであろう。

40 楚王 楚王 春秋戦国時代の楚の王。古代の南部中国の帝王。靈王、襄王、懷王、莊王などか。ここでは、巫山の夢であるから、宋玉《高唐賦》懐王である。

司馬相如《子虛賦》「於是楚王乃登陽雲之臺,泊乎無為,澹乎自持,勺藥之和具而後御之。」(是に於て楚王 乃ち陽雲の臺に登りて,泊乎【はくこ】として為す無く,澹乎として自ら持す,勺藥【しゃくやく】の和を具【そな】わりて後に之を御す。)司馬相如 《子虚賦 》(19#8-1 文選 賦<109-#8-19分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩898 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3038

41 翠屏 翡翠の屏風で、男女まじわる際、寝牀のまわりに立てる。

42 金鸞 金の鸞鳳、鳳凰を屏風、とばりなどに、つがいで描く。

 

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

猿が悲愴に叫び、秋の明月が明るく照らしているけれど巫峡の流れはやきがむなしくそこにある。驚いて夢から覚めて煮ればまたこれから次の急流が待っている。

43 孤舟行客 三峡、灔澦堆を下るのは命がけであったのでその前に港で女性と交わって次の日に下ってゆく。下る船の中で、昨晩のことと、楚王と神女のことがダブってしまい、夢が醒めると次の急流に向かう、というのがこの詩である。

劉禹錫《巫山神女廟》

巫山十二鬱蒼蒼,片石亭亭號女郎。

曉霧乍開疑卷幔,山花欲謝似殘妝。

星河好夜聞清佩,雲雨歸時帶異香。

何事神仙九天上,人間來就楚襄王。

(巫山の神女峰 劉禹錫)

巫山十二 鬱として蒼蒼、片石亭亭 女郎と号す

暁霧 乍ち開いて幔を巻けるかと疑い、山花 謝まんと欲して妝を残うに似たり

星河の好夜 清佩を聞き、雲雨 帰る時 異香を帯ぶ

何事ぞ 神仙 九天の上より、人間 来たりて 楚の襄王に就けり

 


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15閻選《巻九22臨江仙二首其一》『花間集』424全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7384

閻選  臨江仙二首其一

雨停荷芰逗濃香,岸邊蟬噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。

珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧。

(年を重ねた妓優であったものが道女になり、男を待つが、多情ものの男は来ることはない。さびしく侘しい女を詠う)

降り続いていた雨が止んで、通観の池からそよ吹く風が蓮や菱の濃き香りを運んでくるのでしばらくその場に留まる、岸の柳に蝉の声が満ち、垂れた柳の枝がそよ風に揺れる。この美しき景色にここにはだれもいないのであるが、ただこの前まで若草が芽吹いていた池堤があるばかり、雲雨に化身する仙女に逢うこともない、だから、何処で楚の裏王は夢にであった仙女に逢おうというのだろう。秋が来たというのに珍しい簟のシーツが敷かれたままで、屏風は壁にそばだてて、鴛鴦の枕の一つは使うこともないので冷ややかなままである、近頃は、塵積もるほどで寂しく、侘しい閑に包まれている。高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。

《花間集》424巻九22

臨江仙二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7384

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 

 
  2016年2月23日 の紀頌之5つのBlog  
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              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

 

花間集 教坊曲 『臨江仙』 二十六首

張泌

巻四38臨江仙  煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。古祠深殿,香冷雨和風。

毛文錫

巻五35臨江仙  暮蟬聲盡落斜陽,銀蟾影掛瀟湘。黃陵廟側水茫茫。楚山紅樹,煙雨隔高唐。岸泊漁燈風颭碎,白蘋遠散濃香。靈娥皷琴韻清商,朱絃淒切,雲散碧天長。

牛希濟

巻五36臨江仙七首其一  峭碧參差十二峯,冷煙寒樹重重。瑤宮殿是仙蹤,金鑪珠帳,香靄晝偏濃。一自楚王驚夢斷,人間無路相逢。至今雲雨帶愁容,月斜江上,征棹動晨鐘。

牛希濟

巻五37臨江仙七首其二  謝家仙觀寄雲岑,岩蘿拂地成陰。洞房不閉白雲深,當時丹竈,一粒化黃金。石壁霞衣猶半挂,松風長似鳴琴。時間唳鶴起前林,十洲高會,何處許相尋?

牛希濟

巻五38臨江仙七首其三  渭闕宮城秦樹凋,玉樓獨上無憀。含情不語自吹簫,調情和恨,天路逐風飄。何事乘龍入忽降,似知深意相招。三清攜手路非遙,世間屏障,彩筆劃嬌饒。

牛希濟

巻五39臨江仙七首其四  江繞黃陵春廟閑,嬌鶯獨語關關。滿庭重疊綠苔斑,陰雲無事,四散自歸山。簫鼓聲稀香燼冷,月娥斂盡彎環。風流皆道勝人間,須知狂客,判死為紅顏。

牛希濟

巻五40臨江仙七首其五  素洛春光瀲灩平,千重媚臉初生。淩波羅襪勢輕輕,煙籠日照,珠翠半分明。風引寶衣疑欲舞,鸞迴鳳翥堪驚。也知心許無恐成,陳王辭賦,千載有聲名。

牛希濟

巻五41臨江仙七首其六  柳帶搖風漢水濱,平蕪兩岸爭勻。鴛鴦對浴浪痕新。弄珠遊女,微笑自含春。輕步暗移蟬鬢動,羅裙風惹輕塵。水精宮殿豈無因?空勞纖手,解珮贈情人。

牛希濟

巻五42臨江仙七首其七  洞庭波浪颭晴天,君山一點凝煙。此中真境屬神仙,玉樓珠殿,相映月輪邊。萬里平湖秋色冷,星辰垂影參然。橘林霜重更紅鮮,羅浮山下,有路暗相連。

和凝

巻六16臨江仙二首其一  海棠香老春江晚,小樓霧縠濛。翠鬟初出繡簾中,麝煙鸞珮蘋風。碾玉釵搖鸂鶒戰,雪肌雲鬢將融。含情遙指碧波東,越王臺殿蓼花紅。

和凝

巻六17臨江仙二首其二  披袍窣地紅宮錦,鶯語時囀輕音。碧羅冠子穩犀簪,鳳皇雙颭步搖金。肌骨細勻紅玉軟,臉波微送春心。嬌羞不肯入鴛衾,蘭膏光裏兩情深。

顧夐

巻七32臨江仙三首其一  碧染長空池似鏡,倚樓閑望凝情,滿衣紅藕細香清。象床珍簟,山障掩,玉琴橫。暗想昔時懽笑事,如今贏得愁生。博山鑪暖澹煙輕。蟬吟人靜,殘日傍,小明。

顧夐

巻七33臨江仙三首其二  幽閨小檻春光晚,柳濃花淡鶯稀。舊歡思想尚依依,翠嚬紅斂,終日損芳菲。何事狂夫音信斷,不如梁鷰猶歸。畫意深處麝煙微,屏虛枕冷,風細雨霏霏。

顧夐

巻七34臨江仙三首其三  月色穿簾風入竹,倚屏雙黛愁時。砌花含露兩三枝,如啼恨臉,魂斷損容儀。香燼暗銷金鴨冷,可堪辜負前期。繡襦不整鬢鬟欹,幾多惆悵,情緒在天涯。

孫光憲

巻八15臨江仙二首其一  霜拍井梧幹葉墮,翠幃雕檻初寒。薄鈆殘黛稱花冠,含情無語,延佇倚欄干。杳杳征輪何處去,離愁別恨千般。不堪心緒正多端,鏡奩長掩,無意對孤鸞。

孫光憲

巻八16臨江仙二首其二  暮雨淒淒深院閉,燈前凝坐初更。玉釵低壓鬢雲橫,半垂羅幕,相映燭光明。終是有心投漢珮,低頭但理秦箏。鷰雙鸞耦不勝情,只愁明發,將逐楚雲行。

鹿虔扆

《巻九14臨江仙二首 其一》  重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅

鹿虔扆

《巻九15臨江仙二首 其二》  無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手裙帶,無語倚雲屏

閻選

《巻九22臨江仙二首其一》  雨停荷逗濃香,岸邊噪垂楊。物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧

閻選

《巻九23臨江仙二首其二》  十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

尹鶚

《巻九28臨江仙二首其一》  一番荷生池沼,檻前風送馨香。昔年於此伴蕭娘,相佇立,牽惹敘衷腸。時逞笑容無限態,還如菡萏爭芳。別來遣思悠,慵窺往事,金小蘭房

尹鶚

《巻九29臨江仙二首其二》  深秋寒夜銀河靜,月明深院中庭。西幽夢等閑成,逡巡覺後,特地恨難平。紅燭半條殘短,依稀暗背銀屏。枕前何事最傷情,梧桐葉上,點點露珠零

毛熙震

《巻九41臨江仙二首其一》  南齊天子寵嬋娟,六宮羅綺三千。潘妃嬌獨芳妍,椒房蘭洞,雲雨降神仙。縱態迷歡心不足,風流可惜當年。纖腰婉約金蓮,妖君傾國,猶自至今傳

毛熙震

《巻九42臨江仙二首其二》  幽閨欲曙聞鶯囀,紅月影微明。好風頻謝落花聲,隔幃殘燭,猶照綺屏箏。被錦茵眠玉暖,香斜煙輕。澹蛾羞斂不勝情,暗思閑夢,何處逐雲行

李珣

《巻十24臨江仙二首其一》  簾卷池心小閣虛,暫涼閑步徐徐。芰荷經雨半凋疎,拂堤垂柳,蟬噪夕陽餘。不語低鬟幽思遠,玉釵斜墜雙魚。幾迴看寄來書,離情別恨,相隔欲何如。

李珣

《巻十25臨江仙二首其二》  鶯報簾前暖日紅,玉鑪殘麝猶濃。起來閨思尚疎慵,別愁春夢,誰解此情悰。強整嬌姿臨寶鏡,小池一芙蓉。舊歡無處再尋蹤,更堪迴顧,屏畫九疑峯。

 

 

 

臨江仙二首

 

臨江仙二首其一

(年を重ねた妓優であったものが道女になり、男を待つが、多情ものの男は来ることはない。さびしく侘しい女を詠う)

雨停荷芰逗濃香,岸邊蟬噪垂楊。

降り続いていた雨が止んで、通観の池からそよ吹く風が蓮や菱の濃き香りを運んでくるのでしばらくその場に留まる、岸の柳に蝉の声が満ち、垂れた柳の枝がそよ風に揺れる。

物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。

この美しき景色にここにはだれもいないのであるが、ただこの前まで若草が芽吹いていた池堤があるばかり、雲雨に化身する仙女に逢うこともない、だから、何処で楚の裏王は夢にであった仙女に逢おうというのだろう。

珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。

秋が来たというのに珍しい簟のシーツが敷かれたままで、屏風は壁にそばだてて、鴛鴦の枕の一つは使うこともないので冷ややかなままである、近頃は、塵積もるほどで寂しく、侘しい閑に包まれている。

欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧。

高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。

(臨江仙二首其の一)

雨停み 荷芰 濃香を逗め,岸邊 蟬噪して 楊を垂る。

物華空しく 舊き池塘有り,仙子に逢わず,何處にか襄王を夢みん。

珍簟 對して欹てて鴛枕冷やかなり,此來 塵暗く淒涼たり。

危檻に憑らんと欲すれども恨み偏長するばかり,藕の花 珠 綴り,猶お 汗 凝粧に似たり。

 

臨江仙二首其二

十二高峯天外寒,竹梢輕拂仙壇。

寶衣行雨在雲端,畫簾深殿,香霧冷風殘。

欲問楚王何處去?翠屏猶掩金鸞。

猿啼明月照空灘,孤舟行客,驚夢亦艱難。

 

Flower1-008
 

『臨江仙二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首其一

雨停荷芰逗濃香,岸邊蟬噪垂楊。

物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。

珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。

欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧。

 

(下し文)

(臨江仙二首其の一)

雨停み 荷芰 濃香を逗め,岸邊 蟬噪して 楊を垂る。

物華空しく 舊き池塘有り,仙子に逢わず,何處にか襄王を夢みん。

珍簟 對して欹てて鴛枕冷やかなり,此來 塵暗く淒涼たり。

危檻に憑らんと欲すれども恨み偏長するばかり,藕の花 珠 綴り,猶お 汗 凝粧に似たり。

 

(現代語訳)

(年を重ねた妓優であったものが道女になり、男を待つが、多情ものの男は来ることはない。さびしく侘しい女を詠う)

降り続いていた雨が止んで、通観の池からそよ吹く風が蓮や菱の濃き香りを運んでくるのでしばらくその場に留まる、岸の柳に蝉の声が満ち、垂れた柳の枝がそよ風に揺れる。

この美しき景色にここにはだれもいないのであるが、ただこの前まで若草が芽吹いていた池堤があるばかり、雲雨に化身する仙女に逢うこともない、だから、何処で楚の裏王は夢にであった仙女に逢おうというのだろう。

秋が来たというのに珍しい簟のシーツが敷かれたままで、屏風は壁にそばだてて、鴛鴦の枕の一つは使うこともないので冷ややかなままである、近頃は、塵積もるほどで寂しく、侘しい閑に包まれている。

高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。

紅梅004
 

(訳注)

臨江仙二首其一

(年を重ねた妓優であったものが道女になり、男を待つが、多情ものの男は来ることはない。さびしく侘しい女を詠う)

27 【解説】 正妻に認められず道女となって、男を毎日待っている女性を詠う。前段は、かつてあの人と共に遊んだ池塘にはくさがおいしげり、男は行方は知れず、せめて夢の中に男に逢おうとしても、女には待つことだけが許されている。一夫多妻制、通い婚が基本の時代、再会を果たせぬ悲しみを述べる。後段は、この頃は簟もそのまま、枕にも塵が積もったままの侘しい限りで、高殿に身を寄せて遥かに男を偲べば、恨みは尽きることなく、露置く蓮の花に、在りし日の汗した男の顔を思い浮かべると、男への思慕の情を綴る。

妓女は、「買斷」の場合、娼屋の離れ、房に囲われ、そこで一生男を待つ、身請けをして妾となる場合、正妻が家妓を認めない場合の多くは、道女となって道観の離れで男を待つということが多かった。いずれにしても、こうした女性は、若い間に「離れ」「奥座敷」に住まわれるように努力をすることが一番であった。

『花間集』には閻選の作が八首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、⑦⑥⑦4⑤/⑦⑥⑦4⑤の詞形をとる。

雨停荷芰逗濃香  岸邊蟬噪垂
物華空有舊池塘 不逢仙子 何處夢襄

珍簟對欹鴛枕 此來塵暗淒

欲憑危檻恨偏長 藕花珠綴  猶似汗凝

●○△●●○○  ●○○●○○

●△△●●○○  △○○● △●△○△ 

○●●○○△△ ●△○●○△ 

●○○●●△△ ●○○●  △●△△?

 

雨停荷芰逗濃香,岸邊蟬噪垂楊。

降り続いていた雨が止んで、通観の池からそよ吹く風が蓮や菱の濃き香りを運んでくるのでしばらくその場に留まる、岸の柳に蝉の声が満ち、垂れた柳の枝がそよ風に揺れる。

28 芰荷 .蓮の葉。菱と蓮。《楚辞·離騒7段「製芰荷以衣兮,集芙蓉以裳。」(芰と荷を製して以て衣と爲し,集芙蓉以裳。菱と蓮の葉を裁縫して上衣とし、蓮の花を集めて袴とする。

29 逗 (1) からかう,かまう,あやす.(2) 誘う,招く。逗人笑人を笑わせる.(3) 《方》笑わせる。(4)留まる.

30 蟬噪 せんそう【蝉噪・蟬噪・蝉騒・蟬騒】. . (せみ)がさわがしく鳴くこと。 . 多くの人がさわがしく言い立てること。

 

物華空有舊池塘,不逢仙子,何處夢襄王。

この美しき景色にここにはだれもいないのであるが、ただこの前まで若草が芽吹いていた池堤があるばかり、雲雨に化身する仙女に逢うこともない、だから、何処で楚の裏王は夢にであった仙女に逢おうというのだろう。

31 物華 美しい風物。

32 旧池塘 今は初夏で草が茂るだけだが、少し前には春の息吹、若草が一面に生えていて、行楽でにぎわった「池塘」である。謝靈運《登池上樓》「初景革緒風,新陽改故陰。池塘生春草,園柳變鳴禽。」(初景【はつはる】は緒風を革【あらた】め、新陽は故き蔭【ふゆ】を改む。池の塘【つつみ】は春の草生じ、園の柳に鳴く禽【とり】も変りぬ。)

初春の景色は去年の秋冬の名残の風を改めている、新しい日の光が照り、去年の冬の名残りの陰気はすっかり改まっている。

昔なじみのある池。旧は以前から知っている、の意もあるが、ここはこの池塘で行楽での男女が遊んでいたところという意味である。そうでなければ、後ろ二句に宋玉の《高都賦》を持ってきた意味が淡泊なことになり、それでは味わい深くない。

33 仙子 仙女。ここでは仙女のように美しい女の意。おそらく道女であろう。

34 何処夢襄王 襄王はどこで夢に仙女と逢ったらよいのか。押韻のために「何処襄王夢」の語順が変わったもの。楚の襄王が高唐に遊び夢の中で巫山の神女と情を交わした故事に基づく。ここではこの故事を借りて、かつて睦み合った道女にせめて夢の中で逢いたいが、どこを尋ねたらよいのか、という意味。

 

珍簟對欹鴛枕冷,此來塵暗淒涼。

秋が来たというのに珍しい簟のシーツが敷かれたままで、屏風は壁にそばだてて、鴛鴦の枕の一つは使うこともないので冷ややかなままである、近頃は、塵積もるほどで寂しく、侘しい閑に包まれている。

35 鴛枕冷 オシドリの刺繍のある枕は冷たい。独り寝の催しさを言ったもの。

36 此来 近頃。

 

欲憑危檻恨偏長,藕花珠綴,猶似汗凝粧。

高殿にのぼって手すりに倚りかかって都の方を眺めるだけで、恨みは尽きはしない、あの糸を引く蓮根には花が咲き、葉の上に露の珠が綴られている、それは、あの人と過ごした時の装える顔にふきでた汗のように見えて、またあの頃のことをおもいだしてしまう。

37 危檻 高所の手すり、高殿の手すり。

 

 

 

花間集 閻選 虞美人二首 臨江仙二首【字解】

 

1 粉融 おしろいがとけてくずれる。

2 蓮房綻 蓮の花の花弁はほころびる、縫い目がほどける。破れる。

3 紅膩 頬を赤くし顔が油出て驅。

4 蓮房綻 宮女の閨に鍵をかける。

5 臉動 顔が動く。

6 雙波慢 二つの波がゆっくりと動く。慢【まん】[常用漢字][音]マン(呉)1 心がゆるんで締まりがない。「怠慢」2 速度や進行がだらだらと遅い。「慢性/緩慢」3 他をみくびっておごる。

7 小魚 この句は情事の性描写で訳しにくいこと。

8 鬢釵橫 簪を髪につけて横たわっている

9 石榴 赤身ザクロのほかに、白い水晶ザクロや果肉が黒いザクロなどがあり、アメリカ合衆国ではワンダフル、ルビーレッドなど、中国では水晶石榴、剛石榴、大紅石榴などの品種が多く栽培されている。

10 轉娉婷 【へいてい】.ひたすら、婦人の姿や振舞いが優雅な,美しい.

11  なおざりの時期。一時のがれを約束する。

12 夢雲兼雨 雲雨は情交、高唐賦、朝雲暮雨、男女が愛し合い、片時も離れていられないほどの深い仲であることのたとえ。男女の情交のことも。楚(そ)の懐王(かいおう)が夢の中で情を交わした女神が立ち去る時に、「朝は雲に、日暮れには雨となり、朝な夕なあなたのそばにおります」といったことから。

13 臂留 あの方の腕の中の温もりが残る。

14 檀印 閨の寝牀にはお香の香りが残る。檀:寝牀。檀香。 前蜀休《桐江居》之三:「静室焚檀印,深炉烧铁瓶。...

15 齒痕香 キスマークにも香りが残る。

16 楚腰 楚の細腰

17 蠐領 首はすく蟲のよう。木の中に巣食うスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている首筋。《詩経衛風碩人》「手如柔荑,膚如凝脂,領如蝤蠐,齒如瓠犀,螓首蛾眉。」(領は蝤蠐【しゅうせい】の如し)手は初めて伸びた柔らかい荑のようで、しなやかである。肌は凝り固まった脂肪のように白くてこってりと引き締まって清く、首筋のしなやかであるのは、木の中に巣食うスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている。

18 蠐螬  地中にいる昆虫。コガネムシ類の幼虫を主にいう。地虫(じむし)。せいそう。《季 秋》

19 團 1 まるい。まるくまとまる。「団扇(だんせん)・団団・団欒(だんらん)/大団円」2 ひとかたまりに集まったもの。「団塊・団結・団地/一団・星団・船団・寒気団・原子団」3 同類の人の集まり。人が集まってつくる組織。「団員・団体・団長/楽団・球団・教団・結団・公団・集団・退団・入団・兵団」4 「団体」の略。「団交/経団連」〈トン〉まるい。まるいもの。「団栗(どんぐり)/金団・水団・炭団(たどん)・蒲団(ふとん)」[名のり]あつ・まどか・まる

20 月蛾 月に上った嫦娥のように美しい。嫦娥(じょうが、こうが)は、中国神話に登場する人物。后羿の妻。姮娥とも表記する。『淮南子』覧冥訓によれば、もとは仙女だったが地上に下りた際に不死でなくなったため、夫の后羿が西王母からもらい受けた不死の薬を盗んで飲み、月に逃げ、蝦蟇になったと伝えられる。別の話では、后羿が離れ離れになった嫦娥をより近くで見るために月に向かって供え物をしたのが、月見の由来だとも伝えている。道教では、嫦娥を月神とみなし、「太陰星君」さらに「月宮黄華素曜元精聖後太陰元君」「月宮太陰皇君孝道明王」と呼び、中秋節に祀っている。「嫦」は「姮」の異体字で同じ意味である。前漢の文帝の名が「恒」であるため、字形のよく似た「姮」を避諱して「嫦」を用いるようになった。日本では百姓読みにより旁の「常」から「じょう」と読まれるようになったが、本来の読み通りに「こう」と読む場合もある。

21 笑微 麗しの傾国の美女の微笑。美しすぎるとその美しさに一人だけ寵愛すると天下の平穏が乱され、国を傾けることになる。唐の宣宗の事例がある。穏健な抑制政策を採用するなどの社会の安定を図ったので聖帝とされたが、献上された美女を数日寵愛し、その後後宮から追放しても朕の思いが残るだけと「沈毒盃」により葬った。

22 勻 読み:イン訓読み:すくない、 ひとしい。

23 水紋簟 晩春から初秋まで寝牀のシーツとして敷かれる高価なもの。

24 青紗帳 春に垂らされたうす絹のとばり、夏を過ぎると、白絹に替えられるものである。

25 霧罩 霧が大地にかぶさる

  この二句は、宮女への寵愛は亡くなってしまった様子をいう。水紋簟・青紗帳・霧罩・秋波、一人の寂しさ、侘しさをいう語である。

26 忡忡 憂い悲しむさま。気が気でないさま.

15閻選《巻九21虞美人二首其二》『花間集』423全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7379

閻選  虞美人二首其二

楚腰蠐領團香玉,鬢疊深深綠。月蛾星眼笑微嚬,柳妖桃豔不勝春,晚粧勻。

水紋簟映青紗帳,霧罩秋波上。一枝嬌臥醉芙蓉,良宵不得與君同,恨忡忡。

(あれほどに美しいお方でも寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)その二

楚の国で美しい細腰の宮女はスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている首筋で、薫り高く宝玉のような輝きを集めたようだ。髪型は高く重ねられ、緑の黒髪は深く深く黒い。

月に棲む嫦娥の美しさはほしのかがやきをもつひとみで、ほんの少し微笑むだけで美しい、柳の枝のようにしなやかで、桃のみのように妖艶で春けしと雖もこの美しさに勝てるはずもない。晩になると夜の化粧を施せばここまで述べたすべての美しさに等しくなる。

それが秋になっても水紋模様の天の敷物はそのまま寝牀に牽かれたままであり、春に垂らされたうす絹のとばりもそのままで、霧が大地にかぶさるように秋の気配にここのすべてはおおい尽くされてしまう。

あの柳の一枝の艶めかしさが横になり、芙蓉の花は酒に酔い潰れ、こんなに素敵な夜が訪れてもあのおかたとはもういっしょでいることはない、憂い悲しむ生活を恨むことしかないのだ。

《花間集》422巻九21

虞美人二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7379

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 

 
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             ID         
           作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

閻處士選 虞美人二首

間選(生卒年末詳〔約932年前後在世〕)は、後蜀の詞人。字、裡、出身地も未詳。生涯、平民で過ごしたので、人々は閣処士と呼んだ(処士とは無官の意)。『花間集』 には八首の詞が収められている。

 

 

虞美人二首其一

(寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)

粉融紅膩蓮房綻,臉動雙波慢。

二人がずっと愛し合って、白粉が崩れ始め、頬を赤くして顔にはあぶら汗でテカっている、蓮の花の花弁ははじめてほころびうけいれる。顏は動き、二つの体は波のようにゆっくりと動く。

小魚銜玉鬢釵橫,石榴裙染象紗輕,轉娉婷。

宮女は小魚の玉を口に含み、そして簪を髪につけて横たわっている、スカートが石榴の柄にそまって、薄絹が軽やかに、愛そのものに形作られている、ひたすら、宮女の姿や振舞いが優雅で美しい。

期錦浪荷深處,一夢雲兼雨。

一時のがれの約束事ではあるが、錦の波が続き、蓮は奥深い所に咲いたのだ、それは、一つの夢であった、それは《高唐賦》の「朝雲暮雨」のようであった。

臂留檀印齒痕香,深秋不寐漏初長,盡思量。

あの方の腕の中の温もりが残り、閨の寝牀にはお香の香りが残る、そして、キスマークにも香りが残るけれども、もう秋も深まるというのに、寵愛もなく、眠りにつけず、夜明けまえの漏刻を聞くながい夜を過ごしている。これからはなにごとも慮って生きていく。

(虞美人二首其の一)

粉融 紅膩 蓮房の綻,臉動き 雙の波慢す。

小魚玉を銜み 鬢釵橫わる,石榴 裙染 象 紗輕す,轉た娉婷【へいてい】。

期 錦浪 荷 深き處,一たびの夢 雲と雨とを兼ぬ。

臂留 檀印 齒痕の香,深秋 不寐し 漏 初めて長し,盡く思量す。

 

虞美人二首其二

(あれほどに美しいお方でも寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)その二

楚腰蠐領團香玉,鬢疊深深綠。

楚の国で美しい細腰の宮女はスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている首筋で、薫り高く宝玉のような輝きを集めたようだ。髪型は高く重ねられ、緑の黒髪は深く深く黒い。

月蛾星眼笑微嚬,柳妖桃豔不勝春,晚粧勻。

月に棲む嫦娥の美しさはほしのかがやきをもつひとみで、ほんの少し微笑むだけで美しい、柳の枝のようにしなやかで、桃のみのように妖艶で春けしと雖もこの美しさに勝てるはずもない。晩になると夜の化粧を施せばここまで述べたすべての美しさに等しくなる。

水紋簟映青紗帳,霧罩秋波上。

それが秋になっても水紋模様の天の敷物はそのまま寝牀に牽かれたままであり、春に垂らされたうす絹のとばりもそのままで、霧が大地にかぶさるように秋の気配にここのすべてはおおい尽くされてしまう。

一枝嬌臥醉芙蓉,良宵不得與君同,恨忡忡。

あの柳の一枝の艶めかしさが横になり、芙蓉の花は酒に酔い潰れ、こんなに素敵な夜が訪れてもあのおかたとはもういっしょでいることはない、憂い悲しむ生活を恨むことしかないのだ。

(虞美人二首其の二)

楚腰 蠐領【せいりょう】香玉を團【まと】め,鬢疊 深深として綠なり。

月蛾 星眼 笑微 嚬【ひそ】め,柳妖 桃豔 春も勝らず,晚粧 勻し。

水紋の簟映し 青紗の帳,霧罩 秋波上【くわわ】る。

一枝 嬌臥し 芙蓉を醉わす,良宵 君と與に同じゅうするを得ず,忡忡を恨む。

 

芍薬001
 

『虞美人二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

虞美人二首其二

楚腰蠐領團香玉,鬢疊深深綠。

月蛾星眼笑微嚬,柳妖桃豔不勝春,晚粧勻。

水紋簟映青紗帳,霧罩秋波上。

一枝嬌臥醉芙蓉,良宵不得與君同,恨忡忡。

 

(下し文)

(虞美人二首其の二)

楚腰 蠐領【せいりょう】香玉を團【まと】め,鬢疊 深深として綠なり。

月蛾 星眼 笑微 嚬【ひそ】め,柳妖 桃豔 春も勝らず,晚粧 勻し。

水紋の簟映し 青紗の帳,霧罩 秋波上【くわわ】る。

一枝 嬌臥し 芙蓉を醉わす,良宵 君と與に同じゅうするを得ず,忡忡を恨む。

 

(現代語訳)

(あれほどに美しいお方でも寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)その二

楚の国で美しい細腰の宮女はスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている首筋で、薫り高く宝玉のような輝きを集めたようだ。髪型は高く重ねられ、緑の黒髪は深く深く黒い。

月に棲む嫦娥の美しさはほしのかがやきをもつひとみで、ほんの少し微笑むだけで美しい、柳の枝のようにしなやかで、桃のみのように妖艶で春けしと雖もこの美しさに勝てるはずもない。晩になると夜の化粧を施せばここまで述べたすべての美しさに等しくなる。

それが秋になっても水紋模様の天の敷物はそのまま寝牀に牽かれたままであり、春に垂らされたうす絹のとばりもそのままで、霧が大地にかぶさるように秋の気配にここのすべてはおおい尽くされてしまう。

あの柳の一枝の艶めかしさが横になり、芙蓉の花は酒に酔い潰れ、こんなに素敵な夜が訪れてもあのおかたとはもういっしょでいることはない、憂い悲しむ生活を恨むことしかないのだ。

 

 

(訳注)

虞美人二首其二

唐の教坊の曲名。『花間集』には十四首所収。閻選の詩は二首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字三平韻で、75⑦⑦③/75⑦⑦③の詞形をとる。

楚腰蠐領團香玉 鬢疊深深
月蛾星眼笑微 柳妖桃豔不勝 晚粧

水紋簟映青紗 霧罩秋波

 一枝嬌臥醉芙 良宵不得與君  恨忡

●○○●○○●  ●●△△●

●△○●●○○  ●○○●△△○ ●?○

●○●●○○● △●○○●

●○△●●○○ ○○△●△○○  ●○○

 

楚腰 蠐領 團香玉,鬢疊 深深綠。

楚の国で美しい細腰の宮女はスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている首筋で、薫り高く宝玉のような輝きを集めたようだ。髪型は高く重ねられ、緑の黒髪は深く深く黒い。

16 楚腰 楚の細腰

17 蠐領 首はすく蟲のよう。木の中に巣食うスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている首筋。《詩経衛風碩人》「手如柔荑,膚如凝脂,領如蝤蠐,齒如瓠犀,螓首蛾眉。」(領は蝤蠐【しゅうせい】の如し)手は初めて伸びた柔らかい荑のようで、しなやかである。肌は凝り固まった脂肪のように白くてこってりと引き締まって清く、首筋のしなやかであるのは、木の中に巣食うスクモ蟲のようにしろくてながく、ほっそりしている。

18 蠐螬  地中にいる昆虫。コガネムシ類の幼虫を主にいう。地虫(じむし)。せいそう。《季 秋》

19 團 1 まるい。まるくまとまる。「団扇(だんせん)・団団・団欒(だんらん)/大団円」2 ひとかたまりに集まったもの。「団塊・団結・団地/一団・星団・船団・寒気団・原子団」3 同類の人の集まり。人が集まってつくる組織。「団員・団体・団長/楽団・球団・教団・結団・公団・集団・退団・入団・兵団」4 「団体」の略。「団交/経団連」〈トン〉まるい。まるいもの。「団栗(どんぐり)/金団・水団・炭団(たどん)・蒲団(ふとん)」[名のり]あつ・まどか・まる

 

月蛾 星眼 笑微嚬,柳妖 桃豔 不勝春,晚粧勻。

月に棲む嫦娥の美しさはほしのかがやきをもつひとみで、ほんの少し微笑むだけで美しい、柳の枝のようにしなやかで、桃のみのように妖艶で春けしと雖もこの美しさに勝てるはずもない。晩になると夜の化粧を施せばここまで述べたすべての美しさに等しくなる。

20 月蛾 月に上った嫦娥のように美しい。嫦娥(じょうが、こうが)は、中国神話に登場する人物。后羿の妻。姮娥とも表記する。『淮南子』覧冥訓によれば、もとは仙女だったが地上に下りた際に不死でなくなったため、夫の后羿が西王母からもらい受けた不死の薬を盗んで飲み、月に逃げ、蝦蟇になったと伝えられる。別の話では、后羿が離れ離れになった嫦娥をより近くで見るために月に向かって供え物をしたのが、月見の由来だとも伝えている。道教では、嫦娥を月神とみなし、「太陰星君」さらに「月宮黄華素曜元精聖後太陰元君」「月宮太陰皇君孝道明王」と呼び、中秋節に祀っている。「嫦」は「姮」の異体字で同じ意味である。前漢の文帝の名が「恒」であるため、字形のよく似た「姮」を避諱して「嫦」を用いるようになった。日本では百姓読みにより旁の「常」から「じょう」と読まれるようになったが、本来の読み通りに「こう」と読む場合もある。

21 笑微 麗しの傾国の美女の微笑。美しすぎるとその美しさに一人だけ寵愛すると天下の平穏が乱され、国を傾けることになる。唐の宣宗の事例がある。穏健な抑制政策を採用するなどの社会の安定を図ったので聖帝とされたが、献上された美女を数日寵愛し、その後後宮から追放しても朕の思いが残るだけと「沈毒盃」により葬った。

22 勻 読み:イン訓読み:すくない、 ひとしい。

 

水紋 簟映 青紗帳,霧罩 秋波上。

それが秋になっても水紋模様の天の敷物はそのまま寝牀に牽かれたままであり、春に垂らされたうす絹のとばりもそのままで、霧が大地にかぶさるように秋の気配にここのすべてはおおい尽くされてしまう。

23 水紋簟 晩春から初秋まで寝牀のシーツとして敷かれる高価なもの。

24 青紗帳 春に垂らされたうす絹のとばり、夏を過ぎると、白絹に替えられるものである。

25 霧罩 霧が大地にかぶさる

  この二句は、宮女への寵愛は亡くなってしまった様子をいう。水紋簟・青紗帳・霧罩・秋波、一人の寂しさ、侘しさをいう語である。

 

一枝 嬌臥 醉芙蓉,良宵 不得與君同,恨忡忡。

あの柳の一枝の艶めかしさが横になり、芙蓉の花は酒に酔い潰れ、こんなに素敵な夜が訪れてもあのおかたとはもういっしょでいることはない、憂い悲しむ生活を恨むことしかないのだ。

26 忡忡 憂い悲しむさま。気が気でないさま.

大毛蓼003
 

 

 

虞美人二首 【字解】

 

1 粉融 おしろいがとけてくずれる。

2 蓮房綻 蓮の花の花弁はほころびる、縫い目がほどける。破れる。

3 紅膩 頬を赤くし顔が油出て驅。

4 蓮房綻 宮女の閨に鍵をかける。

5 臉動 顔が動く。

6 雙波慢 二つの波がゆっくりと動く。慢【まん】[常用漢字][音]マン(呉)1 心がゆるんで締まりがない。「怠慢」2 速度や進行がだらだらと遅い。「慢性/緩慢」3 他をみくびっておごる。

7 小魚 この句は情事の性描写で訳しにくいこと。

8 鬢釵橫 簪を髪につけて横たわっている

9 石榴 赤身ザクロのほかに、白い水晶ザクロや果肉が黒いザクロなどがあり、アメリカ合衆国ではワンダフル、ルビーレッドなど、中国では水晶石榴、剛石榴、大紅石榴などの品種が多く栽培されている。

10 轉娉婷 【へいてい】.ひたすら、婦人の姿や振舞いが優雅な,美しい.

11  なおざりの時期。一時のがれを約束する。

12 夢雲兼雨 雲雨は情交、高唐賦、朝雲暮雨、男女が愛し合い、片時も離れていられないほどの深い仲であることのたとえ。男女の情交のことも。楚(そ)の懐王(かいおう)が夢の中で情を交わした女神が立ち去る時に、「朝は雲に、日暮れには雨となり、朝な夕なあなたのそばにおります」といったことから。

13 臂留 あの方の腕の中の温もりが残る。

14 檀印 閨の寝牀にはお香の香りが残る。檀:寝牀。檀香。 前蜀休《桐江居》之三:「静室焚檀印,深炉烧铁瓶。...

15 齒痕香 キスマークにも香りが残る。

15閻選《巻九20虞美人二首其一》『花間集』422全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7374

閻選  虞美人二首其一

粉融紅膩蓮房綻,臉動雙波慢。小魚銜玉鬢釵橫,石榴裙染象紗輕,轉娉婷。

期錦浪荷深處,一夢雲兼雨。臂留檀印齒痕香,深秋不寐漏初長,盡思量。

(寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)

二人がずっと愛し合って、白粉が崩れ始め、頬を赤くして顔にはあぶら汗でテカっている、蓮の花の花弁ははじめてほころびうけいれる。顏は動き、二つの体は波のようにゆっくりと動く。宮女は小魚の玉を口に含み、そして簪を髪につけて横たわっている、スカートが石榴の柄にそまって、薄絹が軽やかに、愛そのものに形作られている、ひたすら、宮女の姿や振舞いが優雅で美しい。一時のがれの約束事ではあるが、錦の波が続き、蓮は奥深い所に咲いたのだ、それは、一つの夢であった、それは《高唐賦》の「朝雲暮雨」のようであった。あの方の腕の中の温もりが残り、閨の寝牀にはお香の香りが残る、そして、キスマークにも香りが残るけれども、もう秋も深まるというのに、寵愛もなく、眠りにつけず、夜明けまえの漏刻を聞くながい夜を過ごしている。これからはなにごとも慮って生きていく。

《花間集》422巻九20

虞美人二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7374

(改訂版Ver.2.1

14 閻選

後蜀の詞人

932年前後に在世

 

 
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              ID                     作品名    作者      

              ■ 閻處士選(閻選【えんせん】)八首                                                  

            1            九巻       虞美人二首,其一   閻選        

            2            九巻       虞美人二首,其二   閻選        

            3            九巻       臨江仙二首,其一   閻選        

            4            九巻       臨江仙二首,其二   閻選        

            5            九巻       浣溪紗一首,          閻選        

            6            九巻       八拍蠻二首,其一   閻選        

            7            九巻       八拍蠻二首,其二   閻選      

 

閻處士選 虞美人二首

間選(生卒年末詳〔約932年前後在世〕)は、後蜀の詞人。字、裡、出身地も未詳。生涯、平民で過ごしたので、人々は閣処士と呼んだ(処士とは無官の意)。『花間集』 には八首の詞が収められている。

 

 

虞美人二首其一

(寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)

粉融紅膩蓮房綻,臉動雙波慢。

二人がずっと愛し合って、白粉が崩れ始め、頬を赤くして顔にはあぶら汗でテカっている、蓮の花の花弁ははじめてほころびうけいれる。顏は動き、二つの体は波のようにゆっくりと動く。

小魚銜玉鬢釵橫,石榴裙染象紗輕,轉娉婷。

宮女は小魚の玉を口に含み、そして簪を髪につけて横たわっている、スカートが石榴の柄にそまって、薄絹が軽やかに、愛そのものに形作られている、ひたすら、宮女の姿や振舞いが優雅で美しい。

期錦浪荷深處,一夢雲兼雨。

一時のがれの約束事ではあるが、錦の波が続き、蓮は奥深い所に咲いたのだ、それは、一つの夢であった、それは《高唐賦》の「朝雲暮雨」のようであった。

臂留檀印齒痕香,深秋不寐漏初長,盡思量。

あの方の腕の中の温もりが残り、閨の寝牀にはお香の香りが残る、そして、キスマークにも香りが残るけれども、もう秋も深まるというのに、寵愛もなく、眠りにつけず、夜明けまえの漏刻を聞くながい夜を過ごしている。これからはなにごとも慮って生きていく。

(虞美人二首其の一)

粉融 紅膩 蓮房の綻,臉動き 雙の波慢す。

小魚玉を銜み 鬢釵橫わる,石榴 裙染 象 紗輕す,轉た娉婷【へいてい】。

期 錦浪 荷 深き處,一たびの夢 雲と雨とを兼ぬ。

臂留 檀印 齒痕の香,深秋 不寐し 漏 初めて長し,盡く思量す。

虞美人二首其二

楚腰蠐領團香玉,鬢疊深深綠。

月蛾星眼笑微嚬,柳妖桃豔不勝春,晚粧勻。

水紋簟映青紗帳,霧罩秋波上。

一枝嬌臥醉芙蓉,良宵不得與君同,恨忡忡。

花間集 白梅
 

 

『虞美人二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

虞美人二首其一

粉融紅膩蓮房綻,臉動雙波慢。

小魚銜玉鬢釵橫,石榴裙染象紗輕,轉娉婷。

期錦浪荷深處,一夢雲兼雨。

臂留檀印齒痕香,深秋不寐漏初長,盡思量。

 

(下し文)

(虞美人二首其の一)

粉融 紅膩 蓮房の綻,臉動き 雙の波慢す。

小魚玉を銜み 鬢釵橫わる,石榴 裙染 象 紗輕す,轉た娉婷【へいてい】。

期 錦浪 荷 深き處,一たびの夢 雲と雨とを兼ぬ。

臂留 檀印 齒痕の香,深秋 不寐し 漏 初めて長し,盡く思量す。

 

(現代語訳)

(寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)

二人がずっと愛し合って、白粉が崩れ始め、頬を赤くして顔にはあぶら汗でテカっている、蓮の花の花弁ははじめてほころびうけいれる。顏は動き、二つの体は波のようにゆっくりと動く。

宮女は小魚の玉を口に含み、そして簪を髪につけて横たわっている、スカートが石榴の柄にそまって、薄絹が軽やかに、愛そのものに形作られている、ひたすら、宮女の姿や振舞いが優雅で美しい。

一時のがれの約束事ではあるが、錦の波が続き、蓮は奥深い所に咲いたのだ、それは、一つの夢であった、それは《高唐賦》の「朝雲暮雨」のようであった。

あの方の腕の中の温もりが残り、閨の寝牀にはお香の香りが残る、そして、キスマークにも香りが残るけれども、もう秋も深まるというのに、寵愛もなく、眠りにつけず、夜明けまえの漏刻を聞くながい夜を過ごしている。これからはなにごとも慮って生きていく。

紅梅202
 

(訳注)

虞美人二首其一

(寵愛を受ける期間というのは、わずかの間でしかない、その後は、その時の思い出で生きていくしかないと詠う)

唐の教坊の曲名。『花間集』には十四首所収。閻選の詩は二首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字三平韻で、75⑦⑦③/75⑦⑦③の詞形をとる。

粉融紅膩蓮房  臉動雙波
小魚銜玉鬢釵  石榴裙染象紗 轉娉

期錦浪荷深處 一夢雲兼雨 

臂留檀印齒痕香 深秋不寐漏初  盡思

●○○●△○●  △●○○●

●○○●●○△  ●○○●●○△ ●●○

○○●△△△● ●△○△●

●△○●●○○ △○△●●○△  ●△△

 

粉融紅膩蓮房綻,臉動雙波慢。

二人がずっと愛し合って、白粉が崩れ始め、頬を赤くして顔にはあぶら汗でテカっている、蓮の花の花弁ははじめてほころびうけいれる。顏は動き、二つの体は波のようにゆっくりと動く。

1 粉融 おしろいがとけてくずれる。

2 蓮房綻 蓮の花の花弁はほころびる、縫い目がほどける。破れる。

3 紅膩 頬を赤くし顔が油出て驅。

4 蓮房綻 宮女の閨に鍵をかける。

5 臉動 顔が動く。

6 雙波慢 二つの波がゆっくりと動く。慢【まん】[常用漢字][音]マン(呉)1 心がゆるんで締まりがない。「怠慢」2 速度や進行がだらだらと遅い。「慢性/緩慢」3 他をみくびっておごる。

 

小魚銜玉鬢釵橫,石榴裙染象紗輕,轉娉婷。

宮女は小魚の玉を口に含み、そして簪を髪につけて横たわっている、スカートが石榴の柄にそまって、薄絹が軽やかに、愛そのものに形作られている、ひたすら、宮女の姿や振舞いが優雅で美しい。

7 小魚 この句は情事の性描写で訳しにくいこと。

8 鬢釵橫 簪を髪につけて横たわっている

9 石榴 赤身ザクロのほかに、白い水晶ザクロや果肉が黒いザクロなどがあり、アメリカ合衆国ではワンダフル、ルビーレッドなど、中国では水晶石榴、剛石榴、大紅石榴などの品種が多く栽培されている。

10 轉娉婷 【へいてい】.ひたすら、婦人の姿や振舞いが優雅な,美しい.

 

期錦浪荷深處,一夢雲兼雨。

一時のがれの約束事ではあるが、錦の波が続き、蓮は奥深い所に咲いたのだ、それは、一つの夢であった、それは《高唐賦》の「朝雲暮雨」のようであった。

11  なおざりの時期。一時のがれを約束する。

12 夢雲兼雨 雲雨は情交、高唐賦、朝雲暮雨、男女が愛し合い、片時も離れていられないほどの深い仲であることのたとえ。男女の情交のことも。楚(そ)の懐王(かいおう)が夢の中で情を交わした女神が立ち去る時に、「朝は雲に、日暮れには雨となり、朝な夕なあなたのそばにおります」といったことから。

 

臂留檀印齒痕香,深秋不寐漏初長,盡思量。

あの方の腕の中の温もりが残り、閨の寝牀にはお香の香りが残る、そして、キスマークにも香りが残るけれども、もう秋も深まるというのに、寵愛もなく、眠りにつけず、夜明けまえの漏刻を聞くながい夜を過ごしている。これからはなにごとも慮って生きていく。

13 臂留 あの方の腕の中の温もりが残る。

14 檀印 閨の寝牀にはお香の香りが残る。檀:寝牀。檀香。 前蜀休《桐江居》之三:「静室焚檀印,深炉烧铁瓶。...

15 齒痕香 キスマークにも香りが残る。

14鹿虔扆《巻九19虞美人》『花間集』421全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7369

虞美人

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。璅疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。もう、この生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

《花間集》420巻九19

虞 美 人

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7369

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

938965年前後に在世

 

 

 

 
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鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。

欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。

 

 

虞美人

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。

疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。

九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。

不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

もう、この生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

 

(虞美人)

卷荷 香澹 煙り渚に浮き,綠嫩【りょくどん】新雨に擎たれる。

【そうそう】疎に透き 曉の風清く,象床の珍簟 冷く光り輕やかにし,水紋 平かなり。

九疑 黛色の屏 斜に掩う,枕上 眉心の斂。

堪えず 相い望む 病 將って成すを,鈿昬【でんこん】 檀粉 淚 縱橫にし,情に勝らず。

 

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『虞美人一首』 現代語訳と訳註

(本文)

虞美人

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。

疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。

不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

 

 

(下し文)

(虞美人)

卷荷 香澹 煙り渚に浮き,綠嫩【りょくどん】新雨に擎たれる。

【そうそう】疎に透き 曉の風清く,象床の珍簟 冷く光り輕やかにし,水紋 平かなり。

九疑 黛色の屏 斜に掩う,枕上 眉心の斂。

堪えず 相い望む 病 將って成すを,鈿昬【でんこん】 檀粉 淚 縱橫にし,情に勝らず。

 

(現代語訳)

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。

宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。

九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。

もう、この生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

 

四川省西部地区略図
 

(訳注)

虞美人

(後宮の数多い虞美人は寵愛を受けているわずかな期間が最高の時で、それを過ぎるとただ年老いてゆくだけであると詠う。)

寵愛がまだあるかもしれないと思って悶々とした生活を送っているが、天子の許しを得て、道女になることが目標となるが大抵許されず、朽ち果てる様に死んでゆくものである。

1 1 虞美人 項羽の愛姫で虞姫ともいう。5年にわたる楚・漢抗争のすえ,前202年に項羽は劉邦の漢軍によって垓下(がいか・安徽省霊璧県)に囲まれた(垓下の戦)。夜,四面から聞こえてくる楚の歌に,項羽は郷里の楚も漢におちたことを悟り(四面楚歌),虞美人をかたわらに決別の酒宴をひらいた。項羽は悲憤慷慨し,涙して辞世の詩をうたうと,彼女も唱和し,みな泣き伏したという。虞美人草の名は,彼女の鮮血が化して草花になったという伝から来ている。

秦末 虞美人『虞美人歌』

漢兵已略地,四方楚歌聲。

大王意氣盡,賤妾何聊生。

(虞美人の歌)

漢兵 已に地を略し,四方 楚の歌聲。

大王 意氣盡き,賤妾 何ぞ生を聊んぜん。

虞美人歌  秦末・虞美 詩<118>古代 女性詩 555 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1482

項羽が、垓下で敗れたときに慷慨悲歌したときの詩

項羽『垓下歌』

力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。

騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何!

であるが、それに対して虞美人が歌い舞った。

項羽と劉邦は戦いと和睦を繰り返しながら、垓下で雌雄を決する一戦を迎える。この時、項羽の少数の軍勢を大軍で取り囲んだ劉邦は、味方の兵士たちに項羽の祖国楚の歌を歌わせる。この歌を聞いた項羽は味方の兵が寝返ったのだと誤解して絶望する。その絶望の中で歌ったとされるのが、「垓下歌」である。

2. 美人 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。

 

唐の教坊の曲名。『花間集』には十四首所収。鹿虔扆の詩は一首収められている。双調五十八字、前後段五句二十九字三平韻で、75⑦⑦③/75⑦⑦③の詞形をとる。

卷荷香澹浮煙渚  綠嫩擎新雨
疎透曉  象床珍簟冷光輕 水紋

九疑黛色屏斜掩 枕上眉心斂

不堪相望病將成 鈿昬檀粉淚縱  不勝

△△○△○○●  ●●○○●

●?△●●△○  ●○○●△△△ ●○○

△○●●△○● △●○○●

△○△△●△○ △?○●●△△  △△○

 

卷荷香澹浮煙渚,綠嫩擎新雨。

蓮の葉がぐるぐる巻いているが、その香が漂ってくる、その香と霞が一緒になって渚の辺りに漂う、緑の新芽が新たに降ってきた雨に打たれている。

3 嫩 新芽の葉。若葉。 【嫩芽】どんが. 新しく生えてきた芽。新芽。 【嫩緑】どんりょく. 草や木の新芽の色。 若緑 ( わかみどり ) 。新緑。 【嫩い】わかい. 生じたばかりで柔らかい。新しく柔らかい。 【嫩草】わかくさ. 若々しく柔らかい草。 「若草」とも書く。「どんそう」とも読む。1(植物の芽・果実や人の肌などが)若い,柔らかい,みずみずしい.3.用例个姑娘 niang 皮很嫩。〔述〕=この娘は肌がみずみずしい

◎この前半、二句と次の三句は宮女=虞美人が寵愛されている様子を蓮、香り、煙、綠嫩、擎、新雨等の語で情事の様子をイメージさせている。それはやがて孤独な生活へ変わってゆく前奏曲の様なものなのである。

 

疎透曉風清,象床珍簟冷光輕,水紋平。

宝飾で飾られた宮女の閨の窓のまばらに梳けたところから朝方の清々しい風が抜けてゆく。彫刻で飾られた寝牀にめずらしい天の敷物が敷かれていてひんやりとした軽い輝きをしている、その点の模様は水紋で平らかに広がっている。

4 璅 宝飾で飾られた窓。宮女の閨の窓。

5 簟 細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ。夏の敷物。古代では高価なもので、特にここに出ている水紋の網目のものは最も高価なものである。花間集では、情事を連想させるアイテムとして登場する。

 

九疑黛色屏斜掩,枕上眉心斂。

九疑山で神々が並んで迎い入れる水墨画の屏風は使わずに壁に立てかけている。横になり枕の上には額にしわを寄せて宮女が伏せている。

6 九疑 屏風に描かれた山水画であろう。1. 九嶷山 「舜 之所葬,在 零陵 界中。」 2.九疑山 之神。《楚辞·離騒》十三段:「百神翳其備降兮,九疑繽其並迎。」《楚辞、九歌、(四)湘夫人》「九疑繽兮並迎、霊之來兮如雲。」(九疑山の神々が 盛んにむらがり並んで迎えると、湘君の神霊は衆神を随えて雲のように降ってこられる。)

◎後半、この二句と次の三句は寵愛がなくなる様子、男性の象徴である九疑山の神の屏風がかたずけられ、悶々として横になるしかない様子をいう。

 

不堪相望病將成,鈿昬檀粉淚縱橫,不勝情。

もうこの生活には耐えられず、いっそ病気になってしまいたいと思う、花鈿が薄れて消えかけているし、お化粧の頬には縦横に涙の痕がついている、何百人の入る宮女の中で女の思いが勝ることはなく、このまま年老いてゆく。

7 鈿昬 昬:昏 花鈿が暗くなる。花鈿が薄れて消えかけている。

8 檀粉 化粧品で白粉の中に香りが良いものが入っている。高価なもので宮女の使う化粧品。

 

 

9 『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で一二二人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

 

唐代の皇帝たちは、後宮の女性を選抜したり寵愛したりするのに、あまり尊卑貴職を気にかけなかったが、彼女たちに地位・品級を賜る時には家柄をたいへん重視した。とりわけ皇后に立てる時には絶対に家柄が高貴でなければならず、「天下の名族を厳選」しなければならなかった(『資治通鑑』巻一九九、高宗永徴六年)。漢代に歌妓の衛子夫(武帝の皇后。もと武帝の姉の歌妓)や舞妓の超飛燕(成帝の皇后。もと身なし児で歌妓)が皇后になったようなことは、唐代には完全に跡を絶った。后妃に封ずる時は、まず「地肖清華」(家柄の高貴)、「軒冤之族」(貴顕なる名族)等々の出身であることが強調され、その次にやっと徳行が問われた。

 

彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嫁妃は毎年春になると、宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟻蝉を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺草』巻上)。これらが彼女たちの優閑無柳の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

 

 

 

思越人【字解】

(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)

1 【解説】詩題の意味は江南に去って行った阮郎を恨むということである。李白の《巴女詞》と同じように、蜀の女妓について詠ったものである。鹿虔扆の役職からすれば、官妓についてのものである。蜀には、成都の西側とには、南津の渡し場には、民妓が、南から東側に官妓がいた。表向きには漢魏が圧倒していた。其処にいる女たちの歌である。もっとも花間集における「恨む」は男目線のものである。当時の倫理観には、棄てられた女が男を恨むということはなく、民から近代にかけての儒教思想による倫理観に変化したことで、詩の解釈も儒教的解釈が当たり前となったことで、男目線の「恨む」という解釈に変わったのである。この事については花間集の訳註解説として別の機会に発表する予定である。 女性の孤閏の侘しさを詠う。前段は、独り寝の夜の閏の様子を通じて、女の侘しさを述べ、後段は、前半の二句で、枕を覆う乱れた髪と、それを物憂く整えるさまを、後半の二句で、男との出会いの夢から覚めた後の悲痛な思いを語る。

2 『花間集』には鹿慶辰の作が二首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。

翠屏欹 銀燭背  漏殘清夜迢
雙帶繡窠盤錦薦  淚浸花暗香
珊瑚枕膩鴉鬟  玉纖慵整雲
若是適來新夢  離腸爭不千

●△○ ○●●  ●○○●○○

○●●○○●●  ●△○●○○

○○△●○○●  ●○○●○●

△●●△○△●  △○○△○●

3 銀燭背 灯火に背を向ける。銀燭は明るく燃える灯燭。一人で居て悶々としていることを強調する語。

4 漏殘清夜迢迢 長い夜が明けそぅになることを言う。漏は水時計。ここでは時間の意。残は損なわれる、さびれる。迢迢は遙かなさま。

5 双帯繍窠盤錦薦 刺繍のある帯の両端が錦の敷物の上に垂れ、蛇がとぐろを巻いたように円くなっていることを言う。葉は刺繍模様。薦ほ敷物。

6 涙侵花暗香銷 敷物の上に置かれた帯の模様の上に涙がこぼれ落ちて薫きしめた香の香りも消えた、ということ。花は帯の刺繍模様。暗香は徴かな香り。

7 珊瑚枕膩 珊瑚の飾りの付いた枕が髪油、皮脂の染みで光っていること。一人寝をひたすらしているということ。この時代の女性は自らの意思で外に出ることはできない。

8 鴉鬟 結い上げた黒髪の髷。鴉はいわゆる「烏の濡羽色」。

9 雲散 髪の乱れを言う。雲は女性の大きく膨らませた豊かな髪を形容する言葉、で、鬢を蝉の羽のように梳いた髪型を両雲鬢。この髪型が乱れたままというのは見せる人がいないこと。寝崩れしても気にしないことをいう。

10 適来 今しがた。

11 若是適來新夢見 もし、いまここで、夢で情交できるというのなら、という意味。

12 唐宋時代の貞操観、倫理観

唐代の女性は一般に早婚であり、大半が十五歳前後で嫁に行った。早い人は十三、四歳であり、遅い人は十七、八歳であった。これくらいが正常な結婚年齢であった。「媒無ければ選ぶを得ず、年は忽三六(十八歳)を過ぐ」(自居易「続古詩」)。女子は十八歳を過ぎれば婚期を逸したと思われていたようである。唐初より以来、人口増殖のために、国家は結婚適齢期に遅れないように結婚せよとずっと強調してきた。貞観年間には十五歳以上の女子に対して、開元年間には十三歳以上の女子に対して、婚期に遅れないように結婚すべしと命じた(『唐会要』巻三八「嫁要」

当然花街における妓女も15歳から23・4までがピークである。性的成長と婚姻が驚くほど低年齢であった。結婚感は、前世から定められているもので、本人の気持ちで決まるものではない。その一方で貞操感が全くないので、父母、媒酌人、天意できめられた。

唐代の結婚について、もう一つ注目すべき現象がある。それは男が女の家に行って婚礼をあげるケースがひじょうに多いということである。これについては、敦燈で発見された唐代の書儀(諸種の公文・書簡等の書式)の写本が確かな証拠を提供してくれる。それに「最近の人の多くは妻を自分の家に迎えない。つまり妻の実家で結婚式をあげ、何年たっても夫の実家に行かない。自分の実家でそのまま子供を出産することが、一度や二度にとどまらない者もいる。道が遠くて日返りで舅姑に挨拶に行けないからでもない。……婦人は婚礼が終っても夫の一族を全く知らないのである」という。

この文書からみると、夫は妻の実家で結婚式をあげ、また妻は何年も夫の家に行かないのみならず、甚だしい場合には、何人か子どもを生んだ後でも妻は夫の実家の人々と知りあうことがないのである(以上の観点と材料は超和平先生より提供いただいた。併せて周一良先生の「敦煙写本書儀の中に見る

 

唐代の人々は貞操観念が稀薄だったので、離婚、再婚はきわめて一般的な風潮となり、古代社会史上注目すべき現象となった。ところで離婚は、もちろん男女双方に平等というわけではなかった。

 

唐代の法律は、まず男が女を離婚して家から出す権利を保証している。唐律は、妻が次の「七出」を犯せば、夫は離婚してもよいと規定している。「七出」とは古い時代からの礼法により、Ⅲ男児を生まない、榔淫乱である、㈲舅姑によく仕えない、㈲他人の悪口を言いふらす、㈲盗みを行う、㈱嫉妬心が強い、仰悪い病気にかかる、以上の七項目とされている。しかし、「七出」に該当するものでも、追い出せない三つの条件があった。それは、Ⅲ舅姑の葬式を主催した者、榔嫁に来た時は下品であったが後に立派な女性になった者、㈱離婚されても行くところのない者、以上の三つの場合は妻を離縁すべきでないとした(『唐律疏議』巻一四)。こうした一定の制限があったにせよ、妻を離縁することはやはりきわめで簡単であった。離婚の理由はたいへん多く、たとえば、厳澄夫の妻慎氏は十余年たっても子供が出来なかったので離縁された(『雲渓友議』巻一)、李過秀の母は微賎の生れであったが、嫁が家の奴婦を叱る声を聴き不愉快になった。息子の過秀はそれを知るとすぐ妻を離縁した(『雲渓友議』巻一、『旧唐書』李大亮伝附李過秀伝)。自居易の判決文にも、妻を離縁することを許した例が少なからずある。たとえば、父母が嫁を女性たちの乱行や道徳に反した現象が、じつは少なくなかった。敦煌変文の 「齢酎書」 の中に、次のような女性たちの情況が記されている。

 

彼女たちは「児を欺り婿を踏みつけにし、大声で罵り、舅や姑が話してもまったく耳を貸さず、台所に入って怒り出したら、粥も汁もひっくり返し、鉢や髄をたたき、釜や鍋を打ち、怒ると水牛の飼葉桶のように大きくふくれ、笑うと轍櫨が廻るようにうるさい」、「村で自由気ままにやってきたのに慣れて、礼儀を学ばず、女仕事も好まない」(『敦塩変文集』巻七)等々。ある唐代の民歌に、「家がだんだん貧しくなるが、これは全くものぐさな妻のせい、酒を飲めば夫も顔負け、衣服を縫ったりほどくこともできない。よい衣裳を着てはすぐ外出し、男の同伴を求めないが、心の中ではいつも男を欲しがっている。東の家ではデマを飛ばし、西の家では相槌を打ち、……」(『唐代民歌考釈及変文考論』)などとある。これらは行儀の悪い婦人を皮肉ったものである。封建道徳の模範となった少数の女性の他に、唐代の女性、とりわけ下層の働く女性の中には、女道徳を守らず、甚だしくは「風を傷つけ俗を敗る」現象さえあったことを、これらの描写は反映している。

 

このような倫理道徳に惇る状況は、夫婦の間の関係と家庭における女性の地位の上に、より集中的に反映していた。礼教の「三綱」(君臣、夫婦、父子の三つの綱)の一つが、夫は妻の綱というものであり、女性の「三従」 の一つが妻は夫に従うぺしというものであった。しかしながら、唐代の少なからざる家庭の中には、逆に「婦は強く夫は弱し、内(妻)は剛く外(夫)は柔なり」(『朝野愈載』巻四)という情況があり、妻が家の主人、夫はただの操り人形でしかない家も多かった。

 

こうした現象は、決して唐代だけに存在したわけではなく、南北朝時代の北朝以来の遺風を受け継ぐものであった。北斉(五五〇1五七七)の顔之推が書いた『顔氏家訓』 の中に、「鄴(北朝の都、現在の河北省臨港県)下の風俗では、もっぱら家は女で維持されている。彼女らは訴訟をおこして是非を争ったり、頼みごとに行ったり、人を接待したりするので、彼女らの乗る車で街路はふさがれ、彼女らの着飾った姿は役所に溢れている。息子に代って官職を求め、夫のために無罪を訴えているのである。これは恒、代(鮮卑族の建てた北魂王朝が最初に都を置いた現在の大同一帯の古地名)の遺風であろうか」とある。北朝の伝統と、封建道徳の不振とが、この 「夫は柔で妻が剛、夫が妻に従う」という現象を日常化したのである。とりわけ唐代の初期は、上は皇帝から下は貴族、士大夫に至るまで、「内(妻)を倶れる」 ことが風習になっていた。しかも、君臣、上下、誰もが妻の恐ろしさを公然と口にして恥とも思わなかったのである。万乗の君ともなった中宗も恐妻家として有名であったから、宮中の伶人(宮中の楽人)が中宗に面と向って「振り返って見ますと、皇帝様は柳の枝で編んだ寵のよう(ぶくぶく肥っているが骨がなく柔かい)、御婦人を恐れることは結構じゃ。宮廷外では蓑談が恐妻家として第一番、宮廷内では李老(中宗)に勝る者はおりません」(『本事詩』嘲戯)などと戯れ歌を唱ったところ、その場ですぐ中宗の妻の葦后から褒美を賜った。また、粛宗は張皇后を大いに恐れていたので、ある詩人は「張后 楽しまざれば 上(皇帝) 忙と為す(心が落ちつかない)」(杜甫「憶昔」)と誘った。

 

士大夫の恐妻家としては、太宗の時代の任壊、中宗の時代の襲談などが有名であった。裳談などは「かかあ天下」 であることを正統化する一式の理屈さえ持っていて、「妻を恐れる理由は三つある。一つは、若くて美しい時に彼女を見れば生菩薩のように見える。どうして生菩薩を畏れない人があろうか。息子や娘が成人する前に彼女を見れば九子魔母(インド渡来の女神で、鬼子母神と同じ)のようである。どうして九子魔母を畏れない人があろうか。五十、六十になって、薄化粧を施し顔が黒くなった彼女を見れば鳩盤茶(インド渡来の神で、人の精気と血を吸う魔神)のようである。どうして鳩盤茶を

畏れない人があろうか」(『本草詩』嘲戯)と言った。高宗はかつて朝臣の楊弘武にどうして某人に官職を与えたのかと問うた。すると場はこともあろうに「臣の妻の毒氏は強くで猛々しい女でございます。昨日この妻が私に頼んだからなのでして、もし従わなければおそらくひどい目に遭うのでございます」と答えた(『太平広記』巻二七二)。次の唐末の宰相王鐸の話はもっと滑稽である。彼は姫妾を連れて黄巣の進撃を防ぎに出陣した。妻は嫉妬して後を追い、とつぜん彼のところに妻が都を離れてこちらに向っているという知らせがとどいた。彼は幕僚たちに「黄巣は南から、妻は北から向って来る。どう対処すればいいだろう」と聞いた。幕僚たちは冗談に「黄巣に降伏する方がマシで

す」と言った(『太平広記』巻二五二)。

 

下級官吏や一般庶民の家にも同じ情況があった。紆州(安徽省懐寧県)の兵士李廷壁は軍内で連日宴会を開き、三日間家に帰らなかった。その妻は恨んで「帰って来たら切り殺してやる」と伝えた。李は驚き恐れて泣きくらし、寺に移り住んで家に帰ろうとしなかった(『太平広記』巻二七二)。自居易は、妻が夫を殴った事件を受理したことがある。この事件は県令がすでに彼女を三年の懲役刑に処した案件であった。

14鹿虔扆《巻九18思越人》『花間集』420全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7364

鹿虔扆  思越人

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。

珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)

高貴な方からの贈り物の翡翠の屏風は使うこともなく壁に斜めに立てている、銀の灯火は背にして、遠くに置いたまま、寝付けず、漏刻の音はすべて聞いた、何にもしない清らかな長き夜も尽きかける。錦の敷物にドグロを巻いたように置かれた刺繍帯の二本もどれも使うことない、悶々とした夜は、涙が花模様を濡らして薫きしめすお香のほのかな香りも消えて久しい。妓女の珊瑚の枕の方には油脂に光り、鴉黒髪も乱れたままだし、するとしても、白玉のようなか細い指で物憂く整えているくらいだ。それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。

《花間集》420巻九18

思 越 人

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7364

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

938965年前後に在世

 

 

 
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鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。

欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。

 

 

思越人

(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。

高貴な方からの贈り物の翡翠の屏風は使うこともなく壁に斜めに立てている、銀の灯火は背にして、遠くに置いたまま、寝付けず、漏刻の音はすべて聞いた、何にもしない清らかな長き夜も尽きかける。

雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。

錦の敷物にドグロを巻いたように置かれた刺繍帯の二本もどれも使うことない、悶々とした夜は、涙が花模様を濡らして薫きしめすお香のほのかな香りも消えて久しい。

珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。

妓女の珊瑚の枕の方には油脂に光り、鴉黒髪も乱れたままだし、するとしても、白玉のようなか細い指で物憂く整えているくらいだ。

若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。

 

(越人を思う)

翠屏 欹せ,銀燭 背にし,漏殘り 清夜 迢迢たり。

雙帶 繡窠にして 錦薦を盤にす,淚 花を浸し 暗く香銷ゆ。

珊瑚の枕は膩り 鴉鬟も亂れ,玉纖 雲散を慵く整う。

若し是に 適來すれば 新夢 見ることなり,離腸 爭【いか】で 千斷せざらん。

 

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『思越人』 現代語訳と訳註

(本文)

思越人

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。

雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。

珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。

若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

 

(下し文)

(越人を思う)

翠屏 欹せ,銀燭 背にし,漏殘り 清夜 迢迢たり。

雙帶 繡窠にして 錦薦を盤にす,淚 花を浸し 暗く香銷ゆ。

珊瑚の枕は膩り 鴉鬟も亂れ,玉纖 雲散を慵く整う。

若し是に 適來すれば 新夢 見ることなり,離腸 爭【いか】で 千斷せざらん。

 

(現代語訳)

(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)

高貴な方からの贈り物の翡翠の屏風は使うこともなく壁に斜めに立てている、銀の灯火は背にして、遠くに置いたまま、寝付けず、漏刻の音はすべて聞いた、何にもしない清らかな長き夜も尽きかける。

錦の敷物にドグロを巻いたように置かれた刺繍帯の二本もどれも使うことない、悶々とした夜は、涙が花模様を濡らして薫きしめすお香のほのかな香りも消えて久しい。

妓女の珊瑚の枕の方には油脂に光り、鴉黒髪も乱れたままだし、するとしても、白玉のようなか細い指で物憂く整えているくらいだ。

それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。

 

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(
訳注)

思越人

(呉越に行ったきりの阮郎を思ってもだえる女妓を詠う)

1 【解説】詩題の意味は江南に去って行った阮郎を恨むということである。李白の《巴女詞》と同じように、蜀の女妓について詠ったものである。鹿虔扆の役職からすれば、官妓についてのものである。蜀には、成都の西側とには、南津の渡し場には、民妓が、南から東側に官妓がいた。表向きには漢魏が圧倒していた。其処にいる女たちの歌である。もっとも花間集における「恨む」は男目線のものである。当時の倫理観には、棄てられた女が男を恨むということはなく、民から近代にかけての儒教思想による倫理観に変化したことで、詩の解釈も儒教的解釈が当たり前となったことで、男目線の「恨む」という解釈に変わったのである。この事については花間集の訳註解説として別の機会に発表する予定である。 女性の孤閏の侘しさを詠う。前段は、独り寝の夜の閏の様子を通じて、女の侘しさを述べ、後段は、前半の二句で、枕を覆う乱れた髪と、それを物憂く整えるさまを、後半の二句で、男との出会いの夢から覚めた後の悲痛な思いを語る。

2 『花間集』には鹿慶辰の作が二首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句二平韻、後段二十六字四句四仄韻で、33⑥7⑥/❼❻❼❻の詞形をとる。

翠屏欹 銀燭背  漏殘清夜迢
雙帶繡窠盤錦薦  淚浸花暗香
珊瑚枕膩鴉鬟  玉纖慵整雲
若是適來新夢  離腸爭不千

●△○ ○●●  ●○○●○○

○●●○○●●  ●△○●○○

○○△●○○●  ●○○●○●

△●●△○△●  △○○△○●

 

翠屏欹,銀燭背,漏殘清夜迢迢。

高貴な方からの贈り物の翡翠の屏風は使うこともなく壁に斜めに立てている、銀の灯火は背にして、遠くに置いたまま、寝付けず、漏刻の音はすべて聞いた、何にもしない清らかな長き夜も尽きかける。

3 銀燭背 灯火に背を向ける。銀燭は明るく燃える灯燭。一人で居て悶々としていることを強調する語。

4 漏殘清夜迢迢 長い夜が明けそぅになることを言う。漏は水時計。ここでは時間の意。残は損なわれる、さびれる。迢迢は遙かなさま。

 

雙帶繡窠盤錦薦,淚浸花暗香銷。

錦の敷物にドグロを巻いたように置かれた刺繍帯の二本もどれも使うことない、悶々とした夜は、涙が花模様を濡らして薫きしめすお香のほのかな香りも消えて久しい。

5 双帯繍窠盤錦薦 刺繍のある帯の両端が錦の敷物の上に垂れ、蛇がとぐろを巻いたように円くなっていることを言う。葉は刺繍模様。薦ほ敷物。

6 涙侵花暗香銷 敷物の上に置かれた帯の模様の上に涙がこぼれ落ちて薫きしめた香の香りも消えた、ということ。花は帯の刺繍模様。暗香は徴かな香り。

 

珊瑚枕膩鴉鬟亂,玉纖慵整雲散。

妓女の珊瑚の枕の方には油脂に光り、鴉黒髪も乱れたままだし、するとしても、白玉のようなか細い指で物憂く整えているくらいだ。

7 珊瑚枕膩 珊瑚の飾りの付いた枕が髪油、皮脂の染みで光っていること。一人寝をひたすらしているということ。この時代の女性は自らの意思で外に出ることはできない。

8 鴉鬟 結い上げた黒髪の髷。鴉はいわゆる「烏の濡羽色」。

9 雲散 髪の乱れを言う。雲は女性の大きく膨らませた豊かな髪を形容する言葉、で、鬢を蝉の羽のように梳いた髪型を両雲鬢。この髪型が乱れたままというのは見せる人がいないこと。寝崩れしても気にしないことをいう。

 

若是適來新夢見,離腸爭不千斷。

それでも、いましがた、新しい夢に愛しい阮郎が出てきて、一緒に過ごす夢を見たところなのだ、だから、この夢で、情事ができるというなら、どうして千々に腸断しているということではないのではないのか。

10 適来 今しがた。

11 若是適來新夢見 もし、いまここで、夢で情交できるというのなら、という意味。

曲院風荷01
 

 

 

 

12 唐宋時代の貞操観、倫理観

唐代の女性は一般に早婚であり、大半が十五歳前後で嫁に行った。早い人は十三、四歳であり、遅い人は十七、八歳であった。これくらいが正常な結婚年齢であった。「媒無ければ選ぶを得ず、年は忽三六(十八歳)を過ぐ」(自居易「続古詩」)。女子は十八歳を過ぎれば婚期を逸したと思われていたようである。唐初より以来、人口増殖のために、国家は結婚適齢期に遅れないように結婚せよとずっと強調してきた。貞観年間には十五歳以上の女子に対して、開元年間には十三歳以上の女子に対して、婚期に遅れないように結婚すべしと命じた(『唐会要』巻三八「嫁要」

当然花街における妓女も15歳から23・4までがピークである。性的成長と婚姻が驚くほど低年齢であった。結婚感は、前世から定められているもので、本人の気持ちで決まるものではない。その一方で貞操感が全くないので、父母、媒酌人、天意できめられた。

唐代の結婚について、もう一つ注目すべき現象がある。それは男が女の家に行って婚礼をあげるケースがひじょうに多いということである。これについては、敦燈で発見された唐代の書儀(諸種の公文・書簡等の書式)の写本が確かな証拠を提供してくれる。それに「最近の人の多くは妻を自分の家に迎えない。つまり妻の実家で結婚式をあげ、何年たっても夫の実家に行かない。自分の実家でそのまま子供を出産することが、一度や二度にとどまらない者もいる。道が遠くて日返りで舅姑に挨拶に行けないからでもない。……婦人は婚礼が終っても夫の一族を全く知らないのである」という。

この文書からみると、夫は妻の実家で結婚式をあげ、また妻は何年も夫の家に行かないのみならず、甚だしい場合には、何人か子どもを生んだ後でも妻は夫の実家の人々と知りあうことがないのである(以上の観点と材料は超和平先生より提供いただいた。併せて周一良先生の「敦煙写本書儀の中に見る

 

唐代の人々は貞操観念が稀薄だったので、離婚、再婚はきわめて一般的な風潮となり、古代社会史上注目すべき現象となった。ところで離婚は、もちろん男女双方に平等というわけではなかった。

 

唐代の法律は、まず男が女を離婚して家から出す権利を保証している。唐律は、妻が次の「七出」を犯せば、夫は離婚してもよいと規定している。「七出」とは古い時代からの礼法により、Ⅲ男児を生まない、榔淫乱である、㈲舅姑によく仕えない、㈲他人の悪口を言いふらす、㈲盗みを行う、㈱嫉妬心が強い、仰悪い病気にかかる、以上の七項目とされている。しかし、「七出」に該当するものでも、追い出せない三つの条件があった。それは、Ⅲ舅姑の葬式を主催した者、榔嫁に来た時は下品であったが後に立派な女性になった者、㈱離婚されても行くところのない者、以上の三つの場合は妻を離縁すべきでないとした(『唐律疏議』巻一四)。こうした一定の制限があったにせよ、妻を離縁することはやはりきわめで簡単であった。離婚の理由はたいへん多く、たとえば、厳澄夫の妻慎氏は十余年たっても子供が出来なかったので離縁された(『雲渓友議』巻一)、李過秀の母は微賎の生れであったが、嫁が家の奴婦を叱る声を聴き不愉快になった。息子の過秀はそれを知るとすぐ妻を離縁した(『雲渓友議』巻一、『旧唐書』李大亮伝附李過秀伝)。自居易の判決文にも、妻を離縁することを許した例が少なからずある。たとえば、父母が嫁を女性たちの乱行や道徳に反した現象が、じつは少なくなかった。敦煌変文の 「齢酎書」 の中に、次のような女性たちの情況が記されている。

 

彼女たちは「児を欺り婿を踏みつけにし、大声で罵り、舅や姑が話してもまったく耳を貸さず、台所に入って怒り出したら、粥も汁もひっくり返し、鉢や髄をたたき、釜や鍋を打ち、怒ると水牛の飼葉桶のように大きくふくれ、笑うと轍櫨が廻るようにうるさい」、「村で自由気ままにやってきたのに慣れて、礼儀を学ばず、女仕事も好まない」(『敦塩変文集』巻七)等々。ある唐代の民歌に、「家がだんだん貧しくなるが、これは全くものぐさな妻のせい、酒を飲めば夫も顔負け、衣服を縫ったりほどくこともできない。よい衣裳を着てはすぐ外出し、男の同伴を求めないが、心の中ではいつも男を欲しがっている。東の家ではデマを飛ばし、西の家では相槌を打ち、……」(『唐代民歌考釈及変文考論』)などとある。これらは行儀の悪い婦人を皮肉ったものである。封建道徳の模範となった少数の女性の他に、唐代の女性、とりわけ下層の働く女性の中には、女道徳を守らず、甚だしくは「風を傷つけ俗を敗る」現象さえあったことを、これらの描写は反映している。

 

このような倫理道徳に惇る状況は、夫婦の間の関係と家庭における女性の地位の上に、より集中的に反映していた。礼教の「三綱」(君臣、夫婦、父子の三つの綱)の一つが、夫は妻の綱というものであり、女性の「三従」 の一つが妻は夫に従うぺしというものであった。しかしながら、唐代の少なからざる家庭の中には、逆に「婦は強く夫は弱し、内(妻)は剛く外(夫)は柔なり」(『朝野愈載』巻四)という情況があり、妻が家の主人、夫はただの操り人形でしかない家も多かった。

 

こうした現象は、決して唐代だけに存在したわけではなく、南北朝時代の北朝以来の遺風を受け継ぐものであった。北斉(五五〇1五七七)の顔之推が書いた『顔氏家訓』 の中に、「鄴(北朝の都、現在の河北省臨港県)下の風俗では、もっぱら家は女で維持されている。彼女らは訴訟をおこして是非を争ったり、頼みごとに行ったり、人を接待したりするので、彼女らの乗る車で街路はふさがれ、彼女らの着飾った姿は役所に溢れている。息子に代って官職を求め、夫のために無罪を訴えているのである。これは恒、代(鮮卑族の建てた北魂王朝が最初に都を置いた現在の大同一帯の古地名)の遺風であろうか」とある。北朝の伝統と、封建道徳の不振とが、この 「夫は柔で妻が剛、夫が妻に従う」という現象を日常化したのである。とりわけ唐代の初期は、上は皇帝から下は貴族、士大夫に至るまで、「内(妻)を倶れる」 ことが風習になっていた。しかも、君臣、上下、誰もが妻の恐ろしさを公然と口にして恥とも思わなかったのである。万乗の君ともなった中宗も恐妻家として有名であったから、宮中の伶人(宮中の楽人)が中宗に面と向って「振り返って見ますと、皇帝様は柳の枝で編んだ寵のよう(ぶくぶく肥っているが骨がなく柔かい)、御婦人を恐れることは結構じゃ。宮廷外では蓑談が恐妻家として第一番、宮廷内では李老(中宗)に勝る者はおりません」(『本事詩』嘲戯)などと戯れ歌を唱ったところ、その場ですぐ中宗の妻の葦后から褒美を賜った。また、粛宗は張皇后を大いに恐れていたので、ある詩人は「張后 楽しまざれば 上(皇帝) 忙と為す(心が落ちつかない)」(杜甫「憶昔」)と誘った。

 

士大夫の恐妻家としては、太宗の時代の任壊、中宗の時代の襲談などが有名であった。裳談などは「かかあ天下」 であることを正統化する一式の理屈さえ持っていて、「妻を恐れる理由は三つある。一つは、若くて美しい時に彼女を見れば生菩薩のように見える。どうして生菩薩を畏れない人があろうか。息子や娘が成人する前に彼女を見れば九子魔母(インド渡来の女神で、鬼子母神と同じ)のようである。どうして九子魔母を畏れない人があろうか。五十、六十になって、薄化粧を施し顔が黒くなった彼女を見れば鳩盤茶(インド渡来の神で、人の精気と血を吸う魔神)のようである。どうして鳩盤茶を

畏れない人があろうか」(『本草詩』嘲戯)と言った。高宗はかつて朝臣の楊弘武にどうして某人に官職を与えたのかと問うた。すると場はこともあろうに「臣の妻の毒氏は強くで猛々しい女でございます。昨日この妻が私に頼んだからなのでして、もし従わなければおそらくひどい目に遭うのでございます」と答えた(『太平広記』巻二七二)。次の唐末の宰相王鐸の話はもっと滑稽である。彼は姫妾を連れて黄巣の進撃を防ぎに出陣した。妻は嫉妬して後を追い、とつぜん彼のところに妻が都を離れてこちらに向っているという知らせがとどいた。彼は幕僚たちに「黄巣は南から、妻は北から向って来る。どう対処すればいいだろう」と聞いた。幕僚たちは冗談に「黄巣に降伏する方がマシで

す」と言った(『太平広記』巻二五二)。

 

下級官吏や一般庶民の家にも同じ情況があった。紆州(安徽省懐寧県)の兵士李廷壁は軍内で連日宴会を開き、三日間家に帰らなかった。その妻は恨んで「帰って来たら切り殺してやる」と伝えた。李は驚き恐れて泣きくらし、寺に移り住んで家に帰ろうとしなかった(『太平広記』巻二七二)。自居易は、妻が夫を殴った事件を受理したことがある。この事件は県令がすでに彼女を三年の懲役刑に処した案件であった。

14鹿虔扆《巻九17女冠子二首其二》『花間集』419全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7359

鹿虔扆 女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香。

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

《花間集》416巻九17

女冠子二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7359

(改訂版Ver.2.1

14鹿虔扆

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花間集 教坊曲《女冠子》七首

溫庭筠

巻一48女冠子二首其一含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙。

溫庭筠

巻一49女冠子二首其二霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

巻三21女冠子二首其一四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

巻三22女冠子二首其二昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

巻三43女冠子二首其一求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

巻三44女冠子二首其二雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘。

牛嶠

巻四01女冠子四首其一綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

巻四02女冠子四首其二錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

巻四03女冠子四首其三星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎。

牛嶠

巻四04女冠子四首其四雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時。

張泌

巻四39女冠子露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

巻八24女冠子二首其一蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

巻八25女冠子二首其二澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密壇陰。倚雲低首望,可知心

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。鬢低含綠,羅衣澹拂。悶來深院裏,閑落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

 

鹿虔扆 女冠子二首

女冠子二首 其一

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

應共吹簫侶,暗相尋。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を拂い澹す。

悶し來って院裏に深し,閑し步みて花傍に落つ。

纖手 輕輕して整い,玉鑪 香す。

 

女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

 

(女冠子二首 其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。

香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。

翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。

應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。

朱槿花・佛桑華00
 

 

『女冠子二首 』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

 

(下し文)

(女冠子二首 其の二)

脩蛾し 慢臉して,語らず檀心一點にし,小山の粧。

蟬鬢 含綠をむを低れ,羅衣 黃を澹拂す。

悶え來りて 深く院の裏,閑かに步む 落花の傍。

纖手 輕輕しく整え,玉鑪の香。

 

(現代語訳)

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

海棠花101
 

(訳注)

女冠子二首 其二

(花の盛りの様な女冠子と高貴な檀郎を迎え、もだえるのを詠う)

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻三平韻、後段十八宇四句二平韻で、③5⑤/55③の詞形をとる。

脩蛾慢臉  不語檀心一點小山
蟬鬢低含綠  羅衣澹拂
悶來深院裏  閑步落花
纖手輕輕整  玉鑪

○△●△  △●○○●●●○○

○●○○●  ○△△●○

●△△△●  ○●●○△

○●△△●  ●○○

 

 

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

お慕いするあのお方が来られるというので、化粧をきちんと施すとゆったりと落ち着いた顔つきになっている、お慕いする檀郎の心をおもうことの一点で語ることなどない、寝牀の準備を整えて横になって待つ。

7 脩蛾 化粧をきちんと施すこと。蛾は眉をかくこと。

8 慢臉 ゆったりと落ち着いた顔つき。

《後庭花二首其二》孫光憲(24) 「脩蛾慢臉陪雕輦,後庭新宴。」(脩蛾し 慢臉して 雕輦に陪すれば,後庭 新らたに宴す。)宮女たちは化粧をきれいにし、ゆったりと落ち着いた顔つきで、天子の彫刻の輦に付き従っている、亦今夜もここの後宮の庭では新しい宴がひらかれるのだ。 14-364《後庭花二首其二》孫光憲(24)Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-547-14-(364) 花間集 巻第八 (四十八首)漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4282

9 檀心 檀郎の心根、思い。「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。「佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。」(佯弄【ようろう】 紅絲【こうし】 蠅の拂子【ほっす】,檀郎を打つ。)あの別れた日の約束は私をもてあそぶもので素振りだけ、紅い糸で結ばれているといった、その赤い糸で蠅を打ち拂う「払子」を作って、あの恋しい「檀郎」を打ちたたいてやりたいものです。

・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

10 小山粧 寝牀の化粧。小山は女性が情交の準備をして横になって待つこと。

 

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

蝉の羽のように両鬢の髪型にして緑の飾りを低く垂らしている、寝牀用のうす絹の上衣をつけ、女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。

11 綠 みどり色、暗い、緑色のもの、刈安、二番目、二回、双方、という意味がある。

澹拂黃 女黄冠を波のように揺れ払うように愛撫する。孫光憲《酒泉子三首其三》「玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。」(玉纖 澹拂し眉山 小さくし,鏡中 嗔 共に照す。)繊細で奇麗な白い肌は輝いて幾度となく波のように揺れ払うように動く、この時にはきれいだった眉も色薄く小さくなっている。それに気がついて鏡を取り出し、見ようとするとあの人が顔を乗り出して鏡の中に伴に移されてしまい見えないから怒ったりする。

 

悶來深院裏,閑步落花傍。

小楼の奥深い座敷の内ではもだえ苦しんでいるようだ、花弁が散り敷かれたところを静かに歩く。

12 悶 1 もだえ苦しむ。「悶死・悶絶・悶悶/苦悶・煩悶」2 もつれる。「悶着」

 

纖手輕輕整,玉鑪香。

か細い手で着物の乱れを軽く優しく整える、また女自身から愛液の香りがしてくる。

 

 

女冠子二首【字解】

1 女冠  宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

   病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

   圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

  家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

   妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

  貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

2 媚 [訓]こびる1 なまめかしくする。色っぽい。「媚態・媚薬」2 こびへつらう。「佞媚(ねいび)3 あでやかで美しい。

3 鶴音 笙を吹く仙人が鶴に乗ってあらわれる。『列仙伝』巻上・王子喬に「王子喬は周の霊王の太子晋なり。好んで笙を吹き、鳳鳴を作し、洛陽の伊水、洛水の間に遊ぶ。

4 霓 夕立のあとなど,太陽と反対側の空に弧状にかかる七色の帯。空中の水滴粒子にあたった光の屈折と分光によって生じる。内側が紫,外側が赤の配列をした虹のほかに,この外側をとりまき,逆の色の配列の第二の虹が見えることがある。

5 捧 1 両手でささげ持つ。「捧持・捧呈・捧読」2 両手で持ちあげるようにしてかかえる。

6 蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。《列仙傳》:「蕭史者,秦穆公時人,善吹蕭,能致孔雀、白鵠。穆公有女字弄玉,好之。公以妻焉,遂教弄玉作鳳鳴,居數十年,吹似鳳聲,鳳皇來止其屋。為作鳳臺,夫婦止其上,數年,皆隨鳳飛去。」

「蕭史という者,秦の穆公の時の人である,善く蕭を吹き,能く孔雀を、白鵠致す。穆公は女有り 字を弄玉,之を好む。公は以て妻と焉し,遂に弄玉に教え鳳鳴を作り,數十年居し,吹けば鳳聲に似たり,鳳皇は來りて其の屋に止る。鳳臺を作るを為し,夫婦は其の上に止り,數年,皆に鳳に隨って飛び去る。」

秦の蕭史がとどまるほどの所であり、書きつけてある文章は魯の恭王が残しておかれたもののようである。王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。

 

善吹簫 嬴は秦の姓、善吹とは秦の穆公の娘の弄玉をいう。蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。

杜甫『鄭駙馬宅宴洞中』

主家陰洞細煙霧,留客夏簟青瑯玕。

春酒杯濃琥珀薄,冰漿碗碧瑪瑙寒。

悞疑茅屋過江麓,已入風磴霾雲端。

自是秦樓壓鄭穀,時聞雜佩聲珊珊。

鄭駙馬宅宴洞中 杜甫

秦の穆公に女があり弄玉といったが、弄玉は簫の名人の蕭史を愛した。穆公は之を妻わしたところ、二人は日々楼上に於て簫を吹き鳳の鳴くが如くであったが、ある日鳳がやって来てその屋に止まり、夫妻はともにその鳳に随って飛び去った。秦楼とは弄玉のすむ楼をいい、臨晋公主の居楼に比する。

14鹿虔扆《巻九16女冠子二首其一》『花間集』418全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7354

鹿虔扆 女冠子二首 其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

《花間集》416巻九16

女冠子二首 其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7354

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14鹿虔扆

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 

花間集 教坊曲《女冠子》七首

溫庭筠

巻一48女冠子二首其一含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。雪鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。寄語青娥伴,早求仙。

溫庭筠

巻一49女冠子二首其二霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。玉樓相望久,花洞恨來遲。早晚乘鸞去,莫相遺。

韋莊

巻三21女冠子二首其一四月十七,正是去年今日。別君時,忍淚佯低面,含羞半斂眉。不知魂已斷,空有夢相隨。除卻天邊月,沒人知。

韋莊

巻三22女冠子二首其二昨夜夜半,枕上分明夢見:語多時,依舊桃花面,頻低柳葉眉。半羞還半喜,欲去又依依。覺來知是夢,不勝悲。

薛昭蘊

巻三43女冠子二首其一求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。野煙溪洞冷,林月石橋寒。靜夜松風下,禮天壇。

薛昭蘊

巻三44女冠子二首其二雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。往來雲過五,去往島經三。正遇劉郎使,瑤緘。

牛嶠

巻四01女冠子四首其一綠雲高髻,點翠勻紅時世。月如眉。淺笑含雙靨,低聲唱小詞。眼看唯恐化,魂蕩欲相隨。玉趾迴嬌步,約佳期。

牛嶠

巻四02女冠子四首其二錦江煙水,卓女燒春濃美。小檀霞。繡帶芙蓉帳,金釵芍藥花。額黃侵膩髮,臂釧透紅紗。柳暗鶯啼處,認郎家。

牛嶠

巻四03女冠子四首其三星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮。明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。醮壇春艸綠,藥院杏花香。青鳥傳心事,寄劉郎。

牛嶠

巻四04女冠子四首其四雙飛雙舞,春晝後園鶯語。卷羅幃。錦字書封了,銀河鴈過遲。鴛鴦排寶帳,荳繡連枝。不語勻珠淚,落花時。

張泌

巻四39女冠子露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。何事劉郎去,信沉沉。

孫光憲

巻八24女冠子二首其一蕙風芝露,壇際殘香輕度。蘂珠宮,苔點分圓碧,桃花踐破紅。品流巫峽外,名籍紫微中。真侶墉城會,夢魂通。

孫光憲

巻八25女冠子二首其二澹花瘦玉,依約神仙粧束。佩瓊文,瑞露通宵貯,幽香盡日焚。碧紗籠絳節,黃藕冠濃雲。勿以吹簫伴,不同羣。

鹿虔扆

《巻九16女冠子二首其一》  鳳樓琪樹,惆悵劉郎一去,正春深。洞裡愁空結,人間信莫尋。竹疎齋殿迥,松密壇陰。倚雲低首望,可知心

鹿虔扆

《巻九17女冠子二首其二》  步虛壇上,絳節霓旌相向,引真仙。玉珮搖蟾影,金爐麝煙。露濃霜簡濕,風緊羽衣偏。欲留難得住,卻歸天

毛熙震

《巻九45女冠子二首其一》  碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。香暖薰鶯語,風清引鶴音。翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。應共吹簫侶,暗相尋。

毛熙震

《巻九46女冠子二首其二》  脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。鬢低含綠,羅衣澹拂。悶來深院裏,閑落花傍。纖手輕輕整,玉鑪香

李珣

《巻十36女冠子二首其一》  星高月午,丹桂青松深處。醮壇開,金磬敲清露,珠幢立翠苔。步虛聲縹緲,想像思徘徊。曉天歸去路,指蓬萊。

李珣

《巻十37女冠子二首其二》  春山夜靜,愁聞洞天疎磬。玉堂虛,細霧垂珠珮,輕煙曳翠裾。對花情脉脉,望月步徐徐。劉阮今何處?來書。

  

鹿虔扆 女冠子二首

女冠子二首 其一

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

應共吹簫侶,暗相尋。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

 

女冠子二首 其二

脩蛾慢臉,不語檀心一點,小山粧。

蟬鬢低含綠,羅衣澹拂黃。

悶來深院裏,閑步落花傍。

纖手輕輕整,玉鑪香。

 

(女冠子二首 其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。

香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。

翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。

應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。

 

(女冠子二首 其の二)

蛾を脩め 臉を慢す,語らず 檀心の一點に,小山の粧。

蟬鬢 綠を含み低る,羅衣 黃を拂い澹す。

悶し來って院裏に深し,閑し步みて花傍に落つ。

纖手 輕輕して整い,玉鑪 香す。

泰山の道観02
 

『女冠子二首 』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首 其一

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

應共吹簫侶,暗相尋。

 

(下し文)

(女冠子二首 其の一)

碧の桃 紅の杏,遲日 媚籠 光影あり,彩霞 深し。

香暖く 鶯語に薰る,風清 鶴音を引く。

翠鬟 冠玉葉,霓袖 瑤琴を捧ぐ。

應に共に簫侶をき,暗に相い尋ねん。

 

(現代語訳)

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

杏の白花012
 

(訳注)

女冠子二首 其一

(王子喬の「笙鶴」伝説、蕭史と弄玉の伝説のように仲が良かったのに、笛を吹いても、琴を弾いても、風と合奏をするだけだ。)

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠”、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十四字五句韻三平韻、後段十八宇四句二平韻で、③5⑤/55③の詞形をとる。

碧桃紅  遲日媚籠光影 彩霞 

香暖薰鶯語 風清引鶴

翠鬟冠玉葉 霓袖捧瑤

應共吹簫侶 暗相

●○○●  ○●●△△● ●○△

○●△○●  △○●●○

●○△●●  △●●○○

△△△○●  ●△○

 

1 女冠  宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

① 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

   病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

   圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

  家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

   妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

  貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

漢詩ブログ001
 

碧桃紅杏,遲日媚籠光影,彩霞深。

桃の実は緑に、杏の花は紅にはえる、日が長くなり、女冠の居る辺りには光が影を成している、夕刻の霞は彩を成して色濃くなってゆく。

2 媚 [訓]こびる1 なまめかしくする。色っぽい。「媚態・媚薬」2 こびへつらう。「佞媚(ねいび)3 あでやかで美しい。

 

香暖薰鶯語,風清引鶴音。

香炉には香が焚かれ暖かな煙が立ち、外に鶯が啼き、女冠達のささやきが混じる、清々しい風が流れ、鶴に乗った仙人の笙の音色が響き渡る。

3 鶴音 笙を吹く仙人が鶴に乗ってあらわれる。『列仙伝』巻上・王子喬に「王子喬は周の霊王の太子晋なり。好んで笙を吹き、鳳鳴を作し、洛陽の伊水、洛水の間に遊ぶ。

 

翠鬟冠玉葉,霓袖捧瑤琴。

長い黒髪を翡翠で飾った鬟に束ね冠には宝玉とはっぱに飾られている、虹色の袖で宝玉で飾った琴を両手で奉げている。

4 霓 夕立のあとなど,太陽と反対側の空に弧状にかかる七色の帯。空中の水滴粒子にあたった光の屈折と分光によって生じる。内側が紫,外側が赤の配列をした虹のほかに,この外側をとりまき,逆の色の配列の第二の虹が見えることがある。

5 捧 1 両手でささげ持つ。「捧持・捧呈・捧読」2 両手で持ちあげるようにしてかかえる。

 

應共吹簫侶,暗相尋。

まさに琴の音に乗せて共に笙の笛を吹くあの人と一緒に吹くと響きわたる、それは暗に互いを尋ね、求め合うかのようである。

6 蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。《列仙傳》:「蕭史者,秦穆公時人,善吹蕭,能致孔雀、白鵠。穆公有女字弄玉,好之。公以妻焉,遂教弄玉作鳳鳴,居數十年,吹似鳳聲,鳳皇來止其屋。為作鳳臺,夫婦止其上,數年,皆隨鳳飛去。」

「蕭史という者,秦の穆公の時の人である,善く蕭を吹き,能く孔雀を、白鵠致す。穆公は女有り 字を弄玉,之を好む。公は以て妻と焉し,遂に弄玉に教え鳳鳴を作り,數十年居し,吹けば鳳聲に似たり,鳳皇は來りて其の屋に止る。鳳臺を作るを為し,夫婦は其の上に止り,數年,皆に鳳に隨って飛び去る。」

秦の蕭史がとどまるほどの所であり、書きつけてある文章は魯の恭王が残しておかれたもののようである。王子喬のような「笙鶴」伝説があるという。この山の頂上に、時折笙の笛を吹く仙人が鶴に乗って來るという、ここが仙郷ということなのだ。

 

善吹簫 嬴は秦の姓、善吹とは秦の穆公の娘の弄玉をいう。蕭史という蕭(管楽器)の名人が居た。その音色は鳳凰の鳴き声の様であった。弄玉もまた蕭を吹くので、穆公は二人を結婚させた。何年も経った後に弄玉の吹奏も鳳の声のようになり、鳳凰が来てその家に止まった。

杜甫『鄭駙馬宅宴洞中』

主家陰洞細煙霧,留客夏簟青瑯玕。

春酒杯濃琥珀薄,冰漿碗碧瑪瑙寒。

悞疑茅屋過江麓,已入風磴霾雲端。

自是秦樓壓鄭穀,時聞雜佩聲珊珊。

鄭駙馬宅宴洞中 杜甫

秦の穆公に女があり弄玉といったが、弄玉は簫の名人の蕭史を愛した。穆公は之を妻わしたところ、二人は日々楼上に於て簫を吹き鳳の鳴くが如くであったが、ある日鳳がやって来てその屋に止まり、夫妻はともにその鳳に随って飛び去った。秦楼とは弄玉のすむ楼をいい、臨晋公主の居楼に比する。

14鹿虔扆《巻九15臨江仙二首其二》『花間集』417全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7349

臨江仙二首 其二

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。映絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、つきはかけてみじめなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。 

《花間集》416巻九15

臨江仙二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7349

(改訂版Ver.2.1

14鹿虔扆

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鹿太保虔扆 花間集巻九に六首所収。

臨江仙二首  鹿太保虔扆(鹿虔扆【ろくけんい】)

 

臨江仙二首 其一

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

(臨江仙二首 其の一)

金鏁の重門 苑荒て靜なり,綺 愁いて秋空に對す。

翠華 一たび去り 寂として蹤無く,玉樓 歌吹し,聲え斷え 已に風に隨う。

煙月 人事の改まれるを知らず,夜 闌【たけなわ】にして還た 深宮を照らす。

藕花 野塘の中ほどに相い向い,暗に亡國を傷み,清露 香紅に泣く。

 

臨江仙二首 其二

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、月は欠けて惨めなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。

(臨江仙二首 其の二)

無賴 曉鶯 驚きて夢斷ち,起き來って 醉い殘るも 初めて醒む。

に絲柳を映し 裊煙青し,翠簾 慵く卷く,砌に約して 杏花零す。

一たび自ら玉郎 遊冶去り,蓮は凋れ 月は慘け 形を儀す。

暮天に微雨 閑庭に灑ぎ,手は挼し 裙は帶す,語る無くして 雲屏に倚る。

 

 

『臨江仙二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首 其二

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

 

(下し文)

(臨江仙二首 其の二)

無賴 曉鶯 驚きて夢斷ち,起き來って 醉い殘るも 初めて醒む。

絲柳を映し 裊煙青し,翠簾 慵く卷く,砌に約して 杏花零す。

一たび自ら玉郎 遊冶去り,蓮は凋れ 月は慘け 形を儀す。

暮天に微雨 閑庭に灑ぎ,手は挼し 裙は帶す,語る無くして 雲屏に倚る。

 

(現代語訳)

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。

柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。

一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、つきはかけてみじめなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。

夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。

 

 

(訳注)

臨江仙二首 其二

(一旦宮殿に上がった宮女はそのまま歳を重ねてゆくと詠う。)

臨江仙二首

『花間集』には鹿虔扆の作が六首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

無賴曉鶯驚夢斷  起來殘醉初
絲柳裊  翠簾慵卷 約砌杏花

一自玉郎遊冶去 蓮凋月慘儀  

暮天微雨灑閑庭 手挼裙帶  無語倚雲

○●●○○△●  ●△○●○

●?○●?○  ●○○△ ●●●○  

●●●○○●● △○●●○ 

●○○●●○ ●○○●  ○●△○

 

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

暁に春を告げる鶯が啼いたけどそれは夢を見ているの驚かされるだけであり、それで起き上がっても酔いたくてのんだお酒で宵は残っているはずなのに初めて醒めたかのように酔えない。

9 無賴 ① 定職をもたず,素行の悪い・こと(さま)。そのような人をもいう。ならずもの。  頼るところのないこと。

 

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

柳がしげり、枝を窓に映し、春霞はしなやかに揺れただよう、翡翠の簾はものうげにまきあげている、高楼の砌のまとまったところに咲いていた杏の花の散り去ってしまった。

10 裊 裊画数:13音読み:ジョウ、 ニョウ、 チョウ訓読み:しなやか

11 約 やく【約】[漢字項目]とは。意味や解説。[音]ヤク(呉)(漢)[訓]つづめるつづまやか[学習漢字]41 ひもで結ぶ。締めくくる。「制約・括約筋」2 ひもで結び目を作り、取り決めの目印とする。広く、約束のこと。

 

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

一たび美男子のお方は遊び呆けて自ら出て行った、それからというもの、はすはしぼみ、つきはかけてみじめなほどになっている、まるでそれは女の人生の手本のようだ。

12 遊冶 〔「冶」は飾る意〕 遊びにふけって,容姿を飾ること。酒色にふけること。

慘〔惨〕【さん】1 いたましい。みじめ。「惨禍・惨苦・惨憺(さんたん)・惨落/悲惨」2 むごい。むごたらしい。

13 儀形 手本。模範。ぎぎょう。「和漢の鑑(かがみ)と仰ぎて、四海 ... 1件の用語解説(儀刑で検索). Tweet. デジタル大辞泉の解説. ぎ‐けい 【儀刑/儀型/儀形】 《「儀式刑法」の略》手本。模範。

 

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

夕方の大空から細雨が降り、静かな庭を潤している、手にはしわが出始めても宮女の正装を付けている、誰とも話すことはなく、閨に倚る人もなく雲母の屏風は使うことなく壁に倚りかかっている。

14 挼 [](1) (紙などが)(しわ)になる.(2) (布などが)すりへる.

くんたい【裙帯】① 裳の腰につけて左右に長く垂らした紐。官女が正装の時,装飾として用いた。② すそと帯。

 

 

鹿虔扆 臨江仙二首 【字解】

 

1 鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。

欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。

前蜀(ぜんしょく907925)は中国・五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。創始者は王建。

創始者王建は許州舞陽(現在の河南省舞陽県)の人で、黄巣の乱の鎮圧に加わって功績を挙げる。その後、唐の実力者である宦官・田令孜の仮子(養子)になり、僖宗が蜀(四川)へ落ち延びる際にこれを救った事で璧州(四川省通江)刺史となる。

888年には永平節度使となり、891年には成都に拠っていた剣南西川節度使の陳敬瑄と仮父である田令孜を殺して、成都を制圧。更に剣南西川藩鎮を滅ぼして、四川全域をほぼ完全に支配下に置いた。また901年には鳳翔の李茂貞(岐王)より漢中を奪う。

これにより、903年に唐より蜀王の地位を与えられ、更に907年に後梁に唐が滅ぼされると皇帝を名乗った。

 

2 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

3 重門 一の門、二の門と言うように重なる門を言う。宮女の居る場所をいう。妓優は必ずしも宮殿内に住む必要がなかった。

4 綺 窓枠などに彫刻や色彩を施した窓。窓の方向性によって五行思想により基本の色が決まる。

5 翠華 天子の旗、天子の儀使。翠花/翠華【すいか】とは。《中国で、天子の旗がカワセミの羽で飾ってあったところから》天子の旗。帝王の旗。皇帝の旗。

6 煙月 雲は男で、月は女、男女の情というものは、というほどの意味。

7 清露泣香紅 露に濡れた蓮の花を擬人化して、蓮の花が泣いていると表現したもの。

 

8 鹿虔扆の背景

蜀は天然の要害であり、周辺からの侵攻の危険が少なく、塩・鉄などの資源を豊富に有して古来より「天府」と呼ばれていた。この平和を求めて多くの文化人・僧などが中原から蜀へ流れてきており、王建も豊かな経済力を背景に文化の保護を行い、木版印刷による儒教・仏教の経典の出版やこの地での絹織物の生産などの事業を興した。

 

しかしその一方で、侵攻の危険性が薄い事から軍隊の目は内部への監視に向いており、尋事団と呼ばれる秘密警察を作り、不満分子を圧殺した。

 

918年に王建が死ぬと王建の実子と仮子の間での相続争いが起き、最終的に王建の末子・王衍が後を継ぐ。

 

王衍は蜀の経済力に依存して奢侈にふけり、政治は宦官に任せきりで、民衆からは搾取を行った。これにより民心は急速に離反して行き、925年に後唐軍が侵攻してくると抵抗する者がおらず、簡単に滅ぼされた。王衍は長安に護送される途中で殺された。

 

前蜀滅亡後は武将の孟知祥がこの地の統治を後唐より任ぜられたが、後に独立して後蜀を建てた。

後蜀(こうしょく 934 - 965年)は中国五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。四川の豊かな財物を背景に文化の華を開かせた。

 

前蜀と同じく、四川には平和を求めて流れて来た文人が数多く集まり、東の呉・南唐と並んで五代十国時代の最高峰の文化を花開かせた。

 

後蜀の代表的な文化人としては画家の黄筌(こうせん)、詞人の毛文錫(もうぶんしゃく)・欧陽炯(おうようけい)などが上げられる。

 

黄筌は前蜀・後蜀の両方に宮廷画家として仕えた人物である。花鳥画を得意とし、後の宋代には黄筌と南唐の花鳥画家・徐煕の二人を花鳥画の基本とした。

 

毛文錫と欧陽炯はこの時代になって一般的になってきたジャンル・「詞」が主な作品である。それまでの詩(漢詩)とは違い、形式に捕らわれずありのままの感情を表現し、歌うように詠むのが詞である。詞にはそれまでは大っぴらに喋るべきことではないと考えられていた恋愛や性的なことを題材とした作品(艶詞と呼ばれる)も多くあり、この時代に意識が開かれた事が感じられる。

 

毛文錫も黄筌と同じように両蜀に仕えた人物であり、欧陽炯は後蜀の宰相にまでなった人物である。別の見方をすれば、このような文人が政権の傍にいたから後蜀は滅んだとも言えないこともないが。これらの詩人の作品は晩唐の836年から940年までに各地で詠まれた詩・詞を集めた詩集・『花間集』に集められ、欧陽炯が序文を書いている。

14鹿虔扆《巻九14臨江仙二首其一》『花間集』416全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7344

鹿虔扆  臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

《花間集》416巻九14

訴衷情五首其五

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7344

(改訂版Ver.2.1

14鹿虔扆

前蜀の詞人

938年前後に在世

 

 
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鹿太保虔扆 花間集巻九に六首所収。

臨江仙二首  鹿太保虔扆(鹿虔扆【ろくけんい】)

 

臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

(臨江仙二首 其の一)

金鏁の重門 苑荒て靜なり,綺 愁いて秋空に對す。

翠華 一たび去り 寂として蹤無く,玉樓 歌吹し,聲え斷え 已に風に隨う。

煙月 人事の改まれるを知らず,夜 闌【たけなわ】にして還た 深宮を照らす。

藕花 野塘の中ほどに相い向い,暗に亡國を傷み,清露 香紅に泣く。

 

臨江仙二首 其二

無賴曉鶯驚夢斷,起來殘醉初醒。

絲柳裊煙青,翠簾慵卷,約砌杏花零。

一自玉郎遊冶去,蓮凋月慘儀形。

暮天微雨灑閑庭,手挼裙帶,無語倚雲屏。

 

(臨江仙二首 其の二)

無賴 曉鶯 驚きて夢斷ち,起き來って 醉い殘るも 初めて醒む。

に絲柳を映し 裊煙青し,翠簾 慵く卷く,砌に約して 杏花零す。

一たび自ら玉郎 遊冶去り,蓮は凋れ 月は慘け 形を儀す。

暮天に微雨 閑庭に灑ぎ,手は挼し 裙は帶す,語る無くして 雲屏に倚る。

 

紅梅202
 

 

『臨江仙二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙二首 其一

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

 

(下し文)

(臨江仙二首 其の一)

金鏁の重門 苑荒て靜なり,綺 愁いて秋空に對す。

翠華 一たび去り 寂として蹤無く,玉樓 歌吹し,聲え斷え 已に風に隨う。

煙月 人事の改まれるを知らず,夜 闌【たけなわ】にして還た 深宮を照らす。

藕花 野塘の中ほどに相い向い,暗に亡國を傷み,清露 香紅に泣く。

 

(現代語訳)

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

 

成都関連地図 00
 

(訳注)

臨江仙二首 其一

(栄枯盛衰、亡国の後、後宮に立って見ると絢爛さはないけれど、その中で男女の情は消えることはないと詠う。)

【解説】 前段は、目の前に広がる荒れ果てた宮廷の庭園や宮殿を措き、国亡びてより後は、かつて高殿に鳴り響いていた楽の音も歌声もなく、ただ物寂しく風の吹き過ぎゆくばかりであることを述べる。後段は、月は国の亡びたことも知らずに、昔に変わらず宮殿に光を投げかけ、池の蓮の花は亡国を傷むかのように、互いに向き合って露に泣いていると言う。もう一つは、国が破れても、後宮の女たちは次の王たちに仕え、根強く生き続けることをいっているのである。本詞は、前蜀の滅亡しても、宮女たちは、ある意味「強い」ものであり、主が違っても美しく生きることが傷ましいとするものと考えられる。

『花間集』の序の日付は940年大蜀広政三年であることから、本詞は後蜀が文化はなやかなりし時に編纂されたものであることが分かる。

臨江仙二首

『花間集』には鹿虔扆の作が六首、臨江仙は二首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

金鏁重門荒苑  愁對
翠華一去寂無  玉樓歌吹 聲斷已隨

煙月不知人事 夜闌還照深

藕花相向野塘 暗傷亡國  清露泣香

○●△○△●●  ●○○●○△

●△●●●○○  ●○○△ ○●●○△

○●△○○●● ●○○●△○

●○△●●○△ ●△○●  ○●●○○

1 鹿虔扆(生卒年未詳、およそ938年前後に在世)は、後蜀の詞人。呼び名や原籍も不詳。広政年間(938965)に、永泰軍節度使となり、検校大尉に昇進、太保の官を加えられた。そのため鹿太保と呼ばれた。

欧陽烱、毛文錫、韓琮、閻選らとともに詞に巧みで、後主の孟昶に奉仕した。これを嫌った人々は、この五人を五鬼と呼んだ。後蜀滅亡後は仕えることはなかった。『花間集』には六首の詞が収められている。

前蜀(ぜんしょく907925)は中国・五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。創始者は王建。

創始者王建は許州舞陽(現在の河南省舞陽県)の人で、黄巣の乱の鎮圧に加わって功績を挙げる。その後、唐の実力者である宦官・田令孜の仮子(養子)になり、僖宗が蜀(四川)へ落ち延びる際にこれを救った事で璧州(四川省通江)刺史となる。

888年には永平節度使となり、891年には成都に拠っていた剣南西川節度使の陳敬瑄と仮父である田令孜を殺して、成都を制圧。更に剣南西川藩鎮を滅ぼして、四川全域をほぼ完全に支配下に置いた。また901年には鳳翔の李茂貞(岐王)より漢中を奪う。

これにより、903年に唐より蜀王の地位を与えられ、更に907年に後梁に唐が滅ぼされると皇帝を名乗った。

 

金鏁重門荒苑靜,綺愁對秋空。

国は敗れたというのに、錠前の下りた重なる門はしっかりとしていて、荒れ果てているものの苑は静まりかえっている、閨の彫りの窓には愁いを含んで秋空に向かう。

2 金鏁 金属製の錠前を掛ける。花間集では、「買斷」の女妓が他との接触を避けるために錠前を掛けるというのが基本である。

3 重門 一の門、二の門と言うように重なる門を言う。宮女の居る場所をいう。妓優は必ずしも宮殿内に住む必要がなかった。

4 綺 窓枠などに彫刻や色彩を施した窓。窓の方向性によって五行思想により基本の色が決まる。

 

翠華一去寂無蹤,玉樓歌吹,聲斷已隨風。

天子の御旗は去ってしまったが、寂しさの跡形はここにはないのだ。たしかに、以前は、玉楼の歌や楽の音がやむことはなかったが、にぎやかなその声は、いま、一切ないが、風の声が音楽のように流れ随っている。

5 翠華 天子の旗、天子の儀使。翠花/翠華【すいか】とは。《中国で、天子の旗がカワセミの羽で飾ってあったところから》天子の旗。帝王の旗。皇帝の旗。

 

煙月不知人事改,夜闌還照深宮。

霞める月のように、男女の情は人の世の改まるを知らず、夜がふけて、男女の情事は闌に向えば、月の明かりは、なお宮殿を照らすのである。

6 煙月 雲は男で、月は女、男女の情というものは、というほどの意味。

 

藕花相向野塘中,暗傷亡國,清露泣香紅。

池の蓮の花のように美人たちはさし向かいたくましく生きるが、国の亡んだことで暗く傷ましいものもいる、清き露をまもっていく宮女、美人たちは香しき花に泣いたのだ。

7 清露泣香紅 露に濡れた蓮の花を擬人化して、蓮の花が泣いていると表現したもの。

 

8 鹿虔扆の背景

蜀は天然の要害であり、周辺からの侵攻の危険が少なく、塩・鉄などの資源を豊富に有して古来より「天府」と呼ばれていた。この平和を求めて多くの文化人・僧などが中原から蜀へ流れてきており、王建も豊かな経済力を背景に文化の保護を行い、木版印刷による儒教・仏教の経典の出版やこの地での絹織物の生産などの事業を興した。

 

しかしその一方で、侵攻の危険性が薄い事から軍隊の目は内部への監視に向いており、尋事団と呼ばれる秘密警察を作り、不満分子を圧殺した。

 

918年に王建が死ぬと王建の実子と仮子の間での相続争いが起き、最終的に王建の末子・王衍が後を継ぐ。

 

王衍は蜀の経済力に依存して奢侈にふけり、政治は宦官に任せきりで、民衆からは搾取を行った。これにより民心は急速に離反して行き、925年に後唐軍が侵攻してくると抵抗する者がおらず、簡単に滅ぼされた。王衍は長安に護送される途中で殺された。

 

前蜀滅亡後は武将の孟知祥がこの地の統治を後唐より任ぜられたが、後に独立して後蜀を建てた。

後蜀(こうしょく 934 - 965年)は中国五代十国時代に成都を中心に四川省を支配した国。四川の豊かな財物を背景に文化の華を開かせた。

 

前蜀と同じく、四川には平和を求めて流れて来た文人が数多く集まり、東の呉・南唐と並んで五代十国時代の最高峰の文化を花開かせた。

 

後蜀の代表的な文化人としては画家の黄筌(こうせん)、詞人の毛文錫(もうぶんしゃく)・欧陽炯(おうようけい)などが上げられる。

 

黄筌は前蜀・後蜀の両方に宮廷画家として仕えた人物である。花鳥画を得意とし、後の宋代には黄筌と南唐の花鳥画家・徐煕の二人を花鳥画の基本とした。

 

毛文錫と欧陽炯はこの時代になって一般的になってきたジャンル・「詞」が主な作品である。それまでの詩(漢詩)とは違い、形式に捕らわれずありのままの感情を表現し、歌うように詠むのが詞である。詞にはそれまでは大っぴらに喋るべきことではないと考えられていた恋愛や性的なことを題材とした作品(艶詞と呼ばれる)も多くあり、この時代に意識が開かれた事が感じられる。

 

毛文錫も黄筌と同じように両蜀に仕えた人物であり、欧陽炯は後蜀の宰相にまでなった人物である。別の見方をすれば、このような文人が政権の傍にいたから後蜀は滅んだとも言えないこともないが。これらの詩人の作品は晩唐の836年から940年までに各地で詠まれた詩・詞を集めた詩集・『花間集』に集められ、欧陽炯が序文を書いている。

13魏承班《巻九13漁歌子》『花間集』415全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7339

魏承班  漁歌子

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

幾多情,無處,落花飛絮清明節。少年郎,容易別,一去音書斷

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

巫女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

《花間集》411巻九13

漁 歌 子

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7339

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

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長安の娼妓は、名儀上でも決してすべてが教坊に属していたのではない。『北里志』 の 「楊妙児」なる一節に記載されている妓女の王福娘は、人に身請けされることを願い、「私は幸いに教坊籍に入っていません。あなたにもし結婚の意志があるなら一、二百金のみですみます」といった。どうやら、教坊籍に入っていれば「官身」となり勝手に請け出されることはできないが、教坊籍に入っていないものは金を出し身請けする人がいればいつでも落籍できたようである。しかし、教坊籍に入っていない妓女も、やはり完全に官妓身分から脱していたというわけではなかった。「楊妙児」の一節によると、妓女たちがたとえ客から「買断」(特定の客が囲い独占すること)されても、いぜんとして彼女は「官使を免れず」、つまりこれまで通り官府への奉仕を免れることができなかったようである。また同書には、「およそ中央官僚の集まりや宴会には、役所から妓女を借り出す許可状をもらわねばならず、そうやって始めて彼女たちは他処に出ることができた」(『北里志』序)とある。

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

 

妓女は買われてくると、歌舞や酒席での遊戯などを習い、少しでも怠けると仮母に激しく鞭打たれたり殴られたりし、成人に達すると客を取り銭を稼がされた。彼女たちは行動の自由がなく、平生は勝手に門を出ることもできなかった。平康里の妓女は僧が道でお経を講ずるのを最も待ち望んだ。僧が来ると、仮母に千文納めて機を見て外出し、半日間自由の空気を吸うことができたからである。

 

妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平康里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 

雛妓(半玉)の「初夜権」は高い値段で買い取らねばならなかった。南曲の張住住が成人になろうとした時、金持の陳小鳳は大金を出し「その元を取ろう」とした。彼女はすでに処女を失っていたが、手管を使って処女のごとく振舞って陳を騙した。陳は処女を得たと思い、さらに三緡(一緡は銅銭一千枚)を張家にやった。その他、「買断」という決まりもあった。つまり妓女が一人の客に独占されることであり、客が毎日仮母に一緒を払うと、この妓女はもう他の客をとれなかった。

 

 

漁歌子

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

妓女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

少年郎,容易別,一去音書斷

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

 

(漁歌子)

柳 眉の如く,雲 髮に似て。蛟の綃 霧の縠 籠の香雪たり。

夢魂 驚き,鐘漏 歇み,外には 曉鶯 殘月あり。

幾多の情,無處の,花落ち 絮飛ぶ 清明節。

少年の郎,別を容易とし,一たび去れば 音書 斷

 

扁舟 00
 

『漁歌子』 現代語訳と訳註

(本文)

漁歌子

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

少年郎,容易別,一去音書斷

 

(下し文)

(漁歌子)

柳 眉の如く,雲 髮に似て。蛟の綃 霧の縠 籠の香雪たり。

夢魂 驚き,鐘漏 歇み,外には 曉鶯 殘月あり。

幾多の情,無處の,花落ち 絮飛ぶ 清明節。

少年の郎,別を容易とし,一たび去れば 音書 斷

 

(現代語訳)

漁歌子(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

 

巫女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

白貯舞005
 

(訳注)

漁歌子

(「買斷」を受けていた妓女は歳をとって来ると誰とも接触がなくなる、今年も、春が来て、約束の清明節にも帰ってこなかったと貴公子の多情に諦めてしまったことを詠う。)

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首、魏承班の詩は一首のみ所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

柳如眉 雲似髮 蛟綃霧縠籠香

夢魂驚 鐘漏歇  外曉鶯
幾多情 無處 落花飛絮清明

少年郎 容易  一去音書斷

●△○  ○●● ○○△●△○●

△○○ ○●●  ?●●○○●

△○○  ○●● ●○○●○○●

●○○ ○●●  ●●○○●●

 

柳如眉,雲似髮。蛟綃霧縠籠香雪。

巫女は柳の葉を眉にしたようである、流行の雲のような髪型をして、蛟の絹の上かけ着、霧の様な穀織の薄い着物、香炉には燃えカスが雪のようにいっぱいになっている。

 からみ織りの一種。粟粒のような点で文様を表す。薄くて透けた夏用の布。こめ。宋玉《神女賦》 宜高殿以廣意兮,翼放縱而綽寬。動霧縠以徐步兮、拂墀聲之珊珊。

 

夢魂驚,鐘漏歇,外曉鶯殘月。

うとうとした夢の中で思いを遂げていたのを驚かされたのは、漏刻の四更を告げる鐘の声が止んだ、窓の外には春を告げる暁の鶯が啼き、空には名残の二十日月がある。

 (1) 休息する歇一会儿ひと息入れる.(2) 停止する,中止する.(3) 《方》寝る,眠る.《方》短い時間,しばらくの間一歇ごく短い時間.歇班 xiēbān[](~儿)仕事が休みになる,非番になる.

 

幾多情,無處,落花飛絮清明節。

あのひとは、優しいけれど好きになる気持ちが多い、そして、何処の女の所にいるかはわからない、春も盛りに花びらが散り始め、柳絮が飛び交い、そして清明節が来てしまった。

清明節 清明節は農暦(旧暦)の24節気の一つ。春風が吹き、暖かくなると、空気は新鮮で爽やかになり、天地は明るく、清らかになる。このため「清明」と呼ばれる。しかし、この時節は、雨が次第に多くなる。親に仕える道を重視する中国人は、「生者に仕える如く死者にも仕える」という考え方から出発し、墓を先祖が地下に住んでいる場所と見なし、雨季が到来する前の清明の季節にはまず、風雨に一年間さらされてきた墓を修復、整理し、草を刈り、土を盛らなければならない。そして供物を並べて礼拝し、先祖にご加護と平安を祈るのだ。

妓女からすれば、清明節の時には、故郷の墓を祀るために、あの人はいるものだということをいい。この日は自分の所に来てくれるということをあらわしている。

 

少年郎,容易別,一去音書斷

貴公子の遊び人は、「別れることを簡単にできると考えているし、一度去ってしまえば、音信は完全に断たれてしまうというものだ」と思っていたとおりであった。

少年郎 貴公子の遊び人。

柳絮01
 

漁歌子二首其二

 

花間集には、教坊曲『漁歌子』は八首所収されている。双調五十字、前後二十五字六句四仄韻、3❸❼❸❻/3❸❼❸❻の詞形をとる。若いころの放蕩を改め、風流、興を感じる隠士の生活を詠うものを基本とする。

 

孫光憲《漁歌子二首》

漁歌子二首其一

(劉郎のように家に帰らなくなった男が、漁師の歌う舟歌を聞きながら、次の港の女のもとにむかう)

草芊芊,波漾,湖邊艸色連波       

沿蓼岸,泊楓,天際玉輪初          

扣舷歌,聯極望,槳聲伊軋知何       

黃鵲叫,白鷗眠,誰似儂家疏    

●△○  ○●● ○○△●△○●

△○○ ○●●  ?●●○○●

△○○  ○●● ●○○●○○●

●○○ ○●●  ●●○○●●

柳如眉  雲似髮 蛟綃霧縠籠香

夢魂驚 鐘漏  外曉鶯
幾多情  無處 落花飛絮清明

少年郎 容易  一去音書斷

 

漁歌子二首其二

(船の旅情を詠うもので、江南の多くの湖をつなぐ運河を抜けて太湖・湖州、松江を抜けて我が家に帰る旅である。)

泛流螢,明又滅,夜涼水冷東灣闊。              

風浩浩,笛寥寥,萬頃金波澄澈。    

杜若洲,香郁烈,一聲宿鴈霜時節。              

經霅水,過松江,盡屬濃家日月。 

●○○  ○●●

●△●△○○●  △●●

●△△  ●△○○○●

●△○  ○●●

●○●●○○●  △●●

△○○  ●●○○●●

泛流螢  明又滅 夜涼水冷東灣

風浩浩 笛寥寥  萬頃金波澄
杜若洲 香郁烈 一聲宿鴈霜時

經霅水 過松江  盡屬濃家日

13魏承班《巻九12黃鐘樂》『花間集』414全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7334

(蜀の年を重ねた官妓、薛濤を思わせる女の恨みと愁いを詠う。)

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。寵愛を失い年を重ねてくるとその身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。又春が来て、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

《花間集》411巻九12

鐘樂

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7334

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

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長安の妓女

 

ここでは主に長安の平鹿里や、その他の街坊に集中して住んでいた一般の娼妓について述べたい。先に述べた皇室専属の教坊妓はこの中には含まない。長安の官妓は、上に述べた地方の官妓とは多くの違いがあるように思う。唐後期の孫薬が長安の妓女について専門に記した『北里志』と、その他こまごまとした史料からみると、長安の妓女も官府に属し、官府の御用に応じなければならなかったが、しかし官奴婦としての色合いはそれほど強くはなかった。官府の彼女たちに対する支配は比較的ゆるやかで、彼女たちも自分がどの長官の管理下にあるかもよく知らず、身分の束縛もあまりなく、地位も少しばかり高かった。また、彼女たちは官府から衣食を支給されておらず、自分で商売を営んでおり、後世の娼妓とほとんど変りなかった。これはたぶん、長安などの大都市が各界の人士、とりわけ天下の才子である進士たちが遊ぶ有名な場所であり、朝廷の支持と容認の下、妓楼で遊ぶ風潮がたいそう盛んであったため、長安などの妓女たちを官府が独占的に支配することはもはやきわめて難しく、しだいに社会全体に開放されていったからであろう。こうした情況は、およそ唐の中後期に向うに従って次第に発展していった。しかし、地方官妓は唐の後期になると藩鋲が巨大な権力を持ったため、なおいっそう地方官、とりわけ渚鋲の独占支配を受けることとなった。長安の妓女たちの生活情況は、唐代の官妓がしだいに自由業の娼妓に変化してゆく過程をよく反映している。

長安の妓女は「楽営」には属さず、孫柴の『北里志』序の言葉をかりると、「京中の飲妓、籍は教坊に属す」というように、籍は教坊にあった。先に述べたように、玄宗時代に教坊が設立されたのは、もともと天下の芸人を集めて訓練を行い、専ら宮廷の御用に供するためであったが、『北里志』がいう「京中の飲妓」とは明らかに宮廷に奉仕する芸人ではなく、民間で営業する娼妓であり、彼女たちも教坊には住まず、平鹿里やその他の里坊に住んでいたのである。これでは「京中の飲妓、籍は教坊に属す」という記述と矛盾する。いったいどうしたことだろうか。筆者が推測するに、こ

れはたぶん教坊制度の変化と関係があるように思う。玄宗以後、教坊はしだいに衰退していったが、

後の時代になっても教坊は依然としてたびたび芸妓を選抜して朝廷の御用に供していた。しかしふだんは彼女たち全部を教坊の中に住まわせることができなくなり、ただ若干の名妓だけを選んで教坊籍に入れ、いつでも宮廷の御用に派遣できるようにしていた。大半の妓女は普通はもといた置家とか、自宅に住んで、前と同じく自由営業の娼妓生活を送っていた。自居易の 「琵琶行」 に、「自ら言う 本これ京城の女、家は蝦焼陵(長安の東部、音楽坊にあった街区名)下に在りて住む。十三にして琵琶を学び得て成り、名は教坊第一部に属す。……五陵(漢の五帝陵が並び長安の上流階級が多く住んでいた地域)の年少、争って纏頭し(祝儀を出す)、一曲に紅補数を知らず」とある。この教坊籍に名を列した琵琶妓は教坊に住んではおらず、一般社会で芸を売り身を売って生活していたのである。

 

長安の娼妓は、名儀上でも決してすべてが教坊に属していたのではない。『北里志』の「楊妙児」なる一節に記載されている妓女の王福娘は、人に身請けされることを願い、「私は幸いに教坊籍に入っていません。あなたにもし結婚の意志があるなら一、二百金のみですみます」といった。どうやら、教坊籍に入っていれば「官身」となり勝手に請け出されることはできないが、教坊籍に入っていないものは金を出し身請けする人がいればいつでも落籍できたようである。しかし、教坊籍に入っていない妓女も、やはり完全に官妓身分から脱していたというわけではなかった。「楊妙児」の一節によると、妓女たちがたとえ客から「買断」(特定の客が囲い独占すること)されても、いぜんとして彼女は「官使を免れず」、つまりこれまで通り官府への奉仕を免れることができなかったようである。また同書には、「およそ中央官僚の集まりや宴会には、役所から妓女を借り出す許可状をもらわねばならず、そうやって始めて彼女たちは他処に出ることができた」(『北里志』序)とある。

 

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

 

長安の妓女の大多数は平康里に住んでいた。「長安に平鹿坊という所があって、妓女の居住地である。京都の侠少(遊侠の若者)は此に草集る。……当時の人々はこの坊を風流薮沢(歓楽街)と呼んだ」(『開元天宝遺事』巻上)。『北里志』の記載によると、平康里の街区は三曲に分れ、名妓は多く南曲、あるいは中曲に住み、北曲に住むものの大多数は無名の「卑屑」(醜くて卑しい)の小妓であった。この三曲に住む妓女の生活に旦口同低貧富の差があった。南曲、中曲はおおむね堂院は広く静かで、院内には花が植えられ池もあり、室内の設備は快適で、華美にすぎるものさえあったが、下層の妓女の住まいは粗末なものであった。劉泰娘は北曲の小さな家の娘であったから、他の妓女たちと宴席に向う時、あなたは何処にお住まいですかと聞かれると、言葉をにごして、門前に一本の木がありますわ、などと言うだけであった。どの曲内に住んでいるかが、その妓女の身価に大きな関係があったようである。それ以外にも平鹿里に住まない妓女がおり、その他の街坊にそれぞれ分散して住んでいた。

 

妓女たちは皆それぞれ一派を立て、家を単位に独立して営業していた。彼女たちのあるものは家族と一緒に住んでいたが、多くは家の暮らしが立たないので、妓女として生きざるをえなかったのである。たとえば、唐代の小説『霞小玉伝』(蒋防作)の主人公霞小玉は、もともと霞王の娘であったが、母親が霞王の婦女であったから、後に母娘ともども追い出されてしまった。やむなく小玉は妓女となり母と一緒にくらした。また、「琵琶行」 に出てくる琵琶妓は、「弟は走って軍に従い阿頻は死す」といっているので、家族と一緒に住んでいたことがわかる。これらの妓女の大半は虐待を受けず、境遇はいくらかマシだった。しかし、その他多くの妓女は家族はおらず、「仮母」 に買われ養女にされたものであった。仮母とは後世いうところの「鴇母」(やりて婆)と同じであり、みな年増の妓女がなった。仮母に夫や家族はなく、しかし容色はまだ全く衰えたというわけではなかったので、大半が王侯貴族の邸宅を警護する武官の囲われ者であった。また、ある者はこっそりと夜伽をする男を囲っていたが、夫と言えるような代物ではなかった。平鹿里の置屋の大部分は仮母が何人かの妓女をかかえで営業していた。たとえば楊妙児の置屋を例にとれば、彼女はもともと名妓であったが、のちに仮母となり、莱児、永児、迎児、桂児の四人の養女をひきとって育てた。その他の置屋もほぼ同じょうなものであった。これらの妓女はみな生活はたいへん苦しく、大部分が「田舎の貧家」 から買われてきた幼女であり、仮母の姓を名のった。ある者は自分の実の父母さえ全く知らなかった。またある者は、人に騙されて売られて、この世界に堕ちたのであった。「ある良家の娘は、自分の家の嫁にするといって連れて行かれたが、他に多額の謝礼で転売され、誤ってこの苦界に堕ち、脱出することができなかった」(『北里志』「海論三曲中事」)。たとえば、王福娘は解梁(山西省臨晋県)の人であったが、嫁にやると騙されて都に連れて行かれ、色町に売られてしまった。しかし彼女は何も真相を知らないでいた。後に置屋は彼女に歌を習わせ客を取らせた。一人のか弱い女が行き場を失えば、他人の言いなりになるしかなかった。この間、家の兄弟が捜し出して奪い返そうとした。しかし彼女は、自分はすでに操を失った身であり、また兄弟には何の力もないことを考えると、望みを絶って兄弟に手を引かせるしか方法がなく、家族と泣き泣き永別したのであった。唐代の社会は良民と膿民の区別が明確であり、いったん娼妓の世界に転落すれば、身を脱することが困難であったばかりか、肉親と行き来して顔を合わせることさえきわめて難しかった。

 

妓女は買われてくると、歌舞や酒席での遊戯などを習い、少しでも怠けると仮母に激しく鞭打たれたり殴られたりし、成人に達すると客を取り銭を稼がされた。彼女たちは行動の自由がなく、平生は勝手に門を出ることもできなかった。平康里の妓女は僧が道でお経を講ずるのを最も待ち望んだ。僧が来ると、仮母に千文納めて機を見て外出し、半日間自由の空気を吸うことができたからである。

 

妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平鹿里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 

 西湖十景 曲院風荷02

黃鐘樂

(蜀の年を重ねた官妓、薛濤を思わせる女の恨みと愁いを詠う。)

池塘煙暖草萋萋。

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

寵愛を失い年を重ねてくるとその身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

又春が来て、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

(黃鐘樂)

池塘 煙暖して 草萋萋たり。

惆悵として閑宵たり,恨を含み愁坐し,思う 迷うことに堪えるを。

遙かに想う 玉人 情事 遠く,音容 渾似し 桃溪に隔つ。

偏記 同歡 秋月低,簾外 論心,花畔 和醉,暗相攜。

何事ぞ 春來って 君見ず,夢魂 長えに 錦江の西に在る。

 

『黃鐘樂』 現代語訳と訳註

(本文)

黃鐘樂

池塘煙暖草萋萋。

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

 

(下し文)

黃鐘樂

池塘 煙暖して 草萋萋たり。

惆悵として閑宵たり,恨を含み愁坐し,思う 迷うことに堪えるを。

遙かに想う 玉人 情事 遠く,音容 渾似し 桃溪に隔つ。

偏記 同歡 秋月低,簾外 論心,花畔 和醉,暗相攜。

何事ぞ 春來って 君見ず,夢魂 長えに 錦江の西に在る。

 

(現代語訳)

黃鐘樂(蜀の年を重ねた官妓、薛濤を思わせる女の恨みと愁いを詠う。)

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

寵愛を失い年を重ねてくるとその身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

又春が来て、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

成都関連地図 00
 

(訳注)

黃鐘樂

(蜀の年を重ねた官妓、薛濤を思わせる女の恨みと愁いを詠う。)

若く溌剌としているころは、いろんな客接待するより「買斷」で他の客をとらなくても良い方がよかったけれど、歳を重ねた官妓には人と接する機会がなく辛く淋しい日を過さなければならない。

『花間集』には教坊曲『黃鐘樂』は一首、魏承斑の作が収められている。双調ご六十四字、前段三十二字六句三そく平韻、後段三十二字六句四平韻で、⑦+4+4++7+⑦/⑦+4+++7+⑦ の詞形をとる。

池塘煙暖草萋  

惆悵閑宵 含恨愁坐  思堪
遙想玉人情事遠  音容渾似隔桃
偏記同歡秋月  簾外論心 花畔和 暗相
何事春來君不見  夢魂長在錦江西

○○○●●○○ 

○●○○ ○●○●  △○○

○●●○○●●  ○○△●●○○

△●○○○●○  ○●△○ ○●△●  ●△○

△●○△○△●  △○△●●○○

 

池塘煙暖草萋萋。

若草の春、池の堤に靄と暖かさが広がり、草草が盛んに成長している。

1 池塘のこの句は春に変わりゆく有様をいう場で、有名な謝靈運の《登池上樓》の次の句に基づくものである。「池塘生春草,園柳變鳴禽。」(池の塘【つつみ】は春の草生じ、園の柳に鳴く禽【とり】も変りぬ。)池の堤防にびっしり春の草が生えている、庭園の柳の梢に鳴いている小鳥たちも冬のものと違って聞こえてくる。

登池上樓 #2 謝靈運<25>#2  詩集 396 kanbuniinkai紀 頌之漢詩ブログ1005

 

惆悵閑宵,含恨愁坐,思堪迷。

恨み嘆く静かな宵が訪れれば、ただ恨みの思いで、漫然と、愁いの名残のその場所に座り続けている。

2 惆悵 恨み嘆くこと。恨み嘆くさま。

 

遙想玉人情事遠,音容渾似隔桃溪。

もうはるかに思うだけで、あの美男子のお方との情事は遠い昔のことになった。せっかく春だというのに流れる水の音も景色もごちゃまぜになったようであの楽しかった行楽の桃の花が一杯の渓谷での事は隔たった生活でしかない。

3 桃溪 行楽をした浣花渓。

 

偏記同歡秋月低,簾外論心,花畔和醉,暗相攜。

寵愛を失い年を重ねてくるとその身は偏った考えがちになる物で、同じ明月を見てうれしいはずでも、月が垂れているように見えるし、簾の外で月見をしようなどとは思わなくなり、花さく河畔に出たとすればただ酒に酔うことに和むだけである、ただ、暗い気持ちで散策する。

4 偏記 偏った記録。

 

何事春來君不見,夢魂長在錦江西。

又春が来て、あのお方を見ることが出来ないのでは何にもする気にはなれない。夢の中であの人と過ごす気持ちは持っている、これだけは蜀の錦江の西、浣花渓で、何時までも持ち続けて行くのである。

5 錦江西 薛濤の所縁の地と考えれば、詩の味わいが深まる。薛濤の墓、望江樓は錦江のにしであり、成都の西には琴台、百花潭、浣花渓がある。

 

池塘煙暖草萋  

惆悵閑宵 含恨愁坐  思堪
遙想玉人情事遠  音容渾似隔桃
偏記同歡秋月  簾外論心 花畔和 暗相
何事春來君不見  夢魂長在錦江西

13魏承班《巻九11生查子二首 其二》『花間集』413全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7329

魏承班  生子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

《花間集》412巻九11

子二首 其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7329

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 
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魏承班 生子二首

子二首 其一

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

煙雨晚晴天,零落花無語。

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

難話此時心,梁鷰雙來去。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

子二首 其二

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。

看看又春來,還是長蕭索。

おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

 

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

 

moon4733
 

『生子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

看看又春來,還是長蕭索。

 

(下し文)

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

 

(現代語訳)

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。

おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

柳絮01
興慶宮沈香亭
 

(訳注)

子二首 其二

(妃嬪は毎日懸命に待ち続ける、見るだけの春がまた来て、過ぎてゆくと詠う。)その二

『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。

寂寞畫堂空  深夜垂羅
燈暗錦屏欹  月冷珠簾
愁恨夢應成  何處貪歡
看看又春來  還是長蕭

●●●○△  △●○○●

○●●△○  ●△○○●

○●△△○  △●○○●

△△●○△  ○●△○●

 

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

いろどられた高楼の奥御殿には誰もいなくてひっそりとして寂しい、それなのに夜が深まればいつものようにお迎えのため、うす絹の幕帳を降ろす。

7寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。「人居を遠く離れた―たる別世界にも」〈柳田・山の人生〉2 心が満たされずにもの寂しいさま。

 

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

燭台の燈火は暗くして錦の屏風を寝牀にそば立てる。月は高く、冷たく照らす真珠の簾に当たり薄い光に照らされる。

 

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいとおもい、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいとおもうのである。

8夢應成 夢がまさに叶えばいいとおもう。

 

看看又春來,還是長蕭索。

おととし春を見て、去年も過し、そして今年も春が来る、これからもこれを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがとこしえに続く。

9蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。

 

 

子二首【字解】

1煙雨 雲雨というのは宋玉《高唐賦》の巫山の巫女の事(情交)であるが、宮女、教坊の妓優の場合には、煙雨となる。夕方から庭園で宴席が開かれることである。

2零落 宮女・妓優にとって若くないことを意味する。

3薫風 初夏の青葉風。

4有恨和情撫 恨みと思いを込めて奏でる。ここでは恨みや愁いを発散させるべく琴の音に託して奏でることを言う。和:調和させる。撫:奏でる。教坊の曲の女妓は、自分の持っている芸でしか表現することが出来ない。好きである場合も、嫌いであろうと、恨んでいても発言する場はなく、琴を演奏する女妓は琴を弾いて気を引くことしかない。妃嬪であっても全く同じことがいえる。

5腸斷斷絃 身も心も通い合わないでいることは、琴絃が切れても、切れても演奏し続けても相手の心に響かない。

6金縷 衣服に施された金糸の刺繍を指す。

7寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。「人居を遠く離れた―たる別世界にも」〈柳田・山の人生〉2 心が満たされずにもの寂しいさま。

8夢應成 夢がまさに叶えばいいとおもう。

9蕭索 もの寂しいさま。うらぶれた感じのするさま。蕭条。

13魏承班《巻九10生查子二首 其一》『花間集』412全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7324

魏承班  生子二首 其一

煙雨晚晴天,零落花無語。難話此時心,梁鷰雙來去。

琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

《花間集》412巻九10

子二首 其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7324

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

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花間集 教坊曲《生子》七首

張泌

《巻四44子》  相見稀,喜見相見,相見還相遠。檀畫荔枝紅,金蔓蜻蜓軟。魚鴈疎,芳信斷,花落庭陰晚。可憐玉肌膚,消瘦成慵懶。

牛希濟

《巻五44子》  春山煙欲收,天澹稀星小。殘月臉邊明,別淚臨清曉。語已多,情未了,迴首猶重道:記得綠羅裙,處處憐芳草。。

孫光憲

《巻八12子三首其一》  寂寞掩朱門,正是天將暮。暗澹小庭中,滴滴梧桐雨。繡工夫,牽心緒,配盡鴛鴦縷。待得沒人時,隈倚論私語。

孫光憲

《巻八13子三首其二》  暖日策花驄,嚲鞚垂楊陌。芳草惹煙青,落絮隨風白。誰家繡轂動香塵,隱映神仙客。狂殺玉鞭郎,咫尺音容隔。

孫光憲

《巻八14子三首其三》  金井墮高梧,玉殿籠斜月。永巷寂無人,斂態愁堪。玉爐寒,香燼滅,還似君恩歇。翠輦不歸來,幽恨將誰

魏承班

《巻九10子二首 其一》  煙雨晴天,零落花無語。難話此時心,梁雙來去。琴韻對薰風,有恨和情撫。腸斷斷絃頻,金縷

魏承班

《巻九11子二首 其二》  寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。愁恨夢應成,何處貪歡樂。看看又春來,還是長蕭索。

 

 

杜甫はかつて《観公孫大娘弟子舞剣器行井序》「先帝の侍女八千人」(「公孫大娘が弟子の剣器を舞うを観る行」)と詠い、白居易もまた《長恨歌》」「後宮の佳麗三千人」と言った。これらは決して詩人の誇張ではなく、唐代の宮廷女性は、実際はこの数字をはるかに越えていた。唐の太宗の時、李百薬は上奏して「無用の宮人は、ややもすれば数万に達する」(『全唐文』巻一四二、李百薬「宮人を放つを請うの封事」)といった。『新唐書』の「官者伝」上に、「開元、天宝中、宮嬪はおおよそ四万に至る」と記されている。後者は唐代の宮廷女性の人数に関する最高の具体的な数字であり、まさに盛唐の風流天子玄宗皇帝時代のものである。宋代の人洪邁は、この時期は漢代以来、帝王の妃妾の数が最も多かった時代であるといっている(『容斎五筆』巻三「開元宮嬪」)。うまい具合に、この時期の女性の総人口は先に紹介した数字 - およそ二千六百余万であるから、四万余人とすれば、じつに全女性人口の六百分の一を占める。つまり、女性六百人ごとに一人が宮廷に入ったことになる。唐末になり、国土は荒れ、国勢は衰えたが、いぜんとして「六宮(後宮)の貴・賤の女性は一万人を減らない」(『資治通鑑』巻二七三、後唐の荘宗同光三年)という状態だった。この驚くべき数字の陰で、どのくらい多くの「曠夫怨女」(男やもめと未婚の老女)を造り出したことか計り知れない。唐末の詩人曹鄴が慨嘆して「天子 美女を好み、夫婦 双を成さず」(「捕漁謡」)と詠ったのも怪しむに足りない。

 

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。

「楽戸」とは、楽籍という賤民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

元々官女であった女性の中から選ばれ、訓練を受けて宮妓になったものもいた。宮妓たちは、礼楽を司る太常寺に属したり、あるいは歌舞・伎楽・雑技・俳優を統括する教坊の管轄に属した。玄宗の時代から太常寺にはもはや女妓はいなくなり、すべて教坊の所属になった

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃、勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。

 

「梨園」、「宜春院」玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

 

興慶宮沈香亭
 

魏承班 生子二首

 

子二首 其一

煙雨晚晴天,零落花無語。

難話此時心,梁鷰雙來去。

琴韻對薰風,有恨和情撫。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

 

子二首 其二

寂寞畫堂空,深夜垂羅幕。

燈暗錦屏欹,月冷珠簾薄。

愁恨夢應成,何處貪歡樂。

看看又春來,還是長蕭索。

 

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

(生子二首 其二)

寂寞として 畫堂空しく,深夜 羅幕を垂る。

燈 暗く 錦屏欹てて,月 冷たし 珠簾薄きに。

愁恨 夢應に成り,何處にか歡樂を貪らん。

看て看る 又た春來りて,是に還る 長蕭の索に。

 

 

『生子二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

子二首 其一

煙雨晚晴天,零落花無語。

難話此時心,梁鷰雙來去。

琴韻對薰風,有恨和情撫。

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

 

 

(下し文)

(生子二首 其一)

煙雨 晚に晴天なり,零落 花に無語たり。

話り難し 此の時の心,梁の鷰 雙びて來り去る。

琴韻 薰風に對し,恨有るも 情と撫すを和す。

腸斷 斷絃 頻に,淚滴り 黃金の縷に。

 

(現代語訳)

子二首 其一(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

愁いや怨みがあったとしても、夢がまさに叶えばいいのだ、そして、何処であっても、歓楽を貪り得られればいいのだ。春を見て、歓楽を見るだけ、宮女にはそんな春がまた来たのだ、こんなことを繰り返す、そこにはうらぶれた寂しさがと長しえに続くのだ。

大明宮の圖003
 

(訳注)

子二首 其一

(琴を奏でる梨園出身の妃賓が懸命に自分の持っている芸をして、年々上手になるが、腸斷=寵愛が亡くなれば、どんなに努力をしても見向きもされないと詠う。)

『花間集』 には魂承斑の作が二首収められている。双調四十字、前後段二十字四句二仄韻で、5❺5❺/5❺5❺の詞形をとる。

煙雨晚晴天  零落花無
難話此時心  梁鷰雙來
琴韻對薰風  有恨和情
腸斷斷絃頻  淚滴黃金

○●●○○  △●○○●

△●●○○  ○●○△●

○●●△△  ●●△○●

○●●△○  ●●○○●

 

煙雨晚晴天,零落花無語。

昼の雨が煙雨になっていたのに、夕暮れには晴れに変わった、散り落ちる花をみて話す言葉もない。

○煙雨 雲雨というのは宋玉《高唐賦》の巫山の巫女の事(情交)であるが、宮女、教坊の妓優の場合には、煙雨となる。夕方から庭園で宴席が開かれることである。

○零落 宮女・妓優にとって若くないことを意味する。

 

難話此時心,梁鷰雙來去。

春が来れば梁の燕は番いになってきて、子をそだてて去ってゆく、こんな時の頃の心持はとても話をする気にはなれない。 

 

琴韻對薰風,有恨和情撫。

初夏の青葉風のころになると奏でる琴の調べに、寵愛がなく、どんなに恨み心を持っていても、芸の発揮によって、愛を取り戻そうと琴韻を風に乗せるのである。

○薫風 初夏の青葉風。

〇有恨和情撫 恨みと思いを込めて奏でる。ここでは恨みや愁いを発散させるべく琴の音に託して奏でることを言う。和:調和させる。撫:奏でる。教坊の曲の女妓は、自分の持っている芸でしか表現することが出来ない。好きである場合も、嫌いであろうと、恨んでいても発言する場はなく、琴を演奏する女妓は琴を弾いて気を引くことしかない。妃嬪であっても全く同じことがいえる。

 

腸斷斷絃頻,淚滴黃金縷。

情が通い合わないことは、をどんなに糸がしきりに切れるほど、琴の演奏してもとどかない、涙を黄金の糸に滴らせるしかないのだ。

○腸斷斷絃 身も心も通い合わないでいることは、琴絃が切れても、切れても演奏し続けても相手の心に響かない。

○金縷 衣服に施された金糸の刺繍を指す。
長安城図 作図00
 

13魏承班《巻九09訴衷情五首其五》『花間集』411全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7319

魏承班  訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

(この詩は若さと魅力を発揮して君王から寵愛を得ようとして春はよかったが、そのごはちょうあいは無くなった宮女を詠ったもの)その五

春になればあの方と夜を過ごしたいと思う気持ちが強くなり、若さに負けてはと、しっかりと化粧を施し、眼もとを化粧し、頬に紅をさした、宮女は嫉妬していても人をゆるすこと、楽しむことを求められる。星のえくぼは頬に小さくあり、宝飾の耳飾りが揺れる。思いが叶って、幾度も共にこの春の歓楽の約束を果たしてもらって、酔いしれる。その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。

《花間集》411巻九09

訴衷情五首其五

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13 魏承班

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『新・旧唐書』の「后妃伝」に記載されている三十六人の后妃のうち、意外なことに十五人は非命の最期をとげている。二人は後宮で皇帝の寵愛を争って死に、二人は動乱のなかで行方不明となり、一人は皇帝の死に殉じて自殺し、一人は皇太后として皇帝から罪を問われて死んだ。その他の九人はすべて政治闘争、宮廷政変で死に、そのうちの三人は朝廷の政治に関与して政敵に殺され、残りの六人は罪もないのに政争の犠牲となった。

后妃たちにとって、最も恐ろしいことはまず第一に政治権力をめぐる闘争であった。彼女たちはしばしば全く理由もなく政治事件の被害に遭ったり、家族の罪に連坐させられたり、甚だしい場合には殺害されるという災難にあった。ここで人々はまず楊貴妃のことを最初に想い浮かべることであろう。複雑な政治闘争、権力闘争の角逐の中で、いまだ政治に関与したことのなかったこの女性は、玄宗皇帝が彼女に夢中になり、また彼女の家族を特別に厚遇したということだけで、君主を迷わし国を誤らせ禍をもたらした罪魁となり、最後には無残にも締め殺されたうえ、千古に残る悪名を背負わされ、正真正銘の生け贅の小羊となった。

唐代に、このような悲劇が決して他になかったわけではない。中宗の趨皇后(死後に皇后の称号を追贈)は王妃となった時、母親の常楽長公主と武則天の間に抗争が起ったため、内侍省(宮中に在る官官管理の一役所)に拘禁された。毎日窓から生のままの食事を少し与えられただけで、世話する人もいなかった。数日後、衛士が中で死んでいるのを発見したとき、死体はすでに腐乱していた。容宗の睾后と劉后は人から無実の罪に陥れられ、武則天の命で、同じ日に秘密裏に殺され、死体は行方知れずになった。粛宗が皇太子だった時、章妃は長兄が罪により死を賜ったため粛宗と離婚を余儀なくされた。以後彼女は宮中で尼僧となって終生灯明古仏を伴としてくらした。唐末、昭宗の何皇后の最後はさらに悲惨で、昭宗が朱全忠に殺された後、罪を控造されて締め殺され、王朝交替の犠牲者となった。

 

彼女たちの第二の脅威は、皇帝の寵愛を失うことに外ならない。大多数の后妃と皇帝との結婚は、事実上政略結婚であり、もともと皇帝の愛情を得たのではなかった。何人かの后妃は容姿と技芸の才能によって、あるいは皇帝と艱難を共にしたことによって寵愛を受けた。しかし、いったん時が移り状況が変化したり、また年をとってくると、容色が衰えて寵愛が薄れるという例えどおり、佳人、麗人が無数にいる宮廷で自分の地位を保持することはきわめて難しかった。王皇后と玄宗は艱難を共にした夫婦であり、彼女は玄宗が行った喜后打倒の政変に参与した。しかし武恵妃が寵愛を一身に集めた後には、しだいに冷遇されるようになった。彼女は皇帝に泣いて訴え、昔艱難を共にした時の情愛を想い出してほしいと願った。玄宗は一時はそれに感動したが、結局やはり彼女を廃して庶民の身分に落してしまった。境遇がちょっとマシな者だと、后妃の名が残される場合もあったが、それ以後愛情は失われ、後半生を孤独と寂実の中に耐え忍ばねばならなかった。また、彼女たちの運命は、ひどい場合は完全に皇帝の一時的な喜怒哀楽によって決められた。武宗はかつて一人の妃嬢に非常に腹を立てたことがあった。その場に学士の柳公権がいたので、皇帝は彼に「もし学士が詩を一篇作ってくれるなら、彼女を許してやろう」といった。柳公権が絶句を一首つくると、武宗はたいそう喜び、彼女はこの災難を逃れることができた(王走保『唐掟言』巻一三)。しかし、皇帝から廃されたり、冷遇されただけの者は、まだ不幸中の幸いであったように思う。最悪の場合は生命の危険さえあった。高宗の王皇后と斎淑妃の二人は、武則天と寵愛を争って一敗地に塗れた。

この二人の敗北者は新皇后の階下の囚人となり、それぞれ二百回も杖で打たれてから手足を切断され、酒瓶の中に閉じ込められた後、無惨に殺された。

后妃、妃嬪にとって、最後の脅威は皇帝の死去である。これは皇帝の付属品である后妃たちが、いっさいの地位と栄誉の拠り所を失うことを意味した。一つだけ例外がある。つまり子が皇帝に即位した場合で、「やんごとなき夫の妻」から、「やんごとなき子の母」 へと転じることができた。少なくとも子のある妃嬪はちょっとした地位を保つことができたが、子のない妃嬢たちは武則天のように仏寺に送られて尼にされるか、あるいは寂しく落ちぶれて後宮の中で生涯を終えた。たとえ太后といぅ至尊の地位に登っても、新皇帝の顔色を窺わねばならなかった。憲宗の郭皇后は郭子儀の孫娘にあたり、公主を母に持ち、また穆宗の母となり、敬宗、文宗、武宗の三皇帝の祖母にあたる女性であったから、人々は唐朝の后妃のなかで「最も高貴」な方と呼んだ。しかし、宣宗が即位(八四七年)すると、生母の鄭太后はもともと郭太后の侍女であり、かねてから怨みをもっていたため、郭太后を礼遇しなかった。それで郭太后は鬱々として楽しまず、楼に登って自殺しょうとした。宣宗はそれを聞くと非常に怒った。郭太后はその夜急に死んでしまったが、死因はいうまでもなく明らかであろう。

唐代の后妃のなかには、そのほか皇帝に殉死したという特別な例がある。それは武宗の王賢妃である。彼女はもとは才人の身分であり、歌舞をよくし、皇帝からたいへんな寵愛を受けた。武宗は危篤間近になると、彼女に「朕が死んだらお前はどうするのか」と問うた。すると彼女は「陛下に御供して九泉にまいりたいと思います」と答えた。すると武宗は布を彼女に与えたので、王才人は帳の下で首をくくって死んだ(『資治通鑑』巻二四八、武宗会昌六年)。次の宣宗が即位すると、彼女に「賢妃」を追贈し、その貞節を誉め讃えた。このようにして、一個の生きた肉体が「賢妃」という虚名と取り換えられたのである。

もし、予測のつかない未来と苦難の多い運命によって生みだされる不安な感情が、后妃たちの生活の普通の心理であったとするなら、もう一つ彼女たちにまとわりついているのは、心の慰めや家庭の暖かさが欠けていることによって深く感ずる孤独、寂蓼、哀怨の気特であった。次のようにも言うことができよう。彼女たちは物質的には豊かであったが、人間の情愛の面では貧しかったと。

寵愛を失った者は言うまでもないが、寵愛を受けている者でさえも、何万にものぼる女性が一人の男性に侍っている宮中においては、誰も皇帝の愛情をいつまでも一身に繋ぎとめておくことは不可能であり、また正常な夫婦生活と家族団欒の楽しみを味わうことも不可能であった。皇帝が訪れることもなくなって、零落してしまった后妃の場合、おのずから悲痛はさらに倍加した。

玄宗の時代、妃嬪がはなはだ多かったので、「妃嬪たちに美しい花を挿すよう競わせ、帝は自ら白蝶を捕えて放ち、蝶のとまった妃嬪のところに赴いた」。また、妃嬪たちは常に「銭を投げて帝の寝所に誰が侍るのかを賭けた」(『開元天宝遺事』巻上、下)。彼女たちの苦痛を想像することができる。

「長門(妃嬪の住む宮殿)閉ざし定まりで生を求めず、頭花を焼却し挙を卸却す。玉窓に病臥す 秋雨の下、遥かに聞く別院にて人を喚ぶ声」(王建「長門」)、「早に雨露の翻って相い誤るを知らば、只ら荊の簪を挿して匹夫に嫁したるに」(劉得仁「長門怨」)、「珊瑚の枕上に千行の涙、是れ君を思うにあらず 是れ君を恨むなり」(李紳「長門怨」)等々と詩人に描写されている。唐代の人は「宮怨」「婕妤怨」「長門怨」「昭陽怨」などの類の詩詞を大量に作っており、その大半は詩人が后妃になぞらえて作ったものであるが、じつに的確に后妃たちの苦悶と幽怨の気持とを表している。これらの作品を貴婦人たちの有りもしない苦しみの表現と見なすべきではない。これらには彼女たちの、宮中での不自然な夫婦生活に対する怨み、民間の普通の夫婦に対する憧れがよく表現されている。女性として彼女たちが抱く怨恨と憧憬は、自然の情に合い理にかなっている。

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

(訴衷情五首其の四)

金風 輕く碧の紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。

倚りて枕臥し,恨みは何ず,山にして小屏に霞を掩う。

雲雨 娃も別る,想うに容華なり。

夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。

 

訴衷情五首其五

(この詩は若さと魅力を発揮して君王から寵愛を得ようとして春はよかったが、そのごはちょうあいは無くなった宮女を詠ったもの)その五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

春になればあの方と夜を過ごしたいと思う気持ちが強くなり、若さに負けてはと、しっかりと化粧を施し、眼もとを化粧し、頬に紅をさした、宮女は嫉妬していても人をゆるすこと、楽しむことを求められる。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

星のえくぼは頬に小さくあり、宝飾の耳飾りが揺れる。思いが叶って、幾度も共にこの春の歓楽の約束を果たしてもらって、酔いしれる。

別後憶纖腰,夢魂勞。

その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。

(訴衷情五首其の五)

春情 眼に滿ち 臉 綃に紅し,嬌妬 人饒すを索む。

星靨 小さく,玉璫搖れ,幾たびか共にして 春朝を醉う。

別後 纖腰を憶い,夢魂 勞す。

今の如し 風葉 又た蕭蕭たり,恨 迢迢たり。

 

長安皇城宮城00
 

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

 

(下し文)

(訴衷情五首其の五)

春情 眼に滿ち 臉 綃に紅し,嬌妬 人饒すを索む。

星靨 小さく,玉璫搖れ,幾たびか共にして 春朝を醉う。

別後 纖腰を憶い,夢魂 勞す。

今の如し 風葉 又た蕭蕭たり,恨 迢迢たり。

 

(現代語訳)

(この詩は若さと魅力を発揮して君王から寵愛を得ようとして春はよかったが、そのごはちょうあいは無くなった宮女を詠ったもの)その五

春になればあの方と夜を過ごしたいと思う気持ちが強くなり、若さに負けてはと、しっかりと化粧を施し、眼もとを化粧し、頬に紅をさした、宮女は嫉妬していても人をゆるすこと、楽しむことを求められる。

星のえくぼは頬に小さくあり、宝飾の耳飾りが揺れる。思いが叶って、幾度も共にこの春の歓楽の約束を果たしてもらって、酔いしれる。

その時を過ごして別れたら、あのお方は、若い繊細な細腰美人のことを思うので、夢と魂が悩むことになる。

今や風に舞うこの葉のようであり、また、もの寂しく感じられ、恨みはもうはるか遠くへやり去った。

霓裳羽衣舞001
 


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13魏承班《巻九08訴衷情五首其四》『花間集』410全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7314

魏承班  訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。夢成幾度遶天涯,到君家。

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

巻九08

訴衷情五首其四

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》410巻九08

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7314

 

 
  2016年2月9日 の紀頌之5つのBlog  
  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場  
  Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
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韓愈128《 巻01-13南山詩 -#20》 韓愈(韓退之) 806年貞元22年 39歳-(1)<1667> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7311  
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皇后、宮女などについて。―――「内職」制度、「内官」制度 ―――

(1) 彼女たちはいったん年老いて容色が衰え、婚期を逸すると、宮中を退いてから嫁に行くのは容易でなく、また芸を売るのはさらに難しかった。それでほとんどの宮妓が尼か女道士となって、孤独と貧寒の中で残生のけりをつけなければならなかった。

宮廷の名妓粛煉師は寺観の中で一生を終えたし、有名な歌妓永新は当時皇帝から光栄ある寵愛をこうむっていたが、安史の乱の後、宮中を出て一人の読書人に付き従い、その読書人が死んだ後は母とともに長安に帰り、乱世の中で老いて死んだ(『楽府雑録』「歌」)。

(2) 古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭嬢、修儀、修容、修嬢、充儀、充容、充媛各一人)、婕妤九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬢」 - 皇帝の妾とされた。

 

(3) 后妃たちの生活は富貴であり、また賛沢でもあった。彼女たちは衣食の心配の必要はなく、内庫(宮中の資材課)が必要なもの一切を支給した。后妃たちの生活は優閑かつ安逸なもので、終日飽食し何もしないで遊びくらした。もちろん、時には彼女たちも形ばかりの仕事をしなければならなかった。たとえば恒例となっている皇后の養蚕の儀式や六宮(皇后の宮殿)での繭を献ずる儀式を主催し参加すること - これは天下の婦女に率先して養蚕事業の範を示すことを意味していた。

 

(4) 形式的な「公職」以外で、彼女たちの生活の最も重要なことは、言うまでもなく皇帝の側に侍り、外出の御供をすることであった。彼女たち自身の私的な生活はと言えば、ただいろいろな娯楽、遊戯を思いついては日時をすごし、いかにして孤独と退屈をまざらわすかということに尽きる。「内庭の嫁妃は毎年春になると宮中に三人、五人と集まり、戯れに金銭を投げ表裏を当てて遊んだ。これは孤独と苦悶の憂さを晴らすためであった」、「毎年秋になると、宮中の妃妾たちは、美しい金製の小龍に蟻蝉を捉えて閉じ込め、夜枕辺に置いて、その鳴き声を聴いた」(王仁裕『開元天宝遺草』巻上)。これらが彼女たちの優閑無柳の生活と娯楽や気晴らしのちょっとした描写である。

 

(5) 富貴、栄達、優閑、快適 - 彼女たちは、こうした人の世のすべての栄耀栄華を味わい尽したのであるから、唐代に生きた多くの女性たちの中では幸運な人々といわざるをえない。しかしながら、彼女たちにもまた彼女たちなりの不幸があった。彼女たちの運命は極めて不安定であり、一般の民間の女性に比べると、より自分の運命を自分で決める力がなかった。なぜなら、彼女たちの運命はきわめて政治情勢の衝撃を受けやすかったからであり、またその運命は最高権力者の一時の寵愛にすべて係っていたからである。

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

魏太尉承班 《訴衷情五首》

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

(訴衷情五首其の四)

金風 輕く碧の紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。

倚りて枕臥し,恨みは何ず,山にして小屏に霞を掩う。

雲雨 娃も別る,想うに容華なり。

夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。

 

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

 

花間集 白梅
 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。

夢成幾度遶天涯,到君家。

 

 

(下し文)

(訴衷情五首其の四)

金風 輕く碧紗を透すは,銀釭 焰 影斜めなるを。

倚りて枕臥し,恨みは何ず,山にして小屏に霞を掩う。

雲雨 娃も別る,想うに容華なり。

夢成り 幾度か天涯を遶り,君の家に到る。

 

 

(現代語訳)

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

寄り添い枕に横になる、恨みはどんなにも有り余るほどで、女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

紅梅202

 

(訳注)

訴衷情五首其四

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その四

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

金風輕透碧  銀釭焰影
倚枕臥 恨何  山掩小屏
雲雨別  想容
夢成幾度遶天涯  到君

○△△●●?○  ○○●●○

△△● ●△○  ○●●△○

○●●○○  ●○△

△○△●●○○  ●○○

 

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

黄金の飾りが揺れる軽やかに風が吹き、東の緑の枠の窓にうす絹にすけている、銀の雁も方の燭台の焔は斜めに影を映す。

21 釭 【かりも】. 車軸による磨滅を防ぐために車の轂(こしき)の中にはめる鉄管。かりもの形をした燭台。

 

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

寄り添い枕に横になる、恨みは何と緩やかなものであり、宮女はただ横になり閨には香が霞のように広がる。

22 倚枕臥 屏風に倚りかかり、寝牀に横になる、ここは時間の経過をいう。

23 恨何 恨みは何と緩やかなものであり、ここの女性は、恨んだり、嫉妬することは許されない。

24 山掩小屏霞 ここの山は女性が横たわって動かないでいること、しかし寵愛を受けていた時と同じように身支度、準備等をしていることをいう。

 

雲雨別娃,想容華。

朝、雲となり夕べには雨になるほどに寵愛を受けた娃でさえも別れた、それも思うに、若くて容姿も美しく花のようであったというのに。

25 雲雨 ① 雲と雨。 〔三国志 呉書周瑜伝〕 (雲や雨を得て竜が昇天するように)大事をなす機会。 朝雲暮雨(ちよううんぼう) 」に同じ。雲雨:男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝、巫山の雲となり夕べには雨になるという故事からきている。

宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの(か))があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りといった感じのものではなく、もっと、気楽な契りをいう。

杜甫『水檻遣心二首』其の2 「蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。」楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが蜀では夜雨が降る。

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

李商隠『細 雨』「帷飄白玉堂、簟巻碧牙牀。楚女昔時意、蕭蕭髪彩涼。」(やわらかに風に翻るとばりは、白い玉の輝く堂を包んでいる。あるいは竹の敷物は、冷やかに碧く光る象牙の牀に拡げられている。巫山の神女はその身をささげたあの時の気持ちを秘めて今もいる、粛々と黒髪を一層色濃くし涼やかにしている。

これまでの李商隠の雨を主題にした詩
7
 無題(颯颯東風細雨來)
8 無題 (昨夜星辰昨夜風)
53 夜雨寄北
71 風雨
76 細雨(帷飄白玉堂) 李商隠特集

77 春雨 李商隠特集
78
細雨(瀟洒傍廻汀)  李商隠
79
七月二十八日夜與王鄭二秀才聽雨後夢作

など
雨を主題とした詠物詩。この詩には「雨」の語を出さず、比喩を連ね、比喩から連想されるイメージを繰り広げる手法がとられている。

 

26 娃本名孟姚,戰國時代趙國國君趙武靈王の妃子。 ①美しい。女性の姿がすっきりと際立ってよいさま。(=佳) ②美人。 ③赤ん坊。

恵文王(けいぶんおう、 紀元前310 - 紀元前266年)は、中国戦国時代の趙国の第7代の君主(在位:紀元前298 - 紀元前266年)。趙で最初に王号を称した。姓は嬴、氏は趙、諱は何。武霊王の子(武霊王の王号は追号)、弟に平原君がいる。

 

夢成幾度遶天涯,到君家。

これまで夢は幾度もかなったのは、空の果てまでめぐることが出来たのだから、君のお住まいに行くことは容易いことだ。

27 天涯 1 空のはて。「彗星が―から来って」〈魯庵・社会百面相〉2 故郷を遠く離れた地。

28 遶/ 1 まとう。まつわる。「纏 (てんじょう)2 めぐる。

大明宮の圖003
 


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13魏承班《巻九07訴衷情五首其三》『花間集』409全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7309

魏承班  訴衷情五首其三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

巻九07

訴衷情五首其三

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》409巻九07

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7309

 

 

 

 
  2016年2月8日 の紀頌之5つのBlog  
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魏太尉承班 《訴衷情五首》

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

訴衷情五首其四

金風輕透碧紗,銀釭焰影斜。

倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。

雲雨別娃,想容華。

夢成幾度遶天涯,到君家。

 

訴衷情五首其五

春情滿眼臉紅綃,嬌妬索人饒。

星靨小,玉璫搖,幾共醉春朝。

別後憶纖腰,夢魂勞。

如今風葉又蕭蕭,恨迢迢。

大明宮の圖003
 

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

 

(下し文)

(訴衷情五首其の三)

銀漢 雲晴れ 玉漏 長ず,蛩聲 畫堂を悄す。

筠簟冷く,碧牎 涼し,紅 淚 香を飄す。

皓月 寒光を瀉ぎ,人腸を割く。

那ぞ獨り自ら池塘を步くを堪えん,鴛鴦に對すを。

 

(現代語訳)

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

 

(訳注)

訴衷情五首其三

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その三

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

銀漢雲晴玉漏  蛩聲悄畫
筠簟冷 碧牎  
皓月瀉寒  割人
那堪獨自步池  對鴛

○●○○●●△  ○○●●○

○●△ ●○△  ○●●○○

●●●○△  ●○○

△○●●●○○  ●○○

 

 

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

夏の夜、天の川が横たえ、雲は晴れ渡って宮中の夜更けの時を長く告げるたのしいときをすごす。蟋蟀の声が啼いているけれど、綺麗な画樓の御殿にはとどかない。

銀漢 天の川。銀河。天漢。《季 秋》銀漢 あまのがわ。銀河・経河・河漢・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。《季 秋》

詩経の大雅•棫樸、「倬彼雲漢、爲章于天。」小雅大東などに雲漢,銀河,天河がみえる。古詩十九首之十「迢迢牽牛星、皎皎河漢女。」、謝霊運(康楽) 『燕歌行』「誰知河漢淺且清,展轉思服悲明星。」、李商隠『燕臺詩四首 其二』 「直教銀漢堕懐中、未遣星妃鎭來去。」七夕伝説では、織女星と牽牛星を隔てて会えなくしている川が天の川である。二人は互いに恋しあっていたが、天帝に見咎められ、年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うことになった。秦州抒情詩(7)  天河 杜甫 <292> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1343 杜甫詩 700- 412

鳳城 丹鳳城、長安城の皇城、大明宮をいう。皇城の丹庭、丹階、鳳凰が棲むとされたことでいう。長安城は、星座による儀礼の確立、方位、宇宙観によって築かれたものであるから、この詩の表現となる。

 

玉漏 古代の時計の美しいものをいう。

蛩聲 .蟋蟀の鳴き声。

 失敗や失望でがっかりして、元気がなくなる。

 

筠簟冷,碧牎涼,紅淚飄香。

あのお方が来なくなっても、独りで過ごすには青竹の皮で作られた簟のシーツは冷たく感じられるようになり、緑の天窓は涼しすぎるようになった。眠りに着けず蝋燭の火は紅く、涙が流れお香は風に流される。(君王の思いやりがなくなってきたことを示す。)

:竹(の青い皮):細く割った竹や籐(とう)で編んだむしろ。夏の敷物。《季 夏》

 てんまど。

 蝋燭の俗字。

 

皓月瀉寒光,割人腸。

秋が深まり、明るく照り輝く月は放射冷却の寒さとなり、人恋しさに腸がさかれる思いがする。

皓月 明るく照り輝く月。明月。

 [そそぐ]1 流れそそぐ。「瀉出/一瀉千里」2 からだの外に流し出す。「瀉下・瀉血・瀉剤・瀉痢/水瀉・吐瀉」[難読]沢瀉(おもだか)

 

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

もうこれからは気を紛らわせることで、ひとり池堤を散歩しよう、どんなことがあっても耐えてゆくことになるだろう。たとえ鴛鴦が仲良くするようなものを見ても。

 

 

訴衷情五首其三

銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。

筠簟冷 碧牎涼,紅淚飄香。

皓月瀉寒光,割人腸。

那堪獨自步池塘,對鴛鴦。

長安城図 作図00
 

13魏承班《巻九06訴衷情五首其二》『花間集』408全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7304

魏承班  訴衷情五首其二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

鬢亂墜金釵,語檀隈。臨行執手重重囑,幾千迴。

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

巻九06

訴衷情五首其二

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》408巻九06

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7304

 

 
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『花間集』 このブログで花間集全詩、訳注解説します。

7)魏承班十五首 鹿虔扆六首 閻選八首 尹鶚六首

 

 

ID

作品名

作者

 

 

■ 魏太尉承班(魏承班【ぎしょうはん】)十五首

 

 

 

1

八巻

菩薩蠻二首其一

魏承班

 

 

2

八巻

菩薩蠻二首其二

魏承班

 

 

3

九巻

滿宮花一首

魏承班

 

 

4

九巻

木蘭花一首

魏承班

 

 

5

九巻

玉樓春二首,其一

魏承班

 

 

6

九巻

玉樓春二首,其二

魏承班

 

 

7

九巻

訴衷情五首,其一

魏承班

 

 

8

九巻

訴衷情五首,其二

魏承班

 

 

9

九巻

訴衷情五首,其三

魏承班

 

 

10

九巻

訴衷情五首,其四

魏承班

 

 

11

九巻

訴衷情五首,其五

魏承班

 

 

12

九巻

子二首,其一

魏承班

 

 

13

九巻

子二首,其二

魏承班

 

 

14

九巻

黃鐘樂一首,

魏承班

 

 

15

九巻

漁歌子一首

魏承班

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

 

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

 

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其二

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

鬢亂墜金釵,語檀隈。

臨行執手重重囑,幾千迴。

 

(下し文)

(訴衷情五首其の二)

春深く 花 小樓臺に簇る,風飄 錦繡開く。

新たに睡から覺め,步めば香堦に,山枕 紅腮に印す。

鬢亂 金釵墜ち,檀隈に語る。

臨行して執手 重重の囑,幾千迴る。

 

(現代語訳)

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)その二

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

大明宮の圖003
 

 

(訳注)

訴衷情五首其二

(この詩は君王から寵愛が無くなった宮女のおもいを詠ったもの)

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

春深花簇小樓  風飄錦繡
新睡覺 步香  山枕印紅
鬢亂墜金釵  語檀
臨行執手重重囑  幾千

○△○●●○○  △○●●○

○●● ●○○  ○△●○○

●●●○○    ●○△

△△●●△△●  △○△

凌波曲舞002
 

春深花簇小樓臺,風飄錦繡開。

春景色は深まり、花は宮女の居る楼閣の望み台に集まっている、風は廻っていて錦の幃、刺繍のとばりを開く。

 [音]ソウ(漢) ゾク(慣) [訓]むらがる群がり集まる。「簇出・簇生」

 

新睡覺,步香堦,山枕印紅腮。

昼寝をして目を覚ますと、少し歩いて犬走りの階段のとこまでお香の香りが届いている。起きて少し経つのに、枕の寝跡が顎から頬にかけてついている。

 1.階段.2等級,レベル.

紅腮 えら【鰓/腮/顋】1 水中にすむ動物の呼吸器官。魚類のものは、ふつう櫛(くし)の歯のような鰓弁(さいべん)に毛細血管が分布し、これに触れる水から酸素をとり、二酸化炭素を出す。2 人のあごの骨の左右に角をなす部分。えらぼね

 

鬢亂墜金釵,語檀隈。

髪は少し乱れたままだし簪が落ち掛けている。話すことは、白檀の寝牀の影での独り言をする。

香木の名。「檀香/栴檀(せんだん)・白檀(びゃくだん)」2 ニシキギ科の落葉樹の名。マユミ。「檀紙」3 梵語の音訳字。布施。「檀家・檀那」〈タン〉木の名。「黒檀・紫檀」

ニシキギ科の落葉低木。山野に生え、葉は楕円形で、対生。雌雄異株。初夏、緑白色の小花が集まって咲き、果実はほぼ四角形で、熟すと四つに裂けて赤い種子が現れる。古くは材で弓を作った。やまにしきぎ。かわくまつづら。《季 花=夏 実=秋》

(「檀弓」とも書く)マユミの木で作った弓。

(かさね)の色目の名。表は蘇芳(すおう)、裏は黄。多く秋に用いる。

 

臨行執手重重囑,幾千迴。

あのころは、あの方に臨行して手を取ってもらって手厚くされ、かさねがさね目をつけられる、そんなことがもう幾千回あったのだ。(それが永遠に続くと思っていた。)

臨行 身分の高い人が出かけて行ってその場に臨むこと。

重重 1 同じことを何度も繰り返すさま。かさねがさね。「の不始末、なにとぞお許しください」2 十分であるさま。よくよく。「

囑 1 ものを頼む。「嘱託/依嘱・委嘱」2 目をつける。「嘱望・嘱目」

13魏承班《巻九05訴衷情五首其一》『花間集』407全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7299

魏承班  訴衷情五首其一

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。煙露冷,水流輕,思想夢難成。

羅帳裊香平,恨頻生。思君無計睡還醒,隔層城。

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

巻九05

訴衷情五首其一

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》407巻九05

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7299

 

 

 
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《体型》

唐代の絵画、彫像に出てくる女性の姿を見ると、彼女たちはみな確かに顔は満月のようにふくよかであり、からだは豊満でまるまるとしている。そして、あの軍服を着て馬に乗って弓を引く女性は、特に堂々とした勇敢な姿を示しており、痩せて弱々しい姿はほとんど見られない。これはまさに唐代の人々の審美観と現実の生活そのものの反映であった。唐代第一の美人楊玉環(楊貴妃)は豊満型の美人であり、漢代の痩身型の美人趨飛燕と並んで、「燕は痩せ環は肥え」といわれ、美人の二つの典型と称された。

このような美意識は、唐代の社会生活と社会の気風から生れた。というのは、唐代の物質生活は比較的豊かであったから、身体がふっくらとした女性が多くいたのである。また社会の気風は開放的であり、北朝の尚武の遺風を受け継ぎ、女性は家から出て活動することもわりに多く、また常に馬に乗って矢を射る活動にも加わっていた。それで、往々女性は健康的で楓爽たる姿をしていたのである。こうした現実が人々の審美観に影響し、そしてこの審美観と時代の好みとが、逆に女性たちにこの種の美しさを極力追求させたのである。少なくとも「楚王、細き腰を好む」ために、食を減らすといったことはなかった。これによって、女性は健康で雄々しくかつ豊満であるといった傾向が助長されたのである。

* 『筍子』等に、昔、楚の霊王は腰の細い美人を好んだ。それで宮中の女性は食を減らし餓死したという故事がある。

審美観と密接な関係がある服装と化粧は、女性の生活の重要な一部分であった。この方面の論文や著書はたいへん多いが、ここでは、すでに発表された著作のうち、主として孫機先生の「唐代婦女の服装と化粧」(『文物』一九八四年第四期)と題する一文によって簡単に紹介し、その後で、唐代女性の服装と化粧について、少しばかり私の意見を述べようと思う。

 

《服装と化粧》

 ―服装

唐代の女性の服装は、貴賎上下の区別なく、だいたいにおいで杉(一重の上着)、裾(スカート)、岐(肩かけ)の三つからなっていた。上着の衫のすそは腰のあたりで裙でとめる。裙はたいていだぶだぶとして大きく、長くて地面をひきずるほどであり、普通六幅(一幅は二尺二寸)の布で作られた。肩に布をかけるが、これを「帔服」といい、腰のあたりまでゆったりと垂れている。また、常に衫の上に「半臂」(袖の短い上着)をはおったが、これはかなり質のよい布で作り、主に装飾のためのものであった。足には靴か草履をはいたが、これらは綿布、麻、錦帛、蒲などで作られていた。

 

―化粧

唐代の女性は、化粧にたいへん気をつかった。普通は、顔、胸、手、唇などに白粉や頬紅をつけ、また肌を白くし、あるいは艶やかにしたが、それ以外に眉を画くことをことのほか重視した。眉毛の画き方はたいへん多く、玄宗は画工に「十眉図」を描かせたことがあり、それらには横雲とか斜月などという美しい名称がつけられていた(『粧楼記』)。ある人は、唐代の女性は眉毛の装飾に凝り、それはいまだかつてなかった水準に達したと述べている。その他、彼女たちは額の上に黄色の粉を塗り、それを「額黄」「花蕊」「蕊黄」といった。また、金箔や色紙を花模様に切り抜いて両眉の間に貼るのが流行り、「花細」、「花子」などと呼んだ。その他、両頬に赤、黄の斑点、あるいは月や銭の図柄を貼るケースもあり、これは「粧靨」靨はえくぼの意)といった。

唐の玄宗皇帝が画工に命じて描かせた《十眉図》に見られるように,鴛鴦眉(八字眉),小山眉(遠山眉),五嶽眉,三峯眉,垂珠眉,月稜眉(却月眉),分稍眉,涵烟眉,払雲眉(横烟眉),倒暈眉の10種類であった。唐の末期には〈血曇粧〉といって目の縁を赤紫に彩った化粧がはやった。

 

 ―髪型

髪型はさらに豊富多彩で、段成式の著作『髻鬟品』 には、多種多様の髪型が列挙されている。たとえば、半翻髻【はんほんけい】、反綰髻【はんわんけい】、楽游髻、双環望仙髻、回鶻髻、愁来髻、帰順髻、倭堕髻など。髻の上に、色々な宝石や花飾りの簪を挿したり、歩揺(歩く度に美しく揺れ光る髪飾り)を着けたり、櫛を挿したりして飾った。それらは、貧富や貴賎によって定まっていた。

衣服、装飾などはきわめて墳末な物ではあるが、かえって一滴の水と同じょうに、往々にして社会の多種多様の情況をよく映し出すことができた。唐代の女性の服飾もその例に漏れない。そこに浮かび上がる特色もまた、まさに唐代という社会の諸相を映し出す映像そのものであった。

 

 

一 胡装

胡服を着て胡帽を被る ー 「女が胡の婦と為り胡敏を学ぶ」(元横「法曲」)、これは唐代女性の特別の好みの一つであった。唐代の前期には、女性が馬に乗って外出する際に被った「帯解」(頭から全身をおおうスカーフ)は、「戎夷」(周辺の蛮族)から伝わった服装であった。また、彼女たちは袖が細く身体にぴったりした、左襟を折り返した胡服を好んで着た。盛唐時代(開元〜大暦の間)には、馬に乗る時に胡帽をかぶるのが一時流行した。胡服・胡帽の姿は絵画や彫刻、塑像の中で、随所に見ることができる。

彼女たちは、また胡人の化粧をも学んだ。ファッション

「新楽府」「其三十五 時世妝」 白居易

時世妝,時世妝,出自城中傳四方。

時世流行無遠近,腮不施朱面無粉。

烏膏注唇唇似泥,雙眉畫作八字低。

妍媸黑白失本態,妝成盡似含悲啼。

圓鬟無鬢堆髻樣,斜紅不暈赭面狀。

昔聞被發伊川中,辛有見之知有戎。

元和妝梳君記取,髻堆面赭非華風。

 

時世の妝 時世の妝、城中より出でて四方に傳はる。

時世の流行 遠近無し、腮に朱を施さず面に粉無し。

烏膏唇に注(つ)けて唇泥に似たり、雙眉畫きて八字の低を作す。

妍媸 黑白 本態を失し、妝成って盡く悲啼を含めるに似たり。

圓鬟(かん)鬢無く堆髻の樣、斜紅暈せず赭面の狀。

昔聞く 被髪伊川の中、辛有之を見て戎有るを知る。

元和(806820年)の妝琉(顔の化粧、髪型) 君 記取よ、髻椎、面赭は華風に非ざるを。

 

流行の化粧は、都会から出て四方に伝わる、時勢の流行には近在も遠方もない、頬紅をささず顔に白粉を塗らぬ、黒い油を口に塗って泥を見るようだ、眉を書けば八の字に垂れ下がって見苦しい(時世妝:流行の化粧法、腮:顎から頬にかけて)

美醜と黒白がひっくり返って、化粧した顔は泣きべそ顔だ、丸髷にはふくらみがなくさいづちまげのようだし、頬紅はぼかしてないのでまるで赤ら顔だ(妍媸:美醜、含悲啼:泣きべそ顔、圓鬟:丸髷、堆髻:さいづちまげ、胡人の女が結ぶ、斜紅:斜めに引いた頬紅、赭面:赤ら顔)

昔のことに、髪をふり乱した者たちが伊川で踊っているのを見て、辛有はその地が戎の地だといったというではないか、元和の流行の化粧について記録しておいてほしい、さいづちまげや赤ら顔は華風ではないと(被髪:髪を振り乱す、妝梳:化粧とヘアスタイルのこと)

 

 

同時代に流行したファッションを批判したもの。都の人々が中国固有の化粧やヘアスタイルを捨てて、戎の風俗にしているという内容で、白居易は中国風でない化粧や髪型の流行を慨嘆している。こうした胡服や胡粧は大半が北方と西北の遊牧系少数民族から伝わってきた。服装と装飾が胡族化したことは、まさに強盛な大帝国が率先して外来文化を吸収したことを、最も良く示す現象である。

唐代の人々には、宋代の人のような「〔中華の〕遺民 涙尽く 胡塵の裏」(陸游「秋夜将に暁に籬門を出で涼を迎えんとして感有り」)といった亡国の痛みはなかったので、当然にも胡服や胡粧によって中華の中心たる中原が胡化するとか、生臭い土地に変り「蛮夷」 の邦になるといった恐れや心配は全く頭に浮かんではいない。ただ唐の中期になり、「胡騎 煙塵を起こす」というようになると、始めて「女が胡の婦と為り胡敏を学ぶ」(元稹「法曲」)のは乱国の兆であると、悲しみ嘆く人が出てきた。国勢が衰退したので、統治者の自信が揺らいだのである。女性からすると、一瞥の女卑からの解放、自由な外出へと、社会的な大変革をもたらすものであった。これは、文化的頽廃、性倫理の変貌と有機的に化学反応したものである。

 

 

二 戎装と男装

唐代の女性、とりわけ宮廷の女性は、常に戎装(軍装)と男装を美しいものと考えていた。高宗の時代、太平公主は武官の服装をして宮中で歌舞を演じたことがある。また、武宗の時代、王才人は武宗と同じ服を着て一緒に馬を駆って狩りをした。それで天子に上奏する人はいつもどちらが天子か見まちがったが、武宗はそれを面白がった。宮女たちが軍服を着たり、男装するのは全く普通のことだった。「軍装の宮妓、蛾を掃くこと浅し」(李賀「河南府試十二月楽詞」)、「男子の衣を着て靴をはく者がいる。あたかも奚、契丹の服のようである」(『新唐書』車服志)などの記録はたいへん多い。絵画や彫像の中にはさらに多くの戎装、男装の宮女の姿を見ることができる。こうした風潮は民間にも伝わり、妓女や俳優(役者)たちも常に「装束 男児に似たり」(李廓「長安少年行」)といわれ、また「士流(士人階級)の妻は、あるいは大夫の服を着、あるいはまた男物の靴、衫(上着)、鞭、帽子などを用いて、妻も夫も身仕度が同じだった」(『大唐新語』巻十)といわれている。男女が同じ服を着て、妻と夫の区別も無いとは、本当に平等な感じがする。こうした風潮が生れたのは、社会の開放性と尚武の気風があったからにはかならない。当時の若干の保守的な人々は、男女の服装に違いがなく、陰陽が逆さまになっている情況に頭を横に振りながら、「婦人が夫の姿になり、夫は妻の飾りとなっている。世の中の顛倒でこれより甚だしいものはない」(『全唐文』巻三一五、李華「外孫崔氏二孩に与うる書」)と慨嘆した。これぞまさしく、女性が男装する風潮は封建道徳の緩みであると説明する直接的表現ではないか。

 

 

 

花間集 教坊曲《訴衷情》 十三首

溫庭筠

《巻二04訴衷情二首其二》 花半坼,雨初晴。未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。宿粧眉淺粉山橫,約鬟鸞鏡裡,繡羅輕。訴衷情鶯語花舞春晝午,雨霏微。

溫庭筠

《巻二05訴衷情二首其二》 鶯語花舞春晝午,雨霏微。金帶枕,宮錦,鳳凰帷。柳弱蜨交飛,依依。遼陽音信稀,夢中歸。思帝

韋莊

巻三17訴衷情二首其一燭燼香殘簾半捲,夢初驚。花欲謝,深夜,月朧明。何處按歌聲,輕輕。舞衣塵暗生,負春情。

韋莊

巻三18訴衷情二首其二碧沼紅芳煙雨靜,倚蘭橈。垂玉珮,交帶,裊纖腰。鴛夢隔星橋,迢迢。越羅香暗銷,墜花翹。

毛文錫

巻五30訴衷情二首其一桃花流水漾縱橫,春晝彩霞明。劉郎去,阮郎行,惆悵恨難平。愁坐對雲屏,算歸程。何時攜手洞邊迎,訴衷情。

毛文錫

巻五31訴衷情二首其二鴛鴦交頸繡衣輕,碧沼藕花馨。隈藻荇,映蘭汀,和雨浴浮萍。思婦對心驚,想邊庭。何時解珮掩雲屏,訴衷情。

顧夐

巻七20訴衷情二首其一香滅簾垂春漏永,整鴛衾。羅帶重,雙鳳,縷黃金。外月光臨,沉沉。斷腸無處尋,負春心。

顧夐

巻七21訴衷情二首其二永夜人何處去,來音。香閣掩,眉斂,月將沉。怎忍不相尋?鴛孤衾。換我心為你心,始知相憶深。

魏承班

《巻九05訴衷情五首其一》  高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。煙露冷,水流輕,思想夢難成。羅帳香平,恨頻生。思君無計睡還醒,隔層城

魏承班

《巻九06訴衷情五首其二》  春深花簇小樓臺,風飄錦開。新睡覺,,山枕印紅腮。鬢亂墜金釵,語檀隈。臨行執手重重囑,幾千迴

魏承班

《巻九07訴衷情五首其三》  銀漢雲晴玉漏長,蛩聲悄畫堂。簟冷,碧涼,紅䗶淚飄香。皓月瀉寒光,割人腸。那堪獨自池塘,對鴛鴦

魏承班

《巻九08訴衷情五首其四》  金風輕透碧紗,銀釭影斜。倚枕臥,恨何,山掩小屏霞。雲雨別娃,想容華。夢成幾度遶天涯,到君家。

魏承班

《巻九09訴衷情五首其五》  春情滿眼臉紅,嬌妬索人饒。星靨小,玉搖,幾共醉春朝。別後憶纖腰,夢魂勞。如今風葉又蕭蕭,恨迢迢

 

魏太尉承班 《訴衷情五首》

 

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

 

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

tsuki001
 

 

 

『訴衷情五首』 現代語訳と訳註

(本文)

訴衷情五首其一

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

羅帳裊香平,恨頻生。

思君無計睡還醒,隔層城。

 

(下し文)

(訴衷情五首其の一)

高歌 宴罷り 月 初めて盈つ,詩情は恨情を引く。

煙露 冷やかに,水流 輕やかに,思想 夢 成り難し。

羅帳 裊香 平らかに,恨み 頻に生づ。

君を思い 計無く 睡 還た醒め,層城を隔つ。

興慶宮002
 

(現代語訳)

訴衷情五首其一(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

 

(訳注)

訴衷情五首其一

(この詩は君王から寵愛が無くなった、それでも思い続ける妃嬪のおもいを詠ったもの)

『花間集』には魏承班の作が五首収められている。単調四十一字、九句六平韻で、⑦⑤③③⑤ ⑤③⑦③の詞形をとる。

高歌宴罷月初  詩情引恨
煙露冷  水流輕 思想夢難 

羅帳裊香平 恨頻  

思君無計睡還 隔層

○○●△●○○  ○○●●○

○●△  ●○△ △●△△○ 

○●●○○   ●○△ 

△○○●●○△ ●○○

 

高歌宴罷月初盈,詩情引恨情。

念奴の声は、高らかに歌い上げて酒宴はたけなわになり、やがて宴は終る頃月は初めて上空にあがっている。詩を作るその気持ちは恨みの感情に吸引されるものであった。

高歌宴罷月初盈 唐の玄宗の妃賓、念奴のことを言う。『開元天宝遺事』に見える。容貌に優れ、歌唱に長け、官妓の中でも、玄宗の寵愛を得ていた。玄宗の近くを離れたことがなく、いつも周りの人々を見つめていて、玄宗に「この女は妖麗で、眼で人を魅了する」と評された。その歌声は、あらゆる楽器の音よりもよく響き渡ったと伝えられる。唐代詩人の元稹の「連昌宮詞」に、玄宗時代の盛時をあらわす表現として、玄宗に命じられた高力士が、彼女を呼び、その歌声を披露する場面がある。清代の戯曲『長生殿』にも、永新とともに、楊貴妃に仕える侍女として登場する。

 

煙露冷,水流輕,思想夢難成。

冷気は靄に、露が辺りに降りてきた。江水の流れは軽やかに流れる。思い続けていることは、もう夢が現実になることはない。

 

羅帳裊香平,恨頻生。

うす絹のとばりの内側には緩やかにお香がゆれ、立ち上って閨に水平に広がっている。心はというと、やっぱり恨みが頻りに生れてくる。

羅帳裊香平 妃嬪は、寵愛を失っても寵愛を受ける準備だけは毎日することを言う。 

 

思君無計睡還醒,隔層城。

君王を思う気持ちを取り戻すには、はかりごとなどない、眠ったかとも思えば、また、おきあがる。もうこんなことの繰り返しをするだけの生活である。君王の宮城からは幾重にも屋根が隔ててしまった。

層城 九重の後宮。
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13魏承班《巻九04玉樓春二首其二》『花間集』406全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7294

魏承班  玉樓春二首 其二

輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。

玉斝滿斟情未已,促坐王孫醉公子。春風筵上貫珠勻,豔色韶顏嬌旖旎。

(初めての園游にすぐに指名された妓優、念奴はわけのわからないうちに初めての夜を過ごす、永新と呼ばれる妓優も夢見心地の生活を詠う。)

袖をたくし上げて、やっと美しい眉を画き化粧をやり直して微笑白い歯が素敵だ。鶯が一つの枝にとまってささやきあい、花が咲き乱れ、花陰のもとに宴が催される。宴は盛り上がると、歌声は遠く澄みわたり、空を流れ行く雲までもおしとどめるほどのすばらしい歌声である。そして、人払いがなされて、誰もいない、静寂が広がる、色で描かれた梁の上には光さえ届かずついぞその塵が初めて二人の愛の強さで動く。耀く盃にお酒を注いでかよい合う情をいまだに消えはしない。高貴なお方の子孫であり、諸侯の子息であるお方とひざを詰めて酔いしれる。春の風流な景色は勤政楼花筵の宴の上にあり、真珠を揃え一聯として垂らされる。艶やかな若さあふれる青春真っただ中の美しい顔立ち、その上やわらくて麗しく、そして愛嬌があるのである。

巻九04

玉樓春二首其二

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》406巻九04

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7294

魏承班 玉樓春二首

 
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花間集 教坊曲《玉樓春》 七首

牛嶠

《巻四24玉樓春》 春入橫塘搖淺浪,花落小園空惆悵。此情誰信為狂夫,恨翠愁紅流枕上。小玉前嗔鷰語,紅淚滴穿金線縷。鴈歸不見報郎歸,織成錦字封過與

顧夐

《巻六48玉樓春四首其一》 月照玉樓春漏促,颯颯風搖庭砌竹。夢驚鴛被覺來時,何處管絃聲斷續。惆悵少年游冶去,枕上兩蛾攢細綠。曉鶯簾外語花枝,背帳猶殘紅燭。

顧夐

《巻六49玉樓春四首其二》 柳映玉樓春日晚,雨細風輕煙草軟。畫堂鸚鵡語雕籠,金粉小屏猶半掩。香滅繡幃人寂寂,倚檻無言愁思遠。恨郎何處縱疎狂,長使含啼眉不展。

顧夐

《巻六50玉樓春四首其三》 月皎露華影細,風送菊香粘繡袂。博山爐冷水沉微,惆悵金閨終日閉。懶展羅衾垂玉淚,羞對菱花篸寶髻。良宵好事枉教休,無計那他狂耍壻。

顧夐

《巻六51玉樓春四首其四》 拂水雙飛來去鷰,曲檻小屏山六扇。春愁凝思結眉心,綠綺懶調紅錦薦。話別情多聲欲戰,玉筋痕留紅粉面。鎮長獨立到黃昏,卻怕良宵頻夢見。

魏承班

《巻九03玉樓春二首其一》  寂寂畫堂梁上,高卷翠簾橫數扇。一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。愁倚錦屏低雪面,羅金縷線。好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見

魏承班

《巻九04玉樓春二首其二》  輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。玉滿斟情未已,促坐王孫公子醉。春風筵上貫珠色韶顏嬌旖旎

 

 

玉樓春二首 其一

(寵愛を失って初めての春を過ごす、散ゆく花も庭一面にひろがる、全く会うこともないからもう期待することもない。)

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

春の盛りなのに、寂寂として過ぎてゆく、寝殿奥の色鮮やかな画堂の簷梁の上の燕が巣をながめる、翡翠の飾りの簾を高く巻き上げ、数曲の屏風は閉じられて横倒しにしてある。

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

庭一面に春の花が咲けば咲くほどは愁いがつのり、地面を敷き詰める散りし花びらは花の絨毯となり、その上に赤い花弁が散り落ちる。 

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

錦の屏風に愁いながら倚りかかる裏側の何も書いていない雪のように白い面を低くする、涙はあふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、心傷み、愛しいお方であっても、長く会えないというのは、何も期待することもなくなってしまうということなのだ。

 

(玉樓春二首 其一)

寂寂たる畫堂 梁上の鷰,高く翠簾を卷き數扇を橫たう。

一庭の春色 人を惱せ來る,滿地の落花 紅 幾片なる。

愁いて錦屏に倚り 雪の面を低れ,淚 繡羅の金縷の線に滴る。

好天 涼月も 盡く傷心し,是れ 玉郎 長く見ざる為めなり。

 

玉樓春二首 其二

(初めての園游にすぐに指名された妓優、念奴はわけのわからないうちに初めての夜を過ごす、永新と呼ばれる妓優も夢見心地の生活を詠う。)

輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。

袖をたくし上げて、やっと美しい眉を画き化粧をやり直して微笑白い歯が素敵だ。鶯が一つの枝にとまってささやきあい、花が咲き乱れ、花陰のもとに宴が催される。

聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。

宴は盛り上がると、歌声は遠く澄みわたり、空を流れ行く雲までもおしとどめるほどのすばらしい歌声である。そして、人払いがなされて、誰もいない、静寂が広がる、色で描かれた梁の上には光さえ届かずついぞその塵が初めて二人の愛の強さで動く。

玉斝滿斟情未已,促坐王孫醉公子。

耀く盃にお酒を注いでかよい合う情をいまだに消えはしない。高貴なお方の子孫であり、諸侯の子息であるお方とひざを詰めて酔いしれる。

春風筵上貫珠勻,豔色韶顏嬌旖旎。

春の風流な景色は勤政楼花筵の宴の上にあり、真珠を揃え一聯として垂らされる。艶やかな若さあふれる青春真っただ中の美しい顔立ち、その上やわらくて麗しく、そして愛嬌があるのである。

玉樓春二首 其二

輕く翠蛾を斂め 皓齒を呈し,鶯 一枝に囀いて 花影の裏。

聲聲 清迥たりて 行雲を遏む,寂寂として 畫梁 塵 暗起す。

玉斝 滿斟っするも 情 未だ已むなし,王孫と促坐し 公子醉う。

春風 筵上 珠勻を貫し,豔色 韶顏にして 嬌 旖旎たり。

 

紅梅202
 

『玉樓春二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

玉樓春二首 其二

輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。

聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。

玉斝滿斟情未已,促坐王孫公子醉。

春風筵上貫珠勻,豔色韶顏嬌旖旎。

 

(下し文)

玉樓春二首 其二

輕く翠蛾を斂め 皓齒を呈し,鶯 一枝に囀いて 花影の裏。

聲聲 清迥たりて 行雲を遏む,寂寂として 畫梁 塵 暗起す。

玉斝 滿斟っするも 情 未だ已むなし,王孫と促坐し 公子醉う。

春風 筵上 珠勻を貫し,豔色 韶顏にして 嬌 旖旎たり。

 

(現代語訳)

玉樓春二首 其二(初めての園游にすぐに指名された妓優、念奴はわけのわからないうちに初めての夜を過ごす、永新と呼ばれる妓優も夢見心地の生活を詠う。)

袖をたくし上げて、やっと美しい眉を画き化粧をやり直して微笑白い歯が素敵だ。鶯が一つの枝にとまってささやきあい、花が咲き乱れ、花陰のもとに宴が催される。

宴は盛り上がると、歌声は遠く澄みわたり、空を流れ行く雲までもおしとどめるほどのすばらしい歌声である。そして、人払いがなされて、誰もいない、静寂が広がる、色で描かれた梁の上には光さえ届かずついぞその塵が初めて二人の愛の強さで動く。

耀く盃にお酒を注いでかよい合う情をいまだに消えはしない。高貴なお方の子孫であり、諸侯の子息であるお方とひざを詰めて酔いしれる。

春の風流な景色は勤政楼花筵の宴の上にあり、真珠を揃え一聯として垂らされる。艶やかな若さあふれる青春真っただ中の美しい顔立ち、その上やわらくて麗しく、そして愛嬌があるのである。

西湖十景 曲院風荷02
白貯舞005
 

(訳注)

玉樓春二首 其二

(初めての園游にすぐに指名された妓優、念奴はわけのわからないうちに初めての夜を過ごす、永新と呼ばれる妓優も夢見心地の生活を詠う。)

 

歌舞等の技芸を専門に学ぶ女芸人を指していた。唐代の「妓」はすでに専業娼妓の呼称になっていたが、しかし同時に「妓」は歌舞音曲に携わったり、縄・竿・球・馬などを操る女芸人を総称する言葉であって、決して肉体を売る女性だけを指すものではなかった。それで常に「聴妓」(音楽を聴く)とか、「観妓」(歌舞を観る)という言い方があったのである。「妓」は娼妓と女芸人を合せた呼称ということができる。事実、芸人は常に売笑を兼ね、娼妓もまた芸を提供せねばならなかった。両者には時として明確な区別というものがなかったので、合せて「妓」と呼んだのは怪しむに足りない。「娼」となると、唐代には多く娼妓を指した。そして「女優」とか、「女伶」などの類の言葉は当然芸人を指した。しかし、彼女たちの身分・地位・生活などは娼妓と非常に近かったので、両者を合せて「妓優」とか「娼優」とかよぶ呼称が常に存在した。それゆえ彼女たちも一括して論ずることにする。以上は本論に入る前の「正名」(名称と実態を正しく概念規定すること)の作業である。

 

『花間集』には七首所収。魏承班の作は二首収められている。双調五十六字、前段二十八字四句三仄韻、後段二十八字四句三仄韻で、❼❼7❼❼7の詞形をとる。

輕斂翠蛾呈皓  鶯囀一枝花影
聲聲清迥遏行雲  寂寂畫梁塵暗
玉斝滿斟情未  促坐王孫醉公
春風筵上貫珠勻  豔色韶顏嬌旖

△●●△△●●  ○●●○○●●

○○○●●△○  ●●●○○●●

●●●△○●●  ●●△○○●●

○△○●△○○  ●●○○△△●

 

輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。

袖をたくし上げて、やっと美しい眉を画き化粧をやり直して微笑白い歯が素敵だ。鶯が一つの枝にとまってささやきあい、花が咲き乱れ、花陰のもとに宴が催される。

6 輕斂 袖をたくし上げて、やっと化粧をやり直して

7 翠蛾  ①青黒い三日月形の眉(マユ)。美人の美しい眉のこと。 ②転じて、美人のこと。この廟の聖女祠。

 

聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。

宴は盛り上がると、歌声は遠く澄みわたり、空を流れ行く雲までもおしとどめるほどのすばらしい歌声である。そして、人払いがなされて、誰もいない、静寂が広がる、色で描かれた梁の上には光さえ届かずついぞその塵が初めて二人の愛の強さで動く。

8 聲聲 この句の雰囲気は、念奴の逸話に基づくものであろう。それは、『開元天宝遺事』に見える。容貌に優れ、歌唱に長け、官妓の中でも、玄宗の寵愛を得ていた。玄宗の近くを離れたことがなく、いつも周りの人々を見つめていて、玄宗に「この女は妖麗で、眼で人を魅了する」と評された。その歌声は、あらゆる楽器の音よりもよく響き渡ったと伝えられる。唐代詩人の元稹の「連昌宮詞」に、玄宗時代の盛時をあらわす表現として、玄宗に命じられた高力士が、彼女を呼び、その歌声を披露する場面がある。

元稹《連昌宮詞》「・・・夜半月高絃索鳴,賀老琵琶定場屋。力士傳呼覓念奴,念奴潛伴諸郎宿。

須臾覓得又連催,特敕街中許然燭。春嬌滿眼睡紅綃,掠削雲鬟旋裝束。

飛上九天歌一聲,二十五郎吹管逐。逡巡大遍涼州徹,色色龜茲轟錄續。

李謨笛傍宮牆,得新翻數般曲。平明大駕發行宮,萬人歌舞塗路中。

百官隊仗避岐薛,楊氏諸姨車斗風。・・・・・」

9 清迥 遠く澄みわたること。迥は遠と同じ。

10 遏 [音]アツ(漢) [訓]とどめる押しとどめる。さえぎりとめる。「禁遏・防遏」

【遏雲の曲】あつうんのきょく。空を流れ行く雲までもおしとどめるほどのすばらしい音楽、または歌声。「遏」はとめる意。「列子」湯問篇の「声振林木、響遏行雲(=声は林木を振るはせ、響きは行雲を遏む)」から。

11 寂寂 1 ひっそりとして寂しいさま。「―たる無人の境に」〈荷風・ふらんす物語〉2 無心なさま。何も考えることのないさま。

 

玉斝滿斟情未已,促坐王孫公子醉。

耀く盃にお酒を注いでかよい合う情をいまだに消えはしない。高貴なお方の子孫であり、諸侯の子息であるお方とひざを詰めて酔いしれる。

12 斝 斝(か)は二里頭期・商代前期・商代後期を通じて重要視された彝器(いき)の一つで、酒を温めるための器である。斝は、王墓や重要な貴族などの墓から出土する程度で、貴重なものであった。

13 斟 くむ水や酒などをくむ。転じて、事情をくみとって、手心を加えること。「斟酌」

間隔をつめてすわる。〔史記・淳于〕

14 王孫 1 帝王の子孫。また、貴族の子弟。2 ツクバネソウの別名。

15 公子 中国の春秋戦国時代の各国の公族の子弟。 君主の子は公子と呼ばれ、公子の子は公孫と呼ばれた。実質上、諸侯は王族に等しく、その子弟も王子と呼んでもさしつかえはないが、建前上は列国は周王の家来であり、王は周王ただ一人であるので、諸侯は公を称し、その子弟は公子となった。

 

春風筵上貫珠勻,豔色韶顏嬌旖旎。

春の風流な景色は勤政楼花筵の宴の上にあり、真珠を揃え一聯として垂らされる。艶やかな若さあふれる青春真っただ中の美しい顔立ち、その上やわらくて麗しく、そして愛嬌があるのである。

15 春風筵上 許和子(永新)の逸話に基づく。『楽府雑録』『開元天宝遺事』に見える。吉州永新県の楽家の生まれの女性で本名を許和子と言った。開元の末年ごろに後宮に入り、教坊の宜春院に属した。その本籍によって、永新と呼ばれた。美貌と聡い性質を持ち、歌に長じ、作曲を行い、韓娥・李延年の千年来の再来と称せられた。玄宗から寵愛を受け、演奏中もその歌声は枯れることがなく、玄宗から「その歌声は千金の価値がある」と評せられる。玄宗が勤政楼から顔を出した時、群衆が騒ぎだしたので、高力士の推薦で永新に歌わせたところ、皆、静まりかえったという説話が伝わっている。

16 勻 勻画数:4音読み:イン訓読み:すくない、 ひとしい

16 韶顏 形容青春年少,容貌美好

17 旖旎 柔らかくて麗しい.

 

 

魏承班  玉樓春二首 【字解】

 

1 梁上燕 梁の上の燕。春に戻って来て巣作りする雌雄番の燕を指し、女の孤独感と年増感を際立たせる。

2 高卷翠簾橫數扇 折り畳み屏風が寝牀のまわりに広げて立てかけられることなく、閉じられたまま、横に置いてある。数扇は数曲の面からなる屏風。

 

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

庭一面に春の花が咲けば咲くほどは愁いがつのり、地面を敷き詰める散りし花びらは花の絨毯となり、その上に赤い花弁が散り落ちる。 

3 一庭春色悩入来 庭一面の春景色が人の気持ちを苦悩に導く。

 

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

錦の屏風に愁いながら倚りかかる裏側の何も書いていない雪のように白い面を低くする、涙はあふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

 

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、心傷み、愛しいお方であっても、長く会えないというのは、何も期待することもなくなってしまうということなのだ。

4 好天涼月尽傷心 いかに素晴らしい好風良月の時に巡り会おうとも、それらはすべて心を悲しませずにはいない。なお涼月の語は、普通は秋の月を指すが、ここでは美しい月のかかる夜の意味。

5 玉郎 美男。ここでは愛しい男の意。

 

牛嶠《玉樓春》

春入橫塘搖淺浪,花落小園空惆悵。

此情誰信為狂夫,恨翠愁紅流枕上。

小玉前嗔鷰語,紅淚滴穿金線縷。

鴈歸不見報郎歸,織成錦字封過與。

(年を重ねたおんなには杜秋娘のように誰も振り向いてくれないのか、回文錦字詩を作っても渡す人もいないのかと詠う。)

春になって大堤に若草や柳の緑が色付き河畔に小波が寄せてくる、やがて花は落ちて高楼の庭にも空しい寂しさに覆われてきた。

この寂寞とした思いは誰がしたのか、それはあの浮気男に決まっている。あの男のくれた翡翠の飾りを怨み、紅白粉をしても愁うだけ、枕にはどれだけの涙を流したことか。

ここにいるほかの女が窓の前で、仲睦まじく「鷰語」で語っているのに怒りを覚える。それでも頬紅をつたって堕ちる涙は床を穿つほどで、歳を重ねた女は「金縷曲」の杜秋娘のように憐れに暮らせというのか。

書簡をつたえる雁が帰ってきたはずなのに、音沙汰がないだけでなく、あの男が帰ってきたというのに、顔を見せないばかりか、報せもないのだ。自分の思いを手ずから錦にその字句を織り込んで、一本を夫のもとに送り、一本を役人に献上した「回文錦字詩」の故事のように織りなしたが、それも何もかもやめて仕舞おう。

《玉樓春》

春入り 塘に橫たうて 淺浪を搖らし,花落ち 小園 空しく惆悵す。

此の情 誰をか信じん 狂夫と為すを,翠を恨み 紅を愁い 枕上に流す。

小玉 前 鷰語に嗔り,紅淚は 滴穿し 金線の縷。

鴈歸るも 郎歸るを報らせるを 見ず,織成の錦字 過ぎるとともに封ず。

 

 

顧夐《玉樓春 四首》

玉樓春 四首 其一

月照玉樓春漏促,颯颯風搖庭砌竹。

夢驚鴛被覺來時,何處管絃聲斷續。

惆悵少年游冶去,枕上兩蛾攢細綠。

曉鶯簾外語花枝,背帳猶殘紅燭。

(玉樓春四首 其の一)

月 玉樓を照し 春 漏促し,颯颯として風 庭の砌の竹を搖す。

夢 鴛被に驚き 覺めて來たる時こそ,何處なるか 管絃 聲 斷續するを。

惆悵するは 少年 游冶に去るなり,枕上 兩蛾 細綠を攢【ひそ】む。

曉鶯 簾外に 花枝に語り,帳を背にして 猶お 紅の燭を殘す。

 

玉樓春四首 其二

柳映玉樓春日晚,雨細風輕煙草軟。

畫堂鸚鵡語雕籠,金粉小屏猶半掩。

香滅繡幃人寂寂,倚檻無言愁思遠。

恨郎何處縱疎狂,長使含啼眉不展。

(玉樓春四首其の二)

柳 玉樓を映し 春の日の晚,雨 細く 風 輕く 煙草 軟かなり。

畫堂 鸚鵡 雕籠に語り,金粉 小屏 猶お半ば掩う。

香 滅し 繡幃 人 寂寂たり,檻に倚り 言無く 愁思 遠くなる。

郎も恨み 何處にか 疎しく狂するを縱【ほいままに】し,長く含啼【がんてい】せしめて 眉 展びず。

 

玉樓春四首 其三

月皎露華影細,風送菊香粘繡袂。

博山爐冷水沉微,惆悵金閨終日閉。

懶展羅衾垂玉淚,羞對菱花篸寶髻。

良宵好事枉教休,無計那他狂耍壻。

(其の三)

月皎 露華 影細く,風 菊香を粘繡の袂に送る。

博山 爐冷え 水に微かに沉み,惆悵して 金の閨 終日閉【とざ】。す

羅衾 懶展し 玉淚 垂れるを,菱花に羞對す 篸寶の髻を。

良宵 好事 枉げて休ま教【し】め,計ること無し 那んぞ 壻を耍【からか】うを他狂せんや

 

玉樓春四首 其四

拂水雙飛來去鷰,曲檻小屏山六扇。

春愁凝思結眉心,綠綺懶調紅錦薦。

話別情多聲欲戰,玉筋痕留紅粉面。

鎮長獨立到黃昏,卻怕良宵頻夢見。

(玉樓春四首其の四)

水を拂い雙飛し來りて鷰去り,曲檻 小屏 山 六扇あり。

春愁 思うに凝【わだかま】り 眉心を結び,綠綺 紅錦 薦するを懶調【らんちょう】す。

別るを話し 情多くして 聲 戰わんと欲し,玉筋 紅粉の面に痕留す。

鎮のごとく長く 獨り黃昏に到るを立つれば,卻て 良宵 頻りに夢見むことを怕る。

13魏承班《巻九03玉樓春二首其一》『花間集』405全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7289

魏承班  玉樓春二首 其一

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

(寵愛を失って初めての春を過ごす、散ゆく花も庭一面にひろがる、全く会うこともないからもう期待することもない。)

春の盛りなのに、寂寂として過ぎてゆく、寝殿奥の色鮮やかな画堂の簷梁の上の燕が巣をながめる、翡翠の飾りの簾を高く巻き上げ、数曲の屏風は閉じられて横倒しにしてある。庭一面に春の花が咲けば咲くほどは愁いがつのり、地面を敷き詰める散りし花びらは花の絨毯となり、その上に赤い花弁が散り落ちる。 錦の屏風に愁いながら倚りかかる裏側の何も書いていない雪のように白い面を低くする、涙はあふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、心傷み、愛しいお方であっても、長く会えないというのは、何も期待することもなくなってしまうということなのだ。

巻九03

玉樓春二首其一

13

魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》405巻九03

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7289

 

 
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魏承班 玉樓春二首

 

 

花間集 教坊曲《玉樓春》 七首

牛嶠

《巻四24玉樓春》 春入橫塘搖淺浪,花落小園空惆悵。此情誰信為狂夫,恨翠愁紅流枕上。小玉前嗔鷰語,紅淚滴穿金線縷。鴈歸不見報郎歸,織成錦字封過與

顧夐

《巻六48玉樓春四首其一》 月照玉樓春漏促,颯颯風搖庭砌竹。夢驚鴛被覺來時,何處管絃聲斷續。惆悵少年游冶去,枕上兩蛾攢細綠。曉鶯簾外語花枝,背帳猶殘紅燭。

顧夐

《巻六49玉樓春四首其二》 柳映玉樓春日晚,雨細風輕煙草軟。畫堂鸚鵡語雕籠,金粉小屏猶半掩。香滅繡幃人寂寂,倚檻無言愁思遠。恨郎何處縱疎狂,長使含啼眉不展。

顧夐

《巻六50玉樓春四首其三》 月皎露華影細,風送菊香粘繡袂。博山爐冷水沉微,惆悵金閨終日閉。懶展羅衾垂玉淚,羞對菱花篸寶髻。良宵好事枉教休,無計那他狂耍壻。

顧夐

《巻六51玉樓春四首其四》 拂水雙飛來去鷰,曲檻小屏山六扇。春愁凝思結眉心,綠綺懶調紅錦薦。話別情多聲欲戰,玉筋痕留紅粉面。鎮長獨立到黃昏,卻怕良宵頻夢見。

魏承班

《巻九03玉樓春二首其一》  寂寂畫堂梁上,高卷翠簾橫數扇。一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。愁倚錦屏低雪面,羅金縷線。好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見

魏承班

《巻九04玉樓春二首其二》  輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。玉滿斟情未已,促坐王孫公子醉。春風筵上貫珠色韶顏嬌旖旎

 

 

玉樓春二首 其一

(寵愛を失って初めての春を過ごす、散ゆく花も庭一面にひろがる、全く会うこともないからもう期待することもない。)

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

春の盛りなのに、寂寂として過ぎてゆく、寝殿奥の色鮮やかな画堂の簷梁の上の燕が巣をながめる、翡翠の飾りの簾を高く巻き上げ、数曲の屏風は閉じられて横倒しにしてある。

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

庭一面に春の花が咲けば咲くほどは愁いがつのり、地面を敷き詰める散りし花びらは花の絨毯となり、その上に赤い花弁が散り落ちる。 

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

錦の屏風に愁いながら倚りかかる裏側の何も書いていない雪のように白い面を低くする、涙はあふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、心傷み、愛しいお方であっても、長く会えないというのは、何も期待することもなくなってしまうということなのだ。

 

(玉樓春二首 其一)

寂寂たる畫堂 梁上の鷰,高く翠簾を卷き數扇を橫たう。

一庭の春色 人を惱せ來る,滿地の落花 紅 幾片なる。

愁いて錦屏に倚り 雪の面を低れ,淚 繡羅の金縷の線に滴る。

好天 涼月も 盡く傷心し,是れ 玉郎 長く見ざる為めなり。

 

玉樓春二首 其二

輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。

聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。

玉斝滿斟情未已,促坐王孫公子醉。

春風筵上貫珠勻,豔色韶顏嬌旖旎。

 

興慶宮沈香亭
 

『玉樓春二首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

玉樓春二首 其一

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

 

 

(下し文)

(玉樓春二首 其一)

寂寂たる畫堂 梁上の鷰,高く翠簾を卷き數扇を橫たう。

一庭の春色 人を惱せ來る,滿地の落花 紅 幾片なる。

愁いて錦屏に倚り 雪の面を低れ,淚 繡羅の金縷の線に滴る。

好天 涼月も 盡く傷心し,是れ 玉郎 長く見ざる為めなり。

 

 

(現代語訳)

玉樓春二首 其一(寵愛を失って初めての春を過ごす、散ゆく花も庭一面にひろがる、全く会うこともないからもう期待することもない。)

春の盛りなのに、寂寂として過ぎてゆく、寝殿奥の色鮮やかな画堂の簷梁の上の燕が巣をながめる、翡翠の飾りの簾を高く巻き上げ、数曲の屏風は閉じられて横倒しにしてある。

庭一面に春の花が咲けば咲くほどは愁いがつのり、地面を敷き詰める散りし花びらは花の絨毯となり、その上に赤い花弁が散り落ちる。 

錦の屏風に愁いながら倚りかかる裏側の何も書いていない雪のように白い面を低くする、涙はあふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、心傷み、愛しいお方であっても、長く会えないというのは、何も期待することもなくなってしまうということなのだ。

曲院風荷01
 

(訳注)

玉樓春二首 其一

( 男を思う情を詠う。)

前段、梁の上の番の燕を見て、孤独の情に駆られ、心慰めるべく窓の帳を巻き上げて庭に目をやるが、庭一面の春の景は却って苦悩を誘うことを述べる。地面に無数の花が一面に散り敷いているとは、せっかくの春も間もなく無為のうちに過ぎ去ってしまうことを語る。

 

『花間集』には七首所収。魏承班の作は二首収められている。双調五十六字、前段二十八字四句三仄韻、後段二十八字四句三仄韻で、❼❼7❼❼7の詞形をとる。

寂寂畫堂梁上  高卷翠簾橫數
一庭春色惱人來  滿地落花紅幾
愁倚錦屏低雪  淚滴繡羅金縷
好天涼月盡傷心  為是玉郎長不

●●●○○●●  ○△●○△●△

●○○●●○△  ●●●○○△●

○△●△○●●  ●●●○○●●

●○△●●△○  ○●●○△△●

 

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

春の盛りなのに、寂寂として過ぎてゆく、寝殿奥の色鮮やかな画堂の簷梁の上の燕が巣をながめる、翡翠の飾りの簾を高く巻き上げ、数曲の屏風は閉じられて横倒しにしてある。

1 梁上燕 梁の上の燕。春に戻って来て巣作りする雌雄番の燕を指し、女の孤独感と年増感を際立たせる。

2 高卷翠簾橫數扇 折り畳み屏風が寝牀のまわりに広げて立てかけられることなく、閉じられたまま、横に置いてある。数扇は数曲の面からなる屏風。

 

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

庭一面に春の花が咲けば咲くほどは愁いがつのり、地面を敷き詰める散りし花びらは花の絨毯となり、その上に赤い花弁が散り落ちる。 

3 一庭春色悩入来 庭一面の春景色が人の気持ちを苦悩に導く。

 

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

錦の屏風に愁いながら倚りかかる裏側の何も書いていない雪のように白い面を低くする、涙はあふれてやまず、衣裳の金糸の刺繍にまで濡らしている。

 

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

素晴らしい初夏の日がこようとも、秋の清々しい素晴らしい月の夜がこようとも、心傷み、愛しいお方であっても、長く会えないというのは、何も期待することもなくなってしまうということなのだ。

4 好天涼月尽傷心 いかに素晴らしい好風良月の時に巡り会おうとも、それらはすべて心を悲しませずにはいない。なお涼月の語は、普通は秋の月を指すが、ここでは美しい月のかかる夜の意味。

5 玉郎 美男。ここでは愛しい男の意。

13魏承班《巻九02木蘭花》『花間集』404全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7284

魏承班 木蘭花

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

(少女とも思える妃嬪は、寵愛を失って、愁いの暮らしをする、そして、離宮か、御陵を守る役目に変わる、そして、ある春の日に再び寵愛を受ける。)

うら若い美人がいて、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く御殿の高楼は、澄み切った水の底にじっとしておるかのように建っている。大切な宝物を入れておく美しい小箱に入っている簪を出すこともなく閉じたまま、閨に出入りの扉戸の金環も覆われたまま、屏風も閉まったまま壁に立てかける、身繕いをしないで、衣の裾を引きずって歩き、まるで酒に酔ったようである。ところが、ここにも、待ちに待って、遅ればせに春の良い景色が訪れ、花霞に艶めかしさで迎い入れた、良く舞った渚に仲良く鴛鴦がいて、錦の羽を休めてその時を過ごしている。愁いをもって遠くを望み、じっとして動かないで、あのお方を思い続けるだけで、あの夫差が西施の両のえくぼに魅せられてしまったこの女の二つのえくぼをもっているというのに、口元をゆがめて愁うのである。

巻九02

木蘭花

13

魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》404
巻九02

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の
漢詩ブログ-7284

 

 

 
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花間集 教坊曲《木蘭花》 三首

韋莊

《巻三25木蘭花》  獨上小樓春欲暮,愁望玉關芳艸路。消息斷,不逢人,卻斂細眉歸繡。坐看落花空歎息,羅袂濕斑紅淚滴。千山萬水不曾行,魂夢欲教何處覓。

魏承班

《巻九02木蘭花》  小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

毛熙震

《巻十05木蘭花》  掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

 

魏承班 木蘭花

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。

閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。

凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

(少女とも思える妃嬪は、寵愛を失って、愁いの暮らしをする、そして、離宮か、御陵を守る役目に変わる、そして、ある春の日に再び寵愛を受ける。)

うら若い美人がいて、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く御殿の高楼は、澄み切った水の底にじっとしておるかのように建っている。

大切な宝物を入れておく美しい小箱に入っている簪を出すこともなく閉じたまま、閨に出入りの扉戸の金環も覆われたまま、屏風も閉まったまま壁に立てかける、身繕いをしないで、衣の裾を引きずって歩き、まるで酒に酔ったようである。

ところが、ここにも、待ちに待って、遅ればせに春の良い景色が訪れ、花霞に艶めかしさで迎い入れた、良く舞った渚に仲良く鴛鴦がいて、錦の羽を休めてその時を過ごしている。

愁いをもって遠くを望み、じっとして動かないで、あのお方を思い続けるだけで、あの夫差が西施の両のえくぼに魅せられてしまったこの女の二つのえくぼをもっているというのに、口元をゆがめて愁うのである。

 

(木蘭花)

小芙蓉,香旖旎【きに】たり,碧玉の堂深く水に似て清し。

寶匣を閉じ,金鋪を掩い,屏を倚せて 拖袖して愁い醉うが如し。

遲遲として好景 煙花の媚,曲渚 鴛鴦 錦翅を眠らす。

凝然として 愁望し 靜かに相い思い,一雙笑靨【しょうよう】 香蘂を嚬む。

 

 

『木蘭花』 現代語訳と訳註

(本文)

木蘭花

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。

閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。

凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

 

(下し文)

(木蘭花)

小芙蓉,香旖旎【きに】たり,碧玉の堂深く水に似て清し。

寶匣を閉じ,金鋪を掩い,屏を倚せて 拖袖して愁い醉うが如し。

遲遲として好景 煙花の媚,曲渚 鴛鴦 錦翅を眠らす。

凝然として 愁望し 靜かに相い思い,一雙笑靨【しょうよう】 香蘂を嚬む。

 

 (現代語訳)

木蘭花(少女とも思える妃嬪は、寵愛を失って、愁いの暮らしをする、そして、離宮か、御陵を守る役目に変わる、そして、ある春の日に再び寵愛を受ける。)

うら若い美人がいて、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く御殿の高楼は、澄み切った水の底にじっとしておるかのように建っている。

大切な宝物を入れておく美しい小箱に入っている簪を出すこともなく閉じたまま、閨に出入りの扉戸の金環も覆われたまま、屏風も閉まったまま壁に立てかける、身繕いをしないで、衣の裾を引きずって歩き、まるで酒に酔ったようである。

ところが、ここにも、待ちに待って、遅ればせに春の良い景色が訪れ、花霞に艶めかしさで迎い入れた、良く舞った渚に仲良く鴛鴦がいて、錦の羽を休めてその時を過ごしている。

愁いをもって遠くを望み、じっとして動かないで、あのお方を思い続けるだけで、あの夫差が西施の両のえくぼに魅せられてしまったこの女の二つのえくぼをもっているというのに、口元をゆがめて愁うのである。

宮島(10)
 

(訳注)

木蘭花

(少女とも思える妃嬪は、寵愛を失って、愁いの暮らしをする、そして、離宮か、御陵を守る役目に変わる、そして、ある春の日に再び寵愛を受ける。)

この「木蘭花」を女性器に喩える。妃嬪である。「碧玉堂深清似水」とあるのは、離宮の大池のそばの御殿であろう。

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

 

寵愛を失った者は言うまでもないが、寵愛を受けている者でさえも、何万にものぼる女性が一人の男性に侍っている宮中においては、誰も皇帝の愛情をいつまでも一身に繋ぎとめておくことは不可能であり、また正常な夫婦生活と家族団欒の楽しみを味わうことも不可能であった。皇帝が訪れることもなくなって、零落してしまった后妃の場合、おのずから悲痛はさらに倍加した。

玄宗の時代、妃嬪がはなはだ多かったので、「妃嬪たちに美しい花を挿すよう競わせ、帝は自ら白蝶を捕えて放ち、蝶のとまった妃嬪のところに赴いた」。また、妃嬪たちは常に「銭を投げて帝の寝所に誰が侍るのかを賭けた」(『開元天宝遺事』巻上、下)。彼女たちの苦痛を想像することができる。

「長門(妃嬪の住む宮殿)閉ざし定まりで生を求めず、頭花を焼却し挙を卸却す。玉窓に病臥す 秋雨の下、遥かに聞く別院にて人を喚ぶ声」(王建「長門」)、「早に雨露の翻って相い誤るを知らば、只ら荊の簪を挿して匹夫に嫁したるに」(劉得仁「長門怨」)、「珊瑚の枕上に千行の涙、是れ君を思うにあらず 是れ君を恨むなり」(李紳「長門怨」)等々と詩人に描写されている。唐代の人は「宮怨」「婕妤怨」「長門怨」「昭陽怨」などの類の詩詞を大量に作っており、その大半は詩人が后妃になぞらえて作ったものであるが、じつに的確に后妃たちの苦悶と幽怨の気持とを表している。これらの作品を貴婦人たちの有りもしない苦しみの表現と見なすべきではない。これらには彼女たちの、宮中での不自然な夫婦生活に対する怨み、民間の普通の夫婦に対する憧れがよく表現されている。女性として彼女たちが抱く怨恨と憧憬は、自然の情に合い理にかなっている。

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1 花木蘭 老病の父に代わり、娘の木蘭が男装して従軍。異民族(主に突厥)を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリー。釈智匠の《古今楽録》に収める《木蘭詩()》がこの物語を記す最も古い文献だとされ,元来,南北朝期の北方の民間民謡に由来するとされる。木蘭従軍の故事は後代,詩歌の題材となるほか,現在の京劇など伝統戯曲においても《花木蘭》(花(か)が木蘭の姓)の題で演じられている。なおそこでは元帥の賀廷玉が木蘭をぜひとも自分のむすめの婿にと願ったことから,木蘭が女性であることが知れるという筋書となっている。

『花間集』には教坊曲『木蘭花』は三首、魏承斑の作が一首収められている。双調五十四字、前段二十六字六句三仄韻、後段二十八字四句四仄韻で、3❸33❼❼❼❼の詞形をとる。

小芙蓉、香旖碧玉堂深清似

閉寶匣、掩金鋪、倚屏拖袖愁如
遲遲好景煙花曲渚鴛鴦眠錦
凝然愁望靜相一雙笑靨嚬香

●○○  ○△● ●●○△○●●

●●● ●○△  △△△●○△●

○○●●○○●  ●●○○○●●

△○○△●△△  ●○●●○○●

 

 

小芙蓉,香旖旎,碧玉堂深清似水。

うら若い美人がいて、香りも柔らかくて麗しい、緑が生え耀く御殿の高楼は、澄み切った水の底にじっとしておるかのように建っている。

2 芙蓉 芙蓉は美人である。フヨウのこと。とくに蓮と区別するためには「木芙蓉」とも言った。古くは往々にして蓮(ハス)の花を指した。美女の形容としても多用された表現である。フヨウと区別するために「水芙蓉」とも。

3 旖旎 柔らかくて麗しい.風光旖旎=風景が柔らかく麗しい.

『菩薩蠻七首其六』 

綠雲鬢上飛金雀,愁眉斂翠春煙薄。

香閣掩芙蓉,畫屏山幾重。

寒天欲曙,猶結同心苣。

啼粉羅衣,問郎何日歸。

菩薩蠻七首 其六 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-335-6-#22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3222

薛濤《贈遠二首 其二》

芙蓉新落蜀山秋,錦字開緘到是愁。

閨閣不知戎馬事,月高還上望夫樓。

贈遠二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-216-82-#76  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2627

 

閉寶匣,掩金鋪,倚屏拖袖愁如醉。

大切な宝物を入れておく美しい小箱に入っている簪を出すこともなく閉じたまま、閨に出入りの扉戸の金環も覆われたまま、屏風も閉まったまま壁に立てかける、身繕いをしないで、衣の裾を引きずって歩き、まるで酒に酔ったようである。

4 寶匣 大切な宝物を入れておく美しい小箱。

5 金鋪 門扉のとって金輪。誰も訪れず、取っ手を開けるものがいない。

6 拖袖 人に会うことがないので身繕いをしないで衣の裾を引きずって歩く。

 

遲遲好景煙花媚,曲渚鴛鴦眠錦翅。

ところが、ここにも、待ちに待って、遅ればせに春の良い景色が訪れ、花霞に艶めかしさで迎い入れた、良く舞った渚に仲良く鴛鴦がいて、錦の羽を休めてその時を過ごしている。

7 遲遲 のろのろとして。ぐずぐずとして。時間がかかるさま。速度、進度が滞りがちなさまを謂う。

 

凝然愁望靜相思,一雙笑靨嚬香蘂。

愁いをもって遠くを望み、じっとして動かないで、あのお方を思い続けるだけで、あの夫差が西施の両のえくぼに魅せられてしまったこの女の二つのえくぼをもっているというのに、口元をゆがめて愁うのである。

8 凝然 じっとして動かないさま直立不動の姿勢で 音無しの構えで 凝然として 身じろぎせずに

9 一雙(いっそう) 二つの意。左右にあるから。

10 笑靨(しようよう) えくぼ。 「一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。」一雙の笑靨【しょうよう】複に面を回らせば、十萬の精兵 盡く戈を倒【さかしま】にす。

魚玄機《浣紗廟》

越相謀計策多,浣紗神女已相和。

一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。

範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。

只今諸長江畔,空有青山號苧蘿。

浣紗廟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-74-10-# 卷804_6 【浣紗廟】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1912 

11 嚬 苦々しげに口をゆがめる。

12 香蘂 女性自身。局部。
興慶宮002
 

13魏承班《巻九01滿宮花》『花間集』403全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7279

魏太尉承班 《滿宮花一首》

雪霏霏,風凜凜,玉郎何處狂飲。醉時想得縱風流,羅帳香幃鴛寢。

春朝秋夜思君甚,愁見繡屏孤枕。少年何事負初心,淚滴縷金雙衽。

(秋を過ぎるまで一緒に過ごしていたのに、雪が降るころには捨てられてしまった)

雪激しく降っている、風を伴ってふぶいて凍えそうに冷たく、こんな中、愛しいあのお方はどこかで酔い潰れているに違いないだろう。春の盛りに、あのお方は酔ってしまったら、優雅な趣のあることに夢中で、風流の限りを尽くし、そこには、お香をいっぱいに漂って、薄絹の帳の中、鴛鴦のように伴寝している。春は朝まで思い続け、秋の夜長に思い、夜となく昼となくあのお方のことばかり思いつづけている、刺繍の屏風を見て愁い、独り眠る夜、枕は辛らさが増すばかり。いなせな貴公子のあのお方は、貴嬢に示した初めのころの気持ち、それで愛を誓ったのに、それをなぜ背くのか、涙は金糸のように、両衿に滴り落ちる。

巻九01

滿宮花

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》403巻九01

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7279

 

 

 
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花間集 教坊曲《滿宮花》 三首

張泌

《巻四46滿宮花》 花正芳,樓似綺,寂寞上陽宮裏。鈿籠金鏁睡鴛鴦,簾冷露華珠翠。嬌豔輕盈香雪膩,細雨黃鶯雙起。東風惆悵欲清明,公子橋邊沉醉。

魏承班

《巻九01滿宮花》  雪霏霏,風凜凜,玉郎何處狂飲。醉時想得縱風流,羅帳香幃鴛寢。春朝秋夜思君甚,愁見繡屏孤枕。少年何事負初心,淚滴縷金雙衽。

尹鶚

《巻九30滿宮花》  月沉沉,人悄悄,一炷後庭香裊。風流帝子不歸來,滿地禁花慵掃。離恨多,相見少,何處醉迷三島。漏清宮樹子規啼,愁鏁碧春曉

張泌《巻四49滿宮花一首》『花間集』200全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6272

18-473《滿宮花一首,》巻九 尹鶚Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-656-18-(473) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4827

 

 

魏太尉承班 《滿宮花一首》

(秋を過ぎるまで一緒に過ごしていたのに、雪が降るころには捨てられてしまった)

雪霏霏,風凜凜,玉郎何處狂飲。

雪激しく降っている、風を伴ってふぶいて凍えそうに冷たく、こんな中、愛しいあのお方はどこかで酔い潰れているに違いないだろう。

醉時想得縱風流,羅帳香幃鴛寢。

春の盛りに、あのお方は酔ってしまったら、優雅な趣のあることに夢中で、風流の限りを尽くし、そこには、お香をいっぱいに漂って、薄絹の帳の中、鴛鴦のように伴寝している。

春朝秋夜思君甚,愁見繡屏孤枕。

春は朝まで思い続け、秋の夜長に思い、夜となく昼となくあのお方のことばかり思いつづけている、刺繍の屏風を見て愁い、独り眠る夜、枕は辛らさが増すばかり。

少年何事負初心,淚滴縷金雙衽。

いなせな貴公子のあのお方は、貴嬢に示した初めのころの気持ち、それで愛を誓ったのに、それをなぜ背くのか、涙は金糸のように、両衿に滴り落ちる。

 (滿宮花一首)

雪 霏霏として,風 凜凜たり,玉郎 何處にか狂飲す。

醉時 想い得たり “風流を縱【ほしいまま】にし,羅帳 香幃 鴛寢するならん”を。

春朝 秋夜 君を思うこと甚だしく,愁い見る 繡屏の孤枕を。

少年 何事ぞ 初心に負ける,淚 縷金の雙衽に滴る。

紅梅202
 

 

『滿宮花一首』魏承班 現代語訳と訳註

(本文)

《滿宮花一首》

雪霏霏,風凜凜,玉郎何處狂飲。

醉時想得縱風流,羅帳香幃鴛寢。

春朝秋夜思君甚,愁見繡屏孤枕。

少年何事負初心,淚滴縷金雙衽。

 

(下し文)

(滿宮花一首)

雪 霏霏として,風 凜凜たり,玉郎 何處にか狂飲す。

醉時 想い得たり “風流を縱【ほしいまま】にし,羅帳 香幃 鴛寢するならん”を。

春朝 秋夜 君を思うこと甚だしく,愁い見る 繡屏の孤枕を。

少年 何事ぞ 初心に負ける,淚 縷金の雙衽に滴る。

 

(現代語訳)

《滿宮花一首》(秋を過ぎるまで一緒に過ごしていたのに、雪が降るころには捨てられてしまった)

雪激しく降っている、風を伴ってふぶいて凍えそうに冷たく、こんな中、愛しいあのお方はどこかで酔い潰れているに違いないだろう。

春の盛りに、あのお方は酔ってしまったら、優雅な趣のあることに夢中で、風流の限りを尽くし、そこには、お香をいっぱいに漂って、薄絹の帳の中、鴛鴦のように伴寝している。

春は朝まで思い続け、秋の夜長に思い、夜となく昼となくあのお方のことばかり思いつづけている、刺繍の屏風を見て愁い、独り眠る夜、枕は辛らさが増すばかり。

いなせな貴公子のあのお方は、貴嬢に示した初めのころの気持ち、それで愛を誓ったのに、それをなぜ背くのか、涙は金糸のように、両衿に滴り落ちる。

花間集 白梅
 

(訳注)

《滿宮花一首》

(秋を過ぎるまで一緒に過ごしていたのに、雪が降るころには捨てられてしまった)

 

1.      滿宮花 宮怨詞,有〔醉時想得縱風流〕句,取以為名。宮女、妃嬪の恨みを詠う。前段は、激しく雪の降る日、どこかで酔いしれて遊びに耽り、宮女、妃嬪と共寝をしているに違いないお方について述べる。後段は、一年中、片時もあなたを思わぬ日はないのに、屏風の陰の寝床に二つ置かれていても、使うのは妃嬪の枕一つだけ、あなたはどうして初めて知り合った時の誓いを破るのか、涙で着物の衿が濡れると、男の裏切りに対する恨みを訴える。

 

『花間集』 には三首所収。魏承斑の作は一首収められている。双調五十一字、前段二十五字五句三仄韻、後段二十六字四句三仄韻で、3❸❻7❻/❼❻7❻の詞形をとる。

雪霏霏  風凜凜、玉郎何處狂

醉時想得縱風流、羅帳香幃鴛

春朝秋夜思君愁見繡屏孤

少年何事負初心、淚滴縷金雙

●○○  △△△ ●○△●△●

●○●●△△○ ○●○○○●

○○○●△○● ○●●△○△

●○△●●○○ ●●●○○●

 

雪霏霏,風凜凜,玉郎何處狂飲。

雪激しく降っている、風を伴ってふぶいて凍えそうに冷たく、こんな中、愛しいあのお方はどこかで酔い潰れているに違いないだろう。

2 霏霏 雪の激しく降るさま。

3 凛凛 骨身に染みる寒さの形容。

4 玉郎 美男。ここでは愛しい男の意。・阮郎:別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。

毛熙震《定西番》

蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。

斜日倚欄風好, 餘香出綉衣。

未得玉郞消息,幾時歸。

 

醉時想得縱風流,羅帳香幃鴛寢。

春の盛りに、あのお方は酔ってしまったら、優雅な趣のあることに夢中で、風流の限りを尽くし、そこには、お香をいっぱいに漂って、薄絹の帳の中、鴛鴦のように伴寝している。

5 風流 色恋。①おちついた優雅な趣のあること。みやびやかなこと。また,そのさま。風雅。②詩歌・書画・茶など,俗を離れた趣のあるもの。③美しく飾ること。意匠をこらすこと。また,その物。④芸能の一。⑤ 「風流韻事」の略。⑥ 先人が残した美風・なごり。遺風。

○鴛寝 男女が共寝する。

 

春朝秋夜思君甚,愁見繡屏孤枕。

春は朝まで思い続け、秋の夜長に思い、夜となく昼となくあのお方のことばかり思いつづけている、刺繍の屏風を見て愁い、独り眠る夜、枕は辛らさが増すばかり。

 

少年何事負初心,淚滴縷金雙衽。

いなせな貴公子のあのお方は、貴嬢に示した初めのころの気持ち、それで愛を誓ったのに、それをなぜ背くのか、涙は金糸のように、両衿に滴り落ちる。

6 少年 いわゆる貴公子とか、游侠の若者。「隠忍自重した游侠の徒・韓信のようにあれ。」という情感を醸している。 
少年:若者。年若い者。唐詩で「少年」といえば、
王維 少年行
新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。
相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。 
李白 17少年行
少年行      
五陵年少金市東、銀鞍白馬度春風。
落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中。
杜甫 少年行

馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
 
王昌齢『少年行』
走馬遠相尋,西樓下夕陰。結交期一劍,留意贈千金。高閣歌聲遠,重門柳色深。夜闌須盡飲,莫負百年心。
いなせな若者や壮士を詠う。

7 双衽 椎の字、底本では椎に作るが四部備要本に拠って改めた。衽は着物の前みごろのおくみ。

13魏承班《巻八50菩薩蠻二首 其二》『花間集』402全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7274

魏承班  菩薩蠻二首 其二

羅衣隱約金泥畫,玳筵一曲當秋夜。聲戰覷人嬌,雲鬟裊翠翹。酒醺紅玉輭,眉翠秋山遠。繡幌麝煙沉,誰人知兩心。

(宮妓の中の妓優であり、妃嬪となるものの秋の夜の興慶宮勤政楼での宴席を詠う。)

薄絹の衣裳の下には金泥の絵模様がほのかに見えている、秋の夜の勤政楼の玳瑁の筵の宴において歌う「琴操」曲の歌があり、優雅な宴はすすめられる。おおらかに声を震わせて独唱して皆、静まりかえりききほれる、艶めかしき眼差し投げかける、翡翠の髪飾りに黄金の簪が黒髪に揺れる。宴もたけなわになると酒に酔って頬も紅く可愛らしく愛嬌に感じられる、眉は遠き秋の山の色にかかれて頬の赤く染まった近くの山ということなのだ。そのあと、刺繍の帳のうちに麝香の煙がひくくただようなかで、誰が知ろう、この時の二人の心のうちを。

巻八50

菩薩蠻二首 其二

13魏承班

(改訂版Ver.2.1

《花間集》402巻八50

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7274

 

 

 

 

魏承斑(生卒年未詳、およそ九三〇年前後に在世)

前蜀の詞人。字、出身地ともに未詳。魏承斑の父親の魏宏夫は、前蜀の王建の養子となり、王宗弼の名を賜り、斉王に封じられた。蜀承斑は鮒馬都尉(皇女の婿に与えられる官職)となり、官は大尉に至った。その詞は、専ら抒情を主とし、淡白にして明噺で、人々は好んでその詞を模倣したと言われ、薛昭蘊や牛橋には譲るが、毛文錫には勝ると評価されている。『花間集』には十五首の詞が収められている。全唐詩によりなお六首を補うことができる。詞風は溫庭筠に近い。

 

 

花間集 巻八 魏太尉承班二首

花間集 巻九 魏太尉承班十三首

 

 

菩薩蠻二首

 

菩薩蠻二首 其一

(秋も深まり、菊と月を愛でる宴において、結ばれることになった妓優からひひんになって初めて寵愛を受けることに)

羅裾薄薄秋波染,眉間畫時山兩點。

うす絹の裾から足元が透けて見えてきて秋景色の波はずっと色濃くしている。女の眉の間には花鈿が綺麗に点々と画かれて化粧を整えている。

相見綺筵時,深情暗共知。

秋を愛でるきれいな宴の花筵に互に見つめ合う二人がいる、愛し合う心はますます深くなり、ますます二人だけの世界に入っていくことを知る。

翠翹雲鬢動,斂態彈金鳳。

女は翡翠の羽を高く掲げるほど有頂天になって雲型の黒かにを動かしていく、服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。

宴罷入蘭房,邀入解珮璫。

やがて宴も終る、そして、蘭の香りの閨に入ってゆく、すべてを迎い入れ、佩び玉と耳飾りをといて、はじめて結ばれる。

(菩薩蠻二首 其の一)

羅裾 薄薄として秋波染め,眉間 畫時 山兩點たり。

相い見る 綺筵の時を,深く情す 暗く共に知るを。

翠翹して 雲鬢動き,態を斂めて 金鳳を彈く。

宴罷み 蘭房に入る,邀えて入る 珮璫を解く。

 

菩薩蠻二首 其二

(宮妓の中の妓優であり、妃嬪となるものの秋の夜の興慶宮勤政楼での宴席を詠う。)

羅衣隱約金泥畫,玳筵一曲當秋夜。

薄絹の衣裳の下には金泥の絵模様がほのかに見えている、秋の夜の勤政楼の玳瑁の筵の宴において歌う「琴操」曲の歌があり、優雅な宴はすすめられる。

聲戰覷人嬌,雲鬟裊翠翹。

おおらかに声を震わせて独唱して皆、静まりかえりききほれる、艶めかしき眼差し投げかける、翡翠の髪飾りに黄金の簪が黒髪に揺れる。

酒醺紅玉輭,眉翠秋山遠。

宴もたけなわになると酒に酔って頬も紅く可愛らしく愛嬌に感じられる、眉は遠き秋の山の色にかかれて頬の赤く染まった近くの山ということなのだ。

繡幌麝煙沉,誰人知兩心。

そのあと、刺繍の帳のうちに麝香の煙がひくくただようなかで、誰が知ろう、この時の二人の心のうちを。

 

(菩薩蠻二首 其の二)

羅衣 隱約たり 金泥の畫,玳筵【たいえん】一曲 秋夜に當る。

聲 戰【ふる】え 人を覷ること嬌かし,雲鬟 翠翹 裊【ゆ】れる。

酒醺 紅玉輭【やわら】かに,眉翠 秋山遠し。

繡幌【しゅうこう】麝煙 沉み,誰れ人か 兩心を知らん。

 

大明宮の圖003
 

『菩薩蠻二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻二首 其二

羅衣隱約金泥畫,玳筵一曲當秋夜。

聲戰覷人嬌,雲鬟裊翠翹。

酒醺紅玉輭,眉翠秋山遠。

繡幌麝煙沉,誰人知兩心。

 

(下し文)

(菩薩蠻二首 其の二)

羅衣 隱約たり 金泥の畫,玳筵【たいえん】一曲 秋夜に當る。

聲 戰【ふる】え 人を覷ること嬌かし,雲鬟 翠翹 裊【ゆ】れる。

酒醺 紅玉輭【やわら】かに,眉翠 秋山遠し。

繡幌【しゅうこう】麝煙 沉み,誰れ人か 兩心を知らん。

 

(現代語訳)

(宮妓の中の妓優であり、妃嬪となるものの秋の夜の興慶宮勤政楼での宴席を詠う。)

薄絹の衣裳の下には金泥の絵模様がほのかに見えている、秋の夜の勤政楼の玳瑁の筵の宴において歌う「琴操」曲の歌があり、優雅な宴はすすめられる。

おおらかに声を震わせて独唱して皆、静まりかえりききほれる、艶めかしき眼差し投げかける、翡翠の髪飾りに黄金の簪が黒髪に揺れる。

宴もたけなわになると酒に酔って頬も紅く可愛らしく愛嬌に感じられる、眉は遠き秋の山の色にかかれて頬の赤く染まった近くの山ということなのだ。

そのあと、刺繍の帳のうちに麝香の煙がひくくただようなかで、誰が知ろう、この時の二人の心のうちを。

 

(訳注)

菩薩蛮二首其二

(宮妓の中の妓優であり、妃嬪となるものの秋の夜の興慶宮勤政楼での宴席を詠う。)

後段、宴も終わった時には、彼女は酔って顔を紅く染め、男と香の煙なびく自室の帳の内に戻るが、二人の胸の内を知る者は誰一人いないと言う。

長く宮中に住む宮妓の他に、玄宗の時代から長安と洛陽の宮殿にほど近い街区に、左右二つの芸妓養成のための外教坊が設けられた。ここでも多数の芸妓が養成されたが、この芸妓は宮廷の専用に充てられ、官官によって管理された。彼女たちが宮妓と異なるのは、宮中には住まず、必要な時に呼び出され宮中の御用に供された点にある。記録によれば、右教坊の芸妓の多くは歌がうまく、左教坊のものは舞いが上手だったという。

彼女らも、芸を売ることだけだったということではなく、歌、踊りの後天子のものとでその夜を過すということは当然あった。富貴の者の家に置かれた芸妓たちも同様であり、軍隊や地方官庁に置かれた官妓も同じであった。

この詩の中ではもっとも高貴なものの酒宴であったので、天子の御手が着いたということであろう。

たとえば、『楽府雑録』『開元天宝遺事』に見える。吉州永新県の楽家の生まれの女性で本名を許和子と言った。開元の末年ごろに後宮に入り、教坊の宜春院に属した。その本籍によって、永新と呼ばれた。美貌と聡い性質を持ち、歌に長じ、作曲を行い、韓娥李延年の千年来の再来と称せられた。玄宗から寵愛を受け、演奏中もその歌声は枯れることがなく、玄宗から「その歌声は千金の価値がある」と評せられる。玄宗が勤政楼から顔を出した時、群衆が騒ぎだしたので、高力士の推薦で永新に歌わせたところ、皆、静まりかえったという説話が伝わっている。
安史の乱の時に、後宮のものもバラバラとなり、一士人の得るところとなった。宮中で金吾将軍であった韋青もまた、歌を善くしていたが、彼が広陵の地に乱を避け、月夜に河の上の欄干によりかかっていたところ、船の中からする歌声を聞き、永新の歌と気づいた韋青が船に入っていき、永新と再会し、涙を流しあったという説話が残っている。その士人が死去した後、母親と長安に戻り、民間の中で死去する。最期に母親に、「お母さんの金の成る木は倒れました」と語ったと伝えられる。清代の戯曲『長生殿』にも、楊貴妃に仕える侍女として登場する。

『花間集』には魏承斑の作が二首収められている。双調四十四字、前段二十四字四句二仄韻二平後段二十字四句二仄韻二平韻で、❼❼⑤⑤/➎➎⑤⑤の詞形をとる。

菩薩蠻二首 其一

羅裾薄薄秋波,眉間畫時山兩

相見綺筵,深情暗共

翠翹雲鬢,斂態彈金

宴罷入蘭,邀入解珮

○○●●○○●  ○△●○○●●

△●●○○  △○●△○

●△○●●  ●●△○●

●△●○○  ○●●●○

菩薩蠻二首 其二

羅衣隱約金泥,玳筵一曲當秋

聲戰覷人,雲鬟裊翠

酒醺紅玉,眉翠秋山

繡幌麝煙,誰人知兩

○△●●○△●  ●○●●△○●

○●●○△  ○○●●△

●○○●●  ○●○○●

●●●○○  ○○○●○

興慶宮沈香亭
 

羅衣隱約金泥畫,玳筵一曲當秋夜。

薄絹の衣裳の下には金泥の絵模様がほのかに見えている、秋の夜の勤政楼の玳瑁の筵の宴において歌う「琴操」曲の歌があり、優雅な宴はすすめられる。

7 隠約 ほのかかなさま。①はっきりと見分けがたいこと。②言葉は簡単でも意味が奥深いこと。また、あからさまに表現しないこと

8 玳筵 玳瑁の筵。玳瑁は海亀の一種で、甲羅が半透明なところから珍重される。ここでは豪華な宴席、興慶宮勤政楼を指す。

 

聲戰覷人嬌,雲鬟裊翠翹。

おおらかに声を震わせて独唱して皆、静まりかえりききほれる、艶めかしき眼差し投げかける、翡翠の髪飾りに黄金の簪が黒髪に揺れる。

9 聲戰 おおらかに声を震わせて独唱する。

唐の玄宗が楊玉環のために作ったとされる曲。霓裳羽衣の曲は玄宗が婆羅門系の音楽をアレンジした曲と言われる。玄宗は愛妾である楊玉環のお披露目の際、この曲を群臣に披露し、群臣に楊玉環が特別な存在であると意識させた。

『霓裳羽衣舞』は唐代舞踊を代表する演目で、「霓裳」とは虹のように美しいもすそ(スカート)、「羽衣」は鳥の羽のように軽い衣のこと。唐の玄宗皇帝が夢のなかで天上の月宮に遊び、仙女が舞っていた調べをもとに作った。

楽史「楊太真外伝」によると、玄宗が三郷駅に登り、女几山を望んだ時に作曲したものである説と、玄宗が、仙人の羅公遠に連れられ、月宮に行き、仙女が舞っていた曲の調べをおぼえて作らせた説双方が記されている。楊貴妃もこれに合わせて、舞うのを得意としたという。しかし、玄宗期に起こった安史の乱以降、この曲は国を傾けた不祥の曲であると忌まれ、楽譜も散逸してしまった。 白居易の「長恨歌」にも曲名が登場する。「漁陽鼙鼓動地來、驚破霓裳羽衣曲。」(漁陽の鼙鼓【へいこ】 地を動【どよ】もして来たり、驚破す 霓裳羽衣の曲。)

 

酒醺紅玉輭,眉翠秋山遠。

宴もたけなわになると酒に酔って頬も紅く可愛らしく愛嬌に感じられる、眉は遠き秋の山の色にかかれて頬の赤く染まった近くの山ということなのだ。

10 紅玉輭 ここでは酒に酔って紅くなった歌妓の頬のこと。

11 秋山 ここでは女の眉を指すが、遠き山であり、紅く染まった頬は色づく秋の山である。眉と女がよこになったシルエットを山で喩える姿をいう。屏風と山は女体を意味する。

 

繡幌麝煙沉,誰人知兩心。

そのあと、刺繍の帳のうちに麝香の煙がひくくただようなかで、誰が知ろう、この時の二人の心のうちを。

12 麝煙沉 麝香の煙が低くなびくこと。

 

 

 

《菩薩蠻二首》 【字解】

 

1 羅:絡み織を用いた、目の粗い絹織物の一種。 もともと羅とは鳥や小動物などを捕獲するための網を意味する言葉だったが、絹で織った網のような薄物を指す言葉にもなった。2 :膝から下という意味。転じて、衣服の下の方。

3 眉間山兩點 花鈿をかくこと。

4 翹《意味》. あげる。鳥の尾羽のように、高くかかげる。つまだてる。つま先だって背を高くする。 特に秀でた人。また、特にすぐれているさま。ぬきんでる。 【翹楚】ぎょうそ. 大勢の中でとびぬけてすぐれていること。また、その人。 「楚」は、特に丈の高い木。

5 斂態彈金鳳 服の乱れを整えて、金の鳳凰の飾りを奇麗に弾いて髪を調える。斂態:服の乱れをまとめること。

酒泉子三首其三

斂態前,裊裊雀釵頸。

鷰成雙,鸞對影,耦新知。

玉纖澹拂眉山小,鏡中嗔共照。

翠連娟,紅縹渺,早粧時。

12孫光憲《巻八19酒泉子三首其三》『花間集』371全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7127

6 珮璫 佩び玉と耳飾り。・珮:① 身につけるもの。腰にさげる装飾品。 奈良時代,礼服(らいふく)に用いた装飾品。組み糸に玉を通し,胸の下から沓(くつ)のところまで垂らし,歩くときに鳴るようにしたもの。おんもの。玉佩。・璫:耳珠・冠飾。〔「木尻」の意〕 刀剣の鞘(さや)の末端。また,そこにはめる金物。 〘建〙(「木尻」とも書く)部材の先端の総称。主として,破風板・垂木などの下方の端。

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